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仙台地方裁判所 昭和49年(わ)254号 判決 1975年3月04日

本店所在地

仙台市錦町二丁目五番一号

東北中央化学株式会社

渡辺猛

本籍

東京都練馬区大泉学園町四二七番地の四

住居

仙台市荒巻字菊田二〇番地の一七

会社役員

渡辺猛

昭和一四年二月九日生

右被告会社および被告人に対する法人税法違反被告事件について、当裁判所は検査官大沼新五郎出席のうえ審理し、つぎのとおり判決する。

主文

被告会社を罰金二〇〇万円に

被告人を懲役六月に

各処する。

但し、本裁判所確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

〔罪となるべき事実〕

被告人会社は肩書地に本店を設け合成樹脂食品容器販売を営む株式会社(資本金一〇〇万円)、被告人渡辺猛は右会社の代表取締役としてその業務全体を統括しているものであるが、右被告人渡辺猛は被告人会社の業務に関し、法人税を免れる目的をもつて架空仕入を計上し、売上及び期末たな卸商品の一部を公表帳から除外するなどし、これによつて得た資金を架空名義、無記名等の簿外預貯金をして蓄積するなどして被告人会社の所得を秘匿する不正の方法により

第一、昭和四五年八月一日から同四六年七月三一日までの事業年度において、被告人会社の実際の所得金額が二、八九七万七、二七三円で、これに対する法人税額が一、〇三八万六、五〇〇円であつたのにかかわらず、昭和四六年九月二八日所轄仙台北税務署に対し、右事業年度所得金額が一、一二五万〇、一三六円で、これに対する法人税額が三八七万一、八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて被告人会社の実際の法人税額と右申告税額との差額六五一万四、七〇〇円を納入期限に納付しないで逋脱し

第二、昭和四六年八月一日から同四七年七月三一日までの事業年度において、被告人会社の実際の所得金額が一、八三二万六、六一三円でこれに対する法人税額が六四七万二、三〇〇円であつたのにかかわらず、昭和四七年九月二九日所轄仙台北税務署に対し、右事業年度所得金額が二八二万二、一三七円で、これに対する法人税額が七九万〇、一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて被告人会社の実際の法人税額と右申告税額との差額五六八万二、二〇〇円を納入期限に納付しないで逋脱し

第三、昭和四七年八月一日から同四八年七月三一日までの事業年度において、被告人会社の実際の所得金額が二、〇四九万七、一一二円で、これに対する法人税額が七二七万〇、一〇〇円であつたのにかかわらず、昭和四八年九月二六日所轄仙台北税務署に対し、右事業年度所得金額が三六四万五、六八二円でこれに対する法人税額が一〇七万七、〇〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて被告人会社の実際の法人税額と右申告税額との差額六一九万三、一〇〇円を納入期限に納付しないで逋脱し

たものである。

〔証拠の標目〕

判示各事実につき

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の検察官に対する供述調書および同人の収税官に対する質問てん末書九通

一、黒田富治の検察官に対する供述調書二通および同人の収税官吏に対する質問てん末書一四通

一、収税官吏作成の昭和四九年五月九日付、同年七月一五日付売上除外額調査書および簿外売掛金調査書

一、黒田富治作成の同年五月九日付、同月一三日付たな卸除外額についての上申書二通

一、収税官吏作成の同年六月一一日付銀行調査書

一、収税官吏作成の同年六月一〇日付「脱税額計算書説明資料」と題する書面綴

昭和四六年度、同四七年度、同四八年度分の逋脱額を各勘定科目別に計算し、これを最終的に修正貸借対照表および修正損益計算書にまとめて逋脱総所得額を算出したもの

一、収税官吏作成の脱税額計算書三通および「脱税額計算書の説明書」と題する書面

昭和四六年度、同四七年度、同四八年度分の各所得金額に税法等の各関係法令を適用して最終逋脱額を算出したもの

一、押収にかかる法人税確定申告書四通(昭和四九年押第七八号の三一ないし三四)

〔法令の適用〕

被告人の判示第一ないし第三の各所為は、法人税法第一五九条第一項にそれぞれ該当するので、所定刑中懲役刑を各選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により犯情最も重いと認める判示第一の罪の刑に併合加重をした刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、情状により同法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、被告会社については、その代表者である被告人が同会社の業務に関して判示各違反行為をしたものであるから、法人税法第一六四条第一項により所定の罰金刑を科するが、右は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により右罰金合算額の範囲内において被告会社を処断すべきところ、同会社はすでに本件逋脱総額約一、八〇〇万円のほか重加算税等約一、〇〇〇万円あまりを追加納付し、現在会社は約六〇〇万円の赤字となつているというのであり、その他被告会社が従業員一〇名に満たない中小企業であることなど諸般の情状を考慮すると罰金額は二〇〇万円をもつて処するを相当と思料する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木一雄)

控訴趣意書

法人税法違反 東北中央化学株式会社

右代表取締役 渡辺猛

右被告会社に対する頭書被告事件につき、昭和五〇年三月四日仙台地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

昭和五〇年五月一日

仙台地方検察庁

検察官 検事 桑原一右

仙台高等裁判所第一刑事部 殿

原判決は、罪となるべき事実として、公訴事実と同一の事実を認定しながら、被告会社に対する量刑として検察官の罰金六〇〇万円の求刑に対し、「被告会社を罰金二〇〇万円に処する。」旨を言い渡した。しかしながら、右判決は、本件犯行の動機・態様に照らし、かつ、他の同種事犯に対する科刑に比し、刑の量定著しく軽きに失し、不当であるから、到底破棄を免れないものと思料する。

以下、その理由を詳述する。

第一、本件は、その逋脱税額・逋脱率・申告率、逋脱の動機及び手段方法等のいずれの点よりみても犯情極めて悪質である。

一、およそこの種事犯は、個人法益の浸害と異なり、直接の被害者が国であり、裁判所に直接被害感情を訴えるものを欠くところから、ともすればこの種事犯の悪質性を看過し易いのである。しかし、納税義務は、日本国憲法第三〇条によつて定められた国民としての最も基本的な義務であるところ、国民の大多数は営々として働いて得た所得の中から誠実に納税義務を果たしており、しかもその多くは少額の所得者であつて、かかる納税者からみれば、本件の如き脱税事犯は、単に国庫収入に対する侵害にとどまらず、国民として順守すべき一つの基本的倫理である納税倫理という道義的社会的規範に違背し、税負担の公平を侵害する反公共的犯罪と言わざるを得ないのである。

また、他面において、国家の財政収入のうち極めて高い割合を租税収入が占めている現実からみれば、不法な利得をめざす脱税事犯は、経済の秩序を乱し、国の財政の運営を阻害し、国の諸施策の遂行を困難ならしめる重大犯罪といわなければならない。

したがつて、悪質脱税者に対しては適切妥当な量刑をもつて臨まなければ、国民の納税意欲を減退させるばかりか、ひいては、国民一般に私益優先・公益軽視の風潮をもたらし、政治・行政に対する不信感・不満感を助長させるに至るので、厳正な刑罰を科すべき理由が存するのである。

二、翻つて本件被告会社の逋脱行為の内容をみると、いずれの点よりしても情状極めて悪質である。

(一) まず、被告会社の法人税脱税の経過についてみるに、次のとおりである。

被告会社は、その代表者渡辺猛が、従来の個人事業を資本金一〇〇万円の会社組織に切替え、昭和四五年二月一六日設立登記をなし、同会社の本店事務所を仙台市錦町二丁目五番一号に置き、中央化学株式会社から同会社の製品である合成樹脂製(発泡スチロール製、スチロール樹脂製)の食品容器(皿・弁当箱等)を仕入れて、宮城・山形・岩手・秋田及び青森の五県下に販売していたものである。

ところが、右渡辺は、会社設立当時、自己資金が乏しく、会社の事務所・倉庫は借用していたものであるので、会社所有の事務所・倉庫及び社宅を建てたいとの意図から、法人税の脱税をはかり、会社の所得を過少に申告することを企てるに至り、その手段方法としては、会社設立当時、発泡スチロール製の新製品「中央デイシユ」と称する容器の売上げが伸長したことにより売上げの利益が予想外にあつたことから、会社設立後の昭和四五年七月三一日までの事業年度において右渡辺が経理担当者黒田富次に対して期末商品たな卸高の一部除外及び商品売上高の一部除外を命じ、右黒田において虚偽の公表帳薄を作成する等の措置をとり、情を知らない税理士を通じて会社の所得及び法人税の額を過少に申告した法人税確定申告書を所轄の仙台北税務署に提出して脱税を行い、以後原判決認定の罪となるべき事実のとおり、昭和四五年八月一日から昭和四八年七月三一日までの三事業年度にわたり前記同様の方法(昭和四六年事業年度においては架空の仕入高を計上し、かつ、貸倒金として処理していた売掛金の入金を除外する等の手段も含む)による脱税を反覆していたものである。

右の手段によつて陰ぺい秘匿した簿外の資金は預貯金となし、また右渡辺の個人的用途に費消していたものである(登記薄謄本記録一一四丁、被告人の検察官に対する供述調書記録一〇〇九丁ないし一〇三九丁、被告人の収税官吏に対する質問てん末書記録八二九丁ないし九三三丁、一〇〇九丁ないし一〇三九丁)。

(二) 本件逋脱税額の総額は原判決認定のとおり、三事業年度を併せて、一八、三九〇、〇〇〇円の多額にのぼつている。

これを詳細にみるに、被告会社は、(1)昭和四五年八月一日から同四六年七月三一日までの事業年度においては実所得が二八、九七七、二七三円であるのに、その三八・八%に止まる一一、二五〇、一三六円であると申告して、実税額の六二・七%にかかる六、五一四、七〇〇円を逋脱し、(2)昭和四六年八月一日から同四七年七月三一日までの事業年度においては、実所得が一八、三二六、六一三円であるのに、その僅か一五・四%に過ぎない二、八二二、一三七円であると申告して、実税額の八七・七%にかかる五、六八二、二〇〇円を逋脱し、(3)昭和四七年八月一日から同四八年七月三一日までの事業年度においては、実所得が二〇、四九七、一一二円であるのに、その一七・八%である三、六四五、六八二円であると申告して、実税額の八五・二%にかかる六、一九三、一〇〇円を逋脱したのである。

右三事業年度における実所得額の合計は六七、八〇〇、九八八円であるのに、申告額の合計は一七、七一七、九五五円であつて、その平均申告率は、僅かに二六・一%の低率であり、他方、実税額の合計は二四、一二九、九〇〇円であるのに、虚偽の申告により一八、三九〇、〇〇〇円を免れ、五、七三八、九〇〇円を納付したに過ぎないのであつて、その平均逋脱率は、実に七六・二%もの極めて高い割合を示しているのである。

多数の低額給与所得者が、源泉徴収により所得税の一〇〇%を確実に納付して納税義務を果たしていることに鑑みれば、右の如く、多額の所得を陰ぺい秘匿して極めて低額の過少申告をなし、巨額の脱税をしたという一事を以つてしても、本件の犯情は悪質であると言わなければならない。

(三) 次に、本件動機についてみるに、被告会社の代表者渡辺猛は、収税官吏に対し「ウラ資金をためようと思つたからです。会社は設立しましたが、自己資金もない会社であり、本社事務所は借家、倉庫も借りている状態でした。それで……ウラでもなんでも早く資金をためて、自社の社屋や倉庫を建てるようになりたいという気持からでした。」と脱税の動機を供述し(渡辺猛の収税官吏に対する昭和四九年一月二二日付質問てん末書・記録九一二丁ないし九一三丁)、検察官に対しても、同趣旨の供述をしている(右渡辺の検察官に対する昭和四九年九月一七日付供述調書・記録一〇一三丁ないし一〇一四丁)。

しかし、被告会社の如く、形式的には法人であつても、その実体が代表者の個人企業に等しいものにあつては、簿外の会社資産の蓄積は直ちに代表者個人の利益に帰するものであることは理の当然であり、現に、右渡辺猛は収税官吏に対し、「私がワラ資金から個人的なものにどのくらい消費していたのか、記録がないのでわからない。しかし、たとえば、私が旅行に使つたものや、東京にいる家内の兄弟に小遺いと

して渡したものや、山梨の実家には母や長兄がおり、私が行つたとき渡していた小遺いなども一〇万とか二〇万円とかいつた単位で出していた。また、住宅の取得に関連しても、頭金の支払いに当てたほか、庭の費用、家具調度品、登記費用などの支出にあてていたものもあり、四七年七月期では七〇〇万円近くにはなつていたと思う。」と供述しているのであつて(冒頭陳述書添付の別表(ハ)昭和四七年七月三一日現在の修正貸借対照表の代表者貸付金の差引修正金額七、一五九、八五八円参照・記録四〇丁、渡辺猛の収税官吏に対する昭和四九年一月二二日付てん末書・記録九一五丁、同昭和四九年五月一五日付てん末書・記録一〇〇一丁ないし一〇〇二丁)、本件の動機は単に会社運営資金の蓄積を図ることに存したに止まらず、右渡辺猛の自宅購入等の個人的支出に充てる資金の蓄積をも企図したものであることが肯認されるのである。また、仮に、本件の主要な動機が会社運営のための資金の蓄積にあつたとしても、事務所・倉庫の建設資金等が本件の如き不正な手段によつて蓄積されるべきものでないことは論を俟たないのである。

結局のところ、本件の脱税の動機は、渡辺猛が検察官に対して供述しているように「税金は投資ではない。いくら多く払つてもその見返りは期待できない。利益の多くを法人税で吸い上げられてしまうのではなんにもならない」(同人の検察官に対する昭和四九年九月一七日付供述調書・記録一〇一四丁)との考えから、脱税を企図したものであつて、著しい納税義務感の欠如と、あくなき私益追求の野心に基づくものに他ならず、到底動機において酌量の余地はないものと思料する。

(四) 次に、本件逋脱の態様は、商品売上高の除外、期末商品たな卸高の除外、架空仕入高の計上などの陰秘、かつ巧妙な操作を講じて虚偽の公表帳簿を作成し、これによつて得た簿外の金員を架空名義あるいは無記名の預貯金となしたうえ、虚偽の法人税確定申告書を提出するなど甚だしく悪質な類型に属するものである。

すなわち、被告会社の代表者渡辺猛は、同会社の経理係黒田富次から、毎事業年度末において決算状況の報告を受けるや、同人に利益削減の目標金額及びその手段を指示し、同人は右渡辺の指示に見合う金額を捻出するために、会計帳簿に記入するにあたり取引先毎に商品売上高の全部もしくは一部を除外して、売掛金・受取手形・現金等の収入を秘匿し、或るいは期末商品たな卸高の一部を除外して資産の額を減額し、更には、かねて右渡辺が倒産した株式会社紀太商店からかねて入手していた請求書・領収書の用紙を利用して架空の仕入高を計上して負債の買掛金を水増しするなどの種々の方法をもつて、所得金額を減額する措置を講じて簿外資金の捻出を行つたものである。

そして、右の手段によつて得た資金は、渡辺猛個人名義はもとより、「荒井正二」「荒井保」「渡辺正二」等の架空人名義で或るいは無記名で、三和銀行仙台支店等の銀行に普通預金・定期預金・通知預金、仙台花京院郵便局等の遊便局等の郵便局に郵便貯金・定額貯金とするなど多数の金融機関等に分散して預貯金とし、しかもこれら預貯金の通帳や証書を三和銀行仙台支店の貸金庫に穏匿するなどの手段により税務当局の調査を免れるために徹底した措置をとつていたことが認められるのである(渡辺猛の収税官吏に対する昭和四九年一月二三日付てん末書(第二回)・記録九二九丁ないし九三五丁、同月二二日付てん末書・記録九一三丁ないし九一五丁、同三月一二日付てん末書・記録九五七丁ないし九五八丁、九六二丁ないし九六五丁、同月一三日付てん末書(第一回)・記録九八三丁ないし九八九丁、同人の昭和四九年九月一七日付検察官に対する供述調書・記録一〇一九丁ないし一〇四〇丁、黒田富治の昭和四九年九月一二日付及び同月一八日付検察官に対する各供述調書・記録七八五丁ないし九〇三丁、収税官吏作成の昭和四九年六月一一日付銀行調査書・記録一七一丁ないし二二一丁)。

尤も、右に述べた点については、売上高の除外・期末商品たな卸高の除外・架空仕入高の計上などの方法は、およそ逋脱事犯にみられる類型的な手口であるから、本件の手段・方法はさして悪質なものではない、との反論がなされるかもしれない。しかしながら、被告会社は、合成樹脂製品を仕入れてこれを販売することにより収益を挙げている会社であるから、この売上高を除外し、或るいはたな卸商品を除外し、架空仕入の計上をする方法以外には脱税の方法は考えられず、その点において本件は典型点な計画的脱税事犯であることを明瞭に示しているものと言わざるを得ないのである。

以上のとおり、本件は、その態様においても甚だしく悪質と言わなければならない。

第二、原判決は罰金額の量定について「被告会社はすでに本件逋脱総額約一、八〇〇万円のほか重加算税等約一、〇〇〇万円あまりを追加納付し、現在会社は約六〇〇万円の赤字となつているというのであり、その他被告会社が従業員一〇名に満たない中小企業などであることなど諸般の事情を考慮すると罰金額は二〇〇万円をもつて処するを相当と思料する。」旨述べており、本件罰金額の量定にあたつては、主として、被告会社が本税及び重加算税等を納付したこと、被告会社が赤字経営に陥つたことの二点を被告会社に有利な情状として斟酌したことが窺われる。

被告会社が昭和四九年四月一五日から同年九月九日までの間に前後六回に亘り、修正申告の結果、逋脱にかかる本税のほか国税通則法所定の附帯税として重加算税・延滞税・利子税等として合計三〇、二三〇、五〇〇円(但し、訴外の昭和四五年一月一六日から同年七月三一日までの事業年度における本税・延滞税・利子税及び過少申告加算税合計一、三六三、一〇〇円を含む)を納付していることは、起訴前に作成された渡辺猛の昭和四九年九月一七日付検察官に対する供述調書及び同調書添付の国税収納官吏等の領収証書(記録一、〇四〇丁ないし一、〇四七丁)によつても明らかであつて、原審における検察官の求刑は右重加算税等が納付された事実を十分考慮してなされているものであること(記録一、〇五三丁)、右納付年月日からも明らかなように、右納付は本件逋脱事実の全容が仙台国税局の調査によりほぼ明瞭になつたが故になされたものであると認められること、収税官吏作成にかかる昭和五〇年四月二二日付調査報告書(控訴審において取調請求予定)の追徴税額の納付状況欄の記載及び別紙法人税、所得税の脱税事件判決例一覧表中被告人(会社)欄・判決年月日欄の各記載を対照すれば明らかなように、昭和四四年七月から昭和五〇年一月までの間に仙台地方裁判所が判決言渡しをした法人税法・所得税法違反各被告事件一〇例については、いずれも判決宣告日までに重加算税等の附帯税が完納されていることの諸点にかんがみれば、本件において右納付の事実があるからといつて、これを原判決のように低額の罰金刑を言渡すべき根拠とすることには到底承服することができないのである。

ところで、起訴された事業年度以後の昭和四八年八月一日から昭和四九年七月三一日までの事業年度の確定申告書(控訴審において取調べ請求予定)によれば、被告会社の所得金額は一三七、八三九、四八〇円(法人税額五二、〇六七、八六〇円)という起訴対象年度の所得金額の約七倍にものぼるものであつて、被告会社の所得が急激に上昇していることが認められるうえ、原判決指摘の赤字の点については、被告会社の顧問税理士である仁科誠三の検察官に対する昭和五〇年四月四日付供述調書及び被告会社が仙台北税務署長に対し提出した同会社の昭和四九年八月一日から昭和五〇年七月三一日までの事業年度分の中間申告書(いずれも控訴審において取調請求予定。但し、右中間申告書は謄本)によれば、右仁科誠三の原審公判廷における「昭和四九年一一月末現在、被告会社は六〇〇万円の赤字になつている」旨の証言(記録一、〇五九丁ないし一、〇六〇丁)は単なる推計額を述べたにすぎず、前記中間申告書添付の被告会社の合計残高試算表(貸借対照表の当期(月)損益及び損益計算書の当期純損益)の昭和四九年一一月分・一二月分及び昭和五〇年一月分について見ると、被告会社の昭和四九年一一月末における累計赤字額は五、〇九五、八五二円に止まつていること、それのみならず、翌一二月末は一転して七、六六一、八一九円もの黒字となり、続く昭和五〇年一月末においても二二一、三〇〇円の黒字をみていることが認められるのである。しかも、前記仁科の検察官調書によれば、右の昭和四九年一一月末の赤字は同年一〇月末からは毎月末に商品の実地たな卸をすることとしたため、帳簿上少なからぬ額の資産減となつたこと、及びこれまで行つていなかつた未払費用の計上を新たに行うこととしたため、従前に比し、高額の費用増となつたことが赤字発生の要因の一つであることが認められるのである。してみれば、原判決の言う赤字の金額中、相当部分は経理手続の変更に伴う一時的なものと思料されるのである。もとより、現下の経済状勢にかんがみれば、被告会社においても不況の影響を受けたであろうことを推測できないではない。しかし、不況の波はひとり被告会社のみに押し寄せたものではなく、まして前記のように、被告会社の経営状態が好転してきているのであるから表面に表われた赤字額をあたかも恒久的なものであるかのようにそのまま受け容れて、減軽の理由とすることの不当性は明白である。

更に原判決は、被告会社が小規模経営であることをも被告会社に有利な情状として挙げているが、右見解は本件が小規模企業であるがゆえの、会社と代表者個人との同質性、会社の経理組織の不完全性を利して行われた事犯であることを看過した誤れる理由づけといわざるを得ず、この点においても原判決は納得し難い。

以上、いずれの点においても原判決の指摘する量刑事情及びそれによつて導き出された刑の量定は不当である。

第三、本件逋脱税額に対する原判決の被告会社に科した罰金額の割合(本件三事業年度の逋脱税額の合計額に対する罰金額の割合)、いわゆる罰金率は一〇・九%であつて、これは、本件事犯の悪質性等に比照し、また、同種事犯に対する科刑との比較において、あまりにも低率であつて、その科刑は著しく軽きに失する。

一、法人税法第一五九条は、法人税逋脱事犯の違反行為者に対して三年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科し、その脱税額が五〇〇万円をこえるときは、情状により、その額に相当する金額以下の罰金に処することができる旨を規定し、同法第一六四条第一項は両罰規定として法人に対して右本条の罰金刑を科する旨を規定しているのであるが、この罰金の法定刑の上限は逋脱税額に対応する相対的なものであつて、事案によつては、逋脱税額全額相当額の罰金に処することをも予定しているのである。

したがつて、逋脱事犯の罰金刑の量刑を考慮するにあたつては、罰金額の上限が絶対的に確定している刑法犯等の場合とはその基本的な考え方を異にし、逋脱税額、逋脱率等の量的面を最も重要な要素として評価し、逋脱税額に対する罰金額の比率も高い割合にすることが要請されるのである。

とくに、この種脱税事犯は金に窮して已むに已まれず犯行に及ぶという例は稀であつて、常に脱税による不法な利益の獲得を目ざし、日頃から計画的に長期に亘つて脱税手段を反覆実行し、逋脱によつて得た資金を回転流用して莫大な利益を得ているのが通例であるから、このような悪質な脱税者に対して、低額の罰金刑を以て臨むことは、かえつて再犯を醸成するに至ると言わざるを得ないのである。

また、他方一般予防の見地においても逋脱事犯者に対する低額の罰金刑は極めて実効性が薄いと思料されるのである。

二、これを本件についてみると、被告会社の三事業年度にわたる申告率は二六・一%、逋脱率が七六・二%である上、動機、秘匿の手段、秘匿所得の使途等にかんがみ、その態様が甚だ悪質であること、原判決の指摘する情状はいずれも被告会社に有利に斟酌されるべきものでないことは既に詳述したとおりであつて、本件についての罰金額が二〇〇万円、罰金率が僅かに一〇・九%にすぎないことは明らかに失当である。

ちなみに、仙台地方裁判所が昭和四四年七月から同五〇年一月までの間に判決を言い渡した合計一二件の法人税法違反及び所得税法違反事件について、その逋脱額、罰金額、罰金率等を比較検討してみると、別紙法人税、所得税の脱税事件判決例一覧表及び各判決謄本(控訴審において取調請求予定)のとおりであり、その平均罰金率は二一・五%、法人税法違反事件のみを抽出した結果の平均罰金率は二二・三%である。罰金率が二〇%未満のものは、右一覧表、番号一〇の所得税法違反事件(二事業年度にわたり逋脱税額二八、三三六、九〇〇円、罰金五〇〇万円)に対する判決一件があるのみである。

そして、右一覧表によつて、逋脱額が本件と類似する案件についてみると、同表番号五の所得税法違反事件(三事業年度にわたり逋脱税額合計一九、二三七、九〇〇円)がほぼ相当するが、昭和四七年三月一三日言渡しでありながら罰金額は四〇〇万円に処せられているのである。法人税法違反事件については、本件と同じ程度の逋脱額の事案が見当らないが、本件より約五〇〇万円少ない逋脱事犯である同表番号一(二事業年度にわたり逋脱税額合計一三、五三七、一〇〇円)及び二(三事業年度にわたり逋脱税額合計一三、〇九四、九〇〇円)をみると、昭和四四年、同四五年の時点においてさえ、それぞれ罰金三五〇万円に処せられているのである。

勿論、他事件の犯情は個々別々のものであつて、別紙一覧表及び各判決謄本のみによつては十分窺うべくもないが、すでに述べたように、逋脱事犯の態様は一般刑事事件と異なり類型的であること、本件が前記のとおり犯情悪質であることを考え合わせれば、原判決の量刑が相対的にも著しく低いといわざるを得ないのである。

以上述べたとおり、原審が被告会社に対して科した罰金額はいかなる点からみても著しく軽きに失し、不当であつて、原判決はこの点において到底破棄を免れないものと思料するので、さらに適正な判決を求めるため本件控訴に及んだ次第である。

別紙 法人税、所得税の脱税事件判決例一覧表

(仙台地方裁判所言渡し 自昭和四四年七月 至同 五〇年一月)

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