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仙台地方裁判所 昭和51年(ワ)1059号 1982年4月08日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し労働契約上の権利を有することを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1(原告の入社、経歴等)

原告は、昭和四一年四月一日、被告(以下「公社」ともいう)に見習社員として雇傭され、仙台中央電報局運用部第二通信課勤務となった後、同年八月一日社員に採用され、昭和四二年八月一日からは同運用部第一通信課業務となり以来仙台中央電報局の電報中継交換装置の運用並びに電報の送受信業務に従事していたものである。

2 しかるに、被告は、昭和五一年八月一八日以降原告が公社の職員であることを争い、職員として扱わないので、原告は被告に対し、労働契約上の権利を有することの確認を求める。《以下事実略》

理由

一  原告の入社、経歴等

請求原因第1項の事実(原告の入社、経歴等)については、当事者間に争いがない。

二  本件懲戒免職処分の発令とその理由とされる行為

被告が昭和五一年八月一八日原告に対し、同人を懲戒免職処分に付する旨の意思表示をしたことについては当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、本件懲戒免職処分の理由とされた行為は、原告が受けた第一審有罪判決により認定されたと同一の兇器準備集合、公務執行妨害の各罪に該当する行為(本件非行とされた行為)であることが認められる。

被告は、右行為が公社法三三条一項、規則五九条七号、二〇号により懲戒事由に該当する旨主張するので、以下これについて検討を加えることとする。

三  懲戒事由の存否について

1  原告が昭和四六年一一月一九日東京都内の日比谷野外音楽堂で開かれた集会に参加したこと及び抗弁第2項(一)の(4)の事実(原告の逮捕、起訴、刑事裁判の結果)については、いずれも当事者間に争いがなく、これに(証拠略)を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  昭和四六年六月一七日に日米両国間で沖縄返還協定等が締結された後、その批准に反対する運動が活発に展開され、中核派等の学生や労働者の一部の集団においては、批准阻止斗争として火炎びんや鉄パイプ爆弾等を使用するなどして過激な斗争を繰りひろげていたが、国会における批准審議の大詰めを迎えた同年一一月に入って、批准反対の運動が強く盛り上がり、中核派等の一部の集団は各地で過激な行動に走り、警備に当たった警察官らと激しく衝突し、ついには警察官に死者が出るという事態にまでなった。

(二)  そのような折、中核派は、同月一九日に日比谷公園において集会を開催した後、東京都内をデモ行進することを計画し、その旨東京都公安委員会に申請したが、同公安委員会は同月一八日、過激な行動が予想されるとして右集会のみを許可し、デモ行進はこれを不許可とした。

(三)  翌一九日、中核派等の集団は右計画どおり午後六時三〇分ころから日比谷公園内の日比谷野外音楽堂において、批准阻止斗争としての集会を開催し、午後七時三〇分ころ集会が終わったが、集会参加者のかなりの者がその後も解散せず、前記不許可になっていた都内へのデモ行進をしようと企て、これを規制すべく公園出入口に配置されていた機動隊を実力で突破する意図のもとに、火炎びんや竹竿、丸太、石塊、コンクリート塊等を所持して集団を組み、機動隊に対して竹竿で突いたり、多数の火炎びんや石塊等を投げつけた。さらには同公園内のレストラン「松本楼」に放火してこれを全焼させるなどの暴力行為にも及び非常な混乱状態が約一時間ほど続いた。

(四)  右の日比谷公園における騒動は、マスコミにより全国に報道され、その無法ぶりは国民の強いひんしゅくを買った。

(五)  原告は日比谷野外音楽堂における右集会に参加した後、引き続いて起こった右騒動のなかで、

(1) 同日午後七時三〇分ころから午後八時四二分ころまでの間、多数の学生、労働者らが警備中の警察官に対し共同して危害を加える目的をもって、兇器である多数の竹竿、丸太、石塊、コンクリート塊等を所持して日比谷公園内の野外音楽堂から日比谷門に至る道路上及びその周辺に集合移動した際、自らもまた同目的から石塊若干を所持して右集団に加わり(兇器準備集合罪に該当)、

(2) 右多数の学生、労働者らと共謀のうえ、同日午後七時四〇分ころから午後八時四二分ころまでの間、前記日比谷門付近道路上において、学生、労働者らの違法行為を制止、検挙するなどの任務に従事していた警察官に対し、多数の石塊等を投げつけ、竹竿で突くなどの暴行を加えて、右警察官の職務の執行を妨害した(公務執行妨害罪に該当)。

(六)  原告は同日同公園内において右犯行の嫌疑により現行犯逮捕され、同年一二月一一日兇器準備集合罪及び公務執行妨害罪として右(五)の事実が東京地方裁判所に起訴された。昭和五一年七月一五日同裁判所は原告に対し右起訴事実について有罪判決を言渡し、原告を懲役一年二月、二年間執行猶予に処した。原告は上訴したが、昭和五二年一二月二六日東京高等裁判所が控訴棄却の判決を、昭和五四年三月二〇日最高裁判所が上告棄却の決定を下し、同年五月一八日右(五)の事実について原告の有罪判決が確定した。

以上の事実が認められる。(証拠判断略)

2  本件非行の存在

前記1の(五)で認定した事実が本件懲戒免職処分の理由とされた本件非行の事実であることは前記のとおりである。

3  懲戒規定の存在

公社法三三条一項一号は、職員が同法または公社が定める業務上の規程に違反したときは、懲戒処分として免職、停職、減給または戒告の処分をすることができると規定しており、右の業務上の規程とは公社がその職員に対し遵守を要するものとして具体的に懲戒事由を定めた規程を意味するものと解されるところ、(証拠略)によると、規則五九条が懲戒事由を具体的に掲示しており、これが右の業務上の規程にあたるものというべきであるが、同条によれば、「職員としての品位を傷つけ、または信用を失うような非行があったとき」(七号)、「その他著しく不都合な行為があったとき」(二〇号)をそれぞれ懲戒事由の一として定めていることが明らかである。

4  本件非行の懲戒事由該当性

(一)  使用者の職員に対する懲戒処分は、広く企業秩序を維持確保し、企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であり、職員は労働契約関係に伴なう信義則上の義務として、企業秩序の維持確保を図るべき義務を負担しているものというべきである。従って、職場外で職務遂行に関係なく行われた行為であっても、企業の社会的評価を低下毀損せしめ、企業の円滑な運営に支障をきたすおそれがあると客観的に認められるものについては、なお広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許されるものといわなければならない。すなわち、職場外でされた職務遂行に関係のない行為であっても、その企業の性格、行為の性質、程度、職員の地位、職種、社会的な報道状況等の事情を総合考察して、企業の社会的評価を低下毀損せしめ、企業の円滑な運営に支障をきたしたか、または、それらのおそれが客観的に認められる場合には、これを懲戒処分の対象とすることができるものというべきである。

(二)  ところで、公社は、公衆電気通信事業を合理的かつ能率的に経営し、電気通信による国民の利便を確保するため、日本国内における公衆電気通信事業を独占的に行うべく、政府が全額を出資し、法律によって設立された企業であり、その行う公衆電気通信事業は高度の公共性を有し、国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであるところから、法は公社の職員に対し、法令等を遵守し全力を挙げて職務遂行に専念すべき義務を負わせている。従って、このような高度の公共性に鑑みると、公社においては一般私企業とは異なり、職員の廉潔性の保持がより強く社会から要請されているというべきであり、公社が維持確保すべき企業秩序には、公社が国民から付託された信用ないし信頼を保持することも重要な要素であるといわなければならない。

(三)  そして、本件非行の内容及びその経緯は前記認定のとおりであり、その動機目的の廉潔性はともかくとして、非行事実自体は明白な犯罪行為であり、法治国家としては到底容認しえないものであるうえ、右非行は、沖縄返還協定等の批准阻止斗争として次々と過激な斗争を繰りひろげてきた集団による反社会性の極めて高い悪質な暴力行為の一部であって、厳しく非難されるところのものであることはいうまでもない。

(四)  原告が本件非行当時、仙台中央電報局において電報の中継交換装置の運用並びに電報の送受信業務に従事していたものであることは当事者間に争いがなく(証拠略)によれば、原告の従事していた右業務内容は、通信の秘密保持ないしは通信の安全性確保に直接関与する重要な職務であること、しかしながら、公社内部としては比較的単純機械的な労務にすぎず、直接利用者と接することのない職場に従事していたこと、原告は管理職たる地位にはなかったことが認められる。

(五)  以上のような公社の性格、本件非行の態度や結果、その社会的影響、原告の公社における具体的な担当業務等を総合勘案すると、本件非行が職場外で職務遂行と関係なく行われたものであること、原告の公社における地位が一介の平職員にすぎなかったことを考慮しても、本件非行は国民の信頼ないし信用に著しく反し、公社職員としての品位を傷つけ、信用を失なわしめたばかりか、それを放置するときは公社自体の社会的評価を低下毀損せしめ、公社として保持すべき企業秩序に悪影響を及ぼすおそれがあると客観的に認められるといわざるを得ない。従って、原告の本件非行は規則五九条七号、二〇号に各該当し、懲戒事由にあたるものというべきである。

(六)  原告は、規則五九条七号は職場内または職務遂行に関係のある所為のみを対象としているものと解すべきであると主張するが、職場外で職務遂行と関係なく行われた行為であっても、一定の場合には懲戒事由となりうることは前記のとおりであり、同号はその規定上特にかかる行為を除外しているとは解しえないから、原告の右主張は採用しえない。

(七)  原告は、時間的、場所的、内容的要素において企業と関係のない非行については、それが企業の運営に悪影響をもたらし、懲戒事由に該当するというためには、少なくともその非行者が管理職であることを要すると主張する。

しかしながら、規則五九条七号、二〇号の各規定はいずれもかかる限定を加えていないうえ、公共性の高度な公社においては、企業秩序、企業運営にとって国民からの信頼ないしは信用を保持することが重要な要素であり、しかも、それは職員個々の品位、信用の集積によってはじめて達成しうるものであるから、一般的にみて、原告主張のような非行が管理職以外の者によって行われた場合であっても、その非行の内容等諸般の事情いかんによっては、それがひいて公社の企業秩序、企業運営に影響をもたらすことも否定しえず、特に原告主張のような限定を加えるべき合理的理由はない。もとより、同じ非行内容であってもその主体がいかなる地位、職種にあった職員かによって、その公社内外に及ぼす影響の程度が異なることは明らかであるけれども、それは懲戒事由該当性の判断に際して他の諸事情とともに一つの事情として考慮されれば十分であり、あらかじめ定型的に限定を加えるべき理由とはならない。

四  本件懲戒免職処分の相当性について

1  原告の本件非行は前記のとおり国民の強い批判を受けた集団による暴力行為に加担して行われたものであって、その動機、目的はともあれ、その非行の状況や結果等からして、高度の公共性を有する公社の職員としては厳しく非難されてしかるべきものといわざるを得ず、これによって公社職員としての品位、信用を失墜させ、企業秩序に多大の影響を及ぼしたことはいうまでもないところである。

2  一方、抗弁第2項(四)の(2)の(ロ)、(ハ)の各事実(昭和四四年一〇月一九日の原告の所為とそれによる逮捕歴、昭和四六年八月五日付の原告に対する懲戒戒告処分とその懲戒事由の存在)についてはいずれも当事者間に争いがない。同(四)の(2)の(イ)の事実については、無断欠勤である点を除き当事者間に争いがないが、前記認定の本件非行に関する事実関係によれば、本件非行事実の嫌疑による逮捕が原告の責によるものでないとはいえないことが明らかであるから、その後の原告の欠勤は無断欠勤との評価を免れず、結局、同(四)の(2)の(イ)の事実はすべて認めることができる。また、同(四)の(2)の(ニ)の事実のうち、原告が停職一年の懲戒処分に付されたことについては当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、その懲戒事由の存在もまた明らかに認められる。

3  以上のような本件非行の性質、態様、情状や、過去における原告の逮捕歴、懲戒処分歴等を合わせ考えると、免職処分が職員としての地位を失わしめる重大な結果をもたらすものであるから慎重な配慮を要するということを十分にふまえてみても、公社が原告に対し、懲戒処分として免職処分を選択したことが社会通念上著しく妥当性を欠くものとまではいえないし、懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えこれを濫用したものということはできない。

五  原告のその他の主張について

1  原告は、本件非行の認定において公社が第一審判決のみに依拠し、他に何らの事実調査もなさずに認定したことは軽率であり、本件懲戒免職処分は、非行を認定する根拠もなくなされたものとして違法、無効であると主張する。

しかしながら、懲戒処分をするにあたって、使用者が非行を認定するには、一定の認定の方法や程度が要件とされているわけではないから、使用者が何らかの方法により非行の存在の心証を得た以上、その時点で直ちに懲戒処分を発令することは何らさしつかえがないものというべきである。

しかして、(証拠略)並びに弁論の全趣旨によると、公社は原告の逮捕以来情報の収集を始め、昭和五一年七月一五日に東京地方裁判所において本件非行に関し有罪判決がなされるに至って本件非行の存在を確信し、判決書の謄本を入手するなどして資料を収集した後、本件非行が懲戒事由に該当すると判断して本件懲戒免職処分をしたことが認められるのであって、これをもって直ちにその判断要素の選択や判断過程に著しく合理性を欠くところがあるとまではいえないから、原告の右主張は失当である。

2  原告は、規則五九条一六号が「刑事事件に関し有罪の確定判決があったとき」を別個独立の懲戒事由として定めているから、使用者がその存在を認定することの困難な企業外非行については原則としてこの一六号で懲戒すべきであり、本件においても、本件非行が企業外非行であるうえ、原告が無罪を主張し、公社は何ら事実調査をしていながったのであるから、有罪判決が確定して一六号に該当するまでは懲戒処分が許されなかったものである旨主張する。

そこで検討するに、なるほど企業外非行の場合には使用者による非行の認定が事実上困難なことがあり、場合によっては不可能なこともありうることは否めないが、一般的にそれが不可能であるとはいえないうえ、規則五九条一六号と同条七号、二〇号を照らし合わせて考えてみても、企業外非行で刑事裁判に付されているものについては一六号で懲戒すべきであるとまでは解されず、企業外非行で刑事裁判に付されているものでも、公社がそれを認定することができる以上は、刑事裁判の経過にかかわらず、その時点で直ちに一六号以外の懲戒事由により懲戒処分をすることができるものと解するのが相当である。もっとも、規則五九条一六号が同七号、二〇号とは別個独立の懲戒事由として掲げられている趣旨に鑑みると(また、後記のような起訴休職制度の実際的機能を合わせ考えると)、公社による非行の認定が困難である場合には安易に乏しい資料に依拠することなくできるだけ有罪判決の確定を待って一六号により処分することが望ましいということもできようが、公社の本件非行の認定の過程は前記のとおりであるから原告の右主張も採用しえない。

(原告主張の無罪の推定の法理は刑事訴訟手続に関するものであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。)

3  次に原告は、本件懲戒免職処分発令当時原告は起訴休職中の身分であって、暫定的に職場秩序の維持が確保されていたにもかかわらず、不十分かつ性急な非行の認定によって処分をしたのは、特に本件非行が認定の困難あるいは不可能な企業外非行であっただけに、公社が懲戒権を濫用したものというべきであると主張するので、これを検討する。

ところで、起訴休職制度は、起訴という手続を介して犯罪の嫌疑をかけられている職員をそのまま就労させておくことが公共性の高い公社にとって不適当である場合に、当該職員を一時的に当該職場から排除するためにとられる暫定的措置であり、起訴された犯罪事実の存否に関係なく、起訴されたこと自体を要件とするもので、起訴の対象となった行為そのものの責任を追及するものではない。

他方、懲戒処分は、起訴の有無にかかわらず、職員の非行が認定された場合にその非行そのものの責任を問うものである。

従って、起訴休職処分と懲戒処分とはその目的、事由、効果が異なる全く別個の制度であって、起訴休職中の職員に対してでも、当該職員の非行を公社が認定できる以上は、その時点において、刑事裁判の経過と関係なく懲戒処分をなしうるのであり、このこと自体は何ら問題となるものでない。また、この理は、職員の非行が企業外非行であったとしても何ら異なるところはなく、なるほど企業外非行の場合には公社による非行の認定が困難な面も多いであろうことは、事実として十分窺われるけれども、それはあくまで認定の問題にすぎないのである。

そして、公社の本件非行の認定の過程は前記のとおりであるから、原告の右主張もまた失当であるといわざるを得ない。

4  さらに、原告は、本件懲戒免職処分は労働運動に対する敵意と原告に対する嫌悪に基づいたものであるから、懲戒権の濫用であると主張するが、本件の全証拠によってもこれを肯認するに足りる事実を認めることはできない。なお、原告は管理職たる地位にあった公社職員が原告以上の非行を行ったにもかかわらず、懲戒免職処分を受けていない旨主張するが、仮にかかる事実があったとしても、そのことが公社の綱紀の弛緩を示すものとして国民から非難を受けるべきはともかく、そのことから直ちに本件懲戒免職処分が懲戒権を濫用したものとまではいうことができない。

六  結論

以上によれば、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田平次郎 裁判官 池田亮一 裁判官林正宏は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 武田平次郎)

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