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仙台地方裁判所 昭和52年(モ)183号 判決 1977年10月12日

申立人 牛木広幸

被申立人 エツソスタンダード石油株式会社

主文

一  本件当事者間の当庁昭和五〇年(ヨ)第三一八号債権の取立及び処分禁止仮処分申請事件について、当裁判所が同年八月一二日にした仮処分決定はこれを取り消す。

二  訴訟費用は被申立人の負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

一  申立代理人は、主文第一、第二項同旨の判決を求め、その理由として、

(一)  当裁判所は、昭和五〇年八月一二日、被申立人の申請にかかる当庁昭和五〇年(ヨ)第三一八号債権の取立及び処分禁止仮処分申請事件について、次のような内容の仮処分命令を発した。

「債務者(本件申立人、以下同じ。)は別紙第三債務者目録記載の第三債務者らから、別紙債権目録記載の債権を取り立てまたは譲渡、質入、その他一切の処分をしてはならない。

第三債務者は債務者に右債務を支払つてはならない。

第三債務者は右債務の支払をなさんとするときは、民法第四九四条の債権者を確知することができないとの理由で法務局に弁済供託しなければならない。」

(二)  そこで、申立人は本件仮処分につき当裁判所に起訴命令の申立(当庁昭和五一年(モ)第七九号)をし、当裁判所は、昭和五一年二月一〇日、被申立人に対し、「命令送達の日から一四日以内に本案訴訟を提起しなければならない」旨の起訴命令を発し、右命令は同月一〇日被申立人に送達された。

(三)  しかるに、被申立人は右期間を徒過して現在に至るも未だ本案訴訟を提起しないから、民事訴訟法七五六条、七四六条二項により本件仮処分の取消を求める。

と述べ、被申立人の主張に対して次のとおり反論した。

1  被申立人は、当庁昭和五一年(ワ)第一四五号商品代金請求事件をもつて、本件仮処分の本案事件である旨主張するが、右商品代金請求事件が本件仮処分の本案たりえないことは本件仮処分申請の申請理由に照らして明らかである。本件仮処分申請がいかなる権利をもつて被保全権利として主張しているのか不明であるが、本件仮処分申請の申請理由第四項によると、被申立人は、「債権者(被申立人)の取立を妨害せざる旨の債権取立に対する妨害禁止の本訴を提起す」ることを前提とし、右「妨害禁止の本訴」をもつて本件仮処分の本案と主張しているのであつて、前記商品代金請求という給付の訴が右にいわゆる「妨害禁止の本訴」と言えないことは明白である。

よつて、本件仮処分の本案は未だに提訴されていないのである。

2  なお、被申立人は、申立人の顧客に対する商品代金債権は被申立人に直接帰属する旨を主張するが、これまた失当である。申立人は、被申立人との間で昭和四七年一月一日サービス・ステーシヨン・マネジヤー・プラン契約(以下本件契約という)を締結し、石油製品の委託販売取引をしてきたが、申立人が顧客に販売した商品の代金債権は申立人に帰属するものであり、被申立人が顧客に対する債権者でないことは明白である。けだし顧客と被申立人間には、何らの契約関係も存しないからである。そして現に申立人は、自己の債権として、これを取り立て、さらに必要に応じ自己の名と計算において取り立てのための訴訟を提起し、あるいは強制執行手続などをとつてきたものである。たしかに本件契約においては、顧客に対する売掛代金債権は被申立人に帰属するとされているが、他方、申立人は右売掛債権を被申立人に代つて回収する義務を有し、右債権の全部又は一部を回収することができないときは当該未回収分について申立人が被申立人に対し支払の責めを負うと定められているのであつて、これは余りにも被申立人に一方的に有利なものであり、申立人からの搾取が著しく、正常な商慣習に違背し、独占禁止法一九条(不公正な取引方法の禁止)に該当し、公序良俗に反する違法なもので無効である(独占禁止法二条七項一号ないし三号、五号、昭和二八年九月一日付公正取引委員会告示(一般指定)第二、第四、第六、第八及び第一〇等参照)。

3  仮りに、被申立人が申立人に対し、何ほどかの商品代金債権を有しているとしても、その保全の方法としては、債権仮差押によることはともかく、右債権的請求権そのものは申立人の第三者(顧客)に対する債権の取り立てを直接に禁ずる本件の如き仮処分の被保全権利たりえないものである。

二  被申立代理人は、「本件申立を却下する。訴訟費用は申立人の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)  申立人の理由(一)及び(二)は認める。

(二)  同(三)は否認する。

被申立人は、昭和五一年二月二三日、申立人を被告とする商品代金等請求事件を当庁に提起し、現に昭和五一年(ワ)第一四五号事件として係属中である。

本件仮処分は、被申立人が申立人に対する「委託商品」代金債権を保全するため、申立人が第三債務者から右債権を取り立て、その他処分行為をなすことを禁ずることをその内容としている。

本件契約においては「委託商品」は被申立人の所有に属し申立人が被申立人の代理商としてこれを顧客に販売するとともに、その代金を取り立て被申立人に送金すべき義務を負担している。従つて、顧客に対する代金債権は被申立人に直接帰属するとされている。しかし、申立人は従前より代金債権の取り立てをしながら、これを被申立人に送金せず、その結果被申立人の申立人に対する商品代金債権額が増加の一途をたどつた。本件第三債務者に対する代金債権についてもこれを取り立て、かつ、被申立人に送金せず費消させるおそれがあつたため、被申立人としては申立人に対する債権を保全するため、申立人がこれを取り立てることを禁止する必要があつた。

第三債務者に対する代金債務権が申立人に帰属するものであれば、通常債権仮差押によりその目的が達せられる。しかるに本件では被申立人の債権であり、これの仮差押は不可能であるから、同様の目的を達成するため債権の取立禁止の仮処分に及んだものである。本件仮処分の目的は、被申立人の申立人に対する委託商品代金債権の保全に外ならない。 仮処分の被保全権利と本案の同一性については、従来から緩やかに解されており、請求の基礎が同一性を失わなければ足り、請求原因まで一致する必要はないと解されている。そして請求の基礎の同一とは、「訴により追求せんとする利益の同一性」と説明されている。すなわち、保全処分の対象たる被保全権利と本案訴訟の訴訟物たる権利又は法律関係が、その原因事実・態様等において多少相違していても、保全処分の申請の趣旨、原因事実並に保全処分の内容と本案訴訟の請求の趣旨、請求原因等を比較考量したうえ、結局において本案によつて追求せんとする利益と、当該保全処分により保全せられるべき利益との間に同一性を認め得られる限りは、この訴訟を以つて当該保全処分に対する適法なる本案訴訟というに妨げない。

本件仮処分の目的は、申立人に対する委託商品代金債権の保全にあること前記のとおりであるから、申立人に対する昭和五一年(ワ)第一四五号事件が本案に該当することは明らかである。

よつて、申立人の本件申立は理由がないから、却下されるべきである。

三  疎明として、被申立代理人は疎乙第一号証を提出し、申立代理人はその成立を認めると述べた。

理由

一  被申立人の申請に基づく当庁昭和五〇年(ヨ)第三一八号債権の取立及び処分禁止の仮処分申請事件について、同年八月一二日当裁判所において申立人が申立の理由第一項において主張する内容の仮処分決定がなされたこと、当裁判所が申立人の申立に基づき昭和五一年二月一〇日被申立人に対し、「命令送達の日から一四日以内に本案訴訟を提起すべき」旨の起訴命令を発し、右命令が同年同月一〇日被申立人に送達せられたことは当事者間に争いがない。

二  ところで申立人は右仮処分の本案訴訟は提起されていない旨主張するのに対し、被申立人は昭和五一年二月二三日申立人を被告として当庁に提起した昭和五一年(ワ)第一四五号商品代金等請求事件が右仮処分申請事件の本案訴訟である旨主張するので、右訴訟事件が本案訴訟に当るか否かについて検討するに、

(一)  起訴命令の不遵守による保全処分取消の制度は、保全処分が本案訴訟において被保全権利の存否が確定されることを前提として暫定的仮定的に認められるものであることに鑑み、債権者において本案訴訟を提起しないときは、当該保全処分の存続を認めるのを不当としてこれを取消す制度であるから、債権者の提起した訴訟が当該保全処分の本案訴訟に当るというためには、当該訴訟の権利関係がさきになされた保全処分の被保全権利と請求の基礎において同一の紛争から生ずる権利関係であるのみならず当該訴訟における権利関係によつてもさきになされた保全処分がその性質、内容において是認される場合であることを要するものと解すべきである。

けだし、債権者の提起した訴訟の権利関係が保全処分の被保全権利と請求の基礎において同一であつても、当該訴訟の権利関係によつてはさきになされたような保全処分が認められないようなものであるときは、債権者において右のような権利関係の訴訟を提起したからといってなお保全処分を維持するのは取消制度を認めた本来の趣旨に反することとなるからである。

(二)  そこで、これを本件についてみるに、本件仮処分事件記録及び成立に争いない疎乙第一号証によれば本件仮処分の被保全権利は被申立人と申立人との間の前記本件契約に基づき被申立人が申立人を代理商として第三債務者に対して売渡した「委託商品」の代金債権が被申立人に帰属することを理由に、申立人が第三債務者から右代金を取立てその他の処分行為をなすことの禁止を求める不作為請求権であり、一方被申立人が本案であると主張する前記商品代金等請求事件の訴訟物は、被申立人と申立人との間の右契約に基づき申立人が第三債務者に「委託商品」を販売した場合右売買代金を第三債務者から取立てこれを被申立人に送付すべき受取代金引渡請求権であることが認められる。

そうすると、右訴訟事件においては申立人に対し第三債務者から代金を取立てこれを送付すべきことを求め、右仮処分では申立人に対し右第三債務者からの取立て等を禁止することを求めることになり相互に矛盾するものであつて本件仮処分の被保全権利と右訴訟事件の訴訟物とが、請求の基礎を同じくするものであつても、右訴訟事件の訴訟物を被保全権利とした場合には本件仮処分のような保全処分は認められる余地がないものであるから、右訴訟事件は本件仮処分の本案訴訟に当らないものといわなければならない。

してみると、本件仮処分については本案訴訟の提起がないことに帰するから主文第一項記載の仮処分決定はこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤和男 後藤一男 竹花俊徳)

(別紙)第三債務者目録<省略>

(別紙)債権目録(1) ~(30)<省略>

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