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仙台地方裁判所 昭和54年(ワ)350号 判決 1980年12月26日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告らは別紙第二、第三目録記載の商品自動車接地具を製造、販売してはならない。

2  被告らは商品自動車接地具にアースベルトなる名称を使用し、またはこれを使用した商品自動車接地具を製造、販売してはならない。

3  被告らは原告らに対し連帯して金八〇〇〇万円を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに第3項につき仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告高橋榮は、昭和五三年五月ころから、別紙第一図面記載の自動車接地具「アースベルト」(以下「原告製品」という。)を考案し、原告有限会社三栄交易は、商品の製作を株式会社双見商会等に依頼して右日時ころ、右製品の販売を開始した。

原告らの製造販売にかかる右製品は、自動車に帯電した静電気を地上に放出する目的をもつたもので、従前のものは鎖アースであつたため、アースの接地面積が小さく、道路状況によりチエーンが飛びはねたりして静電気除去の効果が少なかつたが、原告製品は導電性ゴムに銅線を埋没させたもので、導電性ゴムの幅は二センチメートルあり接地面積が大きく、導電性ゴムと銅線の双方から静電気を除去するため効果は抜群である。また原告製品は別紙第一図面記載のように赤色五角形の反射板があり、これはおもりの役割をはたしているほか、導電ゴム表面部分に表示された螢光性黄色表示マーク(矢印及びチエツカー模様)とともに自動車の装飾具としての効果もあわせ有しているものである。

原告らは、原告製品を「アースベルト」の商標で仙台市において発売したところ、爆発的売れ行きを示し、昭和五四年三月まで約一五万本の販売をあげ、更に製造販売数は増加の一途をたどつている。原告らは新聞、雑誌、ラジオ、テレビ等を通じて広告、宣伝し昭和五四年四月ころには、宮城県の乗用自動車のほぼ二台に一台、東北地方の乗用自動車の一〇台に一台の割で常時使用されている数の原告製品が自動車業者あるいはユーザーに販売されたばかりでなく、原告製品の特徴性・独創性から、反射板をそなえた黄色マークがある自動車接地具として原告製品は広く認識され、取引業界において原告会社は「アースベルトさん」と呼ばれるようになつた。

右のように原告製品及び原告製品の商標たる「アースベルト」は昭和五四年四月ころには仙台市を中心に東北地方において広く認識されるにいたつたばかりでなく、その後の原告らの製造販売数をみれば、少なくとも昭和五四年中には全国的に周知されていたものである。

2  原告高橋榮は、昭和五五年五月三〇日、原告製品につき特許庁から意匠登録査定を受け、同年七月二二日、意匠登録料を納付した。したがつて、これに基づき意匠原簿に登録されることは明らかとなり、原告高橋榮は意匠権を有することになる。

3  昭和五三年九月ころ、被告宮川商工株式会社(以下単に「被告宮川商工」という。)仙台支店から原告会社に対し、原告製品を買いたい旨の申し入れがあつたので、原告会社は一度四六〇〇本を売り渡したが、その後の売却は断つた。被告宮川商工は、原告会社からの仕入れを断られ、原告製品が非常な勢いで販売され広く認識された商品であることを知りながら、別紙第二、第三目録記載の類似品(以下「被告製品」という。)を製作し、昭和五四年四月ころから発売するに至つた。被告宮川商工は当初仙台営業所において販売し、仙台市を中心に販売した原告製品と競合し、現在では全国的に競合関係にある。

被告株式会社清和工業製作所は、被告宮川商工から依頼をうけ、右被告製品を製造している。

被告宮川商工は別紙第二目録記載の製品の商標として「エンドレスアースベルト」を使用しているが、右商標の重要部分は「アースベルト」にあることは明らかで、これは原告商品の商標と同一のものである。また、被告製品は、原告製品とその形態及び外観において、形の類似した反射板、商品上に表示された同一色彩の模様等から、極めて類似しているばかりでなく、商品の台紙についても、大きさ、表示されている事項、図面、写真がほぼ同一であり、その出所について原告製品と誤認・混同を生じており、被告宮川商工は、被告製品を低額の代金でいわゆるバツタ売りをしているなど、原告の営業上の利益が害されている。

4  原告会社は、原告製品を一本六〇〇円で卸売をしており、製造原価は一本四〇〇円であるので、一本当たりの利益は二〇〇円となる。被告らは、昭和五四年四月以来、被告製品を大量に製造販売しており、その数は四〇万本を超えるものであり、原告らは八〇〇〇万円の損害を蒙つた。

仮りに、右製造販売数が明らかでないとしても、被告らは相当数の自動車接地具を製造販売しているので、逸失利益を含めた慰謝料として同額の損害賠償を請求する。

5  よつて、原告らは被告らに対し、主位的に不正競争防止法一条一項一号に基づき、予備的に意匠権に基づき、被告製品の製造販売の差止めを求めるとともに、営業上の利益の侵害に対する損害賠償を請求する。

二  右請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因第1項の事実中、原告製品の使用目的が自動車に帯電した静電気を地上に放出するもので、その効果が大きいこと、原告製品の形状、色彩が原告主張のとおりであることは認める。「アースベルト」が原告製品の商標であること、原告製品が周知性を有していたことはいずれも否認し、その余の事実は不知。「アースベルト」は商標ではなく原告製品の名称である。

2  同第2項の事実は不知。登録査定がなされたのみでは意匠権が発生していないことは意匠法二〇条一項より明らかである。

3  同第3項の事実中、昭和五三年九月ころ、被告宮川商工が、原告製品を購入したことは認める。別紙第二目録、第三目録記載の被告製品につき、13番の番号でリード線端子の記載があるが、このようなものは被告製品にはない。また被告製品の商標は「エンドレス」であり「エンドレスアースベルト」ではない。被告製品と原告製品が類似していることは否認しその余の事実は不知。

4  同第4項の事実は不知。

5  同第5項は争う。

三  被告らの主張

1  訴の一部取下についての不同意及び訴の却下について

(一) 原告らの従前の請求の趣旨第一項は、「被告らは商品自動車接地具について別紙第四目録第一に掲げる表示、同第二の一、二、三表示の反射板及び同第三に掲げる表示若しくは「アースベルト」なる呼称を生ずべき名称を使用し、又はこれを使用した商品自動車接地具を販売若しくは拡布してはならない。」というものであつたが、原告らは右請求の趣旨を第七回口頭弁論期日において、「被告らは別紙第二目録記載の商品自動車接地具を製造、販売してはならない。」と変更した。右第二目録記載の製品は、第四目録の第一及び第二を組合わせたうえで全形を特定したものであるから観念的には範囲を減縮するものである。しかし、本件に先立つ仮処分事件(昭和五四年(ヨ)第一六七号)においては、第四目録のとおりで判断しているため、右のように範囲を減縮すると仮処分事件における判断に対応する判断が本訴ですべてなされないことになるから請求の範囲減縮による訴の一部取下には同意し得ない。

(二) 次に、原告の前記従前の右請求は左記のようにその一部において不適法であるから、その部分は却下されるべきである。

(1) 「自動車接地具」は商品として親しまれている語ではないので、商品の特定のため請求の趣旨に使用するのは不適当である。何故なら、自動車接地具の語で直感的に考えられるのはタイヤであり、アース用ベルトではないからである。また同じ物品について原告ら自身甲第一号証の一で「自動車接地具」(考案の名称)と言いながら、甲第二号証の一では「静電気防止用具」(意匠に係る物品)と言い、別に乙号証においては「静電気防止用具」(乙第一号証)、「自動車用アース」(乙第二号証)、「静電気防止用アース」(乙第三号証)等の名称を用いその統一を知らないものである。

結局、商品名としてはその用途・形状から「アース用ベルト」とするのが最も理解しやすく妥当な表現と思われる。

(2) 別紙第四目録第一は商品上の模様の一部であり、同第二の一、二、三は商品の一部の形状である。しかも原告らの適用する条号は不正競争防止法第一条第一項第一号であるから、右目録の第一、第二のいずれも同法に規定された具体的列挙たる「他人の氏名、商号、商標、商品の容器、包装」(第一号)に該当しないこと明らかである。してみると、右目録第一、第二については、わずかに第一号の「其の他他人の商品たることを示す表示」の範囲に含まれるか否かの問題が残るに過ぎないことになる。

商品の形態(商品全体の形状)が右「他人の商品たることを示す表示」に該当するかについて、判例は肯定的見解を示し、東京地裁昭和四八年三月九日判決(ナイロール事件、判例時報七〇五号、七六頁)において初めて原告勝訴の判断をしたがここで注意すべきは、商品全体の形状としての表示性の問題であり、本件における商品の模様の一部或いは一部の形状の表示性の問題ではない。したがつて、このような商品の一部に商品の表示性を求めることは、不正競争防止法一条の適用上考えられないところであり、従来の判例、学説においてそのような適用の余地を認めるものが皆無であつたことはその間の事情を有力に物語るものであるということができよう。

右の点が理論上正しいことは、次に述べる実質的理由から自明である。

商品の模様の一部或いは一部の形状に商品の表示性を認めその差止が許されるとすると、現存しない同種商品で将来出現する他の部分のきわめて優れた、或いは特徴的な構成を有するものが出て来たとき、これらの優れた部分、特徴の存在価値は全く認められないで既になされた差止の対象となつているという奇妙な結果になる。このような現存しない同種商品の差止を現時点で肯定する結果を含む請求は法律上許されないことは当然で、この理由があるからこそ、商品の模様の一部、或いは商品の一部の形状の表示性に基づく差止請求は、判例、学説において議論の対象外としていたものである。

しかるに、原告らの変更前の請求はこの自明の事項を忘れてなした請求であるから、それが却下されるべきは一目瞭然である。

(3) 『「アースベルト」なる呼称を生ずべき名称』の表現も対象の特定性の見地から許されないものである。

現在被告が使用しているとして問題になつているのは被告製品支持ボード上の片仮名で「アースベルト」と書かれた記載のみである。したがつて、片仮名以外の呼称を生ずべき名称にまで拡張することは出来ない筈である。

右のとおり変更前の請求の趣旨第一項は、殆んどの範囲が非論理的請求であるため当然却下せられるべきものである。

2  周知性について

(一) 不正競争防止法一条一項一号で規定する周知性の周知という概念は、不特定又は多数が知つている公知とは異なり、誰もが熟知している程度に広く知られていることを要するものであり周知性が要求される地域的範囲は、広く日本国内に及ぶと解すべきであるが、刑事事件についての判決である最高裁判所判決昭和三四年五月二〇日(刑集一三巻五号七五五頁)は、同条一号の「本法施行の地域内に於て広く認識せらるる」と規定することの意味につき、本邦全般にわたり広く知られていることを要するという趣旨ではなく、一地方において広く知られている場合をも含むものと解するのが相当である、と判示しているので、仮りに右判決を根拠としても本件の場合は少なくとも東北地方での周知性を要する。

不正競争防止法による権利は使用の実績に由来し、一方権利の及ぶ範囲は日本国内であるから、日本国内の一地域、例えば仙台市における実績を以つてこの法律による権利を取得することができると解することは異例である。

過去における諸判決がこの法律の適用を拡張するためになした苦心は、(イ)販売地が共に重複する相当程度広い地域、例えば中部地方(前掲最高裁昭和三四年五月二〇日判決)(ロ)数代にわたる一地域の特産品について販売地が重複する相当程度広い地域、例えば、京阪地方(「田辺屋の冬籠」に関する大阪高裁昭和三八年八月二七日判決)においてなされていることを認めることができるが、本件はこれらにおける要件にも当たらないものであること言うまでもない。

本件において原告会社は双見商会に製作を依頼しているのであるから、双見商会の製造量がすべてであるところ、両者間の昭和五三年八月二五日から昭和五四年四月までの間の取引量はわずかに四万一五九五本で金額にして一六六三万八〇〇〇円にすぎない。全国の自動車の登録台数が昭和五四年二月末頃には三〇〇〇万台をはるかに越えていることからみても原告商品の販売数はきわめて微々たるもので全国的に周知に至つていないことは明らかである。判例においても「三愛」について、それが一〇年以上の実績に基づき、本邦施行地域内で広く需要者間に認識されていることを要件として認定し(東京地裁昭和三七年六月三〇日判決、三愛事件)、また「ヤシカ」が一〇年以上の実績に基づき、カメラにつき全国的に著名になつている事実を要件として認定し(東京地裁昭和四一年八月三〇日判決、ヤシカ事件)ているように、日本全国の需要者を対象に周知の要件が認定されている。

もつとも、一地域の特産品等についての特別事情がある場合は一地域の周知性で足るとする例外もあるが(「田辺屋の冬籠」に関する大阪高裁昭和三八年八月二七日判決)、この場合は数代にわたる長い期間の実績を尊重した結果と解される。これに対し本件における商品は自動車の附属用品であり、地域性とは全く無関係であるのみならず、原告の本店と被告らの本店所在地は仙台市と東京都と離れており、仙台市ないしは東北地方における周知性のみを以つて被告らに対し不正競争防止法一条一項一号の適用を主張することは、かえつて被告の営業活動を不当に妨げる結果を招来するので、その請求は棄却されるべきものである。

(二) 周知性取得の時期につき、原告らの商品表示が周知性を有するのは少なくとも被告製品が販売される以前であることを要し、本件においては、昭和五四年二月末頃までには周知性を確立していなければならない。

不正競争防止法は、商標等一定の商品表示の使用の実績を以つて保護の客体としそれを権利の段階まで高め、それに由来する差止請求権等を認めたものである。

したがつて、使用の実績は原則として、使用者が単独で広く日本国内において作り上げることが必要であり、その後で類似の商標等の商品表示を使用した者が出て来たときに始め両者間の商品の混同の問題がおこり、周知の商品表示使用者の営業上の利益が害される結果、同法一条一項一号の適用が可能となるものである。それ故、最初の使用者の商品表示が周知になる前に、他人が同一又は類似の商品表示を使用しても不正競争防止法の適用は何もなく、この場合、両者がその後更に多くの使用実績を積み、その中の一方が、もし単独の使用のみであれば、周知性が認められる程度の実績を積んだとしても、その時点で突如他方に対し差止め請求が認められることにはならない。何故なら、この場合、両者の間で併存使用関係が認められていたのであり、この法律の差止請求権の由来が右のとおり使用の実績によるものであるから初めに肯定されていた併存使用関係があるべき姿であり、それが或る日突然否定され、一方の使用しか認められなくなるとするとその由つて立つ基礎の自己矛盾となり、そのように解することが誤りであること明らかだからである。したがつて、このような複数の使用者の併存する場合は、もはやその中の一人が同法一条一項一号の差止請求権を取得するような周知性を得ることはできないと解するのが理論である。このことを別の観点からみると、複数の使用者があると、商品の出所は当然複数あることになり、如何に使用実績を積んでも商標の出所表示機能は常に複数存するため、特定の出所表示としての機能を果たす機会はもはや存しないことになつているからである。

(三) 周知性を取得するまでの期間について別に決まつた長さはないが、日本国内で広く取引者、需要者に当該商標等からその商品の出所が何処であるかを知られるに至るためには相当の期間を要することは経験上明らかである。勿論、販売手段、宣伝方法等によつても大きく左右されること言うまでもないところである。本件についてみると、後記のように「アースベルト」の広告は殆んどが商品名としてなされているため商標としての周知性には殆んど何の奉仕もしておらず、また地域的に殆んどの広告が仙台市付近に限られている。一方、販売商品の使用(車に装着して走行)においても、当該商品上には「アースベルト」の記載は何もないのみならず、かえつて単に「EARTH」と別の表示をしているところから、このことによる周知性取得もあり得ないところである。してみると、原告らの周知性取得のための手段は実質上製品販売における台紙上の記載しかないということになり、これにより周知になつたなどということは到底不可能である。

また、被告がその製品を販売し始めたのは昭和五四年三月であり、原告の販売は前年八月末からである。してみると原告製品につき、わずか半年間で周知性が取得されたと評価することは到底考えられないところである。過去の多数の判例においても周知性取得についてはかなりの年月を要するとされている事例が多いものであり、また、後記のように「アースベルト」は商品の普通名称として使用されているものであるから、それをいかに多く使用しても、この使用によつて周知の出所表示機能を全国において取得したなどということはあり得ない。

3  「アースベルト」の商標性について

原告は「アースベルト」は商品自動車接地具の商標であると主張するが、「アースベルト」は従前の鎖アースに対応する名称で、鎖のかわりにベルトを採用したのが原告製品であるから商品の用途、形状を示すものであり、商標とみることはできない。

商標とは何であるかの定義は商標法二条一項で一応なされている。そして、本件で問題となつている文字商標については、大きく分けて二種類の商標が存在する。(a)一つは造語からなる商標であり、他は(b)既成語からなる商標である。(b)の場合商品の品質・用途・形状等を表示する既成語であればそれは登録できず(同法三条一項三号)その既成語の意味での品質・用途・形状等を指すものとして使用するときは、普通名称としての使用に過ぎないこというまでもないところである。原告の「アースベルト」の使用が甲号証中でなされているのはこの(b)の意味での使用である。

原告は、その使用している「アースベルト」の文字が使用商品の記述的表示に当たらない旨述べ、記述的表示は「ベルトアース」になるべきところ、これを転倒して「アースベルト」としたところにも記述的要素を弱めるものであると主張している。しかし、記述的要素が仮に弱まつたとしても、記述的表示自体には何ら変りがないのであるから、このような主張をしてみても本来何の意味のないものである。

商標が記述的か否かについては常に商品との関係で具体的に検討しなければならない。本件の場合は、自動車の「アース用ベルト」であるから「アースベルト」はまさに記述的商標である。これを普通の人に理解出来ない自動車接地具が商品であるとするから、原告のような誤つた結論に至るものであるが、一方においては「ベルトアース」が記述的表示であるとの理解も示している。このことは、「アース」が電流を地面に流す材料であり、「ベルト」が「平帯状の物」であることを理解した上で、「ベルト状アース」の記述的表示であることを認めたものであるから、それを逆転させ「アースベルト」としても「アース用ベルト」に使用する限りそれが記述的表示であること言うまでもないことである。

なお、「ベルト」は、物体を巻きつける物である旨原告は主張するところであるも、この語は英語のBELTに由来し中学の英語で修得する単語で、帯、帯状のものを広く意味することは周知であり、本件で問題の巾約二センチ、長さ約四〇センチの導電性ゴムは、アースとして使う「ベルト」であること程度のことは誰でも理解でき、商品の実物を見、使用目的を知れば、「アースベルト」の表示が商品の品質、形状を表示する普通名称であることは誰でも容易に理解し得るところである。してみると「アースベルト」の表示を「アース用ベルト」に使用する限りそれが記述的表示であることに何の疑いをさしはさむ余地の全くないものである。

更に、前記(a)の造語商標の場合においてすら、その使用の如何によつては普通名称化するおそれがあり、普通名称化してしまえば商標法二六条により商標権の効力が及ばないことになるのである。具体的例として最も理解しやすいのは「NYLON」「ナイロン」であろう。線状合成ポリアミドについてその優れた特性から「NYLON」と命名し、米国のデユポン社が登録商標としたが、その後「ナイロン」は右商品の普通名称としてしばしば使用された結果、普通名称と化してしまつたものである。本件「アースベルト」は、繰り返し述べて来た通り、アース用ベルトであり、造語商標ではないから、造語商標の普通名称化を言う必要もなく、一方原告及び第三者である新聞等の記事においては普通名称としての用い方をしているから、その本来的意味を併せ考えれば普通名称である。このように「アースベルト」を商標とみることには問題があり、原告らは「アースベルト」を商標として登録出願しているがいまだ公告にすらなつていないのであるが、百歩を譲り、仮りにそれが登録されたとしても、商標法二六条一項二号で、用途・形状の表示として、商標権の効力が及ばないものである。したがつて、いずれの意味においても「アースベルト」は周知商標として被告に対し権利を主張できる根拠はない。

4  「アースベルト」は商品の普通名称であるから、不正競争防止法二条一項一号により、同法一条の適用はない。

「アースベルト」が普通名称であることは、既成語を組合わせた語の性質から当然導き出される結果であり、同様の具体例として「トイレツトクレンザー」「つゆの素」について判例はいずれも普通名称としている。

原告の使用例をみても、商品の上に直接「EARTH」の文字を標章として用い、広告については、「高性能アースベルト」と「高性能」の文字を結合させ或いは「PAT」の文字を附加して使用していることである。もともと商標は商品の出所及び品質表示の機能を果たすものであるから、当該商標を自己の優れた商品に永年使用し、その結果、取引者・需要者がその商標の附された商品を信用して取引・購入するに至るもので、商標の名声・価値はこの過程を通つて少しずつ築き上げられるものである。したがつて、商標の前に「高性能」、「PAT」などと書くのは本来あり得ないことである。原告らのいうように商品名が「自動車接地具」であるなら、当然「PAT、高性能自動車接地具」としなければならないが、そのようにしておらず「高性能」、「PAT」の語を前置することにより、「アースベルト」を商品の普通名称として取扱つているとみざるを得ないものである。何故なら、原告の製品は「高性能」のアースベルトであり、他の製品は性能の劣るアースベルトである旨を暗示しているから、これは最早や商標でなく商品名、即ち、商品の普通名称として扱われているものである。

右の解釈が正しいことは、新聞等の第三者による記事を参照することによりより一層明らかとなる。甲第四号証の三の河北新報によると、「三栄交易(仙台市)は新製品の自動車用アースベルトを発売している」と記載し、「アースベルト」を商品の普通名称として扱つている。もしこれが商標であるなら、別に商品名を記載しなければならないが、それをしていないのは、「アースベルト」を商品名と考えたからである。これをより専門的立場で解説された甲第五号証の三自動車工学においては、「アース・ベルトの利用」(三六頁)として当該商品の一般的作用・効果の解説をしており、原告製品はその中の第一図(三五頁)の商品である旨の記事となつている。

更に甲第四号証の五、日刊燃料油脂新聞では、双見商会が「アースベルトの新製品」を発売した旨記載している。即ち、原告の他、双見商会も「アースベルト」の新製品を発売したとなると、この記事上では「アースベルト」は完全に商品の普通名称として扱われ、商標としての取扱いは全く受けていない。

商品の普通名称に関しては、それをいかに多く使用しても商標として登録することができない(商標法二条二項)ものであるから「アースベルト」の使用による商品出所表示機能を論ずることはできないものである。

5  原告製品と被告製品の類似性について

(一) 原告らは被告製品の商標を「エンドレスアースベルト」であると主張するが、被告製品上に直接附されている商標は「ENDLESS」であり、原告製品のそれは「EARTH」であるから、両者間に類似の要素は何もない。

被告らは「エンドレス」を商標とし「アースベルト」を商品名として使用しているもので、これは被告商品の台紙上の記載により明らかである。

(二) 原告製品と被告製品の形態に類似性は全くない。原告製品と別紙第二目録記載の被告製品につき具体的にみると、

(1) 取付け金具の形状、構造が異なるため、ベルトの取付け状態が必然的に異なつている。

(2) 原告製品のベルト上の文字は「PAT」と「EARTH」であるが(別紙第一目録には右文字が脱落している)、被告製品では「ENDLESS」の文字を二行に書き上下の文字の大きさを変えて表示しているため、両者間に類似の要素は何もない。

(3) 同様、原告製品のベルト上の図形は、いわゆる「チエツカー図形」と稲妻状矢印であるのに対し、被告製品は、いわゆるチエツカー図形ではなく、その変形態様で表示し、特殊態様の矢印を以つて表わしてなるもので、他に数条の横線、及び原告製品にない図形を表示してなるものであるから、この点でも類似性は存しない。

(4) 原告製品の反射板は五角形からなるのに対し、被告製品の反射板は三角形である。五角形と三角形が類似でないことは周知の事実である。

右のように原告製品と別紙第二目録記載の被告製品は非類似であることは明瞭であり、別紙第三目録記載の被告製品は、第二目録記載の製品に比して、チエツカー図形の変形態様の模様にかえて数条の縦線を書き、反射板の三角もより単純化した表現態様からなるため、原告製品との相違は第二目録記載の製品より更に顕著な隔たりがある。

してみると両製品の形態は非類似であることきわめて明瞭であり、理由もなく類似という原告らの主張は採用し得ないものである。

原告らは、原告製品の形態による出所表示機能の点を強調しているが、この出所表示機能は原告商品の形態について初めて論議することが出来るもので(肯定し得るか否かは別問題)それと右のとおり異なり類似しない形態の被告製品については最早原告商品の出所と混同の問題が起こるいわれのないものであること明らかである。

6  原告製品の宣伝には、しばしば「PAT」の表示が用いられている。周知のとおり「PAT」は特許の英語「PATENT」の略である。一方特許法一八八条一号では「特許に係る物以外の物又はその物の包装に特許表記又はこれと紛らわしい表示」をしてはならない旨規定し、その違反に対し罰則の規定(同法一九八条)を置いている。してみると、原告の宣伝の多くは特許もないのに違法に特許表記と紛らわしい表示の下になされたもので、それにより排他性のある不正競争防止法上の法益が与えられるに至つたとみることは到底許されないところである。

更に、拒絶が確定した実用新案出願(乙第五号証の一ないし七)にもとづきあたかも特許権侵害を構成するような警告を当業者に対してなすに及んでは最早、権利行使の域をはなはだしく逸脱したものと評価せざるを得ないものである。

7(一)  原告は予備的に意匠権に基づく請求をしているが、登録査定がなされたのみではまだ意匠権は発生していない。

更に原告の意匠登録出願は、本件訴訟に現われた訴訟資料より同法三条一項一号の「意匠登録出願前日本国内又は外国において公然知られた意匠」に該当することが明らかで、その登録を得ることはできないものである。

即ち、(イ)昭和三七年八月二二日公告の実公昭三七―二一八一三号公報には、「可撓性条帯」と「電導体を含む条帯」の「上部を金具に挾着」してなる自動車の静電気防止用具が記載されており、(ロ)昭和四三年四月二二日公告の実公昭四三―九二一三号公報には、「長さ調整部分」及び「地面接触部分」からなる「アース本体」を「導電性ゴム材料より同一軸線上に成形」し、「アース本体内にリード線を埋設」し、「調整金具を装着」した自動車用アースが記載されており、共に原告の考案に係る物品と殆んど同一機能を果たすものであり、(ハ)昭和四九年一月二一日公告の実公昭四九―二三四〇号公報には、「ゴム或は合成樹脂を素材とする帯状基材1」に「該基材1の端面に露出する通電性線材2を埋設」し、「この基材1の一端に該線材2と導通状態となる取付金具3を具備し」、「基材1の所要面に発光部面4を形成」してなる自動車の静電気防止用アースが記載されている。

これら先行技術を基にして原告の考案と比較してみると「適当な重量をもつ反射板」の取付以外は従来技術をそのまま採用したものであり、この「適当な重量をもつ反射板」を取付けることには何の考案力も要しない。新規性のない考案が意匠として登録できないことは自明である(意匠法三条)。そして乙第一ないし第三号証よリアースベルトの原型が原告のものでないことが明らかであるうえ、乙第四号証の一、二に記載のとおり、米国においても一九七三年(昭和四八年)には既に製品としてカタログに記載され販売されているのであるから、原告製品の新規性にも問題がある。(乙第四号証の一、二は日本国内で頒布されたものであるが、意匠法三条では外国頒布で新規性が喪失される旨規定している。)

(二)  また、登録査定された意匠と被告商品を比較したとしても、両者は意匠上非類似であることが明らかである。

なお、登録査定された意匠は、原告らが自己の製品として第一目録及び添附の図面で特定したアース用ベルトとは異なり、被告らの製品と比較した場合より一層かけ離れた非類似の形状からなるものである。

登録査定された意匠は、原告高橋榮の登録出願に係り、その具体的内容は甲第二号証の一の図面及び説明において示すとおりの静電気防止用具の形状である。そして願書の「意匠の説明」の項(7項)によると次のとおりの説明がなされている。

「本意匠は長さ約四〇センチメートル、幅四センチメートルの大きさであり、導電性ゴムの柔軟帯板と締付ボルト、リード線端子、反射板よりなるものである。」

これから分かるとおり、この意匠は被告製品との間に左の顕著な相違のあるものである。

(1) 登録査定に係る意匠の導電性ゴムのベルトは、原告らの第一目録記載の製品(長さ五一センチ、幅二センチ)と異なり長さにおいて一一センチ短く、幅が二倍の四センチと広いことである。このことはベルトの形状が、被告製品に対しても長さに対する幅の比率で、二倍以上の顕著な相違があるということである。

ベルトの形状は細長い矩形をなしていることは周知の事実であり、登録査定された意匠のベルトがこのように長さと幅の比率において特定されている場合、その形状として保護されるのはその特定比率の長さと幅の関係にある場合と解さなければならない。何故なら、既にベルトの形状として周知の矩形が、特定意匠の関係で当該意匠の形状を越え或る範囲にわたり独占的排他性を与えられると、既に周知されている形状が突然独占権の対象となり不当に第三者の利益を制限することになるからである。この点は意匠法上における意匠が、「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であつて、視覚を通じて美感を起こさせるもの」(意匠法二条一項)と定義され、登録査定に係る意匠におけるベルトの美感はその長さと幅の一定比率において表現された形状について把握されているから、それと異なる比率、就中、この比率が二倍以上も変化した場合に意匠としての形状の美感は異なつて来るからこの点においても類似範囲に含まれなくなるところから容易に理解することができるところと思われる。

(2) 次に、一見して相違がわかるのは、登録査定に係る意匠は形状のみを以つてその構成としているのに対し、被告製品はベルト上に数種の模様を表現した態様からなつているため意匠としての美感が全く異なつているということである。両意匠が一見して相違するとわかるのも、このような事実に由来するのが一つの大きな原因で、この点は誰の目にもきわめて明瞭である。したがつて、この点からも両者に意匠としての類似性は存在しない。

(3) 更に反射板について比較してみるも、登録査定に係る意匠のそれはベルトの長さに対し約三・五分の一の長さ及びそれに対応する幅を有する巨大な比率からなり顕著な構成をなしているのに対し、被告製品は約八分の一と比較的小さくその形状も登録査定に係る意匠が五角形を基本にしてふち取りしているのに対し、被告らの製品は三角形からなるものである。したがつて、この大きさの異なつた比率及び形状の相違の点からも両者は意匠的に異なつた美感を起こさせるもので、異なつた意匠であることが明らかである。

特に留意すべき事項は、形状としての三角形と五角形は周知の異なつた形状の一つの例として誰もが知つており、五角形が三角形と類似するなどという理由は何処にもないから、この反射板の形状の相違のみをみても両者が意匠として非類似であることが明らかである。

(4) また反射板の側面及び背面からみて明らかなとおり、登録査定に係る意匠においてこの反射板はベルトと一体形成(ベルトに固定するネジがない。)とされているのに対し、被告製品においてはネジ止めして固定するものであることも一見して明らかな意匠の構成上の相違ということができる。

(5) また、取付金具について比較してみるも、登録査定に係る意匠のそれは、ベルトの長さに対し約五分の一の長さを有すると共にそれに対応する広い幅を有し、これまたベルトの大きさに対し巨大な比率からなる頑強度の強い顕著な構成をなしているのに対し、被告製品はベルトの長さに対し約二〇分の一と極めて小さく、意匠的に全体のバランスのとれたものである。またこの金具の形状も登録査定に係る意匠がその正面図、右側面図、背面図及び平面図から明らかなとおり上から下に向けてボルト止めするようにした金具の形状であるのに対し、被告製品は正面図の上方位置で水平方向に向けてボルト止めするようにしそれに相応した異なつた止め金具からなるものである。

このように取付金具のベルトに対する相対的大きさの極端な相違、及び取付方法の相違に由来する金具自体の形状の相違は、両者の意匠的構成を異にするのみならず、その美感を全く異にするものであるからこの点でも両者は意匠として非類似であることがわかる。

(6) 最後に登録査定に係る意匠は以上の他にリード線端子をその構成の一つとしている。しかし、被告製品にはそのようなリード線端子は不要なため存しないことも明らかである。

右の諸点のいずれか一つの相違ですら意匠としての両者の相違としてきわめて重要であるのに、これらの諸点においていずれも右のとおり相違するため、両者は意匠としての美感を異にし、非類似であることが明らかである。

四  被告らの主張に対する原告らの反論

1  周知性について

周知性は取引の事情、商品の種類及び性質によつて具体的に判断するのが相当であり、本件原告製品が周知性を有していたことは明らかである。

(一) 原告製品の商標たる「アースベルト」及び原告製品の形態が広く認識された範囲については、当初は仙台市を中心として東北地方であり、その後全国に広まつた。周知地域の範囲につき判例は「本邦全般にわたつて広く知られることを必要とせず、一地方において広く知られている場合も含む。」とするのが大勢であるが、さらに、八戸市内における周知事実をもつて足るとした判例(大地判昭和五一年四月三〇日判例不正競業法四五四頁)があり、そうすると、広く日本国内であることは必要でないことはもとより、一地方でもよく、また、八戸市程度の地域でもよいことになる。

また、判例の大勢による一地方において広く認識されるというのは具体的にいかなる地域的範囲を指すかということは商品の種類、営業の範囲等で異るものである。不正競争防止法の趣旨が、不正競争者が他人の周知商標等と同一または類似の表示を使用することによつて自他の商品を誤認混同せしめることを防止することにあるのであるから、商品混同のおそれが生じる限り、その商品主体の表示が認識せられている地域の広狭は問題ではないともいえるのである。

(二) 被告らは、周知性は被告製品が出現する以前に存在しなければならないとするが、その主張、立証が口頭弁論の終結までに自由に提出される現裁判においては、むしろその判断時は最終口頭弁論時と考えるべきである。

現に、本号に該当したものとしてはじめて判断を下された東京地判昭和四八年三月九日判決(ナイロール事件)によれば、「被告らは昭和四五年九月ごろ被告製品を販売したが、原告製品は昭和四六年三月ごろ広く知られるようになつた」と判断し、明らかに周知性の以前に被告製品が販売されたことを認め、そこに何らの理論的矛盾をも示していない。

不正競争防止法一条一項一号は、相手方の商品を差止めるには一方の商標等が周知されていなければならないことを示すのみであつて、周知性は相手方商品の差止の要件であり、被告らの主張は独断というべきである。

(三) 商標等が周知性を有するにいたる時間的な制約はないものであり、特に最近はテレビ等のマスコミにより、またたく間に商標等が周知となることは公知の事実である。現に、前橋地判昭和四一年三月八日(不競判八四九頁)によれば、「即席タンメン」を昭和三九年八月に製造を開始したが、右は昭和四〇年四月には周知性を得たとしている。その間わずか八ケ月にすぎない。

そうすると、爆発的に商品が製造販売され、これをマスコミが広告することにより容易に周知性を得るものであつて、本件「アースベルト」もその例というべきである。

本件アースベルトは自動車接地具で、自動車後部のきわめて容易に認識しうる部位に設置せられ、かつ装飾的な面も有し、流行性があり、かつ、耐久品であつて、一旦設置されると数年は使用に耐えるものである。自動車の運行範囲は一地方にとどまらず、日本全国に及ぶものであるから原告製品は地域的特産物ではなく、しかも自動車はきわめて短期間のうちに全国を周行することができるものであるからその商品の伝播性も短期間でなしうる。原告らは原告製品をラジオ・テレビ等のマスコミを利用して広告、宣伝し、専門誌、業界誌、業界新聞も原告製品をとりあげたこと、販売方法として通信販売を通して全国的に販売し、また、ドライブイン、ガソリンスタンド等に置かれて一般購入者の容易に目につく状況だつたこと、原告製品が自動車に使用されたのははじめてで珍らしく形態自体特徴的で他から識別されるものであつたこと、原告製品が自動車に設置され全国的に周行されたこと等の諸要素により、原告製品は発売以来一年をもつて全国的に周知性を有するに至つた。判例は周知時期において、例えば商号あるいは地方の特産物等については数年ないし十数年をもつて周知の時期を認定しているものもあるが、それらはその製品の性質等から迅速に伝播力をもたないものであり、むしろ現在においては強力なマスコミの宣伝力により数ケ月を経ずに全国的に周知となる製品はめずらしくない。

例えば長崎タンメンにつき発売以来六ケ月をもつて周知となつたとし(前橋地裁昭和四二年一〇月二八日判決、無体集二、一、二一三頁)、またチキンラーメンにつき発売以来一年をもつて周知となつたとしている(同前)。同様にロツクタイトの商標につき一年六ケ月をもつて周知となつた(東京地裁昭和四二年四月二七日判例不正競業法五七三頁)としている。しかもこれは一五年も前の判例であり、その後のマスコミ等の発達によりその周知時期はさらに短くなつたものというべきであり、本件製品が一年で周知されたとすることはこれらの判例に比し決して早すぎるということはない。

さらに、本件自動車接地具の類似品が多数出まわつていることも本件「アースベルト」の周知性を高める原因となつている。すなわち、被告らは現在販売等の禁止の仮処分をまつたく厳守せず、しかも販売価格を大巾に下まわる価格で投げ売り的販売を行なつており、その販売数は原告製造販売数を上まわるのではないかと思われる。

本件自動車接地具の類似品はこれら被告製造、販売にかゝる「エンドレスアースベルト」「アースラバー」の外にモービルアース、ハイアース、導電性アースチエーン、サンダーアースがある。これらはすべて本件「アースベルト」が先鞭をつけたものであつて、しかもその広告では原告考案にかゝる自動車接地具として「アースベルト」を表示するものが多く、これら多数の模造品の宣伝あるいは販売行為によつて本件アースベルトは仙台を中心として全国に周知されたものであり、不正競争防止法の周知商標の地位を取得したものである。

2  本件「アースベルト」の商標性について

(一) 被告らは本件「アースベルト」は商標法三条一項三号のいわゆる記述的商標であると主張する。

そして「トイレツトクレンザー」の例を引用している。

いわゆる記述的商標は商品の特性を記述する内容をもつものであり、商品取引において一般的に使用され、自他商品識別の機能を欠くことが多く、また商品取引上何人にとつても必要な表示であるから特定人のみに独占させることは公益上妥当でないとの配慮に基づくものであると思われる。

(二) ところで本件「アースベルト」は新造語であり、「アース」「ベルト」の記述的表示の結合商標ではない。仮りにその二つのことばが記述的であつても記述的表示の結合により別途の意味を有するように至れば本号に該当しないのであり、本件アースベルトはまさにその意味において本号に該当しない。

自動車の「アース」は従前はチエーンをもつて目的を達していた。したがつてチエーンによるアースはチエーンアースというべきである。

ところで、「ベルト」の意義は広辞苑によれば<1>二個の調車にかけて動力を伝える平帯状の物。調帯。調革。<2>服装用、胴にしめる帯。革・ビニールなどでつくる。とある。そうするとベルトの語はいわゆるベルトコンベアーに用いられる如き機械の動力伝導装置としてと身体装身具としての二つの用い方があり、その共通の観念は適当な長さをもち物体を「巻きつける物」である。

ところで本件の自動車接地具は巾約二センチ、長さ約四〇センチの導電ゴム本体と螢光黄色使用の表示マークを施した適当な重量を持つ反射板と長さ調節用の締付ボルトからなるものであり、「適当な長さ」「物体を巻きつける物」との観念から遠いものである。

すなわち、本件自動車接地具の主たる構成部分が導電ゴム本体だとしても前述のとおり長さ四〇センチ程度であり、しかも自動車後部に取りつけられ、地面と接触するように考案されたものであり、動力の伝導装置でないことはもとより、自動車を巻きつける物ではない。

しかもこれに反射板が設置されることにより前述のとおりの「ベルト」としての観念からさらに遠ざかるものである。

また、前述のとおり本件自動車接地具はあくまでもアースであるから、本来はこれを記述的表示としてはベルトアースになるべきところ、これを転倒して「アースベルト」としたところにも記述的要素を弱めるものである。

(三) 被告らは「トイレツトクレンザー」を指摘するが、これが記述的商標であることは「トイレ用のクレンザー」を「トイレツトクレンザー」と表示したことで明らかであつて、そもそもクレンジングなるものがすでに効能を表示するものとして商標たり得ないのである。

これと同一のものは枚挙にいとまないが、例えば

(イ) カレツジタイ(旧三六類ネクタイ)昭五・六・一六、昭五(オ)四七五

(ロ) 玄米せん(三〇類玄米を加工したせんべい)昭三九・二・二八、昭三八審一三三三

(ハ) カレツジアンルツク(一七類被服)昭四二・三・九、昭四一審五一三四

(ニ) 洗米カツプ(一九類米とぎ器)昭四二・八・二四、昭四〇審七九九七

(ホ) ホームビデオ(一一類電気機械器具等全商品)昭四三・七・一八、昭四一審六七八九

(ヘ) アミノエキス(三一類)昭四七・九・二七、昭四二審三四八

(ト) カセツトコーダー(一一類テープレコーダー)昭四五・一二・一〇、昭四四審一四九二

があげられる。これらが商標たり得ないのは、大学生用のネクタイとしてカレツジタイ、玄米せんべいを玄米せん、学生服をカレツジアンルック、米とぎ器を洗米カツプ、家庭用ビデオテープレコーダーをホームビデオ、アミノ酸を主成分とする調味料をアミノエキス、カセツトタイプのテープレコーダーをカセツトコーダーとして表示したからで、その用途と商標とがまつたく一致していたからである。

被告主張の「トイレツトクレンザー」もこれと同じである。

(四) 一方、これまで記述的商標とされなかつたものに

(イ) ヒヨコ電球(旧六九類電球)昭三九・八・六、昭三二審一六五

(ロ) シグナルコール(一一類電気通信機械器具)昭三九・一二・四、昭三八審一九〇二

(ハ) ヒツチバツク(二一類かばん類、袋物)昭三九・一二・一五、昭三八審二五二三

(ニ) エアノン(九類脱気装置)昭四〇・六・一七、昭三九審一八七

(ホ) ホームソニツク(一一類電気機械器具等全商品)昭四一・九・二〇、昭四〇審三六三五

(ヘ) カールーム(七類建築専用材料等全商品)昭四四・八・二二、昭四二審二三二七

があげられる。これらを前述の商標として登録されなかつたものと比較すると、(イ)のヒヨコおよび電球はそれ自体としてきわめてありふれた標章ではあるが、電球が電気でもつて周囲を明るくする効用をもつに対し、ヒヨコはこれを結びつかないところに記述的商標でないと判断されたものであり、したがつて、その商品の取引業界において一般にその商品の特性を表示するものとして取引上使用されているという証拠がなければこれを認めてよいものと考えるべきである。

また、シグナルコールはコールシグナルとニユアンスが異るとして商標たり得たのである。前述のとおり記述的表章とすれば、本件は「アースベルト」ではなくあくまでも「ベルトアース」でなければならない。しかし、これを転倒して「アースベルト」としたところに商標としての意味があることは前述したが、右シグナルコールも本来はコールシグナルであるところを転倒させたことにより記述的要素を弱めたのである。

ヒツチバツクはヒツチハイク用バツクであるが、バツクが普通名詞化されているに比し、ヒツチの語が必ずしも普通名詞化されておらず、したがつて、ヒッチとバックの結びつきが新造語としてヒツチバツクなる語を生み出したものであり商標たり得たのである。本件の「アースベルト」も前述の通り「ベルト」の有する観念が本商品にはないために記述的要素がなくなつていることも前述したとおりである。

次にエアノンであるが、AIR・NONすなわち空気遮断ないし脱気を意味するが、それが新造語であるために記述的商標でないとされるのである。もとよりAIRないしNONは日本語化されたともいえる外国語であるが、その二つの結合の特殊性により商標たり得るのである。

本件アースベルトもこれと同様であることは前述した。また、ホームソニツクは一連不可分の造語として商標たり得るとされているのであり、ホームとソニツクの語の結合の特殊性によるものであり、前述のエアノンと同一である。

カールームが商標たり得るのはカーおよびルームはほとんど日本語化しているが、カーが自動車であることは明らかであるが、ルームの持つ観念は室であつても車庫ではない。したがつて、カールームをもつて車庫としたところに特殊性があり、カールームは自動車車庫を表示しないとして商標登録されたのである。これに対しカーハウスは明らかに記述的商標として商標たり得ないというべきである。

(五) ちなみに被告らはエンドレスをもつて商標としているが、自動車部品であり地面と常に接触して損傷がはげしいアースの如き商品に対しエンドレスすなわち「永遠の」ないし「損傷しない」などの意味をもつ表章は記述的なものとして商標たり得ないのは明らかである。これらはBEST、DELUXE、ソフト、エレガンスなどと同様に品質ないし等級を表わすからである。

また被告らは仮処分の審訊後、アースラバーなる表示をもつて被告製品を販売し、仮処分決定前はもとよりその後も大いに販売しているが、ゴムで出来たアースを意味するアースラバーは文字通り記述的な表章として商標たり得ないのである。

以上のように本件商標「アースベルト」は如何なる点からも記述的なものを払拭したものとして商標たり得るものであつて、トイレツトクレンザーなどと同一視されるべきものではないのである。

(六) 商標法三条は商標の登録要件を定めているが、原告らが被告らに差止めを求める根拠は商標権によるものではなく、不正競争防止法によるものである。商標法は工業所有権としての商標を保護する法律であり、不正競争防止法は公正な競業関係を保護する法律であつて両者はその立法趣旨を異にするものである。したがつて、本件「アースベルト」が商標法三条の登録要件を具備するかどうかを検討することはさほど意味のあることではない。判例も「控訴人は本件の商標は商品の産地又は販売地を普通に用いられた方法で表示したにすぎない標章であり、しかも、使用による特別顕著性を有するものでもないから不正競争防止法一条一項一号にいう商標にあたらないものである旨主張するが……本件商標が不正競争防止法一条一項一号の規定により保護されるためには、それが被控訴人の商品の表示としてわが国内において広く認識されていることを必要とすると共に、それをもつて足り、必ずしも商標法三条の登録要件を具備する必要はない」(東京高裁昭和四五年四月二八日判例不正競業法一七六頁)と明言する。被告らがこれまで主張してきたことは、本件アースベルトが商標法上の登録要件を満たしていない旨の主張であるが、右判例に照らせばその主張自体失当というべきである。

3  本件「アースベルト」は商品の普通名称として使用されているものではない。仮りに普通名称であつたとしても、普通名称の普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標ではない。

ところで、本製品は商品名としては自動車接地具ないし静電気防止具であり、材質からいえばゴム・アースである。本件アースベルトの表示はPAT高性能アースベルトであり、他の商品の説明文字とは比較にならない程大きく記載されている。PATとは工業所有権を指すものであることを示し、普通名称として使用しているものではない。同じように甲第七号証の四もPAT高性能ア〓スベルトと特殊な大文字を使用した表示をなしている。普通名称にPATなどと表示することはありえない。

これらは本製品の呼称として使用しているものであつて普通名称を普通に用いられている方法で表示されているのではない。もちろん原告はアースベルトを商標として登録申請しているから一貫して商標として取扱つてきた。

同じように、例えば甲第四号証の一では高性能アースベルトと大きく表示し、その説明として導電ゴム使用の自動車アースと記載する。すなわち本製品は、「導電ゴム使用の自動車アース」と呼ぶのが普通名称であり、普通に用いられる方法による表示である。したがつて如何なる意味でも「アースベルト」を普通名称として普通に用いられる方法で表示したものではない。甲第四号証の四も同じである。

さらに、甲第四号証の五によれば「待望の導電ゴム使用の自動車用アースが登場した……双見商会ではこのほど……レデイでもドライバー一本でOKという高性能「アースベルト」の新製品を発売した」と記載され、本製品は導電ゴム使用の自動車用アースであり、それはアースベルトと呼ばれるものとしてわざわざカッコ書きをしているのである。普通名称であり、かつ普通に用いられる方法であればわざわざカッコ書きをする必要はない。カッコ書きでするということは、一見してどのような製品であるかが判断できない特殊用語であることを示している。甲第四号証の六もカッコ書きでアースベルトを表示する。被告宮川商工は当初原告製品を買入れていたが、その後原告から仕入を断わられ、かつ本製品が非常な勢いで販売され、広く認識された商品であることを知り、別紙第二、第三目録の類似品を作りはじめた。その作りはじめたのは被告宮川商工の仙台支店であり担当したのは梶川である。したがつて、昭和五四年四月ごろ仙台市において原告、被告製品は競合関係に立つようになつた。被告は当初は第二目録記載の標章としてエンドレスアースベルトを使用したが、後にアースラバーと変更した。これは本件アースベルトが原告の商標であること及びこれが不正競争防止法一条一項一号に該当する商標であることを自ら認めたものというべきである。

原告らは別紙第一目録記載の本製品に昭和五三年五月からアースベルトの商標をもつて製造、販売し、昭和五四年四月まではこれを独占して使用してきており、類似品はまつたくなかつた。

そして、アースベルトの商標は広く認識され、原告会社を「アースベルトさん」と呼ぶ程になつていた。これはアースベルトが原告製品の商標として識別力をもつたものとして通用していたことを何よりも示しているものである。

ちなみに現在類似品は、ハイ・アースあるいはストロングアース、アースラバーの名称を使用しているが、アースベルトはまつたく使用しておらず、原告製品だけがアースベルトと呼んでいるのである。したがつて本件アースベルトに「普通名称」を「普通に用いられる方法」で使用したものではなく、かつ使用による特別顕著性を有したものとして不正競争防止法一条一項一号に該当するものである。

普通名称と不正競争防止法一条一項一号との関連において判例は「チキンラーメン」に関し「いわゆる普通名称なるものはその付された商品の品質との関係において考察されるべきものであるところ、本件の「チキンラーメン」はその商品との関係において若干品質表示的なものを感じさせるけれども……中略……右呼称を付しての販売および新聞、ラジオ、テレビ等を利用して宣伝した結果、本件チキンラーメンの呼称は本件即席ラーメンに使用する標章として特別顕著性を生じ……相当広範囲の取引者および一般需要者の間において周知商標となつていたもので、このように周知商標となつたものは使用による特別顕著性を生じたものとして不正競争防止法一条一項一号の保護を受けるものである」(神戸地裁昭和三六年七月二四日判例不正競業法二三六頁)としている。

なお普通名称の使用により特別顕著性を取得したものとして「チキンラーメン」の外に「長崎タンメン」を指摘する。(前橋地判昭和四一年三月八日不競判八四九頁)

被告らはトイレツトクレンザーが普通名称であつて不正競争防止法一条一項一号の商標の適用を受けないことを指摘する。

しかし、その判例を仔細に検討すると、右判例はトイレツトクレンザーの名称は「もともと種類表示の普通名称であり、債権者の製品を表示する固有名詞でないことはいうまでもないし」と指摘しながらも、右製品は販売年数、販売数を検討すればその標章が債権者の製品を積極的に表示する程度に広く知られているものということは出来ないとの理由で却下しているものであり、普通名称であるとの理由よりもむしろ周知性を欠くものとして却下したと考えるべきである。普通名称であるからとして却下するとすれば周知性の判断を待つ必要もないからである。

不正競争防止法一条一項一号と実用新案ないし商標の登録要件とは異り、前者には新規性、独創性のあるものを要しないと解しているのが判例(札幌地裁昭和五一年一二月八日、判例不正競業法四九三頁)である以上、普通名称であるとの理由のみで不正競争防止法一条一項一号の要件に該当しないと判断することはありえないからである。

4  商品の表示としての形態について

原告らは、商品表示としての形態ないし色彩に基づき、別紙第二、第三目録記載の被告製品の製造・販売の差止めを求めるものである。

元来商品が特定人の商品として他人との商品を識別されるためには商品自体の形態とは別個にそれが特定人の商品であることを示す標識が付加され、ここにはじめて特定人の商品としての表示があつたというべきで、その商品の形態が特異でこれが広く知られているからといつて直ちにその形態をもつて特定人の商品を示す表示とはできない。……しかしある形態が長期間継続して一定の商品に排他的に使用された結果、取引上その形態によつてただちに商品の見分けがつき、その出所が分かるような程度になればその形態をもつて「他人の商品たることを示す表示」に該当する。(大地判昭和三五年五月三〇日、判時二三六号二七頁)

そして、同判例はその基準として事務的機能ないし機械的機能はそれ自体取引上顧客の関心をひく度合は少く、むしろ意匠的効果の面に識別力は発揮され、技術的部分はむしろ特許、実用新案の部門であるとする。

同様に形態自体も商品の表示となるとするものに東京地裁昭和四〇年八月三一日(判タ一八五号二一六頁)がある。

さらに商品の色彩がこれに当たるとして大地判昭和四一年六月二九日(判時四七七号三二頁)は「……もし他人の商品はその色で知られ、その色の商品を見るものは誰でも他人の商品だと判断するに至つた場合……など、」その色が他人の商品と極めて密接に結合し、出所表示の機能を果たしている特別の場合はその商品に施された色ならびにその色である旨の呼名は不正競争防止法一条一項一号にいう「他人の商品たることを示す表示」として保護されるとする。

このように商品の形態、色彩、文様等が一定の条件のもとに不正競争防止法の「他人の商品を示す表示」に該当することがあることは現在の判例の認めるところである。

ところでその条件というのは大別すれば

(一) 出所表示の機能をもつこと

(二) 技術的思想の部門ではないこと

ということになる。したがつて、原告製品が本号に該当するかどうかは右の点から考えられなければならない。

ところで静電気防止の目的をもつた自動車接地具としては従前はチエーンアースすなわち金属性の鎖アースであつた。

そしてその機能は自動車内に滞留する静電気を除去することにあり、それ以上の目的はない。したがつて、従前の鎖アースは文字通り鎖を自動車後部から接地する程度の長さのものを単純に下げる程度のものであつたのである。

本製品は鎖の導電性に代えて導電ゴム及びこれに銅線をはめ込んだことにより技術的機能面の問題を解決したことにある。

被告らはこれら自動車接地具はすでに実用新案登録済であり、原告製品には何ら新規性がないと主張する。しかし本製品は従前の実用新案登録済のものと異なり、すぐれて機能的、意匠的に新規性をもつものであるが、前述のとおり不正競争防止法は特許法、実用新案法とまつたく立法趣旨が異なるものであり、かえつて技術的、機能的側面は商品の出所表示機能をそこなうものであるから、新規性のあるなしは本件の不正競争防止法一条一項一号とはまつたく関係がなく、主張自体失当であることを指摘するにとどめる。同様に単純な物の組合わせにすぎないとの主張もこの点から失当である。要は出所表示機能の存在の有無のみを考慮すればよいのである。(札幌地裁昭和五一年一二月八日、判例不正競業法四九三頁)

ところで、本件自動車接地具はその技術的面においては静電気を除去すること、損傷しない永続性を有するものであること等があるにとどまり、それ以外はすべて装飾的、意匠的部門に属する。すなわち、最少限度の通電性があることで銅線と導電性ゴムを使い損傷を防止し、耐久性を考慮してゴム製品としたのである。本製品には五角形の反射板があり、導電ゴム表面部分には螢光性黄色表示マーク(一つは矢印、他はチエツカー模様)がある。本製品はいままで日本はおろか世界でもまつたく類を見ないものであつて、これが自動車後部に設置されて使用されたときはその新規性、意匠性は驚きをもつて迎えられた。そして、本製品は仙台市を中心に発売されたが、発売と同時に一種の「アースベルト」ブームをまきおこし、またたく間に宮城県内の乗用自動車に設置され、昭和五四年頃は自動車の三〇パーセントがこれを使用していたのである。その販売数は約一五万本である。

もちろんその時点において本製品の類似品はなく、自動車接地具といえばアースベルトすなわち別紙第一目録記載製品であり、原告三栄交易は「アースベルトさん」と呼ばれたものであつた。このように原告は製造、発売以来本件製品を独占的、排他的に製造、販売してきたものである。

ところで本製品は、被告らの類似品が出現しているが、現在においても原告製品の一〇分の一にも満たないものであり、前述のとおり本製品は技術的面として考えられたのは導電ゴムおよび銅線を使用し、接地可能な長さであることであり、その外の面はすべて意匠的、出所表示面というべきである。わけても反射板と螢光黄色マーク(これはマークの文様と黄色にしたという色彩面の二面に特色がある。)は技術的面とは何ら関係なく(反射板が「おもり」の役割をはたしていることは明らかであるが、「おもり」とすれば反射板を使う必要はなく、例えば鉛のような重い物を設置すればよい。)、すぐれて出所表示的なものである。本製品の導電ゴムは巾二センチであるが、これも必ずしもそうである必要はない。したがつて、この点においても原告製品は特徴的であり、かつ独創的である。したがつて、反射板をそなえた黄色マークがある自動車接地具として原告製品は広く認識され、それがゆえに被告らにおいてこれを模造するようになつたのである。

5  被告製品が原告製品の類似品であり、原告製品と混同を生ぜしめていることは一見して明らかである。これにつき判例は、両製品がラベル、包装箱において全く同じ外見を有しているとはいえないが、不正競争防止法一条一項一号にいう「他人の表示と同一若しくは類似のものとは商品の出所につき誤認、混同を生じる虞れがあるか否かにより決すべきであり、それには商品に使用された表示が外観、呼称、観念等によつて取引者に与える印象、記憶、連想等を総合的に考察すべく、しかも具体的取引状況に基づいて判断すべきである。……中略……商品表示の類似の判断にあたつては、取引事情を全体として観察したうえ、一般需要者ないし取引者においてこれを同一又は類似のものと考えるのが通常であるか否かによつて決すべきである」とする。(札幌地裁昭和五一年一二月八日、判例不正競業法四八二頁)

五  原告らの反論に対する被告らの反論

1(一)  原告らは周知性を要する範囲について、大阪地裁判決昭和五一年四月三〇日を引用するが、右判決は周知の登録商標「ピロビタン」の存在を背景にその使用権者の利益を八戸地区で周知として保護したもので、周知の登録商標の存しない本件とは全く異なる事案である。

(二)  原告らは東京地裁昭和四八年三月九日判決における日本国内周知時の認定は、被告らの主張する被告製品の販売時とは相違する旨主張しているが、同判決中原告らの言う相違は何処にもなく、当該事件における被告らの製品が販売され始めた頃である昭和四六年三月頃にはナイロールフレーム全形が日本全国で周知であつたことを認定し、不正競争防止法一条一項一号を適用したものである。

2  原告らは、「アースベルト」が商標であるとの主張を裏づけるため、いくつかの審決例を示し、記述的表示からなる商標と判断されたものと、記述的でないと判断された例との総合関係から本件「アースベルト」が記述的表示でない例に当る旨主張しているが、これは審決の要旨を正確に理解しないことに由来する誤つた主張である。

原告らの主張四、2、(三)に挙示する(イ)ないし(ト)の例はいずれも記述的商標とされたもので、登録要件を欠くものの例であるから、特に説明するまでもないが、記述的商標とされなかつた同(四)の(イ)ないし(ヘ)の例については、次の点を明らかにして原告らの誤りを指摘する。先ず、(ロ)シグナルコール、(ニ)エアノン、(ホ)ホームソニツク、(ヘ)カールームはいずれも商品に関する物質名詞ではなく、抽象名詞であることを注意しなければならない。即ち、「シグナルコール」は「信号」と「呼ぶこと」であり、共に抽象名詞であり、「エアノン」は「空気のない状態」を言うに止まり、「ホームソニツク」は「家庭」という抽象名詞に、「音の」という形容詞を結合したものでこれまた物質名詞ではない。

また、「カールーム」は「車」と「空間」でこれを結合しても商品としての物質名詞にはならない。したがつて、これら商標はいずれも物質としての商品の記述的表示でないから審決の結論が出されたものである。

(ロ)の「ヒツチバツク」については指定商品が第二一類かばん類、袋物であるところから、やや問題がありそうであるが、原告がいうように「ヒツチ」が「ヒツチハイク用」の意味があるということの根拠は何処にもなく、ヒツチハイク用のかばんがどんなものかも不明であり、他に適当な説明もないので、「ヒツチ」を要部とする商標とみるのが妥当であり、これまた商品の記述的商標ではない。

最後に(イ)の「ヒヨコ電球」については、ヒヨコ型電球か否かで記述性があるか否かが争われた事案であり、普通の電球を指定商品とするものであることを理由に記述的商標でないとされたものである。したがつて、原告らのいう理由はいずれも問題点をそれた見当違いの主張と評する他ないものである。

そこで、これらを前提として本件の「アースベルト」と比較してみるに、商品「アース用ベルト」(たとえ装飾的反射板が附してあつても本体はアース用のベルトに変りはない。)に「アースベルト」の表示をすれば、これは疑いもなく商品の記述的表示であり、原告らの挙示する審決例とはいずれも異るものであることを容易に理解することができるものである。

なお、原告らは同(五)で、被告ら商標「エンドレス」が「記述的なものとして商標たり得ないのは明らかである」と主張しているが、これはまた明白な誤りである。「エンドレス」は「終りのない」の意味であるから、「永遠の」の意味であるとする原告らの主張まではよいとして、次の「損傷しない」などという意味は何処からも出て来ない。しかも、この「損傷しない」を以つて記述的とするのは、「自動車部品であり地面と常に接触して損傷がはげしいアースの如き商品に対して」使用するからと、するのであるから、事実に反することを以つて記述的とするもので、何を以つて記述的と解しているのか全く理解し得ないところである。

3  原告らは「アースベルト」なる言葉はまつたく存在したことがないから普通名称であるはずがないと主張するが、右主張に対しては、東京高裁昭和三八年五月二三日判決を再度引用する。

不正競争防止法二条一項一号でいう商品の普通名称には、既に普通名称として使用されているものの他に、例えば、トイレツト用クレンザーのように「トイレツト」と「クレンザー」の二つの既成語を単にそのまま結合したに過ぎない語で控訴人(当該事件の)が最初に使用したものでも、用途表示の普通名称に過ぎないからなお同条号の適用があるとするのである。

そしてこの結論が正しいことは、既成語の結合に排他的権利を与えると既成語の使用が制限される結果、既に使われている言葉の使用すらままならないというきわめて憂うべき事態が到来してしまうからで、この判例の態度はきわめて正しいものと評価されるものである。そして原告らは、この後者の事例に当るとする被告らの主張に対し、その点には何もふれず、前者の例、即ち、全く使われたことがないから普通名称でないとするものであるから、概念の使いわけを誤つた結果による主張にすぎないことが理解できる。

また、原告らは、商標法三条と不正競争防止法一条一項一号の関係につき無関係と主張しているが、商標法三条一項三号に該当する商標が商品の特定出所の表示の機能を果すに至るまでには通常以上の特殊使用事情に由来しなければならないところであり、本件においてそのような事情は存しないのみならず、原告らの使用の態様は商標としての使用ではない。

4  原告らは、「被告ら製品が原告製品の類似品であり」といいそれ以上は具体的に述べていないのでよくわからないが、ここで「類似品」というのは商品区別からみた類似商品の意味と思われ、それに続いて引用する札幌地裁昭和五一年一二月八日の判決中の「……商品に使用された表示が外観、呼称、観念等によつて……」の文言から商標の類否に関する理由を誤つて商品形態についての自己の主張の根拠にしようとするものであるから、それは意味のない主張と評せざるを得ないものである。

第三  証拠(省略)

理由

一  訴の変更について

原告らが、第七回口頭弁論期日において、「被告らは商品自動車接地具について別紙第四目録第一に掲げる表示、同第二の一、二、三表示の反射板及び同第三に掲げる表示若しくは「アースベルト」なる呼称を生ずべき名称を使用し、又はこれを使用した商品自動車接地具を販売若しくは拡布してはならない。」との請求の趣旨を「被告らは別紙第二目録記載の商品自動車接地具を製造、販売してはならない。」と変更したところ、被告らは、右変更は訴の一部取下げにあたり、仮処分事件の判断に対応する判断が本訴ですべてなされないことになるから、同意し得ない旨主張するのでこの点につき判断すると、原告らの右変更は単に請求の範囲を特定するものであつて被告らの同意を要するものではないのみならず、その請求の基礎を異にするものではなく、またこれにより訴訟手続を遅延させるものでもないから、右請求の趣旨の変更は許さるべきものであり、被告らの右主張は理由がない。

二  原告らの本訴請求について

1  不正競争防止法一条一項一号に基づく請求(主位的請求)について

(一)  原告らは、別紙第一目録記載の原告製品の商品形態及び原告らが右製品の商標と主張する「アースベルト」が、不正競争防止法一条一項一号の「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル他人ノ商標、他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」に該当するとして、被告らに対し、別紙第二、第三目録記載の被告製品の製造販売、「アースベルト」の使用の各差止及び同法一条の二に基づく損害賠償の請求を求めるので以下右請求につき判断する。

(二)  同法一条一項一号により差止請求権が発生する要件は、原告らの商標、商品形態等原告らの商品表示が広く認識されていること、被告らが右周知の商品表示と同一もしくは類似の表示を使用しまたは使用した商品を販売等して原告らの商品と混同を生ぜしめていること及び右被告らの行為によつて原告らの営業上の利益が害される虞があることであり、被告らは右の各要件につきいずれもこれを争つているので、第一に周知性の点につき判断する。

(三)  同法一条一項一号の規定の趣旨は、他人の名声や営業上獲得した経済的利益状況を利用して自他の商品の出所を混同せしめるような不公正な営業活動を禁止し、もつて正しく営業を営む者の業務上の信用の維持を図り、産業の発達に寄与しあわせて一般需要者の利益を保護することにある。右の趣旨からすれば、同号の「広ク認識セラルル」の意義については、地域的範囲としては日本全国にくまなく認識せられていることは必要ではなく、一地方において広く認識されていれば足りるものと解すべきである(最高裁昭和三四年五月二〇日決定刑集一三巻五号七五五頁参照)が、右の一地方において広くとは、具体的には商品の種類、営業の範囲、取引の実情、需要者の範囲等の諸要素を総合的に判断して決せられるべきである。また、周知性を有するか否かということは、特定人の商品であることを示す表示であることが相当範囲の取引者または需要者の間に広く知られている客観的事実状態をいうものであり、或る商品表示が周知性を有するに至るまでの期間は取引状況等により異なるものであるが、同号の趣旨に鑑れば、周知性を有する時期は少なくとも被告製品が発表される以前でなければならないと解するのが相当である。

(四)  これを本件についてみるに、成立につき争いのない甲第四号証の一ないし七、第五号証の一ないし三、第七号証の一ないし四、第三三号証、官署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については原告高橋榮の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一七号証の一ないし二〇、原告高橋榮の本人尋問の結果及びこれにより成立が認められる甲第六号証、第一〇号証の一、二、第一三号証の一、二、第一四号証、第一五号証の一ないし一八七、第三二号証、証人遠藤清次良の証言、株式会社小山商店、大豊産業株式会社、株式会社ホツトマン、有限会社ビツグ商会に対する調査嘱託の結果、及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告高橋榮(以下単に「原告高橋」という。)は、昭和四六年ころから自動車用アースについて従来のチエーンの欠点を改良しようといろいろ工夫していたところ、昭和五三年二月ころ別紙第一目録記載の原告製品を考案して同年四月末ころから製品化し、同年六月一日原告有限会社三栄交易(以下「原告会社」という。)を設立するとともに販売を開始したこと、

(2) 当初は原告高橋自身でセールスしてまわるほか、全国に販売されている自動車の専門雑誌であるモーターマガジン、月刊自家用車の二誌に広告を掲載し、通信販売の方法をとる一方、仙台の地元紙である河北新報に月二、三回位広告を掲載し、東北放送ラジオで毎日一回約一五秒ないし二〇秒間宣伝したこと、

(3) 原告会社は同年八月ころから株式会社双見商会と取引を開始し、双見商会に卸売りされた原告製品は、主に東北六県の出光関係のガソリンスタンドで小売されていたこと、また、原告会社は同年一二月ころから東京の株式会社サカエ、株式会社向島自動車用品製作所と取引を開始し、東京、札幌、新潟、名古屋、大阪、福岡等の同社営業所へ原告製品を販売していたこと、更に、原告会社は双見商会を介してエンパイヤ自動車株式会社、株式会社ローヤル商品、株式会社ウエステル、株式会社マルエム商会等と取引を行うようになつたこと、

(4) 原告製品は主としてガソリンスタンド、カー用品店、スーパー等で小売りされており、昭和五四年三月ころには東京都内のガソリンスタンドでも販売されていたこと、

(5) 昭和五三年六月から昭和五四年三月までの原告製品の販売数は、双見商会との取引数が四万一五九五本、向島自動車用品製作所との取引数が四万九九五〇本であり、これに通信販売や展示即売会等での販売数を加えると約一五万本であること、

(6) 被告宮川商工は、昭和五三年九月ころ、原告会社から原告製品を仕入れたことがあつたが、その後原告会社に販売を断られたため別紙第二目録記載の被告製品を製作し、昭和五四年三月末ころから販売するに至つたこと、

以上の事実が認められる。

右によれば、原告製品の商品表示につき、少なくとも昭和五四年三月末ころまでには周知性を有することを要することになる。

ところで、周知であるとは、前記のように客観的事実状態であるから、当該商品の取引範囲、取引態様、販売数、広告宣伝の状況等を通して、具体的にその商品表示それ自体が取引者または需要者間に、どの程度知られるにいたつたか、ということが立証されなければ周知の立証があつたとはいえないと解するのが相当であるところ、前記認定によれば、原告製品は自動車の静電気を防止するためのアースであり、その取引範囲は自動車関係業界であり、需要者も主として自動車の所有者等に限られることになるが、原告会社の主な取引先は、双見商会及び向島自動車用品製作所で、そのほか仙台ないし東京方面の数社や、通信販売を通しての取引があつたのみであつて、その取引の地域的範囲、取引量取引期間等の事情を総合して判断しても、原告の商品表示が自動車業界における相当範囲の取引者間に周知であつたとは認められないし、また、原告製品の小売態様、需要者への販売数、広告宣伝の状況によつても、それらを通して原告製品の商品表示が相当範囲の需要者間に広く知られていたとはとうてい認められない。

(五)  右のように、原告製品の商品表示が昭和五四年三月末ころ周知性を有していたとは認められないから、不正競争防止法一条一項一号に基づく原告らの請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がなく失当である。

2  意匠権に基づく請求(予備的請求)について

原告らは意匠権に基づいて被告製品の差止めを請求しているが、意匠権は設定の登録により発生する(意匠法二〇条一項)ものであるところ、右登録がいまだなされていないものであることは原告らの認めるところであるから、意匠権に基づく請求は理由がない。

3  よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり決定する。

第一目録

自動車接地具

但し、別紙図面(一)のとおりのもの

第一図は正面説明図、第二図は側面説明図、第三図は横断面説明図である。

<省略>

第二目録

自動車接地具

但し、別紙図面(二)のとおりのもの

第一図は正面説明図、第二図は側面説明図、第三図は横断面説明図である。

<省略>

第三目録

自動車接地具

但し、別紙図面(三)のとおりのもの

第一図は正面説明図、第二図は側面説明図、第三図は横断面説明図である。

<省略>

第四目録

<省略>

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