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仙台地方裁判所 昭和54年(ワ)532号 判決 1992年4月08日

原告

小関十郎

佐川祐之

内山巌

小原覚

水野靖司

成田智一

末永資

三浦康行

阿部元志

佐藤修

佐藤弘子

佐々木紀夫

柳沢正男

柳沢紀美子

右原告一四名訴訟代理人弁護士

袴田宏

山田忠行

増田隆男

佐藤唯人

佐川房子

阿部泰雄

佐藤正明

清藤恭雄

高橋輝雄

石神均

犬飼健郎

小野寺信一

増田祥

被告

東南商事株式会社

右代表者代表取締役

林春男

右訴訟代理人弁護士

田坂幹守

右訴訟復代理人弁護士

田坂昭頼

被告

仙台市

右代表者市長

石井亨

右訴訟代理人弁護士

渡邊大司

阿部長

被告

宮城県

右代表者知事

本間俊太郎

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右被告国訴訟代理人弁護士

山室章

右両名指定代理人

今泉秀和

外一名

右被告国指定代理人

中野泰雄

外二名

右被告県指定代理人

丹野喜一郎

外六名

主文

各原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告全員の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

〔原告〕

一  被告全員は各自左記金員を支払え。

1 原告小関十郎に対し、一三〇一万八〇〇〇円

2 同 佐川祐之に対し、一〇九一万三〇〇〇円

3 同 内山巌に対し、一四七七万七〇〇〇円

4 同 小原覚に対し、一四八三万九〇〇〇円

5 同 水野靖司に対し、一二三〇万五〇〇〇円

6 同 成田智一に対し、一七〇二万円

7 同 末永資に対し、九二三万四〇〇〇円

8 同 三浦康行に対し、一二八八万円

9 同 阿部元志に対し、一七三五万円

10 同 佐藤修に対し、三八〇万円

11 同 佐藤弘子に対し、二〇〇万九〇〇〇円

12 同 佐々木紀夫に対し、一〇四八万三五〇〇円

13 同 柳沢正男に対し、四一九万七〇〇〇円

14 同 柳沢紀美子に対し、八七四万八八四五円

及び右各金員に対する昭和五三年六月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員

二  訴訟費用は被告全員の負担とする。

三  第一項につき仮執行の宣言

〔被告全員〕

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  被告宮城県及び被告国は予備的に仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

〔原告の請求の原因〕

一  原告は、いずれも昭和五三年六月一二日当時、後記四(損害)記載の土地及び建物を所有していた。

二  宮城県沖地震災害の発生

1 地震の発生及びその規模

昭和五三年六月一二日午後五時すぎ、金華山の東方約六〇キロメートルを震央とするマグニチュード7.4のいわゆる宮城県沖地震(以下「本件地震」という。)が宮城県一帯を襲った。本件地震の気象庁発表にかかる仙台の震度は五であった。

2 地震災害の状況

本件地震により仙台市緑ケ丘地区では、建物九六八戸中、全壊三七戸、中破八三戸、小破一三〇戸、敷地や石垣が崩れたところ四一二戸に被害が発生した。

緑ケ丘で発生した地盤関係の被害の大部分は地すべりが発生したことによるもので、地盤の亀裂(地割れ)、地盤のズリ落ち、下部での地盤の盛上がり、石垣のはらみだしなどである。右地盤の動きに伴って、ガス管、水道管が切断されたり、建物が基礎から裂けたり、傾いたりした。

地すべりは地震発生後にも続き、これに伴い地すべり頂部に発生した亀裂の幅が拡大するだけでなく、上部外側の同心円的な亀裂が拡大するか又は新たに発生して、家屋の被害がさらにひどくなったり、新たな家屋の被害が生じた。

緑ケ丘は谷を含む斜面を切取り盛土により整地した住宅地であるが、右地すべりの場所は盛土、人工地盤の部分に集中して発生し、斜面を盛土した部分では、いわゆる円弧すべりを起こし、緑ケ丘一丁目では宅地の盛土が幅六〇センチメートルにわたって崩壊し、家屋四戸が全壊し、さらに造成地下段の家屋に二次災害を及ぼす危険性を生じた。緑ケ丘三丁目では急斜面上部の盛土が円弧すべりを起こした。滑落崖は比高二メートルに達し、冠頂部に数条の曳裂を生じ、このため、家屋七戸が全壊し、斜面下の家屋にも被害が生じた。丘陵地から外に開く谷に盛土をした部分が変動を受け、盛土の頂部及び側縁部で、もと谷壁の傾斜方向へ円弧すべり又は地塊すべりを起こし、その下方で谷の中心線に沿う地塊すべりを伴った。緑ケ丘一丁目では、もとの谷の縦断角が急で盛土の末端が補強されていなかったため、石垣が押し開かれて崩れかかった。

3 緑ケ丘の地形と地質

緑ケ丘地区は、その南東側に急斜面をもつ青葉山段丘の南東縁部にあたり、南東部には沖積平野が広がっている。右段丘と平野は断層である長町―利府線で直線的に区切られ、ここに木流堀が流れている。緑ケ丘は北東側を二ツ沢に、南東側を竜沢寺を通る沢に限られている。二ツ沢に面する斜面はかなり急で、宅地造成以前は二ツ沢の支流が深く切り込んでいた。南西向きの斜面も北東側ほどではないにしても、かなり急斜面を作っている。この地域には二本の逆断層、長町―利府線と大年寺山断層が走っており、いずれも活断層である。

緑ケ丘付近は、第三紀鮮新世の向山層の上半部と大年寺層及びこれを不整合におおう第四紀更新世の青葉山層からなる。これらは、仙台付近の地層のうち、第三紀の最上部と第四紀の下部にあたり、仙台層群の下部のような堅い地層ではない。向山層の上半分は低湿地帯の堆積物、凝灰岩、シルト岩の互層で、質の良い亜炭層を挟む。大年寺層は河口や浅海域の堆積物で、凝灰質シルト岩、青灰色シルト岩、砂岩からなる。青葉山層は扇状地のような堆積物で大部分がれき層で上部は火山灰からなっている。

4 緑ケ丘団地造成の経過

緑ケ丘一丁目は、緑ケ丘団地の南に面し、傾斜角一五度から二五度をなす傾斜地に、昭和三二、三三年に造成された。

緑ケ丘一丁目、二丁目は、約六万坪の地域で、第一、第三、第四次の各工事として施工された。

同三丁目のうち本件地震により被災した八三戸の宅地は東側に面し傾斜角約一五度の傾斜地に、昭和三六年から三七年にかけて、第二次及び第五次の各工事として施工された。右第二次工事においては、同団地東北部において、水道タンクと二ツ沢を結ぶ一万五千坪で造成中の土砂が二ツ沢に流出するのを防止するため、長さ四〇メートル高さ一〇メートルの砂防堤を築造し、雛壇式宅地を造成した。

三  地震によって原告が受けた損害に対する被告の損害賠償責任

1 被告東南商事株式会社

被告会社は、不動産の売買、宅地造成、土木工事の請負等を目的とする会社であり、仙台市緑ケ丘の宅地を造成し、販売した。

(一) 不法行為責任

被告会社は、宅地造成を業とするから、本件緑ケ丘の造成工事についても、以下のとおり地質、地形を総合的に調査し、右調査結果に基づいて建築物が安全に定着できるだけの十分な支持力を持つ宅地を造成し、地すべり、沈下、亀裂等を発生させることのないような造成工事を行うべき注意義務を負っていた。しかるに、被告会社が右注意義務を懈怠したため、原告は後記損害を被った。

(1) 盛土の基礎となる(以下「地山」という。)の安定性の調査義務

イ 公刊されている資料による地形地質の調査

ロ ボーリング調査、標準貫入試験等に基づく詳細な土質縦横断面図の作成

ハ 土質の自然含水比測定、比重試験、粒度試験及び有機物含有量試験の施行

ニ 地盤のせん断強度の判定試験及び圧密特性についての試験の施行

(2) 切取(削切も含む)部分の土質の盛土への適合性の調査義務、右(1)のハの試験の施行

(3) 地すべり防止工事の施工義務

斜面を宅地として造成する場合は、地盤の安定性を確保するため、図一のように斜面をいったん切取ってその上を同一平面上に広げ盛土部分を造成し、順次階段状に重なる形で造成されるのが一般であるが、本件工事はこれと異なり、図二のように斜面上部を切取った土を斜面下部に盛土し、右盛土表面部分に段差を設け宅地とした。このように、本件造成工事の方法は、盛土による圧密沈下が長期間続き、表面に亀裂、ひび割れ等が発生することが多く、地山と盛土の境界面にそって地下水、雨水が流れるため同面のせん断抵抗力が著しく低下し、地震などを契機として大規模な地すべりを引き起こす危険性を含んでいるので、本件のような造成工事を採用する以上、盛土部分に草木が混入することのないようにするとともに、地山の草木も切株も含めて完全に除去するようにし、混入された草木の腐敗・空洞化により盛土のせん断抵抗力を低下させないようにされるとともに右空洞に雨水、地下水が流入し地すべりが起こらないように、盛土部分の安定性を増強するため盛土部分が十分な支持力をもつようにし、(A)押盛土工法(B)サンドマット工法(C)プレローディング工法(D)バーチカルドレーン工法を重複して行い、さらに緑ケ丘の地形の特殊性に基づき適当な間隔で地山の堅固な地層に届くコンクリートダムを設置する地すべり防止工事を付帯して行い、沈下、亀裂、地すべり等の災害を防止する義務を負っていた。

(4) 被告会社は、前記(1)(2)の事前調査を経ることなく工事を開始し、工事方法も斜面の草木を伐開することなく上部の切取土をそのまま下部に盛土するという方法で、さらに(3)の地すべり防止工事を怠ったため、本件地震を契機として盛土と地山の境界面がすべり面となって盛土部分に円弧すべりを発生させこれによる沈下、亀裂等によって本件被害を発生させた。

(5) 被告会社は、石積擁壁は低く、裏込の水抜孔も施工しておかなければならないことを認識しながらこれを怠った。

(二) 瑕疵担保責任

原告の購入した宅地は、前記(一)不法行為責任記載のとおり被告会社が宅地造成の注意義務を怠ったため、建築物が安全に定着できるだけの十分な支持力を持つに至らないまま販売され、本件地震により右瑕疵が明らかになった。

(三) したがって、被告会社は本件地震による被害につき、民法七〇九条、五七〇条による損害賠償義務を負わなければならない。

2 被告仙台市

被告市は、地方自治の本旨に基づき、広く住民の安全、健康及び福祉を保持する責務を負っており(地方自治法二条二項、三項)、その一環として、防災、治山治水事業、都市計画事業、土地区画整理事業及びその他土地改良事業の施行、建築物の構造・設備・敷地・周密度・空地地区・住居・商業・工業その他住民の業態に基づく地域等に関し制限を設けること等の事務を処理すべき義務を負っている(同法二条三項一号、八号、一二号、一八号)。

(一) 建築基準法一九条二項、四項、一〇条違反

宅地造成等規制法(昭和三六年法律一九一号)施行以前の建築基準法(昭和二五年法律二〇一号)は、建築物の基盤である敷地に対する最低基準として、「がけ崩れ、地すべり等のおそれのある土地に建築物の敷地を造成する場合においては、擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない。」(一九条四項)、また、「湿潤な土地、出水のおそれの多い土地又はごみの他これに類する物で埋め立てられた土地に建築物を建築する場合においては、盛土、地盤の改良その他衛生上又は安全上必要な措置を講じなければならない。」(一九条二項)、との規定を設けて、宅地造成等について安全性を確保しようとしている。

同法にいう特定行政庁である被告市の長は、当該土地造成等がこれらの規定に違反して危険であり、宅地として不適法である場合には、当該宅地造成を中止させ、あるいは宅地としての使用、販売禁止又は使用制限を命じるなど住民の生命、身体、財産の保護を図るべき義務がある(同法一〇条、一九条二項、四項)。

しかして、前述のとおり本件土地は地形地質に照らし宅地造成した場合にはその工法如何によっては地すべり等を起こす危険が大きく、住民の生命、身体、財産に大きな危害を及ぼすおそれがあったから被告市の長は本件土地の所有者もしくは造成業者である被告会社に対し、直ちに当該宅地造成を中止させ、その地形、地質に応じた安全な工事方法を講じさせあるいは改善命令を出し、宅地としての使用・販売等を禁止、制限するなどの適切な安全措置を講じるべきであるにもかかわらずこれを怠った。

(二) 宅地造成等規制法(以下「宅造法」という。)一六条二項違反

被告市は同県の委任又は同市の固有の権限(宅造法三条一項、四条一項)により、後記被告県の場合と同様に住民の生命、身体、財産の安全を確保するため、同法一六条、二〇条等に基づき改善命令を適切に行使すべきであったにもかかわらず後記3(二)(県の宅造後の責任)のとおり、これを怠った。

宅造法一六条二項は宅地所有者以外の者の行為により災害発生の危険が生じた場合、その原因者に擁壁、排水施設の改造又は地形の改良のための工事を行うことを命ずることができるから前記のように被告会社の造成工事の欠陥であることが明らかである場合には同被告に対し右工事を命ずる義務があったにもかかわらずこれを怠った。

(三) 以上の次第であるから、被告市には国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項に基づく損害賠償責任がある。

3 被告宮城県

(一) 宅地造成前の責任

被告県は地方自治の本旨に基づき、広く住民の安全、健康及び福祉を保持する責務を負っており(地方自治法二条二項、三項)、右責務の一環として、防災、治山治水事業、都市計画事業、土地区画整理事業及びその他の土地改良事業の施行、建築物の構造・設備・敷地・周密度・空地地区・住居・商業・工業その他住民の業態に基づく地域等に関し制限を設けること等の事務を処理すべき義務を負っている(同法二条三項一号、八号、一二号、一八号)。建設業法(改正前)により知事がその登録を受けた建設業者に対する監督上の諸権限を有していたこと、また、建築基準法により知事が建築主事を置く市町村の長に対する勧告等の権限を有していたことは後記4の建設大臣の場合と同様であり知事は諸権限を適切に行使すべき義務があった。

しかしながら、前記のとおりの地形地質に照らし宅地造成には適していないにもかかわらず、被告会社及びその下請業者である宮城県知事の登録を受けた建設業者らの故意又は過失により、造成が粗雑に行われたため住民の生命、身体及び財産に大きな危害を及ぼすおそれがあったから、知事は建設業者に対し必要な措置をとるべきことを勧告するなど諸権限を適切に行使して安全措置を講ずるべきであったにもかかわらず、本件宅地造成を監視することもせず、安全措置をとることもなく放置した。

(二) 宅地造成後の責任

宅造法一六条一項は「都道府県知事は、宅地造成工事規制区域内の宅地で、宅地造成に伴う災害の防止のため必要な擁壁又は排水施設が設置されていないか又はきわめて不完全であるために、これを放置するときは、宅地造成に伴う災害の発生のおそれが著しいものがある場合においては、その著しいおそれを除去するため必要であり、かつ、土地の利用状況等からみて相当であると認められる限度において、当該宅地又は擁壁若しくは排水施設の所有者、管理者又は占有者に対して、相当の猶予期限をつけて、擁壁若しくは排水施設の設置若しくは改造又は地形の改良のための工事を行うことを命ずることができる。」と規定し、これを受けて同条二項は宅地所有者、管理者又は占有者以外の者の行為により災害発生の危険が生じた場合その原因を生じさせた者に対しても工事を命ずることができると規定する。

被告会社は昭和四〇年六、七月ころ、緑ケ丘四丁目の宅地造成のため、原告小原宅の下方から土砂を削取り搬出を始め、さらに、三丁目一帯の側溝排水路の水全てを同原告宅前排水路に終結した結果同原告宅地付近に大きな谷間が出現し、昭和四一年六月ころ、同原告の擁壁基礎が地上に現れ崩壊寸前の状態になった。そこで、同原告は被告会社に抗議、交渉を繰返したが同被告がこれに応じなかったため東北管区行政監察局に要請し、その結果同被告が宅地擁壁崩壊防止仮柵を作り排水についても改善がなされた。昭和四三年六月には、同原告宅周辺は危険地帯であるという認識により被告県及び同市の両者の宅地パトロール巡視が行われるようになった。また、同原告は近隣住民とともに、被告会社の無責任な宅地造成により人工的に作出された危険地帯であることを指摘し宅造法一六条二項に該当することから県に改善命令をだすことを請願した。しかし被告県は原告の要請に対し何らの対応策を示さなかった。他方、被告市は昭和五〇年六月二二日、宅造法一五条二項に基づき宅地保全の勧告を同原告にし、昭和五〇年一二月四日、同原告は自己費用により工事を実施した。緑ケ丘一、三丁目はいずれも盛土が深く擁壁の設置にも問題があったのであるから、被告県は右事実を知っていたか、知りうべき状況にあったもので、宅造法一六条の改善命令を発し、それに基づく改善がなされないときは行政代執行による代執行の措置により危険を除去すべきであったにもかかわらずこれを怠り、その結果同原告宅の地盤が崩壊し擁壁が崩れた。

(三) 砂防ダムの設置管理の瑕疵による責任

砂防ダムの設置についての経緯は後記4の(二)記載のとおりであるが、被告県は砂防法一二条によりその費用負担者である。

(四) 以上の次第であるから被告県は本件地震災害によって生じた損害につき国賠法一条及び二条による損害賠償責任がある。

4 被告国

被告国は憲法一三条、二五条に基づき広く国民の生命身体及び財産を保持する責務を負っている。右責務の一環として建設大臣は土木建設行政を行う際に、国民のために、宅地造成の安全性を監視する義務、国民の生命、身体及び財産を粗雑な宅地造成による危害から保護する義務を負っており、その具体的内容として地すべり防止に関する事務、宅地の供給に関する調査企画を行う事務、宅地造成に関する調査及び指導を行う事務、建設業者の監督に関する事務等を担当し(建設省設置法一条、二条、三条の九の二八、一八の四、二五)、これらの事務を適切に遂行する義務を負っている。

(一) 主務大臣の権限不行使による責任

建設大臣は、建設業法(改正前)により、登録を受けた建設業者が故意又は過失により建設工事の施工を粗雑にしたため、公衆に危害を及ぼしたとき、又は危害を及ぼすおそれが大であるときは当該建設業者に対し、六ケ月以内の期間を定めて、その営業の全部又は一部の停止を命ずることができ(同法二八条一項一号、二項)、特に必要があると認めるときは、注文者に対しても適当な措置をとるべきことを勧告することができたのであり(同法二八条三項)、また、特に必要があると認めるときは、その業務、財産若しくは工事の施工状況につき、必要な報告を徴し、又は職員をして営業所その他営業に関係ある場所に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させることができたのであり(同法三一条一項)、右権限を適切に行使する義務があった。

しかしながら、前述のとおり、本件土地は地形地質に照らし宅地造成には適しておらず、同地区に宅地を造成した場合にはその工法如何によっては将来地すべりなどを起こす危険性が大きく危害を及ぼすおそれがあったのであるから、建設大臣は前述の諸権限を適切に行使して安全措置を講ずべきであったにもかかわらず、本件宅地造成を監視することもせず、安全措置をとることもなく放置した。

本件宅地造成は、その工法等によっては地すべりなどを起こす危険が大きく、ひいては住民の生命、身体及び財産に多大な危害を及ぼすおそれがあるのであるから、特定行政庁たる被告市の長において、その所有者若しくは造成業者である被告会社に対し、直ちに当該宅地造成を中止させ、若しくはその地形、地質等に応じた安全な工事方法を講じさせ、あるいは改善命令を出し、あるいは宅地としての使用、販売等を禁止、制限するなどの適切な安全措置を講じる義務がある。建設大臣及び被告県知事は、右宅地造成について、それぞれ被告市の長に対し、同法一四条二項によって与えられている勧告等の権限を適切に行使すべき義務があったにもかかわらずこれを怠った。

(二) 砂防ダムの設置管理の瑕疵による責任

(1) 昭和五〇年八月一三日の仙台市の大雨を契機に原告小原宅に隣接する斉藤、加賀両名宅の下の土砂崩れが発生し、崖崩れにより、二ツ沢住民の家屋にも危険が及ぶおそれが生じた。そこで、原告小原らは被告県に対し請願、陳情を行った結果、二ツ沢地に砂防ダムが設置されることになり、同被告が砂防工事を発注して、昭和五一、五二年の二度に分けて、五基のコンクリート堤による谷止め工事及び流路工事がなされた。

右砂防ダムは、砂防法二条に基づき被告国の指定がなされ、同法一二条によって砂防設備の管理、維持並びに砂防工事に要する費用は被告県の負担とされている。

(2) 地すべり等防止法一三条に基づき、地すべり等防止施設が砂防設備の効用を兼ねる場合は都道府県知事は協議により砂防施設の管理者に当該地すべり防止施設の工事の施工、管理させることができることに鑑みると、少なくとも間接的に造成宅地の保全に寄与する砂防設備は予想されている。

そして、昭和五一、五二年の本件砂防ダムの工事のとき、すでに同所の地質が固結状態不良で基礎の安定性に不安があったことは認められていたのであるから本件ダムの設計にあたって地すべり防止対策が考慮されなければならず、間接的にも造成宅地である緑ケ丘三丁目付近の崩壊を防止する目的も有していた。

(3) ところで、砂防ダムは土砂の流入、崩壊を防止するため沢等に設置するものであるから、ダムの両端を地山に接続させ、安定させる必要がある。さらに、本件ダムの設置場所のように従来の沢が大変深く、盛土高が極端に高いような場合は、なおさらダムの両端を地山に接続させ、安定させるような注意を払うべきであった。それにもかかわらず、被告県は予算の関係で北西端高圧線鉄塔付近まで五号谷止工を延長し地山に接続させるべきであったにもかかわらず同谷止工左袖部を曲げ、地山に接続させることを怠ると共に、同袖部に土留鋼矢板も打たなかった。そのため、砂防ダムはその構造上、設置及び管理に瑕疵が存する。

したがって、前記のように本件ダムは、営造物として通常有すべき安全性に欠ける。

よって、被告国は本件地震災害によって生じた損害につき国賠法一条、二条に基づく損害賠償責任がある。

四  損害

1 原告小関 一五四六万六八〇〇円の内一三〇一万八〇〇〇円

土地

所在 仙台市緑ヶ丘三丁目

地番 三七番二六

地目 宅地

地積 224.00平方メートル

建物

所在 右同所同番地二六

家屋番号 三七番二六

種類 居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 一階 67.87平方メートル

二階 23.18平方メートル

(一) 原告小関は、昭和三七年一一月二五日、被告会社から右土地を購入し、昭和四九年一一月一五日、右土地上に右建物を新築し以来居住してきたが、本件地震により、土地は地割れによる大きな亀裂が三本発生し、土地が陥没したため建物も全壊した。

原告は、右建物が全壊したため本件地震後兄弟のところで世話になった。その後勤務先の宿舎に移り、昭和五六年四月集団移転した。

(二) 土地の損害 五八一万三八〇〇円

右土地面積は、224.00平方メートルであるところ、本件地震時における時価は3.3平方メートルあたり一五万円を下らないので、右土地の時価は一〇一八万一八〇〇円となる。

被告市は、集団移転に際し原告から右土地を四三六万八〇〇〇円で買取った。右金額を差引くと、右土地について生じた損害は五八一万三八〇〇円となる。

(三) 建物の損害 九八〇万円

右建物の面積は、91.05平方メートルであったが、集団移転に伴い同規模の建物を新築したため、原告は、建物本体で七五〇万円、電気家屋内装飾を含めると合計九八〇万円を支出した。

(四) 慰藉料 一〇〇万円

原告が、右土地及び建物が崩壊したことにより被った精神的苦痛は一〇〇万円を下らない。

(五) 弁護士費用 一六九万八〇〇〇円

(六) 控除

集団移転に伴う住宅建設費用 五四万五〇〇〇円

用地購入費補助金 二三〇万円

よって、原告は、被告に対し右損害金合計一五四六万六八〇〇円の内一三〇一万八〇〇〇円を請求する。

2 原告佐川 一〇九一万三〇〇〇円

土地

所在 仙台市緑ケ丘三丁目

地番 三七番一九七

地目 宅地

地積 168.73平方メートル

建物

所在 右同所同番地一九七

家屋番号 三七番一九七

種類 居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 一階 56.78平方メートル

二階 28.18平方メートル

(一) 原告佐川は、昭和四二年一一月二七日右土地建物を被告会社から購入し、以来居住してきたが、本件地震により、隣家の擁壁崩壊により土石が建物近くまで流入し、建物の下を含め亀裂二本が発生し、建物は、傾斜がひどく使用不能となり、擁壁は倒壊した。

(二) 土地の損害 四五九万円

右土地面積は、168.73平方メートルであるところ、本件地震時における時価3.3平方メートルあたり一五万円を下らないので、右土地の時価は四五九万円となる。

(三) 建物の損害 三九〇万円

右建物の面積は、84.96平方メートルであったが、右建物の補修見積費用である。

(四) 慰藉料 一〇〇万円

原告は、右土地及び建物が崩壊したことにより被った精神的苦痛は一〇〇万円を下らない。

(五) 弁護士費用 一四二万三〇〇〇円

よって、原告は、被告に対し右損害金合計一〇九一万三〇〇〇円を請求する。

3 原告内山 一四九六万二六九〇円の内一四七七万七〇〇〇円

土地

所在 仙台市緑ケ丘三丁目

地番 三七番二一〇

地目 宅地

地積 232.58平方メートル

建物(未登記)

所在 右同所同番地

床面積 122.30平方メートル

(一) 原告内山は、昭和四七年六月一七日、被告会社から右土地を購入し、昭和四八年八月ころ、右土地上に右建物をアパートとして新築し、翌年五月ころ完成した。右アパートは四世帯入居可能であったが本件地震発生時は二世帯が入居していた。

本件地震により、土地は約1.5メートル沈下し東側へ約1.2メートルずれ右アパート北側に二〇センチメートルの亀裂が生じた。擁壁の北側が長さ一五メートル高さ2.5メートルにわたって崩壊し修復不能となった。アパートは前方に約一五センチメートル傾斜し全体にねじれたため居住は危険となり、右土地を支える擁壁は北側が長さ一五メートル高さ2.5メートルにわたり崩壊し修復不能となったため、本件地震時アパートに入居していた二世帯についても敷金を返還し立退いてもらった。

(二) 土地の損害 六〇三万六六九〇円

右土地面積は、232.58平方メートルであるところ、本件地震時における時価は3.3平方メートルあたり一五万円を下らないので、右土地の時価は一〇五七万二〇〇〇円となる。

被告市は、防災緑地とするに際し原告から右土地を四五三万五三一〇円で買取った。右金額を差引くと、右土地について生じた損害は六〇三万六六九〇円となる。

(三) 建物の損害 五五五万九〇〇〇円

右建物の面積は、122.30平方メートルであったが、本件地震時における時価は3.3平方メートルあたり一五万円を下らないので、右建物の損害は五五五万九〇〇〇円である。

(四) 解体撤去費用

右アパートの撤去費用は四四万円である。

(五) 慰藉料 一〇〇万円

原告は、右アパートに居住していなかったが、苦労して建てその収益をあてにしていたところ、一瞬のうちに消失させられた打撃は大きく精神的苦痛は一〇〇万円を下らない。

(六) 弁護士費用 一九二万七〇〇〇円

よって、原告は、被告に対し右損害金合計一四九六万二六九〇円の内一四七七万七〇〇〇円を請求する。

4 原告小原 一四八三万九〇〇〇円

土地

所在 仙台市緑ケ丘三丁目

地番 三七番三二

地目 宅地

地積 231.53平方メートル(本件地震後錯誤を原因として311.53平方メートルに変更)

建物

所在 右同所同番地三二

家屋番号 三七番三二

種類 居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建

床面積 82.90平方メートル

(一) 原告小原は、昭和三八年五月二〇日、被告会社から右土地を購入し、昭和三九年一〇月五日、右土地上に、右建物を新築し以来居住してきたが、本件地震により発生した地すべりにより土砂が流出し地盤全面に亀裂を生じ、建物も強制撤去させられた。

(二) 土地の損害 八〇九万円

右土地面積は、311.53平方メートルであるところ、本件地震時における時価は3.3平方メートルあたり一五万円を下らないので、右土地の時価は一四一六万円となる。

被告市は、防災緑地とするため右土地を3.3平方メートルあたり六万四三〇〇円合計六〇六万九九二〇円で買取った。右金額を差引くと、右土地について生じた損害は八〇九万円となる。

(三) 建物の損害 三七六万八〇〇〇円

右建物の面積は、82.90平方メートルであったが、本件地震時における建物の評価は3.3平方メートルあたり一五万円を下らないので建物の損害は三七六万八〇〇〇円となる。

(四) 慰藉料 一〇〇万円

原告が被った精神的苦痛は一〇〇万円を下らない。

(五) 弁護士費用 一九八万一〇〇〇円

よって、原告は、被告に対し右損害金合計一四八三万九〇〇〇円を請求する。

5 原告水野 一四〇三万三〇〇〇円の中一二三〇万五〇〇〇円

土地

所在 仙台市緑ケ丘三丁目

地番 三七番八七

地目 宅地

地積 231.10平方メートル

建物

所在 右同所同番地八七

家屋番号 三七番八七

種類 居宅

構造 木造セメント瓦葺二階建

床面積 一階 76.20平方メートル

二階 27.32平方メートル

(一) 原告水野は、昭和四二年六月、被告会社から右土地を購入し、昭和五〇年七月右土地上に建物を新築し以来居住してきたが、本件地震により右土地中央部及び北側が五〇乃至六〇センチメートルぐらい陥没、沈下し、右部分に向かい建物全体が傾斜し、土地の東西に大きな三本の亀裂が入ったため、右土地は下水溝より低くなり約五〇センチメートルの盛土が必要となるとともに、建物も全般的に損壊し居住できない状態となったため、建物を補修した。また、擁壁三ケ所に亀裂が入り、全体的に沈下すると共に、一部ふくらみを生じた。

(二) 本件土地及び擁壁の補修費用並びに建物新築代金及び関連工事費用 一一四四万八〇〇〇円

本件建物の補修費用

① 建物補修代金 三三〇万円

② タイル工事代金 二二万四〇〇〇円

③ 壁及びモルタル工事代金 一四万四四〇〇円

④ 塗装工事代金 一一万円

⑤ 給排水工事代金 一二〇万円

⑥ 浄化槽工事代金 一〇万円

⑦ 電気工事代金 五万円

右補修費用を参考にすると、

本件土地及び擁壁を補修する費用として三〇〇万円、本件建物を新たに建直す場合の見積りは一三〇〇万円乃至一四〇〇万円と推定されるところ、右①の建物補修代金三三〇万円の倍額六六〇万円及び右②ないし⑦の関連工事費用合計一八二万八〇〇〇円(千円未満切捨)を被告の負担とすることが相当である。

(三) 慰藉料 一〇〇万円

原告が被った精神的苦痛は一〇〇万円を下らない。

(四) 弁護士費用 一六〇万五〇〇〇円

よって、原告は、被告に対し右損害金合計一四〇三万三〇〇〇円の内一二三〇万五〇〇〇円を請求する。

6 原告成田 一九二九万四一八七円の内一七〇二万円

土地

所在 仙台市緑ケ丘一丁目

地番 六番二八

地目 宅地

地積 280.99平方メートル

建物

所在 同所同番地二八

家屋番号 六番二八

種類 居宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建

床面積 一階 101.94平方メートル

二階 34.47平方メートル

(一) 原告成田は、昭和三五年四月一八日、三和土地株式会社から、右土地を購入し、昭和三七年三月五日右土地上に右建物を新築し以来居住してきたが、本件地震により、土地は地すべりによる地盤沈下を起こし、土地北側は道路より1.3メートル下がり南半分は傾斜、玉石積擁壁は崩壊した。本件地震発生後二次災害が発生する危険性が生じたので、これを回避するため右建物は撤去された。右土地は建築禁止区域とされている。

(二) 土地の損害 七八〇万四四九二円

本件地震後集団移転を余儀なくされ、移転先山田住宅団地を七八〇万四四九二円で買った。

(三) 建物の損害 一六〇四万九〇〇〇円

集団移転に伴い新たに建築することを余儀なくされ支出した費用

本体工事 一四〇〇万円

付帯工事 一五二万九〇〇〇円

設計監理料 五二万円

(四) 慰藉料 一〇〇万円

原告は、右土地、建物が崩壊したことにより被った精神的苦痛は一〇〇万円を下らない。

(五) 弁護士費用 二二二万円

(六) 控除

用地購入費補助金 二三〇万円

被告市による土地買上金 五四七万九三〇五円

よって、原告は、被告に対し右損害金合計一九二九万四一八七円の内一七〇二万円を請求する。

7 原告末永 九二三万四〇〇〇円

土地

所在 仙台市緑ケ丘一丁目

地番 六番三一

地目 宅地

地積 247.00平方メートル

建物

所在 右同所同番地三一

家屋番号 六番三一

種類 居宅

構造 木造瓦葺平屋建

床面積 83.30平方メートル

(一) 原告末永は、昭和三五年四月四日、三和土地株式会社から右土地を購入し、昭和三六年一月二五日右土地上に右建物を新築し以来居住してきたが、本件地震以前から地盤沈下が発生し建物の立てつけが悪くなっていたところ、本件地震により、土地は八畳和室床下に北東方向から南西方向に二条の地割れが、南西側に地盤沈下が生じたことに伴い建物は南西に傾き各部屋の壁、柱に亀裂、柱と壁が離反した箇所が多数生じたため、建物の屋根、床板、柱の一部を利用して全面的に改築した。

なお、同原告は、昭和四五、六年に口頭注意を、昭和四七年に文書による注意を右土地についてそれぞれ受けたため、昭和四九年玉石積擁壁をコンクリート擁壁に造り変えた。

(二) 土地の損害 二四〇万円

原告は、昭和四九年玉石積擁壁をコンクリート擁壁にするに際し二四〇万円を支払った。

(三) 建物の損害 四六三万円

本件地震後に、建物を補修した費用は四六三万円である。

(四) 慰藉料 一〇〇万円

原告は、右土地、建物が崩壊したことにより被った精神的苦痛は一〇〇万円を下らない。

(五) 弁護士費用 一二〇万四〇〇〇円

よって、原告は、被告に対し右損害金合計九二三万四〇〇〇円を請求する。

8 原告三浦 二〇九二万二六〇〇円の内一二八八万円

土地

所在 仙台市緑ケ丘一丁目

地番 六番二九

地目 宅地

地積 199.43平方メートル

建物(未登記)

所在 右同所同番地二九

種類 居宅

構造 木造瓦葺二階建

床面積 104.12平方メートル

(一) 原告三浦の被相続人三浦正は、昭和三六年四月ころ、右土地を同人の勤務先株式会社ほまれやから買受け、昭和三六年一〇月ころ同土地上に建物を新築したが、昭和四六年に死亡し遺産分割協議の結果原告三浦が右土地、建物を相続した。

なお、株式会社ほまれやは、右土地を昭和三五年三月二〇日被告会社から買ったが登記上は昭和四二年三月三一日移転している。

本件地震により、土地の東側擁壁に亀裂が生じ、敷地は全面的に沈下し、建物は東側に傾斜し二次災害の危険のため解体撤去された。そのため、原告家族は本件地震後小学校の体育館に避難したのち、職場の社宅に同居した。

(二) 土地の損害 五一七万五六〇〇円

右土地面積は、199.43平方メートルであるところ、本件地震時における時価は3.3平方メートルあたり一五万円を下らないので、右土地の時価は九〇六万四五〇〇円となる。

被告市は、集団移転に際し原告から右土地を三八八万八八八五円で買取った。右金額を差引くと、右土地について生じた損害は五一七万五六〇〇円となる。

(三) 建物の損害 一三〇六万七〇〇〇円

集団移転に伴い右建物と同程度の建物を建築することになり、建築費用として一二三〇万円、設備工事代として七六万七〇〇〇円を支出した。

(四) 慰藉料 一〇〇万円

原告は、右土地、建物が崩壊したことにより被った精神的苦痛は一〇〇万円を下らない。

(五) 弁護士費用 一六八万円

よって、原告は、被告に対し右損害金合計二〇九二万二六〇〇円の内一二八八万円を請求する。

9 原告阿部 三二一三万九〇〇〇円の内一七三五万円

土地

所在 仙台市緑ケ丘一丁目

地番 六番三九

地目 宅地

地積 314.00平方メートル

建物

所在 右同所同番地三九

家屋番号 六番三九

種類 居宅

構造 木造スレート葺二階建

床面積 一階 94.52平方メートル

二階 28.15平方メートル

(一) 原告阿部は、昭和四一年一〇月四日、右土地を澤口褜郎から買い、昭和四二年三月一日、同土地上に右建物を建築し以来居住していたところ、本件地震により、家屋前中央部西側寄りが地盤沈下を起こし、建物全体が庭先方向に傾斜したため取壊され、右土地は緑地帯として整地されている。

なお、右土地は、三和土地から右澤口が買い、さらに澤口から原告阿部が買った。

(二) 土地、建物の損害 三五五五万七〇〇〇円

原告は、本件地震により居住地を失ったため他に住居を求めざるをえず、昭和五三年一〇月一六日武内みどりから土地及び建物を二六五〇万円で買った。

原告は、右費用の他土地建物登記費用、移転諸費用など右金額と合計して三五五五万七〇〇〇円の損害を被った。

(三) 慰藉料 一〇〇万円

原告が、右土地、建物が崩壊したことにより被った精神的苦痛は一〇〇万円を下らない。

(四) 弁護士費用 二二五万円

(五) 控除 六六六万八〇〇〇円

被告市は、原告から右土地を六一二万三〇〇〇円で買取り、移転費用として五四万五〇〇〇円を支払ったのでこれを控除する。

よって、原告は、被告に対し右損害金合計三二一三万九〇〇〇円の内一七三五万円を請求する。

10 原告佐藤修 三八〇万円、同弘子 二〇〇万九〇〇〇円

土地

所在 仙台市緑ケ丘三丁目

地番 三七番八八

地目 宅地

地積 172.62平方メートル

建物

所在 右同所同番地八八

家屋番号 三七番八八

種類 居宅

構造 木造スレート葺平屋建

床面積 41.79平方メートル(登記簿上の面積)

102.48平方メートル(実際の面積)

(一) 大槻正明は、昭和四〇年一〇月二二日、被告会社から右土地を買い、昭和四一年四月三〇日同土地上に建物を新築した。原告佐藤修は、昭和四八年七月二八日、右土地を右大槻から買い、同弘子は右建物を右大槻から贈与を受けた。

同原告は、右建物を、昭和四八年九月三〇日30.20平方メートル、昭和五一年七月三〇日、69.36平方メートルそれぞれ増築した。

本件地震により、右土地は全体的に三〇乃至四〇センチメートル沈下し、北から南にかけて幅二〇センチメートルの亀裂が三本走り、中央部分が陥没した。玉石積擁壁のコンクリートの目地部分など六ケ所にひびが入った。

右建物は、中央部に傾斜し建具は開閉不能となったため、ジャッキアップし敷地部分にダストを一メートル以上敷詰めた。

(二) 土地の損害 二七〇万円

原告佐藤修は、本件地震により、土地の補修代金として二七〇万円を支払った。

(三) 建物の損害 一一〇万四〇〇〇円

原告佐藤弘子は、本件地震により、建物等の補修代金として一一〇万四〇〇〇円を支払った。

(四) 慰藉料 原告 修 五〇万円

同 弘子 五〇万円

原告修が右土地、同弘子が右建物の崩壊により被った精神的苦痛はそれぞれ五〇万円を下らない。

(五) 弁護士費用 原告 修 六〇万円

同 弘子 四〇万五〇〇〇円

よって、原告佐藤修は、被告に対し右損害金合計三八〇万円を請求し、同弘子は被告に対し右損害金合計二〇〇万九〇〇〇円をそれぞれ請求する。

11 原告佐々木 一〇四八万三五〇〇円

土地

所在 仙台市緑ケ丘一丁目

地番 六番三七

地目 宅地

地積 297.00平方メートル

(一) 原告佐々木は、昭和五二年二月一五日、右土地二九七平方メートルを有限会社三浦兄弟物産から八一五万三八二〇円で買った。本件地震により、右土地北側に東から西に向かって細い亀裂が横切り、東側擁壁が四メートルぐらいにわたって下の家屋に向かい崩れ落ち修復不可能となった。

(二) 土地の損害 七七〇万八五〇〇円

同原告は、昭和五四年一二月一〇日被告市に右土地を五七九万一五〇〇円で売った。右土地は、被告市に売却された当時、造成に欠陥がなければ3.3平方メートルあたり一五万円は下らず一三五〇万円はしたのであるから、被告市への売却価格との差額七七〇万八五〇〇円の損害を被った。

(三) 慰藉料 五〇万円

原告が、右土地が崩壊したことにより被った精神的苦痛は五〇万円を下らない。

(四) 弁護士費用 二二七万五〇〇〇円

よって、原告は、被告に対し右損害金合計一〇四八万三五〇〇円を請求する。

12 原告柳沢正男 四一九万七〇〇〇円、同紀美子 八七四万八八四五円

土地

所在 仙台市緑ケ丘一丁目

地番 二〇八番一五

地目 宅地

地積 284.29平方メートル

建物

所在 右同所同番地一五

家屋番号 二〇八番一五

種類 共同住宅

構造 木造セメント瓦葺平屋建

床面積 68.76平方メートル

(一) 原告紀美子の母柳沢スケは、昭和三八年七月一五日、右土地を高橋栄吉から買った。柳沢スケは、昭和四五年五月二三日死亡し原告紀美子が右土地を相続した。右土地は、被告会社が造成した原告阿部の玉石積擁壁の真下に位置する。

原告正男は、昭和四〇年一二月二五日、右土地上に右家屋を建築した。

本件地震により、右家屋裏の玉石積擁壁が押出され建物全体をつぶす形で全壊状態となり、右建物は取壊された。

(二) 土地の損害 七〇一万二八四五円

右土地面積は、284.29平方メートルであるところ、本件地震時における時価は3.3平方メートルあたり一五万円を下らないので、右土地の時価は一二九二万七〇〇〇円となる。被告市は、集団移転に際し原告から右土地を五九一万四一五五円で買取った。右金額を差引くと、右土地について生じた損害は七〇一万二八四五円となる。

(三) 建物の損害 一五三三万円

原告正男は、集団移転に伴い右建物と同程度の建築をすることになり、建築費用として一五三三万円を支出した。

(四) 慰藉料 原告正男 五〇万円

同 紀美子 五〇万円

原告正男が右建物、同紀美子が右土地の崩壊により被った精神的苦痛はそれぞれ五〇万円を下らない。

(五) 弁護士費用 原告正男 五四万七五〇〇円

原告紀美子 一二三万六〇〇〇円

よって、原告正男は、被告に対し右損害金合計一六三七万七五〇〇円の内四一九万七〇〇〇円、同紀美子は、被告に対し右損害金合計八七四万八八四五円をそれぞれ請求する。

〔請求原因に対する認否及び被告の主張〕

一  被告会社

1 請求原因一の事実は認める。

2 同二1、2のうち本件地震及び被害が発生したことは認めるが、その具体的状況は不知、緑ケ丘全体が谷を含む斜面を切り取り盛土により整地した宅地であることは否認し、その余は不知。不完全な造成工事により被害が発生したとの主張は争う。同二3のうち緑ケ丘の地形は認め、地質は不知。同二4は否認する。

3 同三1の事実のうち被告会社が不動産の販売を目的とする会社であること及び各原告のうち、原告佐川、同内山、同水野の三名に対して、被告会社が本件土地の販売をしたことは認め、その余は否認する。被告会社は緑ケ丘の造成工事を行っていない。

仙台市緑ケ丘地区の宅地造成は、三和土地株式会社(以下「三和土地」という。)及び株式会社藁科組が行った。

原告小関、同小原、同末永の三名は三和土地が造成した土地をいずれも同社から買受けた。原告成田の土地は三和土地が造成した土地を同社から成田末治が買受けた。原告三浦の土地は、三和土地が造成した土地を同社から三浦正が買受けた。原告阿部は、三和土地が造成した土地を同社から澤口褜郎が買受けたものをさらに原告阿部が譲受けたものである。原告修は、株式会社藁科組が造成した土地を大槻正明が買受け、それをさらに原告修が買受けたものである。原告佐々木は、三和土地が造成した土地を有限会社三浦兄弟物産から買受けた。原告紀美子の隣接宅地を造成したのは、三和土地である。

4 同四はいずれも争う。

5 被告会社の積極否認事由

(一) 被告会社は昭和二八年五月一二日に設立された会社であるが、設立時の目的には建築及び建設業務は含まれていなかった。しかしながら、被告会社は昭和四六年に日本宅地造成事業協同組合を通じて、商工組合中央金庫から資金を借入れる必要が生じ、そのためには建設業を営むことが条件とされていたので、会社の営む事業の目的に新たに建築及び建設業務を加えることとし、同年六月二一日に開催された臨時株主総会において、初めて「宅地造成、土木工事の請負など」建築及び建設業務を行う旨の定款の一部変更決議がなされた。昭和四七年一月一七日、建設大臣から建設業の許可(登録番号(ヨ)第一三九九号)を受けたが、建設業務の実績が一切なかったため、昭和四九年一月一九日右許可は取消された。したがって、被告会社が建設業に関する業務を行った事実は一切ない。

(二) 本件土地のうち、原告佐川、同内山、同水野の三名を除き、所有者名義が被告会社になっていたが、これは三和土地がその経営に行き詰まり、同社から被告会社に資金援助の要請があったため、右担保として売渡しの方法をとり被告会社名義にしたものである。三和土地は、被告会社名義の土地を他に売却し、その都度売却代金をもって順次被告会社に対する債務を弁済し、清算していったものであり、被告会社が土地所有権を取得したこと並びに造成工事を行ったこともない。

(三) 本件地震により、仙台市から緑ケ丘に至る途中の地域に、緑ケ丘より大規模な損害の発生があることから原告主張の造成工事における過失ないし瑕疵と本件被害発生との間に因果関係を認めることはできない。

二  被告市

1 請求原因一の事実は不知、同二1は認め同二2乃至4は不知、同三2は否認し、同四は争う。

2 被告市の主張

(一) 地方自治法二条二項は、普通地方公共団体がその権能として処理することができる事務に関する規定であり、これらの事務すべてを処理することを地方公共団体に義務づけている規定ではない。また、三項はその事務の内容を具体的に例示し、地方自治運営の指針を与えたに過ぎないもので、例示された事務のすべてを現実に地方公共団体が処理することを義務づけた規定ではない。

(二) 改正前の建築基準法一〇条の規定は、建築基準法(昭和二五年法律第二〇一号)施行以前に建築された建築物、いわゆる既存不適格建築物に対する是正措置を定めたものであって、原告所有建物には適用のないものである。

(三) 宅造法一六条の改善命令を発する要件を備えていないことについて

本件土地は昭和四〇年三月一一日宅地造成工事規制区域に指定され、被告市が被告県から宅造法の権限委任を受けたのは昭和四五年八月三一日である。

(1) 右のように本件宅地造成は規制区域指定前の造成工事であるから、宅造法八条、一二条及び一三条の適用がないため、被告市は宅地造成の許可、工事完了の検査、監督処分のいずれも行っておらず、地質、工事方法その他の技術基準等について知ることのできる資料もなかったので、災害防止のための調査、災害発生のおそれについての判断は、宅地、擁壁、排水施設等の外観(外見)上の現象によるほかなかった。

(2) 宅造法の権限委任後は規制区域内の宅地造成工事等の状況把握と宅地災害の発生を防止するため、宅地保全係員が巡回し災害発生の危険箇所の発見につとめ、擁壁の亀裂、排水設備の不備等のものについては、その補修改善等災害防止措置をとるように口頭で指導し、そのまま放置すると悪化するおそれがあると認められる宅地の所有者等については、災害防止のため必要な措置をとることの勧告をなし、かつ勧告にかかる措置を資金面から容易にするため住宅金融公庫からの貸出の斡旋の相談に応じる手配をなしている。

(3) 緑ケ丘地区についても、他の規制区域と同様に被告市の宅地保全係員が巡回し災害発生の防止と危険箇所の発見に努めたが、本件地震発生まで崩壊というような危険が生ずる現象は見られなかったし、予測されなかった。

(4) 原告所有宅地のうち、被告市が勧告書を発したのは(イ)原告末永資に対し①昭和四六年度、危険の内容、玉石擁壁に亀裂が生じ崩壊するおそれがある、②昭和四七年度、危険の内容、玉石擁壁に亀裂が生じ崩壊又は転倒のおそれ、擁壁の水抜きが不完全、宅地内の雨水処理が不完全、(ロ)原告小原覚に対し、昭和五〇年度、危険の内容、コンクリート擁壁に亀裂が生じ崩壊又は転倒のおそれがある、としたものだけであり、その他の原告の宅地は災害防止のため必要な措置をとることの勧告をするまで危険なものではなかった。原告が宅地造成後一〇余年も災害発生についてこれを防止する保全措置にでなかったのは、原告も宅地崩壊の危険を予期していなかったからに他ならない。

三  被告国及び被告県

1 請求原因一の事実は不知、同二の事実中1は認め、同二2乃至4は不知、同三3、4は否認し、同四は争う。

2 被告国及び被告県の主張

(一) 国家賠償法において行政権の不行使(不作為)が違法とされるためには、その前提として、公務員が国民に対して具体的な法的作為義務を負担していることが必要である。憲法、建設省設置法、地方自治法は、直接個々の国民又は住民に対する具体的な作為義務を規定したものではない。憲法一三条は、国民の権利の包括的な宣言であり、個人主義の原則の表明と基本的人権の尊重を定めた抽象的内容をもつ規定である。また、同法二五条は、社会国家理念に基づく国政の姿勢を宣言しているにすぎない。したがって、右規定は、国が原告に対し、本件のような宅地造成に関しその安全性を監視し、粗雑な宅地造成による危害から原告の生命身体及び財産を保護すべき法的作為義務を負担する根拠とはなりえない。建設省設置法は、建設省の所掌事務の範囲及び権限を明確に定めるとともに、その所掌する行政事務及び事業を能率的に遂行するに足る組織を定めることを目的として制定されたものであり(同法一条)、同法三条は国の事務のうち何を建設省が所管するかを定めたに過ぎず、個々の国民に対する具体的作為義務を規定したものではない。地方自治法二条二項、三項も普通地方公共団体の処理する事務の範囲を明確にするとともに、その処理に当たっての一般的原則を明らかにしたにすぎない。これを本件について言えば、建設大臣及び知事は、原告に対して法的作為義務を負担しておらず、本件において法的作為義務違反を問われる事由は存在しない。

(二) 本件宅地造成に関し、建設大臣及び知事は、建設業法に規定する諸権限を行使し得る状況にはなかった。

改正前の建設業法は登録制度を根幹として、建設業に関する様々な規定を設けていたが、右規定は違反業者に建設業者としての営業を無反省に継続させることが妥当か否かという観点から業者の資質に着眼して適用されるものであり、個々の工事における不適切な施工の是正を直接の目的としていない。同法二八条一項一号は公衆に「危険を及ぼす虞が大であるとき」をも監督処分をなし得ることとしていたが、この意味は、公衆に危害を及ぼす具体的な危険性が通常社会人に認識される段階に達したとき、いわば事故寸前の危険な状態をいうものであり、このような状態に至って、はじめて右権限を行使し得る法的要件が具備される。本件宅地造成につき、その施工当時、右の如き状態にあったと認めるべき状況にはなく、相被告会社は本件工事施工後の昭和四七年一月一七日にいたって建設大臣から建設業の許可を受けた業者(登録番号(ヨ)第一三九九号)であり、同法二八条一項を適用する余地はなかった。

また、同法三一条は、建設大臣及び知事が建設業者に対して、特に必要があると認めるときは必要な報告を徴し、当該職員をしてその営業所に立入り、検査させることができる旨規定する。しかし、右規定は、同法一条の目的を達成するためのものであるから、「特に必要があると認めるとき」とは、例えば同法二八条の指示又は営業の停止、二九条の登録の取消等の処分に当たって、その是非を判断するうえで必要な場合を指すのであって、本件宅地造成工事施工当時、未だ報告徴収権及び立入検査権を行使するに「特に必要があると認める」状況にあったとは言い難く、右権限を行使しうる状況にはなかった。

(三) 本件宅地造成に関し、建設大臣及び知事は建築基準法一四条二項に規定する権限を行使し得る余地はなかった。

建築基準法の措置命令は「当該建築物の所有者、管理者又は占有者」に対してなされるものであって、建築物の建築を伴わない単なる宅地造成のみの場合に右規定を適用する余地はない。これは同法六条が建築物を建築しようとする場合、工事着手以前に、建築物の敷地、構造等が法令等に適合するものであることについて確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならないとしていることからも窺える。このように、同法の敷地規定は宅地が造成されただけの時点においては規制の根拠にならず、まして、宅地造成を中止させ、あるいは販売を禁止させることはできない。

特定行政庁たる仙台市長において、同法一〇条に基づき、宅地造成会社に対し、行政措置をなし得ない以上、同法一四条により建設大臣及び知事が仙台市長に対し、勧告等の権限を行使しなかったことが違法とされることはない。なお、宅地造成に伴う災害を防止するために制定された宅地造成等規制法(昭和三六年法律一九一号)が施行されたのは、本件宅地が造成された以後の昭和三七年二月一日である。

(四) 本件宅地造成に関し、知事が宅造法一六条二項の規定に基づく権限を行使しなかったことに違法はない。

(1) 宅造法に基づき知事が有する権限は、無許可工事に対する監督処分(一三条)災害防止のための必要な措置の勧告(一五条)改善命令(一六条)等があるが、同法施行前に造成された宅地にまで及ぶものは一五条及び一六条に基づく権限のみである。ところで、同法一六条は法律不遡及の例外をなすものであり、かつ、土地所有者等の権利に相当の負担を課すものである。したがって、厳格な要件として、(イ)宅地造成工事規制区域内の宅地で、宅地造成に伴う災害防止のため必要な擁壁又は排水施設が設置されていないか又はきわめて不完全な状態であること、(ロ)これを放置することにより宅地造成に伴う災害の発生のおそれが著しい場合であることが要求される。さらに、その命令の限度については、損害と予防工事に要する費用の比較考量その他あらゆる観点から考慮して相当と認められる限度とされている。同法一六条二項に基づき改善を命ずるためには、土地所有者等以外の者の行為により災害の発生の著しいおそれが生じたことが明らかであり、その行為をした者に改善のための工事の全部又は一部を行わせることが相当であると認められることが要件とされ、これらの要件が満たされた場合に知事は改善を命ずることができる。原告はこれらの法的要件については検討を加えておらず、右要件を具体的に主張していない。

(2) また、改善命令を行使しうる前記要件は存在しなかった。

① 緑ケ丘地区の宅地造成により土砂が流出し、仙台市長町字二ツ沢地内の川床が高くなり、付近の住民が河川の氾濫等により被害を受け、このまま放置すれば人命及び財産に損害を与えるおそれがあると判断したことから、昭和四〇年一〇月二八日被告会社仙台営業所所長あて住宅地の保全及び災害防止のため擁壁及び排水施設を設置するとともに、二ツ沢に流入した土砂をしゅんせつするよう宅造法一五条二項の規定に基づいて勧告した。

② 緑ケ丘地区の宅地所有者のうち擁壁の亀裂等により危険が予測されるものについて、昭和四一年度においては一件、昭和四三年度においては二件、昭和四四年度においては一〇件、昭和四五年度においは原告末永資を含む一八件、以上合計三一件について宅造法一五条二項の規定に基づく勧告を行った。

③ 仙台市長町畑塒二一番及び字大塒一五番地内の9488.27平方メートルについて宅造法八条一項の許可前に着工していた被告会社仙台営業所所長に対し、昭和四三年六月二八日宅造法一三条五項に基づき工事の停止を命じており、昭和四二年一〇月二五日には、仙台市長町字長岫四〇番一三の宅地所有者に対し宅造法一三条二項に基づき防災施設の設置を命ずる監督処分を行った。

このように、被告県は緑ケ丘地区において造成宅地の巡視点検を実施するとともに、宅地造成に伴う災害防止上必要と認められる場合には、宅造法に基づく権限を適切に行使してきた。

④ 原告小原覚所有に係る宅地について

被告県は以上に述べたように、毎年度、梅雨期前に、宅地造成工事規制区域内のうち特に監視を強化する必要のある地域については、関係機関の協力を得て巡視点検を実施してきたところであるが、昭和四三年度については、警察・消防・市町の協力を得て六月六、七、一〇、一一、一二日の五日間にわたって実施しており、そのうち六月六日には原告小原宅周辺の点検を行った。この際、巡視点検を担当した被告県職員は、同原告宅に隣接する加賀勝利所有の宅地につき二箇所の亀裂を発見し、災害発生のおそれが認められたことから、宅地調査概要書を作成のうえ、「宅地災害防止についてのお知らせ」と題する文書を交付して注意を行った。しかし、同原告所有に係る宅地の擁壁に亀裂がなく、客観的にみて差し迫った危険が認められなかったことから、宅地調査概要書の作成を行わず、注文文書の交付もしなかった。したがって、昭和四三年六月の時点においは、同原告所有の宅地及びその周辺において宅造法一六条に基づく改善命令を発すべき要件は存在せず、被告県が同条に基づく権限を行使しなかったことにつき作為義務違反を問われるべき理由が存在しないことは明らかである。

なお、宅造法一六条は、民法上の物権的請求権の一種である妨害予防請求権を公法的な立場から行使することを定めた規定であって、その適用には公の権限を発すべき客観的要件が存在しなければならない。宅造法は第一次的には、一五条によって一般的に宅地の所有者、管理者又は占有者に災害防止を義務づけており、次の手段として一定の要件のもとに一六条の規定を設けていると考えるべきであり、災害防止のため、常に一六条の適用が予定されていると考えることは失当である。

(五) 本件ダムに瑕疵のないことについて

(1) 本件砂防工事は昭和五一年八月初旬の豪雨による仙台市長からの陳情に基づき、畑塒沢の流下土砂を扞止するとともに縦、横浸食を防止し、さらに二ツ沢への流水等を流下させることを目的としたものであり、治水上、砂防のためのダム工とその間の護岸工を組合わせて流路工として計画し、昭和五一、二年度に施工したものである。畑塒沢一帯は右砂防設備を施工した当時は地すべりは発生しておらず、本件地震発生後の地質調査により初めて地すべり発生のおそれが認められたのである。その結果、昭和五四年九月一七日付官報告示第九八四号をもって緑ケ丘地すべり防止区域として指定された。したがって、本件ダムは地すべり防止施設の性格は備えていないのであるから、地すべり防止目的を理由とする瑕疵の主張は失当である。なお、個々の斜面における地すべりの発生のメカニズムが解明されておらず、起こりやすさについて把握することが困難であり、予測も難しい。

(2) 本件ダムの谷止め工本体の安定は基礎処理によってなされるものであり、左右の袖を支持力を有する堅固な地盤に接続させることにより安定を図るものではない。ダム基礎地盤は固結状態が不良で不均質な礫混り砂質土であることが掘削の結果確認されたので、基礎根入れについても深さ二メートル程度とし、長さ三、四メートルの松丸太を打込む処理方法を施し、前庭部の保護として水叩工と帯工を設け安定性を確保しダムを完成させたものであり、前庭部の保護を十分考慮していた。本件ダム左岸の袖部は5.0メートルも嵌入しており被告県指針案に従って砂防設備を施工、地山に十分取りつけ構造的に強固とした。

(3) また、ダム工は地形的制約から直線方向に計画すると左岸袖部は地上に出てしまい根入れがなくなるので、軸線を曲げ地山に取りつくように計画したが、当初計画した方向は、沢地形に沿う形となり尾根部分から外れ、しかも袖が長くなり、袖の突っ込みも不十分であることが判明したので、軸線の曲がりを緩くして尾根の中心部に向かうように変更した。ダムの形状は本件地形において、この形が最も安定しており、袖の嵌入は技術基準案及び設計基準案にのっとり設置した。本件ダムの袖部を鉄塔部分まで延長することは非越流の山腹高所まで不必要な堤体を構築することとなり、砂防の目的から外れたものとなる。

(4) 五号ダムよりはるかに高いところにある原告小原の宅地の崩壊を本件ダムにより防止することは不可能である。原告小原は昭和五〇年度のパトロールで自宅のコンクリート擁壁には亀裂が生じていて、転倒の危険性があるので補強を要する旨の勧告を受けていた。このように、本件地震の以前から危険視されていたのであるから、本件ダムの設置及び管理の瑕疵と損害の間に因果関係はない。

本件地震の震度は六に近い五が定説になっているから、かりに五号谷止めの左岸袖を鉄塔下まで延長したとしても地すべりは防止できなかったと思われる。

第三  証拠<省略>

理由

第一本件地震

昭和五三年(西暦一九七八年)六月一二日午後五時すぎ、金華山東方約六〇キロメートルの宮城県沖を震央とするマグニチュード7.4の地震(いわゆる宮城県沖地震)が宮城県一帯を襲い、建物倒壊、破壊等多大の被害を生じたこと、気象庁発表の仙台の震度が五であったことは、公知の事実である。

第二本件地震による被害状況全般

<書証番号略>によれば以下の事実が認められる。

一宮城県内における被害の概況は、死者二七人、負傷者一〇、九六二人、建物については、住家全壊一、三七七戸、同半壊六、一二三戸、同一部損壊一二五、三七五戸、非住家四三、二三八戸、その他公共土木施設、農林水産関係等各方面にわたり甚大な被害が発生し、その被害総額は昭和五三年九月一八日現在で約二、六七八億円に達するものであった。右被害中物的損害には、高層マンション、鉄筋コンクリート造の建築物も含まれており、建築関係の被害総額は七八八億八五五一万円に上る。被害は仙台市、泉市に集中したほか、県北の石巻市、古川市、小牛田、田尻、米山、鳴瀬の各町でも三〇戸以上の全壊家屋があり、被害は県内に広く分布している。右被害は沖積平野の軟弱地盤地域と丘陵地帯に新たに造成された地域に多発している。

二仙台市

仙台市における人的被害は死者一三人、重軽傷九三〇〇人(昭和五三年九月一八日現在)である。仙台市内の建物、都市供給施設、公共土木施設等の被害は、旧市街地の段丘地帯では比較的軽微であったが、仙台市の東南に広がる軟弱な沖積平野、新たに市政域に加えられた丘陵地に造成した住宅地に多発した。なお、明治二六年に市政が敷かれた旧市内(地質的にいえば河岸段丘地帯)は比較的被害が少なく軽微な被害か小被害ですんでいる。仙台市内で構造的被害が多くみられた地域は、東北本線長町駅周辺、長町辺りから卸町を経て苦竹辺に至る国道四号バイパス沿いの地帯であった。右地帯では、鉄筋コンクリート造、鉄骨造建物の顕著な構造的被害が多く認められた。長町の南東にある沖野、六郷等は、水田地帯であったが木造家屋に全壊したものが多く見られ、長町駅の西にある緑ケ丘では、造成地盤に著しい変動が生じ、これによる住宅の倒壊が多数認められた。苦竹の北西にある鶴ケ谷団地、その北に連なる南光台、旭ケ丘、黒松、将監等の丘陵地に造成された団地は、住宅の一部損壊、ブロック塀、石垣の倒壊、石垣の崩壊が各所に見られた。

仙台市内の物的被害状況は、住宅の全壊七一五戸、半壊三、二七一戸、一部破損74.005戸に及んでいる。被害の大きかった住宅団地は、緑ケ丘、荒巻源新田及び北根一念坊である。これらの地区は地割れ、亀裂、擁壁崩れに折からの梅雨期の降雨が重なり二次災害の危険が大きかったため、被告市は、これらの地域を警戒地域に指定し、一六三戸に体し一部危険家屋の除去と非難勧告を行った。更に、電気、水道、ガス等の公共施設に甚大な被害が発生し、これの復旧に多くの日時が費やされた。

第三緑ケ丘の地形、地質及び地層

<書証番号略>によれば、以下の事実が認められる。

一仙台市の南西部に位置する緑ケ丘は、南東側に急斜面を持つ丘陵で、その先東方に沖積平野が広がっている。丘陵と平野は断層長町―利府線で直線的に区切られ、その境に木流堀がある。丘陵の尾根は北西から南東方向に伸びており、北東側を二ツ沢に南東側を竜沢寺を通るそれぞれの沢に限られている。二ツ沢に面する斜面はかなり急で宅地造成以前は二ツ沢の支流が深く切込んでいた。

二緑ケ丘付近は第三紀鮮新世向山層の上半部及び大年寺層並びに右部分を不整合に覆う第四紀更新世の青葉山層からなっており、仙台層群下部のような堅い地層ではない。向山層の上半部は低湿地帯の堆積物、凝灰岩及びシルト岩の互層である。大年寺層は河口、浅海域の堆積物で凝灰岩質シルト岩、青灰色シルト岩、砂岩からなる。青葉山層は扇状地のような堆積物で大部分が礫岩層で上部は火山灰からなる。

三緑ケ丘地区は造成前は広葉樹で覆われた急傾斜丘陵地で、その平坦部は青葉山層(砂礫層)のローム層が三乃至五メートルの厚さで覆っていた。被害の集中した箇所は、造成以前は二五乃至三五度の斜面で第三紀層の大年寺層(砂岩、泥岩)が露出し、谷を形成していた。

第四本件造成宅地地帯における地質及び盛土等の状況並びに本件地震災害の概況

一本件造成宅地(緑ケ丘一丁目、三丁目)の地盤状況

<書証番号略>によると、緑ケ丘地区は、昭和四八年五月一日に新たな住居表示が実施され、長町字鹿野屋敷、同字鹿除土手、同字畑塒、同字土手内及び同字砂押屋敷の各一部を総称して緑ケ丘一丁目と長町字畑塒及び長岫の各一部を総称して緑ケ丘三丁目となったことが明らかであり、<書証番号略>、証人宮田猪一郎の証言、昭和五四年一二月五日実施の検証の結果によれば、以下の事実が認められる。

緑ケ丘は一丁目から四丁目からなる全戸数一、七〇三戸からなる住宅団地であり、いずれも前記地形、地質及び地層で述べた場所に宅地造成された。

緑ケ丘一丁目から四丁目の本件地震による住宅被害の状況は次のとおりであり<編注・次頁表>、本件訴訟の原告は、緑ケ丘一丁目、同三丁目に土地、建物を所有していた。

緑ケ丘三丁目原告小原宅下方に本件訴訟で問題とされる砂防ダムがある。

1  緑ケ丘一丁目

緑ケ丘一丁目は、昭和三二年から三三年にわたって傾斜角一五度から二五度をなす傾斜地に造成された全戸数四四四戸からなる住宅団地である。右一丁目の造成方法については、本件地震の後に行われたボーリング結果及び旧地形との対比において、厚さ五乃至一五メートルの盛土が行われ、右盛土の土質の中には有機物が混入し、基盤は比較的ルーズな砂岩で、標準貫入試験で測定する打撃回数(以下「N値」という。)五〇(一部七から八のところもある)からなり、盛土部分のN値は〇から一〇(大部分が五以下)の軟弱な土で構成されている。

一丁目のうち特に被害が顕著であった区域は、別紙図面1の、(以下各別に、単に「、ブロックという。)ブロックであり、ブロックは、V字谷に厚さ五乃至一五メートルの盛土造成が行われ、ブロックは、別紙図面2のB-B'地質断面図に示されたとおりN値二〇乃至五〇からなる砂岩を基盤とし下流側一部崖錐堆積物と厚さ五乃至一〇メートルのN値〇から五という軟弱な盛土で構成されている。

2  緑ケ丘三丁目

緑ケ丘三丁目のうち被災した八三戸の宅地は、昭和三六年から三七年にわたって、傾斜角約一五度の傾斜地に造成された全戸数四七九戸からなる住宅団地で、別紙図面3緑ケ丘三丁目被災宅地地域平面図で示されるように、二本の深い沢、すなわち、同図面C-C'線とD-D'線に挟まれた区域及びC-C'線とF-F'線に沿った区域を埋立てて造成されたところである。造成当時を撮影した写真、盛土等厚線、ボーリング結果を総合すると、本件宅地は傾斜地である緑ケ丘の丘陵部分を切開き上方の切土を利用して低地部分へ土を移動し盛土をし、雛壇状の造成を行ったと認められる。別紙図面3のC-C'、D-D'及びF-ハ'線における盛土の状況は別紙図面4のとおりであり、同図面C-C'、D-D'線においては、その地質断面図に示されるように砂岩、凝灰岩からなる基盤上に、厚さ一〇乃至二〇メートル、N値〇乃至一〇の盛土で構成され、F-F'線においては、同じくその地質断面図に示されるように砂岩、凝灰岩及び泥岩の互層からなる基盤上に、宅地地盤では厚さ五乃至六メートル、N値〇乃至三の、ダム周辺地盤では厚さ一〇乃至二〇メートル、N値三乃至八の盛土で構成されていた。

緑ケ丘および黒松・北根地区の住宅被害状況(53.8.31)

地域名

町名

全戸数

被災戸数

解体戸数

集団移転数

第一種

警戒区域

第二種

警戒区域

緑ケ丘地域

一丁目

444

49

9

17

43

13

二丁目

332

44

1

0

0

0

三丁目

479

83

1

11

29

100

四丁目

448

51

3

0

20

91

小計

1,703

227

14

28

92

204

黒松・北根地域

北根一念坊

310

43

16

0

39

19

荒巻源新田

203

50

6

0

32

58

小計

513

93

22

0

71

77

合計

2,216

320

36

28

163

281

3  緑ケ丘一、三丁目の擁壁

また、緑ケ丘一、三丁目には、高い所で一〇数メートルに及ぶ玉石練積石垣擁壁がある。右擁壁のうち、原告佐々木宅地擁壁のように裏込めがなされず、丸石積でかつ水抜きのための排水孔のないものがあった。

二緑ケ丘に生じた地震災害およびその後の状況

1  総説

緑ケ丘一丁目から四丁目までの戸数合計一、七〇三戸のうち、被災戸数は二二七戸で、内二八戸(一丁目一七戸、三丁目一一戸)が集団移転した。地震発生後長期間にわたって余震、又は降雨による二次災害の発生の危険性が高いとされ、第一種警戒区域(直ちに避難すべき地域で該当戸数九二戸)、第二種警戒区域(大雨などに備えて避難できる準備をしておく地域で該当戸数二〇四戸)が指定されたが、緑ケ丘一丁目のうち一九戸、同三丁目のうち一一四戸は、宅地保全審議会の答申により、本件地震発生から半年後の昭和五四年一月二二日に条件付で解除された。

2  緑ケ丘一丁目

緑ケ丘一丁目で被害が顕著だった区域は、、ブロックであった。ブロックの顕著な被害は、別紙図面1A-A'線方向及びそれに直交する方向の幅一〇乃至三〇センチメートルの数条の地盤亀裂の発生と、これによる家屋の不等沈下であった。同ブロック下部六戸の宅地では、擁壁のはらみ出し、亀裂の発生、宅地地盤の沈下、地割れの発生等の被害を受け、家屋の全壊は免れたものの使用に堪えられないほどに破壊された。同ブロックでは、右六戸を含む合計一一戸が集団移転を余儀なくされた。ブロック末端の市道に面した玉石積擁壁は、本件地震の約三ケ月後に復旧工事がなされる前まで、倒壊寸前の状態に置かれていた。ブロックの顕著な被害は、同図面B-B'線に直交する方向に幅一〇乃至二〇センチメートル、長さ五〇乃至八〇メートルの数条の亀裂が発生したことによるものであった。同図面のブロックに点線で記載されている六戸の宅地は、同ブロック末端部の玉石積擁壁の崩壊に伴い、倒壊寸前となり、本件地震発生後家屋倒壊による二次災害防止のため、解体撤去された。

3  緑ケ丘三丁目

別紙図面3のC-C'線及びD-D'線に挟まれた区域の頭部に亀裂及び陥没が生じ、同図面に点線で記載されている九戸の家屋は使用に堪えない程度に破壊され、集団移転を余儀なくされた。D-D'線に沿う区域は、同図面に示された亀裂のほか各宅地内部にも小さな亀裂が無数に発生し、家屋及び擁壁を損傷を与えた。

F-F'線に沿う沢頭部付近に、数条の亀裂が同線に直交して発生し、右亀裂にかかった宅地は崩壊し、崩壊した土砂が下方にある砂防ダム左岸部を押出し、ジョイント部に約三〇センチメートルのくいちがいを発生させた。

第五各原告の宅地建物に生じた災害

<書証番号略>及び当裁判所が昭和五四年一〇月二〇日、前掲同年一二月五日に実施した緑ケ丘の検証の結果、証人三浦とし、同佐々木都の各証言、原告小原、同小関、同佐藤修、同水野、同阿部、同成田、同末永、同内山各本人尋問の結果によると、各原告が本件地震発生時である昭和六二年六月一二日当時、請求原因四記載の各宅地及び建物を所有していたこと並びに右宅地に崩落、地割れ、擁壁ブロック塀の倒壊、亀裂が生じこれに伴う家屋の倒半壊等の地震災害が発生したこと、その概況につき以下のとおり認められる。

一緑ケ丘一丁目関係原告

1  原告三浦、同成田、同阿部、同柳沢、同佐々木の各宅地はブロックに位置し、同末永の宅地はブロックの上部に位置していた。

2  原告三浦、同成田、同阿部の各建物は、ブロック末端部の玉石積擁壁の崩壊に伴い、倒壊寸前となり、原告柳沢の宅地上の建物は原告成田、同阿部宅の玉石積擁壁の崩壊に伴い、右玉石が建物内部に入って倒壊寸前となったため、本件地震発生四日後に、二次災害防止のために解体撤去された。原告佐々木の宅地は、原告柳沢の宅地の隣に隣接し、更地であったが、右宅地の南東部の玉石積擁壁は崩れ落ちた。

3  原告末永方は、建物の基礎に亀裂が入り、地盤が沈下したため、建物が約五度傾斜した。なお、同原告は、昭和四七年六月一七日被告市から宅地の保全につき勧告を受けたため、昭和四九年に従前の玉石積擁壁の一部をコンクリート擁壁に造りかえていたが、右コンクリート擁壁南側上部に約1.5メートルの亀裂、西側玉石積擁壁面に二条の亀裂が発生した。

二緑ケ丘三丁目関係原告

1  緑ケ丘三丁目には、原告佐藤修、同水野の宅地が別紙図面3青色表示の部分に、原告小関、同内山、同佐川の宅地が同図面赤色表示部分に、原告小原の宅地が同図面黄色表示部分にあり、同原告所有地の下方に砂防ダムがある。

原告小原宅は、砂防ダムの上部に位置していた。

2  原告小関、同内山、同佐川の各宅地は隣接し、原告小関宅地には三本の地割が発生して亀裂が入り、敷地が陥没し、原告佐川宅、擁壁の崩壊により、土砂が家屋の近くまで流入し、宅地にも亀裂が入った。原告内山の宅地は、地盤が1.5メートル沈下し、東側へ約1.2メートルずれ、宅地上に建築したアパートの北側に二〇センチメートルの亀裂が生じ、アパートも前方に約一五センチメートル傾斜して全体にねじれ、擁壁は北側が長さ一五メートル、高さ2.5メートルにわたって崩壊した。原告小関、同佐川、同内山の各宅地は、被告市の防災緑地として買取られた。

3  原告小原の宅地には、大きな亀裂が入って建物は右亀裂のため倒壊状態となり、宅地自体使用不可能となったため、被告市により強制撤去され、宅地は同市により防災緑地として買上げられた。

4  原告佐藤修、同水野宅地の西側一帯は平地で老人憩の家の東側から東方へ向けて順次階段上の宅地が雛壇状に造成されている。各宅地の東側は段差のある玉石積擁壁となっていた。原告水野、同修の各宅地は、隣接しているが、右宅地西側にある南北に通ずる道路側に両宅地を横断する二本の地割れが発生し、地盤沈下した。そのため、原告修は、従前使用していた右道路側の排水溝が使えなくなった。原告水野の建物は、一、二階とも北側へ一度ないし二度傾斜し、床板の剥離、建具の開閉不能箇所が発生した。原告佐藤弘子所有の建物は敷地の沈下に伴い複雑に歪んだ。中央部及び北側が約五〇ないし六〇センチメートル陥没、沈下し、右部分に向かって建物全体が傾き、宅地の東西に亀裂ができた。

第六本件宅地の造成者は被告会社であるか

一<書証番号略>及び同証言、証人三浦としの証言、原告成田本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

1  被告会社は、昭和二八年五月一二日、目的を(1)食料品雑貨及繊維製品並に工作機械、電気機械及精密機械類の貿易、(2)不動産の売買並に仲介業及建売建貸、(3)保険代理及金銭貸付業、(4)右に附帯する一切の事業として設立された。

2  三和土地は、昭和三七年八月二〇日付で、農林大臣に宛てた農地転用事前審査申告書の事業計画概要書に「(前略)当社は昭和二九年来宅地造成会社として、向山団地、小松島、旭ケ丘団地、緑ケ丘団地等約三〇万坪約四千戸の住宅地を供して県及び市の住宅対策の一環をになったつもりですが、昭和三四年度に建売住宅の建設販売を計画、緑ケ丘団地の隣接地の仙台市長町字畑塒地辺に約一万二千坪の開拓農地に一二〇戸の住宅建設計画の転用許可を頂き現在七〇パーセント以上竣工しており、第二次計画として地続きの隣接地仙台市長町字畑塒、字長岫、字土手内にかかる約二万五千余坪の開拓地を選定し、此処に約二四〇戸の住宅群を建設し(略)」、また同概要書3計画の概要に就いてには「当該地の地形は当社緑ケ丘分譲地住宅の隣接で標高八〇米程度の南から北に向ってゆるやかな傾斜面地である。東側隣地は当社分譲住宅地で昭和三七年九月より市営バス緑ケ丘線が開通し、(中略)給水は現在緑ケ丘団地内、地下一五〇米までボーリング済、(以下略)」、整地工事計画には「宅地造成工事の建設機械は会社所有で、石積工事、上下水道は会社直営で行います。」と記載している。

その各期別建設計画、建設資金計画概要によれば、三和土地は、事業目的を建売住宅建設用地とし、昭和三八年一月から四〇年六月までを三期に分け、仙台市長町字畑塒、字長岫、字土手内の建売住宅建設用地資金として、自己資金二〇〇〇万円、被告会社四〇〇〇万円、振興相互銀行一〇〇〇万円の合計七〇〇〇万円の資金で、土地の造成、建物の建築計画を掲げている。

3  被告会社は三和土地の依頼により、昭和三七年八月一日同会社に対し四〇〇〇万円を限度として融資することを承諾し、これに基づく融資をしていた。

4  被告会社は、昭和三八年一一月、三和土地に対し、同会社の営業(販売)関係の従業員を引抜きたい旨申出をし、同月三〇日付けで同会社から緑ケ丘担当の営業員が被告会社に移った。その際、三和土地は、従業員尾田その他被告会社に移る従業員に給料及び退職金を全部精算した。また、同日付けで、被告会社の三和土地に対する貸付金債権の一部につき、緑ケ丘の造成宅地が代物弁済として三和土地から被告会社に譲渡され、被告会社は同年一二月仙台市に営業所を開設して、右土地を販売することになった。被告会社は昭和三九年二、三月頃に緑ケ丘に現場事務所を置いた。被告会社緑ケ丘現場主任小野由夫は、仙台営業所開設時に被告会社に入社したものであり、三和土地とは関係がなかった。三和土地は昭和四〇年頃に至って倒産した。三和土地が緑ケ丘から手を引いた時、旧地名字土手内、畑塒の宅地造成工事を終了していた。また、被告会社は三和土地に対し前記3による融資をする以前から、同会社との間には数多くの貸借関係があった。

5  昭和三八年一一月三〇日付河北新報には、被告会社名で「緑ケ丘東南苑団地、東南商事仙台進出記念大特売」との広告が掲載されたが、それ以前、頻繁に、河北新報に掲載された緑ケ丘の分譲広告は三和土地名でなされていた。そして、従前三和土地が河北新報に出していた分譲広告には旭ケ丘等と並べて緑ケ丘分譲地を掲載していたが、同年一二月七日付け河北新報から「三和土地の旭ケ丘分譲地」と広告し、緑ケ丘分譲地の広告はなくなった。

6  原告成田は昭和三七年一月に同原告宅の擁壁が崩壊したため、同原告に対する宅地の売主であって緑ケ丘で宅地造成工事を行っていた三和土地と交渉し、三和土地に擁壁を修理させた。総じて、緑ケ丘の被災住民は本件地震が発生する以前から宅地造成工事は三和土地が施行したものと諒解していた。

7  被告会社は昭和四六年六月二一日の臨時株主総会において、定款を一部変更し、その目的を(1)不動産の売買及び仲介業並びに宅地造成、不動産の賃貸借、不動産管理運営業務(以下2乃至5省略)と改め、目的に、新たに、宅地造成を加えた。この定款変更は、事業資金を商工組合中央金庫から借入れるには、建設業を営むことを条件とされていたためにしたものであって、現実に宅地造成等の土建業を営むためのものではなかった。

二ところで、前記第四の一の1、2で認定したように、緑ケ丘一丁目は昭和三二年から三三年、同三丁目のうち被災した八三戸の宅地は昭和三五年から三六年に造成されたものであるところ、(1)前掲証人三浦の証言、原告末永、同成田、同阿部各本人尋問の結果によれば、緑ケ丘一丁目に原告末永、同成田、同三浦、同阿部の従前の本件土地の所有者沢口が本件土地を取得したのは、いずれも昭和三四年から三五年であることが、前掲検証の各結果、原告修、同水野、同佐川、同内山、同小関、同小原各本人尋問の結果によれば、原告修、同水野、同佐川、同内山、同小関、同小原の土地はいずれも隣接しており、原告小関は本件宅地の取得前に現地を下見し、その際三和土地の造成略図をもらい、その後昭和三七年に本件宅地を取得し、原告小原は昭和三八年に取得し、そのほかの原告は昭和三九年以降に宅地を取得したものと認められる。

三右一、二に認定した事実を総合して判断すると、本件宅地はいずれも三和土地が造成したものというべく、被告会社が造成したものとはいえない。原告は、被告会社が本件宅地を販売したこと、緑ケ丘町内会誌第一号(<書証番号略>)中の被告会社仙台営業所長代理店大西政男の挨拶文、同第二号(<書証番号略>)中の「伸びゆく緑ケ丘」と題する東南商事小野由夫の一文等を挙げて、本件宅地の造成者が被告会社であることの証左とするものの如くであるが、右は前記判断の妨げとなる証拠と解することはできず、他に右原告の主張を認めるに足りる的確な証拠は存在しない。

してみると、原告の被告会社に対する宅地造成に関する不法行為の主張は、前提事実を欠き失当である。

第七被告会社に民法五七〇条の瑕疵担保責任があるか

一被告会社がその所有する宅地を原告佐川、同内山、同水野に売渡したことは当事者間に争いがなく、その余の原告も被告会社からその所有宅地を買受けたと主張し、被告会社はこれを争うが、その点はさておき、以下に右各宅地につき民法五七〇条にいう隠れた瑕疵があったか否かを判断する。

二民法五七〇条にいう売買の目的物の瑕疵とは、売買の目的たる特定物が、契約の当時から、その種類のものとして通常の使用に適する性質を欠く場合で、その欠陥が外部に現れていないものをいうとされている。そうすると、売買の目的物が宅地である場合に、その目的物に隠れた瑕疵があるときとは、当該宅地に都市計画法、建築基準法等による建築制限があって意図した建物が建築できない等法律上の瑕疵が付着している場合のほかは、地盤軟弱、地表下の空洞の存在、盛土の不完全、周囲擁壁の脆弱等の欠陥があるために、建物を建築しても、その重力或いは他からの振動により、建物が傾斜し、倒壊する危険があるとか、当該宅地の地形上大雨、長雨のため地盤が流出し、崩落し、或いは隣地からの土砂流出、崩落により埋没する危険があるなどの物理的欠陥があり、かつ買主が注意してもその欠陥を容易に発見することができないようなものが考えられる。

三ところで、原告は対震性の面から、本件宅地について売買目的物の隠れた瑕疵の存否を問題とする。しかも地震災害の面からこれを問題とし、その瑕疵の存否の基準を民法七一七条の土地の工作物の設置保存の瑕疵と同一の水準にあるものと考えて主張するものの如くである。しかし、売買の瑕疵担保責任における物の瑕疵と土地の工作物の設置保存の瑕疵とは、前者が取引上の責任に関するものであるのに対し、後者は不法行為上の責任に関するものであるから、その内容、程度範囲におのずから差異があるところであるが、本件においては、便宜上民法五七〇条の瑕疵が民法七一七条の瑕疵と等しいものと考えて判断することとする。

四そうすると、本件宅地に民法五七〇条の瑕疵があったか否かの判断基準を単純に図式化すれば、震源からかなり隔たった場所の宅地の地盤が、どの程度の規模の地震に対してまで、崩壊陥没等の災害を受けずに耐えられるならば、瑕疵がなかったかといえるかということに帰着する。

五そこで、まず各原告が本件宅地を取得してから本件地震に至るまでの間の異常の有無をみるに、(1)<書証番号略>、原告成田本人尋問の結果及び<書証番号略>、(2)<書証番号略>、原告末永本人尋問の結果<書証番号略>、昭和五四年一二月五日に実施した検証の結果、(3)<書証番号略>、証人三浦としの証言、(4)<書証番号略>、原告阿部本人尋問の結果<書証番号略>、(5)証人佐々木都の証言及び<書証番号略>、(6)<書証番号略>、原告小関本人尋問の結果<書証番号略>、(7)<書証番号略>、原告内山本人尋問の結果、(8)<書証番号略>、(9)<書証番号略>、原告小原本人尋問の結果、(10)<書証番号略>、原告修本人尋問の結果、(11)<書証番号略>、原告水野本人尋問の結果に、(12)弁論の全趣旨を加えると、次のとおり認められる。

1  原告成田が本件地震により被害を被った本件宅地は、同原告の父成田末治が昭和三四年一二月に三和土地から売買により取得した後、昭和三六年同宅地上に家屋を新築したが、昭和三七年一月五日ころ本件宅地の擁壁が崩壊し地すべりを起こしたため、昭和三七年六、七月ころ、右末治が三和土地と交渉して新たに下部に鉄筋を入れ上部に玉石を積上げる擁壁工事をさせ、その後宅地の水はけが悪かったため、自ら増築の際にトラックで土を入れ、排水溝の整備をしたこと、本件地震により昭和三七年に崩れた擁壁と同一の個所が崩壊したが、三和土地が修復をしてから本件地震まで擁壁の崩壊、地すべりが発生したことはなかった。

2  原告末永は、昭和三五年四月に本件宅地を三和土地から購入後、同年九月から一二月にかけて同宅地上に家屋を建築し居住してきたが、昭和四七年ころから地盤が弱かったためか戸のたてつけが悪くなったこと、仙台市長から昭和四七年六月一七日付け宅地の保全について(勧告)と題する書面で「玉石積擁壁に亀裂が生じており、崩壊又は転倒の危険性がありますので補強を要す、擁壁の水抜が不完全であるので改善を要す、宅地内の雨水の処理が不完全であるので改善を要す」と勧告され、昭和四九年に自らの費用で擁壁を一部コンクリート塀に修理したが、本件地震により、このコンクリート擁壁に亀裂が生じた。

3  三浦としの夫であった三浦正は、株式会社ほまれやから昭和三六年四月ころ本件宅地を買受け、同年一〇月ころから同宅地上に家屋を建て、翌昭和三七年三月ころ同建物に引越した(三浦正は昭和四六年死亡し、原告三浦が本件宅地及びその地上家屋を単独相続した。)が、本件地震発生時まで宅地建物に異常はみられなかった。

4  原告阿部は昭和四一年、沢口褜郎、同まさ子が所有していた宅地を被告会社の仲介により買受けた後、昭和四二年に右宅地上に家屋を建築して居住してきたが、本件地震まで擁壁、宅地に亀裂を生じたことはなかった。

5  原告佐々木は、昭和五二年二月五日、本件宅地を有限会社三浦兄弟物産から買受けたが、買受けの当時から擁壁は現存し、亀裂が入ったいたことはなく、本件地震によってこれが崩れた。

6  原告小関は、昭和三七年一一月二五日、三和土地から本件宅地を買受け、昭和四九年一一月一五日同宅地上に建物を建て居住してきたが、本件地震以前に本件宅地は大雨のときに水がたまるということはあったが、それ以外に宅地の亀裂、擁壁の崩壊等は生じたことはない。

7  原告内山は昭和四七年四月一〇日被告会社から本件宅地を買受け、家屋の建築工事を始めるにあたって、土地を平坦にしたり、上の宅地から流れてくる生活排水の跳返りを防ぐためU字溝に蓋を取りつけたりした他は手を加えたことはなかったところ、オイルショックのため工事期間が延び昭和四九年五月ころに同宅地上の家屋が完成してから、昭和五二年の秋ころ、家屋の外壁にひび割れが入ったため、外壁前面に防水塗装工事をしたほかは本件宅地、建物に手を加えたことはなかった。

8  原告佐川は、昭和四二年九月八日被告会社から本件宅地、建物を買受け以来これに居住していたが、本件地震まで宅地建物に異常はなかった。

ブロック塀判決の別表(二)

震度

説明

加速度(ガル)

0

無感

人体に感じないで地震計に記録される程度

0.8以下

1

微震

静止している人や、特に地震に注意深い人だけに感ずる程度の地震

0.8-2.5

2

軽震

大勢の人に感ずる程度のもので、戸障子がわずかに動くのがわかる

ぐらいの地震

2.5-8

3

弱震

家屋がゆれ、戸障子がガタガタと鳴動し、電燈のようなつり下げ物は相当ゆれ、

器内の水面の動くのがわかる程度の地震

8-25

4

中震

家屋の動揺が激しく、すわりの悪い花びんなどは倒れ、器内の水はあふれ出る。

また歩いている人にも感じられ、多くの人は戸外に飛出す程度の地震

25-80

5

強震

壁に割目がはいり墓石、石燈ろうが倒れたり、煙突、

石垣などが破損する程度の地震

80-250

6

烈震

家屋の倒壊は30%以下で山くずれが起き、地割れを生じ、

多くの人は立っていることができない程度の地震

250-400

7

激震

家屋の倒壊が30%以上におよび山くずれ、

地割れ断層などを生ずる程度の地震

400以上

9  昭和五一年八月三一日、大雨が降った時、原告小原の家屋の下方の土砂が崩れたこと、同原告は仙台市長から昭和五〇年六月二六日付け宅地の保全について(勧告)と題する書面で「擁壁に亀裂が生じており、転倒の危険性がありますので補強を要す」と指摘され、自ら約三〇〇万円をかけて擁壁を修理したことがあったが、本件地震時まで宅地、擁壁に異常はなかった。

10  原告弘子の弟である大槻正明は、昭和四〇年一〇月二二日本件宅地を被告会社から買受け、昭和四一年四月三〇日同宅地上に建物を建築したが、昭和四八年七月二八日原告修に本件宅地を売り、同日原告弘子に建物を贈与した。原告修、同弘子は、それ以来本件土地、建物に居住してきたが、本件地震まで本件宅地につき不安を抱いたことはなく、本件地震の前の二月にあった地震の時も敷地に変化とか、家が傾いたこともなく、玉石積擁壁にも変化は何もみられなかった。

11  原告水野は、昭和四二年六月一六日被告会社から本件宅地を購入後、昭和五〇年に同宅地上の建物を建築するまでの間、雨水が下方の宅地に擁壁を伝わって流れることがあることから、擁壁にブロックを二、三段積上げたことはあるが、その他に本件宅地等に手を加えたことはなく、格別問題も生じていなかった。

六しかるところ、前記四に説示した瑕疵の存否の判断に関し、宮城県沖地震により倒壊したブロック塀の下敷による死亡事故につき、死亡者の遺族からブロック塀の所有者に対する損害賠償請求事件において、仙台地方裁判所は、「通常発生することが予想される地震動に耐え得る安全性を有していたか否か」を瑕疵存否の判断基準とし、右「通常発生することが予想される地震動」を震度五と判断した(仙台地方裁判所昭和五三年(ワ)第一〇七六号、昭和五六年五月八日判決、判例時報一〇〇七号三一頁、以下「ブロック塀判決」という。)。

また、右判決は、その理由の七項(二)の(3)以下に、本件地震の規模、程度、震度等につき、

(3) 仙台市の被害の発生を地域別にみると、一般的には、広瀬川河段丘上の旧市内及び造成地を除いた丘陵地帯は比較的被害が少なく、概して軽微な被害か小被害ですんでいるのに対し、沖積平野のうち、河川に沿った扇状地の砂丘地盤の地域や泥炭層の厚い分布地、砂丘の間の後背湿地、水田を埋立てた地域及び盛土された若い造成地等の地域に建造物の全半壊、地盤の変動等の大きな被害が集中していた。

(4) また本件地震の被害の特徴の一つに、仙台の死者一三人のうち九人がブロック塀、石垣等の倒壊によるものであったことがあげられているが、ブロック塀、石垣等の倒壊、損壊などの被害も前記の沖積平野及び新興造成地の地盤の弱い地域に集中している。

本件地震の仙台市における右のような被害状況と過去仙台市において経験された地震による被害状況、即ち<証拠略>によると、昭和五三年度版理科年表の被害地震年表には過去における伊達領内、宮城県下についての被害記事として別表(三)のとおりの記事があることが認められ、また<証拠略>には、震源地が本件地震に近い地震と考えられている明治三〇年二月二〇日発生したマグニチュード7.8の地震(別表(三)の二九六番の地震)についての仙台近郊における被害記事が掲載されているが、これらの資料に現れている過去仙台市において経験された地震による状況とを比較して考慮すると、本件地震は、仙台市においてこれまでにない最大の被害をもたらした地震であると認められる。

ブロック塀判決の別表(三)

番号

日本歴

西歴

北緯

東経

M

地域・被害摘要

23

貞観11Ⅴ26

869 Ⅶ13

38.5°

143.8°

8.6

三陸海岸:城廊、門櫓、垣壁くずれ、倒壊するもの無数、

津浪多賀城下を襲い、溺死者約1,000人、流光昼の如く隠映すという。

97

慶長16Ⅹ28

1611 Ⅶ2

38.2°

143.8°

8.1

三陸および北海道東岸:三陸地方で強震、震害軽く、津浪の被害大、

伊達領内で死者1,783人、南部、津軽で人馬死3,000余、三陸地方で家屋流出多く、溺死者1,000人をこえた。

岩沼付近でも家屋皆流失、北海道東部でも溺死者多かった。

100

元和2Ⅶ28

1616 Ⅸ9

38.1°

142.0°

7.0

仙台:仙台城破損、津波あり、江戸で有感、10月28日陸中に地震あり、

釜石大槌、鵜住居に津浪あり、死多しというも1611年の誤りか?

112

正保3Ⅳ26

1646 Ⅵ9

37.7°

141.7°

7.6

陸前:仙台城の石壁数十丈くずれ、櫓3つ倒れる。

白石城破損、東照宮の垣破損。江戸でも強かった。

132

寛文8Ⅶ21

1668 Ⅶ28

5.9

仙台:仙台城の石垣くずれる。江戸で有感。

155

元禄91

1690  25

陸前:石巻川口の舟300余、船頭所在を失し溺死した。

浦浜に水溢れる。地震記事が見当たらず、風津浪か。

176

享保16Ⅸ7

1731 Ⅹ7

37.9°

140.6°

6.6

岩代:桑折で家屋300余くずれ、橋84落ちる。

180

享保21Ⅲ20

1736 Ⅳ30

38.3°

140.8°

6.2

仙台:所々破損があった。

203

明和9Ⅴ3

1772 Ⅳ3

39.3°

142.7°

7.4

陸前、陸中:山田、大槌、沢内など山くずれ、人馬が死んだ。

仙台領でも藩屋倒壊多かった。

213

寛攻5Ⅰ7

1793 Ⅱ17

38.3°

142.4°

7.1

陸前、陸中:仙台藩で1,060余戸壊れ、死12、津浪があり。

両石で17戸流出。死者12?13人波高は大船渡で9尺。

236

天保6Ⅵ25

1835 Ⅶ20

37.9°

141.9°

7.6

仙台:城の石垣がくずれ、家土蔵に破損あり、羽前最上郡に大地震があった。江戸で有感。

237

天保7Ⅶ25

1836 Ⅸ5

5.9

仙台:仙台市内で家屋が破損したが、詳細は不明、疑わしい、

あるいは236番の地震と同じか?

270

文久1Ⅸ18

1861 Ⅹ21

37.7°

141.6°

6.4

陸前、陸中、磐城:仙台城破損、壊家、死傷あり。

陸前で被害多く、津浪があり綾里で波高4m。

296

明治30Ⅱ20

1897

38.1°

141.5°

7.8(7.3)

仙台沖:岩手、山形、宮城、福島で小規模の被害。

一の関で家屋破損が72。

297

明治30Ⅶ5

1897

38.0°

143.7°

7.7(7.2)

仙台沖:津浪により三陸沿岸に小被害。盛町で2?3m、釜石で1.3m。

306

明治33Ⅴ12

1900

39.0°

141.0°

7.3(6.8)

宮城県北部:遠田郡で最も激しく、県全体で、死傷17人、家屋全壊44、半壊48、破損1,474。

327

大正41

1915

38.9°

143.1°

7.5(7.0)

石巻沖:小津波、石巻辺で屋上の天水桶転落。

354

昭和113

1936

38.2°

142.2°

7.7

金華山沖:福島、宮城両県で非住家全壊3、その他の小被害もあった。

385

昭和31Ⅸ30

1956

38.0°

140.6°

6.1

阿武隈川下流:白石付近で死1人、非住家倒壊3、その他小被害。

397

昭和37Ⅳ30

1962

38.7°

141.1°

6.5

宮城県北部:築館、石越、小牛田付近径40Kmの範囲に被害が集中した。

死者3人、住家全壊369、半壊1,542、橋梁、道路、鉄道の被害が多かった。

(三) しかして、地震の揺れの強弱は、震動の振幅、周期、速度、方向、加速度、継続時間等の諸要素が一体となって生ずるものと考えられるから、これを一つの物理量で表現することは困難であるが、震度と密接な関連を有するのは加速度であると考えられ、各所に設置された強震計により計測された加速度の数値(単位ガル)は、当該場所における地震の揺れ方の強弱を示す有力な資料であると考えられる。

右ガルの値と震度の関係について気象庁が示している参考値は別表(二)のとおりである。

ところで、<証拠略>によると、本件地震の震央は、北緯38.1度、東径142.2度、宮城県金華山の南東約五〇キロメートルの地点で、震源の深さは四〇キロメートル、マグニチュード7.4であったこと、本件地震につき仙台市内の各所に設置された強震計により計測された加速度の値は次のとおりであったことが認められる。<編注・次頁右表>

右強震計設置場所のうち、国鉄仙台管理局、住友生命ビル及び七十七銀行本店は仙台市の旧市街地に存し、広瀬川河段丘上の地盤が強固なところであるが、このような場所においても建物の地下二階及び同一階で二五〇ガルないし四三八ガルの加速度が加わっており、これを前記気象庁発表による参考値と対比すると、右場所の震度は「六」と考えられることになる。

強震計設置場所

設置個所

最大加速度(ガル、片振幅)

南北

東西

上下

東北大学工学部

建築係研究棟

九階

一〇四〇

五二〇

三六〇

一階

二六〇

二〇〇

一五〇

七十七銀行本店

地下一階

二八〇

一六〇

八〇

住友生命

仙台ビル

一八階

四八六

五五三

二二七

九階

三九三

五二〇

二〇七

地下一階

二五〇

二三〇

一二〇

地下二階

二五三

二二七

一二〇

国鉄仙台管理局

地下一階

四三八

二三八

一〇〇

塩釜港工事事務所

石巻市開化橋

地盤

二六六

二八八

一六六

地盤

二〇〇

二九四

一一三

ブロック塀判決の別表(一)

仙台で震度4以上を観測した地震

番号

震度

発震時

マグニチュード

(規模)

備考

(地域名)

時分

1

4

昭2

1

18

06.58

6.1

宮城県沖

2

4

昭2

8

6

06.13

6.9

宮城県沖

3

5

昭8

3

3

02.31

8.3

三陸はるか沖

4

4

昭8

6

19

06.37

7.1

宮城県沖

5

5

昭11

11

3

05.46

7.7

宮城県沖

6

4

昭12

7

27

04.56

7.2

宮城県沖

7

5

昭13

11

5

17.43

7.7

福島県沖

8

5

昭13

11

5

19.50

7.6

福島県沖

9

4

昭13

11

6

17.54

7.5

福島県沖

10

4

昭17

2

21

16.07

6.6

福島県沖

11

4

昭28

11

26

02.49

7.5

千葉県沖

12

4

昭34

1

22

14.10

6.8

福島県東方はるか沖

13

4

昭34

1

24

14.08

×

福島県東方はるか沖

14

4

昭37

4

12

09.52

6.8

福島県沖

15

4

昭37

4

30

11.26

6.5

宮城県北部

16

4

昭38

8

15

15.11

6.6

福島県沖

17

5

昭39

6

16

13.01

7.5

新潟県沖

18

4

昭42

1

17

20.59

6.3

宮城県沖

19

4

昭45

9

14

18.45

6.2

宮城県沖

20

4

昭52

6

8

23.26

5.8

宮城県沖

21

4

昭53

2

20

13.36

6.7

宮城県沖

22

5

昭53

6

12

17.14

7.4

宮城県沖

(注 13番のマグニチュードは算出されていない。)

もっとも、前記のように、一つの物理量をもって震度を決することは困難であるし、建物内に設置された強震計による数値は当該建物の構造及び設置場所と密接な関連を有するものであるから、右数値のみをもって本件地震の強さを云々することは早計であるが、<証拠略>によると、最近の主な地震の加速度につき、仙台で震度「五」であった昭和三九年の新潟地震(マグニチュード7.5)における新潟市内のアパートで記録された値は一六〇ガルないし一九〇ガルであり、仙台は震度「四」であった昭和五三年二月の宮城県沖地震(マグニチュード6.7)において仙台市中心部で記録された値は一〇〇ガルないし一七〇ガルであることが認められ、関東大震災における東京都下町方面におけるガル値が二〇〇ガルないし三〇〇ガルと推定されていることをも勘案したうえで本件地震の加速度の値をみると、仙台市内の各所において計測された数値は過去の地震におけるそれをかなりの程度上廻るものと推認され、また、一般に、地震によって受ける影響は、地盤の軟弱な場所の方が大きいものと言えるから、前記のように、仙台市において建築物損壊等の被害が集中した地域は旧市内に比して同程度以上の加速度が加わったものと推認される。

と判断した。また、同判決は、本件地震を遡る五〇数年の間に仙台で震度四以上を観測した地震につき、左記同判決添付別表(一)のとおり認定している。

そして、本件においても<書証番号略>によると、本件地震の規模、程度、震度及び過去に発生した大規模地震につき、ブロック塀判決の右説示と同一の判断をすることができる。

七また、<書証番号略>によれば、

1  仙台における昭和二年(一九二七年)から昭和五二年(一九七七年)までの五〇年間に生じた地震中、震度別有感地震回数は震度一が五八一回、震度二が二八二回、震度三が九〇回、震度四が一八回、震度五が五回、合計九七六回であったこと、したがって震度五以上の地震の再来年数は平均的に一〇年であるが、明治三三年(一九〇〇年)乃至昭和五二年(一九七七年)までの有感地震回数の年別推移を見ると、震度五以上の地震は、一九〇〇年から一九〇六年までと一九三〇年代に集中して発生し、規則的に一〇年に一回発生しているものでないこと

2  本件地震は、宮城県沖の活動域で予想される地震のなかでは、短周期に富んだ地震動(すなわち強震動)を発生するタイプの地震であったとされ、本件地震後に確率論的な断層モデルを導入して算出された仙台市内各地の最大加速度の理論値によれば、本件地震で大きな被害を出した六郷などの地盤の悪い地点ではきわめて大きな最大加速度であり、原告らの宅地のあった地域も前記第四で認定したような地盤であったことから、きわめて大きな最大加速度(ガル)であったこと

が認められる。

八ところで、先の二乃至四及び六に説示した事項を要約するに、本件宅地に耐震性の点からの瑕疵の存否は、従来発生した地震の回数、頻度、規模、程度のほか、時代ごとに法令上要求される地上地下構築物の所在場所、地質、地形、強度等の諸要素を考慮し、一般常識的見地から、少なくとも震度五程度の地震に対して安全性の有無を基準として判断するのが相当であると解する。

しかるところ、前掲第一乃至第五及び第七に認定した事実関係によるとき、とりわけ、

1 本件地震以前過去五〇年内に仙台市及びその周辺地域が影響を受けた公表震度五を記録する地震は、昭和八年三月三日の三陸沖地震、昭和一一年一一月三日の宮城県沖地震、昭和一三年一一月五日の福島県沖地震、昭和三九年六月一六日の新潟県沖地震の四回である。

2 これに対し、本件地震は公表震度五であるものの、後の調査の結果、実際には、全般的に震度六とみなすのが妥当と考えられており、地震による加速度(ガル)は、仙台市の旧市街地で地盤の固い場所と考えられている所でも、地上一階地下一階において烈震の範囲を示すものとなっている。そのため、第一の二に認定したように仙台市の各所に甚大な損害が生じ、地下に施設されている水道・ガス管に破損が生じ、これの復旧に多くの日時を要したのであって、本件地震は過去五〇年間に起きた震度五といわれる地震と比較して、格段の差のある損害をもたらした。

3 各原告の所有宅地は第一種住居専用地域で、地上建物は一、二階建の居宅又は集合住宅であったが、原告がこれを取得後、その宅地に格別の異状がなかった(一部の原告の宅地の擁壁に崩落した個所があった等の瑕疵は認められるが、これを補修する程度で使用に支障はなかった)。また、本件地震前に発生した昭和三九年六月一六日の新潟県沖地震(震度五)、昭和五三年二月二〇日の宮城県沖地震(震度四)による被害も報告されていない。

との諸事実に鑑み、なお、本件各宅地の造成には宅造法の規制はなかったが、<書証番号略>に顕れた「一九七八宮城県沖地震調査委員会」の「緑ケ丘で発生した被害の多くは宅造法の技術基準に準拠していても防止できなかった可能性がある。」との指摘に照らしても、本件宅地に民法五七〇条にいう隠れた瑕疵があったものと判断することはできず、このことから本件造成者が何人であったとしても、本件宅地の造成工事に違法の咎はなかったというべきである。

第八被告市、被告県及び被告国に対する請求の成否

一被告市、同県、同国に対する建築基準法違反の主張について

被告市に対する建築基準法一九条二項、四項、一〇条及び被告県、同国に対する同法一四条違反の主張について

改正前の建築基準法は、二章建築物の敷地、構造及び建築設備の下に敷地の衛生及び安全の規準として一九条二項、四項を規定し、これを受ける形で一〇条の規定は、「特定行政庁は、建築物の敷地、構造又は建築設備が第二章の規定又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に適合せず、且つ、著しく保安上危険であり、又は著しく衛生上有害であると認める場合においては、当該建築物の所有者、管理者、又は占有者に対して、相当の猶予期限をつけて、その全部又は一部の除却、移転、改築、増築、修繕、模様替、使用禁止又は使用制限を命ずることができる。」と規定し、建築物の建築を伴わない宅地造成のみの場合は右規定を適用する余地はない。ところで、前記のように、本件宅地は、昭和三二、三三年、昭和三六、三七年に造成されたものであり、造成時建築物は建築されていなかったことが認められるから原告の被告市に対する主張は失当である。

そして、特定行政庁たる被告市の長において同法一〇条に基づき宅地造成会社に対し行政措置をなしえない以上、同法一四条により建設大臣及び知事が被告市の長に対し勧告等の権限を行使しうる余地はなく原告の被告国、同県に対する請求も失当である。

二被告県、同国に対する建設業法違反の主張について

建設大臣及び知事が建設業法に規定する諸権限を行使しなかったことについて

改正前の建設業法は登録制度を根幹とし、違反業者に対し建設業者としての営業を続けさせることが妥当かという観点から建設業者の資質に着眼して適用されるものであり、個々の工事における不適切な施工の是正を直接の目的とするものではない。

ところで、同法二八条一項一号は、公衆に危害を及ぼす具体的危険性が通常社会人に認識される段階に達したときを言うのであるが、本件宅地造成工事施工時右のような段階にあったと認めるに足るべき証拠はなく、また既に第六の一の7に認定した事実及び弁論の全趣旨によると被告会社は本件工事施工後の昭和四七年一月一七日に建設大臣から建設業の許可を受けたものと認められるから、それ以前において建設業法二八条一項を適用する余地はなかった。

また、同法三一条は建設大臣は建設業を営むすべての者に対し、都道府県知事は当該区域内で建設業を営む者に対して、特に必要があると認めるときは、その業務、財産若しくは工事施工の状況につき、必要な報告を徴し、又は当該職員をして営業所その他営業に関係ある場所に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査させることができると規定するが、本件工事施工時特に必要があると認めるべき事情はなく、前記第六で認定したように被告会社は本件造成工事を行っていたとは認められないから、原告の被告国、同県に対する請求は失当である。

三被告市、同県に対する宅造法違反の主張について

被告市、同連が宅造法一六条の改善命令を発すべきであるとする主張について

1  証人麦島千秋の証言、<書証番号略>、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 宮城県知事は宅造法三条の規定に基づき、関係市町村長の意見を聴き、建設大臣に指定の申出をし、昭和四〇年三月緑ケ丘地区を含む仙台市分三、一九八ヘクタール及び泉市分二、三五一ヘクタールが宅造法規制区域と指定された。また、仙台市分については、都市計画法に基づく開発行為に係る許可権限の委任に関連し、同法八六条の規定により、被告県の長は被告市の長に対し、昭和四五年八月三一日宅造法三章及び一九条の権限を委任した。被告県は、昭和四〇年から被告市に権限を委任した昭和四五年まで、毎年度緑ケ丘地区の巡視点検を実施し、宅造法に基づく各措置を講じてきた。

(二) 被告県は、昭和四〇年一〇月二八日付けで被告会社に対し、仙台市長町字二ツ沢地内に擁壁及び排水施設を設置すること並びに二ツ沢に流入した土砂をしゅんせつすることを、翌四一年七月九日同被告に、仙台市長町字大塒三〇番地の一地内にある三段ブロック擁壁の防災工事について、「擁壁等防災施設の設置について(勧告)」と題する書面で、それぞれ勧告した。

(三) 被告県は、昭和四三年六月六日原告小原宅周辺の巡視点検を実施し、右点検のおり、同原告宅に隣接する緑ケ丘三丁目一五の加賀勝利所有宅地で擁壁亀裂二箇所を発見し災害の発生のおそれが認められ、その原因は右亀裂の背後にあるマンホールからの漏水であると判断し、宅地調査概要書を作成の上「宅地災害防止についてのお知らせ」と題する文書を加賀に交付したが、原告小原宅擁壁は亀裂もなく、客観的に差迫った危険もなかったことから、注意書等の交付もしなかった。なお、同原告は、被告会社が同原告宅の擁壁前面から土砂の搬出等を行ったため擁壁が崩壊するおそれがあったと主張するが、同原告宅擁壁付近には相当量の土砂があり災害発生のおそれがあるとは認められない。

なお、被告県は、昭和四三年六月二八日、被告会社に対し宅造法一三条五項により仙台市長町字畑塒二一及び大塒一五地内9488.27平方メートルの造成工事の停止を命じている。

(四)  右事実に照らすと、被告県は宅地造成工事規制区域指定後、被告市の長に対し権限を委任するまでの間、毎年度緑ケ丘地区の巡視点検を実施し、宅地造成に伴う災害防止上必要と認められた場合には宅造法に基づき各措置を講じ、適切に権限を行使していたのであるから、被告県が、宅造法一六条の改善命令を行わなかったことについて違法性はない。

2  <書証番号略>によれば以下の事実が認められる。

(一) 前記のように、被告県から被告市の長に対して昭和四五年八月三一日宅造法三章に基づく権限が委譲された以降は、被告県及び同市の合同巡視が毎年梅雨入り前に、その他被告市の日常業務の中で調査が行われていた。緑ケ丘は宅造法規制前に造成が行われたため、地質、造成方法を知る資料がなく、外観を見て判断し、指導を行っていた。当時危険箇所とされた場所は、玉石積の擁壁に亀裂が入っていたり、水抜パイプが不十分であったり、宅地の表面排水は玉石積の方向と逆に流す必要があったがこれが逆であったりするものであった。被告市は、該当者に、右危険箇所について注文文書やお知らせ文書を発したり、口頭で注意した。また、巡視や調査の結果を持ち帰り、勧告を必要とするものについては、決裁を経て勧告を発していた。勧告の際には、資金面で住宅金融公庫からの貸付を受けることができる旨の注意を添えて勧告書を発した。しかしながら、被告市は当時改善命令を出す程度の危険状態に至っていたものは無いと判断し、改善命令は出さなかった。

原告所有宅地のうち、被告市が勧告書を発したのは原告末永に対し、昭和四六年度に、玉石擁壁に亀裂が生じ崩壊するおそれがある旨の危険の内容、四七年度に玉石擁壁に亀裂が生じ崩壊又は転倒のおそれ、擁壁の水抜きが不完全、宅地内の雨水処理が不完全という内容であり、原告小原に対し昭和五〇年度にコンクリート擁壁に亀裂が生じ崩壊又は転倒のおそれがあるだけであり、その他の原告の宅地は災害防止のため必要な措置をとることの勧告をするまで危険なものはなかった。原告宅地はいずれも、宅造法の改善命令を発する程度には至っているとは認められなかった。

(二)  右事実に照らすと、緑ケ丘は規制区域指定前の造成工事で宅造法八条、一二条及び一三条の適用が無いため、被告市は宅地造成の許可、工事完了の検査、監督処分のいずれも行っておらず、また地質、工事方法その他の技術基準等について知ることのできる資料もなかったのであるから、災害防止のための調査、災害発生のおそれについての判断は、宅地、擁壁、排水施設等の外観上の現象によるほかなかったところ、被告市は宅造法の権限委任後は、適切にその権限を行使してきたことが認められ、被告市が宅造法一六条の改善命令を行わなかったことについて違法性はない。

四被告県、同国の砂防ダムの設置管理の瑕疵による責任について

1  証人石川五郎の証言、<書証番号略>、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 昭和五一年八月初旬、同年九月初旬の豪雨、台風一七号により、畑塒沢の縦横浸食が進み、二ツ沢に土砂が流入したため、河床が上昇し下流地域に被害が及ぶおそれが生じた。

このまま放置しておくと二ツ沢に流れた土砂が同沢を堰止め、浸水被害が生じる可能性があった。そこで、仙台市長は、同年九月三〇日被告県に対し二ツ沢地内砂防工事施行の推進について陳情した。右陳情の内容は、「二ツ沢砂防指定地石岸側近の山林が以前から法面崩壊により二ツ沢に土砂流入のおそれがあり、このまま放置すればこの土砂が二ツ沢に流入することにより同沢は水路としての機能を損うばかりではなく、降雨時の増水による溢水で地域住民の生命財産に大きな被害を及ぼすことは必死であります。(以下省略)」というものであった。被告県は、建設省と協議の結果、同被告が被告国の援助を受けて砂防工事を施工することになった。その目的は、畑塒沢の流下土砂を扞止するとともに縦、横浸食を防止し、さらに二ツ沢への流水等を安全に流下させることを目的としたものであり、谷止工、護岸工、水路工を併用した流路工を組合わせた流路工法を取った。すなわち、一番上流に比較的大きい谷止を造り、その下に縦浸食を防止する谷止工を設け、横浸食を防止するための護岸工(水路)を組合わせた流路工が採用され、重力式構造をとり、基礎にも支持力をもたせるため杭打ちをした。これは治水上砂防のためのダム工とその間の護岸工を組合わせて流路工として計画し、昭和五一、二年度に施工したものである。そして、昭和五二年一〇月一一日畑塒沢は建設省告示の一三六六号により砂防地域に指定された。

(二) 畑塒沢の地形は、送電用鉄塔付近から二ツ沢と畑塒沢の合流点付近を結ぶ線に沿って南方に湾曲しながら約二五パーセント程度の傾斜で尾根が続きその先端は急傾斜で二ツ沢に落込んでいる。右尾根の南側に並行して畑塒沢が西から東に流下している。本件ダム施工前、畑塒沢が二ツ沢に合流する直前のところには被告会社が築造したとみられる既設のコンクリート擁壁があった。右擁壁は、昭和五一年当時は満砂状態であった。

畑塒沢の地質は固結状態が不良で不均一な礫混じり砂質土であったため、堤を安定させるためには、基礎処理が必要であった。そのため、畑塒沢の砂防設備については、右地形、地質を考慮し、二ツ沢合流点に至るまで、間に最下流から上流に向かい一号から五号の五基の谷止工を設置し、その間約七六メートルに流路工を設けるとともに、各谷止工の根入れの深さを二メートル程度として地盤の支持力を補うため基礎杭を打込む処理をした。さらに、施工の際の掘削の結果、固結状態が悪かったため、天端高を一メートル下げるとともに基礎も支持力の得られるところまで下げ杭打ちをして支持力を増すように変更した。また、五号谷止工左岸部分の袖も当初の計画を変更したが、その理由は、そのまま北側へ延長すると尾根を越えて住宅地に達してしまうこと、変更後の方が突込みが短く安定することから、尾根中心部付近で先端約一〇メートルを屈折させより高くなっている尾根に取りつけられ、その貫入の深さも三メートル程度とし、建設省河川砂防技術基準にもとづき設計、施工された。本件ダムの目的からして、鉄塔付近まで袖を伸ばす必要性もなかったし、予算上から施工しなかったわけでもなく、また、砂防事業については必要であれば予算を増額できる仕組みになっているため、予算の関係から鉄塔付近まで延ばさなかったわけではない。

(三) 本件地震により、五号谷止工が中心部の施工目地のところから一五センチメートルぐらい前方にずれたのみであった。畑塒沢一帯は右砂防設備を施工した当時は地すべりは発生しておらず、本件地震発生後の地質調査、ボーリング、ひずみ測定等により初めて地すべり発生のおそれが認められた。その結果、昭和五四年五月一七日付官報告示第九八四号をもって緑ケ丘地区は地すべり防止区域として指定され、災害復旧工事として、本件谷止工も地すべり防止の目的を兼ねたものとして袖部を延長して復旧するとともに支持地盤まで鋼管杭を打込んだ。

2 以上の事実に照らすと、本件谷止工は治水上砂防のために設けられたものであり、地すべり目的は有していたとは認めることができず、かつ右目的に照らし砂防設備として通常有すべき安全性に欠けるところはなかった。したがって、原告の被告県、同国に対する砂防ダムの設置管理の瑕疵に基づく国賠法一条、二条に基づく請求はいずれも理由がない。

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宮村素之 裁判官青山智子 裁判官水谷正俊は転任のため署名押印できない。裁判長裁判官宮村素之)

別紙図面1、2、3、4<省略>

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