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仙台地方裁判所 昭和56年(ワ)1852号 判決 1994年1月31日

《目次》

当事者の表示

主文

事実

理由

第一章 当事者

第二章 差止請求権の根拠

第三章 原子炉施設の危険性

第一 発電用原子炉の仕組み

一 原子力発電の原理

二 発電用原子炉の種類

三 本件原子力発電所の構造と仕組み

第二 原子炉施設の潜在的危険性

一 原子炉施設と放射線

1 放射性物質の発生源

2 放射性物質の閉込めと放射化生成物の発生の抑制

ア 放射性物質の閉込め

イ 一次冷却水中における放射性物質の発生の抑制

3 放射性物質の処理及び管理

4 周辺環境に放出される放射性物質と放射線の放出源

ア 気体廃棄物による放射線

イ 液体廃棄物による放射線

ウ 原子炉施設内の放射性物質による放射線

5 平常運転時の周辺公衆の被曝

ア 気体廃棄物による被曝

イ 液体廃棄物による被曝

ウ 原子炉施設内部の放射性物質による被曝

二 放射線の種類と放射線被曝の人間に及ぼす影響

1 放射性物質と放射線

2 放射線の種類と性質

3 人間の放射線による被曝

4 放射線の量の単位

5 放射線の人間に与える障害の種類と内容

6 放射線による障害の特徴

三 放射線の被曝線量と障害発生との関係におけるしきい値の存否

1 高線量の放射線による障害の場合

2 低線量の放射線による障害の場合

ア ショウジョウバエ、大腸菌、ムラサキツユクサを用いた実験

イ スチュアートらの研究、マクマホンの研究

ウ マンクーゾらのハンフォード原子力施設等における調査

エ 放射線科医の寿命短縮

オ 医療用放射線による被曝

カ スタンドグラスの見解

キ ポーツマス海軍造船所における労働者に関する調査

3 当裁判所の判断

四 原子炉施設の安全性の意義

五 公衆の被曝線量当量限度

1 我が国の法令による規制

2 ICRPの勧告

3 原告らのICRPの勧告に対する批判

ア ICRPの勧告に対する批判

イ 広島・長崎原爆における放射線量の再評価

ウ 線量目標値指針について

4 当裁判所の判断

第四章 本件訴訟における立証責任

第一 当事者の主張

一 原告らの主張

二 被告の主張

第二 当裁判所の判断

第五章 本件原子炉の基本設計における安全確保対策

第一 実用発電用原子炉施設に対する安全規制

一 原子力安全委員会における安全審査

二 本件原子炉施設の設置変更許可処分における安全審査

1 本件原子力発電所一号機の原子炉に係る許可処分について

2 本件原子力発電所二号機の原子炉に係る許可処分について

第二 原子力安全委員会における安全審査の方法

一 原子力安全委員会の安全審査の基本的な考え方と審査内容

1 原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策

ア 異常の発生防止

イ 異常の拡大及び事故への発展の防止

ウ 放射性物質の異常放出の防止

2 原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策

3 原子炉施設の立地条件に係る安全確保対策

ア 自然的立地条件

イ 原子炉施設と公衆との隔離

二 原子力安全委員会の安全審査の方法に対する評価

第三 本件原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策

一 事故防止対策

1 事故防止対策検討の観点

2 異常状態発生防止対策

ア 燃料の核分裂反応の確実かつ安定的な制御

イ 燃料被曝管の健全性

ウ 圧力バウンダリの健全性

エ 燃料被覆管等の健全性に影響を及ぼすおそれのある設備の信頼性の確保

3 異常状態拡大防止対策

ア 異常状態の早期かつ確実な検知

イ 安全保護設備の設置

ウ 安全保護設備の信頼性の確保

エ 異常状態における安全保護設備等の解析評価

オ (一号炉では、現在燃料として、……)

カ (一号炉では今後の取替燃料として、……)

4 放射線物質異常放出防止対策

ア 工学的安全施設の設置

イ 工学的安全施設の信頼性の確保

ウ 工学的安全施設の解析評価

エ (一号炉では、現在燃料として、……)

オ (一号炉では、今後の取替燃料として、……)

5 結論

二 原子炉施設の工学的欠陥についての原告らの主張に対する判断

1 燃料棒の欠陥

ア 平常運転時の燃料棒

イ LOCA時の燃料棒

2 圧力容器の欠陥

ア 設計上の脆弱性

イ 圧力容器の脆性破壊の危険性

ウ 圧力容器の底部の貫通孔

3 配管の欠陥

ア 配管系の応力腐食割れ

イ 圧力容器ノズル部のセーフエンドの亀裂

ウ 圧力容器ノズルの亀裂

エ 再循環ポンプ

オ タービンサイドの問題

4 ECCSの欠陥

ア ECCSの有効性についての科学的裏付けの欠如

イ ECCSの性能評価の不十分性

5 制御棒の欠陥について

6 格納容器の欠陥について

ア 気密性

イ 耐圧性

ウ 圧力衝撃に対する対策

エ 保守管理上の問題

7 反応度事故の危険性について

8 GE技術者の証言する構造の非信頼性

三 多重防護についての原告らの主張に対する判断

1 解析における想定の不十分性

ア 想定すべき事故の種類について

イ 単一故障について

2 解析における数値の非実証性

3 人為ミス等の想定の不十分性

4 被告の運転マニュアルの経済性優先

第四 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策

一 平常運転時における被曝低減対策

1 環境への放射性物質放出の抑制

ア 放射性物質の冷却水中への出現の抑制

イ 原子炉冷却系外に現れる放射性物質の管理

2 公衆の被曝線量の評価

3 放射性物質の放出量等の監視

4 結論

二 原告らの主張に対する判断

1 放射化生成物の発生

2 タービン建屋等における一次冷却水の漏洩

ア 遮蔽設計上の区分について

イ タービン軸からの漏洩について

ウ ポンプ及びバルブの軸封書部からの漏洩について

3 放射性廃棄物の処理

ア 通常運転時の放射性希ガス及びヨウ素の漏洩について

イ 定期検査時の放射性希ガスの漏洩について

ウ 定期検査時の液体廃棄物の処理について

エ ランドリドレンの処理について

4 被曝線量評価の方法

ア 復水器空気抽出器排ガス中のヨウ素等の無視について

イ 気体廃棄物の核種の限定について

ウ 粒子状物質による被曝の無視について

エ 被曝評価におけるトリチウムの過小評価について

オ 液体廃棄物の核種の限定について

カ 評価条件の不当性について

キ 濃縮係数及び生体内濃縮の過小評価について

ク 海水中濃度の過小評価について

ケ 牛乳の市場希釈係数等について

コ 周辺住民に関する仮定について

5 放射性物質の監視設備

ア 液体廃棄物中の放射性物質の測定制度について

イ 周辺環境における放射線量率等の測定について

ウ 環境試料の採取回数について

エ ムラサキツユクサによる実験とその結果について

6 各地の原子力発電所周辺における放射性物質の検出

7 固体廃棄物の危険性

8 使用済燃料の危険性

9 廃炉の撤去等

10 労働者被曝の危険性

第五 本件原子炉施設の立地条件に係る安全確保対策

一 自然的立地条件

1 地盤

ア 地質調査等

イ 敷地地盤の評価

2 地震

ア 過去の被害地震

イ 活断層

ウ 地震地体構造

3 本件原子炉二号炉の耐震設計

ア 設計用最強地震及び設計用限界地震

イ 基準地震動

ウ 耐震設計上の重要度分類

エ 地震力の算定

オ 荷重の組合せと許容限界

4 本件原子炉一号炉の耐震設計

ア 耐震設計上の重要度分類

イ 各施設の耐震設計

5 水理について

6 本件一号炉の安全性の審査方法の妥当性

ア 耐震設計審査指針について

イ 耐震設計上の重要度分類について

ウ 設計用基準地震動について

7 結論

二 自然的立地条件に関する原告らの主張に対する判断

1 本件原子力発電所敷地及びその周辺の地質構造

2 基礎岩盤の安定性

3 本件原子力発電所の耐震設計

4 津波に対する安全性

三 本件原子炉設計の公衆との離隔に係る安全確保対策

1 基本設計における安全確保対策の審査

2 安全確保対策の具体的審査内容

(1) 立地審査指針の内容

(2) 想定される事故の内容

(3) 設定された評価条件

(4) 評価結果

(5) 立地審査指針適合性

3 公衆の被曝許容限度との関係

第六章 本件原子炉施設の建設段階及び運転段階における安全確保対策

第一 建設段階における安全確保対策

一 製作過程

二 搬出、輸送及び据付

三 試運転

第二 運転段階における安全確保対策

一 運転管理体制について

1 本件原子力発電所の組織

2 本件原子力発電所の運転体制

二 運転員等の教育・訓練

1 女川原子力発電所原子力技術訓練センター

2 BWR運転訓練センター

三 設備の保守管理

1 日常点検

2 定期検査

四 燃料の運搬

1 新燃料

2 使用済燃料

第三 原告らの主張に対する判断

一 新燃料の輸送

二 使用済燃料の輸送

第七章 他の原子力発電所における事故等について

第一 TMI事故について

一 TMI事故の過程

1 TMI発電所と事故前の状況

2 TMI事故の経過

3 TMI事故により放出された放射性物質による影響

二 TMI事故の原因

1 米国原子力発電所事故調査特別委員会の調査結果

ア 事故の主たる原因と人的要因

イ 運転員の誤操作等の背景

ウ 事故の原因分析と評価

2 事故調査特別委員会のTMI事故の原因についての評価の合理性

三 TMI事故が本件原子力発電所の安全性についての判断に及ぼす影響

1 原子力安全委員会における検討

2 本件原子力発電所における事故発生の可能性

3 結論

第二 チェルノブイル事故について

一 チェルノブイル事故の経過

1 チェルノブイル発電所の概要

2 チェルノブイル事故の経過

3 チェルノブイル事故により放出された放射性物質による影響

二 チェルノブイル事故の原因

1 ソ連の報告

2 ソ連原子力発電所事故調査特別委員会の報告

ア 原子炉の設計、特性上の問題点について

イ 運転員の規則違反について

ウ 多重防護思想の問題点について

エ 管理体制の問題点について

3 ソ連原子力発電所事故調査特別委員会の評価の合理性

三 チェルノブイル事故が本件原子力発電所の安全性の評価に及ぼす影響

1 我が国の原子力発電所の現状についての評価

ア 設計上の安全対策

イ 運転管理対策

2 本件原子力発電所における事故発生の可能性

第三 福島第二原子力発電所三号機の原子炉再循環ポンプ損傷事象について

一 本事象の経過

1 福島第二・三号機の設備

2 本事象の経緯

二 本事象の原因

1 通商産業省資源エネルギー庁における検討

2 通商産業省資源エネルギー庁による評価の合理性

三 本事象が本件原子力発電所の安全性についての判断に及ぼす影響

1 再発防止対策

ア 原子炉再循環ポンプ水中軸受の改善

イ 運転マニュアルの見直し

ウ 異常徴候に対する対応の強化

エ 安全管理の徹底

2 本件原子力発電所における事象発生の可能性

第四 美浜原子力発電所二号機の蒸気発生器伝熱管損傷事象について

一 本事象の経過と放出された放射性物質による影響

1 本事象の経過

2 本事象により放出された放射性物質による影響

二 本事象の原因

1 通商産業省資源エネルギー庁による検討

2 通商産業省資源エネルギー庁による評価の合理性

三 本事象が本件原子力発電所の安全性についての判断に及ぼす影響

1 再発防止対策

ア 審査及び検査等のあり方の見直し

イ 自主保安の強化と安全管理の徹底

ウ モニタリングシステム、計測制御システムの見直し

エ 技術開発の推進とその実用化

2 本件原子力発電所における事象発生の可能性

3 原告らの主張に対する判断

第八章 本件原子力発電所一号機における事象について

第一 高圧注水系タービン排気ダイアフラムの損傷について

一 本事象の経過・原因について

二 原告らの主張に対する判断

第二 タービン蒸気加減弁の不具合について

一 本事象の経過・原因について

二 原告らの主張に対する判断

第三 主復水器海水漏入について

一 本事象の経過・原因について

二 原告らの主張に対する判断

第四 再循環流量制御系の微小変動について

一 本事象の経過・原因について

二 原告らの主張に対する判断

第五 タービン蒸気加減弁の開度指示信号の微小変動について

一 本事象の経過・原因について

二 原告らの主張に対する判断

第六 蒸気タービンの軸受メタル温度高による原子炉手動停止について

一 本事象の経過・原因について

二 原告らの主張に対する判断

第七 原子炉冷却材浄化系からの蒸気漏洩について

一 本事象の経過・原因について

二 原告らの主張に対する判断

第八 給水流量調整弁(A)制御装置の不具合について

一 本事象の経過・原因について

二 原告らの主張に対する判断

第九 主蒸気圧力検出器の亀裂について

一 本事象の経過・原因について

二 原告らの主張に対する判断

第一〇 原子力施設設置者の事象発生に関する社会的な要請

第九章 本件原子力発電所の必要性

第一 電気事業者の義務

第二 電力需給事情

一 過去の使用電気量の増加

二 今後の電力需要の予想

三 被告の電力供給計画

第三 本件原子力発電所の位置付け

第四 原告らの主張に対する判断

一 電力需要の抑制

二 石油代替エネルギーとしての適格性

第一〇章 結論

原告

阿部宗悦

外一三名

原告ら訴訟代理人弁護士

吉田幸彦

鈴木宏一

松倉佳紀

松澤陽明

村上敏郎

武田貴志

馬場亨

角山正

斉藤睦男

船木友比古

被告

東北電力株式会社

右代表者代表取締役

八島俊章

右訴訟代理人弁護士

杉山克彦

山本孝宏

宇田川昌敏

太田恒久

三島卓郎

中村健

大野藤一

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の申立て

一  原告ら(請求の趣旨)

1  被告は、宮城県牡鹿郡女川町塚浜地区及び藤丸浜地区に建設した昭和四五年一二月一〇日内閣総理大臣許可に係る原子力発電所の運転をしてはならない。

2  被告は、宮城県牡鹿郡女川町塚浜地区及び藤丸浜地区に、平成元年二月二八日通商産業大臣許可に係る原子炉を建設してはならない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(本案前の答弁)

1 原告らの訴えをいずれも却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(本案の答弁)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  原告らの主張

原告らの主張は、次のとおり付加するほかは、原告らの別紙最終準備書面記載のとおりである。

1  当事者について

ア 原告ら

原告らは、牡鹿郡女川町及び石巻市に居住する住民であり、いずれも被告が宮城県牡鹿郡女川町塚浜地区及び藤丸浜地区において運転及び建設中の原子力発電所(以下「本件原子力発電所」という。)から二〇キロメートル以内の場所に居住しており、右原子力発電所の平常運転時及び事故時において、本件原子力発電所の放出する放射能の影響を受けるものである。

イ 被告

被告は、東北七県において一般電気事業を営んでいる会社である。

2  本件原子力発電所

ア 本件原子力発電所一号機

被告は、昭和四五年五年三〇日に内閣総理大臣に対し本件原子力発電所一号機の設置許可を申請し、同年一二月一〇日にその許可を受けた。

許可された本件原子力発電所一号機の概要は、次のとおりである。

① 形式 濃縮ウラン、軽水減速、軽水冷却、沸騰水型

② 熱出力 約一五九〇メガワット

③ 電気出力 約五二万四〇〇〇キロワット

その後、被告は、六回にわたり本件原子炉の設置変更許可を申請し、昭和四九年六月、昭和五三年一〇月、昭和五五年七月、昭和五八年四月、昭和六一年六月及び平成三年七月にそれぞれその許可を受け、一部につき設計変更をしたが、その基本的構造には変更がない。

被告は、昭和五八年一〇月に本件原子力発電所一号機の建設を終了し、その運転を開始している。

イ 本件原子力発電所二号機

被告は、昭和六二年四月一八日に通商産業大臣に対し本件原子力発電所二号機の設置許可を申請し、平成元年二月二八日にその許可を受けた。

許可された本件原子力発電所二号機の概要は、次のとおりである。

① 形式 濃縮ウラン、軽水減速、軽水冷却、沸騰水型

② 熱出力 約二四四〇メガワット

③ 電気出力 約八二万五〇〇〇キロワット

その後、被告は、本件原子炉の設置変更許可を申請し、平成三年七月にその許可を受け、一部設計変更をしたが、その基本的構造には変更がない。

被告は、平成元年八月に本件原子力発電所二号機の建設に着工し、平成七年七月にその運転を開始しようとしている。

3  原告らは、被告に対し、人格権又は環境権に基づいて、請求の趣旨欄1、2記載の判決を求める。

二  被告の主張

被告の主張は、次のとおり付加するほかは、被告の別紙最終準備書面第一分冊及び第二分冊記載のとおりである。

原告らの主張1及び2のうち、原告らが本件原子力発電所の平常運転時及び事故時において原子力発電所の放出する放射能の影響を受けるものであることは否認し、その余の事実は認め、原告らの別紙最終準備書面の主張はいずれも争う。

三  なお、原告ら及び被告の各最終準備書面に現れていない主張を含めて、「理由」においては、判断を示す前提として、当該主張の要点を随時摘示する。

第三  証拠<省略>

理由

第一章当事者

原告らが、牡鹿郡女川町及び石巻市に居住する住民であり、いずれも被告が運転及び建設中の本件原子力発電所から二〇キロメートル以内の場所に居住していること、被告が東北七県(青森県、岩手県、秋田県、宮城県、山形県、福島県、新潟県)において一般電気事業を営んでいる会社であること、被告が昭和四五年五月三〇日に内閣総理大臣に対し本件原子力発電所一号機の設置許可を申請して同年一二月一〇日にその許可を受けたこと、被告が六回にわたり本件原子炉の設置変更許可を申請し、昭和四九年六月、昭和五三年一〇月、昭和五五年七月、昭和五八年四月、昭和六一年六月及び平成三年七月にそれぞれその許可を受け、一部、設計の変更をしたが、その基本的構造には変更がないこと、被告が昭和五八年一〇月に本件原子力発電所一号機の建設を終了し、その運転を開始したこと、被告が昭和六二年四月一八日に通商産業大臣に対し本件原子力発電所二号機の設置許可を申請して平成元年二月二八日にその許可を受けたこと、被告が本件原子炉の設置変更許可を申請し、平成三年七月にその許可を受け、一部、設計の変更をしたが、その基本的構造には変更がないこと、被告が平成元年八月に本件原子力発電所二号機の建設に着工し、平成七年七月にその運転を開始しようとしていることは、いずれも当事者間に争いがない。

第二章差止請求権の根拠

原告らは、人格権又は環境権に基づき本件原子力発電所一号機の運転差止め及び本件原子力発電所二号機の建設差止めを求め、被告らは、人格権又は環境権は実定法上の根拠がなく、人格権又は環境権に基づく差止請求は権利保護の資格を欠くとして、本件訴えの却下を求めているので、この点について判断する。

およそ、個人の生命・身体が極めて重大な保護法益であることはいうまでもなく、個人の生命・身体の安全を内容とする人格権は、物権の場合と同様に排他性を有する権利というべきであり、生命・身体を違法に侵害され、又は侵害されるおそれのある者は、人格権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁参照)。

したがって、人格権に基づき本件原子力発電所一号機の運転差止め及び本件原子力発電所二号機の建設差止めを求める本件請求は、民訴法上請求権としての適格性を有することは明らかであるから、本件訴えは適法というべきである。

また、原告らが主張する環境権が実定法上明文の根拠のないことは被告の指摘するとおりではあるものの、権利の主体となる権利者の範囲、権利の対象となる環境の範囲、権利の内容は、具体的・個別的な事案に即して考えるならば、必ずしも不明確であるとは速断し得ず、環境権に基づく本件請求については、民訴法上、請求権として民事裁判の審査対象としての適格性を有しないとはいえないから、本件訴えは適法であるというべきである。

しかしながら、実体法上の請求権として是認し得る権利であるか否かについては、更に検討を要するものというべきであるが、原告らの環境権に基づく本件差止請求も、本件原子力発電所が原告らの環境に対し運転又は建設の差止めを肯認するに足りるほどの危険性があるか否かという点にかかるものということができる点においては、人格権に基づく請求と基本的には同一であるから、以下、本件原子力発電所の危険性の有無について判断することにする。

第三章原子炉施設の危険性

第一発電用原子炉の仕組み

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められる。

一原子力発電の原理

原子力発電は、原理的には、火力発電におけるボイラーを原子炉に置き換えたものであって、蒸気の力でタービンを回転させて電気を起こすという点では、火力発電と全く同じである。

発電用原子炉は、核分裂反応を制御しつつこれを継続的に起こさせることによって、タービンを回転させる役割を担う蒸気を作るために必要な熱エネルギーを発生させるための装置である。原子炉の中心部、すなわち、炉心は、核分裂反応を起こして発熱する核燃料、核分裂によって発生する高速の中性子を次の核分裂反応が起こりやすい状態にまで減速させるための減速材、発生した熱を取り出すための冷却材、核分裂反応を制御するための制御材、炉心から出ようとする中性子を炉心に戻すための反射材、核分裂生成物等から出る放射線を原子炉の外に出さないよう遮るための遮蔽材等から成り立っている。

二発電用原子炉の種類

発電用原子炉には、いくつかの種類があるが、軽水型原子炉は、右の減速材及び冷却材の両者の役割を果たすものとして軽水(普通の水)を用いるものである。さらに、この軽水型原子炉は、沸騰水型原子炉(以下「BWR」という。)と加圧水型原子炉(以下「PWR」という。)とに区別される。BWRは、原子炉圧力容器の中で直接蒸気を発生させ、これをタービンに送って発電する型の原子炉である。一方、PWRは、高圧をかけることによって原子炉圧力容器内では軽水(一次冷却水)を沸騰させることなく、高温の水のまま蒸気発生器に導き、そこで高温の水のもつ熱エネルギーを別の系統を流れている軽水(二次冷却水)に伝え、この水を蒸気に変えてタービンに送って発電する型の原子炉である。本件原子力発電所一号機及び二号機の原子炉は、いずれもBWRである。

三本件原子力発電所の構造と仕組み

本件原子力発電所の構造と発電の仕組みをみると、次のとおりである。

ア 本件原子力発電所の原子炉に用いられる核燃料としては、中性子が当たると核分裂反応を起こすウラン二三五を含む二酸化ウランを円柱状に焼き固めたもの(燃料ペレット)が使用されており、この燃料ペレットは、両端を密封した金属(ジルコニウム合金であるジルカロイ)製の被覆管の中に縦に積み重ねられて燃料棒を構成している。この燃料棒は、八行八列状にまとめられて一つの燃料集合体を形成しており、この燃料集合体三六八体で炉心を構成している。

イ 制御材としては、その内部に中性子吸収材(炭化ホウ素)が充填されている十字形の制御棒八九本が使用されており、この制御棒を炉心の下部から炉心に挿入し、これを出し入れすることによって炉心の中で生じた中性子の数を調整して核分裂反応を制御する。

ウ これら燃料集合体及び制御棒は、高温・高圧に耐える鋼鉄製の原子炉圧力容器(以下「圧力容器」という。)の中に収められているが、そこには、冷却材、減速材及び反射材の役割を兼ねる水(軽水)が入れられており、この水は、核分裂反応によって生じた熱によって高温(摂氏約二八六度)の蒸気となる。その蒸気は、主蒸気管を通ってタービンに送られ、タービンに結合された発電機を回すことにより発電を行う。タービンを回転させた蒸気は、復水器で海水により冷却されて水となり、この水は給水管を通って再び圧力容器に戻され、そこで再び高温の蒸気となってタービンを回転させることとなる。

エ 圧力容器には、冷却材再循環系設備が接続され、炉心で発生した熱を効率的に取り出すため、再循環ポンプにより冷却水を強制的に再循環させるとともに、その循環量を調整することにより発生する蒸気量を加減する。したがって、原子炉の熱出力の調整は、制御棒を出し入れすることと、再循環ポンプで炉心を流れる冷却水の量を調整することにより行われる。

第二原子炉施設の潜在的危険性

一原子炉施設と放射線

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められる。

1 放射性物質の発生源

ア 原子力発電固有の潜在的危険性は、原子炉の運転により原子炉内に放射性物質が発生し、蓄積されるという点にある。このため、この潜在的危険性を顕在化させないように、放射性物質を確実に管理することが原子力発電における安全確保の基本となる。

イ 原子炉の運転に伴い発生し、原子炉施設内において蓄積される主な放射性物質には、次の二種類のものがある。

第一は、燃料の核分裂反応によって生ずる核分裂生成物(ウラン二三五の核分裂生成物にはキセノン、クリプトン、ヨウ素、セシウム等がある。)のように燃料被覆管の内部に含まれるものである。

第二は、一次冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食に伴って生ずる微量の不純物(鉄やマンガン等)等が核分裂反応に伴って発生する中性子等によって放射化された放射化生成物のように一次冷却水中に含まれるものである。

2 放射性物質の閉込めと放射化生成物の発生の抑制

一般環境への放射性物質の放出を抑制するための基本的手段は、燃料中に発生した放射性物質を多重の障壁により閉じ込めることと、一次冷却水中における放射性物質の発生をできる限り抑制することである。

ア 放射性物質の閉込め

本件原子炉における放射性物質の発生源のうち、燃料の核分裂反応によって生ずる核分裂生成物等については、次のような多重の閉込め機能により、原子炉施設内に閉じ込めることとされている。

一般環境への放射性物質の放出を抑制する観点からは、これらの多重の閉込め機能のうち、できる限り放射性物質の発生源に近い障壁で閉じ込めることが原則とされている。

a 燃料ペレット

原子炉の燃料は、発電に利用する熱エネルギーの発生源であると同時に、放射性核分裂生成物の発生源でもある。このため、核燃料は小型の円柱状のペレットに焼き固められ、これにより核分裂生成物の飛散を極力防止することとされている。

b 燃料被覆管

燃料ペレットは、ジルコニウム合金等によって作られた細長い丈夫な燃料被覆管の中に密封され、燃料ペレットから漏れ出た放射性物質は、この燃料被覆管の内部に閉じ込めることとされている。

c 圧力容器及びこれに連結される配管系統

多数の燃料棒のうちの一部のものの燃料被覆管に小さな欠陥が生じる可能性は否定できず、この欠陥から核分裂生成物が一次冷却水中に漏出するおそれがある。

これら一次冷却水中に漏出した放射性物質は、鋼鉄製の圧力容器とこれに連結される配管系統内に閉じ込めることとされている。

d 格納容器

原子炉施設の一次冷却水が流れる配管系統には、多数のポンプ、バルブ等があり、これらのポンプ、バルブ等から放射性物質を含む一次冷却水が蒸気又は液体の形で漏出するおそれがある。

そこで、これらポンプ、バルブ等から一次冷却水とともに漏出した放射性物質は、気密性の高い鋼鉄製の原子炉格納容器(以下「格納容器」という。)の内部に保持することとされている。

また、この格納容器は、仮に事故が発生した場合に放射性物質が外部に異常に放出されることを防止するための安全防護設備としての役割も有するものとされている。

e 原子炉建屋

原子炉建屋も、放射性物質の閉込めのための障壁の機能を果たすこととされている。

イ 一次冷却水中における放射性物質の発生の抑制

発電用原子炉における放射性物質の発生源のうち、放射化生成物については、その原因となる不純物が一次冷却水中に発生するのをできる限り抑制するために、適切な対策を講ずることが必要である。

このため、一次冷却水が触れる部分は耐食性に優れた金属(ステンレス鋼等)を使用するとともに、一次冷却水を腐食の生じ難い状態に保つために、原子炉冷却材浄化系や復水脱塩装置(タービンを通った後復水器内で冷却され、原子炉へ給水される冷却水を、イオン交換樹脂と接触させ、冷却水中のイオン状の不純物を化学的に同樹脂内に取り込むことにより、冷却水から不純物を取り除き、浄化する装置)等により適切な水質管理を行うこととされている。

3 放射性物質の処理及び管理

ア 本件原子炉においては、右のように、一次冷却水中に放射性物質が出現するのを極力抑制するための措置が講じられているが、このような対策にもかかわらず、燃料の被覆管のピンホールの発生を完全に防止することや冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食を完全に防止することは困難である。したがって、核分裂生成物等が燃料被覆管のピンホールを通じて一次冷却水中に漏洩したり、放射化生成物が一次冷却水中に出現することを完全に避けることは難しい。

これら一次冷却水中に現れた放射性物質については、原子炉冷却系統設備内に閉じ込めるのが基本である。しかしながら、この放射性物質の一部は、一次冷却水の洗浄度を保つために行われる浄化処理の過程において原子炉冷却系統設備の外に取り出されるか、又は、復水器から抽出される空気若しくはポンプ、バルブ等から漏洩する水とともに原子炉冷却系統設備外に漏出することとなる。

イ 本件原子炉施設において発生する主な気体状の放射性物質としては、①平常運転時に復水器内を真空に保つために、復水器空気抽出器により復水器内から連続的に抽出される復水器空気抽出器排ガスの中に含まれる放射性物質、②原子炉建屋等の空気の換気のため排出される換気系排気の中に含まれる放射性物質、③タービンの停止後比較的短時間のうちにこれを再起動させる際に、復水器内を真空にするために用いられる真空ポンプの運転により、復水器内から間欠的に放出される復水器真空ポンプ排ガスの中に含まれる放射性物質の三種類がある。これらの気体状の放射性物質には、希ガス、粒子状放射性物質等がある。

ウ 本件原子炉施設において発生する主な液体状の放射性物質としては、①一部の補機ポンプ軸受部の冷却等に用いた水であり、比較的放射性物質の濃度が高い機器ドレン、②原子炉建屋等で使用した雑排水であり、比較的放射性物質の濃度が低い床ドレン、③復水脱塩装置等の脱塩器で使用されたイオン交換樹脂の再生(樹脂の中に取り込まれている不純物を化学処理によって洗い出し、樹脂を当初の状態に戻す操作)により発生する廃液等の比較的放射性物質の濃度が高い再生廃液、④発電所従事者が使用した衣類等の洗濯、手洗い等により発生する廃液で、放射性濃度が極めて低いランドリドレンの四種類がある。

エ 本件原子炉施設において発生する主な固体状の放射性物質としては、①冷却水の浄化処理及び液体廃棄物の処理の過程で使用される脱塩装置等の使用済イオン交換樹脂、②床ドレン、再生廃液、ランドリドレンの蒸発濃縮処理により発生した濃縮廃液、③ランドリドレンの前処理により発生したランドリ廃スラッジ、④機器の点検や修理の際に冷却水に触れる等して放射性物質が付着した布きれや紙屑、気体廃棄物の処理の過程で使用された使用済フィルタ等の雑固体廃棄物の四種類がある。

オ これら原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質については、放射性廃棄物処理設備により、適切な処理を行い、環境への放出をできる限り低く抑えることとされている。

また、原子炉施設の平常運転に伴って放射性物質を環境に放出するに当たっては、放射性廃棄物廃棄設備が正常に機能していること等を確認するために、その放出量及び放出後における線量率等を適確に監視することのできる設備を設けることが必要であるところ、本件原子炉においては、環境に放出するに当たっては放射線モニタ等で監視しながら行うこととされている。

4 周辺環境に放出される放射性物質と放射線の放出源

本件原子炉においては、施設内部において、一次冷却水中における放射性物質の発生を抑制し、かつ、一次冷却水中に発生した放射性物質を処理し、管理するため、所要の対策が講じられるので、本件原子力発電所の平常運転に起因する周辺環境の放射線は、次の三種類に限定されるとされている。

ア 気体廃棄物による放射線

原子炉施設内で発生した気体状の放射性物質のうち、施設内で処理された後、排気筒を通じ、大気中に放出される放射性物質(以下「気体廃棄物」という。)によるものである。気体廃棄物のうち、最も量の多いものは、クリプトン、キセノン等の放射性希ガスである。希ガス以外の放射性核種は放射性希ガスと比較すると少量であるが、周辺公衆の被曝の観点からは、放射性ヨウ素が問題となる。

イ 液体廃棄物による放射線

原子炉施設内で発生した液体状の放射性物質のうち、施設内で処理された後、放水口を通じ、海水中(海洋環境中)に放出される放射性物質(以下「液体廃棄物」という。)によるものである。液体廃棄物は、もともと、そのほとんどが発電所の作業員が使用した衣類等の洗濯により発生する廃液に含まれている放射性物質に源を発するものである。液体廃棄物には、コバルト六〇、マンガン五四、ヨウ素一三一、トリチウム等の放射性核種が含まれる。

ウ 原子炉施設内の放射性物質による放射線

格納容器や固体廃棄物貯蔵庫等の原子炉施設内に閉じ込められた放射性物質に起因するものである。この放射線は、大別して、直接放射線とスカイシャイン放射線とに区別される。このうち、直接放射線は、原子炉施設内に内蔵された放射性物質から発せられる透過力の強い放射線が遮蔽壁等を貫通して直接的に施設周辺に到達するものであり、スカイシャイン放射線は、これが空気中で散乱されて施設周辺に到達するものである。したがって、これらの放射線は、原子炉施設自身の遮蔽措置を講ずることにより減弱することができ、さらに敷地からの距離が離れるにつれて急速に減弱するとされている。

5 平常運転時の周辺公衆の被曝

右のとおり、本件原子炉施設においては、一般環境への放射性物質の放出を抑制するための対策が講じられているものの、その運転により一定の放射性物質を環境に放出することは避け難く、原子炉施設の周辺環境で問題となる放射線には、気体廃棄物に起因するもの、液体廃棄物に起因するもの、及び原子炉施設から直接放出される放射線がある。これら三種類の放射線源による周辺公衆の被曝形態をみると、次のとおりである。

ア 気体廃棄物による被曝

①排気筒から大気中に放出された放射性物質が、大気中で希釈・拡散している間に放出される放射線による外部被曝、②排気筒から大気中に放出された放射性物質が地表に沈着し、そこから放出される放射線による外部被曝、③排気筒から大気中に放出された放射性物質を吸入したり、これらが付着した農作物等を摂取することによる内部被曝等がある。

イ 液体廃棄物による被曝

①放水口から海洋中に放出された放射性物質から放出される放射線により、遊泳中や漁業活動中に受ける外部被曝、②放水口から海洋中に放出された放射性物質を取り込んだ海産生物を摂取することによる内部被曝等がある。

ウ 原子炉施設内部の放射性物質による被曝

原子炉施設内に内蔵された放射性物質から発せられる透過力の強い放射線のうち、直接放射線又はスカイシャイン放射線による外部被曝等がある。

二放射線の種類と放射線被曝の人間に及ぼす影響

<書証番号略>、証人市川定夫の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認定判断することができる。

1 放射性物質と放射線

放射性物質から放出される放射線の量は時間の経過とともに減衰するが、減衰速度は放射性物質の種類(核種)によって異なる。放射性物質は、天然にも存在するが、人工的にも生成され、原子炉においても種々の核種の放射性物質が生成される。

2 放射線の種類と性質

放射線(厳密には電離放射線)には、アルファ線・ベータ線・中性子線等の粒子線とガンマ線・エックス線等の電磁波とがあるが、これらの放射線は、その種類ごとに物質との相互作用及びその透過力に大きな違いがある。

まず、アルファ線は、陽子、中性子各二個からなるアルファ粒子の流れであり、アルファ粒子は、質量及び電荷が大きいことから、物質との相互作用が大きいため、透過力が極めて小さく、空気中でも数センチメートル程度しか透過できず、薄い紙一枚でも遮蔽することができる。

ベータ線は、ベータ粒子の流れであり、ベータ粒子はアルファ粒子に比べ、質量が約七〇〇〇分の一、電荷が半分であることから、物質との相互作用がはるかに小さいが、それでも、空気中で数十センチメートルないし数メートルしか透過できず、数ミリメートルの厚さのアルミニウム板で遮蔽することができる。

中性子線は、中性子の流れであり、中性子の速度により物質との相互作用が異なり、低速度のものは透過力が小さいが、高速度のものは透過力が大きい。しかし、中性子は、水のように水素を大量に含む物質中では、水素の原子核と衝突することによって減速されるので、水等により遮蔽することができる。

ガンマ線及びエックス線は、波長の非常に短い電磁波であり、質量も電荷も持たないことから、物質との相互作用が極めて小さいため、透過力は非常に大きく、遮蔽するためには厚い鉛板、鉄板、コンクリート等が必要である。

3 人間の放射線による被曝

人間の放射線による被曝は、体外に存在する放射性物質からの放射による外部被曝と、体内に取り込んだ放射性物質からの放射による内部被曝とに分けられる。このうち、外部被曝の場合には、アルファ線やベータ線のような透過力の小さい放射線の場合は身体内部の諸器官はほとんど被曝せず皮膚のみの被曝にとどまるが、ガンマ線のような透過力の大きい放射線である場合は身体内部の諸器官も含め全身がほぼ均等に被曝する。これに対し、内部被曝の場合には、体内に取り込まれた放射性物質から放出される放射線のエネルギーが、直接、身体内部の諸器官に吸収されることになり、アルファ線やベータ線は、そのほとんどのエネルギーを周囲に与えることになる。

内部被曝の特徴として、①放射線の線量は線源との距離の二乗に反比例するところ、内部被曝では線源との距離が近いため被曝線量が増えること、②アルファ線及びベータ線の影響が重要となること、③ヨウ素やストロンチウムなど特定器官に蓄積する傾向を有する放射性核種の場合には、その特定器官(ヨウ素の場合は甲状腺、ストロンチウムの場合は骨)に被曝が集中すること、④放射能が減衰して消失するか排泄機能により体外に出るまで被曝が続くことを指摘することができる。

4 放射線の量の単位

放射線の量を表す単位としては、レントゲン、ラド、レム等がある。

レントゲンとは、ガンマ線及びエックス線の照射線量を表す単位で、空気がエックス線を受けて電離され、そのためにできるイオン数をもとにして、物質が受けているガンマ線やエックス線の量を表す単位として用いられる。

ラドとは、放射線の持つエネルギーが物質に吸収された量(吸収線量)を表す単位で、一レントゲンの放射線が人体の軟組織にあたると、約一ラド吸収される。

レムとは、放射線の人体に対する影響を表す放射線の量(線量当量)の単位(放射線防護の目的で、被曝の影響を全ての放射線に共通する尺度で評価するために用いられるもので、組織の吸収線量と線質係数の積に等しい。)である。放射線の人体に与える影響は放射線の種類やエネルギーによって異なり、アルファ線や中性子線を被曝した時は、ガンマ線の場合より人体への影響は数倍も大きい。人が一レントゲンのガンマ線を被曝したとき、その人に及ぼす影響は約一レムとされる(以下、単に「線量」というときは、原則として線量当量を指すものとする。)。

なお、現在、我が国の原子力の安全規制体系においては、レントゲンに代わってクーロン毎キログラムが、ラドに代わってグレイが、レムに代わってシーベルトが使用されているが、本件訴訟の審理においては、従来の単位系が用いられているので、以下、原則として従来の単位系により表示することとする。

5 放射線の人間に与える障害の種類と内容

放射線の人間に与える障害には、被曝した個人に現れる身体的障害とその子孫に現れる遺伝的障害とがある。このうち、身体的障害には、一時に比較的高線量の放射線を被曝した場合に、急性死亡、白血球の減少、脱毛、皮膚障害等の症状となって現れる急性障害と、比較的低線量の放射線を被曝した場合でも、数か月から数年以上、長い場合には数十年の潜伏期を経てから、白血病その他の癌、白内障等の症状となって現れる晩発性障害とがある。これらのうち、急性障害の場合は、線量の大きさと症状の重さに相関関係があるが、晩発性障害及び遺伝的障害の場合には、右の相関関係はない。

6 放射線による障害の特徴

放射線の人間に与える障害の特徴として、症状の非特異性(放射線障害は、すべての臓器・組織に起こり得るものであり、放射線によって生ずる変化は、他の原因でも起こり得ること)、症状の遅発性(数年、数十年を経た後に現れるものもあること)、症状の複雑性(再発、併発、悪性変化など完治し難いこと)、被爆の無知覚性(重症の障害を生ずる大線量を被曝しても、痛覚・温覚などの感覚ではわからないこと)の四つを指摘することができる。

右のとおり、放射線障害は、その症状が他の原因によっても生じ得るものであること、殊に晩発性障害(特に白血病)及び遺伝的障害は、被曝と発現との間の時間が長いこと、被曝により必ず発現するものではないことと相まって、特定の個人についてその症状が放射線によるものかどうかを判別することは困難な場合が多い。

三放射線の被曝線量と障害発生との関係におけるしきい値の存否

1 高線量の放射線による障害の場合

高線量の放射線を短期間に被曝した場合については、その被曝線量とそれによって生じる障害との関係が比較的よく判明しており、また、低線量の放射線を被曝した場合の急性障害については、二五ラド以下では臨床症状はほとんど発生せず、したがって、しきい線量の存在がかなりの程度明らかになっている。

2 低線量の放射線による障害の場合

低線量の放射線を被曝した場合の白血病その他の癌等の晩発性障害及び遺伝的障害(以下「晩発性障害等」ともいう。)の発生については争いがあり、原告らは、被曝線量と晩発性障害等の発生との間には直線的比例関係があり、どのような低線量であっても晩発性障害等を生ずるのであり、放射線による晩発性障害等の発生についてはしきい値(ある作用因子が生体に反応を引き起こすか、引き起こさないかの限界の値)がないと主張するのに対し、被告は、被曝線量と晩発性障害等の発生との間の関係は、低線量域では解明されていないと主張する。

この点に関し、原告らは、①グラス、塩見敏夫らのショウジョウバエを用いた実験、大腸菌を用いた実験、市川定夫ら、スパローらのムラサキツユクサを用いた実験により、低線量被曝においても突然変異率と線量との間に直線的比例関係が存することが確認されていること、②スチュアートらの研究とマクマホンの研究により、胎児期に数ラドという低線量の放射線を被曝した小児に癌の超過発生が確認されたこと、③マンクーゾらのハンフォード原子力施設における調査により、低線量の放射線被曝によっても癌の発生が促されることが確認されたこと、④ウォーレン、セルツアーらの調査により、放射線科医の寿命は他科の医師に比較して短くなっていることが確認されたこと、⑤シンプソンの調査、スチュアートらの報告、マクマホンの報告、コート・ブラウンらの調査により、放射線による治療や検査によって白血病その他の癌が発生していることが確認されたこと、⑥スタングラスの核実験、シッピングポート原子力発電所、スリーマイル島原子力発電所、ドレスデン原子力発電所、ミルストン原子力発電所における調査により、右各施設の設置等により幼児死亡率等が上昇していることが確認されたこと、⑦ナジャリアンらのポーツマス海軍造船所における労働者に関する調査により低線量の放射線被曝によっても癌死亡率が増加することが確認されたこと等から、いかに低線量の放射線であっても人体にとって有害・危険なものであることが明らかになった旨主張するので、右主張について検討する。

ア ショウジョウバエ、大腸菌、ムラサキツユクサを用いた実験

<書証番号略>、証人市川定夫の証言によれば、昭和三五年、アメリカのデメリッツらは、大腸菌を用いた実験により、エックス線の線量を8.5レントゲン(8.5レム)まで下げても、突然変異率が線量と比例関係を保つことを証明したこと、昭和三六年、アメリカのグラスらは、ショウジョウバエを用いた実験により、線量を五レントゲン(五レム)まで下げても、突然変異率が線量と比例関係を保つことを証明したこと、同年、京都大学の塩見敏夫らも、八レントゲンまでについて同様な比例関係が証明されることについて報告したこと、昭和四六年、市川定夫は、ガンマ線やその散乱放射線の線量を七二〇ミリレントゲン(0.72レム)まで下げても、ムラサキツユクサの雄しべの毛のピンク色体細胞突然変異率と線量との間の比例関係が成り立つことを証明したこと、昭和四七年、アメリカのスパローらも、エックス線では二五〇ミリラド(0.25レム)、速中性子では一〇ミリラド(約0.1レム)まで線量を下げて同様な証明を行ったことが認められる。

他方、ショウジョウバエについては五レントゲン以上のエックス線、大腸菌については8.5レントゲン以上のエックス線、ムラサキツユクサについては二五〇ミリラド以上のエックス線又は一〇ミリラド以上の速中性子等の放射線を照射した場合に、放射線量と突然変異の発生率との間に直線的比例関係が認められたというものであって、右各線量以下の放射線を照射した場合の影響については未だ確認されていないことが明らかであり、証人市川定夫の証言によれば、ショウジョウバエについて五レム以下、ムラサキツユクサについてエックス線で0.25レム以下の線量の放射線の影響を確認するには、膨大な標本数が必要であり、事実上不可能であること、したがって、それ以下の放射線の影響については、推測によるほかないことが認められる。

また、<書証番号略>によれば、ムラサキツユクサは、放射線のほか、気温、大気汚染物質等環境条件のささいな変動がその突然変異率の変化に大きな影響を与えること(証人市川定夫も、ムラサキツユクサKU七株では、気温における摂氏一度の増減による突然変異率の変化は、放射線約0.5レントゲン当たりの突然変異率の変化に等しい旨証言する。)、ムラサキツユクサの雄しべ毛の突然変異は、体細胞に生じた突然変異であって、生殖細胞に生じた突然変異ではなく、ムラサキツユクサの雄しべ毛における突然変異の観察は、遺伝子障害そのものをみているものではないこと、放射線医学総合研究所の中井斌は、右のようなムラサキツユクサの性質、生物の種類により遺伝情報は大きく異なっていること、特に動物と植物とでは非常に異なっていること等から、ムラサキツユクサの体細胞に生じた影響についての知見をそのまま人間に適用して、人間における遺伝的影響を評価することができないとしていることが認められる。

もっとも、こうした指摘に対して、証人市川定夫は、DNA、染色体の構造が哺乳動物と植物とで変わらないこと、放射線感受性が人間の細胞とムラサキツユクサの雄しべ毛の細胞とでほとんど同じであること、遺伝子当たりの突然変異率が哺乳動物の細胞とムラサキツユクサの細胞とでほとんど同じであることから、ムラサキツユクサの雄しべ毛の突然変異は人間でも起こり得ることを示唆するデータとなる旨証言している。

イ スチュアートらの研究、マクマホンの研究

<書証番号略>、証人市川定夫の証言によれば、イギリスのスチュアートらは、昭和三三年、小児を対象として、母親が妊娠中に下腹部又は骨盤部にエックス線を受けた場合の白血病その他の癌による死亡率の調査を行い、白血病その他の癌で死亡した子のうち、胎児時代その母親が腹部エックス線検査を一回以上受けていた子の割合は13.7パーセントになること、健康な対照群の子の中で母親がエックス線検査を受けていた子の割合は7.2パーセントであることを発表したこと、アメリカのマクマホンも、昭和三七年、同様の研究を行い、白血病その他の癌で死亡した子のうち、胎児時代その母親が腹部エックス線検査を一回以上受けていた子の割合は15.3パーセントになること、他方、対照群の子の中で母親がエックス線検査を受けていた子の割合は10.6パーセントであることを発表したことが認められる。

他方、<書証番号略>によれば、米国放射線防護測定審議会(NCRP)は、昭和五二年、「職業上被曝する婦人における胚及び胎児に対するNCRPの線量限度の再検討」と題する報告書において、シャブロンと加藤が行った広島・長崎において五〇〇ラド以下の胎内被曝をした原爆生存者一二五〇人に関する研究では、原爆放射線によって胎内照射を受けた子供の間に、本質的に癌による過剰死亡は見られなかったなど、実験室での研究や臨床観察によっても、非常に低い放射線量が全ての種類の小児癌の相対頻度をスチュアートらにより報告された程度(五〇パーセント)まで増加させるかもしれないという考え方は未だ支持されていないことから、診断における胎児期の放射線被曝と子供の癌死亡の増加との因果関係の有無については未解決の問題であり、診断のための放射線被曝よりも、母体が妊娠期間中に診断を受けざるを得なかった要因という放射線以外の要因の方が小児癌の増加の原因であるという可能性は否定できない旨述べていることが認められる。

また、<書証番号略>によれば、トッターらは、昭和五六年、スチュアートのデータから胎内被曝が小児癌の原因と結論するのは誤りで、母親がエックス線検査を受けざるを得なかった要因の方が小児癌の発生にとってはより重要であるとする論文を発表していること、ICRP(国際放射線防護委員会)内に設置された放射線の影響に関する専門委員会一では、この論文等を受け、胎内被曝による癌について今後とも調査を続けることにしたことが認められる。

もっとも、<書証番号略>によれば、こうした指摘に対して、スチュアートらは、広島・長崎の原爆被曝者には、あるべきはずの遺伝的影響がみられていないこと、線量に比例しての寿命短縮がないこと、胎児の被曝で癌が生じていないこと、被曝者によって免疫能力が低下し、そのために感染症による死亡が多くなったと考えられることから、広島・長崎における原爆被曝者を対象とした研究では、被曝にもかかわらず生き残った放射線に強い体質をもつ被曝者が対象となっているため、放射線の被害について過小評価することになり易い旨反論していることが認められ、証人市川定夫も、当時のイギリスにおいては健康な婦人もエックス線撮影をする風潮があったことなどから、スチュアートらの研究を支持すべきである旨証言している。

これに対しては、<書証番号略>によれば、BEIR委員会(米国科学アカデミーの中の米国研究審議会電離放射線の生物学的影響に関する委員会)は、昭和五五年、「低線量電離放射能の被曝によるヒト集団への影響」と題するBEIRⅢ報告書において、広島・長崎の原爆被曝者のデータは、スチュアートらが胎内被曝により白血病が増加すると報告しているのを除けば、経験的に他のデータとよく符合していること、遺伝的影響が見つからないのは単に対象人数の不足によると考え得ること、低線量での寿命短縮は、発癌の促進によると現在では考えられていて、「線量に比例した非特異的寿命短縮」の考え方は支持されなくなっていること、被曝当時、広島・長崎で特に感染症が大流行した事実はないこと、被曝後に白血病の発生が増加し、後に減少する様子が他の疫学データ(強直性脊椎炎患者)とよく符合していることなどから、広島・長崎の原爆被曝者のデータは放射線のリスク推定に特に有用な資料であるとしていることが認められる。

ウ マンクーゾらのハンフォード原子力施設等における調査

<書証番号略>及び証人市川定夫の証言によれば、ピッツバーグ大学のマンクーゾらは、昭和五二年、ハンフォード原子力施設で昭和一九年から昭和四七年までの間働いた労働者のうち死亡原因が明らかな三五二〇人について発癌と放射線被曝との関係の調査を行い、被曝作業員のうち癌死亡者一人当たりの放射線被曝量は2.1ラドであるのに対し、被曝作業員のうち癌以外の死亡者一人当たりの放射線被曝量は1.62ラドであって、その被曝線量に差があったこと、この調査から各種の癌の倍加線量を算定すると、骨髄癌が0.8ラド、膵臓癌が7.4ラド、肺癌が6.1ラド、リンパ系腫瘍が2.5ラド、全ての癌が12.2ラドとなったという結果を報告していることが認められる。

他方、<書証番号略>によれば、ICRP内に設置された「放射線影響に関する専門委員会一」は、昭和五四年の会議において、右マンクーゾらの調査について、被曝量が体外被曝のみで、体内被曝、医療被曝を考慮しておらず、また正規分布でないこと、癌死亡を死亡全体のパーセントで比較する方法を採っていること、死亡率の対照をアメリカの一九六〇年の統計から採っていること、多発性骨髄腫、膵臓癌の死亡が多いが、これは別の原因(例えば化学物質)を考えた方がよいこと、発癌までの潜伏期が考慮されていないこと、被曝例の方が高年令で従って癌による死亡が増える可能性があること、他の疫学者の結論と反対等の理由から、信用するに足りない旨批判していることが認められる。

また、<書証番号略>によれば、BEIR委員会は、昭和五五年、前記BEIRⅢ報告書において、マンクーゾらの調査について、調査対象が少なく、明らかに統計的な力を欠いていること、マンクーゾらの調査結果の分析に基づく多発性骨髄腫や膵臓癌のリスク推定値は論理的に信じ難いほど非常に高いものであり、一般集団の中における多発性骨髄腫等の病因の中での自然放射線の役割がありそうにもない程大きなものとなること等の理由から、従前の考え方を変更する理由はほとんどないとしていることが認められる。

更に、<書証番号略>によれば、マンクーゾらの報告が契機となって、多くの研究者がハンフォード原子力施設の労働者に関する研究を行うことになったが、マンクーゾらの報告に対しては、サンダース、ミルハム、マークスら、ハチソンらにより問題点の指摘や批判がされており、これに対して、マンクーゾらも放射線の影響のみを分離した調査結果を報告して反論する等、この問題に対する最終的決着はついていないが、低線量放射線の発癌率を求めるには死亡した労働者の数が統計学的に小さすぎること、日本の原爆被曝生存者にみられた、放射線によって最も発生しやすい(潜伏期が短く、発生率の高い)白血病やリンパ腫、胃癌等が死亡者の中にほとんど見当たらないこと、膵臓癌、多発性骨髄腫が労働者に高率に発生した原因として、放射線を考えるよりも、この工場がかつて化学物質を扱っていた前歴があることから、他の癌原物質に曝露されていた可能性が高いこと等から、学界の大勢はマンクーゾらの結論に否定的であることが認められる。

エ 放射線科医の寿命短縮

<書証番号略>によれば、ウォーレンは、昭和三一年、アメリカ医師会雑誌の死亡広告により、昭和五年から昭和二九年までに死亡した医師八万二四四一名を分析し、放射線科医は一般内科医に比べて5.2年の寿命短縮があると発表したこと、セルツアーらは、昭和四〇年、北アメリカ放射線学会の会員、アメリカ眼科・耳鼻科学会会員、アメリカ医師会会員について調査し、死亡率が放射線科医をトップに放射線を使う率の高い順に並んでいると報告したこと、これらの調査から、寿命短縮にしきい値はなく、どんなに小さな線量でもいくらかの寿命短縮があると考えられ、人間の場合、統計的に見て、一ラド当たり2.5日程度の寿命の短縮が起こるとの指摘がなされていることが認められる。

他方、<書証番号略>によれば、ウォーレンの報告については、平均死亡年齢の差を平均寿命の差と考えたところに間違いがあるとの指摘がされており、イギリスの専門医について行われた研究では、対象となる集団の社会階層を考慮して調査した結果、放射線科医の寿命の短縮があるという証拠は見い出せなかったこと(これに対し、<書証番号略>によれば、イギリスはアメリカより二〇年も前に放射線防護に関する厳しい基準を設けたことによるとの指摘もあることが認められる。)、東京大学教授吉澤康雄は、死亡年齢の問題は、その原因が単純ではなく、他の原因例えば対象者が置かれた社会的・経済的条件によって左右される面も多いので、放射線被曝という特定の単一原因との因果関係を立証することは容易でないと指摘していること、BEIR委員会は、昭和五五年、前記BEIRⅢ報告書において、強直性脊椎炎患者及び原爆被曝生存者の調査では、腫瘍以外の疾患による死亡率の上昇は見い出されていないことから、低LET放射線三〇〇ラド以下の被曝で起こる寿命短縮は、腫瘍が誘発されたためであり、放射線による非特異的な寿命短縮は認め難いとしており、ICRP及びUNSCEARもこれを支持していることが認められる。

オ 医療用放射線による被曝

<書証番号略>によれば、アメリカのシンプソンらは、昭和三〇年、胸腺肥大を治療するために胸部にエックス線照射を受けた経験のある一七二二例について調査したところ、健康状態の確認できた一四〇〇例のうち、発癌の観測値は、全癌が一七、白血病が七、甲状腺癌が六であったところ、これと比較すべき対照例として選ばれた治療症例の兄弟姉妹一七九五例のうち、発癌の観測値は、全癌が五、白血病が〇、甲状腺癌が〇であった旨の報告をしたこと、イギリスのコート・ブラウンらは、昭和一〇年から昭和二九年の間に強直性脊椎炎の治療のために照射を受けた一万四五五四例について調査をしたところ、この期間に白血病で死亡した人は全部で五二人であったが、これは照射されない人から予想される白血病死亡数の9.5倍に達する旨の報告を行ったことが認められる。

他方、同号証によれば、シンプソンの調査は五〇ないし一五〇〇ラド程度、コート・ブラウンらの調査は三〇〇ないし一五〇〇ラド程度の放射線を被曝した場合の調査であることが認められ、いずれも右各線量以下の放射線を被曝した場合の人体への影響について確認したものではないことが明らかである。

カ スタングラスの見解

<書証番号略>によれば、ピッツバーグ大学教授スタングラスが次のとおり報告したことが認められる。

① 昭和四六年、ネバダにおける核実験開始後、アメリカ全体における乳児死亡率の減少傾向が停止し、核実験中止後二ないし四年後に元の減少傾向が回復したが、こうした傾向は放射能の影響を受けにくかったメイン州、カナダ、フランス等では見られない旨、ネバダ核実験場の風下にあるユタ州では、昭和二〇年以降、ダウン症、小頭症等の先天的奇形に基づく死亡率が上昇し、核実験中止後五年で以前の水準に戻っていること

② ハンフォード原子力施設、ドレスデン原子力発電所、ウェストバレー再処理工場、ビーチボトム原子力発電所及びインディアンポイント原子力発電所の周辺地域では乳児死亡率の上昇が確認されたこと

③ 昭和四八年、シッピングポート原子力発電所の周辺において、乳児死亡率、未熟児出生率、癌・白血病死亡率、総死亡率、心臓病死亡率が上昇しているが、未熟児出生率の上昇は牛乳中のストロンチウム九〇の変化に対応しており、また、癌・白血病死亡率の上昇は乳児死亡率に約四、五年遅れており、これは癌の潜伏期と一致すること

④ 昭和五三年、ミルストン原子力発電所の周辺において、癌死亡率が急激に上昇しており、その上昇は牛乳中のストロンチウム九〇の変化に対応していること

⑤ 昭和五六年、スリーマイル島原子力発電所事故において放射性ガスが流出した方向の地域であるペンシルバニア州、ニューヨーク州、メリーランド州において乳児死亡率が上昇していること

これに対し、<書証番号略>によれば、BEIR委員会は、昭和四七年、「低線量電離放射線の被曝によるヒト集団への影響」と題するBEIRⅠ報告書で、スタングラスの見解について、仮説を支持するデータの恣意的な選択と支持しないデータの無視によるものであり、スタングラスの用いたデータはいくつかの点で誤りであることが明らかであり、核実験がなければ乳児死亡率が減少し続けたという仮定は理論的根拠がない等の批判を行っていることが認められる。

次に、<書証番号略>によれば、シッピングポート原子力発電所に関するスタングラスの見解は、米国原子力委員会、オハイオ州保健当局、国立癌協会、連邦環境保護局、ペンシルバニア州保健省、ウェストバージニア州保健省等各公的機関その他専門家によって、いくつかのデータに誤りがあるし、仮説を支持しないデータを無視している等批判されていること、ドレスデン原子力発電所に関するスタングラスの見解も、米国原子力委員会から同様に批判されていることが認められる。

また、<書証番号略>によれば、カリフォルニア大学放射線生物学研究所所長マーヴィン・ゴールドマンは、ミルストン原子力発電所に関するスタングラスの見解について、データの選定方法に致命的な欠陥があるし、癌の死亡率に関する右研究では明らかにデータを誤解している等批判しているが認められる。

<書証番号略>によれば、米国原子力規制委員会は、昭和五五年、報告された動植物の被害はスリーマイル島原子力発電所事故によるものではなかった旨の報告をしていることが認められる。

そして、<書証番号略>によれば、スリーマイル島原子力発電所事故に関して、ペンシルバニア州保健省は、昭和五五年及び昭和五六年、右事故の前後で幼児死亡率に明確な変化は見当たらなかった旨の調査結果を発表し、右事故により幼児死亡率が上昇したとするスタングラスの見解を否定していること、同省はその後も調査を継続し、昭和六〇年、スリーマイル島周辺の癌死亡数と癌発生数のそれぞれの実測値と期待値との比較及びスリーマイル島原子力発電所事故で放射線被曝したと思われる特定集団の癌発生数の追加調査に基づき、スリーマイル島周辺住民の癌発生率、癌死亡率が有意に高いという証拠はないとしていることが認められる。

キ ポーツマス海軍造船所における労働者に関する調査

<書証番号略>によれば、ナジャリアンらは、昭和三四年から昭和五二年までの間、ポーツマス海軍造船所の前労働者で、八〇才以下の年令での死亡証明のある一七二二名のうち五二五名について調査し、放射線作業に従事していた死亡者一四六名と他の作業に従事していた死亡者三七九名とに分類して比較した結果、放射線作業従事者中、白血病で死亡したのが六名で期待値の5.62倍、癌全体では五六名で期待値の1.78倍である一方、放射線作業に従事していなかった者中、白血病で死亡したのは二名で期待値の0.71倍、癌全体でも八八名で期待値の1.1倍にすぎなかったという結果を報告していることが認められる。

他方、<書証番号略>によれば、ICRP内に設置された「放射線影響に関する専門委員会一」は、昭和五四年の会議において、右ナジャリアンらの調査について、近親者との電話連絡に基づいていること、死亡者全体の三分の一しか調査していないこと、全体の死亡に対する白血病や癌の死亡率の比較に基づいていること(癌以外の死因の多少によって大いに左右される。)、被曝線量との関係が不明であること、その後の調査では放射線との関連は次第に少なくなっていること等の理由から、信用するに足りない旨批判していることが認められる。

また、<書証番号略>によれば、BEIR委員会は、昭和五五年、前記BEIRⅢ報告書において、ナジャリアンらの調査について、線量の増加と造血器系の癌の増加との相関関係は統計的に立証されなかったこと等の理由から、低線量放射線による健康リスクについての理解にほとんど寄与するところはない旨批判していることが認められる。

3 当裁判所の判断

右認定の事実によれば、原告らの主張には、相当程度の調査研究等の資料が存在するということができるが、他方、これらの資料には、いずれも公的な機関や専門家によって疑問点が指摘され批判等がされていることに照らせば、これらの資料をもって、原告ら主張のように、放射線被曝と晩発性障害等の発生との間にしきい値がないと自然科学的な意味において断定することは困難であるといわざるを得ない。

しかしながら、<書証番号略>及び証人市川定夫の証言によれば、放射線被曝と人間に生ずる障害との関係にしきい値があるか否かの問題については、身体的障害のうち急性障害に関してはこれを肯定するのが一般的であるが、晩発性障害等に関しては、①しきい値があるとする見解はほとんどなく、他方、②被曝した放射線の量の大小によって障害の重さは変わらず、その発生頻度が変わるという性質を有することを理論的根拠とし、動植物についての実験結果、人間についての統計的結果等から明白な裏付けが得られたとして、線量が低くなるほど晩発性障害等の発生頻度(確率)は低くなるが、どのような低線量であってもその確率を零にすることはできない、すなわち、しきい値がないものと断定する見解も存在するものの、③これらの結果等からしきい値がないとまでは断定できないが、そう推定すべきであるとする見解ないし放射線防護の観点からそう仮定すべきであるとする見解が一般的であることが認められる。

思うに、低線量域における被曝線量と晩発性障害等の発生との間の関係については、現在においても未だ十分に解明されていない状況にあるため、自然科学的証明の問題としてこれを断定することは困難であるといわざるを得ないが、他方、放射線防護の観点等からしきい値がないものと推定ないし仮定する見解を採るのが一般的な状況にもある(後に判示するように、ICRPもこの見解を採り、しきい値のない直線関係を仮定する。)ことを考えると、民事裁判の通常の場合の事実認定の議論からすれば、右の場合には、右のような程度に立証された関係は不存在と扱うべきもののように考えられないでもないものの、統計的調査等は、その性質上収集し得べき対象は常に限定され、また、人間の生命・身体の被害に関しては実験が許されず、他の動植物による実験では制約があり、右のような関係を民事裁判で通常要求される程度にまで立証を要求することは、不可能を強いることにほかならず、半永久的にその立証は成功しないであろうと思われ、これに対し、保護されるべき利益は、人の生命・身体という極めて重大なものであり、これに対する侵害行為の排除・差止めは、一刻の猶予も許されない。また、公的な機関や専門家による報告・見解が絶対に修正・変更されないものではないことは、歴史の教えるところである。未だ科学によって解明されていないことは余りにも多く、特に、人間の生理・病理、遺伝、その他のメカニズムについては、むしろ我々人類が既に解明し得たとする部分の方がはるかに少ないといわざるを得ない。

そうであるとすれば、放射線が人間の生命・身体に有害危険なものであり、これを人工的に放出することの可否を検討するにあたっては、法的な評価としては、右の程度の立証があれば、低線量域における被曝線量と晩発性障害等の発生との間の関係については、しきい値がないと認定し得べきものとするのが相当である。

四原子炉施設の安全性の意義

本件原子炉施設においては、放射性物質を環境に放出することのないよう種々の対策が講じられているものの、その運転により一定の放射性物質が環境に放出されることは避け難いことは、前記一認定のとおりであり、低線量域での被曝線量と晩発性障害及び遺伝的障害発生との間の関係については、未だ解明されていない点はあるものの、認定し得べきであることは、右三の末尾に判示したとおりである。

また、後に認定するとおり、本件原子炉施設では、基本設計段階、建設段階及び運転段階において種々の安全確保対策が採られているところであるが、他方、原子炉施設も人工の施設である以上、絶対に事故が生ずることはないと断ずることはできないことも自明の理である。

したがって、原子炉施設に求められる安全性が、原子炉施設から放出される放射性物質に起因する放射線による障害の発生の可能性の全く存在しないことを意味するものとし、いささかでも放射能による障害の発生の可能性の存するときには、当該原子炉施設はもはや安全性があるといえず、その建設又は運転について人格権等に基づく差止請求が認められるべきであると解するときには、原子炉施設の建設及び運転はおよそ不可能ということにならざるを得ない。

もしも、人間社会において存在する物質・機器・施設等、あるいは営まれる経済活動が、すべて、人間の生命・身体に対する侵害又は侵害の可能性が零でなければならないとするならば、原子力発電所のみならず、放射線を発生するエックス線撮影、テレビ、夜光時計等、あるいは、火力発電所、水力発電所、自動車、航空機など、放射線の問題と離れて考えてみても、現代社会における文明の利器はそのほとんどがその存在を否定されざるを得ない。

このような結論が社会通念に反するものであることは論を俟たないところであり、第九章において判示するとおり、電力需給の観点からして、本件原子力発電所の必要性が存在することを考え合わせると、原子炉施設に求められる安全性とは、原子炉施設が不可避的に一定の放射性物質を環境に放出するものであること等を前提とした上で、その潜在的危険性を顕在化させないように、放射性物質の放出を可及的に少なくし、これによる災害発生の危険性をいかなる場合においても、社会観念上無視し得る程度に小さいものに保つことにあると解すべきである。

そして、およそ人間の生命・身体の安全が最大限の尊重を要する重大な法益であることはいうまでもないが、原子炉施設の運転に伴い放出される放射性物質に起因する放射線による障害の発生の可能性が社会観念上無視し得る程度に小さい場合には、原子炉施設の運転による生命・身体に対する侵害のおそれがあるとはいえないものとして、人格権等の違法な侵害に基づく差止請求は否定されるものと解すべきである。

五公衆の被曝線量当量限度

そこで、放射線による障害の発生の可能性が社会観念上無視し得る程度に小さいということができる放射線の線量値について検討する。

1 我が国の法令による規制

我が国においては、実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和五三年通商産業省令七七号)一条二項六号及び実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則の規定に基づく線量当量限度等を定める告示(平成元年通商産業省告示一三一号)二条において、原子力発電所における周辺監視区域外の線量当量限度について、実効線量当量は年間一ミリシーベルト(0.1レム)、皮膚又は眼の水晶体の組織線量当量はそれぞれ年間五〇ミリシーベルト(五レム)と規定している。

<書証番号略>によれば、右の線量当量限度値は、ICRPの線量当量限度に関する勧告を尊重し、放射線審議会の答申を受けて通商産業省告示をもって定められたものであることが認められる。右の放射線審議会は、科学技術庁に置かれる機関であり(放射線障害防止の技術的基準に関する法律四条)、関係行政機関の長の諮問により放射線障害の防止に関する技術的基準に関する事項等を調査審議して答申するものとされ(同法五、六条)、関係行政機関の職員及び放射線障害の防止に関し学識経験のある者のうちから内閣総理大臣により任命された委員三〇人以内で組織される(同法七条一、二項)。

そして、右の技術的基準を策定するに当たっては、放射線を発生する物を取り扱う従業員及び一般国民の受ける放射線の線量をこれらの者に障害を及ぼすおそれのない線量以下とすることをもって、その基本方針としなければならない(同法三条)から、放射線審議会の答申も、当然右の基本方針に従ってされるべきものである。

これらの点に鑑みれば、線量当量限度等を定めた前記告示二条の線量当量限度値は、我が国の多数の放射線障害の防止に関する専門家により原子炉施設の周辺住民に障害を及ぼすおそれのない放射線の線量値であるものとして認められたものであるということができる。したがって、この値をもって、放射線による障害の発生の可能性が社会観念上無視し得る程度に小さいということができる放射線の線量値とすることには、合理的根拠があるということができるが、放射線審議会の前記答申はICRPの勧告を尊重してされたものであるところ、原告らは、右勧告自体の妥当性についても争っているので、なお、この点について検討する。

2 ICRPの勧告

<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認定判断することができる。

ア ICRPは、昭和三年に、第二回国際放射線医学会議によって、「国際エックス線及びラジウム防護委員会」として創立され、その後、放射線利用の多様化や原子力開発利用の進展により、急速に拡大する放射線防護の分野を一層効果的に網羅するため、昭和二五年にICRPと改称され、現在に至っている。委員会は、委員長一名と一二名以内の委員とで構成され、委員は、国際放射線医学会議への各国の代表団及びICRP自身によってICRPに提出された被指名者の中から、ICRPが選出し、同会議の国際執行委員会の承認を受けるものとされている。そして、委員は、国籍によってではなく、専門分野の適切な均衡を考え、放射線医学、放射線防護、物理学、保健物理学、生物学、遺伝学、生物化学及び生物物理学の諸領域における著名な業績に基づいて選出されるものとされている。また、委員会は、専門委員会を置くことができ、更に、特定の問題を取り扱うため臨時の形で少数の専門家による課題グループを設けている。このようにして、実際上も、欧米を中心として、広い分野の経験を代表する世界各国の専門家が、委員、専門委員又は課題グループ員として、ICRPの活動に参加している。ICRPは、その任務を適確に遂行するため、世界保健機構(WHO)及び国際原子力機関(IAEA)と公的な関係を有するとともに、国際連合原子放射線の影響に関する科学委員会(UNSCEAR)、経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)等と協力関係を保っている。

イ ICRPは、昭和三年に最初の勧告を行って以来、昭和六年、昭和九年、昭和一二年にそれぞれ報告書を刊行し、昭和二五年の組織改正以降は、基本的な勧告を昭和二六年、昭和三〇年、昭和三四年、昭和四〇年、昭和五二年及び平成二年に刊行してきたが、その間も、最新の科学的知見に基づいて基本的勧告の見直しを続けてきているとともに、専門委員会の勧告や報告を刊行してきている。

ICRPの方針は、適切な放射線防護方策の基礎となる基本原則を考察するが、各国の必要性に最もよく適合した個々の勧告、実施規定又は規則を制定する責任はその国の放射線防護機関にゆだねるということであり、その勧告は、放射線防護を実施に移す責任をもつ専門家に指針を与えようとするものである。

ウ 低線量放射線被曝と晩発性障害及び遺伝的障害の発生に関するしきい値の存否については、科学的には未確定といわざるを得ないことは前判示のとおりであるが、ICRPは、勧告を行うに当たっては、低線量放射線被曝による晩発性障害及び遺伝的障害の発生について、しきい値があるかもしれないことを認めつつも、これを積極的に肯定する知識がないので、どんな低い線量でも白血病その他の悪性腫瘍を含む身体的障害及び遺伝的障害を発現させる危険があるという慎重な仮定をするという方針が放射線防護の基礎として最も合理的であるとして、しきい線量の不存在を仮定する扱いをしている。

また、どの程度の被曝線量ならば容認できるか、すなわち、許容線量を決めるに際しての考え方には、一般に、①放射線を用いることによるマイナス面すなわち放射線によってもたらされる健康への障害とプラス面すなわち放射線を用いることによる利益とのバランスによって決める考え方(この考え方には、評価の基準をどこに置くかという問題点が指摘されている。)と、②放射線を用いることによるマイナス面すなわちリスクを、人間生活における他のリスクと比較し、この程度の他のリスクを容認しているのであるから、放射線についてもこの程度のリスクであれば容認できるはずであると判断する考え方(この考え方には、既存の容認基準を前提としているという問題点が指摘されている。)という二つの考え方があるところ、ICRPは、主に①の考え方をとってきたが、昭和五二年勧告からは②の考え方を大幅に採用している。これは、右勧告では、発癌と遺伝的影響を確率的影響(その重篤度ではなく、その影響の起こる確率がしきい値のない線量の関数とみなされる影響)として取り扱うこととした結果、これらについては絶対的安全はなくなり、確率的影響の確率を容認できると思われるレベルにまで制限することに放射線防護の目的を置くべきであるとし、そのレベルによってもたらされる危険度が、日常生活におけるその他の危険度に比べて受け容れることのできる程度のものか否かという危険度の相対的な評価を取り入れたことによるものである。

右のとおり、ICRPの勧告は、被曝線量と晩発性障害等の発生との間にしきい値がない(直線関係が存在する)ものとの仮定に立ちつつ、被曝をもたらす活動から得られる利益を考慮するとともに、他の職業上ないし日常生活におけるリスクとの比較をしつつ、社会的に容認又は正当化し得る線量の限度を提供するものである。

エ ICRPは、昭和二五年の勧告においては、放射線作業従事者の最大許容線量を週0.3レムとしていたが、昭和三三年採択の勧告においては、被曝線量の制限値として、放射線作業従事者に対しては許容集積線量を五×(年齢―一八)レムと、公衆に対しては許容線量を一年につき0.5レムとした。また、昭和四〇年の勧告においては、放射線作業従事者に対して最大許容線量を一年につき五レムと、公衆に対して線量限度を一年につき0.5レムとした。そして、昭和五二年の勧告においては、放射線作業従事者に対して線量当量限度を一年につき五レムと、公衆に対しては線量当量限度を一年につき0.5レム(ただし、生涯線量当量は、年当たり0.1レム)とした。更に、昭和六〇年のパリ声明においては、公衆に対する実効線量当量限度につき、主たる限度を一年につき0.1レムとし、生涯にわたる平均の年線量が主たる限度を超えない場合、数年にわたって許される補助的限度として一年につき0.5レムとした。右のとおり、ICRPの勧告は、常に再検討が加えられてきており、公衆人に対する許容線量(昭和四〇年以降は線量限度、昭和五二年以降は線量当量限度、昭和五三年以降は実効線量当量限度。平成二年以降は実効線量限度。以下同じ。)としては、昭和三三年採択の勧告以来年間0.5レムとされてきたが、昭和六〇年の声明において見直され、現在は主たる限度が年間0.1レム、補助的限度が年間0.5レムである。

オ ICRPは、昭和三三年の勧告において、それまで週当たり0.3レムであった放射線作業従事者の許容線量を年当たり五レムに相当するレベルとし、以前の三分の一に変更している(ICRPでは一年を五〇週と考えることにしているので、年当たり五レムは週当たり0.1レムに相当する。)が、この点について、ICRPは、以前の勧告値で放射線障害の事例が現れたからではなく、それまでの勧告が職業上の被曝に関するもので、しかも、その人の生涯の安全を保障する数値を勧告していたのを、遺伝的影響も考慮し、公衆に対する許容線量をも勧告し、更に、原子力利用の将来の拡大と放射線防護に関する技術が向上したことを考慮したための許容線量の数値の引下げであるとしている。

カ 右のとおり、ICRPは、昭和三三年の勧告において、遺伝的影響を考慮するとともに、公衆に対する許容線量をも勧告しているが、具体的な数値を定めるについては、NAS(米国科学アカデミー)の考えが基本となっている。すなわち、昭和三一年、NASは初めて放射線障害防止の原則として、国民全体にわたる遺伝線量制限という新しい概念を導入し、平均生殖年齢に達するまでの総被曝線量を平均一〇レム以下に押さえるべきことを提案した。その根拠は、「人が一世代(三〇年)の間に受けている放射線量は、自然放射線として約三レム、医療用として約二レム(当時の値)と見られる。今後原子力利用の代価として、三〇年間に新たに五レム程度の被曝量を加えてもさしたる障害は認められないであろう」という見解である。五レムの被曝量の増加により、将来発生するであろう障害量の増加は、倍加線量(障害発生率を自然発生率の二倍にする線量)を三〇レムとした場合は発生量に対し一六パーセント増、倍加線量を一〇〇レムとした場合では五パーセント増と見積もられ、NASは、これは耐えられない数字ではないと考えた。ICRPは、このNASの考え方を基本的に採用し、国民一人当たりの負荷増加量として三〇年間に五レムという枠の中で、放射線作業従事者の許容集積線量を年五レムに引き下げ、一八歳から就業して三〇歳までの一二年間に生殖腺に受ける線量として合計六〇レムを超えるべきでないとし、また、公衆の被曝許容限度を放射線作業従事者の最大許容線量の一〇分の一の年0.5レムとした。

キ 公衆人に対する許容線量が職業人に対するものの一〇分の一とされた理由としては、公衆の中には放射線の影響を受けやすい子供がいること、公衆の構成員は被曝するかしないかに関しての選択の自由がないこと、被曝から直接的利益を何も受けないこと、人選、監督及びモニタリングを受けないこと、自分自身の別の職業の危険にさらされていること等が掲げられている。もっとも、その一方で、公衆の構成員に対する線量限度を放射線作業従事者に対して定められたものよりどれだけ低くすべきかについては、それは、一般に容認されるような数値では量的に表すことのできない諸要因によって決められるとした上、計画の目的には、それを一〇分の一に決めることが適切であるが、これに関する放射線生物学上の知見が十分でないので、この係数の大きさには余り生物学的意義をもたせるべきではないとしている。

ク 昭和四〇年の勧告においては、放射線作業従事者に対する勧告について、集積線量の考え方が後退しているが、これは、過去の被曝総線量、すなわち、集積線量を重視することは、理論的には当を得ているものの、各個人のそれを求めることは実際上極めて困難であるので、一年間の線量を目安とすることが実務上適当であるとの理由からであって、勧告された許容線量の数値の使い方についての変化はあったものの、数値自体は基本的に変わっていない。

ケ 昭和五二年の勧告においては、ICRPは、「委員会が以前に勧告した線量当量限度は二〇年以上にわたって使われてきた。それは国際的に広く使われ、多くの国及び地域において法律の中に組み入れられてきた。更に、委員会が勧告した線量制限体系が、十分なレベルの安全を保つことに失敗したことを示す証拠は何もない。しかし、委員会は、線量当量限度のレベルをいくらかでも変える必要があるかどうかを決定するために、委員会の線量当量限度を現在の知識に照らして見直すことが適切と考える。」と述べた上で、放射線誘発癌に関する死亡のリスク係数は、男女及び総ての年齢の平均値として一レム当たり約一万分の一であると仮定し、公衆の個々の構成員の容認できるであろう死亡リスクを年当たり一〇万ないし一〇〇万分の一とすると、そのためには、公衆の個々の構成員の生涯線量当量を一生涯を通して年当たり0.1レムの全身被曝に相当する値に制限すればよく、ICRPの勧告値である一年につき0.5レムという全身線量当量限度は、これを決定グループに適用したとき、これと同程度の安全を確保することがわかっているので、長期間にわたって高線量率で被曝する人々には右の年当たり0.1レムという生涯線量当量を適用すること等の条件のもとに、右勧告値を維持するとしている。

コ 昭和六〇年のパリ声明において、ICRPは、公衆に対する実効線量当量限度につき、主たる限度を一年につき0.1レムとし、生涯にわたる平均の年線量が主たる限度を超えない場合、数年にわたって許される補助的限度として一年につき0.5レムとした。すなわち、従来の勧告においては、主たる限度を一年につき0.5レムとしていたのを、一年につき0.1レムと改めたわけである。この変更については、従来の放射線のリスクの見積もりが誤っていたので線量限度を切り下げたのではなく、公衆の放射線防護をより適切に実行することを目的とした方法論上の変更ということができるとの指摘がされている。

サ 平成二年の勧告において、ICRPは、実効線量当量限度の考え方を改め、実効線量限度及び等価線量の用語を導入し、臓器毎の荷重係数についても見直しを行って詳細に定めるとともに、作業者に対する実効線量限度の勧告値について、従来、一年につき五レムであったのを、五年平均で一年につき二レム(但し、いずれの一年間においても五レムを限度とする。)と改めているが、公衆に対する実効線量限度の勧告値については、一年につき0.1レムと基本的に変わっていない(通商産業省資源エネルギー庁編「原子力発電便覧九三年版」参照。)。

シ ICRPは、許容線量値(線量当量限度値)の勧告をすると同時に、被曝線量と晩発性障害及び遺伝的障害の発生との間にしきい値がないと仮定する以上、いかなる被曝でもある程度の危険を伴うことになることを前提として、いかなる不必要な被曝も避けるべきであり、かつ、被曝線量をできる限り少なくするべきであるとの勧告を行ってきた。ただし、その文言には、時の経過とともに変遷がある。すなわち、昭和三〇年の勧告では、「すべての種類の電離放射線に対する被曝を可能な最低レベルにまで(to the lowest possible level)引き下げるあらゆる努力を払うべきであることを強く勧告する。」であったのが、昭和三三年採択の勧告では、「すべての線量を実行可能な限り低く(as low as practicable、いわゆるALAP)保つべきこと、及びどのような不必要な被曝もすべて避けるべきであることを勧告する。」となり、昭和四〇年の勧告では、「いかなる不必要な被曝も避けるべきであること、並びに、経済的及び社会的な考慮を計算に入れた上、すべての線量を容易に達成できる限り低く(as low as readily achievable、いわゆるALARA)保つべきであることを勧告する。」となり、さらに、昭和五二年の勧告では、「すべての被曝は、経済的及び社会的な要因を考慮に入れて、合理的に達成できる限り低く(as low as reason-ably achievable)保たなければならない。」となった。

ス ICRPの勧告は、米国、カナダ、ソ連等世界各国で尊重され、前記の許容線量(現在は実効線量限度)は、各国の法令に採り入れられている。我が国においても、昭和五二年の勧告及び昭和六〇年のパリ声明を尊重して、平成元年に公衆の実効線量当量限度を定めたことは、前認定のとおりである。

以上認定の各事実によれば、ICRPが昭和三三年以来公衆人の許容線量(現在は実効線量限度)として勧告してきた値(昭和三三年から一年につき0.5レム、昭和六〇年から主たる限度として一年につき0.1レム)という値は、現在も、世界で最も支配的かつ妥当な数値として採用され続けてきているものと認められる。

3 原告らのICRPの勧告に対する批判

これに対し、原告らは、ICRPの勧告値は、生物学的・医学的な安全性を判断したものではなく、経済的・社会的要因から許容線量を勧告したにすぎないものであり、また、最近の研究結果により低線量や微量線量の影響についての知見は一層詳細になっているのに、これが反映されておらず、ICRPの勧告は何ら根拠のないものとなっている等と主張する。

ア ICRPの勧告の表現の変遷

ICRPは、許容線量値(線量当量限度値)の勧告をすると同時に被曝線量をできる限り少なくするべきであるとの勧告を行ってきたが、その表現が徐々に緩やかなものに変遷してきたことは、前認定のとおりであるところ、原告らは、これについて、ICRPが、原子力商業利用の開始とともに変質し、原子力産業の要請に合わせる方向を取り始めたことを示すものである旨主張し、<書証番号略>及び証人市川定夫の証言中にはこれに沿う部分がある。

一方、<書証番号略>によれば、東京大学教授吉澤康雄は、このような文言の変遷の背景には、放射線及び原子力利用の拡大とそれに伴う放射線防護・管理の経験の積み重ねの結果、表現をより具体的なものにする必要が出てきたとともに、より具体的な表現をすることが可能になったことを指摘することができ、基本的精神が変わったのではなく、表現をより具体的に、よりわかり易くしたものであると評していることが認められる。

イ 広島・長崎原爆における放射線量の再評価

ICRPが、昭和五二年の勧告において、放射線誘発癌に関する死亡のリスク係数が、男女及び総ての年齢の平均値として一レム当たり約一万分の一であるという仮定に基づいて、公衆の全身線量当量限度について、長期間にわたって高線量率で被曝する人々には年当たり0.1レムという生涯線量当量を適用すること等の条件のもとに、一年につき0.5レムという勧告値を維持するとしたことは、右に認定したとおりである。

これに対し、<書証番号略>及び証人市川定夫の証言によれば、昭和五六年、米国のローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)とオークリッジ国立研究所(ORNL)の研究員らが、それぞれ、広島・長崎の原爆被曝者の放射線被曝線量の推定の見直し作業をした結果を発表したこと、その結果は、いずれも、従来用いられてきた線量(T六五D線量)に比較して大幅に低かったこと、そこで、昭和五七年に、日米両国により原爆線量再評価検討委員会が設置され、広島・長崎の原爆被曝線量の再評価が行われたが、昭和六二年七月に公表された報告書によると、T六五D線量と比較して、広島ではガンマ線が2ないし3.5倍に増加する一方、中性子は一〇分の一に減少し、長崎ではガンマ線はほとんど変化がなかったが、中性子は二分の一ないし三分の一に減少したこと、これと併せて同委員会は、被曝者個人ごとの線量修正値を計算できる一九八六年(昭和六一年)線量評価システム(DS八六)を作成したが、同システムに基づき放射線影響研究所が調査した結果によると、放射線が屋内の被曝者の体表面に達した際の体表面線量では、T六五Dの場合と比較して被曝線量が一〇ないし四〇パーセント少なくなったものの、体表面を通過して内部の臓器に達する線量を示す臓器線量ではT六五Dの場合とほぼ同じと推定されたこと、半数致死線量については従来四〇〇ラド程度とされてきたのが、二二〇ないし二六〇ラド程度と推定されたことが認められる。こうしたことから、原告らは、ICRPの勧告は何ら根拠のないものとなっていると主張し、<書証番号略>及び証人市川定夫の証言中にはこれに沿う部分がある。

他方、<書証番号略>によれば、ICRPは、昭和六二年の声明において、DS八六線量算定方式による癌誘発リスクは、広島・長崎で起こったと考えられるような中性子被曝に対して合理的な生物効果比の値を仮定すると、従来のT六五D線量算定方式による推定をした場合のリスクに比べ約1.4倍になる旨の放射線影響研究所の業績報告書及びプレストン、ピアスによる「原爆被曝者の線量推定方式の改訂による癌死亡リスク推定値への影響」と題する報告を検討し、他の因子を考慮した結果、広島・長崎の被曝集団についてのリスク推定値は、全年齢層を含む集団に関して全体として二倍程度に大きくなるとしたが、このリスクの増加を考慮しても、公衆の実効線量当量限度についての主たる限度を、昭和六〇年のパリ声明で一年につき0.5レムから一年につき0.1レムに引き下げたのに加え、さらに引き下げる勧告値の変更が必要とは考えないとしたことが認められる。

さらに、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、ICRPは、平成二年の勧告において、放射線誘発癌に関する死亡のリスク係数を見直し、従来の一レム当たり約一万分の一から、一レム当たり約一万分の五に引き上げたことが認められ、これに伴って、作業者に対する実効線量限度の勧告値について、従来、一年につき五レムであったのを、五年平均で一年につき二レム(ただし、いずれの一年間においても五レムを限度とする。)と改める一方、公衆に対する実効線量限度の勧告値については、一年につき0.1レムと基本的に変わっていないことは前に判示したとおりである。

なお、<書証番号略>によれば、我が国の放射線審議会においても、公衆の実効線量当量限度に関するICRPの勧告を妥当なものとして受け入れて実効線量当量を年間0.1レムとする答申を行っていることが認められる。

ウ 線量目標値指針について

「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針について」(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定)において、放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の合計値については年間五ミリレム、放射性ヨウ素に起因する甲状腺被曝線量については年間一五ミリレムとの線量目標値が明示されているが、右指針で定められた線量値は、被曝をできる限り低くするといういわゆるALARAの精神を具体化した目標値であるから、実効線量当量限度に関するICRPの勧告の妥当性を左右するものではない。そして、我が国において実効線量当量限度の定め自体は、ICRPの勧告と一致していることは前に判示したとおりである。

4 当裁判所の判断

以上認定判示したとおり、ICRPの勧告値が不当であるとする原告らの主張に沿う見解も見られるが、これらの見解にはそれぞれ専門家による批判等が存在するほか、前記認定のICRPの組織・性格・活動等の事実によれば、ICRPは、現在も、各種の研究結果の検討を続けており、原告らの主張に沿う見解及びこれらに対する批判も考慮した上で、ICRPは勧告を行ってきているものと認められる。したがって、原告らの主張に係る見解をもってしては、ICRPの勧告値が現在も世界で最も支配的かつ妥当な許容線量(実効線量当量限度)の値であるとの前記認定を覆すには至らない。

そして、ICRPの見解を前提とする限り、右の勧告値を被曝による危険を社会観念上無視し得る程度に小さく保つための基準として用いることは、不必要な被曝は避け、被曝線量はできる限り低くしなければならないとのいわゆるALARAの精神と共に用いる限りにおいては、合理的なものというべきである。

以上のとおりであるから、放射線による障害の発生の可能性が社会観念上無視し得る程度に小さいということができる放射線の線量値は、線量当量限度等を定めた前記告示二条に基づく実効線量当量限度値である年間0.1レムとすることが合理的である。もっとも、この値は、不必要な被曝は避け、被曝線量はできる限り低くしなければならないとの精神と共に用いるべきであることから、以下の検討に当たっては、公衆の被曝線量をできる限り右の線量値より低減させるための対策が講じられているかについても、併せて検討の対象にすることとする。

第四章本件訴訟における立証責任

第一当事者の主張

一原告らの主張

原告らは、本件訴訟における証明の主題は、原子力発電所の危険性ではなく安全性であって、原告らが立証すべき内容は、本件原子力発電所の稼働による原告らの人格権等に対する抽象的危険であり、具体的には、①放射性物質が本件原子力発電所で使用され、かつ、生成されること、②右放射性物質が人間の生命・身体、動植物(環境を含む。)に対して極めて有害であること、③放射性物質が本件原子力発電所から外界に排出されるおそれのあることの三点を証明すれば足りると主張する。

二被告の主張

これに対し、被告は、本件原子力発電所の運転により、原告らに被害発生のおそれがあるというためには、①本件原子力発電所の構造又は運転管理面での瑕疵の特定、②その瑕疵から事故に至るメカニズム、③発生する事故の程度、④その事故によって原告らの受ける被害の程度等について、原告らにおいてそれぞれ具体的に立証すべきであり、また、本件原子力発電所の平常運転時において、原告らに被害発生のおそれがあるというためには、①本件原子力発電所から放出される放射性物質の核種の特定とその程度、②それによって原告らの受ける被害の程度を具体的に立証すべきであると主張する。

第二当裁判所の判断

そこで、判断するに、人格権等に基づく原子力発電所の建設又は運転についての差止訴訟においては、当該原子力発電所に安全性に欠ける点があり、原告らに被害が及ぶ危険性があることについての立証責任は、人格権に基づく差止訴訟一般の原則どおり、原告が負うべきものと解される。

したがって、これを本件に即してみれば、原告らは、①原子力発電所の運転による放射性物質の発生、②原子力発電所の平常運転時及び事故時における右放射性物質の外部への排出の可能性、③右放射性物質の拡散の可能性、④右放射性物質の原告らの身体への到達の可能性、⑤右放射性物質に起因する放射線による被害発生の可能性について、立証責任を負うべきことになる。

他方、本件原子力発電所は、ウラン二三五を燃料として使用し、その稼働により、内部に毒性の強いプルトニウム二三九など人体に有害な放射性物質を大量に発生させるものであること、原告らは、本件原子力発電所から二〇キロメートルの範囲内に居住していることは前に判示したとおりであり、したがって、原告らは、いずれも本件原子力発電所における事故等による災害により、その生命・身体等に直接的かつ重大な被害を受けるものと想定される地域内に居住する者ということができるのであり、また、本件原子力発電所は平常運転時においても一定の放射性物質を環境に放出することは避け難いことは前に判示したとおりである。

右のとおり、原告らは、既に前記①ないし⑤の点について原告らの必要な立証を行っていること、本件原子力発電所の安全性に関する資料をすべて被告の側が保持していることなどの点を考慮すると、本件原子力発電所の安全性については、被告の側において、まず、その安全性に欠ける点のないことについて、相当の根拠を示し、かつ、非公開の資料を含む必要な資料を提出したうえで立証する必要があり、被告が右立証を尽くさない場合には、本件原子力発電所に安全性に欠ける点があることが事実上推定(推認)されるものというべきである。そして、被告において、本件原子力発電所の安全性について必要とされる立証を尽くした場合には、安全性に欠ける点があることについての右の事実上の推定は破れ、原告らにおいて、安全性に欠ける点があることについて更なる立証を行わなければならないものと解すべきである。

第五章本件原子炉の基本設計における安全確保対策

第一実用発電用原子炉施設に対する安全規制

一原子力安全委員会における安全審査

核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和五三年法律第八六号による改正後のもの。以下「規制法」という。)に基づき、実用発電用原子炉を設置しようとする者は、通商産業大臣の許可を受けなければならないものとされており(同法二三条一項)、通商産業大臣は、原子炉設置の許可申請が同法二四条一項各号に適合していると認めるときでなければ許可してはならず(同法条一項)、右許可をする場合においては、右三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号に規定する基準の適用については、あらかじめ原子力安全委員会の意見を聴き、これを十分に尊重してしなければならないものとされている(同条二項。なお、昭和五三年法律第八六号による改正前の規制法では、実用発電用原子炉の設置の許可は内閣総理大臣の権限とされており、また、規制法二四条一項各号に規定する基準の適用については原子力委員会の意見を聴くものとされていたが、右改正により、右許可は通商産業大臣の権限とされるとともに、同項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号に規定する基準の適用については、新たに設置されることになった原子力安全委員会の意見を聴くものとされ、右改正法附則三条により、右改正前の規制法の規定に基づき内閣総理大臣がした右原子炉の設置の許可は、通商産業大臣がしたものとみなされることとなった。)。

原子力安全委員会は、総理府に置かれる機関であり(原子力委員会及び原子力安全委員会設置法一条)、核燃料物質及び原子炉に関する規制のうち、安全の確保のための規制に関すること等について企画し、審議し、及び決定するものとされ(同法一三条)、委員五人をもって組織される(同法一四条一項)。

そして、原子力安全委員会に、学識経験者及び関係行政機関の職員のうちから内閣総理大臣により任命された委員四五人(昭和五八年政令三三六号による改正後は六〇人)以内で組織される原子炉安全専門審査会が置かれ、原子炉に係る安全性に関する事項の調査審議に当たるものとされている(同法一六条、一七条一項)。

原子炉設置許可の手続として、右のように定められた趣旨は、原子炉施設の安全性に関する審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平常運転時における従業員、周辺住民及び周辺環境への影響、事故時における周辺地域への影響等を、原子炉設置地の地形・地質・気象等の自然的条件、居住地と原子炉設置地との距離等の社会的条件及び当該原子炉設置者の原子炉の設置・運転についての技術能力との関連において、多角的・総合的見地から検討するものであり、しかも、右審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査においては、原子力工学はもとより、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的・専門技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることを考慮し、規制法二四条一項各号の基準の適合性についての通商産業大臣の判断は、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力安全委員会の科学的・専門技術的知見に基づく意見を尊重して行うものとしたことにあるものと理解される。

二本件原子炉施設の設置変更許可処分における安全審査

<書証番号略>によれば、本件原子力発電所の原子炉施設に係る設置変更許可処分における安全審査の経緯は、次のとおりであることが認められる(以下、右認定に係る原子力委員会又は原子力安全委員会の安全審査を総称して「本件安全審査」という。)。

1 本件原子力発電所一号機の原子炉に係る許可処分について

ア 本件原子力発電所一号機の原子炉の設置許可処分申請について、原子力委員会は、原子炉安全専門審査会に審査を求め、同審査会は、審査の結果、原子炉の設置に係る安全性は十分確保し得るものと認めて、昭和四五年一一月一六日付で原子力委員会に報告を行い、右報告に基づき、原子力委員会は内閣総理大臣に答申を行い、内閣総理大臣は、同年一二月一〇日付で設置許可処分を行った。

イ 活性炭式希ガスホールドアップ装置、グランド蒸気発生器、蒸発濃縮装置等の採用を内容とする本件原子力発電所一号機の原子炉の設置変更許可処分申請について、原子力委員会は、原子炉安全専門審査会に審査を求め、同審査会は、審査の結果、原子炉の設置変更に係る安全性は十分確保し得るものと認めて、昭和四九年一月二八日付で原子力委員会に報告を行い、右報告に基づき、原子力委員会は内閣総理大臣に答申を行い、内閣総理大臣は、同年六月二二日付で設置変更許可処分を行った。

ウ 八×八型燃料集合体の採用、非常用ガス処理系等の工学的安全施設の変更、復水器冷却水の水中放流方式の採用、新しい炉心熱特性評価方法の採用等を内容とする本件原子力発電所一号機の原子炉の設置変更許可処分申請について、原子力委員会は、原子炉安全専門審査会に審査を求め、同審査会は、審査の結果、原子炉の設置に係る安全性は十分確保し得るものと認めて、昭和五三年九月二一日付で原子力委員会に報告を行い、右報告に基づき、原子力委員会は同月二九日付で内閣総理大臣に答申を行い、内閣総理大臣は、同年一〇月三日付で設置変更許可処分を行った。

エ 使用済燃料の貯蔵能力の増強、安全弁の吹出し場所の変更、液体廃棄物の処理方式の改善、固体廃棄物の貯蔵能力の増強、サプレッション・プール水貯蔵タンクの新設、換気系の換気方式の変更等を内容とする本件原子力発電所一号機の原子炉の設置変更許可処分申請について、原子力安全委員会は、審査の結果、原子炉の設置変更後の安全性は確保し得るものと判断して、昭和五五年六月九日付で答申を行い、通商産業大臣は、同年七月二四日付で設置変更許可処分を行った。

オ 新型八×八燃料の採用、敷地の拡大、使用済燃料の処分の方法の変更を内容とする本件原子力発電所一号機の原子炉の設置変更許可処分申請について、原子力安全委員会は、原子炉安全専門審査会に審査を求め、同審査会は、審査の結果、原子炉の設置変更後の安全性は確保し得るものと判断して、昭和五八年二月一六日付で原子力安全委員会に報告を行い、右報告に基づき、原子力安全委員会は同月一七日付で通商産業大臣に答申を行い、通商産業大臣は、同年四月五日付で設置変更許可処分を行った。

カ 新型八×八ジルコニウムライナ燃料の採用、固体廃棄物焼却設備の設置を内容とする本件原子力発電所一号機の原子炉の設置変更許可処分申請について、原子力安全委員会は、審査の結果、原子炉の設置変更後の安全性は確保し得るものと判断して、昭和六一年四月一〇日付で通商産業大臣に答申を行い、通商産業大臣は、同年六月二六日付で設置変更許可処分を行った。

キ 取替燃料として高燃焼度八×八燃料の採用、プラスチック固化式固化装置の共用化、サイトバンカの設置、ハフニウム型制御棒の採用、使用済燃料の処分の方法の変更を内容とする本件原子力発電所一号機の原子炉の設置許可処分申請について、原子力安全委員会は、原子炉安全専門審査会に審査を求め、同審査会は、原子炉の設置変更後の安全性は十分確保し得るものと認めて、平成三年六月一一日付で原子力安全委員会に報告を行い、右報告に基づき、原子力安全委員会は同月二〇日付で通商産業大臣に答申を行い、通商産業大臣は、同年七月二四日付で設置変更許可処分を行った。

2 本件原子力発電所二号機の原子炉に係る許可処分について

ア 本件原子力発電所二号機の原子炉の設置許可処分申請について、原子力安全委員会は、原子炉安全専門審査会に審査を求め、同審査会は、原子炉の設置許可後の安全性は確保し得るものと判断して、平成元年一月二四日付で原子力安全委員会に報告を行い、右報告に基づき、原子力安全委員会は同年二月九日付で通商産業大臣に答申を行い、通商産業大臣は、同年二月二八日付で設置許可処分を行った。

イ 初装荷燃料及び取替燃料として高燃焼度八×八燃料の採用、プラスチック固化式固化装置の共用化、サイトバンカの設置、起動領域モニタの採用、主蒸気隔離弁形式の変更を内容とする本件原子力発電所二号機の原子炉の設置変更許可処分申請について、原子力安全委員会は、原子炉安全専門審査会に審査を求め、同審査会は、原子炉の設置変更後の安全性は確保し得るものと判断して、平成三年六月一一日付で原子力安全委員会に報告を行い、右報告に基づき、原子力安全委員会は同月二〇日付で通商産業大臣に答申を行い、通商産業大臣は、同年七月二四日付で設置変更許可処分を行った。

第二原子力安全委員会における安全審査の方法

一原子力安全委員会の安全審査の基本的な考え方と審査内容

<書証番号略>によれば、原子力安全委員会(昭和五三年法律第八六号による改正前においては原子力委員会。以下、「原子力安全委員会」というときは、特に明示しない場合には、昭和五三年法律第八六号による改正前の原子力委員会も含むものとする。)における安全審査は、平常時はもちろん、地震、機器の故障その他の異常時においても、一般公衆及び従業員に対して放射線障害を与えず、かつ、万が一の事故を想定した場合にも一般公衆の安全が確保されるべきであることを基本方針としていること、具体的には、①立地条件、②原子炉施設の安全設計、③平常運転時の被曝評価、④各種事故の検討(運転時の異常な過渡変化の解析及び事故解析)、並びに⑤立地評価の五項目について検討されること、右の審査事項を安全確保対策の観点から体系的に三つに大別し、その基本的な考え方と審査内容をみると、次のとおりであることが認められる。

1 原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策

放射性物質の管理を確実にするための事故防止対策の考え方は、多重防護の考え方に基づいて適切な措置を講ずることである。この基本的考え方に則り、原子炉の設置許可の段階における基本設計の審査においては、次の諸点が審査される。

ア 異常の発生防止

① 燃料の核分裂反応を安定的に制御することができるようになっているか。

② 燃料は、熱的・機械的・化学的影響によって、その健全性(換言すれば、安全確保上期待されている放射性物質の閉じ込め機能)が損なわれることのないように十分安全余裕のあるものとなっているか。

③ 圧力バウンダリは、機械的・化学的影響によって、その健全性が損なわれることのないように十分安全余裕のあるものとなっているか。

④ 右以外の関連設備は、燃料及び圧力バウンダリの健全性を損なうような異常状態の発生が防止し得るよう十分安全余裕のある性能や強度等を有するものとなっているか。

イ 異常の拡大及び事故への発展の防止

① 燃料及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性の確保に関連する諸設備は、軽微な異常状態が発生した場合に、所要の措置がとれるように、その異常状態を早期にかつ確実に検知し得ることとなっているか。

② 燃料及び圧力バウンダリの健全性の確保に関連する諸設備に発生した異常状態が大きなものである場合等、その異常状態に対し迅速な措置を講じなければ燃料及び圧力バウンダリの健全性に重大な影響を及ぼすおそれのある場合には、燃料及び圧力バウンダリを損傷させないように原子炉緊急停止装置等の安全保護設備が設置されることとなっているか。

③ 燃料及び圧力バウンダリの損傷を防止するために設置される安全保護設備等は、いずれも確実にその機能を発揮し得るものとなっているか。

ウ 放射性物資の異常放出の防止

① 圧力バウンダリを構成するいかなる配管の破断を想定しても、放射性物資の外部への異常な放出を防止するため、非常用炉心冷却設備、格納容器等の工学的防護設備が設置されることとなっているか。

② 放射性物資の外部への異常な放出を防止するために設置される工学的防護設備は、いずれも確実にその機能を発揮し得るものとなっているか。

2 原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策

原子炉の平常運転時における放射性物質の管理及び周辺環境の保全に関する基本的考え方は、原子炉施設に起因する放射線による周辺公衆の被曝が法令で定める許容被曝線量以下とすることはもちろんのこと、ALARAの考え方に基づき、これを十分に下回らせることである。この基本的考え方に則り、原子炉の設置許可の段階における基本設計の審査においては、次の諸点が審査される。

① 原子炉の平常運転時において、放射性物質が一次冷却水中に現れるのを極力防止し得るよう適切な対策が講じられているか。

② 原子炉の平常運転時において、一次冷却水に現れた放射性物質を処理し、管理し得るよう適切な対策が講じられているか。

③ 原子炉の平常運転時において、周辺環境に放出される放射性物質については、これを適切に監視することとされているか。

④ 以上のような対策が講じられた結果、原子炉の平常運転時において環境に放出される放射性物質及び原子炉施設の内部にある放射性物質に起因する周辺公衆の被曝は、法令で定める許容被曝線量(前に判示したとおり、平成元年三月三一日までは年間0.5レム、同年四月一日からは年間0.1レムと規定されている。)以下となることはもとより、ALARAの考え方に基づき、これを十分に下回るようになっているか。

⑤ また、原子炉の平常運転時において、その原子炉施設の内部にある放射性物質に起因する周辺公衆の被曝についても、十分に低減化し得るような対策を講じることとされているか。

3 原子炉施設の立地条件に係る安全確保対策

原子炉の設置に当たっては、原子炉施設は、その自然的立地条件との関連において十分安全に設置されるとともに、現実には起こるとは考えられない万一の事故を想定した場合であっても、周辺公衆の安全が確保し得るよう、原子炉はその工学的防護設備との関連において、十分に公衆から離れていることが必要とされる。この基本的考え方に則り、原子炉の設置許可の段階における基本設計の審査においては、次の諸点が審査される。

ア 自然的立地条件

考慮すべき自然的立地条件には、地盤、地震、気象、海象等があるが、このうち、原子炉施設の安全審査において特に力点が置かれる地盤及び地盤については、次の事項が重点的に審査される。

① 原子炉敷地の地盤は、原子炉施設に損傷を与えるような大規模な地滑りや山津波を発生するおそれはないか。原子炉敷地の地盤のうち、原子炉施設の支持地盤は、その施設を支持する上で十分な地耐力を有するとともに、地震による地盤破壊や荷重による不等沈下を起こすおそれはないか。

② 原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき地震が、過去の地震歴等から適切に選定されているか。これらの地震が原子炉敷地に及ぼすと考えられる影響を十分吟味した上で、原子炉の敷地基盤における設計用基準地震動が十分安全余裕をもって設定されているか。

③ この設定された設計用基準地震動に対しても、工学的・技術的見地からみて、申請の対象となる原子炉施設について、十分安全余裕のある耐震設計を講ずることができるか。

イ 原子炉施設と公衆との隔離

① 重大事故(敷地周辺の事象、原子炉の特性、工学的防護設備等を考慮し、技術的見地からみて、最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故)の発生を仮定した場合において、そこに人が居続けるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲が非居住区域となっているか。

② 仮想事故(重大事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故)の発生を仮想した場合においても、何らの措置も講じなければ、その範囲にいる公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲内であって、非居住区域の外側の地帯が、低人口地帯となっているか。

③ 仮想事故の発生を仮想した場合に、全身被曝線量の積算値(集団中の一人一人の被曝線量の総和)が、国民遺伝線量の見地から十分受け入れられる程度に小さな値になるような距離だけ、その敷地が人口密集地帯から離れているかどうか。

二原子力安全委員会の安全審査の方法に対する評価

以上認定の事実によれば、原子炉設置許可処分に際しての安全性の審査は、原子炉施設の位置、構造及び設備が、その基本設計において、原子炉施設の運転に伴って環境に排出される放射性物質による公衆の被曝線量が線量当量限度を定めた前記告示二条に規定する線量当量限度値(年間0.1レム)以下となるようにするとともに、公衆の被曝線量をできる限り右の線量当量限度より少なくし、また、災害発生の可能性を社会観念上無視し得る程度に小さくするような方策が講じられているかどうかという観点から行われるものと認めることができ、右安全審査の方法は、原子炉施設による公衆の被曝が受忍限度内に止まるか否かを判断する上で適切なものということができる。

そこで、以下の本件原子炉施設の基本設計における安全確保対策の検討においては、右安全審査の方法に即しながらこれを行うこととし、関連する箇所において原告らの主張に対する判断を示すこととする。

第三本件原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策

一事故防止対策

被告は、本件原子炉の基本設計における安全確保対策のうち、原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策として、異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策及び放射性物質異常放出防止対策を主張するところ、<書証番号略>によれば、本件安全審査において右の各対策についてそれぞれ検討され、本件原子炉施設の基本設計は、これらの対策に係る安全性をいずれも確保し得るものと判断されたことが認められる。そこで、まず、その具体的審査内容について検討し、その後で原告らの主張に対する判断を示すこととする。

<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、本件安全審査における具体的審査内容は次のとおりであったことが認められる。

1 事故防止対策検討の観点

原子炉の運転に伴って発生する放射性物質については、平常運転時において確実に管理することはもちろんのこと、燃料棒や圧力バウンダリの損傷等の異常状態の発生を防止することを基本とし、仮にこのような異常状態が発生しても放射性物質の環境への異常な放出のおそれのある事態にまで発展することを確実に防止し、さらに安全防護設備の設置等により万一の場合にも放射性物質の環境への異常な放出という結果を防止することが安全確保上重要である。このため、原子炉施設は、いわゆる「多重防護の考え方」に基づく各種の事故防止対策を講じなければならないところ、本件安全審査においては、右のような観点から、事故防止対策が講じられているかどうかが検討された。

2 異常状態発生防止対策

本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設について、放射性物質の環境への異常放出をもたらす事態につながるような燃料被覆管や圧力バウンダリ等における異常状態の発生を未然に防止する対策が講じられるものとされているかどうかを検討し、その結果、右の対策が講じられるものと判断された。

ア 燃料の核分裂反応の確実かつ安定的な制御

原子力発電の仕組については、第三章第一において判示したとおりであって、燃料被覆管等の健全性を維持するためには、まず、燃料の核分裂反応を確実にかつ安定的に制御することができるようになっていることが、最も基本的に必要とされている。

本件安全審査においては、本件原子炉施設において使用される燃料ウラン二三五は低濃縮のものであること(燃料集合体平均濃縮度は高燃焼度八×八燃料では、新型八×八燃料と比較して、初装荷燃料では平均約2.3wtパーセントから平均約2.5wtパーセント、取替燃料では平均約3.0wtパーセントから平均約3.5wtパーセントに変更される。)、本件原子炉は、軽水型原子炉であって、ボイド効果、ドップラー効果等により、全ての運転範囲で急速な固有の負の反応度フィードバック特性を有していること、すなわち、核分裂反応に対して固有の自己制御性(核分裂反応の割合が増大して燃料及び冷却水の温度が上昇すれば、それに伴って核分裂反応が抑制されるという性質)があることから、燃料の制御不能な核分裂反応が生じることはあり得ないこと、本件原子炉施設には、燃料の核分裂反応を安定的に制御する原子炉出力制御設備が設けられること等が確認された。その結果、本件原子炉施設は、燃料の核分裂反応を確実にかつ安定的に制御することができるものと判断された。

イ 燃料被覆管の健全性

本件安全審査においては、燃料被覆管の損傷を防止し、その健全性を維持するため、以下のとおり余裕のある設計がされていることが確認された。

まず、燃料棒の熱出力が冷却水の冷却能力を上回るようになると、燃料被覆管を通しての熱除去が十分に行われなくなり、沸騰遷移(燃料被覆管表面が蒸気で覆われる状態)が生じると、燃料被覆管が焼損するおそれがあるところ、本件原子炉一号炉では、通常運転中には最小限界出力比(MCPR)の値は1.23以上に維持し得るように運転されること等、燃料被覆管を焼損させるおそれのある最小限界出力比の許容限界値1.06を下回ることがないこと、本件原子炉二号炉においても許容限界値1.07を下回ることがないことが確認された。

次に、燃料棒の線出力密度(単位長さ当たりの出力)が上昇すると、燃料ペレットと燃料被覆管との相対的な熱膨張差によって、燃料ペレットと燃料被覆管との間の間隙が失われ、燃料被覆管が機械的に損傷してしまうおそれがあるところ、本件原子炉の通常運転時における線出力密度は、通常運転中には四四キロワット毎メートル以下に制限することによって、燃料被覆管が損傷を起こすおそれを生じる線出力密度七五キロワット毎メートル以下に抑えられることが確認された。

また、燃料ペレットから浸出した主としてガス状の核分裂生成物等による内圧や冷却水による外圧等により、燃料被覆管が機械的に損傷してしまうおそれがあるところ、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管は十分な強度をもって設計され、応力サイクルと疲労限界、燃料被覆管の水素化、フレッティング腐食、ペレットー被覆管相互作用等が考慮されていることが確認された。

そして、燃料被覆管は、冷却水中の不純物等により化学的腐食を起こして損傷してしまうおそれがあるところ、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管には、耐食性に優れた特殊合金(ジルカロイー二)が使用されることが確認された。

これらのことが確認された結果、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管は、熱的・機械的・化学的影響によってその健全性が損なわれることのない余裕のあるものと判断された。

ウ 圧力バウンダリの健全性

本件安全審査においては、圧力バウンダリの損傷を防止し、その健全性を維持するため、以下のとおり余裕のある設計がされていることが確認された。

まず、圧力容器内の圧力等が過大になると、圧力バウンダリが機械的に損傷してしまうおそれがあるところ、本件原子炉施設においては、圧力容器内の圧力を圧力制御装置によって自動的にほぼ一定に保つとともに、圧力バヴンダリは、右圧力に対して十分な余裕を有する強度をもって設計されること等が確認された。

次に、脆性遷移温度の高い材料を使用すると、低温で加圧されて脆性破壊を起こしてしまうおそれがあり、特に圧力容器については、それが核分裂反応による中性子照射を受け続けることにより脆性遷移温度が高くなった状態において右脆性破壊を起こしてしまうおそれがあるところ、本件原子炉施設においては、脆性破壊防止を十分考慮した延性の高い材料が使用されること、圧力容器等については、加圧時は材料の脆性遷移温度より摂氏三三度以上高い温度に保つようにされること、特に中性子照射が問題となる圧力容器については、その内壁に脆性遷移温度の変化を知るための監視試験片を取り付けることができるように設計されること等が確認された。

そして、圧力バウンダリは、冷却水中の不純物等により化学的腐食を起こして損傷してしまうおそれがあるところ、本件原子炉施設においては、必要に応じ耐食性に優れた材料であるステンレス鋼が使用されること、腐食の要因となる冷却水中に含まれる塩素の濃度、ペーハー値等を管理する等冷却水についての適切な水質管理を行い得るように設計されること等が確認された。

さらに、本件原子炉施設の圧力バウンダリを構成する機器及び配管は、運転開始後における検査による健全性の確認を行い得るように設計されることが確認された。

これらの結果、本件原子炉施設の圧力バウンダリは、事故等によってその健全性が損なわれることのない余裕のあるものと判断された。

エ 燃料被覆管等の健全性に影響を及ぼすおそれのある設備の信頼性の確保

本件安全審査においては、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備として、燃料棒を支持し位置決めするとともに燃料棒への冷却水の流路を形成する炉心シュラウド等からなる炉内構造物、燃料の核分裂反応によって発生する熱を除去するための原子炉冷却系統設備、原子炉の出力を制御する原子炉出力制御設備等について、以下のとおり、その信頼性が確認された。

まず、本件原子炉施設において用いられる右各設備は、いずれも燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼさないようにするため、性能・強度等に十分余裕を有するように設計されることが確認された。

また、本件原子炉施設においては、運転員による誤操作を可及的に防止するために、原子炉冷却系統設備、原子炉出力制御設備等については、右各設備の状態を正確に把握することができるように圧力・温度・流量等を測定する計測装置が設けられること、原子炉出力制御設備については、運転員が誤って制御棒を引き抜こうとしても原子炉内の中性子の数がある定められた値以上であった場合には引き抜けなくする等のインターロック装置が設けられることが確認された。

そして、本件原子炉施設においては、原子炉の運転が正常な状態からずれた場合にも、その運転を安全に継続するため、これを自動的に修正する自動制御装置が設けられること、例えば、平常運転中、タービン入口の蒸気加減弁を自動的に調整することにより圧力容器内の圧力を一定に維持する圧力制御装置、給水流量を自動的に調整することにより圧力容器内の水位をあらかじめ設定された値に自動的に維持する水位制御装置が設けられることが確認された。

以上の結果、本件原子炉施設における燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備は、いずれも、右の健全性を損なうような異常状態の発生を防止し得る信頼性が確保されるものと判断された。

3 異常状態拡大防止対策

本件安全審査においては、以上のとおり、本件原子力施設について異常状態発生防止対策が講じられるものと判断されたが、それにもかかわらず異常状態が発生した場合に備えて、以下のとおり、異常状態が拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態まで発展することを防止する対策が講じられるものとされているかどうかが検討され、その結果、右の対策が講じられるものと判断された。

ア 異常状態の早期かつ確実な検知

燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に軽微な異常状態が発生した場合には、所要の措置が採れるように、その異常状態の発生を早期にかつ確実に検知する必要がある。

本件安全審査においては、本件原子炉施設に、燃料被覆管の損傷を検知するため冷却水中の放射能レベルを測定監視する計測装置、圧力バウンダリを構成する機器等からの冷却水の漏洩を検知する漏洩監視装置、原子炉の出力や原子炉冷却系統設備等の圧力・温度・流量等を測定監視する計測装置等が設置されること、異常状態の発生を検知した場合には、原子炉の停止等所要の措置がとれるように、直ちに警報を発する警報装置が設けられること等が確認された。その結果、本件原子炉施設は、右の異常状態の発生を早期かつ確実に検知し得るものと判断された。

イ 安全保護設備の設置

燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に発生した異常状態が大きなものである場合等には、その異常状態に対し迅速な措置を講じなければならない。

本件安全審査においては、本件原子炉施設に、①原子炉冷却系等に何らかの異常が発生し、圧力容器内の圧力が異常に上昇したり圧力容器の水位が異常に低下したような場合に、全制御棒を自動的かつ瞬間的に挿入することにより燃料棒の熱出力の異常な上昇を抑え、原子炉をスクラムさせる原子炉緊急停止装置が設けられること、②スクラム後何らかの原因で給水系のポンプ等が停止し、圧力容器内への給水ができなくなって圧力容器内の水位が低下するような状態が発生した場合に、タービン駆動ポンプにより自動的に圧力容器へ給水することにより圧力容器内の水位を維持するとともに、残留熱除去系とあいまって原子炉停止後も残存する炉心の崩壊熱等を除去し燃料棒を冷却する原子炉隔離時冷却系設備等が設けられること、③圧力容器内の圧力が異常に上昇した場合に、自動的に圧力バウンダリ内の蒸気をサプレッションチェンバー内のプール水中に放出し圧力バウンダリ内を減圧することにより、過圧による圧力バウンダリの損傷を防止する主蒸気系の安全弁機能を有する逃がし安全弁が設けられること等が確認された。その結果、本件原子炉施設には、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が損なわれるおそれのある事態に発展し得る異常状態に対し、迅速に適切な措置を講ずるための設備(以下「安全保護設備」という。)が設置されるものと判断された。

ウ 安全保護設備の信頼性の確保

本件安全審査においては、右の安全保護設備は、以下のとおり、いずれも確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確保されるものと判断された。

すなわち、①本件原子炉施設に設置される安全保護設備は、いずれも十分な強度等を有するように設計されること、②安全保護設備のうち原子炉緊急停止装置については、右装置用の電源が何らかの原因で喪失した場合においても、自動的に制御棒が炉心内に挿入され、原子炉を停止させる能力を有するように設計されるとともに、右装置を作動させる回路は、多重性と独立性とを有するように設計されること、また、全制御棒のうちの最大反応度価値を有する制御棒一本が完全に引き抜かれている状態を仮定した場合においても、その他の制御棒を挿入することによって、原子炉を停止する能力を有するように設計されること、更に、制御棒挿入が挿入不能となった場合においても、原子炉を冷温停止する能力をもつほう酸水注入系が設けられること、③原子炉隔離時冷却系設備等については、外部電源を用いず、炉心の崩壊熱により圧力容器内で発生する蒸気の一部を用いて、タービン駆動のポンプを作動させること等により冷却水を補給して、原子炉停止後の崩壊熱等の除去及び圧力容器内の水位の維持を行う能力を有するように設計されること、④格納容器内の主蒸気系の安全弁については、構造が簡単で、その開閉動作について電源等を一切必要としないバネ式のものが使用されること、⑤安全保護設備は、その信頼性を常に保持するため、運転開始後もその性能が引き続き確保されていることを確認するための試験を行えるように設計されること等が確認された。

エ 異常状態における安全保護設備等の解析評価

本件原子炉施設の安全保護設備は、以上のとおり、いずれも信頼性が確保されるものと判断されたが、本件安全審査においては、さらに、以下のとおり、運転時の異常な過渡変化の発生を想定した場合の解析評価が行われ、安全保護設備等の設計の総合的な妥当性が審査された。すなわち、右の異常な過渡変化として、原子炉の運転状態において原子炉施設寿命期間中に予想される機器の単一故障又は誤動作若しくは運転員の単一誤操作などによって、原子炉の通常運転を超えるような外乱が原子炉施設に加えられた状態、及びこれらと類似の頻度で発生し、原子炉施設の運転が計画されていない状態に至る事象、具体的には、本件一号炉についての昭和四五年一一月一六日付答申に係る安全審査では、①再循環ポンプの故障、②再循環流量制御系の誤動作、③再循環冷水ループの誤起動、④給水制御系の故障、⑤給水加熱喪失、⑥全給水流量の喪失、⑦発電機負荷遮断(タービン加減弁急速閉鎖)、⑧タービン・トリップ(主蒸気止め弁閉鎖)、⑨主蒸気隔離弁の閉鎖、⑩圧力制御装置の故障、⑪逃がし安全弁の開放、⑫起動時における制御棒引抜き、⑬出力運転中の制御棒引抜き、⑭補助電源の喪失を、本件一号炉についての昭和五八年二月一七日付答申に係る安全審査では①起動時における制御棒引抜き、②出力運転中の制御棒引抜き、③外部電源喪失、④給水過熱喪失、⑤再循環停止ループ誤起動、⑥再循環流量制御系の誤動作、⑦再循環ポンプの故障、⑧負荷の喪失(発電機負荷遮断及びタービン・トリップ)、⑨主蒸気隔離弁閉鎖、⑩給水制御系の故障、⑪圧力制御装置の故障、⑫全給水流量の喪失を、本件一号炉及び本件二号炉についての平成三年六月二〇日付答申に係る安全審査では、①原子炉起動時における制御棒の異常な引抜き、②出力運転中の制御棒の異常な引抜き、③原子炉冷却材流量の部分喪失、④原子炉冷却材系の停止ループの誤起動、⑤外部電源喪失、⑥給水過熱喪失、⑦原子炉冷却材流量制御系の誤動作、⑧負荷の喪失(発電機負荷遮断及びタービン・トリップ)、⑨主蒸気隔離弁の閉鎖、⑩給水制御系の故障、⑪原子炉圧力制御系の故障、⑫給水流量の全喪失をそれぞれ想定し、これらの事象について解析評価が行われた。なお、タービン・トリップ(タービン発電機系の異常等により、タービンの入口に設けられている主蒸気止め弁が急速に閉鎖されることによりタービンが停止し、圧力容器内の圧力が上昇し、その結果、燃料の核分裂反応の割合が増大し、燃料棒が加熱して損傷に至るおそれがあり、かつ、圧力容器内の圧力の上昇により圧力バウンダリが損傷に至るおそれのある事象)の解析評価に当たっては、いずれの場合も、タービン・トリップ時には、バイパス配管に設けられたバイパス弁が自動的に開き、圧力容器内の圧力の上昇を抑制することとなっているが、右のバイパス弁は全て作動しないことを仮定する等の厳しい条件が設定された。

オ 一号炉では、現在燃料として、新型八×八燃料を使用しているところ(この事実は、<書証番号略>により認められる。)、右の解析評価のうち、新型八×八燃料の使用を条件とした昭和五八年二月一七日付答申に係る安全審査における解析評価について更に具体的にみると、以下のとおりである。

① MCPRについては、本件一号炉ではサイクル早期炉心用スクラム曲線が適用される期間においては1.23以上に、サイクル末期炉心用スクラム曲線が適用される期間においては1.30以上にそれぞれ維持して運転することになっているので、サイクル早期炉心において最も厳しい過渡変化である「給水加熱喪失」及びサイクル末期炉心で最も厳しい過渡変化である「負荷の喪失」時でも、許容限界値(1.06)を下回ることはないことが確認された。

② 燃料保有エンタルピについては、「起動時における制御棒引抜き」においても本件一号炉では約三一カロリー毎グラム二酸化ウランであり、許容限界値を下回っていることが確認された。

③ 圧力バウンダリの健全性については、原子炉圧力の上昇の大きい「負荷の喪失」の場合でも、原子炉圧力は、サイクル早期炉心において約82.0キログラム毎平方センチメートルG、サイクル末期炉心において約84.4キログラム毎平方センチメートルGであり、圧力バウンダリの最高使用圧力の1.1倍以下であることが確認された。

カ 一号炉では今後の取替燃料として、二号炉では運転開始時から初装荷及び取替燃料として高燃焼度八×八燃料を使用する予定であるところ(この事実は、<書証番号略>により認められる。)、高燃焼度八×八燃料の使用を条件とした平成三年六月二〇日付答申に係る安全審査における解析評価について更に具体的にみると、以下のとおりである。

① MCPRについては、本件一号炉ではサイクル早期炉心用スクラム曲線が適用される期間においては1.26以上に、サイクル末期炉心用スクラム曲線が適用される期間においては1.36以上にそれぞれ維持して運転することとしているので、サイクル早期炉心において最も厳しくなる過渡変化である「給水加熱喪失」及びサイクル末期炉心において最も厳しくなる過渡変化である「負荷の喪失(タービン・トリップ、タービン・バイパス弁不作動)」においても、許容限界値(1.06)を下回ることはないこと、また、本件二号炉ではサイクル早期炉心用スクラム曲線が適用される期間及びサイクル末期炉心用スクラム曲線が適用される期間において、ともに1.23以上に維持して運転することとしているので、両期間において最も厳しくなる過渡変化である「給水加熱喪失」においても、許容限界値(1.07)を下回ることはないことが確認された。

② 燃料の線出力密度は、本件一号炉及び本件二号炉ともこれが最も厳しくなる「出力運転中の制御棒の異常な引抜き」において、約五三キロワット毎メートル(表面熱流束は、定格の約一二一パーセント相当)程度であり、燃料被覆管の一パーセント塑性歪に対応する線出力密度(表面熱流束は、定格の一七〇パーセント相当)以下であることが確認された。

③ 燃料の最高エンタルピは、「原子炉起動時における制御棒の異常な引抜き」において本件一号炉で約三二カロリー毎グラム二酸化ウラン、本件二号炉では約二三カロリー毎グラム二酸化ウランであり、ともに許容限界値を超えないことが確認された。

④ 圧力バウンダリにかかる圧力は、本件一号炉においてはこれが最も厳しくなる「負荷の喪失(タービン・トリップ、タービン・バイパス弁不作動)」において約86.4キログラム毎平方センチメートルG(サイクル末期炉心)であり、最高使用圧力の1.1倍(92.8キログラム毎平方センチメートルG)を超えないこと、また、本件二号炉においては、これが最も厳しくなる「負荷の喪失(発電機負荷遮断、タービン・バイパス弁不作動)」において約83.9キログラム毎平方センチメートルGであり、最高使用圧力の1.1倍(96.7キログラム毎平方センチメートルG)を超えないことが確認された。

以上の検討の結果、本件原子炉施設は、異常な過渡変化が発生した場合においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保することができるものとなっていることが確認され、本件原子炉施設の安全保護設備等の設計は、総合的にみて妥当なものであると判断された。

4 放射性物質異常放出防止対策

本件安全審査においては、以上のとおり、本件原子炉施設について異常状態発生防止対策及び異常状態拡大防止対策が講じられるものと判断されたが、それにもかかわらず放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合に備えて、以下のとおり、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止する対策が講じられているかどうかが検討され、その結果、右の対策が講じられるものと判断された。

ア 工学的安全施設の設置

本件安全審査においては、以下のとおり、圧力バウンダリを構成するいかなる配管の破断等の異常状態を想定しても、放射性物質を環境に異常に放出することを防止し得る工学的安全施設が設置されるものと判断された。

すなわち、本件原子炉施設には、①LOCA時に燃料被覆管の重大な損傷を防止するに十分な量の冷却水を炉心に注入するため、本件一号炉では高圧注水系、炉心スプレイ系、低圧注水系及び自動逃がし弁系によって、本件二号炉では高圧炉心スプレイ系、低圧炉心スプレイ系、低圧注水系及び自動減圧系によってそれぞれ構成されるECCS、②圧力バウンダリから放出される放射性物質を閉じ込めるため高い気密性(設計漏洩率は一日当たり0.5パーセント以下)を有する格納容器、③圧力バウンダリから高温の蒸気等が放出された場合に格納容器の健全性を確保するため、格納容器内を冷却・減圧し、更に、右蒸気中に浮遊している放射性物質を洗い落とす格納容器冷却系設備、④LOCA時に格納容器内に存在する水素又は酸素の濃度を抑制し、可燃限界に達しないようにする可燃性ガス濃度制御系(本件一号炉では昭和五三年一〇月三日付許可により設計変更)、⑤格納容器から原子炉建屋内に漏洩した放射性物質を捕捉する放射性物質除去フィルター(設計上のヨウ素除去効率九九パーセント以上)等からなる非常用ガス処理系等が設けられることが確認された。その結果、本件原子炉施設には、放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生に備え、所要の工学的安全施設が設置されるものと判断された。

イ 工学的安全施設の信頼性の確保

本件安全審査においては、右の工学的安全施設は、以下のとおり、いずれも確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確保されるものと判断された。

すなわち、①本件原子炉施設に設置される工学的安全施設は、いずれも十分な強度等を有するとともに、定期的な試験・検査を実施することができるように設計されること、②ECCSは、その機能を確実に発揮し得るように、圧力バウンダリを構成するいかなる口径の配管の破断の際にも、互いに独立した二系統以上が作動するとともに、これらの系統は、外部電源喪失に備えて、それぞれディーゼル発電機等の非常用電源を設け、これにより作動させ得るように設計されること、③格納容器は、脆性破壊を防止するため、最低使用温度を脆性遷移温度より摂氏一七度以上高くできるように設計されること、及びLOCA時等に閉鎖を要求される配管の格納容器貫通部には、隔離弁が設けられること、④格納容器冷却系設備及び非常用ガス処理系設備は、いずれも独立した二系統が設けられ、かつ、外部電源喪失に備えていずれもディーゼル発電機等の非常用電源を設け、これにより作動させ得るように設計されること等が確認された。

ウ 工学的安全施設の解析評価

本件原子炉施設の工学的安全施設は、以上のとおり、いずれも信頼性が確保されるものと判断されたが、本件安全審査においては、更に、以下のとおり、あえて放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事故の発生を想定した場合の解析評価(事故解析)が行われ、工学的安全施設等の設計の総合的な妥当性が審査された。すなわち、右の事故として、前記運転時の異常な過渡変化を超える異常状態であって、発生頻度は小さいが、発生した場合は原子炉施設からの放射能の放出の可能性があり、原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必要のある事象、具体的には、本件一号炉についての昭和四五年一一月一六日付答申に係る安全審査では、①制御棒落下事故、②制御棒逸失事故、③燃料取扱事故、④LOCA、⑤主蒸気管破断事故を、本件一号炉についての昭和五八年二月一七日付答申に係る安全審査では①冷却材再循環ポンプ軸固着事故、②LOCA、③放射性気体廃棄物処理施設の破損事故、④主蒸気管破断事故、⑤燃料取扱事故、⑥制御棒落下事故を、本件一号炉及び本件二号炉についての平成三年六月二〇日付答申に係る安全審査では、①LOCA、②原子炉冷却材流量の喪失、③原子炉冷却材ポンプの軸固着、④制御棒落下、⑤放射性気体廃棄物処理施設の破損、⑥主蒸気管破断、⑦燃料集合体の落下をそれぞれ想定し、これらの事象について、単一故障(工学的安全設備のうち最もその評価結果が厳しくなるような機器の一つが単一の事象に起因して故障し(ただし、単一の事象に起因して必然的に起こる多重故障を含む。)、その機器の有する安全上の機能が発揮されないこと)を仮定した上で、評価結果が厳しくなるような前提条件を設定して、解析がされた。その結果、本件原子炉施設は、右のような事故が発生した場合でも、放射性物質の環境への異常放出を防止することができるものとなってやることが確認され、本件原子炉施設の工学的安全施設等の設計は、総合的にみて妥当なものであると判断された。

右の想定された事態のうち、格納容器内に放射性物質が放出される場合の代表例であるLOCA、格納容器外に直接放射性物質が放出される場合の代表例である主蒸気管破断事故及びその他の場合の代表例である制御棒落下事故について、事故の内容及び解析の前提条件を具体的にみると、以下のとおりであった。

a LOCA

圧力バウンダリを構成する配管の損傷により炉心内の冷却材が失われると、燃料被覆管の過熱及び水―ジルコニウム反応による酸化により燃料被覆管に大きな損傷を生じるおそれがあり、また、その配管の損傷箇所から格納容器内への冷却材の流出及び右の反応により発生する水素ガス等によって格納容器内の圧力が上昇し、格納容器の損傷に至るおそれがある。

右LOCAの解析評価に当たっては、大破断事故としては、圧力容器に接続されている配管のうち冷却材の喪失量が最大となり炉心の冷却にとり最も厳しい冷却材再循環ポンプ吸込側配管が瞬時に完全破断すること、中小破断事故としては、中小配管のうち燃料被覆管最高温度が最も高くなる破断面積の圧力バウンダリの配管が瞬時に完全破断すること、平常運転時には定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していること、事故発生と同時に外部電源が失われること及び単一故障として、右のような事故時に作動して放射性物質の異常放出を防止する工学的安全施設であるECCSのうち、その不作動が最も苛酷な結果を招来するものとして、大破断事故については低圧注水系の注入弁の故障が、中小破断事故については高圧注水系の故障が起こることをそれぞれ仮定する等の厳しい条件が設定された。

b 主蒸気管破断事故

主蒸気管が破断し、破断箇所から冷却材の流出が起こると、燃料被覆管が過熱して損傷に至るおそれがある。

右の主蒸気管破断事故の解析評価にあたっては、四本の主蒸気管のうちの一本が格納容器の外部で瞬時に完全破断すること、平常運転時には定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していること、事故の発生と同時に外部電源が失われ、冷却材再循環系ポンプが即時停止して、炉心流量の急減により燃料被覆管からの除熱が低下すること、及び単一故障として、主蒸気管流量大による主蒸気隔離弁閉鎖の信号回路のうち一回路が作動しないことをそれぞれ仮定する等の厳しい条件が設定された。

c 制御棒落下事故

原子炉が臨界又は臨界近傍にあるときに、何らかの原因で制御棒が落下すると、反応度が急激に加えられ、燃料被覆管が過熱して、大きく損傷するおそれがある。

右の制御棒落下事故の解析評価にあたっては、原子炉の初期状態については、サイクル初期及びサイクル末期、低温時臨界状態及び高温待機時臨界状態のいずれも考慮すること、制御棒価値ミニマイザの設計基準である0.015△Kの制御棒価値を持つ制御棒一本が、制御棒の落下速度は落下速度リミッタによって制限される落下速度の最大値(0.95メートル毎秒)で落下すること、原子炉のスクラムは、最大反応度価値を有する制御棒一本が全引抜き位置に固着して挿入されないこと、原子炉緊急停止装置は定格出力の一二〇パーセントに相当する高中性子束信号によって、初めて、原子炉が緊急停止するものとし、その作動遅れは0.09秒とすること、核燃料の核分裂反応の割合が増大すると、ドップラー効果、冷却材温度効果及びボイド効果によって、かえって核分裂反応が抑制されるのであるが、右抑制効果のうちドップラー効果のみが働くこと、及び中性子束高スクラムに単一故障が生ずることをそれぞれ仮定する等の厳しい条件が設定された。

エ 一号炉では、現在燃料として、新型八×八燃料を使用していることは前に認定したとおりであるところ、右の解析評価のうち、新型八×八燃料の使用を条件とした昭和五八年二月一七日付答申に係る安全審査における解析評価について更に具体的にみると、以下のとおりである。

① 解析に使用されるモデル及びパラメーターの選定、単一故障の仮定及び解析に使用する計算コードは、いずれも「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」(昭和五三年九月二九日原子力委員会決定)及び「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針について」(昭和五六年七月二〇日原子力安全委員会決定)に従っており、妥当であることが確認された。

② 想定したいずれの事故においても、炉心は大きな損傷に至ることなく、かつ、十分な冷却が可能であることが確認された。

③ 想定したいずれの事故においても、圧力バウンダリにかかる圧力は、最高使用圧力の1.2倍以下であることが確認された。

④ 想定したいずれの事故においても、格納容器にかかる圧力は設計圧力の1/0.9倍以下であることが確認された。

⑤ 事故時における敷地境界外における最大被曝線量は、ガンマ線全身被曝線量については、「放射性気体廃棄物処理施設の破損事故」の場合で、その値は約0.011レムであり、小児甲状腺被曝線量については、「主蒸気管破断」の場合で、その値は約1.4レムであり、ともに周辺公衆に対し著しい放射線被曝のリスクを与えるものではないことが確認された。

⑥ ECCSの性能評価について、解析の結果、燃料被覆管の最高温度の最大値は約九七三度、燃料被覆管の酸化度の最大値は約0.53パーセントであることが確認された。

オ 一号炉では、今後の取替燃料として、二号炉では運転開始時から初装荷及び取替燃料として高燃焼度八×八燃料を使用することは前に認定したとおりであるところ、高燃焼度八×八燃料の使用を条件とした平成三年六月二〇日付答申に係る安全審査における解析評価について更に具体的にみると、以下のとおりである。

① 解析に使用されるモデル及びパラメーターの選定、単一故障の仮定及び解析に使用する計算コードは、いずれも「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」(平成二年八月三〇日原子力安全委員会決定)及び「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針について」に従っており、妥当であることが確認された。

② 想定したいずれの事故時においても炉心は著しく損傷に至ることなく、かつ、十分な冷却が可能であることが確認された。

③ 燃料エンタルピの最大値は、「制御棒落下」において、本件一号炉で約二〇五カロリー毎グラム二酸化ウラン、本件二号炉で約二〇八カロリー毎グラム二酸化ウランであり、ともに制限値(二三〇カロリー毎グラム二酸化ウラン)を超えないことが確認された。

④ 圧力バウンダリにかかる圧力は、これが最も厳しくなる「制御棒落下」において、本件一号炉で約八四キログラム毎平方センチメートルG、本件二号炉では約八八キログラム毎平方センチメートルGであり、最高使用圧力の1.2倍(本件一号炉においては101.3キログラム毎平方センチメートルG、本件二号炉においては105.5キログラム毎平方センチメートルG)以下であることが確認された。

⑤ 格納容器にかかる圧力は、「LOCA」において本件一号炉で約2.9キログラム毎平方センチメートルG、本件二号炉では約3.3平方センチメートルGであり、最高使用圧力(本件一号炉及び本件二号炉とも4.35キログラム毎平方センチメートルG)以下であることが確認された。

⑥ 事故時における敷地境界外における実効線量当量は、本件一号炉では「主蒸気管破断」において最大となり、その値は約0.13ミリシーベルト、本件二号炉では「燃料集合体の落下」において最大となり、その値は約0.035ミリシーベルトであり、ともに周辺公衆に対し著しい放射線被曝のリスクを与えるものではないことが確認された。

⑦ これにより、想定したいずれの事故時においても、放射性物質の環境への異常放出を防止することができるものとなっていると判断された。

5 結論

以上認定の1ないし4の具体的審査内容によれば、本件安全審査における本件原子炉施設の事故防止対策にかかる安全性の判断は合理的根拠に基づいて行われたものであると認めることができ、右事実及び前記認定の原子力安全委員会の組織・性格を考え合わせれば、この点に関し、原告らの更なる主張・立証がない限り、本件原子炉施設は、事故防止対策に係る安全性を確保し得ることにつき推認されたものということができる。

二原子炉施設の工学的欠陥についての原告らの主張に対する判断

1 燃料棒の欠陥

ア 平常運転時の燃料棒

a 原告らは、燃料ペレットについて、燃焼の進行に応じて、ひび割れ、焼き締まり、スウェリング(膨張現象)等により燃料ペレットは変型し、その結果、燃料被覆管とペレットとの間のギャップ熱伝導やペレットの熱伝導率の低下が生じ、ペレット温度の上昇、蓄積熱による中心溶融をもたらし、燃料被覆管の破損につながると主張する。

しかしながら、<書証番号略>によれば、PWRにおいて、ペレットの焼き締まりが起こることにより、燃料被覆管とペレットとの間のギャップが大きくなり、熱伝達が悪くなる結果、ペレットの温度が上がり、燃料の蓄積エネルギーが増すことが問題となったことがあること、そこで、ペレットの密度を上げる等の対策を採ったところ、焼き締まりの発生はなくなったこと、これに対し、BWRにおいては、もともと焼き締まりを生じにくいペレットが用いられており、ペレットの温度上昇や蓄積エネルギーの増加が話題になったことはあるものの、主として解析の見直しや評価のやり直しによって解決したこと、本件原子炉においては、燃料ペレットと燃料被覆管の内面との間のギャップ(間隙)に充填するヘリウムの圧力を高めることによりペレットと燃料被覆管との間のギャップ熱伝導を高め、ペレット温度を低下させることとされていることが認められる。

右認定の事実に照らせば、BWRである本件原子炉において、平常運転時に、ペレット温度の上昇、蓄積熱による燃料被覆管の破損のおそれがあるとはいえない。

b 原告らは、燃料被覆管について、内圧及び外圧による応力、フレッティング腐食、燃料被覆管の曲がり、クリープ、燃料ペレットとの相互作用、腐食性の核分裂生成物による応力腐食割れ、水素化物破損等により燃料被覆管が損傷するおそれがあり、また、燃料被覆管の曲がりにより、燃料棒間隔が狭まると、冷却材流量が減少し、温度が上昇し、水―ジルコニウム反応による酸化を進行させるおそれがあると主張する。

そこで、検討するに、まず、内圧及び外圧による応力についてみると、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉の燃料棒においては、ガス状の核分裂生成物等の蓄積によって内圧が過大とならないようその上部に十分なプレナム(空間)を設けること、及び内圧及び外圧に十分耐える強度を有する燃料被覆管を採用することにより内圧及び外圧に対応するものとしていることが認められる。

燃料被覆管の曲がりについてみると、<書証番号略>によれば、燃料被覆管の曲がりは、燃料棒の熱膨張による軸方向への伸びが抑制されたとき、又は燃料被覆管の肉厚の不均一により燃料被覆管の円周方向における温度差が大きいときに生じる熱応力等に起因して発生する可能性があるとされていること、これに対し、本件原子炉の燃料棒においては、燃料棒の上部端栓は上部タイ・プレートの孔の中を上下に自由に動き得るとともに、上部タイ・プレートは、これらの上部端栓にはめてあるエクスパンション・スプリングによって支えられる構造となっており、これによって燃料棒はすべて独立して軸方向に自由に膨張ができるようになっていること、及び燃料棒の製造工程において燃料被覆管の肉厚が均一に製造されていることを確認することにより、熱応力に起因する燃料被覆管の曲がりの発生を抑制するものとしていることが認められる。

フレッティング腐食(金属材料の表面が他の金属等と接し、かつ摺動が繰り返されるときに生じる腐食)についてみると、<書証番号略>によれば、フレッティング腐食は、冷却水の流れによる燃料棒の振動や摺動に起因して発生する可能性があるとされていること、これに対し、本件原子炉の燃料棒においては、燃料棒の軸方向に七段にわたってスペーサーを配置し、かつ、右スペーサーと燃料棒との接触をスペーサーのスプリングにより適切に保つことにより、燃料棒の間隔を一定に保つとともに、燃料棒の振動を抑え、フレッティング腐食の発生を抑制するものとしていることが認められる。

クリープ(一定の応力のもとで時間の経過とともに材料の変形が増加する現象)についてみると、<書証番号略>によれば、クリープは、一般に応力と温度が高いほど著しいとされていること、これに対し、本件原子炉の燃料棒においては、燃料被覆管の肉厚対半径比を大きくすることにより、内圧及び外圧等によって発生する応力を低く押さえ、クリープの発生を抑制するものとしていることが認められる。

PCI(燃料ペレットと燃料被覆管との相互作用燃料)についてみると、<書証番号略>によれば、PCIによる応力腐食割れは、燃料ペレットがその内部の温度分布による熱膨張差によって鼓状に変形し、この変形した燃料ペレットが燃料被覆管を内部から押し広げる結果、燃料被覆管の局部に応力が生じ、その応力に加えて燃料ペレットから放出されたヨウ素等による腐食環境が重畳して、燃料被覆管にピンホールやひび割れが生じるに至るものとされていること、これに対し、本件原子炉の燃料棒においては、ペレットの長さの短い短尺ペレットを使用するとともに、その両端を面取り(チャンファ)して燃料ペレットの形状を工夫していることにより、燃料被覆管に局部的な応力が生じないようにするとともに、燃料被覆管に延性の大きい再結晶焼なまし材を使用すること、燃料ペレットと燃料被覆管の内面との間のギャップに充填するヘリウムの圧力を高めることによりペレット温度を低下させること等により、PCIによる応力腐食割れの発生を抑制するものとしていることが認められる。また、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、燃料棒の線出力密度(単位長さ当たりの出力)が上昇すると燃料ペレットの膨張によって燃料ペレットと燃料被覆管の内面との間のギャップが失われ、さらに線出力密度が上昇すると燃料被覆管が押し広げられ、燃料被覆管に歪みが発生し、損傷の可能性が生じるとされていること、これに対し、本件原子炉においては、八行八列配列の燃料集合体が採用されており、従来の七行七列配列の燃料集合体に比べ、燃料棒の線出力密度が大幅に低減するものとされ、本件原子炉における燃料棒の損傷限界線出力密度(燃料被覆管が損傷する可能性のある線出力密度)が約八〇キロワット毎メートルであるのに対し、通常運転時の線出力密度の最大値は四四キロワット毎メートル以下に維持できるとされていること、この措置によってもPCIによる応力腐食割れの発生を抑制するものとしていることが認められる。

化学的腐食についてみると、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉の燃料棒においては、燃料被覆管の材料として耐食性に優れたジルコニウム合金(ジルカロイ―二)を使用するとともに、復水濾過器及び復水脱塩器からなる復水脱塩装置等によって冷却水中の不純物等を除去し、冷却水の水質を化学的に高純度の状態に管理することにより、化学的腐食の発生を抑制するものとしていることが認められる。

水素化物破損についてみると、<書証番号略>によれば、水素化物破損は、昭和四五年頃に多くのBWRで経験されたもので、燃料棒の製造工程中に湿分が混入し、炉での使用中に高温照射下の条件で水素がジルカロイ管の内部へ侵入し、水素化ジルコニウムという脆い化合物が生成することにより生じるとされていること、昭和四五年から燃料の製作工程中に燃料棒の乾燥工程を取り入れることにより、現在はこの間題は解決されたとみなされていること、本件原子炉においても、燃料棒の製造工程で燃料棒内の水分を十分低く抑えるように管理するとともに、場合によって湿分を効果的に吸着除去する水素ゲッタをプレナムに封入することにより、燃料被覆管の水素化による損傷の発生を抑制するものとしていることが認められる。

そして、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉においては、右に認定した各対策が採られることにより、これまでのところ、燃料棒にピンホールは生じていないこと、また、最近の先行原子力発電所においても、本件原子炉と同様の対策が採られることにより、燃料棒の破損率は著しく減少していることが認められる。右の各事実に照らせば、本件原子炉において、平常運転時に、燃料被覆管の損傷のおそれがあるということはできない。

イ LOCA時の燃料棒

原告らは、燃料被覆管は通常運転により脆化が進んでいるところ、LOCA時には、温度の上昇、内圧の高まりにより燃料被覆管はふくれ、その結果、被覆管相互の接触による冷却材流路の閉鎖、燃料被覆管の破裂による内面酸化が生じ、これにより燃料被覆管の温度は一層上昇し、燃料被覆管の溶融に至るおそれがあると主張する。

しかしながら、本件安全審査におけるECCSの性能の評価においては、圧力容器に接続されている配管のうち、破断した場合に冷却水の喪失量が最大となる冷却水再循環系配管一本が瞬時に完全破断すること、平常運転時には定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していること、事故発生と同時に外部電源が喪失し、かつ、事故時に作動が要求される機器のうち、その故障が最も厳しい条件となる低圧注水系の注水弁の故障が起こることをそれぞれ仮定する等の厳しい条件が設定され、右の条件下におけるLOCA時においても、燃料被覆管の最高温度は摂氏約一〇〇〇度に止まり、この値は燃料被覆管の過熱による機械的強度の低下の観点からの制限値である摂氏一二〇〇度を下回り、また、燃料被覆管における水―ジルコニウム反応の割合は燃料被覆管の厚さに対し最大約0.7パーセントで右反応による燃料被覆管の酸化量は極めて小さいことから、燃料被覆管の延性が失われることはなく、燃料棒は冷却可能な形状が維持され、長期にわたる冷却が確保されることが確認されていることは前に判示したとおりであり、右事実によれば、本件原子炉においてLOCA時に燃料被覆管の溶融のおそれがあるとはいえない。

2 圧力容器の欠陥

ア 設計上の脆弱性

原告らは、本件原子炉の圧力容器は、ASMEⅢ(アメリカ機械学会「ボイラー及び圧力容器規格」セクションⅢ)に基づき設計されたものであるが、ASMEⅢは極限解析の導入により安全係数の低減を行っており、その結果、これに基づき設計された圧力容器は、従来の化学プラントよりもより華奢な構造になってしまっていると主張し、<書証番号略>及び証人田中三彦の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>によれば、右ASMEⅢを含むASMEの「ボイラー及び圧力容器規格」は、人命と財産の保護という安全性の観点からボイラー及び圧力容器の製造に伴う材料・設計・製作・検査に関して守るべき規則を定めるとともに、供用中の管理及び検査に関する勧告を示すものであり、アメリカ及びカナダの州の多くがこれに従って製造することを法定しているために、法的な性格を帯びていること、ASMEの右規格は、材料・設計・製作・検査における技術の開発に応じて不断の見直しが行われていること、ASMEⅢは昭和三八年に刊行されたが、この背景には、原子力発電プラントの中で最も重要な機器である圧力容器を、当時のセクションⅧによって設計するとすれば、ノズルのような応力集中部の健全性の保証は不十分であったので、応力解析の詳細化とそれに対応する細分化された許容応力体系が要求されるようになったことと、圧力容器の疲労破壊を防止する観点から繰り返し作用する熱応力の対策の重要性が認識されるようになり、大きな安全率を採った耐圧設計が要求する厚肉は必ずしも圧力容器の健全性を保証するものではないことが指摘されるようになったことがあったこと、ASMEⅢの新しい設計思想は、解析による設計(起こり得るあらゆる破壊様式を想定し、ひとつひとつの破壊様式に対応する設計基準を用意し解析によって構造物の健全性を詳細に評価することができるようにする設計)ということであり、この設計思想によってASMEⅢは膜部の許容応力に関する安全率を従来のセクションⅧの四から三に切り下げることができるようになったことが認められ、また、証人田中三彦も、安全係数を高くとって肉厚となった圧力容器は、内部流体温度の変化に追従しにくく、そのため熱応力という観点から不利であるところ、ASMEⅢに基づき安全係数を三として設計された圧力容器は、機械的荷重の観点からは安全係数を四とするものに比較して不利であるものの、熱応力の観点からは有利であって、いずれが安全かは一概には判断できない旨証言しているところであり、右事実及び証言に照らせば、本件原子炉の圧力容器が、安全係数を三とするASMEⅢに基づき設計されたことをもって、設計上脆化したということはできない。

イ 圧力容器の脆性破壊の危険性

a 原告らは、圧力容器の脆性破壊は、①何らかの欠陥が存在する、②欠陥を拡大させようとする力がかかっている、③構造物や機器の使用温度が脆性遷移温度+六〇度F以下である、④鋼材が一定の厚みを有するという条件の下で発生するが、圧力容器は②④の要件を満たしており、①についても製造時の欠陥が検査で見逃されたり、原子炉の運転中に金属疲労や腐食によりひび割れが発生する危険があるところ、圧力容器の鋼材の脆性遷移温度の中性子照射による上昇により、③の条件も満たす可能性があるため、圧力容器が脆性破壊するおそれがあると主張し、<書証番号略>及び証人田中三彦の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、圧力容器については、製造過程において、放射線透過検査、超音波探傷検査等が行われ、運転開始後も、定期検査時に超音波探傷、外観検査、漏洩検査等の各種の検査が行われていることは、後記bにおいて判示するとおりであり、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉の圧力容器の材料には、脆性破壊防止を考慮し、鉄、マンガン、モリブデン、ニッケルを添加した延性の高い低合金鋼が使用されているとともに、冷却水中の不純物等による化学的腐食を考慮し、圧力容器内面のうち冷却水と接する範囲の内張りの材料及び冷却材再循環系の配管等の材料には、耐食性の優れたステンレス鋼が使用されていること、腐食の要因となる冷却水中の塩素等の不純物については、復水脱塩装置等で除去するとともに、溶存酸素については復水器で脱気する等の水質管理が行われていることが認められ、右事実によれば、製造時の欠陥が検査で見逃されたり、原子炉の運転中に金属疲労や腐食によりひび割れが発生するおそれについて、全くこれを否定することはできないものの、そのおそれは十分に小さいものに止まると認めることができる。

また、<書証番号略>によれば、アメリカのペリーニによって提唱された破壊解析線図によると、使用条件の厳しい構造物の場合、脆性破壊防止のためには、使用温度を脆性遷移温度+六〇度F(三三度C)以上に保つことが必要とされていることが認められるところ、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉の圧力容器の材料には、脆性遷移温度の上昇程度を小さくするために焼入れ・焼戻しの熱処理を施してあること、圧力容器内には圧力容器と同一の材料から採取した監視試験片を設置されており、この監視試験片を検査することにより供用期間を通じての圧力容器材料の脆性遷移温度の変化を把握することができるとともに、圧力容器の温度についても、原子炉を加圧する場合にはその脆性遷移温度より摂氏三三度以上高く保つよう運転が行われること、本件原子炉に設置された監視試験片の結果では、運転開始約一年後の加速照射試験片(圧力容器内壁から燃料棒側に寄った位置に設置することにより照射脆化を加速し、比較的短い期間の照射で長期間の運転に相当する脆性遷移温度の上昇を評価できるようにした監視試験片)の脆性遷移温度は摂氏一一度分上昇し摂氏マイナス九度であったが、これは全出力で二〇年間連続運転(定期検査を考慮し設備利用率を七〇パーセントと仮定すると二八年間の運転)した後の圧力容器の脆性遷移温度の上昇を示すものと評価できること、通常運転時の圧力容器の温度は摂氏二八六度であるので、原子炉の寿命期間四〇年を通じて十分余裕があると判断されることが認められる。

そして、右の各事実に照らせば、本件原子炉において、圧力容器の材料の脆性遷移温度の中性子照射による上昇により圧力容器が脆性破壊する危険性があるということはできない。

b 原告らは、圧力容器の亀裂の発見は、定期検査時に、容器内に水をはって遠隔操作による水中テレビカメラによる外観検査及び遠隔操作による超音波探傷によって行われることとされているところ、検査には圧力容器に内圧がかかっていないため、亀裂は閉じており、その発見や大きさの決定は困難であると主張する。

しかしながら、<書証番号略>、証人高木秀夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、圧力容器については、製造過程において、放射線透過検査、超音波探傷検査等が行われ、運転開始後も、定期検査時に超音波探傷、外観検査、漏洩検査等の各種の検査が行われていること、超音波探傷検査とは、鋼材表面に置いた探傷子から超音波を発射し、鋼材内部からの反射波を見て、その乱れによって鋼材内部に生じた傷等の異常の有無を確認するものであり、これにより、圧力容器、再循環系配管等の溶接部について、表面に現れていない鋼材内部の欠陥等を検知しようとするものであるところ、右検査は、圧力容器の板厚の二パーセント程度の大きさのひび等を十分検出する精度を有しているとされていること、外観検査には、肉眼検査と液体浸透探傷検査があり、液体浸透探傷検査とは、測定物の表面に浸透液を塗布して傷の部分に十分浸透液を浸み込ませた後、余分な浸透液を除去し、更に、これに現像液を散布し、傷の部分に入った浸透液が見えるようにして、これを目視観察して表面の傷を検出するものであり、これにより、冷却材再循環系の配管等の溶接部の異常の有無を確認しようとするものであること、漏洩検査は、圧力容器をはじめとする圧力バウンダリ内に冷却水を満たし、通常運転時の圧力に加圧し冷却水の漏洩の有無を確認するものであることが認められ、右の各種検査の方法、検査の精度、圧力容器に内圧をかけた検査も行われることに照らせば、圧力容器に亀裂が生じた場合にその発見や大きさの決定が困難であるということはできない。

c 原告らは、本件原子炉の圧力容器内に設置される監視試験片は小型であるため、直接破壊力学的基礎量としての破壊靱性値に及ぼす中性子照射の影響を評価することはできないし、現在のところ、シャルピー衝撃結果から破壊靱性値を合理的に導き出す評価方法も確立していないので、監視試験片により中性子照射による材料劣化についての圧力容器の破壊靱性値及び限界亀裂寸法を判断することができないし、また、監視試験片が受ける照射脆化の程度と圧力容器の実際の脆化の程度が同じである保証はなく、圧力容器壁の方が監視試験片よりも温度が低いので、圧力容器の照射脆化の程度は監視試験片では正しく評価できないと主張する。

しかしながら、<書証番号略>によれば、シャルピー衝撃試験は今日でも簡便な試験法として世界中で広く用いられていること、ASMEの圧力容器設計コードに採用されているNRL落重試験は鋼板を対象とした溶接部の衝撃強度を調べるための試験であるが、NRL落重試験における脆性遷移温度とシャルピー衝撃試験のエネルギー遷移温度との間には、ばらつきがかなり大きいけれども、ほぼ直線関係が成り立つとされていることが認められ、右事実に照らせば、本件原子炉の圧力容器に設置された監視試験片からシャルピー衝撃試験により鋼板の破壊靱性値を合理的に導くことができないということはできない。

また、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、本件原子炉において、監視試験片は、圧力容器壁と炉心シュラウドとの間におかれているところ、圧力容器壁も監視試験片もともに圧力容器壁と炉心シュラウドとの間を下向きに流れる冷却水に接していることから、いずれも冷却水温度とほぼ同じ温度となることが認められ、右事実に照らせば、監視試験片により圧力容器壁の脆性遷移温度の変化を把握することができないということはできない。

d 原告らは、LOCAの時にECCSが作動して炉内に冷水が注入されると、圧力容器の内壁は急激に冷却され、熱衝撃と呼ばれる厳しい熱応力が発生するが、圧力容器内の高い圧力が低下しないためにフープ応力が存在しているときにこの熱衝撃が重なると、圧力容器の亀裂や照射脆化が進んでいれば圧力容器が破壊するおそれがあると主張し、<書証番号略>及び証人田中三彦の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、BWRはECCSが作動した際に注水が直接圧力容器内壁に当たるような構造にはなっていないこと、NRCは、昭和六〇年に「潜在的加圧熱衝撃の分析」と題する報告を発表したが、そこでは、BWRは、飽和温度状態で圧力容器内部に大量の冷却水を保有して運転しており、どのような急激な冷却でも蒸気を凝縮させ圧力を低下させる結果となるため、高圧と低温が同時に存在することはないと考えられること、ほとんどのBWRは圧力容器内壁における高速中性子照射量がより少ないので、RTNDT(非延性遷移に対する関連温度)の上昇分はより少ないものとなること、BWRは圧力容器の肉厚がより薄い設計であるので、仮想割れ部における熱応力強さがより低いものとなることから、加圧熱衝撃の問題は、PWRについてのみ関係するものであると判断していること、我が国における中性子脆化の状況をみる監視試験片の結果によっても、BWRについては加速照射試験片の結果をとりPWRについては通常の監視試験片の結果をとって比較しても、BWRにおける脆性遷移温度の上昇の程度はPWRのそれと比較して小さいことが認められ、右事実に照らせば、BWRである本件原子炉において、原告らの主張する熱衝撃により圧力容器が破壊するおそれがあるということはできない。

e <書証番号略>及び証人田中三彦の証言によれば、昭和四九年頃、圧力容器のアンダークラッドクラッキング(溶接時の入熱量や溶接法の種類によって、圧力容器のステンレスによる内張りの内側の熱影響部に微小な亀裂が多数発生する現象)が問題となったところ、その原因は一種の焼きなまし割れであり、その後製造された圧力容器については、その対策として、割れ感受性の低い材料を使用すること、及び低入熱の溶接方法を採ることが行われたことが認められる。

しかしながら、<書証番号略>によれば、本件原子炉の圧力容器については、アンダークラッドクラッキング感受性のない材料の使用、低入熱溶接方法等の採用により、アンダークラッドクラッキングに対する対策が講じられていることが認められ、右事実及び前記aにおいて判示したとおり原子炉を加圧する場合にはその脆性遷移温度より摂氏三三度以上高く保つよう運転が行われることに照らせば、本件原子炉の圧力容器についてアンダークラッドクラッキングに起因する圧力容器の破壊のおそれがあるということはできない。

ウ 圧力容器の底部の貫通孔

原告らは、圧力容器の底部には、各種の機構・装置のための貫通孔が多数あいており、そこから一次冷却水が漏れ出す危険性があると主張する。

しかしながら、圧力容器の底部に貫通孔が多数存在するとしても、冷却水漏洩の防止のための措置が施され、圧力バウンダリの健全性が確保されれば足りることは明らかであって、圧力バウンダリの健全性についての原告らの主張については別に判断するところであるから、圧力容器の底部に貫通孔が存在すること自体を欠陥とすることはできない。

ところで、<書証番号略>によれば、中部電力浜岡原子力発電所一号機において、昭和六三年、圧力容器底部のインコアモニタハウジングの一つから一次冷却水が漏れる事故が発生したことが認められる。しかしながら、同号証によれば、右事故の原因は、インコアモニタハウジングの配管の材料がSUS三〇四であって、圧力容器との溶接部分に典型的な応力腐食割れが生じたことにあることが認められるところ、本件原子炉においては、配管について応力腐食割れの発生を抑制する対策が講じられていることは、後記3アに判示するとおりであって、右事実に照らせば、本件原子炉において、圧力容器底部のインコアモニタハウジングから冷却水漏洩のおそれがあるということはできない。

3 配管の欠陥

ア 配管系の応力腐食割れ

原告らは、三〇四ステンレス鋼には応力腐食割れが多発しており、最近は炭素鋼管に取り替えられてきているところ、本件原子炉一号炉の配管系には未だ三〇四ステンレス鋼が使用されており、応力腐食割れによる事故発生の可能性が高いと主張し、<書証番号略>及び証人田中三彦の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、応力腐食割れは、①ステンレス鋼に耐食性をもたせているクロムが、溶接時の過熱によってステンレス鋼に含まれる炭素と結合し、クロム炭化物として析出することにより、溶接部の付近に部分的なクロム欠乏部が生じ、金属材料の耐食性が低下すること、②原子炉の運転に伴い発生する内圧等による引張応力に、溶接による残留応力が加わって、材料に過度の引張応力が存在していること、③冷却水中の溶存酸素濃度が高い等冷却水が腐食環境にあることの三つの条件が重なった場合に発生するとされているところ、本件原子炉の配管系では、①材料として炭素含有量の低い低炭素ステンレス鋼(SUS三一六LC、SUS三〇四LC等)を用いること、②溶接時の入熱量を減らす等適切な溶接管理を行うことによって、ステンレス鋼の耐食性の低下や残留応力の低減を図ること、③原子炉の起動時には冷却水中の溶存酸素濃度が高いので、冷却水中の溶存酸素濃度を低減するような水質管理が行うことにより応力腐食割れに対する対策が図られていること、本件原子炉の配管系においては、右のような対策が講じられることによりこれまで応力腐食割れは生じていないこと、仮に応力腐食割れが生じたとしても、応力腐食割れの現象はゆっくり起きるので、小さな割れ目ができても長時間かかって次第に大きくなるもので、短時間に配管破断に至ることはなく、超音波探傷法や液体浸透探法等により事前に検知することによって、配管破断に至る前に欠陥を発見して修理することができるとされていることが認められ、右の事実に照らせば、本件原子炉の配管系において、応力腐食割れによる配管破断のおそれがあるということはできない。

イ 圧力容器ノズル部のセーフエンドの亀裂

原告らは、圧力容器ノズル部と冷却系配管の溶接のため、ノズル部にセーフエンドを溶接することとなっているところ、ノズルとセーフエンドとの間の材料の異質性、熱膨張係数の相違のため、セーフエンドに亀裂が発生する危険性が大きいと主張し、証人田中三彦の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>によれば、デュアンアーノルド原子力発電所の原子炉で冷却材再循環系のセーフエンドの部分に割れが発生したこと、他方、右セーフエンドの割れが発生した理由は、インコネル製のセーフエンドにステンレス製のサーマルスリーブを差し込んで溶接したため、右異種金属溶接部に間隙が生じ、かつ、右溶接部が応力集中の発生しやすい形状であったことにあるとされていること、本件原子炉の圧力容器では、セーフエンドはサーマルスリーブと同一の材料である低炭素ステンレス鋼を使用しており、異種金属溶接とはなっておらず、また、その溶接部はサーマルスリーブを差し込んで溶接していないので、右溶接部に間隙はなく、かつ、応力集中を避け得る構造となっていることが認められ、右事実に照らせば、本件原子炉の圧力容器ノズル部のセーフエンドに、デュアンアーノルド原子炉と同様に亀裂が発生する危険性が大きいということはできない。

ウ 圧力容器ノズルの亀裂

原告らは、圧力容器ノズルには、圧力容器のフープ応力の二ないし三倍の弾性相当応力(ピーク応力)が発生するとともに、給水用冷却水と圧力容器内の水との間の温度差により交番熱荷重が生じており、さらに、圧力容器ノズルとステンレスクラッド(内張り)との間の材料の異質性、熱膨張係数の相違もあいまって、圧力容器ノズルに亀裂が発生する危険性が大きいと主張し、<書証番号略>及び証人田中三彦の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、ASMEⅢ及び発電用原子力設備に関する構造等の技術基準(昭和五五年通商産業省五〇一号)により、ノズル部については、供用期間を通じて作用する内圧等によって発生する応力及び原子炉の起動・停止等に伴う温度差によって発生する熱応力を評価し、更に、必要に応じこれらの応力にピーク応力を加えた応力による疲労を評価しており、また、<書証番号略>によれば、給水用冷却水と圧力容器内の水との間の温度差によって生じる圧力容器ノズルのクラックについては、サーマルスリーブを焼ばめと逆の原理で密着させる冷しばめ、ピストンリング方式、又は溶接によって、給水用冷却水がサーマルスリーブとノズルの間隙を通ってノズルコーナー部に直接接触することを防止し問題発生の原因が取り除かれるところ、本件原子炉においては、高温の給水ノズル部に比較的低温の給水が直接あたらないようにするためサーマルスリーブが設けられ、かつ、サーマルスリーブを給水ノズル部に溶接し、サーマルスリーブと給水ノズル内側との間の間隙をなくすことにより、給水が給水ノズルに直接あたらないにしてあること、圧力容器のクラッドの厚さは圧力容器母材の厚さに比べ十分に薄いことから、圧力容器の材料である低合金鋼とクラッドの材料であるステンレス鋼との熱膨張差によってノズル部に発生する熱応力は無視することができることが認められる。

右の各事実に照らせば、本件原子炉の圧力容器ノズルに亀裂が発生する危険性があるということはできない。

エ 再循環ポンプ

原告らは、本件原子炉のようなBWRでは、再循環ポンプにより炉心流量を調節し、原子炉出力をコントロールすることになっているが、再循環ポンプには各種の故障・トラブルが多発していると主張し、<書証番号略>及び証人田中三彦の証言中にはこれに沿う部分がある。

確かに、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子力発電所、福島第一原子力発電所四ないし六号機、福島第二原子力発電所一号機、島根原子力発電所一号機、グランドガルフ原子力発電所一号機、ブラウンズフェリー原子力発電所において、原子炉の再循環ポンプのラビリンス部のケーシングカバー又は主軸のラビリンス部にひびが生じたことが認められる。しかし、<書証番号略>によれば、我が国の原子力発電所について生じたひびは、いずれも定期検査中に発見されたもので、破損等の事故が生じる前に交換等の措置が取られたものであることが認められ、右事実に照らせば、各原子力発電所の再循環ポンプのラビリンス部にひびが生じたことをもって、本件原子炉に再循環系配管の破断等の事故が生じるおそれがあるということはできない。

また、<書証番号略>によれば、福島第二原子力発電所一及び四号機において、再循環ポンプの軸封部の機能低下が生じたが、直ちに当該軸封部の交換の措置がとられたことが認められ、右事実をもって、本件原子炉に再循環ポンプの冷却水漏れ等の事故が生じるおそれがあるということはできない。

オ タービンサイドの問題

原告らは、本件原子炉のようなBWRでは、一次冷却水を直接タービンまで導いているため、タービン建屋に通じる主蒸気系配管が破断した場合、弁による隔離に失敗すれば直ちに外部に放射能が漏れる危険性があるし、落雷等により発電機負荷の喪失が生じた場合、それに続く弁の急閉により炉内圧力が上昇し、タービンバイパス弁が作動しなければ反応度事故に至る危険性があると主張する。

しかしながら、<書証番号略>によれば、四本の主蒸気管にそれぞれ直列に主蒸気隔離弁が二個ずつ、合計八個設けられていること、これらの隔離弁は、原子炉水位低、格納容器圧力高又は放射能高など適当な信号によって自動的に閉鎖して、格納容器から放射性物質が放出されるのを防ぐようになっていること、各弁は空気駆動で、外部動力がなくなれば、閉鎖するようになっていることが認められ、右事実に照らせば、弁による隔離に失敗するおそれがあるということはできない。

また、何らかの異常によりタービンの入口に設けられている主蒸気止め弁が急速に閉鎖されタービントリップが生じた場合において、本来、タービントリップ時には、バイパス配管に設けられたバイパス弁が自動的に開き、圧力容器内の圧力の上昇を抑制することとなっているが、右のバイパス弁は全て作動しないこと等を仮定するなどの厳しい条件を設定したとしても、圧力容器内の最高圧力は、圧力容器の設計圧力である約八八キログラム毎平方センチメートルを超えることはないところから、圧力バウンダリの健全性を確保することができるものとなっているものと判断されたことは、前に認定したとおりであって、右事実に照らせば、タービントリップが生じた場合に、タービンバイパス弁が作動しなければ反応度事故に至る危険性があるということはできない。

4 ECCSの欠陥

ア ECCSの有効性についての科学的裏付けの欠如

原告らは、ECCSのLOCAに対する機能の評価は、核燃料を装荷して稼働している原子炉で実証的に行われていないし、また、行うことは不可能であること、LOCAを完全に再現できるような計算コードを開発することは現実に不可能であることから、本件原子炉のECCSは、信頼性に乏しい評価コードに基づいて解析が行われたのみであり、ECCSのLOCAに対する有効性には実証的にも計算上も科学的な裏付けがないと主張する。

確かに、<書証番号略>によれば、昭和四六年にNRCが行ったLOFT計画(PWRの一次冷却配管破断によるLOCA及びECCSに関する実験研究)において、原子炉の実験を行う前に、電気過熱による模擬燃料による小規模の基礎実験の際に、ECCSによる注水が炉心に入らないという実験結果が生じたことが認められる。

しかしながら、右各号証によれば、右実験に使用された模型は、実際の原子炉を模擬していない上に冷却ループの数も一つ(実際の原子炉には二つから四つのループがある。)であり、ECCSも蓄圧タンクだけという実際の原子炉の構成とかけはなれたものであったことが認められ、右の結果のみから直ちに実用発電用原子炉においてECCSによる注水が炉心に入らないおそれがあるということはできない。また、<書証番号略>によれば、LOFT計画のL一及びL二シリーズにおいては、実用発電用原子炉により近い形に模擬した小型原子炉を使用した実験において、ECCSにより冷却水が有効に炉心に到達し、燃料被覆管の最高温度も、安全評価のための計算による予測値よりも低い温度に止まるという実験結果が得られたこと、BWRについても、NRC、ゼネラルエレクトリック社及び米国電力研究所の共同研究として昭和四七年から昭和五五年に実施されたTLTA(BWRの実物大の燃料集合体を用いた試験装置)を使用した実験において、ECCSにより冷却水が有効に炉心に到達し炉心が再冠水するとともに、燃料被覆管の最高温度も計算による予測値よりも低い温度に止まるという実験結果が得られたこと、日本原子力研究所によって昭和五三年度から昭和五七年度に実施されたROSA―Ⅲ装置(BWRの実用発電用原子炉を模擬した装置)を使用した種々の実験において、いずれの実験でもECCSにより冷却水が有効に炉心に到達し、燃料被覆管の最高温度は安全基準である摂氏一二〇〇度より低い温度に止まるという実験結果が得られたことが認められ、右事実によれば、ECCSのLOCAに対する機能の評価については次第に実証性が高められてきているということができる。

また、本件安全審査のうちECCSに関する部分は、「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針」(昭和五六年七月二〇日原子力安全委員会決定)に基づいて行われたものであるが、<書証番号略>によれば、右指針は、昭和五〇年五月一三日に原子力委員会において決定された指針(以下「旧指針」という。)に最新の科学技術的知見を加えて見直しを行ったものであって、旧指針と比較すると、例えば、中小LOCAに関する要求を明確にしたこと、水素吸収による被覆管の脆化を評価したこと等の改訂がなされており、LOCAとECCSの動作に関する多数の実験的・理論的研究の進展、解析技術の進歩やTMI事故の教訓が反映されたものであること、右指針では、解析を行うに当たって使用されるモデル・式・数値等は、一見して明らかなものを除き、それらが採用されている計算コードの特性とあいまって、原則として実験データによってその妥当性が示されなければならないとされていること、実験データが十分でない場合には、基準に照らして厳しい結果となるような仮定を設けなければならないとされていることが認められる。

右の事実によれば、ECCSの有効性については、その実証性が次第に高められてきているとともに、安全審査に用いられる解析モデルも、最新の科学技術的知見に基づき、実験によって確証が得られている部分についてはその結果を踏まえ、実験によっては確証が得られていない部分については厳しい条件を仮定し、全体として安全上厳しい結果となるように作成されていることが認められ、右の解析モデルに基づいて行われたECCSに対する評価について信頼できないものというべき点は見当たらない。したがって、ECCSのLOCAに対する有効性は科学的な裏付けがないとする原告らの主張は失当である。

イ ECCSの性能評価の不十分性

a 圧力容器破壊

原告らは、圧力容器の破壊によるLOCAが生じた場合にはECCSは全く機能を果たさないにもかかわらず、圧力容器の破壊によるLOCAはECCSの性能を評価する対象として考慮されておらず、ECCSの性能評価は不合理であると主張し、<書証番号略>中にはこれに沿う部分がある。しかしながら、本件原子炉の圧力容器に破壊のおそれがあるということはできないことは、前記2において判示したとおりであるから、ECCSの性能を評価する対象として圧力容器の破壊によるLOCAが考慮されていないとしても、これをもって、ECCSの性能の評価が合理性を欠くということはできない。

b 炉心スプレイ系の不動作・不機能

原告らは、炉心スプレイ系にはLOCAの際に燃料集合体から噴き出る水蒸気が邪魔をしてスプレイ水が燃料棒に到達しないおそれがあり、また、スパージャが流れによる振動のために破損するという事故が数多く起こっており、炉心スプレイ系の炉内での吹き出し部にあるスパージャの破損可能性は高く、スパージャ破損に伴う炉心スプレイ系の機能不全のおそれがあると主張する。しかしながら、<書証番号略>によれば、前記「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針について」においても、ECCSの性能の評価にあたり、CCFL現象(炉心からの蒸気の吹き上げによって炉心スプレイ系のスプレイ水が炉心内を通過することが妨げられる現象)を考慮するものとされていたこと、その後BWRについては新たに炉内各部でのCCFL現象が解明されたが、新たに解明されたCCFL現象に伴う冷却水の挙動によっても、注水スプレイ水はほぼ全量が炉心及びバイパス領域に落下するばかりか、かえって、CCFL現象のためスプレイ水の炉心下部への落水が制限され、炉心再冠水ひいては炉心冷却効果の増大に寄与するものとされ、このことは種々のシステム挙動実験によっても確認されたことが認められる。右の事実に照らせば、ECCSの性能を評価する対象としてCCFL現象が十分考慮されておらず、ECCSの性能の評価が合理性を欠くということはできない。

また、原告らが主張するスパージャ破損の事例は給水スパージャと液体ポイズンスパージャについてのものであり、炉心スプレイ系のスパージャとは別のものであるから、原告ら主張の事例をもって本件原子炉のECCSにスパージャ破損に伴う炉心スプレイ系の機能不全のおそれがあるということはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はないから、ECCSの性能を評価する対象としてスパージャ破損に伴う炉心スプレイ系の機能不全が考慮されていないとしても、これをもって、ECCSの性能の評価が合理性を欠くということはできない。

c ECCSの不作動・不機能

原告らは、実際の原子炉においてECCSが作動しなかった例が多数あり、ECCSが有効に機能するという実証的保証はないにもかかわらず、ECCSの性能評価においては、ECCSが機能することを前提としており信頼できないと主張し、<書証番号略>中にはこれに沿う部分がある。しかしながら、<書証番号略>によれば、前記「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針について」では、ECCSの性能評価にあたっては、電源機器の冷却系、その他ECCSの運転に必要な系統及び機器を含めて、「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」の要求を満たすように適切に故障の仮定を設けなければならないとしていることが認められ、本件安全審査においても、LOCAについての解析にあたっては、事故時に作動が要求される機器のうち、その故障が最も厳しい条件となる低圧注水系の注入弁の故障が起こることを仮定しており、かつ、圧力容器に接続されている配管のうち破断した場合に冷却水の喪失量が最大となる冷却材再循環系配管一本が瞬時に完全破断すること、平常運転時には定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していることをそれぞれ仮定する等の厳しい条件を設定した場合においても、燃料棒は冷却可能な形状に維持され、燃料の冷却は確保されること、及び格納容器の健全性が損なわれることはないことが確認されたことは前に判示したとおりである。したがって、本件安全審査におけるECCSの性能評価では、ECCSの設備のうち重要な一部が機能しないことを前提としていることが明らかである。

原告らは、日本原子力研究所の試験炉においてECCSの不動作が生じたたと主張するが、弁論の全趣旨によれば、日本原子力研究所の試験炉において、昭和五一年一月一六日、タービンバイパス弁が故障して開放状態となったため原子炉圧力が低下して原子炉がスクラムするに至ったが、原子炉の水位が炉心スプレイ系起動設定値以下に低下して水位計がこれを検知して炉心スプレイ系起動信号を発したところ、炉心スプレイ系は正常に起動したことが認められ、ECCSの不作動が生じたことはないことが明らかである。また、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、昭和四八年から昭和五二年までの間に福島第一原子力発電所、敦賀原子力発電所等のECCSの配管の一部にひびが生じたことがあるが、これらはいずれも応力腐食割れによるものであることが認められ、本件原子炉においては、配管の応力腐食割れを抑制するための措置が採られており、配管が破断するおそれがあるということはできないことは、前記3アにおいて判示したとおりである。右の事実に照らせば、本件原子炉のECCSの性能評価において、本件安全審査において前提とした低圧注水系の不作動を超えるECCSの故障を前提とすべきであるということはできず、このことに、原告らの主張するような全ECCSの不作動等の想定は、本件原子炉におけるECCSの設計の綜合的な妥当性を判断するための事故解析を不能ならしめるものであることを考え合わせれば、低圧注水系の不作動を超えるECCSの故障が前提とされていないことをもって、ECCSの性能の評価が合理性を欠くということはできない。

d LOCA時の燃料被覆管の破壊

原告らは、被覆管の脆化、プレットのひび割れによる熱伝導率の低下等により、LOCA時に燃料被覆管が破裂するおそれがあり、いったん被覆管が破裂すると内面酸化による被覆材温度の上昇により燃料棒は折損・変型し、ECCSの水の流れを妨げるおそれがあるし、また、燃料被覆管は温度によって五〇から一〇〇パーセントまでふくれるところ、六〇パーセントで確実に隣の被覆管と接触するのであり、ふくれによる流路閉塞は、ECCSが作動しても閉塞された箇所の冷却不十分を生じさせるにもかかわらず、燃料被覆管の破裂や燃料被覆管による流路閉塞はECCSの性能を評価する対象として考慮されていないと主張する。しかしながら、本件安全審査におけるECCSの性能の評価においては、圧力容器に接続されている配管のうち、破断した場合に冷却水の喪失量が最大となる冷却水再循環系配管一本が瞬時に完全破断すること、平常運転時には定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していること、事故発生と同時に外部電源が喪失し、かつ、事故時に作動が要求される機器のうち、その故障が最も厳しい条件となる低圧注水系の注水弁の故障が起こることをそれぞれ仮定する等の厳しい条件が設定され、右の条件下におけるLOCA時においても、燃料被覆管の延性が失われることはなく、燃料棒は冷却可能な形状が維持され、長期にわたる冷却が確保されることが確認されていることは、前記三4ウにおいて判示したとおりである。右事実に照らせば、ECCSの性能を評価する対象として燃料被覆管の破裂や燃料被覆管による流路閉塞が考慮されていないとしても、これをもって、ECCSの性能の評価が合理性を欠くということはできない。

5 制御棒の欠陥について

原告らは、本件原子炉のようなBWRでは、制御棒駆動機構は圧力容器の底部に設置されているため、制御棒は常に重力に逆らって下から上に挿入されなければならず、制御棒駆動機構がうまく作動しなくなったときは制御棒が挿入されなくなるという構造的欠陥があるし、制御棒駆動機構や計測制御装置等の点検や補修が困難であるという保守管理上の問題があると主張する。

しかしながら、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、原子炉緊急停止装置は、計測制御装置のうちの原子炉保護系によって作動するところ、右原子炉保護系には、これを構成する信号検出器・継電器等について同じ機能を有するものが二つ以上多量に設けられており、また、多量に設けられた各機器は、その各々が機器を取り巻く温度・湿度等環境条件の変動、機器に供給される電源の喪失等運転状態の変動があっても、同時に故障しないよう配慮されているので、原子炉保護系を構成する機器等の一つに故障が発生しても原子炉保護系の機能は維持され、制御棒を駆動させる信号を発することができること、スクラムの際、各制御棒は制御棒駆動機構及び水圧制御ユニットにより炉心内に挿入されるが、右駆動機構及び水圧制御ユニットは、個々の制御棒に個別に備え付けられており、独立性を有していることが認められ、また、全制御棒のうちの最大反応度を有する制御棒一本が完全に引き抜かれている状態を仮定した場合においても、その他の制御棒を挿入することによって、原子炉を停止する能力を有するように設計されていること、原子炉緊急停止装置は、右装置用の電源が何らかの原因で喪失した場合においても、自動的に制御棒が炉心内に挿入され原子炉を停止させる能力を有するように設計されていることは、前に判示したとおりである。確かに、<書証番号略>及び証人高木仁三郎の証言によれば、昭和五五年六月、アメリカのブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉(BWR)においてスクラム排出容器に水が残留していたため約三分の一の制御棒が挿入されず、完全挿入まで一四分を要したこと、昭和五八年二月、アメリカのセイラム原子力発電所一号炉(PWR)において制御棒を作動させるためのブレーカーの故障により制御棒が挿入されず、手動操作により停止させたことがそれぞれあったことが認められる。しかしながら、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、ブラウンズ・フェリー原子力発電所の事故の原因は、スクラム排出ヘッダとスクラム排出容器とが長い小口径の連絡管でつながれていたため、この連絡管に水詰まりが生じ、スクラム排出ヘッダに水が残っていたところから、制御棒を原子炉内に挿入しようとした際、それによって排出される水がスクラム排出ヘッダに十分に排出されず、制御棒は部分的にしか挿入されなかったものと推定されていること、本件原子炉においては、この事故にかんがみ、スクラム排出ヘッダを二個それぞれ排出ヘッダに直接付けることとされており、その間に水詰まりが生じることは考えられず、同様の事故が発生するおそれはないと認められる。また、本件原子炉において原子炉緊急停止装置を作動させる回路は多重性と独立性とを有することは前記認定のとおりであって、セイラム原子力発電所一号炉(PWR)の事故例から直ちに右回路が故障するおそれがあるということはできない。さらに、<書証番号略>によれば、本件原子炉においては、何らかの理由で制御棒の挿入不能によって原子炉の冷温停止ができない場合に、中性子吸収材を炉心底部から注入して負の反応度を与え、原子炉を冷温停止するために、ほう酸水注入系が設置されており、右ほう酸注入系は、全制御棒が動かなくなった場合でも、原子炉を冷温停止する能力をもっていることが認められる。右事実に照らせば、本件原子炉における原子炉緊急停止装置は、その一部の故障にかかわらず、原子炉を停止させる能力を有するように設計されているというべきであるから、原告らの主張は採用することができない。

6 格納容器の欠陥について

ア 気密性

原告らは、格納容器には、主蒸気系配管等の配管、ドレン、ケーブルのための貫通孔が多数存在しているから、事故時に気密性が保たれない危険性があると主張する。しかしながら、格納容器に各種の配管、ケーブル等のための貫通孔があっても各種の安全防御施設により放射性物質が環境中に異常放出されることが防止されれば足りることは明らかであるところ、前記認定のとおり、本件安全審査において、LOCA、主蒸気管破断、制御棒落下等の事故が発生した場合においても、放射性物質の環境への異常放出を防止することができるものとなっていることが確認されているから、貫通孔が存在すること自体から、事故時に気密性が保たれない危険性があるということはできない。

イ 耐圧性

原告らは、格納容器は、圧力容器の破壊や大規模の水素爆発が生じた場合等サプレッションチェンバーで制御できないような事態が生じた場合に耐えられるような十分な耐圧性を有していないし、海外では、TMI事故やチェルノブイリ事故後、シビアアクシデントの発生の可能性を前提として圧力逃がし弁やフィルターシステムを新たに設置していることとしているのに本件原子炉では設置されていないから、本件原子炉の格納容器は事故時に破壊する危険性があると主張する。しかしながら、本件原子炉の圧力容器に破壊のおそれがあるということはできないことは、前記2において判示したとおりであるから、本件原子炉の格納容器が圧力容器の破壊が生じた場合等に耐えられるような耐圧性を有していないとしても、これをもって、本件原子炉の格納容器の耐圧性が不十分で、事故時に破壊する危険性があるということはできない。

次に、水素爆発のおそれについてみると、<書証番号略>によれば、LOCAの後原子炉格納容器内に存在する水素又は酸素の濃度を抑制するために、本件原子炉の格納容器には可燃性ガス濃度制御系が設けられていること、水素又は酸素ガスの燃焼限界に関する各種の実験結果から、水素又は酸素ガス濃度のいずれか一方が、水素ガスについては四vo1パーセント、酸素ガスについては五vo1パーセントの各制限値以下に維持されるなら、燃焼反応は生じないことが明らかにされているところ、本件安全審査において、LOCA後における格納容器内可燃性ガス濃度の時間変化を検討した結果、本件原子炉の格納容器に設置される可燃性ガス濃度制御系の容量は妥当であり、格納容器内の可燃性ガス濃度を右制限値以下に十分抑制できると判断されたことが認められる。右事実に照らせば、本件原子炉の格納容器において水素爆発のおそれがあるということはできず、本件原子炉の格納容器が水素爆発が生じた場合に耐えられるような耐圧性を有していないとしても、これをもって、本件原子炉の格納容器の耐圧性が不十分で、事故時に破壊する危険性があるということはできない。

また、<書証番号略>によれば、欧米諸国においては、シビアアクシデント(安全評価において想定している設計基準事象を大幅に超える事象であって、炉心が重大な損傷を受けるような事象)時のアクシデントマネージメント(シビアアクシデントに至るおそれのある事態が万一発生したとしても、現在の設計に含まれる安全余裕や本来の機能以外にも期待し得る機能若しくはその事態に備えて新規に設置した機器を有効に活用することによって、その事態がシビアアクシデントに拡大するのを防止するため、又は、シビアアクシデントに拡大した場合にその影響を緩和するために採られる措置)のための具体的手段として、各種の格納容器対策が検討されていること、スウェーデンではすべてのプラントに、フィンランドでは、すべてのBWRプラントにそれぞれフィルター付格納容器ベント設備を設置ずみであり、ドイツでは、ほぼすべてのプラントに格納容器ベント設備が設置ずみであること、フランスでは設計基準事象を上回る事象に対する安全目標に適合されるためのひとつの方策としてフィルター付格納容器ベント設備が採用されていること、他方、イギリスではPWRプラントに対する格納容器ベント設備の採用について検討中の状況であり、アメリカでも、BWRMARKIについて注水設備と耐圧強化ベント対策の組み合わせが議論されている段階で、フィルター付ベント設備についてはNRCの検討要求項目の中には入っていないこと(なお、NRCは、フェーズⅠのアクシデントマネージメント(シビアアクシデントに至るおそれがある事態が発生したとしても、その事態がシビアアクシデントに拡大するのを防止するための措置。具体的には、炉心冷却等の安全機能を回復させる操作から構成され、例えばECCSの手動起動や原子炉スクラム失敗事象に対するほう酸水注入系の起動等が考えられている。)としては耐圧強化ベント対策を要求しているが、ここで問題としているのはフェーズⅡのアクシデントマネージメント(シビアアクシデントに拡大した場合にその影響を緩和するために採られる措置。具体的には、フィルター付格納容器ベント設備や格納容器内注水設備等が考えられている。)である。)、こうした状況を踏まえ、原子力安全委員会内に設置された原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会は、国内外のシビアアクシデント研究の最新の成果、各国において整備が検討されあるいは既に整備された設備の態様・データ等を参考にフィルター付格納容器ベント設備等の格納容器対策等に関して我が国が採るべき考え方を検討し、「シビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントに関する検討報告書―格納容器対策を中心として―」と題する報告書を取りまとめたが、そこでは、BWRMARKI格納容器の現状の設計においては、フィルター付ベント設備若しくはウエットウェルベント設備のみでは格納容器の過温破損が防止できないため、必ずしも環境への核分裂生成物放出の低減に関して有効とならないが、格納容器への注水と組み合わせた場合には、フィルター若しくはサプレッションチェンバーのバイパスを回避することができ、環境への核分裂生成物放出量の低減に関して有効なものとなるとしていること、他方、代表的な国内原子炉では、これまでの良好な運転実績が今後も維持されること及び国の指導に基づき整備が進められているアクシデントマネージメントが高い信頼度で実施されることが期待し得るならば、原子炉施設内部の原因によってシビアマネージメントが発生する可能性は十分小さいと判断されること等を踏まえ、原子炉設置者は原子炉のリスクを一層低減する努力の一つとして、アクシデントマネージメントの設備に努めるべきであるが、現時点においては、これに関連した整備がされているか否か等によって、原子炉の設置又は運転を制約するような規制的措置が要求されるものではないと提案していることが認められる。右認定のとおり、既にフィルター付格納容器ベント設備を設置ずみの国もあるものの、未だ検討中の国も少なくないこと、原子炉安全基準専門部会共通問題懇談会においても、フィルタ付格納容器ベント設備の有効性を認めつつも、当面は原子炉設置者の自主的判断に任せるものとしていることに照らせば、かかる設備の設置について原子炉のリスクを一層低減する観点から原子炉設置者の努力に期待するところは大きいものの、かかる設備が存在しないことをもって本件原子炉格納容器の破壊の危険性があるということはできない。

ウ 圧力衝撃に対する対策

原告らは、一次系配管破断時に生じる圧力衝撃によって、サプレッションチェンバーのトーラス部が動揺すればECCSの配管が破損するおそれがあるし、圧力容器等の格納容器内の機器が動揺すれば制御棒駆動システムやECCSの配管が破損するおそれがあるにもかかわらず、格納容器にはこうした圧力衝撃に対する対策が採られていないと主張する。しかしながら、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、配管破断時に生じる破断口からの水―蒸気ジェットが直接配線に当たって損傷を与えることがあり得ないではないこと、しかしながら、格納容器内のECCS等重要な設備の配管や配線は二系統を設け、離れた所に設置するものとしていることが認められ、右事実に照らせば、破断口からの水―蒸気ジェットの衝撃によってECCS等の不作動が生じるおそれがあるということはできない。

エ 保守管理上の問題

原告らは、本件原子炉一号炉と同じMARKI型の格納容器は内部空間が狭く、点検や補修が困難であるという保守管理上の問題があると主張する。確かに、証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉二号炉においては、一号炉と比較して容積を大きくしたMARKI改良型と呼ばれる格納容器を採用していることが認められる。しかしながら、点検や補修を行う上での作業性が悪いことから直ちに事故発生の危険があるということはできず、原告らの主張は採用することができない。

7 反応度事故の危険性について

原告らは、本件原子炉のようなBWRでは、炉内で発生する水蒸気の泡は核反応を制御する働き(ボイド効果)をもっているが、主蒸気弁類の急閉、ECCSの誤作動、再循環ポンプの誤作動や流量変化等により、炉内圧力の急上昇、温度の低い冷却水の流入、炉心流量の急増等が生じて泡が急激に消滅すれば、反応度が急上昇する欠陥があると主張する。

しかしながら、本件安全審査において、原子炉に異常な反応度が投入され核分裂反応が急上昇する事象に対しては、全ての運転範囲で急速な固有の負の反応度フィードバック特性を有していること、すなわち、自己制御性を有していることが確認されており、また、安全保護設備及び工学的安全施設等の設計の総合的な妥当性を評価確認するため、反応度が投入される事象として、運転時の異常な過渡変化として、起動時における制御棒引抜き、出力運転中の制御棒引抜き等を、事故として、制御棒落下事故等を想定して解析が行われ、そのいずれの場合でも安全性が確保されることが確認されたことは、前に判示したとおりであり、また、証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉施設においては、原子炉の出力が一二〇パーセントを超えて上昇すると原子炉は緊急停止する設計となっていることが認められる。右の各事実に照らせば、本件原子炉において、原告らの主張する事由により反応度が急上昇し安全性が損なわれるおそれがあるということはできない。

8 GE技術者の証言する構造の非信頼性

原告らは、GE社を退職した三人の技術者が、米国議会原子力合同委員会において、炉心の構造上の欠陥、制御棒の欠陥、圧力容器の非信頼性、格納容器の欠陥について証言した内容をもって、本件原子炉が危険であることの根拠として主張する。

確かに、<書証番号略>によれば、GE社を辞任した三人の技術者が、昭和五一年、米国議会原子力合同委員会において、原告ら主張のような事項について、GE社製のBWRに問題がある旨の証言を行ったことが認められる。

しかしながら、同号証によれば、右証言は、主としてアメリカに設置されたGE社製のBWRについて、昭和三五年ころの初期の原子炉から証言当時までの原子炉までに関して、幅広く一般的な問題点の指摘をしたものであって、本件原子炉と同じ型の原子炉についての具体的欠陥を指摘したものではないことが認められる上、<書証番号略>によれば、本件原子炉一号炉は、昭和四五年に設置許可を受けてからも、信頼性の向上、安全性の強化、被曝低減対策、保守性の向上、運転性の向上、環境保全対策等の観点から、新技術を取り入れ、設計の見直し、改良を行ってきていることが認められる。右の事実に照らせば、右の証言から直ちに本件原子炉の危険性が裏付けられるということはできない。

三多重防護についての原告らの主張に対する判断

1 解析における想定の不十分性

ア 想定すべき事故の種類について

原告らは、被告らが基本設計において行った多重防護の有効性についての解析は、限られたいくつかの異常な過渡変化や事故を想定して多重防護の有効性を解析しているにすぎず、例えば圧力容器の破壊とかスクラム失敗という事態を全く想定しておらず、不十分なものでしかないと主張する。

確かに、理論上発生する可能性のある事故を網羅的に検討するならば、多数の機器で複雑に構成された原子炉施設において、極めて多数の事故を想定し得るであろうことは明らかであるところ、<書証番号略>によれば、本件安全審査において使用された「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」(昭和五三年九月二九日原子力委員会決定。以下、本項において「安全評価審査指針」という。)においては、安全評価を行うに際して想定すべき事象として、BWRについては、運転時の異常な過渡変化として一二種類、事故として六種類、重大事故及び仮想事故として二種類を定めるに止まること、右安全評価審査指針が決定される以前に行われた本件原子炉一号炉の設置許可処分に係る安全審査においても、運転時の異常な過渡変化としては一四種類、事故としては五種類、重大事故として三種類、仮想事故として二種類が想定されたに止まることが認められる。

しかしながら、<書証番号略>によれば、安全評価審査指針においては、「原子炉の運転状態において原子炉施設寿命期間中に予想される機器の単一故障又は誤動作若しくは運転員の単一誤操作などによって、原子炉の通常運転を超えるような外乱が原子炉施設に加えられた状態及び、これらと類似の頻度で発生し、原子炉施設の運転が計画されていない状態にいたる事象」を「運転時の異常な過渡変化」とし、「運転時の異常な過渡変化を超える異常状態であって、発生頻度は小さいが、発生した場合は原子炉施設からの放射能の放出の可能性があり、原子炉施設の安全性を評価する観点から想定する必要のある事象」を「事故」とし、「原子炉立地審査指針に基づき、原子炉立地条件の適否を評価する観点から想定する必要のある事象」を「重大事故及び仮想事故」としていること、そして、「運転時の異常な過渡変化」については、原子炉施設が制御されずに放置されると、燃料又は原子炉冷却材圧力バウンダリに過渡の損傷をもたらす可能性のある事象を想定し、これら事象が発生した場合における安全保護系、原子炉停止系等の設計の妥当性を確認するという観点から、「事故」については、原子炉施設からの放射線による敷地周辺への影響が大きくなる可能性のある事象を想定し、これらの事象が発生した場合における工学的安全施設等の設計の妥当性を確認するという観点から、「重大事故及び仮想事故」については、「事故」の解析結果を参考としてそれらの事故の中から放射性物質の放出の拡大の可能性のある事故をとり上げ、技術的に最大と考えられる放射性物質の放出量を想定することとし、原子炉立地条件の妥当性を確認するという観点から、それぞれの目的・範囲に従って評価の対象とすべき代表的事象を選定するとされていること、類似の「運転時の異常な過渡変化」又は類似の「事故」が二つ以上ある場合には、結果が最も厳しくなるもので代表させることができるとされていること、安全性の解析に当たっては、当該原子炉の通常運転範囲全域について考慮するとともに、想定された事象に加え、作動を要求される安全系の機能別に結果を最も厳しくする単一故障を仮定し、かつ、工学的安全施設の作動が要求される場合には外部電源の喪失を仮定しなければならず、解析に当たって使用するモデル及びパラメーターは評価の結果が厳しくなるように選定しなければならないとされていることが認められる。右事実によれば、原子炉施設の安全審査においては、原子炉施設の事故防止対策に係る安全性を確認するために、原子炉施設寿命期間中に現実に発生するおそれがあると想定される事象のうち、安全保護系、原子炉停止系、工学的安全施設系等の設計及び原子炉施設の立地条件の妥当性の確認の観点から、評価の対象とすべき代表的な事象を具体的に選定するとともに、これらにつき評価結果が厳しくなるような前提条件を設定して解析をして安全性の評価をすることとし、これにより安全性を確認することができれば、他の態様の事故については、選定された事故よりも原子炉施設の安全性を損なうおそれが少ないものとして、具体的な解析を行うまでもなく原子炉施設の安全性が確保されるとするものであると認められる。先に判示したとおり、原子炉施設においては理論上発生する可能性のある事故としては極めて多数の事故を想定し得るところ、これを網羅的に検討することは事実上困難といわざるを得ないことに照らせば、右の安全審査の方法は合理的なものというべきである。

また、本件安全審査において、具体的に想定されて解析された事故の種類は前に判示したとおりであるところ、右の想定された事故の種類が妥当性を欠き、又は他に想定すべき事故があったというべき合理的根拠は認めることはできない。本件安全審査において、圧力容器の破壊及びスクラム失敗という事態を想定していないことは原告らの主張するとおりであるが、圧力容器の破壊を想定しなかったことをもって安全評価が不十分であるということはできないことは前に判示したとおりであり、また、スクラム失敗という事態を想定しなかった点についても、前に判示したとおり、スクラム失敗のおそれがあるということはできないこと、そして、本件原子炉においては、何らかの理由で全制御棒が動かなくなった場合でも、原子炉を冷温停止する能力をもつほう酸水注入系が設置されていることに照らせば、これをもって安全評価が不十分であるということはできない。

イ 単一故障について

原告らは、被告は特定の安全系の機器の一つの故障を仮定して多重防護の有効性を解析しているにすぎず、そもそも単一故障は設計基準において想定されているものであるから、単一故障を仮定して解析評価しても結果がよいのは当然であって、被告が基本設計において行った多重防護の有効性についての解析は不十分なものでしかないと主張する。

確かに、<書証番号略>によれば、安全系(「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」(昭和五三年一一月八日原子力安全委員会決定。以下、本項において「安全設計審査指針」という。)でいう「安全上重要な構築物、系統及び機器」の一部をなすものであって、かつ、想定すべき事象により生じる異常な状態を速やかに収束させ、又はその拡大を防止し、あるいはその結果を緩和することを主たる機能とするもの)に属する各系統は、右安全設計審査指針によって単一故障を仮定してもその安全機能を損なわない設計となっていることを要求されていることが認められ、本件安全審査において使用された安全設計審査指針においては、各事象の解析にあたっては、想定された事象に加え、作動を要求される安全系の機能別に結果を最も厳しくする「単一故障」を仮定しなければならないとされていることは、前記a認定のとおりである。

しかしながら、同号証及び証人高木秀夫の証言によれば、安全評価審査指針において右の単一故障の仮定を要求しているのは、安全系の設計が設計指針の要求を満足していることを確認するとともに、作動を要求されている諸系統間の協調性や、手動操作を必要とする場合の運転員の役割等を含め、安全系全体としての機能と性能を確認しようとするものであることが認められ、右によれば、原子炉施設の設計の基本方針の妥当性を確認するための安全評価において、「運転時の異常な過渡変化」及び「事故」を想定して行う原子炉施設についての安全性の解析は、単に安全系の設計が設計指針の要求を満足していることを確認することを目的とするものではなく、安全系全体を統合的に検討しようとするものであり、その目的において十分な合理性を有するというべきである。

また、同号証及び証人高木秀夫の証言によれば、安全評価審査指針において、単一故障の仮定を考慮すべき範囲は、当該想定事象に対して安全機能を果たすべき系統全般、すなわち、当該事象に対して作動が要求される全ての安全系であって、補助施設や非常用電源も含むとされていること、単一故障の仮定は、当該事象に対して果たされるべき安全機能の観点から結果を最も厳しくするものを選定し、かつ、一つの選定事象について二つ以上の安全機能が要求される場合には、機能別に単一故障を仮定しなければならないとされていること、例えば、LOCAに対しては、安全系は炉心冷却、格納容器冷却、放射能放出低減などの安全機能を要求されるが、この場合、それぞれの機能について作動を要求される系統に順次単一故障を仮定して解析を行わなければならないこと、一つの機能の中から結果を最も厳しくする故障を一つ仮定することにより、これと同じ結果をもたらす範囲では複数の故障を仮定することと同視し得ること、例えば、低圧注水系の注水弁の故障を仮定することは低圧注水系の四台のポンプ全ての故障を仮定することと同視し得ること、事故の解析に当たって、工学的安全施設の作動が要求される場合には、外部電源の喪失を考慮しなければならないとされていることが認められ、本件安全審査においても、例えばLOCAについては、最も苛酷な事故として圧力容器に接続されている配管のうち、破断した場合に冷却水の喪失量が最大となる事故として冷却材再循環系配管一本が瞬時に完全破断することを想定し、平常運転時には定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していること、事故発生と同時に外部電源が喪失すること等を仮定し、その上で、さらに単一故障として事故時に作動が要求される機器のうち、その故障が最も厳しい条件となる低圧注水系の注入弁の故障が起こることを仮定して原子炉施設の安全性の解析を行っていることは前に判示したとおりである。

右によれば、単一故障の仮定といっても、一つの故障のみを仮定するのではなく、その前提には、現実には発生する可能性の低い異常状態の発生を想定している上、結果を最も厳しくする故障を仮定することにより結果を同じくする複数の故障を仮定したのと同視し得るのであって、さらに、工学的安全施設の作動に関しては外部電源の喪失をも考慮するなど、必然的に複数の故障を仮定しているものであることが明らかである。なるほど、炉心の核分裂生成物の多重防壁のすべてが、無条件に機能しないということも理論上は仮定し得ないではない。しかしながら、本件原子炉施設は、先に判示したとおり、その基本設計において、原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策として、第一に、放射性物質の環境への異常放出をもたらす事態につながるような異常状態の発生を未然に防止するため、燃料の核分裂反応が確実かつ安定的に制御され、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が維持され、これらの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備の信頼性が確保される対策が講じられ、第二に、異常状態発生防止対策にもかかわらず異常状態が発生した場合においても、異常状態が拡大したり、放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態まで発展することを防止するため、異常状態が早期かつ確実に検知され、異常状態に対し迅速な措置を講じるための安全保護設備が設置され、確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確保される対策が講じられ、第三に、異常状態発生防止対策及び異常状態拡大防止対策にもかかわらず放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合に備えて、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止するため、工学的安全施設が設置され、確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確保される対策を講じられており、このことが本件安全審査においても確認されているものである。運転時の異常な過渡変化及び事故の解析は、右のように本件原子炉施設の設備の信頼性が確保されることを確認した上で、さらにあえて運転時の異常な過渡変化及び事故の発生を想定し、運転時の異常な過渡変化については、炉心が損傷に至る前に収束され通常運転に復帰できる状態になるか否か、事故については、炉心の溶融のおそれがないこと及び放射線による敷地周辺への影響が大きくならないよう核分裂生成物放散に対する障壁の設計が妥当であるか否かを確認し、原子炉施設の基本設計の方針の妥当性を審査しようとするものである。右のような運転時の異常な過渡変化及び事故の解析の有する性格及び目的にかんがみれば、理論上炉心の核分裂生成物の多重防壁のすべてが無条件に機能しないということも仮定し得るからといって、全ての機器の不作動又はこれに近い仮定を前提とした事故の解析においても安全性が確認されなければならないということは明らかに合理性を欠くというべきである。そして、本件原子炉施設において、本件安全審査に係る運転時の異常な過渡変化及び事故の解析において、仮定された故障を超える故障が現実に発生するおそれのあるということができないことは、前に判示したところから明らかである。

したがって、本件安全審査において、本件原子炉施設の基本設計の方針の妥当性を確認するために行われた安全評価が不十分であるということはできず、原告らの主張は採用することができない。

2 解析における数値の非実証性

原告らは、設計段階においてされる各種の安全解析は、解析の際に仮定する各種のパラメーターの数値や解析方法自体が実験的な裏付けのないものであることが多く、そのため解析を行う人の主観的判断の入り込む余地が極めて大きく、その結果得られた多重防護の有効性は非実証的・非現実的であると主張する。

確かに、後に判示する福島第二原子力発電所三号機における原子炉再循環ポンプの損傷事象にみられるように、設計段階においてされる安全解析が不十分であったために原子炉を構成する部品に異常が発生する可能性があることは否定することはできない。しかしながら、本件原子炉施設における安全確保対策は、基本設計における異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策及び放射性物質異常放出防止対策、さらに品質保証活動や保守点検等、建設及び運転段階における安全確保対策等の多段階にわたる対策によって構成されているものであり、設計段階における安全解析の不十分性により部品に異常が発生するおそれがあるという抽象的な可能性により直ちに多重防護の有効性が否定されるものということはできない。

3 人為ミス等の想定の不十分性

原告らは、設計通りに多重防護が機能するためには、それらに関与する多数の部品・機器・装置などが健全であり、検知・制御するコンピューターシステムが正確であり、最終的に判断・操作を行う人間にも誤りがないことが要求されるところ、品質保証活動や保守管理も人間が密接にかかわるものであるから、人為ミスが生じることは不可避であり、また、運転を行う人間の人為ミスが多重防護の想定を超える場合もあり、さらに、人為ミスをバックアップするコンピューターシステムも、そのプログラムが限られた想定の下に作らざるを得ない以上、全ての人為ミスに対応することができないと主張する。

確かに、後に判示するTMI事故、チェルノブイル事故及び美浜原子力発電所二号機の蒸気発生器伝熱管損傷事象にみられるように、基本設計において安全性が確保し得るものとされた原子炉施設であっても、その後の段階である建設・運転等において重大な瑕疵があれば、基本設計上は予想されていなかった重大な事故が発生する可能性が生じることは否定することができない。また、<書証番号略>によれば、前記「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針について」においても、「TMI事故では、運転員が高圧注入系を停止したり、流量を絞ったことが事故拡大の重大な要因となったことは良く知られている。中小破断LOCAのように、事故の経過時間が比較的長い場合には、大破断LOCAに比べて人間の介入の機会はそれだけ多く、安全評価の見地からは人為的要因は見逃すことのできないものである。」、「設計の評価の立場から見ると、たとえば運転員がECCSを停止してしまえば、ECCSがその機能及び性能を発揮できなくなることは自明である。」と指摘されていることが認められる。そして、運転段階においていかなる人為ミスが生じた場合でも、絶対に事故を招かない設計とすることは、理想的ではあるが、現実的にはほとんど不可能に近いといわざるを得ず、弁論の全趣旨によれば、本件原子炉の基本設計に係る安全確保対策は一定水準以上の運転管理等が行われることを予定しているものと認められる。

しかしながら、被告が、建設段階における安全確保対策として、機器・系統等が設計どおりの品質を有し、本件原子力発電所が運転の継続に十分な安全性を保持するに至っているかを確認することとしていること、運転段階における安全確保対策として、運転員の養成のために、長期間にわたる教育・訓練計画を作成し、運転員に必要な専門知識や技能を習得させていること、運転責任者である発電課長には、国の認定の下に行われる原子力発電所運転責任者資格認定制度による資格試験の合格者を充てることとしていること、機器・系統等が設計どおりの機能を発揮し、それを維持することができるよう、計画的に設備の保守管理を行うこととしていること、原子力安全委員会のソ連原子力発電所事故調査特別委員会は、我が国の原子力発電所を調査した結果、原子炉が正常状態からある程度以上逸脱すると、原子炉停止系等の安全系が動作し、原子炉の状態の如何にかかわらず、かつ、運転員の操作を期待することなく原子炉の安全が保たれる設計になっており、安全上重要な設備は、その機能が必要となる事態が発生すれば、少なくとも一〇分間は運転員の操作を期待しなくてもよいように設計されていること、運転員が操作を行う場合には、所定の条件が整っていなければその操作ができないよう、あるいはその操作が所定の範囲を逸脱しないように、各種のインターロックが設けられていること等を確認し、我が国の原子力発電所におけるマン・マシン・インターフェイスは良好なものと判断していることは、後に判示するとおりである。以上の各事実に照らせば、建設及び運転段階における人為ミスの発生の可能性が否定し得ないことから、直ちに本件原子力発電所の安全性が損なわれるおそれがあるということはできない。

4 被告の運転マニュアルの経済性優先

原告らは、多重防護が有効であったとしても、それを機能させるかどうかは、被告の運転管理方針に依存するところ、被告の運転マニュアルは原子力発電所の経済性を優先して作られているため、多重防護の思想は放棄・無視されていると主張する。

確かに、本件原子力発電所一号機において、異常状態が発生したにもかかわらず、被告が運転を継続した事実があること、こうした運転については安全性を最優先させる立場からすれば批判の余地があり得ると考えられることは後に判示するとおりである。しかしながら、いずれの場合においても、運転の継続に際しては安全運転に支障を及ぼすものではないことが確認されており、被告が原子力発電所の安全性が確保されないまま運転を継続させたということはできないことは後に判示するとおりであり、規制法三七条に基づき通商産業大臣の認可を受けた保安規定(<書証番号略>)及び電気事業法五二条に基づき被告が通商産業大臣に届け出た保安規程(<書証番号略>)による限り、原子力発電所の経済性を優先させるものであると認めることはできない。

第四本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策

一平常運転時における被曝低減対策

被告は、本件原子炉の基本設計における安全確保対策のうち、原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策として、原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質の量につき、これによる公衆の被曝線量を、第一に、法令の定める被曝線量以下とし、かつ、第二に、実用可能な限り右の許容被曝線量より低減させることとするための各対策が講じられていると主張するところ、<書証番号略>によれば、本件安全審査において、右の各対策についてそれぞれ検討され、本件原子炉施設の基本設計は、これらの対策に係る安全性をいずれも確保し得るものと判断されたことが認められる。

そこで、まず、その具体的審査内容について検討し、その後で原告らの主張に対する判断を示すこととする。

<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、本件安全審査における具体的審査内容は、次のとおりであったと認められる。

1 環境への放射性物質放出の抑制

ア 放射性物質の冷却水中への出現の抑制

原子炉の平常運転に伴い原子炉施設内に蓄積される主な放射性物質には、①燃料の核分裂反応によって燃料被覆管内に生成される核分裂生成物と、②冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食によって生じる鉄さび等の腐食生成物等が中性子により放射化されることによって生じる放射化生成物の二種類があること、原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量を低減するためには、まず、放射性物質が冷却水中に現れるのを抑制することができなければならないこと、そこで、右①の核分裂生成物については、それを燃料被覆管内に閉じ込めることにより、また、右②の放射化生成物については、冷却水についての適切な水質管理を行い、腐食生成物の冷却水中への発生を抑制するとともに発生した放射化生成物等の除去を行うこと等によって、冷却水中へのこれらの出現を極力防止すべきであることは、前に判示したとおりである。

この点につき、本件安全審査においては、まず、核分裂生成物等に対する事故防止対策において判示したとおり、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管の健全性が維持されるような設計となっていることが確認され、また、放射化生成物についても、冷却水の水質を腐食の生じにくい清浄な状態に保つために原子炉冷却材浄化系、復水脱塩装置等の水質管理を行う設備が設けられるとともに材料には主として腐食しにくいステンレス鋼が使用されること等が確認された。

その結果、本件原子炉施設は、放射性物質が冷却水中に現れるのを抑制できるものと判断された。

イ 原子炉冷却系外に現れる放射性物質の管理

原子力発電所においては、放射性物質の冷却水中への出現を抑制する対策にもかかわらず、一部の燃料棒の燃料被覆管にピンホールが生じる可能性を完全に消去することができず、このピンホール等から核分裂生成物等が冷却水中に漏洩することがあり、また、冷却水が接する機器や配管の内面等の全てにわたって腐食を完全に防止することは困難であり、したがって、微量の放射化生成物の発生も不可避であることから、冷却水中に微量の放射性物質が現れることは避けられないこと、そこで、冷却水中の放射性物質が原子炉冷却系外に現れる際に、適切な処理を行うことにより、環境への放射性物質の放出をできる限り低く抑えなければならないことは、前に判示したとおりである。

この点について、本件安全審査においては、本件原子炉施設には、以下のとおり、気体、液体、固体の各形態に応じて適切に放射性物質を処理し得る放射性廃棄物廃棄設備が設けられ、環境への放射性物質の放出が可及的に低く抑えられるものと判断された。

a 気体状の放射性物質

本件原子炉施設において発生する主な気体状の放射性物質としては、①平常運転時に復水器内を真空に保つために、復水器空気抽出器により復水器内から連続的に抽出される復水器空気抽出器排ガスの中に含まれる放射性物質、②原子炉建屋等の空気の換気のため排出される換気系排気の中に含まれる放射性物質、③タービンの停止後比較的短時間のうちにこれを再起動させる際に、復水器内を真空にするために用いられる真空ポンプの運転により、復水器内から間欠的に放出される復水器真空ポンプ排ガスの中に含まれる放射性物質の三種類があること、これらの気体状の放射性物質には、希ガス、粒子状放射性物質等があることは、前に判示したとおりである。

本件安全審査においては、本件原子力発電所の原子炉施設に、右①の連続放出に係る放射性物質については、本件原子炉一号炉では希ガスを減衰させる放射能減衰管、クリプトンについて四〇時間以上、キセノンについて二七日間以上の保留時間を有する活性炭式希ガスホールドアップ装置、粒子状放射性物質を捕捉する排ガス粒子フィルタ、希ガス等を拡散・希釈するための地上高約一二五メートルの排気筒等が、本件原子炉二号炉ではクリプトンについて二四時間、キセノンについて一八日間の保留時間を有する活性炭式希ガスホールドアップ装置、粒子状放射性物質を捕捉する排ガス粒子フィルタ、希ガス等を拡散・希釈するための地上高約一六〇メートルの排気筒等がそれぞれ設けられること、右②の換気系廃棄及び③の間欠放出に係る放射性物質については、右の排ガス粒子フィルタ、排気筒等が設けられること等が確認された。

その結果、本件原子炉施設には、気体状の放射性物質を適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものと判断された。

b 液体状の放射性物質

本件原子炉施設において発生する主な液体状の放射性物質としては、①一部の補機ポンプ軸受部の冷却等に用いた水であり、比較的放射性物質の濃度が高い機器ドレン、②原子炉建屋等で使用した雑排水であり、比較的放射性物質の濃度が低い床ドレン、③復水脱塩装置等の脱塩器で使用されたイオン交換樹脂の再生(樹脂の中に取り込まれている不純物を化学処理によって洗い出し、樹脂を当初の状態に戻す操作)により発生する廃液等の比較的放射性物質の濃度が高い再生廃液、④発電所従事者が使用した衣類等の洗濯、手洗い等により発生する廃液で、放射性濃度が極めて低いランドリドレンの四種類があることは、前に判示したとおりである。

本件安全審査においては、本件原子炉施設に、右①の機器ドレンについては、固形分を取り除くための濾過装置、イオン状物質を取り除くための脱塩装置等が設けられること(処理水は、廃液サンプルタンクに集められ、原子炉の冷却水等として再使用される。)、右②の床ドレンについては、蒸留するための蒸発濃縮装置、右脱塩装置等が設けられること(蒸留水は、原則として脱塩処理をした後、床ドレンサンプルタンクに集められ、原子炉の冷却水等として再使用される。蒸留した後に残る濃縮廃液は、固化して固体状の放射性物質として処理される。)、右③の再生廃液については、中和処理するための中和タンク、右蒸発濃縮装置等が設けられること(蒸留水は、右①の機器ドレン系で処理される。右濃縮廃液は、右②の床ドレンの場合と同様に処理される。)、右④のランドリドレンについては、固形分を取り除くための前処理装置、右蒸発濃縮装置が設けられること(蒸留水は、ランドリドレンサンプルタンクに集められ、できる限り洗濯用水として再使用される。蒸留水の一部は、復水器冷却用の海水に混合・希釈して、環境に放出される。濃縮廃液は、右②の床ドレンの場合と同様に処理される。)等が確認された。

その結果、本件原子炉施設には、液体状の放射性物質を適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものと判断された。

c 固体状の放射性物質

本件原子炉施設において発生する主な固体状の放射性物質としては、①冷却水の浄化処理及び液体廃棄物の処理の過程で使用される脱塩装置等の使用済イオン交換樹脂、②床ドレン、再生廃液、ランドリドレンの蒸発濃縮処理により発生した濃縮廃液、③ランドリドレンの前処理により発生したランドリ廃スラッジ、④機器の点検や修理の際に冷却水に触れる等して放射性物質が付着した布きれや紙屑、気体廃棄物の処理の過程で使用された使用済フィルタ等の雑固体廃棄物の四種類があることは、前に判示したとおりである。

本件安全審査においては、本件原子炉施設に、右①の使用済樹脂等については、いったん貯蔵して放射能を減衰させるための使用済樹脂貯蔵タンク及び沈降分離層、焼却するための焼却炉、固化剤と混合してドラム缶詰めする装置が設けられること、右②の濃縮廃液については、いったん貯蔵して放射能を減衰させるための濃縮廃液貯蔵タンク及び固化剤と混合してドラム缶詰めする装置が設けられること、右③のランドリ廃スラッジについては、いったん貯蔵して放射能を減衰させるための沈降分離層、右焼却炉、固化剤と混合してドラム缶詰めする装置が設けられること、右④の雑固体廃棄物については、圧縮減容する装置、焼却炉、ドラム缶詰めする装置が設けられること、さらに、右各ドラム缶は、固体廃棄物貯蔵設備に貯蔵・保管されること、焼却に伴う廃ガスはセラミックフィルタ及び高性能粒子フィルタで処理された後、固体廃棄物焼却設備の排気口から放出されること等が確認された。

その結果、本件原子炉施設には、固体状の放射性物質を適切に処理し得る廃棄設備が設けられるものと判断された。

2 公衆の被曝線量の評価

本件安全審査においては、本件原子炉施設においては、以上のとおり、環境への放射性物質放出の抑制対策が講じられていることから、環境へ放出される放射性物質は、本件原子炉施設において発生した放射性物質のうち気体状のもの及び液体状のもののごく一部に限られると判断された。

そして、これらの環境に放出される放射性物質による公衆の被曝線量は、以下のとおり評価され、その評価値が公衆の許容被曝線量(平成元年三月三一日までは年間0.5レム、平成元年四月一日以降は年間0.1レム)を下回ることはもちろん、実用可能な限りさらに一層低く抑えられるものと判断された。

ア 本件安全審査における被曝線量評価は、以下の理由から、①希ガスのガンマ線による外部全身被曝、②ヨウ素摂取による内部甲状腺被曝、③海産生物の摂取による内部全身被曝を取り上げて行えば、他の形態の被曝評価を行わないでも、十分妥当な結論を出すことができるものと判断された。

a 原子炉の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質のうち、最も量の多いものは気体廃棄物中に含まれる希ガスである。大気中に拡散される希ガスから放射されるガンマ線は、外部全身被曝の要因になると考えられる。

b 原子炉の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質のうち、ヨウ素は、希ガスに比べると放出量は小さいものの、気体廃棄物及び液体廃棄物に含まれ、放出後、海産生物によって濃縮されたり、葉菜類に付着する等の性質を有する。このため、これらヨウ素を含む海産生物や葉菜(葉菜から牛、牛から牛乳の経路による牛乳を含む。)を摂取することにより、ヨウ素が体内に取り込まれた場合には、甲状腺に選択的に集まり、甲状腺の内部被曝の要因になると考えられる。

c 原子炉の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質のうち、鉄、マンガン、コバルト等は、気体廃棄物中にはほとんど含まれないが、液体廃棄物に占める割合は多い。これらの元素は海産生物中に濃縮する性質を有し、海産生物を摂取することにより、これらの放射性物質が体内に取り込まれた場合には、内部全身被曝の要因になると考えられる。

d 原子炉の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質による他の全ての被曝形態からの被曝線量は、右aないしcの被曝形態からのものに比べ無視し得るほど小さい。

イ 本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量の評価の対象となる放射性物質は、以下のとおりであって、いずれも先行原子炉等の実績等に基づいたもので妥当なものであると判断された。

a 本件安全審査においては、本件原子炉一号炉の平常運転に伴って放出される放射性物質については、気体廃棄物中に放射性希ガスで年間三万八〇〇〇キュリー、ヨウ素一三一で年間2.3キュリー、ヨウ素一三三で年間4.5キュリー、液体廃棄物中にトリチウムで年間一〇〇キュリー、トリチウムを除いた放射性液体廃棄物で年間0.1キュリーが放出されることが想定されている。また、本件原子炉二号炉の平常運転に伴って放出される放射性物質については、気体廃棄物中に放射性希ガスで年間三万二〇〇〇キュリー、ヨウ素一三一で年間0.55キュリー、ヨウ素一三三で年間0.91キュリー、液体廃棄物中にトリチウムで年間一〇〇キュリー、トリチウムを除いた放射性液体廃棄物で年間0.1キュリーが放出されることが想定されており、本件原子炉一号炉と合計すると、気体廃棄物中に希ガスで年間七万キュリー、ヨウ素一三一で年間2.9キュリー、ヨウ素一三三で年間5.4キュリー、液体廃棄物中にトリチウムで年間二〇〇キュリー、トリチウムを除いた放射性液体廃棄物で年間0.2キュリーが放出されることが想定されている。

b 右のうち、本件原子炉一号炉の平常運転に伴って放出される気体廃棄物中の希ガスの想定の根拠についてみると、以下のとおりである。

まず、①復水器空気抽出器により復水器内から連続的に抽出される復水器空気抽出器排ガスの中に含まれる放射性希ガスの量は、年間二万二〇〇〇キュリー(毎秒0.86ミリキュリー、年間稼働率八〇パーセント)、②換気系排気の中に含まれる放射性希ガスの量は、タービン建屋については年間七六〇〇キュリー、原子炉建屋及び放射性廃棄物処理建屋については年間五三〇〇キュリー、③真空ポンプの運転により復水器内から間欠的に放出される復水器真空ポンプ排ガスの中に含まれる放射性希ガスの量は、年間三八〇〇キュリー(一回当たり七五〇キュリー、年間五回)とそれぞれ想定されている。

このうち、右①の毎秒0.86ミリキュリーという値は、炉心燃料から冷却材への全希ガスの漏洩率を毎秒0.3キュリー(年間平均三〇分減衰換算値)とする想定に基づくものであるが、これは、先行原子力発電所の運転実績(全希ガス漏洩率の年間平均値は毎秒0.01から0.3キュリー(年間平均三〇分減衰換算値))を考慮して最も厳しい条件として想定されたものである。次に、右②の値は、先行原子力発電所の運転実績をもとに、運転中の換気系希ガス放出率の測定値と炉心燃料からの全希ガス漏洩率との比の平均的な値を求め、これを用いて計算されたものである。なお、原子炉建屋及び廃棄物処理建屋の換気系の想定値については、希ガスのうちキセノン一三三等以外の核種の存在比は小さいので計算上無視することとされている。また、右③の値は、先行原子力発電所の運転実績を踏まえて、全希ガス漏洩率が毎秒一キュリーのときの真空ポンプ一回当たりの放出量を二五〇〇キュリー、運転回数を五回と想定されたものである。

なお、本件原子炉二号炉の平常運転に伴って放出される気体廃棄物中の希ガスの想定の根拠についても、炉心燃料から冷却材への全希ガスの漏洩率が毎秒0.3キュリー(年間平均三〇分減衰換算値)、復水器空気抽出器により復水器内から連続的に抽出される復水器空気抽出器排ガスの中に含まれる放射性希ガスの量が毎秒1.0ミリキュリーと想定されるほかは、同様である。

c 右のうち、本件原子炉一号炉の平常運転に伴って放出される気体廃棄物中のヨウ素の想定の根拠についてみると、以下のとおりである。

まず、①復水器空気抽出器により復水器内から連続的に抽出される復水器空気抽出器排ガスの中に含まれるヨウ素の量は、〇キュリー、②換気系排気の中に含まれるヨウ素の量は、通常運転時においてヨウ素一三一が1.6キュリー、ヨウ素一三三が4.3キュリー、定期検査時においてヨウ素一三一が0.6キュリー、③真空ポンプの運転により復水器内から間欠的に放出される復水器真空ポンプ排ガスの中に含まれるヨウ素の量は、ヨウ素一三一及び一三三のそれぞれが0.12キュリー(一回当たり0.024キュリー、年間五回)とそれぞれ想定されている。

このうち、右①は、ヨウ素一三一(半減期8.06日)及びヨウ素一三三(半減期20.8時間)については、活性炭式希ガスホールドアップ装置に保持される期間が右半減期に比べ長いことから、それらの放出は無視できるものと判断されたものである。次に、右②のうち通常運転時の値は、先行原子力発電所の運転実績をもとに、運転中の換気系からのヨウ素放出率の測定値と冷却材中のヨウ素濃度との比の平均的な値を漏洩係数とし、これを用いて計算されたものである。また、右②のうち定期検査時の値は、先行原子力発電所の運転実績をもとに、ヨウ素一三一の測定値と停止前の炉心燃料からの全希ガス漏洩率との比の平均的な値を求め、これを用いて計算されたものである。なお、ヨウ素一三三については、半減期が短いことから定期検査期間中に放出される量はヨウ素一三一に比べて少ないと考えられるので計算上無視することとされている。さらに、右③の値は、先行原子力発電所の運転実績を踏まえて、全希ガス漏洩率が毎秒一キュリーのときの真空ポンプ一回当たりのヨウ素一三一及びヨウ素一三三のそれぞれの放出量を0.08キュリー、運転回数を五回と想定されたものである。

なお、本件原子炉二号炉の平常運転に伴って放出される気体廃棄物中のヨウ素の想定の根拠についても、炉心燃料から冷却材への全希ガスの漏洩率が毎秒0.3キュリー(年間平均三〇分減衰換算値)と想定されるほかは、同様である。

d 右のうち、本件原子炉一号炉の平常運転に伴って放出される液体廃棄物中の放射性液体廃棄物の想定の根拠についてみると、以下のとおりである。

液体廃棄物中のトリチウムの放出量は、先行原子力発電所の実績等から年間一〇〇キュリーと想定されたものである。また、トリチウムを除いた放射性液体廃棄物については、床ドレンが年間一〇〇〇立法メートル(年間0.01キュリー)、ランドリドレンが年間四〇〇〇立法メートル(年間0.004キュリー)と想定されることから、年間0.1キュリーを放出管理目標として想定されたものである。

なお、本件原子炉二号炉の平常運転に伴って放出される液体廃棄物中の放射性液体廃棄物の想定の根拠についても、トリチウムを除いた放射性液体廃棄物については、床ドレン・化学廃液が年間三〇〇〇立法メートル(年間0.03キュリー)、ランドリドレンが年間二六〇〇立法メートル(年間0.0026キュリー)と想定されるほかは、同様である。

ウ 本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量の評価に当たっては、以下のとおりの条件が仮定された。

a 本件原子炉施設から環境に放出された気体廃棄物は、大気中で拡散・希釈されて、本件周辺監視区域外に到達するところ、気体廃棄物中の希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被曝線量の評価及び気体廃棄物中のヨウ素に起因する甲状腺被曝線量の評価に当たっては、排気筒から環境へ放出される希ガス及びヨウ素の拡散・希釈の状況については、本件原子力発電所敷地における昭和五五年一一月から昭和五六年一〇月までの気象観測による実測値が使用されている。

b 気体廃棄物中の希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被曝線量の評価に当たっては、居住地域等を考慮して周辺監視区域外について行い、右外部全身被曝線量が年間で最大となる地点での線量を評価値とするものとされている。すなわち、右評価は、人が発電所の敷地境界のところに一年間居続けるという、実際にはあり得ない厳しい条件を仮定したものである。

c 気体廃棄物中のヨウ素に起因する甲状腺被曝線量の評価に当たっては、被曝経路として呼吸、葉菜摂取及び牛乳摂取が考慮されており、葉菜については、成人は一日一〇〇グラム、幼児は一日五〇グラム、乳児は一日二〇グラムを毎日連続して一年間摂取すること、牛乳については、成人は一日二〇〇グラム、幼児は一日五〇〇グラム、乳児は一日六〇〇グラムを毎日連続して一年間摂取するものとして、被曝量の評価がされている。また、呼吸による被曝線量の評価は、敷地境界外においてヨウ素の年平均濃度が最大となる地点で行い、また、葉菜摂取及び牛乳摂取による被曝線量評価は、葉菜、乳牛の飼料となる牧場が現実に存在する場所のうち、ヨウ素の年平均濃度が最大となる地点のその葉菜及びその牧草を摂取する乳牛からの牛乳をそれぞれ人が摂取するとして行うものとされている。

すなわち、右評価は、人が最大濃度地点に一年間居続け、原子力発電所の近傍において現実に葉菜及び牧草が存在する地点のうち、濃度が最大となる地点の葉菜及び牛乳を同一人が毎日続けてそれだけを一年間採取し続けるという、実際にはあり得ない厳しい条件を仮定したものである。

d 本件原子炉施設から海水中に放出された液体廃棄物は、海水中で拡散・希釈されて、海産物等に取り込まれ、それを公衆が摂取すること等によって公衆が被曝することになるところ、液体廃棄物中の放射性物質による内部全身被曝の評価及び液体廃棄物中のヨウ素に起因する甲状腺被曝線量の評価にあたっては、右の海水による拡散・希釈を全く考慮せず、復水器冷却水排水口における濃度を前面海域の濃度とし、海産物については、成人は魚類一日二〇〇グラム、無脊椎動物一日二〇グラム、海草類一日四〇グラムを毎日連続して摂取するものとして、幼児及び乳児については、それぞれ成人の値の二分の一及び五分の一として、被曝量の評価がされている。すなわち、右評価は、液体廃棄物の海水中への放出口に海産物が一年間終始生息し続け、それが採取されて公衆の食用に供され、同一人が毎日続けてそれだけを一年間摂取し続けるという、実際にはあり得ない厳しい条件を仮定したものである。

e 液体廃棄物中の放射性物質による内部全身被曝の評価及び液体廃棄物中のヨウ素に起因する甲状腺被曝線量の評価に当たっては、海産生物における放射性物質の濃縮を考慮し、濃縮の程度(濃縮係数)については、海産生物の食用部分に対する安定元素濃度測定値を広く文献から引用し、とりまとめて代表的な値を算出して得たものによることとされている。

エ 以上のような評価方法により、本件原子炉の平常運転に伴う公衆の被曝線量の最大値は、本件原子炉一号炉のみが運転される場合については、放射性希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被曝線量が年間約0.63ミリレム、人体内に取り込まれた液体廃棄物中の放射性物質から放出されるベータ線及びガンマ線による内部被曝線量が年間約0.04ミリレム、人体内に取り込まれた気体廃棄物及び液体廃棄物中のヨウ素から放出されるベータ線及びガンマ線による甲状腺被曝線量が年間約1.3ミリレムと評価され、本件原子炉一号炉及び本件原子炉二号炉が運転される場合については、放射性希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被曝線量が年間約0.9ミリレム、人体内に取り込まれた液体廃棄物中の放射性物質から放出されるベータ線及びガンマ線による内部被曝線量が年間約0.04ミリレム、人体内に取り込まれた気体廃棄物及び液体廃棄物中のヨウ素から放出されるベータ線及びガンマ線による甲状腺被曝線量が年間約1.5ミリレムと評価された。

その結果、本件原子炉施設は、その平常運転に伴って環境に放出される放射性物質に起因する公衆の被曝線量の評価値が、許容被曝線量をはるかに下回るのはもちろんのこと、実用可能な限りさらに一層低く抑えられるものと判断された。

3 放射性物質の放出量等の監視

原子炉施設の平常運転に伴って放射性物質を環境に放出するに当たっては、放射性廃棄物廃棄設備が正常に機能していること等を確認するために、その放出量及び放出後における線量率等を適確に監視することのできる設備を設けることが必要であることは前に判示したとおりであるところ、本件安全審査においては、次のとおり判断された。

まず、気体廃棄物については、排気筒から環境への放射性物質の放出量を連続的に監視するため、排気筒に放射線モニタが設けられること、液体排気物については、環境に放出する前に放射性物質の濃度が十分に低いことを確認するため、いったんサンプルタンクに貯留し、放射性物質の濃度をサンプリングして測定する設備が設けられること、復水器の冷却水排水路につながる排水管には放射性物質の放出量を連続的に監視し得る放射線モニタが設けられること等がそれぞれ確認された。また、環境中の放射線量率等の監視については、本件原子炉施設の周辺にモニタリングポスト等の放射線量率等を測定する設備が設けられること等が確認された。その結果、本件原子炉施設には、その平常運転に伴って環境に放出される放射性物質の放出量、環境中における放射線量率及び放射線濃度等をそれぞれ適確に監視することのできる放射線管理設備が設けられるものと判断された。

4 結論

以上認定の1ないし3の具体的審査内容によれば、本件安全審査における本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性の判断は合理的根拠に基づいて行われたものであると認めることができ、右事実及び前記認定の原子力安全委員会の組織・性格を考え合わせれば、本件原子炉施設は、この点に関し、原告らの更なる主張立証がなければ、平常運転時における被曝低減対策に係る安全性を確保し得ることにつき推認されたものということができる。

そこで、この点に関する原告らの主張について、項を改めて、判断する。

二原告らの主張に対する判断

1 放射化生成物の発生

原告らは、一次冷却水が復水器を通して海水と接し、その海水が一次冷却水に混入することが避けられないため、一次冷却水の各種機器・配管の腐食が進み、大量の放射能を含むスラッジが多く発生すると主張する。

しかしながら、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、復水浄化系出口及び一次冷却水の電導度を常時監視する設備が設けられていること、したがって、復水器の冷却管に損傷が生じ海水が冷却水中に混入した場合には直ちにこれを検知することができること、そして、検知されるまでの間に混入した海水に含まれる塩分等の不純物は、復水脱塩装置により除去することとされていることが認められる。

右の事実に照らせば、本件原子力発電所において、海水が一次冷却水に混入することにより一次冷却水の各種機器・配管の腐食が促進されるということはできない。

2 タービン建屋等における一次冷却水の漏洩

ア 遮蔽設計上の区分について

原告らは、遮蔽設計上タービン建屋及び原子炉建屋にE区分(一二ミリレム毎時超過一〇〇ミリレム毎時以下)及びF区分(一〇〇ミリレム毎時超過)が存在することから、タービン建屋及び原子炉建屋においては、多量の一次冷却水の漏洩が発生することが明らかであると主張する。

しかしながら、証人高木秀夫の証言によれば、右遮蔽設計上のAからFまでの区分は、原子炉の運転中において原子炉冷却系等の内部に閉じ込められている放射性物質からの放射線の線量率による区分であって、放射性物質の漏洩による区分ではないことが認められるから、原告らの主張は失当である。

イ タービン軸からの漏洩について

原告らは、タービン軸は最も一次冷却水の漏れやすいところであり、タービン軸をグランド蒸気で封入しようとしてもある程度漏洩してくるのであり、このタービン系の漏洩はBWR固有の欠陥であると主張する。

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、原子力発電所においては、圧力容器内で発生した蒸気がタービンを通過する過程において、右軸封部からタービン建屋内へ漏洩するのを抑制するために、シール蒸気をタービンの軸封部に送り込み、タービン内部からタービン建屋内へ漏洩しようとする蒸気を抑え込むこととされていること、従来のBWRのタービンの軸封部では、右シール蒸気として高圧タービンの漏洩蒸気を低圧タービンの軸封部に送気し、ここからグランド蒸気復水器を介してグランド排風機で大気へ放出していたため、放射性ガスの放出が避けられなかったこと、これに対し、本件原子炉においては、大気への放射性ガスの放出低減化のため、専用のグランド蒸気発生器を設置し、復水貯蔵タンク水を蒸発させた放射性物質の濃度の十分低い蒸気をタービンの軸封部のシール蒸気として使用するセパレート・スチール・シール・システムを採用していること、右システムにおいては、タービン内部から漏洩しようとする放射性ガスを含む蒸気は復水器又は空気抽出器へ全量導き、タービン建屋へ漏洩しようとするシール蒸気はタービン建屋内の気圧より低い気圧に保持されているグランド蒸気復水器に導くこととされていること、したがって、タービンの軸封部においては、タービン建屋内の空気を吸い込むことはあっても、圧力容器内で発生した蒸気及びシール蒸気はタービン建屋内へ漏洩しない構造となっていること、こうしたことから、「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針について」(昭和五一年九月二八日原子力委員会決定)においても、タービンの軸封部に原子炉蒸気を使用する場合には、主蒸気に含まれる希ガス及びヨウ素が排気系へ移行することを想定することとされているのに対し、タービンの軸封部に復水貯蔵タンク水等脱塩処理を行った復水を加熱して得られる蒸気を使用する場合には、復水貯蔵タンク水は、復水器での希ガス除去、復水脱塩装置でのヨウ素除去により、これらの放射性物質がわずかしか含まれていないこと、さらに、蒸気発生器の気液分配効果(ヨウ素のかなりのものが液相に残る。)により、タービン軸封蒸気系の排ガス中に含まれる希ガス及びヨウ素は十分少ないと考えられるので、計算上無視することができるとされていることが認められる。

右の事実に照らせば、本件原子炉において、タービン軸封部から一次冷却水が異常に漏洩するおそれがあるということはできない。

ウ ポンプ及びバルブの軸封部からの漏洩について

原告らは、ポンプ及びバルブの軸封部からも一次冷却水が漏洩することは避けられないと主張する。

しかしながら、<書証番号略>、証人高木秀夫の証言及び弁論の全趣旨によれば、原子炉冷却系に設置されているポンプについては、その軸封部から冷却系が原子炉建屋及びタービン建屋内に漏洩するのを抑制するために、軸封部にメカニカルシール方式(ポンプの回転軸に取り付けられた回転側リングとポンプケーシングに取り付けられた固定側リングとをばね等で強く押し付けることにより、ポンプの軸封部から冷却系が外部に漏洩するのを抑制する方式)、インジェクション方式(ポンプの外部からシール水を軸封部を通してポンプ内に送り込み冷却系を抑え込むことにより、ポンプの軸封部から冷却系が外部に漏洩するのを抑制する方式)等を使用するものとされていること、再循環ポンプについてみると、軸封部にはメカニカルシール方式が採用されており、シールからの漏洩量は通常運転において毎分三リットル以下であって、シールからの漏洩水は、ドライウェル機器ドレンサンプに集められ放射性廃棄物処理系に導かれることとされていること、また、原子炉冷却系のうち圧力容器内の冷却水や圧力容器内で発生した蒸気と同程度の放射性物質の濃度を持つ冷却水又は蒸気を内包する部分に設置されているバルブについては、その軸封部から右冷却水又は蒸気が原子炉建屋及びタービン建屋内に漏洩するのを抑制するために、ベローズ弁(弁の軸を覆うベローズ(蛇腹)の一端の円周部を弁の軸に、他端の円周部を弁ケーシングにそれぞれ溶接することにより、弁の軸封部から蒸気又は冷却水が外部に漏れ出るのを防止する構造になっている弁)、リークオフコネクション弁(パッキンを弁の軸封部の上部と下部に設置し、その間に配管を設け、この間に溜まった蒸気又は冷却水を復水器又は機器ドレンサンプに導くことにより、弁の軸封部から外部に漏洩するのを防止する構造になっている弁)等を使用するものとされていることが認められる。

右の事実に照らせば、本件原子炉において、ポンプ及びバルブの軸封部から一次冷却水が異常に漏洩するおそれがあるということはできない。

3 放射性廃棄物の処理

ア 通常運転時の放射性希ガス及びヨウ素の漏洩について

原告らは、通常運転時に生ずる原子炉建屋等の空気の換気のため排出される換気系排気及び復水器内から間欠的に放出される復水器真空ポンプ排ガスには、フィルターが設けられるだけであり、放射性希ガスやヨウ素には何ら役立たず、大量の放射性物質がそのまま放出されていると主張する。

確かに、換気系排気及び復水器内から間欠的に放出される復水器真空ポンプ排ガスには、フィルターが設けられるだけであり、減衰管や活性炭式希ガスホールドアップ装置は設けられないことは前に判示したとおりである。

しかしながら、本件原子炉施設においては、冷却水内の放射性物質は原子炉冷却水系内に可及的に閉じ込めることとし、その漏洩を抑制する対策がとられていること、気体廃棄物については、排気筒から環境への放出量を連続的に監視するため、排気筒に放射線モニタが設けられること、また、環境中の線量率等の監視については、原子炉施設の周辺に線量率、放射線濃度等を測定する設備が設けられることは前に判示したとおりであり、右事実に照らせば、換気系排気及び復水器内から間欠的に放出される復水器真空ポンプ排ガスに、フィルターが設けられるだけで、減衰管や活性炭式希ガスホールドアップ装置が設けられないことから、放射性希ガスやヨウ素が異常に環境中に放出されるおそれがあるということはできない。

また、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉一号炉の放射性気体廃棄物中の年度放出実績は、放射性希ガスが運転開始以降平成三年度までいずれもND(検出限界以下)であること(本件安全審査における評価値は三万八〇〇〇キュリー)、ヨウ素一三一が昭和六一年度及び昭和六三年度を除きいずれもNDであること、昭和六一年度にしても0.00041キュリー、昭和六三年度にしても0.00001キュリーにすぎないこと(本件安全審査における評価値は2.3キュリー)が認められ、右の事実からも、前段で示した判断の結論を是認することができる。

イ 定期検査時の放射性希ガスの漏洩について

原告らは、定期検査や燃料交換のために原子炉を停止した際に、圧力容器内の圧力が低下するので、たとえピンホールであっても燃料被覆管に損傷があれば、燃料被覆管内の放射性希ガスが時間とともに圧力容器内に放出されるし、圧力容器の蓋を開けるので、圧力容器内にある放射性希ガスは原子炉建屋内に放出されると主張する。

しかしながら、証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉においては、定期検査等のため原子炉を停止する際には、圧力容器内の圧力が十分低下するまで、圧力容器内で発生した蒸気を復水器に導くとともに、復水器空気抽出器及び起動停止用空気抽出器を運転することにより、復水器から空気を抽出し、これに含まれる放射性希ガスを活性炭式希ガスホールドアップ装置等により減衰させた後排気筒に導く運転をすることとされており、したがって、放射性希ガスは圧力容器の蓋を開ける前に十分減衰されるようになっていることが認められる。

右事実に照らせば、定期検査等の際に圧力容器の蓋を開けることにより、圧力容器から放射性希ガスが異常に放出されるおそれがあるということはできない。また、本件原子炉一号炉の放射性気体廃棄物中の年度放出実績は前記アにおいて認定したとおりであり、この事実も、右の判断を裏付けるものである。

ウ 定期検査時の液体廃棄物の処理について

原告らは、定期検査時におけるバルブ、ポンプ、各種機器の分解掃除や交換の際に冷却水が漏洩し、また、床ドレンが大量に発生し、余剰水として周辺環境に放出されると主張する。

しかしながら、本件原子炉においては、機器ドレン及び床ドレンについては濾過装置、蒸発濃縮装置、脱塩装置等によって適切に処理した上で原則として再使用されること、環境に放出する際には、サンプルタンクに貯蔵して事前に放射性物質の濃度が十分に低いことを確認することとされていること、復水器の冷却水排水路につながる排水管には放射性物質の放出量を連続的に監視し得る放射線モニタが設けられることは、前に判示したとおりであり、液体廃棄物として放射性物質が異常に放出されるおそれがあるということはできない。

また、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉一号炉の放射性液体廃棄物中の年度放出実績は、トリチウムを除く放射性物質が運転開始以降平成三年度までいずれもND(検出限界以下)であること(本件安全審査における評価値は0.01キュリー)、トリチウムも運転開始から平成三年度までの間で最大となった昭和六三年度において年間2.9キュリーにすぎないこと(本件安全審査における評価値は一〇〇キュリー)が認められ、右の事実も、前段の判断を裏付けるものである。

エ ランドリドレンの処理について

原告らは、ランドリドレンは洗剤をかなり含んでおり、再生のために処理することが難しいから、再使用するよりむしろ薄めて放出されると主張する。

しかしながら、本件原子炉においては、ランドリドレンについては、固形分を取り除くための前処理装置が設けられることは前に判示したとおりであり、証人高木秀夫の証言によれば、この過程において、ランドリドレンに活性炭粉末を加えた後、硫酸バンド等を加え、攪拌して洗剤分を沈殿させ、さらに上澄み液についても再び粒状の活性炭を通すことによって浮遊している洗剤分を除去するようにしており、これにより洗剤類は十分取り除くことができることが認められる。

右の事実に照らせば、ランドリドレンの再使用が困難であるという原告らの主張は採用することはできない。

4 被曝線量評価の方法

ア 復水器空気抽出器排ガス中のヨウ素等の無視について

原告らは、復水器空気抽出器排ガス中にはヨウ素が含まれており、活性炭式希ガスホールドアップ装置によって完全に除去されるとは限らないし、定期検査時の換気系排気中にもヨウ素一三三が含まれているにもかかわらず、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価においては、復水器空気抽出器排ガス中に含まれるヨウ素及び定期検査時の換気系排気中に含まれるヨウ素一三三による被曝が無視されていると主張する。

復水器空気抽出器排ガス中に含まれるヨウ素及び定期検査時の換気系排気中に含まれるヨウ素一三三による被曝が計算上無視されていることは原告らの主張するとおりである。しかしながら、復水器空気抽出器排ガス中に含まれるヨウ素については、活性炭式希ガスホールドアップ装置に保持される期間が各半減期(ヨウ素一三一は8.06日、ヨウ素一三三は20.8時間)に比べ長いことからそれらの放出は無視できるものと判断されたものであること、定期検査時の換気系排気中に含まれるヨウ素一三三については、半減期が短いことから定期検査期間中に放出される量はヨウ素一三一に比べて少ないと考えられるので計算上無視することとされていることは前に判示したとおりであり、右の判断は合理的であるというべきである。

原告らは、活性炭式希ガスホールドアップ装置の有効性について疑義をいうが、前に認定した本件原子炉一号炉の放射性気体廃棄物中の年度放出実績に照らせば、活性炭式希ガスホールドアップ装置が信頼できないということはできない。

したがって、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において、復水器空気抽出器排ガス中に含まれるヨウ素及び定期検査時の換気系排気中に含まれるヨウ素一三三による被曝が計算上無視されていることをもって、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量が過小に評価されているということはできない。

イ 気体廃棄物の核種の限定について

原告らは、本件原子炉が平常運転において環境に放出する放射性物質による公衆に対する被曝線量の評価において、気体廃棄物中に含まれるアルゴン四一及びヨウ素一二九が無視されていると主張する。

確かに、アルゴン四一及びヨウ素一二九が無視されていることは原告らの主張するとおりであるが、<書証番号略>によれば、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン及びラドンの六元素からなる希ガスのうち、ウランの核分裂反応によって生成されるのは主としてクリプトン及びキセノンであること、気体状放射性物質には、窒素一三、窒素一六、炭素一四、アルゴン四一等の放射化生成物と原子炉内の燃料の核分裂によって発生したクリプトン八五、キセノン一三三等の核分裂生成物があること、発電用軽水型原子炉施設の場合には、放射化生成物であるアルゴン四一より、核分裂生成物であるクリプトン八五、キセノン一三三等の放射性希ガスが最も重要な放射性核種となること、こうしたことから、本件安全審査においても、原子炉内で酸素及びアルゴンの放射化により発生した気体状の放射性核種は、復水器空気抽出器排ガスとして抽出され、比較的半減期が長いアルゴン四一は活性炭式希ガスホールドアップ装置通過後環境へ放出されることになるが、その推定放出率は希ガスに比べて無視し得る程度であることが確認されたこと、揮発性放射性物質には、ヨウ素その他のハロゲン核種があるが、このうちヨウ素一三一及びヨウ素一三三が生成量が多いこと、そこで、原子炉安全専門審査会が行った「発電用軽水型原子炉施設の安全審査における一般公衆の被曝線量評価について」(昭和五二年六月一七日原子炉安全専門審査会内規)と題するケーススタディにおいては、特にヨウ素一三一及びヨウ素一三三に注目することとし、ヨウ素一二九については、その性質上比較的半減期の短い核種と異なった挙動を示すことが考えられるので、線量評価方法等について検討することが必要であるとしつつも、文献等から推定すると現在特に問題となることはないので、検討の対象とはしないとされていることが認められる。

右の事実に照らせば、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において、気体廃棄物中に含まれるアルゴン四一及びヨウ素一二九が無視されていることをもって、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量が過小に評価されているということはできない。

ウ 粒子状物質による被曝の無視について

原告らは、各地の原子力発電所周辺地域からコバルト六〇、セシウム一三七等の粒子状放射性物質が検出されているにもかかわらず、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価においては、気体廃棄物に含まれるこれらの粒子状放射性物質の体内被曝が無視されていると主張する。

しかしながら、<書証番号略>によれば、環境に放出される粒子状放射性物質は、原子炉の冷却材に含まれている微量の不純物が原子炉内の中性子の照射によって生成した放射化生成物及び燃料から冷却材中に漏洩した微量の核分裂生成物であり、原子炉施設内で挙動しているうちに塵埃等とともに原子炉建屋の換気等に伴って放出されるものであること、これらの中には、マンガン五四、コバルト五八、コバルト六〇、セシウム一三七等の放射性核種が含まれるが、その発生機構と物理・化学的性質から気体状放射性物質(アルゴン四一、クリプトン八五、キセノン一三五等)及び揮発性放射性物質(ヨウ素一三一、ヨウ素一三三等)に比べ環境への放出量は一般に少ないとされていること、前記「発電用軽水型原子炉施設の安全審査における一般公衆の被曝線量評価について」と題するケーススタディでは、BWRからの気体状及び液体状放射性廃棄物の中に含まれる放射性物質についての米国原子力規制委員会の報告(NUREG―〇〇一六)に示された核種組成及び放出量を参考に、核分裂生成物については右報告の値を一〇倍にし、他方、廃棄物処理系から放出されるものは、HEPAフィルタにより九九パーセント捕捉されることを前提条件として、一一〇万キロワットクラスのBWRから放出される気体廃棄物に含まれる粒子状放射性物質の年間放出量を求めているが、これによると、コバルト六〇は年間二三ミリキュリー、セシウム一三七は年間一一〇ミリキュリーであり、粒子状放射性物質全体でも年間四六〇ミリキュリーであって、放射性希ガスが年間五万キュリーであるのに対し、約一〇万分の一にすぎないこと、また、右ケーススタディでは、気体廃棄物中の放射性物質による被曝経路として、放射性雲からの放射線による外部被曝、地表に沈着した放射性物質からの放射線による外部被曝並びに呼吸及び葉菜、牛乳の摂取により体内に取り込まれる放射性物質による内部被曝を対象とし、また、液体廃棄物中の放射性物質による被曝経路として、海洋及び海浜中に拡散した放射性物質から放出される放射線による外部被曝並びに海産物の摂取により体内に取り込まれる放射性物質による内部被曝を対象とし、人体組織については、全身(生殖腺又は造血臓器)・皮膚・甲状腺・骨・大腸に着目して被曝線量を求めているところ、その結果では、放射性希ガスによる被曝においては、放射性雲からの放射線による外部被曝が全身及び皮膚の合計で年間1.7ミリレムであるのに対し、粒子状放射性物質ではヨウ素を含めても、放射性雲からの放射線による外部被曝が全身及び皮膚の合計で年間0.0006ミリレム、地表に沈着した放射性物質からの放射線による外部被曝が全身及び皮膚の合計で年間0.18ミリレムにすぎず、また、ヨウ素による被曝においては、呼吸及び葉菜、牛乳の摂取により体内に取り込まれる放射性物質による内部被曝が甲状腺で年間3.9ミリレムであるのに対し、粒子状放射性物質では、呼吸及び葉菜、牛乳の摂取により体内に取り込まれる放射性物質による内部被曝は全身、甲状腺、骨及び大腸の合計でも年間0.011ミリレムにすぎず、さらに、海産物を介して摂取する放射性物質による内部被曝は全身及び大腸の合計で年間2.2ミリレムであること、こうした結果から、右ケーススタディにおいては、原子炉施設周辺の一般公衆の被曝は、放射性希ガスのガンマ線による外部全身被曝、海産物を介して摂取した放射性物質による内部全身被曝及び放射性ヨウ素の摂取による内部甲状腺被曝が最も重要な被曝形態であると結論していることが認められる。

右の事実に照らせば、放射性希ガスのガンマ線による外部全身被曝、海産物を介して摂取した放射性物質による内部全身被曝及び放射性ヨウ素の摂取による内部甲状腺被曝という主要な形態の被曝についての線量評価における公衆の被曝線量が十分低い値であれば、公衆の被曝線量は右以外の核種による被曝を考慮してもなお十分低く抑えられるとする判断には合理性があるというべきであり、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において、気体廃棄物に含まれるコバルト六〇、セシウム一三七等の粒子状放射性物質の体内被曝が計算上無視されていることは原告らの主張するとおりであるが、これをもって、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量が過小に評価されているということはできない。

エ 被曝評価におけるトリチウムの過小評価について

原告らは、トリチウムは、化学的には水素と同一の性質を有しており、人体へは水の形で摂取されるので人体のどこにでも侵入し、その半減期は一二年と長いので、人体に長く止まり、長期にわたりベータ線被爆を生じさせるところ、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価においては、液体廃棄物に含まれるトリチウムは年間一〇〇キュリーと想定されているが、その影響が過小評価されていると主張する。

確かに、<書証番号略>によれば、トリチウムは、ガンマ線は発しないが、最大エネルギー0.018メガエレクトロンボルトのベータ線を発する放射線核種であり、その物理的半減期は12.3年であることが認められる。

しかしながら、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、マンガン五四が海草類によって二万倍に、コバルト六〇が海草類によって一〇〇〇倍に、ヨウ素一三一が海草類によって四〇〇〇倍にそれぞれ濃縮されるのに対し、トリチウムは海産生物によって全く濃縮されないものであり、また、その放出するエネルギーも液体廃棄物中に存在する他の放射性物質(コバルト六〇は最大エネルギー1.48メガエレクトロンボルトのベータ線、1.17メガエレクトロンボルト及び1.33のメガエレクトロンボルトのガンマ線を放出し、マンガン五四は、0.83メガエレクトロンボルトのガンマ線を放出する。)と比較すると非常に小さく、さらに、有効半減期(物理的半減期と生物的半減期(放射性核種を身体の外部に排泄する作用によって半分になる時間)の両者によって決定される実際の半減期)も液体廃棄物中に存在する他の放射性物質(ストロンチウム九〇は五七〇〇日、セシウム一三四は六五日。)と比較すると一二日と比較的短いことが認められ、この結果、トリチウムは、液体廃棄物に含まれる他の放射性物質と比較して全身被曝線量が小さくなることが明らかである。

また、本件原子炉一号炉の実際の放射性液体廃棄物中のトリチウムの年間放出量をみても、運転開始から平成三年度までの間で最大となった昭和六三年度において年間2.9キュリーにすぎないことは前に判示したとおりである。

右の各事実に照らせば、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において、トリチウムの影響が過小評価されているということはできない。

オ 液体廃棄物の核種の限定について

原告らは、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において、液体廃棄物中に含まれる核種が限定され、例えばプルトニウム二三九が無視されていると主張する。

確かに、<書証番号略>によれば、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価においては、液体廃棄物中に含まれる核種としては、クロム五一、マンガン五四、鉄五九、コバルト五八、コバルト六〇、ストロンチウム八九、ストロンチウム九〇、ヨウ素一三一、セシウム一三四、セシウム一三七及びトリチウムの一一種が想定されており、その他の核種は評価において計算上無視されていることが認められる。

しかしながら、<書証番号略>によれば、液体廃棄物中に含まれる核種についての右の想定は、先行原子力発電所の実績を基礎に定められたものであり、本件安全審査においても、「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針について」(昭和五一年九月二八日原子力委員会決定。以下「線量目標値評価指針」という。)に従っており妥当なものであることが確認されていること、右線量目標値評価指針においては、液体廃棄物中の核種組成は、運転保守の態様、処理水の運用により変動する性質のものであり、想定した核種以外にも放出される核種はあるものと考えられるとしつつも、ここでは各核種の濃縮係数と線量への換算係数を考慮し、被曝線量の計算結果が安全側になるように核種組成を定めたとされていることが認められる。

右の事実、及び前に認定したとおり本件原子炉一号炉の年度放出実績をみても放射性液体廃棄物中ではトリチウムを除く放射性物質は運転開始以降平成三年度までいずれもND(本件安全審査における評価値は0.1キュリー)であることに照らせば、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において、液体廃棄物中に含まれる核種として想定された一一種以外のものが無視されていることをもって、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量が過小に評価されているということはできない。

カ 評価条件の不当性について

原告らは、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において、核分裂生成希ガスの漏洩率、冷却材から主蒸気に移行するヨウ素の割合、復水器での凝縮の過程で気相に移行するヨウ素の割合、各建屋の希ガス及びヨウ素の漏洩係数、定期検査時のヨウ素一三一の放出量、復水器真空ポンプ排ガスの年間放出回数及び希ガス・ヨウ素の放出量、原子炉施設の年間稼働率等の数値が仮定されているが、その数値の妥当性についての保証はなく、過小評価となっていると主張する。

しかしながら、<書証番号略>によれば、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において仮定された運転条件等の数値は、先行原子力発電所の運転実績等から想定されたものであり、例えば炉心燃料から冷却材への全希ガスの漏洩率は毎秒0.3キュリー(年間平均三〇分減衰換算値)と想定されているが、これは、先行原子力発電所の運転実績が毎秒0.01ないし0.3キュリー(年間平均三〇分減衰換算値)である中で最も厳しい想定を行ったものであること、本件安全審査においても、想定された条件は線量目標値評価指針に従っており、妥当なものであることが確認されていること、本件原子炉一号炉の年度放出実績をみても、放射性気体廃棄物中では、放射性希ガスが運転開始以降平成三年度までいずれもND(本件安全審査における評価値は三万八〇〇〇キュリー)、ヨウ素一三一も昭和六一年度及び昭和六三年度を除きいずれもND、昭和六一年度は0.00041キュリー、昭和六三年度は0.00001キュリー(本件安全審査における評価値は2.3キュリー)、放射性液体廃棄物中では、トリチウムを除く放射性物質が運転開始以降平成三年度までいずれもND(本件安全審査における評価値は0.1キュリー)、トリチウムも運転開始から平成三年度までの間で最大となった昭和六三年度において年間2.9キュリー(本件安全審査における評価値は一〇〇キュリー)にすぎないことは前に判示したとおりである。

右の事実に照らせば、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において仮定された運転条件等の数値が妥当性を欠き、過小評価になっているということはできない。

キ 濃縮係数及び生体内濃縮の過小評価について

原告らは、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において想定された濃縮係数及び生体内濃縮は過小評価されており、例えば、コバルトについてみると、イカについての濃縮係数は五万倍とすべきであり、また、生体内濃縮についても、有機態のビタミンB一二として摂取される場合には肝臓に移行してそこにとどまり、七五〇日という生物学的半減期を示すことから肝臓の被曝線量転換係数は無機コバルトの最大で五七〇〇倍になると主張する。

まず、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において想定された濃縮係数は、海産生物の食用部分に対する安定元素濃度測定値を広く文献から引用し、とりまとめて代表的な値を算出して得たものであり、本件安全審査においてもその妥当性が確認されたことは、前に判示したとおりであり、右事実に照らせば、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において想定された濃縮係数は合理的なものというべきであり、右判断を覆すに足りる証拠はない。

また、生体内濃縮については、なるほど<書証番号略>によれば、西ドイツ(当時)のブルーラントらは、昭和五四年、従来の体内被曝についての研究では専ら無機のコバルト六〇が考慮されていたが、ビタミン一二に組み込まれた場合の有機態のコバルト六〇による体内被曝について検討すると、葉菜から牛、牛から牛乳という経路でのコバルト六〇による肝臓照射線量については二八〇倍から二三〇〇倍となる可能性がある旨の研究を発表したことが認められる。

しかしながら、右の報告自体一つの可能性を示したにとどまり、更なる詳細な研究が必要であると述べているところであり、また、前記「発電用軽水型原子炉施設の安全審査における一般公衆の被曝線量評価について」と題するケーススタディの結果では、放射性希ガスによる被曝では放射性雲からの放射線による外部被曝が全身及び皮膚の合計で年間1.7ミリレムであり、ヨウ素による被曝においては、呼吸及び葉菜、牛乳の摂取により体内に取り込まれる放射性物質による内部被曝が甲状腺で年間3.9ミリレムであり、海産物を介して摂取する放射性物質による内部被曝は全身及び大腸の合計で年間2.2ミリレムであるのに対し、牛乳の摂取により体内に取り込まれる放射性物質による内部被曝は粒子状放射性物質全体で全身、甲状腺、骨及び大腸の合計でも年間0.0027ミリレムにすぎないこと、右のケーススタディではコバルト六〇の放出量は年間二三ミリキュリーであって、粒子状放射性物質全体年間四六〇ミリキュリーの約二〇分の一にすぎないとされていること、こうした結果から、右ケーススタディにおいては、原子炉施設周辺の一般公衆の被曝は、放射性希ガスのガンマ線による外部全身被曝、海産物を介して摂取した放射性物質による内部全身被曝及び放射性ヨウ素の摂取による内部甲状腺被曝が最も重要な被曝形態であると結論していることは前に判示したとおりである。

右の事実に照らせば、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において、コバルト六〇が有機態のビタミンB一二として摂取される場合を計算上考慮していないことが合理性を欠くということはできず、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量が過小に評価されているということはできない。

ク 海水中濃度の過小評価について

原告らは、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価においては、海水中における放射性物質の濃度は、放射性物質の年間放出量を年間の冷却水量で除した値とされているが、床ドレンとして放出される放射性物質の大部分は定期検査期間内の一時期に一挙に放出されるし、定期検査時にはランドリドレンの放出量も増加することが予想され、さらに定期検査中に絶えず平常時と同量の冷却水が流れているとは限らないから、海水中の仮定濃度は数倍から数十倍になると主張する。

しかしながら、そもそも本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価においては、海水中に放出された液体廃棄物は海水中で拡散・希釈されるところ、この海水による拡散・希釈を全く考慮せず、復水器冷却水排水口における濃度を前面海域の濃度とし、そこに海産物が一年間生息し続け、それが採取されて公衆の食用に供され、同一人が毎日続けてそれだけを一年間摂取し続けるという実際にあり得ない厳しい条件を仮定していることは前に判示したとおりであり、実際に本件原子炉の排水管からの排水における放射性物質の濃度が時期によって変動することは容易に推察し得るものの、右のような厳しい条件の仮定のもとで評価が行われている事実に照らせば、年間の平均濃度よりも排水中の放射性物質の濃度が高くなる時期があることをもって、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価が過小評価になっているということはできない。

ケ 牛乳の市場希釈係数等について

原告らは、牛乳の市場希釈係数が成人・幼児では一とされているのに対し、乳児では0.5とされており、牛乳の採取から摂取までの時間が成人・幼児では〇日とされているのに対し、乳児では三日とされており、これによりヨウ素被曝の影響を最も受ける乳児の被曝線量を過小評価していると主張する。

しかしながら、<書証番号略>によれば、右の想定は、本件安全審査において、線量目標値評価指針に従っており妥当なものであることが確認されていること、右線量目標値評価指針においては、乳牛より採取された生乳は、乳牛飼育者によってそのまま摂取される場合以外は、一般に集乳所を経由し、ミルクプラントにおいて検査・均一化・殺菌等の処理後、容器に充填され市販されることから、市販牛乳を摂取する場合には、搾乳から摂取までの時間経過による放射性ヨウ素の物理的減衰効果及び市販経路における他地点との牛乳との混合による市場希釈効果をそれぞれ考慮することが妥当であるとされていること、したがって、原子炉施設周辺における調査結果によって得られる値を用いることができるのであるが、それが得られない場合には、牛乳の市場希釈係数については成人・幼児は一、乳児は0.5とするとされており、牛乳の採取から摂取までの時間は成人・幼児は〇日、乳児は三日とするとされていること、乳児についてこうした想定がされた理由は、乳児については、牛乳で哺育するということは少なく、人工栄養児の大部分は調整粉乳によって哺育されていること、牛乳哺育の場合でも搾乳したままの生牛乳を乳児に与えるということはほとんどなく、何らかの市販経路を経たものが乳児に与えられること、したがって乳児については十分な調査結果がない場合でも搾乳から乳児摂取までの時間経過による物理的減衰効果及び市場希釈効果は考慮できること、搾乳からミルクプラント等を経由し実際に人が摂取するまでの日数は通常三日から一週間であり、また、牛乳の市場希釈効果は一般にかなり大きく、したがって、市場希釈係数は小さい値となるが、いずれも安全側に日数を三日、市場希釈係数を0.5とすることとされたことが認められる。

右の事実に照らせば、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価における牛乳の市場希釈係数及び牛乳の採取から摂取までの時間についての想定は合理的なものということができ、本件原子炉の平常運転による乳児に対する被曝線量の評価が過小評価になっているということはできない。

コ 周辺住民に関する仮定について

原告らは、乳児・幼児以外の成人の体重は一律に七〇キログラムと仮定されており、カキ、ホヤ、ワカメなどの摂取による被曝評価はされていないと主張する。

なるほど、<書証番号略>によれば、本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価において、乳児・幼児以外の成人の体重は一律に七〇キログラムと仮定されていること、カキ、ホヤ、ワカメなど個別の海産物の摂取による被曝評価はされていないことが認められる。

しかしながら、海産物については、成人は魚類一日二〇〇グラム、無脊椎動物一日二〇グラム、海草類一日四〇グラムを毎日連続して摂取するものとして、幼児・乳児については、それぞれ成人の値の二分の一として、被曝量の評価がされていること、右の想定は、本件安全審査においても、線量目標値評価指針に従っており妥当なものであることが確認されていることは前に判示したとおりであり、この想定自体かなり大量の海産物の摂取を前提としているものであると考えられる。

そして、一般公衆に対する被曝線量の評価にあたっては、ある程度個別的事情は捨象して一般的な数値を想定して行わざるを得ないことは当然であって、海産物の摂取量の想定が不十分であるなど本件原子炉の平常運転による公衆に対する被曝線量の評価においての想定が不合理であることは認められないから、原告らの主張は失当である。

5 放射性物質の監視設備

ア 液体廃棄物中の放射性物質の測定精度について

証人槌田敦は、本件原子炉一号炉におけるトリチウムを除く放射性液体廃棄物についての放出管理目標値である年間0.1キュリーは測定できない旨証言する。

しかしながら、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子力発電所における液体廃棄物中の放射性物質についての検出限界濃度は、5.4×10-13キュリー毎立方センチメートルであること、本件原子炉一号炉における年間の推定環境放出量は床ドレンが一〇〇〇立方メートル、ランドリドレンが四〇〇〇立方メートルの合計五〇〇〇立方メートルであること、したがって、これを掛け合わせた年間0.0027キュリーが年間の液体廃棄物中の放射性物質についての検出限界量となり、これより大きな放射能については測定が可能であることが認められ、証人槌田敦の前記証言は採用することができない。

イ 周辺環境における放射線量率等の測定について

原告らは、シンチレーション検出器や熱ルミネッセンス線量計は、空間ガンマ線量しか測定できず、内部被曝に重要な影響を与えるベータ線の測定は行われていない旨主張する。

しかしながら、放射性希ガスのガンマ線による外部全身被曝、海産物を介して摂取した放射性物質による内部全身被曝及び放射性ヨウ素の摂取による内部甲状腺被曝という主要な形態の被曝についての線量評価における公衆の被曝線量が十分低い値であれば、公衆の被曝線量は右以外の核種による被曝を考慮してもなお十分低く抑えられるとの判断に合理性があることは前に判示したとおりであるから、本件原子炉施設から放出される気体廃棄物の測定について、放射性希ガスのガンマ線に注目して行うことにも合理性があるというべきであるのみならず、<書証番号略>によれば、周辺公衆の内部被曝線量の評価及び環境中の放射性核種ごとの濃度の推移を把握するため、周辺監視区域境界付近及びその周辺における海水・海底土・海洋生物・土壌・陸上植物等、並びに周辺環境における農水産物・陸水等の環境試料を定期的に採取し、右の環境試料に含まれる放射性核種ごとの濃度をゲルマニウム半導体検出器等を用いて測定していること、右の測定において、ベータ線を放出するストロンチウム、トリチウム等の濃度も測定されていることが認められる。

したがって、被告がベータ線の測定を行っていることは明らかであるので、原告らの主張は失当である。

ウ 環境試料の採取回数について

原告らは、被告及び宮城県の行うホンダワラのモニタリング回数は年四回とされていることから、本件原子力発電所において、敦賀原子力発電所と同様の放射性廃棄物処理施設からの放射性廃液漏洩事故が発生した場合に汚染を発見することができないおそれがあると主張する。

しかしながら、<書証番号略>によれば、被告及び宮城県においては、指標海産物(放射性物質の濃縮の速度や度合いの大きい、しかも、その地域で容易に採取できる海産物)としてアラメ及びムラサキイガイを選定し、アラメについては、宮城県が三地点から年四回(二月、五月、八月、一一月)、被告が二地点から年四回(一月、四月、七月、一〇月)、一地点から年一回(一一月)それぞれ採取することとし、ムラサキイガイについては、宮城県が一地点から年四回(四月、六月、九月、一二月)、被告が一地点から年四回(二月、五月、八月、一一月)それぞれ採取することとしていること、したがって、アラメについては、三月、六月、九月、一二月以外は毎月採取し、ムラサキイガイについては、一月、三月、七月、一〇月以外は毎月採取することが認められる。

右事実に照らせば、本件原子力発電所と敦賀原子力発電所を一律に論じることはできず、本件原子力発電所において放射性廃棄物処理施設からの放射性廃液漏洩事故が発生した場合に汚染を発見することができないということにはならない。

エ ムラサキツユクサによる実験とその結果について

原告らは、ムラサキツユクサは、被告や宮城県がモニタリングに利用している空間ガンマ線を測定する各種機器と異なり、ガンマ核種による体外被曝と、ベータ核種の取込み及び濃縮による体内被曝の両方の生物学的影響を直接表すことができる利点をもっており、かつ、ムラサキツユクサの放射線に対する感受性は人間と同程度か又はやや鈍感であることが知られているところ、我が国の各地の原子力発電所の周辺においてムラサキツユクサのオシベの突然変異が有意に増加していることが観察されており、このことは、原子力発電所の稼働に伴って放出される放射性物質により、周辺住民に何らかの危険がもたらされたことを示唆すると主張し、<書証番号略>、証人市川定夫の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>によれば、一部は既に認定したように、ムラサキツユクサは、例えば、KU7株では平均気温が摂氏一九度から摂氏二六度に七度上昇すると、突然変異率が三〇パーセント近く低下するなど、放射線のほか、気温、大気汚染物質等環境条件のささいな変動がその突然変異率の変化に大きな影響を与えるとされていること(証人市川定夫も、ムラサキツユクサKU七株では、気温における摂氏一度の増減による突然変異率の変化は、放射線約0.5レントゲン当たりの突然変異率の変化に等しい旨証言する。)、したがって、原子力発電所周辺において観察されたムラサキツユクサの突然変異率の変動については、直ちに原子力発電所から放出された放射性物質に結び付けることはできず、放射線以外の諸要因による影響について検討を加えなければならないことが認められる。

また、<書証番号略>によれば、東京大学農学部教授山口彦之らは、財団法人原子力安全研究協会が行った原子力発電所周辺の野外に植えたムラサキツユクサKU―七株のオシベ毛の突然変異率の測定実験及び放射線、気温、大気汚染物質等の環境因子の物理的測定の結果に基づき、突然変異率の変動と各環境因子との関連性について検討した結果、ムラサキツユクサのオシベ毛の色に関する突然変異事象率には、環境条件のささいな変動によって、顕著な変動が認められたこと、原子力発電所が放出する放射性核種における栽培地点における一日当たりの最大照射線量、放射能濃度は、ムラサキツユクサの突然変異倍加線量(又は相当する放射能)の一〇〇〇分の一ないし一〇〇〇万分の一であることから、ムラサキツユクサを原子力発電所からの放出放射性物質のモニターとして利用することは不可能であると判断していること、また、東京大学医学部教授大橋靖雄も、右データを統計的に検討した結果、ムラサキツユクサの突然変異事象率と、現在の放出規制を守っている原子力発電所の大気中放出放射性物質との関連性を示す統計的に有意な証拠は見い出せなかったため、ムラサキツユクサによる現状レベルの放出放射性物質モニタリングの可能性を否定していることが認められる。

さらに、<書証番号略>によれば、外部照射の場合に温度等が制御された実験室でムラサキツユクサの突然変異が有意に検出できるのは一回照射で二五〇ミリレムであるのに対し、環境モニタリング用のサーベイメーターでは一日当たり0.2ミリレム、精密測定法では一日当たり0.02ミリレム、熱螢光熱量計では一日当たり一ミリレムが測定できること、ヨウ素の場合には温度等が制御された実験室でムラサキツユクサの倍加放射能はクラスタ当たり四ナノキュリーであるのに対し、ゲルマニウム半導体検出機ではクラスタ当たり0.01ナノキュリーが測定できること、こうしたことから、日本原子力研究所の吉田芳和は、放射線量(外部照射)及び放射能汚染(放射性物質であるヨウ素一三一の濃度)に対する検出感度及び信頼度に関しては放射線測定の物理的測定器の方がムラサキツユクサの突然変異の観察よりもはるかにすぐれているとしていることが認められる。

以上認定の各事実に照らせば、ムラサキツユクサを原子力発電所からの放出放射性物質の線量のモニターとして利用することは必ずしも適当ではないといわざるを得ない。

また、遺伝的影響の危険度のモニターとしての機能について検討すると、右認定の事実から直ちにこの機能が否定されるものではないが、ムラサキツユクサは放射線のほか、気温、大気汚染物質等環境条件のささいな変動がその突然変異率の変化に大きな影響を与えることから、原子力発電所周辺において観察されたムラサキツユクサの突然変異率の変動については、直ちに原子力発電所から放出された放射性物質に結び付けることはできず、放射線以外の諸要因による影響について検討を加えなければならないこと、前に判示したとおり、動物と植物では遺伝情報は非常に異なっていることから、ムラサキツユクサの体細胞に生じた影響についての知見をそのまま人間に適用することはできないとする見解が有力であることに照らせば、ムラサキツユクサについて、直ちに遺伝的影響の危険度のモニターとしての有効性を全面的に肯認することも困難といわざるを得ない。

6 各地の原子力発電所周辺における放射性物質の検出

原告らは、我が国の各地の原子力発電所周辺において放射性物質が検出されており、現実に放射性物質が検出されていることは、周辺住民に何らかの危険がもたらされたおそれがあると主張し、<書証番号略>、証人市川定夫及び証人古川路明の各証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、原子力発電所においては、その平常運転に伴い、様々な放出抑制対策にもかかわらず、一定の範囲の放射性物質を放出することが前提となっていることは、これまで判示したところから明らかであって、我が国の各地の原子力発電所周辺において放射性物質が検出されたことから、直ちに原子力発電所の安全性に疑義が生ずることになるものではない。

むしろ、原告らの生命・身体等の安全性に関しては、原告らの被曝線量(原告らに到達する放射性物質の線量)が問題とされるべきであるところ、本件安全審査においては、本件原子炉一号炉の平常運転に伴って放出される放射性物質については、気体廃棄物中に放射性希ガスで年間三万八〇〇〇キュリー(年度放出実績では、運転開始以降平成三年度までいずれも検出限界以下)、ヨウ素一三一で年間2.3キュリー(年度放出実績では、運転開始以降平成三年度までいずれも検出限界以下)、ヨウ素一三一で年間2.3キュリー(年度放出実績では、昭和六一年度及び昭和六三年度を除きいずれも検出限界以下、昭和六一年度は0.00041キュリー、昭和六三年度は0.00001キュリー)、ヨウ素一三三で年間4.5キュリー、液体廃棄物中にトリチウムで年間一〇〇キュリー(年度放出実績では、運転開始から平成三年度までの間で最大となった昭和六三年度において年間2.9キュリー)、トリチウムを除いた放射性液体廃棄物で年間0.1キュリー(年度放出実績では、運転開始以降平成三年度までいずれも検出限界以下)が放出されるという実際の放出実績に比較して大量の放射性物質が放出されることが想定された上、例えば気体廃棄物中の希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被曝の評価に当たっては、人が発電所の敷地境界のところに一年間居続けるとすること等の厳しい条件を仮定して周辺公衆の被曝線量を評価したところによっても、放射性希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被曝線量は年間約0.63ミリレム、人体内に取り込まれた液体廃棄物中の放射性物質から放出されるベータ線及びガンマ線による内部被曝線量は年間約0.04ミリレム、人体内に取り込まれた気体廃棄物及び液体廃棄物中のヨウ素から放出されるベータ線及びガンマ線による甲状腺被曝線量は年間約1.3ミリレムにすぎないと評価されたこと、この評価の過程には何ら不合理な点は認められないことは前に判示したとおりである。

のみならず、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子力発電所周辺における放射線量等の測定・監視の結果で、本件原子力発電所に起因する放射性物質の環境への影響が確認されたことはないこと、本件原子力発電所の周辺では微粒子状の放射性物質が検出されたことはないことが認められる。

以上の各事実に照らせば、本件原子力発電所の平常運転に伴い放出される放射性物質によって周辺公衆の生命・身体等に影響を及ぼすような被曝が生ずるおそれがあるということはできない。

7 固体廃棄物の危険性

原告らは、固体廃棄物の最終的処分方法は確定されておらず、敷地内の固体廃棄物貯蔵所に貯蔵保管し年々その数量が増大していくところ、固体廃棄物は、大量の放射能を有しており、しかも、その放射能の大部分は、ストロンチウム九〇、セシウム一三七、コバルト六〇等の毒性が強くかつ半減期の長い放射性物質であり、ドラム缶が破壊された場合、固体廃棄物は、雨水・漏洩水・地下水・海水等の水によって容易に外部へ浸出し、一旦外部へ浸出した放射性物質は、種々の経路を通って原告ら周辺住民に到達すると主張する。

しかしながら、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、固体状の放射性廃棄物を詰めたドラム缶は、鉄筋コンクリート造りの強固な固体廃棄物貯蔵所において、適切に貯蔵・保管されることが認められ、右事実に照らせば、本件原子力発電所において、ドラム缶が破壊され、固体廃棄物中の放射性物質が、雨水・漏洩水・地下水・海水等の水によって外部へ浸出するおそれがあるということはできない。

また、固体廃棄物の最終的処分方法が検討の途上にあることは原告らの主張するとおりであるが、必要な放射線遮蔽措置を施され、適切に貯蔵・保管される限り、原告らの生命・身体に被害が及ぶとは認められないから、最終的処分方法が確定していないことは、原告らの本件原子力発電所の建設及び運転の差止を求める請求の根拠とすることはできない。

8 使用済燃料の危険性

原告らは、使用済燃料の再処理は、技術的に未だ不完全であり、採算が合うものでなく、また、再処理によって生み出される高レベル放射性廃棄物の処理が極めて困難であることから、世界的な状況としては中止する方向にあり、使用済燃料の処理方法は確定されておらず、敷地内の使用済燃料貯蔵プールに貯蔵保管するほかなく、年々その数量が増大していくところ、使用済燃料は、クリプトン八五、キセノン一三五、ストロンチウム九〇、セシウム一三七、ヨウ素一三一、プルトニウム二三九等の毒性が強くかつ半減期の長い放射性物質であり、何万年も安全に保管し続けなければならないと主張する。

しかしながら、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、固体状の放射性廃棄物を詰めたドラム缶は、鉄筋コンクリート造りの強固な固体廃棄物貯蔵所において、適切に貯蔵・保管されることが認められ、右事実に照らせば、本件原子力発電所において、ドラム缶が破壊され、固体廃棄物中の放射性物質が雨水・漏洩水・地下水・海水等の水によって外部へ浸出するおそれがあるということはできない。

また、<書証番号略>によれば、我が国において、使用済燃料を利用した核燃料サイクルの確立に向けて、ウラン濃縮、使用済燃料再処理、低レベル放射性廃棄物埋設等に関して事業化の具体的な進展が図られていることが認められるものの、未だ核燃料サイクルの実現を見るには至っていないことは原告らの主張するとおりであるが、使用済燃料が、必要な放射線遮蔽措置を施され、適切に貯蔵・保管される限り、原告らの生命・身体に被害が及ぶとは認められないから、使用済燃料を利用した核燃料サイクルが確立していないことは、原告らの本件原子力発電所の建設及び運転の差止を求める請求の根拠とすることはできない。

9 廃炉の撤去等

原告らは、本件原子炉のような大型原子炉は解体撤去の実例がないだけでなく技術が未確立であり、周辺住民が廃炉に伴う放射線被曝に脅かされることになると主張する。

しかしながら、<書証番号略>によれば、原子力発電所の解体撤去は既存の技術又はその改良により可能であると考えられており、現在、さらに作業者の被曝線量の一層の低減を図る観点から安全性・信頼性の確保に関する重要な技術について将来の解体撤去時に備えた計画的な技術開発が行われていることが認められ、原子炉の解体撤去の技術が未確立であるということはできないのみならず、仮に、原子炉の解体撤去の技術が未確立であるとしても、本件原子炉が、必要な放射線遮蔽措置を施され、適切に維持・保管される限り、原告らの生命・身体に被害が及ぶとは認められないから、原子炉の解体撤去の技術が確立していないことは、原告らの本件原子力発電所の建設及び運転の差止を求める請求の根拠とすることはできない。

10 労働者被曝の危険性

原告らは、本件原子力発電所周辺の住民であるというに止まり、本件原子力発電所で労働しているものではなく、原告らの主張する労働者の被曝によって原告ら自身の生命・身体に被害が及ぶことについて何ら明確な主張がない。したがって、労働者被曝についての主張は、その余について判断するまでもなく、原告らの本件原子力発電所の建設及び運転の差止を求める請求の根拠とすることはできない。

第五本件原子炉施設の立地条件に係る安全確保対策

一自然的立地条件

原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性についての判断は、その自然的立地条件に対応して、当該原子炉施設がその基本設計において工学的・技術的に安全なものとして設計され、かつ建設されているかどうかに関する総合的な審査に基づいてされるべきものであるところ、右の審査において、自然的立地条件として考慮すべきものには、地盤・地震・気象・海象等の問題があるが、このうち、原子炉施設の安全審査において特に力点が置かれるのは地盤及び地震の問題であり、原告らにおいても右の点を中心に本件原子炉施設の自然的立地条件に係る危険性を主張するので、以下、地盤及び地震の問題を中心にして検討することとする。

被告は、本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全対策として、第一に本件原子力発電所の敷地としては、必要な支持力を有するとともに、地震による地盤破壊を発生させるおそれがない地盤が選ばれており、第二に本件原子力発電所敷地周辺の地質構造については十分な調査及び検討が行われており、第三に右地質構造についての検討等を踏まえて本件原子力発電所について十分な耐震設計が行われていると主張するところ、<書証番号略>によれば、本件安全審査において、右の各対策についてそれぞれ検討され、本件原子炉施設の基本設計は、これらの対策に係る安全性をいずれも確保し得るものと判断されたことが認められる。

そこで、まず、その具体的審査内容について検討し、その後に原告らの主張に対する判断を示すこととする。

なお、右具体的審査内容の検討にあたっては、本件原子炉施設について行われた各審査のうち本件原子炉二号炉についての設置変更許可処分に際して行われた審査が、新たな知見を踏まえて最も詳細に行われたものであり、また、本件原子炉二号炉は本件原子炉一号炉の中心から一五〇メートル程度離れているにすぎず、本件原子炉二号炉についての本件安全審査における地盤及び地震に係る審査は本件原子炉一号炉の安全性についての判断にも適用できると考えられるので、右の審査を中心に検討を行うこととし、本件原子炉一号炉についての設置許可処分に際して行われた審査については、その後で、本件原子炉二号炉について行われた審査内容との比較においてその妥当性について判断することとする。

右各号証及び<書証番号略>によれば、本件安全審査における具体的審査内容は、次のとおりであったと認められる。

1 地盤

本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設敷地の地盤は、本件原子炉施設に損傷を与えるような地すべりや山津波が発生するおそれはなく、また、原子炉施設を支持する上で必要な地耐力を有するとともに、地震による地盤破壊や荷重による不等沈下を起こすおそれはないものと判断され、その結果、本件敷地は原子炉施設敷地として安全確保上問題がないと判断された。

ア 地質調査等

敷地周辺の地質及び地質構造に関しては、既存の地形図、地質図、地質に関する文献によるほか、陸域については空中写真判読及び地表地質調査を、また、海域については敷地周辺の音波探査等を実施して所要の調査が行われていることが確認され、これらの調査内容、調査結果及びその信頼性についての検討の結果、いずれも妥当なものと判断された。

敷地の地質・地盤に関しては、地質及び地質構造に関する諸調査(地表地質調査・試掘坑調査・トレンチ調査・ボーリング調査等)、岩石・岩盤物性に関する諸試験(炉心予定地付近の試掘坑内における原位置岩盤試験、試掘坑内及びボーリング・コアから採取した試料による室内岩石試験等)が実施されていることが確認され、これらの調査・試験の内容及びその信頼性についての検討の結果、いずれも妥当なものと判断された。

イ 敷地地盤の評価

本件原子炉施設敷地の地盤は、中生界ジュラ系牡鹿層群萩の浜累層の砂岩、頁岩及び砂岩頁岩互層等からなり、これらは第四系の堆積物に覆われていること、原子炉施設の設置予定位置の地盤は、牡鹿層群の砂岩、頁岩及びそれを貫くひん岩で構成され、地層は南東から南南東に三〇度から五〇度傾斜していること、ボーリング調査、試掘坑調査等により九本の断層が確認されており、これらの傾斜は概ね高角度であることが確認され、断層は、その相互関係・性状等から、褶曲構造の形成と密接に関連して形成された古いもので、安全評価上活動性に関して問題となるものではないと判断された。

次に、地盤の支持力については、岩盤の平板載荷試験結果から、常時の設置圧及び地震時の最大接地圧に対して十分な支持力を有しているものと判断され、原子炉設置地盤の岩盤分類、断層の分布状況及び岩石・岩盤試験等の結果を評価して行われた安定解析結果から、原子炉設置地盤は地震時にも十分な支持力を有しているものと判断された。

また、すべりについては、ブロックせん断試験結果等に基づき行った基礎底面のすべりに対する解析結果及び安定解析結果から、原子炉設置地盤は地震時にすべりによる破壊を生じることがないものと判断された。

沈下については、平板載荷試験等により得られた変形特性及び安定解析結果から安全上支障のある沈下が生じることはないものと判断された。

さらに、敷地には原子炉施設に影響を与えるような地すべり、山崩れ等のおそれのある急斜面、地すべり地形も認められないことから、地震時においても原子炉施設に影響を与えるような斜面崩壊が生じることはないものと判断された。

2 地震

本件安全審査においては、以下のとおり、原子炉敷地周辺において将来発生することがあり得るものと考えるべき地震が過去の地震歴等から適切に選定されているかどうかが検討され、その結果、右選定は適切にされているものと判断された。

ア 過去の被害地震

過去の被害地震に関しては、宇佐見カタログ(昭和五四年)、宇津カタログ(昭和五七年)、気象庁地震カタログ、資料日本被害地震総覧(昭和五八年)等を基にして、敷地から震央距離が約二〇〇キロメートル以内の地震について調査が行われていること、これらの被害地震のうち敷地に気象庁震度階級Ⅴ程度以上の震度を与えたと推定される地震として、三陸沿岸の地震(貞観一一年)、陸前の地震(正保三年)、陸中盛岡の地震(明和七年)、仙台の地震(天保六年)、三陸沖の地震(明治二九年)、仙台沖の地震(明治三〇年)、岩手県沖の地震(明治三一年)、宮城県北部の地震(明治三三年)、岩手県沖の地震(明治三八年)、三陸沖の地震(昭和八年)、金華山沖の地震(昭和一一年)、金華山沖の地震(昭和一二年)、福島県東方沖の地震(昭和一三年)、一九七八年宮城県沖地震(昭和五三年)が選定されていることが確認された。

これらの地震の選定及びその規模・震央距離等の評価は、種々の資料を比較検討して行われており、いずれも妥当なものと判断された。

イ 活断層

活断層に関しては、日本の活断層(昭和五五年)、活構造図―秋田(昭和五八年)等の資料及び関連の文献の調査等に基づき、敷地に影響を与える地震を発生させる可能性のある断層として上品山西断層、加護坊山―箟岳山断層及び海域の断層等が選定され、位置・規模・活動性等について検討されていることが確認され、これら選定された断層等について関連する文献の調査、微小地震との関連の調査、空中写真判読、音波探査結果の調査、現地調査等を行って検討された結果、上品山西断層のリニアメントの成因は、地質の違いあるいは岩質の差に起因する差別侵食の結果によるもの、加護坊山―箟岳山断層のリニアメントの成因は、リニアメントの両側の岩質の差に起因する差別侵食によるものと判断され、海域の断層については、F―六断層(長さ約6.4キロメートル)、F―七断層(長さ約9.2キロメートル)、F―八断層(長さ約6.5キロメートル)、F―九断層(長さ約8.9キロメートル)の敷地周辺海域の四断層については、断層とその上位の地層との関係から、活動が第四紀後期に及んでいる可能性を否定できないものと判断され、文献では、敷地周辺陸域及び海域には、他にも断層又はリニアメントが示されているが、敷地への地震動による影響の程度は右海域の断層に比べて小さいと判断された。

ウ 地震地体構造

宮城県沖近海から更に以遠の海域及び日本海溝付近で発生する地震は、過去の地震で評価した三陸沿岸の地震(貞観一一年)の影響を上回るものとはならないこと、東北日本の地殼内に起こり得る地震規模の上限はマグニチュード7.75程度とみられていること、このような上限規模の地震を盛岡市南西方から水沢市西方に至る断層群に想定したとしても、この地震が敷地に与える影響は、宮城県沖に想定する地震による影響を上回るものとはならないことが確認され、地震地体構造から想定される地震については、宮城県沖近海では過去に発生した地震の最大規模であるマグニチュード7.6の地震を敷地に最も影響を及ぼすと考えられるプレート境界上(震央距離二〇キロメートル、震源深さ四五キロメートル)に想定することは妥当なものと判断された。

3 本件原子炉二号炉の耐震設計本件安全審査においては、以下のとおり、前記2において想定された地震が原子炉敷地に及ぼすと考えられる影響を十分吟味した上で、原子炉の敷地基盤における設計用基準地震動が十分安全余裕をもって設定されているかどうか、また、設定された設計用基準地震動に対しても、工学的・技術的見地からみて、申請の対象となる原子炉施設につき、十分安全余裕のある耐震設計を講じ得るかどうかが検討され、その結果、本件原子炉二号炉の基本設計において、右設計用基準地震動の設定は適切にされているとともに、耐震設計は適切に講じられているものと判断された。

ア 設計用最強地震及び設計用限界地震

設計用最強地震の対象となる地震としては、三陸沿岸の地震(貞観一一年、マグニチュード8.6、震央距離二〇一キロメートル)及び仙台沖の地震(明治三〇年、マグニチュード7.4、震央距離四八キロメートル)が選定されていること、設計用限界地震としては、活断層から想定されるものとしてF―六断層による地震(マグニチュード6.2、震央距離12.1キロメートル)、F―七断層による地震(マグニチュード6.5、震央距離21.0キロメートル)を選定し、地震地体構造から想定される地震として宮城県沖近海のプレート境界の位置に想定した地震(マグニチュード7.6、震央距離二〇キロメートル、震源深さ四五キロメートル)が考慮されていること、さらに直下地震(マグニチュード6.5、震源距離一〇キロメートル)が考慮されていることが確認され、これらはいずれも「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(昭和五六年七月二〇日原子力安全委員会決定。以下「耐震設計審査指針」という。)に照らし妥当なものと判断された。

イ 基準地震動

a 地震動特性

地震動の最大振幅、周波数特性及び継続時間と振幅包絡線の経時的変化は、主に岩盤上における地震観測結果に基づいて提案された経験式を用いて定められており、妥当なものと判断された。

b 基準地震動

基準地震動は、設計用最強地震及び設計用限界地震の対象となる地震を考慮して策定された設計用応答スペクトル及びそれに適合するように作成された設計用模擬地震波で表されていることが確認され、いずれも妥当なものと判断された。

ウ 耐震設計上の重要度分類

原子炉施設は、地震時に要求される機能の重要性に応じて、A、B及びCの三クラスに分類され、それぞれ静的又は動的解析により求められる地震力に耐えるよう設計されること、Aクラスの施設のうち、特に重要な施設はASクラスとして分類され、このクラスには圧力容器等の圧力バウンダリを構成する機器・配管、制御棒及び制御棒駆動機構、格納容器、残留熱除去系等の主要施設が含まれていることが確認され、これらの各施設の重要度分類は、いずれも妥当なものと判断された。

エ 地震力の算定

各クラスの施設には、重要度に応じて定められた層せん断力係数に基づき算定される静的地震力のほか、Aクラスの施設に対しては、基準地震動S一から求められる入力地震動を用いて動的解析を行い、その応答結果としての地震力を適用することとしていること、さらにASクラスの施設に対しては、基準地震動S二から求められる入力地震動を用いて動的解析を行い、その応答結果としての地震力も適用することとしていること、基準地震動は、敷地内の中生界ジュラ系の牡鹿層群荻の浜累層中に仮想した解放基盤表面で定義していることが確認され、これらの地震力の算定及びその適用の方針は、耐震設計審査指針に照らし、いずれも妥当なものと判断された。

オ 荷重の組合せと許容限界

各クラスに適用される荷重の組合せと許容限界については、耐震設計審査指針に照らし、いずれも妥当なものと判断された。

また、地震時に動作を要求される機器については、実験等により動作機能が阻害されないことを確認することとしていること、地震によって引き起こされるおそれはなくても、その作用が長く続く事故時の荷重については、その荷重と基準地震動S一による地震力又は静的地震力と組み合わせる方針であることが確認された。

4 本件原子炉一号炉の耐震設計

本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉一号炉についても同様の観点から検討され、その結果、本件原子炉一号炉の基本設計において、右設計用基準地震動の設定は適切にされているとともに、耐震設計は適切に講じられているものと判断された。

ア 耐震設計上の重要度分類

原子炉施設は、安全上の重要度に従って、A、B及びCの三クラスに分類され、それらに応じて耐震設計が行われること、原子炉、原子炉建屋等のように、その機能喪失が原子炉事故を引き起こすおそれのある施設及び周辺公衆の災害を防止するために緊要な施設はAクラスとされること、Aクラスの施設のうち、格納容器(ドライウェル、サプレッションチェンバー、ベント管及び各貫通部)、制御棒及び制御棒駆動機構、ほう酸注入関係施設等のように安全対策上特に緊要な施設はASクラスとすること、タービン設備・廃棄物処理設備のように高放射物質に関する施設はBクラス、その他の施設はCクラスとすることが確認され、これらの各施設の重要度分類は、いずれも妥当なものと判断された。

イ 各施設の耐震設計

原子炉施設は、原則として剛構造とし、重要な建物・建築物は直接岩盤に支持されること、Aクラスの建物・構造物の耐震設計は、基盤における最大加速度二五〇ガルの地震波により動的解析を行って求められる水平震度、又は建築基準法に示された水平震度(この場合、地域による低減は行わない。)の三倍のいずれをも下回らない値によって行われること、なお、垂直震度は建物・構築物の高さ方向に一定とし、建築基準法に定められる水平震度の1.5倍を下回らない値とすること、この場合、水平及び垂直方向の地震力は、同時に不利な方向に作用するものとすること、Aクラスの機器・配管類の耐震設計は、基盤における最大加速度二五〇ガルの地震波により動的解析を行って求められる水平震度によること、ただし、この場合の水平震度は、据付位置における支持構築物の1.2倍を下回らないようにすること、なお、垂直震度は、建物基部の水平震度の二分の一を下回らない値とし、水平震度と同時に不利な方向に作用するものとすること、また、これらの震動によって生ずる変位・変形は機能保持に支障ないものとすること、ASクラスの施設は、Aクラス扱いのほかに、基盤における最大加速度三七五ガルの地震動による動的解析を行い、その機能が保持されるものとすること、Bクラス及びCクラスの施設は、それぞれ建築基準法に定められる水平震度の1.5倍及び1倍の値によって耐震設計が行われることになっていることが確認され、本件原子炉一号炉の基本設計において、右設計用基準地震動の設定は適切にされているとともに、耐震設計は適切に講じられているものと判断された。

5 水理について

本件安全審査においては、敷地周辺海域における潮位については、敷地南方約一一キロメートルに位置する気象庁鮎川検潮所における昭和一八年から昭和五九年までの観測によると、最高潮位がチリ地震津波(昭和三五年五月二四日)の際のO.P.(本件原子力発電所工事用基準面であり、東京湾平均海面―0.74メートルである。)+3.22メートル、最低潮位が同津波の際の0.P.―2.96メートルとされていること、高波については、沖合約五〇〇メートルにおける昭和五六年四月から昭和六一年三月までの観測によると最大波高6.83メートルとなっているが、波浪は敷地前面に設けられている防波堤により遮蔽されること、津波による水位上昇については、過去の津波についての文献調査等を検討した結果、朔望平均満潮位を考慮しても、最大で0.P.+9.1メートル程度であること、これに対し、本件原子炉建屋等の主要施設は、0.P.+14.8メートル以上の敷地に設置されることが確認され、その結果、高波及び津波による水位上昇は、本件原子炉施設の安全上支障ないものと判断された。

6 本件一号炉の安全性の審査方法の妥当性

以上認定の1ないし5の具体的審査内容によれば、本件安全審査における本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性についての判断は合理的根拠に基づいて行われたものであると認めることができるのであるが、耐震設計に係る審査方法が、本件原子炉一号炉におけるものと本件原子炉二号炉におけるものとで差異があり、本件原子炉二号炉における審査がより最新の知見を反映したものであるので、本件原子炉二号炉における審査方法に照らした本件原子炉一号炉の審査方法の妥当性について、なお検討する。

ア 耐震設計審査指針について

<書証番号略>によれば、原子力安全委員会は、昭和五六年七月二〇日、耐震設計審査指針を定めたが、これによれば、耐震設計についての審査は、発電用原子炉施設は想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を有していなければならないこと、及び建物・構築物は原則として剛構造にするとともに、重要な建物・構築物は岩盤に支持させなければならないことを基本方針としていること、具体的な審査においては、原子炉施設の耐震設計上の施設別重要度を、地震により発生する可能性のある放射線による環境への影響の観点から、Aクラス(自ら放射性物質を内蔵しているか又は内蔵している施設に直接関係しており、その機能喪失により放射性物質を外部に放散する可能性のあるもの、及びこれらの事態を防止するために必要なもの、並びにこれらの事故発生の際に外部に放散される放射性物質による影響を低減させるために必要なものであって、その影響・効果の大きいもの。なお、Aクラスの中でも特に重要なものをASクラスとする。)、Bクラス(右において、影響・効果が比較的少ないもの)、Cクラス(Aクラス、Bクラス以外であって、一般産業施設と同等の安全性を保持すればいいもの)に分け、Aクラスの各施設は、設計用最強地震(歴史的資料から過去において敷地又はその近傍に影響を与えたと考えられる地震が再び起こり、敷地及びその周辺に同様の影響を与えるおそれのある地震並びに近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動度の高い活断層による地震のうちから想定される最も影響の大きいもの)による地震力又は静的地震力のいずれか大きい方の地震力に耐えること、ASクラスの各施設は、設計用限界地震(地震学的見地に立脚し設計用最強地震を上回る地震について、過去の地震の発生状況、敷地周辺の活断層の性質及び地震地体構造に基づき工学的見地からの検討を加え、想定される最も影響の大きいもの)による地震力に対してその安全機能が保持できること、Bクラスの各施設は、静的地震力に耐えること、及び共振のおそれのある施設については、その影響の検討をも行うこと、Cクラスの各施設は、静的地震力に耐えること、さらに、上位の分類に属するものは、下位の分類に属するものの破損によって波及的破損が生じないことを確認するものとされている。

イ 耐震設計上の重要度分類について

右に認定した耐震設計審査指針における耐震設計上の重要度分類と、前に認定した本件原子炉一号炉の安全審査における耐震設計上の重要度分類を比較すると、細部において差異が存する部分も認められるものの、全体としてはほぼ一致することが認められ、右の事実によれば、この点に関する耐震設計審査指針に照らしても、本件原子炉一号炉の安全審査はなお合理性を有するものということができる。

ウ 設計用基準地震動について

本件原子炉一号炉の耐震設計において、被告は、基礎岩盤における設計用最大加速度を二五〇ガルと設定し、安全上特に重要なASクラスの施設については三七五ガルと設定し、この点が本件安全審査において妥当なものと判断されたことは前に認定したとおりである。

そこで、右の設計用最大加速度の設定の根拠について検討すると、<書証番号略>及び証人緒方正虔の証言によれば、宮城県内及びその周辺を震源とし、同地域に被害をもたらした地震は、その震央分布からすると、①宮城県近海の地震(宮城県の東方約五〇キロメートルから一〇〇キロメートルの海域を震源とする地震)、②三陸沖遠海の地震(三陸沿岸から約二〇〇キロメートルの日本海溝付近の海域を震源とする地震)、③宮城県内陸の地震(北上山地と奥羽山脈にはさまれた宮城県北部付近を震源とする地震)の三つの地震群に分類することができること、右三地震群それぞれの中から、本件原子力発電所敷地に最も影響を与えたと考えられる地震を選択し、金井式(東京大学地震研究所教授金井清が提案した岩盤における地震動の最大加速度、震源距離及びマグニチュードの関係を表す実験式)を用いて右地震の本件原子炉建屋の基礎岩盤における地震動の最大加速度を想定すると、①では明治三〇年二月二〇日の仙台沖の地震(マグニチュード7.8)により一八四ガルとなること、②では貞観一一年七月一三日の三陸沿岸の地震(マグニチュード8.6)により一〇四ガルとなること、③では明治三三年五月一二日の宮城県北部の地震(マグニチュード7.3)により一四六ガルとなること、一方、河角マップ(東京大学地震研究所教授河角広が作成した日本全国の地震危険度の分布図で、西暦五九九年ないし一九四九年(昭和二四年)の間に日本及びその周辺に発生した三四三個の地震の震央位置とマグニチュードを用い、日本全国を経度・緯度とも各0.5度ごとに区切って得られる網目点三四五点において、七五年間、一〇〇年間、二〇〇年間に少なくとも一回予想される地震動を求め、右地震動を地図上に等高線のような形で表したもの)における二〇〇年間に一回生じる可能性のある地震動の最大加速度期待値図によれば、本件原子力発電所敷地の至近の等値線の値は五〇〇ガル(地表面での最大加速度)であること、右の数値を、右敷地での被告の地震観測の結果得られた地表と基礎岩盤との間における増幅率(2.78)で除して本件原子炉建屋の基礎岩盤に将来生ずると考えるべき地震動の最大加速度を算出すると、一八〇ガルとなること、また、地震時における岩盤での地震動の最大速度を地図上に表した金井清の基盤最大速度期待値及び大築志夫の基盤速度分布図によれば、本件原子力発電所敷地を含む地域については、一秒当たり八センチメートルという値が地震動の最大加速度を想定する上で最も厳しい数値であり、右の数値により本件原子炉建屋の基礎岩盤に将来生ずると考えるべき地震動の最大加速度を算出すると、一六八ガルとなること、右のとおり、過去の地震から想定された地震動の最大加速度が最も大きなもので一八四ガル、地震動の強さの期待値を統計的に表した研究から想定された最大加速度が最も大きなもので一八〇ガルであったので、被告は、これに余裕をみて本件原子炉一号炉建屋の基礎岩盤における設計用最大加速度を二五〇ガルと設定し、安全上特に重要な格納容器、制御棒駆動機構等ASクラスの施設については三七五ガルと設定したことが認められる。

また、本件原子炉二号炉の耐震設計は、耐震設計審査指針に従って行われており、本件原子炉二号炉建屋の基礎岩盤について、設計用最強地震としては明治三〇年の仙台沖の地震及び貞観一一年の三陸沿岸の地震を考慮し、設計用限界地震としては、本件原子力発電所周辺の海域に存在するF―六及びF―七断層、プレート境界付近の地震(宮城県沖近海)、直下地震を考慮して基準地震動が設定されたことは前に判示したとおりであり、<書証番号略>及び証人緒方正虔の証言によれば、右基準地振動の設計用模擬地震波の作成波形(第五・六―五図)によって最大加速度をみると設計用最強地震が約二五〇ガル、設計用限界地震が約三七五ガルとなることが認められる。

してみると、本件原子炉一号炉施設設計当時は、発電用原子炉施設に関する耐震設計指針は存在していなかったため、その耐震設計は右指針に従ったものでなく、右指針に策定に伴った耐震設計の見直しもされておらず、また、一号炉の最大加速度の設定に当たって本件原子力発電所周辺の海域に存在するF―六及びF―七断層、プレート境界付近の地震(宮城県沖近海)、直下地震が考慮されていないとしても、本件原子炉一号炉施設は、二号炉施設と同様に、過去の地震として本件原子炉二号炉施設と同様に明治三〇年の仙台沖の地震及び貞観一一年の三陸沿岸の地震を想定して耐震設計を行ったこと、想定された設計用最大加速度はいずれも、ASクラスの施設が約三七五ガル、その他の施設が約二五〇ガルで一致していることを考慮すれば、基準地震動の設定の点に関する耐震設計審査指針に照らしても、本件原子炉一号炉の安全審査はなお合理性を有するものということができる。

7 結論

以上1ないし6認定の各事実によれば、本件安全審査における本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性の判断は合理的根拠に基づいて行われたものと認めることができ、右事実及び前記認定の原子力安全委員会の組織・性格を考え合わせれば、本件原子炉施設は、この点に関する原告らの更なる主張立証がない限り、自然的立地条件に係る安全性を確保し得るものと推認することができる。

そこで、この点に関する原告らの主張について、項を改めて検討する。

二自然的立地条件に関する原告らの主張に対する判断

原告らは、①本件原子力発電所建設地点の基礎岩盤は、脆弱劣悪な岩質で、原子力発電所建設地としては不適切であり、支持力が十分か極めて疑わしい、②本件原子力発電所の基礎岩盤中に原子力発電所建設に支障をきたす活断層がないとは言い切れない、③本件原子力発電所の耐震設計は、不適切な数値を基に行われた甘い設計となっており、残留変形の可能性も考慮に入れていない不十分なもので、地震の際に原子力発電所が損傷・破壊される危険性が存在するとして、本件原子力発電所は、極めて危険な状態にあると主張する。

1 本件原子力発電所敷地及びその周辺の地質構造

ア 本件安全審査において、本件原子力発電所敷地周辺の地質及び地質構造に関して、文献調査・空中写真判読・地表地質調査等が実施され所要の調査が行われたことが確認され、その調査内容、調査結果及び信頼性がいずれも妥当なものと判断されたことは、前に判示したとおりである。

そこで、その調査結果をみるに、<書証番号略>及び証人緒方正虔の証言によれば、①本件原子力発電所敷地周辺(北山山地南端部、牡鹿半島及び付近の島々)には、主として古生代から中生代にかけて形成された堆積岩が分布しており、右堆積岩は褶曲構造を呈し、断層を伴っていること、②北山山地から右敷地周辺にかけて分布する堆積岩の褶曲・断層は、基本的には中生代末に生じたいわゆる大島造山運動によって形成されたものであり、その後は、褶曲・断層運動を生じさせるような大きな変動はないことが確認されたことが認められる。

また、本件安全審査において、右敷地周辺のリニアメントに関して、文献調査・空中写真判読・現地調査等が行われたこと、現地調査結果によれば、上品山西断層及び加護坊山―箟岳山断層のリニアメントでは、リニアメントの方向が地質境界線とほぼ一致すること等が確認されたこと、これらのことから右リニアメントは活断層ではなく、その成因は、地層の違い又は岩質の差に起因する差別侵食の結果によるものとする評価が妥当なものと判断されたこと、文献には、敷地周辺陸域には、他にも断層又はリニアメントが示されているが、敷地への地震動による影響の程度は海域の断層に比べて小さいことが確認されたことは前に判示したとおりである。

イ 本件安全審査において、本件原子力発電所敷地周辺の海域の地質及び地質構造に関して、文献調査、敷地周辺の音波探査等が実施され、所要の調査が行われたことが確認され、その調査内容、調査結果及び信頼性がいずれも妥当なものであると判断されたこと、関連文献の検討及び音波探査記録の解析により認められたF―六ないしF―九の四断層については、断層とその上位の地層との関係から、活動が第四紀後期に及んでいる可能性を否定できないものと判断されたことは、前に判示したとおりである。

そこで、更に詳しく調査結果をみるに、<書証番号略>、証人緒方正虔の証言によれば、文献調査、既往の音波探査記録の再解析、音波探査調査等の調査結果によれば、本件原子力発電所敷地周辺の海域には主なものとして一四本の断層が存在すること、右F―六ないしF―九の四断層についてみると、F―六の敷地からの距離は12.1キロメートル、長さは6.4キロメートル、F―七の敷地からの距離は21.0キロメートル、長さは9.2キロメートル、F―八の敷地からの距離は23.2キロメートル、長さは6.5キロメートル、F―九の敷地からの距離は21.7キロメートル、長さは8.9キロメートルであることが確認されたこと、右の各事実から、被告は、本件原子力発電所敷地周辺の海域には、地震を起こす可能性のある断層として四本の断層があるが、そのうち、本件原子力発電所に影響を及ぼす可能性のあるものとしては、敷地からの距離が最短のF―六、長さが最長のF―七の二本の断層を考慮すれば足りると判断したことが認められ、本件安全審査において右の判断が妥当なものと判断されたことは前に判示したとおりである。

ウ 本件安全審査において、本件原子力発電所敷地の地質・地盤に関して、地質及び地質構造に関する諸調査(地表地質調査・試掘坑調査・トレンチ調査・ボーリング調査等)が実施されていることが確認され、これらの調査・試験の内容及び信頼性がいずれも妥当なものと判断されたこと、右敷地の地盤は、中生代ジュラ系牡鹿層郡荻の浜層の砂岩、頁岩及び砂岩頁岩互層等からなり、これらは第四系の堆積物に覆われていること、右敷地には、ボーリング調査・試掘坑調査等により九本の断層が確認されたが、これらの断層は、その相互関係・性状等から、褶曲構造の形成と密接に関連して形成された古いもので、安全評価上活動性に関して問題となるものではないと判断されたことは、前に判示したとおりである。

エa これに対し、原告らは、本件原子力発電所敷地周辺には、確実度Ⅲのリニアメントが数多く存在するところ、被告は七つのリニアメントを調査しただけであること、アメリカにおいては二〇〇マイル(約三二〇キロメートル)の地点までの断層を調査の対象としているところ、被告は三〇キロメートル以遠の断層については調査していないことから、被告の調査は不十分であると主張し、<書証番号略>及び証人生越忠の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>及び証人緒方正虔の証言によれば、活断層研究会によって作成された「日本の活断層」と題する資料には、本件原子力発電所敷地周辺に確実度Ⅲのリニアメントが記載されているが、確実度Ⅲとは、活断層の可能性があるが、変位の向きが不明であるなど、他の原因も考えられるものであり、活断層である可能性が半ば以下とされているものであること、右資料では、本件原子力発電所敷地周辺に確実度Ⅲとされたリニアメントが右敷地の三〇キロメートル以内では六本、右敷地の三〇キロメートル以遠では一本記載されており、これについて被告は調査を行った結果、いずれも活断層ではなく、差別侵食によるものであると確認されたこと、原子力発電所敷地への影響を評価するためには、その活断層の長さ、敷地からの距離、活動性の大小を総合的に検討することが必要であること、被告は、こうした観点から、本件原子力発電所敷地から三〇キロメートルの範囲について詳細に調査するとともに、三〇キロメートル以遠についても、文献等から規模の大きい断層を選定し、影響が大きいと考えられる場合には調査を行ったこと、米国原子力規制委員会の作成した原子炉立地規準も、二〇〇マイル内の断層を全て考慮するものとされているのではなく、敷地からの距離に応じた最小断層の長さ(敷地から一五〇ないし二〇〇マイルでは最小断層の長さは四〇マイルとされている。)、断層の活動度(地表面又は地表面付近での活動が、過去三万五〇〇〇年の間に少なくとも一回、又は過去五〇万年の間に繰り返して生じた場合であるか否か等)によって、考慮すべき断層か否かを決定するものとされているものであることが認められるから、原告らの主張は失当である。

b また、原告らは、本件原子力発電所敷地の断層は約一万二六〇〇年前から現在まで活動していないことが判明しているだけであり、第四紀に活動したか否かは不明であると主張し、<書証番号略>及び証人生越忠の証言中には右主張に沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>及び証人緒方正虔の証言によれば、被告は、右敷地の断層のうち、他の断層を全て変位させていることから、最も新しい時期に活動したと考えられ、かつ、破砕規模も最大であるTF―一断層についてトレンチ調査を行ったこと、その調査結果によれば、TF―一断層を覆う沖積層に変位は認められず、右沖積層の最下部付近の年代は約一万六一〇〇年前であったことから、右断層は一万六〇〇〇年間以上活動していないものと判断されたこと、また、断層内物質中の石英粒子の表面構造の調査から、その生成時期は中期更新世から後期中新世に相当することが確認されたこと、更に、TF―一断層及びSF―一断層から採取した断層内物質中の石英粒子のESR年代は三〇万年以上の値を示したこと、被告は、右の各調査結果及びリニアメント解析・現地調査の結果等を総合して、本件原子力発電所敷地の断層は第四紀後期において活動しなかったものと判断したことが認められるから、原告らの主張は採用の限りでない。

オ 以上に認定した各事実並びに証人緒方正虔の証言に照らせば、本件原子力発電所敷地及びその周辺には、本件原子力発電所に影響を及ぼす地震を起こす可能性のある断層があるということは認められず、他に右断層の存在を認めるに足りる証拠はない。

また、本件原子力発電所敷地周辺の海域には、地震を起こす可能性のある断層として四本の断層があり、そのうち、本件原子力発電所に影響を及ぼす可能性のあるものとして、敷地からの距離が最短のF―六、長さが最長のF―七の二本の断層を考慮すべきであるということができるが、前記イ認定の各事実及び証人緒方正虔の証言に照らせば、右二本の他に考慮すべき断層があるということはできず、他に考慮すべき断層の存在を認めるに足りる証拠はない。

2 基礎岩盤の安定性

ア 本件安全審査において、本件原子力発電所敷地の地質・地盤に関して、地質及び地質構造に関する諸調査(地表地質調査・試掘坑調査・トレンチ調査・ボーリング調査等)、岩石・岩盤物性に関する諸試験(炉心予定地付近の試掘坑内における原位置岩盤試験、試掘坑内及びボーリング・コアから採取した試料による室内岩石試験等)が実施されていることが確認され、これらの調査・試験の内容及び信頼性がいずれも妥当なものと判断されたこと、地盤の指示力については、岩盤の平板載荷試験結果から、常時の設置圧及び地震時の最大接地圧に対して十分な支持力を有しているものと判断され、原子炉設置地盤の岩盤分類、断層の分布状況及び岩石・岩盤試験等の結果を評価して行われた安定解析結果から、原子炉設置地盤は地震時にも十分な支持力を有しているものと判断されたことは、前に判示したとおりである。

そこで、さらに右の各調査の結果等についてみると、<書証番号略>、証人緒方正虔の証言によれば、右の各調査の結果、①右基礎岩盤は、砂岩及び頁岩からなる岩盤で構成されていること、②右砂岩及び頁岩の岩質は、いわゆる電研式岩盤分類によると、概ねCH及びCMに該当するものであること、③本件原子炉建屋の基礎岩盤には、一号炉敷地部分に四本及び二号炉敷地部分に六本の破砕帯がそれぞれ存在するが、いずれも小規模のものであること、④右基礎岩盤は破砕帯の部分で動いた形跡が認められないことが確認されたこと、試掘坑内で実施した載荷試験によると、本件原子炉一号炉建屋の基礎岩盤は一平方メートル当たり七〇〇トン以上の支持力を有していること及び本件原子炉二号炉建屋の基礎岩盤は一平方メートル当たり一四〇〇トン以上の支持力を有していることが確認されたこと、これに対し、本件原子炉建屋の荷重は、平常時で一平方メートル当たり五〇トンであり、地震時でも最大一平方メートル当たり二〇〇トンに満たないものであることが認められる。

イa これに対し、原告らは、いわゆる電研式岩盤分類におけるCHに該当する岩盤は基礎岩盤として「やや不良」とされており、CMに該当する岩盤は基礎岩盤として「不適」とされていること、建設省土木研究所の岩質区分表では「不良」と評価されるものが補正書の区分ではCH、CMとされていることから、本件原子炉建屋の基礎岩盤として不適当であると主張し、<書証番号略>及び証人生越忠の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>及び同証言によれば、<書証番号略>に記載のある電研式岩質分類表は黒部川第四ダムの基礎岩盤としての良否の評価のために作成されたものであること、建設省土木研究所の岩質区分表も同様にダムの基礎岩盤の分類基準であることが認められるところ、<書証番号略>及び証人緒方正虔の証言によれば、基礎岩盤としての良否の評価は、その基礎岩盤上に設置される構造物の荷重の大きさ等の要求される条件に応じて決定されるべきものであることが認められる。

右の各事実に照らせば、黒部川第四ダムのような大規模なダムの基礎岩盤を対照とした岩盤分類又は岩質区分基準を大規模なダムと荷重の大きさの異なる本件原子炉建屋にそのまま用いることはできないというべきであるから、原告らの主張は失当である。

b また、原告らは、二号炉の設置許可申請の際の地質調査の結果ではボーリング調査に基づく地質柱状図に一番硬さのランクの低いCLクラスの地層の記載があったものが、補正書では大幅に削除されていること、岩盤良好度(RQD)による評価で「非常に悪い」とされているものが補正書の区分ではCHとされていることから、被告の岩盤評価は極めて甘い基準で行われていると主張し、<書証番号略及び証人生越忠の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>及び証人緒方正虔の証言によれば、二号炉の設置許可申請書に添付した地質柱状図の記載と補正書に添付した地質柱状図の記載が異なっているのは、二号炉の設置許可申請書に添付した地質柱状図の作成に当たっては、電研式岩盤分類を基本として岩盤分類を行ったのに対し、補正書に添付した地質柱状図の作成に当たっては、本件原子力発電所敷地の地質及び地質構造の特徴を考慮して、「風化の程度」及び「割れ目の頻度」を分類の指標とし、これに基づき、ボーリングコアについて岩級区分を行った後、各岩級の分布状況を考慮して岩盤分類を行うことにしたことによるものであって、CLの記載が削除され評価が向上した部分もあるものの、逆にCHの記載がCMへ変更され評価が下がった部分もあることが認められ、<書証番号略>によれば、岩盤良好度は、単位掘進長に対するコア長一〇センチメートル以上の部分の全長をもって表示するものであるが、本件原子力発電所敷地の地盤のように層理の多い堆積岩が分布している場合には、その判定は難しく誤差が大きいとされていることが認められる。

右の各事実に照らせば、被告の岩盤評価が極めて甘い基準で行われているということはできない。

c さらに、本件原子力発電所敷地には、一号炉敷地部分に四本及び二号炉敷地部分に六本の破砕帯が存在することは前に判示したとおりであるところ、原告らは、破砕帯の部分の支持力は弱いから原子炉建屋の基礎岩盤としては不適当であると主張し、証人生越忠の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>によれば、本件原子炉一号炉建屋は約四三メートル×約四三メートルの大きさであるところ、右敷地部分の破砕帯の最大破砕幅は約1.5メートルであること、本件原子炉二号炉建屋は約七七メートル×約八四メートルの大きさであるところ、右敷地部分の破砕帯の最大破砕幅は約0.8メートルであることが認められ、右の事実によれば、本件原子炉建屋は破砕帯の大きさと比較して十分な広さをもつ鉄筋コンクリート基礎を介して右基礎岩盤に設置されていることにより、その荷重は基礎岩盤に伝えられるというべきであり、前に判示したとおり、右基礎岩盤は破砕帯の部分で動いた形跡が認められないことを合わせ考えれば、本件原子炉建屋は、破砕帯の存在にかかわらず、右基礎岩盤により支持されるというべきであるから、原告らの主張は失当である。

ウ 前記アで認定した各事実及び証人緒方正虔の証言に照らせば、本件原子炉建屋の基礎岩盤が地震時において本件原子炉建屋を支持するのに十分な余裕を有しない岩盤であるということはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

3 本件原子力発電所の耐震設計

ア 本件安全審査において、本件原子炉一号炉について、Aクラスの建物・構造物・機器・配管類の耐震設計は、基盤における最大加速度二五〇ガルの地震波により動的解析を行って求められる水平震度等によること、ASクラスの施設は、Aクラス扱いのほかに、基盤における最大加速度三七五ガルの地震動による動的解析を行い、その機能が保持されるものとすること等が確認され、右設計用基準地震動の設定は適切にされているとともに、耐震設計は適切に講じられているものと判断されたことは、前に判示したとおりである。

イa これに対し、原告らは、各地の地震で測定された地震動の最大加速度に照らして右設計用最大加速度は過小であると主張する。

しかしながら、<書証番号略>及び証人緒方正虔の証言によれば、ある地点での地震動の加速度は、その地点固有の地盤の性状、マグニチュード及び震源距離によって決定されるものであることが認められ、右事実に照らせば、他の地点において測定された地盤動の最大加速度が本件原子炉建屋の基礎岩盤における設計用最大加速度を超えることから、直ちに右設計用最大加速度が過小であるということはできない。

b 次に、<書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、建設省国土地理院に設置された地震予知連絡会は、昭和五三年八月二一日、本件原子力発電所敷地を含む「宮城県東部、福島県東部地域」を特定観測地域として指定したことが認められるところ、原告らは、この事実から、本件原子力発電所敷地は原子炉設置敷地として不適当であると主張し、証人生越忠の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、地震予知連絡会が特定観測地域として指定した趣旨は、近い将来における地震発生の可能性が他に比して大きいということであり、過去に発生した地震よりも大規模な地震が発生する可能性があるということではないことが認められ、右事実に照らせば、本件原子力発電所敷地を含む地域が特定観測地域に指定されたことをもって、右敷地が原子炉設置敷地として不適当なものとなったということはできない。

c また、原告らは、河角マップや金井式は、発表後に発生した地震の実測値と比較すると過小であって信用性が存在しないので、これを用いて算定された設計用最大加速度を原子力発電所の耐震設計の基礎となる値とすることはできず、また、本件原子力発電所敷地周辺は表層が薄いところであり、河角マップにより設計用最大加速度を求める際に被告が用いた増幅率2.78倍は過大であって、1.1倍程度が適当であると主張し、<書証番号略>及び証人生越忠の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>及び証人生越忠の証言によれば、金井式は、茨城県日立鉱山の地下三〇〇メートルにおける観測記録と松代地震群(昭和四〇年ないし昭和四二年)に基づいて得られた実験式であり、これらの実験式で計算した値が日本及びアメリカで観測された強震記録の値とよく合うというところに実用式としての価値があるとされていること、他方、金井式は地盤の強弱が計算式に入っていないため、地盤の強弱により金井式による値が実測値と異なる場合があることはやむを得ないこと、この欠陥はほとんど全ての計算式に共通することが認められ、右事実に照らせば、地震の実測値のうちに金井式の値を超えるものがあったとしても、直ちに金井式に信用性がないということはできない。

また、<書証番号略>によれば、河角マップの値は、確率的な期待値であるから、実際にはこの値以上の地震が起こることもあり得るものであり、また、河角マップの値は沖積層と洪積層の中間程度の地盤を対象としたものであること、原子力安全委員会が昭和五六年七月二〇日に定めた発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針においても、地震動の強さの統計的期待値は、河角マップ又は金井マップのような統計的な研究成果に基づいて推定するものとされていることが認められ、右事実に照らせば、地震の実測値のうちに河角マップの値を超えるものがあったとしても、直ちに河角マップに信用性がないということはできない。

そして、<書証番号略>によれば、被告は、本件原子炉施設基礎岩盤における基盤から地表への増幅率を知るため、昭和四三年一二月二六日から昭和四四年六月二四日まで地震の観測を行い、八〇回の地震波を記録したこと、このうち岩盤面最大加速度が一ガル以上の地震についての記録二四個のうち、岩盤と地表の両方の数値が記録できたのが二一個であり、そのうち一七個について増幅率の単純平均を求めると2.78となったことが認められ、右の四個のうち二個については増幅率が過大(18.0)及び過小(0.87)となったものを控除したものと理解でき、その余の二個(1.57及び4.09)については控除された理由が不明であるが、これを加えて計算しても2.785と変更がなく、その他右観測の過程に特段の不合理な点は認められないから、被告が地表と基礎岩盤との間の増幅率を2.78として設計用最大加速度を求めたことが合理性を欠くということはできない。

d さらに、原告らは、本件原子炉施設の基礎岩盤には、断層破砕帯が多数発達しており、地震時においてこの部分が著しく変形する可能性があるのに、本件原子炉施設の設計は基礎岩盤に生じるおそれのある残留変形を全く考慮しておらず、本件原子炉施設の耐震設計は不十分であると主張し、証人生越忠の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、本件原子炉施設の基礎岩盤の破砕帯が第四紀後期に活動したとは認められないことは前記1において判示したとおりであって、この事実に照らせば、地震時において破砕帯の部分が著しく変形するおそれがあると認めることはできず、本件原子炉施設の設計において基礎岩盤に生じるおそれのある残留変形を考慮していないとしても、これをもって本件原子炉施設の耐震設計が不十分であるということはできない。

ウ 前記ア認定の各事実及び証人緒方正虔の証言に照らせば、被告の行った耐震設計が、想定されるいかなる地震力に対しても、これが大きな事故の誘因とならないようにするという観点から不十分なものであると認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

4 津波に対する安全性

原告らは、本件原子力発電所敷地を含む三陸海岸一帯は、明治二九年の明治三陸地震、昭和八年の昭和三陸地震、昭和三五年のチリ地震等過去幾度も大きな津波に襲われ、甚大な被害を出しているところ、津波の方向と湾の形状の組み合わせで、本件原子力発電所を巨大津波が襲う可能性は否定できないと主張し、<書証番号略>、証人生越忠の証言中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、<書証番号略>によれば、明治二九年六月一五日及び昭和八年三月三日発生の地震津波においては、三陸地方では二〇メートル、あるいは三〇メートルを超える津波に襲われたが、本件原子力発電所敷地付近で発生した津波の波高は最大5.2メートルにとどまっており、また、昭和三五年五月二四日のチリ地震津波においても、本件原子力発電所敷地付近で発生した津波の波高は最大五メートル強であるところ、本件原子力発電所敷地の高さは14.8メートルであることが認められる。

そうすると、本件原子力発電所付近において、右敷地の高さを超えるような波高の津波に襲われることがあるとは証拠上認めることはできないから、本件原子力発電所施設が津波に襲われて損傷を受けるおそれがあるということはできない。

三本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全確保対策

1 基本設計における安全確保対策の審査

本件安全審査においては、本件原子炉施設と公衆との離隔に係る安全確保対策として、重大事故及び仮想事故の発生を仮定しても公衆の安全が確保されるよう原子炉と公衆とが十分離れているかどうかについても検討されたことは前に判示したとおりである。そして、<書証番号略>によれば、本件原子炉施設は、その基本設計において右の対策に係る安全性を確保し得るものと判断されたことが認められる。

2 安全確保対策の具体的審査内容

そこで、その具体的審査内容についてみるに、<書証番号略>によれば、次のとおりであったと認められる。

(1) 立地審査指針の内容

本件安全審査においては、本件原子炉施設と公衆との離隔に係る安全確保対策の審査は、原子炉立地審査指針(昭和三九年五月二七日原子力委員会決定。以下「立地審査指針」という。)及び安全評価審査指針に基づき、その定める重大事故及び仮想事故を想定して、立地審査指針への適合性を審査する方法により行われた。

そこで、まず、立地審査指針の内容についてみると、次のとおりである。

(ア) 基本的目標

万一の事故時にも、公衆の安全を確保し、かつ、原子力開発の健全な発展を図ることを方針として、この指針によって達成しようとする基本的目標は次の三つである。

① 敷地周辺の事象、原子炉の特性、安全防護施設等を考慮し、技術的見地からみて、最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故(以下「重大事故」という。)の発生を仮定しても、周辺の公衆に放射線障害を与えないこと。

② さらに、重大事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故(以下「仮想事故」という。)(例えば、重大事故を想定する際には効果を期待した安全防護施設のうちのいくつかが動作しないと仮想し、それに相当する放射性物質の放散を仮想するもの)の発生を仮定しても、周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないこと。

③ なお、仮想事故の場合には、国民遺伝線量に対する影響が十分に小さいこと。

(イ) 立地審査の指針

立地条件の適否を判断する際には、右の基本的目標を達成するため、少なくとも次の三条件が満たされていることを確認しなければならない。

① 原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲(重大事故の場合、もし、その距離だけ離れた地点に人が居続けるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲)内は非居住区域(公衆が原則として居住しない区域)であること。

② 原子炉からある距離の範囲(仮想事故の場合、何らの措置を講じなければ、その範囲内にいる公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断される範囲)内であって、非居住区域の外側の地帯は、低人口地帯(著しい放射線災害を与えないために、適切な措置を講じ得る環境にある地帯)であること。

③ 原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離(仮想事故の場合、全身被曝線量の積算値が国民遺伝線量の見地から十分受け入れられる程度に小さい値になるような距離)だけ離れていること。

右の立地審査指針の内容は、原子炉施設と公衆との離隔に係る安全確保対策の審査のための基準として合理的なものであると考えられる。

また、右の離隔を判断するためのめやすの線量として、原子炉立地審査指針を適用する際に必要な暫定的な判断のめやす(昭和三九年五月二七日原子力委員会決定。以下「立地審査指針適用のめやす」という。)が定められており、右①の場合に関しては、甲状腺(小児)に対して一五〇レム、全身に対して二五レム、②の場合に関しては、甲状腺(成人)に対して三〇〇レム、全身に対して二五レム、③の場合に関しては、全身被曝線量の積算値として二〇〇万人レムが用いられることとされている。

(2) 想定される事故の内容

本件安全審査においては、重大事故及び仮想事故について、原子炉立地条件の適否を評価する観点から想定する必要のある事象として、前記事故解析の結果を参考として、それらの事故の中から放射性物質の放出の拡大の可能性のある事故を取り上げ、格納容器内に放射性物質が放出される事故としては前記事故解析において想定したのと同一のLOCAが、格納容器外に放射性物質が直接放出される事故としては前記事故解析において想定したのと同一の主蒸気管破断事故がそれぞれ想定された。

(3) 設定された評価条件

重大事故及び仮想事故として想定された各事故による災害評価に当たっては、次に掲げる条件その他の厳しい条件が設定されており、この評価条件の設定は妥当なものと判断された。

(ア) 重大事故としてのLOCA

① LOCAが発生した場合、再循環配管の瞬時の完全破断を想定した場合でも、ECCSが炉心に冷却水を注入し、炉心を冷却するので、燃料被覆管の健全性が損なわれることはないことが確認されているが、全燃料被覆管に破裂が発生すると仮定して、その結果、一〇〇パーセント破裂に相当する核分裂生成物が格納容器内に放出されるものと仮定した。

② 本件原子炉施設においては、平常運転時に定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で一〇〇〇日間運転していたものと仮定して、核分裂生成物の蓄積量を計算し、希ガスについてはその二パーセントが、ヨウ素についてはその一パーセントが、それぞれ燃料被覆管から格納容器内に放出されるものと仮定した。

③ 右の希ガスやヨウ素は格納容器から原子炉建屋に漏洩するが、格納容器冷却系の作動等により格納容器の圧力が事故後約三三日後には大気圧にまで低下するので、漏洩率は格納容器内の圧力の低下に従って減少するにもかかわらず、評価上の漏洩率は格納容器の設計上定められた最大値である一日当たり0.5パーセントのままで無限期間一定と仮定した。

④ 原子炉建屋内に漏洩した右ヨウ素を除去する非常用ガス処理系のフィルタによるヨウ素除去効率は、九九パーセント以上のものとなるように設計されているにもかかわらず、九五パーセントと仮定した。

⑤ 大気中に放出された希ガスやヨウ素の拡散・希釈については、その全量がわずか二四時間で放出されるものとするとともに、放射性物質の拡散状態を推定するに必要な気象条件については、現地における出現頻度からみてこれより悪い条件が滅多に現れないといえるものを仮定した。

(イ) 仮想事故としてのLOCA

炉心に蓄積されている核分裂生成物の格納容器内への放出量については、ECCSの効果を無視し炉心内の全燃料棒が溶融したと仮定した場合に放出される放射性物質の量に想定する量として、希ガスについてはその一〇〇パーセントが、ヨウ素についてはその五〇パーセントが、それぞれ格納容器内に放出されるものとするという重大事故としてのLOCAより更に厳しい条件を仮定したほか、右事故と同様の条件を仮定した。

(ウ) 重大事故としての主蒸気管破断事故

① 放出される核分裂生成物としては、運転中冷却材中に含まれていた放射性ハロゲンの他に、燃料棒中の核分裂生成物が原子炉圧力の低下に伴い、燃料被覆管のピンホールから冷却材中に放出するものと仮定し、その量については、一号炉では、ヨウ素一三一を実測データに安全余裕を見込んで六〇〇〇キュリーと見積もり、それに対応して、その他のヨウ素、ヨウ素以外のハロゲン、希ガスの燃料棒からの放出量も多く見積もることとし、ヨウ素一三一以外のハロゲンについては約八万一〇〇〇キュリー、希ガスについては約一二万二〇〇〇キュリーが、二号炉では、ヨウ素一三一を実測データに安全余裕を見込んで二〇〇〇キュリーと見積もり、それに対応して、その他のヨウ素、ヨウ素以外のハロゲン、希ガスの燃料棒からの放出量も多く見積もることとし、ヨウ素一三一以外のハロゲンについては約二万七〇〇〇キュリー、希ガスについては約四万一〇〇〇キュリーがそれぞれ圧力容器内の圧力の低下に伴って冷却材中に徐々に追加放出されるものと仮定した。

② 事故時、破断箇所からの冷却材の流出を抑制するために、自動的に閉鎖する設計となっている八個(一配管当たり二個)の主蒸気隔離弁のうち一個は閉鎖しないと仮定した上、閉鎖した各主蒸気隔離弁の漏洩率は一日当たり一〇パーセント(逃がし安全弁の最低設定圧力において、圧力容器内の蒸気総体積に対して)以下に制限することができる設計となっているにもかかわらず、劣化等を考慮して四倍の余裕をとり、さらに四本の主蒸気管で七個閉鎖という条件を考慮して、右隔離弁全体からの漏洩率は一日当たり一二〇パーセントと仮定し、その後の漏洩率は圧力容器内の圧力及び温度に依存するものと仮定した。

③ 大気中に放出された希ガス及びヨウ素の拡散・希釈の状況については、その全量がわずか一時間で放出されるものとするとともに、放射性物質の拡散状態を推定するに必要な気象条件については、現地における出現頻度からみてこれより悪い条件が滅多に現れないといえるものを仮定した。

(エ) 仮想事故としての主蒸気管破断事故

① 次の②、③のとおり重大事故としての主蒸気管破断事故より更に厳しい条件を仮定したほか、右事故と同様の条件を仮定した。

② 燃料棒から冷却材中に追加放出される希ガス及びヨウ素は、事故後の圧力容器内の圧力の低下に伴い徐々に放出されるものであるにもかかわらず、これを無視して、主蒸気隔離弁閉鎖直後に一度に全ての核分裂生成物が放出されると仮定した。

③ 閉鎖した七個の隔離弁全体からの漏洩は、圧力容器内の圧力の低下に伴い漸減し、これが大気圧にまで低下する一日後には停止するにもかかわらず、これを無視して、前同様の一日当たり一二〇パーセントの一定の漏洩率で無限期間継続すると仮定した。

(4) 評価結果

以上のような条件の下で重大事故及び仮想事故を想定した場合における敷地境界外における被曝線量の最大値等をみることにする。

(ア) 一号炉では現在燃料として、新型八×八燃料を使用していることは前に判示したとおりであるところ、新型八×八燃料の使用を条件とした昭和五八年二月一七日付答申に係る安全審査における解析評価についてみると、次のとおりである。

① 重大事故時の敷地境界外における被曝線量は、ガンマ線による全身被曝線量が主蒸気管破断事故の場合に最大となり、約8.4ミリレムである。小児の甲状腺被曝線量については、主蒸気管破断事故の場合に最大となり、約一一レムである。

② 仮想事故時の敷地境界外における被曝線量は、ガンマ線による全身被曝線量については、LOCAの場合に最大となり、約0.18レムである。成人の甲状腺被曝線量については、主蒸気管破断事故の場合に最大となり、約一二レムである。

③ 仮想事故時の全身被曝線量の積算値は、LOCAの場合に最大となり、西暦二〇三〇年の推定人口に対して約一四万人レムである。

(イ) 一号炉では今後の取替燃料として、二号炉では運転開始時から初装荷及び取替燃料として高燃焼度八×八燃料を使用することは前に判示したとおりであるところ、高燃焼度八×八燃料の使用を条件とした平成三年六月二〇日付答申に係る安全審査における解析評価についてみると、次のとおりである。

① 重大事故時の敷地境界外における被曝線量は、ガンマ線による全身被曝線量については、一号炉では主蒸気管破断事故の場合に最大となり、約7.9ミリレムであり、二号炉ではLOCAの場合に最大となり、約3.1ミリレムである。小児の甲状腺被曝線量については、一号炉及び二号炉とも主蒸気管破断事故の場合に最大となり、一号炉については約2.5レムであり、二号炉については約0.74レムである。

② 仮想事故時の敷地境界外における被曝線量は、ガンマ線による全身被曝線量については、一号炉及び二号炉ともLOCAの場合に最大となり、一号炉については約0.17レムであり、二号炉については約0.16レムである。成人の甲状腺被曝線量については、一号炉では主蒸気管破断事故の場合に最大となり、約7.2レムであり、二号炉ではLOCAの場合に最大となり、約4.4レムである。

③ 仮想事故時の全身被曝線量の積算値は、一号炉及び二号炉ともLOCAの場合に最大となり、西暦一九八五年の人口に対して一号炉については約一一万人レム、二号炉については約一二万人レム、西暦二〇三五年の推定人口に対して一号炉については約一三万人レム、二号炉については約一五万人レムである。

(5) 立地審査指針適合性

右に述べた各評価結果から、前記重大事故のいずれの場合においても、本件周辺監視区域外における被曝線量の最大値は、立地審査指針適用のめやすで定められる甲状腺(小児)被曝一五〇レム及び全身被曝二五レムに比べてそれぞれ十分小さく、立地審査指針が非居住区域であるべきと定める範囲は本件周辺監視区域内に含まれ、また、前記仮想事故のいずれの場合においても、本件周辺監視区域外における被曝線量の最大値は、立地審査指針適用のめやすで定められる甲状腺(成人)被曝三〇〇レム及び全身被曝二五レムに比べてそれぞれ十分小さく、立地審査指針が低人口地帯であるべきと定める範囲も本件周辺監視区域内に含まれ、全身被曝線量の積算値も、立地審査指針適用のめやすで定められる二〇〇万人レムに比べてそれぞれ十分小さいものと判断された。

よって、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る立地条件は、立地審査指針に適合するものと判断された。

右の(1)ないし(5)の具体的審査内容によれば、本件安全審査における本件原子炉施設と公衆との離隔に係る安全性の判断は、立地審査指針に準拠し、合理的根拠に基づいて行われたものであると認めることができ、右事実及び前記認定の原子力安全委員会の組織・性格を考え合わせれば、本件原子炉施設は、公衆との離隔に係る安全性を確保し得るものと推認することができる。

3 公衆の被曝許容限度との関係

ところで、公衆の線量当量限度値は、線量当量限度等を定める告示二条に基づき年間0.1レムとされており、本件訴訟において、放射線による障害の発生の可能性が社会観念上無視し得る程度に小さいということができる放射線の線量値についても、この数値を用いることが合理的と解されることは前に判示したとおりである。ところが、右立地審査指針適用のめやすで定められる線量並びに重大事故時の敷地境界外における被曝線量(ガンマ線による全身被曝線量を除く。)及び仮想事故時の敷地境界外における被曝線量はいずれも右線量当量限度を超えるものであるので、これらの関係が一応問題となり得ると考えられる。

そこで、この点について検討するに、<書証番号略>によれば、原子力安全委員会は、立地審査指針適用のめやすは、原子炉の設置に先立って行う安全審査の際に、万一の事故に関連して、その立地条件の適否を判断するためのものであって、そこで定められた線量は、あくまでも原子炉の公衆との離隔に係る立地条件の適否を判断するための一方法として、その判断の際に用いられるめやすとしての線量であって、原子炉の運転によって生ずる公衆に対する放射線障害の防止に関連しての判断の基準である線量当量限度等を定める告示に定められた線量値とは本質的にその意義を異にするものであるとしていることが認められる。そして、前に認定したとおり、本件安全審査において仮定された条件は非現実的な極めて厳しいものであったこと(例えば、非常用ガス処理系のフィルタによるヨウ素除去効率は、九九パーセント以上のものとなるように設計されているにもかかわらず、九五パーセントと仮定した。この仮定だけで、ヨウ素の放出量は五倍以上厳しい値になる。また、事故発生時には、退避等適宜の措置が採られると考えられるにもかかわらず、敷地境界に居続けるものと仮定した。)、したがって、重大事故及び仮想事故時の敷地境界外における被曝線量として計算された値は、実際に重大事故及び仮想事故が生じた場合に公衆が受けるおそれのある被曝線量を示すものではないこと、そもそも本件原子炉施設については既に異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策及び放射性物質異常放出防止対策がそれぞれ講じられることが確認されており、現実に生じるおそれのある最悪の事故を想定した事故解析においても、放射性物質を環境に異常放出することがないものと判断されたものであって、想定された重大事故及び仮想事故の発生する事態が現実にはほとんどないものと考えられることを考慮するならば、前記原子力安全委員会の解釈は正当なものとして是認することができるし、立地審査指針適用のめやすとして、現在定められている線量値を用いることにも合理性があるというべきである。

したがって、立地審査指針適用のめやすで定められる線量並びに重大事故及び仮想事故時の敷地境界外における被曝線量として算出された値は、いずれも線量当量限度等を定める告示に定められる値と全く性質の異なるものであって、両者が抵触するかどうかという問題が生じるものではない。

第六章本件原子炉施設の建設段階及び運転段階における安全確保対策

本件原子炉施設の基本設計に係る安全確保対策において欠けるところがないというべきであることは、前章において判示したとおりであるが、右の対策を具体的に機能させるためには、設計面のみならず、建設段階及び運転段階においても必要な対策が講じられなければならないことはいうまでもない。そこで、本件原子力発電所における建設段階及び運転段階における安全確保対策について検討する。

第一建設段階における安全確保対策

原子力発電所の建設段階における安全確保対策としては、機器・系統等が設計どおりの品質を有し、本件原子力発電所が運転を継続するに十分な安全性を保持するに至っているかを確認することが必要であるところ、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実を認めることができる。

一製作過程

本件原子力発電所に用いられる機器の製作過程においては、まず、受注者において各機器が設計どおりの品質を有するよう、材料の調達、機器の製作、試験・検査等による製作作業の結果等の確認等を行うこととされている。

次に、被告は、受注者側における材料及び製品の識別方法及び保管方法等を検討することにより各機器について設計どおり適正な材料及び製品が使用されていることを、また、主要な機器については技術者を工場に派遣すること等によりその製作方法・製作設備等が適切であることを、さらに、右機器の製作工程の主要な段階において工場で立会試験・立会検査を実施すること等により機器が設計どおりの性能を有していることを、それぞれ確認することとしている。

二搬出、輸送及び据付

製作された機器については、受注者において衝撃による損傷防止・異物の混入防止等の措置を講じた上、工場から搬出・輸送し、本件原子力発電所敷地に搬入して据付工事を行うこととされているところ、据付工事に先立ち、被告は、機器の受入検査を実施すること等により、右の搬出・搬入、建設現場における保管等が適正に行われていることを確認することとしている。

そして、建設現場で機器の据付工事が行われる過程においては、被告は、受注者側における工事手順、作業方法等を検討することにより据付工事が適正に行われていることを、また、据付工事の工程に応じ機器又は系統ごとの溶接検査・耐圧試験・機能試験等により本件原子力発電所の機器・系統等が設計どおりの機能を有していることを、それぞれ確認し、さらに、原子炉冷却系等主要な系統について清浄水による洗浄等が行われ内部の異物等が除去されていることを確認することとしている。

三試運転

原子力発電所の建設が終了すると、原子炉に燃料を装荷して試運転が実施されるが、被告は、試運転に際しては、原子炉の出力を定格出力まで段階的に上昇させて行うこととし、その各々の出力段階で各種試験・検査を行い、原子力発電所が設計どおり機能することを確認した上でさらに出力を上昇させて次の出力段階に進み、最終的に定格出力状態で同様の確認を行うという手順によることとしている。

本件原子炉一号炉の試運転についてみると、二五パーセント、五〇パーセント、七五パーセント及び一〇〇パーセントの各出力段階において、水質・放射化学・炉心性能等の静特性関係の評価、タービン入口圧力調整器試験・再循環流量制御系試験・原子炉給水系試験等プラントの主要な制御系の調整試験を行った後、発電機負荷遮断、タービントリップといった過渡減少を起こす試験を行い、所定の機能を確認した後、次の出力段階へ移行する手順をとっており、最後に、三〇日間にわたり九〇パーセント以上の出力でプラントを安定に運転できることを実証する全出力実証試験、プラントの性能を評価する一〇〇時間プラント性能保証試験を行っている。

なお、試運転において改善すべきところが認められた場合は、その原因を究明し、必要な措置を講ずることとしている。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右の事実によれば、被告は、原子力発電所の建設段階における安全確保対策として、機器・系統等が設計どおりの品質を有し、本件原子力発電所が運転を継続するに十分な安全性を保持するに至っているかを確認することとしていることが認められる。

第二運転段階における安全確保対策

一運転管理体制について

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められる。

1 本件原子力発電所の組織

被告は、業務運営の責任者である女川原子力発電所長の統括の下に、原子炉の運転業務等を担当する発電管理課、燃料管理、炉心性能等を担当する保修課、放射線管理、放射性廃棄物管理等に関する業務を担当する放射線管理課等を設置し、本件原子力発電所の運転・保守に関する業務を分掌させている。

また、被告は、本件原子力発電所の運転・保守に関する事項を審議するため、原子炉施設保安運営委員会を設けている。右運営委員会においては、本件原子力発電所の運転管理、放射線管理等の基本事項を審議するほか、国内・国外の原子力発電所等から得られた原子炉の運転・保守にかかわる情報について検討し、必要に応じて本件原子力発電所の運転管理や設備の変更等に反映させることとされている。

さらに、被告は、原子炉主任技術者免状を有する者のうちから、原子炉主任技術者を選任し、本件原子力発電所の運転に関して保安の監督を行わせることとしている。

2 本件原子力発電所の運転体制

本件原子力発電所においては、原子炉制御系等の主要な計測制御装置は中央制御室に配置され、運転員は中央制御室においてこれらの計測制御装置を集中的に監視・制御し、原子炉を運転することとされている。

被告は、本件原子力発電所の分掌上、発電管理課がこの運転業務を担当するものとしているが、発電管理課に発電管理課長の下に「運転直」を五班設け、交替で、うち四班が二四時間三交替勤務体制で中央制御室において原子炉の運転業務に従事し、一班が日勤直勤務(教育訓練、運転直業務の応援、各種運転手順書の見直し、国内外の故障・トラブル例の検討等)に従事することとしている。

右五班の運転直は、それぞれ、その責任者として運転直を統括する発電課長、発電課長を補佐する主査、中央制御室で原子炉、タービン発電機の操作等を行う主機運転員、現場の巡視点検や補機類の操作を行う補機運転員で構成されており、全員で七、八名である。

そして、被告は、運転員として、原子炉の運転実務に習熟し必要な理論的知識を十分身に付けている者を配置するとともに、発電課長については、運転直の責任者として非常の場合に講ずべき処置を採り得る能力等必要な専門的技能を有し、「運転責任者」としての国の資格認定を受けた者を配置することとしている。

二運転員等の教育・訓練

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められる。

1 女川原子力発電所原子力技術訓練センター

被告は、本件原子力発電所敷地内に女川原子力発電所原子力技術訓練センターを設置しており、同センターにおいて、定期的に技術者の訓練を行っている。同センターには、運転訓練用として実際と同様の機能をもち、テレビ画面を効果的に使用した簡易規模の学習用シュミレータ、対話型個人学習支援システム、保修訓練設備等の教育訓練設備が設けられている。

2 BWR運転訓練センター

BWR型原子力発電所の運転員の養成を目的として、昭和四六年四月にBWR運転訓練センターが設立されている。同センターでは、原子力発電所の中央制御盤を忠実に模擬した運転訓練用シュミレータ三基を利用することにより、実際の原子力発電所と同様の状況の下で通常運転時の運転操作、事故発生時の対応操作等について訓練が実施され、また、原子炉の運転に必要な専門的分野の講義等が行われている。同センターでは、訓練目的に応じて、標準訓練コース・再訓練コース・上級者訓練コース・特別訓練コース等の各種の訓練コースが設けられており、派遣された技術者は、その経歴等に応じて適宜のコースを受講することとされている。

被告は、右センターにも計画的に技術者を派遣し、繰り返し訓練を行ってきている。

三設備の保守管理

原子力発電所においては、機器・系統等が設計どおりの機能を発揮し、それを維持することができるよう、計画的に設備の保守管理が行われることが必要であることはいうまでもないところ、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められる。

1 日常点検

被告は、本件原子力発電所の日常点検として、発電所内の巡視点検、安全上重要な機器・系統等の作動試験等を行うこととしている。

巡視点検は、運転直がそれぞれの勤務ごとに発電所内を巡視して機器・系統等を点検することにより、これらが正常な状態にあるかどうかを確認するものである。

作動試験は、運転直が月一回等定期的に高圧注水系、炉心スプレイ系等の安全上重要な機器・系統のポンプ・弁等を作動させ、これらの機器・系統が万一の事態に備えその機能を発揮できることを確認するものである。

2 定期検査

被告を含む電気事業者は、電気事業の用に供する発電用原子炉及びその附属設備であって、通商産業省令で定めるものについては、通商産業省令で定める時期ごとに、通商産業大臣が行う定期検査を受けなければならないとされており(電気事業法四七条)、本件原子力発電所は、一年一月を超えない期間ごとに通商産業大臣が行う定期検査を受けることになる。通商産業大臣が行う定期検査においては、原子炉本体、原子炉冷却系統設備、計測制御設備、燃料設備、放射線管理設備、廃棄設備、原子炉格納施設、非常用予備発電装置、蒸気タービン及び補助ボイラーについて検査を行うこととされている。

また、被告は、自主保安管理の一環として、通商産業大臣が行う定期検査に併せて、運転・保修経験等を基に定めた機器点検周期による計画的な点検、消耗品等の定期的な交換等の自主的な定期点検を行うこととしている。

通商産業大臣が行う定期検査と自主的な定期点検を総合した定期検査において、分解検査(機器設備を分解又は開放して、異物の有無、各部の損傷・変形等の有無を目視検査し、非破壊検査で確認するとともに、寸法計測・振動測定等を行い、また、消耗品の取り替えを行う検査)、供用期間中検査(溶接部に重点的に実施される非破壊検査等、圧力容器及び接続配管等の耐圧部材とその支持構造物の健全性を確認するために行う検査)、機能検査(設計段階において系統・機器に要求した機能が運転に入ってからも確保されていることを確認するための検査)等が行われるが、これにより機器・系統等は総合的に点検・整備され、また、圧力バウンダリの健全性、制御棒駆動装置・ECCS・格納容器等の機能が確認され、本件原子力発電所の安全性が確認される。

なお、被告は、右の日常点検や定期検査において、仮に異常が認められた場合には、その原因を究明し、改善措置を講ずることとしている。

四燃料の運搬

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められる。

1 新燃料

本件原子力発電所に使用する新燃料は陸上輸送を行っているところ、陸上輸送を行う場合の核燃料輸送物(核燃料物質等を輸送容器に収納し、輸送する状態としたもの。)については、原子炉等規制法五九条の二第一項に基づき定められた核燃料物質等の工場又は事業所の外における運搬に関する規則(昭和五三年総理府令五七号)において、核燃料輸送物が輸送中に通常受ける振動・衝撃等に耐えることはもちろんのこと、荷役作業中の誤操作、運送中の交通事故等においても安全性を損なわないようにするとの観点から安全基準が定められている。

新燃料集合体が該当するA型核燃料輸送物についての基準をみると、漏洩放射線量率は、表面で一時間当たり二〇〇ミリレム以下、表面から一メートルで一時間当たり一〇ミリレム以下であること、水の吹付試験(一時間五〇ミリメートルの雨量に相当する水の一時間吹付け)、自由落下試験(一五トン以上は0.3メートルの高さからの落下)、貫通試験(六キログラムの丸棒を一メートルの高さから落下)等の試験を行っても表面の漏洩放射線量率が変わらず、放射性物質が漏洩しないことが求められている。

そして、核燃料輸送物については、同条二項に基づき、輸送の都度、核燃料輸送物が右安全基準に適合するものであることの確認が行われることとされている。右確認にあたっては、まず核燃料輸送物の設計が安全基準に合致するものであることについて科学技術庁の審査が行われ、その結果設計が妥当と認められた場合には内閣総理大臣がこれを承認し、次に、個別の輸送容器が承認された設計どおりに製作され、保守されていることが点検された上で容器の承認が行われ、さらに、輸送の都度、収納する核燃料物質等が承認された設計仕様に合致し、かつ、これが承認された輸送容器に収納されていることについて内閣総理大臣の確認がされることとされている。

また、輸送方法については、同条一項に基づき定められた核燃料物質等車両運搬規則(昭和五三年運輸省令七二号)において、車両への核燃料輸送物の積載方法、車両一台当たりの積載限度等に係る安全基準が定められており、同条二項頭に基づき、輸送の都度、輸送方法が右安全基準に適合するものであることについて運輸省の審査が行われることとされている。

さらに、核燃料物質等を陸上輸送する場合には、あらかじめ、運搬の経路を管轄する都道府県公安委員会に届け出なければならず(同条五項)、届出を受けた都道府県公安委員会では、通過地及び目的地を管轄する都道府県公安委員会に通知し、意見を聴いた上で、運搬の日時・経路、車両の速度・車列の編成・車両相互間の距離等について必要な指示をすることができることとされている(同条六項)。また、運搬の経路を管轄する都道府県警察は、必要に応じてパトロールカー・警察官等を配置する等の措置を講じている。

2 使用済燃料

本件原子力発電所で発生した使用済燃料は海上輸送を行っているところ、海上輸送を行う場合の核燃料輸送物については、船舶安全法二八条に基づき、危険物船舶運送及び貯蔵規則(昭和三二年運輸省令三〇号)において、陸上輸送を行う場合と同様の観点から、核燃料輸送物に関する安全基準及び船舶への積載方法等核燃料輸送物の運送の方法に関する安全基準が定められており、船積みの都度、核燃料輸送物及び運送の方法がこれらの安全基準に適合するものであることについて運輸大臣の確認が行われることとされている。

核燃料輸送物に関する安全基準は基本的には陸上輸送に供される核燃料輸送物に関する安全基準と同等である。使用済燃料が該当するB型核燃料輸送物についての基準をみると、A型核燃料輸送物についての試験のほか、落下試験(九メートルの高さから落下、一メートルの高さから落下)、耐火試験(摂氏八〇〇度で三〇分)、浸漬試験(一五メートルの水底に八時間)等の試験を行っても、表面の漏洩放射線量率が変わらず、一定量以上の放射性物質が漏洩しないことが求められている。

使用済燃料を入れる輸送容器については、科学技術庁が財団法人電力中央研究所に委託して行った使用済燃料輸送容器信頼性実証試験により、万一の事故を想定した場合にも信頼性があることが実証され、同時に、現在用いられている安全解析手法及び設計・製作の方法についても信頼性が高いことが確認されている。なお、右試験においては、耐圧試験も併せて行われたが、その結果、輸送容器は、三〇〇〇メートルの深海と同じ条件下(三〇〇気圧)でも、異常変形がないこと、密閉性・遮蔽性が失われないことが確認された。

右認定の各事実によれば、本件原子力発電所の核燃料輸送については、新燃料及び使用済燃料とも、燃料の輸送に係る安全性が確保されるということができる。

第三原告らの主張に対する判断

一新燃料の輸送

原告らは、新燃料の輸送容器は、輸送中自然放射線レベルの約一三〇倍のガンマ線を放出し続けているし、輸送車が衝突事故やトンネル火災に遭遇するならば、通過自治体は事前に輸送計画を知らされていないため事故対策をとることができず、原告ら周辺住民の被曝は避けられないと主張し、<書証番号略>中にはこれに沿う部分がある。しかしながら、前判示のように、核燃料輸送物の漏洩放射線量率は、表面で一時間当たり二〇〇ミリレム以下、表面から一メートルで一時間当たり一〇ミリレム以下であることが確認されており、<書証番号略>によれば、実際の輸送車の放出している放射線量を測定しても、輸送車の側面の表面で一時間当たり1.3ミリレム、後部から一メートルのところで一時間当たり0.1ミリレム、後部から五メートルのところでは一時間当たり0.05ミリレムにすぎないことが認められる。右事実に照らせば、仮に原告らの居住する地域を輸送車が通過するとしても、通過自体によって原告らが被曝するおそれがあるということはできない。

また、輸送容器は、安全基準に対する適合性の審査により核燃料輸送物が輸送中に通常受ける振動・衝撃等に耐え、荷役作業中の誤操作、運送中の交通事故等においても安全性が損なわれないことが確認されていること、核燃料輸送物を陸上輸送する場合には、運搬の経路を管轄する各都道府県公安委員会は事前にその計画を了知していること、届出を受けた都道府県公安委員会は、運搬の日時・経路、車両の速度・車列の編成・車両相互間の距離等について必要な指示をすることができること、また、運搬の経路を管轄する都道府県警察は、必要に応じてパトロールカー・警察官等を配置する等の措置を講じていることは、前に判示したとおりであり、右事実に照らせば、新燃料の陸上輸送において、交通事故等が生じることにより、放射性物質が漏洩するおそれがあるということはできない。

二使用済燃料の輸送

原告らは、使用済燃料中にはプルトニウムをはじめとする莫大な放射能が含まれているとともに、死の灰の崩壊熱による発熱を続けているところ、輸送容器の安全性は十分でなく、輸送船の沈没事故により放射能流出が生じるおそれがあり、原告ら周辺住民が被曝するおそれがあると主張し、<書証番号略>中にはこれに沿う部分がある。

しかしながら、輸送容器は、安全基準に対する適合性の審査により核燃料輸送物が輸送中に通常受ける振動・衝撃等に耐え、荷役作業中の誤操作、運送中の事故等においても安全性が損なわれないことが確認され、また、使用済燃料輸送容器信頼性実証試験においても、万一の事故を想定した場合にも信頼性があること、三〇〇〇メートルの深海と同じ条件下(三〇〇気圧)でも、異常変形がなく、密閉性・遮蔽性が失われないことが確認されていることは、前に判示したとおりであり、右事実に照らせば、使用済燃料の海上輸送において、輸送船の沈没事故等が生じることにより、放射性物質が漏洩するおそれがあるということはできない。

第七章他の原子力発電所における事故等について

第一TMI事故について

一TMI事故の経過

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、我が国の原子力安全委員会の米国原子力発電所事故調査特別委員会は、米国のスリーマイルアイランド原子力発電所(以下「TMI発電所」という。)の二号炉(以下「TMI二号炉」という。)において昭和五四年三月二八日に発生したいわゆるTMI事故について調査した結果、その概要について、次のとおり報告していることが認められる。

1 TMI発電所と事故前の状況

TMI発電所には、二基の原子炉が設置されているが、そのいずれも、バブコック・アンド・ウィルコックス社設計のPWRであり、出力は一号炉が定格電気出力八七万六〇〇〇キロワット、二号炉が定格電気出力九五万九〇〇〇キロワットである。事故を起こしたのは、昭和五三年三月に初臨界に達し、同年一二月に営業運転が開始された二号炉である。

TMI事故が発生したのは昭和五四年三月二八日であり、初臨界から約一年後、営業運転開始からわずか約三か月後のことであったが、TMI二号炉には、この短い期間の間に数多くのトラブルが発生しており、それらを完全には解決しないまま運転を継続していた。右トラブルのうち、TMI事故に直接関連するものとして、次のものがあった。

ア 加圧器逃がし弁又は安全弁から毎時約1.4立法メートルもの一次冷却材の漏洩があったが、そのまま長期間運転を続けていたこと。

イ 主給水喪失時に、直ちに蒸気発生器に給水するための補助給水系の弁が二個とも閉じられたままの状態で運転を続けていたこと。

これらは、いずれもTMI二号炉の運転条件を規定した技術仕様書に違反した行為であった。

2 TMI事故の経過

ア TMI二号炉は、事故発生の直前は、定格の約九七パーセントの出力で運転されていた。事故発生前約一一時間にわたって、復水脱塩系からイオン交換樹脂を再生するための移送作業が続けられていたが、移送配管に樹脂が詰まったため、作業は難航していた。

イ 事故の発端は、このときに右樹脂移送用の水が弁等を制御する計装用空気系に混入したことと推定されており、このため、復水脱塩塔出入口の弁が閉じ、この結果、昭和五四年三月二八日午前四時〇分三七秒、主給水ポンプ(復水器を通過して水に戻った二次冷却水を蒸気発生器へ給水するために二次冷却系に設けられているポンプ)二台が停止し、これとほとんど同時にタービンが停止した。

タービントリップの結果、一次冷却系の温度・圧力が上昇したが、加圧器逃がし弁が開き、八秒後(主給水ポンプ停止後の時間をいう。以下同じ。)には原子炉は自動的に緊急停止したため、一次冷却系の圧力は急速に低下し、加圧器逃がし弁の閉設定圧力以下となったが、右弁が故障して開放状態のまま固着し、閉止しなかったため、一次冷却材が加圧器逃がし弁から格納容器内へと流出し続けることとなり、いわゆる小破断LOCAの状態となった。

一方、二次冷却系では、主給水ポンプ停止により補助給水ポンプが三台とも自動起動したが、前記1イのとおり出口側の弁が二個とも閉じられていたため、蒸気発生器に二次冷却水を注入することができず、蒸気発生器の二次側の水はほとんど蒸発してしまい、蒸気発生器による一次冷却系の除熱能力は急速に低下したが、八分後に運転員がこれに気付き、弁を開いたため、蒸気発生器の除熱能力は回復した(その後の解析では、この八分の遅れは、引き続いて起こった事故現象にほとんど影響を与えなかったとされている。)。

ウ 一次冷却系では、加圧器逃がし弁からの一次冷却材の流出が続いていたが、中央制御室における加圧器逃がし弁の開閉表示は、現実の弁の開閉状態を直接検出してこれを表示する方式のものではなく、弁の開閉を指示する電気信号の状態を表示することにより弁の開閉状態を間接的に表示する方式のものであったため、現実には弁は開放固着していたにもかかわらず、「閉」を表示していたところから、運転員は、加圧器逃がし弁が開放のままであることに気付かなかった。

この間、一次冷却材の流出に伴って原子炉圧力は低下して、ECCS起動設定圧に達し、二分後には、一次冷却材喪失の事態に対処するために設けられていたECCSの一つである高圧注水ポンプが二台とも自動的に起動して圧力容器内に注水を開始した。しかし、蒸気発生器の除熱能力が低下していたため一次冷却材が局所的に沸騰し、発生した蒸気泡が一次冷却材を加圧器に押し上げて加圧器の水位を上昇させ、一見一次冷却材の量が増加しているかのような現象を呈した。運転員は、常々加圧器を満水にして圧力制御不能になる状態を回避するよう教育されていたため、加圧器水位の上昇を見て、約四分三〇秒後(ECCS自動起動後約二分三〇秒後)に二台の高圧注水ポンプの一台を停止し、残りの一台の流量を最低限にまで絞った上、抽出量を最大にした(なお、TMI二号炉の緊急手順書によれば、高圧注水ポンプの停止は、加圧器水位だけでなく、一次系の圧力も条件とされており、右の運転員の措置は緊急手順書に違反した行為であった。)。すなわち、一次冷却材の量が減少しているのに、これを補給せず、かえって減少を促進する操作を行ったのである。

加圧器逃がし弁から流出した一次冷却材により、ドレンタンクの圧力が上昇し、ラプチュアディスクが破れ、格納容器内に一次冷却材が流出した。そして、格納容器サンプに入り、サンプポンプによって補助建屋の放射性廃棄物貯蔵タンクに移送された。

エ 一次冷却材はますます減少し、蒸気泡が増加した。このため、一次冷却材ポンプの振動が激しくなり、ポンプの破損をおそれた運転員は一次冷却材ポンプを四台とも全部停止した。ポンプが運転されている間は、水と蒸気の混合物が循環して炉心を冷却していたが、ポンプが停止されると、流れが止まり、蒸気と水が分離し、やがて、炉心の上部が蒸気中に露出し始めた。

約二時間二〇分後、運転員は、加圧器逃がし弁の開放固着に気づき、同弁の元弁を閉じて一次冷却材の流出を止めたが、依然として高圧注水ポンプを全開にして冷却水を注水することをしなかったので、炉心の水は蒸発し、炉心は上部三分の二程度が露出した。露出した燃料は温度が急上昇し、重大な損傷が生じて大量の放射性物質が一次冷却系内に放出され、また、燃料被覆管と蒸気が反応して大量の水素が発生した(この水素の一部は後に格納容器内に放出された後、水素爆発を起こした。)。

三時間二〇分後、運転員は、短時間ではあったが高圧注水ポンプを再起動させ、一次冷却系内に注水し、炉心は再び冠水した。この後、再び炉心が露出することはなかったものの、注水時の急激な冷却により、炉心のかなりの部分の形状が変化し、崩壊したものと推定されている。

一五時間五〇分後、運転員は、いったん停止されていた一次冷却材ポンプを再起動させて一次冷却水の強制的な循環を再開させ、一次冷却系の除熱を行い、徐々に安定的な停止状態に移行させた。

3 TMI事故により放出された放射性物質による影響

右に述べたような燃料の損傷により、大量の放射性物質が一次冷却水中へ漏出し、その一部が環境へ放出されたが、その大部分は気体状の放射性物質で、主として放射性希ガスと放射性ヨウ素である。これらの放射性物質が環境に放出された経路は、いくつか考えられているが、最も大きいものは、放射性物質を含んだ一次冷却材が抽出され、補助建屋内の抽出・充填系で脱気される際に出てきた放射性ガスが、配管や機器の漏洩箇所から外へ出たもので、補助建屋や換気系によって、排気筒から環境に放出されたものである。また、後には、抽出・充填系のタンクの逃がし弁等から放出されたこともあった。

放出量については、いくつかの推定があるが、最も確からしい値は、放射性希ガスは約二五〇万キュリー、放射性ヨウ素のうちヨウ素一三一(ヨウ素一三三、一三五は短期間で減衰するので、ヨウ素一三一のみを推定)が約一五キュリー(推定値の幅は一〇ないし三二キュリー)である。サスケハナ川に放出された液体状放射性物質は、ヨウ素一三一が0.23キュリー、ヨウ素一三一及びトリチウム以外の核種が0.24キュリーである。

環境に放出された放射性物質によるTMI発電所周辺公衆の外部全身被曝線量は、事故発生の昭和五四年三月二八日から同年四月一五日までの期間について、個人の最大被曝線量の推定値は約七〇ミリレム(TMI発電所北門付近において事故発生から数日間連続して屋外に衣服なしでいたと仮定した場合は約一〇〇ミリレム)、TMI発電所から半径八〇キロメートル以内の住民約二一六万人についての集団被曝線量は、いくつかの異なった計算値があるが、最も確からしいとされる推定値は、家屋の遮蔽効果等を考慮した場合約二〇〇〇人レム(個人の被曝線量は平均約一ミリレム)である。また、内部被曝については、ヨウ素一三一の吸入又は摂取による甲状腺被曝線量の最大値は、作業従事者の約五四ミリレムと算定されている。なお、TMI発電所周辺公衆七六〇人について全身計測を行った結果、有意な体内汚染は検出されなかった。

これらの被曝によって生じ得る健康への影響(発癌などの身体的影響と遺伝的影響)は、例えば、半径八〇キロメートル以内の約二一六万人の住民のうち今後癌によって死亡する者の数は、約三二万五〇〇〇人と推定されるのに対し、TMI事故によって増加する癌による死者は一名未満と推定されるなど、これらの被曝がなかった場合に比べて無視し得る程度であったとされている。

二TMI事故の原因

1 米国原子力発電所事故調査特別委員会の調査結果

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、我が国の原子力安全委員会の米国原子力発電所事故調査特別委員会は、TMI事故について調査した結果、その原因について、次のとおり評価していることが認められる。

ア 事故の主たる原因と人的要因

TMI事故を単なる給水喪失という事象から炉心損傷にまで拡大させた決定的要因は、第一に、加圧器逃がし弁が開放固着していることに運転員が二時間半近くも気付かず、この間元弁を閉めなかったこと、第二に、運転員が原子炉圧力の低下に留意しないで加圧器水位の上昇のみを見たため一次冷却水量に関する判断を誤り、事故後約三時間近くにわたって高圧注水ポンプを停止したり、流量を最低限にまで絞ったりしたことである。この二点について適切な処置がされていれば、TMI事故は起きなかったであろう。

したがって、主として人的要因によって設計上の諸対策を無効にしてしまったことが、TMI事故の直接の決定的要因であるということができる。

イ 運転員の誤操作等の背景

しかしながら、TMI事故の直接の決定的要因が主として人的要因であるからといって、これを単に運転員の誤判断・誤動作に単純化してしまってはならず、運転員のこうした誤動作等を惹起した背景を分析しなければならないところ、運転員の誤動作等の背景には、主として次のような要因がある。

a 設計に係る不備

① 制御室の設計の不備

TMI二号炉は、もともと他の原子力発電所用に設計されたものを必要最小限の設計変更のみ行って流用したもので、現場の運転員の経験や要望及び運転体制等はほとんど反映されなかった。制御盤・計器・操作器等の配置も適切とはいいがたく、事故発生後短時間に一〇〇を超える警報が出るなどして運転員の判断を困難ならしめ、また、加圧器逃がし弁の開閉表示も前記のとおり不適切で、弁が開放しているにもかかわらず、あたかも閉じているような表示になっていた。

② 格納容器の隔離の不備

他の多くの原子力発電所では、格納容器が、内圧上昇のみならず、ECCSを含む工学的安全施設の作動信号及び放射線レベルでも隔離される設計であるのに対し、TMI二号炉の格納容器は内圧上昇のみが隔離信号を出すように設計されていたため、長時間にわたって格納容器が隔離されず、このため、加圧器逃がし弁から流出して格納容器にたまった一次冷却材をサンプポンプが汲み上げて補助建屋に送り、汚染を拡大するという事態を招いた。

b 運転管理の不備

① 機器の保守管理の不備

TMI二号炉においては、前記の加圧器逃がし弁又は安全弁からの漏洩や補助給水系の弁の閉鎖等多数の機器の故障や不具合が放置されたままになっており、このため、制御室内に点灯していた警報が常時五二個を下回ったことがなかった。

② 運転規則等の不備・欠陥

TMI二号炉においても、他の原子炉と同様、米国原子力規制委員会の認可に係る技術仕様書に基づき、運転手順書、緊急手順書及び保守点検等(運転規則等)が作成されていたが、これらの整備は十分でなく、かつ、定期的な見直しも実行されていなかった。例えば、緊急手順書の「小破断LOCAの徴候」の項は、明らかに矛盾を含んでおり、運転員は、事故中、右の項目を参照しなかった。

③ 運転規則等の違反

前記のとおり、加圧器逃がし弁又は安全弁からの漏洩を放置していたことは重大な運転規則等の違反である。

TMI二号炉の緊急手順書によれば、右の弁の出口についている温度計が摂氏五四度(華氏一三〇度)以上になったときは、加圧器逃がし弁の元弁を閉じ、かつ、温度計の指示値を連続記録しなければならないと規定されているところ、事故前の右の指示値は摂氏八二度(華氏一八〇度)以上を示していたのに運転員はこれを怠っていた。もし、緊急手順書に従い、元弁が閉じられていたならば、加圧器逃がし弁が故障して開放固着することはなく、また、右温度計の指示値は右の弁が完全に閉まっていないことを示す最も確実な情報であり、さらに、連続記録されていれば、運転員が右の弁の開放固着によりもっと早く気づいた可能性は十分にある。

前記のとおり、補助給水系の弁を閉めたまま運転していたことも、技術仕様書の明白かつ重大な違反である。

④ 不適切な指示

TMI二号炉では、事故前に何度か高圧注水ポンプの誤起動が起こっていたため、運転員は、右高圧注水系等の工学的安全施設の起動信号が発信したときは、プラントの状況を確認する前に、まず第一に右起動信号をバイパスするように指示されていた。TMI二号炉の設計上は、起動信号が発信されている間は、高圧注水ポンプを停止したり、流量を絞ったりする操作はできないようになっていたが、起動信号をバイパスすると手動操作が可能となった。事故の途中も、何度か起動信号が発信されたが、運転員は、その都度指示に従って忠実にバイパスし、起動したECCSを手動で停止するなどしたものである。右の指示は、原子炉施設の安全上の設計の考慮を無視し、無効にするものであって、甚だ不適切なものであった。

c 運転経験の反映の不足

TMI事故が発生する以前に、次のとおり、これと類似の事象がいくつか発生しており、また、TMI事故のような事象が重大な結果になることを警告した報告等があった。

(ⅰ) 昭和四九年八月、スイスのベズナウ発電所において、タービントリップに続いて加圧器逃がし弁が開放固着し、加圧器水位が上昇するという事象が発生したが、二、三分後に運転員が右弁の開放固着に気付いて元弁を閉じたため事象は収束した。

(ⅱ) 昭和五二年九月、TMI二号炉と同型式のデービス・ベッシー炉において、給水系の異常から加圧器逃がし弁が開放固着し、ドレンタンクのラプチャーディスクが破れ、また、補助給水が不調であったところ、加圧器水位の上昇を見た運転員が自動起動した高圧注水ポンプを停止するというTMI事故の初期と酷似した事象が発生したが(ただし、原子炉出力は約九パーセントと極めて低かった。)、運転員が約二二分後に右弁の開放固着に気付いて元弁を閉じたため事象は収束した。

(ⅲ) デービス・ベッシー炉の事象に注目した技師マイケルソンは、バブコック・アンド・ウィルコックス社の炉の小破断LOCAについて考察した報告書を作成し、その中で、加圧器逃がし弁が開放状態となった場合、水位の上昇によって運転員が高圧注水ポンプを停止してしまう可能性があると警告した。

(ⅳ) WASH―一四〇〇(ラスムッセン報告)も、給水喪失を含む過渡変化から加圧器逃がし弁開放固着が、他の系統の動作状況によっては重大な結果となり得ることを予告していた。

(ⅴ) TMI二号炉でも、事故の約一年前、電源異常から加圧器逃がし弁が開放固着するという事象を経験しており、このときの経験から加圧器逃がし弁の開閉表示を制御室に設けたのであるが、その表示方法は、前記のとおり弁が故障したときには必ずしも実際の状況を指示しなくなるという不完全なものであった。

右の他にも類似の事象や警告があったにもかかわらず、TMI二号炉においては、これらに対して適切な考慮が払われず、実際の運転に反映されていなかった。もし、これらの事象や警告が適切に原子炉運転の現場に伝えられていたならば、TMI事故の発生は防止できた可能性が高い。

d 教育訓練の不備

また、事故当時制御室にいたTMI二号炉の運転員は、原子力の経験、運転員資格の試験の成績等からみて、アメリカの平均水準以上であったと考えられるが、彼らに対する教育訓練の内容については、特に緊急時の訓練が十分でなく、運転員のチームを組んでの訓練もないなどの問題があった。

ウ 事故の原因分析と評価

以上の検討に基づき、TMI事故は、次のように評価できる。

a TMI事故は、放射性物質が周辺環境に放出されるという事態を引き起こしたが、事故経過をみると、多重防護の考え方は、基本的に有効に作用したと考えることができる。周辺公衆への健康への影響がほとんど無視できる程度に止まったのも、このことが寄与したものといえよう。

b 事故を拡大した決定的要因は、人為的因子であったことは確実であるが、詳細に見てみると、設計、運転管理、事故時の通報連絡体制等諸々の因子の不備が複雑にかかわり合っており、その責を単純に運転員の誤判断・誤操作に帰してしまうことはできないものであったと考えられる。

2 事故調査特別委員会のTMI事故の原因についての評価の合理性

米国原子力発電所事故調査特別委員会のTMI事故の原因についての右評価は、右1に認定したTMI事故の概要及びその具体的検討内容に照らし、合理的なものと考えられる。

したがって、TMI事故を、給水喪失という事象から炉心損傷まで拡大させた直接の決定的要因は、主として運転員の誤判断・誤操作という人的要因であったが、右誤判断等を惹起した背景的要因としては、制御室の機器の配置や表示装置の欠陥等の設計上の不備、機器の不十分な保守管理や運転規則違反の運転の強行等の運転管理の不備、過去の事故等から有益な教訓を学ぶための組織の欠如、運転員の教育訓練の不備等種々の要因があったというべきである。

三TMI事故が本件原子力発電所の安全性についての判断に及ぼす影響

1 原子力安全委員会における検討

ア <書証番号略>によれば、原子力安全委員会におけるTMI事故の検討の経緯について、次の事実が認められる。

a 原子力安全委員会は、TMI事故の発生後直ちに我が国の原子力発電所について安全管理体制の再点検、TMI類似事象時における緊急炉心冷却系の機能の解析点検等を指示し、常駐の運転管理専門官の派遣、原子炉圧力が異常に低くなっただけでもECCSが作動するような回路の追加等必要と考えられる改善を行わせた。

b また、原子力安全委員会は、昭和五四年四月に、内部に米国原子力発電所事故調査特別委員会を設置し、この特別委員会の場で、TMI事故の事実関係に関する調査と、この事故の教訓を我が国の安全確保対策に反映するため、必要な審議を行い、昭和五四年九月、第二次報告書をとりまとめ、その中で「TMI事故の教訓を我が国の原子力安全確保対策に反映させるべき事項」(五二項目)を指摘した。

c これを受けて、原子力安全委員会は、右「TMI事故の教訓を我が国の原子力安全確保対策に反映させるべき事項」について、反映の具体化等についての検討を行うために、内部の原子炉安全専門審査会(審査、設計及び運転管理に関連する一六項目を担当)、原子炉安全基準専門部会(安全基準に関連する一四項目を担当)、原子力発電所等周辺防災対策専門部会(防災対策に関する一〇項目を担当)、原子力施設等安全研究専門部会及び環境放射能安全研究専門部会(右二部会で、安全研究に関する一二項目を担当)の場でそれぞれ関連事項につき調査審議を行った。

そして、安全基準に関連する一四項目については、原子炉安全基準専門部会の報告を受け、原子力安全委員会では、昭和五五年五月六日付で「我が国の安全確保対策に反映させるべき事項について(一四項目)」を決定し、その後の審査に採り入れることになったが、さらに、この一四項目のうち暫定的な項目について詳細に検討を加え、昭和五六年七月二三日付で一部を指針化して「我が国の安全確保対策に反映させるべき事項について」としてとりまとめ、これを以後の安全審査に用いることとする旨決定した。

また、審査、設計及び運転管理に関連する一六項目については、昭和五五年六月二三日付で「我が国の安全確保対策に反映させるべき事項について(審査、設計及び運転管理に関する事項)」として決定された。

そのほか、防災対策に関する一〇項目については、昭和五五年六月三〇日付で「原子力発電所等周辺の防災対策について」として報告がとりまとめられ、安全研究に関する一二項目についても、昭和五五年六月一六日付で「原子力施設等安全研究年次計画」及び「環境放射能安全研究年次計画」(ともに昭和五六年度ないし昭和六〇年度)の中に反映された。

d 米国原子力発電所事故調査特別委員会は、昭和五六年一月までに得られた情報に基づき、それらを総括して再構成するとともに、事故に対する総合的な評価・考察を行って第三次報告書をとりまとめ、昭和五六年六月四日、これを原子力安全委員会に提出したが、そこにおいても、前記五二項目の指摘は、事故発生後間もない時点においてされたものであったが、特別委員会のその後の調査を踏まえても、教訓とすべき要点を的確にとらえているものと判断するとされている。なお、そこにとりまとめられた事故の経過及び評価は、前記一及び二において判示したとおりである。

e さらに、原子力安全委員会は、TMI事故の教訓を踏まえつつ、昭和五六年七月二〇日付で「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針」を改訂し、同月二三日付で「発電用軽水型原子炉施設における事故時の放射線計測に関する審査指針」を策定した。例えば、右「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針」では、TMI事故を踏まえて中小破断LOCAに関する要求を明確にすることを念頭に置いて改訂作業が行われている。

最近においても、原子力安全委員会は、平成二年八月三〇日付で「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」、「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」の改訂を行っているが、そこでもTMI事故から得られた教訓を踏まえた見直しが行われている。

イ 右認定の各事実によれば、TMI事故の教訓は、我が国において、原子力安全委員会により、原子力施設の安全審査、安全審査に使用する指針類の整備、安全研究の充実強化、防災対策の整備従事など安全確保関連施策全般に反映されてきたということができる。

2 本件原子力発電所における事故発生の可能性

ア TMI事故を単なる給水喪失という事象から炉心損傷にまで拡大させた決定的要因としては、①加圧器逃がし弁が開放個着していることに運転員が二時間半近くも気付かず、この間元弁を閉めなかったこと、②運転員が、原子炉圧力の低下に留意しないで加圧器水位の上昇のみを見たため一次冷却水量に関する判断を誤り、事故後約三時間近くにわたって高圧注水ポンプを停止したり、流量を最低限にまで絞ったりしたことの二つの運転員の誤判断・誤操作が指摘できることは前に判示したとおりであるので、まず、本件原子力発電所における同様の誤判断・誤操作による事故発生の可能性の有無について検討するに、証人高木秀夫の証言によれば、次の事実を認めることができる。

a 本件原子力発電所はBWRであり、TMI二号炉のような加圧器逃がし弁はないが、加圧器逃がし弁と類似した動作をする主蒸気逃がし安全弁があるところ、本件原子力発電所の主蒸気逃がし安全弁の開閉表示は、TMI二号炉のように弁の開閉を指示する電気信号の状態を表示することにより弁の開閉状態を間接的に表示する方式ではなく、現実の弁の開閉状態を駆動部の動きで直接検出してこれを表示する方式であるため、運転員が主蒸気逃がし安全弁の開放固着に長時間気が付かないというような誤判断をするおそれはない。

b 本件原子力発電所のようなBWRの圧力容器内では、そもそも平常時において冷却水が沸騰し、常に液相部(水)と気相部(蒸気)とが共存していることから、水位を確実に検出するため圧力容器内に水位計を設置して、水位を測定する方式をとっており、これにより運転員は水位を確実に把握することができるから、仮に何らかの原因による冷却水が異常に減少する事象が発生したとしても、運転員が圧力容器内の冷却水量に関する判断を誤ってECCSを停止させるような誤操作をするおそれはない。仮に運転員が誤って高圧注水系を手動停止させたとしても、本件原子炉一号炉では、圧力容器内の水位が一定値(燃料棒の頂部から上方約三メートル)以下である場合には、自動的に再起動し、圧力容器内に冷却水を注入するように設計されているから、高圧注水系の機能が運転員の誤操作により失われることはない。

してみると、本件原子力発電所において、TMI事故と同様の運転員の誤判断・誤操作による事故発生の可能性があるということはできない。

イ 次に、TMI事故において、運転員の誤判断・誤操作を惹起した背景的要因としては、制御室の機器の配置や表示装置の欠陥等の設計上の不備、機器の不十分な保守管理や運転規則違反の運転の強行等の運転管理の不備、過去の事故等から有益な教訓を学ぶための組織の欠如、運転員の教育訓練の不備等種々の要因があったことは前に判示したとおりであるので、これらの諸点に関する本件原子力発電所における状況について検討する。

a 制御室の機器の配置等の設計についてみると、<書証番号略>によれば、本件原子力発電所一号機においては、基本設計はTMI事故以前に行われているが、着工はTMI事故以後であり、TMI事故を教訓として、中央制御室の計器の配置、格納容器の隔離条件のインターロック等が見直されていること、中央制御盤の見直しについてみると、中央制御盤上にカラーCRTを組み込み、プラント運転状態の集約表示を行うとともに、誤判断・誤動作を防止する観点から、①非常用炉心冷却系のポンプ、弁等重要な操作スイッチのハンドルの色別、②警報表示窓の重要度に応じた配列と色別、③関連系統を明確にするための操作盤上の計器や操作器具についての系統表示の区分けを行い、さらに重要な計器類には赤枠を設ける等の監視、操作機能の強化が図られていることが認められる。

b 保守管理や運転規則の整備等の運転管理についてみると、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、電気事業法の規定に基づき、被告は、原子力発電所の安全確保の基本的な要件を規定するために保安規定を定め、国の認可を受けるとともに、保安規定の内容を遵守し、原子力発電所の安全を確保するために、保安規定に則り、系統や機器の特性並びに人の行動について十分に配慮した手順書等を作成し、各運転モードにおいて運転員が適切な行動をとれるようにしていること、保安規定の遵守状況、原子炉の運転状況が安全確保に関して妥当であるか等については、国により随時調査されるとともに、必要があれば法令に基づく立入検査が行われることになっていることが認められ、本件原子力発電所においては、日常点検として、発電所内の巡視点検、安全上重要な機器・系統等の作動試験等を行われ、定期検査として、通商産業大臣による検査、自主的な定期点検が行われることは、前に判示したとおりである。

c 過去の事故等から有益な教訓を学ぶ組織についてみると、本件原子力発電所には、原子炉施設保安運営委員会が設けられ、国内・国外の原子力発電所等から得られた原子炉の運転・保守にかかわる情報について検討し、必要に応じて本件原子力発電所の運転管理や設備の変更等に反映させることとされていることは、前に判示したとおりである。

d 運転員の教育訓練についてみても、本件原子力発電所敷地内に設置された原子力技術訓練センターやBWR運転訓練センターにおいてシュミレータ等を用いて計画的に訓練が行われていることは、前に判示したとおりである。

右の各事実によれば、TMI事故において運転員の誤判断・誤操作を惹起した背景的要因に関しても、本件原子力発電所においてはその対策が講じられているということができる。

ウ TMI事故の我が国への影響

右認定の各対策に加えて、TMI事故の教訓は、我が国において、原子力安全委員会により、原子力施設の安全審査、安全審査に使用する指針類の整備、安全研究の充実強化、防災対策の整備従事など安全確保関連施策全般に反映されてきたことは、前記1に認定したとおりであり、また、<書証番号略>によれば、本件原子炉一号炉については、原子炉設置許可処分に係る安全審査はTMI事故発生前であったが、その後の数度の設置変更許可処分に係る安全審査では、TMI事故の教訓を踏まえて改訂された「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針」、「発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針」、「発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針」等の指針に基づき、運転時の異常な過渡変化の解析、事故解析、立地評価のための想定事故の解析等が行われ、その安全性が確認されていること、本件原子炉二号炉については、原子炉設置許可処分に係る安全審査において、TMI事故を踏まえて決定された「我が国の安全確保対策に反映させるべき事項について」を十分反映して調査審議が行われたほか、右安全審査及びその後の設置変更許可処分に係る安全審査において、本件原子炉一号炉と同様、TMI事故を踏まえて改訂された指針等に基づき、事故解析等が行われ、その安全性が確認されていることが認められる。

3 結論

以上のとおり、本件原子力発電所において、TMI事故と同様の運転員の誤判断・誤操作による事故発生の可能性があるということはできないこと、TMI事故において運転員の誤判断・誤操作を惹起した背景的要因をみても、その対策が図られていること、原子力安全委員会により、TMI事故の教訓は安全確保関連施策全般に反映されるとともに、本件原子炉施設の安全性が確認されていること、及び前に判示したTMI事故の原因を考え合わせるならば、本件原子力発電所において、TMI事故と同様の事故が発生するおそれがあるということはできない。

第二チェルノブイル事故について

一チェルノブイル事故の経過

<書証番号略>によれば、我が国の原子力安全委員会のソ連原子力発電所事故調査特別委員会は、ソ連(当時)のチェルノブイル発電所において昭和六一年四月二六日に発生したいわゆるチェルノブイル事故について調査した結果、その概要について、次のとおり報告していることが認められる。

1 チェルノブイル発電所の概要

チェルノブイル発電所では、事故発生当時、事故を起こした四号炉を含めて黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉(RBMK―一〇〇〇型炉。定格熱出力三二〇万キロワット、定格電気出力一〇〇万キロワット)四基が運転中であり、さらに二基が建設中であった。

黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉(RBMK―一〇〇〇型炉)は、ソ連が独自に開発したもので、主要な設計上の特徴は、①多数の縦型の圧力管チャンネルに燃料を収納し、チャンネル内に冷却材を流して燃料を冷却するいわゆる圧力管型炉であること、②ジルコニウム被覆管に収納した低濃縮二酸化ウラン燃料を円筒状に束ねた燃料集合体が用いられること、③減速材として黒鉛ブロックを柱状に積み重ねた黒鉛パイルが用いられること、④タービンに蒸気を直接供給する再循環型軽水冷却沸騰水型炉であること等である。

これらが全体としてこの原子炉の特徴を決定しており、ソ連は、その長所として、①大型の圧力容器が不要なこと、②複雑で高価な蒸気発生器が不要なこと、③運転中の燃料交換が可能なこと、④燃料等の健全性のチェックがチャンネル毎に行えること、⑤黒鉛ブロックと圧力管の下図を半径方向に増やすことにより原子炉の大型化が容易であること等を挙げ、その短所としては、①大きな正のボイド反応度係数が現れること、②炉心の出力分布が不安定になりやすく、これを安定させるために複雑な制御システムを必要とすること、③各チャンネルの入口・出口の配管が複雑になること、④黒鉛構造物及び金属構造物に大量の熱エネルギーが蓄積されること等を挙げている。

2 チェルノブイル事故の経過

ア チェルノブイル四号炉においては、昭和六一年四月二五日に保守のため運転を停止することになっていたが、炉の停止前に、外部電源が喪失してタービンへの蒸気供給が停止した場合、タービン発電機の回転慣性エネルギーがどの程度発電所内の電源需要に対応することができるかを調べる実験を行うことになっていた。実験計画によれば、右実験は、原子炉が熱出力七〇ないし一〇〇万キロワットの状態で実施されることになっていた。

イ 同日午前一時、運転員は、実験計画に従って、定格熱出力三二〇万キロワットで運転中のチェルノブイル四号炉の出力低下を開始した。同日午後一時五分、原子炉出力が定格熱出力の二分の一である一六〇万キロワットとなり、二台あるタービン発電機のうち一台のタービン発電機が解列された。実験計画では、出力低下をそのまま続けるはずであったが、給電担当からの要請により、その後約九時間にわたって原子炉の熱出力が一六〇万キロワットの状態で運転が続けられた。

ウ 同日午後一一時一〇分、運転員は、熱出力一六〇万キロワットから出力低下を再開した。運転員が低出力時の運転規則に従って局所出力自動制御系から平均出力自動制御系に切り替えたところ、平均出力自動制御系と出力の同期がとれず、自動制御装置が作動しなかったため、原子炉の熱出力は急激に低下し始め、運転員が手動操作で出力を調整しようとしたが、熱出力は三万キロワット以下にまで低下した。

そこで、同月二六日午前一時、運転員は、制御棒を手動で引き抜くことにより原子炉の熱出力を二〇万キロワットにまで回復させたが、キセノンの毒作用の進行により、これ以上の出力上昇は困難であった。七〇万キロワット以下の長時間運転は運転規則に違反していたが、この出力で運転が継続された。

エ それにもかかわらず、試験を実施するための準備は進められ、同日午前一時三分及び七分、既に作動していた六台の主循環ポンプに加えて、さらに主循環ポンプを一台ずつ起動させた。この結果、炉心での発生熱に対して冷却材流量が過大となり、炉心ボイド率(炉心内の冷却材に占める蒸気泡の体積割合)が減少に伴い反応度が減少するとともに、気水分離器内の蒸気圧力が低下し、気水分離器内の水位は非常レベル以下となった(冷却材流量を過大にすることは、運転規則により禁止されていた。)。気水分離器水位及び圧力に関する原子炉緊急停止信号により原子炉が停止を防ぐため、同日午前一時一九分、運転員は、気水分離器内の蒸気圧と水位に関する原子炉緊急停止信号をバイパスさせた(これも規則違反であった。)。

運転員は、気水分離器の水位の低下を防ぐため、気水分離器への給水を増加させたところ、気水分離器から低温の冷却水が炉心に流入したため、炉心におけるボイド率がさらに減少し負の反応度が加えられた。そこで、正の反応度を加え、原子炉の出力を維持するため、自動制御棒及び手動制御棒が相次いで引き抜かれ、これによって反応度操作余裕がさらに低下した。また、同日午前一時一九分、運転員は気水分離器圧力の低下を防ぐため、タービンバイパス弁を閉じた。

気水分離器の水位が上昇してきたため、同日午前一時二二分頃、運転員は、給水流量を急激に低下させたが、この結果、炉心に流入する冷却材温度は上昇し、ボイド率が上昇し、正の反応度が加えられた。

同日午前一時二二分三〇秒、運転員は、反応度操作余裕が運転規則で定められた原子炉の緊急停止を要する値(一五本)以下の値(六ないし八本)となっていることに気付いたが、運転員は、これを無視して原子炉の運転を継続させた(重大な規則違反であり、もしこの時点で炉を停止していれば事故は防ぐことができた。)。

オ 同日午前一時二三分、原子炉は熱出力二〇万キロワットの運転状態にあって、原子炉の状態を示す各種データは一見安定した状態にあった。しかし実際には、①低出力運転のため反応度出力係数は正となっていたこと、②ほとんどの制御棒が引き抜かれていたため、原子炉の緊急停止のための反応度操作余裕が極端に減少し、かつ、冷却材ボイド係数が定格運転時の約1.5倍と大きくなっていたこと、③圧力の低下及び給水流量の急減により冷却材温度が飽和温度近くになり炉心全体でボイドが発生し易い状態であったこと等原子炉は非常に不安定な状態になっていた。

実験に先立ち、運転員は、最初の実験が不成功の場合、速やかに再実験ができるように、タービン発電機トリップによる原子炉緊急停止信号をバイパスした(この違反がなければ事故を防止し得た可能性が高く、これが最後の重大な運転規則違反となった。)。

カ 同日午前一時二三分四秒、運転員は、タービン発電機の蒸気停止加減弁を閉じ、実験を開始した。蒸気停止加減弁の閉鎖によりタービン発電機への蒸気流が絶たれたため、タービンの回転数が低下し始め、それに伴い、タービン発電機を電源としていた給水ポンプ及び主循環ポンプの機能が低下した。そして、気水分離器圧力が上昇するとともに、炉心流量及び給水流量が減少し始め、それに伴い冷却材の温度が上昇した。この結果、炉心ボイド率が増加するとともに出力がゆっくりと上昇し始めた。

これを見て、同日午前一時二三分四〇秒、運転員は原子炉緊急停止ボタンを押したが、制御棒が効き始めるまでには六秒程度を要する制御棒配置にあったため、原子炉の出力の上昇を抑えることはできず、出力はさらに上昇し、ソ連の解析によれば、四秒後に出力は定格出力の約一〇〇倍の出力に達した。この結果、多量の蒸気発生、燃料過熱、燃料の溶融破損、微細化した粒子状の燃料による急激な冷却材沸騰、燃料チャンネル内の急激な圧力上昇、燃料チャンネルの破損へと進行した。

キ 午前一時二四分頃、爆発が二回発生し、全ての圧力管及び原子炉上部の構造物が破壊されるとともに、燃料及び黒鉛ブロックの一部が飛散した。原子炉建屋の屋根も破壊され、炉心の高温物質が吹き上げられて原子炉諸施設、機械室等の屋根に落ち、三〇箇所以上から火災が発生した。それに伴い、多量の放射性物質が環境へ放出された。なお、炉心下方にあるコンクリート部は、溶融貫通には至っていない。

ク なお、ソ連原子力発電所事故調査特別委員会の解析によれば、原子炉施設の破壊の原因は次のとおりである。

まず、圧力管を含む一次系配管の破壊については、反応度事故に起因する燃料の微細化による伝熱面積の増加及び高温に達した被覆管と水との急激な発熱反応が加わって、冷却材が急激に過熱されたために、気水分離器に至る一次系配管内の圧力が上昇し、圧力管の上部及び下部において内圧破壊したものと考えられ、水蒸気爆発による破壊ではないと推定される。

また、建屋の破壊については、燃料棒が溶融破損し、それに伴いジルカロイ被覆管などが高温になって破損し、水との接触面積が極端に増加するため、極めて急激に水素が発生し、建屋内で可燃限界を超え、爆発又は爆ごうにより建屋を破壊し得るものと推定され、さらには炉心下部、気水分離器室及び燃料取扱室においても水素燃焼又は爆発の可能性が考えられる。

3 チェルノブイル事故により放出された放射性物質による影響

ソ連の報告では、事故により放出された放射性物質の量については、希ガス核種が炉内存在量のほぼ一〇〇パーセントに相当する約五〇〇〇万キュリー(五月六日時点に減衰補正した値)、希ガス以外の核種が炉内存在量の約三ないし四パーセントに相当する三〇〇〇万ないし五〇〇〇万キュリー(同前減衰補正値)であると推定されている。また、燃料に関しては、事故の際に微細化された燃料が原子炉施設敷地内に炉内存在量の0.3ないし0.5パーセント、敷地から二〇キロメートル以内に1.5ないし2パーセント、二〇キロメートル以遠に1ないし1.5パーセントそれぞれ散在したと考えられている。

チェルノブイル事故により同年八月二一日現在二〇三名が急性の放射線障害を被り、三一名が死亡した。また、チェルノブイル発電所周辺では住民約一三万五〇〇〇人が退避したが、これら避難民の外部被曝の集団線量は一六〇万人レム(ソ連の評価)であり、このグループの被曝による致死的ガン発生数は自然発生発癌数の二パーセント弱で約三二〇人(米国原子力規制委員会の推定)と推定されている。さらに、ソ連ヨーロッパ部住民約七五〇〇万人については、ソ連によれば、外部被曝の集団線量は昭和六一年で八六〇万人レム、今後五〇年間で二九〇〇万人レムであり、この被曝による致死的癌発生数は自然発生癌の死亡者数の0.05パーセントである約五〇〇〇人以下と推定されている。

二チェルノブイル事故の原因

1 ソ連の報告

<書証番号略>によれば、チェルノブイル事故の原因について、昭和六一年八月の国際原子力機関(IAEA)会合におけるソ連の報告では、次の六項目の運転員の規則違反が事故の第一義的な原因であったとしていることが認められる。

ア 反応度の低下を乗り越えて出力を上昇させるため、制御棒を次々に引き抜き、反応度操作余裕を許容値より著しく少ない状態に陥らせ、原子炉の緊急停止機能を低下させたこと。

イ 局所出力自動制御系から平均出力自動制御系に切り替えた際の運転員のミスで原子炉の出力を試験計画で指定されている出力より低下させ、原子炉を不安定な状態に陥らせたこと。

ウ 試験プログラムを実施するため、想定で定められている流量を超えて待機中の循環ポンプを投入したことにより、冷却水の温度が飽和温度近くなり、原子炉を極めて不安定な状態にしたこと。

エ 試験を繰り返す必要があるかもしれないと考えたため、二基のタービン発電機の停止信号に基づいた原子炉の緊急停止信号をバイパスし、原子炉の自動停止の可能性を失わせたこと。

オ 原子炉が不安定な状態でも実験を遂行しようとし、気水分離器内の水位レベルと蒸気圧に関する原子炉緊急停止信号をバイパスし、実験開始前にこれらの熱パラメータによる原子炉の停止の可能性を失わせたこと。

カ 実験を遂行中にECCSの誤動作を避けるため、ECCSを切り離し、これによって事故の規模を小さくする可能性を失わせたこと。

そして、かかる運転員の規則違反やずさんな試験の行われたことの背景として、運転員らの原子炉の安全に対する認識が不足していたこと、危険一般に対する感覚を失っており、油断があったこと、実験が成功しなかった場合少なくとも一年間は実験が延期されるため、是非今回の機会に実験を完了させたかったこと、事故当夜は、金曜の夜から土曜にかけてであり、実験を一刻も早く終わらせたい気持ちが強く、運転員に気の緩みがあったことが指摘されている。

2 ソ連原子力発電所事故調査特別委員会の報告

<書証番号略>によれば、チェルノブイル事故の原因について、我が国の原子力安全委員会のソ連原子力発電所事故調査特別委員会においては、次のとおり評価していることが認められる。

ア 原子炉の設計、特性上の問題点について

RBMK型炉は、ボイド係数が大きな正であることによって、特に低出力で不安定になる傾向がある。もっとも、このような反応度フィードバック特性に対応して、制御系・安全系の設計が万全であれば、容認することもできよう。しかしながら、事故と密接に関連する緊急停止系の設計をみても、緊急停止時には毎秒一ドル以上の負の反応度を投入する設計であるが、この反応度投入速度は反応度操作余裕が一定の値以上ないと保障されないし、しかも反応度操作余裕の確保は運転規則という形でしか担保されておらず、警報、インターロック、自動停止等設備面での対策は何もなかった。

また、事故直前、運転員が反応度操作余裕が極度に不足したことを認識しながら実験を強行したのは、原子炉が極めて危険な状態にあることの認識が不十分であったと考えられ、運転員の教育訓練、警報、インターロックを含め、マン・マシン・インターフェイスがどのように取り扱われていたか疑問である。

さらに、放射能の閉じ込め系は、格納容器とは基本的に設計概念が異なるものであり、幾つかの区分けされた区画毎に設計圧力を定めて放射能拡散に対する障壁を形成するという考え方(局所化格納システム)であったが、多数の圧力管が破断し、上段遮蔽体を含む炉心上部と建屋を破壊したため、局所化格納システムの機能は発揮されなかった。

イ 運転員の規則違反について

a 反応度操作余裕が規定値を大幅に下回っているのに原子炉の停止をしなかった点は、RBMK型炉に特有のものであるが、緊急停止の機能を大きく損なうもので極めて重大な違反であって、反応度操作余裕が不足する状態においてはボイド係数は一層大きくなり、原子炉はさらに不安定な状態になる。

b 計画より低い出力で試験を行った点は、低出力で著しく不安定になる特性を有するというRBMK型炉の安全上の特徴ないし問題点を全く理解していなかった行為である。

c 待機中のポンプを起動し、規定値を超える流量で冷却材を流した点は、もともと実験手順に従った行為であり最初から意識的な違反ではなかったとも見られるが、過大な流量にもかかわらず原子炉の運転を続けたことは重大な違反であり、このため、炉心のボイドはほとんど消失し、冷却系全体が事故直前にはほとんど飽和に近い状態になり、わずかな外乱で大きなボイド率の変化を生じ得る状態になっていた。

d タービン二基停止でスクラムの安全信号をバイパスした点は、最後の致命傷とでもいうべき違反であって、反応度操作余裕の不足のため緊急停止機能は大幅に低下していたものの、この違反をしなければ事故は防止できた可能性は高い。

e 気水分離器内の水位、圧力のスクラム信号をバイパスした点及びECCSを切り離したまま運転を継続した点は、たとえこれらの違反がなくても事故の発生と進展には基本的な変化はなかったと考えられる。

以上のとおり、チェルノブイル事故は、設計における多重防護の適用における脆弱性を背景としつつ、運転員の多数のかつ重大な規則違反により、設計者が予想しなかったような危険な状態に原子炉を導いた結果発生したものである。

ウ 多重防護思想の問題点について

チェルノブイル四号炉では、不可欠な安全機能の維持が運転員に対する規則という形でしか担保されていないなど、多重防護の思想の適用に疑問がある。運転員の規則違反は、設計者の予想も及ばないほどのものであったが、このような運転員の行為を防止し、制限し、あるいはその影響を緩和するための対策は、それほどの技術的困難なしにとることができたはずである。

この事故は、多重防護の思想の正しさと重要さを改めて示したものといってもよい。

エ 管理体制の問題点について

事故の直接の原因は、運転員の規則違反であるにしても、その背後に安全確保のための管理体制に問題があったことが示唆されている。すなわち、今回の事故で特徴的なことは、運転員の規則違反のほとんどが単なる錯誤というよりも意識的なものであったということであり、しかも、運転員は数々の規則違反を犯しながら、原子炉がどれほど危険な状態になっているかについての認識がなかったか、あるいは極めて不十分であって、これは運転員のみならず、試験計画者、発電所の管理体制全般に、安全を最優先するという意識が希薄だったのではないかと思われる。

3 ソ連原子力発電所事故調査特別委員会の評価の合理性

右に認定したソ連原子力発電所事故調査特別委員会の評価は、右1に判示した事故の経過に照らし、合理的なものと考えられる。

したがって、チェルノブイル事故の原因とは、チェルノブイル四号炉は、低出力では反応度出力係数が正のフィードバック特性を示し、固有の自己制御性を失う動特性があるのに、それに対応し得るだけの制御系・緊急停止系が確保されていないとの設計上の問題があったところ、安全思想が希薄な管理体制のもとで、運転員が意識的に多数かつ重大な運転規則違反を重ねたことによって生じた原子炉の反応度事故であるということができる。

三チェルノブイル事故が本件原子力発電所の安全性の評価に及ぼす影響

1 我が国の原子力発電所の現状についての評価

<書証番号略>によれば、ソ連原子力発電所事故調査特別委員会は、チェルノブイル事故を踏まえて、我が国の原子力発電所の安全確保対策の現状について、設計・建設・運転等の各段階にわたり、調査検討、評価したこと、その結果、我が国の原子力発電所の安全性については、設計・建設・運転等の各段階における努力により現状においても十分に確保されていることから、チェルノブイル事故に関連して、現行の安全規制やその慣行を早急に改める必要のあるものは見い出されないと判断したことが認められ、その具体的検討内容をみると、次のとおりであることが認められる。

ア 設計上の安全対策

a 反応度投入事象

まず、我が国の原子力発電所は、全ての運転範囲で急速な固有の負の反応度フィードバック特性を有することが安全設計審査指針で要求されており、これに基づき、原子炉出力の過渡時の変化に対してドップラー係数、ボイド係数等の各反応度成分を総合した反応度出力係数が出力の変化を抑制する効果をもつ設計となっている。

このような原子炉の特性を前提にして、安全評価審査指針に基づき運転時の異常な過渡変化及び事故について評価が行われているが、特に反応度が投入される事象のうち、原子炉が即発臨界以上の状態となり出力の上昇により燃料温度が断熱的に上昇し、燃料ペレットや燃料被覆管が熱的又は機械的に苛酷な条件となる事象として、BWRでは起動時における制御棒引抜き、制御棒落下事故を想定して評価をすることとされており、これらの事象は、安全評価にあたって想定される他の反応度が投入される事象も包絡するものとなっている。解析にあたって用いられる初期条件は、正常な運転操作により到達し得るすべての運転状態を考慮して、その中で最悪の結果をもたらす条件を選定しており、判断基準は、運転時の過渡変化に対しては燃料破損の防止を、事故に対しては炉心の冷却可能形状の保持と圧力バウンダリの健全性が損なわれないことを目標に、日本原子力研究所による実験の成果に基づいて適切な裕度を考慮して定められている。

また、反応度投入事象の発生を防止するための制御棒駆動機構は、信頼性の高い構造設計であり、また、制御棒引抜き速度を制限するとともに、制御棒の引抜き手順管理を厳重に行う等の設計上及び運転管理上の対策が講じられている。原子炉停止系による原子炉停止機能も、安全設計審査指針の要求に基づき、制御棒の位置、炉心の燃焼状態等プラント運転状態を最も厳しい条件として、さらに制御棒一本の挿入失敗を仮定しても、原子炉の緊急停止時に必要な負の反応度添加率を確保できる設計となっている。

チェルノブイル四号炉の反応度投入事象に関する設計上の特徴は、我が国の原子力発電所のそれとは異なるものであり、我が国の原子力発電所は、各炉型のそれぞれの特徴を踏まえて適切な設計上の安全確保対策がなされているところから、チェルノブイル事故から我が国の原子力発電所の反応度事故に対する設計上の安全確保対策について改善を図らなければならない点は見い出せない。

b 想定事象の考え方

チェルノブイル事故を見ると、運転員の多数の規則違反があったとはいえ、安全系が、事故が設計基準事象の範囲を超えるのを防止するのに十分であったか、事故が設計基準事象の範囲をある程度超えても対処できるだけの余裕のある設計であったか等の疑問が生ずるが、我が国における想定事象の考え方と内容について調査すると、安全設計審査指針、安全評価審査指針、立地審査指針に定められている現在の想定事象の選定、解析条件及び判断基準は、事故の拡大防止の見地からも妥当であると判断される。

c 格納容器の機能

我が国の原子力発電所の格納容器は、安全設計審査指針の要求に基づき、設計圧力及び温度(最高使用圧力及び温度)において弾性設計を行うことになっており、結果として設計条件を超える圧力・温度に対しても、かなりの耐力を有することが確認されていることから、チェルノブイル事故によって、このような設計の考え方を基本的に変える必要はないと判断される。また、TMI事故を受けて、水素問題について検討を進めた結果、我が国の軽水炉の格納容器は、現在安全評価において用いている値を相当上回る大量の水素発生時にもその機能が維持できると考えられる。

d シビアアクシデント

異常が発生した場合に、それが設計基準事象を超えてシビアアクシデントに至ることを防止するについては、我が国の原子力発電所では、設計・建設・運転管理の各段階において多重防護の各々のレベルに対応した適切な措置が講ぜられていることから、仮に異常が発生しても、これを設計基準事象の範囲に止めることが期待できる。

この場合、特に人的因子が重要であることがチェルノブイル事故でも改めて示された。我が国においては、誤操作等の防止のために人間工学的考慮を払うとともに、インターロック、自動化等の対策が採られているし、さらに運転員の適切な判断を助けるための支援システム等の開発が進められ、導入されつつある。このようなことから、現行の設計基準事象の範囲を拡大するような新たな措置は必要でないものと考えられる。

現在まで得られた知見によれば、原子炉施設の安全系は、十分信頼性が高く、かつ、その設計には大きな余裕があり、仮に設計基準事象の範囲を超えてもかなりの範囲にわたって安全機能が維持されること、及び事故時に適切な操作を行うことによって、異常事象を安全な範囲に収め、又は仮にこれを超えても災害の度合いを著しく低下させることができること等が明らかになりつつある。また、シビアアクシデント時の経過とその時のソースターム(原子力施設の事故における放射性物質の放出の定量的な記述)の研究が進展し、原子炉施設のリスク評価が更に確実にできるようになりつつある。

e 人的因子とマン・マシン・インターフェイス

原子力発電所においてマン・マシン・インターフェイスが最も集中している中央制御室の設計を詳細に調査した結果は、次のとおりである。

① 原子炉の運転状況を把握するために重要な計器は、概ね中央制御盤上で運転員が容易に確認できる配置とされており、また、正常状態から逸脱した場合、速やかにかつ容易に確認できる警報を発生するようにされている。

② 原子炉が正常状態からある程度以上逸脱すると、原子炉停止系等の安全系が動作し、原子炉の状態の如何にかかわらず、かつ、運転員の操作を期待することなく原子炉の安全が保たれる設計となっており、安全上重要な設備は、その機能が必要となる事態が発生すれば、少なくとも一〇分間は運転員の操作を期待しなくてもよいように設計されている。

③ 運転員が操作を行う場合には、所定の条件が整っていなければその操作ができないよう、あるいはその操作が所定の範囲を逸脱しないように、各種のインターロックが設けられている。

④ 制御室の設計に当たっては、人間工学的考慮に基づき、運転員の誤操作等を防止するために、きめの細かい対策が採られている。特に、TMI事故以降、運転の監視性・操作性の向上、安全性の向上、運転員の負担軽減等を目標にしたマン・マシン・インターフェイスの改善が進められてきた。

これらのことから、我が国の原子力発電所におけるマン・マシン・インターフェイスは、現状においては良好なものであると判断される。

イ 運転管理対策

a 運転管理全般

我が国では原子炉等規制法及び電気事業法に基づく運転管理体制が確立しており、この体制をみると、まず、設置者が原子力発電所の安全確保の基本的な要件を規定する保安規定を定め、国の認可を受けることとされている。

また、運転管理及び保守管理については当直長を中心とするライン組織が当たり、かつ、原子炉等規制法に基づく原子炉主任技術者が保安の監督を行うことで、運転及び保守に係る意思決定を的確に行うとともに安全面からのチェックが客観的に行われている。

さらに、保安規定の内容を遵守し、原子力発電所の安全を確保するために、設置者は手順書等を作成し、これにより各運転モードにおいて運転員が適切な行動をとれるようにしている。

こうした保安規定の遵守状況、原子炉の運転状況の妥当性については、国により随時調査され、必要に応じて立入検査が行われることになっている。

こうしたことから、我が国の原子力発電所の運転管理体制は、安全の確保の上で適切なものとなっていると考えられる。

b 運転員の教育・訓練と資格制度

我が国では、原子力発電所の設置者が運転員の養成のために、長期間にわたる教育・訓練計画を作成し、運転員に必要な専門知識や技能を習得させている。これに加えて、業務改善提案、事故防止強化運動等を通じて、安全意識の醸成のための社員教育が行われている。

また、実用発電用原子炉においては、運転責任者すなわち当直長には、国の認定の下に行われる原子力発電所運転責任者資格認定制度による資格試験の合格者を充てることとしている。

こうしたことから、我が国の原子力発電所の運転員の安全意識並びに専門知識及び技能は十分に保たれていると考えられる。

c 特殊試験

我が国の原子力発電所の場合、原子炉施設並びにそれを構成する系統及び機器についての予定した性能確認試験が全て完了したことを確認して初めて国により施設の供用開始が認められるのであり、チェルノブイル四号炉のように性能確認試験が供用開始後まで未実施のまま放置されることはない。

また、原子炉施設の供用開始後に行う試験については、予め主管課が試験実施計画書を作成し、主管課以外の者による検討を得て試験計画が安全の確保上適切なものであることを確認してから、責任者により実施が承認されることとなっており、チェルノブイル四号炉のように、技術者が、発電所所長を始め関係者の同意を得ることなく、実験計画を作成し、実験を実施することはない。

こうしたことから、我が国においては、原子炉の試験に対する安全確保対策は妥当であると考えられる。

d 安全保護系のバイパス

我が国の原子力発電所で、安全保護系のバイパス操作が必要になるのは、運転モードの変化に対応するためと、定例試験又は保守のために限られている。そして、前者の場合は、運転モードの変化に応じて、自動的にバイパス許可信号が発信され、手導によるバイパスが可能となり、このバイパス状態は、安全保護機能が必要とされる状態になると自動的にバイパス状態が元の状態に復帰するので、安全確保上問題はない。また、後者の場合は、多重化されたチャンネルを一度に二チャンネル以上バイパスすることはなく、バイパス中も、残りの安全保護系によって十分な安全機能が確保されるようになっている。

こうしたことから、我が国の原子力発電所においては、バイパスが容易にはできないようになっており、安全確保上処置を要する事項はないと考えられる。

2 本件原子力発電所における事故発生の可能性

チェルノブイル事故を踏まえた我が国の原子力発電所の安全確保対策の現状についてのソ連原子力発電所事故調査特別委員会の右評価は、その具体的検討内容及び前記二に判示したチェルノブイル事故の評価に照らし、合理的なものと考えられる。

また、本件原子炉施設についての本件安全審査において、原子炉に異常な反応度が投入され核分裂反応が急上昇する事象に対しては、全ての運転範囲で急速な固有の負の反応度フィードバック特性を有していること、すなわち自己制御性を有していることが確認され、次に、緊急停止系についても、各制御棒を作動させる回路は、多重性と独立性とを有するように設計されていること、また、全制御棒のうちの最大反応度価値を有する制御棒一本が完全に引き抜かれている状態を仮定した場合においても、その他の制御棒を挿入することによって、原子炉を停止する能力を有するように設計されていることが確認されており、さらに、安全保護設備及び工学的安全施設等の設計の総合的な妥当性を評価確認するため、反応度が投入される事象として、運転時の異常な過渡変化(原子炉の運転状態において原子炉施設寿命期間中に予想される機器の単一故障又は誤動作若しくは運転員の単一誤操作等によって原子炉の通常運転を超えるような外乱が原子炉施設に加えられた状態)では、起動時における制御棒引抜き、出力運転中の制御棒引抜き等を想定し、また、事故(運転時の異常な過渡変化を超える異常状態であって、発生頻度は小さいが、発生した場合は原子炉施設からの放射能の放出の可能性がある事象)では、制御棒落下事故等が想定されて解析が行われ、そのいずれの場合でも安全性が確保されることが確認されたことは、前に判示したとおりである。

さらに、被告が、建設段階における安全確保対策として、機器・系統等が設計どおりの品質を有し、本件原子力発電所が運転の継続に十分な安全性を保持するに至っているかを確認することとしていること、運転段階における安全確保対策として、運転管理及び保守管理について発電課長を中心とするライン組織が当たり、また原子炉等規制法に基づく原子炉主任技術者が保安の監督を行うこととしていること、運転員の養成のために、長期間にわたる教育・訓練計画を作成し、運転員に必要な専門知識や技能を習得させていること、機器・系統等が設計どおりの機能を発揮し、それを維持することができるよう、計画的に設備の保守管理を行うこととしていることも、前に判示したとおりである。

そして、前記二に判示したチェルノブイル事故の評価、右1に判示した我が国の原子力発電所の安全確保対策の現状についてのソ連原子力発電所事故調査特別委員会の評価並びに右に判示した本件原子炉についての本件安全審査における評価及び本件原子炉における建設段階及び運転段階における安全確保対策を合わせ考えれば、本件原子炉施設については、その設計・建設・運転等の各段階において、反応度事故の発生を防止するための安全確保対策が採られていることが認められ、本件原子力発電所において、チェルノブイル事故と同様の反応度事故が発生するおそれがあるということはできない。

第三福島第二原子力発電所三号機の原子炉再循環ポンプ損傷事象について

一本事象の経過

<書証番号略>によれば、福島第二原子力発電所三号機(定格出力一一〇万キロワットのBWR。以下「福島第二・三号機」という。)において、昭和六四年一月一日頃、原子炉再循環ポンプが損傷するという事象が生じたが、通商産業省資源エネルギー庁は、その経緯と原因について調査した結果、次のとおり報告していることが認められる。

1 福島第二・三号機の設備

福島第二・三号機では、通常運転時には、制御棒の操作と原子炉再循環流量の増減によって原子炉の出力を調整している。原子炉再循環系統は、二系統あり、それぞれ原子炉再循環ポンプ、原子炉再循環系配管、吸込弁、吐出弁及びジェットポンプで構成されている。右原子炉再循環ポンプは、格納容器内に設置されており、その上部に駆動源である原子炉再循環ポンプモータが直結され、原子炉再循環流量制御系によって原子炉再循環ポンプモータの回転数が制御されている。原子炉再循環ポンプモータの駆動力は、原子炉再循環ポンプの主軸及びこれと一体になった羽根車に伝達される。この羽根車の回転によって、原子炉冷却水は、ポンプ下部の吸込側配管から吸い込まれ、高圧の吐出水となって吐出側配管へ導かれる。

原子炉再循環ポンプ内には、主軸の横振れを抑制するため、水中軸受が設けられている。水中軸受は、水中軸受本体及び水中軸受リングにより構成されている。水中軸受本体は、円筒状のもので、水中軸受取付ボルトによってケーシングカバーに取り付けられており、また、周囲にはオリフィス穴が設けられている。水中軸受本体は、水中軸受本体と相俟って主軸の横振れを抑制するため設けられているジャーナルを取り囲むように設置され、水中軸受本体とジャーナルとのすきまには、オリフィス穴を通して原子炉再循環ポンプ吐出水の一部が軸受供給水として導かれるようになっている。この軸受供給水の圧力により、ジャーナルと一体構造となっている主軸が一方に片寄らない仕組になっている。水中軸受リングは、水中軸受本体から張り出したひさし状の部分と段違いにして、上側溶接部と下側溶接部の上下二箇所で全周にわたってすみ肉溶接されている。水中軸受リングは、羽根車の回転により原子炉再循環ポンプ内に生じる旋回流によって軸受供給水の圧力が低下するのを防ぐため、水中軸受本体のオリフィス穴より下方に取り付けられている。

2 本事象の経緯

ア 福島第二・三号機は、昭和六四年一月一日、出力一〇三万キロワットで運転中のところ、午後六時四五分頃から原子炉再循環ポンプ流量変動現象が認められた。このため、午後七時頃、原子炉再循環ポンプの速度をわずかに降下させたところ、原子炉再循環流量変動現象は収まった。午後七時二分、原子炉再循環ポンプ(B)の振動が増加し、「原子炉再循環ポンプモータB振動大」の警報が発生した。このため、当該ポンプの速度を定格の約八七パーセントから約八五パーセントまで降下させたところ、振動は警報設定値以下となった。また、出力は一〇〇万キロワットに低下した。その後、原子炉再循環ポンプ等に関係しているパラメータ(計器の指示値)の監視を強化して運転を継続したが、振動は不安定な状態で推移し、出力約九九万キロワットで運転中の一月六日午前四時二〇分、再び振動が増加して警報が発生したため、振動レベルを監視しながら徐々にポンプ速度を降下させ、これに伴って出力も約七四万キロワットに低下した。しかしながら、その後も振動が高い値で推移したため、同日正午から原子炉停止操作を開始し、午後六時五五分当該ポンプを停止し、同月七日午前〇時発電機を解列し、同日午前三時四七分原子炉を停止した。

イ 福島第二・三号機は、同日から第三回定期検査を開始したが、調査のため当該ポンプを分解点検したところ、水中軸受リングのすみ肉溶接部は水中軸受本体との溶接部の全周にわたって破断し、水中軸受リングは水中軸受本体から脱落して大破片と小破片に分離していたほか、原子炉再循環ポンプ内各部の損傷が認められた。また、水中軸受取付ボルトと座金の一部の脱落・流出及び羽根車主板の一部の欠損・流出が確認された。さらに、その後の調査の結果、羽根車等の摩擦によって生じた約三〇キログラムの金属粉等が流出して、圧力容器、燃料及び関連系統に分布していることが確認された。

ウ 本事象に伴い、原子炉の圧力・水位等の大幅な変動、燃料や圧力バウンダリの損傷、原子炉保護系の作動による原子炉の緊急停止を要するような事態、放射性物質の環境への放出はなかった。

二本事象の原因

1 通商産業省資源エネルギー庁における検討

<書証番号略>によれば、本事象の発生した原因について、通商産業省資源エネルギー庁では、次のとおり評価していることが認められる。

ア 水中軸受リングが脱落した原因は、水中軸受リングのすみ肉溶接部に溶け込み不足があり、水中軸受リング上下両面に発生した変動差圧によって、溶け込み不足により応力集中が大きくなっている下側溶接部のルート部(溶接金属の内側の部分)に疲労限度を超える応力が発生し、この応力により、下側溶接部で割れが発生・進展し、その後上側溶接部にも割れが発生して、最終的に全周にわたって溶接部で破断し、一体として脱落したものと推定される。また、水中軸受リングの一体脱落時までに疲労により径方向の割れがある程度進展しており、一体脱落後に最終的に延性破断し、大小破片に分離したものと推定される。

本事象及び過去に福島第二発電所一号機で発生した二度の原子炉再循環ポンプ水中軸受の損傷事象は、いずれも水中軸受リング溶接部の溶込み不足が直接の原因であるが、こうした事象の発生の背景には、水中軸受リングの溶接がすみ肉溶接であるために強度上必ずしも十分な余裕を有していないこと及び検査によって溶接不良が検知できないことがあると考えられる。

イ 水中軸受リングの一体脱落の時期は一月一日午後七時過ぎ又はそれ以前と推定される。また、羽根車主板の損傷については、同日午後八時頃から羽根車主板等の摩擦が進展したものと、同月二日ないし三日頃羽根車主板の溝が貫通したものと、同月六日午前四時二〇分頃羽根車主板の一部が欠損に至ったものとそれぞれ推定される。

この間、一月一日午後七時二分「原子炉再循環ポンプモータB振動大」の警報が発生し、その後も、振動はほぼ通常値付近に減少したものの、警報発生以前と比べ不安定な状態を示し、同日から同月三日にかけてスラスト軸受温度、原子炉冷却水電導率、原子炉再循環ポンプ振動値等の変化が認められたが、ポンプは停止されるには至らず、同月六日になって、再び振動大の警報が発生した際も、ポンプ停止の決定は迅速には行われず、また、ポンプ停止の方法についてもポンプ停止を最優先した手順はとられなかった。当初の振動警報が発生した時点で直ちにポンプを停止していれば、少なくとも大量の金属粉等の圧力容器内への流入という事態は避けられたと考えられる。

また、運転マニュアルでは、「原子炉再循環ポンプモータ振動大」の警報が発生した場合は、軸受温度等の関連パラメータの状態を監視し、必要に応じてポンプ回転数を下げて様子を見て、さらに振動が継続していると判断した場合には、両ポンプの速度を二〇パーセントにして当該ポンプを停止し、原因を調査することとなっており、振動大の警報が発生した時点でポンプを速やかに停止することにはなっていなかったが、この理由としては、運転マニュアルにおいては、回転体の不釣合、ポンプ・モータの芯ずれ等による振動を考慮しており、今回のような損傷事象による振動を考慮していなかったことがある。

右のとおり、本事象の進展・拡大を許した要因としては、運転マニュアルの規定が適切かつ十分なものでなかったこと、警報の発生及びその後の関連パラメータの変化にもかかわらず、その原因調査が迅速かつ的確に行われなかったこと、発電所及び会社全体として、状況の正確な把握と原因追及、迅速な対応措置等を実施していく上で不十分・不適切な点があったことがあり、本事象においては、こうした運転管理上の要因がより重要であると考えられる。

2 通商産業省資源エネルギー庁の評価の合理性

通商産業省資源エネルギー庁の本事象についての右評価は、右1に認定した本事象の経過及びその原因に照らし、合理的なものと考えられる。

したがって、本事象が発生した原因は、直接的には、原子炉再循環ポンプの水中軸受リングのすみ肉溶接部に溶込み不足があり、ポンプ羽根車の回転に伴う水中軸受リング上下両面の変動差圧によって、当該部に高い変動応力が発生し、水中軸受リングが疲労破断したものであるが、本事象の進展・拡大を許した要因としては、運転マニュアルが不適切であったこと、事象の発生に対する迅速な対応が行われなかったこと等の運転管理上の要因があり、この運転管理上の要因がより重要な問題点というべきである。

三本事象が本件原子力発電所の安全性についての判断に及ぼす影響

1 再発防止対策

<書証番号略>によれば、通商産業省資源エネルギー庁では、本事象を踏まえて、再発防止対策として次の対策を講ずることとしたことが認められる。

ア 原子炉再循環ポンプ水中軸受の改善

福島第二・三号機はもとより、他のプラントにおいても、原子炉再循環ポンプの水中軸受を、強度上十分な余裕があり、検査により溶接不良を検知できる完全溶込み溶接型又は溶接部を有しない一体遠心鋳造型のものに取り替えることとする。

イ 運転マニュアルの見直し

福島第二・三号機はもとより、他のプラントにおいても、原子炉再循環ポンプの振動警報が発生したときには、その原因が検出器の誤動作や地震の影響によるものであることが明らかな場合を除いて、直ちにポンプを停止するよう、運転マニュアルを見直すこととする。

ウ 異常徴候に対する対応の強化

福島第二・三号機はもとより、他のプラントにおいても、設備の異常徴候が認められた場合には、夜間、休日を問わず、的確な対応措置が確実に講じられるよう、対応体制の強化を行うことにする。なお、これに関連して、原子力発電所の重要な機器等については、実際に機器の損傷に至る前にその異常徴候を検知し、的確な判断と対応が可能となるよう、回転体診断装置等の異常診断技術の開発及び実用化を進めていくこととする。

エ 安全管理の徹底

福島第二・三号機の設置者である東京電力株式会社に対して、原子力発電所の運転にあたっては、常に安全を最優先とした迅速かつ的確な対応措置が行われるよう、安全管理の徹底を行うとともに、社内各層の安全意識の向上を図るよう指示することとする。また、他の電力会社に対しても、あらためて原子力発電所の安全管理の徹底を図ることとする。

2 本件原子力発電所における事象発生の可能性

通商産業省資源エネルギー庁による事象再発防止対策は、二に判示した本事象の評価に照らし、合理的なものと考えられる。

そして、証人高木秀夫の証言によれば、本件原子力発電所一号機においても、二台の原子炉再循環ポンプが設置されているところ、一台は昭和六三年四月から開始した第四回定期検査時において、もう一台は平成元年四月から開始した第五回定期検査時において、それぞれ溶接部を有しない一体遠心鋳造型の水中軸受に取り替えられたこと、被告に対しても通商産業省資源エネルギー庁から右の事故再発防止対策の指示が行われ、運転マニュアルの見直し等が行われたことが認められる。

本事象においては、事象の発生に対する迅速な対応が行われなかったこと等の運転管理上の要因がより重要な問題であり、被告においても、原子力発電所の運転にあたっては、常に安全を最優先とした迅速かつ的確な対応措置が行われるよう、安全管理の徹底を行わなければならないことはいうまでもないものの、右事実に照らせば、本件原子力発電所において本事象と同様の事象が発生するおそれがあるということはできない。

なお、<書証番号略>によれば、原子炉再循環ポンプの水中軸受リングの損傷事故は、福島第二原子力発電所一号機において昭和五九年一一月及び昭和六三年七月にも発生していること、昭和五九年一一月には、水中軸受を輸入品(手溶接)から国産品(自動溶接)に取り替える対策が採られたものの、昭和六三年七月に再度損傷が発生したことから、通商産業省資源エネルギー庁では、同号機の水中軸受を完全溶込み溶接型のものに取り替えるとともに、他のプラントのうち一一〇万キロワット級のものについても、過去の分解点検において健全性の確認されたものを除き、至近の定期検査時に水中軸受リングを完全溶込み溶接型又は一体遠心鋳造型のものに取り替えることとし、過去に点検済みの一一〇万キロワット級プラントを含め、その他のプラントについては、至近の分解点検時に同様に取り替えることとする対策を採ったこと、福島第二・三号機においても、右の対策に従って、昭和六四年一月の第三回定期検査において、水中軸受リングを取り替える予定であったことが認められる。こうした対策が採られたにもかかわらず、本事象が発生したことにかんがみれば、従前に講じられた対策には不十分なところがあったといわざるを得ない。しかしながら、本件原子力発電所においては、一体遠心鋳造型の水中軸受に取り替えられていることは右に判示したとおりであり、同号証によれば、一体遠心鋳造型の水中軸受に取り替えられている前においても、本件原子力発電所の水中軸受の溶接部には溶込み不足は認められず、水中軸受の疲労限度は12.5キログラム毎平方ミリメートルであるのに対し、発生応力は0.96ないし1.7キログラム毎平方ミリメートルであって十分小さいため、水中軸受の損傷のおそれはなかったことが認められ、右事実によれば、従前に講じられた対策には不十分なところがあったことは、本件原子力発電所において本事象と同様の事象が発生するおそれがあるといえないという判断を左右するものではない。

第四美浜原子力発電所二号機の蒸気発生器伝熱管損傷事象について

一本事象の経過と放出された放射性物質による影響

<書証番号略>によれば、美浜原子力発電所二号機(定格出力五〇万キロワットのPWR。以下「美浜二号機」という。)において、平成三年二月九日、蒸気発生器伝熱管(以下「伝熱管」という)一本が完全破断するという事象が生じたが、通商産業省資源エネルギー庁は、その経過について調査した結果、次のとおり報告していることが認められる。

1 本事象の経過

ア 美浜二号機は、平成三年二月九日、定格出力で運転中のところ、午後〇時二四分、蒸気発生器ブローダウン水モニタ(以下「R―一九」という。)に係るプラント計算機の注意信号が発信したため、監視を強化していた。

午後〇時四〇分頃、運転員がR―一九の記録計の指示値が若干上昇傾向を示しているのを発見したため、午後一時〇分頃、化学係員が蒸気発生器二次側水の放射能濃度分析を開始した。この分析の結果は、午後一時二〇分頃に判明し、A―蒸気発生器二次側水の分析結果は、通常値に比べ若干高い値を示した。漏洩の判断を確実に行うため、再度放射能濃度分析を実施していたところ、午後一時四〇分、中央監視盤において、復水器空気抽出器ガスモニタ(以下「R―一五」という。)の「計数率注意」警報が発信し、続いて午後一時四五分にR―一九の「計数率注意」警報が発信した。

イ 午後一時四五分、加圧器水位及び一次冷却系の圧力が低下していたことから、一次冷却材の減少を補うため充填ポンプ一台を追加起動したが、その後も一次冷却系の圧力が直線的に低下傾向を示したので、原子炉を停止すべく、午後一時四七分頃、手動で出力降下を開始したが、午後一時五〇分、警報盤においてR―一五「計数率高」警報が発信するとともに、「加圧器圧力(一次冷却系の圧力)低」により、原子炉、タービン、発電機が所定の順次どおり自動的にトリップし、原子炉トリップから約七秒後、「加圧器圧力(一次冷却系の圧力)低及び加圧器水位低の一致」による安全注入信号が発信し、非常用炉心冷却装置(ECCS)が自動作動した。

ウ このため、運転員は、午後一時五五分、漏洩が発生したと判断されたA―蒸気発生器(以下「損傷側蒸気発生器」という。)を隔離するため中央制御室において主蒸気隔離弁の閉止操作を行ったが、同弁の完全閉止が確認できず、午後二時二分頃、現地で増締めを行い、損傷側蒸気発生器の隔離を完了した。

エ 午後二時二分から一七分まで、健全なB―蒸気発生器(以下「健全側蒸気発生器」という。)の主蒸気逃がし弁を開操作し、蒸気発生器を介して一次冷却系の冷却を行った。

午後二時七分、加圧器逃がし弁による一次冷却系の減圧操作に備え、加圧器逃がし弁を駆動する空気の供給を確保するため、制御用空気格納容器隔離弁の開操作を行った。午後二時九分、健全側蒸気発生器に係る一次冷却材回路の高温側冷却材が摂氏約二七五度にまで冷却されたので、一次冷却系の水量を制御するため、安全注入信号により停止していた充填ポンプ三台を再起動した。

一次冷却系の圧力と損傷側蒸気発生器二次側の圧力を等しくすることにより損傷側蒸気発生器二次側への一次冷却材の漏洩を止めるため、午後二時一〇分頃から二五分頃まで、加圧器逃がし弁の開放操作を複数回試みたが、二台ある加圧器逃がし弁はいずれも開放不能であった。

オ 午後二時三四分から、加圧器補助スプレイによる減圧操作を開始した結果、一次冷却系の圧力は低下傾向を示した。

午後二時三七分、加圧器水位の回復及び一次冷却材のサブクール度(その圧力に応じて沸騰する温度と実際の温度との差)を確認の上、高圧注入ポンプ二台を停止した。この結果、損傷側蒸気発生器二次側の水位上昇は停止し、加圧器水位の回復傾向は継続した。

午後二時四八分、一次冷却系の圧力が低下し、損傷側蒸気発生器二次側の圧力とほぼ同圧となったので、加圧器補助スプレイ弁を閉止し、一次冷却系の減圧操作を完了した。

なお、午後二時一九分、午後二時二九分及び午後二時三九分の三度にわたり、損傷側蒸気発生器の主蒸気逃し弁が自動開閉し、蒸気に含まれていた放射性物質が大気中へ直接放出された。

カ その後、タービンバイパス弁を用いた復水器による一次冷却系の冷却、減圧操作、一次冷却材のほう酸濃縮操作、余熱除去ポンプによる冷却を経て、同月一〇日午前二時三〇分、一次冷却系は冷態停止状態となった。

キ その後の調査の結果、損傷側蒸気発生器の第六管指示板上端部で、低温側の伝熱管一本が完全に破断し、分離していることが確認された。

2 本事象により放出された放射性物質による影響

本事象により一次冷却水中に存在していた放射性物質が環境に放出されたが、その量は、放射性希ガスが0.6キュリー、放射性ヨウ素は約0.01キュリー、液体状の放射性物質は0.0002キュリーと推定されているが、これらの値は、年間の放出管理目標値を十分下回るものである。

環境に放出された放射性希ガス及び放射性ヨウ素による周辺環境の実効線量当量は、約0.001ミリレムと評価され、放射能による影響を与えるものではないと判断された。

二本事象の原因

1 通商産業省資源エネルギー庁による検討

<書証番号略>によれば、本事象の発生した原因について、通商産業省資源エネルギー庁では、次のとおり評価していることが認められる。

ア 伝熱管の破断の原因について調査した結果、破断した伝熱管の両側の振止め金具は、いずれも設計どおりの範囲まで入っておらず、破断管は両側とも振止め金具に支持されていなかったこと、破断管の両側の振止め金具をみると、上部振止め金具の長さはいずれも設計値より四〇センチメートルから五〇センチメートル短くなっていたこと、上部及び下部の振止め金具はいずれも設計形状から変形しており、また、上部振止め金具の両端にはいずれも設計とは異なる切断加工跡が認められたことが確認され、振止め金具が設計どおりの範囲まで挿入されなかった原因については、当時の振止め金具の設計上の重要性の認識が不十分であったこと、品質管理部門による挿入深さの検査も行われていなかったこと等から、施工管理、品質管理について、十分な注意が払われていなかったためであると推定されている。

右の調査結果から、伝熱管の破断については、振止め金具が大幅な挿入不足であったため、伝熱管のU字部に流力弾性振動が発生し、振止め金具による支持がなく振動振幅が制限されなかったことから、第六管支持板部で高サイクルのフレッチング疲労により亀裂が発生し、破断に至ったものと推定されている。

なお、伝熱管の損傷の経過については、二月九日午後〇時四〇分頃までに、損傷側蒸気発生器の伝熱管の損傷に伴う蒸気発生器二次側への一次冷却材の微小な漏洩が発生し、午後一時四五分頃、損傷側蒸気発生器の伝熱管の損傷が急激に拡大し、破断し分離したものと推定されている。

イ 加圧器逃がし弁の不動作については、美浜二号機の加圧器逃がし弁は空気を供給することにより弁が開く方式であり、空気を供給する系統の元弁が通常開放状態となっているべきところ、前回定期検査の際に運転員が当該空気元弁を予備の系統に供給する弁で通常使用しないものと考えて誤って閉止したため、二台の加圧器逃がし弁に供給される空気が流れず、加圧器逃がし弁が動作しなかったものとされている。

こうした運転員の誤操作の背景としては、当該空気元弁は、二台の加圧器逃がし弁の系統と予備の系統に空気を供給する共通の空気元弁となる設計であったこと、当該空気元弁の名称及び配置が予備の系統のみの空気元弁と誤認し易いものとなっていたことが指摘されている。

ウ 主蒸気隔離弁の不完全閉止については、前回定期検査時主蒸気隔離弁の弁棒摺動部に鏡面仕上げを実施したことから、プラントの運転に伴いアスベストパッキンから溶出した油脂分が黒鉛パッキンと弁棒摺動部の隙間に侵入して保持され、この状態で加熱されたことにより付着性の強い変質物となり、この結果、黒鉛パッキンが弁棒摺動部に付着し、グランドパッキン摺動抵抗が全閉付近での主蒸気隔離弁の閉弁力を上回ったため、完全には閉止しなかったものと推定されている。

エ 本事象の発生した原因は、振止め金具が設計どおりの範囲まで挿入されていなかったことであるが、こうした事象の発生の背景には、蒸気発生器の製造当時において振止め金具の重要性に対する認識が十分でなく、プラント製作者が設計どおりの範囲まで振止め金具を挿入しなかったところ、電気事業者がこのような状態のまま蒸気発生器を長時間にわたり使用してきたことがある。

2 通商産業省資源エネルギー庁による評価の合理性

通商産業省資源エネルギー庁の本事象についての右評価は、右1に認定した本事象の経過及びその原因に照らし、合理的なものと考えられる。

三本事象が本件原子力発電所の安全性についての判断に及ぼす影響

1 再発防止対策

<書証番号略>によれば、通商産業省資源エネルギー庁では、本事象を踏まえて、再発防止対策として次の対策を講ずることとしたことが認められる。

ア 審査及び検査等のあり方の見直し

蒸気発生器の振止め金具を工事計画の審査、使用前検査及び定期検査の対象とすることに加え、加圧器逃がし弁及び主蒸気隔離弁等主要な機器に対し実際に作動が期待されるような状況において機能や健全性を確認するための検査の充実を図る。

また、蒸気発生器伝熱管損傷事象の安全評価において、主蒸気隔離弁の閉止に関する信頼性についてより保守的に評価する。

イ 自主保安の強化と安全管理の徹底

電気事業者、プラント製作者及び機器製作者等において、設計・製作・施工・運転の各段階における品質保証活動を強化することとし、特に電気事業者においては、品質保証及び保守管理に関する監査機能の独立・強化を図るとともに、加圧器逃がし弁及び主蒸気隔離弁等主要弁に関する保守管理方法の改善、異常な事象の発生時に係る運転マニュアルの整備、社内各層の安全意識の一層の向上等を図り、安全管理の更なる強化と徹底に努めるものとする。

ウ モニタリングシステム、計測制御システムの見直し

蒸気発生器伝熱管に係る異常徴候をより迅速かつ正確に感知できるモニタリングシステム、異常な事象の発生時におけるプラントパラメータの計測システム及びプラント制御システムの改善等これらシステムの信頼性の一層の向上を図る。

エ 技術開発の推進とその実用化

蒸気発生器伝熱管に係る異常徴候をより正確かつ早期に検知できる検査技術の開発、ヒューマンエラーを防止するための関連技術の開発等の技術開発を一層強力に推進し、その実用化を図る。

2 本件原子力発電所における事象発生の可能性

ア 通商産業省資源エネルギー庁による再発防止対策は、前記二に判示した本事象の評価に照らし、合理的なものと考えられる。

そして、<書証番号略>によれば、右再発防止対策を受け、本件原子力発電所において、次の対策が講じられていることが認められる。

a 品質保証活動の強化

原子力発電の安全確保に関する監査組織として、平成三年六月に原子力部門から独立した原子力考査担当及び考査役を配置し、原子力考査の結果については、社長に報告し、社長から関係機関に対して、直接指示、勧告を行うこととした。

品質保証に関する基準として、電気事業者の統一した自主的な基準の策定について活動を充実することにした。

b 保守管理方法の改善

安全上重要な機能を有する機器の作動に関する手動弁に関して、施錠管理、タグ管理等を一層徹底し、誤操作防止対策を図った。

制御用空気系の配置について、誤操作が安全上重要な機能を有する機器の機能を阻害する可能性をもつ手動弁がないか再確認を行った。

c 運転マニュアルの充実

運転員にとってより適切な判断と的確な対応操作が可能となるよう、運転マニュアルの充実・整備に努めるとともに、運転員に対する運転マニュアルに基づく教育・訓練の一層の充実に努めることとした。

d 技術開発の推進

ヒューマンエラー防止に関する技術開発について、財団法人電力中央研究所における研究に積極的に協力するとともに電力共通研究を積極的に推進し、その成果を反映させることとした。

イ 美浜二号機はPWRであるのに対し、本件原子力発電所はBWRであって、一次系、二次系の区別はないし、蒸気発生器や加圧器を有しない。したがって、本件原子力発電所においては、美浜二号機と同様の蒸気発生器伝熱管損傷の事象が発生することはあり得ないのであるが、本事象の原因が、プラント製作者が設計どおりの範囲まで振止め金具を挿入しなかったところ、電気事業者がこのような状態を見逃して蒸気発生器を長時間にわたり使用してきたことにあることから、なお、本件原子力発電所における製造上の瑕疵に起因する事故発生の可能性について検討するに、本件原子力発電所に製造上の瑕疵が一切存在しないと断ずることができないのは当然であるが、本件原子力発電所においては、右認定のとおり、本事象を踏まえ、建設及び運転段階での安全確保対策としての自主保安の強化が図られていること、これに加え、前に判示したとおり、基本設計における安全確保対策として、異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策及び放射性物質異常放出防止対策が設けられ、その有効性が本件安全審査においても確認されていることに照らせば、本事象の発生を考慮しても、本件原子力発電所において、製造上の瑕疵に起因して公衆の安全を損なうような事故が発生するおそれがあるということはできない。

3 原告らの主張に対する判断

ア 原告らは、従来、国等原子力発電推進側は、蒸気発生器については、十分余裕のある設計がされているだけでなく、従来発生した事象に対してもこれを防止するための適切な配慮がされている上、定期的に実施される精密な検査によってその健全性が確認されるとともに、仮に細管に漏洩が生じたとしても直ちに検知され、所要の措置が講じられるので、細管の破断は起こり得ないと主張してきたが、本事象は、右主張の全てを覆えすものであり、多重防護思想は破綻したと主張する。

確かに、品質保証活動や保守点検等、蒸気発生器細管の破断を防ぐために多重防護の思想に基づき設けられた対策にもかかわらず、蒸気発生器細管が破断が生じたことからすれば、その限りにおいて、多重防護の思想に基づく対策は効果を挙げ得なかったといわざるを得ない。

しかしながら、原子力発電所における多重防護の考え方に基づく安全確保対策は、蒸気発生器細管の破断を防止するための異常状態発生防止対策に止まるものではなく、さらに異常状態拡大防止対策及び放射性物質異常放出防止対策が設けられているのであり、事実、本事象においては、原子炉緊急停止装置、ECCS等の作動により安全に収束しているのであるから、本事象により、原子力発電所における多重防護の考え方自体の有効性が否定されたということはできない。

イ 原告らは、本事象においても伝熱管破断に伴い、加圧器逃がし弁不作動、主蒸気隔離弁不完全閉止、コンピューターの一部打出し不能などの共倒れ現象が生じており、しかも、伝熱管の破断は、プラント製造者が当然細心の注意を払って設置製造しなければならない原子力発電所という危険なプラントの一部である振止め金具を設計と大きく異なり変形させ支持も不十分に設置したこと及び電気事業者もこれをチェックできなかったという二重、三重の人為ミスによって発生したものであって、巨大システムである原子力発電所においては、こうした共倒れ現象及び人為ミスは不可避的であり、信じられないような人為ミスが思いもかけない形で現れることにより、事故発生は防止し得ないと主張する。

確かに、美浜二号機において、プラント製造者により設計どおりに製造・設置が行われず、また、電気事業者の検査においてもそれが見逃されていたという信じ難い過失が存在し、この過失が本事象を招いたことは原告らの主張するとおりであるが、このことをもって、直ちに本件原子力発電所にも同様の製造上の瑕疵が存在することを推定することはできない。

次に、伝熱管破断と同時に発生した加圧器逃がし弁不作動、主蒸気隔離弁不完全閉止という事象についても、現場での増締め及び加圧器補助スプレイによる一次冷却系の減圧操作という運転員の適切な操作が行われたことにより、本事象は安全に収束されたことは、前に判示したところから明らかであり、本事象をもって、故障の重畳的な発生により原子力発電所の安全性が失われるということはできない。かえって、本件安全審査においては、安全評価審査指針に基づき、異常な過渡変化や事故を想定し、単一故障を仮定して本件原子炉施設の安全保護設備及び工学的安全施設等の設計の妥当性が確認されているところ、単一故障といっても、一つの故障のみを仮定するのではなく、その前提には、現実には発生する可能性の低い異常状態の発生を想定している上、結果を最も厳しくする故障を仮定することにより、結果を同じくする複数の故障を仮定したのと同視し得るのであって、さらに、工学的安全施設の作動に関しては外部電源の喪失をも考慮するなど、必然的に複数の故障を仮定しているものであることは、前に判示したとおりである。

右事実によれば、本件原子力発電所においても、異常状態が発生した場合に何らかの故障が重畳して発生する可能性があることは否定し得ないものの、右故障により異常事態が進展・拡大して安全に収束されないおそれがあるということはできない。

第八章本件原子力発電所一号機における事象について

第一高圧注水系タービン排気ダイアフラムの損傷について

一本事象の経過・原因について

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 定格出力で運転中のところ、昭和六〇年三月一八日午前一一時五〇分、巡視点検中の運転員が、高圧注水系タービンの排気配管に接続されているベント管から間欠的に微量ながら噴気が発生しているのを発見した。そこで、被告は、同月一九日、高圧注水系を停止し、噴気の発生の原因となった右ベント管に取り付けられている排気ダイアフラムを交換した。その後、被告は、高圧注水系の試験を実施し、系統に異常のないことを確認したうえ、同月二〇日午後三時一〇分、高圧注水系を通常の状態に復帰させた。

2 右排気ダイアフラムを点検した結果、本事象(<書証番号略>によれば、一般的に、「生命、財産に重大な危害を及ぼしたとか重大な社会的影響を及ぼしたとか、何らかの形で安全上重大な影響を与えるような出来事」を「事故」と呼び、「機器単体の軽微な損傷とか機能の喪失等安全性に直接関係のないもの」である「故障」と区別されることが認められるが、本章においては、事故又は故障のいずれであるかを問わず、これらを「事象」と総称することにする。)は、右排気ダイアフラムの据付時に、内部に侵入した異物(砂等)が定期的な試験時の内外圧によって右排気ダイアフラムに食い込み、それが原因となって右ダイアフラムが徐々に割れ、損傷するに至ったものであると推定された。

3 なお、右排気ダイアフラムの交換時には、高圧注水系のバックアップとしての自動逃がし弁系の機能が健全であることが作動試験により確認された。

4 右排気ダイアフラムの損傷による外部への放射能の影響は認められなかった。

二原告らの主張に対する判断

1 原告らは、ダイアフラムへの砂の混入は最初の据付時に生じたものであり、運転段階における保守管理によって事前に故障を確認・検出することができなかったことは、運転段階における安全上の対策の無効性を証明するものであると主張する。

確かに、製造段階で生じていたダイアフラムへの砂の混入を、建設段階において見逃したことに起因して本事象が発生したことは原告ら主張のとおりである。したがって、こうした見逃しが生じることがないよう、被告において、一層の品質保証活動に努めることが望まれることはいうまでもない。しかしながら、本件原子炉施設における運転段階の安全確保対策としては、品質保証活動のみならず、日常点検・定期検査等による設備の保守管理が行われているという多重防護の考え方に基づく事故防止対策がとられていることは前に判示したとおりである。そして、本事象においては、ベント管からの間欠的な微量の噴気の発生という異常状態を巡視点検中の運転員が発見したことにより、必要な措置が講じられたことは右に判示したとおりであり、排気ダイアフラムの損傷という異常状態の発生にかかわらず、運転段階の安全確保対策が機能して本件原子炉の安全性が維持されたものであるから、本事象により本件原子炉の危険性が示されたということはできない。

2 原告らは、中小破断時に作動するものとして高圧注水系と自動逃がし弁系が備わっていて初めてECCSの多重性が確保されるのであり、高圧注水系を停止しながら部品交換を行うという対応は非常に大きな危険性を有するものであり、「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針について」に違反して違法ともいうべきものであると主張する。

しかしながら、右指針は、発電用軽水型原子炉の設置許可に際し、原子力安全委員会が原子炉の安全評価を行うための指針として作成したものであり、原子力発電所の運用のために作成されたものではないから、原子力発電所の運用に関し、右指針に違反するとの問題が生ずるものではない。

3 原告らは、炉心溶融を防ぐ最後の命綱ともいえるECCSの部品に異常が認められたのであれば、原子力発電所運転の保守管理上、直ちに運転を停止したうえで部品交換を実施するというのが当然の対応であるにもかかわらず、被告は、高圧注水系が作動しない状態で運転を継続したのであり、被告の原子力発電所運転に対する安全思想の虚妄性が現れていると主張する。

確かに、中小破断時に作動するものとして高圧注水系と自動逃がし弁系が備わっていることによりECCSの多重性が確保されるのであるから、安全性を最優先させる立場からすれば、右排気ダイアフラムの交換のために高圧注水系を停止させる際には、ECCSの多重性が確保されない以上原子炉の運転も停止することが望ましいということができる。前に判示したように、TMI事故やチェルノブイル事故の原因が、基本設計において予想し得ないような運転員の人為ミスによって原子炉施設の基本設計における安全確保対策が無効とされたことにあったことを考慮するならば、本事象においても、自ら高圧注水系を停止させ、ECCSの多重性を喪失せしめながら原子炉の運転を継続させるという運転方法をとったことについては、こうした立場からの批判の余地は否定することはできない。しかしながら、高圧注水系を停止するにあたって、高圧注水系のバックアップとしての自動逃がし弁系の機能が健全であることが作動試験により確認されていることは右認定のとおりであり、万一、高圧注水系が作動しなければならないような中小配管の破断が生じたとしても、自動逃がし弁系が作動することによって、原子炉の圧力を下げ、低圧注水系と炉心スプレイ系により原子炉が冷却されることが期待できることに照らせば、高圧注水系を停止させながら原子炉の運転を継続させたことにより、中小配管の破断が生じた場合に原子炉が冷却されない危険性が生じたということはできず、被告が原子力発電所の安全性が確保されないまま運転を継続させたということはできない。

第二タービン蒸気加減弁の不具合について

一本事象の経過・原因について

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 昭和六〇年三月から第一回定期検査が行われ、その最終段階において、同年六月二二日からタービン調整運転のため原子炉を起動し、同月二五日午後四時、タービン発電機を電力系統に併入(接続)したところ、二分後に原子炉が緊急停止した。

2 原因を調査した結果、タービンの入口にある四個のタービン蒸気加減弁のうち一個のタービン蒸気加減弁の開度位置検出器(弁の開き度合いを検知する装置)の鉄心が分解点検の際のねじ込み不足とナットの締付け不足により、タービン発電機の併入後に脱落し、そのことによりタービン蒸気隔離弁が実際には開いているにもかかわらず開度位置検出器はタービン蒸気隔離弁全閉という誤信号を発信し続け、そのためタービン蒸気加減弁の制御が不調となりタービン蒸気加減弁が必要以上に開き、出力が約二〇パーセントまで急上昇したために原子炉圧力が一時的に低下し、これにより原子炉水位が上昇し、この原子炉水位の上昇という異常状態をタービン保護系が直ちに検知し、タービンを自動停止させ、さらに、このタービンの自動停止という異常状態を原子炉保護系が直ちに検知し、原子炉緊急停止装置を作動させ、原子炉を自動停止させたものと推定された。なお、右経過の中で主蒸気隔離弁も自動的に閉鎖した。

このため、被告は、右開度位置検出器を交換したうえ、作動試験を行い特性を確認するとともに、類似の弁に取り付けられている開度検出器について全数点検し、健全性を確認した後、同月二八日に調整運転を再開した。

3 本事象による燃料及び圧力バウンダリ等の健全性への影響、並びに外部への放射能の影響は認められなかった。

二原告らの主張に対する判断

1 原告らは、本事象は、開度位置検出器を分解して再び組み立てた際に作業員がネジをよく締めなかったこと、組立後の点検の際に別の作業員がネジの緩みをチェックできなかったことの二重の人為ミスが重なったことによるものであるが、原子力発電所というシステムは莫大な部品からなる巨大で複雑なシステムであり、原子力発電所にとって人為ミスは不可避的なものであるところ、たった一本のネジの締め忘れという人為ミスで原子炉が緊急停止する程の重大な事態を惹き起こすことが明らかになったと主張する。

確かに、ネジの締め不足と点検の際のネジの緩みの見逃しという二重の人為ミスの複合が原子炉の緊急停止という事態を招来したことは原告ら主張のとおりである。したがって、こうした人為ミスが生じることがないよう、被告において、運転員を含む技術者の一層の教育・訓練に努めることが望まれることはいうまでもないが、また、技術者の教育・訓練を徹底したとしても、右程度の人為ミスとその複合は絶対に起きないといえないことも、また明らかである。

しかしながら、本件原子炉施設における安全確保対策としては、異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策、放射性物質異常放出防止対策という多重防護の考え方に基づく事故防止対策が採られていることは前に判示したとおりである。そして、本事象においては、タービンの自動停止という異常状態を原子炉保護系が検知して基本設計どおりに機能し、原子炉緊急停止装置を作動させ、原子炉を停止状態に導いたことは右に判示したとおりであり、タービンの停止という異常状態の発生にかかわらず、異常状態拡大防止対策が機能して本件原子炉の安全性が維持されたものであるから、本事象により本件原子炉の危険性が示されたということはできない。

2 原告らは、本事象は、いわゆるタービントリップと呼ばれる事象であって、主蒸気隔離弁が全部閉鎖したことにより原子炉出力が数秒間に四倍に急上昇しており、逃がし安全弁が開放固着したならば、TMI事故のような事故が発生していたかもしれず、また、原子炉緊急停止装置が働かなければ、チェルノブイル事故のような反応度事故が発生していたかもしれないものであると主張する。

しかしながら、タービントリップとは、タービン発電機系の異常等によって、タービンの入口に設けられている主蒸気止め弁が急速に閉鎖されることにより、タービンが停止し、圧力容器内の圧力が上昇し、その結果、燃料の核分裂反応の割合が増大し、燃料棒が過熱して損傷に至るおそれがあり、かつ、圧力容器内の圧力の上昇により圧力バウンダリが損傷に至るおそれのある事象というものであるところ、本事象は、タービン蒸気加減弁が必要以上に開いたことにより、原子炉圧力が低下したことに端を発し、その結果、燃料の核分裂反応の割合が逆に減少したものであるから、本事象をタービントリップとして論じることはできない。

3 原告らは、本事象はネジの締め忘れによって生じたものであるから、本事象への対応としては、原子力発電所のネジ全てについて再点検すべきであるにもかかわらず、被告は、故障のあった開度位置検出器を交換するほか、残り三個の開度位置検出器の再チェックをするにとどまっているのであって、経済性を安全性に優先させていると主張する。

確かに、右に判示した本事象の原因からすれば、本事象は、起こらないと思っていた人為ミスによって現に起こったのであるから、可能な限り広範に再点検を行うべきであることは、危険な施設を設置運転する被告として、事故発生の危惧を抱く付近住民に対する責務であろう。しかしながら、外にも同様のネジの締め忘れがあるとの具体的な可能性のない状況のもとでは、類似の弁に取り付けられている開度検出器について全数点検したという被告の対応について、違法といえるような不十分性があると断ずることはできない。

第三主復水器海水漏入について

一本事象の経過・原因について

証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 定格出力で運転中のところ、昭和六一年三月三一日、主復水器の出口の導電率(物質の電気の伝わり易さを示す指標)が漸増していることが認められた。

2 点検の結果、主復水器の冷却管の一本(冷却管の総数は約二万七六〇〇本)に直径一ミリメートル程度の小さな穴が開き、海水が蒸気・復水側の方に漏入していたことが判明した。右冷却管については、その後定期検査の際に閉止栓を施し、冷却水が通らないようにした。

3 本事象による外部への放射能の影響は認められなかった。

二原告らの主張に対する判断

原告らは、被告は本事象を契機に大量の冷却管を交換しており、また、主復水器への海水漏入事故は昭和六二年二月一日及び二五日にも発生しており、このことは、本件原子力発電所一号機の主復水器は、次々に穴が開き海水が大量に漏入するかもしれない老朽化した状態にあることを意味し、大量の海水漏入があると塩分が炉心の燃料棒に付着して燃料被覆管の腐食・ピンホールをもたらしたり、燃料棒の出力を局部的に増大させたり、制御棒の挿入を妨げたりするため、大事故を招きかねないと主張する。

しかしながら、<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、本件原子力発電所一号機においては、主復水器において海水により冷却された復水中に万一海水が漏入した場合を考慮し、右復水中への海水漏入を検知できる検出器が設けられるとともに、右復水中の塩分を取り除くための復水脱塩装置が設けられていること、右復水脱塩装置は海水の漏洩量が毎時約0.2立方メートルまでは処理できるようになっていること、本事象においても、右復水脱塩装置の働きにより原子炉の冷却水の塩分濃度は通常値と変わらない状況で推移したことが認められ、右事実によれば、本事象により本件原子炉の安全性が損なわれたということはできず、他に本件原子炉において、主復水器の冷却管に次々に穴が開き海水が大量に漏入するおそれがあることを認めるに足りる証拠はない。

第四再循環流量制御系の微小変動について

一本事象の経過・原因について

証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 定格出力で運転中のところ、昭和六一年八月二一日午後二時二〇分頃、運転員が、二台の再循環ポンプのうち一台の再循環ポンプの速度が87.5パーセントから88.6パーセントまで上昇しているのを発見した。そこで、被告は、右再循環ポンプを変動前の速度に戻し、運転状態の監視を強化したところ、同月二二日午前五時四六分から午前六時二〇分にかけて、右再循環ポンプの速度が微小変動する事象が数回にわたって発生した。

2 右再循環ポンプの速度変動の原因を調査したところ、その原因は、中央制御室内にある再循環流量制御器の構成機器の一つである切替器のダイオードの不具合にあることが判明したので、右ダイオードを新しいものと交換した。交換後、右ダイオードを点検し、不具合の原因を調査したところ、本事象は、製造段階に生じていたダイオードのガラスボディの微細なひび割れが使用時間の経過とともに進行した結果、ダイオードの電気的特性が劣化し、右再循環ポンプの速度変動に至ったものと推定された。

3 本事象は、再循環ポンプの速度の変動がわずかであり、原子炉出力、原子炉圧力等は通常運転中と変わらない状態で推移していたことから、安定運転に支障はなかった。

4 また、本事象による外部への放射能の影響は認められなかった。

二原告らの主張に対する判断

1 原告らは、ダイオードのひび割れは製造段階から生じていたものであり、運転段階における保守管理によって事前に故障を確認・検出することができなかったことは、運転段階における安全上の対策の無効性を証明するものであると主張する。

確かに、製造段階に生じていたダイオードのガラスボディのひび割れを建設段階において見逃したことから本事象が発生したことは、原告ら主張のとおりである。したがって、こうした見逃しが生じることがないよう、被告において、一層の品質保証活動に努めることが望まれることはいうまでもない。

しかしながら、本件原子炉施設における安全確保対策としては、品質保証活動のみならず、異常状態拡大防止対策、放射性物質異常放出防止対策という多重防護の考え方に基づく事故防止対策が採られていることは前に判示したとおりである。そして、本事象においては、再循環ポンプ速度の変動という異常状態を計測制御装置が検知して中央制御室に配置された指示計等の表示により運転員に知らせたことにより、必要な措置が講じられたことは右に判示したとおりであり、再循環ポンプの変動という異常状態の発生にかかわらず、異常状態拡大防止対策が機能して本件原子炉の安全性が維持されたものであるから、本事象により本件原子炉の危険性が示されたということはできない。

2 原告らは、再循環流量の変動は、反応度や原子炉出力に反応し、急激な流量変化はチェルノブイル事故のような反応度事故を引き起こす可能性があるものであるにもかかわらず、被告は、二回にわたる異常発生の後も原子炉の運転を続行し、後に整備に当たっており、被告が安全性を無視して経済性を確保するような運転管理を行っていることが明らかになったと主張する。

確かに、再循環ポンプの回転数が上昇すると、原子炉の出力もそれに伴って上昇することは、原告らの主張するとおりである。しかしながら、本件安全審査において、本件原子炉は、軽水型原子炉であって、ボイド効果・ドップラー効果等により核分裂反応に対して固有の自己制御性を有していることが確認されていることは前に判示したとおりであり、また、証人高木秀夫の証言によれば、本件原子炉施設においては、原子炉の出力が一二〇パーセントを超えて上昇すると、原子炉は緊急停止する設計となっていることが認められ、右事実によれば、再循環ポンプの回転数が急激に上昇した場合に、本件原子炉の安全性が損なわれるおそれがあるということはできない。

また、再循環ポンプの速度の変動が発生した後も、被告が原子炉の運転を続行した点については、安全性を最優先させる立場からは、こうした事象が生じた場合には運転をいったん停止して原因を調査し、安全性を確認した上で運転を再開することが望ましいということができる。再循環ポンプの振動大の警報の発生にもかかわらず、運転を継続したことが事象の進展・拡大を許す要因となった福島第二・三号機の事例を考慮するならば、こうした立場からの批判の余地も考えられるところである。しかしながら、本事象に限っていえば、再循環ポンプの速度の変動がわずかであり、原子炉出力、原子炉圧力等は通常運転中と変わらない状態で推移していたことから、安定運転に支障はなかったことは、右に判示したとおりであり、右事実によれば、被告が運転を継続したことをもって、被告が安全性を無視して経済性を確保するような運転管理を行ったと断ずることはできない。

3 原告らは、本事象で生じたような数回もの変動や、その過程で生じたと思われるパルス状の変動に対しては、全く安全性の確認が行われていないのであり、本事象を軽微なものと結論付けることはできないと主張する。

しかしながら、<書証番号略>によれば、本件原子炉一号炉については、プラント安定性解析の中で、再循環流量制御系の信号をある値から一〇パーセント増加するようステップ状に一回変更した場合の解析が実施され、原子炉出力が発散せず安定な状態に整定することが確認されていること、運転開始前の起動試験においても、再循環流量系試験が実施され、原子炉出力の安定性が確認されていることが認められ、右事実に照らせば、仮に再循環流量がステップ状に数回変動したとしても、原子炉出力の安定性が失われるということはできない。

第五タービン蒸気加減弁の開度指示信号の微小変動について

一本事象の経過・原因について

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 定格出力で運転中のところ、平成元年八月二三日午後九時四〇分頃から同月二四日午前三時までの間に中央制御室のタービン蒸気加減弁開度記録計に微小な変動が五回にわたり断続的に発生し、運転員がタービン蒸気加減弁開度指示計で確認したところ、四個あるタービン蒸気加減弁のうち一個のタービン蒸気加減弁の開度指示が変動しているのが確認された。

2 右タービン蒸気加減弁について調査した結果、右弁の信号系に原因があると推定されたので、同月二七日午前九時から原子炉の出力を約二五パーセントまで降下させて点検を行うとともに、微小変動の原因と推定される右開度位置検出器、右信号系と開度位置検出器を接続するケーブル等を交換した。

さらに原因を調査した結果、開度位置検出器と接続ケーブルのコネクタ部において、コネクタピンの表面に酸化物が発生し、断続的な接触不良を起こし、その結果、開度指示信号の微小変動を発生させたものと推定された。

3 本事象による外部への放射能の影響は認められなかった。

二原告らの主張に対する判断

原告らは、被告は異常発生から三日間部品の交換をせずに、一定出力で運転を継続しており、被告の経済性優先の姿勢と保守管理思想の安易性が明らかとなったと主張する。

確かに、安全性を最優先させる立場からは、こうした事象が生じた場合には運転をいったん停止して原因を調査し、安全性を確認した上で運転を再開することが望ましいということができる。しかしながら、本事象においては、開度指示信号の変動は微小なものに止まっていたことは、右に判示したとおりであり、右事実に照らせば、被告が運転を継続したことをもって、被告の経済性優先の姿勢と保守管理思想の安易性が明らかになったと断ずることはできない。

第六蒸気タービンの軸受メタル温度高による原子炉手動停止について

一本事象の経過・原因について

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 平成二年九月二日から定期検査が行われ、同年一一月一四日午後四時に蒸気タービンを起動し、同月一五日午前五時五分、タービン発電機を電力系統に併入(接続)し、調整運転に入ったところ、蒸気タービン第二軸受のメタル温度、軸受潤滑戻り油温度及び振動振幅の変動幅が前回の定期検査後の値に比較して高い状態にあることが認められた。そこで、同月一九日午後一一時、右タービン発電機を解列し、同月二〇日午前二時二四分、原子炉を手動停止し、当該軸受まわりの詳細点検を実施した。

2 原因を調査した結果、定期検査において、蒸気タービン軸受オリフィスストレーナが逆向きの状態に取り付けられたため、当該軸受潤滑給油量が減少し、当該軸受メタル温度及び軸受潤滑戻り油温度が上昇するとともに、右軸受の振動振幅の変動幅が増加したものと推定された。

3 軸受のメタル温度、軸受潤滑戻り油温度及び振動振幅の変動幅は、いずれの値も警報設定値及び運転制限値を十分下回っており、安全運転に支障を及ぼすものではなかった。

4 なお、右事象による外部への放射能の影響は認められなかった。

二原告らの主張に対する判断

1 原告らは、本事象により、原子力発電所機器には人為ミスを誘発し易い部品が用いられており、人為ミスの発生が促進される危険な状態にあることが明らかとなったと主張する。

確かに、定期検査において、蒸気タービン軸受オリフィスストレーナーを逆向きに取り付けたという人為ミスから本事象が発生したことは原告ら主張のとおりである。したがって、こうした人為ミスが生じることがないよう、被告において、運転員を含む技術者の一層の教育・訓練に努めることが望まれることはいうまでもない。しかしながら、本件原子炉施設における運転段階の安全確保対策としては、品質保証活動のみならず、日常点検・定期検査等による設備の保守管理が行われていることは前に判示したとおりである。そして、本事象においては、軸受メタル温度、軸受潤滑戻り油温度及び振動振幅の変動幅の上昇という異常状態を巡視点検を行った運転員が発見したことにより、必要な措置が講じられたことは右に判示したとおりであり、蒸気タービン軸受オリフィスストレーナーを逆向きに取り付けたという人為ミスの発生にかかわらず、運転段階の安全確保対策が機能して本件原子炉の安全性が維持されたものであるから、本事象により本件原子炉の危険性が示されたということはできない。

2 原告らは、本事象では蒸気タービンの振動が止まず、いわゆるタービンミサイルという大事故に至る前兆があったにもかかわらず、被告は五日間も原子炉の運転を継続しており、被告の安全運転の精神が鈍磨していることが明らかとなったと主張する。

確かに、安全性を最優先させる立場からは、こうした事象が生じた場合には運転をいったん停止して原因を調査し、安全性を確認した上で運転を再開することが望ましいということができる。しかしながら、本事象においては、軸受のメタル温度、軸受潤滑戻り油温度及び振動振幅の変動幅は、いずれの値も警報設定値及び運転制限値を十分下回っており、安全運転に支障を及ぼすものではなかったことは右に判示したとおりであり、右事実に照らせば、被告が運転を継続したことをもって、被告の安全運転の精神が鈍磨していることが明らかになったと断ずることはできない。

第七原子炉冷却材浄化系からの蒸気漏洩について

一本事象の経過・原因について

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 定格出力で運転中のところ、平成三年二月二二日午後一時、中央制御室において警報が発生し、原子炉冷却材浄化系熱交換器室のダスト放射線レベルの上昇が認められた。そこで、運転員が右熱交換器室内を確認したところ、原子炉冷却材浄化系吸込ラインの第二隔離弁付近から蒸気がわずかに漏洩しているのを発見した。

2 原因を調査した結果、右弁を定期検査で分解点検し、その後再び組み立てたときに、フランジ部のガスケットとして高圧仕様であるステンレス/アスベスト材質のものが用いられるべきところに誤って低圧仕様であるアスベスト材質のものが用いられたため発生したものと推定された。

3 本事象による外部への放射能の影響は認められなかった。

二原告らの主張に対する判断

原告らは、本事象の原因は、定期検査の際に不正規の部品が誤使用されたことにあるが、不良部品が使用されていても、このことは機器が故障して初めて判明するのであり、原子力発電所の機器の部品の品質管理には限界があると主張する。

確かに、定期検査において、隔離弁の組立てに際して、フランジ部のガスケットとして誤った部品を使用したという人為ミスから本事象が発生したことは、原告ら主張のとおりである。したがって、こうした人為ミスが生じることがないよう、被告において、運転員を含む技術者の一層の教育・訓練に努めることが望まれることはいうまでもない。しかしながら、本件原子炉施設における安全確保対策としては、異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策、放射性物質異常放出防止対策という多重防護の考え方に基づく事故防止対策が採られていることは前に判示したとおりである。そして、本事象においては、原子炉冷却材浄化系吸込ラインの第二隔離弁からの蒸気の漏洩という異常状態を計測制御装置が検知して中央制御室に配置された指示計等の表示により運転員に知らせたことにより、必要な措置が講じられたことは右に判示したとおりであり、蒸気の漏洩という異常状態の発生にかかわらず、異常状態拡大防止対策が機能して本件原子炉の安全性が維持されたものであるから、本事象により本件原子炉の危険性が示されたということはできない。

第八給水流量調整弁(A)制御装置の不具合について

一本事象の経過・原因について

<書証番号略>及び証人高木秀夫の証言によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 定格出力で運転中のところ、平成三年八月九日、運転員が中央制御室でプラントの各データを調査したところ、給水流量調整弁(A)の動きが給水流量調整弁(B)に比較して小さくなっていることが認められた。このため、給水流量調整弁(A)制御系の操作器を手動にして徐々に開度を変化させ、当該弁の動作状態の確認を行ったところ、同日午後二時二五分頃、右給水流量調整弁(A)の動きが円滑でないことが確認された。そこで、原因調査のため、午後八時から発電出力を降下させた。

2 原因を調査した結果、右不具合の原因は、当該給水流量調整弁のブースターリレーの駆動部のOリングに当初から硬度の高いものが使用されており、これに使用中の劣化が重畳し、当該給水流量調整弁のブースターリレーの内部漏洩を引き起こすまで硬化し、これによりブースターリレー供給側空気が出力側へ漏洩し、弁の動きにヒステリシスが発生し、動作不良に至ったものと推定された。

3 給水流量は給水流量調整弁(A)と給水流量調整弁(B)で自動制御されているが、給水流量調整弁(A)の動きが鈍くなったため、給水流量調整弁(B)がこれをカバーして動いたので安全運転に支障のあるものではなかった。

4 また、本事象による外部への放射能の影響は認められなかった。

二原告らの主張に対する判断

1 原告らは、不良部品が使用されていることは機器が故障して初めて判明するのであり、原子力発電所の機器の部品の品質管理には限界があると主張する。

確かに、製造段階において給水流量調整弁のブースターリレーの駆動部のOリングに誤って硬度の高いものが使用されていたことを建設段階において見逃したことから本事象が発生したことは原告ら主張のとおりである。したがって、こうした見逃しが生じることがないよう、被告において、一層の品質保証活動に努めることが望まれることはいうまでもない。しかしながら、本件原子炉施設における安全確保対策としては、品質保証活動のみならず、異常状態拡大防止対策、放射性物質異常放出防止対策という多重防護の考え方に基づく事故防止対策が採られていることは前に判示したとおりである。そして、本事象においては、給水流量調整弁(A)の動きに不具合が生じたという異常状態を計測制御装置が検知して中央制御室に配置された指示計等の表示により運転員に知らせたことにより、必要な措置が講じられたことは右に判示したとおりであり、給水流量調整弁(A)の不具合という異常状態の発生にかかわらず、異常状態拡大防止対策が機能して本件原子炉の安全性が維持されたものであるから、本事象により本件原子炉の危険性が示されたということはできない。

2 原告らは、本事象が発生したのは午後二時であったにもかかわらず、被告が発電出力を下げて事故原因の調査を開始したのは夜間になってからであり、被告の安全思想の軽視、営利優先の姿勢が示されていると主張する。

確かに、安全性を最優先させる立場からは、こうした事象が生じた場合には運転をいったん停止して原因を調査し、安全性を確認した上で運転を再開することが望ましいということができる。しかしながら、本事象においては、給水流量調整弁(A)の動きが鈍くなったため、給水流量調整弁(B)がこれをカバーして動いたので安全運転に支障のあるものではなかったことは右に判示したとおりであり、右事実に照らせば、被告が運転を継続したことをもって、被告の安全思想の軽視、営利優先の姿勢が示されたものと断ずることはできない。

第九主蒸気圧力検出器の亀裂について

一本事象の経過・原因について

<書証番号略>によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

1 定格出力で運転中のところ、平成四年八月三一日午後一時一八分、タービンバイパス弁開、主蒸気管圧力低の警報が発生し、主蒸気隔離弁が全閉し、これに伴い原子炉が自動停止した。

2 原因を調査した結果、原子力発電所の通常運転時の起動・停止等の際に主蒸気圧力の変動が生じるが、それらによる応力が主蒸気圧力検出器(A)のブルドン管の直管部長軸端内面に作用し、ブルドン管の内面が金属疲労を起こし亀裂が発生して変形したことにより、主蒸気圧力検出器(A)の差動トランスレバーが圧力高側に押し上げられ、右検出器が実際の圧力より高い誤信号を発し、そのためタービンバイパス弁等が開き、その結果、主蒸気管圧力が低下し、主蒸気隔離弁が全閉したものであることが明らかとなった。

3 本事象による外部への放射能の影響は認められなかった。

二原告らの主張に対する判断

1 原告らは、ブルドン管の耐用年数は約九年と設定されていたが、金属疲労の原因となった通常運転時における主蒸気圧力の微小変動応力は計算外であって、本事象を契機にブルドン管の耐用年数は四年に見直されたが、このように詳細応力解析にも重要な条件の見落としがあり、保証されていたはずの耐用年数以内でもトラブルが発生する可能性が大きいことが明らかとなったと主張する。

確かに、<書証番号略>によれば、本事象を契機にブルドン管の耐用年数は四年に見直されたことが認められ、耐用年数の設定に誤りがあったことから本事象が発生したことは原告ら主張のとおりである。したがって、こうした誤りが生じることがないよう、被告において、一層の品質保証活動に努めることが望まれることはいうまでもない。しかしながら、本件原子炉施設における安全確保対策としては、品質保証活動のみならず、異常状態拡大防止対策、放射性物質異常放出防止対策という多重防護の考え方に基づく事故防止対策が採られていることは前に判示したとおりである。そして、本事象においては、タービンバイパス弁等が開いた結果、主蒸気管圧力が低下したという異常状態を原子炉保護系が検知して基本設計どおりに機能し、主蒸気隔離弁を全閉するとともに、原子炉緊急停止装置を作動させ、原子炉を停止状態に導いたことは右に判示したとおりであり、主蒸気管圧力の低下という異常状態の発生にかかわらず、異常状態拡大防止対策が機能して本件原子炉の安全性が維持されたものであるから、本事象により本件原子炉の危険性が示されたということはできない。

2 原告らは、被告は今日に至るまで本事象の経過に関する具体的なデータを一切公表しておらず、この秘密主義が大事故の温床となることは経験上明らかであると主張する。

原子力発電所の安全性の確保は多数の公衆の生命・身体の安全性にかかわるものであるから、後述するように、本件のような事象が発生した場合には、可能な限り具体的なデータを明らかにして各方面における検討を可能とすることが原子力発電所という潜在的に危険な施設を設置稼働するものに課せられた責務であるというべきである。本事象において被告が宮城県知事に提出した報告書によっても、ある程度の事象の経過・原因は明らかにされており、必ずしも各方面での検討が不可能であるということはできないし、具体的なデータの公表がないことから、直ちに本件原子力発電所の安全性が確保されないおそれがあると速断することはできないものの、原子力発電所の安全性の確保は、ひとり被告のみが付近住民や地方自治体等に知らせることなく行うべきものではなく、これらと真実の認識を共通にしてこそ、可能となるのであって、被告の右のような姿勢は非難されてもやむを得ないものがある。

3 原告らは、被告は、本事象の原因、対策について国を十分に納得させられる根拠をもっていなかったにもかかわらず、同年九月一七日に原子炉の運転を再開しており、被告の経済性優先、安全性軽視の姿勢が明らかとなったと主張する。

確かに、安全性を最優先させる立場からは、こうした事象が生じた場合には原因を調査し、原因及び対策について十分な検討を行い、安全性を確認した上で運転を再開することが望ましいということができる。しかしながら、<書証番号略>によれば、本事象の再発防止対策として、主蒸気圧力検出器(A)については、ブルドン管を含め新品と交換するとともに、主蒸気圧力検出器(B)についても、念のため新品と交換されたことが認められ、右事実に照らせば、被告が本件原子炉の安全性が確保されないまま原子炉の運転を再開したということはできず、本事象により被告の経済性優先、安全性軽視の姿勢が明らかとなったと断ずることはできない。

第一〇原子力施設設置者の事象発生に関する社会的な要請

以上検討した本件原子力発電所一号機において発生した事象については、運転段階における人為ミス、建設・製造段階における機器・部品等の瑕疵に起因するものがほとんどで、高度な科学技術には必ずしもかかわりがないものであり、したがって、その性質上、今後も一定幅の確率で発生し得るものといわざるを得ず、異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策、放射性物質異常放出防止対策といった多重防護の考え方に基づく事故防止対策があるからといって、それにもまた人間の製作物である以上一定幅の確率で不具合等が発生し得ることを考えれば、前記検討のような事象の発生が多数回にわたるならば、事故発生につながらないとは決していえないのであって、被告には、事故防止対策とその実施について、今後さらに一層の努力が要請されるところである。

しかしながら、原子力施設の設置者は、人為ミスや機器・部品等の不具合等による事象の発生をできるだけ防止するように努めなければならないものの、これを完全に防止することができないことも、いうまでもないことであるから、いったん事象が発生した場合には、主務官庁や地方自治体に対し適正迅速に必要な報告をすることはもちろんのこと、付近住民に対しても、防護管理上の問題等が生じない限度で、できる限り詳細かつ具体的に、事象の発生の経緯・原因、事後の短期・長期の対応などについて、情報の公開をし、もって付近住民を含む国民との間で、原子力施設の危険性及びその安全確保の問題について、常に、できるだけ共通した認識をもつことが要請されているというべきである。前述した事象発生後の被告の措置には、右のような観点からすれば、批判されるべき点が含まれることは否定することができない。

第九章本件原子力発電所の必要性

第一電気事業者の義務

被告を含む一般電気事業者は、正当な理由がなければ、その供給区域(被告の場合は、青森県、岩手県、秋田県、宮城県、山形県、福島県及び新潟県)における一般の電気需要に応ずる電気の供給を拒んではならず(電気事業法一八条)、電気料金その他の供給条件については、通商産業大臣の認可を受けた供給規定によることとされており(同法一九ないし二一条)、その供給する電気の電圧及び周波数の値を通商産業省令で定める値に維持するように努めなければならないとされている(同法二六条)。しかも、電気は、その性質上、貯蔵が困難で、かつ、生産と消費が同時に行われるという特徴を有している。

したがって、一般電気事業者である被告としては、電力需要の急激な増加がいついかなる地域で発生しても、これに応えられるように供給力を保持しておく必要があるということなる。

第二電力需給事情

一過去の使用電気量の増加

我が国の過去の使用電力量の推移をみると、<書証番号略>によれば、一般電気事業者である九電力会社の合計は、平成二年度は六五四二億〇八〇〇万キロワットアワーであり、その一〇年前の昭和五五年度が四三三四億四四〇〇万キロワットアワーであるのと比較すると、右の一〇年間で、約1.5倍の増加となっていること、被告の供給に係る使用電力量の推移をみても、平成二年度は五三二億四五〇〇万キロワットアワーであり、昭和五五年度が三七五億七八〇〇万キロワットアワーであるのと比較すると、右の一〇年間で、約1.4倍の増加となっていることなど、九電力会社合計の使用電力量においても、被告の供給に係る使用電力量においても、電気需要が着実に増加していることが認められる。

右の事実及び公知の事実(我が国の一般経済情勢その他)によれば、電力需要は、今後とも、その程度に差はあるにせよ、増加の一途をたどるであろうことを推察することができ、少なくとも、一般電気業者である被告としては、電力需要が増加の傾向をたどることのあり得べきことを前提に、その供給計画を立てるべきことが要請されているものというべきである。

二今後の電力需要の予想

<書証番号略>によれば、被告は、平成四年度の電力施設計画において、平成二年度から平成一三年度までの電力需要の年平均増加率を、経済見通し等の指標を基に、最近の需要動向や東北経済の将来動向等を勘案して、2.5パーセントと想定しており、具体的には、年間で電力需要が最も高くなる八月の最大電力需要を、平成四年度については一〇九一万キロワット、平成七年度については一一八一万キロワット、平成一三年度については一三三一万キロワットと見込んでいることが認められる。

なお、証人相原孝志の証言によれば、平成四年度の八月の最大電力需要の実績値は一〇九七万キロワットであり、ほぼ被告の見通しと一致していたことが認められ、右事実によれば、被告の見通しは合理的なものというべきである。

三被告の電力供給計画

<書証番号略>及び証人相原孝志の証言によれば、電気事業者は、電力供給設備の事故等による停止、渇水時の水力発電所の出力減少、電力需要の急激な変動などの異常事態が発生しても、供給に支障を来さないように、予め余裕をもって電源設備を設置しておく必要があり、一般に、その余裕設備(供給予備力)の需要に対する割合(供給予備率)を八ないし一〇パーセント程度とすることが適正であるということが認められる。

<書証番号略>によれば、被告は、平成四年度電力施設計画において、平成四年度の八月最大電力需要一〇九一万キロワット(想定値)に対し、一一八一万キロワットの供給力(供給予備率8.3パーセント)を確保することとし、平成七年度では、八月最大電力需要一一八一万キロワットに対し、一二八六万キロワットの供給力(供給予備率8.9パーセント)を確保すること、平成一三年度では、八月最大電力需要一三三一万キロワットに対し、一四八五万キロワットの供給力(供給予備率11.6パーセント)を確保することを計画していることが認められる。

第三本件原子力発電所の位置付け

<書証番号略>によれば、被告の作成に係る平成四年度電力施設計画においては、平成四年度の八月最大電力需要の供給予備力は九〇万キロワット、供給予備率は8.3パーセントであるところ、仮に本件原子力発電所一号機の運転を停止すると、49.8万キロワットの供給力(最大出力52.4万キロワットから所内電力2.6万キロワットを控除した数値)が失われ、供給予備力は40.2万キロワット、供給予備率は3.7パーセントとなること、したがって、仮に六〇万キロワット規模(供給力57.5万キロワット)の火力発電所に故障が生じた場合には、直ちに一七万キロワット程度の供給力不足を生じることになること、本件原子力発電所二号機は平成七年七月に運転開始する予定であるところ、仮に平成七年八月に本件原子力発電所の運転を停止すると、一号機及び二号機の合計で129.4万キロワットの供給力(最大出力合計134.9万キロワットから所内電力合計5.5万キロワットを控除した数値)が失われ、被告の供給力は1156.6万キロワットとなり、同年の八月最大電力需要一一八一万キロワットを下回ることになること、そして、被告の供給力が八月最大電力需要を下回る状態が平成一一年まで続くこと、仮に平成一三年八月に本件原子力発電所の運転を停止すると、供給予備力は24.6万キロワット、供給予備率は1.8パーセントとなることが認められる。

右の事実によれば、本件原子力発電所は、被告にとって、その電力需要に対する供給電源として必要な施設であるということができる。

第四原告らの主張に対する判断

一電力需要の抑制

1 原告らは、電力需要の増大を防ぐ方策には、①物質的な利便さ、快適さの追求の停止、②省エネルギーの促進、③未利用エネルギーの有効利用(電力供給構造の改革)があり、需要の増大は絶対的な前提ではなく、事故発生の危険を生じさせてまでも電力消費を増加させる必要はないと主張する。

省エネルギー(省エネルギーとはエネルギーの効率的利用のことであり、未利用エネルギーの活用も省エネルギーの一つである。)の推進は、我が国においても重要なエネルギー政策の課題として積極的な取組みが行われているところである。しかるに、証人相原孝志の証言によれば、右に認定した電力需要の見通しは、こうした政策の実施をも考慮した上でのものであることが認められるから、原告らの主張は、省エネルギー推進の必要性を支持するものではあっても、右に認定した電力需要の見通しを左右するものではない。

2 原告らは、エネルギー税又は環境税という形で環境に対する負荷が正当な形で電力料金に組み入れられた場合、当然需要は減少するであろうから、需要は固定的なものではないと主張する。

しかしながら、原告らの主張するような方策により、エネルギー需要を抑制することも一つの政策として考慮に値するといえようが、結局のところ、こうした政策を実施するか否かは立法政策に属する事項であって、現在のところ、我が国においては、原告らの主張するエネルギー税等の導入を見ていない状況にある以上、原告らの主張は、前記電力需要の見通しを左右するものではない。

二石油代替エネルギーとしての適格性

1 原告らは、①原子力発電は、将来の世代に放射能管理の義務を課するものであること、②被告には、現状において設備上電力供給不足はないし、将来においても、ピークカットを促進するための諸方策の実施、省エネルギーの推進、未利用エネルギーの有効利用、水力発電、天然ガス火力発電の利用等により設備上電力供給不足が生じることはないこと、③コスト面からみても原子力発電は最も高いこと、④安定供給の面からみても欠陥が発見された場合に一斉点検が行われる等の不安定要因を抱えていることから、原子力発電には、石油代替エネルギーとしての適格性はないと主張する。

<書証番号略>及び証人相原孝志の証言によれば、これまで実用化された電源の種類には、原子力のほかに、水力・石炭火力・石油火力・天然ガス火力・地熱・太陽光・風力等が存在するところ、これらの電源は、①発電用の燃料を長期間にわたって、量・価格の両面で安定的に調達できる供給安定性、②耐用年にわたる発電所の経済性、③地球温暖化等の環境に与える影響を考慮した環境負荷特性、④電力需要の増減にあわせて、発電所の起動・停止を含めて出力をコントロールできる運転特性、⑤地点開発の確実性の観点からみると、それぞれ長所及び短所を有するので、電気事業者としては、それぞれの特性を考慮しながら、電源の多様化を図り、バランスのとれた供給構造を実現することにより、長期的に電力の安定供給を確保することが必要であることが認められるところ、電源の中で原子力をどの程度重視するかは、国の経済成長の見通し、エネルギーの安定供給の確保、環境への影響等を総合的に考慮しながら決定されるべき国の経済政策、エネルギー政策に属する事項であるというべきである。

そして、原告らの主張するように原子力を除いて電源の構成を行うことも、一つの政策として考えられないものではないものの、我が国においては、昭和五五年、石油代替エネルギーの開発及び導入を総合的に進めるために必要な措置を講ずることにより、我が国経済の石油に対する依存度の軽減を図り、もって国民経済の健全な発展と国民生活の安定に寄与することを目的として「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律」(昭和五五年法律七一号)を制定し、同法五条に基づき、通商産業大臣は、「工場又は事業場においてエネルギーを使用して事業を行う者に対する石油代替エネルギーの導入の指針」(昭和五五年通商産業省告示五五二号)を定めているが、そこでは、石油代替エネルギーとしての原子力について、次のように評価している。

ア 燃料であるウランの安定供給が期待できること、他のエネルギーに比し燃料の単位重量当たりの発生エネルギー量が格段に大きく輸送・貯蔵が容易であること、石油火力に比較して燃料コストが小さいこと等により供給の安定性及び経済性を有している。さらに、国内において、使用済核燃料再処理事業、ウラン濃縮事業等が確立すれば、核燃料サイクルが自主的なものとなり、一層の安定供給が可能となり、自立的なエネルギーとなる。

イ 原子力発電は、世界的に見ても、既に、相当大規模な発電実績と長期にわたる運転経験を積んでおり、安全性は十分実証されている。

ウ 使用済核燃料の再処理、新型炉の開発・利用等を通じてウラン資源の有効利用が図られること等にかんがみ、長期的に見ても、相当量のエネルギーを供給し得ると考えられ、石油代替エネルギーの中で最も有望なものである。

エ 今後とも、国民の理解と協力を得つつ、積極的に開発・利用を進めていくことが必要である。

右のように原子力を評価した上で、右指針では、電気事業者に対する指針として、既に計画中のものを除き、原則として、石油火力発電所の新たな建設を行わないこととし、原子力発電の導入をはじめとして、石炭火力発電、LNG(液化天然ガス)火力発電・水力発電・地熱発電等の導入により電源の多様化を計画的に進めなければならないと定めている。

2 右のとおり、我が国においては、石油代替エネルギーの中で原子力発電を最も有望なものと評価し、電源の多様化の大きな柱として原子力発電を位置付けているものであり、現在に至るもこの政策は一貫して進められてきていることは、公知の事実であって、右政策が明らかに不合理ということはできないから、原子力発電の石油代替エネルギーとしての不適格性に関する原告らの主張は採用することができない。

3 もっとも、国の特定の政策が長期間一貫してとられてきたとしても、その政策が常に合理性を有するということはできないのであって、その政策が合理性を有するといえるためには、それを判断するに足りるだけの必要かつ十分な情報が国民に提供されなければならず、具体的には、①原子炉が設置される場合には、いかなる構造等の原子炉が設置されるのか、②事象が発生した場合には、それがいかなる原因・経緯で発生し、いかなる対応措置等をとったかなどについて、正確にして必要かつ十分な情報が提供されなければならない(口頭弁論終結後のことで判決の基礎となし得ないことはいうまでもないが、判決言渡の直前に、チェルノブイル原子力発電所の事故原因について、新たな内容を含む報道番組に接した。)。本件訴訟においても、現行民訴法の解釈上、やむを得ない結果ではあるものの、右の①②の点に関し十分な資料が提出されない状況のもとで、審理及び裁判が行われたことは、右のような観点からすれば、問題なしとしないところである。

第一〇章結論

一そこで、以上に判示したところに基づき、原告らの人格権又は環境権に基づく請求の当否についての判断をまとめると、以下のとおりである。

1 まず、放射線被曝による生命・身体への影響については、急性障害についてはしきい線量の存在がほぼ明らかになっており、晩発性障害及び遺伝的障害については、しきい線量の有無が現在においても未だ十分に解明されていない状況にあるものの、法的な評価の問題としては、低線量域での被曝線量と晩発性障害等の発生との間の関係についてはしきい値がないものと認定し得べきであるとするのが相当である。

2 他方、本件原子炉施設においては、一般環境への放射性物質の放出を抑制するための対策が講じられているものの、その運転により一定の放射性物質を環境に放出することは避け難く、放射線被曝による障害の発生にしきい値がないものと認定し得べきであるとするのが相当である以上、抽象的には、原告らの生命・身体に障害発生の可能性のあることは否定し得ない。しかしながら、電力需給の観点からして、本件原子力発電所の必要性が存在することを考え合わせると、原子炉施設に求められる安全性とは、その潜在的危険性を顕在化させないよう、放射性物質の放出を可及的に少なくし、これによる事故発生の危険性、平常運転時の被曝線量をいかなる場合においても、社会観念上無視し得る程度に小さいものに保つべき安全確保対策を講ずることによって、放射線による人間の生命・身体に対する障害の発生の可能性が社会観念上無視し得る程度に小さい場合には、原子炉施設の運転による生命・身体に対する侵害のおそれがあるとはいえないものとして、人格権又は環境権の違法な侵害に基づく差止請求を認めることはできないと解すべきである。

3 そして、我が国においては、原子力発電所における周辺監視区域外の線量当量限度について、実効線量当量を年間0.1レムと規定しているところ、右の数値は、ICRPの勧告を尊重し、放射線審議会の答申を受けて定められたものであり、ICRPの勧告の経緯等を考慮すれば、放射線による障害の発生の可能性が社会観念上無視し得る程度に小さいといえる放射線の線量値は、公衆の被曝線量をできる限り低減させるための対策が講じられていることを条件として、実効線量当量として年間0.1レムとすることが合理的である。

4 そこで、まず、本件原子炉施設の基本設計に係る安全確保対策について検討すると、本件安全審査において、本件原子炉施設の基本設計は、第一に、異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策及び放射性物質異常放出防止対策から構成される原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策に係る安全性を、第二に、原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策に係る安全性を、第三に、自然的立地条件に係る安全確保対策及び原子炉施設と公衆との離隔に係る安全確保対策から構成される原子炉施設の立地条件に係る安全確保対策に係る安全性をそれぞれ確保し得るものと判断され、その具体的検討内容からみて、原子力安全委員会の右判断はいずれも合理性を有するものと解される。そして、本件原子炉施設の平常運転時における公衆の被曝線量値については、厳しい条件を想定しても年間0.1レムをはるかに下回るとともに、公衆の被曝線量をできる限り低減させる対策が講じられることからさらに一層低く抑えられるものと判断されている。したがって、本件原子炉施設は、その基本設計に係る安全確保対策において欠けるところはないと認められ、この判断を覆すに足りる証拠はない。

次に、本件原子炉施設の建設段階及び運転段階における安全確保対策をみても欠ける点は具体的には認められない。

右の事実によれば、本件原子炉施設においては、放射線による障害の発生の可能性を社会観念上無視し得る程度に小さいものとするに十分な安全確保対策が講じられているものということができる。

5 さらに、他の原子力発電所における事故についての調査結果に照らして考えても、本件原子力発電所において同様な事故が発生するおそれがあるということはできず、右の判断を覆すものではない。また、本件原子力発電所一号機において発生した事象に照らして考えても、右の判断を覆すには足りない。

6 右のとおり、本件原子炉施設において所要の安全確保対策が講じられている事実に照らせば、本件原子力発電所の平常運転により原告らの生命・身体に社会観念上無視し得る程度を超える放射線による障害が生じる可能性があることを具体的に認めることはできず、また、本件原子力発電所において原告らの生命・身体に対し社会観念上無視し得る程度を超える放射線による障害を及ぼす事故が発生するおそれがあると認めることもできない。

二以上のとおりであって、原告らの請求はいずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塚原朋一 裁判官六車明 裁判官鹿子木康は差支えにつき署名押印することができない。裁判長裁判官塚原朋一)

別紙原告最終準備書面

はじめに

原告らは、女川原子力発電所一号機の運転並びに二号機の建設が、原告らの生命・身体等に重大な危害をもたらす危険性を指摘するとともに、女川原子力発電所が我々の生活の維持、発展に必要不可欠の存在ではないことを主張してきた。

スリーマイル島原発事故につづき発生したチェルノブイリ原発事故は事故災害の深刻さを明らかにし、福島第二原発三号機、美浜原発二号機の各事故は、構造、建設、運転管理、保守点検のいずれの面についても、原子力発電が塀の上を歩いている危険なものであることを明らかにした。女川原発一号機で発生している各種の事故も、大事故発生の危険性の徴表である。

さらに、環境汚染や廃棄物の処理を考慮しない「エネルギー消費」や「科学技術」は地球環境の保全に有害であるとの認識は、原子力発電が放棄されるべきものであることを明確にしつつある。

このような現状を基礎にして、本件訴訟における差止めの可否の判断は、人類の将来の生活を保障するためなされねばならない。

第一 本件訴訟における主張立証責任

一 原告らの主張

1 原告らの本件訴訟の主張立証責任についての主張は準備書面(六)に記載のとおりである。

即ち、本件訴訟において原告らが主張立証すべき内容は、本件原子力発電所の稼働による原告らの人格権に対する抽象的危険の存在であり、具体的には、

(1) 放射性物質が本件原子力発電所で使用され、また生成されること。

(2) 右放射性物質が人間の生命、身体及び動植物に対して極めて有害であること。

(3) 放射性物質が本件原子力発電所から外界に排出されるおそれのあること。

の三点である。

原告らにおいて前記三点にわたる事実を主張立証すれば、原告らの主張立証責任は尽くされたのであり、次いで被告において本件原子力発電所の安全性を立証すべきである。

このように主張立証責任の一部転換をすべきなのは

(1) 原発の安全性を推定することの不合理性(放射性物質の高度の危険性、及びその危険性を承認した実体法規の存在、及び今日の原子力発電技術の未熟性に照らし、原発の危険性を推定ないし前提とし、その安全性の立証の成否に原発の建設の可否を関わらしめるべきである)

(2) 公平の原則(資料と高度の専門知識を有し、容易に立証しうる立場にある被告が原発の安全性を立証すべきである)

からである。

二 原告らの主張に対する被告の反論

1 原発の安全性を推定することの不合理性の主張に対して被告は次のとおり反論している。

(1) 本件原子力発電所においては、事故防止対策及び平常運転時における被ばく低減対策という十分な安全確保対策が講じられており、放射性物質は封じ込められ、周辺公衆に影響を与えるおそれがないのだから、放射性物質の危険性をもって直ちに原子力発電所の危険性が推定されるとは言い難い。

(2) 原子炉等規制法などの法規は、原子力の利用を推進することによってエネルギー資源を確保する一方で、これに内在する危険性を排除し、その安全性を確保するために制定されているものであるから、右規制法規が存在することをもって、原子力発電所の危険性を推定し前提としなければならないことはない。特に本件原子力発電所は、原子炉安全審査会が行う高度の専門技術的判断を経ているのであって、なお本件原子力発電所が危険であるというためには、抽象的危険の主張立証では足りず、瑕疵について、具体的に特定して主張立証すべきである。

2 公平の原則の主張に対して被告は次のとおり反論している。

(1) 原告らが引用した札幌地裁昭和五五年一〇月一四日判決は、ア 操業過程における特定物質の発生の可能性、イ 外部への排出の可能性、ウ 媒体を通じての拡散の可能性、エ 原告らへの身体財産への到達の可能性、オ 被害発生の可能性、のアないしオの事実については原告において立証すべきであると判示しており、右判示に従えば、アないしウについてはもちろんエないしオの事実、即ち本件原子力発電所から排出されうる放射性物質が原告らの生命身体に対してどのような具体的被害をもたらすのかについても立証すべきである。

(2) その他の類似の差止めを求める訴訟の判決においても、被害発生のおそれの立証責任は、差止めを求める側にあるという原則に従っている。

三 被告の反論に対する原告の主張

1 二1(1)に対して

(1) 被告の主張は自己矛盾に陥っている。被告の主張は原子力発電所では放射性物質は、平常運転時及び事故時とも封じ込められ、安全なのだから、放射性物質の危険性から原子力発電所の危険性を推定ないし前提すべきでないと言うのであって、要するに原子力発電所は安全だから危険とはみるべきでないということである。

(2) しかし本件訴訟では、原子力発電所が安全なのか危険なのかについて原被告双方で争点になっているのであり、主張立証責任の問題は、この争点について原被告どちらが何をどの程度立証すべきなのかということなのである。

被告の右主張は「原子力発電所は安全なのだから」という前提になっており、右争点の結論を既に一方に先取りして争点ではなくなってしまっている。主張立証責任の場面での主張としては全くの誤りである。

被告の右主張は、原子力発電所の安全性の主張立証が尽くされたこと、或いは尽くされることを前提にして成り立つものであり、主張立証責任の分配の場合における主張としては全く矛盾する失当なものである。

2 二1(2)に対して

(1) いわゆる「もんじゅ行政訴訟」の上告審事件において、最高裁は原子炉等規制法の条文の趣旨について、次のとおり判示している。

「同法二四条一項各号所定の許可基準のうち、三号(技術的能力に係る部分に限る。)は、当該申請者が原子炉を設置するために必要な技術的能力及びその運転を適確に遂行するに足りる技術的能力を有するか否かにつき、また、四号は当該申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む)、核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を含む)又は原子炉による災害の防止上支障がないものであるか否かにつき、審査を行うべきものと定めている。原子炉設置許可の基準として、右の三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号が設けられた趣旨は、原子炉が、原子核分裂の過程において高エネルギーを放出するウラン等の核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれがあることにかんがみ、右災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的能力の有無及び申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき十分な審査をし、右の者において所定の技術的能力があり、かつ、原子炉施設の位置、構造及び設備が右災害の防止上支障がないものであると認められる場合でない限り、主務大臣は原子炉設置許可処分をしてはならないとした点にある。そして、同法二四条一項三号所定の技術的能力の有無及び四号所定の安全性に関する各審査に過誤、欠落があった場合には重大な原子炉事故が起こる可能性があり、事故が起こったときは、原子炉施設に近い住民ほど被害を受ける蓋然性が高く、しかも、その被害の程度はより直接的かつ重大なものとなるのであって、特に、原子炉施設の近くに居住する者はその生命、身体等に直接的かつ重大な被害を受けるものと想定されるのであり、右各号は、このような原子炉の事故等がもたらす災害による被害の性質を考慮した上で、右技術的能力及び安全性に関する基準を定めているものと解される。」(判例時報一四三七号四一頁以下)。

(2) 右判示のとおり、原子炉等規制法は、原子炉施設に高度の危険性が内在することを前提として、その規制に及んでいるのであって、原子炉施設を危険とみなしていることは明らかである。被告の主張するとおり、右規制法は、原子炉施設に内在する危険性を排除し、その安全性を確保するために制定されたものであると認めたとしても、なおその前提に右最高裁判決の判示するような危険性を据えていることを否定することはできない。

(3) 次に原子炉等安全審査会の専門技術的判断を経た場合、訴訟手続上安全性の立証責任の分配にどのような影響が及ぶかという問題であるが、いわゆる「伊方原発訴訟」の上告審事件において、最高裁は次のとおり判示している。

「原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては右処分が前記のような性質を有することにかんがみると、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることの主張、立証責任は、本来、原告が負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮すると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づき主張立証する必要があり被告行政庁が右主張、立証を尽くさない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認されるものというべきである。」(判例時報一四四一号四七頁)。

右判示の趣旨からすれば、原子炉安全審査会の専門技術的判断を経ている場合であっても、その安全性の実体面に係る主張立証責任は、安全審査に関する資料を保持している被告において、本件原子力発電所の安全性を立証すべきである。

なお、右専門技術的判断については、概括的な原発の設計計画内容を審査するだけであり、従って安全審査を通ったというだけではその原発の安全性を推認することはできないとの指摘(田中三彦証言第二回四一丁裏以下)が存することにも留意しなければならない。

(4) ちなみに本件差止め請求の可否を判断するにあたっては、設置許可処分のみならず、その後における本件原子力発電所の稼働状況、他の原子力発電所の稼働や事故の発生状況、周辺における放射線量の推移、原子力発電所に関する専門技術的知見の新たな蓄積などを総合的に考慮しなければならないのであるから、本件原子力発電所について設置許可処分にあたり原子力委員会もしくは原子炉安全専門審査会の調査審議を経ているという事実は、右考慮すべき事情の一つであり、判断にあたっての一資料たるにすぎず、それ以上の意味をもつものではない。

3 二2に対して

2の(3)に引用した最高裁判決のとおり、安全性に関する厖大な資料を有する被告が公平の原則に従って、本件原子力発電所の安全性について主張立証すべきであり、被告の反論は右最高裁判決の趣旨からして認めることはできない。

第二 放射性物質の生命身体に及ぼす影響

一 放射性物質による被害の原理

(<書証番号略>、市川定夫証言(第一七回弁論))

1 生物体の構造

生物体は、遺伝子によって種を維持、出現させる情報を子孫に伝えている。遺伝子の本体はデオキシリボ核酸(DNA)と呼ばれる分子であり、遺伝子は相集って染色体を構成している。生物体を構成する細胞は、この染色体を含む核を有しており、細胞が分裂する場合は遺伝子、従って染色体も複製され、増殖した細胞にも同一の遺伝情報が伝えられることになる。

人間のような多細胞生物は、一個の受精卵から分裂した多数の細胞によって成り立っているが、増殖した細胞は調節遺伝子の働き等により機能的に分化された細胞群(上皮組織、筋肉組織等の組織)を形成し、また幾つかの組織から構成され一定の機能を果たす皮膚・眼・腸・肺等の器官を形成して、これらを統一した固体に造り上げるのである。

2 放射線の作用

放射線は、生物体の細胞を構成する原子・分子を電離・励起させることによって各種の障害を生ぜしめる。生物体の生物化学的メカニズムに従って、放射線による電離・励起現象が生じた分子の種類・現象の出現個所・数量にともなった変化が出現し、各レベルでの各種の障害が現れるのである。

固体の遺伝子レベルでは、種々の突然変異を生ぜしめ、染色体レベルでは染色体の切断・欠失・転座等の染色体異常を引き起こし、遺伝現象における奇形・不妊・致死をもたらす。

細胞レベルでは、細胞分裂の阻害・細胞死・ガン細胞の誘発等を、組織器官レベルでは、発達停止や遅滞・奇形化・機能停止や低下・ガン組織の誘発等を、固体レベルでは寿命の短縮・ガン死・急性死等をもたらす。

3 人体への障害の態様

人体に対する障害の態様は、身体的障害と遺伝的障害に大別される。

身体的障害は更に被曝後短時間で現れる急性障害と数ヶ月から数十年を経過して現れる晩発性障害等とに分けられている。

(1) 急性障害

急性障害には、中枢神経・消化管・骨髄の損傷による死亡の外、次のようなものがある。

①被刺激性・過度の興奮反応、てんかん性の発作、昏睡、嘔吐、よだれ、頻繁な排便、下痢、運動失調等を伴う中枢神経系の障害、②骨髄細胞の崩壊とその結果の循環血球の欠乏、白血球の減少、そして貧血・出血及び感染、体液のバランス失調に至る骨髄系の障害、③腸の内壁の細胞再生系の損傷による食欲不振、消化不良、下痢、腸内出血などの胃腸管系の障害、④流産、不妊(男・女とも)などの生殖器系障害、⑤発赤、紅斑、表皮剥離、水泡、潰瘍、脱毛などの皮膚障害など。

(2) 晩発性障害

晩発性障害は、放射線により引き起こされた体細胞(生殖細胞、またはその原基細胞以外の細胞)内の遺伝子や染色体の異常が細胞分裂の過程で細胞から細胞へと伝えられ、数年ないし数十年を経て発現する。

この晩発性障害には再生不良性貧血、白血病、各種のガン、白内障、免疫力低下、寿命短縮等があるが、白血病等の悪性ガンが深刻である。

(3) 遺伝的障害

① 胚細胞が放射線を受けると、遺伝子突然変異や染色体異常が起こる。遺伝子突然変異とは遺伝子の構造的変化であり、染色体異常とは多数の遺伝子が同時に影響を受けるものである。これらの結果として死産・流産・幼児期致死・異常形態(いわゆる奇形)、機能障害、不妊、精神異常など生命や健康に重大な影響を持つ障害が発現する。

② 遺伝子突然変異は、優性・劣性・伴性の各突然変異に分類される。

優性突然変異は、両親のどちらか一方の生殖細胞に変化が生じた結果、その子供にすぐ現れるものである。

劣性突然変異は、子孫が両親から同じ突然変異を受け取ったときのみ現れる。両親の片方だけの生殖細胞に劣性突然変異が生じても、その子供にすぐ変異が現れることはない。しかし、結局後の世代になれば、一定の割合の子供が両親から同じ劣性遺伝子を受けとることになる。伴性の突然変異は性染色体(X染色体)に起こるものであって、男子ではその劣性突然変異形質は一つだけで現れ、女子では、通常どおり二つ揃わないと形質は現れない。

③ 遺伝子突然変異にしろ染色体異常にしろ、いずれのタイプの変化も子孫に対して有害であることは明白である。優性突然変異においては、死産・流産の増加、奇形の増加という形で、ただちに出生異常が出現する。

さらに、劣性突然変異(放射線により誘発される突然変異の大部分は劣性突然変異である)の場合には幾世代にも受け継がれた後に形質として発現する。この間に集団の中にその形質は潜在化して拡大保存されることになり、劣性突然変異の増加は子孫に大きな生物的負担と社会的課題を残すことになるのである。

④ なお特に重要なことは、放射線による突然変異の大部分はDNAの塩基対欠失型か染色体欠失型であり、タンパク質を作り出せなくなるものであるということである。この点は、自然に発生する突然変異の大部分が塩基対交替型で、アミノ酸配列が一部変ったタンパク質を作り出し、かつ、元の塩基配列に復帰可能であることと大きく異っている。

放射線による突然変異が生じていても、正常なタンパク質を作れる遺伝子と作れない遺伝子が共存すれば、正常な遺伝子が正常なタンパク質を作るため突然変異が生じていることが現れてこない(劣性突然変異)。この劣性突然変異が生物集団に隠されて保存され、集団中の突然変異遺伝子の頻度が一定限度まで上昇し、やがて突然変異固体の出現が頻発することになるのである。

二 放射線による被害の経験

1 実証された低線量放射線の危険性(しきい値の不存在)

(1) (<書証番号略>、市川定夫証言(第一七回、第一八回弁論))

高線量放射線の被害は、広島、長崎の原爆による多数の悲惨な犠牲者の例および最近ではチェルノブイリ原発事故で高線量放射線を浴びた被害者の例等から、世界中によく知られている。

被害の態様は前述した急性障害から晩発性障害および遺伝的障害まで、全ての態様で現れる。

(2) 他方、低線量放射線による被害は、次のような経験等により次第に明らかにされている。

① 生体が低線量の放射線を受けた場合、たとえどんなに微量の放射線量でもそれに対応した多くの細胞が損傷を受けており、分子・原子レベルでは放射線量に対応した電離励起現象が起きている。分子・原子レベルで電離現象が起こる確率は放射線の線量に比例しているから、電離現象による突然変異が起こる確率もまた放射線量に比例するのである。従って理論的には、人間に対する放射線による遺伝的障害や発ガンは、低線量の放射線でも放射線の線量に比例した確率で生じる。

遺伝的障害やガン・白血病は、被曝した放射線の量に対応して発生する確率があるので、それらの発生についてはこれ以下の線量では障害が起こらないという「しきい値」は存在しないことになる。障害の発生する確率が被曝した線量に応じて変化するこうした遺伝的障害やガン・白血病等は、確率的影響と呼ばれている。確率的影響とは、障害が線量に比例した確率で生じるものであるが、障害の程度や重症度が線量には左右されないものを言い、障害の程度や重症度が線量によって変化する多くの身体的障害(非確率的影響)と対比される概念である(国際放射線防護委員会(ICRP)も一九七七年の勧告より確率的・非確率的影響という区分を採用している)。

② 低線量の遺伝的影響を予想させる研究は、一九二七年マラーがショウジョウバエを用いた実験により放射線によって突然変異が発生するのを発見し、一九三〇年にマラーの弟子オリバーが同じ方法で放射線の量と突然変異の発生率が直線的比例関係を示すことを発見したことにより始まっていた。放射線障害としての突然変異が直線的比例関係を示すということは、低線量でもそれに比例した突然変異が起きることを当然推測させたのである。

そして一九六一年、グラスらがショウジョウバエを用いた実験によりX線の線量を五レントゲンまで下げても線量と突然変異率が比例関係を保つことを、同年塩見敏男らも八レントゲンから四〇〇〇レントゲンの間で同じく直線的比例関係の成立つことを証明したことにより、低線量領域における比例関係、すなわち低線量放射線の危険性は否定できないものとなった。

一九六〇年には、大腸菌についても最低8.5レントゲンまでの領域で線量と突然変異率の直線関係が成立つことが示された。

更に一九七〇年以降、日本、アメリカ、インド等でムラサキツユクサの雄しべの毛を用いて線量と突然変異の関係を調査した結果、市川定夫らはガンマ線やその散乱放射線の線量が最低0.7レントゲンまで、スパロー(米)らはX線で最低二五〇ミリラド、速中性子線で最低一〇ミリラドまでの線量で直線的比例関係が成立つことを証明した。

③ 人間に対する低線量放射線による障害発生事実の研究も相次いで発表された。

スチュアート(英)らは一九五八年小児を対象として、母親が妊娠中下腹部又は骨盤部にX線を受けた場合の白血病やその他のガンでの死亡率の調査を行い、白血病やその他のガンで死んだ子のうち、胎児時代その母親が腹部X線検査を一回以上受けていた子の割合は13.7%になること、健康な対照群の子供中で母親がX線検査を受けていた子の割合は7.2%であることを発表した。

マクマホン(米)も妊娠中の母親のX線照射と子の白血病やその他のガンとの間の関係について同様の研究を行い、白血病その他のガンで死亡した子のうち胎児時代母親がX線照射を一回以上受けていた割合は15.3%であるのに対し、対照群の子における割合は10.6%にすぎないという結果を発表し、胎児時代にX線照射を受けた子に白血病等が多く発生している事実を証明した。

右両調査のX線被曝線量は一〜五ラド程度であると考えられ、数ラドという低線量の被曝によって白血病やガンが発生することが実証されたのである。

また低線量被曝によるガンの発生について、マンクーゾ(米)らは、アメリカのハンフォード原子力施設で一九四四年から七七年までの間働いた労働者約三万五〇〇〇名のうち死亡した四〇三三人について発ガンと放射線被曝の関係の調査を行い、ガン死亡者の一人当りの放射線被曝量は1.90ラドであるのに対し、ガン以外の死亡者の放射線被曝量は1.50ラドであって、その被曝線量に差があるという結果を発表した。これは低線量の放射線被曝がガン発生を促すことを実証的に裏付けたものであった。

以上のような低線量領域での突然変異やガンの発生についての研究成果は、遺伝的障害やガンの発生について「しきい値」が存在しないことを実証的に示したのであり、低線量放射線による被害の発生を明白に示しているといわなければならない。

2 広島、長崎原爆による被害・線量の再検討

(<書証番号略>、市川定夫証言(第一八回弁論))

(1) 他方放射線の危険度については、一九八一年以来、広島・長崎原爆被爆時の放射線量の見直しがなされ、被曝線量の数値が大幅に引き下げられた結果、これまでの放射線の危険性評価及び国際放射線防護委員会(ICRP)勧告の再検討が不可欠とされるに至った。

(2) 従来放射線の人体への影響評価の基礎とされてきた被爆者についての放射線量の推定値は、一九六五年オークリッジ国立研究所(ORNL)のオークシャーらによるT六五D(一九六五年暫定線量 1965 TENTATIVE DOSE)であった。

(3) ロスアラモス国立研究所(LANL)が明らかにした原爆爆発時におけるエネルギー分布に基づき、ロレンス、リバモア国立研究所(LLNL)やオークリッジ国立研究所は一九八一年、新しい線量推定値を発表した。

前記の新しい線量推定値は、T六五Dと比較すると、次の通り大幅に異なる。

① 広島原爆による中性子線量は爆心地からの距離一KmでT六五Dの約五分の一、同二Kmで約九分の一である。

② 長崎原爆による中性子線量はいずれの距離においても、T六五Dの約三分の一である。

③ ガンマ線量については前記の各研究結果間において中性子線量の場合のように一致してはいないが、T六五Dと比較すると爆心地から一Km以遠では線量が大きくなるとされている。

(4) 以上のとおり、放射線量が再評価され変更された結果、従来のT六五Dを基に研究されてきた放射線の危険性評価は直ちに変更を余儀なくされ、前記の線量再評価から直ちに次の結論が導き出された。

① 中性子線は従来の研究で発表されていたよりもはるかに少ない量で人体に障害を与えること。

② 原爆の危険度評価においてはガンマ線の役割が大きくなり、ガンマ線は従来評価されていたよりも障害をもたらす危険性が大きいこと。

①、②より、放射線による誘発ガン等の障害に関する従来の研究は、より少ない線量による結果として再評価されることとなったのである。

(5) 国際放射線防護委員会(ICRP)は一九七七年、全身均等照射によるすべての致死性ガンのリスク係数を、1.0×10-4r-1ad即ち、たとえばガンマ線の全身被曝一ラドにつき、一人当たりのガン死の危険率を一万分の一、あるいは一万人レムの被曝につき一人のガン死の確率と評価し、その評価に基づいて、線量限度に関する勧告をなしている。

このICRPの評価の根本的拠り所とされたのは、最大被曝者集団としての原爆被爆者のデータであった。原爆被曝者のデータ分析の際、放射線量についてはT六五Dを基礎としており、特に長崎被爆者の死亡調査統計とT六五D線量を結びつけて評価の基礎としてきたのである。しかるに前述のとおり現実の放射線量は、再評価の結果、広島において五分の一ないし九分の一、長崎において三分の一であり、この再評価された線量を基礎として、前記のすべての致死性ガンのリスク係数を算出すると、その値は、(5〜8)×10-4r-1ad即ち、前記のICRPの評価の五から八倍の危険性があることになる。

そしてこの評価は、低線量被曝の危険性を重視するマンクーゾの評価(一万人レムに対するガン死一〇人)、モーガンやロットブラットの評価(一万人レムに対するガン死六から八人)とよく符合しているといわれる。

(6) 広島原爆による白血病の研究は、一九四六年から一九六七年までの間に広島において爆心地から五Km以内で被爆した人々に発生した白血病例が二〇二例であり、白血病発生率は全国平均よりも常に高率であって、一九六二年以降減少しているもののなお二倍以上であること、白血病発症は低線量域から高線量域まで直線的に増加していることを明らかにしている(<書証番号略>)。

広島・長崎における被爆者のガン発生については多くの研究が死亡診断書に基づく調査によって行われているが、広島・長崎両市の医師会による腫瘍登録(死亡者のみでなくすべてのガン発病者を対象とする)データによる線量効果の研究は、低線量域においても、線量効果は直線的であり、しきい値などは存在しないことを明らかにしている。

(7) 以上のとおり、広島・長崎原爆における放射線量の再評価と放射線障害に関するこれまでの研究成果は、放射線が低線領域であっても、きわめて長期間にわたって人体に多大の障害を与えることを明らかにし、放射線障害について、しきい値は存在しないこと、ICRPの線量限度に関する一九七七年勧告が現在では何ら根拠の無いものであることを明白にしている。

電離放射線の生物学的効果に関する委員会(BEIR)は、一九八九年第五回報告において、放射線被曝によるガン発生危険率は、BEIR第三回報告の三倍、白血病発生危険率は同じく四倍である旨報告した。これはICRPの危険率の八倍に相当する。

(8) ICRPは一九九〇年六月二二日、ガン死のリスクを一万人・シーベルト当り一〇〇から五〇〇に(一万人・レム当り1から5に)引上げると共に、放射線作業従事者の年間被曝線量限度を従来の五〇ミリシーベルト(五レム)から二〇ミリシーベルト(二レム)に引き下げることを決定した。

ICRPの右勧告通りに放射線作業従事者の被曝線量が規制されると原子炉の点検や事故処理体制が難しくなり、日本をはじめ世界の原子力発電計画に大きな影響を与えることになると報じられている。

3 体内被曝による被曝線量の著しい増大

(<書証番号略>、市川定夫証言(第一八回弁論))

(1) 体内被曝は左記の四つの理由により体外被曝と比べて被曝線量が著しく増大する。

① 被曝線量は、線源からの距離の二乗に反比例する。

放射性物質が体外に存在する場合と体内に存在する場合とを比較すると、体内に存在する方が線源からの距離が著しく近くなる。仮に放射性物質が体外に存在した場合と体内に存在した場合とで距離が一〇〇分の一に縮ったとすると、線量はその二乗に反比例するから、一万倍という著しく高い線量になる。

② 放射性物質から出る放射線はアルファ線、ベータ線、ガンマ線の三種類であるが、ガンマ線は人体に対する透過距離が長いのに対しアルファ線は0.1ミリメートル、ベータ線は一センチメートルと極めて透過距離が短い。従ってアルファ線やベータ線を放出する放射性物質が体外に存在する限り、人間の身体全体、特に身体の内部にある骨髄や生殖腺が受ける被曝はそれ程大きなものにはならない。

しかしアルファ線、ベータ線を放出する放射性物質が体内に入ると、入った部分に透過距離の短いアルファ線、ベータ線のエネルギーが集中的に吸収され極めて大きな線量の被曝が生ずる。

③ 放射性物質は人体内の局部に濃縮される。セシウム137は血液や筋肉など全身に吸収されると共に女性生殖腺に濃縮し、ストロンチウム90は骨に、コバルト60は肝臓に、ヨウ素131は甲状腺にそれぞれ濃縮される。

このように放射性核種が局部に偏在して濃縮されるため、その濃縮局部に著しい被曝が生ずる。

④ 体外被曝の場合は、放射能で汚染されている場所(放射性物質の存在する場所)にいる間は被曝するがその場所を離れれば被曝は止まる。

しかし体内被曝の場合は、体内に放射性物質を取込んでしまうので、体内に存在する間常に被曝を受け続けることになる(継時性)。特にストロンチウム九〇(半減期二七、七年)やセシウム一三七(半減期三〇年)のように半減期の長いものは体内に存在する限り被曝が続くことになり、この継時性により著しい被曝が生ずる。

以上四点から体内被曝は人体に対し著しい線量の被曝をもたらす。

(2) 体内被曝により生ずる深刻な被害

ヨウ素131は甲状腺に濃縮され、かつガンマ線とベータ線を放出する。ベータ線は透過距離が一センチメートルであるからそのほとんどが甲状腺に吸収される。その結果甲状腺が集中砲火を浴びる形になり甲状腺瘤、甲状腺ガンが発生する。

ストロンチウム九〇(半減期二七、七年)は骨組織に入り、かつベータ線のみを放出する。透過距離の短いベータ線は骨組織とその周辺にのみ被曝を与え、その結果骨髄ガン、白血病、骨ガンなどが発生する。

プルトニウム二三九(半減期二万四四〇〇年)は、酸化プルトニウムという形になると約二ミクロン(0.002ミリ)の微粒子となり肺に入りやすくなる。肺に入ったプルトニウムは約五〇〇日間肺に滞留する。プルトニウムは、アルファ線のみを放出し、その飛程距離は四〇ミクロン(0.04ミリ)であるから、付着した場所から細胞にして二ないし四個の距離の周囲に放射線エネルギーの全てが吸収されることになり局部に莫大な被曝が生ずる。このためプルトニウムの肺内吸収は非常に危険であり、一〇〇万分の一グラムのプルトニウムでほぼ確実に肺ガンが発生すると言われている。

セシウム一三七は卵巣に濃縮されかつ一旦入ると動かない性質を有するため極めて大きな生殖腺被曝をもたらし、遺伝的障害をもたらすことになる。

トリチウム三(半減期一二年)は水素の同位体であり、ベータ線のみを放出する。水と共に容易に体内に取込まれ体内のあらゆる場所に極めて危険なベータ線被曝をもたらすものとして注目されている。

4 生物濃縮による被曝線量の増大

(<書証番号略>、市川定夫証言(第一八回、第一九回弁論)、古川路明証言(第二一回弁論))

放射性物質は生物体内で濃縮されるため、低濃度でも極めて危険性が高くなる。

(1) 人工放射性物質(人工放射性核種)の著しい体内濃縮と高度の危険性

自然放射性物質としてはウラン二三八、トリウム二三二、ラジウム二二六、カリウム四〇などの他に揮発性のものとしてラドン二二二などのラドン同位体、鉛二一〇、ポロニウム二〇九などが存在する。また宇宙線中の陽子または中性子と大気中のチッ素、酸素、アルゴンの相互作用によって生成する炭素一四、トリチウム三、ベリリウム七、ナトリウム二二などが存在する。

これらの自然放射性物質による体外被曝ないし体内被曝が生物に対し及ぼす影響は他の放射性物質による影響と変わりはない。

自然放射性物質のうち自然界に存在する比率が高く体内に取り込まれ体内被曝をもたらす可能性の高いものはカリウム四〇であるが、これは短期間で代謝により体外に排出され、体内に濃縮されることはない。

一般に自然放射性物質は生物体内に高度に濃縮されることはない。逆に言えば自然放射性物質を体内に濃縮する生物は自然淘汰されたということになる。

これに反し、人工放射性物質は、その多くのものが生物体内に濃縮される。

前述したヨウ素一三一、コバルト六〇、マンガン五四、セシウム一三七、ストロンチウム九〇などは体内に濃縮される。このように人工放射性物質は、自然放射性物質と異なり生物体内に濃縮される性質を有しているところに自然放射性物質と比較にならない極めて高度の危険性が存在するのである。

(2) 食物連鎖による濃縮

前述したとおり人工放射性物質は、生物体内に取込まれ濃縮される性質を有している。

原子力発電所から大気中に放出された希ガス以外の放射性物質は、例えそれが極めて低濃度であってもそれらはいずれ地上に降下し、土壤に入り植物に吸収濃縮されていく。植物に濃縮された放射性物質は、その植物を食する動物の体内に入り、最終的にこれら動植物を食糧とする人の体内に摂取される。

又、原子力発電所から大気中に放出された低濃度放射性物質のうち海に降下したものおよび海水中に放出された低濃度放射性物質は、藻類および植物プランクトンに吸収され、これを食する動物プランクトンさらにこれらを食する魚介類を経て、最終的に人の体内に摂取される。右食物連鎖の過程で低濃度放射性物質が著しく濃縮され、被曝線量が増大する。

海産生物による放射性物質の濃縮は、大きいものでは数万〜数百万倍にも達する。(原告準備書面(八)表ホ)

例えば、コバルトは「茎葉植物などある種の植物にとっては必須の微量栄養元素であり、共生細菌やラン藻類による窒素固定に必要なビタミンB12の成分」(岩波、生物学辞典)といわれている。そして有機態コバルトの代表的な形であるビタミンB12は、反すう動物に必須の栄養であり、人間においてもそれが不足すると巨大赤芽球性貧血になることが知られていたり、又ある種の微生物の成長促進因子であることが知られているものである。又これは主として微生物によってしか合成されないため、各種の動植物を始め人間も、主としてそれを経口的に摂取することによって体内に保持しており、従って人体などによって速やかに吸収され易いものとなっている。

このようなコバルトの濃縮は、イカについて見ると実に五万倍に濃縮されて人の体内に摂取されるのである。

一九八六年四月二六日発生したチェルノブイリ原発事故により北極圏付近のツンドラ地帯にも多量の放射性物質が降下したが、この放射性物質がツンドラ地帯の植物である地衣類に高度に濃縮され、これを食べるトナカイの肉に一キログラム当り一、〇〇〇〜四、〇〇〇ベクレルという極めて高いセシウムが濃縮され、このトナカイの肉を摂取するラップ人(SAMY族)に高度の放射能汚染(二ケタ高いレベル)が及んだのである。

またヨウ素一三一は半減期が八日間と短いためチェルノブイリ原発事故から二〇日ないし二五日経過した五月中旬時点で大気中や雨水中の数値は最低になったがその半減速度より急速に野菜、牧草、牛乳への濃縮が進むため、牛乳中のヨウ素一三一は、事故後約五〇日経過した六月中旬に最高値を示したのである。事故後高濃度の放射能が検出され日本への輸入が禁止となったトルコ産へーゼルナッツ、月桂樹葉など六品目の食品は、いずれも放射性物質を濃縮して取り込んだものである。

(3) 人体内における濃縮

右植物連鎖により人の体内に入った放射性物質は、全身に均一に吸収されるものも存在するが、大部分は一定の臓器に蓄積される。前述したとおりセシウム137は、血液や筋肉など全身に分布し広範な体内被曝をもたらすと同時に、骨や生殖腺に濃縮蓄積することが知られており、ストロンチウム90は、骨に濃縮蓄積され、骨髄を被曝させたり、染色体に集中して遺伝子損傷を引き起こすことが知られている。また有機態のビタミンB12として人体に摂取されたコバルト60は、人体内では高い割合で吸収され、肝臓へ蓄積され、ヨウ素131は大部分が甲状腺に蓄積される。このように人体内に摂り込まれた放射性物質は、体内の局部において濃縮され、被曝線量が増大し、深刻な局部体内被曝をもたらすのである。

(4) 胎児における濃縮

妊娠中の雌の動物に死の灰に含まれている種々の同位元素を与えた場合、そのかなりの部分が胎盤を通して発育中の胎児へ移行する。

しかも発育中の胎児に移る量は、大量を一時的に摂取させるよりも、食物から死の灰を取り込む場合のように、少しずつ連続的に摂取させる方が何倍も多い。

また哺乳動物にある一定の量の放射性物質を与えた場合、全投与量の一定部分が必ず成長している初期胎児に集まってくることが知られている。

胎児は、放射性物質に対し極めて感受性が高いことが知られているが、このような成長しつつある胎児がいろいろな臓器に、いろいろな放射性物質から受ける全体的な影響は測り知れない程膨大である。

特に短寿命放射性物質は、胎児に対し短時間のうちにとてつもない被曝を与えるのである。(<書証番号略>)

5 原発周辺における放射性物質による環境汚染

(<書証番号略>、市川定夫証言(第一八回弁論)、古川路明証言(第二一回、第二二回弁論))。

(1) 原発は正常に稼働したとしても、原子炉内に大量の危険な人工放射性物質を作り出し、その一部を環境中に放出する。

原発はその構造上放射性物質の完全密閉が不可能であり、一次冷却系から、格納容器・建家・廃棄物処理系から、放射性物質を日常的に放出し続けながら運転する施設である。

このことは全ての原発に共通であり、その構造と規模により放出量に差はあるものの、全世界の原発が日々放射性物質を放出しながら運転を続けているのである。

(2) 日本の原発稼働地の環境は汚染の程度を増大しつつあり、汚染の範囲も拡大している。

本件原発と同じBWR型原発周辺の汚染実態は次のとおりである。

敦賀原発周辺では、海中のムラサキイガイ、ホンダワラ、ヤツマタモク、イシダイ等からコバルト60、温排水養殖によるワカメからマンガン54、コバルト60、鉄59、陸地のマツバ、ヒメムカシヨモギ、大根の葉等からコバルト60、ヨウ素131、マンガン54、空気中からマンガン54、コバルト60がそれぞれ検出され、福島第一原発周辺では海中のワカメ、マンクソ、ホッキ貝からヨウ素131、コバルト60、マンガン54、陸地のマツバからコバルト60、マンガン54、空気中からコバルト60がそれぞれ検出され、浜岡原発周辺では海中のカキ殻からコバルト60、マンガン54、マツバからコバルト60、マンガン54が検出され、島根原発周辺の海中のイガイからコバルト60が検出されている(以上の詳細は準備書面(八)一二九〜一三一頁参照)。

(3) 浜岡原発、島根原発、高浜原発、大飯原発、東海第一、第二原発、東海再処理工場の周辺において一九七四年から一九八一年までの間にムラサキツユクサを用いた実験が行われた。

その結果、いずれの原発においても原子炉運転中の風下地域でムラサキツユクサの突然変異が有意に増加していることが明らかとなった。

ムラサキツユクサの雄しべの毛は、微量放射線の遺伝的影響を検出するうえで、これまでに知られている最も鋭敏な生物材料である。検出に用いるムラサキツユクサは、花の色を青くする優性遺伝子とピンク色にする劣性遺伝子を一つずつもつ特定の株のもの(ヘテロ株)で、その花弁や雄しべの毛は、優性遺伝子が突然変異を起こして青い色素ができなくなると、花弁や雄しべの毛にピンク色の細胞が現れ、突然変異の発生が容易にかつ確実に検出できる。

しかもムラサキツユクサの花には六本の雄しべがあり、それぞれの雄しべには五〇〜九〇本の毛があるから一つの花で三〇〇〜五四〇本の雄しべの毛を観察することができる。さらにそれぞれの毛は二〇〜三〇細胞が一列に並んでできているから、一つの花で六〇〇〇〜一万六二〇〇個も雄しべの毛の細胞が観察できる。多数の花を観察することによって、精度の高い突然変異頻度を求められるのである。

いずれの原発周辺においても環境中の空気中の放射性物質は、極めて微量で、モニター測定計器ではほとんど検出できないかあるいは検出できても自然放射線レベルを僅か越える程度しか検出できない。しかしムラサキツユクサなどの植物は、そういうものを体内に取り込み濃縮して多量の体内被曝を受けるため、突然変異率が有意に増加するのである。

原発から気体の形で出る放射性物質の大部分は希ガスであり、クリプトン八五がその大部分を占めるがクリプトン八五の数万分の一の割合でヨウ素一三一も含まれている。

クリプトン八五は、生物体内に濃縮されることはないが、ヨウ素一三一は、空気中から植物体内に二〇〇万倍〜一〇〇〇万倍に濃縮されることが知られている。従って植物体内ではヨウ素一三一がクリプトン八五の数百倍の数値となり体内から放射線被曝をもたらすことになる。

これが原発周辺の風下地域においてムラサキツユクサの突然変異率が有意に増加する原因である。

なお植物とほ乳動物とは、同じ真核生物であり、その有する遺伝子(DNA)の構造およびタンパク質ヒストンとつながってできている染色体の構造に相違がないことが証明されている。

また単細胞レベルにおいて、人間の細胞とムラサキツユクサの雄しべの細胞とで、放射線に対する感受性(細胞分裂停止、突然変異発生率)に差異がないことも実験により証明されている。

即ちムラサキツユクサにおいて発生することは、人間においても同様に発生すると考えられるのであり、原発周辺に生育した植物や海産物を食べることにより、人間の体内においてもムラサキツユクサと同様の突然変異率の増加などの放射線体内被曝による影響が発生していると考えられるのである。

(4) 大気中の人工放射性物質(ストロンチウム九〇、セシウム一三七など)は、一九四五年から一九六二年まで米ソ両国により実施された大気圏内核実験、および一九八〇年まで中国により実施された大気圏内核実験の影響により、核実験の直後に大きな数値で検出されていたが、大気圏内核実験がなされなくなった一九八一年以降急速に減少し、一九八五年ころには検出が困難な程度まで減少している。

これに反しクリプトン八五は、一九八一年以降も確実に増加を続け、一九八五年には一立方メートル当り約二五ピコキュリーに達している。

クリプトン八五の半減期は一〇、七年であり、一〇年後には約半分に減少するにもかかわらず一九八一年以降も増加を続けているということは、環境へのクリプトン八五の放出量が増えているということを示している。

大気中のクリプトン八五の増加は全世界の原子力発電の能力、容量の増加と一致している。

クリプトン八五は、核燃料の再処理の過程で大気中に放出されるが、右クリプトン八五が増加しているのは、核燃料再処理を行っていることが原因である。

大気中のクリプトン八五は、二〇〇〇年には一九七〇年の数百倍ないし一〇〇〇倍になると予想されている。

三 原発および再処理工場による被害の経験

人類は原子力発電に関連して、既に次のような被害を経験するに至っている。

1 スリーマイル島原発事故による被害

(1) 一九七九年三月二八日のアメリカ・ペンシルバニア州のスリーマイル島原子力発電所二号炉の事故の被害は、以下の様なものである。今この事故はこの七年後に起こったチェルノブイリの事故と違い、放射線による急性障害はなかったとされている。

しかし、被害は、放射線の影響を受けやすい乳児の死亡率の上昇等という形で現れている。

(2) ペンシルバニア州都ハリスバーグはスリーマイル島原発から約一六Kmの地点にあるが、一九七九年の乳児死亡率は一九七七年、一九七八年と比較すると三倍も高かった。

又、右事故によってヨウ素131が放出されたが、事故発生時にペンシルバニア州保健衛生局長であったゴードン・マクリード博士は、甲状腺障害が異常発生している事を明らかにした。即ち、同原発周辺では、通常の率からすると三人程度しか発生しないはずなのに、一三人も小児甲状腺機能障害が発生したのであった。

(3) アイリーン・スミスの調査によれば、スリーマイルから八Kmの人口一〇〇人程の村で、事故後一九八〇年秋から八一年秋までに六人がガンで死亡した(<書証番号略>)。

又、スリーマイルから一一Kmで開業している地元医師の話として、男性の血液疾病を事故前の二〇年間には一例しか扱わなかったのに、事故後は急増して、一九八二年末までに一一例を数えたということが報告されている(右同)。

一九八七年三月来日したメアリー・オズボーンの報告によると、スリーマイルから5.5〜13Kmの三つの集落の四三三人のうち、事故後二一人がガンで死に、二六人がガンと診断され、ガンの死亡率は通常の六倍の高さであるという(<書証番号略>)。

アーネスト・スターングラス博士は、事故前に比べ事故後の乳児死亡率は、ハリスバーグ病院で四倍以上、放射能雲の漂ったペンシルバニア州で四四%、ニューヨーク市を除くニューヨーク州で五二%と異常に増加している統計データを提供している(<書証番号略>)。

(4) スリーマイル島事故は、動植物の世界にも明瞭な影響を与えた。ワッサーマンの「被曝国アメリカ」や中尾ハジメの「スリーマイル島」は、スリーマイル周辺で事故の後、鹿、キジ、蛇、昆虫など少なからぬ野性動物が姿を消し、牛や豚など家畜の不妊、死産、奇形、病気、変死などの他、木の葉の落葉などの事実を報告している。

又、肥大化した植物の例も報告されている。

2 セラフィールド再処理工場による被害

(1) イギリス・セラフィールド(ウインズケール)の核燃料再処理工場は、一九五七年、プルトニウム生産炉に火災が発生するという事故を起こしている(<書証番号略>)。

しかし、それに留まらず一九五二年〜一九七九年の間に大小三〇〇件の事故が報告され、一九七九年〜一九八七年には報告が詳しく行われる様になり、七一八件の事故が報告されている(<書証番号略>)。そして、この中には一九八六年のプルトニウム放出事故も含まれている。

(2) 又、この間、毎日九〇〇〇tの放射能汚水をアイリッシュ海に放出し、この内プルトニウムはこれまで約五〇〇kgに達するとされる。更に、約六〇本の煙突から放射能が大気中に放出されている(<書証番号略>)。

以上のようにして放出される放射性物質は四〇種類に及んでいる。これら放出された放射能(プルトニウム、セシウム等)は、皮肉にもセラフィールドの海岸に打ち寄せられ、戻って来ている事が明らかになった。

近隣地区の民家の塵にアルファ線が自然水準の二七、〇〇〇倍も検出され、海から霧中のアルファ線は自然水準の一八、〇〇〇倍に達している。又、地下水の汚染も報告されている(<書証番号略>)。

(3) 一九八三年、イギリスのテレビ番組「ウインズケール、核の洗濯場」は衝撃的な報告を行った(<書証番号略>)。

それによると、①核燃料再処理工場がアイリッシュ海へ放出したプルトニウムが海岸に戻っている事、②海岸が高度に汚染され、民家の塵からもプルトニウムが検出される事、③工場の南約三Kmにある地域、シースケールでの一〇才以下の若年層の白血病が過去三〇年間で五例ある事、④他の小児ガンの発生も異常に高い事、というものであった(<書証番号略>)。

(4) このテレビ番組の後、政府はブラック卿を長とする厚生大臣の諮問委員会の報告によって、セラフィールド再処理工場からの被曝では説明がつかないとしたが、批判にさらされるところとなった。政府の諮問委員会「環境中の放射線の医学的影響委員会」(COMARE)は、一九八八年の第二次報告および一九八九年の第三次報告で、以下の報告を行った。

シースケール村では小児白血病は全国の一〇倍、小児ガンは四倍である事、ブートル区では小児ガンが全国の6.5倍である事、ミローム区(シースケール、ブートルを含む)では、小児白血病は全国の三倍、小児ガンは二倍である事、西南カンブリアの多発性骨髄腫の発生率は広島、長崎と同じレベル、ランカシャー海岸では成人白血病が全国の三倍であるというものであった。

(5) 最近の研究

① 一九九〇年二月、サウサンプトン大学のガードナー教授らは「子供の白血病と父親の被曝との関連」を示す研究を発表した。

一九五〇年〜一九八五年の間に白血病にかかった二五才以下の五二例、即ちリンパ腫(ホジキン病以外)の二二例、ホジキン病二三例を調査対象とし、白血病とホジキン病以外のリンパ腫の発生率は、子供がセラフィールドで近くで生まれ、父親がBNFL(英国核燃料公社)で働いている場合には高い事が明らかとなった。特に、子供が生まれる前に父親が合計一〇〇ミリシーベルト(一〇レム)以上の被曝を受けた場合には、子供の発病の危険性は六倍以上になるとされた(<書証番号略>)。

② 一九四七年〜一九七五年まで働いていた労働者一四、〇〇〇人の一九八三年までの追跡調査をした最近の研究によると、被曝線量と死亡率との正相関が前立腺ガン、多発性骨髄腫、白血病、リンパ腫、造血腫に見られた(<書証番号略>)。

3 チェルノブイリ原発事故による被害

(1) 一九八六年四月二六日に起こったソ連・チェルノブイリ原発事故は世界中を放射能で汚染するところとなり、その被害の質と広がりは甚大なものとなった。

(2) まず、事故直後、チェルノブイリ原発四号炉の火災の消火活動にあたった消防士と若干の一般人は多量の放射線を浴びるところとなった。死者は三一人に及び(<書証番号略>)、事故後アメリカから治療協力の為にソ連入りしたゲイル博士によると、入院者二九九名を含む約三五〇名が一〇〇レム以上の放射線を浴びた重度被曝者であった(<書証番号略>)。事故後、消火活動に続いて放射能の除染作業が続けられたが、その過程で現地調査にあたったソ連政府チェルノブイリ原発事故調査委員会委員長ボリス・シチェルビナ副首相が、放射線障害発症によって入院し、事故の記録映画「困難な日々」を撮影したウラジミール・シェフチェンコ監督が死亡するという事態も起こった。

(3) チェルノブイリ事故によって放出された放射能は二百種を超え、ソ連の報告書によっても一億キュリー、実際には三億キュリーを超える放射能を放出したものと考えられている(<書証番号略>)。

そして、右放射能はソ連国内のみならず、世界中にばらまかれる事となった。

事故直後、フィンランド、スウェーデン、東欧に、そしてじき西欧各地に、四月二九日には放射能降下が検出されている(<書証番号略>)。そして、ついに日本においても右事故の結果としての汚染が検出され、検出された放射性核種は二〇種類にも及んだ(<書証番号略>)。名古屋大学での観測では、セシウム137について、米ソの核実験時の一〇〇倍に達する濃度が観測された(<書証番号略>)。

(4) 右事故後、世界各地から放射能汚染による被害が次々と報告され、今日までに報告された例は枚挙にいとまがない。

事故後一年を経過した段階でも、原告準備書面(一六)六六頁以下に詳述したとおりの例が報告されていた。

(5) 右汚染は農地、農産物、食糧等々に及び、その人体及び生物に対する影響は誠に深刻なものとなっている。

① ソ連国内

一九八八年五月キエフで開かれた会議「チェルノブイリ原発事故の医学的側面」に、ソ連保健省生物物理学研究所長でソ連医学アカデミー副総裁のL・A・イリイン博士が提出した被曝評価によると、ソ連国内の被曝者の線量分布は、0.1〜5レムが四〇〇〇万人(公衆の年間線量限度以上)、五〜五〇レムが一二五万人(労働者の年間線量限度以上)、五〇〜二〇〇レム、五万人(急性障害軽症を発症)、二〇〇レム以上、四〇〇〇人(急性障害中等症から極めて重症まで)とされている。この評価によれば、ソ連国内での総被曝線量は約三二六〇万人レムとなり、放射線影響研究所の清水らによるリスク係数では四万人余、ゴフマンのリスク係数では一二万人余のガン死者が見込まれるものとされる。

以下、報道された被害例を列挙する(<書証番号略>)。

ⅰ チェルノブイリから五〇〇Km離れたチェルノフツイ市で児童約一〇〇人に脱毛症状(ウクライナ共和国地元紙、八八・一〇・三〇)。

ⅱ チェルノブイリからおよそ一五〇Km離れたジトミル州ナロジチ地区で、住民の唇や口内のガンが約二倍に増え、子供達の半数以上が甲状腺の病気にかかっている。又、ペトログ家畜農場では八八年九月までに、豚四一頭、牛三五頭に奇形が現れた(モスクワニュース、八九・二・一五)。

ⅲ チェルノブイリから約九〇〇Km離れているシルラマエ市で、幼稚園児二四人に脱毛があった(タス通信、八九・三・一〇)。

ⅳ チェルノブイリから約一五〇Km離れたゴメリ州ホイニキ地区では、八九年一月から六月までの間に一三人の奇形児が生まれ、うち一人は腎臓ガンを併発させていた。八五年に比べると、奇形児の出生率は三〜四倍、死産も増えている(ソビエト文化、八九・九・三〇)。

ⅴ チェルノブイリから三〇〇Km離れたモギリョフ州スラブゴロド地区では、八五年には一一人だったガン患者が八八年には七〇人に急増した。八九年一月〜六月にも新たに三四人の患者が記録されている。子供の三七%に甲状腺異常が認められる(ソビエト文化、八九・九・三〇)。

ⅵ チェルノブイリから三五〇Km離れたブリヤンスク州クラスノゴルスク地区では、児童の発病率が八六年に一〇〇〇人中五八〇人、八八年には九七六人に達した。特に、呼吸器疾患や脳への血液循環異常、ひきつけなどが頻発、乳児の各種皮膚病も広がっている(ソビエツカヤ・ロシア、八九・一〇・五)。

ⅶ ソ連政府の公式発表によれば、事故直後の消火、除染作業にたずさわった者等の死者は三一名と発表されていた。ところが、事故の被害者達で結成した「チェルノブイリ同盟」のメンバーが八九年一一月に表明したところによると、原発従業員や事故の除染作業者のうち二五〇名が既に死亡しているとの事である(モスクワニュース、八九・一一・八)。前述したL・A・イリイン博士の「二〇〇レム以上の被曝者が四〇〇〇人」という評価から考えれば、二五〇人の死者も不思議ではないとされている。

ⅷ 九〇・五・二三の週刊テーミス(<書証番号略>)誌上で、カメラマン、ウォイテック・ラスキの取材結果が写真と共にレポートされた。それによると、チェルノブイリ周辺でガン及び先天性欠損症児の高出生率に見られるとされている。又、ミンスクに近いブロン児童養護施設でも、先天性欠損症児の増加が目立っているという。

さらに、ウクライナ人民戦線(RUKH)のスポークスマンの発表として、チェルノブイリや非常に汚染されたブリアットだけでなく、キエフでも子供達が白血病で死に瀕しているという。

右同誌九〇・五・三〇号によれば、キエフ市立病院の血液の専門医は、事故以来、ガンは二八〇%、白血病は三〇〇%増加したと報告しているという。又、この周辺では奇形の家畜を人々が食用としている事、目のない豚、八本足や足のない子馬、頭のない牛等、今では珍しくもなくなっており、野菜や植物にも汚染は及び、異常に肥大したものがそこここに見られるという。

ソ連当局は事故直後から、汚染地域の住民を避難させているが、その範囲は広がる一方である。八六年四〜五月にかけて、事故原発から三〇Km以内(ウクライナ共和国キエフ、白ロシア共和国ゴメリ州)の一三万五〇〇〇人が避難した。八六年夏には更に白ロシア共和国ゴメリ州の一万九〇〇〇人が避難。ところが、それから三年を経た八九年、白ロシア共和国ゴメリ、モギリョフ両州の二〇村、ウクライナ共和国キエフ、ジトミル両州の五村に避難勧告がなされ、同年七月、白ロシア共和国がゴメリ、モギリョフ両州で新たに六一三市町村、一〇万六〇〇〇人の避難を決定、同年八月にはロシア共和国ブリヤンスク州の一二村で三〇〇〇人以上が避難を準備、八九年一一月には白ロシア共和国の避難計画が具体化し、三段階で実施されるものとされた。

即ち、第一、第二段階では居住禁止区域の二六一市町村、第三段階では三五二市町村が避難するものとされた(<書証番号略>)。

九〇・五・二七の朝日新聞によると、訪日中の白ロシア科学アカデミー物理・有機化学研究所のウラジミール・M・コレシコ教授が、白ロシア共和国では九〇年中に一〇〇万人の住民が新たに避難を迫られる事になると表明した。

白ロシア共和国では白血病の増加等で住民がパニック状態に陥っており、集団移住地域を中心に疲労感、無力感を訴える人が激増しているといわれた。

② ポーランド

八七年までに発表されたところによると、ポーランド国内で甲状腺のヨウ素被曝が顕著に見られたとされた。北東部では平均一〇〇ミリシーベルトに及び、大人が最高二三〇ミリシーベルト、子供の最高は八〇〇ミリシーベルトとされた。又、当時の政府の見積りによると、最悪の場合三〇〜五〇年間に渡り、毎年平均一〇七人の甲状腺腫瘍等が増え、そのうち四、五人は死亡するだろうとされた。

③ 西ドイツ

八七・四・九夜の西独第一テレビ(ARD)は、西ドイツ国内で、当時に至って、人間や動物の異常出産、死産が増えていると報告した。西ベルリンの人類遺伝学研究所によると、同年一月西ベルリンで一〇件のダウン症候群の新生児の出産が報告されたが、それは通常の一ヶ月当り二件を大きく上回るものとされた。

④ フランス

コルシカ島で牛や豚等に出生直後の死が多発し、住民の異常児出産も、小さい人口集団では考えられない頻度で起こっているとされている。

⑤ トルコ

二分脊椎、無脳症、小頭症等重度の先天異常が報告されている。

(6) チェルノブイリ事故による世界のガン死予測

ウィーンの環境科学・自然保護研究所の動物学者ペーター・ヴァイシュ博士は、一九八六年九月にウィーンで開かれた反原子力国際会議において、米カリフォルニア大学ゴフマン博士の危険率を妥当とみなす立場から、ヨーロッパで今後五〇年間のガン発生数が六〇〜一〇〇万に達し、うち約半分が死亡すると評価した(<書証番号略>)。

又、ゴフマン博士がウィーンの反原子力国際会議に寄せた論文によれば、チェルノブイリから放出されたセシウムの影響だけでも、全世界で六五万〜九五万人にガンと白血病が発生し、うち約三〇〜五〇万人が死亡するとされた。この数字の約四五%はソ連国内、約五〇%はソ連以外のヨーロッパ、残りの主な国はトルコである。

ほとんどの会議参加者は、基本的にゴフマン博士の評価を受け入れたというが、セシウム以外の放射性核種の影響を考慮すれば、被害はもっと大きなものとなるとされる(<書証番号略>)。

因みに、右のゴフマン博士の予測の中には、チェルノブイリからは八〇〇〇Kmも離れた日本人のガン死三六〇人も含まれているという事である。尚、瀬尾健は、論文「ソ連、ヨーロッパの放射線被曝評価」や「もし日本で同じ事故が起きたら」の中で、ソ連については国際原子力機関(IAEA)への報告のデータ、ヨーロッパについては各国の汚染状況の独自の把握に基づき、ソ連で九〇万人、ヨーロッパで三五万人のガン死が発生すると評価している(<書証番号略>)。

第三 事故発生の危険

一 女川原発の運転による事故発生の危険

1 巨大システムの安全性(危険性)とは何か

(1) 原発というシステムの安全性(危険性)

多数の構成要素が有機的な秩序を保ち、同一の目的に向かって機能するものをシステムという。

システムの安全性(危険性)とは、システムの破壊や機能喪失などのため人間に危険が生ずることがないことをいう。安全率は安全である確率であり、危険率は危険である確率であり、安全率と危険率の和は一となる。すなわち、安全率といい、危険率というけれども、両者は同一の概念について、異なる表現をとったものに過ぎないのである。

システムの安全性(危険性)の評価は、単に安全(危険)率のみによるのではなく、システムに事故が発生した場合に生ずる損失(被害)との総合評価として為されるのが通例であり、損失の生ずるリスクRは、損失(被害)Dと事故の発生する確率Pとの積として評価される。

原発の場合、事故が発生した場合に生ずる損失(被害)Dは限りなく大きい。その点は、被告も認めるところであろう。しかし、被告は事故の発生する確率Pを限りなくゼロに近いものとすることで、リスクRを許容できるレベルにあるものと主張するのである。しかし、その事故の発生する確率Pを限りなくゼロに近いものとすることができるのかが、まさに問題であり、本訴訟における争点そのものである。

原発事故の確率論的評価を初めて試みた一九七五年のアメリカのWASH―一四〇〇のいわゆるラスムッセン報告は、一〇〇基の原子炉が一〇〇人以上を死亡させる事故をおこす確率は一万年に一回程度であり、実際上は起こり得ないことであるとした。だが、その一万年に一回という事故確率は、経験から導かれたものでも無ければ、実験により確かめられたものでも無い。ただ机上の計算に基づくものでしかないのである。そのような確率論的評価の無効性を示す典型例として、一九八六年のスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故がある。事故が起きるまで、NASAはスペースシャトルの打ち上げ失敗率は一〇万回に一回である(実際上は起こり得ない)としていたのである。しかし、事故はシャトルの二五回目の打ち上げで起きた。事故調査委員会に加わったファインマン教授(ノーベル物理学賞受賞者)はNASAの「打ち上げ失敗率一〇万回に一回」の計算について、「(それぞれの部品の故障が)一〇〇〇万にひとつなどという確率を概算するのはほとんど不可能に近い筈だ。エンジンの一つ一つの部分につけた確率の数字は、後で全部足せば一〇万分の一の確率になるように、はじめから細工してあるのは見えすいていた」と述べる。NASAは、あらかじめ最終の結論が一〇万分の一にならなければならないという目標設定からスタートし、そこから部品の故障率を主観的に定めたにすぎなかったのである。

ラスムッセン報告が、そして被告が、すべての防護が突破されるような最悪事故を想定しない理由は、そのような事故の想定は原発の建設を不可能にするということ以外にはないと思われる(前出のNASAにおける事故確率の計算において打ち上げをやめるという選択は全く考慮されていないことは明らかである)。「言葉を換えれば、安全評価で採用されている重大・仮想事故とは、原子力発電所を建設するという目的を不可能にしない範囲でこんな事故を想定してみましたということでしかない」(<書証番号略>・七五頁)のである。そして、その想定の虚構性はスリーマイル・チェルノブイリという現実の事故により既にして明らかにされているのである(<書証番号略>)。

(2) 巨大システムの社会的受容度の評価

すべての防護が突破されるような最悪事故が現に存し、女川原発においても同様の事故発生の危険があるが故に許容し得ないという原告の主張に対し、被告は事故は起こり得ないと主張する。しかし、巨大システムの内包する危険が誰の目にも明らかな今日、事故は起こり得ないということで、システムの社会的受容度の評価を回避することはできない。

現代の巨大システムの事故について詳細な分析を行い、事故の危険度を評価したアメリカの社会学者チャールズ・ペロウは、システムの社会的受容度についての最終評価を試みている。

ペロウはまず、各システムが破局的な事故を生む潜在的可能性CP(catastrophic potential)について次のように考える。大規模な爆発が起こって、社会的には大きな出来事となっても、その事がもたらす災害が小さい場合には、CPは小さいと判断する。逆に、大爆発といったシステム全体の破壊を伴わない場合でも、大量の毒物が漏れて破局的影響を及ぼす可能性がある場合には、CPは大きいと判断する。そして、そのように評価されたCPをシステムの事故危険性の指標とする一方、そのシステムを他の技術で置き換えた場合、どれくらいコストがかかるかを評価し、のプロットをする。ペロウの判定は、

a 危険が高く代替コストの小さいシステムは放棄する(ex.核兵器、原発)

b 危険がある程度高く代替コストもある程度高いものは使用を十分に制限する(ex.海上輸送、遺伝子組換)

c それ以外のものは、受容し、必要な改善をする(ex.ダム、化学工場、鉱山、航空)

というものである。

2 被告の「事故防止策」により事故を防止し得るか

(1) 被告の「事故防止策」

被告は原発の安全性の確保のために「多重防護」という安全設計思想の下に、具体的には「異常状態発生防止対策」、「異常状態拡大防止対策」、「放射性物質異常放出防止対策」という三段階の対策を構築しているとし、さらにそれらの対策は「設備の設計面」においてのみならず「建設段階」および「運転段階」においても十分に講じられていると主張する。しかし、まず原発の基本的な設計思想のなかに、既にして安全係数の切下げと<詳細解析による設計>という決定的な問題を含むのであり、更に具体的な「多重防護」についても、そのシステムの有効性(ハード面の保障)の問題があり、建設段階における施工や品質保障の問題があり、更に運転段階での問題(ソフト面での保障)がある。

(2) ヒューマン・ファクターの問題(<書証番号略>)

システムのハード面の問題については、後に述べるとして、先ずソフト面の問題について述べる。

原発という巨大システムを「安全に」運転するためには、個々の構成要素の品質・性能といったハード面のみならず、それらを設計・操作・管理する人間の側の要因(人的因子すなわちヒューマン・ファクター)といったソフト面の両面ともが、何時いかなる状態においても、常に完全に機能することが要求される。事故が生ずるたびに考えられない人的ミスという弁解がなされるわけであるが、巨大システムにおいて致命傷となる人為ミスがある確度をもって避け得ないということがまさに問題なのである。一九八四年の二〇〇〇人が死亡したボパール化学工場の事故は、タンクの圧力計が正常値の五倍を示しているのに、運転員が計器の異常とみて、無視したところに端を発するものである。一九八六年のスペースシャトル・チャレンジャー号の事故は部品のOリングの欠陥によるもので、その危険性は事前に指摘されていたにもかかわらず、打ちあげが強行されたものである。被告がヒューマンエラーに対する最後の歯止めと考えるフールプルーフ(人間の誤操作などを大事故に発展させないための手法)やフェイルセーフ(故障の発生する確率Pを極力小さくする手法)は、実際の事故のとき、容易に突破されているのである。巨大システムがヒューマン・ファクターを内包する限り、事故は予測できない事象であるが、事故が起きることは確実に予測できる。しかし、それがいつ起きるかは予測できないのである。

3 原発の基本的設計思想の問題性

(1) ASMEⅢによる安全係数の切り下げ

原発は、従来の化学プラントなどと比較にならない危険を有するがゆえに、従来のプラントより強固な構造をもつと思われがちである。しかし、原発は、その基本的な設計思想として、従来の化学や電力のプラントよりも安全係数を落とした、よりきゃしゃな構造になっているのである。それは、次のような経過による。

「アメリカは一九五〇年代半ばから後半にかけて、アメリカ機械学会(ASME)が中心になって原子炉圧力容器に対する規格制定の準備に入ったが、その際アメリカ機械学会は、主として二つの理由から、安全係数を下げる方向を積極的に模索した。一つは、化学プラント並に安全係数を<4>にすると、近い将来必ずおこる原発の出力増大にともなって原子炉圧力容器がひどく巨大化し、材料の製造、容器の製作や輸送などにおいて、さまざまな限界や障害が生じると判断したことである。もう一つは、安全係数を高くとって贅肉をつけた圧力容器は内部流体温度の変化に追従しにくく、そのため熱疲労という観点からは不利であり、安全係数を高くとることが必ずしも圧力容器の健全性を保証することにはならない、という認識が強調されはじめたことである。こうした考え方をベースに、まず一九六一年に安全係数を<3>にとった画期的な原子炉圧力容器規格の草案がとりまとめられ、二年後の六三年にはASMEⅢが、正式に刊行されたのである」(<書証番号略>)

「ASMEⅢは、構造物の一部に塑性変形をおこすような荷重がかかることは危険であるとするそれまでの伝統的、保守的な考え方を見直し、荷重の種類、運転状態、応力の発生原因などによって応力の評価基準を変え、場合によっては、構造物の一部にある範囲内で塑性変形が生じてもよいという考え方(もう少し厳密にいえば、構造物の崩壊荷重に対して、場合に即した余裕を与えて設計しようという考え)を導入したのである」(<書証番号略>)。その結果、原子炉圧力容器などの原発の心臓部を構成する重要な機器は、化学プラントよりもむしろきゃしゃな構造になってしまったのである。確かに「贅肉が少ないことは熱疲労という観点からは悪いことではない。一般論としていえば、むしろ良いことであろう。しかしたとえそうであるとしても、それをもって、運転中つねに作用している水圧力や自重、あるいは地震時に作用する力など、機器を直接破壊させる可能性をもつ基本的な力(「機械的荷重」と呼ばれている)に対してきゃしゃであってもよい、ということにはならない。両者はまったく別の次元の問題である。実際、化学プラントなどの伝統的な機器設計は、前者より後者を重視し、あえて贅肉をつけてきたともいえる」(<書証番号略>)のである。なぜならば、安全係数は「安全のための余裕」があるということを意味するのではなく、その部分に発生している力学的状況が正確に把握されていないという不安があるとき「その不安に対処するために、一定の大きさの安全係数が導入される」(<書証番号略>)ものであり、従って、「安全係数とは、けっして必要以上に余裕をとるためではなく、正確に把握できないもの、把握しにくいものがあるという不安や不確実要素を配慮して導入されている」(<書証番号略>)ものだからである。「突然予想しえない荷重がかかるかもしれないという不安、製造上の技術や管理の程度(たとえば、溶接)、材料の品質、使用環境、備え付け精度、構造物の経年変化、等々。こういった不確実要素を、設計者は安全係数に頼って解消しようとする」(<書証番号略>)ものである。「実際、大きな安全係数がとられていながら構造物が破壊したりすることはよくあるが、それはそうした不確実な要素のいずれかがいわば予想を超えて的中したからであって、けっして壊れないはずの頑丈なものが壊れているわけではない。たとえば化学プラントや火力発電用ボイラーの諸施設には、<4>の安全係数がとられている。にもかかわらず、それらが破壊したり、破損したりする事例はけっして少なくない」(<書証番号略>)のである。

(2) <解析による設計>の危険性

安全係数は余裕代などではなく、前もって正確に把握したり予測したりすることが難しいそうした不確実な要素(<書証番号略>)に対処するためのものであるから、「もし安全係数を下げようとするなら、それと引き換えに、そうした不確実な要素を積極的に排除してやる必要が生じてこよう。アメリカ機械学会は安全係数を4から3に下げることの代償として、<解析による設計>という、おおよそ次のような内容の要求を付帯させたのである。設計者は、考えられるあらゆる運転条件に対して、圧力容器各部に発生する応力を詳細に求め、容器の健全性を理論的に検討すること、つまりアメリカ機械学会は、安全係数を<4>から<3>に下げる危険性を、設計者に純粋に理論的な応力解析を義務づけることによってカバーしようとしたわけである」(<書証番号略>)。

しかし、「構造物のもっとも弱い部分がどこかを最初から一個所仮定してしまえば話はべつだが、強度的に弱いところを探し、その部分の強度を評価することが詳細応力解析の目的であるから」、「解析担当者は、意味のある温度分布を選択するために、主観的な基準を導入せざるをえなくなる。勘が要求されるのは、まさにここである。この選択が不適切だと、熱応力計算は(そしてそれゆえ詳細応力解析全体は)その時点で意味を失うことになる。」(<書証番号略>)

更に、「詳細応力解析があまりにも理論的であるがために、またその解析過程があまりにも煩雑であるがために、その結果を第三者がチェックすることが実質的に不可能になっているという問題」(<書証番号略>)もある。例えば、「一九七七年におきた東京電力福島第一原子力発電所一号機(一九七一年三月運転開始、出力四六万キロワット)の給水ノズル・内面の熱疲労事故は、詳細応力解析の無力性を示す典型的な事故とみなすことができる。」「当時の設計者が、間隙からの冷却水流入も考慮して非定常温度分布を解析し、さらにそれに基づいて熱応力や熱疲労の検討をおこない、その結果この構造を問題なしと判断したにちがいない。問題なしとは、三〇年ないしは四〇年の使用に十分耐える、という意味である。しかし実際には、運転開始からわずか六年で熱疲労事故がおきたのである。おこなわれた詳細応力解析は現実とはまったくかけはなれたものであったといわざるをえない。」(<書証番号略>)

「一九七七年三月、定期検査中だった中国電力島根原子力発電所一号機(運転開始一九七四年三月、出力四六万キロワット)制御棒駆動水戻りノズルの内表面に、長さ約二〇センチ、深さ約二センチのひび割れがあることが発見された。」(<書証番号略>)「この事故もまた、運転開始からわずか三年でおきている。」(<書証番号略>)

「詳細応力解析によって四〇年の寿命を保証されたはずのノズルが、実際にはまたたくまに事故をおこしたわけだから、当時おこなわれた詳細応力解析は『まったく非現実的なもの』だったことになる。」(<書証番号略>)要するに「多くの時間をかけ、最新の理論とコンピュータを駆使しておこなわれる詳細応力解析も、結局、その程度のものでしかないのである。使う理論そのものは客観性をもっていても、いざそれを使って解析する段になると、すでに述べたように、そこに解析担当者の主観に依存したさまざまな推論や仮定が混入してくる。そしてそれらが現実とかけ離れているとき、いとも簡単に先のような事故が発生する。」(<書証番号略>)

(3) 限られた想定事故に対する安全解析の無効性

被告は、その基本設計において、非常に限られたいくつかの「異常な過渡変化」や「事故」を想定しているに過ぎない。即ち、「異常な過渡変化」としては、「機器の単一故障又は誤動作若しくは運転員の単一誤操作」によって引き起こされる異常状態のみを想定し、その際に「単一故障仮定指針」に基づいて特定の安全系の機器の一つが故障した場合について、「多重防護」の有効性を解析しただけである。しかしながら、「事故確率がいかに小さくても、ゼロでないかぎりそれは考えうる事故であるわけだから、確率から切り離して<最悪の>事故を想定しても、いっこうにおかしくはない」(<書証番号略>)筈である。

実際に発生した各種の原発事故は、スリーマイル島原発事故やチェルノブイリ原発事故のように、全く予想もされなかった原因によって事故が発生し、予想だにしなかった経過によって事故が進展・拡大しているのである(<書証番号略>)。

被告が基本設計においていくつかの「多重防護」を施したからといっても、それらは原発という巨大システムにおいて発生しうる安全上問題となる全ての過渡変化や事故のほんの一部をカバーしているに過ぎず、例えば圧力容器の破壊とかスクラム失敗というようなすべての防護が崩壊するような事態をありえないこととして排除している極めて不十分なものでしかないのである。

「設計段階」においてなされる各種の安全解析は、例えば圧力容器各部の強度やECCSの効果についての解析評価のように、その主要部分をシミュレーションに依存している。

解析の際に仮定する各種のパラメータの数値や解析方法自体が実験的な裏付けの無いものであることが多く、そのため解析を行う人の主観的判断の入り込む余地が極めて大きく、従ってその結果得られたとされる「多重防護の有効性」は非実証的・非現実的なものとならざるをえないのである。

(4) 「品質保証活動」の限界

いかなる「品質保証活動」によっても、個々の部品の故障・劣化の確率を、所要の事故発生確率以下にするのに必要な程度にまで低減させることは不可能であり、事実、後述するように被告の運転している女川原発1号機においても、これまでに各種の部品の故障・劣化に起因するトラブルがいくつも報告されている。部品の故障を端諸として大事故が発生する蓋然性はこれまでの原発事故例からみて、極めて高い。応力腐食割れによるボルトのひび割れが出た際(大飯一、高浜一、美浜一)、資源エネルギー庁は、ボルトが全数破断にいたるまでに要する運転時間は、運転開始後おおむね一五万時間以上と推定されるから、安全上問題が生ずるわけではないとしたのであるが、それは逆に原発の安全性が、安全係数や設計以前の各部品の実寿命時間に依拠している事を示すものに他ならない(<書証番号略>)。

4 女川原発の構造的欠陥

(1) 制御棒の問題

女川原発はBWR(沸騰水型炉)であるが、圧力容器の上部には気水分離器や蒸気乾燥器という巨大装置が設置されているため、制御棒駆動機構は圧力容器底部に移されているのが特徴である。

原発において、何らかの異常が発生した場合、エネルギー源であるウランの核分裂を速やかに停止させることが不可欠であり、すべての原発において、核分裂停止のために制御棒が炉心内に一斉に挿入される仕組みが備えられている。しかし、その仕組みは、被告が主張するように、異常発生時の急激な出力の増加に対して、原発に「固有の安全性」あるいは「自己制御性」が備わっているということではない。制御棒挿入による原子炉の緊急停止(スクラム)が成功することによって、核分裂停止が確保されるにすぎない。最終的には、制御棒という「動的機器」に原発が依存しているのである。それゆえ、何らかの原因で制御棒駆動機構がうまく作動しなくなった場合でも、重力による自然落下によって制御棒を挿入できるように、制御棒は圧力容器の上部に設置されているのが通例であった。ところがBWRでは、前述のような炉の特徴から、制御棒駆動機構は圧力容器底部に移され、そのため制御棒は常に重力に逆らって下から上に挿入されなければならなくなっている。不作動が生じる可能性を有する「動的機器」に制御棒の挿入を依存していること自体が、BWRの、従って女川原発の重大な構造的欠陥と言わざるを得ない。

(2) タービンサイドの問題

女川原発はBWR(沸騰水型炉)であるが、その特徴は、圧力容器の内部で水を蒸気に変え、それを直接タービンに導き発電を行うところにある。炉水から発生した水蒸気を直接タービンに導いているため放射能の存在する範囲は著しく広く、格納容器や原子炉建屋はもとより、主蒸気系配管を通じ、放射能放出に弱いタービン建家にまで及んでいる。そのためタービン建家に通じる主蒸気系配管に破断が生じた場合、弁による隔離に失敗すれば、直ちに外部に放射能が漏れだす危険性が生じる。更に、炉心とタービンが直接結びついているため、例えば落雷などによってしばしば発電機負荷の喪失といったタービンサイドの外部的異常が、そのまま原子炉出力に影響を与えるという欠陥を有する。負荷の喪失に続く弁の急閉により炉内圧力が上昇し、その際にタービンバイパス弁が作動しなければチェルノブイリ原発事故のような反応度事故に至る危険が存する。BWRの場合、炉内で発生する水蒸気の泡(ボイド)が核反応を抑制する働きをもっている(負のボイド効果)ことがBWRの安全性のごとく言われるが、それは泡の消滅によって反応度は上昇することを意味する。主蒸気弁類の急閉により炉内圧力が急上昇すれば泡は急激に消滅し、泡が急激に消滅すれば、反応度は急上昇するのである。

(3) 再循環ポンプの問題

女川原発はBWRと呼ばれる沸騰水型炉であるが、その特徴は、圧力容器の内部で水を蒸気に変え、それを直接タービンに導き発電を行うが、その炉心出力のコントロールを再循環ポンプによる炉心冷却材流量の調節により行うところにある。再循環ポンプは、炉水の一部を強制的に循環させることによって炉心流量を調節し、炉心で発生する熱やアワの除去速度を変化させることによって原子炉出力をコントロールする、原子炉の日常運転にとって必要不可欠な機器である。この再循環ポンプは、その重要性にも関わらず、各種の故障・トラブルが多発するBWRの「アキレス腱」となっている。

再循環ポンプのトラブル(誤起動、流量変動)は炉心流量(再循環流量)の急増となり、炉心流量の急増は泡(ボイド)の消滅をもたらし、反応度が急上昇し、場合によっては反応度事故(核暴走)が起こり得るのである。

また、再循環ポンプも含めた再循環系配管の破断は冷却材喪失事故(LOCA)を引き起こすが、これは炉心溶融などによって大量の放射能放出をもたらす重大な事故となる。

(4) 格納容器の問題

BWRにおける格納容器の役割は、再循環系配管の破断時に、原子炉内に大量に存在する放射能が、高温・高圧の水蒸気とともに外部環境に放出されることを防ぐところにある。そのため、格納容器には、気密性と耐圧性とが要求される。しかし、格納容器にはタービン建家に通じる主蒸気系配管という巨大な「穴」が予めあけられているほか、各種の配管・ドレン・ケーブル用の貫通孔も多数存在しているため、最悪の事故時に気密性が保たれるかどうか、きわめて疑問である。更に、大規模な水蒸気爆発や水素爆発が生じた場合、それらに対して現在の格納容器は十分な耐圧性を有していない。そのような事態は、実際にチェルノブイリ原発で水蒸気爆発が生じ、大量の放射能を世界中に放出したことからも、またスリーマイル島原発事故でも炉心溶融によって圧力容器の底部があわや破壊される寸前になっていたことからも、十分に起こりうる事であることがわかる。チェルノブイリ原発事故を契機として、アメリカにおいても、格納容器の耐圧性についての再検討が原子力規制委員会(NRC)によって行われ、その結果、一九八九年七月に、女川原発一号機と全く同じMARK-Ⅰ型の格納容器に対して、特に安全性を見直すように、そして必要性がある場合にはベントを設置するように指示をしている。これはMARK-Ⅰ型の内部空間が非常に狭いため、圧力がすぐに上昇しやすいという構造的欠陥を持っていることを考慮してのことである。

日本の原子力安全委員会の平成四年五月二八日「発電用軽水型原子炉施設におけるシビアアクシデント対策としてのアクシデントマネージメントについて」という決定は、次のように言う。「NRCは、MARK-Ⅰプラントの格納容器容積が他の形式の格納容器に比べて小さいということから、MARK-Ⅰプラントに対して格納容器性能改善対策を勧告することを決定し、その対策の一つとして、『耐圧強化ベント』の設置をあげている。これは、TWシーケンスに対して考えられている格納容器ベント操作時に、ベントラインの過圧破損を恐れて操作をためらうことを防止するとの観点から、耐圧性のあるベントラインを設置するものである。なお、NRCは、残留熱を大気に直接逃がす隔離時復水器(Isolation Con-denser)を有するMARK-Ⅰプラントに対しても、この場合TWシーケンスが支配的とはならないにもかかわらず、他のMARK-Ⅰプラントと同様に『耐圧強化ベント』の設置を勧告している。」「米国における耐圧強化型格納容器ベント対策は、MARK-Ⅰプラントの格納容器容積が他の格納容器の型式に比べて小さいという議論を背景として、主としてMARK-Ⅰプラントを対象として要求されている。」

しかし、被告は危険性の指摘されているMARK-Ⅰの格納容器をそのまま使い続けているのである。

(5) 圧力容器の問題

圧力容器は、約七〇気圧という高い圧力に耐え、内部に冷却材を保持するとともに、放射性物質を内部に閉じ込めるという決定的な役割を有している。この圧力容器が中性子照射脆化のもとで、瞬間的に破壊する(脆性破壊)という事故の危険がある。

「原子炉圧力容器にはきわめて良質な中強度鋼を使用している。しかし、前述のように核燃料から放射される高速中性子で運転時間とともに劣化してくる。これが中性子損傷と呼ばれる原子炉特有の現象である。この劣化をアメリカのNRCは、従来二〇〇度F(九三度C)で抑制していた。すなわち、この程度劣化したならば、圧力容器を使用してはならないという規制である。ところが、一九八二年に、この基準では、三〇炉以上の原発の運転停止が必要となることが明らかになったので、規制を二七〇度F(一三二度C)に緩めることになった。これは、それまで圧力容器の破壊確率を一〇〇万分の一/(炉年)と抑制していたのを、一万分の一/(炉年)に二桁緩めたことになる。現在アメリカでは二〇〇〇炉年の運転が進んでいるので、圧力容器の破壊確率の余裕は一桁しかなくなったのだ。」(<書証番号略>)

運転時間とともに劣化(脆性遷移温度が上昇)している圧力容器に加圧熱衝撃PTSが加わることが脆性破壊の引き金となる。「炉が急冷されると一次系の圧力が急激に低下するが、その急激な圧力低下のためにECCSの高圧注水ポンプが自動的に作動し、ふたたび一次側の圧力が上昇する。したがって原子炉圧力容器には熱衝撃だけでなく、上昇した水圧力も作用することになる。これが加圧熱衝撃、つまりPTSである。」(<書証番号略>)「アメリカのオークリッジ国立研究所が、一九八一年一〇月にアメリカ原子力規制委員会(NRC)に提出した『加圧熱衝撃の評価』と題する八〇頁の報告書は……でPTSによる容器の破壊の可能性をつぎのように明確に断言した。『……いくつかの仮想的な過渡現象において、炉の寿命内の早期の段階で、PTSによる容器の破壊が予測される。』」(<書証番号略>)「予備的な解析結果から……より厳しい主蒸気管破断事故、ランチョセコ・イベント、そしてタービン・トリップにより、発電所の通常寿命以前に圧力容器の破壊がおこることが予想される。これら三つのケースについて、もっとも早い場合それぞれいつそのような破壊がおこりうるかを定格負荷相当年数に換算して求めると、それぞれ四年、三年、二〇年である。」(<書証番号略>)「ともするとありえないことと一蹴される圧力容器の破壊的事故が、それほど非現実的な話でないことをこの報告書の結論から知ることができよう。それでもなお、PTSを引き起こすような過渡現象そのものが確率的に低い、という反論を受けるかも知れない。しかしたとえば、前記報告書のなかに記されているタービン・トリップの発生確率は0.1〜1回/炉年と大きい。」(<書証番号略>)尚、被告はBWRの場合は必ず炉内に水蒸気が存在するから加圧熱衝撃PTSは問題にしなくてよいと主張する(高木証言第二回七丁表)。しかし、「炉の急冷が、いつも冷水の注入によっておきるとはかぎらない。一次系あるいは二次系の急激な減圧、蒸気発生器による急激なエネルギー除去、などの要因も考えられる」「冷却材喪失、主蒸気配管破断、蒸気発生器細管破断のような事故がおこると、そうした要因が複合して炉が急冷され、そのとき原子炉圧力容器はかなりの衝撃をこうむることになる。」(<書証番号略>)

5 炉心溶融事故発生の危険性

(1) シビアアクシデントの現実性

被告は女川原発の設置に当たって当然のこととして事故評価を行なっている(<書証番号略>)が、その中で重大事故はもちろん仮想事故においても、女川原発では炉心溶融事故は起こり得ないという前提に立っている。

しかし、スリーマイル島原発事故、チェルノブイリ原発事故においていずれも現実に炉心溶融が生じており(<書証番号略>)、国際原子力機関(IAEA)は一九八六年九月に行なわれた特別総会で、最大仮想事故を上回る二度の事故が起こったことを受けて、「想定不適当事故」は起こり得るとして、過酷事故(シビアアクシデント)研究を国際的に行なうことを決定した。設置に当たっての被告の事故評価は既に無効であり、女川原発においても炉心溶融に至る事故が現実に起こり得る危険が、現に存するのである。

(2) 炉心溶融事故発生の機序

炉心溶融を引き起こす典型的な事故は様々な原因によって引き起こされる冷却水喪失事故(LOCA)である。BWRの一次冷却水は、炉心内部の燃料棒の間を秒速三メートルの速度で通過して核分裂によって発生する熱と核分裂生成物の発する崩壊熱を奪い、燃料棒を冷却するとともに発電に使用される蒸気を発生させるのであるが、圧力容器(原子炉容器)や配管等に破断が生じたり、スリーマイル島原発のように圧力逃し弁が開放固着したりすると、一次冷却水は炉心から失われていくことになる。冷却水喪失事故(LOCA)が発生すると燃料集合体が水面下から姿を現わし、いわゆる原子炉空炊き状態に至る。もしここで適切な給水が行われなければ炉心の再冠水が遅れ、燃料棒は崩壊し、あるいは水・ジルコニウム反応により溶融を始める事となる。

瀬尾証言は、そのプロセスを次のように説明している。

その冷却に失敗した場合、注入する時期が遅れたり、それが働かなかった場合どういうことになるかと言いますと、水が来ないわけですから、炉心の中は空炊き状態になるわけで、たちまち、燃料棒の温度が上がっていきます。

例えば一時間経過後でも、五万kWの出力をもっていますから、一kWの電熱器が五万個炉心に集中していると、そういう膨大な発熱になりますから、たちまち燃料棒の表面は、温度上昇いたします。一分以内に一〇〇〇度を越えるだろうと言われております。

一〇〇〇度と言うのは、どういう温度かと言いますと、炉心を構成している燃料棒というのがあるんですけれども、その燃料棒の一つ一つの中に一本一本の中に、燃料ペレットというのがありまして、瀬戸物状のペレットというのがありまして、それを封じ込めてあるわけですが、その燃料棒が水蒸気、そこにいっぱいある水蒸気と反応いたしまして、化学反応を起こしまして、ボロボロになっていく、と、水素を発生するわけです。

もっと重大なことは、その反応は発熱反応と申しまして、反応することによって更にエネルギーが出ると、先ほど崩壊熱と申し上げましたが、それより、それに上乗せする形で化学反応による発熱が加わるわけですから、温度上昇が更に加速されると。そうしますと数時間の内に、瀬戸物状と言われている非常に強い、燃料ペレットも溶融するぐらいの温度になりまして、溶融が始まりますと、硬いペレットのなかに閉じ込められていた放射性物質というのは、容易に外へ出てくることができるようになります。

そうなりますと、ここに溶融して崩れておりますから、溶融した燃料棒どうしがくっつきあって、ひとつの巨大な溶融体を作り上げると、それは数千度にも達しておりますから、それを支える構造物というのも全部溶かしていくわけです。全部溶かして支えるものがなくなりますと、今のとこ圧力容器の中の話なんですけれども、圧力容器の底へ落下すると、重力がありますから、何百トンという重さですから、落下していきまして圧力容器の底へ落ちます。

まだ、その段階では環境への放射能の放出というのは格納容器が健全である限りは、保たれて、外に出ないように保たれているというふうに考えられます。ですけれども圧力容器はですね、しょせん鉄でできています。いくら厚くても一〇センチという厚さでもですね、簡単に溶けてしまう。

で、数時間で、巨大な重さですから、圧力容器そのものを溶融貫通いたしまして、その時点で放射性の希ガス、希ガスと言いますが、希なガスと書きます。キセノンとか、クリプトンとかそういうガス性のものは殆ど格納容器の中に放出されてしまいます。

その上、非常に高温でありますので、金属製のものまで気化して外に出てまいります。外と言うのは格納容器の中です。格納容器さえ健全であれば、何とか、膨大な放射能というのは、格納容器の中で食い止める。格納容器の中は放射能で充満するんですけれども、食い止めることはできるかも知れない。ですけれども圧力容器を貫通した溶融体というのは、そこで熱がおさまるわけではありませんので、まだまだ発熱しておりますから、格納容器の構造物も全部溶かして…分解していきます。

ついには格納容器そのものも溶かして外へ下へ沈降していくと、これはもう誰も止めようがないわけです。

もっとひどい場合は、圧力容器を溶融貫通した段階で、格納容器の底に、溶融体が落ちるんですが、その格納容器の底に水なんかが、大量の水なんかがあればですね、その水と接触いたしまして、蒸気の大爆発を起こすことになります。

このように、炉心溶融に至れば大量の放射能が原子炉の外へばらまかれ、周辺住民環境に甚大な被害を与え、長期的でおよそ不可逆的な影響を及ぼすことになる。このような重大事態を回避するためには、LOCAの発生を防止すると共に、LOCAが発生したとき、炉心溶融にまで至らないための防護設備を必要とし、それがECCSであるとされる。しかし、LOCAに対する防護設備としてのECCSには次のような根本的な問題点があり、炉心溶融に至る危険を防止でき得ていないのである。

(3) ECCSの無力性

ECCSは、LOCAにより冷却水が失われた炉心に緊急注水を行って炉心を冷却し、崩壊熱のために生じる溶融を防ごうというものである。ECCSの目的について、瀬尾証言は次のように言う。

原子炉がなんかトラブルを起こした時には、制御棒を挿入して原子炉をストップするというふうに言われております。ストップさえすれば全てが終わりと、安全になると、いうふうに誤解されがちなんですけれども、実は止まるのは九三%にすぎない。あとの七%は放射性崩壊による発熱ですから、これは人間のコントロールのおよぶ範囲を超えておりますから、絶対に止めることができないわけです。

数字で申しますと、一〇〇万kW級の原発におきましては、原子炉が連鎖反応を止められた時点においては、七%と申しますから、三〇〇万kWの七%で二一万kWですね。それぐらいの発熱が止めることのできない状態で残っている。それは核分裂が停止しても、なおかつ冷却を継続しない限り、そこに非常な問題、トラブルを生ずる。

そのために、ECCSが機能することが、不可欠となる。しかし、LOCAに対する防護設備としてのECCSには次のような根本的な問題点がある。

ECCSのLOCAに対する機能の評価が、実際に核燃料を装荷して稼働している原子炉で実証的に行われたことはない。結局ECCSのLOCAに対する機能の評価は、シミュレーションによってなされたものである。それは様々な計算コードに頼るものであるが、現実の事象としてのLOCAを完全に再現できるような計算コードは開発されていないし、又、「原子炉全体を通じて厳密に細部にわたってLOCAを記述する試みは膨大であると同時に複雑であるため……最大級の計算機の能力を直ちに超えてしまう。」「異常状態にある原子炉の中の流れの場を詳細に十分に記述するようなコードは目下のところ存在しない。」(「軽水炉の安全性」米国物理学会研究グループ報告)のである。事実、ECCSの有効性の実証をめざし、アメリカ国立原子炉試験場で一九七〇年から七一年にかけて行われたセミスケールブローダウン八〇〇シリーズとよばれる一連の研究の中で、ECCSによる五回におよぶ注水が電熱模擬炉心に一度も全く到達しないという全く予想もされなかった事態が起こったのである。この実験結果は衝撃的であり、米国原子力委員会は、ECCSの設計の保守性の程度を確認するための適切な評価コードがない限り、LOCAの際の、原子炉の性能に対する保守性と余裕度を評価するための適切な定量的根拠が存在しないという事実を認めざるを得なかったのである。

そもそも、LOCAとは、配管の破断のみを原因とするものではない。その最も代表的で、後の影響が最悪視されるものの一つに、一次系圧力容器の破壊(亀裂、割れ)が考えられる。

圧力容器に係るLOCAが生じた場合、圧力容器内に貫入している現在ある様々なECCS等は、全くその機能を果たさないばかりか、そもそもECCS配管自身の破損等といったお手上げ状態になることが必至である。圧力容器の脆性破壊については、既に述べたとおりである。

炉心スプレイ系の機能については、米ゼネラルエレクトリック(GE)社の元技術者である三人が「GE社は何回も(炉心スプレイ系の)コールドテスト(非運転条件下での試験)を行い、擬似炉心を用いて、色々な水流のパターンを作り出して、炉心スプレイからの水の分布を測定しました。しかし、高温の燃料棒を数秒のうちに冷却するのに十分なだけの水が注がれるかどうかを実際の運転条件下では試験したことなど、ついぞありません。」と述べ、更に「ヨーロッパでは、この現象に関する試験が行われ、その結果は、事故の際に、燃料集合体から噴き出る水蒸気が邪魔をして、冷却水が燃料棒にまわらないという事が明らかになったという話が、原子力産業の内部ではもっぱら伝えられていました。」と指摘している(<書証番号略>)。

また、このスプレイ系の炉内での吹き出し部にあるスパージャについての欠陥の問題がある。

スパージャは、液体を原子炉容器内に均一に分配するための肉厚パイプでできた装置である。スパージャは様々な他の装置にも付いているが、これが、流れによる振動のために破損するという事故が数多く起こっている。古くは、一九六四年にイタリアのガリグリアノ発電所で、ホウ素を炉内に散布するために作られたポイズン・スパージャの破損があり、他にも、一九七五年一年間だけで、米国のミルストンポイント、モンティセロ、ピルグリム、ドレスデン、クァドシティ発電所で、それぞれ給水系のスパージャ破損が生じている。この破損可能性は極めて高く、スパージャ破損に伴う炉心スプレイ等の機能不全は、LOCAの際には非常に深刻である。

さらに、実際の原子炉において、事故の際にECCSが作動するかどうか、作動してもその機能を十分に発揮することができるかどうか等の問題もある。まず、日本の軽水炉安全性調査小委員会がまとめたアメリカにおけるECCS作動テスト時の不作動例は、一九七二年から二年間だけでもBWR炉において二〇件にものぼっている。その内容は、主に弁の故障(一七件)であり、高圧注水系(七件)、低圧注水系(六件)、炉心スプレイ系(四件)という頻度で各部位に起こっている。他の三件はポンプトリップである。

また日本でも、七三年、炉心スプレイ配管にひび(JPDR)、七五年、ECCSスプレイ系配管にひび(福島一・1、敦賀一)、七六年、炉心スプレイ配管にひび(福島一・2)、七七年、原子炉停止時冷却系にひび(敦賀一)と、一九七一年からの六年間だけでも、BWR炉で五件もの故障がECCSなどの冷却系に生じている。さらに、七六年にはJPDRで、弁の故障から原子炉水位が低下しECCS起動信号が発信したにもかかわらず、炉内が高圧だったため、ポンプが空回りしただけで、実際には炉内に注水できなかったという事態が発生している。同様の事態は、九一年の美浜二事故の際にも見られ、人為ミスによる加圧器逃がし弁の共倒れという予想外の事態も加わって炉内圧力がなかなか低下しなかったため、せっかく起動した高圧注水系による注水が十分には行われなかったのである。このような例を見るならば、ECCSが有効に機能するという実証的保障は全くないといわざるをえない。

また、LOCA時の燃料棒の挙動によって、ECCSの機能が低下するという問題もある。燃料被覆管内部は、予め加圧用のヘリウムなどが入れられているほか、燃焼の進行にともなって核分裂生成物の各種希ガスも蓄積するため、実際の運転中には八〇から一五〇気圧もの高い内圧になっている。この状態でLOCAが発生すると、炉内圧力という外圧が低下する一方、崩壊熱などの除去が行われにくくなり内部温度が急上昇するため内圧は増大し、その結果大きな内外圧差が生じ、燃料棒は膨れることになる。村主進他の研究によれば、被覆管温度八〇〇℃付近あるいは一、〇〇〇℃以上で、円周方向の変形(膨れ)が一〇〇%を超えるような結果も得られている。したがって、LOCA時にECCSが作動しても、燃料棒が変形(膨れ)することにより冷却材流路の閉鎖が起こり、その部分では冷却不能となり、部分的な被覆管溶融が生じたり、水―ジルコニウム反応が生じたりする。そして、水―ジルコニウム反応は発熱反応であり、さらに爆発性の水素を発生させることから、事態は一層深刻化する。あるいはまた、燃料棒はさほど変形せず、大きな内外圧差により被覆管が破裂した場合は、破裂開口部が水蒸気により内面から酸化され、破裂による力学的強度低下や酸化熱による被覆管溶融が生じるため、燃料棒が破断・折損してしまう。その結果炉心形状が変化し、冷却材流路の閉塞が生じ、ECCSによる冷却が有効に行えなくなり、燃料溶融へと至る。いずれにしても、LOCA時に燃料棒が変形したり破断・折損することは十分に考えられ、それにより冷却材流路の閉塞が生じ、例えECCSが起動したとしても、炉心の冷却が有効に行えなくなり、最終的に炉心溶融に至る可能性は極めて大きいのである。(<書証番号略>)

6 以上、1〜5に述べた事故発生の危険につき、以下に若干の補足を加える。

(1) 七七ページに記載した原発が放棄されるべきであるとするペロウの社会的受容度評価は、<書証番号略>を参照されたい。

(2) 七九〜八〇ページで指摘したヒューマン・ファクターの問題(設計、建設、運転、保守といった諸活動にヒューマン・ファクターを内包する限り、事故は避けられない)は、後述する第三の二「原発事故の発生例」、第三の三「女川原発における事故例」に記載した各事故により実証されている。

(3) 八八ページ以下の想定事故による安全解析の無効性、非実用性は、現実の事故が想定と全く異なる経過で発生しているという事実に加え、以下の点からも明らかである。

文書提出命令に関する平成五年六月三日付被告の上申書によって明らかなとおり、「配管及び配線の相互の位置関係を示した図面」「配線及びインコアモニター系配管に関する図面」は、工事計画認可申請の段階でも提出されていない。格納容器内の相互の位置関係やそれに従った弁や計測装置、ポンプ等に接続されている電気配線(これは当然床面、壁面、配管に沿って配線されていることになる)は、審査の対象外なのである。しかし現実の事故を考えれば、例えば大口径配管が破断した場合には、右破断配管に沿って配線されていたケーブルが切断されたり、破断に伴う高圧水の噴出や破片の飛散によって付近の小配管や配線に二次破損が生じることは、容易に予測しうる。

しかるに原子炉設置にあたってなされる審査は、このような実際の構造に即したものではなく、実際の機器と遊離した抽象的な事故想定に基づく事故解析なのである。このように、事故解析に基づく安全審査が非実用的なものであり、現実の事故に対応しないものであることは、審査の方法から当然発生した欠陥である。

(4) 九一ページに述べたような制御棒が重力に逆らって挿入される構造になっている場合の最も深刻なトラブルは、LOCA時のスクラム失敗である。<書証番号略>の二〇ページ以下、<書証番号略>に示されるように、格納容器下部に密集する制御棒駆動水系配管(挿入、引き抜き用で、計一七八本あると思われる)は、一次系配管の大破断時に発生する圧力波等によって、複数配管の同時破損が予測しうるから、スクラムの失敗する危険性は大である。しかし、原子炉設置許可時の安全審査にあたっては、運転時における制御棒一本の落下事故についての審査はしているものの、LOCA時における制御棒の落下等は審査の対象外となっているのである。

(5) 九三、九四ページの再循環ポンプのトラブルについては、後述する福島第二原発三号機の事故がその深刻さを明らかにしている。

(6) 格納容器については、九五ページ以下の記載の他、準備書面(二〇)で主張したとおり、原発の大型化、商業化により、サプレッションチェンバーとECCSという工学的安全装置に格納容器の健全性を頼るようになってしまったという根本的問題がある。<書証番号略>の一〜四が指摘しているサプレッションチェンバーの動揺によるECCS配管破損が発生した場合や、LOCA時の圧力波等によりスクラム失敗や冷却失敗が発生した場合には、現在の格納容器は格納容器としての役割を果たせなくなっているのである。

(7) 一一三ページ以下で述べたLOCA時の燃料被覆管の破損に関し、被告は、燃料被覆管の最高温度が一、〇〇〇℃に上昇することは認めながら(被告準備書面(五)、四八頁)、「燃料被覆管のふくれ、破裂により冷却水の流路を閉鎖する可能性はなく、また内面酸化も発生しないこと…を確認している」(被告準備書面(一五)、二八頁)とする。しかし、被覆管温度が八〇〇℃および一、〇〇〇℃付近で被覆管の円周方向の伸びが倍以上にも達することや、七八〇〜八七〇℃付近で被覆管が破裂しやすいこと(<書証番号略>)は、原子力発電を推進する側の実験結果である。

右結果にもかかわらず、ふくれ、破裂による流路閉鎖の可能性がないことを「確認」するには、燃料棒一本一本のふくれ方や破裂の仕方がわからなければならないはずであるが、被告は何らその点の立証をしていないのである。

二 原発事故の発生例

前述した事故発生の危険は、杞憂ではなく、すでに現実のものとなっている。「安全」が唱導されていた原発は、すでに二度の「最大仮想事故」を超える大事故を引き起こしており、日本でも技術面・管理面の根本にかかわる事故が発生し続けているのである。原発は、他の科学技術と同様に事故発生が不可避の技術であって、「絶対安全」とか「危険性は無視しえる」などと言えるものではないのである(瀬尾健証言(第一五回弁論))。

1 スリーマイル島原発事故

① 一九七九年三月二八日、アメリカペンシルバニア州にあるスリーマイル島原子力発電所二号炉(B&W社製PWR。電気出力九五万九、〇〇〇kW。一九七八年運転開始。)において、炉心が損傷し、大量の放射性物質が環境に放出される事故が発生した(高木仁三郎証言(第一三回弁論))。

② 事故の経過は次のとおりである(<書証番号略>)。

ⅰ 同日午前四時頃、ほぼ全出力で運転中のスリーマイル島原発二号炉において、二次冷却系の主給水ポンプ二台が突然停止した。

この原因は、二次冷却系の復水脱塩フィルター中のイオン交換樹脂を再生する作業中に、制御弁を操作する圧搾空気系にわずかの水が混入したことにより、復水浄化器の弁が閉じたことによるものとされている。

ⅱ この主給水ポンプの停止により、本来なら補助給水ポンプが作動し、復水器を通過して水に戻った二次冷却水を蒸気発生器に引き続き送り込むことになるはずだが、二系列ある補助給水ポンプの出口側の弁がいずれも閉じられていたことから給水はできず、結局、二次冷却系の機能が停止したことにより、一次冷却系を除熱することができなくなった。

ⅲ その結果、一次系においては温度、圧力が上昇し、これを抑制するための加圧器逃し弁が作動して開いたが、なお圧力は上昇し続けたため原子炉はスクラムされた。

ⅳ この加圧器逃し弁の開放及び原子炉の停止によって、一次系の圧力は急速に低下し、加圧器逃し弁が閉鎖すべき圧力にまで達したが、弁が開放固着の状態となり、一次冷却水が弁から流出して小LOCAとなった。

ⅴ 右流出が続いたことによって、一次系の圧力は急速に低下し、ECCSの一つである高圧注水系が起動し、原子炉内への冷却水の注入を開始した。

ⅵ ところが、前記除熱能力及び圧力の低下によって一次冷却水が沸騰し、発生した蒸気泡によって冷却水が加圧器に押し上げられ、加圧器水位計は高い値を表示していた。

運転員は、高圧注水によって加圧器が完全満水となって圧力制御が不能となることを恐れて、高圧注水系の停止、流入の絞りを続けた。

ⅶ 前記二次系主給水ポンプ停止から八分後に補助給水ポンプの弁の閉鎖が発見され、二次系の給水は復活したが、一次冷却水中には前記のとおり多量の気泡が生じており、このため一次冷却水を循環させる主給水ポンプ四台に異常な振動が起こり、その破損を恐れて運転員は事故発生から一〜二時間の間に順次右ポンプを停止させた。

ⅷ 以上の経過によって、被覆管のほとんどが破裂、欠損し、炉心核燃料の四五%(六〇t)が溶融した。放射性物質は冷却水にまじって逃し弁から格納容器、さらに移送ポンプにより補助建屋から環境中に放出されることになったのである。

③ このようにスリーマイル島原発事故は、コップ一杯程度の水が圧搾空気系に混入したというささいなことが、巨大システムの複合連鎖関係によって大事故にまで発展しうることを示したものである。「炉型が違う」「運転員のミスがあった」等という皮相的な言い訳で他の原発の「安全」を「保証」しようという態度をとることは、巨大システムの危険性を放置するものに他ならない。

2 チェルノブイリ原発事故

① 一九八六年四月二六日、ソ連ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所四号炉(黒鉛チャンネル型、電気出力一〇〇万kW。一九八三年運転開始。)において、反応度(核暴走)事故が発生し、二度の爆発で数億キュリーの放射能が環境中に放出された(市川定夫証言(第一九回弁論))。

② 事故の経過は次のとおりである(<書証番号略>)。

ⅰ この事故は、一九八六年四月二五日に予定されていた中程度の修理のための原子炉の停止の際に、第八番タービン発電機をテストする最中に発生した。

このテストの目的は、原子炉が停止してタービン発電機を動かす蒸気が止まった場合に、タービンの慣性回転による発電電力をどれだけ利用できるかを調べることにあった。

原子炉が停止した場合でも、核分裂生成物による大量の発熱(崩壊熱)があるため冷却は続けなければならない。そのために非常用ディーゼル発電機が準備されているが、これが発電を始めるまでの間(約数十秒)の電源をタービンの慣性回転によるエネルギーから得ようとするテストである。

ⅱ 四月二五日午前一時から炉の出力は徐々に低下させられ、午後一時過ぎ炉の熱出力一六〇万kWの状態で、二台あるタービン発電機のうちの一台の七号機が停められ、回路から遮断された。発電所内の内部動力(四台の主循環ポンプ、二台の給水ポンプ)用の電源は第八タービン発電機の系統へと接続された。八号機の発電電力をテストするためである。そしてプログラムどおり非常用冷却装置ECCSが解除された。

ⅲ 電力供給の都合により、右の状態で運転は続けられ、午後一一時過ぎテストが再開された。

テストは、炉の熱出力が七〇ないし一〇〇万kWの間にある間に行われる予定であったので、炉出力をさらに下げる操作が開始されたが、炉の熱出力は三万kWまで低下してしまった。

ⅳ 翌二六日午前一時までに、炉の熱出力は二〇万kWに回復安定し、テストは続行された。

冷却系の六台の主循環ポンプにさらに一台ずつのポンプが付け加えられ、計八台の主循環ポンプが稼働しだした(これは、テスト終了後の炉心冷却のために予めプログラムされていた)。

ⅴ その結果、炉を通過する水の流量が増加して蒸気の発生が少なくなり、ドラム分離器(蒸気・水分離器)の蒸気圧が低下した。

これによって原子炉がスクラム停止してしまうのを防ぐために、ドラム分離器水位及び圧力による原子炉緊急停止信号はブロックされた。

ⅵ 四月二六日午前一時二二分三〇秒、テストは始まった。

第八タービン発電機のストップ・コントロールバルブが閉じられた。テストが不成功の場合にテストを繰り返せるようにするため、タービン発電機停止に伴う原子炉緊急停止信号はブロックされていた。

ⅶ テストが始まってしばらくすると、原子炉出力が上昇し始めた。

そのため、午前一時二三分四〇秒、運転責任者は原子炉のスクラム停止を命令し、緊急用制御棒が差し込まれたが間に合わず、原子炉は核暴走し、同四三秒に第一回目の爆発(水蒸気爆発とされている)、さらに二秒後に炉心・建屋までを完全に破壊する大爆発(化学爆発)が発生した。

こうして世界中が放射能汚染におののくことになった。

③ このチェルノブイリ原発事故は、原告準備書面(一六)に詳述したとおり、運転中の原発で「実験」をしようとしたところに最大の問題がある。

人為的ミスというよりも、タービンの慣性回転による電源をECCS安全システムの重要なサブシステムとして組み込んでいる(この電源がなければ、事故発生当初の数十秒間ECCSは作動しない)工学的・技術的欠陥、そして、実験を実用大型原発そのもので行わなければならない、原子力エネルギー開発上における政策的欠陥によるものである。

日本でも、原発を建設しすぎた結果として原発の出力調整実験が強行され、プルトニウムが余ってしまったが故のプルトニウム混合燃料(MOX燃料)の燃焼実験が実用大型原発で行われており、他所ごとではない。

又、チェルノブイリ原発事故は、反応度事故の危険性を改めて示したが、女川原発のようなBWRでは、制御棒挿入の失敗や原子炉圧力の急上昇等による反応度事故発生が考えられうる。

事故の個別的要因の違いをとりあげて「わが国の原発では決してあのような事故は起こらない」というのでは、事故防止などできようはずもないのである。

3 一九八九年一月 東京電力福島第二原発三号機(以下「福島原発二―三」という。)の事故

(1) 福島原発二―三は、女川原発と同じBWR型の電気出力一一〇万キロワットの原発である。福島原発二―三は一九八五年六月に運転を開始したばかりの新鋭原発であるところ、一九八九年一月、BWR型原発の動脈とも言うべき再循環ポンプが破損し、約三〇キログラムもの金属片が炉心内に流入するという事故を発生させた。

(2) 右事故の主要原因は、「共振現象」を看過して再循環ポンプの水中軸受リングの直径を単純に拡大した設計ミスにある(田中三彦証言(第三三回弁論)一六丁表ないし一八丁裏、<書証番号略>「警告・福島原発事故・ぱーと2」)。

アメリカにおける再循環ポンプの製造会社であるバイロン=ジャクソン社が、右事故の後、NRC(アメリカ原子力規制委員会)に提出した報告書によれば、次のとおりである。福島原発二―三の水中軸受リングの直径は約一〇〇cmに設計されているが、この場合水中軸受リングの水中での固有振動数とポンプ内の水流による強制振動数とがほぼ一致する。そのため共鳴振動が不可避的に生じ、次第に共振による水中軸受リングの溶接部への応力が溶接部の許容応力を越えたものになる。その結果、破損事故が起こるべくして起こったのである。

ところで、アメリカの場合、電力の周波数は六〇ヘルツであり、一一〇万キロワットの原発の水中軸受リングの直径は八七cmに設計されている。福島原発二―三の水中軸受リングの設計の際、設計者である荏原製作所は、東京電力の周波数が五〇ヘルツであるため、モーターの回転数を上げる必要に迫られ、それには再循環ポンプの大型化を図れば良いと考えた。その際、共振現象を看過し、安易に直径を一〇〇cmに拡大した。そのことが、事故を招いたのである。

(3) 女川原発一号機、二号機においても、再循環ポンプは保守管理上の弱点となっている箇所である。

現に、一九八八年から一九九〇年にかけて女川原発一号機の再循環ポンプにも、その主軸とケーシングカバーとに亀裂が発見されており(<書証番号略>)、女川原発も再循環ポンプの破損の危険性をはらむ原発であることは明らかである。再循環ポンプが破損すれば、それがBWR型原発の動脈であるだけに、大口径配管破断等が生じ一気にメルトダウン事故に発展しかねないこととなる(<書証番号略>槌田敦論考)。

(4) 右の大事故発生の危険性は、極めて現実的なものである(<書証番号略>槌田敦論考、田中三彦証言(第三三回弁論)一九丁表ないし二七丁表)。

第一に、福島原発二―三の再循環ポンプの異常振動は一九八九年一月一日に発生したが、一月六日には一四時間三〇分も異常振動が続き、大警報が七時間以上鳴り止まなかったにもかかわらず、東京電力は運転を続行した。このことには、原発を一日止めると約三億円の利益が失われることから、なにがなんでも定期検査の日(一月九日)まで運転を続けようとする、電力会社の御しがたい営利優先主義体質が見え隠れする。

第二に、福島原発二―三で再循環ポンプの異常振動が発生する前の一九八四年一一月及び一九八八年七月に、同じ福島第二原発一号機の再循環ポンプの水中軸受リングに亀裂が生じていたことが発見されている。少なくとも一九八八年七月に亀裂が発見された時点では、溶接構造が不適切であることを東京電力は知っていた。にもかかわらず、東京電力は最先進理論である破壊力学に依拠して、福島原発二―三の再循環ポンプは定期検査の日までは大事には至らないと安易に構えていた節がある。しかし、先進理論に依拠して綱渡り的に運転を継続することは、本来「保守的」であることが要請される原発の安全管理にとって背理である。

右の体質ないし理論主義的傾向は、後に述べるように被告においても共通なものであり、そのため女川原発においても同様の事故が発生しうることを否定することはできない。

4 美浜原発事故

(<書証番号略>、高木秀夫証言(第三八回弁論)、詳細については準備書面(二一))

(1) 一九九一年二月九日関西電力美浜原子力発電所二号機(PWR型)において、蒸気発生器電熱管(以下「伝熱管」という)が完全破断し、日本において初めてECCSが実作動するという日本の原発事故史上最悪の事故が発生した。

(2) 事故の経過は次のとおりである。

① 二月九日一二時二四分計数率注意信号が出た後、「計数率注意」警報、「計数率高」警報が出され一三時五〇分「加圧器圧力低」により原子炉が自動停止し非常用炉心冷却装置(ECCS)が作動した。②運転員は一三時五五分破断側蒸気発生器を隔離するため中央制御室において主蒸気隔離弁の閉止操作を行ったが完全に閉止せず一四時二分現場において直接閉止操作を行いようやく完全に閉止した。③一四時一〇分から二五分まで一次系減圧のため加圧器逃し弁の開放操作を数回行ったが二台ある加圧器逃し弁はいずれも開放不能であった。④一四時一九分から一四時二九分まで一〇分毎に破断側主蒸気逃し弁が三回に亘り自動開閉し、蒸気に含まれていた放射性物質が大気中へ直接放出された。⑤二月一〇日二時三七分一次冷却系は冷態停止状態となった。

(3) 事故および共倒れ現象の原因

事故は、振止め金具が設計と大きく異なり変形して設置され伝熱管が十分支持されていなかったため、伝熱管に流力弾性振動が発生し、その高サイクルの振動疲労(フレッチング疲労)により破断したものである。

伝熱管の微小亀裂はかなり早い時期に発生したと考えられるが、一九九〇年の定期検査時には、深さ〇、四ミリ程度の亀裂であったと推定され、この程度では渦電流探傷検査によって検出することは不可能であった。

亀裂が伝熱管を貫通した後完全破断するまでの時間は僅か八〇分から一五〇分と推定され、その間に破断を探知し処置することはできなかった。

原子炉自動停止後機器動作状況に関するアラームタイプライター記録が三分間欠落し、一〇分間PAMトレンド記録が更新されなかったが、これはコンピューターの容量が小さかったことが原因である。

前述した加圧器逃し弁が二台とも作動しなかったのはその共通の空気元弁を運転員が誤って閉めてしまったことが原因であった。

また主蒸気隔離弁が不完全閉止に終ったのは定期検査時に弁棒摺動部を鏡面仕上げにしたため油脂分が摺動部の隙間に浸入し固ったことが原因であった。

(4) 右事故は、従来原発推進側が主張してきた「LBB神話(Leak・Before・Break)(破断に至る前の漏れの段階でヒビ割れを発見できる)」の破綻であり、「多重防護神話」の破綻である。

従来伊方訴訟などで国側は「本件原子炉において使用されている蒸気発生器については……十分余裕のある設計がなされているだけでなく、従来発生した事象に対してもこれを防止するための適切な配慮がなされている上、定期的に実施される精密な検査によってその健全性が確認されるとともに、仮に細管に漏洩が生じたとしても直ちに検知され、所要の措置が講じられるので、細管の破断は起こり得ない。特に蒸気発生器細管には、強度上十分な余裕を持ち、その材料(インコネル)が延性に富んでいるため、瞬時に多量の漏洩が生ずるような形態の損傷(破断)が過去において起こったことがないのはもちろん、将来においても右材料の性質に加え損傷防止のための諸々の対策が講じられているため、数本はおろか一本の破断も起こることはない。」(昭和五三年四月二五日松山地裁判決事実摘示国側主張)と断言し続けていた。

右主張の全てが本件美浜事故により、ものの見事に覆えされたのである。

(5) 共倒れ現象および人為ミスは不可避である。

本件事故においても伝熱管破断事故に伴い、加圧器逃し弁不作動、主蒸気隔離弁不完全閉止、コンピューターの一部打出し不能などの共倒れ現象が生じている。

しかも伝熱管破断事故は、メーカーが当然細心の注意を払って設置製造しなければならない原発という危険なプラントの一部である振止め金具を設計と大きく異なり変形させ支持も不十分に設置したことにその原因がある。設置した作業員の出鱈目さは人為ミス以前の問題であるが、これをメーカーの責任者も、購入した関西電力の責任者も、誰もチェックできなかったという二重、三重の人為ミスが原発設置製造の段階で存在していたのである。原発の安全性を強調する電力側も安全を確認しているわけではなく「メーカーがきちんとした工事をしているはずだから安全であるはずだ」と主張しているに過ぎないものであることがこれにより暴露された。

また共倒れ現象の一つである加圧器逃し弁不作動は、運転員が共通の空気元弁を誤って閉めてしまったことが原因であり、人為ミスが原因であった。本件原告らは巨大システムである原発において人為ミスは不可避的であり、信じられないような人為ミスが思いもかけない形で現れることにより事故発生は不可避であると主張してきたが、右美浜事故は、これを事実により実証したものである。

三 女川原発における事故例

1 一九八五年三月の事故

女川原発一号機は、運転開始一年足らずで、緊急炉心冷却装置(ECCS)の一つである高圧注水系からの蒸気漏れという看過しがたい事故を発生させた(その詳細は原告準備書面(一八)四九頁以下を参照)。

この事故で最も問題なのは、事故発生の原因が部品の製造過程から生じていたものであり、その意味で宿命的ないし構造的に発生した事故であったにもかかわらず、被告は異常発見後原子炉を稼働させたまま部品交換を施している点である。すなわち、炉心溶融を防ぐ最後の命綱ともいえるECCS装置の部品に異常が認められたのであれば、原発運転の保守管理上、直ちに運転を停止したうえで部品交換を施すというのが当然の対応である。にもかかわらず、被告は、ECCS装置の重要性を認識しつつも、その高圧注水系装置が作動しない状態でなおかつ運転を継続したのである。ここに、被告の原発運転に対する「安全思想」の虚妄性が如実に現れている(<書証番号略>、高木秀夫証言(第三七回弁論)一四丁裏以下)。

2 一九八五年六月の事故

女川原発一号機は、同月二五日、蒸気加減弁開度位置検出器の故障による原子炉圧力低下スクラム(原子炉緊急停止)事故を発生させた(その詳細は原告準備書面(一五)参照)。

この事故の特徴は、定期検査中に発生した人為ミスの点にある。

事故の原因は、開度位置検出器を分解点検して再び組立てた際に作業員がネジをよく締めなかったこと、及び組立て後の点検の際に別の作業員がネジの緩みをチェックできなかったことの、二重の人為ミスが重なったことによる。

原発というシステムは、莫大な部品からなる巨大で複雑なシステムであり、人間の能力を越えた装置であることは、これまで原告が繰り返し主張してきたところである。すなわち、ネジ一本の締め忘れが原子炉のスクラムを招くことが、現実に起こりうるのである。原発にとって人為ミスは、おそらく不可避的なものであり、スクラムに止まればそれは不幸中の幸いである。

この事故では、主蒸気隔離弁が全部閉鎖したことにより原子炉出力が数秒間に四倍に急上昇している。スクラムがうまくかからなければ、チェルノブイリ事故のような取り返しのつかない反応度事故が発生していたかもしれないのである。

本事故は、女川原発において、人為ミスによる大事故の発生が決して非現実的なものではないことを物語っている(<書証番号略>)。

3 一九八六年三月の事故

これは女川原発一号機の主復水器に海水が漏入したという事故である(高木秀夫証言(第三七回弁論)二九丁裏ないし三〇丁裏)。

冷却管の一本に海水漏入の穴が発見されたのであるが、これを機に被告は一四〇五本の冷却管を交換している。更に、翌年の定期検査においては三〇〇〇本、翌々年の定期検査時には一三五八本もの冷却管の交換を行っている。しかも、主復水器への海水漏入事故は一九八七年二月一日と二五日にも発生している(高木秀夫証言第三七回弁論)二六丁表ないし二八丁表)。

これは、女川原発一号機の主復水器は、次々に穴が開き海水が大量に漏入するかも知れない老朽化した状態にあることを意味する。大量の海水漏入があると塩分が炉心の燃料棒等に付着して、燃料棒被覆の腐蝕・ピンホールをもたらしたり、燃料棒の出力を局部的に増大・変動させたり、あるいは制御棒の挿入を妨げたりするため、大事故を招きかねないのであり、女川原発一号機はかくも危険な状況のもとに運転されていることがこの事故からも明らかである。

4 一九八六年八月の事故

女川原発一号機は、同月二一日及び二二日、再循環ポンプの回転速度の異常事故を発生させた(詳細は原告準備書面(一八)四八頁以下を参照)。

再循環ポンプの回転速度の変動は即座に炉心流量の変動をもたらし、反応度や原子炉出力に影響を与える。すなわち、チェルノブイリ事故にみられる反応度事故(核暴走事故)の引金となる。

しかるに、被告は、二回にわたる異常発生の後も原子炉の運転を続行し、後に整備にあたっている。そのこと自体の問題性は既に自明の所といえるが、さらに、事故の原因が製造段階からの部品のひび割れにあったことも重大である。被告の誇る運転開始に至る何重ものチェック、運転開始後の保守点検によっても発見されず、かつ日々進行する瑕疵が現実に存在するのである。ポンプの回転速度の変動を知らせる計器が正常に作動していたことは真に幸運であったと言うべきである。

5 一九八九年八月の事故

女川原発一号機において、同月二三日から二四日早朝にかけて、四個のタービン蒸気加減弁のうちの一つの開度指示信号に、微小な変動が五回にわたって認められ、同月二七日午前九時より出力を一時的に約一三万キロワット(二五%)に降下させ、開度位置検出器及び制御回路の一部の交換が行われた(<書証番号略>)。

本事故の原因調査結果を被告が宮城県に報告するまで約四か月間を要している点が注目に値する。すなわち、原発機器の異変の原因究明はかくの如く容易ではなく、それだけに「保守的」な安全管理が要請される。

にもかかわらず、被告は、異常発生後、九三日も部品の交換をせずに一定出力で運転を継続していた。この点に、被告の運転(経済性)優先の姿勢と保守管理思想の安易性が明らかにされた事故であると言えよう。

6 一九九〇年一一月の事故

女川原発一号機は、同月二〇日、蒸気タービン軸受メタル温度上昇等により原子炉の運転を手動停止させた。

これは、軸受オリフィスストレーナーという部品が定期検査の際に逆向きに取付けられていたために生じた事故である。

この事故から次の点が明らかとなった(<書証番号略>、高木秀夫証言(第三七回弁論)三三丁表ないし三七丁表)。

すなわち、第一に、原発機器には人為ミスを誘発しやすい部品が用いられており、人為ミスの発生が促進される危険な状態が認められること(たとえ本件軸受オリフィスストレーナーの形状は改善されたとしても、他にも第二、第三の人為ミスを誘発しやすい形状の部品が存在する蓋然性が高いこと)、第二に、本事故では蒸気タービンの振動が止まず、いわゆるタービン・ミサイルという大事故に至る前兆があったにもかかわらず、被告は約五日間も原子炉の運転を継続したこと(被告は、蒸気タービンという重要機器の異常に無頓着になるほど「安全運転」の精神が鈍磨していること)が図らずしも明らかとなった。

7 一九九一年二月の事故

同月二二日、女川原発一号機の原子炉冷却材浄化系ベント管から蒸気漏れが発生した(<書証番号略>)。

漏洩した蒸気に含まれていた放射能により放射線量が通常の約一〇倍になった。漏洩した浄化系熱交換器室の通常の被曝線量は毎時一〇〇ミリレムであるから、補修作業員は毎時約一〇〇〇ミリレムを被曝したことになる(高木秀夫証言(第三七回弁論)三七丁表ないし三八丁裏)。このように、原発の運転は、原発作業員の被曝の犠牲を伴わなければ維持できないことを推して知るべきである。

また、本事故の原因は定期検査の際に不正規の部品が誤使用されたことにあるが(<書証番号略>)、そのチェックは不可能である(高木秀夫証言(右同)三九丁表)。ということは、人為ミスの介在は事故が起きてみなければ分らない場合がある、ということを意味している。本ミスは幸いにして大事故を招きはしなかったが、人為ミスの如何によっては取返しのつかない事態を招くことがあり、しかもミスの介在を事前にチェックできないということは、恐るべきことと言わなければならない。

8 一九九一年八月の事故

女川原発一号機の給水流量調整弁Aの制御装置が、同月九日作動不良となり、その保修がなされた。原因は当該弁の駆動部に用いられていた「Oリング」が設置当初から不良品であったことに求められる(<書証番号略>)。

この事故から明らかになったのは次の二点である。

すなわち、第一に、不良部品が使われていても、そのことは機器が故障してみて初めて分るのであり、原発機器の部品の品質管理には限界がある、ということである。

第二には、本件の異変が発生したのは真夏の午後二時過ぎという一年の中で最も電力消費量(販売量)の大きい時である。被告は異変を知りながらも発電出力を下げずに運転を継続し、夜間になってようやく出力を下げて事故原因の本格的な調査に乗り出した。ここには、被告の安全思想の軽視(営利優先の姿勢)が余すところなく示されている。

9 一九九二年八月の事故

右に見てきたように、女川原発一号機は一九八九年以降は毎年何らかの事故を起こしている。老朽化の波がひしひしと押し寄せて来ている感がある。その典型のような事故、すなわち主蒸気隔離弁の閉止による原子炉自動緊急停止(スクラム)が一九九二年八月三一日に発生した。

事故の原因は、原発の通常運転時の起動・停止等の際に主蒸気圧力の変動が生ずるが、それらによる応力が主蒸気圧力検出器Aのブルドン管にかかり、同管の内面が金属疲労を起こし亀裂が発生して変形したことにより、右検出器が誤信号を発し、そのため主蒸気隔離弁が全閉したことによる(<書証番号略>平成五年二月九日付「女川原子力発電所一号機の自動停止について」)。

この事故の問題点は次の三点に求められる。

第一は、原発機器の「耐用年数」のいい加減さである。被告は、右ブルドン管の耐用年数を約九年と設定していたが(一九九二年九月九日付け新聞報道)、金属疲労の原因となった通常運転時における主蒸気圧力の微小変動応力は計算外だった(同年九月一七日付け新聞報道)。そこで、被告は今回の事故を契機に同管の耐用年数(交換周期)を四年に短縮した(<書証番号略>)。このように、理論主義の精緻を尽くした詳細応力解析にも、重要な条件の見落しが案外にあり、そのため保証されていたはずの耐用年数以内でもトラブルが発生する可能性が大きいと言わなければならない。

第二は、被告の秘密主義の問題である。本件事故の三日後に原告らは被告に対し、訴訟外において、各種データを公表するよう求めたが、被告は今日に至るまで本件事故の経過に関する具体的なデータを一切公表していない。被告は、いわゆる安全協定の締結先である宮城県に対してもこの秘密主義を貫いたため、同県原子力安全対策室長から「原因調査の進行状況などを随時報告するよう」にとの指導を受けてもいる(同年九月三日付け新聞報道)。最も有効な事故対策は、事故に関するデータを明らかにして各方面に批判的検討を仰ぐことである(近時の美浜原発二号機の事故の際には事故に関する生データが一部公表されている)。しかるに、被告は、従前の女川原発一号機の事故に関するものも含めて事故の具体的なデータを一切公表していない。この一貫した秘密主義が大事故の温床となることは経験上明らかである。

第三は、安易な運転の再開の点である。すなわち、被告は、同年九月一七日には原発の運転を再開している。しかし、この時点では、被告は、本件事故の原因と対策に関して国を十分に納得させられるだけの根拠をもっていなかったのである。そして、最終的に国の納得が得られ、宮城県に対し事故の経過・原因・対策について事故報告書を提出することができたのは一九九三年二月九日のことである。このように、国や宮城県の納得が得られないうちに(しかも、報告書を提出する五か月も前に)早々と運転を再開しているところに、被告の経済性優先・安全性軽視の甚だしさが明白に現れている。

10 ハインリヒの法則

以上のように、女川原発一号機は一九八四年に営業運転を開始して以来合計九件もの事故(異常事象)を発生させた。それらは幸いにして大事故には至らなかったものの、それぞれの事故の原因等を見ると、「軽微なトラブル」と言って済まされない事故であった。

「一つの大きな事故(たとえば、人身事故)があると、その背後には平均二九件の『あわや』という事例があり、さらにその背後には、何事もなく終わったものの、一つの処置を誤れば同じ事故になり得た事例が平均三〇〇件ある」と言われている(ハインリヒの法則)。このハインリヒの法則は原発の保守管理の考え方にもよくあてはまるものである(<書証番号略>)。すなわち、原発の保守管理者にとっては、たとえ些細な事象であってもそれが大事故に至る発端であるかも知れないのであり、一つ処置を誤れば大事故を招来するかもしれない、という謙虚な姿勢が求められる。また、表面的には何事もなく終わった事象の中に多くの教訓が含まれていることを認識しなければならない。

しかるに、被告には、右1ないし9に見た異常発生時において、安全の確保よりも運転の継続の方を優先させる傾向が顕著に認められる。また、事故の検証過程において被告はデータの公表を拒み、事故の「教訓」について広く意見を求める姿勢を欠いている。

このような被告の姿勢に照らせば、ハインリヒの法則が女川原発の保守管理に生かされているとは到底言い難く、したがって今後の運転において、被告が「大事故」の前兆事象を見逃し、その結果重大な事故を招くことは極めて現実味のあることとして受け止めなければならない。

四 女川原発における廃棄物による事故発生の危険性

1 核廃棄物の貯蔵に伴う危険性

(1) 原発の運転が日々生み出す核廃棄物には、環境中に放出される気体廃棄物及び液体廃棄物を別として、次のようなものがある。すなわち、使用済核燃料(使用済制御棒等)、雑固体廃棄物、汚泥(スラッジ)・使用済樹脂の3種である。

(2) 高レベル放射性廃棄物である使用済核燃料は、原発敷地内の使用済核燃料プール等に貯蔵される。そして、貯蔵限度量を越えたものは、わが国の動燃東海再処理工場(近い将来には青森県六ヶ所村再処理工場)のほか、イギリス及びフランスの再処理工場に搬出される。

被告は、使用済核燃料の処分の活路を再処理に求めている。しかし、使用済核燃料の再処理には幾多の難問があり、再処理による処分は極めて非科学的、非現実的なものである。例えば、再処理によって必然的に発生する高レベル放射性廃液(いわゆる「死の灰汁」)の処理方法は全く確立されていない。また、再処理によって得られるプルトニウムの利用方法(高速増殖炉の運転)も確立されておらず、仮に確立されても莫大な経費を要する。

結局、「廃棄物の発生者負担の原則」に基づき、被告が高レベル放射性廃棄物を管理保管していかなければならないことは、自明の理といえる。

(3) 雑固体廃棄物(低レベル放射性廃棄物)はドラム缶に密封して処分することが予定されている。

しかし、地下水位の浅い日本において、ドラム缶の腐蝕を免れえる埋設地を見い出すことは困難である。結局、これも「発生者負担の原則」に基づき、被告が女川原発の敷地内に保管し続けていかざるをえない。

(4) スラッジ等については、タンク貯蔵の後、ドラム缶固化処理がなされている。

ドラム缶による処分が非現実的なものでしかない点は雑固体廃棄物の場合と同じであるうえ、スラッジ等の場合は、さらに、タンク貯蔵中における放射能漏洩の危険がつきまとう。敦賀原発におけるフィルター・スラッジの貯蔵タンクからの漏洩事故は、右の危険が現実となって現れたものである。

(5) 被告は、核廃棄物の発生量について確たる見通しをもたず場当り的な対応しか行ってこなかった(詳しくは、第六、二参照)。現在、女川原発の敷地内には、処理不可能な核廃棄物が日々溜り続けている。万一、重大事故が発生した際には、これらの核廃棄物は、原子炉内の燃料中の放射能(女川原発一号機においては約一六億キュリーと推定されている)とともに環境に流出し、事故の悲惨さを倍加することは疑いのないところである(以上、槌田敦証言、<書証番号略>「女川原子力発電所設置許可申請書の申請変更経過」による)。

2 核廃棄物搬出の危険性

(1) 一九八九年一二月二〇日、女川原発一号機から動燃東海再処理工場に向けて、初めての使用済核燃料の搬出が行われた。その後一九九〇年以降も、続々と女川からイギリスへあるいはフランスへ向けて使用済核燃料が搬出されている。

(2) 使用済核燃料の搬出の危険性は次の点に認められる。すなわち①使用済核燃料中のプルトニウムをはじめとする放射能は莫大な放射線を放出する、②しかも、「死の灰」の崩壊熱による発熱を続けている、③輸送容器(キャスク)の安全性が十分なものではなく、現に一九八四年八月二五日の核燃料運搬船「モンルイ号」の沈没事故の際には放射能流出が起きている、④海上輸送の場合でも、陸上輸送の場合でも、輸送中に事故が発生するとその被曝線量と人的被害が広範かつ甚大なものになると予測されている(国際環境保護団体等の被害予測)。

(3) 女川原発が運転を継続する限り、燃料プールの貯蔵量を越えた使用済核燃料の搬出は今後も繰返される。女川原発は、原発それ自体の危険性のほかに、使用済核燃料の搬出によっても被曝の危険性を住民に余儀無くさせているのである(以上、<書証番号略>「街を駆けぬける放射能」による)。

五 女川原発における燃料輸送による事故発生の危険性

女川原発が運転を継続する限り、その核燃料の搬入も必要になる。しかし、その核燃料の輸送が別の被曝の危険性を住民にもたらすことになる。

原発で用いられる核燃料は、原燃料である濃縮ウランを成形加工したもの(核燃料集合体)であり、横須賀等にある核燃料加工工場から陸路女川まで輸送される。

しかし、その輸送容器は時速五〇Kmでの正面衝突程度の衝撃にも耐えられないものであるばかりか、輸送中、その中の核燃料集合体が自然放射線レベルの約一三〇倍のガンマ線を放出し続けている。

輸送車が、衝突事故やトンネル火災事故にでもあおうものなら、周辺住民の被曝は避けられない。しかも、通過自治体は、公安上の理由から事前に輸送計画を知らされていないため、事故対策をとろうにもとれない現状にある。

このように、女川原発の稼働は、それに伴う第二、第三の危険の発生を際限なくもたらさざるをえないものなのである(以上、<書証番号略>「街を駆けぬける放射能」による)。

第四 女川原発の地盤と地震による危険性

一 基礎岩盤の問題点

1 原子力発電所における地盤地震問題の重要性

(1) 原子力発電所の特性(放射線の危険性、被害の規模等)との関係

原発は、稼働中そして稼働終了後もその内部に、人体、生物、環境に重大な悪影響を与える放射線を放出する放射性物質を大量に含んだ巨大施設である。

その原発を支える地盤に関して、地盤が軟弱で変動が生じたり、大規模な地震に見舞われたりして万一原発が破壊されたような場合には、他の発電所とは比較にならない莫大な影響が生じる。

この影響はチェルノブイリ原発事故で明らかなように全世界中に及び、その影響の深刻さは人命の喪失だけではなく、同原発事故で周辺数百キロの住民が今なお避難させられているように、住民の生活や、生態系、環境に重大かつ長期にわたる影響を与えるものである。

このように、原発における地盤地震の問題は、原発の他の様々な問題と同様、極めて重要かつ緊急の問題である。

(2) 日本における特殊性

日本が世界有数の地震国であることは、周知の事実である。

地球上の地震のうち、その約八割が日本を含む環太平洋地帯に集中しており、しかも日本列島及びその近海ではその二割が発生している(<書証番号略>)。世界の陸地の0.3パーセントを占めるにすぎない日本に、全世界の地震の一五パーセントが集中しているのである。

狭い国土の日本の国内では、周辺で地震が発生しないという土地は皆無であり、そもそも、地盤のいい場所、地震の来ない場所を選んで原発を建設するということが、その当初より不可能な状況にあるといっても過言ではないのが実情である。

(3) 地盤地震問題の重要性の認識と原発建設

① 原発に極めて危険な影響のある地盤地震問題について、当初の日本の発電用原子炉の建設過程でどれだけ重要性が認識され、調査検討されて対策が講じられてきたかは極めて心許無い状況にあった。

日本で初めての発電用原子炉は、東海一号炉であるが、同原子炉は地震のほとんどないイギリスの原子炉をそのまま輸入した形であり、耐震設計も申し訳程度に付けられてあるだけの状況であった。

② 日本で原発の設計許可に関して耐震設計独自の指針が作られたのは昭和五三年九月二九日付で原子力委員会が作成した「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」が初めてである。

この間、国内において、いわゆる東海地震説が昭和五一年一〇月頃唱えられ、また、国内外において活断層と地震の研究も大幅に進む中で、右耐震設計の指針が作られたのである。

従って、それ以前は原発の設置許可に際しての地盤・地震の問題の調査、検討については、明確な基準すらないままなされていた状態であった。

女川原発一号炉の設置許可申請は、昭和四五年五月に出され、許可がおりたのは昭和四五年一二月である。従って、同原発の設計がなされたのは、右指針作成の一〇年近く前であり、地盤地震問題の検討は厳密になされないまま許可され、建設されてしまっている。しかも同一号炉は同許可及び建設後、右指針に基づいてさえ見直されたことも、また新たな対策が講ぜられたこともないまま現在も運転されているのである。

③ しかも、右耐震設計審査指針についても、例えば、活断層の定義が地質学者の間での常識や、同指針策定前の国会での答弁などと大幅に異なって作られていたり、調査検討の対象とすべき断層の範囲が米国の基準より格段に狭く定められていたりで、極めて不充分なものである。

また、右指針に基づいた各地の原発建設の際の地盤地震問題の調査検討においても、充分かつ適切なデータ収集やデータ処理、適正な評価が行われているかは極めて疑わしい状況にある。

現に女川原発二号炉についても、その設置許可申請書(昭和六二年四月付、<書証番号略>)と、その一年後に監督官庁の指導を受けて出された補正書(昭和六三年四月付、<書証番号略>)において、評価に使用されたデータが異なっていたり、同データで被告側に不利な評価が有利な評価に変えられていたりするのである。

これらのことは、原発における地盤地震問題の重要性が原発を作る側にも認識され(別の言い方をすれば、地盤地震問題が原発の安全性を考えるうえで原発推進のネックになりかねないほど危険をはらんだ問題であることに原発を作る側が気づいたことにより)「指針」が作られることになったものの、充分な安全性を確保する基準を作って運用するとなると、日本における原発建設が不可能になりかねないために、その「指針」自体を基準の設定及び運用の両面において不十分なものとせざるを得なかったという日本の実情を反映しているものである。

2 女川原発の地盤の特徴と問題点

(1) 女川原発の基礎岩盤の特徴

① 女川原発敷地部分の基礎岩盤は、中生代ジュラ紀後期の荻ノ浜層の地盤だとされている。

同層は、大体一億四三〇〇万年より古い年代の地層であり、ある程度古くてその分硬いものの、この間地殼変動をたくさん受けてひびが入ったりした状態で岩質が劣化し、脆くなっている状態にある。

② また、敷地部分は砂岩と頁岩、砂質頁岩の互層となっており、その互層が褶曲して曲がった状態となっている。そのため、岩質の違いで硬さも風化の度合いも違い、また地震が起きたときの揺れ方も違うという地盤となっている。

③ 更に、敷地部分及びその周辺の土地及び海底には、何本もの断層破砕帯が通っており、その部分は極めて脆く風化した状態となっている。また断層破砕帯の中には活断層の可能性は否定しきれないものがあり、更に地震のときには滑り面を構成する可能性がある。

④ 女川原発は、岬と岬に囲まれた湾の部分に建てられている。海に面した土地のうち、軟らかい地点が浸食されて湾になり、硬い地点が浸食に抗して岬になっている。従って、女川原発は海岸線の中で一番地質の悪い所に建てられていることになる。

(2) 女川原発の基礎岩盤の硬さ

① 女川原発敷地周辺の基礎岩盤は、およそ一億四三〇〇万年より以前の中生代ジュラ紀後期荻ノ浜層の地盤であるとされている。

地質は、一般的には地盤を構成する地層の地質年代が古いほど硬いといわれているが、風化の度合いや節理等の分離面の存否・状態によって軟化していたり、硬いが脆いという状態になっていたりしている。従って、古いというだけでは地盤として硬いとはいえない。

被告申請の証人緒方正虔は、女川原発の基礎岩盤は、硬質岩盤に分類されるとしている(同証人・第三九回弁論・調書六頁裏)。しかし、一般的に硬質岩盤に分類されていても硬さは別であり、いわゆる電研式岩盤分類でもCM級以下では工学的性質に顕著な差があるとされている(<書証番号略>)。

女川原発周辺の地盤は古いものの、その後の造山運動により褶曲運動とか断層運動等の地殼変動をたくさん受けて、ひび割れが多く入った状態で、岩盤が劣化し脆くなっている状態である(生越忠証言・第二六回弁論・調書一二頁表、<書証番号略>)。

② 一号炉の地質調査報告書での評価について

女川原発一号炉の設置許可申請に際し作成された被告の地点地質調査報告書によれば、女川原発の基礎岩盤については、表層の部分と破砕帯に接する部分を除けば「おおむね堅硬」という一般的評価を与えている(<書証番号略>)。

右報告書では、岩盤の硬軟について、田中治雄のダム基礎岩盤の岩質分類基準のオリジナルなものを用いて評価しているのであるが、その評価にあたっては、同分類基準のもともとの基準で基礎岩盤として「やや不良」であったCH級の岩盤を右報告書では「堅硬」と評価換えしてしまい、同じくもともとの基準で「基礎岩盤として不適」であったCM級の岩盤を「おおむね堅硬」と評価換えしてしまっているのである。地質工学的に言っても、右CH級の岩は中硬岩であり、CM及びCL級の岩はやや軟岩と評価されており、右被告の報告書では「やや軟岩」が「おおむね堅硬」と評価されており、日本語としてもおかしな表現であり、評価基準を甘くして無理矢理「硬い」と言いくるめようとした姿勢が浮き出ている。

尚、被告が一号炉に関する対外的(住民向け)な宣伝のために作成した「女川原子力発電所建設計画の概要」(<書証番号略>)によれば、一号炉敷地の地層は「中生代ジュラ紀の荻ノ浜層に属する古い地層で、砂岩と頁岩の互層からなる堅硬緻密な岩質である」と表現されている。この「堅硬緻密」という部分は、もともとの地点地質調査報告書に記載された破砕帯等の弱層が存在していることを意図的に隠して表現しているもので、被告の地盤地震問題に対する姿勢を端的に示すものである。

③ 二号炉の地質評価について

また、女川原発二号炉の地質調査に関しては、一号炉と同じくCH、CM、CL等の表示が用いられ(同じレベルを示しているかは明らかでない)、設置許可申請においては「原子炉建屋位置の基礎岩盤ではCM級以上の岩盤が大部分を占める」とされ(<書証番号略>)、同補正書においても結論は同様とされている(<書証番号略>)。

右補正書によれば、岩質分類は『電研式岩質分類』を基本として「風化の程度」及び「割れ目の頻度」を指標としたとされているが、例えば、ボーリングコアの岩級区分基準をみる限り、ほとんどは「コアの風化度」でクラス分けが決まってしまっており、「コアの形状」は三cm以上のものは大部分が同じ評価とされている。

しかし、コアの形状について言えば、一般的に岩質区分の基準として用いられている建設省土木研究所の基準(<書証番号略>・表五―一、<書証番号略>)によれば、割れ目間隔一五cm以下のものは全て岩盤として「不良」と評価されているのに、他方右補充書の区分によれば、コアの形状が二〇cm以上のものと、五〜二〇cmのもの、三〜五cmのものに対してはほとんど同じ評価を与えており、しかも三cm以下のものに対してさえCM級の評価を与えているのである。

また、二号炉の申請に際しては、やはり一般的に岩盤評価の基準として使われている岩盤良好度(RQD)による評価も行なわれているが、RQDが〇で一般的には「非常に悪い」と評価されている(<書証番号略>)ものが、前記クラス分けではCHと表示されたりしているのである(例えば、<書証番号略>)。

従って、二号炉の岩盤評価は極めて甘い基準で評価されており、軟らかい地質、「不良」な地盤が、硬い地質、「良好」な地盤にいいかえられているといっても過言ではないのが実情である。

④ 二号炉の地盤調査、地質の評価については、そもそも調査及び評価の信用性に重大な疑問が存するものである。

二号炉の設置許可申請書は昭和六二年四月付で提出され、地盤地震関係も記載されているが、その丁度一年後の昭和六三年四月にはかなり広範な部分で「補正書」が提出され、本文の内容や図表の訂正が行われている。

その訂正は『監督官庁』の指示に基づいて行われた(緒方正虔証言・第四〇回弁論・調書九頁裏)とのことであるが、訂正内容は文章の表現や補充に留まらず、評価の見直しやデータの取捨選択の変更にまで及んでいる。

右補正に関しては、被告より地盤地質調査の嘱託を受け調査にあたった財団法人電力中央研究所の実質的責任者であり、その立場で当公判廷で証人として証言したはずの緒方虔の証言は、要領を得ないものに終始している。証人緒方は、右補正書提出に際して新たな調査や試験を行ったかは「たぶんやっていない」と言いつつ「ちょっとそこまで覚えておりません」と述べ、また当初の試験データについて申請書の段階と補正書の段階で使用したデータの変更があったのか、データの使用は誰の判断でするのかというようなことにもまともに答えられない状態であった(同人証言・第四〇回弁論)。

実際、「申請書」と「補正書」を比べた場合に、例えばボーリングコアによる『三軸圧縮試験結果』(<書証番号略>)は、各岩級区分ごとの試験個数が異なっており、従って軸差強度(軸差応力)も異なる数字となっている。

証人緒方はこの点について、試験そのものの個数は変わっておらず、コアの岩級区分の見直しが行われた結果であると証言している(同人証言・第四〇回弁論・調書一二頁裏)。

仮に同証人の証言どおりとしても、何故同試験結果について一年という短期のうちに岩級区分の見直しが行われ、しかも何故それが全て「格上げ」の見直しであるのか理由は明らかでなく、二号炉の地質調査における地質評価の客観性・妥当性を疑わせるに充分である。

しかも、同証人の右証言は明らかに間違っている。例えば、試験個数の全く同じ頁岩のB(B')やCH(C'H)で軸差強度の数値が異なっているのである。これは「補正書」において異なるデータを用いているか、同じデータの客観的な数値さえ変えてしまったか、どちらかということになる。

右のことは一例であって、『孔内載荷試験結果』でも、まとめられたデータの試験個数自体が減らされており、データの取捨選択が行われたことを示しているが、誰がその選択を行ったのかについて証人緒方は答えをにごしている状態である。

また、ボーリングコアの岩級区分でも申請書でCLとされた部分が補正書において消されている(<書証番号略>)。

この点について証人緒方は、補正書においては「広がりを持ったエリアで岩級区分」をした結果であると証言しているが、補正書においては他の部分で申請書よりはるかに細かく岩級区分を行っており(例えば<書証番号略>)、右証言は全く説明になっていない。

これらの諸点に象徴的に示されるように、二号炉の地質調査においては、データの収集や、データの取捨選択が適切に行われたのか極めて疑問であり、被告の二号炉の岩盤評価は信用性自体が疑わしいものとなっている。

(3) 断層破砕帯の存在と原発の地盤としての適否

① 断層破砕帯の存在

被告の地質調査報告書(<書証番号略>)によれば、女川原発一号炉の敷地部分にはその真下に四本の破砕帯が走っている。また、その周辺には右四本の他にも二七本の破砕帯の存在が記されている。そして右破砕帯の多くは粘土を間に挾んでいる。

また、二号炉についての被告の申請書(<書証番号略>)及び同補正書(<書証番号略>)によれば、一覧表に記載されたもので、敷地に四本、その周辺に九本の断層破砕帯が記載されている。また試掘孔の図示においても、中途にかなりの数の断層やシームが表示されている。そして、二号炉敷地や周辺の断層破砕帯も、多くは粘土を間に挾んでいる。

② 破砕帯部分は堅硬であることはありえない

女川原発一号炉、二号炉の敷地部分には、右のとおりいずれも破砕帯が走っている。被告の一号炉に関する地点地質調査報告書でも「おおねね堅硬」とした部分は「破砕帯の部分は除いて」とわざわざ断わっており、破砕帯部分は被告の評価によっても「おおむね堅硬」のCM級より下のランクであるCLもしくはD級と評価していることになる。また、二号炉の申請書においても「破砕帯等の弱層」(同補正書では「断層・シーム等の弱層」)が存在すると記載されており、破砕帯が弱層であることは当然の前提となっている(<書証番号略>)。

通常、破砕帯部分は、破砕度の軽量にもよるが、大体はDの評価が多く、よくてもCLと評価されている。女川原発一号炉、二号炉の敷地周辺の破砕帯は被告の各調査によっても粘土を挾んでいるところが多いということが明らかにされているが、建設省土木研究所の岩質区分表(<書証番号略>)に従えば、割れ目に粘土を挾んだ地盤は、挾まない地盤に比べて通常一乃至二ランク低く評価されており、本件各原発の敷地の破砕帯部分は地盤として不適であることは明らかである。

③ 破砕帯部分等の弱層の基礎処理は不充分である

破砕帯部分については、その部分が地盤として脆く軟らかいということから、被告の一号炉に関する地質調査報告書においても、充分な基礎処理を行なうことが必要であるとされている(<書証番号略>)。

女川原発一号炉の敷地部分について、基礎処理を行なったか否か、どういう処理を行なったかは分からないが、本件原発の敷地部分のように粘土を挾んだ破砕帯は基礎処理が行ないにくく、効率が悪いとされている。

日本の科学技術は、世界的にも最先端といわれてはいるものの、例えば青函トンネルの工事でも基礎処理によって割れ目を防ぎ切れず、毎分数十トンの塩水が出ているという状況である。

女川原発敷地部分の破砕帯の特質からすれば、仮に基礎処理をやっても極めて不充分にしか行えず、効果は上がっていないと考えられる。

この点について証人緒方は、二号炉の破砕帯の処理について「たぶん破砕帯の表面をコンクリートで置き換え処理をやったんじゃないか」と聞いているとし、地下の部分は「必要ない」から処理を行っていないという趣旨の証言を行っている。そしてまた同証人は、二号炉についてはCL級と評価された部分について「表面を掘削し、コンクリートで置き換え処理がされた」と聞いているとし、他方二号炉のタービン建屋の下に広く分布するCL部分まで置き換え処理をしたかは分からないとも証言している(第四〇回弁論・調書三五頁以下、五八頁)。同証言からすれば、弱層である破砕帯部分の基礎処理は表面のみであり、しかも二号炉の破砕帯やCL級と評価された部分の処理が厳密になされたかは、それ自体判然としていない。

④ 破砕帯等弱層部分の軽視

二号炉の地盤調査においても、破砕帯部分も更にはCLと評価された部分も、支持力の検査は行われていない(緒方正虔証言・第四〇回弁論・調書三九頁表)。

この点二号炉の申請書によれば、原子炉建屋の基礎地盤に破砕帯等の弱層が存在するが、「局所的」なものであるため不同沈下は問題にならないとされている(<書証番号略>)。

しかし、右の「局所的」であるから問題としなくていいという「局所的」の評価の基準はないとのことであり(同証言調書三九頁裏〜四〇頁表)、しかも地下の部分での破砕帯やCL・D級の弱層の存在も全く考慮に入れられていないのである(前述の二号炉の「補正書」のボーリングコアの評価で、地下八五m付近のCL級の評価が消されたのはこの点との関連であるとも考えられる)。

(4) 女川原発の基礎岩盤の支持力の問題点

① 原発の施設は巨大構造物であり、平常時はもちろん、地震時においても地盤が構造物の重さに耐え、物を支え切ることが必要である。その場合、いわば一番地盤の悪い部分に一番荷重のかかる場合でも、地盤が耐えられることが必要条件である。

そうであるならば、女川原発の地盤において一番地盤の悪い部分、すなわち一番軟らかいとされる地点、更には通常の地盤より堅さが一ランクも二ランクも下がるとされる破砕帯部分で、平常時はもちろん短期荷重のかかる地震時の場合でも耐えられるのかが問題とされることになる。

② 女川原発一号炉の地質調査報告書でも、また、二号炉の設置許可申請書、同補正書でも、いずれも右問題への保証は示されていない。

即ち、一号炉の地盤については被告によれば、五〇t/m2とされる原発の荷重に対し七〇〇t/m2以上の支持力があるとされているが、その支持力が極限支持力か許容支持力か、どんな岩質の岩での支持力で、また破砕帯の部分でどの程度の支持力があるかは明確にされていない。

一般に許容支持力は極限支持力の三分の一とされ、また平常時の荷重(長期荷重)に対し、地震時の荷重(短期荷重)は四倍になるとされている。そうであるならば、右七〇〇t/m2が極限支持力の数値であれば許容支持力は約二三三t/m2となり、他方短期荷重は二〇〇t/m2となって極めて接近した数値となる。

しかも、七〇〇t/m2の支持力があるとされてはいるが、支持力の値は岩の種類や硬さのクラスごとに異なっているはずであるにもかかわらずその点が明らかにされていないとともに、更に重要なことには、格段と支持力が落ちるといわれる破砕帯の部分の支持力が明らかにされていないのである。破砕帯の部分は非破砕帯の部分と比べて通常三分の一程度の支持力しかなく、他の原発の敷地では一〇分の一とか一二分の一程度の支持力しかないといデータも存在するのに、女川では破砕帯の支持力は全く明らかにされていない。

また、二号炉に関する調査結果に関しても、一号炉と比べて一応どのクラスの硬さの岩を対象として支持力の調査をしたのかの記載はあるが、調査が行なわれたのは基礎岩盤を構成する岩の内砂岩のCH、CM級のものと、頁岩のCH級のものだけである。

二号炉の地盤部分には頁岩のCM級も少なからぬ割合で存在している(<書証番号略>)。しかし、何故か頁岩についてはCM級の支持力試験は行われていないのである。砂岩のCL級も同様である。また、通常の地盤に比べて支持力が三分の一乃至一二分の一程度落ちるといわれている破砕帯の部分に関しても、調査は全く行なわれていないのである。

従って、同調査結果によれば、砂岩のCM級、頁岩のCH級の岩は一四〇〇t/m2以上の支持力があるとされているものの、頁岩のCM級以下、砂岩のCL級以下、更には格段に支持力が落ちるといわれている破砕帯の部分の調査は全く行なわれておらず、二号炉建設の際も地震時に耐えうる支持力が存するかの証明は行なわれていないことになる。

③ しかも、二号炉の支持力の調査では、砂岩のCH、CM級の岩と、頁岩のCH級の岩のみについて、各級の岩の平均的な部分の支持力調査しか行われていないという点で、同調査結果では支持力が十分であるという証明にはなっていないのである。

二号炉の支持力試験は、各岩の各級の平均的な部分で載荷試験を行ったということである(緒方正虔証言・第四〇回弁論・調書三〇頁以下)。CM級ならCM級を代表していると思われる平均的な箇所を選んで行い、それが二、三ヶ所の場合は平均の値、一ヶ所の場合はその箇所の値をもって支持力の値としたとのことである。そして右方法で二号炉においては砂岩のCH、CM級、頁岩のCH級はいずれも支持力が一四〇〇t/m2以上であると結論づけられている訳であるが、だとすると同数値は砂岩のCM級(頁岩のCH級)の平均的な部分の平均値ということになる。

すると、二号炉の敷地内には砂岩についていえばCL級も存在している訳であるから、CM級という評価を与えられた中にも当然CL級に近い部分が存在していることになり、CM級の中で平均値(一四〇〇トン以上)よりCL級に近い値の部分はCM級の五〇%は存在することになる(平均値は、いわば真ん中の値であるから、その上下は各五〇%ということになる)。このことは頁岩のCH級の部分についても全く同様である。

そうであれば、女川原発二号炉の敷地には申請書にいう一四〇〇t/m2以上という支持力を有していない可能性のある部分が、砂岩のCM級の五〇%部分とCL級以下部分、頁岩のCH級の五〇%部分とCM級以下部分、更には破砕帯部分という範囲で存在していることになる。

しかも二号炉の地盤調査においては、前記のとおり砂岩のCL級、頁岩のCM級の支持力試験は行われていないため、砂岩のCL級、頁岩のCM級の「平均的」な支持力の値が不明である。そのため、右砂岩のCM級の平均以下の五〇%、頁岩のCH級の平均以下の五〇%の部分の支持力の下限は、全く特定できない状態である。

従って右調査では女川原発二号炉の(被告の主張では、一号炉もすぐ近くであるため同じということになる)基礎岩盤の支持力については、十分な支持力が存するかの証明は全くなされていないことが明らかである。

二 活断層の存否の問題

1 活断層の危険性

(1) 活断層の存在と地震

原発の基礎岩盤に断層がある場合、その断層が活断層であれば原発は極めて大きな危険に晒されることになる。

地下の断層が動くとき地震が発生する(<書証番号略>)。地震は断層運動によって起こるという考え方は、現在では広く知られ常識となっている。断層が活断層であるとき、その活断層が再活動したときに、地震が起こるとされている。大きな被害を及ぼす直下型地震は、その土地の地下にある活断層が再活動して起きるものである。直下型地震としては、まだ我々の記憶に新しいところでは、昭和五九年九月一四日の長野県王滝村を中心に大きな被害を出した長野県西部地震があり、また宮城県内でも一九〇〇年と一九六二年に全く同じ場所で起きたとされている二回の宮城県北部地震がある。

原発の敷地の真下や直近にもし活断層があるとしたら、原発は直下地震を受けることになりかねず、考えるだに恐ろしい事態が想定されるのである。

(2) 活断層の定義

活断層とは、地質時代最後(直近)の時代である新生代第四紀の間に動いたことのある断層のことで、これは地質学における慣用的な定義として確立している(新生代第四紀というのは、地質区分上約一七〇万年乃至二〇〇万年前から現在までである)。

従って、一七〇万年乃至二〇〇万年前から現在までの間に動いたかどうかで、活断層かどうかが判断されることになる(<書証番号略>)。

(3) 活断層と死断層の区分

一つの断層が活断層か死断層かを区分するには、右のとおり、新生代第四紀のある時期に活動したか否かによることになる。第四紀のある時期に活動した証拠があれば活断層、逆に断層の最後の活動が第四紀に入る以前、即ち新生代第三紀以前の時期であることが明らかになっていれば死断層、ということになるのである。しかし、実際上は、ある断層が活断層か死断層かを判定することが不可能もしくは著しく困難なことが往々にして存在している。

地質学的な手法で判断する場合、当該土地を構成する各地層の年代を特定し、一つの断層がどの地層を切っているかで、その断層運動の時期を判断していくことが行なわれている。

例えば、一七〇万年前の地層が存在し、断層がその地層を切っていれば、その断層は少なくとも一七〇万年前より以降、即ち第四紀に入ってから以降に活動したものと特定されることになる。そして、更にその場合に、一七〇万年前の地層を切っているがその上に一万年前の地層がありその地層は切っていないとした場合、通常はその断層は一万年前から一七〇万年前の間の時期に活動したものとされる訳である。

尚、その断層が沖積層のような新しい未固結の地層を切断した場合は、切断面が再び結合したような形になることがあるといわれており、沖積層を明確な形で切っていないからといって、必ずしもその断層が沖積層堆積以前(一万一千年前より以前)のものとはいえないといわれている(<書証番号略>)。

右の地質学的な判断をしていく場合、上下の地層の年代が細かく区分されている場合は断層の活動時期を特定しやすく、活断層の判断も行ないやすい。しかし、上下の地層の年代が大きく開き、特に活断層の決め手となる第四紀に入ってからの地層が細かく区分されておらず、あるいは全く存在しない場合には、第四紀に入ってから断層運動があったか否か判定できないことになる。

このような場合は、地下に存在する断層が活断層であるか死断層であるかは不明としかいえないことになる。単に活断層であることを示す証拠がないだけでは死断層といえないことは明らかである。

原発の立地条件を考える場合に、敷地周辺に存在する断層がこのように活断層か死断層か不明のものについて、あたかも活断層でないかのように区分して原発に支障がないかのように説明していくことは、活断層の危険性を軽視するもので、極めて不当であり、誤りであるというべきである。

2 女川原発敷地周辺の断層

(1) 活断層でない証拠はない

女川原発一号炉、二号炉の建設地点及びその周辺に存在する断層について、被告は活断層ではないと断言して原発の建設、運転を行なっている。

先にも触れたとおり、被告の調査によっても一号炉の敷地には四本の破砕帯(断層)、その周辺には二七本の破砕帯(断層)が存在し、二号炉の敷地にも四本、その周辺には九本の断層破砕帯が存在している。

しかし、女川原発一号炉、二号炉いずれの調査においても、右各断層について、現在までのところ活断層であることを示す明確な証拠を備えた断層は発見されていないものの、それらの断層が死断層であることを示す明白な証拠も備えている訳ではなく、活断層であるか否かは不明の状態にある。

女川原発の基礎岩盤は、中生代ジュラ紀後期の萩ノ浜層といわれているが、ジュラ紀の後期は一億六二〇〇万年前から一億四三〇〇万年前の時期であるとされている。その基礎岩盤の上に一号炉の敷地では一万二六〇〇年±七〇〇年(<書証番号略>)、二号炉の敷地では一万六一〇〇年±五六〇年と推定される(<書証番号略>)、いずれも新生代第四紀の洪積世(更新世)末期から沖積世(完新世)にかけての地層がのっている状態である。

被告による地質調査の結果では、女川原発一号炉、二号炉の敷地周辺の断層(破砕帯)は、右基礎岩盤を切っているが、その上の洪積世末期・沖積世の地層を切っていないと報告されている。

しかし、先にも触れたように、上にのっているのが洪積世末期・沖積世の地層のような新しい未固結の地層については、断層がその地層を明確な形で切っていないからといって、必ずしもその断層が洪積層・沖積層堆積以前の活動によるものとはいえないといわれているのである。

しかも、その点は仮に置くとしても、右洪積層・沖積層の年代が一万二六〇〇年±七〇〇年あるいは一万六一〇〇年±五六〇年だとすると、女川原発一号炉、二号炉敷地周辺の断層は一億四三〇〇万年前から一万二六〇〇年±七〇〇年、あるいは一万六一〇〇年±五六〇年の間に動いたということがわかるだけで、その間のいつ動いたかは不明な訳である。

このように、女川原発の敷地周辺の断層については、一号炉の敷地調査においては一万二六〇〇年±七〇〇年前から現在までは活動していないということだけが、また、二号炉の際の敷地調査においても一万六一〇〇年±五六〇年前から現在までは活動していないということだけが判明しているのである。

従って、女川原発一号炉、二号炉敷地周辺の断層が活断層でないと断言できる証拠はなく、それにもかかわらず被告が活動層の存在を否定して原発一号炉を建設運転し、また二号炉の建設を行なっているのは極めて不当といわざるをえないものである。

尚、国では、原発建設に際して問題とすべき活断層として、耐震設計審査指針(現在のものは昭和五六年七月二〇日制定)の中で、活動度で区分して、一万年前以降もしくは五万年前以降に活動したものだけをあげている(<書証番号略>によれば五万年前以降活動の証拠のないものは考慮しなくていいとされている)。

被告も二号炉建設に関しては同指針に従っており、五万年前以降に活動の証拠のない断層は評価の対象外としているようで、同申請書においても、TF―1断層はじめ敷地内の断層は「第四紀後期において活動しなかったものと推定される」として評価の対象外としている(<書証番号略>)。

しかしながら、本来活断層か否かは新生代第四紀の間に動いたことがあるかどうかで判断されており(<書証番号略>)、一七〇万年乃至二〇〇万年前から現在までの活動の有無が検討されるべきものであって、右五万年という数字には全く何の根拠も存在していない。

現に、同指針を定める際何故「五万年」前以降という数字が採用されたのか、現時点では科学技術庁も東京電力も当時の原子力安全委員会の委員らも明確な根拠を示せないと報じられており(<書証番号略>)、同数字に科学的根拠はなく、従って五万年で区切ることは活断層の危険性を過小評価するものである。

しかも、現実の活断層については何万年に一回、更には何十万年に一回活動するものもあるといわれており(<書証番号略>)、証人緒方も、大きい地震では何千年とか数万年くらいに再活動すると最近言われている、と証言している(同人証言・第四〇回弁論・調書四六頁裏、四七頁裏)。実際、福島県の双葉断層のように第三紀以前(六五〇〇万年より前)にできた断層が第四紀に再活動したとされている例もある(<書証番号略>)のである。

従って、被告が活断層か否かの判断の基準としている五万年以降という数字は根拠がなく、少なくとも第四紀(一七〇万年乃至二〇万年前)以降の活動の有無をもって活断層の判断基準とすべきである。この点において被告の調査は極めて不充分なものといわざるをえない。

しかも、女川原発敷地周辺の断層は、右国や被告の基準である五万年前以降に関しても活動したのかしないのか不明なのである。

本来断層の死活を論ずるについて、動いた証拠のある断層だけを取り上げるのは危険であり、第四紀(一七〇万年乃至二〇〇万年前以降)に動かなかった証拠のあるものだけを死断層として評価すべきものである。

活断層の活動は、前記のとおり数千年、数万年、時には数十万年の間を置いて起きるとされている。従って、活動したか否か「分からないもの」を「活断層でない」として評価の対象から除外するのは安全性を無視した考えであり、「分からないもの」は「活断層の可能性があるもの」として評価の対象にしないと危険である。

従って、女川原発敷地内、周辺の断層、例えば前記のTF―1断層は、一万二六〇〇年±七〇〇年前まではともかく、それ以前から一七〇万年乃至二〇〇万年前までの活動は不明なのであるから、当然活断層として評価すべきである。

しかるに被告は、TF―1断層を評価の対象から除外しており、安全性を全く無視して原発建設を押し進める姿勢を露骨に示している。

尚、被告はTF―1断層の断層間物質である石英が三〇万年以前まで変性を受けていないことをもって「活断層でない」ことの一つの証拠としているようである。

しかし、右三〇万年前という数字自体でも前記のとおり「第四紀」の活動の有無を証明するものとしては不十分であり、その存在を前提としても「活断層」でないことにはならない。しかも右石英粒子は、同断層の一部を構成していた物質か、それとも三〇万年前より一万六〇〇〇年までの間に他より流れたり運ばれてきたりした物質かという特定もできていないのであり、そうである以上、同粒子が三〇万年前より変性を受けていないとしても、そのことからTF―1断層が三〇万年前より今日まで活動していなかったとすることは断定できないものである。

(2) 女川原発周辺の海中の断層について

女川原発一号炉、二号炉の周辺の海中に活断層がないのかどうか、このことは女川原発の安全性を考えるにあたり無視できない問題のはずである。

しかし、女川原発一号炉建設に際して、海中の断層の調査が行なわれた形跡がなく、実際に行われないまま建設されてしまった。従って、海中の断層の調査については、二号炉の申請に際してやっと行なわれた訳であるが、その調査の結果、女川原発周辺の海中には活断層と判断される断層が存在することが明らかにされているのである。

即ち、被告の調査の結果、女川原発周辺の海中には一四本の断層が存在するとされているが、そのうち洪積層の地層の一部を切っているF6〜F9の四本の断層の存在が確認されたのである。

F6〜F9の四本は更新統(洪積世)の地層とされるB層の一部(B2層、B1層)に変位もしくは変形を与えていることが認められており(<書証番号略>)、被告自身が二号炉の補正書において「F6〜F9断層の四断層による地層の変形は、B1層上部までに及んでいない。しかし、B層内部の詳細な年代は特定されていないため、これら四断層は、安全評価上その活動が第四紀後期まで及んだ可能性が否定できないものとして評価する」(<書証番号略>)としているのである。

右断層は、新生代第四紀の地層である洪積世の地層を切っている以上、明らかに活断層である。しかも右四つの断層は、国の耐震設計審査指針において問題とすべき断層の基準とされた五万年前という値からしても、五万年前から一万一千年前という洪積世末期に活動した可能性もあることから、活断層である可能性を否定できないとされた訳である。

しかも、海底の断層の調査は音波探査により行われているが、同音波探査は、「横ずれ断層の発見は極めて困難」とされており、また「測線間隔より短い構造」は発見しにくいとされている(<書証番号略>)。そのため、海底にその他にも断層がないかは必ずしも明らかでなく、また右F6〜F9の断層の長さやそれらの断層が陸地部分に延長していないかも、実際のところ断定しがたい状況なのである。

(3) 女川原発に影響を及ぼす可能性のある断層について

女川原発に影響を及ぼすことが考えられる周辺地域の断層については、一号炉のときは陸上海上とも、被告がどの程度調査したのかさえ判然としていない。

女川原発周辺地域には、『日本の活断層』他の文献上だけでも、確実度Ⅲの活断層、即ち、活断層の疑いのあるリニアメントは数多く存在が記載されている。

しかし、断層の中には地表面に全く現われていないものが数多く存在しており、文献に記載されたものの方がごく一部であると考えられる。

地震があった以上、その地下には活断層があることになるのであるが、日本の過去の地震をみても、地表面に断層の現われていない場所を震央とする地震が数多く報告されている。例えば、昭和二年の北丹後地震(<書証番号略>の二枚目、三枚目)、大正三年の秋田仙北地震(同、四枚目)、更には身近なところでは明治三三年と昭和三七年にほぼ同じ場所を震源としておこった二回の宮城県北部地震(同、七枚目)などは地表上には活断層の現われていない場所での地震であったといわれている。また最近では、昭和五九年九月の王滝村を震源とした長野県西部地震も王滝村周辺の地表には断層は認められていなかったのである(同、九枚目)。

地震に伴い地表に現れたことが歴史上記録されている『地震断層』は日本国内では一八四七年の善光寺地震以降のものだけであり、合計でも二一にすぎない(<書証番号略>)。それ以前の時期の古い地震断層も、当然存在したはずであるが、現在は断層の存在すら判明していないものが数多くあると思われる。

このように、地表に現われていない、もしくは現われていても発見されていない活断層は数多く存在している可能性があるし、断層のごく一部分が地表に現われ、その延長は地下に隠れていて見えない断層も数多くあると考えられる。右の宮城県北部地震は、その北方数十キロメートルの岩手県水沢辺りにある活断層の延長が、地下にもぐって同地震の震源にきているのではないかと考えられているのである(その意味では、女川原発の周辺海中にあるとされる活断層は、方向からして女川原発敷地に向いており、その延長が海中において女川原発敷地周辺にもぐって及んでいることも可能性として否定できないのである)。

従って、女川原発周辺地域にそのような地震を引き起こす断層がないとは断言できない訳であるし、その意味からも既に存在が判明している断層・リニアメントについては充分な調査が行なわれる必要があることは当然といえる。

しかし、被告においては、一号炉のときに周辺地域の断層の調査が行なわれたか疑問であるばかりでなく、二号炉のときの調査も充分行なわれたとは考えづらく、調査結果は極めて不充分なものである。

即ち、被告は女川原発周辺地域で陸上三〇キロメートルの範囲内において『日本の活断層』に記載のあった合計七つの確実度Ⅲのリニアメントの調査をしたとしているが、その結果をいずれも差別侵食によるものだと結論づけ(<書証番号略>)、女川原発に対する影響を無視している。

しかし、差別侵食は断層が存在してその断層の両側で岩石の性質が異なっていても当然起こるものであり、差別侵食によるリニアメントだとしても断層ではないという結論には全くならないのであり、被告の姿勢は安全上極めて問題である。

前述のとおり一八四六年以前の地震断層が当然多数存在するはずであるのに判明していないことの理由の一つには、断層の露頭が長い間の侵食で判然としなくなったということがあると思われるが、そのような例が実際にはかなりの数存するものと考えられるのである。

また被告の許可申請書によれば、右調査は空中写真と地表地質調査により行なわれたとされているが、先に述べたとおり、地表調査のみでは断層の有無は判断できないことが充分にありうるのである。被告の右調査は、各リニアメントの調査としては不充分であるし、また、『日本の活断層』に記載のあるものだけの調査で充分とは到底いえないこともまた明らかである。

日本は世界有数の地震国であり、地震が起きた場合、震源地からかなり遠く隔たった地域にまで被害が生じた例が数多く報告されている。

然るに、女川原発一号炉、二号炉の建設にあたり、被告は充分な範囲まで活断層の調査をしたとは到底いえない状態にある。

一号炉のときはどこまで活断層の調査をしたか判然としないが、二号炉のときは敷地から三〇キロメートルの範囲の地質調査を行なったとされている。三〇キロメートル以遠の断層については、『日本の活断層』等の文献に記載されたものを文献調査を主として検討したとされているのみで、実質上何らかの調査が行なわれたとは考えられない。証人緒方も三〇キロ以遠は文献調査であるとしており、その距離は五〇キロメートル程度までと証言している(同人証言・第四〇回弁論・調書四九頁表)。

しかし、距離が離れていても、活断層が長ければ大きな地震を起こす可能性があるとされており、また、過去の地震被害をみれば三〇キロメートルや五〇キロメートルまでだけ調べれば充分とは到底いえないことは明らかである。

アメリカにおいては、長い活断層は大きな地震を引き起こすという観点から、二〇〇マイル(三二〇キロメートル)の地点までの断層を調査の対象としている(<書証番号略>)。

これを女川にあてはめれば、北は盛岡以北、南は東京近辺までを調査の対象とするべきことになる。

従って、断層の調査について被告の調査範囲がいかに不充分なものであるかは明らかである。

三 地震による危険性

1 女川原発敷地周辺の地震発生の危険性

昭和五三年六月一二日、宮城県一帯を強い地震が襲い、死者二七人、負傷者一二二七人、建物全壊六五一戸、同半壊五四五〇戸、道路損壊八一三箇所、山崩れ・崖崩れ五二九箇所という大きな被害をもたらした。マグニチュードは7.4と推定され、震度階は五(六に近い五ともいわれている)とされている地震であるが、強震計で記録された最大加速度値は石巻市開北橋で五〇〇ガル以上(針が振り切れた)を記録した他、震源から一〇〇キロメートル以上離れた仙台でも、地表面で二五〇〜四四〇ガルを記録し、建物内では実に一〇〇〇ガル前後を記録したところがあった(<書証番号略>)。

女川原発は、右地震の際、一号炉もまだ建設運転されておらず、未だ地震の洗礼を受けていない状態である。

しかし、右宮城県沖地震後の同年八月、地震予知連絡会は、女川原発建設地点を含む宮城県、福島県の東部沿岸地帯を地震予知のための特定観測地域として指定した。同措置は、二〇〜三〇年サイドで、マグニチュード七クラスの地震が起きる可能性が他の地域より高いということを念頭において決められたことによるものである(<書証番号略>、生越忠証言・第二八回弁論・調書四一、四二頁以下)。

このように、過去において何回となく大地震に見舞われ、また現在も特定観測地域に指定された地域内の女川に、原子力発電所を建設し運転することは極めて不適当なことである。

過去の地震では、それまでの経験上予測できないような被害が起こり、また、地震の強さについては計算値や推測値を大きく上回る実測値が測定されたというのが実情である。

女川原発の建設地点もいつ如何なる地震に襲われるか分からないのである。原発のもつ危険性を考えた場合、耐震設計はどうなっているのか、山崩れ等の斜面崩壊や地震断層、地割れ等の残留変形に耐えられるのか、津波対策はできているのかなど様々な問題があり、全ての面で万全の対策がとられている必要があるはずであるが、現実には万全とは到底いい難いのが実情である。地震が明日起こるかもしれないという可能性がある中で、原発運転の危険性は極めて大きなものがある。

2 女川原発の耐震設計の問題点

原発の耐震設計については、先にも述べたとおり、一号炉の設置許可申請がなされたずっと後の昭和五三年九月に初めて耐震設計審査指針が制定されており、そもそも一号炉は同指針に基いて建設されていない。

その後に許可申請のなされた二号炉の建設に際しては、右審査指針に一応従った方式はとっている。しかし、例えば、その耐震設計の前提となる過去の地震に関する数値について、新しいデータをもとにした宇佐見カタログの新しいカタログが使われていなかったり、一九三三年三月三日の三陸地震について気象庁では震度五としているのに被告の申請では震度四とされており実測値と計算値に差異が出ても説明がなされていないなど、二号炉の実際の耐震設計が本当に信用できるのか疑問なしとはいえないのが実情である(生越忠証言・第二八回弁論・調書二七頁以下)。

被告は二号炉に関しては、過去の地震のデータを組み込んだ設計用最強地震や設計用限界地震を計算して耐震設計を行っているとしているが、右のとおり過去の地震のデータの取り方に疑問があり、また周辺敷地の断層はもともと考慮しておらず、また周辺海域の断層も長さ等が正確かは疑問のあるとろで、右設計地震の机上の計算が実体を反映しているか疑問である。

しかも、他方、右審査指針の制定される以前の一号炉の耐震設計は、というと数多くの疑問があり、万一地震が起きた場合の危険性が十二分に予想される状態となっている。

一号炉の建設にあたっては、設計上地震による最大加速度が重要だとして、設計用最大加速度として重要施設については二五〇ガル、最重要施設については三七五ガルの地震動を想定して設計建築を行なったとされている。

しかし実際上、女川原発敷地地点の岩盤上の最大加速度が右値を越えることは充分ありうることであり、しかも右一号炉の設計の際、右値の算定根拠とされたデータには今日重大な疑問が呈せられており、右各値は原発の耐震設計の基礎となる値とは到底いえないものである。

一号炉の右値の算定根拠の一つである『河角マップ』については、同マップは一九五一年に発表されたものであるが、その後同マップに示されている最大加速度期待値をはるかに上回る値を記録した地震が数多く出現し、今日では同マップの数値の信用性は存しないとされて、実務上は使われていない状態となっている。

例えば、女川原発敷地に近い石巻市を例にとっても、同マップ二〇〇年期待値で三〇〇〜五〇〇ガルとされている(<書証番号略>)が、昭和五三年の宮城県沖地震で同市開北橋で五〇〇ガル以上(針が振り切れた)を記録している。また、昭和三九年の新潟地震でも、同マップ二〇〇年期待値が一〇〇〜一五〇ガルであった山形県鼠ケ関で岩盤上で三九〇ガルを記録しているのである(生越忠証言・第二七回弁論・調書四五頁以下)。

また、被告は右河角マップを使って前記各設計用最大加速度を求める際に、岩盤上の値と地表面の値との増幅率として2.78倍という数値を用いているが、被告が同数値をはじき出した観測及び解析は極めて小規模の地震のみのデータを基に、しかもデータ処理の仕方も不明瞭なまま行なわれたもので、同数値は全く信用できないものである(同証言・第二八回弁論・調書四頁以下)。

女川原発周辺は表層が薄いところであり、右2.78倍もの増幅が行なわれるとは考えにくい(同じ様な地層の浜岡原発では1.1倍という増幅率を用いているが、その値の方が実際に近い値と考えられる)。

また、被告の算定根拠のもう一つである金井式と呼ばれる計算式は、その後二〇年内の実測値と照らし合わせると、金井式での計算値が実測値よりはるかに小さくなっていることが判明している。また、金井式は遠距離に震源がある場合の誤差が大きいことも判明している(同証言・同調書一八、一九頁)。

従って一号炉の耐震設計の基本となっている最大加速度値二五〇ガル、三七五ガルという数値は極めて低過ぎる値であり、同数値を基に建築、運転されている一号炉の安全性には重大な疑問がある。

女川原発敷地周辺に大規模な地震が起こった場合、岩盤上で一〇〇〇ガル程度の最大加速度が生じることは充分ありうることである。前述の河角マップでも女川原発周辺は二〇〇年期待値で五〇〇〜一〇〇〇ガルの間にあり、安全側で値をとるなら一〇〇〇ガル(地表面)をとるべきことになる。その値は地表面での増幅率を仮に1.1とすると、岩盤上では九一〇ガルという値になるのである。

実際上も、宮城県沖地震では石巻、仙台で地表面で四四〇〜五〇〇ガルが記録され、アメリカのサンフェルナンド地震では岩盤上で一〇三〇ガルが記録されているのである。従って、もし、宮城県沖地震を上回る規模の地震が女川原発を襲ったなら、と考えると、女川原発の安全性が保持できるのか極めて疑わしい状態であるといわざるをえないのである。

3 津波による危険性

女川原発の建設された宮城県東部から岩手県にかけてのいわゆる三陸海岸一帯は、過去何度となく大きな津波に襲われて、甚大な被害を出した地帯である。

明治二九年六月一五日の明治三陸地震では、琉球を除いた日本列島全体、とりわけ北海道から牡鹿半島が津波に襲われたが、中でも三陸地方の綾里では高さ38.2メートルの津波、同じく吉浜では高さ24.4メートル、田老では14.6メートルの津波が押し寄せたと記録されている(<書証番号略>・地二一八頁)。また、昭和八年三月三日の昭和三陸地震でも綾里で28.7メートルの津波を記録している(同地二二二頁)。

そして、まだ多くの県民の記録に残っている昭和三五年五月二四日のチリ地震津波では、三陸沿岸は高さ五〜六メートルの津波に襲われ、女川町周辺も沿岸では多くの家屋が水をかぶり、甚大な被害を出している(同地二二五頁)。

津波の高さは湾の形と津波の方向に左右されるが、湾の奥、海岸近くの浅い所で急に津波が高くなるという例もあり、海岸線に建つ女川原発にとって津波の危険性は無視できないものである。

女川原発の建設地点は海岸線よりわずかに十数メートル高いだけの地点であり、右の様な巨大津波が襲ってきた場合にはその高さは女川原発の敷地の高さを優に越える可能性があり、そのときは、女川原発は津波をかぶって被害を生ずる危険性が充分に予想されるのである。

4 残留変形による危険性

女川原発一号炉、二号炉について地震による被害を考える場合、どうしても避けて通れないのが地震によって基礎岩盤に残留変形が生じた場合どうなるかということである。しかし、被告はこの点については全く検討を行なっておらず、従って、何らの対策も講じられていない(生越忠証言・第二八回弁論・調書三六頁以下)。

前述したように、女川原発の建設地点は、地震に襲われたとき、最悪ないしそれに近い場合には、一〇〇〇ガル程度の最大加速度値が生じることを予想して対策を考えるべき場所である。

この場合、震度階でいうと、最高の震度七の地震になる。また、被告の見解に従って、地表面で五〇〇ガル程度、岩盤上で(一八〇〜)二五〇ガル程度の最大加速度値を想定しても、震度階は地表面では七、岩盤上では六に近い五ないし五と六との境界付近になる。

そして、震度階が六に近い五になると、山崩れや山津波、崖崩れ、溪谷では土石流がしばしば発生し、また、地面には地割れや隆起、陥没、それに断層による段差ずれなどの地盤変形が生じることが少なくない。これらの変形は、元には戻らない塑性変形であり、「残留変形」などと呼ばれるもので、仮に女川原発建設地点における基盤最大加速度値が、被告が採用した設計値である二五〇ガル以下の値に収まったとしても、基礎岩盤に残留変形が生じた場合には原子炉の耐震設計は無意味となり、その場合は原子炉の安全性は全くおぼつかない状態となる。即ち、地震時に原子炉に対して加えられた外力には仮に耐えられたとしても、原子炉設置場所の基礎岩盤に生じた残留変形が原因となって原子炉が危険な状態になる可能性も充分ありうるのである。

外国においては、例えば、アメリカのボドガベイ原発では、岩盤に亀裂が発見されたことから、地震の際残留変形が起きた場合には取り返しがつかないことになるとして建設が中止されており、また、一九八八年一二月に大地震に襲われたソビエト連邦のアルメニアでは、同じ規模の地震が再発した場合の危険性を考え、わずか二ケ月のうちに二基の原発の運転を中止しているのである。

特に、女川原発の基礎岩盤には、前述したように、断層破砕帯が多数発達しており、また、断層破砕帯に沿って岩質が劣化し、ほとんどは粘土が挾まれていることから、地震時には、断層破砕帯に沿って複雑に揺れていろいろな種類の地盤の残留変形が生じる危険性を否定できない。

女川原発周辺の断層破砕帯については、既に説明したとおり、活断層か死断層か明確に断定するだけの資料がないが、これがもし死断層の場合でも、他の地震によってこの断層破砕帯の部分がとりわけ著しく変形するという可能性は多分にあるといわなくてはならない。

地震時において、断層破砕帯の部分が、その周囲の部分に比べて、強くしかも複雑に揺れることは、全国各地の例によって明らかにされており、震度階も、前者では後者に比べて一ランク程度高くなっていることが少なくない。従って、その点からも断層破砕帯の部分が著しく変形する可能性は充分ありうるのである。

この点被告は、地震時に原子力諸施設に対して加えられる外力のみに基づいて耐震設計を施しているだけで、原発の構造物が乗っている基礎岩盤に生じるおそれのある残留変形については、全く考慮していない。女川原発建設地点において、地震時に基礎岩盤に残留変形が生じる可能性がある以上、この点を全く考慮していない耐震設計は、たとえコンピューターを駆使していかに精密に行ったとしても、決して万全のものではなく、文字通り、机上の空論となりかねない危険性をはらんだものといわざるをえないのである。

5 サンドイッチ地盤の危険性

地震による建物の損傷を考えるうえで、もう一つ忘れられてならないのは、建物の建築地盤が不均一な地質である場合の危険性である。

女川原発の敷地は、砂岩と頁岩、砂質頁岩が互い違いとなり、しかも地表面に対して斜めになった、いわゆるサンドイッチ地盤となっている。巨大建築物である女川原発は、一号炉も二号炉も右サンドイッチ地盤という不均質な地盤の上に建築されているのである。

ところで、地盤の地質が不均質な場合、地震による地盤の揺れ方が地質ごとに異なり、そのために地上の建物に通常の震度による被害以上の被害を与えることが知られており、また地質が不均質なために地震波の増幅が行われ、当該土地の震度を増大させることが指摘されている。

実際上も、過去、一九六八年五月一六日の十勝沖地震の際に鉄筋コンクリート造の函館大学の一階がつぶれたという被害や、一九七五年四月二一日の大分地震の際に九重レークサイドホテルが崩壊したという被害は、その原因として、建物が大きくて建物敷地の地盤が同一の地質で構成されておらず揺れ方が異なったことや、地質が不均一であったため地震波の増幅が大きかったことなどがあげられている(<書証番号略>)のである。

従って、不均質なサンドイッチ地盤の上に巨大構造物として建設されている女川原発一号炉、二号炉においても、予想と異なる地盤の揺れが起こりうるものであり、建物損傷の危険性を有しているというべきである。

6 以上のとおり、女川原発の耐震設計は、信頼性が乏しい極めて甘い数値に基づいて行なわれており、また、不均質な地盤の影響や残留変形の可能性も考慮にいれていないなど全く不充分極まりないものである。

他面、女川原発の立地点は従来からの地震多発地帯にあり、新たに地震予知の特定観測地域に指定されるなど、現実に女川原発の耐震設計値を越え、あるいは残留変形をもたらす地震がいつ起こってもおかしくない状態にある。

従って、地震により女川原発が損傷を受け、もしくは破壊されるという危険性は夢物語ではなく、極めて現実的な危険性として存在しているというのが実情である。

第五 女川原発の不必要性

一 被告は、被告準備書面(二三)において、原子力発電の推進の当否は、政策決定の段階で論ずべき問題であり、本件訴訟においては原子力発電所の必要性は、我が国の政策を前提として判断されるべきものであると主張している。

しかし、本件裁判は、手法上の差異はあれ原子力発電のもたらす危険と利益との比較を(意識的あるいは無意識的に)何らかの基準に基づき審査して為される司法上の判断であって、政策上の(行政庁の)判断がどのようなものであろうと、それに左右されるべきものではない。被告の主張は、司法を行政に従わせようとするものであって失当極まりないものである。

二 原子力発電の必要性に関する実質的な被告の主張の概要は、結局のところ、

① 電力需要の増大に見合った供給力の確保

② 環境問題からくる化石燃料の使用の抑制

③ コスト等からみた原子力発電のエネルギー源としての適格性

にまとめることができる。あえて単純化して言えば、「電気が不足する。」「石油はこれ以上使えない。」「今利用可能なのは原子力しかない。」という論理である。

原告らはこの論理のうち「石油はこれ以上使えない」という部分に対しては現時点において異を唱えるつもりはない。

だが、他の二つの論理(以下「需要増大論」「原発適格論」という。)については、以下のとおり反論を加えたい。

三 女川原子力発電所は、すでに主張してきたとおり原告らのみならず周辺住民、ひいては現世代の人類、将来の(原告らの子孫を含めて)人類に対する危険を発生させている。

このような危険に見合うだけの利益を果たして女川原子力発電所が産み出していけるのか否か、「女川原子力発電所の必要性」とはどの程度のものなのかが本訴訟で問われている問題である。

この観点から先の二つの論を批判する。

1 需要増大論について

(1) 人の欲望には限界がない。利便さや快適さが何の制約もなく際限なく追求できるのであればこれにまさるものはないであろう。

しかし、地球環境や南北間、世代間の公平といった観点から、被告も主張するように石油資源等の費消に制約が加えられつつある。(将来地球環境がどのように変化するのか等につき確定的な知見は得られていない。自由経済下では、将来の環境の悪化程度が不確実であればあるほど今現在の開発を増大させるのが合理的な選択とされる。将来どの位の開発ができるかわからなければ、今のうちに開発した方が良いとの功利的判断が為されるからである。従って、自由経済の合理性のみに頼れば、環境破壊はますます悪化するから、将来の見通しが不確実であればある程、人類は新たな環境破壊につながりかねない行為に臆病でなければならないことになる。)それと同様に電力需要をどこまで増大させることが許されるのかが、問われなければなるまい。

電力需要の増大をふせぐ方策には、

ア 物質的な利便さ、快適さの追求の停止。

イ 省エネルギーの促進。

ウ 未利用で棄てられていたエネルギーの有効利用(電力供給構造の改革)

があり、需要の増大は絶対的な前提ではない。

(2) アは、鋭く価値的判断の問われる問題である。危険を生み出してまで追求すべき物質的豊かさの内味は何なのかが問題となる。自己の生死に関わるものであれば他人に多少の危険を与えてもやむを得ないだろうが、テレビ・冷蔵庫の大型化や掃除機のパワーアップのために、危険を発生させることが許されるだろうか。

原告は、原告準備書面(一九)において、一九八九年八月二二日のピーク時電力九六八万七〇〇〇KW以上の発電設備は不要であること、右時点において女川原発一号機五二万四〇〇〇KWを除いても十分な発電設備があるので、女川原発の運転は必要がないことを指摘した。三年後の一九九二年夏のピーク時電力は一〇九七万KW(相原孝志証言(第四一回弁論))となった。<書証番号略>にあるとおり、右時点でも女川原発一号機を除いてなお供給力に不足は生じないが、一九八九年八月時点と一九九二年八月時点で国民生活にどの程度のレベルの向上があったのだろうか。そして、その生活レベルの向上は、これまで指摘した様々の危険を犯してまで達成しなければいけない程、必要性の高いものであったのだろうか。

被告の主張する需要の増大の内味は、大した価値を有しないものであると言わなければならない。

(3) イの省エネルギーの促進、ウのエネルギーの有効利用については誰も反対はしない。政府も重要なエネルギー対策のひとつとして、取り組みを強化しつつある。残るはやる気の問題である。

室田武証言(第四三回弁論)、<書証番号略>で示されているデマンド・サイド・マネジメントによる需要削減への投資、<書証番号略>で示されているエンド・ユース・アプローチによるエネルギー需要に合致した供給体制の変革(火力発電所ではエネルギーの六割以上が廃熱として無駄に捨てられているので、需要側の工場等でコジュネを利用し、冷暖房等低温熱需要は、未利用の廃熱等でまかなうようにする等)によって実際に必要とされる電力需要は大幅に削減しうる。

全国の清掃工場三九七ケ所がゴミ焼却熱で発電をすれば、二五〇万KWの能力があり(<書証番号略>)、東京二三区の緑化をすすめると東京電力管内の電力需要は、一日三六〇〇万KW時(一五〇万KWの発電所一日分)減少するとも言われる(<書証番号略>)。オイルショックの際急速に発達した省エネ技術は、石油需給が緩和されてから関心が薄れてきてしまっているが、<書証番号略>の大蔵省委託研究「エネルギーシステムの新しい展開」のように、省エネにより家庭におけるエネルギー消費は快適な生活を確保しつつ三〜七割も削減されるとの報告もある。

このような検討(そして実現への努力)もなく、電力需要の増大を絶対的前提として原発の必要性を主張することは許されない。

(4) もっとも、これに対し、被告は、需要の増減は、被告が決定できることがらではなく、被告としては供給の独占を認められている代償として供給を果たす責任があるのだと主張するかも知れない。

だが、「電気が売れるので作ります。危険が生じても、電気を作るために我慢して下さい。」という論理は、電気自体の必要性を主張しているのではなく、作る側の利益追求の主張にすぎない。被告の利益追求のためには多少の危険は我慢せよ等というのは全く身勝手な論理である。

原告らは、危険を生じさせてまで電力消費を増加させる必要性がないことを主張しているのであるから、被告は、危険を生じさせても電力消費をふやす必要性があることを主張すべきなのである。

(5) 最後に需要は固定的なものではないことを指摘しなければならない。電力価格が上昇すれば需要は減少する。オイルショックの際に省エネ技術が発達したのも消費を減らすためであった。エネルギー税あるいは環境税という形で環境に対する負荷が正当な形で電力料金に組み入れられた場合、当然需要は減少するだろうし、それが正しい姿である。

2 原発適格論について

(1) 原発には、石油代替エネルギーとしての適格性はない。<書証番号略>で環境庁職員が「『出口のふさがったままの原子力』を温暖化対策のみを理由に拡大することは、問題の解決にさらなる問題をもって当るに等しい」旨述べ、室田武証人が「将来の世代に放射能管理の仕事を強制し、ますます貴重になってくる資源を放射能管理のために回さなければならなくなる」旨証言しているとおりである。原告準備書面(一九)でも触れたが原発を推進することは、クレジットの多重債務者が、借金を返済するために新たな借金をするような愚かな行為と言わなければならない。

(2) 前述したとおり、現状で被告東北電力が女川原発一号炉を停止しても設備上供給不足は生じない。又、ピークカットを促進するための諸方策(各種の需給調整契約の推進、時間別・季節別料金制度の導入、サマータイム制や長期休暇制の実施等)によって、将来的にも供給不足が生じる事態は避けうるし、より根本的には、前述した省エネや未利用エネルギーの有効利用の促進(電力供給独占の見直しを含む供給構造の改革)、そして地球と共存するという新たなライフスタイルの創出によって需給バランスが確保されるべきである。

そのうえで更に付加するならば、平成二年三月時点で東北通産局管内の未開発の一般水力が実質増分で約二五七万KW分もある。しかもそのほとんどは流込み式発電の適地で、ベースロードの電源に最適のものである(<書証番号略>)。原発に多額の資金をつぎこむことをせず、地道な小規模発電による地域振興に取り組むことが時代に合致した方策である。

又、環境への負荷が石油火力発電よりも少なくてすむ天然ガスの利用を増加させていくことも選択肢の一つである。原子力発電を選択するしか道がないという考えは明らかに誤っている。

(3) コスト面からみても、原子力発電を推進すべき有用性は認められない。<書証番号略>で明らかなとおり東北電力における一KWH当りの発電単価の実績値は、水力発電が四円前後で一番安く、原子力発電が一〇円台から一二円台と一番高い。又、室田武証人は、電気料金の算定方式からどの発電方式がいちばん料金にはねかえっているのかを試算しているが、<書証番号略>から明らかに原子力発電が料金の高額化に寄与していることがわかるのである(<書証番号略>の九ページ等の耐用年発電原価では、原子力発電が一番安く、水力発電が一番高いとされているのだが、算定根拠が明らかにされず、実績値からみて全く信用できないものである)。あえて原子力発電を行うメリットは消費者にとって何もないと言うべきである。

安定供給という面からみても、原発は同型炉に欠陥が発見された場合に一斉点検が為される等の不安定要因をかかえており、他の電源と比較して優位性がある訳ではない。

むしろ、技術上の不安定要因がまだ存在していること自体、原発が完成された技術でないことを如実に示している。

(4) 以上、みてきたとおり、「原発適格論」についても女川原発をその危険性に目をつぶってまで必要とする根拠は全く存在しないことが明らかとなった。

他の選択が為されるべきなのであり、女川原発は不要なのである。

四 以上、本件訴訟に必要な限度で女川原発一、二号機の不必要性を明らかにしてきた。さらに加えて原発そのものの社会的な非有用性を述べるとすれば次のような点が挙げられるであろう。

① 原発は石油に代替しうるエネルギー源ではなく、石油の補助なしには成立しない技術であること。しかも現実に発生している事故処理や廃棄物の長期保管に使用されるエネルギーを考慮するとき、原発の推進が石油節約効果をもたらすか否かは全く疑問であること(室田武証言(第四三回弁論)、<書証番号略>)。

② 原発は、低温の蒸気を発生させるために超高温となる核分裂エネルギーを利用するというミスマッチの技術であり、しかも火力発電に比して熱効率が劣り、危険な放射能を生み出すという「退歩」した技術であること(<書証番号略>)。その欠点をカバーするための各種の許認可規制、核物質の管理体制や研究開発への投資といった間接的に必要な社会的コストが膨大であること〔国の原子力関係予算だけでも平成四年度四二五九億円であった。(ちなみに裁判所の予算は約二七七七億円)これを原子力発電コストに組入れるとすれば、KWH当たり二円以上につく〕。

イギリスでは電力民営化にあたって、原子力発電所の不経済性があらわになり、原子力発電所のみが国営で残され、国家の補助を受け運転している状況である(<書証番号略>)。イタリアで一九八六年一一月におこなわれた世論調査では、耐乏生活と原子力開発のどちらかを選ぶかという問いに対し、耐乏生活もいとわないとの答えが六七%に達した(<書証番号略>)。すでにスウェーデン、オーストリア、イタリアは国民投票によって原発の廃止を決定している。世界の流れは着実に大事故の危険と放射性廃棄物を産出する原発から撤退する方向に動き出している。地球環境という人類の成長を限界づける存在は、原子力発電が「持続可能な開発」に合致しない社会的に非有用なシステムであることを人類に認識させつつあるのである。

第六 原子力発電の反公共性・反公益性

原子力発電は人間の生命と健康を破壊し、自然環境を汚染し、処理できない毒廃物の保管を半永久的に人間に負担させるものであって、著しく公共の利害に反し、公益を損なうものである。

一 事故による生命健康の破壊と環境汚染

原子力発電は度重なる事故により、既に数多くの人間の生命と健康を破壊し、また事故によって放出された放射能は現在も日々これを破壊し続けている。

多くの事故のうち、主たる事故であるスリーマイル島事故、セラフィールド(ウインズケール)再処理工場事故、チュルノブイリ事故の被害の内容は前述のとおり恐るべきものであって、再度要約すれば次のとおりである。

スリーマイル島原子力発電所二号炉の事故により、乳児死亡率は周辺地域で三乃至四倍、ペンシルバニア、ニューヨーク州で1.4乃至1.5倍に増加し、成人のガンの死亡率も急増した。

セラフィールド(ウインズケール)核燃料再処理工場の近辺では、イギリス全国に比較して、小児白血病は三乃至一〇倍、小児ガンは2乃至6.5倍に急増した。

チェルノブイリ原子力発電所の事故は一億キュリー(三億キュリーとも推定されている)を超える放射能を放出し、ソ連、ヨーロッパ各国だけでなく、日本を含め世界各地を汚染した。ソ連においては、原発従業員や事故の除染作業者のうち二五〇名が既に死亡したとされ、ガンや白血病の増加や乳幼児の死亡、奇形児の出産は顕著であり、被害は拡大し続けている。白ロシア共和国(現ベラルーシ)、ウクライナ共和国ではとりわけ被害が甚大であり、一〇〇万人の住民の避難が必要とされ、住民はパニック状態に陥った。

ポーランド、西ドイツ、フランス、トルコにおいても、異常出産、死産等が増加し、汚染範囲が広大であることを明白にしている。この事故により、全世界で六〇万乃至一〇〇万人にガンと白血病が発生すると予測されており、人類がかつて経験したことのないほどの惨禍である。

原子力発電は既に再三にわたり、人間の生命と健康を破壊し、自然環境を汚染したのである。

被告等原発推進派はあと何度、事故を経験すれば安全神話を撤回するのであろうか。

二 毒廃物の処分不可能性及び毒廃物による環境汚染

1 大量に生み出される毒廃物

原子力発電によって必然的に発生する放射性廃物の多くは発電所施設内に貯蔵される。

液状、汚泥状のものはドラム缶に入れる前にタンクに貯蔵される(<書証番号略>)。使用済イオン交換樹脂、フィルタースラッジ、蒸発濃縮廃液などは吸水材、固化材と混合して、雑固体廃棄物は圧縮してドラム缶に詰められ、敷地内の固体廃棄物貯蔵所に貯蔵される(<書証番号略>)。

使用済燃料は原子炉建家内の使用済燃料貯蔵プール(<書証番号略>)に貯蔵される。

そして、事故もしくは寿命によって運転を終了した原子炉は、巨大な廃物として残存する。

2 固体廃棄物

原発の稼働によって生み出される固体廃棄物の量は莫大であって、女川炉一基のみでも、昭和五八年以降のドラム缶(二〇〇l容量)発生量は増加の一途をたどり、平成二年には二、一三六本も発生するところとなり、平成元年より、焼却等による減容を毎年一、五〇〇本近く行ったにもかかわらず、平成二年までのドラム缶累積保管量は、七、二五二本に達している。女川原発の固体廃棄物の貯蔵能力は、ドラム缶一五、〇〇〇本であるから(<書証番号略>、七頁)(<書証番号略>、八―一〇(5)頁)、同じペースでドラム缶が発生すると仮定しても、あと数年で満杯となるのである(<書証番号略>)。

そして、日本全体での総量は平成二年で約四七万本となっている(<書証番号略>)。

この固体廃棄物は、毒性が強くかつ半減期の長いストロンチウム90、セシウム137、コバルト60等の放射性物質を大量に有している危険極まりない毒廃物である。

この莫大な量の固体廃棄物は、「固体廃棄物貯蔵所において適切に貯蔵、保管する」[被告準備書面(六)]とされるだけであって、最終的に処分する方法は示され得ていないから、原発敷地内に置かれたままである。

アメリカでは合計六ケ所の最終処理施設があるが、そのうちウエストバレー及びマキシーフラッツでは雨水がトレンチに浸入し、放射性核種が土中や地下水から検出されたため閉鎖され、既に処分容量に達した施設を含め、計三ケ所が閉鎖されている(<書証番号略>)。

日本では、青森県六ケ所村にドラム缶(低レベル放射性廃棄物)の処分施設が建設され、一九九二年一二月より操業を開始しているが、同所は水が豊富であって地下水位が浅く、しかも砂地であって、処分地としては明らかに不適地であるとされており、確実な見通しは立っていない(槌田証人、昭和六三年九月二〇日尋問調書四六丁裏以下)。

3 毒廃物貯蔵に関連して発生した事故

原子力発電所において液状、汚泥状の毒廃物はタンクに貯蔵される。女川炉の場合も同様であって、例えば汚泥状のもの、イオン交換樹脂の粉末状のものは復水浄化系沈降分離槽に貯蔵される。

① 敦賀原発では一九八一年三月七日、フィルタースラッジ貯蔵タンクの溢水事故が発生し、高放射能のスラッジが一般排水路から敦賀湾に流れ出して環境を汚染した。この貯蔵タンク室は高度の放射能汚染により立入不可能となり、除染されないまま閉鎖された(<書証番号略>)。

② ハンフォード原子力施設(アメリカ)は軍事用再処理によって発生した高レベルの放射性廃液を貯蔵していたが、一九七四年までに一八回の廃液流出事故が発生した。このうち一九七三年に発生したT一〇六タンクの事故は、約四〇〇立方メートルの廃液が洩れ、セシウム137が四万キュリー、ストロンチウム90が一万四〇〇〇キュリー放出された。

③ サバンナリバー(アメリカ)の貯蔵施設では八つのタンクに亀裂が生じ、四〇〇lの高レベル廃液が土壤を汚染した。

④ キシュテム(ソビエト)の廃棄物貯蔵施設では一九五七年九月に廃棄物中のプルトニウムによる爆発事故が発生し、死者数百人、約一〇〇〇km2の地域が無人化する惨事になったといわれている。

4 使用済燃料

(1) 使用済燃料の内容は、ウラン235の核分裂生成物であるクリプトン85、キセノン135、ストロンチウム90、セシウム137、ヨウ素131、ウラン238から生じたプロトニウム239等であり、最大の危険毒物のかたまりである。

使用済燃料は原子炉から取り出された後、貯蔵プールで冷却されるが、一八〇日冷却後でもウラン一t当り四七〇万キュリー前後の放射能が存在しており、一九九五年にはウラン一万四七〇〇tの使用済燃料が累積されると予測されている。その放射能の量は正しく天文学的数量である。

しかも半減期の長い核種が含まれているため、何千年も何万年も安全に保管し続けなければならないのである。

(2) 被告は使用済燃料を動燃事業団又は海外において再処理を行うとしている(<書証番号略>)が、何ら確実な根拠のない見通しである。

動燃事業団の東海再処理工場は使用済燃料発生量に対して問題にならない程度の処理能力しかなく(<書証番号略>)、しかも事故続発でまともに稼働していない。

再処理工場は技術的に未だ不完全であり、平常運転時でさえ多量の放射性物質を放出し、事故が発生すればその被害は原子力発電所と比較にならないのである[詳細は準備書面(五)]。

また再処理は採算が合わない(t当りの利益が三〇〇〇万円であるのに対し、費用は二億八〇〇〇万円)(槌田証人、昭和六三年九月二〇日尋問調書三九丁裏以下)だけでなく、再処理によって生み出される高レベルの放射性廃棄物の処理が極めて困難である(後記(3))ことから、世界的な状況としては中止する方向となっている。

商業用再処理工場として運転中の東海、センラフィールド(イギリス)、ラ・アーグ(フランス)はいずれも事故が頻発してまともに稼働しておらず[詳細は準備書面(五)]、アメリカ(<書証番号略>)、ベルギーの再処理工場は運転を停止し、あるいは閉鎖されている。

このような現状において、一九九六年に約九五〇t/年、二〇〇一年に一、一二〇t/年と予測される国内の再処理需要を満足させることが不可能であることは明白である。

(3) 再処理したからといって放射能の総量が減る訳ではない。

再処理によって極めて高いレベルの廃棄物が発生する。被告はその処分について口を閉ざして何も言わない。

高レベル廃棄物は安全な処理処分の方法がない。これを固化し、隔離することが検討されているが、固化の方法についてガラス固化、合成岩石固化等が検討されたものの、研究段階で多くの欠点が指摘され、隔離する方法がない(<書証番号略>)。

そのため再処理によって生み出された高レベル廃棄物は行き場がなく、取りあえずタンクに貯蔵するという危険な状態のまま放置するしかないのである(槌田証人、昭和六三年九月二〇日尋問調書四二丁表)。被告が再処理を行うと言ってみたところで、それは不可能であり、使用済燃料の一部を再処理のために海外へ持っていったとしても、再処理によって発生した高レベル廃棄物を持ち帰らざるを得ず、これを安全に管理処分する方法はないのであって、原発施設内もしくは六ケ所村に危険な状態のまま放置することとなるのである。

(4) 廃炉

女川炉の寿命は三〇年とされている。使用不能となった原子炉は最後の放射性毒廃物である。

この処分法には、密閉管理、遮蔽隔離、解体撤去の三法があるが、アメリカ、西ドイツ、フランス、イギリス、日本の廃炉となった原子炉のうち、解体撤去中のものは電気出力一〇万KW以下の小型炉であって、同二〇万KW以上の炉は全て密閉管理されている(女川炉は五二万四千KW。なお小型炉では多くは密閉管理もしくは遮蔽隔離方式である)。女川炉のような大型炉は密閉管理されているのである。大型炉の解体撤去は実例がないだけでなく、解体技術、特に解体に伴う放射能の飛散を防ぐ技術が未確立であり、労働者被曝問題も解決されていない。

解体撤去のための膨大な費用(<書証番号略>)を別にしても、女川炉は密閉され発電所周辺は半永久的に放射性毒廃物に脅かされ続けるのである。

被告が期待するとおり技術が飛躍的に進歩し、大型炉の解体撤去が可能となったとしても、撤去によって発生する膨大な放射性毒廃物(一二〇万KW級PWRの場合、放射性毒廃物一万四〇〇〇t、放射能量四〇〇〜二〇〇〇万キュリー)はどこに持っていくのか、最終処分方法も最終処分地もないのである。

三 原発による人類の生命と健康の破壊

1 放射線は、生物体の細胞を構成する原子、分子を電離、励起させることによって、生物体に各種の障害を生ぜしめる。

人体に対しては身体的障害と遺伝的障害を与える。身体的障害は被曝後短時間で現れる急性障害と数十年に渡って現れる晩発性障害とに分けられるが、いずれも中枢神経、骨髄、消化管等に重大な障害を与え、生命機能を大きく損なわせ、死に至らしめる。遺伝的障害は放射線による遺伝子突然変異や染色体異常の発生によって、死産、流産、幼児期致死、奇形、機能障害、不妊、精神異常等の障害を発生させる(詳細は前記第二の一)。

2 原子力発電所と再処理工場は既に度重なる事故により、死亡を含む急性障害を発生させ、多くの人間の生命と健康を破壊した(詳細は前記第二の三)。

さらに事故時に大量に放出された放射能は環境を汚染し、地球上の人工放射能量を増加させ、その影響は半減期が長いため極めて長期に及び、長期間、人間に晩発性障害と遺伝的障害を与え続ける。

また原発によって大量に生産される放射性毒廃物は処理処分が不可能であって、地球上に蓄積され、その量は年々増加する一方である(詳細は前記第六の二)。

原発と再処理工場の平常運転によって日々放出される人工放射能は地球上の人工放射能の量を確実に増大させ続ける。

3 これらの人工放射能の影響にしきい値はない。たとえ微量の放射線量でもそれに対応した多くの細胞を損傷し、ガン、白血病等の晩発性障害や遺伝的障害を発生させる。放射線量が低いということはこれらの障害が発生しないということではなく、発生する確率が線量に応じて少ないということにすぎない。

従って、原発による放射線量の増大はこれらの障害の発生数を増大させる。低線量放射線によって人間に白血病やガンが発生することは実証されているし、人工放射性核種のうち、ストロンチウム90、ヨウ素131、セシウム137、プルトニウム239等は人体に容易に取り込まれ、骨組織や甲状腺等に蓄積・濃縮され、あるいは長寿命で長期間人体に影響を与え続けることが知られている(詳細は前記第二の二)。

原発による人間の生命と健康の破壊は、事故時には目に見える形で、平常時には目に見えないが確実に、為されている。

4 人工放射能の発生源は原発だけではない。

広島、長崎の原爆投下により大量の死の灰がまかれ、アメリカ、ソビエト等核保有国の核実験は一八〇〇回に及び、医療用放射線は広範囲に使用されている。

広島、長崎の原爆における放射線量の再評価と放射線障害に関する研究は、低線量放射線の人体に対する影響が予想以上に大きくかつ長期的であること、線量のしきい値は存在しないことを明らかにした(詳細は前記第二の二、2)。核実験により大気中に放出された放射能は、胎児・乳幼児の死亡率と小児白血病、小児ガンによる死亡率及び母体死亡率を増加させ、全年齢層における呼吸器疾患死亡を増加させたことが知られている。

医療用放射線による患者、放射線取扱者に対する被曝障害は多くの研究により明白であり、不要不急のX線検査を避ける措置や、検査に使用する放射線量を低減化する研究が為されていることは周知のところである(詳細は準備書面(四)二三〜三八頁)。

5 既に地球上には原爆や核実験によって人工放射能が放出され、原発や再処理工場における事故と平常運転によってさらにその量は増大し、蓄積されている。

今後も原発が稼働し続けるならば、その量はますます増大し、地球上に蓄積されて、ほとんど半永久的に人間に晩発性障害や遺伝的障害を与え続ける。

とりわけ憂慮されるのは、人間集団に対する遺伝的障害の蓄積であって、放射線による遺伝子突然変異が集団に蓄積され、拡大しつつ幾世代も保存されれば、我々の子孫は取り返しのつかない生物的負担に苦しまざるを得ない。

原発による環境の放射能汚染、人間の生命と健康に対する侵害は、広範囲であり、重大であり、長期的であって恐るべきものであることが明らかである。

6(1) 原発による生命と健康の危険に真先に曝されているのが、原発内部で働く労働者である。

原発の日常的な保守、点検、補修、定期検査、中小事故、故障の修理などは、生身の労働者(そのほとんどが下請労働者)が原発内に入って行う。

その作業環境は、放射能に汚染された原発内部であり、作業対象物は放射能で汚染された配管、バルブ等であり、しかも作業内容によって放射能のチリをさらに周囲にまき散らすものである。

そのため労働者は必然的に被曝を受けるが、その量はとりわけ原子炉付近や廃棄物処理施設における作業の場合、あるいは定期検査の場合に多い。

(2) 労働省(富岡労働基準監督署)は一九九一年一二月二六日、東京電力福島第一原発において約一一ケ月間配管工事等に従事し、慢性骨髄性白血病で死亡した労働者(死亡時三一才)について、作業中の放射線被曝が原因であると判断して労災と認定した。この認定は労働省において、労災申請から約三年間、放射線医学の専門家等から意見を聴取し、慎重に検討した結果である。

さらに、中部電力浜岡原発において約九年間、定期点検作業等に従事し、慢性骨髄性白血病で死亡した労働者(死亡時二九才)の遺族、関西電力大飯原発、高浜原発、九州電力玄海原発で作業していた労働者二名(内一名は急性骨髄性白血病で死亡)の遺族等が、それぞれ労災認定の申請をしている(以上<書証番号略>)。

これらの労働者はいずれも三〇才前後の人生の盛りの時期に、不治の病である骨髄性白血病で死亡したのであって、その痛ましさは筆舌に尽くし難い。

(3) しかし、原発労働者の被曝による死亡は従前から指摘されていた事実であって、これらの労災申請は、まさしく氷山の一角にすぎない。

日本の原発における労働者集団被曝線量は、一九七〇年から八八年までの間において合計一五万五四四七人レム(<書証番号略>)、八九年から九一年までの間において合計二万二七一九人レム(<書証番号略>)であるから総計一七万八一六六人レムである。

一九九〇年のICRP勧告「致死的がん患者」発生のリスク係数は一万人レム当たり五人である(これは控え目な係数である)(<書証番号略>)から、日本の原発労働者のうち、既に八九人の「致死的がん患者」が発生していると判断するのが妥当である。

前記の労働者の悲惨な実例は氷山の一角であって、今後も続々と報告される(もしくは隠し続けられる)のは確実であると判断すべきであろう。

(4) 原発労働は被曝が例外ではなく原則(必然)なのであり、労働者被曝は、当該労働者に対して、ガン、白血病等の晩発性障害を発生させるが、長期的に見て恐るべきことは、人類に対する累積総被曝線量を増大させることによって遺伝的障害発生の危険性を確実に増加させていることである。

四 結論

以上のとおり、原子力発電は人類(我々とその子孫)の生命と健康を破壊し、自然環境を著しく汚染し、処理不能の放射性毒物の保管を半永久的に子孫に義務付けるものであるから、明らかに公共の利益を損なうものであって、その程度は極めて大きいものである。

これほど迄に公共の利益に反する原発の稼働が利益衡量論によって許されるのは、電気エネルギー無しでは人類の生存が不可能であり、かつ、原子力発電による以外に電気エネルギーを生み出すことができないという二条件がある場合のみに限られることは明白ではないだろうか。

人間が健康に生存する権利、生命と幸福追求に対する基本的人権を根底から侵害する原発は、憲法一三条、二五条により、我々の有する人格権、環境権により、差し止められるべきであり、これは、財産権(営業の自由)が公共の福祉に適合する範囲に限定されるとの憲法二九条の趣旨を考えれば当然に導かれる結論である。

別紙被告最終準備書面

第一分冊

第一章 本件訴えの不適法性

はじめに

原告らは、「女川原発が建設されてその操業が行われるならば、後記のような人体に対する重大な放射能の被害を受ける極度の危険性にさらされかつ放射能汚染により原告らの居住環境を侵害されるものであるから、前記人格権および環境権に基づく妨害予防請求として」本件原子力発電所の建設及び運転をしてはならない旨請求している(訴状二頁)。

しかし、原告らのこの差止請求は、以下に述べるように却下を免れないものである。

第一 権利保護の要件の欠缺

1 原告らは、「人格権、環境権に基づく妨害予防請求の実体的要件は、人格権、環境権に対する違法な侵害の可能性が大であること(相当程度の高度な蓋然性と具体性があること)であり、権利保護の要件は、その旨の主張がなされていることである」と主張している(原告準備書面一・二丁表)。

しかし、本件訴えは、本件原子力発電所の建設及び運転をしてはならないという「不作為を求める訴え」であり、右のような「不作為を求める訴え」は、理論的には、「現在の侵害に基づく請求」としてこれをとらえる余地はなく、将来発生することあるべき侵害に基づく給付の訴えとして構成されるところ(岩松三郎・兼子一編「法律実務講座」民事訴訟編第二巻三八頁参照)、このような趣旨の「給付の訴え」には、これに特有の権利保護の要件が存するのである。

2 すなわち、人格権・環境権に基づく妨害予防請求権の権利保護の要件は、単に、人格権・環境権に対する違法な侵害の可能性が大である旨の主張がなされているだけでは足りず、将来における右の侵害の可能性とその違法性を現在において一義的に明確に認定することができ、かつ妨害予防請求権の成否及びその内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来における事情の変動について、請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ執行を阻止しうるという負担を債務者に課しても格別不当といえないものであることを要すると解すべきであるから、右の点の主張と立証がない限り、本件訴えは、権利保護の要件に欠けるものとして却下を免れないものである(最高裁昭和五六年一二月一六日判決・判例時報一〇二五号五四頁<大阪国際空港事件上告審判決>参照)。

なお、「将来の給付の訴え」の権利保護の利益につき、「予め請求をなす必要の存する限り、その履行が反対給付・先給付にかかる請求権であっても差支ないし、その発生が条件にかかる場合であっても、現在において既にその基礎たる関係が存在し、その内容が明確であるならば、将来の給付の訴えで主張せしめて差支ない。これに対し、発生が未必的とみられるものについては、これを認める必要はない」とする学説(三ケ月章著「民事訴訟法研究第一巻」二七頁)も右と同趣旨と解される。

また、本件のごとき「不作為を求める訴え」の権利保護の利益について、「この訴えは違反の状態が惹起されたとの一事で足りず、将来の侵害のおそれが尚存することを要すると解すべきである」との学説(前掲「民事訴訟法研究第一巻」二七頁、「民事法学辞典」上巻四九四頁新堂幸司執筆部分)もまったく同じ趣旨であると解される。

3 しかして、原告らはその主張する妨害予防請求権を基礎づける事実として、「人体に対する重大な放射能の被害を受ける極度の危険性にさらされかつ放射能汚染により原告らの居住環境を侵害される」ということを主張している(訴状二頁)が、その主張する「被害を受ける極度の危険性」あるいは「住居環境の侵害」が将来において生ずる可能性があるといえるか否か、仮にその可能性を抽象的に想定し得るとしても、原告らの主張する「人格権」あるいは「環境権」なるものが将来において現実に侵害される結果が発生するか否か、仮に発生したとしても侵害がどの程度であり、また、その侵害行為につき違法性があるといえるか否か等については、流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右されるなど、まさに、前記学説にいうきわめて「未必的」な事態というべきであり、妨害予防請求権の成否をあらかじめ一義的に明確に認定することができないものである。また、仮に差止請求が認容されるとすれば、事情の変動により差止の根拠が失われたときに、右の事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえて、その負担を債務者に課することとなるが、そのようなことが妥当性のないものであることは明らかである。右のように原告らの主張は訴訟要件に関する法令の解釈を誤ったものであり失当といわざるを得ない。

ちなみに、我が国において現在運転中の原子力発電所についてみても、原告らの主張するようないわゆる「人格権」及び「環境権」なるものを侵害したとする事例はまったく存在せず、その侵害の可能性をいう原告らの主張は、「未必性」にも至らない漠たる主張という他ない。

しかも、本件訴訟における原告らの主張は、諸外国で発生した事故例等を引用して、本件原子力発電所の危険性についての一般的・抽象的な危惧を述べているにすぎないものであり、本件原子力発電所のどこにどのような欠陥があるから危険であるというような具体的な本件原子力発電所の将来の危険性に関する主張は一切ないのである。

したがって、原告らの主張する妨害予防請求権に基づく本件差止の訴えは、右権利発生の基礎をなす事実をあらかじめ一義的に確定できないものとして、権利保護の要件を欠くものといわざるを得ない。

第二 人格権・環境権と権利保護の資格の欠缺

原告らは、人格権・環境権を根拠として、本件原子力発電所の建設及び運転差止を求めている。しかし、民事訴訟は、客観的な法規を前提として、当事者間の法律上の紛争を具体的、個別的に解決する制度であるから、審判の対象となる請求は、現行の実定法上是認しうる特定の具体的な権利または法律関係の存否の主張でなければならない。これを給付訴訟についていえば、審判の対象となる請求は、実定法上認められた一定の給付請求権の存在の主張であることを要する。したがって、現行の実定法上認められない給付請求権を主張する請求は、審判の対象たる資格を欠き、不適法なものといわなければならない。

しかして、原告らの主張する人格権・環境権は、次のとおりいずれも実定法上まったくその根拠を欠くものである。

一 人格権について

原告らは、人格権が憲法第一三条、第二五条、民法第七〇九条、第七一〇条から導かれるものであると主張する。

しかし、憲法第一三条は、基本的人権保障の理念的な前提である個人主義の原理を宣言し、国が国民の権利に対して最大限の尊重を払うべきことを規定したものであり、また、憲法第二五条第一項は、国において、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきことをその責務として宣言したものであって、いずれも綱領的規定であると解されている。したがって、これらの規定自体は、個々の国民に、国に対する具体的な内容の請求権を付与したものではないというべきであるとともに、国以外のものに対する私法上のなんらかの具体的な請求権を直接定めたものではないといわざるを得ない。

さらに、民法第七〇九条、第七一〇条は不法行為に基づく損害賠償請求権の規定であって、原告らの主張するがごとき、排他性を伴った物権類似の権利としての人格権を定めたものではない。ほかに、原告らのいうような私法上の権利としての人格権を認めた規定は、制定法上見出しえない。

特に、原告らの主張する人格権は、排他的、絶対性を備えた物権類似の強力な権利であるから、法的安定の要請の見地からみても実定法上の根拠を有することが不可欠であり、しかも、他人の権利ないし自由を制限しうるべきその行使要件と、それが許容される場合の効果が明確となっており、かつ限定されていることが必要である。

しかるに、原告らの主張する人格権の内容は、抽象的・一般的な内容のものであり、到底私法上の具体的権利の内容たり得るような明確性を有するものとはいい得ないのである。

ところで、人間の生命・身体・精神的自由等の人格的利益が、人間の存在そのものにかかわるものとして最大限度尊重されるべきものであることは、もとより当然のことである。

しかし、問題は、そのような人格的利益が法的保護に値するかどうかということではなく、それらの利益について私法上の権利としてどのような権利を構成するか、私法上の権利として構成したものに、どのような要件の下にどのような法律上の保護を与えるか、特に、これらの利益がどのようにいかなる程度に侵害された場合に、被害者から加害者に対していかなる救済を求め得ることとするかということであって、これらはすべて実定法の定めるところによって決せられるのであり、立法による定めがない現況においては、原告らの主張する人格権が直ちに私権の対象となりうるだけの明確かつ強固な内容及び範囲をもったものであるとはいえない。

したがって、人格権なるものは、実定法上是認し得る具体的な権利とはいえないものである。

なお、原告らは、人格権に基づく妨害排除及び妨害予防請求権が私法上の差止請求の根拠となりうることは、既に裁判上確立されていると主張する(原告準備書面一・二丁裏〜三丁表)。

しかし、前記最高裁判決においては、人格権等についての判断を示さなかったものの、同判決において、環裁判官は反対意見として「人格権ないし環境権という私権を承認し、その権能に基づいて被上告人らの差止請求を容認する見解には、法的安定の要請の見地から今直ちに賛同することはできない」(判例時報一〇二五号六〇頁)と述べ、同じく団藤裁判官は反対意見として「差止請求の根拠となる『人格権』といったものをどこまで権利として、ことに排他的な権利として構成することができるかは、きわめて困難な問題である」(判例時報一〇二五号五七頁)と述べている。

さらに、いわゆる厚木基地事件についての東京高裁昭和六一年四月九日判決(判例時報一一九二号二八頁)は、「包括的権利としてのいわる人格権も、その内容、権利としての枠組みや外延、これが私法秩序の中に占める位置等も明確さを欠き、その権利としての資格にはなお疑問の余地がある」と判示している。

右各判決等からみても人格権が妨害排除及び妨害予防請求権を伴う権利として裁判上確立されているとはいえないことが明らかである。

なお、判決の中には人格権なる概念を論じたものもあるが、いずれも抽象的・包括的な権利として人格権を認めたものではない。例えば、原告が例示的に挙げている大阪高裁昭和五〇年一一月二七日判決(判例時報七九七号三六頁<大阪国際空港事件控訴審判決>)は、侵害行為の態様、程度、継続性、被侵害利益の性質・内容、公法上の規制・指導基準等の諸般の事情を事案に即して具体的に比較衡量し、被侵害利益の受忍限度を超える場合にここから帰納的に人格権概念を構成して、これをもって差止の根拠としているのである。

したがって、本件原告らのように「生命、健康および快適な生活に対する違法な侵害を受けることなく生存する権利を有している」と主張するだけでは、本件差止請求を基礎づける権利の主張としては甚だしく不十分であり、かかる抽象的な人格権なるものをもって直ちに排他的効力を有する私法上の権利とすることは、法的安定性を著しく損なわしめるものであって、許されないといわなければならない。

二 環境権について

原告らは、環境権が憲法第一三条、第二五条から導かれるものであると主張する。

しかし、原告らの主張するいわゆる環境権が、実定法の根拠を欠くばかりでなく、その内容が全く不明確であることは、人格権について述べたところと基本的に同様である。

すなわち、憲法第一三条、第二五条が環境権の根拠となりうるものでないことは、人格権について、右一に述べたところと同様であるし、その他に原告らのいうような私法上の権利としての環境権を認めた規定は制定法上見出しえない。

環境は、それ自体不確定、かつ流動的なものというべく、また、それは現にある状態を指すものか、それともあるべき状態を指すものか、さらに、その認識及び評価において住民個々に差異があるのが普通であり、これを普遍的に一定の質をもったものとして、地域住民が共通の内容の排他的支配権を共有すると考えることは困難である。

また、裁判例をみても、裁判所は、一貫して環境権の私権性を否定してきている。前記厚木基地事件についての東京高裁判決のほか、例えば、大阪高裁平成四年二月二〇日判決(判例時報一四一五号二九頁<国道四三号事件控訴審判決>)は、

「環境権なる権利については、実定法上の根拠が認め難いうえ、その成立要件及び内容等も極めて不明確であり、これを私法上の権利として承認することは、法的安定性を害することになり、許容できないというべきである」と判示し、環境権が私権としての実態を備えていないことを指摘してこれを否定している(同趣旨のものとして、大阪地裁昭和四九年二月二七日判決・判例時報七二九号六四頁<大阪国際空港事件一審判決>、那覇地裁昭和五四年三月二九日判決・判例時報九二八号二六頁、札幌地裁昭和五五年一〇月一四日判決・判例時報九八八号一三二頁、名古屋高裁昭和六〇年四月一二日判決・判例時報一一五〇号五三頁、東京高裁昭和六二年七月一五日判決・判例時報一二四五号一〇頁、大津地裁平成元年三月八日判決・判例時報一三〇七号九二頁等多数)。

したがって、環境権なるものも、人格権と同様、実定法上是認し得る具体的な権利とはいえないものである。

第三 結論

よって、人格権・環境権を根拠とする本件差止請求は、権利保護の資格を欠くものといわざるを得ない。

第二章 立証責任

はじめに

原告らは、立証責任に関して、本件差止訴訟における証明のテーマは原子力発電所の危険性ではなく安全性であって、原告らが主張立証すべき内容は、本件原子力発電所の稼働による原告らの人格権、環境権に対する抽象的危険の存在であり、排出された放射性物質が原告らの個々の生命、身体に対して、また原告らの享受している良好な環境に対してどのような具体的な被害をもたらすかまで立証すべき必要性はないとして、立証責任の一部転換が認められるべき旨主張している(原告準備書面六・二丁裏〜三丁表)。

そこで、本章では、原告らの右主張が何ら理由のないものであり、本件における「原子力発電所の危険性」あるいは原告らの人格権・環境権に対する「被害発生のおそれ」については原告らに主張・立証責任があることを明らかにする。

第一 被告の主張

1 原告らには、訴状記載の請求原因事実、すなわち「原子力発電所の危険性」あるいは原告らの人格権・環境権に対する「被害発生のおそれ」について、主張・立証責任があることは、民事訴訟の原則からみて明らかである。

しかも、右の「危険性」あるいは「被害発生のおそれ」については、一般的・抽象的な立証では足りず、具体的に特定して主張・立証する必要があるとされており、そのことは後述札幌地裁昭和五五年一〇月一四日判決(判例時報九八八号一三四頁)の他、大津地裁平成元年三月八日判決(判例時報一三〇七号九四頁)が「立証責任の修正の主張について判断するに、人格権に基づく差止における差止を求められた行為と被害との因果関係の立証責任は不法行為と同様に被害を受け差止を求める側にあると解すべき」、「…将来の侵害を理由とする差止については、受忍限度を越えた侵害の発生が高度の蓋然性をもって立証できたときに、認められるものと解するのが、相当である」と判示するなど多数の裁判例で認められているところである。

さらに、本件はいわゆる差止訴訟であり、かつ差止を求める対象は公共の利益に深く関わる電気供給施設であるから、本件における「危険性」あるいは「被害発生のおそれ」は、高度の蓋然性をもって存在しなければならないことはもとより、直ちに差止を要する程のひっ迫性がなければならない、というべきである。

最高裁昭和五〇年一〇月二四日判決(判例時報七九二号四頁<東大病院ルンバール事件判決>)は、

「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑を差し挾まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである」と判示しているが、右最高裁判決においては、証明の程度としては、あくまでも特定の事実と特定の結果との間に通常人が疑を差し挾まない程度に真実性の確信を持ち得るだけの高度の蓋然性が存在することを要求しているのであり、因果関係の存在を、間接事実の積み重ねにより経験則に照らして証明する場合においても、決して証明度を緩和しているものではない(最高裁判所判例解説民事編昭和五〇年度四七六頁等)のである。

2 本件において、本件原子力発電所の運転により、原告らに「被害発生のおそれ(蓋然性)」があるというためには、①本件原子力発電所の構造または運転管理面での瑕疵の特定、②その瑕疵から事故に至るメカニズム、③発生する事故の程度、④その事故によって原告らの受ける被害の程度等を原告らにおいてそれぞれ具体的に主張し立証すべきである。

また、本件原子力発電所の平常運転時において、原告らに「被害発生のおそれ(蓋然性)」があるというためには、少なくとも①本件原子力発電所から放出される放射性物質の核種の特定とその程度、②それによって原告らの受ける被害の程度を立証すべきであり、その方法としては、原告準備書面六において原告らが引用している後述札幌地裁昭和五五年一〇月一四日判決(判例時報九八八号四六頁)に照らしても、疫学的方法等によって具体的に立証すべきである。そして、右具体的事実は、少なくとも、これまでの知見、経験則に基づけば原告らの生命、身体または財産に対し、被害を生ずるおそれがあると認められる内容をもったものでなければならないというべきである。

3 しかしながら、原告らはこれまで、例えば、

① 原子炉の設備に関しては、原子炉容器の破損は避けられない旨(原告準備書面一〇・一五頁〜二一頁)、ECCSの信頼性がない旨(同準備書面一〇・二一頁〜三三頁)、原子炉格納容器は炉心溶融のようなシビアアクシデントの発生を前提とした安全対策をとっていない旨(同準備書面二〇・二丁表裏)、国内外の他の原子力発電所において各種事象が過去に発生したことがある旨(同準備書面一〇、一六、一八及び二一)等、

② 放射線に関しては、放射線は人体等に各種の障害を生じぜしめる旨(同準備書面四、六頁〜八頁)、被ばく評価が過小に評価されている旨(同準備書面八・八三頁〜九四頁)等、

③ 地質・地盤に関しては、敷地周辺に活断層がないとはいえない旨(同準備書面一四・三頁〜一〇頁)、基礎岩盤の破砕帯部分で岩盤の破壊が起こる可能性がある旨(同準備書面一四・一一頁〜一六頁)等

を種々主張しているが、右の各主張はいずれも本件原子力発電所といかなる関連性を有するかということについて具体的に触れていないもの、または一般的・抽象的な危険性についての危惧の表明にとどまるものなどであって、本件原子力発電所における「被害発生のおそれ(蓋然性)」を推定させるものであるとは到底いえないものである。

したがって、本件差止訴訟においても、民事訴訟の原則に従って原告らに右の立証責任があることは明らかであり、右の「危険性」あるいは「被害発生のおそれ」については、一般的・抽象的な立証では足りず、具体的に事実関係並びに本件原子力発電所との関連性を特定して主張・立証する必要があることは言を俟たないところであるが、原告らがこれを果たしていないことは明らかである。

第二 原告らの主張の失当性

1 原告らは、原告準備書面六において、本件訴訟における証明のテーマは、原子力発電所の危険性ではなく安全性であって、原告らが立証すべき内容は、本件原子力発電所の稼働による原告らの人格権、環境権に対する抽象的危険であり、具体的には、放射性物質が本件原子力発電所で使用されまた生成されること、右放射性物質が人間の生命、身体及び動植物に対して極めて有害であること、放射性物質が本件原子力発電所から外界に排出されるおそれのあること、の三点を証明すれば足り、「排出された放射性物質が原告らの個々の生命、身体に対して、また原告らの享受している良好な環境に対してどのような具体的な被害をもたらすか」まで立証すべき必要性はない旨主張している。

右主張の根拠として、原告らは、

① 放射性物質の高度の危険性、その危険性を承認した実体法規の存在及び今日の原子力発電技術の未熟性に照らせば、原子力発電所の危険性を推定乃至前提とし、その安全性の立証の成否に原子力発電所の建設の可否を関わらしめるべきである、

② 公平の原則からしても、容易に立証しうる立場にある被告側に本件原子力発電所の安全性を立証すべき責任がある

旨主張している。

2 しかしながら、原告らの右1、①の主張は以下に述べるとおり失当である。

(1) 原子力発電所の安全は、後記第四章に述べるとおり、放射性物質の封じ込めに万全を期し、放射性物質の有する危険性を顕在化させないことによって確保されるものである。

しかして、本件原子力発電所においては、右の観点に立って、事故防止対策及び平常運転時における被ばく低減対策という十分な安全確保対策が講じられていることから、事故発生のおそれはなく、また、平常運転時はもちろんのこと、仮に事故が発生した場合でも、放射性物質は封じ込められ、周辺公衆に影響を与えるおそれがないのである(後記第四章乃至第八章参照)。

(2) また、原子力の利用に関しては、被告会社準備書面二三の注一記載のとおり、原子力基本法(昭和三〇年法律第一八六号)を中心として、さまざまな実体法が定められており、被告会社のような電気事業者は、原子力発電所の建設・運転に際して、核原料物質、各燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和三二年法律第一六六号、以下、「原子炉等規制法」という)及び電気事業法(昭和三九年法律第一七〇号)等の規制を受けている。

しかしながら、右規制法規は、原子力基本法の精神であるところの、原子力の利用(原子力発電を含む)を推進することによってエネルギー資源を確保する一方で、これに内在する危険性を排除し、その安全性を確保するために制定されているものであるから、右規制法規が存在することをもって、原子力発電所の危険性を推定ないし前提としなければならない謂れはない。

本件原子力発電所についても、被告会社は、その建設に当たり、原子炉施設の設置許可(原子炉等規制法第二三条第一項)を受けるなど様々な規制を受けている。

右原子炉施設の設置許可は、原子炉安全専門審査会が行う原子炉施設の安全性に関する判断を尊重して行うこととされており、右の安全性に関する判断は多くの専門分野に亘る極めて複雑な技術体系を有するものを対象とすることから、右安全専門審査会はそれぞれの専門家をもって構成され、その判断はそれぞれの専門技術的知見に基づく個別的な判断を集積し、判断する時点における科学的技術的知見、実績、専門家の学識、経験等を結集したうえでの総合的な評価のもとに行われるものである。

したがって、このような高度の専門技術的判断を経ている本件原子力発電所が危険であるというためには、抽象的危険性を主張・立証することだけでは足りず、その瑕疵について、前記第一、2記載のとおり具体的に特定して主張・立証する必要がある、というべきである。

なお、原告らは原子力発電の危険性を前提乃至推定する根拠として、原子力損害の賠償に関する法律(昭和三六年法律第一四七号)の存在についても言及している(原告準備書面六・五丁表)が、右法律は、万が一に災害が生じた場合に備えて制定されているものであるから、これをもって、右のような主張をすることも到底できないものである。

(3) なお、右の実体法ないし規制法規の適用を受けて設置された我が国の商業用原子力発電所は、平成四年九月末現在で、運転中のものが全部で四一基、発電設備容量で三三二三万九千キロワットに達し、平成四年三月三一日現在で総発電設備容量に占める原子力発電の割合は18.5パーセント、平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの一年間における総発電電力量に占める原子力発電の割合は27.1パーセントになっている(原子力委員会編「原子力白書平成四年版」大蔵省印刷局発行七五頁参照)。

そして、右の運転実績で注目すべき点は、昭和四一年七月、日本原子力発電株式会社東海発電所において我が国で初めて商業用原子力発電所の運転を開始して以来現在まで、その運転に伴い周辺公衆の生命・身体に対して具体的に被害をもたらした事実はないということである。

本件原子力発電所においても、昭和五九年六月運転開始以来現在まで、軽微なトラブルが数例あったものの、それらはいずれも燃料破壊等を招来するものではなく、また平常運転時においても放射性物質の環境への放出実績は十分低く抑えられていることから、決して周辺公衆の生命・身体に対し具体的な被害をもたらしていないものである。

3 原告らは右1、②の主張の根拠として札幌地裁昭和五五年一〇月一四日判決を引用しているが、右1、②の主張も以下に述べるとおり理由がなく失当である。

(1) 右札幌地裁判決が「権利侵害のおそれ」に基づく差止請求に関する立証責任の考え方について述べている趣旨は、要約すれば、

① 被害発生のおそれがないということを被告において立証することは至難であるということを考慮し、被害発生のおそれについての立証責任の転換はこれを認めない、

② 但し、原告らの証すべき事実は、所与の知見・経験則に基づけば受忍限度を超える程度までの被害発生をもたらすであろうと推認しうる事実で足りる、

③ 右②を当該事件に即してみれば、操業過程における特定物質の発生の可能性、外部への排出の可能性、媒体を通じての拡散の可能性、原告らの身体・財産への到達の可能性、被害発生の可能性等は当該事件の原告らにおいて立証しなければならないが、それぞれにつき右②のような間接的事実を原告らにおいて立証すれば、他に特段の事情がない以上「被害発生のおそれ」があるということが認められるものとするのが相当である

ということになるのであるが、本件に右の判決をあてはめても、原告らは、右乃至の事実についての立証を行うべきであることはもちろん、右及びの事実、すなわち、本件原子力発電所から排出されうる放射性物質が原告らの生命・身体に対してどのような具体的被害をもたらすのかについても立証すべきである、ということにならざるを得ない。

(2) 右の札幌地裁判決のほか、各種差止を求める裁判例においても、被害発生のおそれの立証責任は、差止を求める側にあるという原則に従っている(鹿児島地裁昭和四七年五月一九日判決・判例時報六七五号二六頁<し尿処理施設増設禁止仮処分申請事件>、大阪地裁昭和五八年九月二六日判決・判例タイムズ五〇六号二二二頁<仮処分異議事件>、松山地裁西条支部昭和五一年九月二九日判決・判例時報八三二号二五頁<し尿処理施設工事禁止仮処分申請事件>、大津地裁平成元年三月八日判決・判例時報一三〇七号九四頁<工事差止等請求事件>等)。

(3) 以上のとおり、原告らが引用する札幌地裁の判決によっても、さらに裁判例のすう勢からしても、いわゆる立証責任の転換は認められておらず、「被害発生のおそれについては原告らにおいて具体的に特定して、主張・立証すべきである(但し、間接事実の主張・立証で足りる場合がある)」という訴訟上の原則は、多数の裁判例によっても支持されているのである。

第三章 本件原子力発電所の必要性

はじめに

本件原子力発電所は、被告会社が電源開発を進めていく上で、将来の電力需要に対して長期に亘って安定した供給力を確保するという電気事業の使命を達成すべくバランスのとれた電源構成の実現、すなわち電源の多様化を推進するため必要、不可欠な発電所である。

本章では、原子力開発の必要性の前提となる、電気事業の使命(第一)、電力需要の推移(第二)、電源開発の考え方(第三)、国のエネルギー政策(第四)などから本件原子力発電所の必要性を述べるものである。

第一 電気事業の使命

一 電気の特徴

我々が日常使用している電気は、光、動力、熱、情報・通信等のエネルギー源として、用途が広く、しかも、安全、便利、クリーンで制御性も高いという特質を持っており、日常の生活に必要な消費財であると同時に、産業活動の基礎となる生産財であり(相原調書一・三丁裏)、国民生活、産業、文化の維持発展に不可欠なものである。

電気は、このように、日常の暮らしや産業活動のあらゆる面で広範囲にかつ高度に利用されており、その供給が途絶し、あるいは不十分となった場合に、大きな社会的混乱を招くことは不可避である(相原調書一・五丁表裏)。

一方、電気の貯蔵は困難であり、生産と消費が同時に行われるという特徴を持っているため、電気事業者としては、いかなる事態が生じてもその供給区域内における電気の需要に十分対応できるだけの供給力を準備しておく必要がある(相原調書一・三丁裏〜四丁表)ものである。

二 被告会社の使命

被告会社を含む一般電気事業者は、前記のような用途、特徴を持つ電気の供給という公益事業を営むものであるため、一般私企業とは著しく異なる法律上の制約を課せられており、例えば、正当な理由がなければ、その供給区域(被告会社の場合は、青森県、岩手県、秋田県、宮城県、山形県、福島県及び新潟県)における一般の電気需要に応ずる電気の供給を拒んではならないという電気事業法上の供給義務を課せらている(同法第一八条)ばかりでなく、電気料金等の供給条件については、主務管庁の認可を得た供給規程による(同法第一九条〜第二一条)こととされており、電圧と周波数が一定規格に維持された良質の電気を恒常的に供給しなければならない(同法第二六条)とされているのである。

しかも、一般電気事業者は、現在および将来に亘って供給の義務を果たして行かなければならないため、電力需要の急激な増加等がいついかなる地域で発生してもこれに十分応えられるように供給力を保持し、常に良質の電気を安定して供給するという使命を担っているのである(相原調書一・四丁表裏)。

被告会社は、右のような使命を担いつつ前記七県の区域における電気の安定供給を通して地域社会の発展に寄与するため、「地域繁栄への奉仕」を経営理念の一つとして掲げて、日夜全力をあげて努力しているものである。

第二 電力需要の推移

一 電力需要の推移

我が国の過去の使用電力量(電力需要)の推移をみると、一般電気事業者である九電力会社の合計は、平成二年度で六五四二億八百万キロワットアワーであり、九電力会社発足時の昭和二六年度の三〇三億八二百万キロワットアワーに比較すれば約二〇倍強の伸びを示している。また、昭和五五年度からの一〇年間でも、約1.5倍の増加となっている(<書証番号略>、相原調書一・七丁表裏)。

被告会社の場合、平成二年度の使用電力量は五三二億四五百万キロワットアワーで、昭和二六年度の三三億二七百万キロワットアワーの約一五倍強となっているが、昭和五五年度からの一〇年間においては、全国とほぼ同程度の増加となっており(<書証番号略>、相原調書一・七丁裏〜八丁表。ちなみに、昭和四六年度から昭和五六年度の一〇年間では、被告会社準備書面三<一五頁>記載のとおり1.5倍程度増加している。)、東北・上越新幹線の開通をはじめとする生活産業基盤の整備拡充による東北経済の発展及びこれに伴う所得水準の向上や生活環境の近代化、都市の再開発、整備、さらには産業の振興等により、電力需要の着実な増加が認められる。

また、我が国のエネルギーの最終消費の推移をみても、全エネルギー消費に占める電力の割合は、昭和四〇年度に一三パーセントであったものが平成元年度には19.5パーセントに増加している(<書証番号略>)が、電気の利用形態は広範囲に亘っており、今後も、電気の安全性、利便性並びに生活向上に伴い、電力需要は確実に増加していくと予想され(相原調書一・八丁表裏)、電気の果たす役割は、ますます重要なものになると考えられる。

二 今後の電力需要の想定

電気事業は、大規模な設備を必要とするいわゆる設備産業であり、年々多額の設備投資を要し、設備(発電所、変電所、送電線等)の建設に長期間を費やさなければならない。したがって、被告会社を含む一般電気事業者は、毎年向う一〇年間の電力需要を想定し、これをもとに電力施設計画を策定して、将来に亘る電気の安定供給のために必要な電源開発計画等を推進している(相原調書一・八丁裏〜九丁表、一〇丁裏〜一一丁表)。

この電力施設計画は、電気事業法第二九条に基づき電気事業者が毎年度必ず通商産業大臣に届出すべきこととされており(相原調書一・八丁裏)、国の策定する電源開発基本計画(電源開発促進法第三条)の基礎とされているが、被告会社は平成四年度の電力施設計画において、平成二年度から平成一三年度までの販売電力量の年平均増加率を、GNPなどの経済指標の見通しや最近の需要動向、東北経済の将来動向等を総合的に勘案して、2.5パーセントと想定している(<書証番号略>、相原調書一・九丁表)ものである。

また、電気の使用状況(ある一定の時間・期間における変動)は、一日を例にとると昼が高く夜に低くなり、一年でみると夏と冬が高くなるが、被告会社の場合は、一年のうち夏(八月)に最大の需要が発生しており、平成四年度電力施設計画で想定した八月最大電力需要は、平成四年度については一〇九一万キロワット(実績値一〇九七万キロワット)であったが、平成一三年度については一三三一万キロワットと見込まれている(<書証番号略>、相原調書一・九丁裏〜一〇丁裏)ものである。

第三 電源開発の考え方

一 電源開発の考え方

(一) 適正な供給予備力の必要性

電気は、前記第一、一のとおり、生産と消費が同時に行われ、しかも貯蔵できないという特徴を持っているので、電気事業者としては、発電所をはじめとする電力供給設備の停止、渇水時の水力発電所の出力減少、さらには、電力需要の急激な増加等がいかなる地域で発生しても供給に支障を来すことなく電気を安定して供給することができるよう、需要を上回る供給力(電源設備)を持つ必要があるが、その供給力を供給予備力と呼んでおり、一般に需要の八〜一〇パーセント程度を確保する必要があるとされている(<書証番号略>)。

それ故、被告会社においても、平成四年度電力施設計画では、平成四年度の八月最大電力需要一〇九一万キロワット(想定値)に対し、一一八一万キロワットの供給力(予備率8.3パーセント)を確保することとし、平成一三年度では、八月最大電力需要一三三一万キロワットに対し、一四八五万キロワットの供給力(予備率11.6パーセント)を確保するよう電源を開発する計画である(<書証番号略>、相原調書一・一〇丁表裏)。

(二) 長期的観点に立つ電源開発の必要性

電気事業者は、前記第二のような電力需要の増勢を想定しつつ長期的観点に立って、良質な電気を安定供給する責務を有しているが、そのため、電力需要が著しく増加した場合やエネルギー情勢が大きく変化した場合(そのような場合を想定しなければならないことは、過去に高度経済成長期があったことや二度に亘ってオイルショックがあったことからみて当然のことである。)においても、電源を確保する必要があるし、また、電源開発が、計画策定から運転開始まで長期間(本件原子力発電所一号機の場合、昭和四三年一月に女川地点を原子力発電所の候補地として決定して以来、昭和五九年六月の運転開始に至るまで一六年余の年月を費やしている。)を要することから、一〇年後、二〇年後を見据えて計画的にその開発を推進する必要がある。被告会社も、そのような長期的観点に立ち、本件原子力発電所を含む発電所の建設に取組んでいるところである(相原調書一・一一丁表裏)。

二 電源の多様化

(一) 電源多様化に当たって考慮すべき点

電力の安定供給のための電源開発を考える場合、特定の電源種別に偏ることは、電力の供給安定上、問題があることから、電気事業者としては、前記のように長期的な観点に立って、国際的なエネルギー情勢に適切に対応できるよう、次の点に留意しながら、各種電源の特徴を踏まえ、バランスのとれた電源構成すなわち電源の多様化を積極的に推進する必要がある(相原調書一・一一丁裏〜一三丁表)。

① 発電用の燃料を長期間に亘って、量・価格の両面で安定的に調達できる供給安定性

② 耐用年に亘る発電所の経済性

③ 地球温暖化等の環境に与える影響を考慮した環境負荷特性

④ 時々刻々変化する電力需要の増減にあわせて、発電所の起動、停止を含めて出力をコントロールできる運転特性

⑤ 地点開発の確実性

(二) 電源の種類とその特徴

電源の種類には、水力、原子力、火力(石炭火力、石油火力、天然ガス火力)等の他に地熱および太陽光、風力等の新エネルギーがある(相原調書一・一三丁表)。

これら電源の特徴は、前記二、(一)の観点から次のように考えられるので、電気事業業者としては、それらを踏まえながらバランスのとれた組合わせにより、長期的に電力の安定供給ができるよう電源の多様化を図る必要がある(<書証番号略>、相原調書一・一三丁表〜一五丁裏、相原調書二・一九丁表〜二一丁表)。

① 水力及び地熱は、再生可能エネルギーであり供給安定性に問題はないが、一地点の開発規模が小さいため経済性に問題があるほか、導入量に一定の制約がある。地球温暖化の環境負荷の点については優位であるが、森林保護の面や景観などの自然環境との調和に問題がある。

② 石炭火力は、石炭の賦存量の膨大さ及び広く世界に賦存していることから、供給安定性は高いが、地球温暖化の原因となる二酸化炭素を排出するため、環境負荷の点で問題がある。これらを考慮すると、中長期的に導入量の大幅な増大は困難であると考えられる。

③ 石油火力については、国際的石油需給が発展途上国を中心とする世界的な需要増に対する供給力の減退から、再び逼迫する可能性があり、これによる燃料価格の上昇が懸念される。また、昭和五五年に石油代替エネルギーの開発及び導入に関する法律が制定され、国として石油代替エネルギー政策がとられている。

④ 天然ガス火力は、天然ガスが産出国の地域的な偏在性はあるものの、長期契約に基づいて供給され、かつ我が国への供給元も比較的安定した地域であることから、供給安定性は高い。しかし、天然ガスは、輸送のため液化する必要があり、また、石油価格との連動性、地球環境問題を受けた世界的需要増大等による値上がりが懸念される。

⑤ 原子力は、燃料であるウラン資源が先進国を中心に広く世界に賦存し、国際的な資源エネルギー情勢等の不確実性に影響されにくく、供給安定性が高い。また、燃料の価格安定性に優れており、経済性でも他の電源と遜色がない。地球温暖化に対する環境負荷の点については優位である。

⑥ 新エネルギーは、現在、技術開発中であり、規模を考えれば導入量には制約がある。

(三) 被告会社の電源構成(発電電力量)多様化の推移

被告会社の電源構成(電源種別ごとの発電電力量)多様化の推移は、以下に述べるとおりである(<書証番号略>、相原調書一・一六丁表〜一八丁表)。

① 会社創立時の昭和二六年当時は、戦後の経済復興に当たって、積極的に電源開発に取組んできたが、その電源のほとんどが水力発電であった。

② 昭和三〇年代から昭和四〇年代にかけては、高度経済成長期における電力需要の増大に対応するため、石炭、石油火力といった火力中心の電源開発に取組んだ。その結果、昭和四四年以降、水力主体から火力主体に変わり、昭和五〇年度の被告会社の電源構成(発電電力量)は、石油火力が六三パーセント程度、水力が三〇パーセント程度となった。なお、この時期以降においては、将来のエネルギー源に関し、供給安定性、経済性、運転特性等を総合的に勘案した電源の多様化を図るための調査、研究が行われてきた。

③ そのような中、昭和四八年、昭和五四年と二度に亘るオイルショックがあったが、当時は被告会社を含めて各電気事業者が電源多様化の推進を具体的に始めようとしていた段階であり、電源構成としては、まだ石油火力への依存度が高い時期であった。そのため、オイルショックに伴う社会的混乱は、被告会社等電気事業者にとって、一つの特定した電源に偏りすぎることが、電力の供給安定上、大きな問題を生ずるという良い教訓となり、その結果、電源の多様化が一層進められることとなった。

④ 昭和五〇年代半ば以降、被告会社は、本件原子力発電所一号機を完成させるとともに、ガス火力発電所の東新潟火力発電所二、三号機を完成させ、さらに仙台火力発電所の石炭専焼化及び原町地点、能代地点の石炭火力発電所建設に着手した。また、その間、被告会社は、水力開発や地熱開発にも力を傾注し、水力として本道寺、水ケ瀞、第二新郷等の各発電所、地熱として葛根田発電所を完成させ、現在も四地点の地熱開発を推進中である。

⑤ 将来のエネルギーとしての新エネルギーについても、被告会社は、現在、鋭意技術開発を進め実証試験を行っているところであり、具体的には、東北地域の特性を活かし、平成三年度に日本最大の風力発電所を青森県津軽半島龍飛地区に完成させたばかりでなく、太陽光発電や燃料電池についても、実用化に向け実証試験を行っているものである。

⑥ また、現在、被告会社は、自家用発電(ゴミ発電など)についても余剰電力の購入など、事業者に対し積極的に側面から支援を行っているものである(<書証番号略>)。

三 電源多様化の中の原子力の位置付け

電源多様化を進める上で、長期的な供給安定性、環境への影響、経済性等を総合的に勘案し、被告会社は原子力発電を供給力確保の一つの柱として開発を推進しているが、これは第四に述べる我が国のエネルギー政策に沿うものである(相原調書一・一八丁表裏)。

原子力発電の具体的な特徴については、次のとおりである(<書証番号略>、相原調書一・一四丁裏〜一五丁表)。

① 燃料のウランは、産出国の政情が極めて安定し、安定供給が期待できる。また、燃料価格が安定しており、発電原価に占める燃料費の割合が二割程度と石油、石炭、LNG(液化天然ガス)火力より低く、発電原価は燃料価格変動の影響を受けにくい。

② 一旦燃料を装荷すると長期間取替え不要で、燃料備蓄効果がある。

③ 国内で、燃料の濃縮・転換・再処理の事業を確立し、原子燃料サイクルを形成することにより、長期的には国産エネルギーに準ずる性格を持たせることができる。

④ 地球環境問題において、温暖化現象の原因となる二酸化炭素の排出については問題がなく、エネルギー収支からみても優位である。

⑤ 経済性については、他電源と比較しようとする場合、発電規模の大小、初号機か増設号機か、開発時期の差異などの前提条件を合わせなければならないことから、比較が難しいが、通商産業省資源エネルギー庁が平成元年度に試算した発電原価の比較(標準的な規模で新規に建設した場合を想定しての比較)によれば、他の低廉な電源に比して遜色がない。

被告会社としては、このように優れた特徴を持つ原子力発電を開発し、同時にその他の電源も開発しながら、長期的な電力需要に対し安定供給ができるよう、バランスのとれた電源構成すなわち電源の多様化を推進する必要があると考えているものである(相原調書一・一三丁表〜一八丁裏)。

第四 我が国のエネルギー事情と政策

一 我が国のエネルギー事情

我が国のエネルギー事情は、通商産業大臣の諮問機関である総合エネルギー調査会が平成二年六月に策定し、平成二年一〇月に閣議決定された「エネルギー需給見通し」によれば、一九八九年度(平成元年度)実績で、石油に57.9パーセントと大きく依存しており、しかもそのほぼ全量を海外から輸入している。さらに、その他のエネルギー資源についても、石炭の一部、水力、地熱を除いて、ほとんど国内に存せず、海外に依存している現状にある。このように、我が国のエネルギー構造は、極めて脆弱である(<書証番号略>、相原調書一・一八丁裏〜二〇丁表)。

二 我が国のエネルギー政策

(一) 我が国のエネルギー政策の基本的考え方

我が国のエネルギー政策の基本的考え方は、総合エネルギー調査会の報告によると、次のとおりである(<書証番号略>)。

① エネルギー利用の効率化を徹底し、エネルギー需要の増大を最大限抑制する(省エネルギーの推進)。

② 石油依存度の低減を目指し、同時に地球環境問題への対応のため非化石エネルギー(原子力、新・再生可能エネルギー)への依存を高め、世界のエネルギーセキュリティの確保を実現する(適切なエネルギー供給構造の構築)。

③ エネルギー分野における政策協調・協力等を積極的に展開する(国際貢献)。

しかして、具体的に国のエネルギー問題を考える場合、国の経済成長、環境問題等を含め総合的に考えていかなければならないが、国の前記の「エネルギー需給見通し」をみると、将来の石油需給逼迫が懸念され、今後増大の見込まれる需要に対し、石油以外のエネルギーで対応していく必要があるとしている。これは、特定のエネルギー源に依存することのない各種エネルギーの適切な組合わせによってエネルギーの安定供給を確保しようとするものである(<書証番号略>、相原調書一・二〇丁表裏)。

また、昭和四八年、昭和五四年の二度に亘るオイルショックを教訓として、石油依存度引下げのために、国際エネルギー機関(IEA)や先進国首脳会議(サミット)の場において、石油消費の減少、石油代替エネルギーの開発促進、新規石油火力建設の禁止、石油以外の燃料への転換、原子力発電の重要性の認識等の国際的な協調・合意がなされた。

国際経済社会において大きな地位を占め、また、世界有数のエネルギー消費国である我が国にとって、このような国際的な課題に取組むことは喫緊の責務であり、国は、総合的な石油代替エネルギー対策の制度化を図るため、昭和五五年、「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律(昭和五五年法律第七一号)」を制定、施行したが、この法律の第五条に基づいて通商産業大臣が公表した「工場又は事業場においてエネルギーを使用して事業を行う者に対する石油代替エネルギーの導入方針(昭和五五年一二月三日通商産業省告示第五五二号)」において、電気事業者は、「既に計画中のものを除き原則として、石油火力発電所の新たな建設を行わないこととし、原子力発電の導入をはじめとして、石炭火力発電、LNG(液化天然ガス)火力発電、水力発電、地熱発電等の導入により電源の多様化を計画的に進めなければならない」とされており、このような政策が現在も前記のとおり進められているのである(<書証番号略>)。

(二) 電気事業における電源開発の考え方

通商産業大臣の諮問機関である電気事業審議会需給部会は、前記の国のエネルギー政策を受けて、エネルギー政策全体の中における電気事業の目標として、平成二年六月に「年度末電源構成および電力供給目標」を設定したが、そこにおいては、前記の「エネルギー需給見通し」を受けて、現在依存度合いの高い石油を減らし、電源多様化を推進するため、増大する将来の電力需要に対して、原子力、石炭火力、LNGなどをバランス良く開発することとされており(<書証番号略>、相原調書一・二〇丁裏〜二一丁裏)、被告会社もこれらの国の政策を十分勘案しつつ電源開発を推進しているものである(相原調書一・一八丁裏)。

(三) 被告会社における省エネルギー対策

国の主要政策の一つである省エネルギー対策に関しても、被告会社は、エネルギー利用効率を重視した電気機器の推奨、技術開発の進んだ蓄熱式冷暖房システムの普及促進、電力需要調整等のコンサルティング及び負荷平準化のための料金制度の導入等、省エネ活動を展開してきており、今後も一層進めていく考えである(相原調書二・一七丁表裏)。

第五 本件原子力発電所の必要性

一 本件原子力発電所建設の経緯

本件原子力発電所建設の経過については、被告会社準備書面三(二〇頁〜二七頁)で詳述したとおりであり、被告会社は、原子力発電所について、昭和三〇年代に、その導入に関わる研究に取組み、昭和四〇年代に入ってから、本件原子力発電所一号機の具体的計画に取組んだが、他方、宮城県においても原子力地点調査を行ったうえ、昭和四二年に女川を適地であると公表し、女川、牡鹿の両町議会でもそれを受け誘致決議がなされた(<書証番号略>)。

被告会社としては、電力需要の増大に対処するため、長期的観点に立って、安定供給面からの電源の多様化を推進し、将来の電力供給力を確保していく必要があったことから、原子力発電に関する計画を策定するに当たっても、そのような見地より、立地地点の調査・検討を行ったが、女川地点については、地元の理解が得られたこと及び被告会社の中の大きな電力需要地域である宮城県に位置し、送電系統の経済性においても利点があると考えられたこと等から同地点への建設計画が進められることとなった。

その後、女川地点について、被告会社による環境調査等が行われたうえ、昭和四五年五月に本件原子力発電所一号機の建設計画が、内閣総理大臣を会長とする電源開発調整審議会に上程され、了承された。これにより、右発電所一号機は、国の電源開発基本計画(電源開発促進法第三条)に組入れられ、その後、地元の了解を得て、昭和五四年に建設を開始し、昭和五九年に完成し営業運転を開始した。

また、本件原子力発電所二号機については、昭和六一年に地元の理解が得られ、昭和六二年三月に電源開発調整審議会に上程し了承された。これにより、右発電所二号機も、国の電源開発基本計画に組入れられ、その後、主務官庁による審査を経て、平成元年八月に着工し、平成七年七月の営業運転開始を目指し、現在、工事中である。

二 本件原子力発電所の必要性

ア これまで述べたような特徴を持つ原子力発電所を設置する場合、その適地は、復水器冷却用水を豊富に取水することが可能であること、地盤がよいこと等の他に、広い範囲の用地の取得が可能でなければならない。

被告会社は、このような諸条件を満たす原子力発電所の適地を、前述のとおり、被告会社の供給区域である前記七県の海岸沿いの広範な地域に亘って調査し、綿密な検討を重ねたうえで、本件原子力発電所建設地点を選定したものである。

本件原子力発電所は、超高圧の送電線によって、宮城変電所に直接連系されているが、右変電所は東北地域の中央に位置し、北部の送電線網と南部の送電線網を連結する拠点変電所であり、被告会社の供給区域内全域に亘る送電系統のなかにあって、中枢の位置を占めるものである。本件原子力発電所は、右変電所を通じて東北地域中央部の大電力需要地に電気を供給するばかりでなく、東北地域全域に対しても供給することが可能なものであって、被告会社の電力系統上極めて重要な役割を担うものである。

イ 平成三年度の被告会社の電源構成(発電電力量)は、水力二一パーセント、石炭火力一〇パーセント、石油火力一六パーセント、ガス火力三一パーセント、原子力二一パーセント、地熱一パーセントである(<書証番号略>)が、これを、第二次オイルショック直後の昭和五五年度の構成比率と比べると、電源の多様化が図られ、バランスのとれた電源構成となってきているといえる。

また、本件原子力発電所二号機は平成七年七月の運転開始を予定しているが、その翌年の平成八年度では、原子力が二五パーセントとなる計画である。

このように、本件原子力発電所は、被告会社における電源の脱石油化、多様化の中核的役割を担うものであって、電力の安定した供給体質を構築する上で、重要な位置付けをされているものである(<書証番号略>、相原調書一・二三丁表裏)。

ウ また、増大する電力需要に対して今後の電源開発を考えた場合、前記第四、二のように、石油火力は現状維持程度にとどめざるを得ない反面、水力、地熱、新エネルギーは、開発規模が小さいため多くを期待することはできない。したがって、増加する電力需要に対して、今後は原子力や石炭火力、ガス火力をバランス良く開発していかなければならないが、その中でも、原子力は、これまで述べたように供給安定性、環境への影響などにおいて優れていることを考慮すれば極めて重要な電源といわざるを得ない(<書証番号略>、相原調書一・二三丁裏〜二四丁表)。

したがって、何らかの事情で、本件原子力発電所の運転が停止した場合には、前記七県の電力需要に対する電力の安定供給に重大な支障を来すばかりでなく、電源の多様化の推進に大きな影響を及ぼすこととなるのである。

以上のように、本件原子力発電所は今後とも極めて重要な電源として位置付けられるものである。

第六 原告らの主張の失当性

一 石油代替エネルギーとしての原子力発電の評価について

(一) 石油資源の枯渇等について

ア 原告らは、石油・石炭・天然ガスは今後約一〇〇年程度は枯渇しないとして、現時点における代替エネルギー開発の必要性を否定する趣旨の主張をし(原告準備書面五・九丁表裏、同一九・一二五頁)、室田証人も右主張に沿う証言をしている(室田調書・四丁表)。

しかしながら、原告らの主張は以下のとおりいずれも失当である。

a 原告らは右主張の根拠として、石油の究極可採埋蔵量が二兆バーレルあり、これは最近の石油生産量の約一〇〇年分に相当するとしている。

しかし、埋蔵量に関する推定のうち、究極可採埋蔵量は、あくまで机上の仮説の域を脱し得ない一つの参考に過ぎないが、それに比して、確認可採埋蔵量(九九九一億バーレル。可採年数は四五年。<書証番号略>)は、学術的な裏付けを得られているため、将来の石油供給源として期待できるものである(<書証番号略>)。したがって、究極可採埋蔵量を根拠とする原告らの主張は失当である。

b また、原告らは、天然ガスの資源量が石油と同程度であり、さらに深層天然ガスが無尽蔵にあることが見込まれるということも右主張の根拠としているが、埋蔵量については、右aの石油と同様に、確認可採埋蔵量(一一九兆立方メートル。可採年数は五六年。<書証番号略>)を基礎として考えるべきである。また、深層天然ガスについて、原告らはその存在の可能性を主張しているが、その存在は未だ実証されていない。したがって、原告らの主張はいずれも根拠がないといわざるを得ない。

c いずれにしても、石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料は有限であり、将来的な資源の枯渇は否定し得ないところであるから、「あと約一〇〇年分あるから代替エネルギー開発の必要がない」という原告らの主張は到底採用され得ないものである。

イ また、原告らは、発電用燃料の多様化と省エネルギー政策の推進により、石油ショックの再現は考えられない旨主張している(原告準備書面一九・一三三頁)。

しかし、もとより被告会社としても発電用燃料の多様化と省エネルギー政策推進の必要性について異論はなく、現実にこれまで多くの取組みを行い成果を上げてきているところであるが、原子力の推進も発電用燃料の多様化の一つとして大いに貢献しているところである。

しかして、省エネルギーの努力は今後とも怠らないとしても、将来の世界全体のエネルギー需要の増大、特に、発展途上国において石油を中心とした化石燃料の需要増大が予想されていることから、今後の石油供給力は、確認埋蔵量の多くを有している一部の中東産油国等への依存を高めざるを得ないと見込まれており、早ければ九〇年代半ば頃にも世界的な石油需給の逼迫化及び供給の不安定化による石油価格の大幅な上昇がもたらされ、国際エネルギー市場に混乱が生じることが懸念されているところである(<書証番号略>)。

それ故、「石油ショックの再現は考えられない」との原告らの主張は、石油ショックが我が国のみならず、石油市場の変動の影響を受けやすい発展途上国をも含む全世界的な脅威であることを無視したものであり楽観的すぎるものといわざるを得ない。

(二) 石油代替エネルギーとしての原子力発電の評価について

原告らは、原子力発電はエネルギー収支がマイナスであるから、石油代替エネルギーとはなり得ない旨主張し(訴状五九頁〜六〇頁)、室田証人も右主張に沿う証言をしている(室田調書・九丁裏〜一四丁裏)。

しかしながら、原告らの右主張は以下のとおり失当である。

すなわち、原告らは、エネルギー収支計算の前提条件について、「原子力発電所の耐用年数は一五年に達するかどうかであり、稼働率は運転開始後の数年間は七〇〜七五パーセントに達することはあっても、その後急速に低下し、七〜八年後には四〇パーセント以下になり、一〇年後にはほとんど廃炉に近くなる」旨主張しているが、我が国の商業炉で運転開始から一〇〜一五年で廃炉になった事例は一例も存在しない。

また、我が国の原子力発電所の設備利用率の実績(平均)は、一九八〇年度に六〇パーセントを超した後、着実に上昇し、一九八三年度に七〇パーセントを超えて以来、九年間引き続いて七〇パーセント台の高い率で推移しており(<書証番号略>)、また各国の設備利用率の実績をみても七〇パーセントを超えているのが大半である(<書証番号略>)。さらに、我が国の個々の原子力発電所の設備利用率の実績推移(<書証番号略>)をみても、原告らの主張が失当であることは明らかである。

また、原子力発電のエネルギー収支については、いくつかの試算があり、室田証人の試算を除いては、いずれの試算も「一」より大きい。すなわち、原子力発電のために投入したエネルギー量よりも原子力発電によって生み出されたエネルギー量のほうが多いという結果となっている。

しかして、室田証人の試算が唯一の例外となっているのは、試算の前提条件(<書証番号略>)が現実的なものではなく、①原子力発電所の耐用年数や設備利用率を低く見積もっているために発電電力量が極端に少ないものとなっていること、②放射性廃棄物の管理を極度に長期間必要と仮定しているためにそれに投入されるエネルギー量を膨大なものとしていること等が主たる理由となっている(<書証番号略>)。

しかし、最新のエネルギー収支に関する研究においては、原子力発電は、投入エネルギーの一〇倍強、技術の進展を考えれば五〇倍程度のエネルギーを発生できるとされている(<書証番号略>)。

それ故、原告らのエネルギー収支に関する主張は、すべて失当であることが明らかである。

(三) 諸外国の原子力開発の状況について

原告らは、世界的にみても原子力発電所は運転中止を余儀なくされつつあり、その建設・運転は何ら公共性がない旨主張している(原告準備書面一九・一三四頁〜一三五頁)。

しかしながら、原告らの右主張は以下の各国の原子力の現状に照らし失当である。

ア アメリカは一九九一年六月末における原子力発電規模が、一一二基、一億六一〇万キロワット(総発電電力量の約二〇パーセント)であり、世界一の原子力発電国である。

しかして、同国の場合は、一九七三年以降、新規の原子力発電所の発注は行われていないが、近年、電力需要の増勢に対し、新規電源開発の立ち遅れなどにより、電力需給の逼迫が深刻化しており、エネルギー問題の抜本的な解決を図るため、エネルギー省(DOE)がブッシュ大統領(当時)の指示を受けて一九九一年二月に発表した「国家エネルギー戦略」(NES)の中では、原子力発電が、有効に活用すべき多様なエネルギー源の一つとして挙げられており(<書証番号略>)、原子力発電が同国における重要なエネルギー源の一つであることは従来とまったく同様である。

イ フランスは一九九一年六月末における原子力発電規模が、五五基、五七〇二万キロワット(総発電電力量の約七五パーセント)であり、現在では近隣諸国に原子力発電による電気を輸出する「電力輸出国」となっている。また、一九九一年三月、フランス、ドイツ、イギリス、ベルギーの四カ国で原子力の一層の推進とそのための国際協調をうたった「原子力平和利用に関する共同宣言」が出されている(<書証番号略>)。

ウ イギリスは一九九一年六月末における原子力発電規模が、三七基、一四六五万キロワットであり、一九九〇年四月に実施された電気事業の民営化に際しても、原子力発電は民営化対象から除外され、今後とも国営の事業として継続されることとなった。なお、現在計画中の三基のPWR(加圧水型原子炉)については、政府において一九九四年に再検討することが決定されたが、エネルギー大臣は、電源の多様化と環境保護の観点から、原子力発電が重要な役割を有していることを強調している(<書証番号略>)。

エ ドイツでは、原子力発電の重要性が再確認されており、また、スウェーデンでは、発電計画の見直しがなされている現状にある(<書証番号略>)。

二 被告会社の電力需要及び電源開発の必要性について

(一) 電力需要に対する供給力の確保について

原告らは、被告会社の発電設備能力からみて、本件原子力発電所の運転・建設を止めても需要ピーク時に十分対応できる旨主張し(原告準備書面二・四丁裏、同五・七丁表〜八丁表、同一九・一三一頁)、室田証人も右主張に沿う証言をしている(室田調書・二七丁裏〜二九丁表)。

しかしながら、原告らの右主張は以下のとおり失当であることが明らかである。

ア 原告らは、右主張の根拠として、原告準備書面一九において、被告会社の一九八九年(平成元年)度の最大電力需要(八月ピーク時、九六八万七〇〇〇キロワット)の数字と、同年三月末の本件原子力発電所一号機を除いた発電設備量(九五三万三〇〇〇キロワット)に地方公営卸電気事業者からの受電契約量(二七〇万キロワット)を加えた数字(合計一二二三万三〇〇〇キロワット)とを単純に比較し、本件原子力発電所の運転・建設を止めても需要ピーク時に十分対応できると主張している。

しかし、原告らのいう被告会社の発電設備量は、被告会社が国から認可を得ている設備能力(認可最大出力)の合計であり、そのすべてが需要ピーク時に対応できるということにはならない。

すなわち、発電設備のうち、水力発電設備については出水の状況によってその出力低下が避けられないばかりでなく、発電設備についてはすべて定期点検や補修を行う必要があるため、それに要する期間中運転を全部あるいは一部停止せざるを得ないし、また、それらの発電設備から発電された電気の一部が、その発電所で所内電力として使用されることなどから、認可最大出力をもって需要ピーク時の供給可能発電設備と見做すなどということは到底許されないものである。

さらに、発電所の故障や落雷による停止等で供給力が低下するようなこともあり得ないことではないので、そのような不測の事態が生じた際にも安定して電気を供給できるよう待機している発電所も必要であるから、設備能力の合計とピーク需要とを単純に数字的に比較することは失当である。

また、受電契約については、その多くが水力発電に関するものであるため、右に記載したような出水状況による出力低下の影響が避けられないという事情があり、そのすべてを需要ピーク時に対応できる供給力と見做す原告らの主張は失当である。

イ なお、付言すれば、被告会社の平成四年度電力施設計画(<書証番号略>)では、同年八月の最大電力需要一〇九一万キロワットに対して供給力が一八一万キロワットとなっており、供給予備力(供給力と需要の差)は九〇万キロワット、供給予備率(供給予備力÷需要)は8.3パーセントであったが、仮に本件原子力発電所一号機(認可最大出力52.4万キロワットー所内電力2.6万キロワット=供給力49.8万キロワット)の運転を止めたとすると、供給予備力は40.4万キロワット、供給予備率は3.7パーセントにまで低下することになってしまうため、かかる状況において、仮に六〇万キロワット規模(供給力57.5万キロワット)の火力発電所に故障を生じたような場合には、たちどころに一七万キロワット程度の供給力不足を生じ、停電の発生が避けられないことにならざるを得ない。また、本件原子力発電所二号機(認可最大出力82.5万キロワットー所内電力2.9万キロワット=供給力79.6万キロワット)は平成七年七月に運転開始の予定であるが、仮に平成七年八月の時点で本件原子力発電所の運転を止めて一号機・二号機の合計供給力を総供給力から差し引くとすれば、被告会社の供給力は1176.6万キロワットとなってしまうため、最大電力需要(一二〇五万キロワット)を下回ることになるので、供給に支障が出ることは明らかである。

それ故、電力需要と供給力の関係からみても本件原子力発電所の必要性・重要性は多言を要しないものである。

(二) 供給力の安定性について

原告らは、原子力発電所は一旦事故が起きれば長期停止を余儀なくされるため供給の安定性に欠ける旨主張し(原告準備書面一九・一三三頁)、室田証人も右主張に沿う証言をしている(室田調書・二九丁裏)。

しかしながら、第六、一、(二)で述べたとおり、わが国の原子力発電所の設備利用率の実績は、一九八〇年度に六〇パーセントを超した後、着実に上昇し、一九八三年度に七〇パーセントを超えて以来、九年間引き続いて七〇パーセント台の高い率で推移しており、また、各国の設備利用率の実績をみても七〇パーセントを超えているのが大半である。こうした実績からみても、原子力発電は安定した供給力となっていることが明らかであるから、原告らの主張は失当といわざるを得ない。

三 原子力発電のコストについて

(一) 実績値によるコスト比較について

原告らは、被告会社の有価証券報告書に記載されている発電電力量と発電費用から計算して、原子力発電のコストは他の電源(水力・火力)より高く、経済性からみても原子力発電を推進する理由はない旨主張し(原告準備書面一九・一三二頁)、室田証人も右主張に沿う証言をしている(室田調書・二九丁表〜三四丁表)。

しかしながら、原告らの右主張は以下のとおり失当であることが明らかである。

ア 各電源種別のコストを比較する場合、発電所の規模、初号機か増設号機かの区別、開発の時期などの前提条件を合わせて比較検討する必要がある(相原調書二・八丁表〜一一丁表)。

すなわち、発電コストは、燃料費のように発電電力量に比例して発生する費用(可変費)と、減価償却費や人件費のように発電電力量の多寡に直接関係しない費用(固定費)とに大別されるが、このうち、固定費の大きな割合を占める減価償却費などは運転開始後の年数の経過とともに低減していくことから、一般に原子力発電の場合には、大幅な燃料価格の変動がないので発電コストは年(設備年齢)を経るとともに逓減していくものである。

しかも、減価償却費は、各装置等の法定耐用年数に基づく償却率によって算定されるが、平均的な総合耐用年数は一般水力が約四〇年、火力が約一五年、原子力が約一六年となっているところ、被告会社の水力発電所の多くは昭和三〇年代以前に建設されたもので、減価償却がほぼ終了しているために、発電費用に計上される減価償却費が少ないのに比して、本件原子力発電所一号機の場合は、運転開始からの経過年数が九年と短いため、減価償却費の割合が大きい。

また、一般水力発電は出水の状況によって、火力・原子力発電は定期点検の日程等によって、年度ごとの発電電力量に変動がみられる。いずれについても前記のとおり、発電電力量に直接関係しない固定的な費用があることから、発電電力量の多寡によってキロワットアワー当たりのコスト負担に増減が生じざるを得ない。

さらに、また、同一敷地に複数の発電設備を建設する計画の場合には、初号機を建設する際に、将来の増設号機を想定しつつ、港湾・道路等、増設号機との共通設備の工事を一部先行的に実施することが工事費全体の節減につながることが少なくないことから、初号機の建設工事にそのような先行投資的部分が含まれざるを得ないため、初号機だけが運転している段階では増設号機に比して割高とならざるを得ない。

なお、建設費についても建設時期の差異やその間における物価変動を無視して比較しても無意味であることは、改めていうまでもないところである。

それ故、各電源ごと、あるいは各発電所ごとの発電コストを比較し、評価するためには、それらの前提条件を合わせて比較・検討する必要があることは当然であり、そのようなことをしないまま、有価証券報告書に記載されている発電電力量と発電費用の数値から算出した数字に基づいて各電源種別ごとの「発電単価」について論じても無意味であり、各電源ごとあるいは各発電所ごとの経済性を正しく比較することにはならないといわざるを得ない。

イ したがって、電源種別ごとの経済性を比較、評価するためには、前提条件の不一致による経済性の歪みを極力排除した方法、すなわち耐用年の均等化発電原価による比較が最も合理的かつ適切である(相原調書二・一一丁表)から、原告らの主張は失当である。

ウ しかして、右の耐用年の均等化発電原価を比較した場合、原子力発電が経済性においても他の電源に優るとも劣らないことは、<書証番号略>(九頁)によって明らかなとおりである。

(二) 電気料金算定におけるレートベースについて

原告らは、被告会社が原子力発電所を建設するのは電気料金算定におけるレートベースを膨大なものにし、利潤を追求する目的である旨主張し(訴状六八頁)、室田証人も我が国のレートベースの算定方法は大型の原子力発電所に対する投資が非常にしやすいものになっている旨の証言をしている(室田調書・三五丁表裏)。

しかしながら、原告らの右主張は以下のとおり失当であることが明らかである。

ア そもそも電気事業における事業報酬の算定については、昭和三五年以前は、「積み上げ方式」と呼ばれる方式がとられていたが、この方式の下では事業者の企業努力を刺激する余地に乏しく、安易な経営におちいりやすいという欠点が生じてきたため、現在では「レートベース方式」が採用されている。

このレートベース方式は、事業に対する投下投資額の価値に対して一定の報酬率を乗じて事業報酬を算定するものであり、そのようにして算定された事業報酬は「公正報酬の原則」に基づいて、電気料金の算定基礎となる総括原価に盛り込まれるとされており(<書証番号略>)、利潤追求のためにそのような方式がとられているわけではない。

イ また、レートベース方式は、アメリカの公益事業規制において幾多の変遷を経て確立されたものであり、我が国でもすでに昭和三二年以降ガス事業に採用され、さらに昭和三三年の電気料金制度調査会の答申に基づいて、昭和三五年に電気事業にも採用され現在にいたっているものであるが、原子力のみならず、水力、火力電源並びに送電、変電設備等を含むすべての事業用設備について採用されており、原子力開発のために採用されたものではない。

ウ したがって、原告らの右主張は失当であることが明らかである。

四 核燃料サイクルについて

原告らは、ウラン資源の有効活用のために不可欠な核燃料サイクルの確立や高速増殖炉は技術的・経済的に不可能である旨主張し(訴状六二頁、原告準備書面五・一〇丁裏〜一九丁裏)、槌田証人も右主張に沿う証言をしている(槌田調書一・三七丁表〜四〇丁表)。

しかしながら、核燃料サイクルについては、国内において、核燃料の再転換・成型加工に関してはすでに多くの実績が積み重ねられており、また、ウラン濃縮、使用済燃料再処理、低レベル放射性廃棄物埋設等に関して、日本原料株式会社による事業化の具体的な進展が図られているところである(<書証番号略>)ので、技術的・経済的に不可能であるという原告らの主張は失当である。

五 温排水の影響について

ア 原告らは、本件原子力発電所から放出される温排水について、「被告会社はその拡散状況について把握しておらず、女川湾に与える影響についての評価も極めて不十分であるが、温排水によって女川湾に棲息する生物の生態系が変化し、特に環境変化に弱い養殖魚介類に致命的な疾病が発生する可能性がある」旨主張し、かつ「温排水には合成洗剤、塩素、次亜塩素酸ソーダ等が大量に含まれ、その毒性により女川湾が汚染される」旨主張している(訴状六五頁)が、本件原子力発電所が運転を開始した昭和五九年以降とそれ以前とを比較して、それ以前に比べて昭和五九年以降に温排水の影響が直ちに明確に生じたなどということについては、原告らも何ら主張・立証していない。

それ故、原告らの右主張は、本件について考慮されるに値しないものといわざるを得ない。

イ 加えて、被告会社は、温排水の影響について、本件原子力発電所の計画段階から環境影響調査を実施し、女川湾に与える影響について必要な調査、予測および評価を行ったばかりでなく、運転開始後においても、宮城県・女川町・牡鹿町と被告会社の間で締結された「女川原子力発電所周辺の安全確保に関する協定書」の中で定められた「女川原子力発電所環境放射能および温排水測定基本計画」に基づき同様の測定・調査を行っているが、その結果に基づいて作成される「女川原子力発電所温排水調査結果」では、養殖魚介類の疾病発生や合成洗剤による汚染の事実は何ら報告されていない(<書証番号略>)から、原告らの危惧するような可能性はなく、その点においても原告らの主張は事実に反し失当といわざるを得ない。

ウ なお、合成洗剤は後記第八章第一、三、(四)、3のように適切に処理されているし、冷却細管の目づまり防止のための塩素、次亜塩素酸ソーダは本件原子力発電所では運転開始当初から使用されていないから、原告らのそれらの使用を前提とする主張は、主張自体失当であることが明らかである。

第七 原告ら申請証人の証言に対する意見

一 揚水発電と原子力発電について

室田証人は、揚水発電と原子力発電はセットで一つのシステムとして考えられるので、被告会社の原子力の発電コストは非常に高い旨の証言をしている(室田調書・三〇丁裏〜三四丁表)。

しかし、揚水発電は、深夜などの軽負荷時の供給力を有効利用して、ポンプにより高所の自然湖等に揚水し、この水で需要のピーク時に発電する方式であり、また、揚水と発電の間のエネルギー損失が三〇パーセント程度と大きいものの、建設費が安価であることから、需要のピークまたは他の電源の事故時の予備力の分担に適しており、いわゆるピーク供給力として位置付けられ、近年における冷房機器の普及等による需要の昼夜間格差の増大を背景として開発が進められており、被告会社における最初の純揚水発電所たる沼沢発電所(4.37万キロワット)が昭和二七年一一月に運転を開始しているばかりでなく、被告会社の最新の揚水発電所である第二沼沢発電所(四六万キロワット)も、二三万キロワットが昭和五六年一〇月に、残り二三万キロワットも昭和五七年五月に運転を開始していること(<書証番号略>)と、本件原子力発電所一号機の運転開始が昭和五九年六月であることを考え合わせると、揚水発電と原子力発電をセットとして考える室田証人の主張が失当であることは明らかである。

二 ピークカットについて

室田証人は、八月の最大電力発生時に大口需要先の工場への送電を停止したり、自家用発電設備を増加したりなどすることによってピークをカットすれば、本件原子力発電所は不要になる旨の証言をしている(室田調書・二七丁裏〜二九丁表)。

しかし、そもそも電気事業者は電気の需要に対し常に良質な電気を供給することを義務付けられており、一方的にピークをカットするなどということが許されていないことは前記第一、二のとおりである。

もっとも被告会社としては、時間帯別料金制度や長期夏季休日契約などの電気料金制度面からの対応などを行い、ピーク時の需要をカットするための努力を行っているものの、最大電力は天候・気温・景気など、予測困難な要因によって左右されることが少なくないため、最大電力が発生する日を予め想定して工場への送電を停止したり自家用発電設備の増加を計画してもらったりすることは不可能であるし、また、大口需要の工場への送電を停止するについては、そのような工場の側の事情も無視することはできないから、被告会社の都合のみによって需要ピーク時に合わせて工場の操業を停止してもらうことは極めて困難である。

また、被告会社は、自家用発電設備の増加についても前記第三、二、(三)のとおり、余剰電力の購入等によって協力しているが、自家用発電の普及、増加は設備を設置する企業等の判断を俟たざるを得ないため、電力会社が主体的に進め難い事情があるばかりでなく、自家用発電設備を有する比率が高い素材型業種は、景気動向等の影響を受けやすく撤退、生産縮小・再開等による発電設備の変動が多く、自家用発電設備を長期的な観点からの安定した供給力とすることは不適当である。

それ故、室田証人の主張が失当であることは明らかである。

第四章 本件原子力発電所における安全確保対策の基本的な考え方

原子力発電所に固有の特徴は、核分裂によって生じるエネルギーを利用すること及び核分裂によって核分裂生成物等の放射性物質が生じることに存する。

原子力発電所の安全は、この放射性物質の封じ込めに万全を期し、放射性物質の有する危険性を顕在化させないことによって確保される。

原子力発電所においては、右の観点に立って十分な安全確保対策が講じられているが、これを体系的にみた場合、以下のように二つの対策に集約することができる。

第一は、「事故防止対策」であり、これは、自然的立地条件に十分な配慮を行ったうえ、いわゆる多重防護の考え方に立って、「異常状態発生防止対策」、「異常状態拡大防止対策」及び「放射性物質異常放出防止対策」という三段階の対策で構築するものである。

第二は、「平常運転時の被ばく低減対策」であり、平常運転に伴って環境へ放出される放射性物質の量をできる限り低く抑え、公衆の被ばく線量を十分低く抑えるための対策を講じることである。すなわち、原子力発電所の平常運転中に発電所周辺の公衆が受ける放射線被ばく線量を法令で定めている実効線量当量限度(年間一ミリシーベルト<0.1レム>)を超えないようにすることはもちろん、いわゆるALAP(注五の五参照)の考え方に基づき、これをはるかに下回るように管理するための対策である。

そこで、本準備書面では本件原子力発電所において十分な安全確保対策がとられていることについて述べるが、原子力発電所の安全は、放射性物質の有する危険性を顕在化させない点に尽きることから、まず第五章では「放射性物質からの放射線被ばくの人間に及ぼす影響」の問題を中心に述べる。

次に、本件原子力発電所における安全確保対策のうち右「事故防止対策」に関し、第六章では、本件原子力発電所が自然的立地条件に十分な配慮を行った設計としていること、第七章では、右自然的立地条件を配慮した上で十分な事故防止対策を行っていることについて述べ、さらに、第八章では右「平常運転時の被ばく低減対策」に関し、本件原子力発電所において十分な対策を行っていることについて述べる。

第五章 放射線とその影響

はじめに

原子力発電所の有する潜在的危険性は、主に核分裂反応により発生する核分裂生成物等の放射性物質によるものであり、結局、原子力発電所の安全は、放射性物質の封じ込めに万全を期し、放射性物質の有する危険性をいかに顕在化させないかという点に尽きるのである。そこで、本章では、放射線に関し、放射線と人間とのかかわりの観点から、放射線被ばくの人間に及ぼす影響の問題を中心に述べることとする。

第一 放射線と人間生活

一 放射線の種類とその性質

放射線とは、アルファ線、ベータ線、中性子線等の粒子線及びガンマ線、エックス線等の波長の非常に短い電磁波の総称である。また、一般に、放射能とは、放射線を放出する能力のことで、放射性物質とは、この放射能を有する物質のことである。

右の放射線のうち、アルファ線は、陽子、中性子各二個からなるアルファ粒子の流れである。アルファ粒子は、質量及び電荷が大きいことから、物質との相互作用が大きい。したがって、アルファ線は、透過力が極めて小さく、空気中でも数センチメートル程度しか透過できず、薄い紙一枚で容易にしゃへいされる(<書証番号略>)。

ベータ線は、ベータ粒子(電子また陽電子)の流れである。ベータ粒子は、アルファ粒子に比べ、質量が約七〇〇〇分の一、電荷が半分であることから、物質との相互作用ははるかに小さい。したがって、ベータ線は、アルファ線よりも透過力がかなり大きいが、それでも空気中で数十センチメートル乃至数メートル程度しか透過できず、数ミリメートル程度の厚さのアルミニウム板で容易にしゃへいされる(<書証番号略>)。

中性子線は、中性子の流れである。中性子線は、中性子の速度により物質との相互作用が異なり、低速度の中性子線は透過力が小さいが、高速度の中性子線は透過力がかなり大きい。しかし、中性子線は、水のように水素を大量に含む物質中においては、水素の原子核と衝突することによって減速されるので、水等に容易にしゃへいされる(<書証番号略>)。

ガンマ線及びエックス線は、波長の非常に短い電磁波である。ガンマ線等は、質量も電荷も持たないことから、物質との相互作用が極めて小さい。したがって、ガンマ線等は、透過力が非常に大きく、これをしゃへいするためには、厚い鉛板、鉄板またはコンクリート壁等が必要である(<書証番号略>)。

二 放射線と人間生活

(一) 自然放射線と人間生活

自然界には、宇宙線と呼ばれる放射線、地殼を構成している花崗岩、石炭岩、粘土等の中に含まれる放射性物質から放出される放射線及び飲食物等の摂取によって、人体内に取り込まれた放射性物質から放出される放射線(これらの放射線を「自然放射線」という。)が存在し、人間は、この自然放射線を絶えず被ばくしている。

右の自然放射線のうち、宇宙線による一人当たりの被ばく線量は、通常一年間に約0.35ミリシーベルト(三五ミリレム)(注五の一)であるが、高度が上がるにつれて増えるので、高地に住む人間は、低地に住む人間よりそれだけ多く被ばくすることになる。

大地に含まれる放射性物質からの一人当たりの被ばく線量は、通常一年間に約0.4ミリシーベルト(四〇ミリレム)であるが、地質等によって大きな差がある。また、体内に取り込まれた放射性物質からの一人当たりの被ばく線量は、通常一年間に約0.35ミリシーベルト(三五ミリレム)である(<書証番号略>)。

したがって、人間は、一年間に一人当たり約1.1ミリシーベルト(一一〇ミリレム)の自然放射線を被ばくしていることになる。この値は全世界の平均的水準であるが、地域によって大きな差があり、ブラジルやインドのある地方では、一年間に一〇ミリシーベルト(一〇〇〇ミリレム)を超えるところもあり、我が国でも、県平均で年間0.81ミリシーベルト(八一ミリレム)(神奈川県)から年間1.19ミリシーベルト(一一九ミリレム)(岐阜県)までの範囲に亘っている(<書証番号略>)。

また、同一地域であっても、家屋の構造(木造、コンクリート造り等)や、屋外での生活時間の長短等の個人の生活様式の違いによって、一人当たりの自然放射線の被ばく線量は異なっている。

(二) 人工放射線と人間生活

人間が日常生活を営んでいく上において被ばくしている放射線には、右の自然放射線以外にも、種々の人工放射線がある。

人工放射線のうちで、最も身近に接しているのは、エックス線である。例えば、医療用として、結核予防の目的で行われる胸部エックス線撮影の場合には、一回当たり約0.3ミリシーベルト(三〇ミリレム)を被ばくし、胃の透視のためのエックス線撮影の場合には、一回当たり約四ミリシーベルト(四〇〇ミリレム)を被ばくしている(<書証番号略>)。そのほか、夜光時計やテレビ等からも放射線は放出されているのである(<書証番号略>)。

三 放射線被ばくによる影響等

(一) 放射線障害

人間の放射線被ばくによる障害としては、放射線を被ばくした個人に現われる身体的障害と、その個人の子孫に現われる遺伝的障害とに分けられ、身体的障害は、さらに、被ばく後余り長くない時期、すなわち通常二、三週間以内に現われる急性障害と、かなり長い潜伏期間を経て現われる晩発性障害とに分けられる(<書証番号略>)。

1 身体的障害

身体的障害のうちの急性障害は、短期間に高線量の放射線を被ばくした場合に生じるものであって、被ばく線量や被ばく部位によっても異なるが、はき気、けん怠感、下痢に始まり、白血球減少、脱毛、発疹、水泡、急性潰瘍等の症状が現われ、極端な高線量被ばくの場合には死に至ることもある。全身に一時に放射線を被ばくした場合における被ばく線量と症状経過との関係は、比較的良く判明している(<書証番号略>)。表五―一は、ICRP(後記四、(一)参照)が一九七七年の勧告の中で引用したものであるが、これによると、〇乃至一〇〇ラドでは、特徴的徴候は認められず、一〇〇乃至二〇〇ラドでは、被ばく後三時間頃までに五乃至五〇パーセントの人に嘔吐が起こり、中程度の白血球減少の徴候が見られるものの数週間で回復するとされている。また、二〇〇乃至六〇〇ラドでは、被ばく後二カ月頃までに〇乃至八〇パーセントの人が死亡し、六〇〇乃至一〇〇〇ラドでは、八〇乃至一〇〇パーセントの人が死亡するとされている(<書証番号略>)。また、身体的障害のうちの晩発性障害には、白血病、その他のがん、白内障等がある。これらの障害のうち、白内障は低線量の被ばくによっては発生しないことが判明している(<書証番号略>)が、白血病やその他のがんについては、低線量の放射線被ばくの場合には、放射線を被ばくした場合としない場合とを比較してみても、右障害の発生率に有意差は認められず、現在までのところ、どの程度の放射線を被ばくした場合に右障害が発生するのかは必ずしも明らかになっていない(<書証番号略>)。

なお、身体的障害は、一般に、被ばく線量が同じであっても、その線量を被ばくした期間が長ければ長いほど、換言すれば、線量率(単位時間当たりの線量)が小さければ小さいほどその影響は小さいものと考えられている(<書証番号略>)。

2 遺伝的障害

遺伝的障害は、生殖細胞の中にある遺伝子や染色体が、物理的、化学的その他種々の要因により突然変異あるいは異常を起こし、それが子孫に伝えられて生じるものであり、生殖腺が放射線を被ばくした場合には、放射線も右の突然変異あるいは異常を起こす要因の一つになる可能性があるとされている。

ところで、放射線の被ばく線量とそれによって生じる遺伝的障害との関係については、人間以外のいつくかの動物実験において、自然放射線と比べ、かなり大きい線量の放射線を照射した場合にのみ比例的関係が認められているにとどまり、低線量の放射線を照射した場合においては、晩発性障害のうち白血病やその他のがんの場合と同様に、放射線を被ばくした場合としない場合とを比較してみても、その発生率に有意差は認められないのであり、低線量放射線被ばくと遺伝的障害の発生との関係については必ずしも明らかではない(<書証番号略>)。

一方、人間については、広島、長崎に投下された原爆によって高線量の放射線を被ばくした場合であっても、遺伝的障害の発生率に有意差は認められていない(<書証番号略>)。

なお、遺伝的障害の場合においても、一般に、被ばく線量が同じであっても、その線量を被ばくした期間が長ければ長いほど、すなわち、線量率が小さければ小さいほどその影響は小さいものと考えられている(<書証番号略>)。

(二) 自然放射線量の地域差と放射線障害等

右に述べたとおり、低線量放射線被ばくと晩発性障害及び遺伝的障害の発生率との関係について詳しい知見は得られていないが、この点を理解するに際し、さらに参考になるのが、自然放射線量の地域差と晩発性障害、遺伝的障害等の発生率との比較である。

前記二で述べたとおり、人間は、一年間に一人当たり平均して、約1.1ミリシーベルト(一一〇ミリレム)の自然放射線を被ばくしているのであるが、地域によっては大きな差があり、自然放射線の高い地域は世界各地に散在している。これらの地域に生活する人間を対象としての種々のがん、先天性異常の発生率、新生児死亡率等についての調査研究がなされているが、自然放射線量の地域差による右障害等の発生率に有意差は認められていない(<書証番号略>)。

例えば、

① 一九七二年から一九七五年に亘り、中国広東省の自然放射線量の高い地域において住民の健康調査が行われたが、右地域(平均年間全身被ばく線量二三一ミリレム)住民約七万三〇〇〇人と、右地域から約一〇Km離れた対照地域(平均年間全身被ばく線量九六ミリレム)住民約七万七〇〇〇人との間に、流産、がん、白血病の発生率、子供の成長等について有意差は認められなかった(<書証番号略>)、

② インド南西部のケララ州海岸地区の七つの地域において二四二〇組の夫婦(一万三七二〇回の妊娠歴)を対象として、母親が一乃至五BKG単位(注五の二)、六乃至一〇BKG単位、一一乃至二〇BKG単位及び二〇BKG単位を上回る線量を被ばくしている四つのグループに分け、妊娠数、子供の性比、乳児死亡率、流産、死産、大きな異常、双生児の発生率等について分析が行われたが、右四グループ間で有意差は認められなかった(<書証番号略>)、

③ ブラジル・エスピリトサント州(自然放射線量が年間六〇乃至一一七〇ミリレントゲンに亘っている)において約八五〇〇組の夫婦を対象として、右②とほぼ同様な調査が行われたが、有意差は認められなかった(<書証番号略>)。

等の報告例がある。

また、我が国においても、

① 年間の環境放射線(生活環境内にある放射線)の線量が一〇〇ミリレントゲン以上の四県(福井、岐阜、滋賀、香川)と五九ミリレントゲン以下の三県(青森、千葉、神奈川)との間に成人がん、小児がんによる死亡率、胎児死亡、新生児死亡、幼児死亡の発生率について有意差は認められなかった(<書証番号略>)、

② 二八市、一一町村、計三九市町村を低線量群(一時間当たり7.6マイクロレントゲン未満)、中等度群(一時間当たり7.6乃至10.5マイクロレントゲン)及び高線量群(一時間当たり10.6マイクロレントゲン以上)の三群に分け、それぞれの群の性別悪性新生物死亡状況を比較した結果、「いずれの年代、かつ、いずれの年齢群においても、全がんおよび白血病のいずれも、自然放射線レベルとともに有意な死亡率の上昇や低下を示すものはなかった」(<書証番号略>)、

等の報告例がある。

右のことから、自然放射線量の地域差程度の放射線被ばくによる影響は、無視できる程度のものであるといえる。

(三) 原告らの主張の失当性

1 高自然放射線量地点での住民の染色体異常の発生について

原告らは、ブラジルのガラバリ地区やオーストラリアのバンドガスタイン地区等自然放射線量の高い地点の調査では、地域住民に染色体異常が多く現われている旨主張しており(原告準備書面四・一六頁)、<書証番号略>には、右各地域の住民のリンパ球に染色体異常が多く発生している旨の記載がある。

しかしながら、<書証番号略>によっても、リンパ球の染色体異常の発生と放射線による被ばくとの因果関係が肯定されているわけではない。

そもそも人のリンパ球の染色体異常の発生については、被ばく線量と直線関係を示すことが明らかにされた最低線量は二〇レントゲン(二〇〇ミリシーベルト)であり(<書証番号略>)、それ以下の線量では直接関係が明らかになっていないことに加えて、原告らの主張する右各地域は、我が国における自然放射線量(平均1.1ミリシーベルト)より数倍高い線量の地域であることから、右調査をもって我が国における自然放射線量、まして、本件原子力発電所が平常運転時に放出する放射性物質による被ばくによって、染色体異常が多く発生するということはできない。

さらに、染色体異常の発生と身体的障害及び遺伝的障害の発生とを直接結びつけることもできないことは、自然放射線の人体に対する影響に関して行われた調査結果において前記(二)のとおりの報告例があることからも明らかである。

なお、遺伝的障害について付言すれば、生物には、体細胞内にも生殖細胞にも染色体切断などの異常や突然変異が発生したとしても、遺伝的障害除去のしくみがあるので、染色体異常の発生と遺伝的障害の発生とを直接結びつけることはできないとされている(<書証番号略>)。このことは、「アメリカ原爆被害調査委員会では約八年にわたり広島、長崎の被曝者について調査を行なったが、流死産率、新生児死亡率などが、被曝しなかった人に比べてとくに高まる事実を認めることができなかった。このことは、いったん生じた染色体異常や突然変異が、次々に除去されていって、妊娠末期までにほとんど自然に起こっている流死産レベルまでに下がってしまったためで、被曝によって発生率が多少増加しても、統計的にその差をつかむことができなかったためと見るのが妥当であ」る(<書証番号略>)とされていることからも明らかである。

(四) 甲号証に対する意見

1 <書証番号略>について

<書証番号略>は日本の自然放射線量とがん死の関係を解析したところ、自然放射線量と男女胃がん死の発生率とに有意な相関関係が見出されるとしている。

しかしながら、<書証番号略>は「六五才を超えた人口が均一な分布でないにもかかわらず…年齢構成の差異は補正されなかった」(<書証番号略>)というデータの不正確さがあるのであり、この論文の著者自身も「我々は市部と郡部のレベルに関する年齢分布のデータが得られなかった。…このため、以下のデータは不完全である」(<書証番号略>)として、データの不正確さを認めているのである。

2 <書証番号略>について

原告らは「粟冠正利論文は、『自然放射線量にも地域差があるのに、がんや白血病の発生に差異は見い出されていない。従って原発から出される程度の放射線量は害がない旨主張する被告東北電力の論拠のひとつである』が、<書証番号略>は、右粟冠正利論文が誤りであることを示しており、さらに、<書証番号略>、<書証番号略>は、この粟冠正利論文が自然放射線量の地域差とがんや白血病の発生との関連性は見いだされないとしているのは誤りであり、逆に、自然放射線量の多寡が全がんの発生に有意な関係を有することを示している」と指摘している(原告証拠説明書一・一二丁表〜一三丁裏)。

原告らの指摘する粟冠正利氏の論文は、同氏が日本医学放射線学会雑誌三八巻三号に発表した「環境放射線と白血病死亡率との関係」と題するものであるが、本件訴訟において被告会社が書証として提出した同氏の論文(<書証番号略>)は、同氏がジャーナル・オブ・ラジエーション・リサーチ一九八二年一二月号に発表した「自然放射線のリスクを考える」と題する論文であって、原告らの指摘する論文とは異なるものであり、前者の論文は被ばく線量とがん死亡発生を県別に比較したものであるが、後者の論文は線量の高い集団と低い集団との間のがん死亡率を比較したものであって、前者と後者とでは、その手法も異なるのである。

したがって、原告らの前者の論文に対する批判は後者の論文(<書証番号略>)に対しては当てはまらない。

ちなみに、<書証番号略>は、その結論として低バックグランド放射線県の年齢構成にあわせて「高バックグランド放射線県の年齢構成を補正した場合、がんの過剰粗死亡率は消失した。高バックグランド放射線におけるがんによる余命の過剰損失は無視できるものであった。小児がん死亡並びに胎児、新生児及び幼児の死亡の過剰率は自然バックグランド放射線レベルではゼロであった」としているのであり(<書証番号略>)、右論文は自然放射線量の差異ががんの死亡率の発生に有意な関係を有していないことを明言している。

なお、その後の研究においても、我が国の自然放射線量の差によって、がん死の発生率に有意性がないことが確かめられている(<書証番号略>)。

四 公衆の実効線量当量限度

(一) 国際放射線防護委員会(ICRP:International Commission on Radiological Protection)

ICRPは、一九二八年(昭和三年)スウェーデンのストックホルムで開かれた第二回国際放射線医学会議において「国際エックス線及びラジウム防護委員会」として設立され、その後、放射線利用の多様化や原子力開発利用の進展により、急速に拡大する放射線防護の分野を一層効果的に網羅するため、一九五〇年(昭和二五年)、現在の名称と組織形態をとるに至った。ICRPの委員は、放射線医学、放射線防護、物理学、保護物理学、生物学、遺伝学、生物科学及び生物物理学の諸領域における顕著な実績を有する学識経験者によって構成されており、その最大の任務は、科学的立場から、適切な放射線防護方策の基礎となる基本原則を検討し、その結果を勧告または方向としてとりまとめ、公表することである。

このためICRPは、その母体である国際放射線医学会議と密接な関係を取りつつ、放射線防護の分野全体について適切な指針を用意するため、必要な諸活動を行ってきている。ICRPは、その任務を適確に遂行するため、世界保健機構(WHO)及び国際原子力機関(IAEA)と公的な関係を有するとともに、国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)、経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)等と仕事上の協力関係を保っている。ICRPの最初の勧告は一九二八年(昭和三年)に出され、さらに、基本的な勧告が一九五一年(昭和二六年)、一九五五年(昭和三〇年)、一九五九年(昭和三四年)、一九七七年(昭和五二年)、一九九〇年(平成二年)に出されたが、このように、ICRPは最新の科学的知見に基づき、基本的勧告の見直しを続けているとともに、専門委員会の勧告や報告を刊行してきている。ICRPはその勧告を策定するに当たっては、放射線防護の基本的原則をとり上げるに留め、それぞれの国の国情に最も適した詳細な技術的規則を採用することによって、その国民を放射線から防護する責任はその国にあるという立場をとっているが、現実には、原子力の開発利用を推進している世界各国及び関係国際機関は、ICRPの勧告を科学的に権威あるものとして受け止め、同勧告の趣旨を十分に尊重して、放射線防護対策を進めている(<書証番号略>)。

(二) 公衆の実効線量当量限度

我が国においては、原子力発電所における周辺監視区域(注五の三)外の実効線量当量限度、すなわち公衆の実効線量当量限度は、一年間につき1.0ミリシーベルトとされている(<書証番号略>、「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則の規定に基づく線量当量限度等を定める告示」<平成元年三月二七日・通商産業省告示第一三一号>)。

これは、ICRPの公衆の実効線量当量限度に関する勧告を尊重し、総理府に設置された放射線審議会(注五の四)の答申を受けて定められた数値である(<書証番号略>)。

ICRPは、右公衆に対する実効線量当量限度を勧告するに当たって、がんや遺伝的影響に関し、放射線被ばくによる障害については、しきい値(これ以下の被ばく線量では障害が生じ得ないという値)があるかもしれないことを認めながらも、これを積極的に肯定するまでの知見が得られていないことから、いかに低い被ばく線量でも障害が生じるかもしれないという慎重な仮定の下に(<書証番号略>)、長年に亘るエックス線やラジウムその他の放射性物質の使用経験、人間その他の生物の放射線障害に関する知識に照らして、身体的障害及び遺伝的障害の発生する確率が無視し得るほど小さい線量を社会的に容認できる被ばく線量の限度として勧告したものである(<書証番号略>)。そして、これと同時に、ICRPは、右勧告とともに経済的社会的な要因を考慮に入れながら、すべての被ばく線量を、容易に達成できる限り低く保つべきである(いわゆる「ALAP」の考え方(注五の五))とする旨の勧告も行っている(<書証番号略>)。

そこで、本件原子力発電所においては、右公衆の実効線量当量限度を下回ることはもちろんのこと、右ALAPの考え方に立って種々の被ばく低減対策を講じているのである。

なお、我が国においても、「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針」(<書証番号略>)によって、放射性希ガス(注五の六)からのガンマ線による全身被ばく線量及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被ばく線量の合計値については年間五ミリレム、放射性よう素(注五の七)に起因する甲状腺被ばく線量については年間一五ミリレム、との線量目標値が明示されている(注五の八)。

五 原告らが挙示する調査研究例に基づく主張の失当性

はじめに

原告らは、種々の調査研究例を引用し、これらの調査研究例から遺伝的障害やがんの発生についてしきい値が存在しないことが実証され、いかに低線量の放射線であっても人体にとって有害、危険なものであることが明らかになった旨主張している。

しかしながら、原告らが引用する調査研究例は、低線量の放射線被ばくによる人体への影響を何ら明らかにしているものではなく、原告らの右主張を根拠づけるものではない。

以下においては、第一に、原告らが引用する調査研究例の基本的問題点を指摘し、第二に、右調査研究例につき個別に反論し、もって原告らが引用する調査研究例が低線量の放射線被ばくによる危険性を何ら実証しているものではないことを明らかにする。

(一) 原告らが引用する調査研究例の基本的な問題点について

原告らが引用する調査研究例は、いずれも、原子力発電所から環境へ放出される放射線に比べ高い線量の調査研究例(<書証番号略>)であったり、被ばく線量や被ばく期間が明らかでない調査研究例(<書証番号略>)であったり、植物や下等な動物の実験例(<書証番号略>)であったりするもので、低線量の放射線被ばくによる人体への影響を何ら明らかにしているものではない。

すなわち、放射線被ばくによる人体への影響を考えるに当たっては、被ばく線量の大小はもちろんのこと、同一の線量を被ばくした場合であってもその被ばく期間を考慮することが極めて重要なのであるから、これらを何ら明らかにせずに放射線被ばくによる人体への影響を論じることはまったく意味がないのである。

また、前記一のとおり低線量の放射線被ばくによる人体への影響については、放射線を被ばくした場合と被ばくしない場合とを比較してみても、晩発性障害や遺伝的障害の発生率に意味のある差は認められておらず、低線量の放射線被ばくとそれによるこれらの障害の発生との関係は明らかになっていないのであるから、高線量の放射線を被ばくした場合の調査研究例をもって、直ちに、低線量の放射線被ばくによる人体への影響を論じることはできないのである。

さらに、植物や下等な動物と人間とは生物学的に大きな差異があるので、このような動植物に関する実験結果をもって、直接、人体への影響を論じることもできないのである(<書証番号略>)。

右に述べたとおり、原告らが引用する調査研究例は、低線量の放射線被ばくによる人体への影響を何ら明らかにしているものではなく、このような調査研究例をもって低線量放射線が人体にとって有害、危険なものであることが明らかになったとする原告らの主張は理由がないものであるが、以下にその調査研究例のいくつかについて念のため反論を加える。

(二) スチュアートら及びマクマホンの各研究について

原告らは、スチュアートらの研究とマクマホンの研究により、胎児期に数ラドという低線量の放射線を被ばくした小児がんの超過発生が確認されたとし、これらの研究によってしきい値が存在しないことが実証された旨主張している(原告準備書面四・一一頁〜一二頁、同準備書面一九・一五頁〜一六頁)。

しかしながら、右スチュアートらの研究やマクマホンの研究に対しては、米国放射線防護測定審議会(NCRP)(注五の九)は、一九七七年報告書において、広島及び長崎における原爆被ばく者を対象とした研究においては、原爆によって胎内被ばくした小児がんの超過発生がみられないこと、他の胎児被ばくに関する研究や臨床観察によっても右スチュアートらの研究やマクマホンの研究におけるような放射線被ばくを原因とする小児がんの超過発生は支持されていないこと等から、右スチュアートらの研究やマクマホンの研究に係わる小児がんの超過発生は、診断に用いられたエックス線により胎児期に受けた被ばくというよりも、むしろ母体がエックス線を用いた診断を必要とせざるを得なかったというような他の理由に起因する可能性が高い旨述べている(<書証番号略>)。

また、ICRPの放射線影響専門委員会(注五の一〇)は、一九八一年会議において、スチュアートらの研究から小児がんの原因を胎内被ばくによるものと判断するのは誤りであって、小児がんの発生にとっては母親がエックス線検査を受けなければならなかった要因の方が重要であるとするトッターらの論文を支持している(<書証番号略>)。

したがって、右スチュアートらの研究やマクマホンの研究を根拠として、低線量の放射線被ばくによってがんの発生率の増加が確認されたとし、しきい値が存在しないことが実証されたとする原告らの主張は理由がない。

なお、右スチュアートらの研究やマクマホンの研究で論じられている被ばく線量は、原告らの主張によっても数ラド程度であり、右の各研究はそれ以下の線量を人体が被ばくした場合の影響については何ら明らかにしているものではない。

(三) ハンフォード原子力施設等における調査について

原告らは、マンクーゾらのハンフォード原子力施設における調査によれば、低線量の放射線被ばくによってもがんの発生がうながされ、しきい値が存在しないことが実証された旨主張し、また、右調査とポーツマス海軍造船所における労働者に関する調査を根拠として、低線量の放射線被ばくによってもがん死亡率の増加が実証された旨主張している(原告準備書面四・一一頁〜一二頁、四一頁〜四二頁、同準備書面一九・一六頁〜一七頁)。

しかしながら、右マンクーゾらの調査及びナジャリアンらの調査と思われるポーツマス海軍造船所における調査に対しては、ICRPやBEIR委員会(注五の一一)が次のように批判している。

すなわち、ICRPの放射線影響専門委員会は、一九七九年会議において、右マンクーゾらの調査について、体内被ばくや医療被ばくをまったく考慮していないこと、発がんまでの潜伏期を考慮していないこと、さらには、ハンフォード原子力施設において多発性骨髄腫、すい臓がんの死亡が多いものの、これは放射線以外の原因(例えばかつて取扱っていた化学物質)を考えた方がよいこと等の理由から、また、ナジャリアンらの調査についても、同調査は近親者との電話連絡に基づいたものにすぎないこと、死亡した者の三分の一しか調査をしていないこと、被ばく線量との関係がまったく不明であること等の理由から、右の各調査はいずれも信用するに足りない旨批判しているのである(<書証番号略>)。

また、BEIR委員会は、一九八〇年報告書において、マンクーゾらの調査について、調査対象が極めて少ないこと、もしマンクーゾらの調査結果が正しいとするならば、多発性骨髄腫やすい臓がんが現実とは比べものにならないほどに自然放射線被ばくによって発生していなければならないことになり、論理的に信じられないこと等の理由から、また、ナジャリアンらの調査についても、統計的には線量の増加と造血器系のがんの増加との相関関係は立証されなかったこと等の理由から、右の各調査はいずれも低線量被ばくによるがんの発生の危険を考えるに当たって採用するに足りない旨批判しているのである(<書証番号略>)。

したがって、右の各調査を根拠として、低線量の放射線被ばくによりがんの発生がうながされ、しきい値が存在しないことが実証されたとする原告らの主張は理由がない。

(四) セラフィールド再処理工場の周辺住民における調査について

原告らは、英国の再処理施設の周辺で子どものがんの発生率が高いという報道がある旨主張している(原告準備書面一九・二九頁〜三一頁)。

しかしながら、右報道について、英国政府がつくった調査委員会の報告は、セラフィールド村の子供のがんと再処理工場の放出放射性物質との直接関係は認められないという結論を出しているので(<書証番号略>)、右報道に基づいた原告らの主張は理由がない。

また、原告らは、ガードナーらの研究を引用し、セラフィールド再処理工場に従事していた従事者を父親とする子供にリンパ腫の発生率が高い旨主張している(原告準備書面一九・三二頁)。

しかしながら、原告らの主張によっても右父親の被ばく線量は、合計一〇〇ミリシーベルト(一〇レム)以上とされており、右研究は右線量以下の放射線量による人体の影響について何ら明らかにしているものではない。

(五) 医療用放射線被ばくについて

原告らは、放射線による治療や検査によって急性皮膚障害が発生しているとし、さらに、①シンプソンの調査、②スチュアートらの報告、③マクマホンの報告、④コート・ブラウンらの調査を引用して、放射線による治療や検査によって白血病その他のがんが発生している旨主張している(原告準備書面四・三四頁〜三八頁)。

しかしながら、急性皮膚障害は最も軽度な障害である第一度の色素沈着についても一〇〇ラド以上の放射線を一時に被ばくした場合に初めて現われるものであるし(<書証番号略>)、さらに、原告らが引用する右の調査、報告のうち、①のシンプソンの調査は五〇乃至一五〇〇ラド程度、④のコート・ブラウンらの調査は三〇〇乃至一五〇〇ラド程度の放射線を被ばくした場合の調査であって、いずれも、右各線量以下の放射線を被ばくした場合の人体への影響については何ら明らかにしているものではない。また、②のスチュアートらの報告及び③のマクマホンの報告については、前記(二)に述べたとおりである。

なお、原告らは、医療用放射線被ばくによって放射線取扱者に障害の発生が認められた旨主張しているが、右主張は放射線防護の考え方が未だ確立されていなかった放射線利用の初期の段階のことを問題にしているにすぎないものであり、放射線「測定技術が放射線防護の実際面の最小限度要求を一応満たした時期にはいわゆる職業性放射線障害の発生は、ほぼ終りを告げ」たのである(<書証番号略>)。

ちなみに、市川証人は千葉におけるイリジウム被ばく事故に関する事例を挙げるが(市川調書一・四三丁表〜四五丁表)、右事例は急性障害発生の事例であるし、右事例の被ばく線量は市川証人によっても一〇レム以上であることから、右線量以下の被ばく量を被ばくした場合の人体への影響を明らかにしているものではない。

(六) スタングラスの見解を引用した主張等について

原告らは、シッピングポート原子力発電所、ドレスデン原子力発電所、ミルストン原子力発電所、核実験の各例を挙げ、右各施設の設置等によって幼児死亡率等が上昇している旨主張している。

原告らの右主張は、いずれも放射線被ばくによる幼児死亡率等に関するスタングラスの見解に基づくもののようであるが、以下のとおり、スタングラスのこのような見解に対しては、データの選択、解析手法等の方法論について、BEIR委員会から厳しい批判がなされていること等からも明らかなように、およそ信頼するに足りないものである。

1 シッピングポート原子力発電所周辺のがん死亡について

原告らはスタングラスの見解を引用し、シッピングポート原子力発電所周辺のがん死亡及び幼児死亡が増加している旨主張している(原告準備書面四・一九頁〜二二頁)。

しかしながら、シッピングポート原子力発電所周辺で幼児死亡率、がん、白血病死亡率が発電所に近いほど増加している等、同発電所から放出される放射能の人体への影響がみられるとのスタングラスの見解は、米国原子力委員会(AEC)、オハイオ州保健当局、国立がん協会、連邦環境保護局、ペンシルバニア州保健省、ウェストバージニア州保健省等各公的機関及びその他専門家によって批判されているのであり(<書証番号略>)、原告らの主張は理由がないものである。

2 ドレスデン原子力発電所周辺の幼児死亡、核実験による幼児死亡について

原告らはスタングラスの見解を引用し、ドレスデン原子力発電所周辺の幼児死亡が増加したと主張し(原告準備書面四・四〇頁)、さらに核実験により幼児死亡の減少が停止したと主張している(原告準備書面四・三一頁〜三四頁)。

しかしながら、放射線被ばくによる幼児死亡率等に関するスタングラスの見解に対しては、データの選択、解析手法等の方法論について、BEIR委員会から厳しい批判がなされている(<書証番号略>)ばかりでなく、米国原子力委員会(AEC)も右見解に対してBEIR―Ⅰ報告書を引用して批判しているのであり(<書証番号略>)、原告らの主張は理由がないものである。

3 ミルストン原子力発電所周辺のがん死亡について

原告らはスタングラスの見解を引用し、ミルストン原子力発電所周辺のがん死亡が増加している旨主張している(原告準備書面四・四〇頁〜四一頁)。

しかしながら、カリフォルニア大学放射線生物学研究所所長マーヴィン・ゴールドマンは、スタングラスの「コネチカット州内原子力発電所周辺における牛乳と食物の中のストロンチウム九〇の量」及び「コネチカット州内原子力施設周辺におけるがん死亡率の変化」(<書証番号略>)と題する二つの論文について検討したうえ、「ミルストンとハダムネックにある原子力発電所周辺のストロンチウム九〇とセシウム一三七の線量が発電所からの放出によって著しく増加しており、人間の健康に対する重大な脅威をもたらす」旨のスタングラスの見解の根拠となった右各研究には、データの選定方法に致命的な欠陥があり、さらに、がんの死亡率に関する研究では明らかにデータを誤解している等、調査結果の正当性を疑わさせるに足るいくつかの理由があるとしてこれを批判しているところ、米国原子力規制委員会(NRC)も右ゴールドマンの見解を支持しているのであり(<書証番号略>)、原告らの主張は理由がないものである。

(七) TMI事故の影響について

1 幼児死亡の上昇について

原告らはスタングラスの見解を引用し、TMI事故により幼児死亡率が異常に増加している旨主張している(原告準備書面四・三九頁、同準備書面一九・二七頁〜二八頁)。

しかしながら、TMI事故に関してペンシルバニア州保健省は、右事故の前後で幼児死亡率に明確な変化は見当たらなかった旨の調査結果を発表し、右事故により幼児死亡率が上昇したとするスタングラスの見解を否定しており(<書証番号略>)、原告らの主張は理由がないものである。

2 甲状腺機能低下症の増加について

原告らは、TMI事故により甲状腺機能低下症が増加している旨主張している(原告準備書面一〇・六三頁、同準備書面一九・二七頁)。

しかしながら、ペンシルバニア州保健省が設置した甲状腺機能低下症委員会は、TMI事故と先天性甲状腺機能低下症の発生との間に相関がない旨の結論を発表しており(<書証番号略>)、原告らの主張は理由がないものである。

3 動植物の影響について

原告らは、TMI事故により動物・植物の異常が増加している旨主張している(原告準備書面一〇・六四頁〜六五頁、同準備書面一九・二八頁〜二九頁)。

しかしながら、米国原子力規制委員会(NRC)はTMI事故による動植物への影響は何ら認められなかった旨の調査結果を発表しているのであり(<書証番号略>)、原告らの主張は理由がない。

4 がん死亡の増加について

原告らは、TMI事故によりがん死亡が増加している旨主張している(原告準備書面一九・二七頁〜二八頁)。

しかしながら、ペンシルバニア州保健省はTMI周辺のがん死亡数とがん発生数のそれぞれの実測値と期待値との比較並びにTMI事故で放射線被ばくしたと思われる特定集団のがん発生数の追加調査の結果では、いずれの調査結果においても、TMI周辺住民のがん発生率、がん死亡率が有意に高いという証拠はないこと、地域住民が提出したがん死亡率がTMI周辺で高いといういわゆるアーモット調査(<書証番号略>)のデータは、重大な欠陥をもっており、そのデータ自身はがん死亡率の上昇を証拠だてていないことを公表しており(<書証番号略>)、原告らの主張は理由がないものである。

(八) ショウジョウバエ、大腸菌、ムラサキツユクサを用いた実験について

原告らは、①グラスのショウジョウバエを用いた実験、②塩見敏夫らのショウジョウバエを用いた実験、③大腸菌を用いた実験、④市川定夫らのムラサキツユクサを用いた実験、⑤スパローらのムラサキツユクサを用いた実験を挙げ、これらの動植物を用いた実験結果はしきい値が存在しないことを実証的に示したものである旨主張している(原告準備書面四・一〇頁〜一一頁、同準備書面一九・一四頁〜一五頁)。

しかしながら、放射線による人の遺伝的障害を推定するに当たっては、マウス等の動物を用いた実験データを基に人に対する影響を評価する方法等が行われているところ、動物を用いた場合ですら、動物の種類の違いによって遺伝情報、遺伝機構における回復及び淘汰作用等が異なることが遺伝的障害の推定に際して極めて重要な問題となっているのであり、まして、動物と植物とでは進化系統的に大きく離れており、遺伝情報も異なっていること等から、ムラサキツユクサの体細胞に生じた影響についての知見をそのまま単純に人間に適用して、人間における遺伝的影響を評価することができないことは、学問的に周知のことであるとされているのである(<書証番号略>)。

したがって、人間とは生物学的に大きな差異があるショウジョウバエ、大腸菌及びムラサキツユクサの例をもって直ちに人体への障害に結びつけて論じることはできないものである。

しかも、原告らの主張によれば、これらの実験結果は、①のグラスのショウジョウバエを用いた実験については五レントゲン以上、②の塩見敏夫らのショウジョウバエを用いた実験については八レントゲン以上、③の大腸菌を用いた実験については8.5レントゲン以上、④の市川定夫らのムラサキツユクサを用いた実験については0.7レントゲン以上、⑤のスパローらのムラサキツユクサを用いた実験については二五〇ミリラド以上のエックス線等の放射線を照射した場合に、放射線量と突然変異の発生率との間に直線的比例関係が認められたというにすぎないものであって、右各線量以下の放射線を照射した場合の影響については何ら明らかにしているものではない。

したがって、これらの実験結果は、しきい値が存在しないことを実証的に示したものであるとする原告らの主張は理由がないものである。

(九) 寿命短縮について

原告らは、動物実験やワレン及びセルツアーらの報告を引用し、放射線がとくにどの病気ということはなしに寿命を短縮させる作用がある旨主張している(原告準備書面四・三五頁〜三六頁)。

しかしながら、BEIR委員会は人間で低LET放射線(エックス線、ガンマ線)による被ばく線量が三〇〇ラド以下である場合には、寿命短縮は、腫瘍が誘発されたためであり、特にどの病気ということはなしに寿命短縮が起きるということは認められていないとしている。また、ICRPや国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)も右と同様な見解をとっている(<書証番号略>)。すなわち、UNSCEARは、早期障害が検出されないような線量、線量率での数多い動物実験のデータは、放射線被ばくが老化を早めあるいは促進する要因となるという考えを支持しておらず、また、放射線防護施策が実施されるようになってから後に被ばくした放射線科医には、がんを伴わない寿命の短縮が認められるとの報告もないことから、低線量域においては、がんを伴わない寿命短縮は起こり得ないとしているのである(<書証番号略>)。

したがって、原告らの主張は理由がないものである。

(一〇) ゴフマン、タンプリンの研究について

原告らは、米国において採用されている年間0.17レムという基準の危険性を示すゴフマン、タンプリンの研究が発表されている旨主張している(原告準備書面四・四四頁〜四五頁)。

しかしながら、米国原子力委員会(AEC)は右ゴフマン、タンプリンの研究に対して、アメリカ国民の全部が平均線量限度年間0.17レムの放射線の被ばくを受けるという現実を無視した仮定に立つばかりでなく、低線量の放射線の影響をも過大評価していると結論づけているのであり(<書証番号略>)、右研究は信頼することができないものである。

(一一) 広島・長崎の腫瘍登録、石丸博士の研究について

原告らは、広島・長崎の医師会による腫瘍登録データによる線量効果の研究は、低線量域においても、線量効果は直線的であり、しきい値は存在しないことを明らかにしている旨主張しており(原告準備書面四・二八頁、同準備書面一九・二一頁)、また、市川証人は石丸博士らの論文では広島・長崎の被ばく者についてその白血病の発生率が推定被ばく線量と比例関係にある旨の証言をしている(市川調書一・三四丁裏〜三五丁表)。

しかしながら、人体に対する被ばく線量と放射線障害の関係については、これまでの多くの調査・研究によっても、低線量域における直線的比例関係の存在は確かめられておらず(<書証番号略>)、線量が比較的大きい部分について求められた直線を線量の少ない部分に引き延ばすことによって直線関係を推定しているに過ぎないのであるから、原告らの右の腫瘍登録データによる研究や、石丸博士らの論文が、低線量域においても線量効果が直線的であり、しきい値の存在しないことを明らかにしているという主張及び市川証言はいずれも独自の判断に基づく個人的見解にすぎない。

すなわち、「放射線によって発生する悪性腫瘍のうち、もっとも調査が行き届いているのは白血病に関するものである」(<書証番号略>)が、広島・長崎原爆被ばく者の被ばく線量と白血病率の関係を見ると広島・長崎とも一〇〇ラド以上五〇〇ラドくらいの範囲では一見して直線関係があるように見えるが、一〇〇ラド以下になるとそれはかならずしも明瞭でなくなる(<書証番号略>)とされているし、さらに、市川証人の引用する石丸博士の論文では、調査によって白血病発生が認められたのは、低線量域では「慢性骨髄性白血病の発生は……広島では……、低線量域(二〇―二五ラド以上)においても増加する」(<書証番号略>)とされており、右論文によっても、二〇ラド以下の線量域の白血病の発生の増加については何ら明らかにされていないのである。

また、発がんに関して線量効果関係の直線性を立証するデータがあるのは意識的に少なく見積っても一〇〇レム以上においてであって、低線量域についてそれを立証するデータはないとされており(<書証番号略>)、具体的に論文として発表されたところによっても放射線発がんの最少線量は子宮がん一〇〇乃至一〇〇〇レム、大腸ガン四六〇レム等であるので、これより低い線量域については直線関係の存在が確かめられていないのである(<書証番号略>)。

第六章 自然的立地条件に係る安全性

はじめに

前述のとおり、原子力発電所の安全の確保については、放射性物質の有する危険性をいかに顕在化させないかという点に尽きるのである。そこで、本件原子力発電所においては、設計、建設、運転の各段階において自然的立地条件に配慮した上で、十分な事故防止対策を講じているのである。

原子力発電所における事故防止を考えるに当たっては、原子力発電所を建設しようとする場所の自然的立地条件として地盤、地震等の問題がある。

原子力発電所において、地盤に係る条件が当該原子力発電所における事故の誘因とならないためには原子炉建屋を設置する場所の地盤が施設を支持するうえで必要な支持力を有するとともに、地震等による地盤破壊を発生させるおそれがないことが必要である。

また、原子力発電所において、地震が大きな事故の誘因とならないためには、当該原子力発電所がその地点において想定されるいかなる地震力に対しても、十分耐え得るように設計される必要がある。そして、右地震力を想定するに当たって、「過去の地震」「活断層を含む敷地周辺の地質構造(注六の一)」の検討が適切に行われていることが必要である。

本章では、第一において本件原子力発電所敷地の地盤が必要な支持力を有するとともに、地震による地盤破壊を発生させるおそれがないこと、第二において本件原子力発電所敷地周辺の地質構造について被告会社が十分な検討を行っていること、第三において「過去の地震」及び右第二で述べる「敷地周辺の地質構造」についての検討等を踏まえて本件原子力発電所について十分な耐震設計を行っていることを述べる。

なお、津波については、昭和八年三月三日発生の三陸地震津波と明治二九年六月一五日発生の明治三陸地震津波の波高とを比べると、本件原子力発電所敷地付近での最大の波高は、昭和八年三月三日発生の地震の際に牡鹿郡大原村大谷川で測定された5.2mが最大であり(<書証番号略>)、さらに昭和三五年五月二三日発生のチリ地震津波の際に本件原子力発電所敷地付近で測定された波高は東京湾中等潮位に換算した換算波高で五mを少し越える程度(<書証番号略>)とされており、また、これらに基づいて津波による水位上昇を推定した結果、朔望平均満潮位(注六の二)を考慮しても本件原子力発電所敷地では最大9.1m程度である(<書証番号略>)と想定されるが、本件原子力発電所の敷地の高さが14.8mである(<書証番号略>)ことからすれば、本件原子力発電所敷地付近で観測された右規模の津波によっても、本件原子力発電所では影響がないことは明らかである。したがって、津波によって本件原子力発電所の安全性が損なわれることはないのである。

第一 本件原子力発電所敷地の地盤

原子力発電所においては、原子力発電所敷地の地盤が、当該原子力発電所における大きな事故の誘因とならないことが要求される。

そのためには、右に述べたとおり①原子炉建屋の基礎岩盤(注六の三)について、それが施設を支持する上で必要な支持力を有すること及び②右基礎岩盤が地震時に破壊するおそれがないことがそれぞれ必要である(緒方調書一・六丁表)。被告会社は以下に述べるとおり、本件原子力発電所を建設するに当たって詳細な地質調査、地盤調査を行い、右①及び②の事実を確認しているので、当該地盤は本件原子力発電所における大きな事故の誘因とはならない。

一 原子炉建屋の基礎岩盤の安定性

(一) 調査・試験の方法、内容

被告会社は、原子炉建屋の基礎岩盤が本件原子炉建屋を十分安定に支持するか否かを検討するため、後記の本件原子力発電所敷地及びその周辺で行った文献調査(注六の四)、空中写真判読(注六の五)、地表地質調査(注六の六)に加え、ボーリング調査(注六の七)、試掘坑調査(注六の八)、トレンチ調査(注六の九)等の調査を行い原子炉建屋の基礎岩盤の地質、地質構造を把握した(緒方調書一・六丁裏)。右調査項目は、概略「原子力発電所地質・地盤の調査試験方法および地盤の耐震安定性の評価手法―報告書第2編 地質調査法」(社団法人土木学会原子力土木委員会編)(<書証番号略>)の記載と同様である。

次に、右の調査の結果得られた岩石の種類、硬さ、風化の程度、割れ目等の資料から、硬質岩盤を対象とした電研式岩盤分類(注六の一〇)を用いて、岩盤を同じ性質を有しているグループごとに分類した。その後、それぞれグループ分けされた岩盤について、試掘坑内でそれぞれのグループを代表すると考えられる地点を選び、そこで載荷試験(注六の一一)を行い、右基礎岩盤の支持力を測定した。右載荷試験によって得られた支持力と地震力をも考慮した原子炉建屋からの荷重とを比較して、支持力が十分これを上回っているかどうかを比較検討して基礎岩盤の支持力を評価した(緒方調書一・七丁裏〜八丁表)。

(二) 調査・試験の結果

右調査・試験の結果

① 本件原子炉建屋の基礎岩盤は、いずれも中生代ジュラ紀(注六の一二)の砂岩及び頁岩からなる硬質岩盤で構成されていること(緒方調書一・六丁裏〜七丁表)、

② 硬質岩盤を対象とした電研式岩盤分類によると、本件原子炉建屋の基礎岩盤はおおむねCH及びCMに当たるが、二号機の基礎岩盤のごく一部にCLに当たるものが存在すること(ただしそのCLの部分は表面を掘削しコンクリートで置き換えたこと)(緒方調書一・八丁表〜九丁表)、

③ 試掘坑内で実施した載荷試験によると、右基礎岩盤の支持力は、CH及びCMとも試験を行ったすべての箇所で、一号機については一m2当たり七〇〇トン以上(緒方調書一・一〇丁表、<書証番号略>)、また、二号機については一m2当たり一四〇〇トン以上を有していることがそれぞれ確認されたこと(緒方調書一・一〇丁裏、<書証番号略>)、

④ 一号機の原子炉建屋の平常時荷重は一m2当たり約五〇トンでこれが地震時には部分的に約四倍程度になり(<書証番号略>)、二号機の原子炉建屋については地震時には一m2当たり約一三〇トンになる(<書証番号略>)ので、右③のとおり確認された原子炉建屋の基礎岩盤の支持力は、いずれも建屋の荷重を十分上回るため、地震時においても建屋を支持するのに十分に余裕をもった岩盤であること(緒方調書一・九丁表〜一一丁表)、

⑤ 右基礎岩盤には破砕帯(注六の一三)が認められる(<書証番号略>)ものの、一号機の原子炉建屋の底面は四三m×四三mの正方形(<書証番号略>)、二号機は七七m×八四mの長方形(<書証番号略>)であるところ、右原子炉建屋の大きさと比べると、一号機の原子炉建屋の基礎岩盤で破砕幅は最大でも一五〇cm(<書証番号略>)、二号機の原子炉建屋の基礎岩盤で最大でも八〇cm(<書証番号略>)といずれも小規模のものであるため、破砕帯があっても、地震時における支持力の点ではまったく問題とならないこと(緒方調書一・一一丁表〜一三丁表)、

⑥ 本件原子炉建屋の近傍に位置する断層(注六の一四)であるTF―1は、それに交差する元来ひと続きであった断層や褶曲(注六の一五)軸をすべてずらしていることから、この中では最後に活動したこと(<書証番号略>)、また、右断層が破砕の規模からしても最も大きいということから、トレンチ調査を実施したところ、その結果、右断層は少なくとも一万六千年前以降多くの地震を被っているにもかかわらず破砕帯部分で変位や変形がないことが確認されたので、将来においても、破砕帯部分に沿って岩盤が地震時に変形すると考えることは困難であること(緒方調書一・一四丁裏〜一五丁表)

等が確認されている。

以上の調査・試験の結果、本件原子炉建屋の基礎岩盤の支持力は、地震時においても十分余裕があること(緒方調書一・一〇丁裏)及び地震時にも破砕帯に沿う地盤の破壊は考えられないことが確認された(緒方調書一・一六丁表)。さらに、本件原子炉建屋は破砕帯の大きさと比較して十分な広さと厚さとをもつ頑丈な鉄筋コンクリート基礎を介して右基礎岩盤に設置されていることにより、建屋荷重は十分な支持力をもった基礎岩盤に伝えられるので、原子炉建屋の基礎岩盤は、地震時にあっても、原子炉建屋を支持する上で十分な安全性を有していると評価できる(緒方調書一・一三丁表)。

二 原告らの主張の失当性

(一) 「ダム基礎岩盤の岩質(注六の一六)分類基準」の適用に関する主張について

原告らは、原告準備書面一四(三〇頁)に記載された表1「ダム基礎岩盤の岩質分類基準」を本件原子力発電所に適用して、本件原子炉建屋の基礎岩盤は原子力発電所の基礎岩盤としては極めて不適切な岩盤である旨主張し(原告準備書面一四・五頁〜六頁)、生越証人も右主張に沿う証言をしている(生越調書一・一九丁表裏)。

しかしながら、以下に述べるとおり、原告らの右主張は理由のないものである。

1 岩盤分類の目的について

岩盤分類とは、構造物の基礎を設置する岩盤は岩盤の硬さや岩盤に存する割れ目の性状など一様ではないので、これらに着目し、ある基準に従って、同じような性質を有しているものにグルーピングすることである。そして構造物を建設するに当たっては、右グルーピングを行った後、各グループごとの岩盤の物性及びその分布を把握し、また施工性を判断することとなる(<書証番号略>)。したがって、原告らが岩盤分類の結果だけで基礎岩盤としての良否の評価をし基礎岩盤として不適切であると主張するのは、原告らが岩盤分類の目的を何ら理解していないことを示すものである。

2 「基礎岩盤としての良否」の評価の本件原子力発電所への適用について

一般に基礎岩盤としての良否は、その基礎岩盤上に設置される構造物の荷重等の条件に応じて決定されるものである(電研式岩盤分類の適用に際しても、地質条件や構造物の機能とその目的によって適正に用いることが必要であるとされている<書証番号略>)。しかるに、原告らは、右のような用い方を無視し、黒部川第四発電所のダムのような大規模なダムの基礎岩盤を対象とした岩質分類基準(前記 表1参照)に示されたダム基礎岩盤としての良否の評価をそのまま用いているが、右のような規模のダムの荷重は原子力発電所の数倍もあることなどから、右のような大規模なダムの基礎岩盤を対象とした岩質分類基準を本件原子力発電所にそのまま用いることはできないのである(緒方調書一・一六丁表裏)。

3 「ダム基礎岩盤の岩質分類基準」表の引用について

原告らが原告準備書面一四(三〇頁)の表1及び<書証番号略>に引用した「ダム基礎岩盤の岩質分類基準」には「基礎岩盤としての良否」が記してあるが、右項目は田中博士作成の表にはそもそも存在しない(<書証番号略>及び緒方調書二・二八丁表裏)。したがって、原告らの主張は、田中博士作成の「ダム基礎岩盤の岩質分類基準」そのものではなく、これに生越証人の独自の見解である「基礎岩盤としての良否の評価」を加えて主張しているにすぎないものである。

(二) 「土研式岩級区分の例」の適用に関する主張について

原告らは、本件原子力発電所の基礎岩盤に、<書証番号略>岩質区分表を適用し、右区分表によると、右基礎岩盤は不良である旨主張し(原告準備書面一九・一〇五頁、一〇七頁)、生越証人も右主張に沿う証言をしている(生越調書一・二五丁表〜二六丁裏、三〇丁表)。

しかしながら、一般に基礎岩盤としての良否は、その基礎岩盤上に設置される構造物の荷重等の条件に応じて決定されるものであり、ダムの基礎岩盤を対象とし、かつ特定のダムの基礎岩盤の評価について述べているにすぎない「土研式岩級区分の例」による基礎岩盤の評価を本件原子力発電所にそのまま用いることはできないのである(<書証番号略>)。

また、原子力発電所を建設する場合に、本件原子力発電所敷地のような硬質岩盤では電研式岩盤分類が多用されている(<書証番号略>)が、土研式岩級区分はダムの基礎岩盤の分類基準であり、原子力発電所を建設する際にこれを適用した例はない。

なお、生越証人も、特に原子力発電所の基礎岩盤にどういう根拠で基準として適切であるということを検討せず、単にたまたま土研式岩級区分という基準があるので、それで基礎岩盤を評価してみたにすぎないという趣旨の証言をしている(生越調書五・四六丁表裏)のである。

(三) RQDの評価の適用に関する主張について

原告らは、RQD(単位掘進長<たとえば一m>に対するボーリングコア長一〇cm以上の部分の全長)の評価によるとRQDがゼロで一般には「非常に悪い」と評価されているものがCHとされており二号機の基礎岩盤の岩盤分類が不適切である旨主張し(原告準備書面一九・一〇五頁)、生越証人も、RQDを用いた岩盤良好度の評価からすると被告会社の評価は疑問である旨の証言をしている(生越調書一・二八丁表裏)。

しかしながら、

① 本来RQDによる岩盤の良好度の評価は、硬質・塊状の岩盤には有効であるものの、本件原子力発電所敷地の地盤のように層理の多い堆積岩が分布している場合には判定はむずかしく誤差が大きいため(<書証番号略>)、岩盤分類に用いる要素としては位置付けが低いこと、

② 岩盤分類は、試掘坑調査及びボーリング調査で得られた岩石の種類、硬さ、風化の程度、割れ目等の資料から、同じ性質を持っているものを総合的に評価してグルーピングするものであり(緒方調書一・八丁表)、RQD以外の各要素が重要であるので被告会社はRQDだけで岩盤分類を行っていないこと

等から、本件原子力発電所敷地に適用するには誤差が大きいRQDの評価だけをもって、二号機の基礎岩盤の岩盤分類が不適切であるというのは、RQD資料の岩盤分類への適用方法を理解していないことを示す主張であるという批判は免れない。

(四) 岩盤の支持力の評価に関する主張について

原告らは、岩盤の支持力の評価について、基礎岩盤の支持力が十分で原子炉の安全性の確保が保証されるためには、右基礎岩盤のすべての部分での支持力の最低値が原子炉建屋の地震時荷重を上回っているべきであるとし、

① 一号機の基礎岩盤ではどの岩級で載荷試験を行ったのか明らかでなく、また、二号機の基礎岩盤ではCLで右試験がなされていない、

② 被告会社の主張する支持力の値は複数箇所の試験で得られた値の平均値だと思われるが、平均値ではなく最悪値を採用すべきである、

③ 破砕帯部分は支持力が落ちるのが通常であり、地震時には破砕帯部分から岩盤の破壊が起こるので、破砕帯部分での支持力の値(最悪値)が十分にあることを証明すべきである旨主張し(原告準備書面一四・八頁、同準備書面一九・一〇八頁)、生越証人も右主張に沿う証言をしている(生越調書一・三八丁裏〜四三丁表)。

しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり、いずれも失当といわざるを得ない。

1 載荷試験の実施方法、実施箇所の評価について(原告主張①に対する反論)

被告会社は、本件原子炉建屋の基礎岩盤について、岩盤分類によってそれぞれグループ分けされた岩盤について、それぞれのグループを代表すると考えられる地点を選びそこで載荷試験を行い、支持力を評価している(緒方調書一・九丁裏〜一〇丁表)。

すなわち、通常、載荷試験ではある岩級と評価される部分の中で平均的な岩質の箇所を代表して選ぶのが技術上の常識となっていること(緒方調書二・三三丁表裏)、本件原子力発電所一号機の原子炉建屋の基礎岩盤はCH・CMの岩盤が分布し、本件原子力発電所二号機の原子炉建屋の基礎岩盤もおおむねCH・CMの岩盤であること(緒方調書一・九丁表)から、右試験はそれぞれの岩級で平均的な岩質の箇所を選んで実施している。

本件原子力発電所二号機の原子炉建屋の基礎岩盤では南東隅のごく一部(原子炉建屋基礎の底面積の約1/16未満に相当)にCLが存在する(<書証番号略>)ものの、原子炉建屋は十分な広さと厚さとをもつ頑丈な鉄筋コンクリート基礎を介して右基礎岩盤に設置されているので、CLの支持力は問題とならず、また、念のためにコンクリートで置き換えることにしているため、CLでの試験は実施する必要がなかった。

2 載荷試験の値の評価について(原告主張②に対する反論)

本件原子炉建屋の基礎岩盤については、載荷試験を行ったすべての箇所で、一号機については少なくとも一m2当たり七〇〇トン以上の支持力を有していること(緒方調書一・一〇丁表、<書証番号略>)、また、二号機についてはCMでも一m2当たり少なくとも一四〇〇トン以上であることがそれぞれ確認されたのであって、複数箇所の試験で得られた値の平均値ではないのであり(緒方調書二・五七丁表裏)、原告らの主張はその前提において誤っている。

3 破砕帯部分の支持力の評価について(原告主張③に対する反論)

本件原子炉建屋は、前述一、(二)、⑤のとおり、破砕帯の大きさと比較して十分な広さと厚さとをもつ頑丈な鉄筋コンクリート基礎を介して右基礎岩盤に設置されていることにより、建屋荷重は十分な支持力をもった基礎岩盤に伝えられるので、地震時においても支持力の点では破砕帯があってもまったく問題とならないのである(緒方調書一・一三丁表)。

(五) 岩級区分と岩盤分類の違いに関する主張について

原告らは、二号炉のボーリング柱状図の岩級区分に関し、補正書(<書証番号略>)ではR―1からR―9ボーリングまで深いところにあったCLがなくなっていることを取り上げて、補正後の基礎岩盤の岩盤分類には問題があり二号炉の基礎岩盤は不良である旨主張し(原告準備書面一九・一〇五頁)、生越証人も右主張に沿う証言をしている(生越調書一・二一丁表〜二二丁裏)。

しかしながら、以下に述べるとおり、原告らの右主張は失当である。

1 細かい区分と総合的分類の違いについて

本件原子炉発電所二号機の原子炉建屋の基礎岩盤を共通の性質を持つ岩盤にグルーピング(岩盤分類)する場合、詳細なボーリング柱状図の岩級区分をもとにして、同じコアの上下や、隣のボーリングコアや試掘坑での調査で得られたデータを参考にしながら、広がりをもった岩盤としての評価を行っている。具体的には、例えば、あるボーリングコアに局所的にCLの岩石があったとしても、その周りが長いCMの岩石で覆われていれば、広がりをもった岩盤としてはCMと岩盤分類されることになるのである(緒方調書一・一六丁裏〜一七丁表)。したがって、岩級区分を変更したからといって岩盤分類の変更に直接むすびつくものではないのである。

ところで、原子炉建屋等の構築物の建設に当たっては、基礎岩盤が総体として構築物を支持することができるかどうかということが最終的に重要であるので、ボーリングコアによる岩級区分の細かい評価と、それに基づいた基礎岩盤の岩盤分類による総合的評価を比べると基礎岩盤の岩盤分類による総合的評価の方がより重要であり、基礎岩盤が構造物の建設に適しているかどうかは右の岩盤分類による総合評価を基にして判断されるのである。

しかるに、生越証人はボーリングコアによる岩級区分の細かい評価についてのみ証言しているにすぎないのであって、岩盤分類の総体的な評価について何ら証言をしていない(生越調書五・五一丁裏)のであるから、生越証人の証言を根拠にして、二号機の基礎岩盤は不良であるとする原告らの主張は理由がない。

なお、ボーリングコアによる岩級区分の細かい評価とそれに基づいた基礎岩盤としての総合的評価を比べると、後者の方がより重要であることを生越証人も認めている(生越調書五・五一丁表裏)。

2 本件原子力発電所二号機補正書における岩級区分、岩盤分類の考え方について

右1のとおり総体的な評価としての岩盤分類については、補正前も補正後も同じ考え方に基づき実施しているが、ボーリングコアの柱状図の記載についは、補正前のコア区分はコアの細かい区分を基に地下の岩盤を考慮した区分を記していたが、補正後の岩級区分はコアの細かい区分を記し、別途総体的な岩盤分類に至るまでの方法を詳細にルール化している(緒方調書二・二二丁裏〜二四丁表)点で多少異なっている。

すなわち、補正後の岩級区分は、ボーリングコア三〇cm単位で細かく区分し、コアの風化の程度と形状を表の形(<書証番号略>)にして、コアのレベルで機械的にどの範疇に入るかを表示したものである。その結果、補正後の岩級区分ではたまたま深いところにあったCLが別の区分になっているところもあるが、それは右ルール化したプロセスを適用したときにCLという範疇に当てはまらなかったにすぎない(緒方調書二・二四丁裏)。逆に、例えば、<書証番号略>を比較するとR―1孔の五〇〜六〇m付近では補正書ではCHがCMというように下がっているところもある(緒方調書一・一七表裏、生越調書五・四九丁表〜五〇丁表及び五二丁表裏)。

したがって、補正後の岩級区分で深いところにあったCLがなくなったことだけを取り上げて、補正後の基礎岩盤の岩盤分類には問題があり本件原子力発電所二号機の原子炉建屋の基礎岩盤は基礎岩盤としては不適切である旨の主張は、まったく的はずれということができる。

三 原告ら申請証人の証言に対する意見

(一) 鶴川断層での地震時の事例の適用に関する主張について

生越証人は、鶴川断層で生じた事例を取り上げて、地震時に破砕帯上に設置された構造物の揺れが破砕帯以外の岩盤に設置されたそれと比較して震度が一つぐらい余計になる旨の証言をしている(生越調書三・三四丁裏〜三五丁裏)。

しかしながら、鶴川断層は山梨県から神奈川県にかけて分布する総延長約六〇Km、幅数百mの破砕帯をもち、地形的にも明瞭に追跡される大規模な断層であるが(<書証番号略>)、一方、本件原子炉建屋の基礎岩盤に存する破砕帯の破砕幅は、一号機では最大でも一五〇cm(<書証番号略>)、二号機では最大でも八〇cm(<書証番号略>)であって、その規模が大きく異なり、また、本件原子炉建屋は十分な厚さと広さを持つ鉄筋コンクリート基礎によって基礎岩盤に存する破砕帯をまたいで一体として支持されている。

したがって、建物全体が破砕帯の上に載っているような鶴川断層の例を本件原子力発電所に事例としてあてはめ、地震時に破砕帯に設置された部分が破砕帯以外の岩盤に設置された部分に比較して震度が一つぐらい余計になるという生越証人の証言は誤りである。

第二 本件原子力発電所敷地周辺の地質構造

原子力発電所においては、想定されるいかなる地震力に対しても、これが大きな事故の誘因とならないよう地震に対する対策すなわち十分な耐震設計を講じることが重要になるが、そのためには、後記第三のとおり、原子炉建屋等の耐震設計に用いる設計用地震動を適切に策定する必要がある。適切な設計用地震動を策定するためには、過去の地震、活断層等の検討が必要である(<書証番号略>)。このような観点に立ち、設計用地震動を策定するための検討事項の一つとして、本件原子力発電所敷地及びその周辺で本件原子力発電所に影響を及ぼす地震を起こす可能性のある断層(活断層)の調査を行った(<書証番号略>)。

過去の地震を検討するのは、地震は同一地域においてほぼ同様の規模で繰り返し発生しているという地震学の知見によっている(緒方調書一・一八丁裏、<書証番号略>)。また、活断層の調査は活断層の活動によって地震が発生するという知見に基づき、過去の地震記録には現わされなかった繰り返し期間の長い地震を把握すること等を目的に過去の地震の検討を補完する意味で実施した(<書証番号略>)。

一 本件原子力発電所敷地周辺の地質構造

(一) 調査・検討の手順及び方法

被告会社は、活断層の活動によって発生する可能性のある地震の敷地に対する影響は、活断層の規模(長さ)、敷地からの距離が関係し、活断層の規模(長さ)が大きいほど、敷地からの距離が近いほど、その活動によって発生する可能性のある地震の敷地に対する影響は大きくなるという知見に基づき(緒方調書一・二〇丁表裏)、本件原子力発電所二号機の建設に当たって、概略「原子力発電所地質・地盤の調査試験方法および地盤の耐震安定性の評価手法―報告書第2編 地質調査法」(社団法人土木学会原子力土木委員会編)(<書証番号略>)記載の考え方に沿って

① 計画されている敷地を中心とした調査範囲の設定、

② 陸域については調査範囲に関連する文献調査、地形・リニアメント調査(注六の一七)の実施、その結果に基づいた地表地質調査の実施、海域については調査範囲に関連する文献調査の実施及び既往の音波探査記録の再解析、並びに新たな音波探査(注六の一八)の実施、

③ その調査結果に基づいて広域(敷地周辺)の地質構造を解明すると同時に、そこに分布している断層についての活動性の評価、

④ 以上の結果を基にした設計用地震動の策定

という手順にしたがって原子力発電所の広域(敷地周辺)の断層の調査を行った(緒方調書一・二一丁裏〜二二丁表、三二丁表)。

なお、二号機の建設に当たって行った調査の基本的な考え方は一号機の建設時の調査と同一であるが、その内容には新たに開発した技術を適用した部分もある(緒方調書二・五丁表裏)。また、二号機は一号機の中心から一五〇m程度離れているにすぎないので、二号機の建設時の広域調査の結果は一号機にも適用できるのである(緒方調書一・二二丁表)。

(二) 調査範囲

調査範囲は、普通、敷地の中心から半径三〇Km程度以内とされ(緒方調書一・二二丁表裏)、その範囲で種々の調査を行うこととしているが、規模の大きい断層は敷地から三〇Kmより遠くても敷地への影響が大きいと考えられるので、文献調査等により規模の大きい断層についても調査している(緒方調書一・二二丁裏、<書証番号略>)。

(三) 敷地から半径三〇Km程度より遠い部分の活断層の調査結果

右に述べたとおり、敷地から半径三〇Km程度より遠い部分では、敷地への影響を考慮し文献等から規模の大きい断層を選び出しているが、本件原子力発電所敷地周辺陸域については、断層の存在は発表されているものの敷地からの距離が遠いことから、敷地への影響は小さいとの判断に達した(緒方調書一・二四丁裏〜二五丁表)。

また、本件原子力発電所敷地から約五〇Km以遠の海域では既往文献に活断層が何本か記載されているが、敷地からの距離と活断層の長さとを考慮すると、右活断層の活動により発生するおそれのある地震の敷地に与える影響は、後述(五)の断層の影響を上回らないと判断された(<書証番号略>)。

(四) 敷地から半径三〇Km程度以内の活断層の調査結果

1 陸域

敷地から半径三〇Km程度以内(<書証番号略>)の本件原子力発電所敷地周辺の陸域の各調査結果によれば、

① 本件原子力発電所敷地周辺には、主として古生代から中生代にかけて形成された堆積岩(注六の一九)が分布しており、右堆積岩は褶曲構造を呈し、断層を伴っているものの(<書証番号略>)、活断層が存在する根拠となる変位地形(注六の二〇)は認められないこと、

② 北上山地から右敷地周辺にかけて分布する堆積岩の褶曲・断層は、、基本的には中生代末に生じたいわゆる大島造山運動(注六の二一)によって形成されたものであり、その後、北上山地は第三紀(注六の一二参照)の造山運動の影響もほとんど受けず、第三紀後半から第四紀にかけては陸地として存在した安定した地塊であり、褶曲・断層運動を生じさせるような大きな変動がないこと(緒方調書一・二六丁表裏、<書証番号略>)

等がそれぞれ確認されている。

ところで、「日本の活断層」(活断層研究会編)には、本件原子力発電所敷地周辺に「活断層の疑いがあるリニアメント(法六の二二)」が七本記載されている(<書証番号略>)。しかし、右リニアメントは、いずれも活断層の存在の確かさについは「確実度Ⅲ」とされており、右文献によれば、「確実度Ⅲ」というのは、活断層である確かさは最も低く活断層である可能性が半ば以下とされているものであって、例えば、川や海の浸食作用によって形成されたリニアメントも含まれている(<書証番号略>)。

被告会社は、念のため、右各リニアメントについて地表地質調査を実施したが、それによれば、右各リニアメント周辺にはいずれも断層構造がうかがわれる変位地形が認められず、岩盤が地表に露出しているところ(露頭)には、右各リニアメントが活断層であることを示す徴表はなく、岩石種類の差等が地形に反映していた。右のことから、右各リニアメントは活断層ではなく、地層の岩質の差等に起因する浸食の進行の差が現われたものと考えられるのである(緒方調書一・二九丁表)。

右の各事実から、右敷地周辺の陸域の地盤には断層は認められるものの活断層はなく地質的には安定しているということができる。

2 海域

敷地から半径三〇Km程度以内の海域には、音波探査によって<書証番号略>のとおり、F―1からF―14の一四本の主な断層が認められたが、

① F―7は、この地域で一番古い地層であるE層(中生代・古生代の地層)及びC層(第三紀鮮新世の地層)の中に分布しているが、B層(第四紀更新世の地層)(注六の一二参照)の中には存在しない。しかしながら、B層の一番下部の地層面に変形が認められることから、活動性のある断層であるという可能性が考えられ(緒方調書一・三四丁表裏、<書証番号略>)、F―6、F―8、F―9も右F―7と同じような状況を示していること(<書証番号略>)、

② F―1は、D層(第三紀中新世の地層)及びC層の下部付近にのみ存在し、C層の上部及びB1層(後期更新世の地層)には何ら変形が及んでいないので、活動性を評価する必要のない断層と評価することができ(緒方調書一・三四丁裏〜三五丁表)、F―2乃至F―5、F―10乃至F―14も右F―1と同じような状況を示していること(<書証番号略>、緒方調書一・三五丁表)が確認された。

右の各事実から、本件原子力発電所敷地周辺で地震を起こす可能性のある断層(活断層)として考慮すべき断層は、海域に存在するF―6からF―9の四本であること(<書証番号略>)が確認されている。

(五) 耐震設計上考慮すべき断層

右のことから、本件原子力発電所敷地周辺で耐震設計の対象となる活断層は、陸域、海域合わせて海域に存在するF―6からF―9まで四本の断層のみである(緒方調書一・三五丁表)。

前記のとおり断層の長さが長いほど、断層が敷地に近いほど、敷地への影響が大きいので、この観点からF―6からF―9の四本の断層について考慮すると、断層の長さの点ではF―7が最大限評価しても9.2Kmで最も長い断層であり、敷地からの距離の点ではF―6が最大限評価しても12.1Kmで最も敷地から近い断層であるので、F―6とF―7の2本の断層を耐震設計上評価すれば十分である(緒方調書一・三五丁裏〜三六丁表、<書証番号略>)。

二 原告らの主張の失当性

(一) リニアメントの調査結果に関する主張について

原告らは、被告会社は「日本の活断層」(<書証番号略>活断層研究会編)に記載されている七本のリニアメントは差別浸食による結果であるとしているが、差別浸食の結果であることは右リニアメントが断層であることを否定するものではない旨主張し(原告準備書面一九・一一五頁)、生越証人も右主張に沿った証言をしている(生越調書二・二六丁表〜二七丁表)。

しかしながら、

ア 被告会社は、前記一、(一)のとおり、敷地周辺の調査では、活断層の活動により地震が発生するという知見に基づき、敷地周辺に耐震設計上考慮すべき活断層があるかどうかを調査するのであるが、原告らの主張どおり七本のリニアメントが仮に断層であったとしても、それが活断層でない限り耐震設計上何ら考慮する必要がないのである。ところで、原告らは七本のリニアメントが活断層であることを何ら明らかにしていないのであるから主張自体失当であるといわざるを得ない。

イ 被告会社は、前述のとおり、被告会社の地表地質調査では右リニアメント周辺にはいずれも活断層が存在することの根拠となる変位地形が認められず、露頭には右各リニアメントが活断層であることを示す徴表はなかったので、右リニアメントは断層に起因するものではないから、活断層ではないと評価したのである。また、念のため右リニアメントの成因を調査したところ、岩石種類の差等が地形に反映されていたことから、被告会社は、地層の岩質の差に起因する浸食の進行の差がリニアメントとして現われたものと考えたのである。つまり、被告会社は、右リニアメントは差別浸食による結果というだけで活断層ではないと判断したものではないのである。したがって、原告らの主張は、被告会社の右主張の理解不足に基づくものであり、誤りであることは明らかである。

(二) 断層の方向と延長に関する主張について

原告らは、現在活断層がないとされている部分あるいは地表に出ていない部分で地震が発生している旨主張し(原告準備書面一四・一四頁、同準備書面一九・一一四頁)、生越証人は、海域のF―6〜F―9といった断層が方向から見ると本件原告敷地の方に這い上がっている可能性がある旨(生越調書二・二七丁裏〜二八丁裏)、また、<書証番号略>を参照し、宮城、岩手県境の胆沢―油島撓曲線の南延長方向が牡鹿半島の方向を指しているのでこれが敷地まで伸びている可能性がある旨それぞれ証言している(生越調書二・二三丁裏、二七丁表裏)。

しかしながら、本件原子力発電所周辺の海域の断層の延長については、例えばF―6については音波探査記録の交―四及びL―二二の測線において対象となる断層が存在しないことを確認しており(<書証番号略>、生越調書四・四六丁表〜四九丁表)、またF7―乃至F―9についてもF―6と同様に音波探査記録で海域の測線で断層が存在しないことを確認していることから、それより先に延びていることはなく、右各断層が敷地付近に這い上がっている可能性はない。

また、牡鹿半島方向に右胆沢―油島撓曲線が延びているとすれば本件原子力発電所敷地周辺の陸域に右撓曲線の存在を示す地質構造が現われるはずであるが、右陸域には変位地形はもとより胆沢―油島撓曲線と同方向の断層すら認められないのである(<書証番号略>)。

したがって、生越証人の右各証言は、地質学的根拠に基づくものでなく、断層の方向からだけの単なる憶測にすぎない。

(三) トレンチ調査の妥当性に関する主張について

原告らは、洪積世末期・沖積世の地層のような新しい未固結の地層におけるトレンチ調査では断層が右地層を切っていないことを理由として、その断層の活動時期が洪積世・沖積世の地層堆積前とはいえない旨主張し(原告準備書面一九・一一一頁〜一一二頁)、生越証人も右主張に沿う証言をしている(生越調書二・九丁裏〜一一丁表)。

しかしながら、原告らの主張は以下に述べるとおり理由がない。

ア 原告らは右主張の根拠として丹那断層の事例を取り上げているが、東京大学地震研究所等が行った丹那断層でのトレンチ調査は洪積世・沖積世の地層の中だけトレンチが掘られ、柔らかく未固結の洪積世・沖積世の地層の基盤となる地層までトレンチが掘られていなかったので、右の洪積世・沖積世の地層の中だけを見て、右地層が切られていないから断層の活動は洪積世・沖積世の地層堆積前とすることはできないと判断をしたのである(<書証番号略>)。

イ 他方、本件原子力発電所敷地のトレンチ調査では、丹那断層でのトレンチ調査と異なり、第四紀層の基盤となる堅い岩盤(ここでは中生代ジュラ紀の地層)まで露出させて、その上面、言い換えれば第四紀層の基底面に変形がないことを確認している(緒方調書一・三一丁表裏、<書証番号略>)のであるから、丹那断層でのトレンチ調査の場合のように断層の活動が洪積世・沖積世の地層堆積前であるかどうかの判断ができないということはなく、原告らの主張は理由がない。

(四) 断層の活動性の判断に関する主張について

原告らは、断層の活動性は、断層の上に活動性を判断すべきある年代以降の地層が載っていないと判断できないとし、本件原子力発電所敷地では、一万二六〇〇年±七〇〇年から現在まで活動していないことだけしか判明しておらず、第四紀の期間に活動したかは不明である旨主張し(原告準備書面一四・一二頁〜一三頁、同準備書面一九・一一〇頁〜一一二頁)、生越証人も右主張に沿う証言をしている(生越調書一・五一丁表〜五五丁裏)。

しかしながら、断層の活動性は、断層上に活動を判断すべき適切な年代の地層はなくても、敷地周辺の地質構造の解釈、変位地形の判読、敷地の詳細な地表地質調査、敷地の断層のトレンチ調査、右断層の断層内物質(注六の二三)の調査等から総合的に判断され得るのである(緒方調書二・四一丁裏〜四二丁表)。

被告会社は、本件原子力発電所敷地の地質構造を詳細に把握するため、右敷地において、敷地周辺の文献調査、地質・リニアメント調査に加え、地表地質調査、ボーリング調査、試掘坑調査、トレンチ調査等の調査を行った(緒方調書一・二九丁裏〜三〇丁表)。

右の各調査結果によれば、

① 右敷地の地盤は、敷地のほぼ全域にわたった中生代ジュラ紀の牡鹿層群荻ノ浜層(注六の二四)に属する砂岩及び頁岩から構成されており、褶曲構造を呈し断層を伴っている(<書証番号略>)ものの、活断層が存在すればその活動が繰り返されるので地形に変位が現われることとなるが、敷地にはこのような変位地形は認められないこと(緒方調書一・三一丁表)等がそれぞれ確認されている。

右の各事実と、敷地周辺についての調査で得られた知見とを併せ考慮すると、右敷地に存在する断層は、約一億年前の大島造山運動によって生じた褶曲の形成に関連してほぼ同時期に生じたものであり、その後、褶曲・断層運動を生じさせるような大きな変動はないことが認められる。

② また、敷地内で実施された地表地質調査によると、一号機、二号機の原子炉建屋の近傍に位置するTF―1は、敷地の中で最後に活動した断層であること等この敷地で代表的な断層であるが、右TF―1沿いの地層に引きずりが認められたことから古い時代に断層が形成されたと評価でき、しかも、右TF―1近くの地形に変位地形が認められないことから、右TF―1は活動性を有する断層ではないということができる(緒方調書一・三〇丁裏〜三一丁表)。

なお、右TF―1の箇所で掘削されたトレンチ調査の結果でも右TF―1は右断層を覆う一万六千年前の沖積層に変位を与えていないということが判明していること、また、TF―1から採取した断層内物質の石英粒子の分析等からもこのTF―1は第四紀の中期更新世乃至後期中新世以後活動性を示さないことが認められる(緒方調書一・三一丁表裏、<書証番号略>)ことからも右TF―1は活動性を有する断層ではないということが確かめられている(緒方調書一・三〇丁裏〜三一丁表)。

右のことから考えると、本件原子力発電所敷地には、本件原子力発電所に影響を及ぼす地震を起こす可能性のある断層(活断層)は認められない(緒方調書一・三一丁裏)。

したがって、本件原子力発電所敷地の断層の活動性は否定できないとの原告らの主張は根拠がない。

(五) 活断層の一般的定義に関する主張について

原告らは、活断層は新生代第四紀の間に動いたことのある断層というのが地質学における慣用的な定義として確立しており、この定義からすると本件原子力発電所敷地及び敷地周辺の断層の活動性を否定できない旨主張し(原告準備書面一四・一二頁、同準備書面一九・一一〇頁〜一一一頁)、生越証人も右主張に沿う証言をして(生越調書一・五一丁表〜五五丁裏)、被告会社が耐震設計上考慮すべき活断層を考慮していないが如き主張をしている。

しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり根拠がないものである。

ア 原子力発電所の建設に当たって、新生代第四紀の間に活動したことのある断層の中で当該断層が将来も活動する可能性のある断層かどうかを判断する際、大地震発生による敷地への影響という観点に立って、断層の活動性の大小等を検討し(緒方調書一・二〇丁表)、当該断層を耐震設計上考慮するかどうかを決定しなければならないのである(<書証番号略>)。

しかるに、原告らは、右のような考慮をまったく無視して、新生代第四紀の間に活動したことのある断層であることを否定できなければすべてが敷地に影響を及ぼし耐震設計上考慮すべきであると主張しているのであるから、原告らの主張が根拠のないことは明らかである。

イ また、たとえ活断層であったとしても、敷地からの距離、規模あるいは活動性の大小等は千差万別であるから、そこで発生する可能性がある地震がすべて敷地に影響を与えるということになるわけではない。したがって、敷地への影響という観点に立って、敷地からの距離、規模あるいは活動性の大小等を検討し、当該断層を耐震設計上考慮するかどうかを決定しなければならない(緒方調書一・一九丁裏〜二一丁表)。

しかるに、原告らは、右のような考慮をまったく無視して、活断層であることを否定できなければすべてが敷地に影響を及ぼす地震を発生するが如く主張しているのであるから、原告らの主張が根拠のないことは明らかである。

(六) 米国の原子力安全規則の解釈に関する主張について

原告らは、アメリカの原子力発電所の設置基準では一〇〇〇フィートの長さ以上の活断層が五マイル以内にある場合には敷地として一般に不適当であるというような判断がある旨主張し(原告準備書面一四・一五頁)、生越証人も右主張に沿う証言をしている(生越調書二・一七丁裏)。

しかしながら、米国の原子力安全規則(Code of Federal Regulations Title10.10CER)には活断層の規模と敷地からの距離との関係を表わした基準はあるが、原告らが主張するような一〇〇〇フィートの長さ以上の活断層が五マイル以内にある場合には敷地として一般に不適当であるという基準はないのであり、原告らの主張は失当である。

すなわち米国の原子力安全規則は、安全停止地震(地質並びに地震学に基づき地域的かつ局地的に検討し、また局地的な地表面下の地盤条件をも考慮して潜在的に考えられる最大地震によって発生する最大の地震動に対して、ある種の構造物、系統及び機器がその機能を保持するように設計される地震)を決定するために、敷地からある範囲内にある断層群のうち考慮すべき断層と考えるべきか否かの決定につき最小断層長さと敷地からの距離との関係に関する基準を示し、この基準に該当する断層については右安全停止地震の決定に際し考慮する必要があるとしているだけであって(<書証番号略>)、この基準に該当する断層があれば敷地として不適当という判断はなされていない。したがって、右規則をもって、一〇〇〇フィートの長さの断層が近くにあれば敷地として不適当とする原告らの主張及び生越証人の右証言は誤りである。

なお、生越証人もアメリカの設置基準には証言のような内容の記載がないことを認めている(生越調書四・三〇丁裏〜三一丁表)。

(七) 活断層の調査範囲に関する主張について

原告らは、右(六)で述べた「米国の原子力安全規則」と比較すると敷地周辺の調査の範囲は狭すぎ、調査として不十分であり、調査範囲外に位置する活断層によって発生する大地震に対して本件原子力発電所が十分な耐震設計を行っていない可能性がある旨主張し(原告準備書面一九・一一六頁)、生越証人も右主張に沿った証言をする(生越調書二・二五丁表裏)とともに、五〇Kmより遠い活断層の活動によって発生した地震で被害が発生したこともある旨の証言をしている(生越調書一・六一丁表〜六二丁表)。

しかしながら、原告らの右主張は、以下に述べるとおり理由がないものである。

地震を起こす可能性のある活断層から想定される地震の敷地への影響は、前述のとおり活断層の規模、敷地からの距離、さらに活動性の大小から総合的に検討されるべきものであるところ、原告らは、活断層の敷地からの距離だけを問題にして、地震の大きさ、言い換えれば活断層の規模(長さ)との関係を取り上げていない。また、震源が五〇Kmより遠い地震により被害が発生した例があるとの証言については、その被害を受けたとされる構造物の耐震設計及び地盤がどうであったのか等何ら明らかにされておらず、生越証人の指摘する地震と同規模の地震が本件原子力発電所敷地から同程度の距離のところで発生した場合、本件原子力発電所にどのような被害が及ぶものかも何ら明らかにされていない。

したがって、敷地周辺の活断層調査の範囲が狭く調査範囲外に位置する活断層によって発生する大地震に対して本件原子力発電所が十分な耐震設計を行っていない可能性がある旨の原告らの主張は、何ら根拠のないものである。

第三 本件原子力発電所の耐震設計

一 耐震設計の基本方針

原子力発電所においては、その地点において想定されるいかなる地震力に対しても、これが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震設計を講じることが要求される。

このため、被告会社は、本件原子力発電所一号機及び二号機において、

第一に、本件各原子炉建屋は、地震時に変形が小さい剛構造(注六の二五)としたうえ、その建屋を岩盤上に直接設置し、

第二に、本件各原子炉建屋は、事務所・工場等の一般建物の耐震設計を行う場合に用いられる建築基準法施行令第八八条に定められた地震力の三倍の地震力を与えた時に、右建屋の各部でどのような応力(注六の二六)が生じるかを解析し(これを静的解析という)、さらに、本件各原子炉建屋の基礎岩盤上に将来生じることが予想される最大の地震動に十分余裕をみて設計用地震動(注六の二七)を設定し、右設計用地震動が岩盤から右建屋の基礎を通して本件各原子炉建屋に伝わったときの時々刻々の建屋の揺れ動きによって右建屋の各部でどのような応力が生じたかを解析し(これを動的解析という)、右各応力に対しても十分余裕のある耐震設計を講じている(<書証番号略>)等十分な配慮を行っている。

地震動の強さは、基本的には最大加速度(注六の二八)によって判断できる(生越調書二・三四丁裏)。本件原子力発電所一号機及び二号機の動的解析に当たって用いた設計用地震動の最大加速度は後記二、(二)、4及び5のとおり同値であり、両者とも十分な耐震設計を行っているところであるが、二号機の設計用地震動の設定は、一号機の設計用地震動を設定した方法に新しい知見を取り入れたものなので、以下、まず二号機の設計用地震動設定の内容を、次に一号機の設計用地震動設定の内容を述べ、一号機及び二号機で十分な耐震設計が行われていることを示す。

二 本件原子力発電所二号機の設計用地震動の設定

(一) 設計用地震動の設定の概要

ア 右動的解析に当たっては、設計用地震動を適切に設定することが必要であるが、前述のとおり、本件原子力発電所二号機についは、本件原子力発電所の敷地周辺で発生した過去の地震(注六の二九)と活断層を調査し、設計用最強地震(注六の三〇)を選定し、この地震の影響に十分余裕のある設計用地震動(これを基準地震動S1―Dとした)を二号機の原子炉建屋の基礎岩盤上で設定し、設計用地震動に基づく動的解析を実施し、このとき判明する建屋各部の応力に対しても十分余裕のある耐震設計を講じている(<書証番号略>)。

イ また、敷地に影響を及ぼすと考えられる活断層及び地震地体構造(注六の三一)から設計用最強地震を上回る設計用限界地震(注六の三二)をあえて想定し、この地震の影響に十分余裕のある設計用地震動(これを基準地震動S2―Dとした)を基礎岩盤上に設定した。さらに設計用限界地震の一つとして直下地震を考慮し、これによる設計用地震動(これを基準地震動S2―Nとした)を基礎岩盤上に設定した。本件原子力発電所二号機は、右二つの設計用地震動に基づく動的解析に対してもその安全性が確保できる耐震設計を講じている(<書証番号略>)。

ウ 以下、図六―一「原子力発電所の耐震設計に至るまでの経過図」に基づきこれらの点について具体的に述べる。

(二) 設計上考慮すべき地震の選定

1 設計用最強地震

(1) 過去の地震の調査に基づく設計用最強地震の選定

本件原子力発電所二号機の原子炉建屋の耐震設計を行うに当たり、既往の地震史料に最近の調査の結果を取り入れた地震カタログ(注六の三三)に基づき、マグニチュード(注六の三四)と本件原子力発電所から見た震央距離(注六の三五)等から、過去に敷地及びその近傍に最も大きな影響を与えたと考えられる設計用最強地震として、明治三〇年(一八九七年)の仙台沖の地震(マグニチュード7.4、震央距離四八Km)及び貞観一一年(八六九年)の三陸沿岸の地震(マグニチュード8.6、震央距離二〇一Km)を選定した(<書証番号略>)。

(2) 活断層の調査に基づく設計用最強地震の選定

また、設計用最強地震の対象としての活断層による地震の選定に際しては、前記第二、一、(四)及び(五)のとおり、活断層として評価すべきF―6及びF―7とも、B層(更新世の地層)の一番下部の地層面に変形が認められる(緒方調書一・三四丁表裏、<書証番号略>)もののB層の上部までには変形が及んでいないので、近い将来敷地に影響を与えるおそれのある断層ではないと評価できたことから、設計用最強地震の対象となる地震を考慮する必要はない。

2 設計用限界地震

(1) 活断層の調査に基づく設計用限界地震の選定

設計用限界地震の対象として敷地に影響を及ぼすと考えられる活断層による地震としては、前記第二の調査結果に基づき、F―6から算定される地震(マグニチュード6.2、震央距離12.1Km)及びF―7から算定される地震(マグニチュード6.5、震央距離21.0Km)を選定した(<書証番号略>)。

(2) 地震地体構造に基づく設計用限界地震の想定

右地震地体構造の見地から設計用限界地震の対象として、宮城県沖近海のプレート境界付近の地震(マグニチュード7.6、震央距離二〇Km)を想定した(<書証番号略>)。

(3) 直下地震による設計用限界地震の想定

設計用限界地震の対象として、直下地震(マグニチュード6.5、震源距離(注六の三五)一〇Km)を想定した(<書証番号略>)。

3 設計用地震動の策定

基準地震動S1―Dは、右1、(1)及び(2)の地震から策定するのであるが、1、(2)においては、対象となる地震を考慮する必要がないことから、1、(1)の地震のみ考慮して策定した。

基準地震動S2―Dは、右2、(1)及び(2)の地震から、さらに、基準地震動S2―Nは、右2、(3)で想定した地震からそれぞれ策定した。

これらの右各設計用地震動は、動的解析に用いる設計用模擬地震波(注六の三六)としてそれぞれ表わした(<書証番号略>)。

なお、右各設計用模擬地震波の作成に当たっては、前記の各地震が起こった場合の建物の最大応答値(加速度等)と建物の固有周期の関係を示す図(応答スペクトル(注六の三七))を作成した(<書証番号略>)。

4 設計用地震動の最大加速度

地震動の強さは、基本的には最大加速度によって判断できる(生越調書二・三四丁裏)。右3において作成した設計用模擬地震波によれば、本件原子力発電所二号機の耐震設計に用いた設計用地震動の最大加速度は、基準地震動S1―Dでは二五〇ガルであり、S2―DとS2―NではS2―Nの方が最大加速度は大きくその値は三七五ガルである(<書証番号略>)。

5 結論

被告会社は、右のように必要な調査・検討を十分に行ったうえで、本件原子力発電所二号機の耐震設計に用いる設計用地震動を策定しており、十分な耐震設計を行っている。

ところで、本件原子力発電所一号機の耐震設計では、最大加速度二五〇ガル及び三七五ガルの設計用地震動を用いており(<書証番号略>)、これは本件原子力発電所二号機の耐震設計に用いた設計用地震動の最大加速度と同値であり、耐震設計には大きな違いがないものとなっていることから、本件原子力発電所一号機も十分な耐震設計が講じられており、耐震設計を見直す必要はない(生越調書四・二四丁裏参照)ということができる。

三 本件原子力発電所一号機の設計用地震動の設定

本件原子力発電所一号機及び二号機の動的解析に用いた設計用地震動の最大加速度は、右に述べたとおり同値であり、一号機も十分な耐震設計が講じられているということができるのであるが、これに対し原告らは、一号機の耐震設計は不適切な数値を基に行われた甘い設計となっており、地震の際原子力発電所が損傷・破壊される危険性が存在している旨主張(原告準備書面一四・一七頁〜二九頁)しているので、被告会社が一号機の耐震設計について十分な配慮を行っていることを、右原告の主張との関連において主張する。

(一) 設計用地震動の設定の概要

一号機の耐震設計の際に行った動的解析に当たって、地震動の強さは基本的には最大加速度によって判断できるので、被告会社は、以下に述べるように、「本件原子力発電所敷地に影響を与えたと考えられる過去の地震」及び「過去に発生した地震に基づき将来発生するであろう地震動の強さの期待値を統計的に表わした研究」から、それぞれにつき、一号機の原子炉建屋の基礎岩盤上に将来生じることが予想される地震動の最大加速度を算定し、それぞれの最大加速度に十分余裕をとり設計用地震動の最大加速度を設定している(<書証番号略>)。

(二) 過去の地震からの地震動の最大加速度の算定

宮城県内及びその周辺を震源とし同地域に被害をもたらした地震を、その震央分布から、

① 宮城県沖近海の地震(宮城県の東方約五〇Kmから一〇〇Kmの海域を震源とする地震)、

② 三陸沖遠海の地震(三陸沿岸から約二〇〇Kmの日本海溝付近の海域を震源とする地震)、

③ 宮城県内陸の地震(北上山地と奥羽山脈にはさまれた宮城県北部付近を震源とする地震)

の三つの地震群に分類し、それぞれのなかから、本件原子力発電所敷地に最も影響を与えたと考えられる地震を選んだ(<書証番号略>)。

①の宮城県沖近海の地震群で最も規模の大きい地震は、明治三〇年(一八九七年)に発生したマグニチュード七・八の仙台沖の地震(注六の三八)であるが、右地震はこの地震群では敷地から最も近い位置ではないので、マグニチュード七クラスの地震のうちで右敷地に最も近い地震の震源位置に、最大規模の右仙台沖の地震と同じ規模の地震が生じた場合を想定すれば十分安全であることから、被告会社は、右震源位置でマグニチュード7.8の地震を想定した(<書証番号略>)。

②の三陸沖遠海の地震群で右敷地に最も影響を与えたと考えられる地震は、震源距離が右敷地に最も近く、地震の規模も最も大きい貞観一一年(八六九年)に発生したマグニチュード8.6の三陸沿岸の地震(注六の三八)である(<書証番号略>)。

③の宮城県内陸の地震群で右敷地に最も影響を与えたと考えられる地震は、震源距離が右敷地に最も近く地震の規模も最も大きい明治三三年(一九〇〇年)に発生したマグニチュード7.3の宮城県北部の地震(注六の三八)である(<書証番号略>)。

そこで、一号機の原子炉建屋の基礎岩盤上における地震動の最大加速度を、各地震群で選んだ各地震のマグニチュード及び震源距離から、金井清博士の提案した地震動の算出式であるいわゆる金井式(注六の三九)により算出したところ、右最大加速度は、①で一八四ガル、②で一〇四ガル、③で一四六ガルであった(<書証番号略>)。

(三) 地震動の強さの統計的研究に基づく最大加速度の算定

一方、被告会社は、以下に述べるとおり、地震動の強さの期待値を統計的に表わした研究からも、一号機の原子炉建屋の基礎岩盤上に将来生じると考えるべき地震動の最大加速度を算定している。

1 河角マップ

いわゆる河角マップ(注六の四〇)における二〇〇年間に一回生じる可能性のある地震動の最大加速度期待値図によれば、本件原子力発電所敷地の至近の等値線の値(地表面での最大加速度)は五〇〇ガルである(<書証番号略>)。

そこで、被告会社は、右五〇〇ガルという値を右敷地での地震観測の結果得られた地表と岩盤上との間における増幅率(2.78)で除して一号機の原子炉建屋の基礎岩盤上に将来生じると考えるべき地震動の最大加速度を算出したところ、右最大加速度は一八〇ガルであった(<書証番号略>)。

2 金井清博士の「基盤最大速度期待値」及び大築志夫の「基盤速度分布図」

地震時における岩盤での地震動の「最大加速度」は、岩盤での「最大速度」から換算することもできる。そこで、岩盤での「最大速度」を地図上に表わした金井清博士の「基盤最大速度期待値」(注六の四一)及び大築志夫の「基盤速度分布図」(注六の四二)の「最大速度」をそれぞれ検討したところ、本件原子力発電所敷地を含む地域については、後者の一秒当たり八cmという値の方が前者よりも大きい値であった。したがって、被告会社は、この値を用いて一号機の原子炉建屋の基礎岩盤上に将来生じると考えるべき地震動の最大加速度を算出したところ、右最大加速度は一六八ガルであった(<書証番号略>)。

(四) 設計用地震動の最大加速度の設定

被告会社は、右の述べたとおり、過去の地震から算定された地震動の最大加速度が最も大きなもので一八四ガル、地震動の強さの期待値を統計的に表わした研究から算定された最大加速度が最も大きいもので一八〇ガルであったので、これらに十分余裕をとり一号機の原子炉建屋の基礎岩盤上における設計用地震動の最大加速度を二五〇ガルと設定した。さらに、右二五〇ガルを1.5倍した値である三七五ガルを最大加速度とする設計用地震動も設定した(<書証番号略>)。

四 原告らの主張の失当性

(一) 各地の地震で観測したとされる地震動の最大加速度と一号機設計用地震動の最大加速度の関係について

原告らは、各地の地震で観測したとされる地震動の最大加速度を取り上げて、一号機の設計用地震動の最大加速度が過小である旨主張している(原告準備書面一四・二五頁〜二六頁)。

しかしながら、ある地点での地震動の加速度は、マグニチュード及び震源距離によって異なるとともに、その地点固有の地盤の性状によっても大きく異なる(<書証番号略>)ことから、単に他の地点において観測したとされる地震動をもって一号機の設計用地震動の最大加速度が過小であるとすることはできないのである。

(二) 「宮城県東部、福島県東部」地域の特定観測地域への指定と耐震設計の見直しについて

原告らは、地震予知連絡会が一号機の設計後、本件原子力発電所敷地を含む「宮城県東部、福島県東部」地域を特定観測地域に指定したことは、従来よりも地震の危険性が増大したということができるので、一号機の耐震設計に用いた設計用地震動の最大加速度値の見直しを行うべきである旨主張している(原告準備書面一四・二六頁〜二七頁)。さらに、特定観測地域に指定された地域に原子力発電所を建設運転することは不適当と主張し(原告準備書面一九・一一六頁〜一一七頁)、生越証人も右主張に沿う証言をしている(生越調書三・三九丁裏〜四一丁裏)。

しかしながら、原告の右主張は以下に述べるように理由のないものである。

地震予知に関する情報交換とそれについての専門的判断を行うための連絡組織として建設省国土地理院に設置された地震予知連絡会が地震予知の実用化に関する研究に資すべき所要の観測・測量を行うことを目的に、現在、本件原子力発電所敷地を含む「宮城県東部、福島県東部」地域を含め、全国八つの地域を特定観測地域として指定している。一九七八年(昭和五三年)八月に「宮城県東部、福島県東部」地域が特定観測地域に指定されたのは、地震観測精度の信頼性及び右地域の地震の発生過程が明らかになったので、大地震直前の地殼変動の特徴が推定できるとの観点から、十分な観測点が陸上にあれば地震に関する情報を得ることが可能と考えられたためであり(<書証番号略>)、右地域に過去に発生した地震より大規模な地震が発生する可能性があるという理由で指定されたものではなく、右地域が従来よりも地震の危険性が増大したということはできないのである。

また、本件原子力発電所一号機では、前記のとおり、必要な調査・検討を十分に行ったうえで、十分な耐震設計を行っているのである。

したがって、本件原子力発電所敷地を含む周辺地域が特定観測地域に指定されたからといって、本件原子力発電所一号機の耐震設計を見直す必要はなく、原告らの右主張は全く根拠のないものといわざるを得ない。

(三) 金井式の妥当性について

原告らは、本件原子力発電所一号機の設計用地震動の策定に用いた金井式は、この式で計算された地震動の最大加速度が国内で実測された地震動の最大加速度より低く出る傾向にあり、また震源が遠方の地震では信頼性がないとされている旨主張し(原告準備書面一四・二三頁〜二五頁、同準備書面一九・一二〇頁)、生越証人も右主張に沿う証言をしている(生越調書三・一七裏〜一九丁裏)。

しかしながら、金井式は、右式で計算した値が我が国及びアメリカ合衆国で観測された強震記録の値とよく合うことが確認されており、その妥当性が十分認められているものである(<書証番号略>)。

また、右金井式は、日立鉱山地下深部の地震記録に松代地震群の地震記録を組み合わせて策定したものであり、原告らの主張するように(原告準備書面一四・二三頁〜二四頁)日立鉱山地下深部における地震記録のみに基づいて策定されたものではないのである(<書証番号略>)。

なお、生越証人は、本件原子力発電所一号機の設計用地震動の策定に用いた金井式は、沖積層、洪積層等地盤の強弱という要素を考慮していないことから、信頼性がない旨の証言をしている(生越調書三・一七丁裏〜一九丁裏)。

しかしながら、金井式は岩盤上(基盤)の地震動の最大加速度を算出するために用いた式であるため(<書証番号略>)、沖積層、洪積層という地盤の硬軟の要素を考慮する必要がないのであるから、生越証人の右証言は金井式の適用方法を理解していないことを示すものであるといわざるを得ない。

(四) 河角マップの地震動の最大加速度期待値の採用の妥当性について

原告らは、二〇〇年間に一回生じる可能性のある地震動についてのいわゆる河角マップ(注六の四〇)によれば、本件原子力発電所敷地は五〇〇ガル〜一〇〇〇ガルの間にあり、河角マップにも種々の問題点が指摘されていることから、安全側の一〇〇〇ガルを採用して本件原子力発電所一号機の設計用地震動を策定すべきであった旨主張し(原告準備書面一四・一七頁〜二二頁、同準備書面一九・一一九頁〜一二〇頁)、生越証人も右主張に沿う証言をしている(生越調書二・四〇丁表〜五〇丁表)。

しかしながら、地表面での最大加速度五〇〇ガルという値は、気象庁震度階級(注六の四三)の震度でⅦに当たるもので、家屋の三〇パーセント以上が倒壊するような激震であり、このような地震被害の記録は右敷地周辺には見られないこと(<書証番号略>)から、地表面での最大加速度五〇〇ガルという値を採用することは、基礎岩盤上における最大加速度を策定するうえで厳しい評価となっていること、また、本件原子力発電所敷地の至近の等値線の値(地表面での最大加速度)は五〇〇ガルであり、一〇〇〇ガルの等値線は太平洋上のはるか沖合に記載されているのであって、一〇〇〇ガルを採用することは不適切であること、さらに、右一〇〇〇ガルという値は前記三、(三)、2で述べた金井清博士の「基盤最大速度期待値」及び大築志夫の「基盤速度分布図」と比較するとあまりにも過大であること(生越調書四・三丁裏〜六丁裏)から、原告らの右主張は失当である。

(五) 地表と岩盤上との間における増幅率の妥当性について

原告らは、

① 女川原子力発電所の表層地盤は主に砂及び礫からなり、全体としてきわめて薄いものであり、浜岡原子力発電所の地盤と似ているので、増幅率としては浜岡原子力発電所で採用した1.1という値を参考にすべきであった、

② 増幅率(2.78)の算出に用いた地震動の記録は、規模の小さい地震だけを対象にしており、大地震に2.78という増幅率を採用することは疑問である、

③ データ処理の仕方も疑問であるとの理由から、一号機の設計用地震動策定に当たって被告の採用した増幅率(2.78)は不当に大きい値であり、これを基に策定された最大加速度一八〇ガルは不適切である旨主張し(原告準備書面一四・二二頁〜二三頁、同準備書面一九・一一九頁〜一二〇頁)、生越証人も右主張に沿う種々の証言をしている(生越調書三・三丁裏〜一七丁裏)。

しかしながら、原告らの右主張及び生越証人の証言は以下に述べるとおりいずれも失当といわざるを得ない。

1 原告ら主張①の失当性

原告らの右主張は、生越証人の本件原子力発電所敷地で地震観測を実施した地点の地盤は一種地盤であるという見解・証言(生越調書三・一四丁表)等を根拠にしているものと思料されるが、右見解・証言は、以下に述べるとおり誤ったものである。

右敷地で地震観測を実施した地点のうちB地点の地盤(<書証番号略><図一―一地震計設置配置図>)は沖積層で表層の厚さが8.7m程度である(生越調書三・五丁表、生越調書四・八丁表〜九丁表)から、右地盤は二種地盤または三種地盤である(<書証番号略>)にもかかわらず、生越証人は、これを一種地盤であるという趣旨の誤った証言をしている。

いわゆる河角マップは、沖積層(東京下町の地盤)と洪積層(東京山の手の地盤)の中間程度の地盤を対象としたものであるから(<書証番号略>)、右地盤は二種地盤または三種地盤に分類されるので(<書証番号略><図四・四東京地盤種別図及び表四・一地盤・構造係数>)、河角マップを耐震設計に利用できるのは、地表が河角マップの対象とした二種地盤または三種地盤の場合だけであるにもかかわらず、生越証人が、右敷地で地震観測を実施した地点の地盤が河角マップの対象とした地盤と硬さの異なる一種地盤であることを前提とし、増幅率に関して証言している(生越調書三・一四丁表)のは誤りである。

また、生越証人は、<書証番号略>図九・二七(四五〇頁)が表面の軟弱地盤と地下の岩盤上の最大加速度の比較であることを前提に増幅率が一に近いものもある旨の証言をしている(生越調書三・一二丁裏〜一三丁裏)。

しかしながら、右図九・二七は、<書証番号略>の第四図を引用しているものと思料されるが、右第四図は表面の軟弱地盤と地下の岩盤上の最大加速度を比較したものではなく、岩盤地表面(Surface Rock)と岩盤底部(Base Rock)の最大加速度の比較をしたものであることから、<書証番号略>図九・二七は<書証番号略>第四図を誤って引用したものであり、右図九・二七に基づいた生越証人の証言はその前提において誤っている。

2 原告ら主張②の失当性

また、原告らは大地震に2.78という増幅率を採用することは疑問であると主張し、生越証人も地震動が大きくなると増幅率が小さくなるというのが普通であるという趣旨の証言をしている(生越調書三・一一丁表裏)が、その科学的根拠はまったく示しておらず、単に憶測に基づいて主張しているにすぎなす。生越証人も、右の証言はこれを示す実験結果あるいは研究論文に基づくものではないことを認めている(生越調書四・一七丁裏〜一八丁裏)。

3 原告ら主張③の失当性

さらに、原告らは、増幅率算出に当たってのデータ処理の仕方が疑問であると主張し、生越証人も、観測された地震のデータには理由が明確にされないまま除かれているものがあるとしている(生越調書三・七丁表〜一〇丁表)が、その具体例として証言している事項のうち、主なものについて反論すれば以下のとおりである。

地震番号六六の増幅率は0.87とされている(<書証番号略>)ところ、増幅率については通常一より小さい値をとることはないので、被告会社は通常実験・観測で得られたデータのうち異常と考えられるデータは除いてデータ処理されるのが妥当であるという考えに基づきこれを除いたのであり、右データ処理は適切なデータ処理ということができる。

したがって、右データ処理が誤っている旨の生越証人の証言(生越調書三・八丁表裏)は失当といわざるを得ないものである。なお、生越証人も、被告会社のデータ処理が一般に行われている方法であることを認める旨の証言をしている(生越調書四・一三丁裏〜一四丁表)。

また、被告会社は地表面での地震動の最大加速度が大きくなりそうな地震は地表の地震計が振り切れ(サチッて)(生越調書四・一四丁裏〜一七丁裏)、地震動の最大加速度の測定ができなかったため、通常行われているようにこれを除いたのであるから、地表面での地震動の最大加速度が大きくなりそうな地震を除いているのは疑問である旨の生越証人の証言(生越調書三・九丁裏〜一〇丁表)は誤解に基づくものである。

(六) 基礎岩盤の岩質の差による地震時の揺れの違いについて

原告らは、本件原子炉建屋の基礎岩盤は砂岩及び頁岩の互層であり、岩質の違いで硬さも風化の度合いも異なるので、地震が起きたときの揺れ方も違う地盤になっている旨主張し(原告準備書面一九・一〇三頁)、生越証人は右の主張に沿う証言をし、右のような地盤で建物が破壊した事例として十勝沖地震の函館大学及び大分県中部地震のホテルの事例等を挙げている(生越調書五・五五丁裏〜五九丁表)。

しかしながら、本件原子炉建屋は、その建屋を岩盤上に直接設置するのに対して、十勝沖地震の函館大学の事例等は、地盤の硬さを示すN値が低く、軟弱地盤で発生した事例であり、岩盤に設置された事例でないことから(生越調書五・七八丁裏、<書証番号略>)、右の事例を挙げて右建屋の耐震設計が不十分であるということはできないのである。

なお、十勝沖地震の函館大学の事例等の被害は、地盤の影響だけで発生したものではなく、雨による地盤の軟弱化、基礎が貧弱であったことなども重なって発生したことは証拠(生越調書五・七五丁裏〜七八丁裏、<書証番号略>)により明らかであり、この事例を右のように地盤だけが原因で建物が破壊した事例であるかのように挙げている生越証人の証言(生越調書五・五五丁裏〜五九丁表)は不適切であり、失当といわざるを得ない。

(七) その他二号機の設置許可申請書の記載方法の問題点等について

以上のほか、原告らは、二号機の原子炉設置許可申請書では気象庁で震度Ⅴとしている昭和八年三月三日の三陸沖の地震が震度Ⅳとなっていること等から、二号機の耐震設計も本当に信用できるのか疑問なしとはいえない旨主張している(原告準備書面一九・一一八頁)。

しかしながら、原告らの右主張は生越証人の証言を根拠にしていると思料されるところ、生越証人でさえ二号炉の設計用地震動は適切に設定されている旨の証言をしている(生越調書四・二二丁裏)。また、過去の地震の震度について気象庁発表の値と申請書の記載の関係については、申請書の記載が言葉不足であることのみの指摘である旨の証言をしており(生越調書四・二七丁表〜二九丁表)、さらに本件原子力発電所敷地周辺には原子炉設置許可申請書に記載している地震以外で、敷地に最も影響を及ぼした地震である設計用最強地震を超えるものはないことを認める旨の証言をしている(生越調書四・二九丁表)。

したがって、生越証人の証言は右申請書の表現が言葉不足であることのみを指摘したもので、右証言に基づいた原告らの主張は失当である。

第七章 事故防止対策

はじめに

原子力発電所の安全は、第四章で述べたとおり放射性物質の封じ込めに万全を期し、放射性物質の有する危険性を顕在化させないことによって確保される。原子力発電所においては、右の観点に立って十分な運転管理体制をとってることはもちろん十分な安全確保対策が講じられているが、これを体系的にみた場合、事故防止対策及び平常運転時における被ばく低減対策の二つの対策に集約することができる。本章では、前者の事故防止対策について述べる。

原子炉の運転に伴って生じる主な放射性物質は、燃料の核分裂反応によって燃料被覆管内に生成する核分裂生成物と、冷却水中の不純物等が中性子により放射化されることによって生成する放射化生成物の二種類である。

原子力発電所においては、基本的に、右のようにして生成する放射性物質のうち、前者については、燃料被覆管内に封じ込め、また、後者については、平常運転時には原子炉冷却系の設備内に、異常な事態が発生した場合には後記第三、二のとおり原子炉冷却系の一部である圧力バウンダリ内に封じ込めることによって、それぞれ環境への放出を防止し安全を確保することを基本的対策としている。このため、原子力発電所においては、平常運転時にはもちろんのこと、異常な事態が発生した場合においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を維持することが最も重要なことである。

原子力発電所においては、右の観点に立って、以下に述べるように、いわゆる多重防護の考え方に基づく事故防止対策がとられている。

第一に「異常状態発生防止対策」として、燃料被覆管や圧力バウンダリの損傷に至るような、すなわち、放射性物質の環境への放出をもたらすおそれのある事態につながるような異常事態の発生を未然に防止することとしている。

第二に、「異常状態拡大防止対策」として、燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に軽微な異常状態が発生した場合に所要の措置がされるようにその異常状態を早期かつ確実に検知できるように計測制御装置を設けている。さらに、万一、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある場合等に備え、所要の安全保護設備を設置する等燃料被覆管や圧力バウンダリの損傷に波及すること、すなわち、異常状態が拡大したりさらには放射性物質を環境へ異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを確実に防止することとしている。

第三に、「放射性物質異常放出防止対策」として、公衆に対する安全の確保に万全を期するため、仮に右のような事態が発生した場合においてもなお、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止する対策をとることとしているのである。

右のように、原子力発電所においては、多重防護の考え方に基づく事故防止対策を十分に行うことによってその安全確保に万全を期しているのである。以下、本件原子力発電所における多重防護の考え方に基づいた事故防止対策の具体的な内容について述べるが、それに先立って本件原子力発電所の発電のしくみ及び運転管理体制について概要を述べる。

第一 原子力発電のしくみ

はじめに

原子力発電はウラン二三五のような重い原子核が中性子を吸収することによって核分裂するときに発生する大きなエネルギーを利用して発電するものである。

以下、そのしくみについて具体的に述べる。

一 ウラン原子核の分裂

(一) ウラン原子

物質の構成要素である原子は、中心部の「原子核」及びその周囲を回っている「電子」により構成されている。そして、原子核は「陽子」と「中性子」からなっているが、この陽子の数が「原子番号」とされ、陽子の数と中性子の数の和が「質量数」とされている。ウラン原子の原子核は、九二個の陽子を有するため、その原子番号は九二となる。

原子の中には、その原子番号が同じであってもその質量数の異なるものがあり、これを「同位元素」と呼んでいる。天然に存在するウランには、質量数が二三四、二三五及び二三八の同位元素がある。

右ウラン同位元素の原子番号、中性子数、質量数、表記法及び天然ウラン中に存在する比率を示すと、表七―一のとおりである。

(二) ウラン原子核の分裂とエネルギーの発生

天然ウランには、右(一)のとおりウラン二三四、ウラン二三五及びウラン二三八の三種類の原子が存在する。このうちウラン二三五の原子核は、核外からの中性子を吸収すると、二つ、まれには三つに分裂しやすい性質を有している。このように、原子核が分裂する現象を「核分裂」という。

ウラン二三五の原子核が核分裂すると、大きなエネルギーを発生するとともに、核分裂生成物及び二乃至三個(平均2.5個)の速度の速い中性子(高速中性子)を生じる。この核分裂によって生じるエネルギーを熱エルギーとして有効に取り出し、発電に利用したのが原子力発電所である。

なお、ウラン二三五の一グラムが全部核分裂を起こした場合、一グラム当たり六七〇〇カロリーの発熱量を有する石炭約三トンを完全に燃焼させたときとほぼ同じエネルギーが発生する。つまり、ウラン二三五は、同じ重量で比較した場合、石炭の約三〇〇万倍のエネルギーを出すことになる。

(三) 核分裂連鎖反応

右(二)で述べたように、核分裂の結果、二乃至三個(平均2.5個)の中性子が生まれるが、この中性子の一部が他のウラン二三五の原子核に吸収されて次の核分裂を起こし連鎖的に核分裂が持続される現象を「核分裂連鎖反応」といっている。

ところで、ウラン二三五の原子核が中性子を吸収して核分裂する確率は、速度の極めて遅い中性子(熱中性子)の場合に最も大きくなるという性質を有している。このため、熱中性子を利用して核分裂連鎖反応を行わせる原子炉では、高速中性子の速度を熱中性子の速度にまで減速させる物質(減速材)が用いられる。

さらに、核分裂を平均的に持続させていくためには、核分裂を起こす中性子の数を調整することが必要となるが、原子炉では、中性子を吸収する物質(制御材)を用いることにより中性子の数が調整され、右核分裂連鎖反応は安定した状態に制御されるのである。

二 原子炉の構成要素とその種類

(一) 原子炉の構成要素

原子力発電のしくみは、原理的には、火力発電におけるボイラーを原子炉に置き換えたものであって、蒸気の力でタービンを回転させて電気を起こすという点では火力発電とまったく同じである。

そして、原子炉は、前記一、(三)で述べた核分裂の連鎖反応を安定に制御しながら持続させ、それにより発生する熱エネルギーを安全、かつ、有効に取り出すための装置である。

原子炉を構成している基本的な要素は、図七―一に示すとおりで、「燃料」、「減速材」、「冷却材」、「制御材」、「反射材」、「しゃへい材」等である。

ア 燃料には、核分裂を起こしやすいウラン二三五等の核分裂物質が使用されている。

なお、燃料として、ウラン二三五を使用するときは、後述する減速材、冷却材等の関連において、ウラン二三五を約0.7パーセント含む天然ウランをそのまま用いる場合と、ウラン二三五の割合を高めた濃縮ウランを用いる場合とがある。

イ 減速材は、核分裂によって生じた高速中性子を減速し、核分裂性物質に吸収されやすくするためのものであり、中性子を減速させやすく、かつ、減速の過程で中性子を吸収しにくい性質を兼ね備えた軽水、重水、黒鉛等が使用されている。

なお、軽水を減速材として使用する場合には、重水及び黒鉛に比べ中性子の吸収度合いが高いので、燃料として濃縮ウランを使う必要がある。

ウ 冷却材は、核分裂で発生する熱エネルギーを外部に取り出すためのものであり、中性子を吸収しにくく、熱を伝えやすい等の性質を備えた軽水、重水、気体(炭酸ガス、ヘリウム等)及び液体金属(ナトリウム等)が使用されている。

エ 制御材は、燃料に対する中性子の吸収量を調整して、核分裂連鎖反応を安定に制御するためのものであり、中性子を吸収しやすいホウ素、カドミウム等が使用されている。

オ 反射材は、「炉心」(核分裂連鎖反応の行われる領域)から出ようとする中性子を反射させ、炉心に戻すために炉心の周囲に置かれるものであって、減速材と同じものが使用されている場合が多い。

カ しゃへい材は、核分裂生成物等から出る放射線を原子炉の外に出さないようさえぎるためのものであり、しゃへい効果が高い鉛、鉄、コンクリート、水等が使用されている。

(二) 原子炉の種類

原子炉は、右(一)で述べたその構成要素である燃料、減速材及び冷却材の組み合わせによって、表七―二に示すようにいくつかの種類がある。

現在、世界各国で運転・建設中の発電用原子炉のうち、軽水炉が占める割合は、基数で約七五パーセント、発電設備容量で約八四パーセントに達しており、軽水炉が世界の主流となっている。

軽水炉には、沸騰水型炉(BWR・Boilng Water Reactor)及び加圧水型炉(PWR・Pressurized Water Reac-tor)の二種類がある。BWRは、「原子炉容器」(原子炉圧力容器または圧力容器ともいう)の中で軽水を沸騰させ、そこで発生した蒸気を直接タービンに送る方式である(図七―二参照)。PWRは、原子炉容器の中で軽水(一次冷却水)に高圧をかけ、その沸騰を抑えることによって、高温の水を作り、それを蒸気発生器に導き、そこで高温の水のもつ熱エネルギーを別の系統を流れている軽水(二次冷却水)に伝え、この二次冷却水を蒸気に変えてタービンに送る方式である。

本件原子力発電所の原子炉(以下、本件原子炉という)は、濃縮ウランを燃料とする軽水減速、軽水冷却型のBWRで、その熱出力は一号機で約一五九万キロワット、二号機では約二四四万キロワットである(<書証番号略>)。

三 本件原子炉の構造と発電のしくみ

前記二、(一)で述べた原子炉の構成要素との関連において、本件原子炉の構造と発電のしくみを簡単に述べると次のとおりである。

ア 燃料としては、円柱状に焼き固められた二酸化ウラン(「燃料ペレット」(図七―三の))が使用される。この二酸化ウランには、中性子(熱中性子)を吸収すると核分裂反応を起こしやすいウラン二三五が炉心平均で約2.3パーセント含まれる。燃料ペレットは、両端を密封した金属(ジルコニウム合金であるジルカロイ)製の「燃料被覆管」(図七―三の)の中に縦に積み重ねられ、「燃料棒」(図七―三の)を構成する。右燃料棒を八行八列状にまとめて一つの「燃料集合体」(図七―三の)とし、この燃料集合体は、一号機三六八体、二号機五六〇体で炉心を構成する(<書証番号略>)。

また、制御材としては、その内部に中性子吸収材(炭化ホウ素)が充てんされている十字形の「制御棒」(図七―三の)が、一号機では八九本、二号機では一三七本が使用される。この制御棒を出し入れすることによって、炉心に生じた中性子の数を調整して、核分裂反応を制御する。

これら燃料集合体及び制御棒は、高温・高圧に耐える鋼鉄製の原子炉容器(図七―二及び図七―四参照)に収められる。

イ 原子炉容器には、冷却材、減速材及び反射材の役割を兼ねる冷却水が入る。この冷却水は、核分裂によって生じた熱により高温(摂氏二八六度)の蒸気となる。この蒸気は、主蒸気管を通ってタービンに導かれ(図七―二参照)、このタービンに結合された発電機を回して発電を行う(最大電気出力一号機五二万四〇〇〇キロワット、二号機八二万五〇〇〇キロワット)。タービンを回転させた蒸気は、復水器で海水により冷却されて再び水となり、この水は給水管を通って原子炉容器に戻される。

また、原子炉容器には、「冷却材再循環系」を接続させ、「再循環ポンプ」(図七―二参照)により、冷却水を強制的に再循環させるとともに、その循環量を調整することにより発生する蒸気量を加減する。

このように、原子炉容器内で発生した蒸気がタービン、復水器を経て水となり、再び原子炉容器に戻ってくる冷却水の循環経路を構成する設備及び右冷却材再循環系を「原子炉冷却系」という。

ウ 原子炉の熱出力の調整は、核分裂反応を制御することによって行われる。核分裂反応の制御は、制御棒を出し入れすることと、再循環ポンプで炉心を流れる冷却水の量を調整することにより行われる。原子炉の停止状態から定格出力運転状態までの起動操作の概要は、再循環ポンプを起動し最低速度での運転状態でまず制御棒を引き抜くことにより定格出力の半分程度まで出力を上昇させ、その後再循環ポンプ速度を徐々に増加させることにより定格出力に達する。また、原子炉の通常停止の際は、右起動操作の逆の操作を行うこととなる。

また、定格出力運転状態においては、原子炉の圧力とか水位等については、自動的に制御されており、運転時には格段の操作を必要としない(高木秀夫調書一・五丁裏〜八丁裏)。

この熱出力に応じて、原子炉で発生する蒸気の量が定まり、これにより電気出力も定まることとなっている。

エ 原子炉においては、運転中に燃料の核分裂反応に伴って生じた核分裂生成物が、原子炉停止後も崩壊(自発的に放射線を放出して他の物質に変換する現象)を続け、その際に熱(崩壊熱)が発生するので、右崩壊熱を除去する必要があり、このために「残留熱除去系」(図七―二参照)が設けられる。

四 固有の安全性

BWRでは、前記三、ウに述べたように、制御棒あるいは再循環ポンプにより、核分裂反応を安定な状態に制御することができるのであるが、右の制御とは別に、核分裂反応の急激な増加があった場合に、それが自動的に制御されるという本質的に安全な性質が備わっている。この本質的性質を「固有の安全性」あるいは「自己制御性」という(<書証番号略>)が、以下にその概要を述べる。

軽水炉の燃料は、熱中性子によって核分裂しやすいウラン二三五に比し、そのままでは核分裂しないウラン二三八が圧倒的に多い。

ウラン二三八は、その温度が上昇すると中性子を吸収しやすくなる性質をもっているため、核分裂反応が増加して燃料の温度が上昇すると、このウラン二三八が中性子を吸収する割合が高くなることから、ウラン二三五に吸収される中性子が不足し、その結果、核分裂反応が抑えられる(ドップラー効果)(<書証番号略>)。

また、軽水炉では、核分裂反応の増加により燃料から冷却水へ伝達される熱量が増えて冷却水の温度が上昇すると、減速材を兼ねる冷却水の密度が減少する。このため、中性子の速度が落ちにくくなり、その結果、核分裂反応が抑えられる(減速材の温度効果)(<書証番号略>)。

さらに、BWRでは、核分裂反応の増加により燃料から冷却水へ伝達される熱量が増えると、冷却水での蒸気泡の発生が多くなり、このため中性子の速度が著しく落ちにくくなり、その結果、核分裂反応が抑えられる(ボイド効果)(<書証番号略>)。

このように、BWRには、予期されない核分裂反応の増加が発生した場合でも、右に述べたドップラー効果、減速材の温度効果及びボイド効果によってそれが自動的に抑制される固有の安全性が備えられている(<書証番号略>高木秀夫調書二・四六丁表)。

第二 運転段階における安全上の対策

はじめに

本件原子力発電所一号機の安全性は、その運転段階においては、確立された運転管理体制のもとで習熟した運転員が十分保守管理された設備を適正に運転することにより確保される。

以下において、本件原子力発電所一号機の運転段階における運転管理体制、運転員等の教育・訓練について、その概要を述べる。

一 運転管理体制

ア 本件原子力発電所一号機の運転・保守に関する業務は、業務運営の責任者である女川原子力発電所長の統轄の下に、原子力発電所の運転業務等を担当する「発電課」(現在は「発電管理課」)、燃料管理、炉心性能管理等を担当する「技術課」、機器・系統等の保修及び改造に関する業務を担当する「保修課」、放射線管理、放射性廃棄物管理等に関する業務を担当する「放射線管理課」等に分掌され、いずれの業務も明確な指揮命令系統にしたがって遂行されている(<書証番号略>)。

また、本件原子力発電所一号機の運転・保守に関する事項を審議するため、「原子炉施設保安運営委員会」等が設けられている。右運営委員会では、本件原子力発電所一号機の運転管理、放射線管理等に関する保安上基本的事項を審議するほか、国内、国外の原子力発電所等から得られた原子炉の運転・保守等にかかわる情報についても検討し、必要に応じて本件原子力発電所一号機の運転管理や設備の変更等に反映させることとしている(<書証番号略>)。

さらに、「原子炉主任技術者免状」を有する者のうちから、「原子炉主任技術者」を選任しているが、右原子炉主任技術者は本件原子力発電所一号機の運転に関して保安の監督を行い、原子炉の運転に従事する者は原子炉主任技術者がその保安のためにする指示に従わなければならないものである(「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和三二年法律第一六六号)」第四〇条乃至第四二条)。

イ 本件原子力発電所一号機においては、原子炉制御等の主要な計測制御装置は中央制御室に配置され、運転員はこれらの計測制御装置を集中的に監視・制御し、原子力発電所を運転している(<書証番号略>)。

この運転業務は、発電管理課が担当するのであるが、この発電管理課には発電管理課長の下に「運転直」が五班設けられ、交替で、うち四班が二四時間三交替勤務体制の下で右中央制御室において原子力発電所の運転業務に従事し、一班が日勤直勤務に従事している(<書証番号略>)。

右五班の運転直は、それぞれ、その責任者として運転直を統括する「発電課長」、発電課長を補佐する「主査」、機器の操作等にあたる「主機運転員」等の運転員から編成されている(高木秀夫調書一・一一丁表)。

そして、運転員には、原子力発電所の運転実務に習熟し必要な理論的知識を十分身につけている者を配置していることはもちろんであるが、特に発電課長については、運転直の責任者として非常の場合に講ずべき処置を執り得る能力等必要な専門的技術等を有し、かつ、「運転責任者」としての国の資格認定を受けた者を配置している(「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和五三年通商産業省令第七七号」第一二条、「運転責任者の認定を行う者の指定の手続等に関する規程「昭和五五年通商産業省告示第六二二号)」参照)(高木秀夫調書一・一一丁表裏)。

以上のとおり、本件原子力発電所一号機においては、確立された運転管理体制のもとで運転されているのである。

二 運転員等の教育・訓練

被告会社は、本件原子力発電所一号機における運転業務、保守業務等の日常の業務を通じて技術者の教育・訓練を計画的、継続的に行っている。被告会社は、本件原子力発電所敷地内に設置した「女川原子力発電所原子力技術訓練センター」において、定期的に技術者の訓練を行っているが、右訓練センターでは、発電所の特性把握等を目的として実物と同様の機能を持ち、テレビ画面を効果的に使用したシミュレータが設置されているほか、保修訓練のための設備も設けられている<書証番号略>。さらにBWR型原子力発電所の運転員の養成を目的として昭和四六年四月に設立されたBWR運転訓練センターにも計画的に技術者を派遣し、繰り返し訓練を行うことにより、将来にわたって運転員を含む技術者の養成及びその能力の維持・向上に努めている(<書証番号略>)。

ところで、右BWR運転訓練センターでは、模擬中央制御盤と大型電子計算機から構成される運転訓練用シミュレータを利用することにより、実際の原子力発電所と同様の状況の下で通常運転時の運転操作、事故発生時の対応操作等について訓練が実施され、また、原子炉の運転に必要な専門的分野の講義等が行われる。そして、派遣される技術者は、訓練目的に応じて設けられている「標準訓練コース」、「再訓練コース」、「特別訓練コース」等の各種の訓練コースを、その経歴等に応じ受講することになるのである(<書証番号略>、高木秀夫調書一・一四丁表〜一五丁裏)。

以上のとおり、本件原子力発電所一号機においては、十分教育を受けて習熟した運転員が十分保守管理された設備を適正に運転しているのである。

三 結論

右の述べたように、将来にわたり運転員を含む技術者の教育・訓練に努めており、本件原子力発電所においては、現在はもちろん将来においてもその運転に必要な知識・技能を十分に有する技術者が確保されるのである。また、被告会社は、本件原子力発電所において、確立された運転管理体制のもとで習熟した運転員が十分保守管理された設備を適正に運転しているので十分な安全性が確保されているのである。

第三 本件原子力発電所における異常状態発生防止対策

はじめに

原子力発電所においては、第四章で述べたとおり「異常状態発生防止対策」「異常状態拡大防止対策」「放射性物質異常放出防止対策」といわれる多重防護の考え方に基づく事故防止対策がとられている(<書証番号略>、高木秀夫調書一・四一丁表裏)。

以下、本件原子力発電所における右の事故防止対策の具体的な内容について述べる。

原子力発電所における事故防止対策の第一としては、燃料被覆管や圧力パウンダリの損傷に至るような、すなわち、放射性物質の環境への放出をもたらすおそれのある事態につながるような異常状態の発生を未然に防止すること、すなわち異常状態発生防止対策が必要であるが、以下、これについて、本件原子力発電所における燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性の確保という観点から述べる。

一 燃料被覆管の健全性

(一) 燃料棒の構成等

燃料棒は、燃料ペレット・燃料被覆管等から構成されているが、本件原子力発電所においては、燃料として二酸化ウランを円柱状に焼き固めた燃料ペレットを使用している。燃料ペレットは、端栓により両端を密封し、ヘリウムガスを充てんしたジルコニウム合金(ジルカロイ―2)製の燃料被覆管の中に縦に積み重ねられて燃料棒を構成し、燃料棒は、八行八列状にまとめられて燃料集合体を構成している(<書証番号略>)。

核分裂に伴い燃料ペレット中に核分裂生成物が生成するが、燃料ペレットにはそれ自体核分裂生成物を内部に保持する性質があり、大部分の核分裂生成物はこの燃料ペレットの中にとどめられる。しかし、ガス状の核分裂生成物の一部は燃料ペレットから浸出するが、これは燃料被覆管の中に封じ込められる。

(二) 燃料被覆管の健全性の確保

燃料被覆管は、燃料ペレット内において核分裂によって発生する熱エネルギーを円滑に冷却水に伝達する機能を有しているが、同時に、核分裂に伴い生成する核分裂生成物をその中に封じ込めるという重要な機能を有している。

このような重要な機能を有する燃料被覆管の健全性を確保するためには、

① 沸騰遷移による燃料被覆管の焼損を防止すること(沸騰遷移については後記1参照)、

② 燃料ペレットの膨張による燃料被覆管の機械的な損傷を防止すること、

③ 燃料ペレットから浸出したガス状の核分裂生成物等による内圧や冷却水による外圧等による燃料被覆管の機械的な損傷を防止すること、

④ 冷却水中の不純物等に起因する化学的腐食による燃料被覆管の損傷を防止すること

等について、十分な配慮がなされていなければならない(高木秀夫調書一・四三丁裏〜四六丁裏)。

本件原子力発電所で使用される燃料被覆管は、これらについて安全上十分な配慮がなされているが、以下、その内容について述べる。

1 沸騰遷移に対する燃料被覆管の健全性の確保

燃料棒の熱出力が冷却水の冷却能力を上回るようになると、燃料被覆管を通しての熱除去が十分に行われなくなり、燃料被覆管表面が蒸気で覆われる状態になる。この状態の開始を沸騰遷移というが、この沸騰遷移が生じると燃料被覆管が焼損する可能性が生じる(高木秀夫調書一・四三丁裏)。

ところで、燃料被覆管表面で沸騰遷移を生じさせる燃料集合体出力を実際の燃料集合体出力で除した値を限界出力比(CPR・Critical Power Ratio)といい、各燃料集合体について定まるCPRのうち最も小さい値を最小限界出力比(MCPR・Minimum Critical Power Ratio)というが、本件原子力発電所においては、右に述べたMCPRの値の許容限界を一号機について1.06(<書証番号略>)、二号機については1.07(<書証番号略>)としている。

そして、燃料集合体の熱出力(これを「燃料集合体出力」という)がどの程度になれば燃料被覆管表面で沸騰遷移が生じるかということを調べた数多くの実験の結果の評価によれば、燃料被覆管表面で沸騰遷移を生じさせると評価された燃料集合体出力に対して、実際の燃料集合体出力が五パーセント〜七パーセント程度の余裕をもっていれば、すなわち、五パーセント〜七パーセント程度下回っていれば、工学的観点から燃料被覆管には沸騰遷移を生じないことが確かめられている(<書証番号略>)。

したがって、沸騰遷移に対する燃料被覆管の健全性は確保されるのである。

なお、BWRでは、右に述べたMCPRの値に更に運転上の制限値を設け、通常運転時には右MCPRの運転上の制限値は、右許容限界に対し十分余裕のある値である1.2〜1.3に維持することとしている(<書証番号略>)。

2 燃料ペレットの膨張に対する燃料被覆管の機械的な健全性の確保

燃料ペレットと燃料被覆管の内面とには、図七―五に示すように、間隙(ギャップ)が設けられているが、燃料棒の単位長さ当りの出力(これを線出力密度という)が上昇すると燃料ペレットの膨張によってその間隙が失われ、そらに線出力密度が上昇すると燃料被覆管が押し広げられ、燃料被覆管に歪が発生するようになり、歪が過大になるとついには燃料被覆管が機械的に損傷する可能性が生じる(高木秀夫調書一・四四丁表)。

ところで、燃料被覆管が機械的に損傷する可能性のある歪に対応する線出力密度を損傷限界線出力密度といい、これを線出力密度の許容限界としているが、本件原子力発電所一号機において使用される燃料棒についての線出力密度の許容限界は、約八〇kW/mとなっている。そして、本件原子力発電所一号機の通常運転時には線出力密度の最大値は四四kW/m以下に維持されることから、許容限界の約八〇kW/mに対し十分余裕のあるものとなっており(高木秀夫調書一・四五丁表、<書証番号略>)、このことは、本件原子力発電所二号機も同様である。

したがって、燃料ペレットの膨張に対する燃料被覆管の機械的な健全性は確保されるのである。

3 内圧・外圧等に対する燃料被覆管の機械的な健全性の確保

燃料被覆管には、その内側からは燃料ペレットから浸出したガス状の核分裂生成物等による圧力(内圧)が加わると同時に、その外側からは冷却水による圧力(外圧)が加わることになるため、燃料被覆管は、これらの圧力に対してもその機械的な健全性を確保する必要がある(高木秀夫調書一・四四丁表)。

このため、本件原子力発電所に使用される燃料棒には、ガス状の放射性物質の蓄積等によって内圧が過大とならないようその上部に十分な空間(プレナム)が設けられており(図七―五参照)(<書証番号略>)、また内圧・外圧等に十分耐える強度を有する燃料被覆管が採用されている(高木秀夫調書一・四五丁表裏)。

なお、燃料棒は、燃料集合体の内部において縦方向に自由に膨張できるようになっていること等から、燃料棒の膨張が抑えられて過大な力が燃料被覆管に加わるということはない(<書証番号略>)。

右のような配慮がなされることによって内圧・外圧等に対する燃料被覆管の機械的な健全性は確保されるのである。

4 化学的腐食に対する燃料被覆管の健全性の確保

燃料被覆管は、冷却水中の不純物等による化学的腐食に対しても、その健全性を確保する必要がある。

このため、本件原子力発電所においては、燃料被覆管の材料として耐食性に優れたジルコニウム合金(ジルカロイ―2)を使用するとともに、復水ろ過器及び復水脱塩器からなる復水脱塩装置等によって冷却水中の不純物等を除去し、冷却水の水質を化学的に高純度の状態に管理する(高木秀夫調書一・四五丁裏〜四六丁表)。

右のような配慮がなされることによって、化学的腐食に対しても燃料被覆管の健全性は確保されるのである。

(三) 燃料被覆管の健全性の確認

燃料棒は、その製造工程のすべての段階において厳重な品質管理のもとに製造されるが、特に、放射性物質の封じ込めにおいて重要な機能を有する燃料被覆管については、右製造工程において、超音波検査により管壁の欠陥の有無等を、また、エックス線写真検査により端栓の溶接部の健全性をそれぞれ確認するとともに、ヘリウム漏洩検査により燃料被覆管の総合的な健全性を確認している(<書証番号略>)。

また、本件原子力発電所へ燃料集合体を搬入する場合においても、燃料棒相互間の間隔等について寸法検査及び目視検査を行い、輸送等によって燃料集合体に異常が生じていないかどうか等を確認する(<書証番号略>)。さらに、燃料集合体を原子炉に装荷し運転を開始した後にも、冷却水中の放射能を監視すること等により、燃料被覆管の健全性を確認する。

ところで、ジルコニウム合金(ジルカロイ―2)製の燃料被覆管を採用した燃料棒は、BWRが開発されて以来過去二〇年余に亘って使用されてきており、その使用実績も昭和五六年現在で三〇〇万本以上に達している。右の使用経験は、発電用原子炉の燃料設計、燃料製造技術等に反映され、燃料被覆管の健全性はより一層向上している(<書証番号略>)。

そして、本件原子力発電所で採用される八行八列状の燃料集合体は、従来の七行七列状の燃料集合体に代わるものとして、我が国のBWRにおいて昭和五一年以降採用されているものであるが、右八行八列状の燃料集合体に用いられる燃料棒は、その使用実績から非常に優れた健全性を有していることが明らかにされている(<書証番号略>)。

右のような十分な対策がとられた結果、本件原子力発電所一号機では、昭和五九年六月運転開始後これまでに燃料被覆管にピンホールが生じたことはないのである(高木秀夫調書一・二〇丁表、四六丁表裏)。

なお、燃料被覆管にピンホール等が生じた場合、復水器空気抽出器排ガス中の放射製物質の濃度を連続監視する空気抽出器排ガスモニタ等において直ちにこれを検知することができること(<書証番号略>、高木秀夫調書一・二二丁裏)、さらには、定期的あるいは適時に冷却水をサンプリングし、放射性物質の濃度を測定することにより燃料被覆管からの核分裂生成物の漏洩を検知できること(高木秀夫調書四・七〇丁裏)から、運転員は、その状況を確実に把握することができる。そして、必要に応じて、漏洩検査(シッピング)を行い、ピンホール等の生じた燃料被覆管を含む燃料集合体を検出し(<書証番号略>)、健全な燃料集合体と交換することとしている。

また、燃料被覆管に相当数のピンホール等が発生することは設計上考慮されており、相当数のピンホール等が生じたとしても、「異常状態の発生」ということにはならず、そのような場合でも、冷却水中に漏洩した核分裂生成物は、後記第八章第二において述べる放射性廃棄物処理施設により適切に処理されることから、周辺環境へ放出される放射性物質の量を十分に抑制することができるのである(高木秀夫調書一・二二丁表〜二三丁裏)。

二 圧力バウンダリの健全性

(一) 圧力バウンダリの構成等

原子炉容器内で発生した蒸気は、タービン及び復水器を経て水となり、再び原子炉容器に戻される。また、原子炉容器には、冷却材再循環系を接続させ、再循環ポンプにより冷却水を強制的に再循環させる。

この冷却水の循環経路を構成する設備・系統を原子炉冷却系というが、圧力バウンダリとは、右原子炉冷却系の一部、すなわち、原子炉容器、冷却材再循環系、原子炉容器から隔離弁に至るまでの主蒸気系及び給水系の機器・配管等から構成され、平常運転時には冷却水を内包しており、異常な事態が発生した場合には隔離弁により他の部分と隔離され圧力障壁を形成する範囲をいう(<書証番号略>、高木秀夫調書二・二丁裏)。

右圧力バウンダリを構成する機器・配管のうちで最も重要である原子炉容器は、上部及び下部が球面構造をなしており、一号機は全高約二一m、内径約4.7m、厚さ(円筒部)約一二〇mm、二号機は全高約二一m、内径約5.6m、厚さ(円筒部)約一四〇mmのたて形円筒形の鋼鉄製の容器(<書証番号略>)で、十分な耐圧性を有した設計となっており、鉄筋コンクリート製の強固な原子炉架台上に据え付けられている。

(二) 圧力バウンダリの健全性の確保

「はじめに」において述べたとおり、圧力バウンダリは、異常な事態が発生した場合において、放射性物質をこの中に封じ込めるという重要な機能を有している。

このように重要な機能を有する圧力バウンダリの健全性を確保するためには、

① 過大な圧力による圧力バウンダリの機械的損傷を防止すること、

② 特に原子炉容器については、中性子照射に起因する脆化による損傷を防止すること、

③ 冷却水中の不純物等に起因する化学的腐食による圧力バウンダリの損傷を防止すること、

④ 応力腐食割れによる圧力バウンダリの損傷を防止すること

等について、十分な配慮がなされていなければならない(高木秀夫調書二・三丁表裏)。

本件原子力発電所の圧力バウンダリは、これらについて安全上十分な配慮がなされているものであるが、以下、その内容について述べる。

1 圧力バウンダリの機械的な健全性の確保

圧力バウンダリの機械的な健全性を確保するためには、原子炉容器をはじめとする圧力バウンダリ内の圧力を過大にしないこと及び予想される圧力に十分耐えるよう圧力バウンダリに十分な強度を持たせることが必要である。

本件原子力発電所においては、通常運転時には、原子炉容器内の圧力は後述する原子炉圧力制御系により自動的にほぼ一定(定格圧力約七一kg/cm3)に保たれ(<書証番号略>)、また、圧力バウンダリは右定格圧力よりも十分高い圧力(本件原子炉容器や冷却材再循環系等のポンプ・配管等についてみればその設計圧力である87.9kg/cm3)に耐える強度をもって製造されているところから、その機械的な健全性は確保されるのである(<書証番号略>)。

なお、本件原子炉容器の材料には鉄にマンガン、モリブデン、ニッケルを添加した低合金鋼を採用し(<書証番号略>)、さらに焼き入れ・焼戻しの処理を施している。右のとおりの材料を採用し、処理を施した原子炉容器は十分な強度と高い延性を有しており、BWRにおいてすでに十分な使用実績がある(<書証番号略>)。

2 中性子照射に起因する脆化に対する原子炉容器の健全性の確保

金属材料には、一般に、ある温度以下になると延性を失って脆くなる性質がある。右温度を脆性遷移温度というが、この脆性遷移温度は中性子照射によって上昇するということが知られており(高木秀夫調書二・四丁裏)、その上昇の程度は材料の熱処理の方法や不純物の含有量によっても左右されることが明らかになっている。したがって、原子炉容器の健全性を確保するためには、その材料として延性の高いものを選択するとともに、中性子照射による脆性遷移温度の上昇程度が小さいものを使用し、また、運転開始後も原子炉容器における脆性遷移温度の変化を監視し、原子炉容器の温度をその脆性遷移温度より十分高く維持することが必要である。

このため、本件原子炉容器の材料には、右1に述べたとおり、延性の高いものが採用され、焼き入れ・焼戻しの処理を施すとともに、脆性遷移温度の上昇程度を小さくするために厳重な品質管理により不純物の含有量を十分低く抑えたものが使用されている。また、原子炉容器内には、原子炉容器と同一の材料から採取した試験片を、原子炉容器内壁で中性子照射による影響を最も受けやすい位置に挿入し、この試験片を検査することにより供用期間を通じての原子炉容器材料の脆性遷移温度の変化を把握するとともに、原子炉容器の温度についても、その脆性遷移温度よりも十分高く維持するよう運転が行われる(高木秀夫調書二・四丁裏〜五丁裏)。

したがって、本件原子力発電所においては、中性子照射による脆化に対しても原子炉容器の健全性は確保されるのである。

本件原子力発電所一号機については、運転開始から約一年後の昭和六〇年の第一回定期検査の際、加速試験片(注七の一)を取り出して機械試験を実施し、脆性遷移温度の上昇を評価している(高木秀夫調書二・五丁裏)。

右加速試験片での評価結果では、最初の原子炉容器材料の脆性遷移温度は氷点下二〇度Cであったが、これに対し二八年間の運転により一一度Cの脆性遷移温度の上昇を見込めば十分であるという評価結果になっている(高木秀夫調書二・六丁表)。

これに対し、通常運転中の原子炉冷却材の温度は約二八〇度Cであり、原子炉容器もほぼ同程度の温度であるので、寿命期間を通じて、十分余裕があるということができる(高木秀夫調書二・六丁裏)。

なお、定期検査の際、耐圧試験を実施するが、その際はあらかじめ原子炉の水を加熱して脆性遷移温度よりも十分高くなったところで加圧するよう管理しているのであり(高木秀夫調書二・六丁裏)、原子炉容器の健全性の確保に万全の対策を講じている。

3 化学的腐食に対する圧力バウンダリの健全性の確保

圧力バウンダリは、その内面において冷却水と接することから、冷却水中の不純物等による化学的腐食に対してもその健全性を確保する必要がある。

このため、本件原子力発電所においては、原子炉容器内面のうち冷却水と接する範囲の内張りの材料及び冷却材再循環系の配管等の材料には、耐食性の優れたステンレス鋼を使用している。また、腐食の要因となる冷却水中の塩素等の不純物については、復水脱塩装置等で除去するとともに、溶存酸素については復水器で脱気する等適切な水質管理が行われる(高木秀夫調書二・八丁表裏)。

したがって、化学的腐食に対しても圧力バウンダリの健全性は確保されるのである。

4 応力腐食割れ(SCC・Stress Corrosion Cracking)に対する圧力バウンダリの健全性の確保

応力腐食割れは、

① ステンレス鋼に耐食性をもたせているクムロが、溶接時の加熱によってステンレス鋼に含まれる炭素と結合しクロム炭化物として析出することにより、溶接部の付近に部分的なクロム欠乏部が生じ、金属材料の耐食性が低下する(このような現象を「鋭敏化する」という)こと、

② 原子炉の運転に伴ない発生する内圧等による引張応力(注七の二)に、溶接による残留応力(注七の二)が加わって、材料に過度の引張応力が存在していること、

③ 冷却水中の溶存酸素濃度が高い等、冷却水が腐食環境にあること

の三つの条件が重なった場合に発生することが明らかになっている。

したがって、ステンレス鋼の溶接部における応力腐食割れを防止するためには、材料の選択、溶接管理、冷却水中の溶存酸素濃度の管理等を適切に行う必要がある(<書証番号略>)。

このため、本件原子力発電所の圧力バウンダリに関しては、

① ステンレス鋼管の材料として炭素含有量の低い低炭素ステンレス鋼(SUS316LCまたはSUS304LC等)を用いること、

② 溶接時の入熱量を減らす等適切な溶接方法ないしは溶接管理を行うことによって、ステンレス鋼の鋭敏化や残留応力の低減を図ること、

③ 原子炉の起動時には冷却水中の溶存酸素濃度が高いので、冷却水中の溶存酸素濃度を低減するような運転管理等を行うこと

としている(高木秀夫調書二・一〇丁表裏)。

したがって、応力腐食割れに対しても圧力バウンダリの健全性は確保されるのであり、右対策の結果、本件原子力発電所一号機では、運転開始後これまでの間に、応力腐食割れは発生していないのである(高木秀夫調書二・一〇丁裏)。

(三) 圧力バウンダリの健全性の確認

本件原子力発電所の原子炉容器、冷却材再循環系の配管等については、その製造及び工事の工程ごとに厳重な検査を行っているが、運転開始後も、定期検査時において以下に述べるような各種の検査を行うことにより、原子炉容器をはじめとする圧力バウンダリの健全性を確認することとしている(高木秀夫調書二・一一丁表)。

1 超音波探傷検査

超音波探傷検査とは、鋼材表面に置いた探触子から超音波を発射し、鋼材内部からの反射波を見て、その乱れによって鋼材内部に生じたきず等の異常の有無を確認するものである。右検査により、原子炉容器、冷却材再循環系の配管等の溶接部について、表面に現われていない鋼材内部の欠陥等を検知することができる。

2 外観検査

外観検査は、肉眼検査及び液体浸透探傷検査(注七の三)により行われる。

原子炉容器内面については水中テレビカメラによる肉眼検査により、また、冷却材再循環系の配管等の溶接部については肉眼検査または液体浸透探傷検査により、それぞれその異常の有無を確認する。

3 漏洩検査

漏洩検査は、原子炉容器をはじめとする圧力バウンダリ内に冷却水を満たし、通常運転時の圧力に加圧し冷却水の漏洩の有無を確認する。

三 原子炉の安定した運転の維持……燃料の核分裂反応の確実かつ安定的な制御

燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を十分余裕をもって確保するには、右一及び二に述べた配慮とともに、原子炉の運転を安定した状態に維持する必要があり、このためには、原子炉出力、原子炉圧力及び原子炉水位を安定に制御することが重要である。

本件原子力発電所においては、右の観点から、「原子炉出力制御系」、「原子炉圧力制御系」及び「原子炉水位制御系」からなる原子炉制御系を設けている。すなわち、原子炉出力は、原子炉出力制御系によって制御棒を出し入れすることと、再循環ポンプで炉心を流れる冷却水の量を調整することにより制御される。また、原子炉圧力は、原子炉圧力制御系によってタービン入口の蒸気流量を自動的に調整することにより、あらかじめ設定した圧力に維持される。さらに、原子炉水位は、原子炉水位制御系によって給水流量を自動的に調整することにより、あらかじめ設定した水位に維持される(<書証番号略>、高木秀夫調書一・八丁表)。

右原子炉制御系の計測制御装置は、中央制御室の制御盤に配置し、集中的に監視・制御が行えるようにしている。制御盤は、運転員の配置・役割等を考慮して、それらの運転操作が円滑に遂行でき、かつ運転員の誤操作及び誤判断が防止できるよう、適切な寸法、形状等にするとともに、重要性、操作頻度及び緊急性を考慮して、操作スイッチ、指示計、制御器具類等を系統ごとにまとめて適切に配置されている。また、中央制御室には、計算機を利用して運転状態の適切な情報を系統ごとにあるいは集約的に表示できるよう数台のモニターテレビが設置され、運転員の行う監視・制御を補助できるようにしている(高木秀夫調書一・一六丁表〜一七丁裏)。

なお、原子炉出力制御系には、運転員が制御棒を誤って引き抜こうとしても、原子炉内の中性子の数がある定められた値以上であった場合には、制御棒を引き抜けなくする等のインターロックシステムが設けられている(高木秀夫調書二・一一丁裏〜一二丁裏)。

右に述べたことによって、原子炉の運転は安定した状態に維持され、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性は十分な余裕をもって確保されるのである。

四 機器の試験・検査

異常状態発生防止対策は以上で述べた設備の設計面のみならず、建設段階及び運転段階においても講じられなければならない。以下にその内容を述べる。

(一) 建設段階の機器の試験・検査

本件原子力発電所の安全性は、その建設段階においては、機器・系統等が設計どおりの品質を有し、本件原子力発電所が安全に運転を継続するに十分であることの確認をする、いわゆる品質保証活動を行うことにより確保される。

右建設段階においては、製作・据付及び試運転のすべの過程にわたり、被告会社はもとより機器の製作・据付等にあたる受注者側も右の品質保証活動を行っているのであるが、被告会社における品質保証活動を中心としてその概要を述べると、次のとおりである。

1 機器の製作過程における品質保証活動

本件原子力発電所に用いられる機器の製作過程では、受注者は各機器が設計どおりの品質を有するよう、材料の調達、機器の製作、試験・検査等による製作作業の結果の確認等を行っているが、これに加え被告会社では、右の製作過程において次のような品質保証活動を行っている。

すなわち、被告会社は、受注者側における材料及び製品の識別方法、保管方法等から各機器について設計どおり適正な材料及び製品が使用されていることを、また、主要な機器については技術者を工場に派遣するなどしてその製作方法、製作設備等が適切であることを、さらに、右機器の製作工程の主要な段階においては工場において立会試験、立会検査を実施するなどして機器が設計どおりの性能を有していることを、それぞれ確認している(<書証番号略>)。

2 機器の据付工事における品質保証活動

右のようにして製作された機器については、受注者において衝撃による損傷防止、異物の混入防止等の措置を講じたうえ工場から搬出、輸送し、本件原子力発電所の建設現場に搬入して据付工事を行うのであるが、据付工事に先立ち被告会社は、機器の受入れ検査を実施するなどして、右の機器の搬出・搬入、建設現場における保管等が適切になされていることを確認している。

そして、建設現場で機器の据付工事が行われる過程においては、工事手順、作業方法等から据付工事が適正になされていることを、また、据付工事の工程に応じ機器または系統ごとの溶接検査、耐圧試験、機能試験等により本件原子力発電所の機器・系統等がすべて設計どおりの機能を有していることを、それぞれ確認し、さらに、原子炉冷却等主要な系統について清浄水による洗浄等が行われこれらの内部の異物等が除去されていることを確認している(<書証番号略>)。

3 試運転の実施

右のような過程を経て建設された本件原子力発電所については、原子炉に燃料を装荷したうえで試運転が実施される。

この試運転は、原子炉の出力を定格出力まで段階的に上昇させて行われるのであるが、その各々の出力段階で各種試験・検査を行い、本件原子力発電所が設計どおり機能することを確認したうえでさらに出力を上昇させて次の出力段階に進み、最終的に定格出力状態で同様の確認をするという方法がとられる。

このようにして、本件原子力発電所が定格出力で安全に運転できることが確認されることになる(<書証番号略>)。

なお、試運転において改善すべきところが認められた場合は、その原因を究明し、必要な措置が講じられることとなる。

(二) 運転段階の機器の試験・検査

本件原子力発電所においては、以下に述べるとおり、機器・系統等が設計どおりの機能を発揮しそれを維持できるよう、日常点検、定期検査等を計画的に実施し、設備の保守管理に万全を期することとしている。

日常点検は、発電所内の巡視点検、安全上重要な機器・系統等の作動試験等から構成される。巡視点検は、運転直(第二、一参照)が、それぞれの勤務ごとに発電所内を巡視し、機器・系統等を点検することによりこれらが正常な状態にあるかどうかを確認するものである(<書証番号略>)。

また、作動試験は、運転直が月一回等定期的に高圧注水系、炉心スプレイ系等の安全上重要な機器・系統のポンプ・弁類等を作動させ、これら機器・系統が万一の事態に備えその機能を発揮できることを確認するものである(<書証番号略>)。

定期検査は、本件原子力発電所の運転をほぼ年一回定期的に停止して実施される。この定期検査において、機器・系統等は総合的に点検・整備され、また、原子炉容器等から構成される圧力バウンダリの健全性を確認するための試験・検査をはじめとして、制御棒駆動装置、ECCS、原子炉格納容器等の機能を確認する試験・検査等が行われ、本件原子力発電所の安全性が確認される(<書証番号略>)。

右に述べた日常点検や定期検査において、仮に異常が認められた場合には、その原因を究明し改善措置を講じることとしている。

五 原告らの主張の失当性

(一) 燃料被覆管の健全性について

原告らは、燃料被覆管の健全性に関し、曲がり、フレッティング腐食、クリープ、PCI(Pellet Clad Interac-tion 燃料ペレットと燃料被覆管との相互作用)による応力腐食割れ等の事象を列挙している(原告準備書面八・七頁〜八頁)が、これらの事象については、本件原子力発電所においては、以下に述べるように燃料被覆管の健全性を確保するため十分な配慮がなされており、燃料被覆管の曲がり等はもとより、PCIによるピンホール等の発生も十分に抑制されているのであって、このことは、最近の先行原子力発電所における燃料被覆管の破損率が著しく減少していることからも明らかである(<書証番号略>)。

1 燃料被覆管の曲がり等の事象について

燃料被覆管の曲がりは、燃料棒の熱膨張等による軸(縦)方向への伸びが抑制されたとき、または、燃料被覆管の肉厚の不均一により燃料被覆管の円周方向における温度差が大きいときに生じる熱応力等に起因して発生する可能性のあることが知られている。

したがって、燃料被覆管の曲がりに対しては、燃料棒が熱膨張等により軸方向へ伸縮できるように燃料棒の上部に外部スプリングを介して上部タイプレートに貫通させることによって(図七―六参照)、また、燃料棒の製造工程において燃料被覆管の肉厚が均一に製造されていることを確認することによって、熱応力に起因する燃料被覆管の曲がりの発生を抑制しているのである。(<書証番号略>)。

次に、フレッティング腐食は、金属材料の表面が他の金属等と接し、かつ摺動が繰り返されるときに生じる腐食のことであり、冷却水の流れによる燃料棒の振動や摺動に起因して発生する可能性のあることが知られている。

したがって、フレッティング腐食に対しては、燃料棒に過大な振動や摺動が発生しないように燃料棒の軸方向に七段にわたってスペーサを配置し、さらに、右スペーサと燃料棒との接触をスペーサのスプリングにより適切に保つことによって、フレッティング腐食の発生を抑制しているのである(図七―六参照)(<書証番号略>)。

また、クリープとは、一定の応力のもとで時間の経過とともに材料の変形が増加する現象のことであり、一般に応力と温度が高いほど著しいことが知られている。

したがって、クリープに対しては、燃料被覆管の肉厚を十分大きくとることにより内圧・外圧等によって発生する応力を低く抑え、クリープの発生を抑制しているのである(<書証番号略>)。

なお、被告会社は、燃料被覆管の肉厚を決めるに際して、原告らが、その準備書面八第二、一(六頁〜七頁)において指摘するように、ガス状の核分裂生成物は、一六五〇度C以上では一〇〇パーセント(一六五〇度C未満では四パーセント)が燃料ペレットから放出されるという仮定を用いているが、右放出率の値は燃料ペレットから放出されたガス状の核分裂生成物等によって生じる燃料棒の内圧を算定するために、その放出率を極めて大きめに仮定した計算上の数値であって、実際の放出率を意味するものではない。

ちなみに、右に述べた燃料被覆管の曲がり等の事象は、BWRの初期段階で経験されたものであるが、いずれも早期に解決され、それ以降は問題となっておらず(<書証番号略>)、現在、本件原子力発電所のようなBWRにおいて問題となってはいないのである。

2 燃料被覆管にみられるPCIによる応力腐食割れの事象について

燃料被覆管にみられるPCIによる応力腐食割れの事象は、PCIの結果、すなわち、燃料ペレットがその内部の温度分布による熱膨張差によって鼓状に変形し、この変形した燃料ペレットが燃料被覆管を内部から押し広げる結果、燃料被覆管の局部に応力が生じ、その応力に加えて燃料ペレットから放出されたよう素等による腐食環境が重畳して、燃料被覆管にピンホールやひび割れが生じるものであることが知られている。

したがって、右事象に対しては、燃料被覆管に局部的な応力が生じないように燃料ペレットの長さの短い短尺ペレットを使用するとともに、その両端を面取り(チャンファ)して燃料ペレットの形状を工夫したり、燃料被覆管の延性が向上するように熱処理方法の改良を行ったりすことによって、その発生を抑制しているのである(<書証番号略>)。

さらに、本件原子力発電所においては、従来の七行七列配列の燃料集合体に比べ、燃料棒の線出力密度が大幅に低減されている八行八列配列のそれを採用しており、右に述べた各対策とあいまって、より一層PCIによるピンホールやひび割れの発生を抑制しているのである(<書証番号略>)。

(二) 圧力バウンダリの健全性について

原告らは、冷却材再循環系の配管等における応力腐食割れ、原子炉容器ノズル部におけるひび及び原子炉容器の脆性破壊が、それぞれ生じる可能性がある等の主張をしている(原告準備書面一〇・一〇頁〜二一頁)。

そこで、以下においては、本件原子力発電所における圧力バウンダリ、とりわけ、原子炉容器の健全性に関する原告らの主張のうち、特に指摘することが必要と思われる事項を取り上げて、原告らの主張に理由がないことを明らかにする。

1 原子炉容器の機械的健全性の確保について

(1) ノズル部の強度について

原告らは、原子炉容器ノズル内面の局部においては、原子炉容器のフープ応力(内圧を受ける薄肉容器の壁に生じる引張応力)の二〜三倍のピーク応力が生じること、交番熱荷重が加わること等により、原子炉容器に開口部を設けてノズルを取り付けることは強度設計上厳しい問題であるとし、事実、福島第一原子力発電所一号炉、島根原子力発電所で給水ノズル及び制御棒駆動水戻りノズルにひびが発生した旨主張している(原告準備書面一〇・一三頁〜一四頁)。

しかしながら以下のとおり原告ら主張は失当といわざるを得ない。

被告会社はピーク応力(開口部における応力集中または局部的な熱応力により付加される応力の増加分をいう)については、必要に応じこれらの応力にピーク応力を加えた応力による疲労をも評価し(<書証番号略>)健全性を確認している。

さらに、被告会社は、そのノズル部について、供用期間を通じて作用する内圧等によって発生する応力及び原子炉の起動・停止等に伴う温度差によって発生する熱応力を評価し、本件原子炉容器の機械的健全性を確保しているのである。

ちなみに、原告らが指摘する右給水ノズルのひび及び制御棒駆動水戻りノズルのひびは、いずれも低温の給水と高温の冷却水とが混合する際に生じる温度変動による交番熱荷重を原因とする、いわゆる熱疲労割れである。本件原子力発電所において、サーマルスリーブ(高温の給水ノズル部に比較的低温の給水が直接当らないようにするため設けられるもの)は、給水ノズル部に溶接されているので間隙はなく、給水が給水ノズルコーナー部に直接当たることはないため、同様の事象が発生するおそれはないのである(<書証番号略>)。

また、本件原子力発電所においては、制御棒駆動水戻り水が、制御棒駆動水戻りノズルから原子炉容器に入るような構造にはなっておらず(田中調書二・三丁裏〜四丁表)、同様の事象が発生するおそれはないのである。

なお、本件原子炉容器の材料である低合金鋼と原子炉容器の内張(クラッド)の材料であるステンレス鋼との熱膨張差によってノズル部に発生する熱応力は、原子炉容器母材の厚さに比べ右クラッド部の厚さが十分に薄いことから極めて小さいので、無視することができるものである。

したがって、本件原子炉容器の機械的健全性は確保されるのであって、福島第一原子力発電所一号機、島根原子力発電所でかつて生じたような事象は発生しないのである。

(2) セーフェンド部の溶接について

原告らは、原子炉容器ノズルとセーフェンド間の異種材料溶接継手は、材料の異質性、熱膨張係数の相違のため亀裂の発生が避けがたい部分であり、本件原子力発電所もまた、このセーフェンドにおける割れの発生の危険性が大きいとし、事実、一九七八年にデュアンアーノルド炉で冷却材再循環系のセーフェンドの部分に大型の割れが発生した旨主張している(原告準備書面一〇・一二頁〜一三頁)。

しかしながら、デュアンアーノルド炉の右事象は、インコネル製のセーフェンドにステンレス製のサーマルスリーブを差し込んで溶接したため、右異種金属溶接部に間隙が生じかつ右溶接部が応力集中の発生しやすい形状であったこと等に起因する応力腐食割れであり、本件原子炉容器においては、そのセーフエンドはサーマルスリーブと同一の材料である低炭素ステンレス鋼を使用しており、異種金属溶接とはなっておらず、(<書証番号略>)また、その溶接部はサーマルスリーブを差し込んで溶接していないので、右溶接部に間隙はなくかつ応力集中を避けうる形状となっていることから、本件原子力発電所においてデュアンアーノルド炉のそれと同様の事象が発生するおそれはない。

(3) ASMEの安全係数の変更について

原告らは、原子炉容器は設計の基本となるASME CodeセクションⅢで採用した「安全係数の低減」と「極限解析の導入」の結果、一般化学プラントの圧力容器よりもきゃしゃな構造となっているとし(原告準備書面一九・六一頁〜六六頁)、あたかも危険性が増加したかのような主張をしている。

しかしながら、原告らの右主張は、いずれも以下に述べるとおり失当であるといわざを得ない。

原子炉容器の設計に用いられているASME Code セクションⅢ(ASME, The American Society of Mechanical Engineers 米国機械学会)が安全率を3とした理由は、原子炉容器の疲れ破壊を防止する観点から繰り返し作用する熱応力の対策の重要性が認識されるようになり、安全率4という大きな安全率を採った耐圧設計が要求する厚肉は必ずしも圧力容器の健全性を保証するものではないことが指摘されるようになったためである(<書証番号略>)。なお、安全率を4から3に低減させたことが、原子炉容器の危険性の増加に直接結びつくものではないことは、田中証人も認めている(田中調書一・二三丁裏〜二四丁表)。さらに、「解析による設計」の導入は、起こり得るあらゆる破壊様式を想定し、ひとつひとつの破壊様式に対応する設計基準に対して解析によって構造物の健全性を詳細に評価できるようにするため行ったものであり、これにより、原子炉容器の健全性は十分に確保されているのである(<書証番号略>)。

なお、右に述べた米国機械学会が定めている「ボイラー及び原子炉容器規格(Boiler and Pressure Vessel Code)」のセクションⅢ「発電用原子力設備の建設基準(Rules for Construc-tion of Nuclear Power Plant Compo-nents)」は、基本的には我が国における「発電用原子力設備に関する構造等の技術基準(昭和五五年通商産業省告示第五〇一号)」に取り入れられているばかりでなく(田中調書一・一〇丁裏〜一一丁表)、米国、カナダにおいても原子力発電所の原子炉容器等の設計に採用されているものである(<書証番号略>)。

(4) 亀裂の進展について

原告らは、原子炉容器の疲労亀裂成長挙動の研究において、高温水環境による亀裂成長の加速効果が発見され、これを受けて軽水炉の設計基準とされているASMEセクションが二度に亘り改訂されたが、本件原子炉は右改訂前の設計であり危険性が大きい旨主張している(原告準備書面一〇・一四頁〜一五頁)。

しかしながら、ASMEの「ボイラー及び原子炉容器規格」のセクション「発電用原子力設備の供用期間中検査基準(Rules for In-service Inspection of Nuclear Power Plant Compo-nents)」は、原告らのいうように原子炉容器の設計基準を定めたものではなく、原子力発電所運転開始後の供用期間中の検査方法や検査結果の評価方法等を定めたものであるから(<書証番号略>)、ASME規格セクションの改訂は、本件原子炉容器の設計に何らかかわるものではなく、原告の主張は、その前提において誤りである。

(5) 低ひずみ速度破壊(注七の四)について

原告らは軽水炉原子炉容器割れとして、近年、原子炉の起動時の低速度の負荷上昇に伴い生じる荷重による割れの成長が危惧されている旨主張し(原告準備書面一〇・一四頁〜一五頁)、それに沿うものとして<書証番号略>を提出している。

しかしながら、高温・高圧水環境下において原子炉容器材料の亀裂が進展を開始するためには、原子炉容器材料に大きな亀裂が存在しかつ実用炉の起動に伴う荷重より非常に大きな荷重が作用することが必要であるところ、実炉においては定期的な検査を行い、割れのないことを確認しており、かつ右のような大きな荷重が作用することはないので実炉においては原告らの主張するような割れの成長は問題とならないのである。

2 中性子照射に起因する脆化(靱性の低下)に対する原子炉容器の健全性の確保について

(1) 原子炉容器の脆化による破壊(脆性破壊)の防止について

原告らは、中性子照射脆化による原子炉容器の脆性破壊の条件としては、①何らかの欠陥が存在する、②欠陥を拡大させようとする力がかかっている、③構造物や機器の使用温度が「NDT温度(脆性遷移温度)+60度F」以下である、④鋼材が一定の厚みを有するという条件が必要であるが、原子炉容器はこのすべての条件を満たすものである旨主張し(原告準備書面一九・六七頁〜六八頁)、より詳細には以下のア乃至ウのとおり主張している。

ア 田中証人は、右①の「何らかの欠陥が存在する」という条件に関連して、「本件原子力発電所一号機では、アンダークラッドクラッキング(UCC)の対策がなされているかどうかわからない」との証言をしている(田中調書二・二九丁裏、三八丁表)。

しかしながら、右UCCについて、その対策として材料と溶接の際の入熱管理が関係するところ(田中調書二・三七丁表裏)、本件原子力発電所一号機の原子炉容器では、UCC感受性のない材料を使用していることや、低入熱溶接方法等の採用により、十分な対策が講じられているのであり、UCCが発生する可能性がないことは明らかである(<書証番号略>)。

また、UCCについては、一九七〇年当時破壊力学的に成長する欠陥であるかどうか西ドイツ(当時)で解析されて、成長性がないことが確認されており(<書証番号略>)、仮にUCCが存在しても原子炉容器の健全性に問題はないのである。

ところで、原告らの主張するように、右に述べた原告らの主張①乃至④の四条件がすべて重なるときに原子炉容器に脆性破壊が発生する可能性があるのであり、そのうち一つの条件でも満たすことがなければ、それが発生することはないのである(<書証番号略>、田中調書三・一四丁表)。

このため、本件原子力発電所一号機では、右③の条件を満たさないように、原子炉の使用温度が「NDT温度(脆性遷移温度)+60度F(33度C)」を超えるよう原子炉冷却材の温度の制限値を設定しており、原子炉容器の脆性破壊防止のための十分な対策がとられているのである(高木秀夫調書二・五丁表)。

なお、近年原子炉容器の脆性破壊防止のための原子炉冷却材温度の制限範囲(T)は最大仮想欠陥(深さが板厚の四分の一、長さは板厚の1.5倍を想定する)より求められる破壊靱性値、NDT温度をもとに定められる関連温度及び材料に固有の参照破壊靱性値(KIR)から求めることもできるようになってきており(<書証番号略>)、この評価も参考として運転温度の制限範囲が定められている。

したがって、原子炉容器にUCCのような傷がたとえ存在したとしても、本件原子力発電所では脆性破壊に発展するおそれはなく、原子炉容器の健全性は十分確保されるのである。

イ 原告らは右①の「何らかの欠陥が存在する」という条件に関連して、原子炉容器の亀裂を発見するために行われる放射線透過検査、超音波探傷検査では「きちっと閉じた欠陥」の検出能力には疑問があり、右諸検査の信頼性は十分ではない旨主張している(原告準備書面一〇・一六頁〜一七頁)。

しかしながら、原告らの主張は原子炉容器の亀裂で、「きちっと閉じた欠陥」が存在し得ることを前提としたものであるが、右のような欠陥が存在する根拠は何ら明らかではなく、その主張は前提において失当である。

なお、右の放射線透過検査、超音波探傷検査は、いずれも原子炉容器の板厚の二パーセント程度の大きさのひび等を十分検出できる精度を有していること(<書証番号略>)から、右諸検査に信頼性は十分あり、原子炉容器の健全性を十分確認することができるのである。

ウ 原告らは、右③の「構造物や機器の使用温度が『NDT温度(脆性遷移温度)+60度F』以下である」という条件に関連して、NDT温度(脆性遷移温度)の上昇の評価が適切に行われているか疑問である旨主張している。具体的には、

a 原子炉容器の不安定脆性破壊の防止のために破壊靱性値を用いて安全性の評価が行われているが、小型のシャルピー試験片からは右評価に必要な破壊靱性値に及ぼす中性子照射の影響を評価することはできないし、シャルピー衝撃結果から破壊靱性値を合理的に導き出す評価方法も確立していないので、中性子照射によって材質劣化を続ける原子炉容器の材料の破壊靱性値を正しく求めることはできない旨主張している(原告準備書面一〇・一八頁〜一九頁)。

しかしながら、シャルピー衝撃試験は、世界中で広く用いられており、鋼板を対象にした溶接部の衝撃強度を調べる試験方法としてASMEの圧力容器設計コードに採用されているNRL(Naval Research Laboratory)落重試験の結果による脆性遷移温度の上昇と、右シャルピー衝撃試験結果によるシャルピー遷移温度の間には線形関係があることが認められているので、シャルピー衝撃試験結果から鋼板の破壊靱性値を合理的に導くことができるのである(<書証番号略>)。

なお、被告会社は、本件原子力発電所においては、中性子照射に起因する脆化に対する原子炉容器の健全性を確保するため、監視試験片(シャルピー試験片)を検査することにより供用期間を通じての原子炉容器材料の脆性遷移温度の変化を把握するとともに、原子炉容器の温度をその脆性遷移温度よりも十分高く維持するよう運転を行っているので、右運転により原子炉容器の破壊靱性は十分に確保され、その脆性破壊は確実に防止されるのである(高木秀夫調書二・五丁表裏)。

b 原告らは、原子炉容器壁の方が監視試験片よりも温度が低いので、監視試験片の脆化の程度から原子炉容器壁の脆化の程度を判断するのは危険である旨主張している(原告準備書面一〇・一九頁)。

しかしながら、監視試験片(シャルピー試験片)は、原子炉容器壁と炉心シュラウド(図七―四参照)との間に置かれているところ、原子炉容器壁も右試験片もともに原子炉容器壁と炉心シュラウドとの間を下向きに流れる冷却水に接していることから、いずれも冷却水温度とほぼ同じ温度であるので、右試験片の脆性遷移温度を調べることにより原子炉容器壁の脆性遷移温度の変化を十分に把握することができるのである。

(2) 加圧熱衝撃(PTS)について

原告らは、配管の小破断の事故等が発生し、原子炉容器内の圧力が高い状態でECCSが作動すると、原子炉容器の内壁は急激に冷却され熱衝撃と呼ばれる熱応力が発生し、原子炉容器の安全上非常に危険な状態となるうえ、特に中性子照射により原子炉容器の脆化が進んでいれば一層危険である旨主張している(原告準備書面一〇・一九頁〜二〇頁)。

しかしながら、原告らの主張する事象は、PWR、特に米国の初期のPWRについて、しかも中性子照射に起因する脆化が著しい場合にのみその危険性が問題とされたものであって、BWRはECCSが作動した際に注水が直接原子炉容器内壁に当たるような構造にはなっていないこと、BWRはPWRに比べて原子炉容器内壁における中性子の照射量がより少ないこと、さらに、BWRの場合には、必ず炉内に蒸気が存在するが、ECCSが作動し冷却水が注入されると蒸気が凝縮してすぐ圧力が下がる等の理由により、本件原子炉のようなBWRにおいては問題とはなっていない(<書証番号略>、高木秀夫調書二・七丁表裏)。

なお、<書証番号略>では、加圧熱衝撃(PTS・Pressurized Thermal Shock)の実験を実施した結果において、本実験の条件は実機において想定しうる条件よりも、かなり厳しい条件であるにもかかわらず、亀裂は一mm程度の進展後、停留したとされているのであり、原告らの主張の根拠とすることはできない。

さらに、<書証番号略>は、本試験は、実炉より厳しい条件での試験であるが、このような厳しい条件下で不安定破壊が生じなかったことは、実炉の圧力容器用鋼がPTSに対して十分な安全性を有することを示唆しているのである。したがって、原告らの右各書証を引用しての主張はまったく誤りである。

3 応力腐食割れに対する健全性の確保について

原告らは、オーステナイト系ステンレス鋼配管に応力腐食割れが多発しているが、これは安全上重大な問題であり、しかも応力腐食割れの本質的究明はされていない旨、また冷却材再循環系の配管材料は最近オーステナイト系ステンレス鋼から炭素鋼に取り替えられているのに本件原子力発電所では依然としてオーステナイト系ステンレス鋼を使用しており、応力腐食割れが発生するおそれがある旨、それぞれ主張している(原告準備書面一〇・一〇頁〜一二頁)。

しかしながら、応力腐食割れについては、前記二、(二)、4において述べたとおり、①材料、②引張応力、③腐食環境、の三条件が重なった場合に発生する可能性があることがすでに明らかになっており、被告会社は応力腐食割れを防止するため右三条件が重ならないような十分な配慮を行っているのである(高木秀夫調書二・八丁表〜一〇丁裏、書証番号略)。

また、冷却材再循環系の配管材料について、最近の原子力発電所においてオーステナイト系ステンレス鋼から炭素鋼に取り替えられてきているという事実はない。

また、原告らは応力腐食割れに対する具体的な発生例、その原因・対策を示す書証として、<書証番号略>を提出しているが、本件原子力発電所においては、前述のとおり既に応力腐食割れに対する十分な対策が施されているのであり、右各書証をもって、本件原子力発電所に応力腐食割れが発生するとはいえない。

第四 本件原子力発電所における異常状態拡大防止対策

本件原子力発電所においては、右第三に述べたように、異常状態の発生を未然に防止するため十分な対策を講じているのであるが、このような配慮にもかかわらず、仮に運転中何らかの異常状態が発生した場合には、その異常状態が拡大したりさらには放射性物質を環境へ異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを確実に防止するため、燃料被覆管および圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に軽微な異常状態が発生した場合に所要の措置がとれるように、その異常状態を早期かつ確実に検知する計測制御装置を設けている。さらに、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼす等異常状態が大きなものである場合等に備え、その異常状態の拡大を防止する安全保護設備が設けられている。

以下、右計測制御装置及び安全保護設備の機能、構成、信頼性の確保等について述べる。

一 異常状態の早期検知

原子力発電所の運転中何らかの軽微な異常状態が発生した場合に、原子炉の停止等所要の措置がとれるように、計測制御装置によりこの異常状態の発生を早期かつ確実に検知することができる。

すなわち、原子炉冷却系等の異常により生じる原子炉出力、原子炉圧力、原子炉水位等の変化等を検知するため、原子炉制御系の計測制御装置を設け、中央制御室において早期かつ確実に検知することができるようにしている(高木秀夫調書二・一四丁裏〜一五丁裏)。また、燃料被覆管の損傷による核分裂生成物の漏洩を検知するため、主蒸気管放射能モニタ、空気抽出器排ガスモニタ等を設け、冷却水中の放射能を監視している(高木秀夫調書四・六九丁表〜七一丁表、高木秀夫調書二・一五丁裏)。さらに、圧力バウンダリからの冷却水の漏洩を検知するため、原子炉格納容器内サンプ(水溜)水量、原子炉格納容器内雰囲気中の放射能等を監視する装置を設け(高木秀夫調書二・一五丁裏〜一六丁表)、いずれも中央制御室においてその程度を早朝かつ確実に検知することができる。

このように、本件原子力発電所においては、異常状態の発生は早期かつ確実に検知されるが、さらに、右異常状態を検知した場合に、その異常状態に応じて警報を発する装置が中央制御室に設けられており、原子炉の停止等所要の措置が速やかにとられるのである。

二 安全保護設備の設置

ところで、異常状態が発生し、その異常状態に対し迅速な措置を講じなければ燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に重大な影響を及ぼすおそれのある場合に備えて、燃料被覆管及び圧力バウンダリを損傷させないように、原子炉の緊急停止(スクラム)のための装置(原子炉緊急停止装置)等の安全保護設備が設置される必要がある。このため、本件原子力発電所においては、右安全保護設備として、「原子炉緊急停止装置」、「原子炉隔離時冷却系」、「主蒸気系の安全弁」等を設けている。すなわち、

① 原子炉緊急停止装置は、原子炉冷却系等に何らかの異常が発生し、原子炉圧力が異常に上昇したり原子炉水位が異常に低下したような場合に、全制御棒を自動的かつ瞬間的に挿入することにより燃料棒の熱出力の異常な上昇等を抑え、原子炉をスクラムさせるものである(高木秀夫調書二・一六丁表)。

② また、原子炉隔離時冷却系は、スクラム後何らかの原因で給水系のポンプ等が停止し、原子炉容器内への給水ができなくなって原子炉水位が低下するような状態が発生した場合に、図七―七に示すように、タービン駆動ポンプによって自動的に復水貯蔵タンク等の水を原子炉容器内に給水することにより原子炉水位を維持するとともに、残留熱除去系とあいまって原子炉停止後も残存する炉心の崩壊熱等を除去し燃料棒を冷却するものである(<書証番号略>)。

③ さらに、主蒸気系の安全弁は、原子炉容器内の圧力が異常に上昇した場合に、自動的に圧力バウンダリ内の蒸気を図七―七に示すように、サプレッション・チェンバ内のプール水中に放出し圧力バウンダリ内を減圧することにより、圧力バウンダリの過圧による損傷を防止するものである(<書証番号略>)。

右のように、本件原子力発電所においては、安全保護設備の働きにより、異常状態が発生した場合においても燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性は確保されるのである。

三 安全保護設備の信頼性の確保

安全保護設備は、右二に述べたとおり重要な機能を有するものであるところから、その作動に関しては高い信頼性が確保される必要がある。

このため、本件原子力発電所の安全保護設備については、いずれも十分な強度等を有するものであることはもとより、以下に述べるように、各々の設備が使用される条件を踏まえて高い信頼性が確保されるよう十分な配慮がなされている。

① 原子炉緊急停止装置は、計測制御装置のうちの原子炉保護系によって作動する。

右原子炉保護系には、これを構成する信号検出器、継電器等について同じ機能を有するものが二以上多重に設けられており(多重性)、また、右のように多重に設けられた各機器等は、その各々が環境条件の変動(例えば、機器がさらされる雰囲気の温度、湿度等の上昇)及び運転状態の変動(例えば、機器に供給される電源の喪失)があっても同時に故障が発生しないよう配慮されている(独立性)ので、原子炉保護系を構成する機器等の一つに仮に故障が発生したとしても原子炉保護系の機能は確実に維持され、原子炉をスクラムさせることができる(高木秀夫調書二・一六丁裏〜一七丁表)。

また、スクラムの際、各制御棒は制御棒駆動機構及び水圧制御ユニットにより炉心内に挿入されるが、右駆動機構及び水圧制御ユニットは、個々の制御棒にそれぞれ個別に備え付けられており、信頼性の高い設計になっている(高木秀夫調書二・一七丁表裏)。

さらに、原子炉緊急停止装置は、右装置用の電源が何らかの原因で喪失した場合でも、自動的に制御棒が炉心内に挿入され原子炉を停止させるいわゆるフェイル・セーフ機能を有している(高木秀夫調書二・一八丁表)。

② 原子炉隔離時冷却系は、炉心の崩壊熱等により発生する原子炉容器内の蒸気の一部を用いた専用のタービンで駆動するため、外部電源を必要とせずにその機能を発揮することができる(高木秀夫調書二・一九丁裏〜二〇丁表)。

③ 主蒸気系の安全弁は、原子炉圧力の上昇に伴いこの圧力によって自動的に作動するバネ式のものであり、その開閉動作について電源等を一切必要としない(高木秀夫調書二・一九丁裏)。

右に述べたように、本件原子力発電所に設置される安全保護設備は、いずれも十分な信頼性が確保されその機能が確実に発揮されるものであるが、右の安全保護設備については、その信頼性が常に確保されるように、運転開始後においても作動試験が可能な構造となっており、例えば、原子炉隔離時冷却系について述べれば、ポンプ手動起動試験や電動弁作動試験を行いその所定の機能を有していることを確認しているのであり、右作動試験を行うことによりその性能を確認することができる(<書証番号略>)。また、定期検査においては制御棒駆動機構の分解点検を実施するとともに制御棒駆動水圧系機能検査を実施しその信頼性確保を図っているのである(<書証番号略>)。

四 安全保護設備等の総合的な妥当性の解析評価

安全保護設備は、右の述べたように、その各々について十分な信頼性を有するものであるが、本件原子力発電所においては、念のため、放射性物質の環境への放出をもたらすおそれのある事態につながるような異常状態の発生を想定して、これらの安全保護設備等の総合的な妥当性を解析評価している。

右解析評価においては、右異常状態として、原子力発電所寿命期間中に発生が予測される異常状態を代表するいくつかの事象を想定し、また、それらの事象に係わる解析評価に際しては、厳しい前提条件を設定しているが、いずれの事象においても燃料及び圧力バウンダリの健全性が十分確保されることを確認している。

以下、燃料及び圧力バウンダリの健全性に密接に関係するいくつかの事象のうちで最も厳しい事象の一つである負荷の喪失の解析評価について述べる。

負荷の喪失とは、タービン発電機系の異常等により、タービンの入口に設けられている主蒸気止め弁または主蒸気加減弁が急速に閉鎖されることによりタービンが停止し、原子炉容器内の圧力が上昇し(<書証番号略>)、その結果、燃料の核分裂反応の割合が増大し、燃料棒が過熱して損傷に至るおそれがあり、かつ、原子炉容器内の圧力の上昇により圧力バウンダリが損傷に至るおそれのある事象である。

本件原子力発電所においては、右のような負荷の喪失時には、バイパス配管(主蒸気系の蒸気をタービンを通さずに復水器に直接導く配管)に設けられたバイパス弁が自動的に開き原子炉容器内の圧力の上昇を抑制することになっているのであるが、右事象の解析評価を行うにあたっては、このバイパス弁がすべて作動しないという故障を仮定する(<書証番号略>)等の厳しい条件を設定している。

右事象の解析評価の結果、

① 本件原子力発電所一号機の場合、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性という観点で最も厳しいのが負荷の喪失であり、この負荷の喪失時においても、MCPRは1.06以上であること(<書証番号略>)等から、燃料被覆管の許容限界を超えず燃料被覆管の健全性が確保されること、及び原子炉容器内の最高圧力についても、本件原子炉容器の設計庄力である87.9kg/cm2を超えないことから圧力バウンダリの健全性が確保されること(<書証番号略>)、

② 本件原子力発電所二号機の場合、圧力バウンダリの健全性という観点で最も厳しいのが負荷の喪失であり、この負荷の喪失時においても、原子炉容器内の最高圧力は本件原子炉容器の設計圧力である87.9kg/cm2を超えないことから圧力バウンダリの健全性が確保されること(<書証番号略>)、

また、燃料被覆管の健全性という観点でMCPRが最も厳しくなるのは、原子炉容器内に一定温度以下の給水がなされた場合(いわゆる給水加熱の喪失)であるが、この場合でもMCPRは1.07以上であり(<書証番号略>)、燃料被覆管の健全性が確保されることをそれぞれ確認している。

右のような解析評価の結果、仮に放射性物質の環境への放出をもたらすおそれのある事態につながるような異常状態が発生した場合においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が十分確保されることが確認されているので、本件原子力発電所の安全保護設備は、十分妥当なものであるということができる。

五 原告らの主張の失当性

(一) 圧力バウンダリを構成する配管の破断について

原告らは、一次系配管の破断の際に噴出する高温高圧水による機器の破損やその二次破損により、スクラム失敗、ECCSによる冷却の失敗、電源喪失といった炉心溶融の原因となる事象が発生し得るが、原子炉格納容器にはこれらに対する対策が行われていない旨主張している(原告準備書面二〇・三丁表)。

しかしながら、被告会社においては、前記第三、二、(二)及び以下アのとおり、そもそも圧力バウンダリを構成する配管は、配管破断等が起きないよう十分な対策を行っている。また、万一、漏洩が発生したとしても、前記一のとおり信頼性の高い漏洩検査器を設置することにより、その漏洩を早期かつ確実に検知することができ、また、必要に応じて原子炉を停止する等の措置を講じ異常状態の拡大を防止することができるのであり、原告らのいう一次系配管の破断という主張はその前提において誤りといわざるを得ない。また、以下イのとおり、仮に配管の破断ということを仮定した場合でも、原告らのいうスクラム失敗、ECCSによる冷却の失敗、電源喪失といった事象は発生しないのである。

ア 圧力バウンダリを構成する配管は、前記第三、二において述べたとおり異常状態発生防止対策として①過大圧力による機械的損傷防止、②化学的腐食による損傷防止、③応力腐食割れによる損傷防止という健全性の確保には万全を期しているのである(高木秀夫調書二・三丁表裏)。つまり、圧力バウンダリを構成する配管のうち、口径が最も大きくかつ流量が多い冷却材再循環系配管について言えば、十分余裕のある肉厚をもった設計としている(<書証番号略>)とともに、延性が十分高く化学的腐食や応力腐食割れに強いステンレス鋼(SUS316LC)を使用している(<書証番号略>、高木秀夫調書二・八丁表)。また、定期検査の際に、超音波探傷検査、外観検査等の検査を行うことによりその健全性は確保されるのである(高木秀夫調書二・一一丁表)。

また、仮に運転中に圧力バウンダリを構成する配管からの漏洩等の異常状態が発生した場合には、圧力バウンダリ配管が破断にいたる前にその漏洩を確実に検知することができるようにするために、原子炉格納容器内サンプ(水溜)水量、原子炉格納容器雰囲気中の放射能等を監視する装置を設けており(高木秀夫調書二・一五丁裏〜一六丁表)、その漏洩を早期かつ確実に検知することができる。さらにその異常状態の程度に応じ、原子炉を停止する等の所要の措置を講ずることができる。

したがって、本件原子力発電所では右のように配管の破断が起こらないよう十分な対策が講じられており、配管破断が現実に起きることは到底考えられないのである。

ちなみに、後記第五、四のとおり工学的安全施設の総合的な妥当性の解析評価では冷却材再循環配管の瞬時破断を仮定しているが、これは圧力バウンダリを構成する配管からの冷却材の漏洩という事象を評価する上で最も厳しくなる冷却材再循環配管の瞬時破断を仮定することで同様の他の事象を包括して評価するためであり、実際に冷却材再循環配管の瞬時破断が起きることを前提としたものではなく、現実に起きるとは考えられない事象を評価し、それでも安全性が確保されていることを確認しているのである。

イ また、仮に圧力バウンダリを構成する配管の破断を考えた場合でも、右配管の破断の際に噴出する高温・高圧水による機器の破損やその二次破損により、スクラム失敗、ECCSによる冷却の失敗、電源喪失といった事象は以下のとおり起こり得ないのである。

a 本件原子力発電所の制御棒駆動機構が設置されている原子炉容器下部は、万一、圧力バウンダリを構成する配管の大破断があっても、右破断口からの蒸気と水の混合物が直接右原子炉容器下部に飛び込まないように、図七―八のとおりコンクリート壁で防護する等の対策が講じられている(高木秀夫調書四・五二丁表裏)ので、制御棒駆動機構の破損が生じるおそれはない。また、スクラムの際に制御棒を駆動させるアキュームレータはそれぞれの制御棒駆動機構に個々に付いており独立性を有している(高木秀夫調書二・一七丁裏)。さらに、アキュームレータ出口圧力が原子炉圧力より低下した場合、駆動機構内のボール逆止弁の位置が変わり、原子炉圧力がピストン下部に加わりスクラム動作が完了するよう設計されているので(<書証番号略>)、万一、アキュームレータと制御棒駆動機構間の配管(<書証番号略>)が破断しても、アキュームレータ出口圧力すなわち制御棒駆動機構入口の圧力が原子炉圧力より低下しスクラムするため、原告らのいうスクラム失敗が生じるおそれはないのである。

b ECCSについては後記第五、三、1のとおり、同じ機能を持ったECCSを多重・多様に備えており、かつ同じ機能を持ったECCSは位置的に離れた場所に設置するなど(高木秀夫調書四・五三丁裏)、万一、圧力バウンダリを構成する配管破断により高温高圧水が噴出した場合でも、ECCSの機能が喪失しないような対策を講じているのである。したがって、原告らのいうECCSによる冷却の失敗が生じるおそれはなく、ECCSは確実に原子炉容器に注水を行い、炉心を冷却するのである。

c 本件原子力発電所においては、制御棒駆動機構は電源が喪失した場合、自動的に制御棒が原子炉内に入り、スクラムするような設計になっており(高木秀夫調書二・一八丁表)、また、ECCSの外部電源、非常用電源とも原子炉格納容器の外部に設置されているので(<書証番号略>)、万一、原告らの主張のように圧力バウンダリを構成する配管破断により高温・高圧水が噴出しても、原子炉格納容器で高温・高圧水が遮断され、電源が喪失しECCSの機能が失われることはないのである。

d したがって、万一、圧力バウンダリを構成する配管(特に冷却材再循環系配管)が大破断した場合であっても、右のとおり制御棒駆動機構及びECCSの機能が失われることはなく、原告らの右主張は理由のないものであることは明らかである。

第五 本件原子力発電所における放射性物質異常放出防止対策

一 工学的安全施設の設置

本件原子力発電所においては、以上述べたところから明らかなように、異常状態の発生防止及びその拡大防止にいずれも万全の対策を講じていることから、放射性物質を環境へ異常に放出するおそれのある事態にまで発展することは防止され、放射性物質は平常運転に伴って放出されるごく微量のものを除いては、主として燃料被覆管及び圧力バウンダリの中に封じ込められるため、本件原子力発電所の安全性は確実に確保されているのである(高城秀夫調書二・二〇丁表裏)。

しかしながら、原子力発電所の安全確保のためには、念には念を入れるという考え方に基づき、仮に放射性物質を環境へ異常に放出するおそれのある事態(原子力発電所において現実に発生する確率は非常に低いが、発生した場合には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態を惹起するいくつかの代表的な事象、例えば、原子炉容器内の冷却水が喪失する冷却材喪失事故)を想定した場合でも、周辺公衆の安全確保に万全を期するための設備とし、工学的安全施設を設けている(高木秀夫調書二・二〇丁表裏)。

すなわち、本件原子力発電所においては、

① 右冷却材喪失事故が発生したとしても、燃料の重大な損傷を防止し炉心を確実に冷却することのできる高圧注水系(二号機では、高圧注水系に代えて高圧炉心スプレイ系が設置されている)、自動逃し弁系、炉心スプレイ系及び低圧注水系の四種類の系統からなる非常用炉心冷却系(ECCS)(高木秀夫調書二・二一丁表〜二四丁表)、

② 圧力バウンダリから放出される放射性物質を封じ込めるための高い気密性を有する鋼鉄製の原子炉格納容器並びにその付属設備である可燃性ガス濃度制御系及び原子炉格納容器冷却系(高木秀夫調書二・二四丁表〜二五丁裏)、

③ 万一、原子炉建屋内に放射性物質が放出された場合に、これを捕捉するための非常用ガス処理系(高木秀夫調書二・二五丁裏〜二六丁表)

等の工学的安全施設を設置している。

二 工学的安全施設の概要

(一) ECCS

1 高圧注水系

高圧注水系は、タービン駆動ポンプ、配管、弁類、計測制御装置等から構成されており、原子炉水位異常低または原子炉格納容器圧力高の信号によって作動を開始し、復水貯蔵タンク等の水を原子炉容器内に注入するものである(図七―九参照、<書証番号略>と同じ)。高圧注水系は、圧力バウンダリを構成する配管の中小破断に対し、原子炉に注水を行い炉心を冷却するとともに、必要に応じ高圧状態の原子炉容器内部を低圧にし炉心スプレイ系及び低圧注水系による注水を促進させる(<書証番号略>)。

なお、本件原子力発電所二号機に設置されている高圧炉心スプレイ系は、一号機の高圧注水系と異なりタービン駆動ではなくモータ駆動であるが、高圧注水系と同様に、圧力バウンダリを構成する配管の中小破断に対し、原子炉に注水を行い炉心を冷却するとともに、必要に応じ高圧状態の原子炉容器内部を低圧にし低圧炉心スプレイ系及び低圧注水系による注水を促進させ、また、原子炉圧力が低下した場合、低圧炉心スプレイ系または低圧注水系と連携して炉心を冷却する(<書証番号略>)。

2 自動逃がし弁系(二号機では自動減圧系と称している)

自動逃し弁系は、原子炉格納容器内の主蒸気管に取り付けられており(図七―九参照)、原子炉水位異常低及び原子炉格納容器圧力高の両信号によって作動を開始する。自動逃がし弁系は、圧力バウンダリを構成する配管の中小破断に対し、高圧注水系が不作動の場合のバックアップとして設けられているものであるが、この自動逃がし弁系の作動により、原子炉容器内部の蒸気はサプレッション・チェンバのプール水中に放出され、原子炉容器内部の圧力は速やかに低下し、炉心スプレイ系及び低圧注水系による注水が促進される(<書証番号略>)。

3 炉心スプレイ系(二号機では低圧炉心スプレイ系と称している)

炉心スプレイ系は、電動機駆動ポンプ、配管、弁類、計測制御装置等から構成されており、原子炉水位異常低または原子炉格納容器圧力高の信号によって作動を開始し、サプレッション・チェンバのプール水を炉心のすぐ上に取り付けられたノズルから燃料棒の上部にスプレイするものである(図七―九参照)。炉心スプレイ系は、圧力バウンダリを構成する配管の大破断に対しては低圧注水系とともに、また、中小破断に対しては必要に応じ高圧注水系または自動逃がし弁系と連携して、それぞれ炉心を冷却する(<書証番号略>)。

4 低圧注水系

低圧注水系は、電動機駆動ポンプ、配管、弁類、計測制御装置等から構成されており、原子炉水位異常低または原子炉格納容器圧力高の信号により作動を開始し、サプレッション・チェンバのプール水を原子炉容器内に注入するものである(図七―九参照)。低圧注水系は、圧力バウンダリを構成する配管の大破断に対しては炉心スプレイ系とともに、また、中小破断に対しては必要に応じ高圧注水系または自動逃がし弁系と連携して、それぞれ炉心を冷却する(<書証番号略>)。

(二) 原子炉格納容器及びその附属設備

1 原子炉格納容器

原子炉格納容器は、ドライウェル、サプレッション・チェンバ、ベント管、隔離弁等から構成され、原子炉容器、冷却材再循環系等を取り囲んでいるが、その気密性は極めて高い(図七―一〇参照)。冷却材喪失事故時においては、原子炉格納容器は、原子炉水位異常低、原子炉格納容器圧力高等の信号によって隔離弁が自動的に閉鎖されることにより外部と隔離される。そして、圧力バウンダリからドライウェル内に放出された放射性物質を含む蒸気と水の混合物は、ベント管を通してサプレッション・チェンバ内のプール水中に導かれ、冷却・凝縮される。これにより、ドライウェル内部の圧力の上昇は抑制されて、圧力バウンダリからドライウェル内に放出された放射性物質は、原子炉格納容器内に閉じ込められるのである(<書証番号略>)。

2 原子炉格納容器の附属設備

原子炉格納容器には、その附属設備として、可燃性ガス濃度制御系及び原子炉格納容器冷却系が設けられている。

可燃性ガス濃度制御系は、冷却材喪失事故時において、燃料被覆管における水―ジルコニウム反応等により発生する水素ガス等を再結合器で水に戻し、原子炉格納容器内の水素ガス等を一定の濃度以下に保つことにより、これらが原子炉格納容器内で急激に反応(燃焼)することを防止するものである(<書証番号略>)。

なお、本件原子力発電所においては、右可燃性ガス濃度制御系とは別に、原子炉格納容器内の酸素濃度を低く保つため、あらかじめ原子炉格納容器内の空気を窒素ガスに置換しておく不活性ガス系を設けている(<書証番号略>)。

また、右原子炉格納容器冷却系は、冷却材喪失事故時において、サプレッション・チェンバ内のプール水を原子炉格納容器内にスプレイし、原子炉格納容器内の温度・圧力を低減させることによって原子炉格納容器の健全性を確保するとともに、原子炉格納容器内に浮遊している放射性物質を洗い落とすものである(<書証番号略>)。

(三) 非常用ガス処理系

非常用ガス処理系は、排風機、粒子用高効率フィルタ、よう素用チャコール・フィルタ等から構成されており、原子炉格納容器を囲む原子炉建屋内に設置されている。原子炉建屋は建屋内の放射性物質が直接建屋外に漏れ出ていかないように負圧に保たれているのであるが、右非常用ガス処理系は、万一、放射性よう素等の放射性物質が原子炉建屋内に放出された場合に、それらをフィルターを通して除去するために設けられた設備である(<書証番号略>、高木秀夫調書二・二六丁表)。

三 工学的安全施設の信頼性の確保

工学的安全施設は、右二に述べたとおり、重要な機能を有するものであるところから、その作動に関しては高い信頼性が確保される必要がある。

このため、本件原子力発電所の工学的安全施設については、いずれも十分な強度等を有するものであることはもとより、以下に述べるとおり、多重性・独立性等所要の機能をもたせることにより高い信頼性が確保されるような配慮を行っている。

1 ECCS

ECCSは、圧力バウンダリを構成するいかなる配管の破断に対しても、互いに独立した二系統以上が作動することによりその機能を確実に発揮する。すなわち、配管の中小破断時に作動するものとして、高圧注水系(高圧炉心スプレイ系)及び自動逃がし弁系並びに原子炉容器内の圧力低下後に作動する炉心スプレイ系及び低圧注水系が、また、大破断時に作動するものとして、炉心スプレイ系及び低圧注水系が、それぞれ設けられている(高木秀夫調書二・二二丁裏)。

また、本件原子力発電所一号機では炉心スプレイ系及び低圧注水系は、それぞれ独立した二系統から構成され、十分な多重性を備えている(高木秀夫調書二・二二丁表)。本件原子力発電所二号機においては、低圧注水系は三系統あり、また、低圧炉心スプレイ系は一系統であるが、配管の大破断時にも高圧炉心スプレイ系が作動するよう配慮されている(<書証番号略>)。

さらに、その作動に電源を必要とする炉心スプレイ系及び低圧注水系については、外部電源が喪失した場合に備えて、ディーゼル発電機等の非常用電源を備えている(高木秀夫調書二・二三丁裏〜二四丁表)。

なお、高圧注水系は、崩壊熱等により発生する原子炉容器内の蒸気の一部を用いた専用のタービンで駆動するため、外部の電源を必要とせずにその機能を発揮することができる(高木秀夫調書二・二三丁裏〜二四丁表)。

また、本件原子力発電所二号機の高圧炉心スプレイ系については、外部電源が喪失した場合に備えて、専用のディーゼル発電機を備えている(<書証番号略>)。

運転員は月一回、高圧注水系、炉心スプレイ系等の安全上重要な機器・系統のポンプ等を作動させ、これら機器・系統が万一の事態に備えてその機能を発揮できることを確認している(<書証番号略>)。さらに、ECCS系については定期検査時に分解・機能検査を行いその健全性を確認している(<書証番号略>)。

2 原子炉格納容器等

冷却材喪失時に閉鎖を要求される配管の原子炉格納容器貫通部には、その内外に二個の隔離弁を設ける等多重の隔離機能をもたせている(<書証番号略>)。

なお、原子炉格納容器については定期検査の際には、必ず漏洩率の測定を行い設計で許容されている漏洩率以下になっていることを確認している(高木秀夫調書二・二四丁裏)。

3 原子炉格納容器冷却系及び非常用ガス処理系

原子炉格納容器冷却系及び非常用ガス処理系は、それらを構成する例えばポンプまたは弁に仮に故障が発生したとしても、その機能を確実に発揮し得るように独立した二系統を設け、かつ、外部電源が喪失した場合に備えて、ディーゼル発電機等が設けられているので、それを電源として作動させることができる(高木秀夫調書二・二五丁裏〜二六丁表)。

4 結論

右に述べたように、本件原子力発電所に設置される工学的安全施設は、いずれも十分な信頼性が確保されその機能が確実に発揮されるものであるが、右の工学的安全施設については、その信頼性が常に確保されるように運転開始後においても作動試験が可能な構造となっており、右作動試験を行うことによりその性能を確認することができる。なお、事故状態を検知し右工学的安全施設を作動させる原子炉保護系は、前記第四、三に述べたように、多重性・独立性を有し十分な信頼性をもってその機能を達成することができるものである(<書証番号略>)。

四 工学的安全施設の総合的な妥当性の解析評価

工学的安全施設は、右に述べたように、その各々について十分な信頼性を有するものであるが、本件原子力発電所においては、念のため、あえて放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生を想定して、これらの工学的安全施設の総合的な妥当性を解析評価している。右解析評価においては、右事態として、本件原子力発電所において現実に発生する確率は非常に低いが発生した場合には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態を惹起するいくつかの代表的な事象を想定し、また、それらの事象に係わる解析評価に際しては厳しい前提条件を設定しているが、その解析評価の結果、いずれの事象においても放射性物質の環境への異常な放出を防止することができることを確認している。

以下、右のうち最も厳しい事象の一つである冷却材喪失事故についての解析評価について述べる。

冷却材喪失事故とは、圧力バウンダリを構成する配管の損傷により炉心内の冷却水が喪失する事象をいうが、その結果、燃料被覆管の過熱及び水―ジルコニウム反応による酸化により燃料被覆管に大きな損傷を生じるおそれがあり、また、配管の損傷箇所から原子炉格納容器内への冷却水の放出、及び燃料被覆管における水―ジルコニウム反応等により発生する水素ガス等により原子炉格納容器内の圧力が上昇し、その結果、原子炉格納容器の損傷に至るおそれのあるものである。

右事象の解析評価に当たり、例えば本件原子力発電所一号機においては、

① 原子炉容器に接続されている配管のうち、破断した場合に冷却水の喪失量が最大となるが、現実には起こるとは到底考えられない冷却材再循環系配管一本の瞬時完全破断を仮定したこと(<書証番号略>)、

② 平常運転時には定格出力を超えて運転することはないが、定格出力に余裕をみた出力である約一〇五パーセントで運転していると仮定したこと(<書証番号略>)、

③ 事故発生と同時に外部電源が喪失し(<書証番号略>)、かつ、事故時に作動が要求される機器のうち、もっとも厳しい条件となる機器(低圧注水系の注入弁)が故障する(<書証番号略>、高木秀夫調書四・四四丁裏〜四五丁裏、<書証番号略>)ものとする

等の厳しい前提条件を設定している(<書証番号略>)。

右事象の解析評価の結果、冷却材喪失事故時においても、

① 燃料被覆管における水―ジルコニウム反応の割合(燃料被覆管内の全ジルコニウムに対する水と反応したジルコニウムの割合)や燃料被覆管の酸化量は燃料被覆管の最高温度に依存するところ、燃料被覆管の最高温度は九七三度Cであり(<書証番号略>)、燃料被覆管における水―ジルコニウム反応の割合は約0.07パーセント極めて小さく、また燃料被覆管に対する酸化層厚さの割合は約0.53パーセントと極めて小さいことから(<書証番号略>)、燃料被覆管の延性が失われることはなく、燃料棒は冷却可能な形状が維持され、長期に亘る冷却が確保されること、

② 破断した配管から原子炉格納容器内に流出する冷却水及び右①に述べた水―ジルコニウム反応の結果発生する水素ガス等により、原子炉格納容器内の圧力は上昇するものの、原子炉格納容器の設計圧力である約3.9kg/cm2(<書証番号略>)を超えないこと(<書証番号略>)から原子炉格納容器の健全性は損なわれないこと

等を確認している。

また、本件原子力発電所二号機についても、冷却材喪失事故時の概要については同様である。

右のような解析評価の結果、仮に放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合においても、放射性物質の環境への異常な放出は防止されることが確認されており、本件原子力発電所の工学的安全施設は十分妥当なものであるということができる。

五 原告らの主張の失当性

(一) ECCSについて

原告らは、ECCSの非信頼性等を主張しているので、以下においては、原告らの右主張のうち、特に指摘することが必要と思われる事項を取り上げて、原告らの主張に理由がないことを明らかにする。

1 ECCSの性能評価について

ア 原告らは、現実のECCSを冷却材喪失事故(LOCA・Loss of Coolant Accident)に対する防御設備として評価することには二つの問題点、すなわち、一つには、冷却材喪失事故時におけるECCSの性能評価は核燃料を装荷して稼働している原子炉で実証的に行われていないし、また行うことが不可能であること、二つには、冷却材喪失事故を完全に再現できるような計算コードを開発することは現実には不可能であること、が存在しているから、ECCSの性能評価には厳密な意味での科学的裏付けが欠如している旨主張している(原告準備書面一〇・二二頁〜二三頁)。

しかしながら、被告会社が本件原子力発電所のECCSの性能を評価するに当たって用いた手法は解析モデルを用いて行うものであるところ、当該解析モデルは、実験によって十分な確証が得られている部分についてはその結果を踏まえ、また、いまだ実験によっては十分な確証が得られていない部分については厳しい条件を設定し、全体として安全上厳しい結果となるように作成された信頼性の高いものである。そして、右のような解析モデルの作成方法及び解析モデルを用いて設備等の性能評価を行いその有効性を確認するという手法は、いずれも工学上一般に広く承認されているものであって、特に、実際に事故状態を発生させて実験することのできない原子力発電所については有効かつ合理的なものである。すなわち、「冷却材喪失事故の際炉内の冷却材の挙動および燃料の状態および燃料温度の挙動については実際の原子炉での実験はほとんど不可能であることから各種の実験で得られた確実なデータについてはそのデータを保守的に解釈して採用しているが、データの信頼性の低いものほど多くの安全余裕をそのデータに付加して解析することになっている。したがって、この場合の解析結果による燃料温度などの挙動は実際に生ずるものよりもかなり高い値を示しており、今後の研究により順次信頼性の高いデータが得られるがその場合にも甘い判定とならないことが期待できるものであ」り(<書証番号略>)、ECCSの性能評価においては、必ずしも冷却材喪失事故を完全に再現する必要はないのであって、むしろその評価結果が保守的であることがその目的に沿ったものということができるのである。

なお、被告会社が冷却材喪失事故時におけるECCSの性能を評価する際に採用した評価手法は、「軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の性能評価指針について(昭和五六年七月二〇日原子力安全委員会決定」(以下、「ECCS性能評価指針」という)の評価手法に沿うものであり、また、先行原子力発電所においても同様の手法で評価している(<書証番号略>)。

イ また、原告らは、ECCSの性能評価については、理論上前記アのような問題点が存するだけでなく、実際上も評価手法の非現実性が実証されているとして、米国におけるセミスケールブローダウン八〇〇シリーズの実験において、ECCSによる注水が炉心に到達しなかった事例を挙げている(原告準備書面一〇・二三頁〜二四頁)。

しかしながら、右の事例は、PWRのECCSに関する実験である、いわゆるLOFT(Loss of Fluid Test、冷却材喪失実験)計画中のセミスケール実験計画における一連の実験のうちの、初期に行われた極めて簡単な模型による実験(右実験装置は、一時冷却材ループが一系統しかない等実用発電用PWRにおける系統構成のそれとは程遠いものである)における事例であって、右実験の内容を正しく理解せずにその結果のみをもって直ちに実用発電用原子炉においても冷却水が炉心に到達しないおそれがあるとするのは、失当といわなければならない(<書証番号略>)。事実、その後、実用発電用原子炉により近い形に模擬した小型原子炉を用いた右LOFT計画の実験においては、ECCSにより冷却水が有効に炉心に到達し、燃料被覆管の最高温度も計算による予測値よりも低い温度にとどまるとの実験結果が得られているのであり(<書証番号略>)、ECCSの評価方法が保守的であることが確認されたのである。

なお、BWRにおいても、TLTA(Two-Loop Test Apparatus、米国原子力規制委員会、ゼネラル・エレクトリック社、米国電力研究所によって一九七二年から一九八〇年に実施)、ROSA―Ⅲ(Rig of Safety Assessment、日本原子力研究所によって昭和五三年度から昭和五七年度に実施)等のいずれも実用発電用原子炉に近い形に模擬した総合システム実験においても、ECCSにより冷却水が有効に炉心に到達し、燃料被覆管の最高温度も計算による予測値よりも低い温度にとどまるとの実験結果が得られている(<書証番号略>)。

2 ECCSの信頼性について

ア 原告らは、ECCSの評価において被告会社が仮定している最悪の動的機器の故障は、恣意性に富んだ単一故障でしかなく、しかも被告会社は原理の異なる系統を多重に独立に設けたとして独断の上に立った故障しか考慮していないので、被告会社のECCS性能評価は信頼し得ない旨主張している(原告準備書面一〇・二八頁〜二九頁)。

しかしながら、以下に述べるとおり、原告らの右主張は理由のないものである。

本件原子力発電所のECCSを含む工学的安全施設が十分な信頼性を有することについては既に述べたとおりであるが、被告会社は、念のため、あえて放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生を想定して、右工学的安全施設の総合的な妥当性を評価している。そして、右事態として、原子力発電所において現実に発生する蓋然性は非常に低いが仮に発生した場合には放射性物質を環境に放出する事態を惹起する代表的なものをいくつか想定したうえ、さらに、右事象の発生に伴い作動が要求されるECCS等について、それらを構成する機器に種々の単一故障を仮定した評価を行い、最も結果が厳しくなる機器の単一故障の場合でも、ECCS等の機能が維持されることを確認している(<書証番号略>、高木秀夫調書四・三六丁表裏)。

右解析評価において、原告らが主張するように故障の同時多発を仮定することは、十分な事故防止対策が採られ高度の信頼性を有する原子力発電所においては何ら技術的合理性を有していないのである。

イ また、原告らは、右主張の証左として米国及び我が国におけるECCSの弁あるいはポンプ等故障例を挙げているが、本件原子力発電所のECCSが右のような機器の故障が仮に存在しても十分な信頼性を有することについては、右アにおいて述べたとおりである。ちなみに、原告らが我が国の原子力発電所における事例として挙げるECCS配管等のひびについては、いずれも応力腐食割れによるものであるが、応力腐食割れについては、前記第三、二、(二)、4において述べたとおりその原因がすでに明らかになっており、被告会社はECCS配管等についても応力腐食割れを防止するため十分な配慮を行っているのである(高木秀夫調書二・一〇丁表裏)。

また、日本原子力研究所の動力試験炉(JPDR)におけるECCS不作動の事象については、被告会社準備書面第二、二、(六)(四五頁〜四六頁)において述べたとおり、原告らが指摘するような「日本原子力研究所の研究炉JPDRでは水位計が正しい指示を与えなかったためECCSが作動しないという事故が発生した」(訴状二一頁及び二九頁、原告準備書面一〇・二九頁)という事実は存在しないのである。

3 冷却材喪失事故時の燃料被覆管について

原告らは、被告会社のECCSの性能評価においては、燃料被覆管のふくれ、破裂による冷却水の流路閉鎖、水―ジルコニウム反応による燃料被覆管の脆化、燃料被覆管の破裂による内面酸化等を考慮していない旨主張している(原告準備書面一〇・五頁〜一〇頁、三二頁〜三三頁)。

しかしながら、被告会社は、前記四のとおりECCS等の工学的安全施設について冷却材喪失事故を想定した解析評価を行い、燃料被覆管の最高温度は九七三度Cであり、またその酸化量は0.5パーセントと極めて小さく、いずれも「ECCS性能評価指針」の基準を満足していることを確認しているのである(<書証番号略>)。したがって、本件原子力発電所においては、そもそも冷却材喪失事故時においても燃料被覆管のふくれ、破裂により、冷却水の流路を閉鎖する可能性はなく、また内面酸化も発生しないこと(<書証番号略>)、及び水―ジルコニウム反応による酸化量は前記四のとおり極めて小さいことから、右燃料被覆管の脆化は十分抑えられ、その結果、燃料棒は冷却可能な形状が維持され長期にわたる冷却が確保されるのである(<書証番号略>)。

4 炉心スプレイ系について

原告らは、冷却材喪失事故の際に燃料集合体から噴き出る水蒸気が邪魔をして炉心スプレイ系のスプレイ水が燃料棒にまわらないということが明らかになり炉心スプレイ系の有効性に疑問がある旨主張している(原告準備書面一〇・二七頁〜二八頁)。

しかしながら、原告らの指摘する右事象は、炉心からの蒸気の吹き上げによって炉心スプレイ系のスプレイ水が炉心内を通過することが妨げられる、いわゆるCCFL現象(Counter Cur-rent Flow Limiting現象)を指すもののようであるが、被告会社は、右現象を踏まえた評価を行い、炉心スプレイ系の有効性、妥当性を確認している(<書証番号略>)ので、原告らの主張は理由がない。

なお、右解析方法はECCS性能評価指針に沿うものであるが(<書証番号略>)、右指針では、CCFL現象の解明が進み冷却材喪失事故時における燃料被覆管の最高温度の評価結果が大幅に減少することが明らかになったことから、右指針に定める評価方法は大きな安全裕度があることが明らかになったとされている(<書証番号略>)。

(二) 原子炉格納容器の健全性について

原告らは、BWRのMarkⅠ、MarkⅡ格納容器は容積が相当小さいこと、可燃性ガス制御系は反応速度の遅い場合には役立つが早い場合には役立たないことから、本件原子力発電所では水素ガス濃度が急速に上昇して水素爆発が生じ格納容器を破壊する危険性がある旨主張している(原告準備書面八・四一頁〜四四頁)。

しかしながら、仮に冷却材喪失事故が発生したとしても、前記四のとおり燃料被覆管の最高温度は一〇〇〇度Cを十分下回り(<書証番号略>)、燃料被覆管における水―ジルコニウム反応等は少なく水素の発生量は僅かであるのでその濃度の上昇は極く微少である。したがって、急速な水素の発生はあり得ないのであり、原告らの主張はその前提において誤りである。

また、仮に水素ガス濃度の上昇が認められたとしても、発生した水素は、可燃性ガス濃度制御系により、その再結合器で水に戻し、原子炉格納容器内の水素ガス等を低減させることができるのである(<書証番号略>)。

なお、念のため本件原子力発電所ではあらかじめ原子炉格納容器内の空気を窒素ガスに置換しておくため不活性ガス系が設けられている(<書証番号略>)ので、原子炉格納容器内の酸素濃度も低く保たれているのである。

(三) その他

1 シビアアクシデントについて

原告らは、格納容器は炉心溶融のようなシビアアクシデントの発生を前提にした安全対策をとっておらず、安全確保対策が不十分である旨主張している(原告準備書面二〇・二丁表裏)。

しかしながら、我が国の原子力発電所の安全性は、現行の安全規制の下に、設計、建設、運転の各段階において、多重防護の思想に基づき厳格な安全確保対策を行うことによって十分確保されているので、これらの諸対策によってシビアアクシデントは工学的には現実に起こるとは考えられないほど発生の可能性は十分小さいものとなっており、原子炉施設のリスクは十分低くなっていると判断されているのであり(<書証番号略>)、原告らの主張は失当である。

2 元GE技術者の証言について

原告らは、GEを退職した三人の技術者が一九七六年米国議会原子力合同委員会において行った証言内容を引用することにより、本件原子力発電所の原子炉格納容器等に構造上の欠陥があるかのように主張し(原告準備書面一〇・三三頁〜三七頁)、それに沿うものとして<書証番号略>を提出している。

しかしながら、原告らが引用する右証言の内容は、主としてGE社製の全BWRについて包括的、一般的な問題点の指摘をしたものであって、本件原子力発電所の原子炉格納容器等についての具体的欠陥の指摘をした主張あるいは設計に具体的な瑕疵があることまで証するものとはいうことができないものであると認められる。また、米国原子力規制委員会(NRC)やGE等が当時すでに検討したものであり、今日では原子炉の安全性にとって問題となるものではないのである(高木秀夫調書四・五〇丁表裏)。

したがって、右証言を根拠に本件原子力発電所の原子炉格納容器等の危険性を論ずることはできないものというべきである。

第六 各種事象等について

一 本件原子力発電所一号機の事象について

(一) 高圧注水系タービン排気ダイアフラムの損傷について

1 本事象の経過・原因

定格出力で運転中において、昭和六〇年三月一八日午前一一時五〇分、巡視点検中の運転員が、高圧注水系タービンの排気配管に接続されているベント管より間欠的に微量の噴気があることを見つけた。そこで、三月一九日、被告会社は、その原因となった右ベント管に取り付けられている排気ダイアフラムを交換した。

その後、高圧注水系の試験を実施し、系統に異常のないことを確認し、三月二〇日午後三時一〇分、高圧注水系を通常の状態に復帰させた。

右排気ダイアフラムを点検した結果、本事象は、右排気ダイアフラム据付時に、内部に侵入した異物(砂等)が定期的な試験時の内外圧によって右排気ダイアフラムに食い込み、それが原因で、右排気ダイアフラムが除々に割れ、損傷したものと推定された。

なお、ECCSは多重化されており、右排気ダイアフラムの交換時には、高圧注水系のバックアップとしての自動逃がし弁系の機能が健全であることを作動試験により確認しているので、安全運転に支障を及ぼすものではなかった(高木秀夫調書二・二六丁裏〜二八丁表)。

また、これによる放射能の外部への影響はなかった(高木秀夫調書二・三六丁表)。

2 本事象の意味・内容

運転員は、本件原子力発電所一号機内の機器の不具合の徴候を早期に発見し、故障・トラブル等の未然防止を図るため、現場を巡視し、機器の点検を行っている。右排気ダイアフラムの損傷は、右巡視点検により運転員が見つけ、必要な措置を講じたものである。なお、排気ダイアフラムは、高圧注水系タービンの駆動とは無関係の設備であり、炉心冷却という高圧注水系の機能には影響のないものである(高木秀夫調書二・二七丁裏)。

3 原告らの主張の失当性

原告らは、「部品交換時の対応は非常に大きな危険性を有するものであり」、また、「指針に違反していることになる」ので「違法とも言うべきものである」という趣旨の主張をしている(原告準備書面一八・六一頁〜六五頁)。

しかしながら、本件原子力発電所一号機の非常用炉心冷却系は、高圧注水系、低圧注水系、炉心スプレイ系及び自動逃がし弁系から構成されているところ、被告会社が行った右排気ダイアフラムの交換作業は、非常用炉心冷却系として低圧注水系及び炉心スプレイ系がいつでも作動できるよう、自動逃がし弁系の機能を作動試験により確認しているのであるから、もし万一、高圧注水系が作動しなければならないような事象が発生したとしても、自動逃し弁系が作動することによって、原子炉の圧力を下げ、低圧注水系及び炉心スプレイ系により、原子炉は確実に冷却され安定な状態に収束するのである(高木秀夫調書二・二八丁表、高木秀夫調書三・一五丁裏〜一六丁表)。

ちなみに、原告らのいう指針(原告準備書面一八・六四頁)は、発電用軽水型原子炉の設置許可(変更許可を含む)に際し、原子炉の安全評価を行うための審査上の指針として作成されたものであり、原子力発電所の運用のために作成されたものではないことから、その運用に関して「指針に違反していることになる」という原告らの主張は、そもそも意味をなさないのである。

(二) タービン蒸気加減弁の不具合について

1 本事象の経過・原因

本件原子力発電所一号機は、昭和五九年六月一日から営業運転に入り順調な運転を続け、昭和六〇年三月から第一回目の定期検査に入った。

通常、原子力発電所の定期検査の最終段階では、点検・整備された設備が設計どおり機能することを確認するため調整運転を実施する。本件原子力発電所一号機においても、同年六月二二日からタービン調整運転のため原子炉を起動し、同月二五日午後四時、タービン発電機を電力系統に併入(接続)したところ、二分後に原子炉が自動停止(緊急停止)した。

被告会社が、本事象の原因を調査したところ、タービンの入口にある四個のタービン蒸気加減弁のうち一個のタービン蒸気加減弁の開度位置検出器(弁の開き度合いを検知する装置)の組立不良により、タービン蒸気加減弁が必要以上に開き、原子炉圧力が低下したため原子炉水位が上昇し、この原子炉水位の上昇という異常状態を右タービン保護系が直ちに検知し、タービンを自動停止させ、さらに、このタービンの自動停止という異常状態を原子炉保護系が直ちに検知し、原子炉緊急停止装置を作動させ、原子炉を自動停止させたものである(高木秀夫調書二・二九丁表、<書証番号略>)。なお、右経過の中で主蒸気隔離弁も自動的に閉鎖した。

このため、被告会社は、右開度位置検出器を正常な状態に修復し、同年六月二八日に再び調整運転に入り、同年七月一二日に営業運転を再開した(高木秀夫調書二・二八丁裏〜二九丁裏)。

本事象による燃料及び圧力バウンダリ等の健全性への影響はまったくなく、かつ、環境への放射能の放出はなかった(高木秀夫調書二・三六丁表)。

2 本事象の意味・内容

本件原子力発電所一号機においては、原子炉の運転を安定した状態に維持するための計測制御装置として原子炉制御系を、タービンの運転を安定した状態に維持するための計測制御装置としてタービン制御系をそれぞれ設けている。

また、本件原子力発電所一号機においては、原子炉を自動停止させる必要のあるような異常状態が発生した場合に、これを検知し原子炉緊急停止装置を作動させるための計測制御装置として原子炉保護系を、タービンを停止させる必要のあるような異常状態が発生した場合に、これを検知しタービンを停止させるための計測制御装置としてタービン保護系をそれぞれ設けている。

ところで、本事象においては、前記のようにタービンの自動停止という異常状態を原子炉保護系が早期かつ確実に検知して設計どおりに機能し、原子炉緊急停止装置を作動させ、原子炉を停止状態に導いたものである(高木秀夫調書二・二九丁表)。

このように、本事象においては、前記1のとおり計測制御装置のうち原子炉保護系が正常に機能し、原子炉を自動停止させ安全な状態に収束させたものである(高木秀夫調書二・二九丁表)。

また、原子炉保護系は、前記第四、三のとおり、多重性・独立性を有していることから信頼性は高くその機能が失われることはないのである(高木秀夫調書二・一六丁裏〜一七丁表)。

3 原告らの主張の失当性

原告らは計測制御装置の故障は大事故に直結する非常に大きな危険性を持っている旨主張し、さらに、本事象が被告会社準備書面五の「タービン・トリップ」という事象と同じものであるかのように主張している(原告準備書面一五)。

しかしながら、被告会社準備書面五第二、四(三一頁〜三二頁)において述べたように、タービン・トリップは、安全保護設備等の総合的な妥当性を解析するために想定されたものであり、タービン発電機系の異常等により定格出力時においてタービン・トリップすること(すなわち、主蒸気止め弁が閉鎖すること)により、原子炉圧力が急上昇することに端を発し、その結果、燃料の核分裂反応の割合が増大した場合の燃料及び圧力バウンダリの健全性を評価することを目的としたものである。一方、本事象は、タービン蒸気加減弁が必要以上に開いたことにより、原子炉圧力が低下するということに端を発し、その結果、燃料の核分裂反応の割合が逆に減少したものである。

したがって、両者を同一のものとして論じることは当を得ていないのである。

なお、被告会社は前記第四、四のとおりタービン・トリップ(負荷の喪失の一種)について解析を行い、燃料及び圧力バウンダリの健全性を確認している。

(三) 主復水器海水漏入について

1 本事象の経過・原因

定格出力で運転中の昭和六一年三月三一日、主復水器の出口の導電率(物質の電気の伝わり易さを示す指標)が漸増していることが認められた。

点検の結果、主復水器の冷却管の一本に直径一mm程度の小さな穴があき、海水が蒸気・復水側の方に漏入していたことが判明した。

当該冷却管については、その後定期検査の際、閉止栓を施し、冷却水が通らないようにした(高木秀夫調書二・二九丁裏〜三〇丁表)。

なお、これによる外部への放射能の影響はなかった(高木秀夫調書二・三六丁表)。

2 本事象の意味・内容

原子炉容器で発生した蒸気は、前記第一、三のとおり、主蒸気管を通ってタービンへ導かれ、このタービンに結合された発電機を回して発電を行う。タービンを回転させた蒸気は、主復水器で海水により冷却されて水(復水)となり、この復水は、給水管を通って原子炉容器に戻される。右主復水器の中では、海水は冷却管の中を通り、その周囲の蒸気を冷却している(図七―一一参照)。冷却管の中の海水の圧力は蒸気側の圧力より高いので、仮に冷却管に孔が生じたとしても圧力の低い蒸気や復水が圧力の高い海水側(冷却管の中)へ漏れ出すことはあり得ない設計となっている。したがって、放射性物質を含む主復水器内の蒸気や復水が海水とともに環境中へ放出されることはないので(高木秀夫調書二・三〇丁表)、本事象は、それそも放射性物質の放出という観点から問題となるような事象ではなかったのである。

また、右復水中に万一海水が漏入した場合を考慮し、右復水中へのごく僅かな海水漏入を検知できる検出器を設けるとともに、右復水中の塩分を取り除くための復水脱塩装置が設けられており、仮に海水が漏入したとしても確実に検知するとともに、漏入した海水を確実に取り除くことができる設計となっている(高木秀夫調書二・三〇丁表裏)。

3 原告らの主張の失当性

原告らは、「被告東北電力は女川原発で冷却水が『少量』もれていたことを知りながら三週間も運転し続けたことがある。これは極めて由々しきことである」と主張している(原告準備書面一六・五〇頁)。

右主張は、本事象すなわち主復水器内で蒸気を冷却して水に戻すために使用している海水が冷却管一本(冷却管の総数は約二七、六〇〇本)に生じた小さな孔からごく僅か復水(蒸気から水に戻ったもの)に漏入した事象をとらえて主張しているようである。

しかしながら、本事象は、右検出器がごく僅かな海水の漏入を検知するとともに、右復水脱塩装置の働きにより原子炉の冷却水の塩分濃度が通常値と変わらない状況で推移したこと、さらに、右復水脱塩装置が十分余裕を持った能力を有していたことから、右期間中運転に支障を及ぼすおそれはまったくなかったものであり(高木秀夫調書二・三〇丁表裏)、原告らの主張は失当である。

(四) 再循環流量制御系の微少変動について

1 本事象の経過・原因

定格出力で運転中の昭和六一年八月二一日午後二時二〇分頃、運転員は、原子炉の出力を調整するため設置されている二台の再循環ポンプのうち一台の再循環ポンプの速度が、87.5パーセントから88.6パーセントまで上昇していることを見つけた。このため、変動前の速度に戻し運転状態の監視を強化した。また、翌八月二二日午前五時四六分から午前六時二〇分にかけても、右再循環ポンプの速度が微少変動する事象が数回にわたって発生した。

右再循環ポンプの速度変動の原因を調査したところ、その原因は、中央制御室内にある再循環流量制御器の構成機器の一つである切替器のダイオード(長さ三mm、直径約一mmの円筒形)の不具合にあることが判明したので、新しいものに取り替えた。取り替え後、当該ダイオードを点検し、不具合の原因を調査したところ、本事象は、製造段階に生じていたダイオードのガラスボディの微細なひび割れが使用時間の経過とともに進行した結果、ダイオードの電気的特性が劣化し、右再循環ポンプの速度変動に至ったものと推定された。

なお、本事象は、再循環ポンプの速度の変動がごく僅かであり、原子炉出力、原子炉圧力等は通常運転中と変わらない状態で推移していたことから、安定運転に支障を及ぼすものではなかった(高木秀夫調書二・三〇丁裏〜三二丁表)。

また、これによる外部への放射能の影響はなかった(高木秀夫調書二・三六丁裏)。

2 本事象の意味・内容

被告会社は、ダイオード等電子部品について、前記第三、四のとおり、十分な品質保証活動を実施してきているところである。しかしながら、それのみをもって本件原子力発電所の安全確保対策として十分としているわけではなく、本件のような事象が万一発生する場合に備えて、多重防護の考え方に基づき、異常状態の早期検知のための計測制御装置を設置し運転監視を行っているのである。すなわち、運転員は、中央制御室に集中配置された指示計、記録計、警報装置等により、運転状態の把握及び異常状態の早期発見に努めているのである。

本事象は、極く希に発生したダイオードの故障が再循環ポンプ速度の微少変動という事象になって現われ、これを運転員が見つけ、必要な措置を講ずることにより、十分安全なうちに推移したものであり、多重防護の考え方に基づく事故防止対策が有効に機能していることを示すものである。

3 原告らの主張の失当性

原告らは、ダイオードの劣化について、「運転段階における保守管理によって事前に故障を確認・検出することができなかったという事実は、被告の主張する『運転段階における安全上の対策』(被告会社準備書面八・六頁)の無効性を証明するものである」と主張し(原告準備書面一八・五四頁)、また、「再循環流量の変動は、即座に反応度や原子炉出力に反応し、特に急激な流量増加はソ連チェルノブイリ原発事故のような反応度事故=核暴走を引き起こす可能性を持っていることがわかる」と主張している(原告準備書面一八・五六頁)。

しかしながら、再循環ポンプの回転数が上昇すると、原子炉の出力もそれに伴って上昇するが、本件原子力発電所では原子炉の出力が一二〇パーセントを超えて上昇すると原子炉は緊急停止するので(高木秀夫調書二・三二丁表)、再循環ポンプの回転数が急激に上昇したとしても、原子炉の健全性に影響を与えることはないのである。

また、原告らは、「このトラブルで生じたような数回もの変動や、あるいはその数回変動の過程で生じたと思われるパルス状の変動に対しては、全く安全性の確認を行っていない」と主張している(原告準備書面一六・五七頁)。

しかしながら、原告らの右主張は以下に述べるとおり失当といわざるを得ない。

再循環流量が変動するということは、炉心流量が増減し、原子炉出力が増減するという事象になる。そこで安全上重要なことは、右のような事象の場合、原子炉出力の変動が大きくなり発散するということがないこと、すなわち、原子炉出力が安定に整定することである。原子炉施設の安全設計のうち、いわゆるプラント安定性解析の中で、再循環流量制御系の信号をある値からステップ状に一回変更した場合の解析を実施しており、原子炉出力が発散せず十分安定な状態に整定することを確認している(<書証番号略>)。右のような特性を有している原子炉は、仮に、再循環流量がステップ状に数回変動するという外乱を加えられたとしても、原子炉出力の変動が大きくなり発散するということはないのである。

また、本件原子力発電所一号機においては、運転開始前の起動試験において、再循環流量制御系試験を実施し(<書証番号略>)、再循環流量制御系の信号をある値からステップ状に変動させた場合に原子炉出力等が発散せず十分安定な状態に整定することを確認している。

したがって、この点に関する原告らの主張は失当である。

(五) タービン蒸気加減弁の開度指示信号の微少変動について

1 本事象の経過・原因

定格出力で運転中のところ、平成元年八月二三日午後七時四〇分頃から同月二四日午前三時頃までの間に中央制御室のタービン蒸気加減弁開度記録計に微少な変動が数回にわたり断続的に発生し、運転員がタービン蒸気加減弁開度指示計で確認したところ、四個あるタービン蒸気加減弁のうちの一つの開度指示が変動しているのが確認された。

このため、右タービン蒸気加減弁について調査したところ、右弁の信号系に原因があると推定し、八月二七日九時より原子炉の出力を二五パーセントまで降下して点検を行うとともに、微少変動の原因と推定される右開度位置検出器、右信号系と開度位置検出器を接続するケーブル等を交換した。

さらに原因を調査した結果、開度位置検出器と接続ケーブルのコネクタ部が接続不良を起こし、その結果、開度指示信号の微少変動を発生させたものと推定された(高木秀夫調書二・三二丁表〜三三丁表、<書証番号略>)。

なお、本事象による外部への放射能の影響はなかった(高木秀夫調書二・三六丁表、<書証番号略>)。

2 本事象の意味・内容

被告会社は、ケーブル等の部品について、前記第三、四のとおり、十分な品質保証活動を実施し、異常が発生しないようにしているのである。しかしながら、本件原子力発電所においては、品質保証活動が十分に機能せず本件のような事象が万一発生する場合に備えて、多重防護の考え方に基づき、中央制御室に集中配置された指針計、記録計、警報装置等を設置し、運転員がこれにより運転状態の把握及び本事象のような異常状態の早期発見を行い所要の措置を講じることができるようにしているのである。

本事象は、極く希に発生したコネクタの接触不良という不具合が、タービン蒸気加減弁の開度指示信号の微少変動という事象になって現われ、これを運転員が発見し、必要な措置を講じ右事象を収束させたのであり、多重防護の考え方に基づく事故防止対策が有効に機能したことを示すものである。

3 原告らの主張の失当性

原告らは、「異常発生後、丸三日たってようやく部品の交換がなされていることに、被告の運転(経済性)優先の姿勢が今回も明らかにされた」と主張している(原告準備書面一九・九三頁〜九四頁)。

しかしながら、被告会社は右開度指示信号の変動が微少であり、本件原子力発電所一号機の安全性に関係のあるものではなかったため(高木秀夫調書二・三三丁表)、運転を継続しながら、原因究明、点検検査を行い、原因が解明された後故障箇所の部品の交換を実施したものであるので、原告らの主張は失当といわざるを得ない。

(六) 蒸気タービンの軸受けメタル温度高による原子炉手動停止について

1 本事象の経過・原因

平成二年九月二日から定期検査に入り、平成二年一一月一四日午後四時に蒸気タービンを起動し、同年一一月一五日午前五時頃発電機を電力系統に併入(接続)し調整運転に入ったところ、蒸気タービンの一軸受けのメタル温度、軸受け潤滑戻り油温度及び振動振幅の変動幅が、いずれの値も警報設定値及び運転制限値を十分下回っており安全運転に支障を及ぼすものではないものの、前回の定期検査後の値に比較して高い状態にあることが認められたので、念のため当該軸受けまわりの詳細点検を実施することとし、一一月二〇日午前二時頃原子炉を手動停止した。

原因を調査した結果、蒸気タービン軸受けオリフィスストレーナが逆向きの状態に取り付けられていたため、右軸受け潤滑給油量が減少し、右軸受けメタル温度及び軸受け潤滑戻り油温度が上昇するとともに、右軸受けの振動振幅の変動幅が増加したものと推定された(高木秀夫調書二・三二丁表〜三四丁表、<書証番号略>)。

なお、これによる外部への放射能の影響はなかった(高木秀夫調書二・三六丁表)。

2 本事象の意味・内容

被告会社は、運転中も運転員は万一不具合が発生しているかどうかを点検し、故障・トラブル等の未然防止を図るため、一日三回以上同一の箇所の巡視を行い、機器の点検を行っている。右タービン軸受けメタルの温度上昇等は、右巡視点検により運転員が発見し、それに伴い必要な措置を講じたものである。このように、機器の異常があっても、運転段階における十分な対策がとられていることによって、異常を収束することができるのである。

ちなみに、被告会社は、軸受けオリフィスストレーナの取り付け作業手順の見直しを行うとともに軸受けオリフィスストレーナの構造上の改善を実施した(<書証番号略>)。

なお、本事象に関する原告らの主張が失当であることは後記(八)、3のとおりである。

(七) 原子炉冷却材浄化系からの蒸気漏洩について

1 本事象の経過・原因

定格出力で運転中のところ、平成三年二月二二日午後一時、中央制御室において警報が発生し、原子炉冷却材浄化系熱交換器室のダスト放射線レベルの上昇が認められた。運転員が直ちに同熱交換器室内を確認したところ、「原子炉冷却材浄化系吸い込みラインの弁」の一つ付近から蒸気が僅かに漏洩しているのが発見された。

原因を調査した結果、右弁を定期検査で分解点検し、その後再び組み立てたときに、誤って不適切なパッキンが用いられたため発生したものと考えられた(高木秀夫調書二・三四丁表〜三五丁表、<書証番号略>)。

なお、これによる外部への放射能の影響はなかった(高木秀夫調書二・三六丁表、<書証番号略>)。

2 本事象の意味・内容

本件原子力発電所一号機では、建屋に蒸気が漏洩したかどうかは、建屋内に設置されている放射能検出器により、中央制御室で把握することができる。本事象は本件原子力発電所一号機内の機器の不具合による僅かな蒸気漏洩という事象を検出器が早期に検知し、中央制御室に警報を発生させ、それにより所要の措置を講じることにより、異常状態の拡大防止が図られたのであり、多重防護による事故防止対策が機能したことを示すものである。

なお、本事象に関する原告らの主張が失当であることは後記(八)、3のとおりである。

(八) 給水流量調整弁(A)制御装置の不具合について

1 本事象の経過・原因

定格出力で運転中の平成三年八月九日、運転員が中央制御室でプラントの各データを調査したところ、給水流量調整弁(A)の動きが同弁(B)に比して小さくなっていることが認められた。

このため、給水流量調整弁(A)制御系の操作器を手動にして徐々に開度を変化させ当該弁の動作状態の確認を行ったところ、右給水流量調整弁(A)の動きが円滑でないことが確認された。

右不具合の原因は、当該給水流量調整弁のOリングが当初より硬度の高いものが使用されており、これに使用中の劣化が重畳し、当該給水流量調整弁のブースターリレーの内部漏洩を引き起こしたものと考えられた(高木秀夫調書二・三五丁表〜三六丁表、<書証番号略>)。

給水流量は右弁(A)と弁(B)で自動制御されているが、本事象は弁(A)の動きが鈍くなったため、弁(B)がカバーして動いたので安全運転に支障のあるものではなかった(高木秀夫調書二・三五丁裏)。

なお、これによる外部への放射能の影響はなかった(高木秀夫調書二・三六丁表)。

2 本事象の意味・内容

本件原子力発電所一号機では、機器の異常を早期に発見するため、計測制御系を設置しているが、本事象は、本件原子力発電所内の機器の不具合の徴候を計測制御系が早期に検知し、運転員が所要の措置を講じ、異常の拡大を防止したものであり、多重防護による事故防止対策が機能していることを示すものである。

3 原告らの主張の失当性

原告らは、右(六)、(七)、(八)の事象に関連して、右(六)、(七)、(八)の事象は部品の故障や定期点検等の作業従事者の人為ミスの発生は避けられず、さらに運転管理面の安全対策も不十分であるので事故へと発展する危険性があることの証左である旨主張している(原告準備書面二一・三七頁〜四一頁)。

しかしながら、被告会社は、前述のとおり、発電所の部品等について十分な品質保証活動を実施するとともに、定期点検等の作業の従事者等に対して十分な教育・訓練を実施し人為ミスの発生防止に万全を期しているのであるが、それのみをもって本件原子力発電所の安全確保対策として十分としているわけではない。

本件原子力発電所では万一部品等に不具合や作業の従事者の人為ミスが発生した場合に備えて、多重防護の考え方に基づき、異常状態の早期検知のための計測制御装置を設置し運転監視を行っているのである。すなわち、本件原子力発電所では、運転員が中央制御室に集中配置された指示計、記録計、警報装置等により運転状態の把握をするとともに、異常状態を早期に発見し、所要の措置を講じることができるようにしているのである。

右(六)、(七)、(八)の各事象は、前記(六)2、(七)2、(八)2のとおり、右の対策が機能し、異常状態の拡大を防止したものであるので、原告らの右主張は失当である。

二 他の発電所における事象について

(一) TMI事故について

原告らは、TMI事故の重要な要因である運転員の人為ミスはBWRにおいても共通に起こり、人為ミスによるTMI事故のような事故の発生は不可避である旨主張している(訴状一〇頁〜三九頁)。

しかしながら、TMI事故の事実関係、要因等の詳細は被告会社準備書面八で詳述したとおりであり、本件原子力発電所ではTMI事故と同様の事象が発生することはなく、原告の右主張は以下のとおり理由がない。

すなわち、TMI事故をTMI事故たらしめた決定的要因は、要約すれば、

① 運転員が加圧器逃がし弁の開固着に長時間気がつかなかったこと、

② 運転員が自動起動したECCSの機能を長時間に亘り実質的に殺してしまったこと

である(<書証番号略>、高木秀夫調書二・四一丁裏〜四二丁表)。

ア 右①の「運転員が加圧器逃がし弁の開固着に長時間気がつかなかった」原因は、TMI二号炉においては、加圧器逃がし弁の開閉表示が不適切であったことにある。すなわち、TMI二号炉の中央制御室における右逃がし弁の開閉表示は、現実の弁の開閉状態を直接的に検出してこれを表示するものではなく、弁の開閉を要求する電気信号の状態を表示することにより弁の開閉状態を間接的に表示する方式であったため、現実には弁は開放固着していたにもかかわらず、中央制御室における表示は閉を要求する電気信号に従い「閉」になっていたことから、運転員はこれを見て加圧器逃がし弁は閉じているものと判断した。このため、運転員が加圧器逃がし弁の開固着に長時間気がつかなかったのである(高木秀夫調書二・四二丁表裏)。

これに対して、本件原子力発電所はBWRであり、TMI二号炉のような加圧器逃がし弁というものはないが、加圧器逃がし弁と似た動作をする主蒸気逃がし安全弁の場合は、TMI二号炉のように逃がし弁の開閉の要求信号によって開閉状況を中央制御室へランプ表示する方式ではなく、実際の弁の駆動部の動きを直接表示する方式となっているので、運転員が開固着に長時間気がつかないというような誤判断をすることはない(高木秀夫調書二・四三丁表)。

イ 右②の「自動起動したECCSの機能を長時間にわたり実質的に殺してしまった」原因は、TMI事故にあっては、一次冷却系水が沸騰して気泡が発生したため、加圧器水位計の表示が正確に一次冷却系内の冷却水量を示さない状態であったにもかかわらず、運転員がこれを正確なものと考え、そのため一次冷却水量に関する判断を誤ったことにある。

本件原子力発電所のようなBWRの原子炉容器内では、そもそも平常時において冷却水が沸騰し、常に液相部(水)と気相部(蒸気)とが共存していることから、水位を確実に検出するため原子炉容器内に水位計を設置して、水位を測定する方式をとっており、これにより運転員は水位を直接かつ確実に把握することができるのであるから、仮に何らかの原因により冷却水が異常に減少する事象が発生したとしても、運転員が原子炉容器内の冷却水量に関する判断を誤って右異常状態を拡大させることはまったく考えられないのである(高木秀夫調書二・四三丁裏〜四四丁裏)。

したがって、本件原子力発電所においては、TMI二号炉のように原子炉容器内の冷却水量の判断を誤り、その結果、ECCSの機能を実質的に殺してしまうというような事態が発生するおそれはなく、TMI事故のような事故が発生することはないのである。

なお、本件原子力発電所一号機においては、TMI二号炉の高圧注入系(HPI)に相当する高圧注水系(HPCI)は、仮に運転員が誤って手動で停止させたとしても原子炉容器内の水位が一定値(燃料棒の頂部から上方約三m)以下である場合には、自動的に再起動し原子炉容器内に冷却水を注入できるようになっており、その機能が失われることはないのである(高木秀夫調書二・四三丁裏〜四四丁裏)。

(二) チェルノブイル事故について

原告らは、昭和六一年四月二六日ソビエト社会主義共和国連邦ウクライナ共和国にあるチェルノブイル原子力発電所の四号炉(以下、チェノルブイル四号炉という)において発生した事故(以下、チェノルブイル事故という)を取り上げ、本件原子力発電所においても反応度事故が発生する可能性があり、さらに運転員の規則違反は不可避であるのでチェルノブイル事故のような事故が起こる旨主張している(原告準備書面一六)。

しかしながら、チェルノブイル事故の原因、経過等は被告会社準備書面二六で詳述したとおりであるが、以下に述べるとおり、本件原子力発電所ではチェルノブイル事故のような事故は起こり得ないのであり、原告らの右主張は失当といわざるを得ない。

ア チェルノブイル事故の発生に深く係わった設計上の特性の主な要因は、被告会社準備書面二六で詳述したとおり、ボイド係数が大きな正であり、かつ、ボイド係数、ドップラ係数等を総合した反応度出力係数が低出力の状態では正となる設計であったことである。すなわち、右事故は、原子炉の熱出力が二〇万キロワットという低出力の状態で、炉心の冷却材流量を減少させたことによって炉心内の冷却材の温度が上昇し、ボイド率が増加した結果、正の反応度が加えられて出力が上昇し始め、反応度出力係数が正のため出力が加速度的に上昇(正の反応度フィードバック特性による)していったのである(<書証番号略>)。

これに対し、本件原子力発電所は、ボイド係数が負であり、かつ、反応度出力係数もすべての出力領域において負である(負の反応度フィードバック特性を有する)(高木秀夫調書二・四五丁裏〜四六丁表)、すなわち、

① チェルノブイル事故の場合のように炉心の冷却材流量が減少してボイド率が増加すると、チェルノブイル四号炉とは逆に出力が低下する、

② また、何らかの原因で出力が上昇しても、反応度出力係数が負であるので、出力の上昇が自動的に抑制される(固有の安全性)

という安全上の特性が備わっており、この設計上の特性だけからしても、チェルノブイル事故のような事故は起こり得ないのである(高木秀夫調書二・四五丁裏〜四六丁裏)。

なお、原子力安全委員会ソ連原子力発電所事故調査特別委員会がとりまとめ公表した、チェルノブイル事故に関する最終の報告書である昭和六二年五月二八日付「ソ連原子力発電所事故調査報告書(以下、最終報告書という)」においても、本件原子力発電所を含む我が国の軽水炉の特性について、「我が国の原子力発電所は、まず固有の安全性を有している。すなわち、軽水炉においては、原子炉の炉心及びそれに関連する原子炉冷却系は、すべての運転範囲で急速な固有の負の反応度フィードバック特性を有する設計であることが『安全設計審査指針』で要求されており、これに基づき、我が国の軽水炉は、原子炉出力の過渡時の変化に対してドップラ係数、ボイド係数等の各反応度成分を総合した反応度出力係数が出力の変化を抑制する効果を持つ設計となっている」(<書証番号略>)と述べている。

イ さらに、チェルノブイル事故においては、運転員の規則の重大な違反が事故の重要な原因であるとされており、右違反の背景に発電所の管理上の問題があったことが指摘されているが(<書証番号略>、被告会社準備書面二六・一六頁〜一九頁参照)、本件原子力発電所の運転管理体制及び運転員等の教育・訓練については、前記第二のとおり十分な配慮を行っており、右のような重大な規則違反が生じるおそれはない(高木秀夫調書二・四六丁裏〜四七丁表)。

ちなみに、最終報告書でも、我が国の原子力発電所の運転管理について調査し、十分な安全確保対策が講じられているかを検討した結果、「我が国の原子力発電所の運転管理体制は、安全確保の上で適切なものとなっていると考える」(<書証番号略>)、あるいは、「我が国の原子力発電所の運転員の安全意識並びに専門知識や技能は十分に保たれていると考える」(<書証番号略>)と述べている。

ウ 以上述べたところから明らかなように、本件原子力発電所においては、チェルノブイル事故のような事故は起こり得ないのである(高木秀夫調書二・四七丁表)。

エ なお、原告らは、チェルノブイル事故に関連づけて、「原子炉暴走事故」はチェルノブイル事故が最初ではないとして、一九五二年(昭和二七年)カナダのオンタリオ州チョークリバーのNRX炉で起こった事故及び一九六一年(昭和三六年)アメリカのアイダホ国立原子炉試験場のSL―1の事故を取り上げている(原告準備書面一六・三七頁〜四一頁)。

しかしながら、NRX炉は原子力開発当初における実験研究用原子炉であり、また、SL―1原子炉は可搬型軍用小型原子炉である。したがって、本件原子力発電所の原子炉と同列に論じることはできない。

(三) その他の事象について

1 大飯、高浜発電所の事象について

原告らは、昭和五四年七月一四日、大飯発電所一号機(PWR・電気出力一一七万五〇〇〇キロワット)において、逃がし弁の誤作動によりECCSが起動した事象、昭和五四年一一月三日、高浜発電所二号機(PWR・電気出力八二万六〇〇〇キロワット)において、一次冷却水が原子炉格納容器内に漏洩した事象の例を挙げ、品質管理、保守点検作業におけるミスが大事故につながる旨主張している(訴状三六頁〜三八頁)。

しかしながら、原告らの主張が失当であることは前記一、(八)、3と同様である。

2 敦賀発電所の事象について

原告らは、昭和五六年三月八日、敦賀発電所一号機(BWR・電気出力三五万七〇〇〇キロワット)において発生した放射性廃液が放射性廃棄物処理建屋から一般排水路へ漏洩するという事象を取り上げて本件原子力発電所でも同様の事象が発生する旨主張している(訴状五四頁)。

しかしながら、本事象の詳細は被告会社準備書面八(三四頁〜三六頁)で述べたとおりであり、本件原子力発電所一号機においては、

① 廃棄物受入れタンクの溢水防止用自動回路の強化(洗浄弁は、タイマーにより洗浄完了後、自動的に閉じるようにしたこと)、

② 漏洩検知機能の拡充(貯蔵タンク水位の異常、サンプ水位の異常等を知らせる警報は、放射性廃棄物処理建屋制御室のみならず中央制御室にも発せられるので、運転員はその状態を確実に把握できるようにしたこと)、

③ 漏洩廃液の拡大防止堰の整備(仮に廃液が貯蔵タンク等から漏洩するような事態が発生したとしても、貯蔵タンク等が設置されている室の出入口床面に堰を設け、床面にあふれた廃液は排水受口を通してサンプに導かれるか、あるいは、堰内にとどめられることによって、廃液の室外への漏洩は防止されるようにしたこと)、

④ 放射性廃棄物処理建屋の下に一般排水路は設けられていないこと

等から、敦賀発電所と同様の事象が発生するおそれはないのである(<書証番号略>、高木秀夫調書一・二八丁裏〜二九丁表)。

3 福島第二原子力発電所三号機の事象について

原告らは、福島第二原子力発電所三号機の事象について、同様の事象は、再循環ポンプをもつBWRに共通の問題であるから、本件原子力発電所一号機でも同様の事象が発生するかの如き主張をしている(原告準備書面一八・四三頁〜四四頁)。

しかしながら、本事象の詳細は、被告会社準備書面二七(八頁〜一二頁)で述べたとおりである。

ところで、本件原子力発電所一号機に設置されている二台の再循環ポンプにつき、被告会社は、一台の再循環ポンプについては昭和六三年四月から開始した第四回定期検査時において、また、もう一台の再循環ポンプについては平成元年四月から開始した第五回定期検査時において、予防保全の観点から、強度上十分な余裕があり溶接部を有しない一体遠心鋳造型(鋳型を回転させ遠心力を利用して鋳造品を造る方法)の水中軸受に取り替えており、本件原子力発電所一号機においては、本事象と同様な事象は起こり得ないのである(高木秀夫調書二・三六丁裏〜三七丁表)。

ちなみに、本事象は原子炉の圧力、水位等の大幅な変動を伴うものではなく、燃料や圧力バウンダリの損傷のおそれがあり原子炉保護系が作動して原子炉の緊急停止を要するような事態や放射性物質の環境への放出といった事態に至るものでもなかったのである(<書証番号略>)。

4 福島第一、島根原子力発電所の事象について

福島第一原子力発電所一号機において「給水ノズルのひび」が、また、島根原子力発電所一号機等において「制御棒駆動水戻りノズルのひび」がそれぞれ発生したが、これについては前記第三、五、(二)、1、(1)で述べたとおりである。

5 ブラウンズ・フェリー原子力発電所の火災について

原告らは、一九七五年三月、ブラウンズ・フェリー原子力発電所で発生した火災の原因は、原子炉建屋のケーブル貫通部の気密性を確認するためにろうそくの火を用いていたところ、これがポリウレタン材に引火し、右ケーブルへ延焼したものであるとし、このようにささいな人為的ミスも原子力発電所ではとりかえしのつかない大事故に直結する可能性を有している旨主張している(原告準備書面一〇・七二頁〜七三頁)。

しかしながら、我が国の原子力発電所においては、原子炉建屋のケーブル貫通部の気密性を確認する場合にはろうそくを使用せず、かつ、ケーブル周囲の充填材として可燃性の高いポリウレタン材は使用していないので、ブラウンズ・フェリー原子力発電所と同様の事象が発生するおそれはない(<書証番号略>)。

なお、本件原子力発電所では、火災警報器、消火栓など通常の防火対策に加えて、難燃性ケーブルの採用や消火性能の優れたハロン消火設備の設置、あるいは配置設置における分離思想の徹底などにより、十分な防火対策を図っているのである(<書証番号略>)。

6 ブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉の事象について

ア 原告らは、一九八〇年六月二八日、米国のブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉(BWR・電気出力一〇九万八〇〇〇キロワット)において、制御棒が炉心に円滑に挿入されないという事故が発生したが、本件原子力発電所でも同様の事象が発生しうると主張している(原告準備書面一六・四五頁)。

右事象(被告によれば事故ではなく事象)の詳細は、被告会社準備書面八(四一頁〜四三頁)で述べたとおりであるが、その原因は、右三号炉においてスクラム排出ヘッダとスクラム排出容器とが長い小口径の連絡管でつながれていたため、この連絡管に水詰まりが生じ、スクラム排出ヘッダに水が残っていたところから、制御棒を原子炉内に挿入しようとした際、それによって排出される水がスクラム排出ヘッダに十分に排出されず、制御棒は部分的にしか挿入されなかったものと推定されている(高木秀夫調書二・三七丁裏〜三八丁裏)。

右事象により放射性物質が環境に放出されたということはなく、環境への影響はなかった。

しかしながら、本件原子力発電所においては、スクラム排出ヘッダはスクラム排出容器と直接つながる構造となっているので、その間に水詰まりが生じるというようなことは考えられず、同様の事象が発生するおそれはないのである(<書証番号略>、高木秀夫調書二・三八丁裏)。

イ これに対し、さらに原告らは、「この水が溜まった事に対する根本的原因は不明であり、被告の主張する水溜まりの他にも、排出容器(原告らはスクラム排出ヘッダをスクラム排出容器といっている。)の空気抜きの不完全さ、ドレン配管の水詰まり等も考えられる」として、「このようなスクラム失敗の事故が、チェルノブイル原発で発生した暴走事故へと発展する可能性があることを考慮するなら、ブラウンズ・フェリー事故(被告によれば事故ではなく事象)に対する対応は、あまりに不十分である」と主張している(原告準備書面一六・四五頁〜四七頁)。

原告らのいう「排出容器の空気抜きの不完全」は、空気吸い込み用の弁(ベント弁)(図七―一二参照)の不具合によるスクラム排出ヘッダ内の水の残留を指摘しているものと推定されるが、スクラム排出ヘッダへの空気吸い込みの不完全を想定した場合でも、本件原子力発電所においては、一体構造になっているスクラム排出ヘッダとスクラム排出容器の径はスクラム排出ヘッダの水が確実にスクラム排出容器に排水されるのに十分な太さを有しているため、スクラム排出ヘッダに水が残留することはないのである。また、原告らのいう「ドレン配管の水詰まり」によって、スクラム排出容器内の水がサンプ(水溜め)へと排水されず、スクラム排出容器内に水が溜まってきても、これが一定レベルまで達した場合には、スクラム排出容器に設けられている警報装置により水の溜まりを確実に検知でき、スクラム排出ヘッダに水が達する前に適切に対処できるため、スクラム排出ヘッダに水が残留することはないのである(<書証番号略>、高木秀夫調書二・三九丁表裏)。

したがって、原告らの主張する前記原因のすべてを想定しても、本件原子力発電所においては、スクラム排出ヘッダに水が残留した状態で運転することはないのであるから、ブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉の事象と同様の事象が発生するおそれはないのである。

ウ また、原告らは、「制御棒の駆動に失敗すれば、どちらにしろ原子炉破壊という重大事故が発生する可能性がある」とし、日本の原子力発電所において過去に起こった「制御棒に関する事故」と称して、いくつかの事象を取り上げている(原告準備書面一六・四二頁〜四五頁)。

しかし、原告らがとりあげた事例のうち本件原子力発電所と同型の炉であるBWRに関するものの大半を占めるのは、制御棒駆動水戻りノズルのひびであるが、これについては前記第三、五、(二)、1、(1)のとおり、本件原子力発電所においては、制御棒駆動水戻り水がノズルから原子炉容器に入るような構造にはなっていないのであり、同様の事象は発生するおそれはないのである。

また、原告らが取り上げるBWRに関する右以外の事例についても、原告らが主張するような「原子炉スクラム時に制御棒の挿入に失敗する」ことにつながる事象ではなかったのである。

7 ギネイ原子力発電所の事象について

原告らは、原子力発電所の危険性を示す事実として、昭和五七年一月二五日、米国のギネイ原子力発電所(PWR・電気出力四九万キロワット)において、蒸気発生器の伝熱管が破損するという事象を取り上げているが(原告準備書面二・一丁裏〜二丁表)、BWRである本件原子力発電所においては、蒸気発生器は存在せず、したがって、同様の事象は起こり得ないのである。

なお、本件原子力発電所においては、主蒸気系の安全弁はすべて原子炉格納容器内に設置されており、また、仮に右安全弁が作動したとしても、蒸気は大量の冷却水を保有しているサプレッション・チェンバ内のプール水中に放出され、原子炉格納容器内に閉じ込められるので、右蒸気が環境へ放出されることはないのである(<書証番号略>)。

ちなみに、被告会社においては前記第二、一のとおり本件原子力発電所一号機の運転・保守に関する事項を審議するため、「原子炉施設保安運営委員会」等が設けられているが、右運営委員会では、本件原子力発電所一号機の運転管理、放射線管理等に関する保安上基本的事項を審議するほか、右(一)〜(三)の各事象ばかりでなく、国内、国外の原子力発電所等から得られた原子炉の運転・保守等にかかわる情報についても検討し、必要に応じて本件原子力発電所一号機の運転管理や設備の変更等に反映させることとしている(<書証番号略>)。

第七 その他

一 廃炉について

原告らは、本件原子炉のような大型原子炉は解体撤去の実例がないだけでなく技術が未確立であり、周辺住民が廃炉に伴う放射線被ばくに脅かされることになる旨主張し(訴状五七頁、原告準備書面一九・一四四頁)、槌田証人も右主張に沿う証言をしている(槌田調書二・三三丁裏〜三九丁表)。

しかしながら、原子力発電所の解体撤去は既存の技術またはその改良により十分可能であると考えられており、現行技術でも放射性物質の放出は十分低く抑制することができるのであるが、現在、さらに作業者の受ける放射線量の一層の低減等を図る観点から安全性・信頼性の確保に関する重要な技術について将来の解体撤去時に備えた計画的な技術開発を行っているのである(<書証番号略>)。

したがって、原告らの右主張は失当であるといわざるを得ない。

二 燃料の輸送について

原告らは、新燃料、使用済燃料が大量に輸送されるが、特に事故防止に対しての安全上の決め手がなく、周辺住民の大量被ばくは避けられない旨主張し(原告準備書面一九・九九頁〜一〇〇頁)、高木仁三郎証人も右主張に沿う証言をしている(高木仁三郎調書一・四六丁裏〜四八丁裏)。

しかしながら、被告会社を含む事業者は、使用済燃料の輸送にあたって、輸送中の事故が発生しないよう万全の措置を講じているのみならず、万一、交通事故等の輸送中の事故が発生したとしても、以下に述べるとおり輸送に用いる輸送容器は十分な安全性を有しているのである。

すなわち、本件原子力発電所で発生した使用済燃料は海上輸送を行っているところ、使用済燃料を入れるキャスク(容器)は、信頼性実証試験により、万一の事故を想定した場合にも信頼性があることが実証され、同時に、現在用いられている安全解析手法及び設計・製作の方法についても信頼性が高いことが確認されている(<書証番号略>)。

また、本件原子力発電所に使用する新燃料は陸上輸送を行っているところ、これに用いる輸送容器も十分な試験を行い、安全性を確認しているのである(<書証番号略>)。

現に我が国においては一九七九年に核燃料物質等の事業所外の運搬に関する安全規制体系が整備されて以来、輸送に関する事故は一件も報告されていないのである(<書証番号略>)。

したがって、原告らの右主張は失当であるといわざるを得ない。

第八章 平常運転時の被ばく低減対策

はじめに

原子力発電に固有の特徴は、核分裂によって生じるエネルギーを利用すること及び核分裂によって核分裂生成物等の放射性物質が生じることに存する。

原子力発電所の安全は、この放射性物質の封じ込めに万全を期し、放射性物質の有する危険性を顕在化させないことによって確保される。

本件原子力発電所においては、右の観点に立って十分な安全確保対策が講じられているが、平常運転時における安全確保対策は、平常運転に伴って環境へ放出される放射性物質の量をできる限り低く抑え、公衆の被ばく線量を十分低く抑えることにある。

このため、被告会社においては、本件原子力発電所の平常運転に伴う周辺公衆の被ばく線量を、前記第五章、第一、四、(二)の法令で定めている公衆の実効線量当量限度1.0ミリシーベルト(100ミリレム)を超えないようにすることはもちろんのこと、いわゆるALAPの考え方に基づく線量目標値(放射性希ガスからのガンマ線による全身被ばく線量の評価値及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被ばく線量の評価値の合計値については年間0.05ミリシーベルト<5ミリレム>、放射性よう素に起因する甲状腺被ばく線量の評価値については年間0.15ミリシーベルト<15ミリレム>)を十分下回るよう設備面及び運転管理面において十分被ばく低減対策を講じているのである。

第一 環境への放射性物質の放出の抑制

放射性物質の環境への放出の抑制は、まず、原子力発電所の平常運転に伴って生じる放射性物質の冷却水中への出現を抑制する対策を講じ、次に、右の対策にもかかわらず微量ではあるが冷却水中に現われた放射性物質を原子炉冷却系内に閉じ込める対策を講じ、さらに、原子炉冷却系外に現われる放射性物質(放射性廃棄物)については、これを適切に処理する対策を講じることによって確保される(高木秀夫調書一・一八丁表裏)。

一 放射性物質の冷却水中への出現の抑制

本件原子力発電所の平常運転に伴って生じる主な放射性物質には、燃料の核分裂反応によって燃料被覆管内に生成する核分裂生成物(キセノン一三三、クリプトン八五、よう素一三一等)と、冷却水中の鉄さび等の腐食生成物等が中性子により放射化されることによって生じる放射化生成物(マンガン五四、コバルト六〇等)との二種類がある。そして、前者、すなわち核分裂生成物については、それをジルコニウム合金製の燃料被覆管内に密封することにより冷却水中への出現を抑制し、後者、すなわち放射化生成物については、原子炉冷却材浄化系及び復水脱塩装置を設置し、冷却水の適切な水質管理を行うこと等により、鉄さび等の腐食生成物等の冷却水中への発生を抑制するとともに発生した放射化生成物等の除去を行っている(高木秀夫調書一・一八丁表〜一九丁表、<書証番号略>)。

(一) 核分裂生成物の冷却水中への出現の抑制

核分裂生成物の冷却水中への出現を抑制するためには、燃料被覆管が重要な機能を有していること、そして、右燃料被覆管の健全性を確保するため被告会社において十分な配慮を行っていること等については、前記第七章、第三、一において述べたとおりである。

(二) 放射化生成物の冷却水中への出現の抑制

放射化生成物は、原子炉冷却系内で蒸気あるいは冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食により生じた鉄さび等の腐食生成物等が、原子炉容器内において中性子の照射により放射化されたもの(マンガン五四、コバルト六〇等)であるが、本件原子力発電所においては、以下に述べるとおり、右放射化生成物の冷却水中への出現を抑制するため、その生成原因となる腐食生成物の発生を抑制するとともに、発生した腐食生成物及び放射化生成物を除去している。

まず、腐食生成物の発生を抑制する対策であるが、原子炉容器内面のうち冷却水と接する範囲の内張りの材料及び冷却材再循環系の配管等の材料には、耐食性の優れたステンレス鋼を使用しており、さらに、給水加熱器等湿分の高い蒸気と接する系統の機器、配管等の材料には、鉄にクロム、モリブデン等を添加した耐食性に優れた低合金鋼等を使用している。また、復水系、給水系については、冷却水中の酸素濃度を制御することにより、右系統における腐食生成物の発生を抑制している(高木秀夫調書一・一八丁裏〜一九丁表)。

次に、発生した腐食生成物及び放射化生成物を除去する対策であるが、原子炉容器内で発生した蒸気は主蒸気管を経て、タービン、復水器等を通過する。右蒸気に含まれる腐食生成物及び放射化生成物については、復水器を通過し、冷却水に戻した後、右冷却水全量を復水脱塩装置に通すことによりこれらを除去している。また、微量ながら原子炉容器内に存在する腐食生成物及び放射化生成物については、原子炉冷却材浄化系に通すことによりこれを除去するのである(高木秀夫調書一・一九丁裏〜二〇丁表)。

(三) 原告らの主張の失当性

1 復水器からの海水の漏入による腐食の発生について

原告らは、右に述べた腐食生成物等について、「復水器を通して海水と接し、その海水が、一次冷却水に混入することが避けられないため、一次冷却系の各種機器・配管の腐食が進み」、「大量の誘導放射能を含むスラッジが、多く発生する」と主張している(原告準備書面八・一七頁〜一八頁)。

しかしながら、復水器の冷却管については、定期検査時に肉厚等の検査を行い所要の措置を行うことにより、損傷の未然防止を図っているが、万一、原告らが主張するように、復水器内の冷却管に損傷が生じ海水が冷却水中に混入したとしても、「復水浄化系出口ならびに原子炉水の電導度を常時監視している」ことから(高木秀夫調書二・三〇丁裏)、直ちにこれを検知することができ、その混入を止めることができるのである。そして、それまでの間に混入した海水に含まれる塩分等の不純物は、復水脱塩装置により除去することができるのであるから、海水の混入に対しても十分な対策が講じられているのである(高木秀夫調書二・三〇丁表)。

二 原子炉冷却系からの冷却水の漏洩の抑制

本件原子力発電所においては、右に述べた対策にもかかわらず、多数の燃料棒のうちの極く一部のものの燃料被覆管にピンホール等が生じる可能性を完全に消去することはできず、また、冷却水が接する機器や配管の内面等のすべてにわたって腐食を完全に防止することは困難であり、したがって、冷却水中に微量とはいえ放射性物質が現われることは避けられないので、この冷却水中に含まれる放射性物質を原子炉冷却系内に閉じ込め、放射性物質の建屋への漏洩を抑制しなければならない。

このような観点から、原子炉冷却系の機器、配管等には十分な強度をもたせることはもとより、できる限り溶接構造とし、漏洩の防止を行っているが、溶接のできないタービン、ポンプ及び弁の軸封部等についても、漏れ防止対策を講じているのである(高木秀夫調書一・二〇丁裏〜二一丁表)。

(一) タービンの軸封部からの漏洩の抑制

タービンの軸封部とは、タービンの回転軸がタービンケーシングを貫通する部分のことであるが、原子炉容器内で発生した蒸気がタービンを通過する過程において、右軸封部からタービン建屋内へ漏れ出るのを抑制するために、後述するシール蒸気をタービンの軸封部に送り込み、タービン内部よりタービン建屋内へ漏れ出ようとする蒸気を抑え込む方式を採用している。そして、右軸封の過程でタービン建屋内へ漏れ出ようとするシール蒸気についても、タービン建屋内の気圧より低い気圧(負圧)に保持されているグランド蒸気復水器に導くようにしているので、タービンの軸封部においては、タービン建屋内の空気を逆に吸い込むことはあっても、原子炉容器内で発生した蒸気及びシール蒸気はタービン建屋内へ漏れ出ない構造となっているのである。

なお、タービンの軸封部のシール蒸気には、専用の蒸気発生器(グランド蒸気発生器)を設置し、復水貯蔵タンク水を蒸発させた放射性物質の濃度の十分低い蒸気を使用する、いわゆる4S方式(セパレート・スチーム・シール・システム)を採用している。

したがって、グランド蒸気復水器には、放射性物質の濃度の十分低いシール蒸気等とタービンの軸封部において吸い込まれたタービン建屋内の空気が導かれることから、グランド蒸気復水器からの排気に含まれる放射性物質の濃度は無視し得る程度となる(図八―一参照)(<書証番号略>)。

(二) 弁の軸封部等からの漏洩の抑制

原子炉冷却系のうち、原子炉容器内の冷却水や原子炉容器内で発生した蒸気と同程度の放射性物質の濃度をもつ冷却水または蒸気を内包する部分に設置されている弁については、その軸封部から右冷却水または蒸気が右各建屋内へ漏れ出るのを抑制するために、ベローズ弁(注八の一)、リークオフコネクション付弁(注八の二)等を採用している(<書証番号略>)。

(三) 原告らの主張の失当性

1 しゃへい区分の意義について

原告らは、本件原子力発電所のしゃへい設計上の区分について、「タービン建屋及び原子炉建屋からの放射能放出は、一次冷却水の洩れに起因している」と主張し、さらに、「特にE、F区分は極めて高いレベルで汚染されているのであり、それだけ大量の放射能がもれていることを意味する」と主張している(原告準備書面八・一一頁〜一二頁)。

しかしながら、右しゃへい設計上のAからFまでの六区分は、あくまで原子炉の運転中において原子炉冷却系等の内部に閉じ込められている放射性物質からの放射線の線量率による区分であって、放射性物質の漏洩による区分ではなく、環境への放射性物質の放出とは無関係なものである(高木秀夫調書一・二二丁表)。

三 原子炉冷却系外に現われる放射性物質の処理

右二において述べたように、冷却水中に現われる放射性物質の大部分は、原子炉冷却系内に閉じ込められるが、右放射性物質の一部は、復水器内を真空に保つために行う空気抽出の過程等において原子炉冷却系外に不可避的に現われ、また、冷却水の浄化処理の過程においても原子炉冷却系外に取り出される。そして、これら原子炉冷却系外に現われる放射性物質(放射性廃棄物)については、すべて放射性廃棄物処理施設に導き、十分な管理のもとに気体、液体及び固体の各形態に応じて適切な処理を行い、また、環境への放出に際しては、環境への影響を無視できるまでに、その放出をできる限り低く抑えるための対策を講じているのである。

以下においては、本件原子力発電所で、気体、液体及び固体の各放射性廃棄物を処理するに当たり講じている対策について述べる。

(一) 気体廃棄物の処理

本件原子力発電所において発生する主な気体廃棄物には、

① 復水器内を真空に保つために、復水器空気抽出器により復水器内から連続的に抽出される復水器空気抽出器排ガス、

② 原子炉建屋等の空気の換気のため排出される換気系排気、

③ タービンの停止後比較的短時間のうちにこれを再起動させる際に、復水器内を真空にするために用いられる真空ポンプの運転により、復水器内より間欠的に放出される復水器真空ポンプ排ガス

がある(高木秀夫調書一・二二丁裏〜二五丁表)。

本件原子力発電所においては、右の各気体廃棄物の処理について、以下のような対策を講じている。

右①の復水器空気抽出器排ガスについては、活性炭式希ガスホールドアップ装置等により排ガス中の放射能を十分減衰させるとともに、フィルタにより排ガス中の微粒子をろ過し、放射線モニタで放射能を連続的に測定・監視し、拡散・希釈させるための排気筒に導いている(<書証番号略>)。

右活性炭式希ガスホールドアップ装置は、活性炭の有する吸着能力を利用して、希ガスを長時間かけて活性炭の層を通過させることにより、その放射能を減衰させる装置である(高木秀夫調書一・二二丁裏〜二三丁表、<書証番号略>)。

右②の換気系排気については、右二において述べたとおり、冷却水は原子炉冷却系内に閉じ込められその漏洩が抑制されていること等から、原子炉建屋等各建屋内の空気に含まれる放射性物質は極めて微量であり、また、各建屋内の気圧は外気圧よりも低く維持されていることから、各建屋から直接環境に出ることはないのである。そして、各建屋内の換気系排気は、排気筒へ通じる排気口にフィルタを設置することにより排気中の微粒子をろ過し、放射線モニタで放射能を連続的に測定・監視し、排気筒に導いている(高木秀夫調書一・二四丁表〜二五丁表、<書証番号略>)。

右③の復水器真空ポンプ排ガスについては、フィルタにより排ガス中の微粒子をろ過し、放射線モニタで放射能を測定し、排気筒に導いている(高木秀夫調書一・二三丁裏〜二四丁表、<書証番号略>)。

(二) 液体廃棄物の処理

本件原子力発電所において発生する液体廃棄物には、

① 一部の補機ポンプの軸受部の冷却等に用いた水であり、比較的放射性物質の濃度が高い機器ドレン、

② 原子炉建屋等で使用した雑排水であり、比較的放射性物質の濃度が低い床ドレン、

③ 復水脱塩装置等の脱塩器で使用されたイオン交換樹脂の再生(樹脂の中に取り込まれている不純物を化学処理によって洗い出し、樹脂を当初の状態に戻す操作)により発生する廃液等の比較的放射性物質の濃度が高い再生廃液、

④ 発電所従事者等が使用した衣類等の洗濯、手洗い等により発生する廃液で、放射性物質の濃度が極めて低いランドリドレン

がある(高木秀夫調書一・二六丁表〜二八丁裏)。

本件原子力発電所においては、液体排気物の処理については、それぞれの性状、放射性物質の濃度に応じて適切な処理を行い、できる限り環境への放出を抑制しているのである。以下にその対策の概要を述べる。

右①の機器ドレンについては、「クラッド除去装置」(注八の三)及び「薄膜ろ過装置」により固形分を取り除いた後、「脱塩装置」によりイオン状の不純物を取り除く。この処理済液は廃液サンプルタンクに集め、水質及び放射能を測定した後、原子炉冷却等の補給水として再使用し、発電所外へは放出しない(高木秀夫調書一・二六丁裏〜二七丁表、<書証番号略>)。

右②の床ドレンについては、「蒸発濃縮装置」で不純物を分離し、発生した蒸気を凝縮させ水に戻し、さらに脱塩装置によりイオン状の不純物を取り除く。この処理廃液は、床ドレンサンプルタンクに集め、水質及び放射能を測定した後、原則として原子炉冷却系等の補給水として再使用する(高木秀夫調書一・二七丁表裏、<書証番号略>)。

右③の再生廃液は、「中和タンク」に集め、中和処理した後、蒸発濃度装置で不純物を分離し、発生した蒸気を凝縮させ水に戻し、右①の機器ドレンと一緒に処理する(高木秀夫調書一・二七丁裏〜二八丁表、<書証番号略>)。

右④のランドリドレンについては、「前処理装置」で固形物を取り除いた後、蒸発濃縮装置で不純物を分離し、発生した蒸気を凝縮させ水に戻し、ランドリドレンサンプルタンクに集め、水質及び放射能を測定した後、できるだけ洗濯用水として再使用し、再使用しないものについては、放射線モニタで連続監視しながら、復水器冷却水排水路に放出し、復水器冷却水で混合・希釈した後、海洋へ放出する(高木秀夫調書一・二八丁表裏、<書証番号略>)。

(三) 固体廃棄物の処理

本件原子力発電所において発生する主な固体廃棄物には、

① 冷却水の浄化処理及び液体廃棄物の処理の過程で使用される脱塩装置等の使用済イオン交換樹脂、

② 右(二)の床ドレン、再生廃液、ランドリドレンの蒸発濃縮処理により発生した濃縮廃液

③ 右(二)のランドリドレンの前処理により発生したランドリ廃スラッジ、

④ 機器の点検や修理の際に冷却水に触れるなどして放射性物質が付着した布きれや紙屑、右(一)の気体廃棄物の処理の過程で使用された使用済フィルタ等の雑固体廃棄物

がある(高木秀夫調書一・二九丁裏〜三〇丁表、<書証番号略>)。

本件原子力発電所においては、右の各固体廃棄物の処理について、以下のような対策を講じている。

右①の使用済イオン交換樹脂については、「使用済樹脂貯蔵タンク」または「沈降分離槽」に貯蔵して放射能を減衰させた後、「遠心脱水機」で水分を除去し、固化材(セメント)と混合してドラム缶内で固化させるか、または焼却炉で焼却し、焼却灰をドラム缶につめる(高木秀夫調書一・三〇丁表裏、<書証番号略>)(なお、右処理の過程で除去された水分は、機器ドレンとして処理された後、原子炉冷却系等の補給水として再利用される)。

右②の濃縮廃液は、濃縮廃液貯蔵タンクに貯蔵して放射能を減衰させた後、固化材と混合してドラム缶内で固化させる(高木秀夫調書一・三〇丁裏、<書証番号略>)(なお、右濃縮廃液貯蔵タンク及び右タンクに接続されている配管は、テフロン等を内張りすること等により、腐食しがたい構造となっている)。

右③のランドリ廃スラッジは、沈降分離槽に貯蔵して放射能を減衰させた後、焼却炉で焼却し焼却灰をドラム缶につめる(高木秀夫調書一・三〇丁裏、<書証番号略>)。

右④の雑固体廃棄物のうち、可燃性の雑固体廃棄物は、焼却炉で焼却し焼却灰をドラム缶に詰める。また、不燃性雑固体廃棄物は、圧縮可能なものは減容装置により圧縮減容し、ドラム缶に詰める(高木秀夫調書一・三〇丁裏〜三一丁表、<書証番号略>)。これらのドラム缶については、鉄筋コンクリート造りの強固な固体廃棄物貯蔵所において、適切に貯蔵・保管する(高木秀夫調書一・三〇丁裏〜三一丁表、<書証番号略>)。

(四) 原告らの主張の失当性

1 定期検査時の希ガス、粒子状物質の処理について

原告らは定期検査のための原子炉停止の際に、原子炉容器の圧力が低下するので、燃料棒内の希ガスが燃料棒から出てくるし、原子炉容器の蓋を開けているので、原子炉容器内にある希ガスや粒子状物質が放出される旨主張している(原告準備書面八・一三頁)。

しかしながら、原告らの主張は以下に述べるとおり理由がないものである。

本件原子力発電所一号機では燃料棒被覆管にピンホールを生じたことはないが、万一ピンホールが生じた場合で、定期検査等のため原子炉を停止する場合には、原子炉容器内の圧力が十分に低下するまでの間、原子炉容器内で発生した蒸気を復水器に導くとともに、復水器空気抽出器、さらには起動停止用空気抽出器を運転することにより復水器内から空気を抽出し、これに含まれる希ガスを活性炭式希ガスホールドアップ装置等により減衰させた後排気筒に導いている。したがって、希ガスは原子炉容器の蓋を開ける前に十分減衰されるようにしているので、原子炉容器の蓋を開けた場合でも、原子炉容器からの希ガスの放出は十分抑制されるのである。また、粒子状物質は冷却水内に溶け込んでいるので、原子炉容器の蓋を開けても、建屋の空気中に放出されることはないのである(高木秀夫調書一・二五丁表裏)。

2 定期検査時の液体廃棄物の処理について

原告らは、定期検査時における「バルブ、ポンプ、各種機器の分解そうじや交換の際にも、放射能がもれる」と主張し、また、床ドレンが、「定検時に大量に発生し、しかもそれは『余剰水』として周辺環境にタレ流される」と主張している(原告準備書面八・一四頁、八〇頁)。

しかしながら、本件原子力発電所においては、定期検査時に発生する液体廃棄物についても、液体廃棄物処理施設により右に述べた適切な処理を行い、放射性物質の環境への放出に当たっては、後記第二、一において述べるとおり、その放出管理を十分に行っているのであり、原告らの主張は理由がない。

3 ランドリドレンの処理について

原告らは、「ランドリ廃液は洗剤をかなり含んでおり再生のために処理することが難しい」と主張してる(原告準備書面八・八〇頁)。

しかしながら、右ランドリドレン(廃液)については活性炭粉末を加えた後、硫酸バンド等を加え、攪拌して、洗剤分を沈殿させ、さらに上澄み液についても再び粒状の活性炭を通すことによって浮遊している洗剤分を除去するようにしており、洗剤類はこれを十分取り除くことができるのである(高木秀夫調書一・二九丁表裏)。

(五) 原告ら申請証人の証言に対する意見

1 機器ドレンの処理設備の設計変更について

槌田証人は、本件原子力発電所一号機の「機器ドレンの処理設備に関して、当初の廃スラッジ貯蔵タンクが、名前を沈降分離槽に変更し、ついにはなくしてしまった。なくした理由は分からないが、放射能はなくならないのだからどこかに押し込んだに違いない」という趣旨の証言をし、また「ドラム缶に関して、当初フィルタースラッジというものがあったが、その後フィルタースラッジのドラム缶がなくなってしまったか、ほかの所に移したのか、タンクに貯蔵しっ放しかはわからない」という趣旨の証言をしている(槌田調書二・二丁裏〜五丁表)。

しかしながら、被告会社は、性能の良い装置が開発されたのに伴い、固体廃棄物の発生を低減させるために設計変更をしたのであって、槌田証人の証言は失当といわざるを得ない。

すなわち、本件原子力発電所一号機の機器ドレンの系統の処理の設計は、図八―二のとおり、現在はクラッド除去装置と薄膜ろ過装置の組合わせで粒子状物質を取り除くようにしているが、当初の設計では右各装置が開発されていなかったため、セルローズ系のろ過助材(これを廃スラツジとかフィルタースラッジと呼んでいた。)を使用して、粒子状物質を除去することとしていた。ところが、その後、現在使用しているような除去性能が非常に良く、しかも固体廃棄物の発生量の少ないクラッド除去装置や薄膜ろ過装置が開発され、それにより粒子状物質を取り除くことができるようになったのでそれと置き換えることとし、それに伴って、廃スラッジの貯蔵タンクを廃止し、フィルタースラツジのドラム缶もなくしたのであって、不当に沈降分離槽を廃止し、フィルタースラッジのドラム缶をなくしたわけではない(高木秀夫調書一・三一丁裏〜三一丁の一表)。

第二 放射性物質の放出管理

一 放出管理目標値と被ばく評価

被告会社は、本件原子力発電所から放出される放射性物質(注八の四)について、その放出量を測定しているのであるが、右放射性物質のうち主要なものについては、想定年間放出量を放出管理目標値として定め、これを超えないように以下のとおり放射性物質の十分な放出管理を行っている(高木秀夫調書一・三二丁表)。

本件原子力発電所一号機の右放出管理目標値は、気体廃棄物については希ガスで三万八〇〇〇キュリー、よう素一三一で2.3キュリー、液体廃棄物についてはトリチウム以外の放射性物質の合計で0.1キュリーである(<書証番号略>)。

また、右のとおり希ガス年間三万八〇〇〇キュリー、よう素一三一で年間2.3キュリー、トリチウムを除いた放射性液体廃棄物年間0.1キュリー、さらに気体廃棄物中のよう素一三三を年間約4.5キュリー及び放射性液体廃棄物中のトリチウムを年間一〇〇キュリーそれぞれ放出したと仮定して「発電用軽水型電子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指数」(<書証番号略>)に基づいて算定すると、周辺公衆の放射線被ばくの評価値は、

① 希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被ばく線量については、年間約0.63ミリレム、人体内に取り込まれた液体廃棄物中の放射性物質から放出されるベータ線及びガンマ線による内部全身被ばく線量については、年間約0.04ミリレムであり、合わせて年間約0.67ミリレムである(<書証番号略>、高木秀夫調書一・三二丁裏〜三三丁表)。

② 人体内に取り込まれた気体廃棄物中及び液体廃棄物中のよう素から放出されるベータ線及びガンマ線による甲状腺被ばく線量の評価値は、年間約1.3ミリレムである(<書証番号略>)。

さらに、本件原子力発電所一号機から右放出管理目標値どおりの放射性物質並びによう素一三三年間4.5キュリー及びトリチウム年間一〇〇キュリーの放出を仮定し、さらに、二号機から希ガス年間約三万二〇〇〇キュリー、よう素一三一年間約0.55キュリー、よう素一三三年間約0.91キュリー、トリチウムを除いた放射性液体廃棄物年間0.1キュリー、さらに放射性液体廃棄物中のトリチウムを年間一〇〇キュリー放出した(すなわち、一号機・二号機合計で希ガス年間約七万キュリー、よう素一三一年間約2.9キュリー、よう素一三三年間約5.4キュリー、トリチウムを除いた放射性液体廃棄物年間0.2キュリー、放射性液体廃棄物中のトリチウム年間二〇〇キュリー放出した)と仮定して、「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針」(<書証番号略>)に基づいて算定すると、周辺公衆の放射線被ばくの評価値は、

① 希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被ばく線量については、年間約0.9ミリレム、人体内に取り込まれた液体廃棄物中の放射性物質から放出されるベータ線及びガンマ線による内部全身被ばく線量については、年間約0.14ミリレムであり、合わせて年間約1.0ミリレムとなり、

② 人体内に取り込まれた気体廃棄物中及び液体廃棄物中のよう素から放出されるベータ線及びガンマ線による甲状腺被ばく線量の評価値は、年間約1.5ミリレムである(<書証番号略>)。

したがって、いずれも「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針」(<書証番号略>)において定められている線量目標値(放射性希ガスからのガンマ線による全身被ばく線量及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被ばく線量の合計値については年間五ミリレム、放射性よう素に起因する甲状腺被ばく線量についは年間一五ミリレム)を十分下回るのである。

なお、原子力発電所の平常運転に伴って環境へ放出される放射性物質による他のすべての被ばく形態からの被ばく線量は右①乃至②までの被ばく形態からのものに比べて無視し得るほど小さいのである(<書証番号略>)。

ところで、右の周辺公衆の放射線被ばくの評価値の算定方法については、被告会社準備書面一四(三〇頁〜五一頁)に述べたとおり、気体廃棄物中の希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被ばく線量の評価に当たっては、排気筒から環境へ放出される希ガスの拡散・希釈の状況について、本件原子力発電所敷地における一年間の気象観測の実測値等を用いている(<書証番号略>)。また、気体廃棄物のよう素に起因する甲状腺被ばく線量の評価に当たっては、呼吸、葉菜及び牛乳を年間を通して摂取することとし、排気筒から環境へ放出されるよう素の拡散・希釈の状況について、右に述べた気象観測の実測値等を用いている(<書証番号略>)。

さらに、

① 気体廃棄物中の希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被ばく線量の評価に当たっては、居住地域等を考慮して、周辺監視区域境界外について行い、右外部全身被ばく線量が年間で最大となる地点での線量を評価値とする(<書証番号略>)。すなわち、「発電所の敷地境界のところにずっといたとして」(高木秀夫調書一・三四丁裏)評価している、

② 気体廃棄物中のよう素に起因する甲状腺被ばく線量の評価に当たっては、呼吸、葉菜及び牛乳を年間を通して摂取することとし、呼吸及び葉菜摂取による被ばく線量評価は、敷地境界外においてよう素の年平均濃度が最大となる地点で行い、また、牛乳摂取による被ばく線量評価は、乳牛用牧場が実在する地点のうち、よう素の年平均濃度が最大となる地点で行う(<書証番号略>)、

③ 液体廃棄物中の放射性物質による内部全身被ばく線量の評価に当たっては、放射性物質の海水中の濃度について、実際はその放出後前面海域において拡散・希釈することによってその濃度は低くなるにもかかわらずその効果を無視し、復水器冷却水排水口における濃度を前面海域の濃度とし、そこに生息する海生生物を漁獲して、人が年間を通して摂取するものと仮定する(<書証番号略>)、

④ 液体廃棄物中のよう素に起因する甲状腺被ばく線量の評価に当たっては、右③と同様、拡散・希釈の効果を無視し、前面海域に生息する海生生物を漁獲して摂取するものと仮定する(<書証番号略>)、

⑤ 液体廃棄物の被ばく線量評価に当たっては、海生生物における放射性物質の濃縮を考慮し、濃縮の程度(濃縮係数)については、右「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針」(<書証番号略>)に定められている値を使用する

等厳しい条件のもとに算定している。

なお、先行原子力発電所における最近の放射性物質の放出量の測定実績によると、その放出量は、本件原子力発電所一号機の放出管理目標値、二号機の放出想定値より十分低いものである(<書証番号略>)。

以下、本件原子力発電所の放射性物質の放出管理について具体的に述べる。

二 気体廃棄物の放出管理

気体廃棄物は、排気筒を通して環境へ放出されるのであるが、右排気筒に設置した排気筒モニタ(<書証番号略>)により放射性物質の放出量を連続して測定・監視している(高木秀夫調書一・二五丁表、三二丁表)。

三 液体廃棄物の放出管理

液体廃棄物は、液体廃棄物処理系排水管を通して復水器冷却水排水路に放出されるのであるが、放出の都度サンプルタンクに貯留し、右タンク内に含まれる放射性核種ごとの濃度及びタンク内液量を測定し、右の濃度と液量から、タンク内の放射性物質の量を求め、これを放出しても放出管理目標値を超えないことを確認したのち放出している(高木秀夫調書一・二九丁表)。なお、右の方法により放出管理は十分なされているのであるが、さらに念のため、液体廃棄物処理系排水管に設けた液体廃棄物処理系排水モニタにより、液体廃棄物中の放射性物質の濃度を連続して測定・監視している。

四 原告らの主張の失当性

(一) 被ばく評価における粒子状物質等の無視について

原告らは、気体廃棄物中に含まれるコバルト六〇、セシウム一三七等の粒子状放射性物質の体内被ばくをまったく評価しておらず、これを正当に評価すれば評価値は増大する旨主張している(平成元年六月三〇日付訴の変更申立書六丁表裏)。

しかしながら、これまでの先行原子力発電所の運転実績や放射線等に関する調査、研究により、粒子状物質については、冷却水中に出現しても気体中に移行するものは極く微量であり、さらに、気体中に移行したものについてもこれをろ過するフィルタ等の設備によって容易に除去できるため、気体廃棄物として環境に放出される粒子状物質の量は希ガスの一〇万分の一程度と極めて微量であり(<書証番号略>)、かつ全身被ばくへの寄与も非常に小さいこと(<書証番号略>)から、これらによる周辺公衆の被ばく線量は無視できる程度に小さいものである。

なお、原告らは、気体廃棄物及び液体廃棄物中に含まれている放射性物質について、粒子状物質のほかにも、本来考慮すべき重要な核種を意図的に抜け落とさせたり、あるいは当初から考慮しないというような甚だしいゴマカシを行っている旨主張している(原告準備書面八・七〇頁〜七三頁、八〇頁〜八一頁)が、原告らが考慮すべきとしている核種は、いずれも、その冷却水への出現量が極めて微量であることあるいは半減期が極めて短いこと等から、これらによる周辺公衆の被ばく線量は無視できる程度に小さいものである。

(二) 被ばく評価におけるトリチウムの過小評価について

原告らは「被告の評価によれば年間一〇〇キュリーのトリチウムが放出されることとなるが、被告はこれによる全身被ばくを極めて低く評価している」と主張している(平成元年六月三〇日付訴の変更申立書七丁表)。

しかしながら、被告会社は、被ばく評価に当たって、本件原子力発電所から放出されるトリチウムの量はこれまでの先行原子力発電所の運転実績等からそれぞれ年間一〇〇キュリーと評価したうえ、これによる周辺公衆への全身被ばく線量は、トリチウム以外の放射性液体廃棄物を含めて0.04ミリレムであると評価しているのである(<書証番号略>)。トリチウムによる全身被ばくを過小評価しているとの原告らの右主張はトリチウムが海産物中に濃縮されず(<書証番号略>)、かつ、放出する放射線(ベータ線)のエネルギーも最大エネルギー0.18MeV(注八の五)と小さいこと(<書証番号略>)を無視し、単に漠然とトリチウムが遺伝的影響を生じさせるというものであり、根拠がないものといわざるを得ない。

なお、本件原子力発電所一号機の放射性液体廃棄物中のトリチウムの年度放出実績は、運転開始から一九九一年度までの間で、一九八八年度の1.1×1011ベクレル(2.9キュリー)が最大であるが、これは、本件原子力発電所一号機の平常運転時の被ばく線量評価に用いたトリチウムの年間放出量一〇〇キュリー(<書証番号略>参照)を二桁も下回るものである(<書証番号略>)。

(三) 人工放射能と自然放射能の相違について

原告らは、人工放射能は自然放射能と異なり生物体に重要な悪影響を及ぼす旨主張している(原告準備書面四・一三頁〜一五頁、同準備書面一九・一四八頁)。

しかしながら、自然の放射性物質でも人工の放射性物質でも生体に濃縮される度合いの高いものも低いものもあり、自然か人工かに限ったものではなく(<書証番号略>)、自然放射性物質と人工放射性物質との違いは、単にその起源の違いだけであって、片方が危険で、片方がそうでないというような単純な区分はできないのであり(<書証番号略>)、原告らの主張は理由がない。

なお、原告らは人工放射性物質では生体に濃縮される度合いの高いものが多いと主張しているが、被告会社は平常運転時に放出される放射性物質被ばく線量評価に当たっては、本件原子力発電所から放出される液体廃棄物に含まれる放射性物質が海産物において濃縮されることを考慮し、その濃縮の程度(濃縮係数)については、「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針」に定められている値(<書証番号略>)を使用しているのである。

五 原告ら申請証人の証言に対する意見

1 液体廃棄物中の放射性物質の測定精度について

槌田証人は本件原子力発電所一号機においはトリチウムを除く放射性液体廃棄物について放出管理目標値の年間0.1キュリーは測定できず、五〇〇キュリー放出されてもわからない旨の証言をしている(槌田調書二・一二丁裏〜一四丁表)。

本件原子力発電所においては、例えばランドリドレンを海洋に放出する場合、放出前にタンクに集め、放射能濃度を測定する。また、一回当たりの放出量も監視できるようになっているので、放射能濃度と放出量から放出一回当たりの液体廃棄物中に含まれる放射性物質の量を把握し、年間の液体廃棄物の放出管理目標値0.1キュリーを超えないようにしているのである。

ところで、液体廃棄物の推定環境放出量は床ドレン・ランドリドレンを合わせて五千立法米となり(<書証番号略>)、これと検出限界濃度5.4×10-13キュリー/cm3(高木秀夫調書一・三六丁裏、<書証番号略>)と年間の推定環境放出量五千立法米を掛け合わせると0.0027キュリーとなり、これより大きな放射能は測定可能であるのであり、槌田証人の右証言は誤りである(高木秀夫調書一・三六丁裏〜三七丁表)。

第三 本件原子力発電所一号機の放射性廃棄物の放出実積

本件原子力発電所一号機の放射性廃棄物の放出実積は以下のとおりである。

一 放射性気体廃棄物の放出実績

(一) 放射性希ガスの年度放出実績

本件原子力発電所一号機の放射性気体廃棄物中の放射性希ガスの年度放出実績は、運転開始以降一九九一年度までいずれもND(検出限界以下<書証番号略>)である(<書証番号略>)。

なお、仮に検出限界ぎりぎりのところで、希ガスの放出が一年間続いたと仮定すると、その放出量は放出管理目標値の約二〇分の一の値になり、その周辺公衆の被ばく線量は約0.03ミリレム/年となる(高木秀夫調書一・三四丁表裏)。

(二) よう素一三一の年度放出実績

ア 本件原子力発電所一号機の放射性気体廃棄物中のよう素一三一の年度放出実績は、運転開始以降一九九一年度までの間の一九八六年度、一九八八年度を除き、いずれもNDである(<書証番号略>)。

イ 一九八六年度に、よう素一三一の放出が検出されたのは、ソ連のチェルノブイル事故の影響が認められたためであり(<書証番号略>)、本件原子力発電所一号機に起因するものではない。なお、その検出されたよう素一三一の値も1.5×107ベクレルであり、年間放出管理目標値8.5×1010ベクレル(<書証番号略>)と比較すると十分低いものである(<書証番号略>)。

ウ 一九八八年度に、よう素一三一の放出が検出されたが、その放出量は、3.7×105ベクレルであり(<書証番号略>)、年間放出管理目標値8.5×1010ベクレル(<書証番号略>)を五桁も下回るものである。

二 放射性液体廃棄物の放出実績

(一) 放射性液体廃棄物中のトリチウムを除く放射性物質の年度放出実績

本件原子力発電所一号機の放射性液体廃棄物中のトリチウムを除く放射性物質の年度放出実績は、運転開始以降一九九一年度までいずれもNDである(<書証番号略>)。

(二) 放射性液体廃棄物中のトリチウムの年度放出実績

本件原子力発電所一号機の放射性液体廃棄物中のトリチウムの年度放出実績は、運転開始以降一九九一年度までの間で、一九八八年度の1.1×1011ベクレル(2.9キュリー)が最大であるが、これは、本件原子力発電所一号機の平常運転時の被ばく線量評価に用いたトリチウムの年間放出量一〇〇キュリー(<書証番号略>参照)を二桁も下回るものである(<書証番号略>)。

三 結論

したがって、本件原子力発電所一号機の放射性廃棄物の放出実績は放出管理目標値を十分下回るものであり、右放出実績に基づく放出性物質の放出による周辺公衆の放射線被ばくの評価値は、放出管理目標値に基づく放射性物質の放出による周辺公衆の放射線被ばくの評価値を十分下回り、右の放出による周辺公衆の放射線による影響は無視できる程度のものである。

さらに、これまでの実績等から、今後も二号機を含め放射性物質の放出量は放出管理目標値を十分下回るものであり、右放出による周辺公衆への被ばくの影響は無視できる程度のものとなるということができる(高木秀夫調書一・三七丁裏)。

第四 周辺環境における放射線量等の測定・監視

被告会社は前記第二のとおり、本件原子力発電所の平常運転に伴い環境へ放出される放射性物質の放出管理を行っており、本件原子力発電所から放出される放射性物質の量は十分小さいことを確認しているが、さらに、周辺環境における放射線量等に異常がないこと等の確認のため、周辺監視区域境界付近では被告会社が、周辺監視区域外では被告会社と地方自治体が共同で、それぞれ空間ガンマ線量等の測定・監視を以下のとおり行っている。

これまでの右の測定結果で、本件原子力発電所に起因する放射性物質の環境への影響が認められたことはない(高木秀夫調書一・四〇丁表、<書証番号略>)。

なお、原告らは各地の原子力発電所周辺のモニタリング結果では、微粒子状の放射性物質が検出されているという主張をしているが、本件原子力発電所の周辺では検出されたことはない(高木秀夫調書一・四〇丁裏)。

また、原告らは各地の原子力発電所周辺での環境試料よりコバルト六〇が検出されたとするが、その量は、被ばくによる人体への影響を評価すると無視できる程度のものである(古川調書二・二六丁裏〜二七丁表)。

一 被告会社が独自に行う測定・監視

被告会社は、周辺監視区域境界付近の空間ガンマ線線量率を把握するため、右境界付近の六カ所にモニタリングポストを設置している。右モニタリングポストにおいては、Nal(T l)シンチレーション検出器(注八の六)により空間ガンマ線線量率を連続測定し(<書証番号略>、高木秀夫調書一・四〇丁表)、その結果は中央制御室の監視盤に表示され、記録装置に記録されている(<書証番号略>)。

また、周辺監視区域境界付近の空間ガンマ線の積算線量を把握するため、右境界付近の十数カ所にモニタリングポイントを設置している(<書証番号略>)。右モニタリングポイントにおいては、熱ルミネッセンス線量計(熱螢光線量計)(注八の七)により空間ガンマ線の積算線量を継続的に測定している。

さらに、環境中の放射性物質の濃度に異常がないことを確認するため、周辺監視区域境界付近及びその周辺における海水、海底土、海洋生物、土壤、陸上植物等の環境試料を定期的に採取し、右環境試料中に含まれる放射性物質の濃度をゲルマニウム半導体検出器(注八の八)等を用いて測定している(<書証番号略>)。

二 地方自治体と分担して行う測定・監視

被告会社では、右に加え、宮城県、女川町及び牡鹿町の各地方自治体と共に本件原子力発電所周辺地域全体の環境放射能の測定・監視等を行っており、その結果については、宮城県が原則として三カ月に一回公表しているが(高木秀夫調書一・三九丁表裏)、右測定・監視の主なものを述べれば次のとおりである。

被告会社及び地方自治体は、本件原子力発電所の平常運転に伴う周辺公衆の外部被ばく線量の評価をするため及び周辺環境における空間ガンマ線量等の変動を検知するため、人の居住状況、発電所からの距離等を考慮したうえで、一〇カ所にモニタリングステーションを、二一カ所にモニタリングポイントを設置している(<書証番号略>)。

右モニタリングステーションにおいては、Nal(T l)シンチレーション検出器による空間ガンマ線線量率(<書証番号略>)、熱ルミネッセンス線量計による空間ガンマ線の積算線量(<書証番号略>)、浮遊塵に含まれる放射性核種ごとの濃度、その他の測定を常時行っている(<書証番号略>)。

なお、右モニタリングステーションにおける空間ガンマ線線量率の測定結果は、宮城県原子力センターに伝送され、連続監視されている。

また、右モニタリングポイントにおいては、熱ルミネッセンス線量計により空間ガンマ線の積算線量を継続的に測定している(<書証番号略>)。

さらに、周辺公衆の内部被ばく線量の評価及び環境中の放射性核種ごとの濃度の推移を把握するため、周辺環境における農水産物、陸水等の環境試料(表八―一及び図八―三参照)を定期的に採取し、右の環境試料に含まれる放射性核種ごとの濃度をゲルマニウム半導体検出器等を用いて測定している(<書証番号略>)。

なお、宮城県、女川町及び牡鹿町の三者は、「女川原子力発電所周辺の安全確保に関する協定書」に基づき、「女川原子力発電所環境調査測定技術会」及び「女川原子力発電所環境保全監視協議会」を設置しているが、右測定結果は三カ月毎に右技術会で評価され、右監視協議会の確認を得た後、宮城県から公表されている(高木秀夫調書一・三九丁裏、<書証番号略>)ほか、宮城県発行の広報誌「原子力だよりみやぎ」に掲載され、広く周知されている。

三 原告らの主張の失当性

(一) ベータ線を放出する放射性物質の測定について

原告らは、シンチレーション検出器や熱ルミネッセンス線量計は、空間ガンマ線量しか測定できず、被告会社が内部被ばくに重要な影響を与えるベータ線の測定を行っていないかのように主張しているが(原告準備書面八・九四頁)、右に述べた環境試料に含まれるベータ線を放出するストロンチウム・トリチウム等放射性核種ごとの濃度の測定を行っているので(<書証番号略>)、原告らの主張は失当である。

(二) 環境試料の採取回数について

原告らは、敦賀発電所放射能漏洩事象の事例を挙げ、「被告東北電力及び宮城県のホンダワラのモニタリング回数は年四回とされていることから、仮に女川原発において同様な事態が生じた場合でも、被告及び宮城県は汚染を発見することができないことが十分に予想される」と主張している(原告準備書面八・九五頁)。

しかしながら、本件原子力発電所では表八―一及び図八―三に示されているように、環境試料中の指標海産物(注八の九)のアラメ・ムラサキイガイの採取を、同一地点において二カ月に一回以上の割合で継続して行っているのであって、放射性核種ごとの濃度の推移を十分に把握できるのである。

なお、前記第七章、第六、二、(三)、2のとおり本件原子力発電所においては放射性廃液の一般排水路への漏入という敦賀発電所放射能漏洩事象と同様の事象が発生するおそれはなく、本件原子力発電所では液体廃棄物については前記第二、三のとおり放出の都度サンプルタンクに貯留し、右タンク内に含まれる放射性核種ごとの濃度及びタンク内液量を測定しているばかりでなく(高木秀夫調書一・二九丁表)、さらに念のため、液体廃棄物処理系排水管に設けた液体廃棄物処理系排水モニタにより、液体廃棄物中の放射性物質の放出量を連続して測定・監視しているので、液体廃棄物中の放射性物質の放出量は十分把握できるのであって、そもそも敦賀発電所放射能漏洩事象の事例を本件原子力発電所にあてはめるのは誤りである。

また、敦賀発電所放射能漏洩事象で環境に放出された放射性物質の量は、その環境放射線のモニタリング結果で、「仮定として、漏洩放射能の影響が検知された指標海産生物のホンダワラ及びムラサキイガイを毎日食べ続けるとして、放射能実測値に基づき、年間の被ばく線量を計算した場合でも、その量は、許容被ばく線量年間0.5レムの約一万分の一以下となり、安全上、全く問題となるのではな」かった(<書証番号略>)と評価される程度の放射能の漏洩であったため、原告らの指摘のような事実が発生したのであって、これをもって原子力発電所周辺環境における放射線量等の測定・監視の有効性が否定されたわけではない。

(三) ムラサキツユクサついて

原告は、ムラサキツユクサこそが原子力発電所から放出される放射性物質に対する最良のモニタリング機器である旨主張し(原告準備書面八・九六頁〜九七頁)、市川証人も右主張に沿う証言をしている(市川調書二・二四丁裏〜二六丁表)。

しかしながら、原告らの右主張は、いずれも以下に述べるとおり失当といわざるを得ない。

ア 市川定夫らによれば、ムラサキツユクサの実験によって一レム以下の低線量の領域まで比例関係が成り立つと結論しているが、ムラサキツユクサは放射線に特に敏感な植物であるうえ、放射線以外の環境中にある化学物質や温度、湿度などにも敏感なので、これらの影響を排除しなければ実験の意味がなく(<書証番号略>)、中部電力株式会社浜岡原子力発電所周辺において、市川定夫らが観察したとするムラサキツユクサの突然変異率の変動は原子力発電所から放出された放射性物質に結びつけることはできないとされている(<書証番号略>)。

イ 東京大学農学部教授山口彦之らが、財団法人原子力安全研究協会が行った原子力発電所周辺の野外に植えたムラサキツユクサKU―七株の雄しべ毛の突然変異率の測定実験及び放射線、気温、大気汚染物質等の環境因子の物理的測定の結果に基づいて、突然変異率の変動と各種環境因子との関連性について検討し、また、東京大学医学部教授大橋靖雄が、右データを統計的に検討した結果においても、

① ムラサキツユクサの雄しべ毛の色に関する突然変異事象率は、気温、湿度、日照、自動車の排気ガス、農薬等の環境条件のささいな変動によって、顕著な変動が認められたこと(<書証番号略>)、

② 原子力発電所放出放射性核種における栽培地点における一日当たりの最大照射線量、放射能濃度は、ムラサキツユクサの突然変異倍加線量(または、相当する放射能)の一〇〇〇分の一乃至一〇〇〇万分の一程度であること(<書証番号略>)

から、ムラサキツユクサを原子力発電所からの放出放射性物質のモニタとして利用することが不可能であると判断されており(<書証番号略>)、また、ムラサキツユクサ突然変異事象率と、現在の放出規制を守っている原子力発電所の大気中放出放射性物質との関連性を示す統計的に有意な証拠は見いだせなかったため、<書証番号略>の物理測定結果と合わせ、ムラサキツユクサによる現状レベルの放出放射性物質モニタリングの可能性が否定されている(<書証番号略>)。

したがって、ムラサキツユクサは、原子力発電所から放出される放射性物質に対するモニタリング機器の機能を果たすことはできないものである。

なお、放射線量(外部照射)及び放射能汚染(放射性物質であるよう素一三一の濃度)に対する検出感度並びに信頼度に関しては放射線測定の物理的測定器の方がムラサキツユクサの突然変異の観察よりもはるかにすぐれていること(<書証番号略>)が知られている。

四 原告らの申請証人の証言に対する意見

(一) 原子力発電所周辺での松葉試料の放射性測定等について

原子力発電所周辺での松葉試料の放射能測定について、古川証人は種々の証言をしている。

しかしながら、古川証人の証言した原子力発電所周辺での松葉試料の放射能測定については、

① 松葉試料が同一条件のもとに採取されていない(古川調書二・二一丁表裏、)、

② 微量核種を測定し比較する際の測定対象条件を同一にしていない(古川調書二・二二丁表裏)、

③ 天然放射性核種であるカリウム四〇の松葉試料中の含有量は、地域的にほぼ一定の範囲内にあるが、古川証人の測定したカリウム四〇の含有量(<書証番号略>)が、同一地域で水戸らが測定したとされている値(<書証番号略>)より過大になっているのは、松葉が保存中に乾燥したためであり、このことから、松葉試料中のコバルト六〇の含有量も過大評価されている(古川調書二・二四丁表)

等試料採取方法や測定方法に問題があるのであり、これをもって、原子力発電所周辺での松葉試料に微量の放射性物質が検出されたということはできない。

なお、<書証番号略>は、コバルト六〇の一本のガンマ線のエネルギーピークのみ測定されたときは、コバルト六〇が検出されたとしているが、古川証人はエネルギーピーク一本のみ測定されたときは、コバルト六〇が検出されたとはしないことを証言しており(古川調書二・二五丁裏)、<書証番号略>が信用するに足りないことは、右証言によって明らかである。

また、古川証人はチェルノブイル事故の影響がモニタリングステーション測定値に顕著に現われていない旨の証言をしている(古川調書一・五八丁表〜六〇丁裏)が、右線量率がチェルノブイル事故で顕著に上昇しなかったのは、事故の影響が自然放射線の変動幅の範囲の中に入っていたためであって(古川調書二・三〇丁表参照)、モニタリングステーション測定器の精度に問題があるわけではない。

第五 従事者被ばく

原告らは、下請け労働者は地元で採用されることが多く、平均被ばく線量の増加は労働者個人のがん発生率を上昇させるとともに、原告らを含む地元住民全体に対して大きな遺伝的危険性を及ぼす等従事者の被ばくの危険性について主張している(訴状六七頁、原告準備書面八・五〇頁〜六二頁、同準備書面一九・一五三頁〜一五四頁)。

しかしながら、従事者被ばくについては、原告ら自身本件原子力発電所で作業に従事しているものではなく、従事者の被ばくによって原告らが具体的にどのような被害をうけるのか明らかでない。したがって、従事者被ばくは本件差止を求める理由にはなり得ない。

ちなみに、至近の一九九〇年度、一九九一年度において、いずれも本件原子力発電所一号機の放射線業務従事者の年間の線量当量実績は、いずれも一〇ミリシーベルト以下であり、大多数の従事者の年間の実績は、五ミリシーベルト以下であるので(<書証番号略>)、本件原子力発電所一号機従事者の被ばく線量は十分低いということができる。

結語

以上のとおり、第一章乃至第八章において詳論したところからすれば、原告らの本件請求は不適法でありかついずれも理由がないから、却下または棄却を免れ得ないものである。

―第五章関係―

(注五の一) レントゲン、ラド、レム、キュリー、グレイ、シーベルト、ベクレルについて

レントゲン(R)とは、ガンマ線及びエックス線の照射線量を表わす単位で、エックス線、ガンマ線のような電磁波が空気に照射されることにより空気が電離され、空気一cm3当たり一静電単位の正負の電荷が生ずるとき、その照射された放射線量を一レントゲンという。

ラド(rad)とは、放射線のもつエネルギーが、物質に吸収された量(吸収線量という)を表わす単位で、一レントゲンの放射線が人体の軟組織にあたると、約一ラド吸収される。

レム(rem)とは、放射線の人体に対する影響を表わす放射線量の単位(線量当量という)である。放射線の人体に与える影響は放射線の種類やエネルギーによって異なり、アルファ線や中性子線を被ばくしたときは、ガンマ線の場合より人体への影響は数倍も大きい。このようなことから、放射線防護の目的で被ばくの影響をすべての放射線に対して共通の尺度で評価するために用いる単位である。人が一レントゲンのガンマ線を被ばくしたとき、その人に及ぼす影響は約一レムである。そして、一レムの一〇〇〇分の一が一ミリレムである。

キュリー(Ci)とは、放射性物質の崩壊率(放射能という)を表わす単位で、一秒あたりの壊変数が3.7×1010である放射能を一キュリーとしている。

グレイ(Gy)とは、放射線のもつエネルギーが、物質に吸収された量(吸収線量という)を表わす単位であり、シーベルト(Sv)とは、放射線の人体に対する影響を表わす放射線量の単位(線量当量という)である。また、ベクレル(Bq)とは、放射性物質の崩壊率(放射能という)を表わす単位である。

なお、放射線障害防止法等諸法令が改正され、平成元年四月一日から右法令が施行されているが、それ以前は右グレイに相当する単位としてラドが、右シーベルトに相当する単位としてレムが、また、右ベクレルに相当する単位としてキュリーが用いられていた。

これらの単位について、新しい単位と従来の単位との関係を示す(<書証番号略>)。

吸収線量

線量当量

放射能

新単位

グレイ

(Gy)

シーベルト

(Sv)

ベクレル

(Bq)

従来の単位

ラド

(rad)

レム

(rem)

キュリー

(Ci)

換算

1 rad

=0.01Gy

1 rem

=0.01Sv

1 Ci

=3.7×1010Bq

(注五の二)BKG単位について

BKG単位とは、この調査において、年間一〇〇ミリレントゲンを示すものとして用いられている単位である。

(注五の三)周辺監視区域について

周辺監視区域とは、その外側のいかなる場所においても、その場所における被ばく放射線量が実行線量当量限度(一年間につき一ミリシーベルト<0.1レム>)を超えるおそれのない区域であり、その区域内においては、人の居住を禁止し、かつ、業務上立ち入る者以外の立ち入りを制限する区域である。「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和五三年通商産業省令第七七号)」(以下「実用炉規則」という)第一条第二項第六号、第八条第三号参照。

(注五の四)放射線審議会について

我が国の放射線障害の防止に関する専門家によって構成され、放射線障害防止について日本で最も権威ある機関で、放射線障害に関する事項を調査審議し、関係行政機関の長の諮問に答申等を行っている。「放射線障害防止の技術的基準に関する法律(昭和三三年法律第一六二号)」第四条参照。

(注五の五)ALAPの考え方について

いわゆるALAPの考え方とは、「すべての線量を実行可能なかぎり低く保ち不必要な被ばくをすべて避けること」から放射線被ばく線量を「容易に達成できる限り低く」すべきであるとの放射線防護上の考え方をいう。ALAPはas low as practicable(実行可能な限り低く)の略語で、ICRPの一九五八年の勧告で用いられた表現であり、その後のICRPの一九六五年の勧告では「経済的及び社会的な考慮を計算に入れたうえ、すべての線量を容易に達成できる限り低く保つべきであること」(as low as readily achiev-able略してALARA)との表現が用いられている。また、一九七七年には、「経済的及び社会的な要因を考慮に入れながら、合理的に達成できる限り低く保たなければならないこと」というように表現を変更している。ICRP勧告は右のようにALAPの考え方に関する表現を変えてきたが、基本的な考え方は同じであり(<書証番号略>)、かつ、ALAPという略語が普及しているので、右一九六五年勧告後も、「ALAPの精神」等というように、略語としては「ALAP」が用いられることが多い。

(注五の六)放射性希ガスについて

希ガスとは、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン及びラドンの六元素の総称であって、他の元素と化合しにくいという特徴を有し、通常は気体である。なお、希ガスのうちウランの核分裂反応によって生成するのは、主としてクリプトンとキセノンである。そして、希ガスのうち、放射能を有するものを放射性希ガスという。

(注五の七)放射性よう素について

よう素は、通常は固体として存在するが、揮発しやすくまた他の元素と化合しやすい性質を有するので、環境条件によっては液体または気体の状態となることもある。よう素は海藻等の一部の生物に濃縮され、また、呼吸や飲食物の摂取により人体に取り込まれると甲状腺に集まる特性を有する。そして、よう素のうち、放射能を有するものを放射性よう素という。

表5―1

急性全身照射のさい現れる放射線傷害の症状、治療および予後のまとめ

線量の範囲

0―100rad

100―1,000rad治療範囲

(有効な治療ができる範囲)

1,000rad以上致死範囲

100―200rad

200―600rad

600―1,000rad

1,000―1,500rad

5,000rad以上

治療の必要性と

可能性

何も必要なし

臨床的観察

治療は効果あり

治療できる

可能性あり

姑息的治療

嘔吐の発現

なし

100rad:5%

200rad:50%

300rad:100%

100%

100%

悪心+嘔吐が

起こるまでの時間

3時間

2時間

1時間

30分

主な器官

なし

造血組繊

消化管

中枢神経系

特徴的徴候

中程度の

白血球減少

重い白血球減少、紫斑、出血、感染、300rad以上で脱毛

下痢、発熱、電解質平衡の失調

けいれん、振顫運動失調、嗜眠

被爆から最重症期までの期間

4―6週

5―14日

1―48時間

治療法

精神療法

精神療法、血液学的観察

輸血、

抗生物質

骨髄移植の可能性あり、白血球、血小板輸血

電解質平衡の

保持

対症療法

予後

きわめてよい

きわめてよい

要注意

要注意

不良

絶望的

回復の時期

数週

6―8週

1―12カ月

長びく

致死率

0

0

0―80%

80―100%

90―100%

死期

2か月

2か月

2週

2日

死因

出血―感染

小腸結腸炎

非可逆的循環系虚脱、

脳水腫

乙第205号証から作成

(注五の八)発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針について

「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針」は、平成元年三月二七日付で一部改訂され、線量目標値は

① 「放射性希ガスのガンマ線による全身被ばく線量の評価値及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被ばく線量の評価値の合計値について年間五ミリレム」、

② 「放射性よう素に起因する甲状腺被ばく線量の評価値について年間一五ミリレム」、

から

「施設周辺の公衆の受ける線量当量についての目標値を実効線量当量で年間五〇マイクロシーベルト(五ミリレム)とする。ただし、線量当量の評価においては、気体廃棄物については放射性希ガスからのガンマ線による外部被ばく及び放射性よう素の体内摂取による内部被ばくを、また、液体廃棄物中の放射性物質については、海産物を摂取することによる内部被ばくを実効線量当量で評価するものとする」

に見直された。

(注五の九)NCRPについて

NCRPは、National Council on Radiation Protection and Measure-ments「米国放射線防護測定審議会」の略称で、米国において、エックス線及びラジウムによる障害を防止するための勧告機関として設立された組織であり、その勧告は、米国内において放射線の許容量の設定等に関し重要な役割を果たしている<書証番号略>。

(注五の一〇)ICRPの放射線影響専門委員会について

ICRPに設けられた専門委員会の中のひとつであり、Comnittee 1 on Radiation Effects「放射線影響に関する専門委員会」と呼ばれている。この他に、補助限度、医学における防護、委員会の勧告の適用に関する三つの専門委員会が設置されている<書証番号略>。

(注五の一一)BEIR委員会について

BEIR委員会は、Comnittee on the Biological Effects of Ionizing Radiations「電離放射線の生物学的影響に関する委員会」の略称で、米国において、低線量電離放射線の人間に対する影響を評価するうえで必要な最新の情報をまとめるため、米国科学アカデミー・米国研究審議会が必要に応じて設置する委員会である<書証番号略>。

―第六章関係―

(注六の一)地質構造について

岩石や地層の立体的な分布や相互関係をいい、褶曲(注六の一五参照)・断層(注六の一四参照)等が含まれる。

(注六の二)朔望平均満潮位について

海水面(潮位)は、太陽や月による引力の影響などを受けて、絶えず上下方向に変動している。これらの影響のうち、最も影響の大きいのは一般に月の満ち欠けによる引力の影響とされている。

潮位は、一般に朔(新月)あるいは望(満月)から一〜二日後で最高を記録するが、各一カ月ごとの最高満潮位を平均した高さを朔望平均満潮位という。

(注六の三)基礎岩盤について

原子炉建屋等の主要な構造物の基礎を設置する岩盤をいい、通常、表土や表層の下位に広くかつ厚く分布している安定した岩盤が基礎岩盤として選ばれている。本件原子炉建屋の基礎岩盤は、中生代ジュラ紀(注六の一二参照)に属する砂岩及び頁岩である。

(注六の四)文献調査について

既存の文献等を検討し、調査地域内の地形・地質・地質構造等に関する知見を得る調査方法をいう。

(注六の五)空中写真判読について

飛行機等により空中から撮影した地表面の写真を立体的に観察することにより、地形・地質・地質構造等を判読する調査方法をいう。

(注六の六)地表地質調査について

文献調査や地形・リニアメント調査(注六の一七参照)の結果を基に、実際に河川や道路沿い等岩石が直接露出しているところ(露頭)を観察し、地質・地質構造等を明らかにする調査方法をいう。

(注六の七)ボーリング調査について

地盤についての岩種・岩質等の状況を観察するため、ボーリング孔と採取した岩石について、肉眼観察や種々の測定を行う調査方法をいう。

(注六の八)試掘坑調査について

岩盤を直接観察し、地質状況を詳細に確認するため、岩盤に横坑等を掘削して行う調査方法をいう。試掘坑内では、岩種・岩質・破砕帯等の状況を観察するほか、各種試験により岩盤の物理的・力学的な性質を求める。

(注六の九)トレンチ調査について

地表を溝状に掘削し、掘削された溝の両側面及び底面を観察することにより、断層の有無・性状・連続性、地層の分布状態等を把握する調査方法をいう。

(注六の一〇)電研式岩盤分類について

元電力中央研究所の田中治雄博士によって提案された岩盤分類であり、当初、ダム基礎岩盤について使用されていたが、その後、ダム以外の土木構造物の基礎岩盤の分類にも広く用いられるようになった。この岩盤分類は硬岩を対象としたものであって、主として、①ハンマーによる硬さ区分、②岩石を構成する鉱物の変質風化による区分、③割れ目の開口性・充填物による区分、の三要素の組み合わせにより区分されている。なお、岩盤を六段階に分類する電研式岩盤分類は、発電所等の電気工作物等を設置する際に一般的に用いられている(<書証番号略>)。

(注六の一一)載荷試験について

構造物を設置しようとしている岩盤が、どれくらいの荷重に耐える強さ(支持力)があるか等を調べる試験であって、左図の例に示すように、試掘坑内等で対象とする岩盤に直接試験装置を設置し、油圧ジャッキによって剛体板から荷重を岩盤に伝え、支持力等を求めるものである。

(注六の一二)中生代ジュラ紀等について

地質に関する年代(地質年代)は、生物の発生・分化を基に、左表<書証番号略>のように古生代、中生代及び新生代の三つに大きく区分されている。それぞれの「代」は、さらに「紀」、「世」と細かく分けられる。

(注六の一三)破砕帯について

岩盤の一部が何らかの力により破砕された結果、不規則な割れ目や砕けた岩石がある幅をもってある方向に帯状に連なっているものをいう。例えば、断層は、その規模に応じて破砕の幅や破砕の程度等は様々であるが、一般に破砕帯を伴う。

(注六の一四)断層について

一つの面を境にして、両側の岩盤が相対的に移動したものをいい、岩盤に力が強く働き、その岩盤が破壊された場合に生じる。なお、最近の知見では、地震は断層に沿って岩盤が急にくいちがいを起こす場合にも発生するとされている。このため、原子力発電所の建設に当たっては、敷地及びその周辺に存在する断層が、近い将来、急激なくいちがいを起こし地震を発生させる可能性をもつものかどうかを検討することが必要である。<編注・下右図>

(注六の一五)褶曲について

層状の構造をもつ地層が、波打つように変形した形態をいい、これをもたらす作業を褶曲運動という。<編注・下左図>

(注六の一六)岩質について

岩石を構成する鉱物の種類・粒子の大きさ・配列の状態・割目の状態・かたさ等肉眼程度で識別しうる岩石の性質及び特徴をいう。

(注六の一七)地形・リニアメント調査について

飛行機等により空中から撮影した地表面の写真を立体的に観察することにより、地形・地質・地質構造等を判読する調査方法をいう。

(注六の一八)音波深査について

音波深査とは海上において、船から音波を海底に向けて発射し、海底面及び海底下の地層面から反射してくるその音波を連続的に記録して、その記録から海底下の地質構造を解析する方法である。海底の侵蝕作用は陸上ほど激しくないので、断層・褶曲等の地質構造は海底地形として保存されやすいため、まず海底地形をよく調べ、さらに、音波探査記録からわかる堆積物や基盤の構造と照らし合わせることによって海底の各断層等を明らかにすることができる。

なお、海底地質構造調査に用いられるエアガン方式の連続音波探査装置は、海底地形と海底下約一秒あまり(堆積層の厚さにして一Km程度)の地質構造を記録できる(なお、<書証番号略>解説―一六図四・二参照)。

(注六の一九)堆積岩について

岩石の砕屑物・生物の遺体・火山噴火物等が、風・流水・氷・海洋等の作用により水中または陸上に堆積し、次第に固結して形成された岩石をいう。

(注六の二〇)変位地形について

断層によって地表面にくいちがったり、変形したりしている地形をいう。一般に、変移地形を伴う断層は、最近の地質年代において動いたものと考えられている。

(注六の二一)大島造山運動について

本件原子力発電所敷地を含む北上山地から牡鹿半島にかけて分布する地層のうち、古生代から中生代の白亜紀前期の半ばまでに形成された地層は強く褶曲作用を受け、それに伴って多くの断層が生じている。これに反し、これらの地層を覆うそれ以降に形成された地層は褶曲作用を受けておらず、緩やかに傾斜しているにすぎないことから、右地層が形成される前に著しい変動があったものとされている。この変動を大島造山運動といっている。

北上山地から牡鹿半島にかけての地域は、中生代末の大島造山運動以降、褶曲・断層を生じさせるような大きな変動はなく地質的に安定したとされている。

(注六の二二)リニアメントについて

谷や尾根等の地形が直線乃至はそれに近い状態になっている場合にその線状の地形をいい、空中写真判読等によって判定されるものである。

リニアメントは、断層活動によって生じるばかりでなく、軟質な岩盤が浸食されることによって生じることもあるので、断層であるか否か判読するに際して、その成因を地表地質調査等により調査する必要がある。

(注六の二三)断層内物質調査について

露頭または試掘坑の断層箇所において断層内物質(断層に伴う破砕帯内の組織・物質)の不攪乱または攪乱試料を採取し、不攪乱試料による断層組織の観察分析及び採取試料による断層内物質分析を行う。これらの分析結果は、地表地質調査、トレンチ調査などで得られている断層活動性に関する資料と総合的に検討し、活動時期判定のための資料とされる。

(注六の二四)牡鹿層群荻の浜層について

牡鹿層群とは、牡鹿半島を中心に分布する中生代ジュラ紀及び白亜紀前期の広範な地層群であって、それらの地層が最も典型的に分布している牡鹿半島の地名にちなんで命名されたものである。

荻の浜層とは、牡鹿層群を構成する地層のひとつで、石巻市荻ノ浜付近に最も典型的に分布していることから、その地名にちなんで命名されたものである。

(注六の二五)剛構造について

建物等は、外力を受けた場合、外力の大きさ・建物等の構造・材質等に応じて、曲がり・ねじれ等一定の変形を起こすが、剛構造とは、この変形の程度が相対的に小さい構造、すなわち、変形を起こし難い構造をいう。

(注六の二六)応力について

一般に、ある材料に対して外部の力(外力)が加えられると、その材料には外力に応じた変形と外力に対抗する力、すなわち、内力が生じるが、応力はこの内力の単位面積当たりの力をいう。

(注六の二七)設計用地震動について

地震動とは、地震によって地盤に生じる振動をいい、これは最大加速度や周期特性等によって特徴づけられる。

設計用地震動とは、耐震設計を行うに当たり、動的解析に用いる地震動をいう。原子炉建屋の耐震設計に際しては、右設計用地震動は、通常その基礎岩盤上において設定される。

(注六の二八)最大加速度について

地震によって地盤が振動する速度の単位時間当たりの変化の割合(加速度)のなかで最も大きな値をいう。この加速度は、センチメートル毎秒毎秒(cm/sec2)で表わされるが、ガリレオ・ガリレイにちなんで通常「ガル」といっている。

(注六の二九)過去の地震について

過去に発生した地震であり、これを耐震設計で考慮するのは、地震が同一地域においてほぼ同様の規模で繰り返し発生するという地震学の知見から評価するためである。

(注六の三〇)設計用最強地震について

設計用最強地震とは、歴史的資料から、過去において敷地またはその近傍に最も大きな影響を与えたと考えられる地震と、近い将来敷地に影響を与えるおそれのある活動性の高い活断層による地震のうち、最も影響の大きい地震をいう。ただし、地震には大きくいってガタガタ揺れる性質のものやユサユサ揺れる性質のものがあり、対象とする建物の固有周期(後出注六の三七参照)によっては影響度合いが異なるため、これを踏まえて複数の地震となる場合がある。

(注六の三一)地震地体構造について

地震は、その規模、震源の深さ、地震発生の機構及び地震発生頻度等に着目した場合、その発生の仕方に共通の性質をもっており、地震地体構造とは、右共通の性質をもったある拡がりをもつ一定の地域の地質構造をいう。

(注六の三二)設計用限界地震について

地震学的な見地からみて、設計用最強地震を超える地震の発生が完全には否定できない場合があることを考慮して、設計用最強地震を上回る地震として活動性がやや低い活断層による地震及び地震地体構造に基づいて想定される地震のうち最も影響の大きい地震をいう。これも右設計用最強地震と同様、複数となる場合がある。なお、これに加えて直下地震も考慮する。

(注六の三三)地震カタログについて

各地に残っている古文書の中には過去の地震による被害の状況が記述されているが、これらの古文書を収集し、被害の状況を整理、編集したものに各種の地震史料がある。一方、近年になって地震計を用いた機械観測体制が整備され観測データが集積されるようになった。このような地震史料や観測データを整理し、個々の地震について、そのマグニチュード(後出注六の三四参照)や震央(後出注六の三五参照)等を示した表が刊行されており、これを地震カタログという。

(注六の三四)マグニチュードについて

地震そのものの大きさを定量的に表わす尺度となるものであって、近年の地震については計器観測記録が求められ、古い地震については古文書に記された被害の状況等から推定されている。

(注六の三五)震央距離及び震源距離について

地震が発生した場所を震源といい、その真上の地表上の点を震央というが、地表上のある地点に着目した場合にその地点から震央までの距離を震央距離という。また、その地点から震源までの距離を震源距離といい、地表から震源までの深さを震源の深さという(下図参照)。<編注・左図>

(注六の三六)設計用模擬地震波について

模擬地震波とは、実際の地震動波形と似た性質を持つようにコンピューターで計算して作成した波形のことをいう。原子力発電所の耐震設計では、基準地震動の応答スペクトルに基づいて作成した設計用模擬地震波を用いて建屋の動的解析を行う。

(注六の三七)応答スペクトルについて

建物は必ず固有に振動する周期(固有周期)を持っており、この固有周期で振動させた時に最も大きく振動する。また、地震波はいろいろな周期の波が含まれている。したがって、入力する地震波は同じでも異なる固有周期を持つ建物では揺れる大きさ(応答)が異なる。この関係を図化したものが応答スペクトルであり、横軸に建物の周期、縦軸に建物の最大応答値(加速度等)を表示する。このように応答スペクトルは、入力する地震波の最大加速度等を表示したものではなく、入力する地震波によって建物が揺れた最大の加速度等の値を示すものである(左図参照)。<編注・下図>

なお、本件原子力発電所二号機の設置許可申請書に記載してある基準地震動の応答スペクトルは、この手法で表わされたものであり、縦軸は建物の最大速度としている(<書証番号略>)。

(注六の三八)地震の名称等について

本件原子力発電所一号機と二号機は、原子炉設置許可の申請時期が一〇年以上も違うことから、使用した地震カタログ(注六の三三)が同一ではなく、同一の地震でも最近の研究成果により地震の名称、諸元、(マグニチュード等)に差異が生じている(左表参照)。<編注・次頁表>

本準備書面における地震の名称は、本件原子力発電所二号機の設計用地震動を設定する際に用いた地震カタログ記載の名称を用いた。

(帆例)M:マグニチュード

号機

女川1号機申請書

女川2号機申請書

備考

地震

カタログ

理科年表 昭和45年版

宇佐美カタログ(1979)、

宇津カタログ(1982)等

地震

① 明治30年陸前東方沖地震

(M:7.8)

①' 明治30年仙台沖の地震

(M:7.4)

同一地震であり、名称、

規模が異なる

② 貞観11年陸奥地震

(M:8.6)

②' 貞観11年三陸沿岸の地震

(M:8.6)

同一地震であり、名称が異なる

③ 明治33年陸前北部地震

(M:7.3)

③' 明治33年宮城県北部の地震

(M:7.0)

同一地震であり、名称、

規模が異なる

(注) ③'の地震は、①'の地震と同じような周期特性を持つ地震として位置づけられ、①'の地震よりも発電所敷地に与える影響は小さいと評価されたため、女川2号機では設計用最強地震としては記載していない。

(注六の三九)金井式について

東京大学地震研究所教授金井清が提案した岩盤上(基盤)における地震動の最大加速度、震源距離及びマグニチュードの関係を表わす実験式である。震源距離及びマグニチュードがわかれば、この式を用いて、ある地点での地震動の最大加速度を推定することができる。

(注六の四〇)河角マップについて

東京大学地震研究所教授河角広が発表した日本全国の地震危険度の分布図で、五九九年乃至一九四九年の間に我が国及びその周辺に発生した三四三個の地震の震央位置とマグニチュードを用い、日本全国を経度、緯度とも各0.5度ごとに区切って得られる網目点のそれぞれに対して、七五年間、一〇〇年間、二〇〇年間に少なくとも一回予想される地震動を求め、右地震動を地図上に等高線のような形で表わしたものである。なお、地震動の強さは、岩盤ではない沖積層(東京下町の地盤)と洪積層(東京山の手の地盤)の中間程度の地盤の地表面における地震時の揺れの最大加速度で表わされている。

(注六の四一)基盤最大速度期待値について

金井式(注六の三九参照)を提案した東京大学地震研究所教授金井清が発表したもので、日本付近の主な被害地震のマグニチュードと震源距離から、岩盤における地震動の速度に関する実験式を用いて、七五年間、一〇〇年間、二〇〇年間に少なくとも一回予想される岩盤上(基盤)における地震動の最大速度(cm/sec)を地図上に表わしたものである(左図参照)。

(注六の四二)基盤速度分布図について

通商産業省原子力安全基準委員会が、昭和三六年四月に公表した原子力発電所安全基準第一次報告書に、当時、同委員会地震対策小委員会委員であった大築志夫が発表したもので、過去の大地震のマグニチュードと震源距離から、岩盤上(基盤)における地震動の速度に関する実験式を用いて、岩盤上(基盤)における地震動の最大速度(cm/sec)の期待値を地図上に表わしたものである(左図参照)。

(注六の四三)気象庁震度階級について

我が国で使われている震度階で、ある場所の地震動の強さは人体感覚、物体や建物に対する影響の大小等によって震度を0(無感)からⅧ(激震)までの八階級に分けて表示したものである(左表参照)。

気象庁震度階級(1949年)

震度

説明

0

無感。人体に感じないで地震計に記録される程度。 (0.8ガル未満)

微震。静止している人や,とくに地震に注意深い人に感じる程度の地震動。 (0.8~2.5ガル)

軽震。大勢の人に感じる程度のもので,戸や障子がわずかに動くのがわかる程度の地震動。 (2.5~8.0ガル)

弱震。家屋が揺れ,戸や障子がガタガタと鳴動し,電灯のような吊り下げ物は相当揺れ,器内の水面の動くのがわかる程度の地震動。 (8.0~25ガル)

中震。家屋の動揺がはげしく,すわりのわるい花びんなどはたおれ,器内の水はあふれ出る。

また,歩いてる人にも感じられ,多くの人が戸外に飛び出す程度の地震動。 (25~80ガル)

強震。壁に割れ目がはいり,墓石・石どうろうがたおれたり,煙突・石垣などが破損する程度の地震動。 (80~250ガル)

烈震。家具の倒壊は30%以下で,山崩れがおき,地割れが生じ,多くの人が立っていられない程度の地震動。 (250~400ガル)

激震。家屋の倒壊が30%以上に及び,山崩れ・地割れ・断層などを生じる。 (400ガル以上)

―第七章関係―

(注七の一) 加速試験片について

一般に、加速試験は、長時間の試験に相当する効果を短時間に得られる試験方法をいう。

原子力発電所においては、原子炉容器の中性子照射による脆化を評価するため、原子炉内に装てんしている試験片は、通常原子炉壁に取り付けられるのに対し、加速試験片は、原子炉壁よりも燃料に近づけた位置に取り付けられたものである。加速試験片は、何十年分の運転にも相当する中性子の照射の効果を短時間に試験することができる。

(注七の二) 引張応力、残留応力について

一般に、ある材料に対して外部から力(外力)が加えられると、その材料には外力に応じた変形と外力に対抗する力、すなわち内力が生じるが、応力とは、この内力の単位面積当たりの力をいう。そして、外力が引張力の場合に材料に生じる応力を引張応力といい、逆に外力が圧縮力の場合に材料に生じる応力を圧縮応力という。

また、残留応力とは、外力が除去されても材料に変形が残ったような場合において、その変形の程度に応じて材料内部に残される応力をいい、たとえば、成型加工や溶接を行った際に生じるが、当該部分に適切な熱処理を施すことによって十分に軽減することができる。

(注七の三) 液体浸透探傷検査について

液体浸透探傷検査とは、測定物の表面のきずを検出する探傷方法の一つである。

具体的には、まず、測定物の表面に浸透液を塗布してきずの部分に十分浸透液を浸み込ませた後、余分な浸透液を除去する。さらに、これに現像液を散布し、きずの部分に入った浸透液が見えるようにして、これを目視観察して表面のきずを検出する。

(注七の四) 低ひずみ速度破壊について

ある材料に外部から力が加えられると、外力に応じた変形、すなわちひずみを生じる。単位時間当たりのひずみの増分をひずみ速度という。低ひずみ速度破壊とは、高温水環境中及び低ひずみ速度負荷条件の下で、かつ、材料固有の破壊靭性値以下の場合に、高温水環境の助長によりき裂が安定に進展する現象をいう。

表7―1 ウラン同位元素

陽子の数

(原子番号)

中性子の数

陽子と中性子の和

(質量数)

表記法 (注)

天然ウラン中に

存在する比率

ウラン二三四

九二

一四二

二三四

0.01%

ウラン二三五

九二

一四三

二三五

0.72%

ウラン二三八

九二

一四六

二三八

99.27%

(注)  ……Uはウラン元素の記号で、この記号の左下の92は原子番号、左上の234は質量数である。

表7―2 原子炉の型式と構成要素

原子炉の種類

燃料

減速材

冷却材

軽水炉

沸騰水型

(BWR)

濃縮ウラン

軽水

軽水

加圧水型

(PWR)

濃縮ウラン

軽水

軽水

ガス炉

ガス冷却炉

(GCR)

天然ウラン

黒鉛

炭酸ガス

高温ガス炉

(HTGR)

濃縮ウラン

トリウム

黒鉛

ヘリウム

重水炉

軽水冷却型

濃縮ウラン

天然ウラン

プルトニウム

重水

軽水

重水冷却型

天然ウラン

重水

重水

高速増殖炉

(FBR)

濃縮ウラン

プルトニウム

なし

ナトリウム

ナトリウム・

カリウム合金

―第八章関係―

(注八の一) ベローズ弁について

弁の軸を覆うベローズ(蛇腹)の一端の円周部を弁の軸に、他端の円周部を弁ケーシングにそれぞれ溶接することにより、弁の軸封部から蒸気または冷却水が外部に漏れ出るのを防止する構造になっている弁をいう。

(注八の二) リークオフコネクション付弁について

パッキンを弁の軸封部の上部と下部に設置し、その間に配管を設け、この間に溜まった蒸気または冷却水を復水器または機器ドレンサンプに導くことにより、弁の軸封部から外部に漏れ出るのを防止する構造になっている弁をいう。

(注八の三) クラッド除去装置について

原子炉の冷却水中に含まれる鉄さび等の不溶解性固形分を、一般にクラッドという。クラッド除去装置とは、機器ドレン廃液中のクラッドを遠心分離法等により除去する装置をいう。

(注八の四) 一五種類の希ガスについて

被ばく線量評価において、評価すべき核分裂生成物たる希ガスは、クリプトン八三m、八五、八五m、八七、八八、八九、九〇及びキセノン一三一m、一三三、一三三m、一三五、一三五m、一三七、一三八、一三九である。また、単に希ガスという場合には、この一五種類の放射性核種を総称するものである。

(注八の五) MeVについて

eV(電子ボルト・electron volt)とは、単位電荷(一つの電子のもつ電荷)をもつ任意の荷電粒子が一Vの電位差のあるところを抵抗なしに通過したときに得るエネルギーを表わす単位であり、一MeVは、106eVである。例えば、コバルト六〇は、最大エネルギー1.48MeVのベータ線と1.17MeV及び1.33MeVのガンマ線を放出し、また、マンガン五四は、0.83MeVのガンマ線を放出するが、ベータ線は放出しない(<書証番号略>)。

(注八の六)Nal(T l)シンチレーション検出器について

タリウム(T l)を添加したよう化ナトリウム(Nal)の結晶は、ガンマ線をうけるとそのエネルギーの一部を光として放出する性質を有している。

Nal(T l)シンチレーション検出器は、この性質をガンマ線の測定に応用したものである。この検出器は、ガンマ線を効率的に検出でき、かつ、取り扱いが容易なことから、空間ガンマ線線量率の測定に用いられている。

(注八の七) 熱ルミネッセンス線量計について

硫酸カルシウム、ふっ化リチウム等の結晶は、ガンマ線をうけた後加熱されると光を発する性質を有している。この光を熱ルミネッセンスといい、熱ルミネッセンス線量計は、この性質をガンマ線の測定に応用したものである。本件原子力発電所の周辺環境における空間ガンマ線の積算線量の測定に使用されている熱ルミネッセンス線量計には、硫酸カルシウムが用いられている。

(注八の八) ゲルマニウム半導体検出器について

ゲルマニウム半導体は、ガンマ線またはエックス線をうけると電離が生じやすい性質を有している。ゲルマニウム半導体検出器は、この性質をガンマ線等の測定に応用したものであり、環境試料中の放射性核種とその量を極めて高い精度で検出することができる。

(注八の九) 指標海産物について

環境中の放射性物質の濃度の変動を監視するため、環境生物に含まれる放射性物質の濃度を測定するが、その測定対象の一つに、放射性物質の濃縮の速度や度合の大きい、しかも、その地域で容易に採取できる生物を選定している。これを指標生物といい、このうちの海産物を指標海産物という。本件原子力発電所の周辺環境においては、アラメとムラサキイガイを指標海産物としている。

表8―1 試料採取計画表

区分

対象物

試料名

実施者

地点数

頻度

回/年

試料数

回/年

採取地点名

採取時期

陸上試料

農産物

精米

自治体

1

1

1

谷川

収穫期

被告会社

1

1

1

小積

収穫期

大根

自治体

2

1

2

横浦、谷川

収穫期

被告会社

2

1

2

野々浜、鮫ノ浦

収穫期

陸水

水道原水

自治体

2

2

4

寄磯、野々浜

7、1月

被告会社

1

4

4

飯子浜

6、9、12、3月

陸土

表層土

自治体

3

2

6

塚浜、寄磯、

*岩出山町

6、12

被告会社

1

2

2

塚浜

5、11月

浮遊塵

浮遊塵

自治体

2

12

24

モニタリングステーション(鮫ノ浦・女川)

毎月

被告会社

2

12

24

モニタリングステーション(塚浜・前網)

毎月

2

4

8

モニタリングステーション(寺間・江ノ島)

6、9、12、3月

降下物

雨水、ちり

自治体

2

12

24

原子力センター

*保健環境センター

毎月

被告会社

2

12

24

小屋取、牡鹿ゲート

毎月

指標植物

よもぎ

自治体

3

3

9

前網、谷川、*岩出山町

5、7、9月

被告会社

1

2

2

前網

6、8月

松葉

被告会社

3

4

12

小屋取、牡鹿ゲート付近、付替県道付近

5、8、11、2月

海洋試料

魚貝類

あいなめ

自治体

1

1

1

前面海域

漁期

被告会社

1

2

2

前面海域

漁期

かき

自治体

4

1

4

飯子浜、竹ノ浦、出島、

*気仙沼

漁期

被告会社

1

2

2

飯子浜

漁期

あわび

自治体

1

1

1

放水口付近

漁期

被告会社

1

1

1

放水口付近

漁期

ほや

自治体

2

1

2

小屋取、塚浜

漁期

被告会社

1

1

1

小屋取

漁期

海藻

わかめ

自治体

2

2

4

シウリ崎、小屋取地先

漁期

被告会社

1

2

2

放水口付近

漁期

海水

表層水

自治体

2

2

4

放水口付近、鮫ノ浦湾

5、11月

1

1

1

*気仙沼湾

10月

被告会社

2

4

8

放水口付近、取水口付近

4、7、10、1月

海底土

表層土

自治体

2

2

4

放水口付近、鮫ノ浦湾

5、11月

1

1

1

*気仙沼湾

10月

被告会社

2

4

8

放水口付近、取水口付近

4、7、10、1月

指標海産物

アラメ

自治体

3

4

12

シウリ崎、小屋取、東防波堤

5、8、11、2月

被告会社

2

4

8

シウリ崎、東防波堤

4、7、10、1月

1

1

1

*鮎川

11月

ムラサキ

イガイ

自治体

1

4

4

小屋取

4、6、9、12月

被告会社

1

4

4

小屋取

5、8、11、2月

合計

自治体

35

108

被告会社

28

116

(注) 採取地点名の*印は、対照地点であることを示す。

乙第237号証17頁〜18頁から作成

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