仙台地方裁判所 昭和62年(ワ)785号 判決 1990年10月15日
原告 佐藤心一 外四名
被告 更生会社日魯造船株式会社管財人 清藤恭雄外一名
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告らに対し、別紙一(退職金債権目録)の未払退職金額の欄記載の金額、及びこれに対する被告清藤につき昭和六二年七月二八日から、被告東につき同月二五日から、それぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 第1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 日魯造船株式会社(以下「更生会社」という。)は、船舶機関その他船舶諸機械の製造及び修理等を業とす株式会社であり、原告らはいずれも別紙一(退職金債権目録)の「入社年月日」欄記載の日に更生会社に入社し、同「退職年月日」欄記載の日に定年により更生会社を退職した者である。
2 更生会社は、昭和五三年一月二四日函館地方裁判所(以下「函館地裁」又は単に「裁判所」と略称する。)において会社更生手続開始決定を、昭和五四年六月三〇日同裁判所から更生計画認可決定を得て、現在会社更生計画を遂行中の会社であり、被告らはその管財人である。
3 更生会社においては、就業規則(以下「旧規則」という。)及び更生会社従業員をもって組織する労働組合との間で締結された労働協約(昭和四九年五月一六日付・以下「旧協約」という。)が存在し、原告佐藤心一は旧規則の適用を受ける者、その余の原告は旧協約の適用を受ける者であった。
4 旧規則及び旧協約によって算出される原告らの退職金額は、別紙一(退職金債権目録)の「退職金額」の欄記載の金額である。
5 ところが、更生会社は、原告らの同意を得ないまま旧規則及び旧協約を変更し、原告らの退職金額をこれらによるものとし、かつ退職金の完済期を退職時から一六年後とする旨主張し、本訴口頭弁論終結時までに原告らに対し別紙一(退職金債権目録)の「既払退職金額」欄記載の金員を支払ったのみで、その余の支払を行わない。
よって、原告らは被告らに対し、別紙一(退職金債権目録)の「未払退職金額」欄記載の金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による金員を連帯して支払うことを求める。
二 請求原因に対する認否
すべて認める。
三 抗弁
1 新規則、新協約の成立及びこれらによる退職金の支給
(一) 更生会社においては、旧規則は、昭和六一年一〇月二〇日付の就業規則(以下「新規則」という。)に変更され、同年一〇月三〇日、函館地裁の認可を得て施行となり、また、更生会社と労働組合との間においても、同年一〇月二二日、新規則と同じ内容を含む労働協約(以下「新協約」という。)が締結された。
(二) 新規則、新協約(及びこれらにより援用される更生会社の更生計画の変更計画)によれば、原告らが支給を受けるべき退職金の額及びその支給を受けるべき時期は、別紙二(新規則、新協約による退職金)の、それぞれ「変更後の退職金額」及び「弁済方法」欄記載のとおりである。
(三) 被告らは、右の支給額、支給時期の定めに従って、原告らに対し、平成元年四月一五日まで退職金を支給してきており、今後もそうする予定である。
2 新規則、新協約の合理性
(一) 新規則、新協約が成立するに至るまでには、以下に述べるような経緯があった。
(1) 更生会社の倒産と更生手続の開始
ア (更生会社の倒産)
更生会社は、函館市と宮城県石巻市に造船所を有し、函館市には機工部門を持ち、昭和四八年五月期から昭和五二年五月期までの五年間の平均売上高は約三一億五〇〇〇万円にのぼる会社であったが、オイルショック後の造船不況による受注減とコスト高騰のため、昭和五一年五月期には三億三三三四万円の損失を、昭和五二年五月期にも一億五一一七万円の損失を計上し、同期の繰越損失は四億九九七二万円にものぼった。こうした中で更生会社は、昭和五二年八月中に決済すべき約二億円の手形を決済すればその月の給料資金にもこと欠くこと、受取手形を順次割り引いて月々の資金にあてたとしても同年一一月には約三億円の資金不足となることが予想され、早晩支払停止に陥ることが明らかとなった。仮に更生会社が破産した場合、債務総額は約三八億三〇〇〇万円(予想される退職金合計額約九億二〇〇〇万円を含む。)にものぼるのに対し、資産はせいぜい約一〇億円であり、担保付債権は別として、退職金等の優先債権の支払にも不足する状態であり、さらに、約三八〇名にのぼる従業員の大量失業(しかも函館市や石巻市は造船不況のため容易に他の仕事に就けない状況にあった。)のほか、関係業者の連鎖倒産も避けられないという最悪の状態が予想された。
イ (和議開始申立て及びその不奏功)
そこで更生会社は、不採算部門の整理や人員整理等の合理化により体質改善をはかればなお収益力もあり、かつ造船所の敷地等資産もあるので、相当額の弁済は可能であると判断し、昭和五二年八月三日、函館地裁に対し、和議開始の申立てをした。しかし、更生会社から提案された和議条件は、弁済率等において著しく不平等であったため、到底債権者の同意が得られそうになく、また、会社の合理化案(函館造船所を廃止し、一九二名の人員整理を行なうことを主たる内容とする。)につき、労使の合意が得られず、さらに親会社である日魯漁業株式会社及び函館ドック株式会社の援助も見込まれなかったため、和議条件の履行も不可能と判断されたことから、裁判所で選任された整理委員から昭和五二年九月二二日付で和議開始不相当との意見が提出され、和議開始の申立棄却及び破産手続への移行が必至の状態となった。
ウ (更生手続開始申立て及び同開始決定)
このため、更生会社の石巻造船所に勤める一一二名の従業員(当時石巻造船所に勤めていた一三一名中、総評全日本造船機械労働組合日魯造船石巻分会に属していた組合員の全員であり、佐藤心一を除く原告らも含まれていた。)が申立人となり、更生会社の破産がもたらす大量失業や地域産業への影響を回避し、会社の再建により、労働者の職場と地域財産を守ることを目的として、昭和五二年一〇月二四日、函館地裁に対し、会社更生手続開始の申立てを行い、さらに、同年一一月七日には、函館造船所に勤める従業員二〇八名(日魯造船函館分会員)も同様の申立てを行った。
裁判所は、昭和五二年一〇月三一日、保全管理人による管理決定を行い、扇谷俊雄及び清藤恭雄の二名を保全管理人として選任し、以後両名により更生会社の経営及び財産の管理等がなされたが、従前からの造船不況に加え、倒産による社会的信用の失墜と先行きの不安等が重なり、受注は激減し、賃金の未払等、資金的窮状は続いた。
他方、裁判所で選任された調査委員の調査等、更生手続開始の是非についての調査が行われたが、昭和五二年一二月二六日、右調査委員から、次の四条件が満たされることを条件に会社更生の見込があり、会社更生手続の開始が相当である旨の意見書が提出された。
<1> 造船部門中、函館は廃止し、石巻は新会社として独立させる。更生会社は機工部門のみで存続させる。
<2> 右二つの会社の従業員は、事業計画に基づき、適正規模の判定を誤らないこと。
<3> 親会社依存の経営を脱却し、独自の経営計画樹立による自主的運営に転換すること。
<4> 労使一丸となって、苦難の道を歩む姿勢が必要である。
裁判所は、右意見書を踏まえて昭和五三年一月二四日午前一〇時、更生会社について更生手続を開始する旨の決定をし、管財人として被告両名を選任した。
(2) 更生計画の認可
ア (経営合理化と更生計画案の作成)
被告両名は、裁判所の更生手続開始決定を受け、更生計画案の立案作業に着手する一方、その土台造りとして経営の合理化に着手し、函館における造船部門の廃止等不採算部門の見直しを行い、またこれに伴い、同所に働く従業員全員である八八名の解雇など人員整理を断行し、さらに勤務時間の一時間延長等労働条件の見直しを行ってきた。なお受注についても、倒産時の最悪の状態を脱出し、徐々に回復していった。
右のような状況下で更生計画案が策定されることになったが、造船業界を取り巻く環境は依然として厳しく、計画案の立案は難航し、またその内容も債権者らにとって厳しいものにならざるをえなかった。
イ (更生計画案の内容)
更生計画案は、昭和五四年四月二七日、裁判所に提出された。その主たる内容は次のとおりである。
<1> 造船部門は函館を廃止し、石巻のみを存続させる。これに伴い、本店を石巻市に移転する。
<2> 函館の機工部門は新会社として独立させる。
<3> 函館の造船部門の敷地等を売却し、弁済原資にあてる。
<4> 資本金を全額減資のうえ無償で消却し、新たに新株を発行する。その際、新株は得意先等に引受けをしてもらい、従前の親会社依存の体質を脱却し、地場産業として歩む。
<5> 更生計画認可決定後において退職する更生会社の従業員の退職手当金の額は、右認可決定時までの分は認可決定前の退職手当金規定により、それ以降の分については、右認可決定後に定める退職手当金規定によって、それぞれ計算し、合算したものとする。その他、労使慣行についても再検討をする。
また、更生計画案に示された更生債権の弁済計画は、次のとおりである。
<1> 更生担保権
約定利率を超える利息、損害金は免除を受ける。免除後の弁済額のうち八五パーセントを昭和五五年末までに支払い、残りは昭和五六年から昭和六二年まで七回にわけて支払う。
<2> 優先的更生債権(公租公課)
延滞税等については免除を受ける。免除後の弁済額のうち約四二パーセントを昭和五五年末までに支払い、残りは昭和五六年から昭和六七年まで一二回にわけて支払う。
<3> 優先的更生債権(未払退職金)
損害金の全額及び元本の五〇パーセントの免除を受ける。免除後の弁済額のうち約六〇パーセントを昭和五五年末までに支払い、残りは昭和五六年から昭和六四年まで九回に分けて支払う。
<4> 一般更生債権
利息、損害金の全額及び元本のうち債権額に応じ平均八五・一パーセントの免除を受ける。免除後の弁済額のうち約一四パーセントを昭和五五年末までに支払い、残りは昭和五六年から昭和六七年まで一二回に分けて支払う。
また、昭和五四年一月二四日現在、共益債権となる未払の賃金、退職金が四億六九六〇万六一八一円あったが、これについても、昭和五五年末までに売却予定の函館の土地の処分後、その売得金等をもって速やかに弁済する旨定められた。
ウ (更生計画案の可決及び認可)
以上の更生計画案は、債権者らとの交渉に難航したが、最終的には昭和五四年六月二五日の関係人集会において可決され、これを受けて同月三〇日、更生計画は裁判所により認可された。なお、本件更生計画案は、従業員らにとっても、将来の退職手当金規定の見直しなどを含む極めて厳しいものであったが、石巻分会が雇用の場の確保を最大の目標にし、昭和五四年六月一三日付で裁判所に意見書を提出し、その中で更生計画案に賛成し、裁判所に対し、更生計画認可を強く求めるなど、従業員たちも積極的に更生計画案の実現を求めていたものである。
(3) 更生計画の遂行とその行き詰まり
ア (更生計画の遂行)
被告らは、昭和五四年六月三〇日の更生計画認可決定後、これに従い、函館の造船部門の廃止、機工部門の新会社としての独立(昭和五四年一一月函館機工株式会社を設立)、資本金全額の減資と新株発行による自主的運営の確保、事業計画の遂行等を行ない、更生計画案どおりに更生債権の弁済を行なってきた。また、右新会社においては、更生計画に従い、新しい就業規則が作成され、退職金の大幅な引き下げが実行された。
イ (更生計画の行き詰まりと退職金問題)
しかし、次のとおり更生会社をとりまく環境は日々厳しさを増し、更生会社の経営の実情も厳しいものとなってきた。
(ア) 第一に、従前から造船業界は構造的不況に見舞われていたが、二〇〇海里問題等に端を発する減船問題や昭和五五年以降の第二次オイルショックによるコスト高を受けて、受注は新造船、修理船とも大幅に減少となり、また過当競争による受注価額の低下(赤字受注の場合も多い。)も重なり、業界の構造的不況は日々深刻さを増してきた。さらに、昭和六〇年に入ると、円高問題が一層の発注手控えを誘い、将来に向けても明るい展望は見られない状況であった。そのなかにあって更生会社は、営業努力と船主の協力を得て、なんとか営業実績を確保してきたが、当時、新造船の受注は見込めない状況であり(昭和六一年度の新造船の受注は一隻のみであり、その後は受注の予定はなかった。)、将来にわたり従前の営業実績を確保することは不可能な状況にあった。さらに更生計画認可以降、昭和六一年六月までの約七年の間に得意先船主の相次ぐ倒産により、一一件で合計約一億五〇〇〇万円の回収不能の工事代金を抱え、また、得意先の倒産は修理船受注の減少を伴う結果となり、二重の打撃を受けるに至った。
(イ) 第二に、共益債権となる退職金の増加が経営を圧迫する問題となってきていた。これは更生計画立案の当時から予想された問題であり、前記のとおりその対応策として就業規則の見直しが更生計画中にも明示されていたが、就業規則の改正案は立案されたものの、従業員及び労働組合との交渉が進展せず、その結果、従前の退職手当金規定による支払をせざるを得なかった。その支払は、本来そのつど全額についてしなければならないものであったが、会社事業の不振や支払予定金額の増加のため、個別に退職従業員の同意を得て、三年間の分割払(更生計画認可直後は二年間)の方法がとられており、それでも昭和五九年度には約二六九〇万円、昭和六〇年度には約二二六〇万円の弁済となり、昭和五四年度から昭和六〇年度までの七年間の弁済合計額は約一億一四二〇万円にものぼっていた(なお、以上は更生計画認可後に発生した分であり、更生計画認可当時発生していた分として、七年間に別途合計約四億二〇〇〇万円を支払っている。)。
(ウ) このため、被告らは、あらためて退職手当金規定の見直しを行ない、他の会社の退職手当金規定(規程)との比較や、今後の支払見込等を再検討し、昭和五九年秋ころから労働組合と幾度も交渉を重ね、被告が全従業員を集めて直接説明するなどして、退職手当金規定の改訂の必要性と緊急性を説いたが、それでも従業員と労働組合の同意を得られなかった。
(エ) 昭和六一年六月末現在において、同年七月から更生手続の終結予定の昭和六七年一二月までには、二一名の定年退職者が予定されていたが、その間発生する見込の退職金額(年間四パーセントの昇給として計算)は、合計約二億二〇〇万円にも達しており、特に昭和六二年度、六三年度及び六六年度には、年間約四五〇〇万円にものぼる退職金の支払が予定されていた。
(オ) 前記のような将来の事業の発展の見込等に照らすと、一層の経営努力を積み重ねても、多額の退職手当金等の共益債権を随時弁済しつつ、更生計画に従った更生債権の弁済をすることは、とても不可能であり、更生会社を会社として維持継続していくためには、更生計画の全面的な見直しが不可欠な事態となってきた。
(4) 更生計画の変更と就業規則の改訂
ア (事業継続の是非の問題)
そこで、被告らは、昭和六一年になり、更生計画の全面的な見直し作業に着手したが、右見直しの過程での最大の問題点は、事業継続の是非の問題であった。造船業界の構造的不況は深刻さを増すばかりであり、更生会社を取り巻く環境は厳しく、その中で事業を継続するためには、更生債権の弁済につき、より一層の免除と長期弁済が必要であり、また、退職金についても減額と長期の分割弁済が不可欠なものであることが判明してきた。しかし更生計画による更生債権の弁済計画は、前記のとおり債権者にとって極めて厳しいものであり、さらに弁済額のカットや返済時期の延期について同意を得ることには困難が予想された。また、退職金は従業員の退職後の生活を支えるものであり、その引下げは、その生活に大きな影響を与えるものであり、容易なことではなかった。他方、事業継続を断念し、会社を清算することにより予想される退職金は、その時点では数字の上では支払が可能な状況にあった。
以上のような状況下で、被告らにおいて選択をしたのは、事業継続の道であった。更生会社は、そもそも更生会社の破産による大量失業や地域産業への打撃を避けるために、従業員(労働組合)が申立人となり、会社更生手続開始の申立てをしたものであり、その状況は全く変わっていない。むしろ、更生会社の本店のある石巻市では、その基幹産業である造船業と漁業の不振のため、地域経済は大きな打撃を受けたままで、深刻さを増しており、就職先の確保は容易ではなく、解雇イコール失業の事態は明白であり、大量失業のもたらす地域経済への打撃ははかりしれないものがあった。また数字の上では清算時に予想される退職金は確保されていたが、実際にその支払をするには、造船所の敷地の売却が必要であり、現実に支払が完了するためには五年から一〇年の期間を要すると見込まれ、また売り急ぎ等の場合には、全額の支払もできないという最悪の事態すら予想され、必ずしも即時に退職金の全額が支払えるという状況ではなかった。被告らは、このような諸事情を考慮し、総合的に判断をして、事業継続の道を選択したものである。
イ (更生計画変更計画の作成)
そこで被告らは、昭和六一年夏、種々検討の結果、次の内容の更生計画変更計画(以下単に「変更計画」という。)案を作成した。
<1> 更生担保権
弁済未了分については、中瀬工場を売却し、その時点で支払う。
<2> 優先的更生債権(公租公課)
弁済未了分については、昭和六一年から昭和七五年まで一五回に分割して支払う。
<3> 優先的更生債権(未払退職金)
弁済未了分については、昭和六一年から昭和六八年まで八回に分割して支払う。
<4> 一般的更生債権
弁済未了分については、その五〇パーセントにつき、昭和六一年から昭和七五年まで一五回に分割して支払う。遅滞なく右分割払を完了したときは、残りの五〇パーセントの免除を受ける。
また、右変更計画案において、退職手当金規定を次のとおり改訂することとした。
<1> 変更計画認可決定の日までの分については、従前の退職手当金規定により計算し、以降の分については、新たに作成する退職手当金規定(裁判所の認可を得て新たな就業規則で別途定める)により計算した金額を支払うべき退職手当金額とする。
<2> 右退職手当金は、退職の日から一か月以内に一五パーセントを支払い、残りの八五パーセントは以後一五年間にわたり分割して支払う。
また、右変更計画案に合わせて、更生会社では新しく就業規則案を作成し、その中で退職手当金規定を改訂することとしたが、それは支給係数と加給金の見直しを主たる内容とするものであった。
ウ (変更計画と新規則の認可)
以上の変更計画案及び就業規則(新規則)案は債権者や従業員にとって厳しい内容のものであり、債権者らとの交渉は難航をきわめた。特に、労働組合との交渉は紛糾し、なかなか合意を見なかった。しかしながら、時間の経過は更生会社の経営状態を圧迫し、変更計画によっても事態を改善することができなくなるという最悪の事態をもたらすことになり、状況は一刻を争うものであった。そこで被告らは、労働組合や債権者との交渉を進める一方、昭和六一年九月函館地裁に対し、変更計画と新規則の作成の認可申請を行ない、以後、裁判所における調査と労働組合等との交渉が並行して行なわれることになった。労働組合も、当初は変更計画案及び新規則案につき、強硬に反対したが、被告らとの協議の中で、会社の経営実情を認識しまた雇用の場の確保という問題を冷静かつ慎重に検討するようになり、最終的には、昭和六一年一〇月二二日、労働組合は、退職金のほかに別途功労金を支給することを条件に、変更計画案及び新規則案に同意することになり、その旨の協定を被告らとの間で締結するに至った。また、並行して行なわれた債権者との協議でも同意が得られることになった。これを受けて裁判所は、種々調査のうえ、昭和六一年一〇月三〇日、変更計画案どおりに更生計画を変更することを認可し、また同日、新規則案どおりに新規則を作成することの認可をしたものである。なお、前記功労金は労働組合との協定で定められたものであるが、被告らは、原告佐藤心一等労働組合に加入していない者についても同様の措置をとることにした。また変更計画認可以前に退職した者については、旧規則及び旧協約が適用されることになるが、認可以後に退職する者とのバランスを考慮し、退職から七年間の分割で支払うこととし、個別に同意を得て、その支払をしている。
(二) 以上のとおり、新規則の制定は、更生会社の事業の存続と従業員の雇用確保のため、必要不可欠の措置として、裁判所の認可を得た更生計画の一環としてなされたものであり、また労働組合の同意の手続等もなされたものであって、変更に至る理由、変更手続および変更内容のいずれにおいても、合理性のあるものであった。また、新協約の締結も右と同様、合理性のあるものであった。
四 抗弁に対する認否及び反論
1 抗弁に対する認否
(一) 抗弁1は認める。
(二) 同2の(一)中、
(1) (1)は認める。
(2) (2)のア及びイは認め、同ウは「従業員たちも積極的に更生計画案の実現を求めていた」との点については否認ないし争う。
(3) (3)のアは認め、同イは否認ないし争う。
(4) (4)のイは認め、同ア及びウは否認ないし争う。
(三) 同2の(二)は争う。
2 抗弁に対する反論
(一) 更生会社の経営状態は、更生計画及び就業規則の変更並びに新協約の締結を行った当時、次のとおり、これらを必要とするようなものではなかった。
(1) 大手造船会社を取り巻く環境と異なり、更生会社に対する各船主の代替建造の意欲は強く、修理の需要も根強いものがあった。
(2) 更生計画認可決定後の更生会社の業績は極めて順調であり、事業年度開始時に存在した繰越損失金八〇一一万七七五一円は、昭和六〇年度決算においては五一九万七四九一円に、昭和六二年度決算では三六二万六九七三円と減少し、昭和六二年六月三〇日決算においては、原告らを含む定年退職者七名の退職金を費用計上し、かつ、必要のない固定資産除却損一六五六万九五一七円を計上したうえで税引き前利益七三五万七七六〇円を生み出している。しかもこれは、従来存在した不良債権を全て償却、損金処理した上でのことである。
(3) 更生会社においては、短期借入金も手形割引も存在せず、昭和六二年六月三〇日決算においては、現金預金五二九六万九三九四円、受取手形一億四二四五万九四六〇円、合計二億円近い流動性資産を有しており、資金的余裕があった。
(4) 既に更生担保権については、九四・八パーセントまで弁済を行ない、昭和六一年度の各弁済を行なえば、平均八五パーセントの弁済率を達成するのであって、変更計画作成の時点では、更生手続の終了を図りうる状態にあった。
(二) 退職手当金規定の変更及び新協約の締結には、次のとおり手続的に問題があった。
(1) 就業規則または労働協約で一旦定められた労働条件は、個々の労働者と使用者の個別的労働契約の内容をなすものであるから、これを、個々の労働者の同意なくして不利益に変更することは、就業規則の変更または労働協約締結という形式をとったとしても許されないところ、更生会社は、退職金を減額し、割賦払とするについて、原告ら個々の労働者の同意を得ていない。
(2) 被告らは、退職手当金規定の変更の根拠となる更生会社の資金状況や収支見通しを示さず、その変更の合理性、必要性を説明することなく、労働組合に対し被告らの提案を受諾するか清算手続に入るかの二者択一を迫り、一方、函館地裁からは、昭和六一年一〇月二〇日までに変更計画に対する労働組合の意見を提出するように求められていたため、労働組合は、同年一〇月一三日の大会では被告らの提案を三一票対一二票という大差で一旦否決したのに、同年一〇月二一日の大会では実質的内容の変更なしになされた再提案を僅差で可決したのであって、被告らの提案を十分検討する時間も資料も与えられぬままに混乱のうちに同意したものである。
(3) 原告佐藤心一は、労働組合の組合員ではなく、管理職であり、労働組合法一七条の定める「同種の労働者」には該当しないから、仮に新協約の締結が有効であるとしても、新協約の適用の対象とならない。
(三) 退職手当金規定の変更の内容及び新協約の内容は、次のとおり違法であり、その定めは無効である。
(1) 個々の労働者の同意なくして退職金について労働者に不利益に変更する場合には、その変更を必要とする合理的事情が存在するほか、給与の引上げ等、右不利益に対する代償措置が講じられなければならない。しかるに本件においては、退職金の減額及び長期割賦払とすることについての代償措置として、賃金一か月分相当額の功労金を支給することとされているだけであり、原告らの蒙る不利益と比較すれば微々たるものであって到底代償措置たり得ない。
(2) 本件退職金は、労働基準法一一条に定める賃金であり、同法二三条一項によれば、労働者から請求があった場合にはこれを七日以内に支払われなければならないのであるから、従来、退職の一か月後に退職金の全額が支払われることとされていた更生会社において、これを退職後一五年間の分割払とすることは、右条項に違反し、若しくは右条項及び同法二四条二項の精神に違反し、ひいては公序良俗に違反する。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因事実及び抗弁1の事実については当事者間に争いがなく、被告らは、抗弁2のとおり、新規則及び新協約は、その成立手続及び内容において合理的なものであるから、原告らの退職金についてもこれらが適用され、したがって原告らの退職金の額及びその支給を受けるべき時期は別紙二の「変更後の退職金額」欄及び「弁済方法」欄記載のとおりであると主張し、これに対し原告らは、抗弁に対する認否及び反論のとおり、右被告らの主張について争い、原告らの退職金の額は別紙一の「退職金額」欄記載のとおりであり、その支給を受けるべき時期は各退職年月日の一か月後であると主張するので、以下、この点について判断する(新規則、新協約の定めるところによると、原告らの退職金の額及びその支給を受けるべき時期は別紙二の「変更後の退職金額」欄及び「弁済方法」欄記載のとおりとなること並びに旧規則、旧協約の定めるところによると、原告らの退職金の額は別紙一の「退職金額」欄記載のとおりであり、その弁済期は、各退職年月日の一か月後であることについては、当事者間に争いがない。)。
1 抗弁2(一)について
(一) 次の事実については、当事者間に争いがない。
(1) 更生会社は、かつて函館市に本店を有し、船舶及び船舶諸機械の製造及び修理並びに缶詰機械、冷凍冷蔵機械その他産業用諸機械の製造及び修理等を業とする株式会社であり、函館市と石巻市にそれぞれ造船所を、函館市に機工部門を持ち、昭和五二年当時には、約三八〇名の従業員を擁していた。
(2) 更生会社は、造船不況の中、昭和五二年八月三日、函館地裁に対し和議開始申立てを行って倒産したが、整理委員から函館地裁に対し和議開始不相当との意見書が提出され、右申立ての棄却、破産手続への移行が予想されたことから、同年一〇月二四日、石巻分会の組合員は連名により、函館地裁に対し会社更生手続開始の申立てを行い、また、同年一一月七日、函館分会の組合員も、同様の申立てを行った。函館地裁は、審理の結果、昭和五三年一月二四日午前一〇時、更生会社について更生手続開始決定を行い、管財人として被告両名を選任した。
(3) 被告両名は、更生会社について、人員整理等、経営の合理化を推進するかたわら、会社更生手続に異論のある債権者を説得しつつ更生計画案を作成し、昭和五四年六月二五日、右計画案について関係人集会の同意を得ることができ、函館地裁は、同月三〇日、右計画案を認可した。この間更生会社の従業員数は、更生手続開始申立て時の三七六名から更生手続開始決定時の二二六名、更生計画案提出時である昭和五四年四月の九一名へと次第に減少した。
(4) 右更生計画は、たとえば優先的更生債権(更生手続開始決定前に退職した従業員についての未払退職金で共益債権となる部分を除く。)については、損害金のほか元本の五〇パーセントの免除を受け、その残額のうち、六〇パーセントを昭和五五年末までに支払い、残りを昭和六四年までの分割払とすると規定するなど、債権者にとって厳しい内容であり、また函館市の造船部門を廃止し、機工部門を新会社として独立させること、就業規則の附属規定である退職手当金規定の見直しを行うことなどを規定し、従業員にとっても厳しい内容であった。特に右退職手当金規定の見直しについては、更生計画第二章第二節第一二項において、「更生計画認可決定後において退職する更生会社の従業員の退職手当の金額は、右認可決定時までの分は認可決定前の退職手当金規定により、それ以降の分については、右認可決定後に定める退職手当金規定によって、それぞれ計算し、合算したものとする。」と定められていた。
被告らは、以後、昭和五四年一一月に函館市の機工部門を新会社(函館機工株式会社)として独立させるなど更生計画を遂行し、更生計画に従って更生債権の弁済を行ってきた。
なお、右新会社においては、更生計画に定められたとおり、その成立とともに新しい就業規則を作成してこれを従業員に適用しているが、これにより従業員の退職金の額は大幅に減額されることになった。
(二) 成立に争いのない甲第六号証、第一三、第一四号証、成立に争いのない乙第三号証、第六ないし第九号証、第一九ないし第二三号証、第二五、第二六号証、第二七号証の一、二、第二八ないし第四二号証、第四六号証、被告清藤恭雄本人尋問の結果、証人熱海軍治の証言、原告佐藤心一本人尋問の結果(ただし後二者のうち次の認定に反する部分は採用しない。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 被告らは、更生会社においても、前記更生計画に定められた退職手当金規定の見直しを行うべく、昭和五六年三月に就業規則の変更案を完成し、これを石巻分会(弁論の全趣旨によれば、これは、新会社の設立の後、更生会社における管理職を除くほとんどの従業員により組織されていた労働組合と認められる。)に示したものの、再三に亙る交渉、説得にもかかわらず、同分会の同意を得ることができず、従前の退職手当金規定(更生会社においては、前記のとおり就業規則の附属規定として退職手当金規定が存し、また労働組合との間の覚書にもこれと同一内容の退職手当金に関する定めがあった。)による退職金の支払を余儀なくされ、これが更生会社の経営の重い負担となっていたが、個別に退職者の同意を得て、その支払を昭和五六年ころからは二年間の、昭和五九年ころからは三年ないし四年間の分割払とすることで対応してきた。
(2) 更生会社倒産の原因となった造船不況は、二〇〇海里問題等に端を発する減船問題や、昭和五五年以降の第二次オイルショックによるコスト高、さらに円高等により、昭和五九年から六〇年にかけて一層厳しさを増し、取引先である中小漁業会社の経営不振による工事受注の減少、その倒産等による回収不能債権等の発生、造船業界の過当競争による赤字受注などにより、更生会社の経営もまた厳しさを増した。このため被告清藤は、昭和五九年一二月、前記退職手当金規定の変更を怠れば、近い将来に再び更生会社が経営の行き詰まりを生じることが必至であることを全従業員に対して説明し、石巻分会執行部に対して文書により再考を求めるなどしたが、石巻分会は昭和六〇年一月三一日付でこれを拒否する旨の回答を行い、その後も被告清藤の説得に応じることはなかった。
(3) 昭和六〇年秋には、前記の厳しい状況に加え、大手の取引先であった津田漁業が倒産し、五〇〇〇万円余の債権が回収不能となったこと、昭和六二年以後は新造船の受注が一件も予定されておらず、修理船だけでは収支を償うに足りる事業量を確保することが困難であると判断されたこと、今後従業員の定年による大量退職が予定され、更生手続終結予定の昭和六七年一二月までに発生する見込の退職金額が合計約二億二〇〇万円であることから、被告清藤は、昭和六一年四月ころ、更生会社が一、二年のうちには資金繰りに支障をきたし再び倒産することが予想されたため、更生会社の営業を継続するためには再建可能な段階において更生計画の変更を行うことが必要であると判断した。そして、右変更計画においては、退職手当金規定の変更について定めることが、それ自体、更生会社の負担の軽減のために必要であると同時に、更生債権を更に切り下げることについて債権者の納得を得るために必要不可欠であると判断した。
(4) このため、被告清藤は、昭和六一年の更生債権の弁済期である一一月一五日以前である同年一〇月中に裁判所の認可を受けることを目途に、同年七月から変更計画案の作成に取りかかった。また、被告清藤は、同年八月二六日、石巻分会に対して、退職手当金規定の変更案の概要を説明し(ただし、その際には、退職金は一〇年間の分割払として提案した。)、九月三日、変更計画案の書類を石巻分会に示した。同年九月一七日には全従業員に対し被告清藤から変更計画案について説明を行い、退職手当金規定の変更について同意を求めた。また、被告らは、同月二五日には函館地裁に変更計画の認可申請を行い、並行して債権者の同意を求める作業も開始した。
(5) 石巻分会では、被告らとの交渉の結果、退職手当金規定の変更案に退職者に功労金を加給する条項を加えることについて合意を得、同年一〇月一三日、同分会の臨時大会を開き、特に退職手当金規定の改訂に焦点を置いて、変更計画案に対する賛否を採決したところ、賛成一二票、反対三一票で否決された。しかし、職場を失うことによる不利益を心配する声が組合員から聞かれたことから石巻分会執行部では、「退職後一〇年以内に退職金の支給を完了するようお互いに最大限の努力をする。」という条項を付加することを被告らと合意したうえ、一〇月二一日に再度臨時大会を開いて賛否を採決したところ、賛成二四票反対一九票で可決された。
(6) そこで、同月二二日、右内容の新協約が労使間に締結され、また函館地裁は、同年一〇月三〇日、変更計画案を認可し、あわせて退職手当金規定の改訂を含む新規則の作成を認可した。
(7) 右認可された変更計画の内容は次のとおりである。
<1> 更生担保権
弁済未了分(当初は昭和六二年に支払完了予定)については中瀬工場を売却し、その時点で支払う。
ただし、売却まで毎年各債権者に五〇万円を支払う。
<2> 優先的更生債権(公租公課)
弁済未了分(当初は昭和六七年に支払完了予定)については昭和六一年から昭和七五年まで一五回に分割して支払う。
<3> 優先的更生債権(未払退職金)
弁済未了分(当初は昭和六四年に支払完了予定)については昭和六一年から昭和六八年まで八回に分割して支払う。
<4> 一般更生債権
弁済未了分(当初は昭和六七年に支払完了予定)についてはその五〇パーセントにつき、昭和六一年から昭和七五年まで一五回に分割して支払う。遅滞なく右分割払を完了した時は残りの五〇パーセントにつき免除を受ける。
また、最大の問題である退職金について、変更計画の第三章は次のとおり規定した。これは、変更後の退職手当金規程の附則により援用され、右規程の内容をなすものである。
<1> 本変更計画認可決定後に退職する従業員の退職金の額は、次のア及びイによってそれぞれ計算した金額を合算したものとする。
ア 本変更計画認可決定の日までの分については、従前の退職手当金規定により、同日自己都合により退職したものとみなして算出した金額
イ 本変更計画認可決定の日の翌日以降の分については、裁判所の許可を得て管財人が新たに作成する退職手当金規定によって算出した金額(この金額は各従業員をいずれも本変更計画認可決定の翌日に新採用したものとみなして算出する。)
<2> 前項の退職金の支払は、当該従業員の退職した日から一か月以内に一五パーセントを弁済し、その余の八五パーセントについては、退職後六か月を経た後に到来する四月もしくは一〇月を第一回目とし、以後一五年間にわたり毎年二回宛(四月一五日と一〇月一五日)均等に分割して弁済する。
ただし、一回当たりの分割弁済金が一〇万円に満たないものについては、一回につき一〇万円宛弁済し繰り上げて完済するものとする。
<3> 前項の定めにかかわらず、中瀬工場を売却した場合には、更生担保権の被担保債権の弁済に充当した残余の換価代金のうち、相当額を前<1>項の退職金の弁済に充て、繰り上げて返済するものとする。
(8) 被告らは、そのころ、新規則作成以前に退職した従業員に対しても、退職金を七年間の分割払とすることについて、個別に同意を得て支払っている。
2 退職手当金規定及び労働協約の変更の合理性について
(一) 新たな就業規則の作成または変更により、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないが、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由としてその適用を拒むことは許されないと解すべきである(最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)。そして右にいう当該規則条項が合理的なものであることとは、新たな就業規則の作成または変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることとなる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該規則条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであることを要するというべきである(最高裁判所昭和六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六一頁)。
具体的には、就業規則の変更により労働者が受ける不利益の内容、程度、労働者が受ける不利益を緩和する事情、特に代償措置の有無、内容、変更しないために会社に生じる経営上の不利益、変更により生じる利益、変更以外に取りうる手段の有無、さらには、労働組合または多数従業員の対応、変更に至るまでの労働組合との交渉の経緯等の諸事情を総合勘案すべきである。
この点について、原告らは、抗弁に対する反論(二)(1)及び(三)(1)のとおり、退職金規定を労働者に不利益に変更できるのは、個々の労働者の同意がある場合又は右不利益に対する代償措置が講じられている場合に限られるところ、本件退職手当金規定(新規則ではこれを「退職手当金規程」と定めている。以下、便宜上「退職手当金規定」と統一して呼ぶ。)の変更は、原告ら個々の労働者の同意を得ておらず、かつ労働者の被る不利益に見合う代償措置が講じられていないから、その効力を生じないとの趣旨を主張する。しかし、就業規則の変更が不利益なものであっても、その変更が右に述べた観点からして合理的なものであれば、個々の労働者が同意していないことを理由としてその適用を拒むことが許されないのは既に述べたとおりであり、また、代償措置の有無は、右の合理性判断の一要素として考慮すべきであり、かつそれをもって足りるというべきであるから、代償措置がないことから直ちに変更が不合理であるということもできない。したがって右主張は採用することができない。
(二) また、右退職手当金規定は、就業規則の附属規定であることから、その内容は個々の労働契約の内容ともなっていると解されるところ、一般に使用者と労働組合との間で労働協約を締結した場合には、労使自治の理念に照らし、その内容が個々の労働契約の内容と比較して労働者に利益であると不利益であるとを問わず、個々の労働者にも効力を及ぼすというべきである。もっとも、労働協約の変更によって個々の労働者の既得の権利を一方的に奪うことは原則として許されないが、変更された労働協約の内容が合理的なものである限り、個々の労働者が同意したものでないとしても、変更後の労働協約につき個々の労働者において、これに同意しないことを理由としてその効力が及ぶことを拒むことは許されないと解すべきである。そして、退職金等、労働者にとって重要な労働条件について、労働協約が不利益に変更されたときには、特に高度の合理性が要求されることは、就業規則の変更について述べたところと同様であり、また右合理性の判断基準についても、就業規則の変更について述べたところと同様である。
(三) そこで、右(一)及び(二)に従い、以下、更生会社における本件退職手当金規定及び労働協約の変更の合理性について検討する(以下、就業規則の変更の問題として論じるが、これと同一内容の労働協約の変更についても、以下と同様である。)。
(1) 退職手当金規定変更の必要性について
前記認定した事実によれば、当時更生会社は、更生計画遂行中の会社であり、継続する厳しい造船不況の中で、新造船の受注予定がなく、修理船だけではとうてい収支を償う事業量を確保できる見込がなく、取引先である漁業会社の倒産等により不良債権を抱え、近い将来に再び倒産することが高度の蓋然性をもって予想されたのであり、これを回避するためには、再建不能となる以前の段階で、将来更生会社の重い負担となることの明らかな退職手当金規定の見直しと一般債権については弁済未了分の五〇パーセントの免除を受ける等、一層の更生債権の切下げを含む更生計画の変更を必要としていたこと、また、条理に照らしても、更生債権者らがその権利の大幅な不利益変更を余儀なくされるときに、更生会社の従業員らが従前どおりの退職手当金規定により退職金を受給できるというのでは、公平を害すること明らかであることから、退職手当金規定の見直しは、変更計画について更生債権者らの同意を得るためにも必要な措置であったことが認められ、これらの事情からすれば、当時の更生会社には、退職手当金規定を労働者の不利益に変更する合理的な必要性が存したものということができる。
ところで、原告らは、抗弁に対する反論(一)のとおり、当時の更生会社の経済状態からすれば、更生計画及び就業規則(退職手当金規定)を変更する必要はなかったと主張する。しかし、昭和六三年六月末決算において退職給与引当金を税法上の損金算入限度額まで計上したことにより新たな繰入額として一億七二二二万円余を必要としたこと(前記乙第四六号証及び被告清藤本人尋問の結果により認められる。)からも明らかなように、更生会社の財務内容は、更生計画遂行中を通じて極めて厳しいものであったと認められ、更生計画開始時に存した八〇一一万円余の繰越欠損金がその後次第に減少してきたという事実もその額面どおりに理解することはできないこと、被告清藤本人尋問の結果によれば、更生会社の流動資産のうち相当額を占める受取手形も取引先である漁業会社の不況を反映して、サイトが一年を越えるものがあるなど、現金化の容易でないものが多数存したと認められること、更生債権の残高は変更計画認可申請当時においても約二億三〇〇〇万円であり(これは前記乙第三号証により認められる。)、前記認定のとおり更生計画終了予定時までに発生すると見込まれていた退職金の額が二億二〇〇万円であることと考えあわせると、当時の更生会社の収益力からして、更生手続終了予定の昭和六七年までにその弁済を終えることは、実現可能性の乏しいものであったことが容易に看取できるのであり、原告らの右主張は認めることができない。
(2) 退職手当金規定変更の内容の相当性について
本件における退職手当金規定変更の内容は、前記1(二)(7)に認定したとおりであり、退職金の支払期間こそ一五年間と長期ではあるものの、年金型の退職金としては異例に長期であるというほどではないこと、旧規則により算出される退職金と比較して、原告らの中でもっとも減額率の高い者で約一五・六パーセントの減額にとどまるものであることからすれば、分割払とされることによる中間利息相当額の損失を考慮しても、労働者の退職金を受ける権利を著しく損なうものであるとまでいうことはできず、前記認定した当時の経営実情からすれば、必要やむをえない相当な範囲内のものであると認めることができる。
ところで原告らは、抗弁に対する反論(三)(2)のとおり、退職金について一時払を定める就業規則を長期の分割払に変更することは、労働基準法二三条等に違反し、無効であると主張する。しかし、退職金は通常の賃金と異なり、退職後直ちに全額を支払うことを要するものではなく、すなわち、労働基準法二三条一項等の適用はないものと解され、年金型の退職金制度も許容されているのであるから、原告らの右主張は採用することができない。
(3) 退職手当金規定の内容自体の合理性
就業規則の変更は、その内容が特定の労働者に特別の不利益を課するなど不当なものでないことを要するものであるところ、本件退職手当金規定の変更は、その後に退職するすべての従業員に対し遅かれ早かれ一律公平に適用されるものであり、退職の時期の先後、勤続年数及び退職当時の社内における地位などにより不利益の程度に多少の差異が生じるものの、それは合理的な範囲内のものと認められるから、その内容は不当なものではないと認めることができる。確かに、原告らのように当時定年退職を目前にしていた従業員にとっては、それによる不利益は切実なものと感じられたであろうことは想像に難くないが、昭和六一年一〇月二二日付で締結された労働協約(前記乙第九号証)により、変更計画認可後一年以内に定年退職する従業員については、退職時の基準内賃金の一か月分(その後に定年退職する従業員については〇・五か月分)相当額を功労金として加給することとしており、労働協約の適用を受けない原告佐藤心一に対しても右功労金を支給することとしているのであるから、これらの従業員に対して一応の配慮をしているものということができる。
(4) 労働組合との交渉経緯
本件のような場合において、一般に労働者の意思を反映させるための手続について確立した準則は存在せず、また、これを一義的に定めることは必ずしも適当ではないと考えるが、本件退職手当金規定の変更を含む変更計画案は、前記認定のとおり、石巻分会の臨時大会において組合員の多数により賛成可決され、退職手当金規定の変更については同一内容が労働協約として締結されたこと、組合員以外の従業員(前記乙第四〇号証及び第四一号証によれば、当時の従業員数は常雇が四九名であり、組合員大会の議決に加わった組合員数は四三名であるから、六名程度がその数であり、その全てが管理職にあった者と考えられる。)のうち、退職手当金規定の変更に異議を唱えていた者は原告佐藤心一以外に認められないことからすれば、退職手当金規定の変更について、更生会社労働者の多数の賛成を得ていたものと認めることができる。
原告らは、抗弁に対する反論(二)(2)のとおり、被告らが退職手当金規定の変更の合理性、必要性に関する資料を示すことなく、十分検討する時間的余裕も与えぬまま右変更について同意を求めたため、石巻分会は混乱のうちに議決をしたのであるから、右議決には瑕疵が存在するとの趣旨を主張するが、前記甲第一四号証等によれば、従業員らは更生会社の厳しい実情について十分な認識を有していたこと、被告らの提案から石巻分会の議決までの間には一か月半余の余裕があったこと、その間、労使間での交渉や労働組合内部での検討が頻繁になされていたこと、また、昭和五四年の更生計画認可当時から、退職手当金規定の変更は更生会社の懸案事項となっており、被告らと石巻分会との間で再三交渉が行われてきていることが認められるのであるから、右原告らの主張は採用することができない。
3 右認定したところによれば、本件退職手当金規定及び労働協約の変更は高度の合理性を有するものと認めることができ、したがって原告らの受給する退職金には新協約又は新規則が適用されることとなるから、その金額及びその支給を受けるべき時期は、別紙二の「変更後の退職金額」欄及び「弁済方法」欄記載のとおりであると認められる。
二 以上のとおりであるから、原告らの本訴請求債権は、弁済期が未到来であるところ、原告らの請求の趣旨は将来の給付を求めるものではなく、またそれを認めるべき必要性も存しないので、その余について判断するまでもなく原告らの請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岩井康倶 吉野孝義 針塚遵)
別紙一、二<省略>