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仙台地方裁判所 昭和63年(ワ)917号 判決 1992年9月28日

主文

一  被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成二年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、三二一万七三五四円及び内金二二一万七三五四円に対する平成元年九月三〇日から支払済みまで年一七・五二パーセントの割合による金員、内金一〇〇万円に対する平成二年一〇月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行の免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、株式会社七十七銀行(以下「七十七銀行」という。)から、昭和六〇年一一月三〇日、分割弁済及び利息付きの約定で、五〇〇万円を借り受けた。

2(一)  訴外宮城県信用保証協会(以下「保証協会」という。)は、右同日ころ、七十七銀行に対し、右貸金債務を保証した。

(二)  被告は、保証協会に対し、右同日ころ、保証協会が代位弁済したときは、被告の保証協会に対する求償債務について、代位弁済の日の翌日から完済まで年一七・五二パーセントの割合による損害金を支払うことを約した。

3  被告は、原告に対し、右同日ころ、右2(二)の被告の保証協会に対する求償債務を連帯保証するよう委託し、原告は、右委託により、保証協会に対し被告の右求償債務を連帯保証した。

4  被告は、七十七銀行に対し、右1の貸金債務のうち二〇〇万円を弁済した。

5  保証協会は、平成元年九月二九日、七十七銀行に対し、右1の貸金の元金及び利息合計三二一万七三五四円を代位弁済した。

6  原告は、平成二年一〇月三一日、保証協会に対し、右3の連帯保証債務の履行として一〇〇万円を支払い、保証協会は、右一〇〇万円を被告に対する求償金元金に充当した。

7  よつて、原告は、被告に対し、委託を受けた保証に基づく事前求償権の行使として、二二一万七三五四円及びこれに対する保証協会が代位弁済した日の翌日である平成元年九月三〇日から支払済みまで年一七・五二パーセントの割合による損害金の支払い、並びに原告が既に代位弁済したことによる事後求償権の行使として、一〇〇万円及びこれに対する代位弁済した平成二年一〇月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし5の事実は認め、同6の事実は不知。

三  抗弁

1  公序良俗違反ないし不法原因給付

(一) 原告が請求原因3の被告からの保証委託を承諾して被告のために保証協会に対する連帯保証をした動機は、原告が被告との不倫の男女関係を維持継続することにあつた。したがつて、被告と原告との間の保証委託契約は公序良俗に反して無効であり、原告は、被告に対し事前求償権を行使することはできない。

(二) また、原告の事後求償権の行使については、原告が連帯保証をした動機が右のようなものである以上、その連帯保証に基づいて代位弁済をしたとしても、求償権の行使をすることは、民法七〇八条の法意に照らし、許されない。

2  相殺

(一) 婚姻予約破棄ないし不法行為

<1> 被告は、昭和四二年一二月、乙山春夫(以下「乙山」という。)と結婚し、昭和四九年一一月、美容師として美容室を開業した。

被告は、乙山と先妻との間の子である夏子(昭和三九年一二月一三日生)、被告と乙山との間の子一郎(昭和四三年一一月九日生)、秋子(昭和四六年一一月二日生)の家族五人で生活していたが、乙山が多額の借金をつくつたため、昭和五三年初め、右三人の子を引き取り、乙山と別居した。

被告は、乙山の借金七〇〇万円を保証していたことから、代位弁済せざるを得なくなつたため、昭和五三年秋ころから、美容業を営むほか、宴会の座敷に出て酌婦の仕事をするようになつた。

<2> 被告は、昭和五四年二月ころ、仙台市内の割烹店に酌婦として派遣されていたところ、客として訪れた原告と知り合い、その晩原告の巧みな誘いに乗り、原告と肉体関係を持つた。

原告には、その当時から妻がいた。

<3> 原告は、昭和五四年三月ころから、被告のマンションに頻繁に出入りするようになつた。

<4> 原告は、昭和五四年五月ころ、被告の実家を被告とともに訪ね、被告の両親に挨拶し、その後も被告の実家に出入りした。

昭和五五年一〇月被告の父親が死亡し、昭和六一年被告の兄が死亡したが、そのいずれの葬儀にも、原告は、被告の夫として参列し、親族席にいた。

原告は、昭和六〇年一〇月ころには、被告とともに被告の長男の就職先の下見に行き、さらに、昭和六一年五月ころには、被告の兄が病院を転院する際、被告とともに、兄に付き添つた。

原告は、被告の親兄弟から、「将来、被告の夫となる人」と承認されていた。

<5> 原告は、昭和五四年五月ころ以後、被告が従事していた美容関係の友人たちとの国内外の旅行に、被告とともに何度も参加した。

<6> 原告は、被告との交際直後、被告に夫との正式離婚を迫つた。被告は、昭和五四年七月六日、前夫と正式に離婚した。

<7> 原告は、性交の度に、被告に対し、「自分はパイプカットをしているから子どもはできない」と言つていたが、昭和五四年一〇月ころ、被告は、原告の子を身ごもつた。

被告が原告に対し「将来どうする気なのか、何時ころ結婚するのか」と尋ねると、原告は、「女房からは、財産の半分をよこせばいつでも別れてやると言われている。俺の子どもを生みなさい。生まれたらお前の丙川町の実家の父母に子どもを預けるようになるな。」などと話したため、被告は、原告の言葉を信用し、交際を深めるようになつていつた。

ただ、被告は、妊娠したのが、前夫との正式離婚後間もなかつたことから、妊娠中絶した。

<8> 原告は、被告に対し、「将来妻と離婚して結婚する」と告げたことがあり、被告は、それを信じていた。

<9> 昭和六二年三月ころ、原告の妻に原告と被告との交際が知られて、原告は、家庭内の不和を避けるため、被告との関係を断つた。

<10> 原告は、昭和六二年六月ころには、被告以外に若い女ができていた。

<11> 原告は、被告との金銭の授受関係の事実を詳細に記録していた。

よつて、被告は、原告に対し、内縁関係の不当破棄による不法行為責任、婚姻予約の不履行責任、又は貞操等侵害の不法行為責任に基づき、一〇〇〇万円の損害賠償請求権を有する。

(二) 被告は、原告に対し、平成二年五月二五日の第一五回口頭弁論期日において、同年四月二四日付けの準備書面を陳述することによつて、右債権をもつて原告の本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否と原告の主張

1  抗弁1は否認。

2  抗弁2について

<1>は不知

<2>から<8>について

昭和五四年二月ころ、被告が酌婦として座敷に出ており、原告が座敷の席で被告と知り合つたこと、原告と被告との間に男女関係があつたこと、知り合つた当時、原告には妻がいて、被告には夫がいたこと、原告が被告と時々旅行に行つたことは認め、その余は不知又は否認。

<9>から<11>について

原告と被告との間の男女関係が昭和六二年三月ころ終了したことは認め、その余は否認。

3  被告は、原告と交際を始めたときから、原告に妻や家族がいることを熟知していた。被告は、離婚した三人の子を持つ女性であり、金銭的な理由から、原告と交際し、肉体関係を持つようになつた。原告が被告との交際をやめたのは、被告が金銭的な理由から原告を利用しようとしていることがわかつたためである。

第三  証拠《略》

【理 由】

一  請求原因に対する判断

請求原因1ないし5の事実は、当事者間に争いがない。同6の事実は、《証拠略》によつて、認めることができる。

二1  抗弁1に対する判断

原告が請求原因3の被告からの保証委託を承諾し保証協会に対する連帯保証をした動機が原告が被告との不倫の男女関係を維持継続することにあつたか否かについて検討するに、当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば、原告と被告は、いずれも配偶者及び子のある身でありながら、昭和五四年二月ころから一時中断したことがあるものの昭和六二年三月ころまで、不倫関係を継続していたことが認められ、これに右保証委託がされた時期(昭和六〇年一一月三〇日ころ)を併せて考えると、原告が被告の保証委託を承諾した動機は被告との不倫の男女関係を維持継続することにあつたものと推認され、してみれば、被告と原告との間の保証委託契約は公序良俗に反して無効であるから、本件は、事前求償権の行使に必要な「委託ヲ受ケテ保証ヲ為シタルトキ」(民法四六〇条)に該当するということはできない。したがつて、原告の事前求償権の行使に基づく請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がなく、棄却を免れない。

次に、原告の事後求償権の行使に基づく一〇〇万円及びこれに対する法定利息の請求について検討するに、連帯保証をするに至つた動機が不倫の男女関係を維持することにあつたとしても、主債務者がその債務の履行を怠り続けた結果、現実に代位弁済した時期がその不倫の男女関係の解消後となつた場合は、もはやその違法性は減弱し、民法七〇八条の法意に照らしても、事後求償権の行使は妨げられないものと解すべきである(右のように解さないとすると、主債務者と保証人とは、互いに他方をして弁済させようとして自らが弁済する事態を避けようとするのであろう。)。本件において、原告が代位弁済した時期は、原告と被告との不倫の男女関係が解消して三年半も経過した後であり、原告の代位弁済した金額及びこれに対する法定利息の支払いを求める請求は、以上の判示からする限り、妨げられないものというべきである。

2  抗弁2に対する判断

(一) 当事者間に争いのない事実、《証拠略》によれば、本件は、互いに、配偶者及び子があり、人生経験に富みそれぞれの分野で一応の社会的地位を築いた思慮分別のある中年男女が、それぞれの思惑と目的のもとに双方納得して継続した男女関係であり、法律的には違法視せざるを得ない男女関係であつたにしても、双方に格別の詐欺や錯誤はなく、またその一方に他方に比して著しく違法性が高い行為があつたこともなく、したがつて、その一方に他方に対する不法行為責任や婚姻予約不履行責任が生ずるような状況もなかつたことが認められる。してみれば、被告は原告に対し右のような男女関係に基づいては何らの損害賠償請求権を取得するものではないといわざるを得ない。

(二) のみならず、被告が主張する損害賠償請求権については、本件で相殺を主張する以前に、すでに別訴(当庁昭和六三年(ワ)第九一四号事件)で、被告が反訴ないし相殺の抗弁として右請求権を主張して係争中であることは、当裁判所に顕著である。一個の債権に基づき、反訴を提起して、その訴訟係属中に、他の訴訟においてそれと同一債権をもつて更に相殺を主張することは、同一債権について既判力を生ずる二個の裁判を求めることになるから、既判力の抵触のおそれ及び審理の重複による無駄を避けるため、民訴法二三一条の類推適用により許されない。

(三) したがつて、被告の抗弁2は、右いずれの点からも、採用することができない。

三  以上によれば、原告の請求は、原告が保証協会に一〇〇万円を現実に弁済したこと(請求原因6)に基づき、右弁済した一〇〇万円及びこれに対する弁済した平成二年一〇月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による利息の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用し、仮執行免脱の宣言については、相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 塚原朋一)

《当事者》

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 菅野敏之

被告 乙山花子

右訴訟代理人弁護士 広野光俊

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