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仙台地方裁判所古川支部 昭和44年(ワ)38号 判決 1970年5月25日

原告

伊藤かつら

ほか四名

被告

中央通運株式会社

主文

被告は、

原告伊藤かつらに対し金四五八万九、六一五円、

原告伊藤忠則に対し金四三三万九、六一五円、

原告伊藤のりみに対し金四三三万九、六一五円、

原告伊藤熊之助に対し金四五万五、五〇〇円、

原告伊藤きよしに対し金二七万五、〇〇〇円、

およびこれら金員に対し昭和四三年一二月一七日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

この判決は、原告ら各勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立て

(原告ら)

被告は、原告伊藤かつら、伊藤忠則、伊藤のりみに対し各五三三万五、〇〇〇円ずつ、原告伊藤熊之助に対し九〇万五、五〇〇円、原告伊藤きよしに対し五二万五、〇〇〇円、およびこれらに対する昭和四三年一二月一七日より完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行宣言。

(被告)

原告らの各請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、請求の原因

一、原告伊藤かつら(以下原告かつらと略称)は亡伊藤紀男(以下紀男と略称)の妻、原告伊藤忠則(以下原告忠則と略称)および原告伊藤のりみ(以下原告のりみと略称)は紀男の子、原告伊藤熊之助(以下原告熊之助と略称)および原告伊藤きよし(以下原告きよしと略称)は紀男の親である。

昭和四三年一二月一七日午後一〇時四〇分頃、紀男が大型貨物自動車を運転して福島県安達郡渋川字柳下八五番地先道路左側を福島市方面から郡山市方面に向け進行中、反対方向からセンターラインをこえて前方へ進出してきた被告従業員新垣松彦運転にかかる被告保有の大型貨物自動車に正面衝突され、紀男はこのため頭蓋骨々折、脳挫傷により同日午後一一時五〇分頃死亡した。

二、右事故により紀男および原告等のうけた損害は次のとおりである。

(一)  紀男の逸失利益金一、四五六万八六一円

(1) 紀男は昭和一一年一月二八日生れであつたから、死亡時の平均余命年数は三八年、稼働年数は三一年(六三才迄)である。紀男方には、原告熊之助所有名儀の田二六六アール、紀男所有の田二〇アール、計二八六アール(二町八反六畝歩)と原告熊之助所有名儀の畑五二アール(五反二畝歩)があり(このほかにも紀男所有の田七七アール(七反七畝歩)があり、また副業としての養蚕、にわとり飼育、わら工品製作があるがこれらはここでは計算外におく。)、紀男、原告熊之助、原告きよしが農業に従事していたが、紀男死亡の時より五年前からは紀男が農業を主宰し、その寄与率は五〇パーセント以上であつた。ところで、志波姫町の標準的な農業所得(純収入)は、一〇アール当り、田については五万三、九五二円、畑については二万二六八円であるから、これから計算すると、紀男方の年間所得は田について一五〇万七、九五六円、畑について一〇万一、三四〇円となる。そしてその五〇パーセントたる八〇万四、六四八円が田畑からの紀男の収益である。

(2) 次に、紀男は農閑期を利用して運転手として稼働し、年間三二万四、五六二円の収益を得ていたから、これを合算すると紀男の年間収益は一一二万九、二一〇円となる。一方、紀男の生活費は年間三三万八、七六三円であるからこれを差引いた七九万四四七円が年間の純収益となり、ホフマン式計算によつて逸出利益を算定すると一、四五六万八六一円となる。

(3) 原告かつら、原告忠則、原告のりみはこれの三分の一たる五一八万六、九五三円ずつを相続により取得した。

(二)  原告熊之助は紀男の治療費として三万五〇〇円、葬祭費として一五万円を支出した。

(三)  紀男の死亡により原告らは多大の精神的苦痛をうけたが、これを金銭に見積ると、原告かつら、原告忠則、原告のりみについては各一〇〇万円ずつ、原告熊之助、原告きよしについては各五〇万円ずつとなる。

(四)  本件訴訟遂行のため、弁護士費用として、原告熊之助は金二〇万円(着手金)を支払い、また原告かつら、原告忠則、原告のりみは各一五万円ずつ、原告熊之助、原告きよしは各二万五、〇〇〇円ずつ(いずれも謝金)を支払う旨の契約が出来てその支払いの義務を負担している。

三、紀男の本件事故死に対し、自動車損害賠償保険金三〇〇万五、七一八円が支払われ、原告かつら、原告忠則、原告のりみが各一〇〇万一、九〇六円ずつ受領した。

四、以上の計算関係の結果によると、原告かつら、原告忠則、原告のりみについては、逸出利益の相続分、慰藉料、弁護士費用の合計から前項の保険金を差し引いた五三三万五、〇〇〇円ずつ、原告熊之助については、慰藉料、治療費、葬祭費、弁護士費用の合計九〇万五、五〇〇円、原告きよしについては慰藉料、弁護士費用の合計五二万五、〇〇〇円となり、被告はこれらを支払う義務があるので、右金員とこれに対する事故発生の日から完済に至るまでの民法所定の利率による遅延損害金の支払いを求める。

五、かりに、請求の原因二、の(一)の(1)の事実が認められないならば紀男の農業所得は次のようなものとなる。

紀男が経営主体となつて耕作した農地は、田三六一アール、畑五二アールであり、昭和四二年度における宮城県内における農家の一〇アール当りの純収益は米について四万三、四一五円、小麦について九、〇五一円であるから、紀男方の純収益はこれより計算すると一六六万五、六八〇円となり、その五〇パーセントたる八三万二、八四〇円が紀男の収益となるが、本訴においてはこのうちの八〇万四、六四八円を本件に関する計算の基礎とするものである。

第三、被告の主張に対する原告らの反論

原告らの住居地域においては、一般に親は、農業経営の後継者たるべき者を経営主体となし、自らは名義上の経営主として農業所得もその収入名義で税務署に申告していても、実質的には後継者たるべき者がすべての収益をおさめているという慣行になつている。原告熊之助は病弱なこともあつて、紀男の死亡する五年程前から農地その他一切の財産を紀男に引き渡し、農業経営は紀男が主体となつて行なつていたものである。そして農地の所有権移転登記も昭和四四年一月に原告熊之助から紀男に対して行われることになつていた。

第四、請求の原因に対する答弁

原告らと紀男の身分関係、原告ら主張のように紀男が事故死したこと、被告が加害車両の保有者であること、紀男の生年月日、紀男が農閑期に運転手として稼働し原告ら主張のような収益を得ていたこと、原告熊之助がその主張のように治療費、葬祭費を支出したこと、以上の事実は認める。逸失利益算定の根拠とした基礎事実中、紀男が農業を主宰していたとの点は否認し、その余の点は知らない、その算定方法は争う。慰藉料、弁護士費用に関する主張は否認する。

第五、被告の主張

一、原告ら一家の農業経営の主体は原告熊之助であつて紀男ではなかつた。このことは税務署、町役場および農業協同組合等で書類上原告熊之助をもつて原告ら一家の代表者として扱つていることからも明らかである。従つて紀男の農業寄与率は低率であつた。

二、原告ら一家の営農のための田畑は大部分が原告熊之助又は原告きよしの所有名義となつており紀男の所有とはなつていない。従つてこれら田畑が全部紀男の所有であるという前提のもとに同人の逸失利益を算定することが誤まりであるのは当然であるし、原告主張のような紀男の稼働年数が満了する以前に原告熊之助又は原告きよしの死亡によるその名義財産の相続という事態が起りうるのであるから、紀男が農業経営の主体であつたとしても、原告主張のような状態が紀男の稼働年数満了までそのまま継続するものではない。

三、本件訴訟は単純な損害賠償請求事件にすぎず、弁護士に委任して訴訟遂行しなければならないような特殊専門的な事柄はない。本訴において敗訴者に勝訴者の弁護士費用まで負担させられることになると、すべての事件について敗訴者が勝訴者の弁護士費用を負担させられる結果となりかねない。

四、原告熊之助は、その支出にかかる葬祭費を本訴で被告に請求しているが、これは労働基準法八〇条により紀男の使用主たる築館貨物運送株式会社が支払うことになつているので、右会社に請求すべきものであつて、被告にその支払義務はない。

第六、証拠〔略〕

理由

一、原告らと紀男の身分関係、原告主張のように紀男が事故死したこと、被告が加害車両の保有者であること、は当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕によると、紀男および原告らの居住する栗原郡志波姫町の農家においては、一家の中心たる父親が生存中であつても、農業の後継者たるべき者に生業のための資産を事実上譲渡し農業の経営を委ねるところの、いわゆる「身上譲り」ということが行われており、これを行なう場合には、親族会議を開いてその意思を決定し、農業協同組合へ挨拶まわりすることによつて外部に意思表示をする慣行のあることが認められ、また〔証拠略〕によると、原告熊之助はもともと病弱だつたため紀男が一家の中心となつて農作業に従事していたのであつたが、昭和三九年一〇月に原告熊之助が病気で入院した際、家族からの要望もあつて紀男に「身上譲り」をする決意をし、同年一一月頃に印鑑や予金通帖を紀男に引渡し、翌四〇年一月初旬頃に「身上譲り」の儀式を行なつて、以後は名実ともに紀男が同家の農業経営の主体となつたことが認められる。証人白鳥直寿の証言中右認定に反する部分は措信せず、ほかにこれを覆すに足る証拠はない。右事実に更に証人氏家勲の証言によると、原告かつら、原告きよしの両名もまた健康がすぐれず体の弱いことが認められるので、原告ら一家における紀男の農業寄与率は五〇パーセント以上であることを認めることができる。

次に、原告ら一家の居住地域の農家においては、父親が死亡した場合には農業後継者が農地のすべてを相続し、他の相続人は相続放棄をしているということが当裁判所に顕著な事実である。しかも右に認定したように原告熊之助は紀男に対し「身上譲り」をしたのであるから、紀男がもし生存していたならば原告熊之助所有名義の農地について相続の開始があれば紀男がこれをすべて相続することは当然に予測されるところである。従つて、原告態之助所有名義の農地について将来相続開始のあることが予想されるから相続開始後も紀男が農業経営の主体となることはあり得ないとする被告の主張は採用できないし、また紀男が一家の農業経営の主体となるについて農地の所有者が原告熊之助であることが何ら妨げにならないのであるから、農地が紀男の所有名義にならなければ紀男を農業経営の主体として逸失利益を算定することが許されないという被告の主張は理由のないものである。

ところで、原告ら一家の居住地域に「身上譲り」の慣行がある以上、紀男が生存していたならば、紀男もまたいずれその子たる原告忠則に「身上譲り」をして農業の経営を委ねるであろうことが予想される。〔証拠略〕によると、紀男が二八才で身上譲りをうけたこと、紀男の子たる原告忠則が昭和三四年一〇月九日生で紀男死亡時九才であることが認められるので、紀男は、本件事故死の時点でみて、生存していたならばおそくともあと二二年後には農業経営の主体たる立場を退き、従つてそれ以後は一家に対する農業寄与率も減少するものと考えられる。運輸省自動車保障課作成の「政府の自動車損害賠償保険事業損害算定基準」(以下政府基準と略称)によると、三二才の者の就労可能年数は三一年であることが認められるので、紀男の稼働年数も三一年と認められるが、右事実を考慮するとき、紀男の農業寄与率は、二二年間は五〇パーセント、その後九年間は三〇パーセントとするのが相当と考えられる。そして、〔証拠略〕によると、原告ら方の農業による年間の純収入が田について一五〇万七、九五六円(一〇アール当り五万三、九五二円、二八六アール)、畑について一〇万一、三四〇円(一〇アール当り二万二六八円、五二アール)、計一六〇万九、二九六円であることが認められるし(従つて、右事実が認定できる以上、原告らの予備的主張については判断の要はない)、紀男が農閑期を利用して運転手として稼働し年間三二万四、五六二円の収益を得ていたことは当事者間に争いがないところであり、運転手としての稼働年数も政府基準により三一年とするのが妥当と考えられる。次に、紀男の生活費は、政府基準と〔証拠略〕を綜合して考慮するとき特に反対の主張立証もないので原告ら主張のとおり年間三三万八、七六三円とするのが相当と認められる。

以上の事実を資料として紀男の逸失利益を算定すると次のようになる。

(1,609296×50/100)+324,562-338,763×14,580+〔(1,609,296×30/100)+324,562-338,763×18,421-(1,609,296×30/100)+324,562-338,763×14,580〕≒13,324,563

1,609,296……原告ら方の農業による年間純収入

324,562……紀男の農閑期における運転手としての収益

338,763……紀男の年間生活費

14.580……政府基準による就労可能年数22年の場合のホフマン式計算による係数

18.421……政府基準による就労可能年数31年の場合のホフマン式計算による係数

以上のように、紀男の逸失利益は一、三三二万四、五六三円であり、被告においてこれを紀男に賠償する義務があるところ、原告かつらが紀男の妻、原告忠則と原告のりみがその子であることは当事者間に争いがなく、右原告らは紀男の右権利を三分の一たる四四四万一、五二一円ずつ相続したので、被告は右原告らに対しこれを支払う義務がある。

三、原告熊之助が紀男の医療費三万五〇〇円と葬祭費一五万円を支出したことは当事者間に争いがない。そしてこれは紀男の死亡による損害に外ならないから被告においてこれを賠償する義務がある。葬祭費用について労働基準法八〇条により紀男の使用主がこれを支払う義務があつてもこれによつて被告の支払義務が免れるものではないから、この点に関する被告の主張は理由がない。

四、紀男の死亡により一家の支柱を失つた原告らが多大の精神的打撃を受けたことは容易に認められる。そして原告らはいずれもそのうけた精神的損害の賠償を被告に求め得ることは明らかであるが、その金額について考えるに、〔証拠略〕によると原告忠則、原告のりみはいずれも未だ幼少であること、証人伊藤小太郎の証言によると原告かつら、原告熊之助、原告きよしはいずれも病弱であること、以上の事実が認められるし、被告において紀男の本件事故死に関し原告らに何らかの慰藉の方法を講じた事実が認められないことをあわせ考えるとき、被告において賠償すべき金額は、原告らの紀男との身分関係からみて、原告かつらについて一〇〇万円、原告忠則、原告のりみについて各七五万円ずつ、原告熊之助、原告きよしについて各二五万円ずつが相当であると認められる。

五、原告熊之助本人尋問の結果によると、本訴訟の弁護士費用として、原告熊之助は既に着手金二〇万円を支出し、更に謝金として金五〇万円を支払う約束を担当弁護士ととり交したことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

ところで、被告は本訴における原告らの弁護士費用を被告に賠償させることの不当性を主張するが、不法行為の被害者が自己の権利擁護のため訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟遂行を弁護士に委任した場合に、その弁護士費用は事案の難易、請求額、認容額等を斟酌して相当と認められる額が不法行為と相当因果関係にたつ損害というべきであること既に確立した判例であり(最高昭四四・二・二七判例参照)、本件の如き被告の賠償義務が明らかな交通事故死の事案であつて損害額の算定に専門的な技術を要するものについては、被告において正当な理由もなしに任意に賠償に応じない以上、訴えを提起せざるを得なくなり、これに要した弁護士費用について被告に賠償義務があるのは当然といわなければならない。そして、本訴の請求額が弁護士費用を除いて約一、六七〇万円であり、認容額が約一、三九〇万円であることのほかに、当裁判所に顕著な事実であるところの、仙台弁護士会の報酬規程内容や当地方では一般に弁護士の報酬が低額であること、本訴訟の争点がもつぱら損害額にしぼられていること等を考慮するとき、被告において賠償すべき金額は五〇万円が相当であると認められる。原告熊之助本人尋問の結果によると、着手金を支払つたのも謝金の支払いの約束をしたのも原告熊之助であるようになつているが、原告らは共同生活を営んでいる家族であり、もとより当事者は原告ら全員であつて勝訴の利益をうけるのは原告らであるから、弁護士費用を負担するのは原告ら全員であるというべく(原告らの主張もそのように構成されており、特に反対の主張立証もない)、従つて被告が原告らに賠償すべき弁護士費用は、原告かつら、原告忠則、原告のりみについて各一五万円ずつ、原告熊之助、原告きよしについて各二万五、〇〇〇円ずつ、が相当と認められる。

六、結局、被告は、原告かつらに対し、逸失利益相続分四四四万一、五二一円、慰藉料一〇〇万円、弁護士費用一五万円、合計五五九万一、五二一円を、原告忠則と原告のりみに対し、逸失利益相続分四四四万一、五二一円ずつ、慰藉料七五万円ずつ、弁護士費用一五万円ずつ、合計五三四万一、五二一円ずつを、原告熊之助に対し、医療費三万五〇〇円、葬祭費一五万円、慰藉料二五万円、弁護士費用二万五、〇〇〇円、合計四五万五、五〇〇円を、原告きよしに対し慰藉料二五万円、弁護士費用二万五、〇〇〇円、合計二七万五、〇〇〇円を、それぞれについて不法行為の日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金を附して支払う義務があるところ、紀男の本件事故死により自動車損害賠償保険金三〇〇万五、七一八円の支給がありこれを原告かつら、原告忠則、原告のりみが各三分の一ずつたる一〇〇万一、九〇六円ずつ受領したことは右原告らの自認するところであるから、右原告らのうくべき賠償額からこれを差し引いたところの、原告かつらについては四五八万九、六一五円、原告忠則と原告のりみについては各四三三万九、六一五円が被告の賠償すべき金額となる。

七、以上の理由により、原告らの本訴請求中、原告かつらについて四五八万九、六一五円、原告忠則と原告のりみについて各四三三万九、六一五円ずつ、原告熊之助について四五万五、五〇〇円、原告きよしについて二七万五、〇〇〇円と右それぞれについて不法行為の日たる昭和四三年一二月一七日より完済に至るまでの民法所定の利率たる年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条に、仮執行宣言について同法一九六条に各従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤清実)

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