仙台地方裁判所石巻支部 昭和61年(わ)84号 判決 1987年2月18日
主文
被告人を懲役二年四月に処する。
未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一昭和五九年三月三一日午後八時ころ、宮城県石巻市向陽町五丁目一九番一六号県営住宅O棟一号K(当時四二年)方において、同人の左手小指第一関節部に出刃包丁(昭和六一年押第二〇号の一)を当てた上、右包丁の峰を金づち(前同号の二)で数回叩き、よつて、同人に入院加療約二〇日間を要する左第五指末節切断の傷害を負わせ
第二Nと共謀のうえ
一昭和六〇年八月一日ころの午後一〇時三〇分ころ、同県桃生郡矢本町大塩字山崎地内高橋土建株式会社土取場において、同会社所有の油圧ショベル一台(買入価格約六八〇万円相当)を窃取し
二同月七日ころの午前零時ころ、同県遠田郡南郷町二郷字入八丁地内において、澤田建設株式会社所有の油圧ショベル一台(時価約六〇〇万円相当)を窃取し
三同月二三日ころの午後一一時ころ、同県石巻市西浜町一番地内において、株式会社奥津組所有の油圧ショベル一台(時価約一、二九〇万円相当)を窃取したものである。
(証拠の標目)<省略>
(傷害罪の成立に対する判断)
なお、弁護人は、判示第一の被告人の所為は被害者の承諾があるために犯罪が成立しないと主張するので、この点について判断する。
判示第一の罪となるべき事実の認定に供し、証拠の標目に掲記した関係証拠によると、被告人がKから指をつめることを依頼されて、有合せの風呂のあがり台、出刃包丁、金づち(いずれも前掲証拠物)を用い、Kの左小指の根元を有合せの釣糸でしばつて血止めをしたうえ、風呂のあがり台の上にのせた小指の上に出刃包丁を当て金づちで二、三回たたいて左小指の末節を切断したことは争いがない事実である。
もつとも、Kが指をつめることを決意するにいたつた動機については、同人が証人として当公判廷で供述するところによると、それまで同人が交際のあつたH一家のEから不義理を理由にケジメをつけるように言われたため、詫料として提供する金もなかつたことから謝罪のしるしに指をつめるより仕方がないと決意して被告人に依頼した旨述べるのであるが、捜査段階では、被告人からEとの交際を理由に二五〇万円を出すか指をつめろと難詰されて止むなく被告人の言いなりに指をつめて貰つた旨供述しており(Kの昭和六一年四月九日付、同年七月二九日付各司法警察員に対する供述調書)その供述に変遷が見られる。そして、右の証言は、被告人の面前でなされていて、被告人をかばつたとも考えられることや、被告人も捜査段階では後者のように自白していることから見て、被告人が強いて指をつめるよう命じて――すなわち瑕疵のある承諾のもとに――判示所為に及んだのではないかという疑いも濃厚である。しかし、Kが当時H一家のEの身内であつたことと、被告人がそれと所属を異にするI会T石巻支部の身内でN支部長の輩下であり、当日はNと行動を共にしていたことを考えると、被告人とKとの間に指をつめなければならないような不義理がどうして存在したのか判然としないところがある。Nは当公判廷において、TとKとの間に不義理はなく、Tの関係でKに指をつめさせたのではない旨証言している。Nの舎弟分にあたる被告人が自らの一存で指をつめさせるのも、後日H一家からの反撥が起こる事態を招くおそれも考えられて不自然であり、やはり、Eの輩下でありながら、当時被告人らともつぱら交遊していた不義理をなじられて同人からケジメをつけるように言われたというKの証言の方に合理性が感じられる。
被告人の捜査段階における自白は、当初否認していたことでもあり、判示第二の各窃盗事件の取調に対する思惑がからんで、捜査官に迎合的に述べた旨の公判廷における供述を考えると、十分に信が措けるものとは認め難く、証人平啓市、同林勝義の当公判廷における供述も伝聞の域を脱せず、極め手に乏しい。
そうだとすると、N、Eら関係者の捜査が十分なされていなかつた事情もあつて、本件の動機がKの自発的な依頼すなわち同人の承諾によるという疑問は合理的な疑いの段階に達しているというべきである。
しかし、右のようなKの承諾があつたとしても、被告人の行為は、公序良俗に反するとしかいいようのない指つめにかかわるものであり、その方法も医学的な知識に裏付けされた消毒等適切な措置を講じたうえで行われたものではなく、全く野蛮で無残な方法であり、このような態様の行為が社会的に相当な行為として違法性が失なわれると解することはできない。
したがつて、被告人の判示第一の所為の違法性は阻却されないから、傷害罪は成立するといわざるを得ず、弁護人の主張は理由がない。
(法律の適用)
被告人の判示第一の所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の各所為はいずれも刑法二三五条、第六〇条に該当する。よつて判示第一の所為については所定刑中懲役刑を選択したうえ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条より最も犯情の重い判示第二の一の罪の刑に併合加重した刑期の範囲内で被告人を懲役二年四月に処し、同法二一条により未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して全部被告人に負担させないことにして、主文のとおり判決する。
(裁判官守屋克彦)