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仙台家庭裁判所 昭和45年(家)519号 審判 1970年10月26日

申立人 萩原幸子(仮名)

事件本人 島野美子(仮名) 昭三三・一一・六生 外一名

主文

事件本人島野美子、同島野一郎の親権者を本籍仙台市○町○番地亡島野喜一から申立人萩原幸子に変更する。

理由

一  申立人は主文同旨の審判を求めその理由として

「申立人は島野喜一と昭和三三年八月一日婚姻し、事件本人両名を儲けたがその後夫婦間は破綻したので、右両名の親権者を父である島野喜一と定めて協議離婚した。しかし右両名の現実の監護は、離婚手続をする以前から申立人は東京で働き、喜一も出稼ぎで留守がちなこともあつて肩書住居地である養護施設に委ねられていたので、離婚後も両名はそのまま同所において生活し現在に至つている。その間申立人は時折施設を訪れて面会したり文通により接触を保ちながら子供の身を案じてきたのである。そして申立人は離婚後件外萩原豊と再婚し幸福な生活に入ることができたので、事件本人両名を手許に引きとりたいと考え、夫とも相談のうえ喜一と話合いを行なつたこともある。ところが同人は昭和四四年一〇月一八日不慮の災難で死亡してしまつた。

そこで申立人は今後は事件本人両名につき全責任を負うべく準備中のところ申立人不知の間に同年一一月一三日亡喜一の弟島野金二が後見人に選任され、以来事件本人両名との文通、面会等も全く制限を受けるに至つた。

しかしながら、申立人は亡喜一とのいきさつから従前は事件本人らの親権者とならなかつたが、現在は父を亡くした子供達をこのままの状態に置くことは忍びないから、一日も早く母親としての愛情と責任で養育したい考えであり、文通が可能だつた頃の手紙では事件本人らも申立人に引き取られることを強く希望しているものである。又後見人島野金二は従前事件本人両名とは殆ど交渉なく、選任後も同様であり、両名も同人に親近感を抱いていないから、母である申立人において手許において監護養育する方が右両名の心身の安定により優つていると思われる。そこで親権者を亡島野喜一から申立人に変更してもらいたい。」と述べた。

二  本件記録中の戸籍謄本二通(筆頭者萩原豊のもの及び筆頭者島野喜一のもの)、申立人萩原幸子、島野金二、高谷正夫に対する各審問結果並びに東京家庭裁判所調査官林祥二作成の萩原豊に対する調査報告書その他関係事件記録(事件本人らの後見人選任申立事件及び後見監督処分事件)等を総合すると次の事実が認められる。

(1)  申立人と島野喜一(昭和四四年一〇月一八日死亡)は昭和三三年八月一日婚姻の届出を了し、同年一一月六日事件本人美子を、昭和三六年九月二七日には事件本人一郎をそれぞれ儲けたが昭和四〇年頃には夫婦の間柄が極度に破綻してしまつたので、申立人は夫の許を出て東京へ働きに行き、父親である喜一も子供二人を残して出稼ぎに出たため子供二人の身上監護をなす者がなくなり、その結果事件本人らは児童相談所を経て昭和四二年三月より、その肩書住所地となつている養護施設に収容されるに至つた。

(2)  事件本人らが施設に収容されて以後申立人と右喜一は全く事件本人らを等閑していたわけではなく、時折喜一も面会に訪れ、申立人も東京から戻つて接触を保つようにしていたが、夫婦の間柄は一向に好転せず殆ど別れることに話がつきかけたので正式の婚姻解消の手続未了のまま申立人は東京都内で現在の夫萩原豊と親密になり同棲生活を営むに至り、遂に昭和四三年八月一七日申立人と喜一は事件本人らの親権者を喜一と定めて協議離婚をした。しかし申立人と事件本人らとの接触状況はほぼ従前どおりであつたし、喜一自身も離婚を親族にも洩らさなかつたため、同人の親族らも事件本人らを預る施設側も離婚の事実を知らないでいたが、昭和四四年一〇月一八日右喜一が作業中の事故により急死したため明らかとなつた。

(3)  親権者であつた右喜一の死亡により事件本人らについては後見が開始したが、亡喜一の親族らは、申立人が喜一との離婚手続が完了しないうちに他男と同棲生活を営んでいたことを知つてこころよく思わなかつたこともあり、申立人とは全く協議をせず後見人選任の申立をすることとし、亡喜一の弟である島野金二が当裁判所に対し後見人選任の申立をなし、昭和四四年一一月一三日同人が事件本人らの後見人に就職した。

(4)  後見人島野金二は前記のとおり亡喜一の弟で国鉄職員であるが、喜一の生前その家庭と特に親密だつたわけではなく、申立人とも、事件本人らとも殆ど接触はない。

後見人就職後も頻繁に夜勤を伴う勤務のため事件本人らとの接触は殆どなく、当裁判所の指導によりようやく一回面会の機会を作つた状態である。そして、経済的理由並びに現住居が○○○町営住宅で家族以外の者の居住を認めないとの理由から、現在及び将来とも事件本人らを引き取つて身上監護を行なう意思は全く有しておらず、義務教育終了後は就職させたい意向である。唯事件本人らには現在亡父の労災保険による遺族年金が交付されているので、右金員の管理を行なつている。又申立人に対しては、離婚前後のいきさつが必ずしも明確でないこと、金銭面でだらしがないとの印象を持つていたことから、多少危惧の念も抱いているが、現在の夫との生活状況が健全なものであり、夫も理解があるというのであれば、申立人が親権者となることに必ずしも反対ではないとの考えを持つている。

(5)  申立人は喜一と協議離婚後昭和四四年三月二六日会社員の萩原豊と正式に婚姻してからは夫ともよく和合し、肩書住所に居住して夫の収入により大過なく家政を処理しているが、生活も次第に安定して来たので事件本人らを引き取りたいと考えるようになり、夫の了解も得て、喜一の生存中から打診していたが、喜一の死亡後は一層母親として自分が責任を持ち養育したいと希望するに至り親権者となることを切望している。又現在育児院側の意向で、法定代理人以外の者との交渉は好ましくないと、申立人と事件本人らの文通は差し止められているが、文通が可能な時期においては事件本人らを一日も早く申立人の許に引き取られることを願つていた。

尚申立人の夫もこの間の事情を知悉し、自己の親族にも話して、申立人の希望に全面的に協力する意向を有している。

三  当裁判所の判断

(1)  まず、本件請求の許否を決するには本件事案のように、離婚の際未成年の子の単独親権者となつた者が死亡した場合民法第八三八条により後見が開始し、指定後見人が存しない場合は家庭裁判所が後見人を選任することとなるが、その場合親権者とならなかつた他方実親が生存しており、新たに親権者になることを希望し、且つその者が未成年子の監護養育の適任者と認められる場合、親権者を死亡した単独親権者よりその生存する実親に変更することが許されるか否か、後見人選任以外に出来ないのかということ、更に親権者変更が許されるとするなら、その時期は何時迄か、すでに生存実親でない者が後見人に選任されていた場合にも親権者変更の余地があるかという点が問題となるが、当裁判所は右いずれについても、積極と解する。

何故なら、我民法のたてまえは未成年子の監護教育は第一次的には父母が親権者として自然の愛情に基づいてその任に当るべきことを期待し、後見制度を親権の補充的役割を果すべきものとして規定しているのであるから、親権者たり得る者が存在し、且つ適任者であるならその者を後見人としてではなく、親権者として監護教育を全うさせることの方が、より制度の趣旨に合致し、子の福祉に適する所以であるから、現行法上変更を認める解釈の余地ある限り、親権を優先させるべきであると考えられるところ、もともと離婚の際に単独親権者を定めることは、事実上共同行使が不能な状態に対する便宜的措置であり、親権者とならなかつた者も親権を離婚により失つたのではなく単に行使の面を制限されているに過ぎないからこそ民法第八一九条六項により後に変更することが可能なのであつて、同条第五項の場合と同様、これを双方実親が生存中に限るべき実質的理由はないと考えるからである。

更に、すでに後見人選任後の場合については、右変更審判を認める説もその多くは後見人が選任される前に限定し、すでに後見人が選任されてしまえば親権者変更の余地はないとしているようであるが、前述したとおり後見を親権の補充的制度と把握する限り、後見人選任の先後により区別する必要はない。親権行使の失当により親権を喪失した場合や親権者が行方不明になり親権行使が不能となつた場合すら、この事由が止んだ後には再びその者が親権者として登場する機会を与えられているのであるから、離婚の際親権者とならなかつた生存実親が親権者となつて未成年子の監護教育の責任者となり得る可能性を、すでに後見人が選任されたことの一事を以つて阻止するのは不合理であり、選任の有無は問題とすべきでないと思料する。そして親権者が不在の間、末成年子の保護が疎にならぬよう選任せられていた後見人も、生存実親がその適格性を認められ親権者変更を認める審判を得て、親権者としての職責を果し得る状態となつたならば、以後はもはや遂行すべき職務はなく、不要の存在となつたわけであるから、その任務はその時点において当然終了するものと解すべきであろう。

(2)  そこで進んで申立人が親権者となることが事件本人らの福祉に適するかどうかを考察すると、前記認定のとおり申立人は亡喜一と不和になつて以来事件本人らと生活を共にしていないし、現在再婚し新しい生活に入つているので、必ずしも全面的に監護教育のみに専念できる態勢が整つているとはいい難い。しかし申立人は別居中も何かと子供らとは接触を保ち、母親としての心遣いをして来たのであり、特に事件本人らの親権者が死亡してからは一層その責務を自覚して引き取りを熱望し、現在の夫やその親族の了解も得て努力しており、又その生活状況も安定した健全な状態であるから、今ここで申立人を親権者とすることにより事件本人らの身辺や申立人の家庭内ににわかに不都合な事態が生ずるとは考えられない。かえつて、現在事件本人らの後見人にはこれ以上身上監護の点についても期待し得ないし、両親の不和以来、不幸な境遇にあつた事件本人らであるから、なお引き取り実現までには若干の日時を要するであろうが、一日も早く申立人に監護教育の責任を委ね母親としての愛情ある接触をさせることが事件本人らの福祉に適するものと思料する。

よつて申立人の本件申立は相当と認められるので主文のとおり審判することとする。

(家事審判官 千葉庸子)

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