仙台家庭裁判所古川支部 昭和42年(少)422号 決定 1967年9月21日
少年 N・K子(昭二七・七・六生)
主文
この事件を宮城県中央児童相談所長に送致する。
少年に対し昭和四二年九月二一日から向う一年間の間に、三〇日間を限度として、教護院内監護室における強制的措置をとることができる。但し、一回の強制的措置の期間は七日間を限度とする。
理由
宮城県中央児童相談所長は、本少年に対し、今後一年間に三〇日間の教護院内監護室における強制的措置を必要とするとして、少年法六条三項、児童福祉法二七条の二により、本件事件を送致した。
少年の一般知能は限界域で、その性格は協調性が乏しく、攻撃性が大で、爆発、抑うつ、気分易変などの異常傾向を示し、また性的関心が非常に強い。
少年は、当裁判所昭和四二年少第四一号窃盗保護事件により、昭和四二年三月八日に宮城県中央児童相談所長に送致せられ、その後一応家に落ち着いたのであるが、相変らず素行がおさまらないので、同年七月○日には、無断で家を出て、亡母の実家へ泊り、翌日には宮城県栗原郡○○町内の飲食店内に就職を求めて宿泊したが、警察の保護により翌○○日に家に帰つたところ、同夜再び家出して、警察の保護を受けるに至つたので、同月△△日に児童相談所長において一時保護を加え、児童相談所に入所したが、入所以来無断外出が多く、その間不純異性関係を持つたことがみられ、反省の気持も薄いので、近く教護院さわらび学園に入所することとなつているが、同種行為を繰り返すおそれがある。
少年の家庭は、父は六九歳の老齢であり、母(後妻)は昭和三七年一〇月に病気のため死亡し、異母姉の夫が家業の農業に従事しているが、子供も多くて、生活も豊かでないので、少年は幼児期より放任状態で、躾けも受けず、冷遇視され、物質的にも精神的にも欲求不満のままに成長してきたもので、家庭には、少年を保護する能力も気持も期待し得ない有様で、むしろ教護院での教育を望んでおり、少年を委託するにたる社会資源も他に見当らない。
以上のように見てくると、学齢期にある少年をして順次社会的適応性を養わしめ、その資質を教化して、更生をはかるためには、家庭よりも、専門機関である教護院の補導のもとに、規律のある生活をなさしめるのが相当であるが、前記のような逃走浮浪癖の矯正および性的衝動を自省せしめるためには、場合により教護院監護室における強制的措置もやむをえないものと認められ、その期間は、本決定の日から向こう一年間の間に三〇日間を限度とする(但し、一回の強制的措置の期間は七日間を限度とする。)ことが相当である。
よつて、少年法二三条一項、一八条二項を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 大沢博)