仙台高等裁判所 平成元年(ネ)15号 判決 1991年2月05日
控訴人
大久保忠
右訴訟代理人弁護士
石岡隆司
被控訴人
三八五交通株式会社
右代表者代表取締役
伊藤彰亮
右訴訟代理人弁護士
高橋勝夫
清水謙
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一申立て
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が昭和六一年三月一九日付けでした控訴人を三日間の出勤停止にする旨の処分が無効であることを確認する。
3 被控訴人は控訴人に対し三三万八九〇九円を支払え。
二 答弁
主文同旨
第二主張
当事者双方の主張は、次のほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。
一 控訴人の主張
1 パスの慣行
被控訴人においては、オペレーターからの無線配車指示に対し、乗務員が、現在地では遠すぎる、あるいは道路状況からして配車先に行くには時間がかかるといった理由で、配車指示を拒否する意思を示し、これに対し、オペレーターがこれを了解し、他車を配車するということが、日常的に行われていた。
オペレーターは、乗務員から「遠くに来てしまった」などの申出があれば、それが本当か、現在地がどこであるか、配車先まで何分ぐらいかかる所にいるのかなどといったことを格別詮索することもなく、乗務員の申出を尊重し、次順位の車に配車を回していたのである。
乗務員の間では、このことを「パス」と呼んでいる。
2 本件の配車指示
本件配車指示に対し、控訴人は「鍛冶町の出口」と応答し、控訴人が移動してエリアの外、すなわち遠くに来てしまったという趣旨を伝えた。
通常であれば、オペレーターは、この程度の応答で、他の車に配車をしていた。
この時点における控訴人の位置と配車先との距離は、所要時間にして、市民病院を経由すれば平均三分四四秒であるが、長横町を経由することになると平均五分〇一秒かかる。そして控訴人は、車線の関係で長横町を経由しなければならない所にいた。
当時、オペレーターは、これよりももっと近い所でも、簡単に「パス」を認めていた。
ところが、本件においては、オペレーターは、執拗に控訴人にこだわり、控訴人が「車庫にいっぱいいるから、そっちから回してくれ」と言ったのに対し、一旦は無線を切ったのに、もう一度控訴人を呼び、再度配車先へ行けと指示している。
3 本件懲戒処分の不当性
被控訴人は、交通労組に対し、昭和五八年の激しい争議以来、敵愾心を有し、交通労組員に対して様々な差別を繰り返してきた。本件も、その延長線上にある問題である。
控訴人は、交通労組結成以来の組合員である。昭和五八年の労使の激しい対立の中、第二組合ができ、交通労組からの脱退者が相次ぎ、一時三三四名いた交通労組の組合員は、最も少なくなった時期で、五五名にまで減った。控訴人は、こうしたときでも脱退せず、交通労組に残った一人である。被控訴人にしてみれば、控訴人は、意思の固い奴で、面白くない者の一人だったであろうことは、想像に難くない。
本件懲戒処分は、控訴人が交通労組員であるが故に、これをねらい撃ちしたものにほかならない。
本件懲戒処分は、不当労働行為であり、かつ平等原則に反するものであるから、懲戒権の濫用であって、無効である。
二 認否
1 控訴人の主張1の事実は否認する。オペレーターからの配車指示に対し、乗務員がこれを拒否することができるとする慣行など、全くない。
2 同2のうち、控訴人がオペレーターに対し、「鍛冶町の出口」「車庫にいっぱいいるから、そっちから回してくれ」との趣旨の応答をしたことは認めるが、その余は否認する。
控訴人の現在地と配車先との所要時間は、平均三分一三秒であり、現在地が配車先より掛け離れてしまったとはいえない。なお、右所要時間について、控訴人は、平均五分〇一秒であると主張し、(書証略)にはこれに沿う記載があるが、本件懲戒処分発生日の昭和六一年三月一九日が水曜日であるところ、右書証は木曜日の測定結果を記載した書面であるから、水曜日の測定結果を記載した(書証略)に照らし、信用することができないものといわなければならない。
また、控訴人は、オペレーターに対し、車庫(吹上営業所)の車を配車するよう求めたが、このような申出は、当時被控訴人において採られており控訴人も承知していたAVM配車基準、すなわちエリアごとの空車表示の上段から配車するとの基準に抵触するものであり、オペレーターによって受け入れられる余地のないものであった。
3 同3の事実は否認する。オペレーターが個々の乗務員を判別することは殆ど不可能である。オペレーターは、ラッシュのときなどは一人で二〇枚ほどの配車伝票を同時に処理するのであり、その際当該乗務員がいずれの組合に加入しているかなどということは、皆目、眼中にない。
理由
当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のほかは、原判決の理由と同一であるからこれを引用する。
一 「パスの慣行について」
1 控訴人は、本件懲戒処分当時、被控訴人にはパスの慣行、すなわちオペレーターから配車指示を受けた乗務員が、遠くに来てしまった、などの申出をすれば、オペレーターは、乗務員の現在地等について詮索することもなく、右申出を尊重し、次順位の車両の乗務員に配車指示をするという慣行があったと主張する。これについて、(証拠略)及び当審控訴人本人尋問の結果によれば、配車指示を受けた乗務員の申出により、オペレーターが他の車両の乗務員に配車指示をし直すことがあったことが認められる。
しかしながら、更に進んで、配車指示を受けた乗務員からの申出があれば当然にオペレーターが他の車両の乗務員に配車指示をし直すとの慣行があったとの事実は、これを認めることができない。
2 すなわち、(証拠略)によれば、次の事実が認められる。
(一) 被控訴人においては、配車指示を受けた乗務員がオペレーターに対し、<1>現在地と配車先との位置関係、交通の状況等からみて、回送のための時間がかかりすぎる、<2>回送の途中において他の顧客から乗車を求められた、などの理由により、他の車両に配車するよう求め、これに対し、オペレーターが右申出を相当と認めたときは、右申出を受け入れ、先の配車指示を撤回し、他の車両の乗務員に配車指示をするとの取扱を認めていた。
(二) オペレーターが右申出を受け入れ、先の配車指示を撤回する場右は、原則として「了解」と述べることにより、これを乗務員に告知していた。
(三) オペレーターが右1のとおり、先の配車指示を撤回して他の車両の乗務員に配車指示をする措置をとったのは、乗務員から、<1>配車先に向かう途中、通行中の顧客から乗車を求められた(書証略)、<2>道路の状況等により現在地から配車先に向かうには時間がかかる(書証略)等の理由により、他の車両を配車してほしいとの申出を受け、営業効率の点からみてその方が得策であり、右申出が相当であると判断したことによるものであった。
(四) オペレーターの了解がないのに、乗務員の申出のみによって、当然に次順位の車両に配車指示が行われるという慣行はなかった。
3 これに対し、(人証略)及び当審控訴人本人の各供述中には、右2(四)のような慣行があったとの部分があるが、これらは、右各証拠に照らして信用することができない。
二 本件の配車指示について
1 控訴人は、控訴人が本件配車指示を受けた当時、控訴人が配車先に行くためには長横町を経由しなければならなかったところ、控訴人の現在地から配車先までの平均所要時間は五分〇一秒であって、控訴人は配車先から掛け離れた位置にいたと主張し、(証拠略)によれば、中村文男が平成元年四月六日(木曜日)に測定した右平均所要時間は五分〇一秒であったことが認められる。
しかしながら、(証拠略)によれば、大橋義雄が昭和六二年八月二六日(水曜日)に測定した右平均所要時間は三分一三秒、奥寺勇五郎が平成元年一一月二二日(水曜日)に測定した右平均所要時間は三分四八秒であることが認められる。
また、本件配車指示のあった昭和六一年三月一九日が水曜日であることは暦上明らかである。
そうすると、木曜日に行われた右中村文男の測定結果をもって、直ちに本件配車指示当日の右所要時間が五分〇一秒であったということはできない。
2 また、原審の認定のとおり、当時控訴人は、本件配車指示に対し、「鍛冶町の出口だ」と述べるのみで、自車の走行位置、道路事情等、配車先へ到着するまでの所要時間が長くかかることについての具体的な事情を全く述べず、「車庫から誰か行ってくれないかな」と述べた後は、再三再四にわたるオペレーターの呼出しにも応答せず、したがって、オペレーターによる「了解」も得なかった。
3 更に、原審の認定のとおり、控訴人は、本件配車指示をしたオペレーターに対し、「車庫にいっぱいおるから車庫からやってくれないか」と要望したが、原審の認定のとおり、当時被控訴人の配車運用規則によれば、配車指示は、配車依頼のあった区域内を走行するカウントの最も高い空車の乗務員に対して行われるものとされていたから、右要望は、オペレーターにとっては応じられないものであった。
4 以上の事実によれば、本件配車指示当時、控訴人の現在地が配車先から掛け離れていたということはできず、また、控訴人がオペレーターに対し、指示に応じられない理由を具体的に述べた事実はなく、更に、控訴人がした車庫(吹上営業所)の乗務員への配車指示の要望は、配車運用規則に反するというのであるから、控訴人がした右配車指示撤回の要望には、これを相当とする理由がなかったものといわなければならない。
三 本件懲戒処分の効力について
1 控訴人は、本件懲戒処分は控訴人が交通労組員であることを理由とするものであると主張するが、右事実が認められないことは、原審の理由のとおりである。
2 また、控訴人は、本件処分は他の従業員であれば配車指示撤回の申出が認められる事例について、控訴人にはこれを認めないとするものであって、平等原則に反すると主張する。
しかしながら、前示一2(三)のとおり、他の従業員について配車指示撤回の申出が認められたのは、従業員がオペレーターに対し、回送の途中で乗客があった、現在地と配車先との位置関係からみて回送に時間がかかりすぎる、などの具体的事情を述べ、これに対し、オペレーターが、右申出が相当であると判断し、了解を与えた場合の事例である。
これに対し、本件は、控訴人がオペレーターに対し、右の具体的事情を述べず、その後応答を中止し、再三再四の呼びかけに対しても応答をせず、その結果、オペレーターによる了解が得られなかったというものであるから、これをもって他の従業員の場合と同列に論じることはできない。したがって、控訴人と他の従業員との間に、控訴人が主張するような不平等があるということはできない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川良雄 裁判官 山口忍 裁判官 佐々木寅男)