仙台高等裁判所 平成元年(ネ)498号 判決 1990年10月22日
控訴人(被告) 清和電器産業株式会社 外一名
被控訴人(原告) 全国金属産業労働組合同盟福島地方金属 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者双方の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取り消す。
2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文同旨
第二当事者双方の主張
次のとおり付加、訂正するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決三枚目裏二行目の「被告会社の第一工場内において」を削る。
2 原判決九枚目表五行目の「提示したにすぎない。」を「提示した。」と改める。
(控訴人らの補足主張)
一 文書による団交の是非については、最高裁判所、下級審の裁判例とも存在せず、これを肯定する有力学説が存在する。控訴人会社は、これに依拠して行動したものであるから、不法行為の要件である故意、過失、違法性はない(最高裁判所判昭和四六年六月二四日判決民集二五巻四号五七四頁参照)。しかも、控訴人会社の文書団交により、被控訴人組合の組合員には具体的には何らの経済的不利益も生じていないから、不法行為の成立要件たる損害の発生もない(各一時金、賃上げ等も組合員、非組合員の別なく実施されており、その他の経済的不利益も全くなく、組合もそれを主張しないところである。)。
二 被控訴人組合の組合員数の減少については、控訴人会社に責任はない。このことは、被控訴人組合が地労委に対し、多数の組合員の名を掲げ、その脱退は全て控訴人会社の介入によるものであると主張したが、地労委がその大半の申立てを認めていないことからも明らかである。
三 使用者による労働者の団結権の侵害といっても、労働組合法第七条に規定する不当労働行為の場合と民法七〇九条以下に規定する不法行為の場合とでは、制度の目的、成立要件を異にするから、労働者の団結権を侵害する使用者の行為につき、不当労働行為が成立し、これが救済命令の対象となるからといって、このことから当然に不法行為の成立を認めることは不当である。
第三証拠関係<省略>
理由
一 当裁判所も被控訴人らの控訴人らに対する本訴請求は原審が認容した限度で認容すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の理由説示と同一であるからこれを引用する。
1 原判決一二枚目表三行目から同一三枚目表四行目までを次のとおり改める。
請求原因2(一)の事実は、同(2)の事実のうち、控訴会社が質問事項に対する文書回答が団体交渉の前提条件だと主張して譲らなかったこと及び同(3)の事実中被控訴人組合が文書で回答した動機を除き当事者間に争いがなく、同(2)の事実のうち、控訴会社が質問事項に対する文書回答が団体交渉の前提条件だと主張して譲らなかったことは、原本の存在及び成立に争いのない甲第一八号証によって原本の存在及び成立が認められる甲第一四号証によりこれを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実と成立に争いのない甲第九一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一三号証、第八一ないし第八六号証、第八八、第八九号証、第九三号証、乙第八号証の一ないし三、第九、第一〇号証、第一二ないし第一四号証、第一五号証の一、二、第一六号証、第一七号証の一ないし八、第一八、第一九号証、第二〇ないし第三二号証によれば、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
1 被控訴人組合は控訴人会社に対し、昭和六三年一月一一日に<1>労働協約の締結<2>賃金控除協定<3>時間外及び休日労働に関する協定につき団体交渉を申し入れたが、控訴人会社は、同年一月一八日「質問、申し入れ並びに回答」と題する書面をもって、被控訴人組合の結成手続その他の事項について質問するなどしたうえ、交渉申し入れ事項については後日文書で回答すると通知し、同日、団体交渉の開催を申し入れた被控訴人福島金属の役員に対し、当時控訴人会社の代表取締役であった控訴人石川らは、右質問事項に対する文書回答が団体交渉開催の前提条件であると主張して譲らなかった。
2 被控訴人福島金属が昭和六三年一月二五日控訴人会社に対し「警告書」と題する書面で団体交渉の開催を督促し、被控訴人組合が同月二八日控訴人会社の前記質問事項に対し文書で回答をしたところ、控訴人会社は同年二月八日被控訴人組合の回答は抽象的である等として再度の回答を求めるとともに、同年一月一一日の被控訴人組合の団体交渉申し入れ事項につき、従前のとおりとして、被控訴人組合提案を拒否する回答をし、同年二月一五日、前記<1>労働協約<2>賃金控除協定につき対案を提示し、同月二九日までにこの対案に対し、文書で回答すること、また疑問点があれば文書で質問するように申し入れた。
3 その後、被控訴人組合は控訴人会社に対し、同年二月一八日付、二月二二日付、三月三日付、三月七日付、四月一五日付、七月六日付、七月一四日付、七月二七日付、八月五日付、一一月一日付、一一月一二日付、一二月六日付、平成元年四月七日付、五月二日付の各文書をもって団体交渉の申し入れをし、被控訴人福島地方金属は、昭和六三年四月二五日付文書で団体交渉の申し入れをし、被控訴人らは、平成元年三月二五日付文書で団体交渉の申し入れをした。これに対し、控訴人会社は、昭和六三年三月八日付、三月一八日付、四月二七日付、五月二三日付、六月三〇日付、七月一二日付、七月一九日付、八月二日付、八月一〇日付、一一月二四日付、平成元年一月一〇日付各文書で回答をした。被控訴人組合の団体交渉の申し入れのうち、昭和六三年二月一八日付、二月二二日付、三月七日付、四月一五日付の申し入れは、同年一月一一日の団体交渉申し入れ事項についての申し入れであるが、控訴人会社は、同年三月一八日付の回答で、前記<3>時間外及び休日労働に関する協定に対する対案を提示し、これに対する回答を同月三一日までに文書で回答すること、質問も文書ですること、また、すでに提示していた<1>労働協約<2>賃金控除協定の対案につき文書による質問が同月二五日までになければ、質問がなかったものと考えるとの回答をした。
その後の団体交渉の申し入れは、賃上げ、一時金、労働時間の短縮、法定外労災補償制度等、最低賃金、組合員の一時金の支給基準等を内容とするものであったが、控訴人会社は、いずれも団体交渉の開催に応ぜず、文書による回答に終始し、質問も文書で要求するものであった。
4 控訴人会社は被控訴人らに対し、平成二年五月九日付文書をもって対面による団体交渉の申し入れをしたが、これは緊急命令に基づくものであり、緊急命令に基づく仮の対面団交であることを特に断っているものであった。
5 被控訴人らは、地労委に対し、昭和六三年一月一九日団体交渉応諾の斡旋の申請をなしたが、控訴人会社はこれに応ぜず、同年三月二日の地労委からの団体交渉に応ずるようにとの救済命令にも従わず、これを不服として中労委に再審査を申し立てたが、同年一〇月一九日棄却され、この取消訴訟も東京地方裁判所で棄却されている。
右認定の事実によると、控訴人会社は、被控訴人組合からの団体交渉の申し入れに対し、当初から書面による回答に固執し、誠実にこれに応じてはいないといわざるを得ない。
この点に関し、控訴人らは、労働組合法は、団体交渉についての定義規定を設けてはおらず、交渉方式につき特段の制限はないから、民法の選択債権の類推により、控訴人会社の選択した書面による交渉も法的に有効であり、控訴人会社は、この書面による団体交渉を継続して行っていると主張するので、この点につき判断する。
なるほど、労働組合法は団体交渉の方式については明文の定めをしていないが、団体交渉権は憲法上保障されている権利であり、労働組合法も「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由なくて拒むこと」を不当労働行為として禁止していること(同法七条二号)に鑑みると、使用者は労働者の代表者と団体交渉をするに当たって誠実に行わなければならないことは当然であり、右の見地からすれば、前記認定のような控訴人会社の文書による回答が適法な団体交渉の範疇に属するとは到底認められないから、右主張は失当である。付言するに、団体交渉は労使双方が互いの意見を誠実に述べ合って労働条件についての合意に達するように努力することが本来の在り方であるから、口頭による方式が通常行われているところであり、また、それが原則である。ちなみに、国家公務員法一〇八条の五第五項後段には、「交渉に当たっては、職員団体と当局との間において、議題、時間、場所その他の必要な事項をあらかじめ取り決めて行なうものとする。」との規定が置かれているが、これは、団体交渉が口頭によって、行われることを当然の前提にしているものと解されるのである(なお、地方公務員法第五五条五項後段にも同趣旨の規定がある。)。
もっとも、交渉の過程において、文書による回答もしくは意見の交換が時には適当な場合も考えられるので、このような場合は、文書による交渉が団体交渉の一環として社会通念上合理性の認められる方式の一つとして是認されることもありえようが、本件がそれに当たらないことは前記認定の事実関係に照らして明らかである。
2 同一三枚目裏六行目の「第二一号証」の次に「第九六号証」を、同九行目「第四六号証」の次に「、第九五号証」を、同一〇行目の「昭和六二年二月ころ、」の次に「従前尋ねたこともない」を加える。
3 同一四枚目表七行目の「中の吉田三郎」から同九行目「証拠はない。」までを「、第五一、第五二号証、第九七、第九八号証中には、右認定に反する記載部分があるが、前掲各証拠に照らし採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。」と改め、同裏四行目「尋問の結果」の次に「及び甲第一二号証」を、同五行目から六行目の「いささか具体性に欠けるものと言わざるを得ず、また」を削り、「甲第六四号証」の次に「及び同第九七号証」を加える。
4 同一六枚目裏八行目の冒頭に「前記三2の事実と」を、「甲第八〇号証」の次に「、第九六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第九四号証」を加え、同一〇行目「その後減少し」から同一一行目までを次のとおり改める。
同年二月一日以降脱退者が出始め、平成元年五月には一〇名程度となったが、特に昭和六三年二月二五日から二九日の間に七八名が脱退届けを提出していること、このころ、控訴人石川及び石川専務ら控訴人会社の職制は、従前尋ねたこともない控訴人組合員である小宅嘉伸、丸太厚志、根本正好、高橋明夫らに対し、被控訴人組合から脱退を迫ったものであること、脱退の希望者の理由については、控訴人会社で記載例を示していることに照らすと、これら被控訴人組合の減少は控訴人会社の行為に起因するものと推認することができる。もっとも、甲第七二ないし第七四号証、第七六号証ないし第七九号証(いずれも原本の存在及び成立に争いがない。)には、脱退届けの作成につき鈴木利幸、鈴木雪枝、斉田ちず子、佐藤誠治、渡辺政克、石井充弘、安藤尚は、自分の意志で組合からの脱退を決意し、控訴人会社の指示・強要はなかった旨の供述記載があるが、指示・強要以外の態様で控訴人会社からの何らかの働き掛けがあったか否かについての供述記載はなく、また、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四五号証ないし第四八号証、第五〇号証には、櫛川和民、柴野茂二、会川七郎、遠藤俊輔、田辺和夫らは組合から脱退用紙を入手したとの供述記載があるが、前掲甲第九五、第九六号証中の控訴人組合代表者の供述記載に照らし直ちに採用することはできない。
5 同一七枚目表二行目の「前記三2」の次に「及び五」を加える。
同一一行目の次に行を変え次のとおり付加する。
なお、控訴人らは、団体交渉の拒否につき、文書団交も団体交渉に該当すると考えたものであり、労働法学者の学説につきこのようなものもあるのであるから、故意、過失ないし違法性はない、また、不当労働行為が成立するとしても直ちに不法行為が成立することはないと主張する。なるほど、成立に争いのない乙第一号証によれば、書面による団体交渉も相当な場合のあることを指摘した学説のあることは認められるが、右学説の説くところも、誠実に団体交渉をすべきことを前提としているのであって、「従来、口頭(会談)方式でやってきながら、相当の理由のないのに、使用者が書面交渉に固執することは誠実義務に反して不当労働行為になる。」、「書面交渉が許される場合でも、使用者がこの方式をとったことによって交渉の進展が阻害されたとき(例えば、回答が遅れ交渉の時期を失した場合など)には、一種の交渉ひきのばし戦術となり、同じく不当労働行為になる。」とか、あるいは「書面交渉がとどこおりなくおこなわれていても、別の要素、たとえば、実質的な交渉が進まないというような状況があれば、なお、これに固執することはやはり誠実な交渉とはいえず、不当労働行為とみなされる。」と説明を加えているのであって、右学説を曲解して、単に書面による団体交渉が無条件に許されるとして控訴人らが団体交渉に応ぜず、被控訴人組合の弱体化をはかろうとして支配介入を行ったことまで是認されるものではなく、このような行為に違法性及び故意もしくは過失を認めることは当然のことである。そして、不当労働行為の成立と不法行為の成立はその要件・目的を異にしているが、本件一連の不当労働行為はそれ自体として不法行為が成立する要件を具備していること前記のとおりである以上、控訴人らの主張は採用の限りではない。
6 同裏六行目から七行目の括弧部分を削り、同末行に改行して、次のとおり加える。
控訴人らは、被控訴人らの組合員には具体的になんらの経済的不利益も生じていないから不法行為の成立要件たる損害も発生していない旨主張するが、本件損害は、団体交渉権の不法な侵害に基づく被控訴人ら組合自身の損害賠償請求であるから、その構成員たる組合員の経済的不利益の有無は右組合固有の損害の消長になんら影響を及ぼさないものというべきであり、従って、右主張も採用の限りでない。
二 よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 糟谷忠男 後藤一男 菅原崇)