仙台高等裁判所 平成10年(ネ)148号 判決 1998年9月30日
控訴人
磯谷吾妻
右訴訟代理人弁護士
笠間善裕
被控訴人
永山徹
右訴訟代理人弁護士
本田哲夫
被控訴人
佐藤光一
右訴訟代理人弁護士
滝田三良
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、控訴人に対し、各自五〇〇〇万円及びこれに対する平成四年七月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
との判決、並びに仮執行の宣言
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 事案の概要と争点
次のとおり訂正するほか、原判決の「事実及び理由」中、「第二 事案の概要及び争点」(原判決二枚目表六行目から五枚目表五行目まで)と同一であるから、これを引用する。
一 原判決二枚目裏七行目の「事件である。」を「ところ、原審が控訴人の右各請求をいずれも棄却したため、控訴人が控訴した事案である。」と改める。
二 原判決二枚目裏一一行目の「会った。」を「あった。」と改め、同三枚目裏一行目を削り、同二行目の「10」を「9」と改める。
第三 争点に対する判断
控訴人は、被控訴人永山に債務不履行責任または不法行為責任が、また被控訴人佐藤に不法行為責任がある旨主張するので、まずこの点について判断する。
一 甲第一ないし第八号証、第一〇号証の1、2、第一一ないし第一五号証、乙第一号証の1ないし7、第二号証の1ないし11、第三号証、第四号証の1ないし5、第五ないし第一一号証、証人渡辺武雄の証言、控訴人、被控訴人佐藤(いずれも原審)、及び被控訴人永山(当審)各本人尋問の結果(ただし、いずれも信用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 控訴人は、高校卒業後、東京の商事会社で輸入関係の仕事をした後、約四〇年間にわたり川上温泉において旅館業を営んでいたが、昭和六三年六月、その経営にかかる旅館を株式会社イトマンの系列に属する大和地所株式会社に売却して以来無職である。
被控訴人佐藤は、美容学校の校長であるが、控訴人とは五〇年来の交際のある親しい友人であった。被控訴人佐藤は、平成四年七月二五日以来、渡辺が代表取締役を勤める不動産の売買並びに仲介管理に関する業務等を目的とするつつみ住建の監査役の地位にあるが、名目上のものであり、実際には監査業務をしておらず、報酬も得ていない。
控訴人は、昭和五三年ころ、被控訴人佐藤の美容室を改築した棟梁として、被控訴人佐藤から渡辺を紹介され、その後、昭和五六年ころ、被控訴人佐藤から誘われたヨーロッパ旅行で偶然渡辺と同室になり、さらに、控訴人が旅館を改造したときに、工事を依頼したことなどから、渡辺とは古い知人の間柄にあった。
2 控訴人は、旅館の売却益をなるべく有利に運用したいと考えていたことから、友人である被控訴人佐藤にその旨をもらしたところ、被控訴人佐藤は、手広く不動産取引をしていた渡辺に対し、控訴人がかかる意向を有している旨を伝えた。
渡辺は、当時、資金繰りに窮していたことから、被控訴人佐藤に対し、控訴人に建売住宅の分譲のための資金を融資してくれるよう伝えて欲しいと依頼した。
3 そこで被控訴人佐藤は、平成四年七月一八日ころ、控訴人が郡山市所在の被控訴人佐藤方に立ち寄った際、つつみ住建の渡辺のもとに控訴人を案内し、つつみ住建が建売住宅の分譲を企画しており、渡辺がそのための資金を融資して欲しいと述べているので検討してみるよう勧め、さらに渡辺が右融資を依頼したが、控訴人は、即答を避け、妻と相談してみると答えた。
4 被控訴人佐藤は、同月二二日ころ、渡辺と共に控訴人宅を訪れ、控訴人及びその妻に対し、つつみ住建が猪苗代町を含め多くの不動産を所有しており、飲食店が入居しているビル、マンション、カラオケ店を所有している旨説明した。渡辺は、控訴人に対し、利息は年一〇パーセントとするし、二本松市の建売住宅の分譲を計画している物件を担保に提供し、併せて公正証書も作成するから、五〇〇〇万円を融資してくれるよう依頼した。
5 控訴人は、妻と相談のうえ、渡辺に対し融資することを決意し、同月二五日、つつみ住建を訪れ、被控訴人佐藤が居る席で、渡辺に対し、同月二八日、五〇〇〇万円を融資するので抵当権を設定し公正証書を作成したい旨述べ、また、司法書士の知り合いがないことから、抵当権設定登記手続、公正証書作成嘱託手続を司法書士に委任するよう依頼した。
6 控訴人は、同月二八日、つつみ住建の事務所において、控訴人夫妻、被控訴人両名、渡辺、被控訴人永山の職員である佐藤一也が同席する中で、渡辺に対し、五〇〇〇万円を預金小切手により貸し渡し、本件消費貸借契約及び根抵当権設定契約を締結したが、両契約の内容は、要旨次のとおりであった。
(一) 消費貸借契約
借主 渡辺
金額 五〇〇〇万円
弁済期 平成七年七月二八日に元金一括払い
利息 年一〇パーセント(毎月五日限り持参又は送金のうえ支払う。)
損害金 期限後につき年二〇パーセント
特約 ①利息を期限内に支払わないとき、他の債務につき仮差押え、仮処分又は強制執行を受けたとき、他の債務につき競売、破産又は和議の申し立てがあったときは催告を要しないで期限の利益を喪失する。
②借主は債務を履行しないときは強制執行を認諾する。
(二) 根抵当権設定契約
債務者 渡辺
設定者 有限会社日商
極度額 五〇〇〇万円
被担保債権の範囲 金銭消費貸借取引・売買取引
目的物 本件担保物件
なお、本件担保物件の担保権設定者は形式上は有限会社日商(以下「日商」という。)であったが、つつみ住建は、平成四年二月四日、平成三年一二月一〇日売買予約を原因として日商から所有権移転請求権の仮登記を受け、売買代金も日商に対し完済していたので、右根抵当権設定契約時においては、既にその実質的な所有者であった。
7 本件根抵当権設定時において、本件担保物件には、債権額を九五〇〇万円とする、権利者福島県商工信用組合の抵当権、極度額を三〇〇〇万円とする、権利者株式会社クリスタルファイナンスの根抵当権、及び極度額を五〇〇〇万円とする、権利者浅上正弘の根抵当権がそれぞれ設定されていた外、大蔵省の差押え、及び右クリスタルファイナンスの競売申立てに基づく差押えがなされていた。
8 被控訴人永山は、本件抵当権設定時に同席はしていたが、登記簿に従い、抵当権等の設定登記や差押登記が存在することに触れたのみで、その具体的な中味については言及をしなかった。むしろ、抵当権等や差押えについては、渡辺が控訴人に対し後日解決して登記を抹消したいと説明した。そして、被控訴人永山は、同日、右消費貸借契約に関し公正証書作成嘱託の申請書類及び根抵当権の登記申請書類を作成し、公正証書作成嘱託及び登記を申請した。
9(一) また、控訴人は、同年九月二日、被控訴人佐藤の関与なしに、つつみ住建に対し、三〇〇〇万円(元利合計三二五〇万円)を貸し付け、つつみ住建または渡辺所有の不動産に対し根抵当権の設定を得、前同様被控訴人永山関与のもと、右消費貸借に関し公正証書作成の嘱託をした。
(二) さらに控訴人は、同年一〇月か一一月ころ、つつみ住建ないし渡辺に対し、一〇〇〇万円を貸し付けた。
10 渡辺またはつつみ住建は、控訴人に対し、本件消費貸借に関し、少なくとも次のとおり弁済した。
(一) 平成五年四月一八日から平成七年五月三一日まで元金につき五七五万円
(二) サンビルドからの回収金一一〇〇万円
(三) 平成四年七月二八日から平成五年三月一二日まで三三六万円
(四) 平成四年一一月五日から平成五年三月一三日まで合計一〇〇万円
11 なお、本件担保物件の時価は、平成七年九月の時点において七六〇九万円であった。
二 右認定に関し、控訴人は、①被控訴人永山には、本件消費貸借契約の立ち会いを依頼されたのであるから、立ち会いに先立ち、本件各物件を事前に調査し、資金授受に関し、登記手続の障害になるような事実があった場合や将来根抵当権が抹消されてしまう危険性があった場合にはそれを説明すべき義務があるのに、これを怠った債務不履行責任、または司法書士として右のような説明をしなかった不法行為責任があり、また、②被控訴人佐藤には、渡辺あるいはつつみ住建に十分な返済能力があり、かつ、本件担保物件に十分な担保価値があるかのような言動を用いて控訴人に回収不可能な融資をさせた不法行為責任があると主張するので順次検討する。
1 被控訴人永山について
まず、本件消費貸借への立会いについて判断するに、原審証人渡辺武雄の証言、原審における控訴人、被控訴人佐藤、当審における被控訴人永山各本人尋問の結果によると、司法書士である被控訴人永山については、もともと控訴人及び被控訴人佐藤とも面識がなかったので、依頼したのは渡辺であったところ、渡辺が被控訴人永山に依頼した内容は、本件消費貸借に伴なう、本件担保物件に対する根抵当権設定登記手続の申請と公正証書作成の嘱託のみであって、本件消費貸借への立会いは、依頼の内容に含まれておらず、被控訴人永山は、控訴人から渡辺への五〇〇〇万円の授受については、何ら関心がなかったことが認められ、右認定に反する前顕甲第一一号証は、前掲各証拠と対比して信用することができず、他に控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、被控訴人永山に対して、本件消費貸借の立会いまで依頼したことを前提に、説明義務違反を主張する控訴人の右主張は、その前提を欠くことになるから、採用できない。
次に、登記手続の委任を受けた司法書士たる者が、一般的に控訴人が主張するような説明義務を負うかについて判断するに、そもそも債務者側から提供された物件を担保に金銭消費貸借に応じるか否かは、最終的には、債権者の周到なる調査と情報収集の結果を踏まえたうえ、その判断と責任において決すべき事柄であって、故意または過失の下にその過程において、債権者の判断を誤らせるような説明や情報を違法に提供したのでない限り、不法行為としての責任を問われることはないというべきである。
前期認定の事実によれば、控訴人は将来の生活に備え、かつて営業していた旅館を売却して得た資金を有利に運用したいと願っていたところ、その運用先としてつつみ住建を選び、その担保としては、被控訴人永山が関与する以前において、その代表取締役である渡辺の説明で納得した本件担保物件をもって十分であると判断して融資に応じたものであって、被控訴人永山は控訴人の判断を誤らせるような説明や情報の提供を何らしていない。しかも、控訴人はその後二回にわたり、自己の判断のみで、つつみ住建に対し合計四〇〇〇万円の融資さえしているのである。むしろ、被控訴人永山は、当審において、現実の取引社会においては、当事者双方の種々な駆引きや思惑の下で取引が進行するものであるのに、司法書士が独自の判断で事前に説明をすれば、どちらか一方に利益または不利益を及ぼし、また場合によれば、取引そのものが阻害されることがあるので、そのような説明はしないことにしていると供述しているところ、被控訴人永山の右供述には、十分合理的理由があるというべきである。
そうすると、被控訴人永山が本件根抵当権の登記手続を依頼された際に、控訴人が主張するような説明をしなかったことをもって、不法行為責任があるということはできないといわなければならない。
2 被控訴人佐藤について
前期認定の事実によると、被控訴人佐藤が控訴人に対し、つつみ住建が数多くの不動産を有し、建売住宅を計画していると説明して、融資先を紹介したことは事実であるが、被控訴人佐藤は、控訴人が旅館を売却して得た資金を有利に運用したいと願っているのを知っていたので、つつみ住建をそれに適した融資先と考えて、控訴人の融資の仲介をしたにすぎないうえ、被控訴人佐藤がつつみ住建の監査役になっているといっても、名目上のものであり、その営業や財務内容を把握したうえで、控訴人に積極的に融資を促したものではないから、本件担保物件について控訴人主張のような説明をすべき義務があったとまでいうことはできない。むしろ、控訴人は、被控訴人佐藤の仲介を契機に、渡辺から具体的に詳細な説明を受け、妻とも相談して、利息との兼合いのうえで自らの決断によって本件消費貸借を実行したのであって、被控訴人佐藤の抽象的な説明のみに依拠して安易に融資をしたものではないというべきである。
したがって、被控訴人佐藤に不法行為責任を認めることはできない。
三 そうすると、その余の点を判断するまでもなく、控訴人の本訴請求をいずれも失当として棄却した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから、いずれもこれを棄却すべきである。
よって、控訴費用の負担について、民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 喜多村治雄 裁判官 伊藤紘基 裁判官 大沼洋一)