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仙台高等裁判所 平成12年(ネ)174号 判決 2000年11月29日

控訴人(附帯被控訴人)

甲山花子

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

水野幹男

被控訴人(附帯控訴人)

○○株式会社

右代表者代表取締役

古舘豪

右訴訟代理人弁護士

藤原博

主文

一  本件控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)甲山花子に対し、金八九八万六〇〇〇円、及び内金八七七万円に対する平成九年一一月一六日から、内金二一万六〇〇〇円に対する平成一二年六月九日から各支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)乙川春子、及び同甲山太郎に対し、各金五九九万三〇〇〇円、及び各内金五八八万五〇〇〇円に対する平成九年一一月一六日から、各内金一〇万八〇〇〇円に対する平成一二年六月九日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  控訴人(附帯被控訴人)らのその余の請求をいずれも棄却する。

二  本件附帯控訴をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを九分し、その七を控訴人(附帯被控訴人)らの、その余を被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

四  この判決は、第一項1、2に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨(当審において請求を拡張した部分を含む)

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人(附帯控訴人、以下単に「被控訴会社」という。)は、控訴人(附帯被控訴人)甲山花子(以下単に「控訴人花子」という。)に対し、金四七〇二万一〇〇〇円及びこれに対する平成六年三月一日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

3  被控訴会社は、控訴人(附帯被控訴人)乙川春子(以下単に「控訴人春子」という。)に対し、金二三五一万〇五〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

4  被控訴会社は、控訴人(附帯被控訴人)甲山太郎(以下単に「控訴人太郎」という。)に対し、金二三五一万〇五〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴会社の負担とする。

との判決、並びに仮執行宣言。

(なお、控訴人ら(附帯被控訴人ら、以下「控訴人ら」という。)は、従前の請求である、(一)被控訴会社は、控訴人花子に対し、金四六八〇万五〇〇〇円及びこれに対する平成九年一一月一六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え、(二)被控訴会社は、控訴人春子に対し、金二三四〇万二五〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え、(三)被控訴会社は、控訴人太郎に対し、金二三四〇万二五〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払えとの請求を、当審において前記のとおり拡張した。)

二  控訴の趣旨及び拡張された請求の趣旨に対する答弁

1  本件控訴及び当審において拡張した請求をいずれも棄却する。

2  当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。

三  附帯控訴の趣旨

1  原判決中被控訴会社敗訴の部分を取り消す。

2  控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

四  附帯控訴の趣旨に対する答弁

1  本件附帯控訴を棄却する。

2  附帯控訴費用は被控訴会社の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、原審では、甲山一郎の相続人である控訴人らが甲山一郎が取締役に就任していた被控訴会社に対し、第一次的請求として、甲山一郎と被控訴会社との間の合意、あるいは両者間の委任契約又は労働契約に付随する信義則上の義務に基づいて、被控訴会社と大同生命保険相互会社との間で締結した生命保険契約(保険金受取人被控訴会社、被保険者甲山一郎)により被控訴会社に対し支払われた生命保険金九三六一万円相当分についての各法定相続分割合による金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年一一月一六日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、第二次的請求として、生命保険契約の締結に際して制定された被控訴会社の役員退職慰労金規程に基づいて、甲山一郎の退職慰労金、退職功労加算金及び弔慰金の合計三〇一七万円の支払いを求め、第三次的請求として、被控訴会社の代表取締役らが甲山一郎について、役員退職慰労金規程に基づいて退職慰労金等の支給決議をなすべき義務があるのにこれを怠って、同規程に反し功労金三〇〇万円のみの決定をして控訴人らに損害を負わせたとして、不法行為に基づいて、退職慰労金等相当額三〇一七万円から既払いの功労金三〇〇万円を控除した二七一七万円の支払いを求めて提訴したところ、原審は控訴人らの第一次的請求のうち、合計二〇五四万円(控訴人花子は八七七万円、控訴人春子及び同太郎は各五八八万五〇〇〇円)及びこれに対する前同日から支払いずみまでの遅延損害金の支払いを求める限度で認容したので、控訴人らが敗訴部分について控訴し、併せて第一次的請求について前記のとおりそれぞれ請求を拡張し(請求元金を入院給付金相当額を付加した請求に、遅延損害金の起算点を平成六年三月一日に、遅延損害金の利率を商事法定利率年六分に、それぞれ拡張した。)、一方、被控訴会社においても、その敗訴部分について附帯控訴した事案である。

一  本件における判断の前提となる事実及び争点についての当事者の主張は、次の二のとおり付加・訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」中の四頁五行目から二九頁三行目までと同一であるから、これを引用する。

二1  原判決八頁四行目の「右の保険は、」を「右の本件契約及び普通傷害保険契約の保険は、」と改め、同九行目の末尾の次に、「(甲二九)」を加える。

2  原判決八頁一〇行目から同九頁七行目までを、次のとおり改める。

「3 保険金の受領

(一) 被控訴会社は、甲山一郎が入院したことにより、平成六年二月四日、大同生命からの第一契約により入院給付金九万六〇〇〇円及び同六万六〇〇〇円を、第二契約により同給付金一一万円及び同一六万円を受領した。(甲二八の8ないし11)

(二) 被控訴会社は、甲山一郎の死亡により、平成六年二月一日、大同生命から次の保険金合計九三六一万円を受領した。(甲二八の2、3、乙一一、一二)

(1) 第一契約

死亡保険金 二五〇〇万円

配当契約保険金

九六〇万七八〇〇円

(2) 第二契約

死亡保険金 五〇〇〇万円

配当契約保険金

九〇〇万二二〇〇円

(三) 被控訴会社は、前記受領金相当額を控訴人らに対し支払っていない。」

3  原判決一四頁八行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「3 入院給付金相当額の支払請求権

(一) 甲山一郎は、本件契約の被保険者となることを同意するに際し、被控訴会社との間において、保険給付金の受取人は被控訴会社とするが、自己が入院した場合には被控訴会社が受け取る入院給付金相当額を自己に支払ってもらう旨合意した。

(二) 甲山一郎と被控訴会社との間の委任契約又は労働契約に付随する信義則上の義務として、被控訴会社は、入院給付金相当額を甲山一郎に支払うべき義務がある。」

4  原判決一四頁九行目の「3」を「4」と改める。

5  原判決二二頁三行目の「4」を「5」と改める。

6  原判決二三頁七行目から同二四頁一行目までを、次のとおり改める。

「6 控訴人らは、被控訴会社が受領した保険金及び入院給付金相当額合計九四〇四万二〇〇〇円について、法定相続分の割合に従って、控訴人花子につき四七〇二万一〇〇〇円、同春子につき二三五一万〇五〇〇円、同太郎につき二三五一万〇五〇〇円及びこれらの金員に対する支払期日の後である平成六年三月一日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める(なお、控訴人らは、被控訴会社に対し、第二次的請求として、合計三〇一七万円の支払いを求め、第三次的請求として、合計二七一七万円の支払いを求める。)。」

7  原判決二四頁七行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「甲山一郎の認識は役員退職慰労金規程に基づき、取締役会ないし株主総会で決定された金額の支払いを受けることができるとの認識であり、被控訴会社は、平成六年一月一〇日、株主総会を開催し、諸事情を勘案して甲山一郎の退職慰労金を四〇九万三七八五円と決定し、同人に対する貸付金等との相殺後の残金三〇〇万円を支給した。」

8  原判決二五頁五行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「(四) 仮に、被控訴会社に役員退職慰労金及び弔慰金相当額を支払う義務があるとしても、被控訴会社が控訴人花子に対し支払った前記三〇〇万円のほかに、①給料名下に平成六年一月から平成八年一二月まで毎月一二万一〇〇〇円宛支払った合計四三五万六〇〇〇円、②退職金名下に平成八年一二月に支払った二六九万円、③生活費名下に平成九年八月から平成一二年七月まで毎月七万円宛支払った計二五二万円を、それぞれ控除すべきである。」

9  原判決二五頁七行目の次に行を改め、次のとおり加える。

「3 入院給付金相当額の支払請求権について

被控訴会社は、入院給付金合計四三万二〇〇〇円を甲山一郎に対して支払っていない。

控訴人ら主張の合意は否認する。」

10  原判決二五頁八行目の「3」を「4」と改める。

11  原判決二七頁二行目の「肝臓ガンの受けてから」を「肝臓ガンとの診断を受けてから」と改める。

12  原判決二九頁二行目の「4」を「5」と改める。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人らの本訴請求は、主文第一項1、2に掲記した限度において正当として認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加・訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」中の二九頁四行目から四七頁五行目までと同一であるから、これを引用する。

二1  原判決二九頁五行目から同三九頁三行目までを、次のとおり改める。

「一 保険金相当額支払いの合意について

1  証拠(甲二九、乙三、六、二七、二九、原審証人土橋一二郎の証言、原審における控訴人花子、同春子及び原審における被控訴人代表者各本人尋問の結果)によれば、次の事実が認められる。

(一) 被控訴会社が、大同生命の保険外交員から勧誘された「法人会の経営者大型総合保障制度」についての説明書(甲二九)には、この保障制度(以下「経営者保険」という。)の主な特色として、①掛金は損金に算入できる(国税庁通達)、②経営者に万一の場合の保障があるので、金融機関、取引先等の信用が増大し、事業資金の調達、営業取引の円滑化の一助となる、③経営者に万一のことがあっても、会社に保険金が入るため企業の安全が保てる、④経営者に万一のことがあっても、死亡退職金や弔慰金等の確実な支給財源ができる、⑤経営者に万一のことがあっても、債務を返済する財源ができるのでみんなが安心できるなどと、企業経営にとっての利点と保険金が被保険者や遺族に対する死亡退職金や弔慰金等の確実な支給財源となることが説明されている。

(二) 被控訴会社は、第一契約の締結に際し、大同生命の保険外交員から、保険金については企業が受取人となり、企業が借金の弁済に充てるなり、再投資に利用するなり、弔慰金等として遺族に支払う財源とするなりして使用できるとの説明を受けたが、商工会などから保険契約そのものには受領した保険金を誰にいくら支払うのかの基準がないので、事後のトラブルがないように役員退職慰労金規程を作成するようにとの指導を受け、会計事務所からもらった役員退職慰労金規程のひな型をそのまま使って被控訴会社の役員退職慰労金規程(以下「本件退職慰労金規程」という。)を制定した。

被控訴会社では、本件退職慰労金規程の制定について株主全員の了解を得て、同規程を記載した書面を取締役会に配付し、同規程は、第一契約の締結日である昭和四八年一一月一日から実施された。

経営者保険の被保険者となった取締役三名(甲山一郎、被控訴会社代表者及びその妻)は、その内容について説明を受けていた。

(三) 本件退職慰労金規程の第一二条には、退職慰労金と関連のある会社加入の生命保険及び損害保険契約の受取保険金(中途解約返戻金も同じ)は、全額会社に帰属すると定められている。

(四) 被控訴会社の所在する地域では相当数の中小企業が経営者保険に加入しているが、その多くで同じ書式内容の役員退職慰労金規程が採用されている。

(五) 甲山一郎は、生前、家族に対し、「被控訴会社で自分を被保険者とする経営者保険に加入し、保険金が一億円なので半分は家族に入るから、自分に万一のことがあっても大丈夫だ」との話をしていたことがある。

(六) 甲山一郎は、第一契約の締結の当時、被控訴会社の取締役営業部長の肩書で、所属のガソリンスタンドの所長として切り盛りし、売上をのばしていた。

2 以上認定の事実、並びに前記第二の一1及び2の事実を総合すると、被控訴会社は、第一契約の締結に際し、甲山一郎の死亡により死亡保険金を受領したときは、受領した保険金額の範囲内で、契約締結と同時に制定した本件退職慰労金規程に従って計算した退職慰労金及び弔慰金を甲山一郎の遺族に支給することを予定し、一方、甲山一郎も少なくとも同程度の金額が被控訴会社から自己の遺族に支払われるとの認識をもって被保険者となることに同意し、その後に締結された同様の生命保険についても、このような被控訴会社及び甲山一郎の認識に変わりはなかったものと推認することができる。

なお、本件契約における配当契約保険金は、証拠(甲三〇)によれば、大同生命が定款の規定により積み立てた配当準備金の中から、有効契約に対し、社員である保険契約者の選択する方法により支払う配当金であることが認められるから、被保険者の死亡とは何ら関連しないものであり、これを被控訴会社が受領したとしても、このことにより被控訴会社が甲山一郎の遺族に対し相当額の金銭を支給すべきとの認識は被控訴会社及び甲山一郎にはなかったというべきである。

3 ところで、株式会社の取締役に対する退職慰労金及び弔慰金は、在職中の職務執行の対価として支給されるものである限り、商法二六九条にいう報酬に含まれるから、株主総会の決議を要するうえ、証拠(乙三)によれば、本件退職慰労金規程二条では、「退職した役員に支給すべき退職慰労金は、次の各号のうち、いずれかの額の範囲内とする。」として、「①本規程に基づき、取締役若しくは取締役の過半数で決定し、社員総会において承認された額。②本規程に基づき、計算すべき旨の社員総会の決議に従い、取締役若しくは取締役の過半数により決定した額。」と定められていることからすると(なお、被控訴会社は株式会社であるから「社員総会」は「株主総会」と、「取締役若しくは取締役の過半数」は「取締役の過半数」と読み替えるべきものである。)、被控訴会社に対する退職慰労金及び弔慰金の請求権は、同規程二条に定める手続に従って、株主総会の決議及び取締役の過半数による決定がなされて初めて生じるものと規定上一応解しうる。

しかしながら、退職慰労金及び弔慰金の性質は右のとおりであるとしても、甲山一郎の遺族に対し支給する金額についての被控訴会社及び甲山一郎の認識を、本件退職慰労金規程に定められた決定手続に従って支給されるところの退職慰労金等の金額であるとすると、後日、退職慰労金等の支給についての株主総会の決議や取締役の過半数の決定がなかった場合には、退職慰労金等が支給されず、また、その決議、決定があっても極めて不適切な金額であるというような場合には、被保険者となることに同意した甲山一郎の意思に全く反する結果になることが明らかであり、しかも、①本件契約が他人の生命の保険であり、被保険者の同意がなければ効力を生じないものであるところ(商法六七四条一項)、これは保険が賭博又は投機の対象として濫用されたり、保険金取得目的での違法行為を誘発することを防止するためであること、②本件契約については、企業が負担した保険料は全額損金に計上できるものであるが、これは保険の目的、趣旨に被保険者あるいはその遺族に対する福利厚生措置の財源の確保ということが含まれていることを考慮すると、甲山一郎の死亡により受領した保険金により被控訴会社が一方的に大きな利益を得る結果になることは、甲山一郎の意思に反するばかりか、甲山一郎と被控訴会社との関係を考慮しても、商法六七四条一項の趣旨や税法上の前記措置の趣旨に反する結果となりかねないものである。

そうすると、被控訴会社と甲山一郎との間において、第一契約の締結の際に、甲山一郎が死亡したことにより被控訴会社が死亡保険金を受領した場合には、株主総会の決議及び取締役の過半数の決定を要することなく、前認定のとおり株主全員の了解を得て制定された本件退職慰労金規程に従って計算した退職慰労金及び弔慰金相当額の金員を甲山一郎の遺族に支払う旨の合意が成立したものと認めるのが当事者の合理的意思の解釈として適切である。

そして、また、その後に締結された死亡保険金増額の契約や第二契約における死亡保険金の関係でも、契約締結の状況に特段の変化は認められないのであるから、第一契約の締結の際の合意におけるのと同じ位置づけにするとの追加的な合意が成立したものと認めることが相当である。

もっとも、前記合意に基づく給付請求権は、甲山一郎の死亡により被控訴会社が死亡保険金を受領したときに発生するものであるが、本件退職慰労金規程に定められた手続に従って退職慰労金及び弔慰金が支払われた場合は、それによって実質的に一部目的が達成されたものと評価できるから、予め支払われた金額に相当する限度において消滅する関係にあるものと解するのが相当である。

4  なお、甲山一郎が生前、経営者保険の死亡保険金に関し家族に対して話していた内容が前記1(五)で認定したとおり認められるところであるが、これにより死亡保険金に対する被控訴会社の取扱いに関し甲山一郎が少なからぬ期待を寄せていたことが推認されるものの、本件契約の死亡保険金の合計は七五〇〇万円であり、一億円とは相違するし、本件退職慰労金規程の制定の経緯及びその内容などの前記1(一)ないし(三)で認定した事情に照らすと、被控訴会社と甲山一郎との間で、本件退職慰労金規程と乖離した具体的な金額の支払合意が成立したとまで認めることはできない。他に、控訴人ら主張の保険金相当額支払いの合意を認めるに足りる証拠はない。

また、本件退職慰労金規程は、経営者保険に加入した相当数の企業で採用されているものであり、同規程に従って計算されるところの退職慰労金及び弔慰金の額が一般的な支給水準に照らし不相当であるとの証拠もないから、被控訴会社が甲山一郎の死亡により取得した本件契約の保険金から同規程に従って計算した退職慰労金及び弔慰金に相当する金額を控除した分を保険料を負担する保険契約者兼保険金受取人の被控訴会社が取得することは、保険の趣旨や公序良俗に反するものではなく、法律上許容されるものであり、本件において、控訴人ら主張の委任契約又は労働契約に付随する信義則上の義務としての保険金相当額支払いの義務を肯定すべき事情は、これを認めることができない。」

2 原判決四三頁九行目末尾の次に「(乙三)」を、同一〇行目の「乙」の次に「一五の1、」を同四四頁一行目の「被告会社から」の次に「毎月二三万四〇〇〇円の」をそれぞれ加える。

3  原判決四五頁一行目から同四行目までを、次のとおり改める。

「4 以上によれば、被控訴会社が甲山一郎との間の前記合意に基づいて同人の相続人である控訴人らに支払うべき退職慰労金及び弔慰金相当額の合計は二三五四万円となり、右金額のうち、控訴人ら各自が受け取ることのできる金額は、前記合意の性質に照らし、法定相続分に従った割合と解すべきであるから、控訴人花子について、一一七七万円、控訴人春子及び同太郎について、各五八八万五〇〇〇円となる。」

4  原判決四六頁五行目から同一〇行目までを、次のとおり改める。

「前記の三〇〇万円については、証拠(乙三二、原審における被控訴人代表者本人尋問の結果)によれば、被控訴会社は、平成六年一月一〇日、臨時株主総会を開催し、甲山一郎の退職慰労金として手取金額三〇〇万円を支給する旨の決議をしていることが認められ、甲山一郎の死亡にともない同人の在職中の職務執行の対価として支払われたものであるから、本件退職慰労金規程に従って控訴人花子に支給された甲山一郎の退職慰労金ということになる。そうすると、控訴人花子については、前記合意により被控訴会社から支払われるべき金額は、前記一一七七万円から右三〇〇万円を控除した残額の八七七万円ということになる。」

5  原判決四六頁末行から同四七頁五行目までを、次のとおり改める。

「2 証拠(甲二五の2、乙一九、原審における被控訴人代表者本人尋問の結果)によれば、平成五年一二月一五日、昭和五三年締結の共済契約に基づき中小企業退職金共済事業団から被共済者である甲山一郎に退職金一八一万七九二〇円が支払われているが、右は被控訴会社の甲山一郎に対する退職金についての福祉的措置の一つであるものの、本件契約の死亡保険金とは具体的な関連性は認められないから、前記合意により被控訴会社が支払うべき金額から控除すべき性質のものではない。

また、被控訴会社の主張1(四)の事実、同4(二)中の(2)及び(3)の各事実は、被控訴会社の甲山一郎及び控訴人花子に対する福祉的措置と評価されるが、本件契約の死亡保険金とは具体的な関連はなく、やはり前記合意により被控訴会社が支払うべき金額から控除すべき立替金その他の性質のものではない。

3 したがって、控訴人ら主張1については、被控訴会社に対し、控訴人花子については、八七七万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成九年一一月一六日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、同春子及び同太郎については、それぞれ五八八万五〇〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで同割合による遅延損害金の各支払いを求める限度で理由がある。

なお、右債権は履行の期限の定めのない債権であるから、被控訴会社が控訴人らから履行の請求を受けた日であることが明らかな平成九年一一月一五日の翌日から履行遅滞となり、右債権は商人である被控訴会社の営業のためにする行為である商行為から生じた債権であるから、商事債権としてその利率は商事法定利率の年六分と認められる。」

三  入院給付金相当額の支払請求権について

1 証拠(甲二九、三〇、乙一七の1ないし4、原審における控訴人花子及び原審における被控訴人代表者各本人尋問の結果)によれば、前記の経営者保険の説明書(甲二九)には、契約加入の形式として、加入者は法人の役員及び幹部社員であり、保険金の受取人は加入者の属する法人であるが、死亡保障以外は加入者である旨が記載されていること、大同生命の定期保険災害保障特約条項によれば、原則は、入院給付金は被保険者に対し支払うものとされていること、昭和六三年中に本件契約に基づいて大同生命から被控訴会社に対して支払われた入院給付金及び手術給付金の合計一三六万円は、被控訴会社から甲山一郎に対して支払われていること、被控訴会社代表者は、昭和六三年に甲山一郎が肝臓ガンに罹患していることを知らされた際、その家族に対し、入院給付金が入るから大丈夫である旨話していたこと、以上の事実が認められるから、甲山一郎は、本件契約の被保険者となることを同意するに際し、被控訴会社との間において、保険金給付金の受取人は被控訴会社とするかが、自己が入院した場合に被控訴会社が受け取る入院給付金相当額を自己に支払ってもらう旨合意したことが推認される。

2  被控訴会社が前記第二の一3(一)入院給付金合計四三万二〇〇〇円を受領しながら、これを甲山一郎に対して支払っていないことは、当事者間に争いがないから、控訴人らは被控訴会社に対する右四三万二〇〇〇円の支払請求権を法定相続分の割合で取得したことになる。

そうすると、被控訴会社に対し、控訴人花子については、二一万六〇〇〇円及びこれに対する履行の請求をした日の翌日であることが明らかな平成一二年六月九日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、同春子及び同太郎については、それぞれ一〇万八〇〇〇円及びこれに対する右同日から支払いずみまで同割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由がある。

なお、右債権の履行の期限の定め及び遅延損害金の利率の内容については、前記の退職慰労金等相当額の支払請求権と同じである。

四  控訴人らの本件退職慰労金規程に基づく退職慰労金等の合計三〇一七万円の第二次的請求は、殊に役員退職功労加算金について取締役の過半数による決定が存在しないから右退職慰労金等請求権は発生せず、それ故理由がなく、また、甲山一郎の退職慰労金等の支給決議に関しての被控訴会社代表者らの任務懈怠を原因とする不法行為による損害金合計二七一七万円の第三次的請求は、被控訴会社代表者らの任務懈怠及び同金額の損害を認めるに足りる証拠はないから理由がない。

五  以上の次第で、控訴人らの被控訴会社に対する本訴請求は、控訴人花子につき保険金引渡請求権として金八九八万六〇〇〇円、及び内金八七七万円に対する平成九年一一月一六日から、内金二一万六〇〇〇円に対する平成一二年六月九日から支払いずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、控訴人春子及び同太郎につき、保険金引渡請求権として各金五九九万三〇〇〇円、及び各内金五八八万五〇〇〇円に対する平成九年一一月一六日から、各内金一〇万八〇〇〇円に対する平成一二年六月九日から各支払いずみまで前同様年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、正当としてこれを認容し、その余をいずれも失当として棄却すべきである。

したがって、これと一部異なる原判決を控訴人らの本件控訴に基づいて右の趣旨に変更し、一方、被控訴会社の本件附帯控訴をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六四条、六五条一項、六一条を、仮執行宣言について同法三一〇条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・喜多村治雄、裁判官・小林崇、裁判官・片瀬敏寿)

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