仙台高等裁判所 平成15年(う)1号 判決 2003年6月27日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
第1本件控訴の趣意は,主任弁護人浅石紘爾作成の控訴趣意書に記載のとおりであり,これに対する答弁は,仙台高等検察庁検察官黒田健治作成の答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用する。
控訴趣意の第1は,原判示第3の収賄の事実についての事実誤認の主張であり,収賄罪の成立は争わないものの,その供与を受けた現金2000万円(以下「本件2000万円」という。)は,貸借金として交付を受けたものであって,原判決がそれを贈与金と認定しているのは,事実の誤認であるというのであり,控訴趣意の第2は,量刑不当の主張であり,その1は,被告人を懲役3年の実刑に処した原判決の量刑は重すぎ,執行猶予にされたいというのであり,その2は,原判示第3の収賄にかかる本件2000万円は貸借金であるから,その追徴は刑法19条の2,19条1項3号による任意的なものであるところ,被告人が2000万円全額を贈賄者らに返還している事情を考慮すれば,追徴するのは相当でないというのである。
第2事実誤認の論旨について
1 所論は,原判決では,本件2000万円を贈与金であると認定した根拠として,被告人は,贈賄側業者に対し公共工事の割振りを行うなどして優越的立場にあり,一旦断られたのに,金を出さなければ公共工事の割振りでペナルティーを与えるとまで述べて,本件2000万円の交付を受けていること,多額の借入れであるにもかかわらず,通常作成されるべき借用書や領収書等の書類が交わされておらず,利息や担保の取決めも一切されていないこと,本件2000万円は,不渡りを出して経営の危機に瀕していた建設会社に融通するためであったが,その建設会社が返済できる見込みは薄かったこと,贈賄側業者らも,本件2000万円の使途先を聞いて,その2000万円は戻らないものとして贈与する認識でいたこと,の5点が挙げられているが,それらの事情は,その前提事実の認定やその評価が正しくないので,十分な根拠となるものではなく,また,本件2000万円は無利息で4か月間借りたものであるとの被告人の供述が信用できず,業者らへ2000万円を返済したのは偽装工作であると,原判決が判断しているのは誤りである,と主張する。
2 記録を調査して検討すると,本件2000万円は,被告人が贈賄側業者らから貸借したものではなく,贈与を受けたものであることは優に認められ,原判決がその(補足説明)において説示するところも是認できる。
(1) 原審において取り調べられた関係証拠によれば,本件犯行に至る経緯,犯行の状況及びその後の状況は,大要以下のとおりである。
被告人は,平成11年4月青森県a村の村長選挙に当選して,同年5月同村長に就任し,同時に被告人の指示によって,同村長選挙において被告人を支援した建設業者を中心に,同村発注の公共工事に関する業者のいわゆる談合組織であるA会が結成され,Bがその会長に就任した。被告人は,村長就任後日常的に,A会所属の業者に村発注の公共工事の受注を割り当て,村役場職員をして予定工事価格を教えさせるということを行い,それに従って業者間では談合が行われていた。
被告人は,平成12年11月,建設会社のC建設を経営する遠縁に当たるD夫婦から,同月末の手形決済資金2000万円について銀行融資の口利きをしてほしいと泣きつかれ,村長の力を誇示したいとの思いと親戚の誼からこれを引き受けることとし,金融機関に打診してみたものの,既に2度の不渡りを出しているC建設の経営状態の悪さからすべて断られた。被告人は,経営状態の悪いC建設であることから自分の金を融通する気はなく,A会に所属する業者から資金を出させようと考え,同月22日ころBに,C建設の手形決済資金に充てるためと説明して,2000万円を用意してくれるよう頼んだ。Bは,経営が危ないというC建設に融通するのであるから,調達した金は返してもらえないと考えたが,この際頼みに応じ恩を売っておいた方がよいと考えて,頼みに応じることにした。Bは,2000万円の調達のためひとまず銀行に融資方を相談したが,C建設へ回ることを察知されて断られてしまったため,A会所属の業者から資金を集めようと考えた。そこで,Bは,被告人にA会の業者らから集めて2000万円を調達することを話した上,同月27日A会の業者らを集め,11月一杯に都合つけなければならない金がある,誰に用立てるとか使途も言えないし,金は返ってこないかもしれないが,協力してほしいなどと話して,各業者の村発注工事の受注高に応じて拠出金額を割り当てた。Bから話を聞いた業者らは,自分達に金を要求できるのは村長の被告人しかいないと察し,2000万円は被告人に渡すものと考えた。
一方,被告人は,Bからの話によりA会の業者らから金を集められる目処が立ったと考えて,取りあえず銀行から2000万円を借りることにして,同年11月29日,息子名義の定期預金を担保に返済期日を直近の翌月4日として,銀行から2000万円の融資を受け,それをD夫婦に渡した。ところが,A会の中で一部の業者らが,多額の金を誰に何のために出すのか分からないのでは出せないとして,金の拠出を断ると言い出し,Bから,金は村長が使うものだと説明をされても,納得しなかった。Bは,その状況を被告人に報告したが,被告人は,それを聞いて立腹し,反対する業者の代表格の者を村長室に呼び出し,11月一杯で返さなければならない金があるため自分が3月末まで借りるのであり,金を出さない業者には仕事上ペナルティーを与えると告げた。被告人のこの話を聞いて,反対していた業者らは,被告人が借りるというのは口実であろうと考えたものの,ペナルティーを与えるとまで言われては,金の拠出に応ぜざるを得ないと考えた。そこで,同年12月1日,A会所属の13の業者らは,受注高に応じて割り当てられたとおり現金を拠出し,このようにして集められた本件2000万円は,同日,被告人の指示により,被告人の上記銀行からの借金の返済に充てられた。
平成13年3月に至り,A会の一部業者らは,警察が本件2000万円の贈収賄容疑を察知したとの情報に接して,自ら申告しようと決意し,同月7日ころ警察に出頭して事情を話した。被告人は,これを聞いて,警察に出頭した者らを呼んで警察に申告したのは誰であるのか問いただしたり,口止めめいたことを言い,さらには,同月30日,急きょ定期預金を担保にして銀行から2000万円を借りて,Bを通じて上記拠出業者らに返還し,その後も,Bとの間で同人との個人的貸借であったかのように口裏合わせを試みたり,Bを通じて同業者らに利息相当分を支払おうとしたり,B宛ての日付をさかのぼらせた領収書を作成させようとした。
(2) 上記の事実関係を踏まえて,本件2000万円の性格について考察すると,C建設は当時経営状態が危なくなったため,それまで交流のなかった被告人に村長の立場を使って資金を融通してもらうことを哀願してきたものであること,被告人はそうしたC建設の状況を承知し,融通される2000万円は返済される見込みは非常に薄いことを知りながら,C建設へ融通する資金をA会の業者らから調達しようとしたものであること,そのため被告人は,調達される金員がC建設に回されることを明らかにしないで,A会の業者らに従前便宜を図ってきた立場を利用しあるいはペナルティーを与えるとの脅しまでかけて,金員を供出させようとしたものであること,2000万円の供出を求められたA会の業者らは,供出する金員がC建設へ回されることを知り,返済される見込みはないと承知したが,結局供出したものであること,被告人は,A会の業者らが供出することを知ると,銀行から先に2000万円を借りてそれをC建設に渡し,その後にA会の業者らから供出された本件2000万円でもって自己の銀行への返済に充てていること,C建設に2000万円が渡された際,被告人とC建設との間に,特に返済期限を明確にした貸借契約書が作られておらず,また,本件2000万円の供出を受けた際も,被告人とA会の業者らとの間に貸借契約書が作成されることがなかったことが,それぞれ認められる。こうした事情からして,本件2000万円は,C建設の窮状救済のため被告人から同建設に融通される原資として調達されたものであって,A会の業者らから供与された贈与金というべきであり,被告人及び供与した業者らにおいても贈与と認識していたことは明らかといえる。
(3) 所論について触れておくと,まず,所論はC建設に返済能力があったという。しかしながら,もしC建設に2000万円を返済できる見込みがあったというのならば,自己が2000万円の授受に関与することにより贈収賄の疑いを招かないためにも,被告人としては使途先を明言して,A会の業者らからC建設へ直接貸与するように要請するなりすればよいといえるのであり,そのようなことをしないで,むしろ,C建設に回すことを明らかにしようとせず,自分が借りるかのように発言しているのは,被告人自身もC建設が返済できる見込みがないと見ていたためといえる。
所論は,被告人がA会の業者らから2000万円を貸借したものであり,被告人に返済能力があったという。しかしながら,貸借であるとしても,業者らと金銭の授受をするのであるから,贈収賄の疑惑を招く可能性が大きく,それを避けるためにも,貸借契約書を取り交わすなど明確な形を残すことを考慮してよいはずであるのに(ましてや,被告人が貸借は賄賂に当たらないと考えていたとしたら,なおさらといえる。),そうした考慮をした形跡はなく,貸主となるはずの各業者の拠出金額すら明確にされず,貸借契約書が作成されたり,返済期限が明確にされるなど一切なく,金銭貸借の実態が何ら存在しないのである。また,被告人に返済能力と返済意思があったとするならば,業者から貸借せず銀行から借りれば足りることであるのに,わざわざ疑惑を招く危険を冒して業者から資金を調達しようとしたことになり,説明がつかないといえる。そして,所論は一方で,被告人は自分自身の資金を使いたくなく,当初からA会の業者らから用立ててもらうつもりであったと主張しているのであるが,これはまさに,被告人が,返済能力のないC建設の救済のためであるので,自己の資金を使わずに,A会の業者らに供出させようとしたものと認められ,それは返済される見込みのない贈与になると考えていたことを語るものといえるのである。
所論は,被告人の本件2000万円は借りたものであるという供述は,信用できるという。しかしながら,被告人は,拠出に反対したA会の業者に対し,本件2000万円は被告人が3月末まで借り受けるものである旨告げた事実はあるものの,被告人がこのように発言したのは,拠出に反対する業者を自己の意に従わせようとするための口実として使われたにすぎないといえる。また,被告人は平成13年3月30日に2000万円を全額返還しているものの,これは,本件収賄の事実が警察に通報されたことを知り,村内にも風評が立ってから後のことであるし,その後も,本件2000万円の授受を取り持ったBとの間で口裏合わせを試みたり,利息相当額を支払おうと試みたりしており,そうした事後の行動からしても,単に貸借の形を取り繕おうとしただけのことといえる。
その他,所論が種々論難する点は,いずれも本件2000万円が贈与金であるとの認定を左右するものではない。論旨は理由がない。
第3量刑不当の論旨について
1 所論は,前記のとおり原判決の量刑は重すぎるというので,記録を検討し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
2 本件は,被告人が,a村長選挙への立候補に向けて準備活動中,後援会長と共謀して,電気工事等を目的とする会社の会長及び社長から,村長に就任したときには,同社を同村発注の公共工事に関して指名競争入札業者に指名するなどの有利便宜な取り計らいをしてもらいたいとの請託を受けた上,その謝礼として現金300万円の供与を受けた,という事前収賄(原判示第1),同後援会長,a村の建設課長,A会所属の業者の役員らと共謀して,同村発注の公共工事に関し,予め予定価格に近似する金額を内報して,その金額で落札させて,入札の公正を害した,という競争入札妨害(同第2),A会に属する建設業者13名から,入札参加業者の指名等において有利便宜な取り計らいをしたことに対する謝礼や今後も同様の取り計らいを受けたいとの趣旨で,現金2000万円の供与を受け,賄賂を収受した,という収賄(同第3),地方自治法100条に基づく調査特別委員会において,同村発注の公共工事の指名競争入札や収賄疑惑の事実に関し虚偽の証言をした,という地方自治法違反(同第4)の各事案である。
原判示第1の事前収賄は,被告人が,後援会長と共謀し,村長選挙における自らの劣勢を挽回するため,有権者に渡す投票買収資金をも含めた選挙資金を捻出する目的で,村外の業者に目を付けて,自ら積極的に,当選したあかつきにはa村の公共工事を受注させると持ちかけて,その見返りとして賄賂を要求し,これに応じた業者から300万円という少なくない金額の賄賂を収受したもので,動機,態様,賄賂の金額のいずれをとっても悪質である。そして,実際に,村長に当選するや約束どおりその贈賄業者を新しく指名業者に選定し,工事を受注させ利益を得させているのであるから,公務の公正を害したその結果も見逃せない。
原判示第2の競争入札妨害は,被告人を支援する建設業者らで構成する談合組織と癒着し,被告人において,予め村発注に係る公共工事の落札者を決めた上,村の職員に命じて工事予定価格を内報させ,業者間で談合させて予定どおり落札させたものというもので,計画的である上,日常的に行ってきた同様の行為の一環であって,競争入札制度の趣旨を否定するもので,その弊害は大きい。
原判示第3の収賄は,自己の縁者から資金の融通を頼み込まれるやこれに応じ,村長の権勢を見せつけつつ,癒着業者に対して特別な便宜を与えてきたことを恩に着せ,更には渋る業者には,今後は便宜を与えないとほのめかして,執拗かつ強硬に賄賂を要求し,2000万円という高額の賄賂を収受したものであって,誠に傲慢であさましい犯行というほかなく,動機,態様,賄賂の金額のいずれの観点からみても非常に悪質である。
原判示第4の地方自治法違反の犯行は,原判示第3の事実等の疑惑の真相究明のため村議会に設置された100条調査委員会において,公共工事の割振りや収賄の疑惑について質問されたのに対し,自己の罪を免れるため偽証したもので,動機にしん酌の余地なく,議会の適切な権限の行使を妨げた犯罪である。
ところで,こうして本件各犯行を見てくると,被告人は,まず,村長に就任する以前から公共工事の利益をちらつかせて賄賂を収受し,次に,村長に就任するや,早速自らの支援者で構成する談合組織を結成させた上,村長の権限を最大限にふるって,公共工事の指名業者や落札業者を専断し,予定工事価格を内報して談合させ,さらには,そのような便宜を与えてきた自らの権勢を笠に着て,業者らに対して強硬に賄賂を要求し,挙げ句の果てに,事が発覚するや責任を逃れようとして偽証したというものであって,本件各犯行は,まさに,村民など眼中になく村政を我がものとし,金にまみれて無神経でいる被告人の見識のない考え方に根ざすものといえるのであり,それによって村政の公正さを害し,それに対する信頼を失わせた責任については,厳しく指弾されなければならない。これに対して,被告人は罪証隠ぺい工作をしたり,原判示第3の収賄について借用したものであると不合理な弁解に終始するなど,いまだ自己の思考や行動に対する自覚と反省は十分でないといわざるを得ない。
そうすると,被告人の刑事責任は重大であって,原判示第3の犯行で収受した現金2000万円を全額返還したこと,本件各犯行によって村長の職を辞職せざるを得なくなり,これまで培ってきた社会的地位や信用を一挙に失ったこと,マスコミの報道にさらされるなど社会的制裁を受けたこと,原判示第1,第2及び第4の各犯行については事実を素直に認めていること,一応反省の情を表し,今後は政治の場から身を引き,もっぱら家業の農業にいそしむ決意をしていること,これまで前科前歴がないこと,家計の主たる担い手であることなど酌むべき事情を考慮しても,被告人を懲役3年の実刑に処した原判決の刑は重すぎるとはいえない。
3 なお,原判示第3の犯行に係る金2000万円の追徴について,所論は,この2000万円が借用金であることを前提にして追徴は不相当であるというが,本件2000万円は贈与を受けたものであって,この金員自体が収受した賄賂に当たることは前記のとおりであるから,刑法197条の5に基づき必要的に没収あるいは追徴すべきものであって,所論は,その前提を欠くといえる。
第4よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 根本渉 裁判官 髙木順子)