仙台高等裁判所 平成15年(う)190号 判決 2004年1月29日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
1 本件控訴の趣意は,弁護人菅原通孝作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用するが,論旨は,量刑不当の主張であり,懲役1年の実刑に処した原判決の量刑は重すぎ,執行猶予とされたい,というのである。
2 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
本件は,被告人が,司法警察員に対し,男性から自宅において強制わいせつの被害を受けたとの虚偽の告訴をした,という虚偽告訴の事案である。
被告人は,結婚間もない夫の関心を引き,自分に対する気持ちを確かめるために,強制わいせつの被害を受けたと嘘をついたところ,これを本気にした夫が警察に届け出ると言い出したことから,今さら本当のことを言えないとして,たまたま仕事のことで夫を訪ねてきた男性を犯人に仕立てて警察に被害届を出し,警察官による事情聴取に対しては詳しい嘘をつき,正式に強制わいせつ罪で同男性を虚偽告訴したものである。被告人は,夫に対する最初の嘘を糊塗するために次々と嘘を重ね,男性が身柄を拘束され,その名誉,信用が著しく傷つけられるなどの重大な結果をもたらす可能性があることを何ら考えることなく,全く身勝手な事情から本件に及んだのであるから,その動機及び経緯に酌量の余地はない。また,本件は,強制わいせつ罪という重大犯罪につき偽りの告訴をして,捜査を誤らせ,適正な刑事司法の実現を阻害しようとしたものであり,この点においても被告人の責任は重いというべきである。
虚偽告訴された男性である被害者は,強制わいせつ罪により逮捕,勾留され,嫌疑不十分により釈放されるまでの19日間も身柄を拘束され,それによって肉体的,精神的に非常な苦痛を被ったばかりでなく,濡れ衣を着せられて名誉を毀損され,社会的信用も失墜して,そのため経営していた内装資材販売会社の事業を維持できなくなるまでに至っており,多大の有形無形の損害を被っている。そればかりでなく,被害者は,自らの潔白を証するために,被告人に対し虚偽告訴による損害賠償を求める民事訴訟を提起し,最終的に勝訴判決が確定するまで,多くの労力と費用の負担を強いられているのである。
被告人は,被害者が釈放され,その後被害者から虚偽告訴による損害賠償請求の民事訴訟を提起され,一審及び控訴審で敗訴判決を受け,その判決が確定したが,その間も,虚偽告訴の事実を認めようとせず,民事裁判において積極的に嘘の主張,供述を重ねて,被害者の正当な権利の実現を妨げ,民事裁判の結果も誤らせるような対応をし,罪を免れ自らの立場を守るために,誠に身勝手かつ無責任な態度を取り,長期間にわたり被害者の被害を拡大させたものであって,犯行後の対応も非常に悪質といわなければならない。
被告人は,本件起訴後に謝罪の手紙を送り,被害弁償として5万円を送金したのみで,原判決時までは被害者に対して誠意ある謝罪の態度を示さず,被害者が,原審において,被告人に対する厳重な処罰を望んでいたのも当然といえる。
そうすると,被告人の刑事責任は非常に重いといわなければならず,被告人が,本件刑事事件で被疑者として取調べを受けるようになってからは事実を認め,反省の態度を示していること,本件の発端は,夫に対する小さな嘘から始まったもので,当初から虚偽告訴を意図していたものとはいえないこと,前科前歴はないこと,さらには,原判決後,被告人の父親が,民事裁判で支払いを命じられた損害賠償金について,被告人に代わって150万円を支払うことにより,被害者との間で和解契約を成立させており,被害者の被害感情もある程度緩和されたことがうかがわれることなどの諸事情をしん酌しても,本件の及ぼした結果の重大性及び被告人の犯行後の対応の悪質性を考えると,被告人を懲役1年の実刑に処した原判決の量刑が,いまだ重すぎるとはいえない。
3 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 根本渉 裁判官 髙木順子)