仙台高等裁判所 平成15年(う)2号 判決 2003年6月26日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役5年6か月に処する。
原審における未決勾留日数中400日をその刑に算入する。
理由
1 本件控訴の趣意は,弁護人鈴木裕美作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用するが,論旨は量刑不当を主張するので,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
本件は,被告人が,それぞれ共犯者らと共謀の上,いわゆる美人局により現金20万円を喝取した恐喝,不正に入手した架空人名義の国民健康保険被保険者証等を用いて,その架空人になりすまし,消費者金融業者からキャッシングカードを詐取しようとして,架空人名義の申込書を偽造し,これを提出行使して同カードを騙し取ろうとしたが,未遂に終わった有印私文書偽造,同行使及び詐欺未遂,消費者金融業者から現金等を騙し取り,あるいは盗んだ自動車を中古車買取業者に売却して代金名下に現金を騙し取る際に,身元を欺くために,他人の住民登録を勝手に他所に異動させて登録した有印私文書偽造・同行使,電磁的公正証書原本不実記録・同供用が6件,自動車を合計7台盗み出した窃盗7件(被害額合計874万8900円),盗んだ自動車をそれぞれ中古車買取業者に売却して現金を騙し取った詐欺が4件(被害額合計222万円)の事案である。
被告人は,共犯者らとともに,平成12年から平成13年にかけて1年間以上にわたり,全国各地を転々としながら美人局による恐喝,自動車の盗み出し,身元を偽って消費者金融業者から現金やキャッシングカードを騙し取る,盗んだ自動車の売却名下に中古車買取業者から現金を騙し取る手口の詐欺,身元を偽るために勝手に他人の住民異動手続をする有印私文書偽造・同行使,電磁的公正証書原本不実記録・同供用などの種々多数の犯行を重ね,それらによって得た金で遊び暮らしていたものである。そして,本件は,これら一連の犯行の一部として行われ,常習的で職業的といえる犯行であり,その態様が計画的でいずれも綿密かつ巧妙に仕組まれたものであり,起訴にかかる犯行の件数と被害総計金額,社会的影響の大きさなどに照らしても,重大かつ悪質な犯行といえる。
特に,自動車の窃盗及び盗んだ自動車の売却に関わる一連の犯行は,予め盗み出す自動車に目星をつけるや,そのドアを解錠器具で解錠し,自動車キーのシリンダー錠を取り出してそのナンバー等を控えるなどして,それによって合い鍵を作るとともに,車検証を盗み出すなどし,一方で,自動車売却の際に身元を偽るために,勝手に他人の住民異動手続を行った上,交付を受けた内容虚偽の住民票,印鑑登録証明書等を用いて盗む予定の自動車の所有名義人を変更し,更には中古自動車買取業者と交渉して売却の段取りをつけ,このようにして段取りを整えた後に,作製した合い鍵を使って自動車を盗み出してそのまま業者に売却するというものであり,極めて周到かつ綿密に計画,準備され実行された職業的といえる規模の大きな犯罪である。しかも,被告人らは,実際に住民異動手続をとったり中古自動車買取業者と交渉をしたりすると,捕まる危険性が高いことから,それらの危険な任務については街で声を掛けた若い女性を雇って行わせ,自分らは陰に隠れていたのであり,狡猾といえる。本件によって窃盗,詐欺,恐喝の被害者に直接多大の財産的損害を与え,起訴された分だけでも合計1100万円余りの多額に上るばかりでなく,知らないうちに住民異動を行われ,あるいは自動車登録の所有名義を勝手に変更された多くの関係者が,有形,無形の損害や多大の迷惑を被っていることも見過せず,住民登録関係の行政にも多大の混乱や支障を生じさせ,さらに,不正に取得した内容虚偽の住民票,印鑑登録証明書,国民健康保険被保険者証が使われたことにより,これらの公文書に対する信用も害されるなど,被告人らの行為がもたらした社会的な悪影響は計り知れない。
被告人は,主要な2名の共犯者とともに,一連の犯行に当初から積極的に加担して,自ら実行行為の重要な一部を行うなど,その果たした役割は大きく,しかも主犯格の共犯者と同等の分け前を取得しているのであるから,本件各犯行の手口を考え出し,犯行を主導していたのは共犯者であっても,責任の程度において格別差があるとはいえない。
そうすると,被告人は,事実を素直に認め,各被害者,迷惑を受けた関係者らに謝罪の手紙を出すなどして,反省の態度を示していること,窃盗の被害自動車の一部は返還されていること,若年で前科もないことなど,被告人にとって酌むべき事情を考慮しても,被告人を懲役6年に処した原判決の量刑がその言渡しの当時において重すぎるとはいえない。
しかしながら,原判決後,中古車買取業者1社分を除いて実質的な損害を被った被害者と共犯者との間で示談が成立し,被害弁償がされるなどして,財産的な被害については大部分が回復されたこと,原判決の厳しい量刑を受けて被告人の反省が更に深まっていることがうかがわれること,身柄拘束期間が相当長期間に及んでいることなど,原判決後に新たに生じた事情を考慮すると,原判決の刑の刑期をいささか減じるのが相当と考えられる。
2 よって,刑訴法397条2項により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,被告事件について更に次のとおり判決する。
原判決認定の事実に原判決と同一の法令を適用し,処断刑期の範囲内で被告人を懲役5年6か月に処し,原審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を,原審及び当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松浦繁 裁判官 根本渉 裁判官 髙木順子)