仙台高等裁判所 平成18年(行コ)19号 判決 2007年4月20日
主文
1 原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消す。
2 前項の取消に係る被控訴人の請求を棄却する。
3 被控訴人の予備的請求を棄却する。
4 訴訟費用は,補助参加によって生じた費用を含めて,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文同旨
2 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
なお,被控訴人は,予備的請求として次の裁判を求めている。
(1) 控訴人は,Aに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(2) 控訴人は,Bに対し,60万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(3) 控訴人は,Cに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(4) 控訴人は,Dに対し,60万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(5) 控訴人は,Eに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(6) 控訴人は,Fに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(7) 控訴人は,Gに対し,20万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(8) 控訴人は,Hに対し,40万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(9) 控訴人は,Iに対し,60万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(10) 控訴人は,Jに対し,20万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(11) 控訴人は,Kに対し,20万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
(12) 控訴人は,Lに対し,20万円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せよ。
第2事案の概要
事案の概要は,次のとおり付加訂正するほかは,原判決の当該欄記載のとおりであるから,これを引用する(なお,地財再建法24条2項は,本件支出当時のものをいう。)。
1 原判決の訂正
(1) 原判決3頁18行目末尾に「なお,予備的請求は,地財再建法違反ではなく,M市立病院による支出が医師派遣の対価であり,贈賄に当たる違法なものであることを理由とする請求である。」を加える。
(2) 原判決4頁14,15行目の「平成10年5月13日から同15年1月21日までに,以下のとおり」を「以下のとおり,平成10年5月13日から同15年1月21日までに(ただし,<22>及び<23>は月日不詳)」に改める。
2 当審における主張
(1) 監査請求の適法性について
ア 控訴人の主張
(ア) 被控訴人が本件支出を知り得た時期
平成15年9月22日のNの記事(以下「本件記事」という。)はM市立病院がO財団に対し10万円の寄附をしていると報じているから,そのころには塩竈市の一般住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該支出の存在及び内容を知ることができたというべきである。この記事は,O財団に対する寄附の報道であるが,これに先立つ同月11日及び同月13日付けNによりP市民病院は医局(教授)とO財団の双方に寄附を行っていたことが報じられていたのであるから,注意深い市民ならばM市立病院についてもO財団と医局の双方に寄附がなされている可能性が大きいことを知り得た。
仮に,被控訴人がO財団に対する寄附しか知らなかったとしても,相当の注意力を持った住民は,本件記事を手がかりとして,情報公開請求をすることにより,塩竈市において通常情報公開がなされる期間である13日間を経過した同年10月5日ころには,本件支出の存在及び内容を知ることができた。
遅くともQが石巻市で監査請求をした同月22日ころには,本件支出の存在及び内容を知ることができた。
(イ) 正当理由の有無
被控訴人が本件監査請求をしたのは,(ア)の知り得た時期から115日ないし85日後であって,本件監査請求に正当な理由があるとはいえない。
イ 被控訴人の主張
(ア) 本件記事は,O財団に対する寄附についてのもので,その金額も10万円にすぎず,これから医局に対する多額の寄附をしていたことは知り得なかった。
一般的に違法不当とはされていない財団への寄附金支出を知ったからといって,そこから直接医局への寄附がなされている可能性を疑って情報公開請求をすることを一般市民に期待することは不可能である。
(イ) 被控訴人は一般市民であって,Qが石巻市に対して監査請求をしたからといって,被控訴人が客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該支出の存在及び内容を知り得たということはできない。
(2) 本件支出の違法性
ア 控訴人及び補助参加人の主張
(ア) 医局は,主に医学研究を目的として研究と診療を円滑に進めるための,研究科(具体的には各分野)に属する職員や大学院生と,R病院で診療に従事する常勤の医師,非常勤の医師らの任意の集団であるから,不特定の医師をも含み,研究科そのものではないし,R病院の診療科とも東北大学とも別個の組織である。
研究科の組織である臨床系講座(分野)の教官は,診療科を兼務し,研究,治療を目的としており,医局を構成する中心的存在である。さらに,臨床系講座に属する大学院生や研究生は研究科の職員ではないが,臨床医学教育,研究を目的として医局を構成している。診療科の医員(非常勤医師)や研修登録医は診療科の職員ではないが医学研究や医療技術の向上を目的として医局を構成している。そのほか,他院に所属する大学院生や研究生,研修登録医や,同窓会員である開業医や勤務医等も医学研究や医療技術の向上を目的として医局費を支払って医局員となることができる。医局は,以上のように構成員からみても研究科や診療科とは別個であることは明らかである。本件支出は医局に対するものであって,国に対する寄附とは同視できない。
(イ) 控訴人の主張
地財再建法24条2項で禁止されている寄附の対象は,国等の負担すべき経費に限られるところ,本件支出は,医局に対する研究助成という使途に負担の付いた寄附金でなく,医局に対する感謝の趣旨を表す使途に負担の付いていない謝金であり,寄附金には該当しない。すなわち,M市立病院では医局からの派遣医師が同病院の医療スタッフの手術指導を行ったりしていたし,他方で同スタッフが医局で研修を受けたりしていた。例えば,日常の診療に対して応援を受けたり,診療や手術の指導を受けたりし,当直業務を応援してもらったり,医学を学ぶ場を提供してもらったりもしていた。M市立病院は,医局の同病院に対する種々の配慮に対する感謝を意図して謝礼をしたのである。謝礼として支出するのであるから,相手方の使途を拘束する意図はない。したがって,当該支出は,地財再建法24条2項にいう寄附金等には当たらない。
(ウ) 補助参加人の主張
地財再建法24条2項で禁止されている寄附の対象は,国等の負担すべき経費に限られるところ,本件支出は,実質的には,研究者に対する自由な研究のための経費であって,国等の負担すべき経費に対する寄附とはいえない。
すなわち,大学の研究者の研究課題は自主的独立的に設定されるのを常とする。国が本来研究者の自由な発想に基づく知的,創造的活動であるべき研究のための費用や研究資金を全面的に負担することは,研究の自由に少なからざる影響を与えるおそれがないとはいえない。国は,研究者個人の知的活動である研究に要する費用については,研究環境の整備充実に努める限度で研究費用を支援することを意味する。研究者の研究のための知的活動,創造的活動に要する費用について,研究者の研究の自由を保障する上で国の関与は最小限にとどまるべきであるから,本来国が負担すべき経費ではない。
イ 被控訴人の主張
(ア) 本件支出は医師確保のためのほか,医局の運営費のためになされている。そして,医局は東北大学と実質的に同一の組織として医学研究等を行っている。このことからすれば,控訴人の解釈によったとしても,本件支出は寄附金等に当たる違法な支出なのである。控訴人は,本件支出は使途に負担のついた寄附金ではなく,謝金に過ぎないと主張するけれども,仮にM市立病院が医局から支援を受けたとしても,これについては当然報酬が支払われているはずで,それとは別に謝礼を支払うべき理由はない。
(イ) 大学の研究者の研究の自由が憲法の保障する学問の自由に属することは補助参加人主張のとおりであり,国がみだりに干渉することは許されない。しかしながら,そのことから大学法人の研究費を国が全面的に負担してはならないとか国の関与は最小限にとどまるべきであるなどという学説は聞いたことがない。 研究の自由の問題と研究に要する費用負担の問題は全く次元を異にする。控訴人の主張は,国立大学法人の研究費は本来国が負担すべき費用ではないという結論を導き出すための牽強付会な論理と言わなければならない。事実として国立大学法人の研究のために外部資金が使われているが,これはあくまで国の財政規模の限界と(地方自治体からのものを除き)外部資金の導入を禁じる理由もないからである。
(3) 地財再建法24条2項違反の行為の私法上の効力について
ア 控訴人及び補助参加人の主張
(ア) 仮に,本件支出が地財再建法24条2項に違反するとしても,その政治責任は別として,寄附が直ちに無効になるものではなく,私法上有効に成立する。したがって,本件支出の受領に法律上の原因がないとはいえない。
地方財政法28条の2に違反する地方公共団体に対しては,地方自治法245条の4の規定による技術的な助言又は勧告などをするか,同法245条の5ないし7の規定による是正の要求,是正の勧告,是正の指示などをするとされており,地方財政法28条の2に違反する行為の効力が無効なものでないことを前提としていることは明らかである(最高裁平成15年11月14日第二小法廷判決・裁判所時報1352号3頁(以下「平成15年最高裁判決」という。))。地財再建法24条2項は,地方財政法28条の2と立法趣旨を同じくするものであるから,その法的解釈も同一にされるべきであるし,法令違反行為の私法上の効力についての民法90条の解釈でも,法令違反からただ単にその法令違反行為を基礎とする私法上の契約の効力を無効とする判断を導いていないことからすれば,平成15年最高裁判決は,地財再建法24条2項にも当てはまるというべきであって,地財再建法24条2項違反の行為も,これが直ちに無効となるものではない。
また,最高裁昭和62年5月19日第三小法廷判決・民集41巻4号687頁は,普通地方公共団体が随意契約の制限に関する法令に違反して締結した契約の効力について,私法上当然に無効になるものではなく,当該契約の効力を無効としなければ随意契約の締結に制限を加える地方自治法及び同施行令の規定の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められる場合に限り,私法上無効になるものと解するのが相当であると判示している。本件支出も,仮に違法であったとしてもO財団の職員はもちろん研究者の代表者として研究助成金を受けた教授らも,その支出が違法であることを知り,又は容易に知り得たとはいえず,私法上は有効というべきである。
(イ) 本件では,M市立病院としては,あくまでも医局に対する支出と認識し金員を交付したものであり,支払側として地財再建法24条2項に反するとの認識は全くなかった。受領する側としても,同様に本件支出を受領することが地財再建法24条2項に反するなどという認識はなかった。
また,本件支出は,各医局に対し数年に一回20万円程度を研究協力金として支出するものにすぎず,しかも各医局からはM市立病院の運営に対して有形無形の恩恵を受けているものであるから,感謝の念を表すために持参し交付する金員としての社会的相当性の範囲を逸脱するようなものでもない。仮に本件支出が地財再建法24条2項に反するとしても,平成15年最高裁判決の事案と比較してその違法性が重大とはいえない。
さらには,医局に対し自治体病院から本件支出類似の支出が全国的に多数なされていることからその判断が及ぼす影響は広範なものとなる。むろん,違法性が重大なものであれば,無効という結果もやむをえないが,本件支出の違法性が重大であるとまではいえない。
したがって,仮に本件支出が地財再建法24条2項に該当したとしても,本件各支出の私法上の効力は否定されない。
(ウ) 地財再建法24条2項は,国と地方との負担区分をみだすことになる寄附金等の支出を禁止するものであるが,負担区分をみだすか否かは経費の負担区分を定める法令の規定と異なる結果となるか否かによって形式的に判断されるのではなく,地方財政の健全性を損なうか否かといった観点からする評価が含まれる。地財再建法24条2項ただし書も,寄附が当該地方公共団体の財政的利益のためになされる場合,専ら当該地方公共団体のための施設の設置費用を負担するものである場合等,その支出が実質的にみて地方財政の健全性を害するおそれがないものについては例外的に許されるものとしている。平成14年11月1日の地財再建法施行令12条の3第7号の改正は,国立大学,総務省令で定める独立行政法人が地方公共団体の要請に基づき科学技術に関する研究もしくは開発又はその成果の普及で地域住民の福祉に寄与しかつ地方公共団体の重要な施策を推進するために必要であるものを行う場合には,研究開発等の実施に要する経費を地方公共団体から国立大学に支出することを可能にしたが,この改正は,かような支出は国と地方との経費の負担区分を乱し,地方財政の健全性を損なうものでないことを明文で確認したものである。本件支出は,地財再建法24条2項ただし書に該当する場合であり,単に総務大臣の同意を欠いているにすぎないから,これを無効にしなくても同条項の趣旨を没却しない。
イ 被控訴人の主張
平成15年最高裁判決は,地方財政法28条の2に関するものであって地財再建法24条2項に関するものではない。
地方財政法28条の2は,地方公共団体間の負担区分をみだす行為を禁止するものであるところ,負担区分は事務の種類によって様々であり,みだす行為というものも多種多様に想定され,また,同条違反の行為を前提に種々の法律関係が形成されることも多く,同条違反の行為については端的に民事的な法律効果を無効と定めることが必ずしも妥当でない場合がある。そこで,同条違反に対しては,総務大臣が技術的な助言又は勧告をするか,違反の是正又は改善のため必要な措置を講ずることを求めるなどの措置がなされることになり,そのような事後的な措置によって是正を期待しうる以上,直ちに民事的効力を無効とする必要もない。
他方,地財再建法24条2項は,地方公共団体から国等に対する寄附等を端的に禁止するものである。同条項には,負担区分やみだす行為といった不確定要素は全くなく,また,単なる贈与であるからそれを前提に種々の法律関係が形成されるということもなく,寄附金等の贈与行為を端的に無効としても弊害は一切ない。
むしろ,国と地方公共団体の力関係の差から任意の寄附さえも一切禁止するという立法趣旨からすれば,この贈与行為を端的に無効にしなければ,その趣旨を達成することはできない。
また,地方財政法28条の2違反の場合は,総務大臣が是正措置をとることができるが,地財再建法24条2項違反の場合は,寄附の受入れ側は国であり,総務大臣の助言や勧告に期待することはできない。
したがって,地財再建法24条2項違反の贈与行為を無効とする必要がある。
第3当裁判所の判断
1 監査請求の適法性について
(1) 原判決13頁5行目冒頭から17頁2行目末尾までを引用する(ただし,原判決15頁23行目の「また,遅くとも」を「他方,」に改める。)。
(2) 原審の主張に対する判断の補足及び当審における主張に対する判断
ア 本件記事は,M市立病院がO財団に対し10万円の寄附をしたことを報じたにすぎないから,これから塩竈市の一般住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて同病院から医局に対する本件支出について監査請求をするに足りる程度に当該支出の存在及び内容を知ることができたということはできない。
証拠(乙11の1ないし9)によれば,これに先立つ平成15年9月11日及び同月13日付けNはP市民病院が医局(教授)とO財団の双方に寄附を行っていたことを報じていたけれども,これらを含めて本件記事に至るまでの新聞報道によっても,東北地方の同病院以外の自治体病院からの寄附先はO財団にとどまるものであったことが認められ,本件記事に係るM市立病院の寄附は10万円にすぎず,外に寄附先があることをうかがわせるような金額ともいえないことを考え併せれば,P市民病院に関する上記記事からM市立病院についてもO財団と医局の双方に寄附がなされている可能性が大きいことを知り得たということはできない。
イ 控訴人は,塩竈市情報公開条例が施行された平成11年1月1日以降はM市立病院の会計文書等を入手すれば本件支出を知ることができた旨主張する。
しかしながら,単に情報公開制度の下で請求によって当該情報に接することができる機会を与えられているとの一事をもってしては,各支出のころに住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて各支出の存在及び内容を知ることができたと解することは相当でない。
確かに,塩竈市民が,積極的に情報公開条例を利用し同病院の会計処理等に関する情報を収集調査すれば,その時点から相当期間内に本件支出の存在と内容を知ることができた可能性が高いことは否定できない。
しかしながら,塩竈市の住民が,ある財務会計上の行為について同条例に基づく開示請求をするのが相当であると考えるべき,あるいはそう考える端緒となり得べき事情が存在しないにもかかわらず,当該財務会計上の行為について監査請求をする前提として,同条例に基づく開示請求をしていなければ,相当の注意力をもって調査したとはいえないというのは,住民に過度の要求をすることになるから妥当ではなく,マスコミ報道等によって知った情報を含めて,情報公開条例に基づく開示請求をするのが相当であると考える端緒となるべき事情が存在する場合に初めて,開示請求をすることも相当の注意力をもってする調査の範囲に含まれると解するのが相当である。
控訴人は,相当の注意力を持った住民は,本件記事を手がかりとして,情報公開請求をすることにより,塩竈市において通常情報公開がなされる期間である13日間を経過した平成15年10月5日ころには,本件支出の存在及び内容を知ることができた旨主張する。しかしながら,地方公共団体は,その公益上必要がある場合においては,寄附をすることができるのであって(地方自治法232条の2),私的財団に対する寄附が一般的に違法不当とされているわけではないから,被控訴人がM市立病院からO財団への寄附金支出を知ったからといって,そこから直接医局への本件支出がなされている可能性を疑って情報公開請求をすることを一般市民に期待するのは無理があり,本件記事が情報公開条例に基づく開示請求をするのが相当であると考える端緒になるとはいえない。してみれば,控訴人の主張は採用できない。
ウ 控訴人は,遅くともQが石巻市で監査請求をした同月22日ころには,被控訴人は,本件支出の存在及び内容を知ることができた旨主張するけれども,Qが石巻市に対してS市立病院のO財団に対する寄附につき監査請求をしたからといって,これから直ちに一般市民である被控訴人がM市立病院から医局に対する寄附につき客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該支出の存在及び内容を知り得た根拠となるものとはいえないから,控訴人の主張は採用できない。
2 本件支出について
(1) 本件支出が,いずれもM市立病院から補助参加人の医学部にある各医局に対してされたものであることは前示のとおりである。
(2) 本件支出の研究助成のための寄附性について
ア 証拠(甲3,乙2の3・4,3の1ないし4,8,丙4,12,16ないし18,証人T,同B,同H,同K)に弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア) 本件支出は,支出負担行為書の摘要・明細欄に,たとえば第三内科に対するものであれば「東北大学医学部第三内科への研究協力金」と記載してされたもので,支出命令書及び支払証明書にも同じ記載がある。
(イ) M市立病院長は,支出先の医局を選定し,「件名」として「研究協力金の支出について」と記載された起案文書や,摘要・明細欄に「当該診療科への研究協力金」と記載された支出負担行為書の幾つかに院長として押印した。金額は各回20万円であったが,これは従前からの例を踏襲したものであった。
(ウ) 同病院事務部長は,本件支出の際はその都度その資金の前渡しを受け,同病院長と同道して予約の日に東北大学へ行き,大抵の場合,教授に面会の上これを手交していた。
その際,病院側は,教授側に対し,医局の運営のためにお役立てくださいとの口上を述べたが,医局は大学の組織そのものではなく,医局に対して本件支出をしても地財再建法24条2項には抵触しないと考えて,地域医療の維持を図るため医局との良好な関係を保持することを願って本件支出をしたものであった。教授側も,本件支出が国に対して寄附されるべきものとの明確な認識までは有していなかった。
(エ) 本件支出を受領した各医局(ただし,消化器内科の医局を除く。消化器内科の医局は本件支出⑰及び⑳の報告をしなかったが,これは研究助成金は医局の運営費を含まないと理解したために過ぎない。)は,同大学研究科の調査委員会がした公立病院等からの受入れ資金の収支状況調査に対し,受け入れた金銭が研究助成金であることを前提として,M市立病院からの受入金の趣旨はすべて「医療技術向上のため受入」で,使途は「研究費及び教育費へ支出」,「大学院生等の学会参加旅費・研究実施旅費等へ支出」,「委任経理金へ支出」,「研究消耗品,東北大学整形外科談論会運営費,大学院生の学会発表時の旅費援助」,「整形外科関連病院協議会で支出」あるいは「研究費として支出」であって,残金は「医療技術向上のため費用として管理保管中」であると回答した。調査委員会は,これらの回答が信用できると判断し,調査報告書にこれを記載し公表した。
(オ) 東北大学の評議会が部局長を構成員として設置した医学部問題小委員会は,平成16年3月16日,医学部問題中間報告書を公表したが,その内容も,本件支出を含む公立病院等から受け入れた金員はすべて研究助成金であることを前提とした記述になっている。
(カ) 本件支出により受領した金員は,研究費及び教育費として医局で実際に使用され,又は研究助成金として医局から国庫に納入されて委任経理金になり,あるいは医療技術向上のための費用として医局に管理保管されている。
イ 以上のようなM市立病院側の支出の名目,支出態様,医局側の本件支出の趣旨の理解のしかた,実際の支出内容等を考え併せれば,本件支出は医局に対する研究助成という使途の負担が付いた寄附金であると認められる。
証拠(丙12,証人H)によれば,本件支出⑳は,消化器内科の医局において,公立・民間の病院や医院などが直接に同医局へ持参して寄附した現金を入れる口座に入れたところ,同口座からは,研究用器具の購入代金が支払われたほか,多くの場合内部の懇親的費用に支出されていたことが認められるけれども,その妥当性はともかく医局の運営と全く無関係に使用されたものとまではいい難いから,本件支出が研究助成目的でされたことを否定する根拠として十分ではない。
3 本件支出に係る寄附が地財再建法に違反することを理由とする主位的請求について
(1) 医局と東北大学の関係について
ア 各項末尾に挙示の証拠によれば,次の事実が認められる。なお,以下の認定の個別具体的な部分の多くは,消化器病態学分野の医局についてのものであるが,その他の医局についても,その本質的な性格については異なることはないと思われる。
(ア) 一般に,大学の医学部には,教育研究組織として講座(東北大学大学院においては分野)が,医学部の附属病院には,診療組織として診療科が置かれているが,両者が一体となって教育研究,診療を遂行するという観点から,多くの場合,附属病院の各診療科長は,医学部講座の教授が兼ねており,医局とは,これら教授を中心とした講座,診療科に所属する医師の集団を指す言葉であり,法令上あるいは予算上位置づけられた組織や仕組みではない。医局は,教育研究,診療を円滑に進めるための一つのまとまりとして,地域医療機関への医師の紹介あるいは研究発表会,新しい医療技術の普及などの活動の機能を果たしている。(丙28)
(イ) 東北大学大学院においても,臨床系の各分野の教授が各診療科の科長を兼任しており,各分野の他の教官(助教授,講師,助手)もすべて診療科兼務が発令されている。
上記兼任の教官のほか,各分野には,大学院生,大学院研究生が在籍しており,各診療科(R病院)には,診療科専任の教官と医員,研修医がいる。
医局は,上記の各分野の構成員及び各診療科の構成員によって構成されている。(丙12ないし15)
(ウ) 一般に,大学における教官の地位は,次のとおりとされており,研究も職務の一部である(平成17年法律第83号による改正前の学校教育法58条6ないし9号)。
① 教授は,学生を教授し,その研究を指導し,又は研究に従事する。
② 助教授は教授の職務を助ける。
③ 助手は,教授及び助教授の職務を助ける。
④ 講師は,教授又は助教授に準じる職務に従事する。
また,国立大学病院の医員の職務内容は,次のとおりである。
附属病院において診療に従事するものとし,必要に応じ,診療を通じての臨床教育の補助的職務及び診療に関して研究にも従事するものとする。(丙26)
他方,医局は,臨床医療においては,研究,教育,診療が有機的一体的に連携することが必要であることから,医局員の親睦を図りながら医学研究を行ったり診療に当たることや医局員の相互扶助などを目的とし,診療科の役職である医局長がその長となり,消化器病態学分野の医局の場合は,助教授2名と医局長の3名の執行部と教授とのミーティングで意思決定がされている。ミーティングでは,学会のリハーサル,医療事故やそれに近い事象に対する対応,医局運営などについて協議しており,医局員である医師の就職についても協議して,本人と面談している。また,医局は,後記の委任経理金及び医局管理の寄附金の使途において説示するとおり,有機的一体的に研究,教育,診療を実施するために,秘書,臨床検査技師等(パラメディカル)を雇用し,研究用医療機器を購入したり,大学院研究生の学費の支援や大学院生等の留学,学会参加等の旅費の支援をしている。(丙12,証人H)
(エ) 医学の教育,研究には多額の研究費を必要とするが,東北大学の医学研究費用としては,校費,科研費,委任経理金,O財団からの助成金を含むその他の寄附金がある。校費は,国からの教育研究費で各分野に支給されるが,試薬や備品,実験資材の購入等の費用に充てられて,大学院生の教育費にも足りない額である。科研費は,具体的な研究計画,研究方法,研究代表者,研究分担者等を明らかにして,文部科学省から委託を受けたUに申請し,認められれば支払われるもので,研究費の大きな部分を担っているが,概ね申請額の3分の1が認められるかどうかである。委任経理金は,民間企業,団体,個人等から寄附された寄附金であり,各分野の寄附金ごと(研究ごと)の寄附金別委任経理金受払簿によって管理されている(なお,手続としては,寄附者から奨学寄附金として一旦国庫に寄附され,国庫から寄附を受け入れた部局の部局長に支出されて歳入歳出外現金となっている。)。そして,上記のほかに,本件支出にかかるもののように,国庫を通す手続がされず,教授名義等で受領する寄附金があるが,これは,医局において管理されている(以下「医局管理の寄附金」という。)。
委任経理金は,教育研究費や科研費の不足分を補うため,上記同様試薬や備品,実験資材の購入等の費用に充てられるほか,研究用医療機器の購入や,医局で雇用している秘書,臨床検査技師等(パラメディカル)の賃金などに充てられている。
公立病院等からの研究助成金の受け入れ状況等に関する調査報告書や医学部問題中間報告書によれば,医局管理の寄附金の支出先は,研究会,学会への支出,国内外の著名な教授の講義,患者回診,症例検討の謝礼,書籍等,研究消耗品への支出,研究費及び教育費への支出(地域病院に勤務する大学院研究生の入学料及び授業料への支援並びに大学院生等の留学旅費の援助),大学院生等の学会参加旅費,研究実施旅費等への支出,委任経理金への支出とされている。(甲3,4,丙2ないし7,10ないし13,証人H,同K,同B)
(オ) また,医局は,医局員から医局費を徴収して,医局運営の費用に充てている。
消化器病態学分野の医局では,医局費を歓送迎会等の懇親会費用,通信費,新聞・書籍・V受信料,教室論文製本代,各種研究会・学会の会費等に充てており,そのほか,医局員の臨時当直手当の受領・支払いや,医局員の教室員会費,W会費,同窓会の会費の徴収支払いをしている。また,同医局では,上記医局管理の寄附金の口座のほか,同窓会の口座や,各種研究会・学会の口座も管理している。(丙11)
イ 上記のとおり,医局は,大学医学部の臨床系講座の教授を中心とした講座,診療科に所属する医師の集団として一般に認められた存在であること,その構成員は,臨床系講座の各分野の構成員とも,各診療科の構成員とも異なるものであるが,臨床系講座の各分野と各診療科の構成員を統合したものとほぼ一致すること,医局の活動は,臨床系講座の各分野及び各診療科の職員としての職務遂行(教育,研究,診療)とみられるもののほかに,秘書,臨床検査技師等を雇用したり,医局員である医師の就職についても協議面談するなど,その職務権限・職務内容の範囲外のものや,大学院研究生や大学院生に対し学費や旅費等の支援をするなど相互扶助的活動,その他親睦会的活動を行っていること,医局の活動資金は,委任経理金からも医局の雇用者に対する賃金を支払っているが,医局管理の寄附金や医局費など,独自の資金を管理使用していることが認められる。
これらの事実からすれば,医局の構成員は臨床系講座の分野とも診療科とも異なり,これを臨床系講座の分野と診療科との統合体とみる(ただし,東北大学の組織としてそのような機関があるわけではない。)としても,その活動内容は分野及び診療科の活動と相当部分で重なり合うとはいえ,これにとどまらないものであって,独自の資金管理もされているのであるから,医局を東北大学の臨床系講座の分野,診療科又はその統合体と同視することは困難である。
ウ しかしながら,本件支出に係る寄附が東北大学とは別個の医局に対するものであるとしても,医局の活動内容は臨床系講座の分野及び診療科の活動と相当部分で重なり合い,医局の活動資金の一部(秘書の賃金等)は委任経理金(歳入歳出外現金であり,国(現在は東北大学)の所有と解される。)から支出されており,医局管理の寄附金からは研究消耗品への支出等上記重なり合う部分の活動のための支出がされていることから,そのような性質を持つ医局に対する寄附が地財再建法24条2項ないし地方財政法4条の5の趣旨に反するのではないかとの観点からの検討が必要である。
(2) 本件支出の違法性について
ア 地方自治法232条の2は,「普通地方公共団体は,その公益の必要がある場合においては,寄附又は補助をすることができる。」と規定しており,公益上の必要がある場合には市町村が第三者に対して寄附を行うことを認めている。
しかし,地財再建法24条2項は,「地方公共団体は,当分の間,国,……に対し,寄附金,法律又は政令の規定に基づかない負担金その他これらに類するもの(これに相当する物品等を含む。以下「寄附金等」という。)を支出してはならない。ただし,地方公共団体がその施設を国,独立行政法人若しくは国立大学法人等又は会社等に移管しようとする場合その他やむを得ないと認められる政令で定める場合における国,独立行政法人若しくは国立大学法人等又は会社等と当該地方公共団体との協議に基づいて支出する寄附金等で,あらかじめ総務大臣に協議し,その同意を得たものについては,この限りでない。」と規定している。
これは,従来,地方財政法4条の5において,国が地方公共団体から強制的に寄附金を徴収することを禁止していたが,同条は,地方公共団体の任意自発的な寄附を規制対象とするものではないため,国等がその優越的な地位を背景として,本来自己の負担とすべき経費に付き自発的寄附という名目で地方公共団体にその負担を転嫁したり,あるいは地方公共団体の側においても,国等の施設等誘致のために寄附することが頻発したため,地方公共団体の国等に対する自発的寄附又は任意負担をも原則禁止とすることによって財政の健全化を図る一方,寄附等を一律禁止することによる公益上又は社会通念上の不合理を回避するため,一定の場合には事前に総務大臣の同意を得た上で寄附等をなしうるものとしたものと解される。
そうだとすれば,地財再建法24条2項は,ただし書にあたる場合を除き,強制的なものであるか任意的なものであるか,国が本来負担することを予定しているものか否か,それが当該地方公共団体にとって必要ないし利益であるか否かに関わりなく,全てこれを禁止したものと解される。
イ 補助参加人は,地財再建法24条2項で禁止されている寄附の対象は,国等の負担すべき経費に限られるところ,本件支出は,実質的には,研究者に対する自由な研究のための経費であって,国等の負担すべき経費に対する寄附とはいえないと主張する。
しかし,地財再建法24条2項は,国が本来負担することを予定しているものか否かに関わりなく適用されると解すべきである。そして,大学の教官も附属病院の医員も,研究が職務の一部とされているのであるから,大学の教官等が全く私人として研究活動をすることができるとしても,場所的側面や時間的側面等により,職務としての活動と切り離されて全く私人としての研究であることが明らかにされているなど特段の事情のない限り(教官等が医局員としても活動していることは特段の事情として十分でない。),大学の教官等の研究はその職務(公務)であるかあるいはその職務としての性質を含むことを否定されるものではない。研究の内容や方法が教官等個人の裁量判断に全く委ねられているからといって,これから直ちにその研究が全くの私的活動と評価されるべきものではない。その研究のために費やされた資金は国の費用に充てられたものあるいはその側面を有するものと評価すべきである。国の予算としては校費と科研費としか予定されておらず,その他の研究資金を国庫において負担することは予定されていないとしても,それは,民間等から資金を受け入れ研究活動に使用されたときに,これらの資金が国の費用に充てられたことあるいはその側面を有することを肯認する妨げとなるものではない。
前記のとおり奨学寄附金は国に寄附される(さらに国立大学法人に支出される)ものであり,研究者の移動により転出先の国立学校に委任経理金等が移動されるとしても,それは,学校間の移動であって,研究者個人に帰属することを意味するものではない(丙33)。また,寄附金(委任経理金)の具体的な使用者をみても,上記のように委任経理金から医局の経費である秘書等の賃金が支出されているのであるから,医局のために使用される奨学寄附金も存在すると解される(医局の構成員が研究グループとして寄附を受けているとみれば,控訴人の主張とも整合性がないとはいえない。)。医局とは別の研究者個人ないし研究者グループがこれを受領したと認めるに足りる証拠はない。
前記のとおり,委任経理金は,教育研究費や科研費の不足分を補うため,試薬や備品,実験資材の購入等の費用に充てられ,校費や科研費と使途が明確に区分されていない。医局管理の寄附金も,委任経理金に納入されることがあるほか,研究消耗品への支出がされたり,研究のために必要な機器の購入が予定されたりしており,委任経理金とも,校費や科研費とも使途が明確に区分されていない。本件支出による寄附金も,大部分が研究費及び教育費として使用され,又は研究助成金として国庫に納入されて委任経理金になり,あるいは医療技術向上のための費用として医局に管理保管されている。したがって,各寄附金は公務(国)の費用に充てる側面があったことは否定できないというべきである。
以上の事情からすれば,本件支出に係る寄附は,医局にされたものであるところ,医局は東北大学とは別個の実体をもつものではあるものの,医局管理の寄附金は,国の所有管理にかかる資金(校費,科研費,委任経理金)と別個に管理されているとはいえ,使途が截然と区分されておらず,国の費用に充てられることも予想されたというべきである(結果的にも国の費用に充てられている部分がある)から,医局管理の寄附金に該当する寄附を地方公共団体がすることは,国と地方公共団体との間の経費負担区分を乱して地方財政の健全化を妨げる行為を防止しようという地財再建法24条2項ないし地方財政法4条の5の規定に抵触するものであった疑いが払拭できない。
(3) 地財再建法24条2項違反の行為の私法上の効力について
ア 地財再建法24条2項は,国と地方公共団体,地方公共団体相互間等の財政秩序を定めた地方財政法4条の5の実効性をはかるための条項であって,これに違反する行為が,直ちに私法上無効であるということはできないというべきである。地方公共団体相互間についての同趣旨の規定である同法28条の2についても同様に解されている(平成15年最高裁判決)。
イ そして,事情によっては地財再建法24条2項違反の行為が私法上無効となる余地があるとしても,本件の場合,公序良俗に反するなどこれを無効とすべき特段の事情があるものということはできない。すなわち,本件支出は繰り返し行われた寄附の一環であって,その額も少額とはいえないものの,M市立病院側も医局側も,これが違法であることを明確に認識しながら授受がされたものとは断じ難い。そして,本件支出に係る寄附が医局の運営のために使われたことは前示のとおりであるところ,これが医局の活動を通して地域医療の充実に寄与してきた面があることは否定できない。もとより,本件支出は,国が割り当てて強制的に徴収したもの,あるいはこれに相当するものとさえいえない。以上の事情のほか証拠上顕れた一切の事情を考慮しても,本件支出に係る寄附を私法上無効とすべき特段の事情があるということはできない。
ウ 被控訴人は,地財再建法24条2項は,地方公共団体から国に対する寄附等を端的に禁止するものであって,単なる贈与であるからそれを前提に種々の法律関係が形成されることもなく,これを無効としても弊害はないし,地方自治法上の総務大臣の助言や勧告による是正を期待できないから,同条項違反は無効とされるべきであると主張する。
しかし,単なる贈与であっても,それを費消した後にその贈与を無効として返還義務を負わせる場合を考えると,弊害がないと断定することはできないし,地財再建法24条2項違反の場合にも,地方公共団体の側には地方自治法上の総務大臣の助言や勧告による是正を,国等の側には上級庁や監督官庁等による監督指導による是正を図る方策がある(本件においても,医学系研究科においては,今後公立病院からの研究助成を一切受けないとの決定を自律的にしているし,文部科学省の指導により寄附金を国庫納入に統一する旨改められている(甲3,18,弁論の全趣旨)。)ことを考慮すると,地財再建法24条2項違反の行為を無効と解するだけの十分な理由はないというべきである。
してみれば,本件支出に係る寄附が私法上無効とはいえず,医局において本件支出に係る寄附を受ける法律上の原因がないとは認められない。
(4) 以上によれば,本件支出に係る寄附が地財再建法に違反することを理由に東北大学に対して返還請求することを求める主位的請求は理由がないというべきである。
4 本件支出が賄賂であることを理由とする予備的請求について
(1) 被控訴人は,本件支出は教授がM市立病院へ医師を派遣する対価としてされた旨主張する。
(2) しかしながら,本件支出が東北大学の各医局に対してされたものと認められることは前示のとおりであるところ,本件支出を受け入れた後の処理及び受け入れ後の使途をみても,これが実質的には各教授個人に対してされたものと認めるのは困難である。もっとも,その趣旨が教授個人がその自由裁量で特段の制約なく使用できるような場合や,従前同趣旨の金員が教授個人あてに交付されていたのが,首肯できる理由もなく形式的に医局あてに交付されたような場合であれば,これを実質的に教授個人に対して交付したのと同視する余地がないわけではないけれども,本件支出がこのようなものであったと認めるべき根拠はない。ほかにこれが各教授個人に対してされたものと認めるに足りる証拠はない。
(3) さらに,証拠(甲3,乙1ないし7(各枝番を含む。),8ないし10,丙10,12,13,証人T,H,B,K)に弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
ア M市立病院と各医局との関係
(ア) 本件支出がされた当時,M市立病院には,次の15の診療科が設けられていた。
内科,消化器科,呼吸器科,循環器科,神経内科,小児科,外科,産婦人科,整形外科,泌尿器科,耳鼻咽喉科,眼科,皮膚科,麻酔科,リハビリ科
(イ) 各医局からM市立病院への医師派遣の実態
M市立病院独自に医師を確保することは難しいことから,その多くを東北大学の医局からの医師派遣に頼ってきた。
平成10年度から平成15年度までの間で,常勤医師は14名ないし17名いたが,このうち11名ないし15名が東北大学の医局から派遣された医師であった。そのほかに,30人前後の医師が定期又は不定期に非常勤として派遣されていた。
(ウ) このほか,M市立病院では,東北大学の医局から,常勤医師が学会出席で不在になる際など日常の診療に対して応援を受けたり,医局からの派遣医師が同病院の医師の手術指導を行ったりしたほか,当直業務を応援してもらうこともあった。
また,M市立病院の内科や眼科の医師が,週1回医局で研修を受けるなど,医学を学ぶ場を提供してもらっていた。さらに,医局に対して個別の診療について相談し,助言を受けることもあった。
他方で,東北大学側からM市立病院に対して学生の高次修練を受け入れてもらったり,共同で臨床研究を行うことがあった。
イ 本件支出の態様・当事者の認識
(ア) M市立病院の院長は,アのような深い関係から,地域医療の維持の観点から東北大学の医局と良好な関係を保つことを心がけ,(ア)の診療科に対応する各医局に対して,地場産品の普及を兼ねて地酒を持参して訪問するなどしていたほか,1年ないし数年に一度本件支出同様の研究協力金を持参して,医局の運営に役立ててもらいたいとの趣旨を告げて,これを教授等に手渡していた。
ただし,その際に,常勤医師等に欠員が生じることが見込まれる診療科については,病院側から後任医師の派遣を依頼する話がされたことは否定できない。
(イ) M市立病院は,本件支出を病院事業費用中の交際費の中から支出負担行為,支出命令等正規の手続を踏んで支出していた。もっとも,支出伺いの起案文書には,件名として「医師派遣依頼について」との記載がされているけれども,これは,従前からこの件名で同様の支出がなされていたため,予算からの支出が容易なように前例を踏襲したに過ぎない。
(ウ) 他方,本件支出金を受領した教授側も,これが医師派遣につき便宜を図ってもらいたいとの趣旨の金員とは考えず(証人Bは,そのような趣旨が判明し,受け取るのを断った例を紹介している。),これを医局管理の預金口座に入金して,随時前示のような医局の運営費用に使用してきた。
ウ 本件支出と医師派遣の関連性の有無
(ア) 平成14年度に,M市立病院において,整形外科,耳鼻咽喉科及び神経内科で常勤医師に欠員が生じ,前2科では非常勤医師の派遣を受けて一部その補充をしたが,神経内科は補充がつかなかった。平成15年には,糖尿病内科の医師が退職したが,その補充ができなかった。
平成13年度の本件支出⑭ないし⑯,平成14年度の本件支出<21>は以上の診療科に対応する各医局に対してされているが,医師の補充とこの支出との一義的な関連性は認められないし,同じ期間に欠員が生じていない診療科に対応する医局にも本件支出⑫,⑰,⑱,⑳等がされているのであって,これらについては,医師派遣との関連性を肯認するのは一層困難である。
(イ) 平成13年度以前の本件支出についても,これを医師派遣の対価と認めるに十分な根拠はない。
(ウ) 東北大学の医局や教授側から,医師派遣を示唆して金員を要求したようなことはなく,その趣旨でM市立病院から飲食等の接待を受けたような経緯も存在しない。わずかに,イ(ア)の機会に常勤医師等に欠員が生じることが見込まれる診療科について,病院側から後任医師の派遣を依頼する話が出されたことがうかがわれるにとどまる。
(エ) 医学部問題中間報告書(甲3)は,助成金を受けていないが医師が派遣された公立病院が多数あり,医師の派遣数は各病院における年間の手術数を目安にして自動的に決められ,寄附金の授受にかかわりなく,全体としてここ10年来医師派遣数はほぼ安定的に推移してきているように,教授・診療科長の裁量の余地はないとの実態から,助成金の受入れと医師派遣との間には関連性がないものと判断した。
(オ) (ア)ないし(エ)からは,本件支出を医師派遣の対価と認めるに十分な根拠があるとはいえない。
(4) (3)のM市立病院と各医局との関係,本件支出の態様・当事者の認識,本件支出を医師派遣の対価と認めるに十分な根拠はないことに徴すれば,本件支出は,研究助成目的の寄附金であって,その支出に不法性はないと認めるのが相当である。
もっとも,本件支出金を交付する際に,常勤医師等に欠員が生じることが見込まれる診療科については,病院側から後任医師の派遣を依頼する話が出されたことは否定できず,この限度では本件支出が医師派遣の依頼の趣旨を含むものであったことを全く否定し去ることはできないけれども,本件支出は医局に対してされたものであって,教授個人に対するものとは認め難い以上,これを教授個人に対する賄賂とみることはできない。
(5) してみれば,被控訴人の本件支出が賄賂であることを理由とする予備的請求は,その余の点につき判断するまでもなく理由がない。
5 よって,原判決中,控訴人敗訴の部分(被控訴人の請求を認容した部分)を取り消して,取消に係る被控訴人の請求を棄却し,さらに被控訴人の予備的請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小野貞夫 裁判官 信濃孝一 裁判官 大垣貴靖)