仙台高等裁判所 平成2年(ネ)470号 判決 1993年3月09日
控訴人
石井公
右訴訟代理人弁護士
青木正芳
被控訴人
株式会社徳陽シティ銀行
右代表者代表取締役
大谷邦夫
右訴訟代理人弁護士
渡邊大司
高橋勝夫
三島卓郎
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人に対し金三三八五万円及びこれに対する昭和五九年九月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人
主文同旨。
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは原判決の事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人の主張
1 被控訴人の使用者責任について
銀行の預金獲得は、単に預金係あるいは得意先係だけが行うものでなく、行員全体が一丸となって行っているものであることは公知の事実である。もとよりその最終処理は預金係が担当するとしても、顧客から現金を預かることもまたそれら預金獲得を行う行員が行っており、その行員の銀行内における職務内容とは必ずしも関係を有しない。
しかも、銀行は、貸付を行うに際し、預金取引の実績があることを事実上要件としているため、一定期間、一定金額の預金を求めるのが常で、貸付に関与する行員は、顧客に対しそのように助言して、預金を行わせているのが常態である。
文屋についても同様であって、被控訴人において住宅ローンの個人融資を担当していたが、それだけしか担当しないということではなく、住宅ローン以外の融資の紹介やその融資が円滑に得られるよう協力するということも、当然にその職務として行っていたもので、本件の預金の導入も、右のような銀行業務の実態の中で行われたものである。
ところで、文屋は控訴人に対し、ビル建築予定の場所で設計図を示し、ビル建築計画の存在を誇示して、その建築資金について被控訴人から融資を受けるために預金が必要であることを説明し、融資課審査役として融資申込者である建築主の高橋毅名義で預金する旨述べて、いずれの場合も、被控訴人の本店営業部応接室で、その執務時間中他の職員立会のうえ、控訴人に応対して控訴人から多額の金員を預かり、預金通帳は融資申込者名義であるから交付できないとして手形等を金員受領の証として交付したものであるから、それは被控訴人の銀行取引行為に関するものであることは明白であり、右文屋の行為は、その職務の範囲内に属するものというべきであって、同人の職務執行行為にほかならない。
2 個人的貸付であるとの被控訴人の主張について
控訴人は、前記のとおり建築主の高橋毅名義で預金するというので文屋に金員を交付したものであって、文屋から名目の如何を問わず、一円たりとも金銭を受け取っていない。
また建築主振出の手形は、前記のとおり金員受領の証として交付されたものであって貸金の担保等として受け取ったものではないし、<書証番号略>の書面は、昭和五九年四月に文屋が控訴人に知らせることなく突然被控訴人の佐沼支店に転勤になり、同人の融資話は虚偽ではないかと気付き、交付した金員の返還を求める中で同人が一方的に書いて控訴人に交付したものであって、文屋が控訴人から被控訴人に直接この件を持ち込まれても弁解できるように自分に都合よく書かれたものである。そして、右書面が右時期に作成されたということは、それまではこのような書面が作成されていないことを意味し、控訴人の文屋に対する金員の交付があくまで文屋に対する貸金ではなく、建築主の信用を獲得し、融資を円滑に進めるための預金として積み立てるためのものであることを明らかにしている。
なお被控訴人は、本件訴え提起前、控訴人代理人との折衝の際にも、控訴人の文屋に対する本件の金員の交付が個人的な貸借で被控訴人に責任を生じる余地がない旨主張したことはなかったものである。
3 控訴人及び文屋の行為が違法であるとの被控訴人の主張について
被控訴人引用の最高裁判決は、本件に適切でなく、また文屋の行為等がその主張の法律違反で問擬される理由はない。
二 被控訴人の主張
1 控訴人がその主張のとおり文屋に対し金銭を交付したのが事実であるとしても、それは次の諸点に照らし、控訴人の文屋に対する個人的な金銭の貸付と認めるべきである。
(一) 控訴人は、文屋へ金銭を交付した都度、同人から預り証として約束手形を受領したと主張しているが、控訴人が文屋に交付した金銭と約束手形金額の一致しているものはなく、交付した金額に金利や手数料等が加算されていることが窺われるし、右約束手形が後日書替されたり、取り立てに回されたりしている。そして、我が国の取引慣行において、金銭の交付と引換に約束手形を交付するのは、金銭を預けたことの証拠としてでなく、金銭を貸付けたことの証拠としてである。したがって、控訴人は、借用証書の代わりとして約束手形を受け取っていたとみるべきである。
(二) 被控訴人は、文屋に対して、昭和五七年一二月一五日から同五八年一二月二八日までの間、預金業務も、貸付業務も担当させていないし、右期間中、控訴人から直接あるいは文屋を通じて、高橋毅名義もしくは控訴人名義で、預金を預け入れた事実はない。また、被控訴人は、右期間中、高橋毅や控訴人から直接あるいは文屋を通じて、高橋毅がビルを建築するに必要な資金を貸付けて欲しいと申し込まれたこともない。
(三) 控訴人は、文屋が本店住宅ローンセンター(後に組織替えにより個人融資部と名称変更)に勤務していたときばかりでなく、昭和五九年四月に佐沼支店へ転勤となった後も、文屋とのみ交渉しており、預金について被控訴人へ問い合わせたことがなかった。
(四) 控訴人は、昭和五九年七月八日、文屋に対し<書証番号略>の書面を書かせているが、その内容は、文屋個人が控訴人から借り受けた金銭について返済を約束したものであり、被控訴人に預金する資金として預けたことを窺わせる記載はない。
(五) <書証番号略>の金銭受渡明細書には、控訴人が文屋に金銭を交付した場所が、控訴人主張のように被控訴人の本店だけではなく、喫茶店で交付したことも記載されているし、その交付した金員のうち一九六〇万円は、仙台市大町ビル工事の見せ金として、一四二五万円は仙台市南小泉モーテル工事と原ノ町アパート工事のため(この両者は見せ金でない)として交付した旨記載されており、控訴人と文屋との間には、複雑な金銭の貸借関係があったことが窺える。
2 仮に前項の主張が認められず、文屋が控訴人主張のとおり控訴人から預金目的で金員を受領したもので、外形的に被控訴人の業務の執行行為と認められるとしても、その行為は次のとおり違法なものである。
(一) 控訴人は、建築施工請負業等を営む株式会社北日本ホームズの代表取締役であるところ、同会社及び右関連会社にビル建築工事の請負を斡旋して貰うため、被控訴人から建築資金の融資を受けてビルを建築しようとしているその建築主名義で預金をなし、右融資が円滑に実行できるように図ったものであって、控訴人の右行為は、右訴外会社等が右建築工事を請け負って金銭上の利益を得ることを目的として、文屋を介して右建築主と通じ、控訴人主張の預金に係る債権を担保として提供することなく、被控訴人をして建築主に資金の融通を行わせようとして控訴人主張の預金をしたものと言わざるを得ず、預金等に係る不当契約の取締に関する法律二条一項に違背するものであり、仮に文屋が右の如き預金の媒介をしたものとすれば、その行為は、同法二条二項に違背するものである。
(二) さらにまた文屋は、右預金が預けられた頃、被控訴人の職員であったから、仮に同人が建築主名義で預金させるために、控訴人から建築主へ資金を提供せしめたとすれば、同人は、金融機関の職員でありながらその地位を利用し、建築主の利益を図るため、控訴人と建築主との間の金銭の貸借の媒介をしたものと言わざるを得ず、かかる行為は、出資の受け入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律三条に違背するものである。
しかるところ、控訴人は、銀行取引に精通していたので、同人や文屋の行為が右の法律に違反することを知らなかったはずはなく、仮に知らなかったとすれば、重大な過失があると言わざるを得ないから、右行為に基づく損害は民法七一五条にいわゆる「被用者カその事業ノ執行ニ付キ第三者ニ加ヘタル損害」に当たらず、控訴人は被控訴人に対し、その損害の賠償を請求することができないと言うべきである(最判昭和四二年一一月二日民集二一巻九号二二七八頁)。
第三 証拠<省略>
理由
一控訴人の職業、文屋の被控訴人における職歴等は、原判決の理由(五枚目表二行目から同裏二行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
二1 当審証人高橋和夫の証言により成立を認めることができる<書証番号略>、原審(一回)及び当審控訴人本人の供述によれば、控訴人は文屋に対し、昭和五七年一二月一五日から同五八年一二月二八日までの間、原判決請求原因三(原判決三枚目表一行目から同九行目まで)記載のとおり合計三三八五万円を交付したことが認められるが、本件全証拠によるも、右金員が高橋毅その他の名義で被控訴人に預金された事実は認めることができない。
そこで、控訴人は、右金員は控訴人が文屋から預金名下に詐取されたものであると主張し、被控訴人は控訴人の文屋に対する個人的な貸付であると主張するので、以下検討する。
2 控訴人は、原審(一、二回)及び当審本人尋問において、控訴人が前記認定のとおり文屋に対して金員を交付したのは、昭和五七年一二月頃、仙台市青葉区国分町一丁目五番一号所在被控訴人本店営業部応接室において、文屋が自己を被控訴人の融資担当役席であると自己紹介したうえ、控訴人に対して、「仙台市青葉区大町二丁目所在の土地に約四億円の資金でビルを建築しようと計画している者がおり、被控訴人はこの者に右建築資金を融資する予定であるが、右建築主が被控訴人に四〇〇〇万円程度の預金をすれば、被控訴人は右融資を円滑に実行することができる。ついては、被控訴人において、右建築主が右ビル建築を控訴人が代表者である株式会社北日本ホームズ及びその関連会社に請け負わせるよう斡旋することができるので、右融資実行までの間、控訴人において、右建築主名義で、被控訴人に対し四〇〇〇万円程度を預金して貰いたい」と述べ、またその頃前同所において、控訴人に対し、右ビルの建築設計図なるものを提示し、右建築主は松和商事こと高橋毅であると告げてさらに預金を勧められたので、控訴人は文屋の右言を信じこれに応じたためである旨、控訴人の主張に沿う供述をしている。
3 しかるところ、以下の事実が認められる。
(一) <書証番号略>、原審(一、二回)及び当審控訴人本人の供述並びにこれにより成立を認めることができる<書証番号略>、原審証人高橋貞雄及び当審証人高橋和夫の各証言を合わせると、文屋は、控訴人から前記認定の金員の交付を受ける都度、松和商事振出名義の約束手形に裏書をしてこれを控訴人に交付していること、文屋が控訴人に知らせないで佐沼支店に転勤したことから、控訴人が同人に対し不信を抱いて交付した金員の返還を求めた後ではあるが、文屋は控訴人に対し丸隆製陶仙台支店など第三者振出名義の約束手形を交付して書替しており、またその受取手形を満期に取り立てに回して、被控訴人との交渉によることなく、交付した金員の回収を図っていることが認められる。
控訴人は、原審(一回)及び当審本人尋問において、右各手形のうち松和商事振出名義のものは、文屋から領収書代わりに貰ったものであると供述するけれども、銀行が預金の領収書代わりに、第三者振出名義の約束手形に行員の裏書をして交付するというのは極めて異常であって不自然であるし、領収書代わりならその交付した金額と手形金額が一致する一枚の手形が交付されるものと考えられるところ、前記認定の控訴人の交付した金額と手形金額が一致する手形は少なく、しかも後日交付した書替の手形が含まれているにせよ、元の手形は返戻されているはずであるのに、前掲証拠によると、控訴人の所持している手形の手形金額の合計が四二三五万円であって、控訴人が文屋に対して交付した金額よりかなり多く、この点でも領収書代わりと認めるのは不自然であり、右供述はたやすく信用できない。
(二) 原審(一、二回)及び当審控訴人本人の供述によれば、<書証番号略>の書面は、控訴人が前記認定のとおり控訴人に隠して被控訴人の佐沼支店へ転勤した文屋に不信を抱いて同人を問い詰め、言い逃れの弁解に終始する同人に対し、交付した金員の返還を強く迫って作成させたものであることが認められるところ、右書面には、文屋が控訴人から交付された金員は控訴人の文屋に対する貸付金であると記載されている。
控訴人は、右書面について、文屋が一方的に作成したもので、万一の場合被控訴人に弁解できるように自分に都合よく記載したものであると主張するけれども、右記載内容は、前記認定のとおり金員の交付を受ける都度、第三者振出名義の約束手形に文屋が裏書をして交付していた事実にも符号するところ、右認定の<書証番号略>の書面が作成されるに至った経緯から考えると、文屋はむしろ事実をありのまま記載したものと推認されるし、控訴人においても、右書面を受け取って直ちにその内容を点検したはずであるのに、そのまま受け取っているのであるから、その作成当時、文屋に交付した金員が控訴人の文屋に対する貸付金と認識していたことを窺わせるに十分である。
(三) ところで、当審証人高橋和夫の証言及びこれにより成立を認めることができる<書証番号略>により、控訴人から依頼を受けた荒井弁護士が控訴人から事情を聴取するなどした結果に基づいて作成したものと認められる<書証番号略>を対照すると、控訴人が文屋に交付した三三八五万円のうち<書証番号略>の一九六〇万円は高橋毅が仙台市大町ビル工事の見せ金として、<書証番号略>の一四二五万円は右高橋と関係なく仙台市南小泉モーテル工事と原ノ町アパート工事分として交付した金員であることが認められ、ことに<書証番号略>には「銀行取立手形金」一四二五万円と記載されていることからすると、控訴人から文屋に交付された金員は、控訴人が主張し、控訴人本人が原審及び当審において供述するように、すべてが高橋毅と関係するものとは認め難く、また直接預金目的で交付したと言うのも甚だ疑問であると言うことができる。
(四) 控訴人がビル建築主に対する被控訴人からの融資を円滑にするためその建築主名義で預金するというだけであれば、実際の預金者である控訴人において預金通帳を受け取ることに差し支えがないはずであり、そのことは一般に周知の事柄であるところ、原審(一回)及び当審控訴人本人の供述によれば、控訴人は、約束手形を受け取っただけで預金通帳の交付を強いて求めず、また預金の種類(普通預金か定期預金か)にも関心を持っていなかったことが認められる。
(五) 当審控訴人本人の供述によれば、控訴人がビル建築主の高橋毅に会った際、同人は、控訴人が文屋に交付した金員を被控訴人から融資を受けたときにその金員のうちから弁済する旨述べたので、控訴人もこれを了承したことが認められる。
以上認定の諸事情に照らして考えると、前記2の控訴人本人の供述するとおり文屋において請負工事の斡旋を口実としたのはおそらく事実であろうが、その供述するようにビル建築主である高橋毅名義で被控訴人に直接預金する目的で控訴人に金員を交付させたものとは到底認め難く、それは、むしろ右高橋等の建築主に対し預金実績を作る資金、あるいは工事代金等の資金を融通する口実のもとに、その建築主との間に立つ文屋に対する貸付目的で交付したものであって、控訴人から文屋に対する金員の交付は控訴人と文屋との間の個人的な貸借関係にすぎないと認められるのであり、したがって、控訴人本人の前記2の供述はにわかに信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない
なお控訴人主張のように、被控訴人が本件訴え提起前、控訴人代理人との折衝の際、右金員の交付は個人的な貸借であって被控訴人に責任がないという主張をしたことが仮になかったとしても、右認定の妨げとなるものではない。
三ところで、文屋の被控訴人における職務権限は、原判決の理由(七枚目表八行目から八枚目表六行目まで。但し、七枚目表九行目の「されたもで」を「されたもので」と改める)記載のとおりであり、文屋の右職務権限に照らすと、同人が財団法人年金福祉協会に出向していた間はともかく、被控訴人本部住宅ローンセンターに勤務していた以後においては、貸付及びその融資実現のためのいわゆる導入預金獲得も、その職務権限と密接に関連するものと認める余地がないではない。
しかしながら、前項のとおり控訴人の文屋に対する金銭の交付は、控訴人の文屋に対する個人的な貸付と認められるのであり、文屋のなした控訴人からの右個人的な借入行為をもって、文屋の被控訴人における職務執行行為と認めることができないことはいうまでもないところであるから、右金銭の交付が預金の獲得であって文屋による被控訴人の職務執行行為であるとする控訴人の主張は到底採用できない。
また控訴人主張のように、右貸借が本店営業部内の応接室で被控訴人の職員立会の下に行われたこと等によって、その行為が外形的に被控訴人の職務執行行為として行われたものと認められるとしても、文屋の右借入行為が個人的なもので、被控訴人の職務執行行為としてなされたものでないことは控訴人において容易に知り得たはずであり、仮に知らなかったとすれば重大な過失があったものと認めざるを得ない。
そうすると、控訴人の被控訴人に対する民法七一五条に基づく本訴損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。
四そうすると、原判決は結局正当であり、本件控訴は理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石川良雄 裁判官山口忍 裁判官佐々木寅男)