仙台高等裁判所 平成3年(う)76号 判決 1993年3月15日
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役三年に処する。
原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。
被告人から金二六二〇万円を追徴する。
原審における訴訟費用は被告人並びに原審相被告人A、同B及び同Cの連帯負担とし、
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人神洋明、同山崎智男連名作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官湯浅勝喜作成名義の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
第一控訴趣意第一(事実誤認の主張)について
一 論旨は、要するに、原判示第一の三の受託収賄の事実につき、被告人が原判示の日時、場所において、原審相被告人Aから供与を受けた現金は一四〇〇万円であるのに、原判決がこれを三五七〇万円と認定したのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認である、というのである。
しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によると、原判決が、被告人が請託を受けてAから現金三五七〇万円の供与を受けた事実を肯認するところは、当裁判所においても正当として是認することができるのであって、所論に鑑み記録を精査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討してみても、原判決に所論の指摘するような事実の誤認はない。
すなわち、これらの証拠によると、被告人は、昭和六〇年八月下旬ころ上京して銀座の料理店でAと会食をしてからホテルヘの帰途、Aから三沢市が発注する同市一般廃棄物最終処分場建設工事及び同市粗大ごみ処理施設建設工事(以下、これらを「本件工事」という。)をD株式会社に請け負わせてほしい旨の話を持ちかけられてその請託を受け、その際、被告人は、AからDから落札価格の三パーセントの謝礼を出してもらえると言われてこれを了承したこと、Aから右のように、被告人がDの受注を承諾した旨の報告を受けた原審相被告人Cは、本件工事の各実施設計の受注を株式会社E設計事務所のF営業部長に働きかける一方、Dのプラント事業本部環境事業部営業部部長心得をしていた原審相被告人Bに右工事の各本体工事の受注を持ちかけ、結局、BはCとの話し合いの過程で被告人に工事額の二ないし三パーセント位の謝礼金を支払ってDで本件工事を受注することとしたこと、その後、被告人は、Aと連絡を取り合って実施設計の指名業者としてE設計事務所ほか四業者を選定し、Aに予定価格案を電話で内報するなどしてE設計事務所に右各工事の実施設計を落札させたこと、更に、被告人は、その後もAと会うなどして連絡を取り合い、各本体工事の指名業者としてDほか四社をそれぞれ選定し、Aに工事予定価格案を内報するなどして、Dに右各工事を落札させたが、その間、BとCとの間で、被告人に供与する現金はCが調達し、Dはその埋め合わせとして、Cが東京支店長をしている株式会社Gに工事を発注することで了解したこと、その後、Cは、Aから、被告人が上京したので現金を供与したい旨の連絡を受け、手持ちの現金や、関連会社に一旦貸付け名義で送金し、更にこれをGに振込送金させるなどの操作をして入手した現金合計五〇〇〇万円をAに渡し、Aはこれを一旦その経営するH株式会社の事務所へ持ち込み、一〇〇万円の札束の帯封を輪ゴムに替えた札束に作り直して自宅に持ち帰り、右の五〇〇〇万円の中から被告人に対する謝礼として工事落札価格合計一一億九〇〇〇万円(一般廃棄物最終処分場建設工事分六億一五〇〇万円、粗大ごみ処理施設建設工事分五億七五〇〇万円)の三パーセント相当額の三五七〇万円を分別してアタッシェケースに入れて準備し、翌日である原判示の日時(昭和六一年九月二六日ころ)に、これを携えて東京に出張中の被告人をその宿泊先である原判示ホテルの客室に訪ね、同室内において、被告人の面前でアタッシェケースを開けて、「お約束の金です。」などと言ってテーブルの上に置いたところ、被告人は「うん、うん。」と言ってこれを了承したこと、続いてAは、持参した右の三五七〇万円の中から、自己の尽力したことに対する手数料として右謝礼金の約三〇パーセントに相当する一〇七〇万円のほか、これまで被告人のために用立てしていた分として合計五〇〇万円、及び被告人の長男の大学入学工作資金として六〇〇万円の合計二一七〇万円を差し引かせてもらうと残金は一四〇〇万円になる旨説明して被告人の了解を得、現金一四〇〇万円の札束をアタッシェケースから取り出してテーブルの上に置き、差し引いた残りの二一七〇万円の現金を持ち帰ったこと、以上の各事実が認められる。右の各事実によれば、被告人が、Aから三沢市が発注する本件工事の実施設計をE設計事務所に、本体工事をDにそれぞれ請け負わせてもらいたい旨の請託を受け、Aがこれに対する謝礼として前記工事の落札価格の合計額の三パーセントに相当する三五七〇万円を原判示の日時に、原判示のホテルの客室に持参して被告人に差し出し、被告人においてその供与を受けたものと認めるのが相当である。
二 所論は、被告人が供与を受けた賄賂金は一四〇〇万円であり、Aが原判示ホテル客室に持参したのも一四〇〇万円であって三五七〇万円ではないとして縷縷主張するので、以下所論に即して若干の説明を補足することとする。
1 所論は、AがDなりCなりに負担をかけることを避けるために、原判示I会のJを排除して自ら直接工事の受注を工作したという経緯から考えると、AがCに用立ててもらう金額は工事受注額の五パーセントに近い五〇〇〇万円では論理矛盾が生ずることからすると、AがCから受領した五〇〇〇万円の中には賄賂とは無関係の金が混じっていたと考えることもあながち不合理ではない、と主張する。しかしながら、関係各証拠、殊に、Aの検察官に対する昭和六二年(六一年とあるのは誤記と認める。)一月二五日付け供述調書によると、AがJを排除して直接本件工事の受注工作をしょうとしたのは、「Jの手配で三沢市のゴミ処理工事がDに受注されるような事があれば、高いリベートのほかに今後数年間DがJから色々な名目で金をたかられることになってしまう」ことを懸念したからであることが認められるのであるから、本件工事の受注に際しCから五〇〇〇万円を用立ててもらったことは何ら矛盾するものではない(Aの真意は、そのほかにI会のJを排して自らが工事受注の仲介者となり一定の利益を得るとともに、CやD関係者の信用を得て、自己の取引に役立てようともくろんでいたことも窺われる。)。したがって、Aが被告人への賄賂の資金としてCから現金五〇〇〇万円を用立ててもらったとしても不合理とはいえない。所論は採用できない。
2 所論は、工事価格の五パーセントをむしり取るJが被告人に対する謝礼を一〇〇〇万円と考えていたのに、これより少ない額をDから受領することでCの負担を軽減しようとしていたAが、三五七〇万円を被告人に対する謝礼とすることは不合理である、と主張する。しかしながら、関係各証拠によると、Jは工事価格の五パーセントの金を業者に提供させる一方、被告人に対しては一〇〇〇万円の賄賂しかやらないつもりであったことから、AとしてはDと工事受注工作にあたるCの立場を考慮し、被告人には高額の賄賂を申し出て工事を受注しようと考えたこと、そこで、Aは、被告人に対し、昭和六〇年八月下旬ころ、前記のとおり落札価格の三パーセントの謝礼金を申し出て被告人の了承を得たことが認められ、右の事実によれば、AがJの意図と異なり、工事価格の三パーセントの賄賂の提供を申し出たとしても不合理ということはできない。所論は採用できない。
3 所論は、Aが工事価格の三パーセントに相当する三五七〇万円をアタッシェケースに入れて原判示ホテルの客室に持参し、その旨告げたうえ、Aへの手数料など合計二一七〇万円を差引き計算をして、その残額として輪ゴム止めにした一〇〇万円の札束一四個合計金一四〇〇万円をテーブルの上に置いたとする原判決の認定は、細かな計算をしている時間的余裕がなかった状況、残金一四〇〇万円をアタッシェケースから取り出した状況、被告人にはアタッシェケースの中に現金が残っている状況が見えなかったこと、及びAが右客室に持参したアタッシェケースが特定できないことなどからすると不合理である、と主張する。しかしながら、関係各証拠によると、本件賄賂金の授受の経緯は、被告人が上京する日程を事前にAに連絡したうえ、現金授受当日、被告人が滞在しているホテルの部屋番号をAに伝え、同伴していた女性を別室に移してAが賄賂金を持ってくるのを待って授受されたものであることが認められ、これらの事実に、前認定のようなAによる差引き計算の説明にはわずかの時間を要するに過ぎないことをも併せ考えれば、原判決が認定するような持参した現金から被告人の了解を得てAの手数料などの差引き計算をする程度の時間的余裕がなかったとはいえない。また、Aが札束を数えるふうでもなく、無造作に鞄から取り出してテーブルの上に置いたものであるとしても、Aが授受の現場に用意した現金は一四〇〇万円であって三五七〇万円ではなかったとはいえず、関係各証拠によると、被告人は、Aがテーブルの上に乗せた一四〇〇万円だけではなく、もっと多くの現金がアタッシェケースの中にはいっているのを見たことが認められ、被告人自身原審公判廷において、アタッシェケースの中に他に現金があったような記憶があると述べていることからすると、所論のように被告人にはアタッシェケースの中に現金が残っている状況が全く見えなかったとはいえず、原判決の認定に不合理な点は存在しない。更に、関係証拠によれば、Aが賄賂金を入れて持参したアタッシェケースは、茶色のアタッシェケースであることが認められ、これによれば、右のケースには現金三五七〇万円を優に収納することができ、黒のケースであるとする被告人及びAの原審公判廷における各供述は確たる根拠もなく単に記憶のみを述べているに過ぎないから、にわかに信用することができない。所論は採用できない。
4 所論は、被告人やAの検察官に対する各供述調書は、賄賂金額を工事金額の三パーセントに合わせるために検察官が供述を誘導して作成したものであって、信用性がない旨主張する。しかしながら、右各供述調書の内容には格別不自然、不合理な点はないばかりでなく、当事者でなければ知り得ない事柄を詳細に述べていて他の関係者の供述とも矛盾するところはない。所論は、昭和六二年(供述調書に六一年とあるのは誤記と認める。)一月二二日、二三日、二四日及び二五日の四日間に作成されたというAの検察官に対する同月二五日付け供述調書は、いつ、どのようにして作成されたのか訳のわからない膨大な調書であって、供述内容の変遷がわからないようにしている不当なものであるというが、右の調書は同月二二日から二五日にかけて事件の流れに沿って取り調べた内容を録取して記載したものであるから、作成の過程が明らかであり、供述内容にも殊更疑問を差し挟む余地はない。しかも、被告人は、Aの右検察官調書が作成される前の検察官に対する同月二〇日付け(謄本)、二二日付け及び二三日付け(二通)各供述調書において、工事金額の三パーセントにあたる金額の現金をAが賄賂金として持参したことを前提として供述しているばかりでなく、Aが逮捕されて取り調べられる前の昭和六一年一二月一三日、青森警察署長に宛て作成した申述書において、すでに「A氏はDから三パーセント位は貰える様なことを話していた様な気がいたします」と述べたうえ、司法警察員に対する同月一五日付け供述調書において、Aが原判示ホテルの客室に被告人を訪ね、「約束どおりDから三パーセントの金を出してもらって来ました。」と言ってから、Aの手数料としてその三〇パーセント、Aが被告人のためにそれまで用立てした分として合計五〇〇万円及び長男の大学入学工作資金七〇〇万円を差し引くと残額は一四〇〇万円になるとして一〇〇万円の札束一四個をテーブルの上に置いて帰った旨供述しているのであるから、被告人がAから供与を受けた賄賂金が三五七〇万円であったか、差引き計算をした残額の一四〇〇万円であったかの評価はさておき、被告人の検察官調書が検察官の誘導によりAの検察官調書の内容と矛盾がないように作成されたものとはいえず、また、説得力を偽装する必要から作為的、詳細に作成されたもので信用性に乏しいなどということもできない。所論は採用できない。
5 所論は、被告人作成の申述書でいう本件工事費の三パーセント(金三五七〇万円)なるものは、Dが本件工事を受注するためにその支出を予定していた工作資金(経費ないし費用)であって、被告人に対する賄賂金額ではないのに、原判決が被告人に対する賄賂金額を一四〇〇万円ではなく三五七〇万円としたのは、被告人やAの供述調書を過大に評価し、不合理な認定をした誤りに陥ったものである、というのである。しかしながら、右申述書をはじめ被告人らの検察官調書を含む関係各証拠によれば、Aらは本件工事の受注に関して被告人に供与する賄賂金額を工事費の三パーセントに相当する金額と考え、Aがその旨被告人に伝えていたこと、他方、Cは、DのBに対してCが立て替えた謝礼は五〇〇〇万円であると言っていたことが認められ、これらによると、本件工事費の三パーセントというのは所論のいうようにDが支出を予定していた工作資金ではなく、被告人に対する賄賂金額であることが明らかである。所論は、被告人作成の申述書の記載を根拠として賄賂金は一四〇〇万円であったと主張するが、右の記載はAが帰ったのち被告人が現に手にした現金が一四〇〇万円であったことを述べているに過ぎず、同申述書中の「A氏はDから三パーセント位は貰える様なことを話していた様な気がいたします」との記載は、その文脈からしても、また、通常賄賂を供与する相手に対して伝える金額(又は工事費に対する割合)はその相手方に対して供与しようとする金額であることに照らしても、被告人が収受すべき金額であるものと認められ、原判決が右の三パーセントの記載のみから直ちに被告人が収受したのは三五七〇万円であるとする論理を引き出したものでもないから、原判決の認定に論理の飛躍はなく、非常識ともいえない。また、CがAに渡した五〇〇〇万円を捻出するにあたり、うち三〇〇〇万円をGから一旦関連会社に貸付け名義で送金し、更にこれをGに振込送金させているのは賄賂金を捻出するための資金操作をしたものであって、これをもって本件工事費の三パーセントの金額が工事を受注するための工作資金とみることを可能とするものではない。所論は採用できない。
6 所論は、CがAに渡した五〇〇〇万円のうち三〇〇〇万円は、GとK株式会社との鉄骨販売等の取引においてAないしHが仲介したことに対する手数料(裏口銭)であって、本件賄賂金がその残額である二〇〇〇万円を超えることはあり得ないと主張する。しかし、関係各証拠によっても右の現金五〇〇〇万円のうち三〇〇〇万円が所論の手数料であることを裏付けるに足りず、この点に関するA、C並びに原審証人L及び同Mの原審公判廷における供述は、内容が不明確であり、供述相互間に食い違いが認められるから信用できない。もし、所論のように本件の賄賂金が五〇〇〇万円のうち二〇〇〇万円であるというのであれば、Dが工事受注のため支出を予定していた工作資金は工事額の三パーセントであるとする前記5の所論と矛盾するばかりでなく、右の架空取引が判明すれば本件贈賄とは別に詐欺罪等で逮捕され、訴追を受けるかも知れないという性質の裏口銭というのであるから、三〇〇〇万円についてはこれを秘匿し、当初から賄賂金は二〇〇〇万円であったといえば済むことなのに、何故に込み入った差引き計算を必要とする供述をするに至ったのか理解に苦しむものといわなければならない。Cの検察官に対する昭和六二年一月三一日付け供述調書には、CがAに渡した五〇〇〇万円の中にはAがGとKとの取引の仲介をしてくれたことに対する手数料が含まれていた旨の記載があるが、右の手数料は所論のように三〇〇〇万円であるとは言っておらず、Cの右検察官調書の記載を根拠にしてCがAに渡した五〇〇〇万円のうち三〇〇〇万円はGとKとの取引の手数料であるとする所論は採用できない。
7 所論は、Aは賄賂金の授受現場に現金三五七〇万円を持参しておらず、仮にこれを持参したとしても、被告人には右の現場に現金があったという認識はなかったのに、原判決が、右現金に対する現実の支配が被告人に移転したと認定できると判示したのは早計であると主張する。しかしながら、被告人は、原判示ホテルの客室でAからその面前で現金の札束の入ったアタッシェケースを開けながら、本件工事受注金額の三パーセントに相当する約束の金を持参した旨言われて提示され、その受領方を了承したことは前記認定のとおりであり、これによればAが持参したアタッシェケース在中の現金は全額被告人の現実の支配下に入ったということができるのであるから、被告人はAから現金三五七〇万円全額について供与を受けたとする原判決の認定は相当として是認することができる。所論は採用できない。
8 所論は、原判決が、Aが被告人に現金三五七〇万円を供与した際、Aからの申し出によって差し引いたとされる被告人の部下のNとOとの間のトラブル解決金二〇〇万円、選挙の際の陣中見舞金三〇〇万円、被告人の長男の大学入学工作資金六〇〇万円及びAの手数料一〇七〇万円の合計二一七〇万円については、差引き計算についての事前の約束もなければ、当日差引き計算をする話も時間的余裕もなかったのであるから、原判決が、被告人とAとの賄賂金授受の現場で差引き計算をしたと認定したのは不可解であると主張する。そこで、以下、原判決が現金授受に引き続いて差引き計算をしたとする各金員について、所論に即して若干の説明を補足する。
(一) NとOとの間のトラブル解決金二〇〇万円について
関係各証拠によれば、三沢市の総務部長であったNが被告人の私設秘書を自称していたOから借金をしていたところ、本件工事の業者指名に関してOとの間にトラブルが生じていたことから、被告人からこれを聞いたAが憂慮し、Nの借金を返させてトラブルを収めさせる趣旨で、昭和六〇年一二月二四日ころAが被告人に二〇〇万円を用立てて渡し、被告人がこれを翌年四月ころNに渡したことが認められる。右の二〇〇万円について、被告人は原審公判廷(第一八回公判調書速記録四三七丁裏)において、Nに渡すための仲介をした旨供述し、他方、Aも原審公判廷(第八回公判調書速記録三一二丁表)において、貸したという感覚はなく、誰からも返してもらえないお金だろうと思っていた旨供述している。しかしながら、Dが右工事を受注するためにはNとOとの金銭上のトラブルが何らかの支障になるとしても、右のトラブルは被告人なりNが解決すべき性質の事柄であって、NやOとは全く面識のないAにとっては右のトラブル解決のために二〇〇万円もの金を出すべき立場にはなかったものといわなければならず、むしろ、右の二〇〇万円は、「Aからの借り入れ、あるいは立て替え金で後日精算しなければならない」(被告人の検察官に対する昭和六二年一月二七日付け供述調書。記録二四冊のうちの一八冊目三二八七丁裏)、あるいは、「私が立替えてあとで市長に渡される賄賂金の中からその返済を受ける」(Aの検察官に対する昭和六二年一月二五日付け供述調書。記録二四冊のうちの一九冊目三三九九丁表)性質のものであり、現に、AはHの経理担当のMから仮払金として受け取った五〇〇万円の中からこれを捻出していることが認められる。そうしてみると、AがNとOとのトラブルの解決金として被告人に渡した二〇〇万円は、所論のようにAからNに贈与されて決済が完了したという性質のものではなく、NとOとのトラブルを憂慮し、本件工事をDに受注させることに影響することを懸念した被告人がAにトラブルの解決金の用立てを依頼し、後日精算することを相互に暗黙のうちに了解して出してもらったものということができるのであって、これによれば被告人がAから賄賂金を受け取り、然る後に引き続き右の二〇〇万円の差引き計算をしたとしても常識に反することはなく、また、これをもって不可解、不合理であるとはいえない。
(二) 陣中見舞金三〇〇万円について
関係各証拠によれば、被告人は、昭和六一年九月八日施行の三沢市長選挙に立候補したものであるところ、同年六月ころAは被告人から暗に選挙資金の提供方を要求されたため、銀行の預金を担保として三〇〇万円を金策し、同年八月下旬ころ本件工事の入札業者をメンバーセットしたリストを持って被告人方を訪ねた際、会社(Dを指す。)からの陣中見舞いと言って現金三〇〇万円を被告人に渡したことが認められる。所論は、右の三〇〇万円は社交的儀礼の範囲内の政治献金であると主張するが、関係各証拠、殊に、被告人の検察官に対する昭和六二年一月二〇日付け供述調書(謄本)によると、被告人はAから現金三〇〇万円を受け取って選挙資金の収支メモ帳に三〇〇万円の収入があった旨記載したが、その二、三日後に右三〇〇万円の収入を純然たる選挙のための陣中見舞いと同一に記載しておくのはまずいと考えて、右の記載部分を黒く塗り潰したことが認められ、右の事実に授受に至る経緯、授受の際の状況を併せ考えると、被告人は、右の三〇〇万円は実質的にはAがDに本件工事を受注させるために持参した工作資金、すなわち賄賂であり、被告人はそのことを認識して受領したものであることが明らかである。所論は、陣中見舞いとされた右の三〇〇万円がたとえ賄賂であったとしても、後日精算の対象とされることはないと主張するが(Aの検察官に対する昭和六二年一月二五日付け供述調書によると、Aは、この三〇〇万円は後で賄賂金を度すときに差し引かせてもらう趣旨で渡した旨供述しているが、被告人との間でそのような取決めがあったものとは認められない。)、関係各証拠によれば、被告人とAとの間で現金三五七〇万円の授受がなされたのち、Aが被告人に対して右の三〇〇万円を立て替えていたから差し引かせてもらうと言ってこれを差し引いたことが認められるのであって、右の事実によれば、その実質において賄賂にあたる陣中見舞金三〇〇万円が、授受された三五七〇万円から差し引かれるべき性質のものであるか否かは別として、Aが差引き計算をしたのは右の三五七〇万円を被告人に渡したのちのことであるから、後述のようにそれが没収又は追徴の対象から除外されるべきものであるとしても、被告人がAから三五七〇万円を受け取った事実に影響を及ぼすものではない。
(三) Aの手数料一〇七〇万円について
関係各証拠によれば、Aは持参した現金三五七〇万円の中から、自己の手数料としてその三〇パーセントに相当する一〇七〇万円(ただし、端数の一万円を切り捨てた。)を差し引きたい旨申し出て被告人の了解を得たことが認められる。所論は、P関係事件とQ関係事件では直接授受された金額が賄賂であるとして構成され、被告人のために動いたOの手数料は賄賂が被告人の手に渡る前に控除されているのに、本件では工事金額の三パーセントに相当する三五七〇万円全額を賄賂として被告人が受領したとしたうえで、その一部の一〇七〇万円を被告人からAに手数料として渡したとする原判決の構成は著しく均衡を欠き、理解し難いものであると主張する。しかしながら、本件は、前記両事件と賄賂金の授受の形態や関係者の介入状況等を異にする全く別個の贈収賄事件であって、右両事件で被告人に賄賂金が渡る前に手数料が控除されたからといって、本件においてもこれと同様でなければならない筋合いのものではなく、原判決が、Aが持参した賄賂金が被告人との間に授受されたのちに両者の合意によってその中から相当額の手数料が支払われたと認定したとしても、これをもって前記両事件との均衡を失し、理解し難い構成であるとはいえない。また、所論は、AはD側の仲介人ないし代理人であり、被告人もAをそのように理解しており、被告人がAに対して手数料を支払うこと自体論理的に矛盾しているものであって、不合理であるとも主張する。
しかしながら、所論のように、被告人がAを終始D側の仲介人ないし代理人と考えていたとしても、被告人の接待等に多額の経費を使っていたAが、被告人に多額の賄賂金が入ったのを機に、それまでの尽力に対する謝礼の趣旨で手数料名下に賄賂金の三〇パーセントに相当する金員をもらいたい旨申し出てその承諾を得、持参した賄賂金の中からその三〇パーセントに相当する(ただし、端数の一万円を切捨て)一〇七〇万円を取得したことは何ら論理的に矛盾しているものではなく、また、不合理であるともいえない。したがって、Aが手数料名下に一〇七〇万円を差し引いたのが被告人とAとの間に三五七〇万円の賄賂金の授受がなされたのちのことである以上、それが没収又は追徴の対象から除外されるか否かは別として、被告人が三五七〇万円を受け取った事実に消長を来すものではない。
(四) 被告人の長男の大学入学工作資金六〇〇万円について
関係各証拠によると、被告人は、東京都内の私立大学二部に在籍している長男を一部に移籍させようと考え、同大学の教授を知っているというAにその工作を依頼していたところ、本件賄賂金授受の際、被告人の依頼により賄賂金の中からその工作資金として六〇〇万円を差し引いてAに預けることとしたことが認められる。所論は、右の賄賂金授受当時、被告人は長男の大学入学工作資金が必要であるとは考えておらず、また、将来必要となるか否か不明な工作資金をAが預かることは理解し難いと主張する。しかし、前記認定のとおりの事実を認めることができ、所論に沿う原審公判廷における被告人の供述は、被告人の捜査段階における供述と対比して信用することができない。
三 以上のとおり、Aは、Cから受け取った現金五〇〇〇万円のうち被告人に対する謝礼金として本件工事落札価格の三パーセントに相当する三五七〇万円をアタッシェケースに入れて被告人の宿泊先である原判示ホテル客室に赴き、右現金をテーブルの上に置いたうえ、それから被告人の了解を得てAの手数料一〇七〇万円、被告人のために用立てていた分合計五〇〇万円及び長男の大学入学工作資金六〇〇万円の合計二一七〇万円を差し引いた残額一四〇〇万円を置いて帰ったものであって、これによれば持参した現金を一旦被告人に渡したうえで差引き計算をしたものと認められ、結局、被告人が供与を受けた賄賂金はAが被告人に渡した三五七〇万円であり、手数料等を差し引いた残額の一四〇〇万円ではないのであるから、所論はすべて採用できず、論旨は理由がない。
第二控訴趣意第二(法令適用の誤りの主張)について
一 論旨は、要するに、原判決は、被告人は、原判示第一の一の事実について二五〇万円、同二の事実について一七〇万円、同三の事実について三五七〇万円の各賄賂金を収受したと認定して、主文において被告人に対しその金額合計三九九〇万円の追徴を命じているが、右は刑法一九七条の五の解釈、適用を誤ったものであって、右の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるからその破棄を求める、というのである。
1 Q関係事件とP関係事件の賄賂の追徴金について
所論は、要するに、原判決は、被告人がQ関係事件では二五〇万円、P関係事件では一七〇万円の各賄賂金を、いずれも共犯者Rと共謀のうえ供与を受けたとの事実を認定しているが、右賄賂金の分配額の割合が分からないのであるから、両者平等と推定するのが合理的であり、右賄賂金の追徴は被告人とRが平等に負担すべきものであって、半額の二一〇万円がその限度である、というのである。
そこで、関係各証拠を検討してみると、株式会社Q代表取締役SからOを介して賄賂金二五〇万円を受け取ったRは、被告人の指示によって被告人のためにこれを預かっていたが、その後、被告人のT銀行U支店からの借入金の返済のために一〇〇万円、被告人方の内装工事費のために一〇〇万円を使ったほか、残額五〇万円については被告人のテレビでの年始挨拶の録画取りのための費用として二〇万円、被告人と交際していた女性への送金として一〇万円その他被告人のための費用等に費消したこと、及び、P株式会社専務取締役VからOを介して賄賂金一七〇万円を受け取ったRは、被告人の指示によって被告人のためにこれを預かっていたが、その後、被告人の承諾を得て、被告人の出張時の諸経費として約六〇万円、被告人のW党費振込みのために約五五万円、被告人の所得税支払いのために約六〇万円その他雑貨などに費消したことが認められ、右の事実によれば、賄賂金二五〇万円及び一七〇万円はすべて被告人のために費消されていることが明らかであるから、所論のように賄賂金の分配額の割合が分からないとはいえず、その全額を被告人から追徴した原判決に法令の解釈、適用の誤りは存在しない。
2 D関係事件の追徴金について
所論は、要するに、仮に被告人とAとの間で賄賂金三五七〇万円の授受があったとしても、そのうちNとOとのトラブルの解決金二〇〇万円、陣中見舞いの三〇〇万円、手数料一〇七〇万円及び大学入学工作資金六〇〇万円の合計二一七〇万円はAが勝手に差引き計算をして持ち帰ったとみることができ、賄賂金の一部が返還された場合と同視し得る状況にあったといえるのであるから、犯罪による不法の利益を手元に残させないという法の理念からすると、右の二一七〇万円はAから追徴されるべきものでこそあれ、被告人から追徴すべきものではないと主張する。
そこで、検討すると、賄賂金を収受した者がその後においてその全部又は一部を贈賄者に交付したとしても、それが自己の債務の返済や自己が出費すべき金員を預けたものである場合には費消行為と同視し得る処分行為の一態様として収賄者からその交付金の全部につき没収に代わる追徴をすべきものであって、このことは賄賂金の授受に際してその場で直ちに差引き計算をしてそれらの賄賂金を現実に手中に収めなかったとしても同様である。これに対し、収賄者が賄賂金の全部又は一部を贈賄者に返還したり、その一部を分配したような場合あるいはこれと同視し得る場合には、その賄賂金は贈賄者から没収又は追徴されることは別として、収賄者からは没収に代わる追徴をすることはできないものと解するのが相当である。右のように解することは収賄者のみならず贈賄者をも含めて不正な利益の保有を許さないとする刑法一九七条の五の立法趣旨に沿う所以であるということができる。
以上のような観点に立って本件賄賂金の没収又は追徴について考えてみると、前記認定のとおり、NとOとのトラブルの解決金二〇〇万円は、被告人がAにその用立てを依頼し、後日清算することを相互に暗黙のうちに了解して受け取り、本件の賄賂金三五七〇万円の授受の際に、Aが右金員からこれを差し引いて返済すべきことを求め、被告人がこれを了承して右の二〇〇万円を差引き計算をしたというのであるから、被告人が右のトラブル解決金を精算して返済したものであって、Aが勝手に持ち帰ったものではなく、これをもって賄賂金の返還と同視し得る状況にあったとはいえない。同様に、被告人の長男の大学入学工作資金六〇〇万円は、被告人がAに対し長男の大学入学工作を依頼し、その工作資金として六〇〇万円を預けることとし、本件の賄賂金三五七〇万円の授受の際に被告人とAとの間で差引き計算をしてAに預けたというのであるから、Aが勝手に持ち帰ったものではなく、これらはいずれも被告人の処分行為の一態様というべきものであって、被告人は同額の利益を享受したものということができるのであるから、これをもって賄賂金の返還と同視し得る状況にあったとはいえない。
これに反し、陣中見舞いの三〇〇万円は、被告人が選挙を前にしてAから受け取ったものであって、それが一種の政治献金であったとしても後日Aに返還すべき性質のものではなく、ましてや前記のとおりその実質において賄賂と認められるのであるから、被告人がAにこれを返還しなければならないという性質のものではない。したがって、被告人とAとの間に三五七〇万円の賄賂金が授受されたのち、両者間で陣中見舞金三〇〇万円の差引き計算がなされてAがこれを持ち帰ったのは、本件の賄賂金のうち三〇〇万円に相当する分は既に陣中見舞いの名目で被告人に渡してあったことから、これに見合う金額をAに返還する趣旨で差引き計算をしたものとみるほかはなく、そうであるとすると、右の三〇〇万円は、賄賂金の一部返還と同視し得る場合ということができる。また、手数料一〇七〇万円は、被告人がAに対して当然に支払うべき性質のものではなく、被告人が本件賄賂金を受け取ったのを機に、それまで被告人に対して多額の経費を使って接待をし、あるいは多額にのぼる本件賄賂金を持参してくれたAの尽力に対する謝礼の趣旨で、Aの申し出を受け入れて賄賂金の約三〇パーセントに相当する一〇七〇万円を手数料名下に分け与えることとして賄賂金の中から差引き計算をしてAに持ち帰らせたものであって、賄賂金の一部返還ないし分配とは視し得る場合ということができる。そして、右の三〇〇万円と一〇七〇万円の合計一三七〇万円については、被告人が収受した後その利得が被告人からAに移転し、被告人には残っていないこととなるのであるから、収賄者に不法の利益を保有させないという刑法一九七条の五の立法趣旨からすると、右の一三七〇万円は没収に代わる追徴の対象から除外されるべきものと考えられる。
そうすると、被告人が原判示第一の三の犯行により収受した賄賂金のうち、Aが原判示ホテルに置いて行った現金一四〇〇万円(被告人は自宅に保管したが、その後他の現金と混同して特定できなくなった。)並びにNとOとのトラブルの解決金二〇〇万円及び大学入学工作資金六〇〇万円の合計金二二〇〇万円は没収することができないので追徴されることとなるが、陣中見舞いの三〇〇万円及び手数料一〇七〇万円の合計金一三七〇万円は没収に代わる追徴の対象から除外されるべきものであるから、右の金額を被告人から追徴することとした原判決の判断は、追徴に関する事実の認定を誤った結果、刑法一九七条の五の解釈、適用を誤ったものといわなければならず、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の論旨について判断するまでもなく原判決は破棄を免れない。論旨は右の限度で理由がある。
第三そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により被告事件について更に次のとおり判決する。
原判決の認定した事実に原判決が適用したのと同一の法令(併合罪の処理を含む。)を適用、処断した刑期の範囲内で処断すべきところ、情状について検討すると、本件は、受託収賄三件、その受供与額の合計が三九九〇万円に達する事案であるところ、地方自治体の長として市を統括代表し、その事務の管理、執行者として市の発注する公共工事について指名入札参加業者の指名選定、入札予定価格の決定及び工事請負契約締結等の職務を担当していた被告人が、市の発注する原判示工事に関して業者から指名業者に選定したうえ右工事を請け負わせてもらいたい旨の請託を受け、右請託に対する謝礼として供与されるものであることを知りながら、三業者から現金合計三九九〇万円の供与を受けたというものであり、競争入札制度の公正を害し、これに対する社会一般の信頼を失墜させたばかりでなく、収賄額が多額であり、犯行の態様も、市の幹部職員をも巻き込んで業者との癒着を深めて種々の利便の提供を受けたうえ、殊に原判示第一の三の事案においては、被告人自ら業者の意向に沿った指名入札参加業者の選定を画策し、あるいは入札工事の予定価格案を業者に内報するなど、積極的に犯行に加担し、収受した賄賂金を遊興費や借入金の返済に充てるなどしていたことなどをも併せ考えると、犯情は甚だ芳しくなく、被告人の本件刑事責任はまことに重大であり、刑の執行を猶予すべき事案とは考えられない。他方、被告人はこれまで青森県議会議員二期、市長職三期にわたり、地方自治体の発展のため種々の業績を挙げてきたことや、本件各犯行が発覚したため市長の職を辞任し、それなりの社会的制裁を受けていること、もとより被告人には何らの前科がなく、本件各犯行を反省悔悟していること、本件受供与額が合計三九九〇万円であるとしても、現実の利得額は二六二〇万円であること、その他被告人方の家庭状況、経済状態等の、被告人のために酌むべき情状も認められ、これらの事情を総合考慮して、被告人を懲役三年に処することとし、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、被告人が原判示第一の一、二の各犯行により収受した賄賂合計四二〇万円及び同第一の三の犯行により収受した賄賂三五七〇万円のうち二二〇〇万円の合計二六二〇万円はいずれも没収することができないので、同法一九七条の五後段によりその価格合計二六二〇万円を被告人から追徴し、原審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人並びに原審相被告人A、同B及び同Cの連帯負担とし、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文により全部被告人の負担とする。
以上の次第で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡邊達夫 裁判官 泉山禎治 裁判官 堀田良一)