仙台高等裁判所 平成4年(ネ)30号 判決 1992年7月24日
控訴人
合名会社松葉商店
右代表者代表社員
松葉二郎
右訴訟代理人弁護士
吉川幸雄
被控訴人
畠山則男
右訴訟代理人弁護士
宮本多可夫
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一 申立て
一 控訴人の控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
二 控訴の趣旨に対する被控訴人の答弁
主文同旨
三 当審における被控訴人の予備的請求
控訴人は被控訴人に対し、原判決別紙物件目録記載の各土地につき昭和三七年四月一日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
四 予備的請求に対する控訴人の答弁
被控訴人の予備的請求を棄却する。
第二 主張
当事者双方の主張は、次のほかは、原判決の「原告の主張」並びに「被告の抗弁及び主張」(原判決二枚目表五行目から三枚目裏三行目まで)と同一であるからこれを引用する。
一 控訴人の主張
1 原判決は、勇次郎の占有は他主占有であったが、同人の死亡による相続を機会に、功が自主占有を開始したと認定した。
2(一) しかしながら、被相続人の占有が他主占有であったにもかかわらず、相続人の占有が自主占有であるとされるためには、占有の態様について外形的な変化があり、このことによって、相続人による占有が所有の意思に基づくものであることが客観的に認められることが必要であると解すべきである。
さもないと、所有者は、他主占有させていた所有物について、占有の態様には何らの外形的変化がないにもかかわらず、占有者から、一定の時期以降これを自主占有し、時効取得したと主張されるなど、不測の損害を被ることとなるからである。
(二) これを本件についてみると、相続時において、被相続人勇次郎の占有の態様と相続人功の占有の態様との間には、客観的に認められる外形的変化はまったく存在しない。
(三) なお、原判決は、功の占有が所有の意思に基づくものであることを認定する根拠として、金成の死亡後被控訴人が本件土地についての固定資産税を納付してきたこと、被控訴人が昭和五五年五月二一日本件土地の一部を自己の所有地として他に売却したことをも挙げている。
しかしながら、これらの事情は、功の占有時のことがらではないのであるから、これらの事情をもって功の占有が所有の意思に基づくものであることの根拠とすることはできない。
3(一) 功は、勇次郎が死亡した昭和三三年一月二七日当時、未だ一一歳と幼少であったから、当時功には、勇次郎がいわゆる農地開放によって本件土地の所有権を取得したなどという認識はなかった。
(二) したがって、功が相続開始当時から本件土地を自主占有したということはできない。
二 控訴人の主張に対する被控訴人の認否
1 控訴人の主張1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の主張は争わない。
(二) 同2(二)の事実は否認する。勇次郎の占有の態様と功の占有の態様とは、まったく異なるものである。功が自己の費用で税金を納付し、本件土地を売却したことは、本件土地が自己の所有地であると考えていたからにほかならない。
(三) 同2(三)の主張は争う。控訴人が指摘する事情は、金成が功の説明にしたがってそのような行動をとったこと、すなわち、功が金成に対し、本件土地が功の所有であると説明してこれを売り渡したということ示すものである。
3(一) 同3(一)のうち、勇次郎の死亡当時功が一一歳であったことは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 同3(二)の主張は争う。
三 被控訴人の当審における予備的請求原因
1 仮に功が昭和三三年一月二七日当時幼少であって自主占有能力がなかったとしても、一五歳位に達した者は、特段の事情のない限り、不動産について、所有権の取得時効の要件である自主占有をすることができるものと解されている(最高裁判所昭和四一年一〇月七日判決民集二〇巻八号一六一五頁参照)ところ、功は、一五歳に達した同三七年四月一日、本件土地の占有を開始した。
2 被控訴人は、同五七年四月一日当時、原判決記載の原告の主張1(三)、(四)の経緯で、本件土地を占有していた。
3 したがって、功の占有を承継した被控訴人は、功が占有を開始した同三七年四月一日に遡って本件土地を時効取得したものであるから、被控訴人は、右の時効を援用する。
四 予備的請求原因に対する控訴人の認否及び抗弁
予備的請求原因1及び2の各事実はいずれも争わない。
しかしながら、功の占有は、賃借意思に基づく他主占有であって、自主占有ではないから、右の占有によっては、本件土地を時効取得することはできない。
理由
一当裁判所も、功の新権原による昭和三三年一月二七日の占有開始に基づく二〇年の時効取得を原因とする被控訴人の請求を認容すべきものと判断する。
その理由は、次のほかは、原判決の理由と同一であるからこれを引用する。ただし、原判決九枚目裏五行目の「平穏理」を「平穏裡」に、九行目の「渡辺千穂」を「渡辺千保」にそれぞれ訂正する。
二1 控訴人は、被相続人勇次郎の占有の態様と相続人功の占有の態様とは、相続時において外形的な変化がなかったと主張する。
しかしながら、本件土地に対する勇次郎及び功の占有の態様は、いずれもこれを耕作していたという点においては相続の前後を通じて外形的変化はないものの、勇次郎の占有の態様は、原判決の理由(原判決五枚目表六行目から同裏四行目まで)のとおり、賃借意思に基づいて本件土地を耕作するというものであって、所有の意思が外形的に表示されたことはなかったのに対し、功の占有の態様は、原判決の理由(原判決五枚目裏一〇行目から六枚目裏二行目まで)のとおり、控訴人に対して賃料の支払をせず(控訴人からの請求もない)、功の支出において本件土地についての固定資産税を納付し、本件土地が自己の所有地である旨を告げてこれを金成に売却したというものであって、所有の意思が外形的に表示されていたものであるから、勇次郎の占有の態様と功の占有の態様との間に相続の前後を通じて外形的変化がなかったということはできない。
2 また、控訴人は、被控訴人が本件土地についての固定資産税を納付したことや被控訴人が本件土地の一部を他に売却したことには功の占有時のことがらではないから、これらの事情は功の占有が所有の意思に基づくものであったとすることの根拠とはなりえないと主張する。
しかしながら、これらの事情は、本件土地が功の所有である旨の外形的事実が表示されていたために、被控訴人が、功との売買によって本件土地の所有権を取得したものと信じたとの事実を窺わせる事情ともなり得るものである。
そうすると、これらの事情を根拠として、功の占有が所有の意思に基づくものであることを推認することが不相当であるということはできない。
3 更に、控訴人は、勇次郎が死亡した昭和三三年一月二七日当時、功は一一歳と幼少であって、本件土地について所有の意思がなかったと主張し、当時功が一一歳であったことは当事者間に争いがない。
しかしながら、一一歳ぐらいに達した者は、特段の事情のない限り、不動産について、所有権の時効取得の要件である自主占有をすることができるものと解されるところ、本件において、右の特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
したがって、控訴人の右の主張の事由によっては、相続当時功に所有の意思がなかったということはできない。
三以上のとおりであるから、原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官石川良雄 裁判官山口忍 裁判官佐々木寅男)