仙台高等裁判所 平成4年(ネ)76号 判決 1994年2月28日
主文
一 原判決中控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。
1 控訴人株式会社星建設工業所は、被控訴人に対し、被控訴人から一〇六五万円の支払いを受けるのと引換えに、原判決別紙物件目録一3記載の建物を明け渡せ。
2 控訴人星貴司は被控訴人に対し、控訴人森祥子に対する原判決別紙物件目録二4記載の建物の返還請求権を譲渡し、かつその旨を同控訴人に通知せよ。
3 控訴人森祥子は被控訴人に対し、原判決別紙物件目録二4記載の建物を明け渡せ。
4 控訴人星貴司、同森祥子は、被控訴人に対し、平成二年八月一日から、同森祥子が原判決別紙物件目録二4記載の建物を明け渡すまで、それぞれ一か月一一万八七〇〇円の割合による金員を支払え。
5 被控訴人の控訴人らに対するその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人らのその一を被控訴人の負担とする。
三 この判決は一4項につき仮に執行することができる。
理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する(但し、原判決主文三項にかかる請求の趣旨を「控訴人星貴司は被控訴人に対し、控訴人森祥子に対する原判決別紙物件目録二4記載の建物の返還請求権を譲渡し、かつその旨を同控訴人に通知せよ。控訴人森祥子は被控訴人に対し、原判決別紙物件目録二4記載の建物及び同目録1ないし3記載の土地を明け渡せ。」と訂正した。)。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 事案の概要
本件事件の争点は、原判決「第二 事案の概要」「三 争点」記載のとおりであるのでこれを引用し、双方の主張は次のとおりである。
一 請求原因
1 被控訴人は、もと合資会社山家屋商店(以下「山家屋」という。)所有の原判決別紙物件目録一3記載の建物(以下「本件一の建物」という。)、もと小久保禮(以下「小久保」という。)所有の同目録二4記載の建物(以下「本件二の建物」という。)及び同目録一1、2記載の土地(以下全体を「本件一の土地」あるいは個別に「本件一1、2の土地」という。)及び同目録二1ないし3記載の土地(以下全体を「本件二の土地」あるいは個別に「本件二1ないし3の土地」という。)を、平成二年七月二三日に代金納付をして、競売による売却により所有権を取得した。
2 控訴会社及び一審被告有限会社キョウエイ製作所(以下「キョウエイ製作所」という。)は、平成二年八月一日以前から本件一の建物及び土地を共同して占有している(控訴会社及びキョウエイ製作所が、本件一の建物を共同で占有していることは当事者間に争いがない。)。
3 控訴人星貴司(以下「控訴人星」という。)は、同日以前に本件二の建物及び土地の管理のため控訴人森祥子(以下「控訴人森」という。)を入居させて間接占有し、控訴人森は、控訴人星の意を受けて本件二の建物及び土地を直接占有している。
4 本件一の建物及土地を賃貸した場合、平成二年八月一日現在で月額三一万三四五八円を、本件二の建物及び土地を賃貸した場合、月額一三万四一八二円を下らない賃料収入が見込まれるところ、右控訴人らの占有により、被控訴人には同日以降毎月右賃料相当額の損害が発生している。
5 よつて、被控訴人は、所有権に基づき、控訴会社に対して本件一の建物及び土地の明渡しを、控訴人星に対し控訴人森に対する本件二の建物の返還請求権を譲渡し、かつその旨を控訴人森に通知することを、控訴人森に対して本件二の建物及び土地の明渡しを、並びに、不法行為による損害賠償請求として、控訴会社に対し、平成三年三月五日から本件一の建物及び土地の明渡しずみまで一か月三一万三四五八円の、控訴人星及び控訴人森に対して、同二年八月一日から本件二の建物及び土地の明渡しずみまで各自一か月一三万四一八二円の支払いを求める。
二 抗弁
1 控訴会社を請負人、山家屋を発注者として、昭和五九年三月二五日、控訴会社及び山家屋は、本件一の建物を代金二一二五万円で、本件二の建物を一六五〇万円で建築する旨の契約を締結し、その後、本件一の建物建築に関して埋戻及び整地工事を代金三四六万円で附帯して行うこととなつたため、本件一の建物に関する請負代金は二四七一万円となつた。
2 控訴会社は、同年六月本件一の建物を完成し、同年八月本件二の建物を完成した。
3 山家屋は、同年九月二九日までに、本件一の建物につき一一一一万円を、本件二の建物につき七四四万七一四一円を支払つたため、控訴会社は、本件一建物につき一三六〇万円の、本件二の建物について九〇五万二八五九円の工事請負残代金債権を有している。
4 控訴会社は、本件一及び二建物を占有しており、被控訴人から、本件一建物につき一三六〇万円の、本件二の建物につき九〇五万二八五九円の支払いを受けるまで本件一及び二の建物の引渡を拒絶する。
三 再抗弁及び被控訴人の主張
1 控訴会社は、所有者である被控訴人の承諾を得ずに、本件一の建物をキョウエイ製作所に使用させ又自ら倉庫等に利用している。
2 被控訴人は、平成三年三月四日、控訴会社に対して留置権消滅の意思表示をした。
3 控訴会社が、本件一及び二の建物を建築したものであつたとしても、控訴会社は、右工事完了後直ちに本件一の建物を山家屋に、本件二の建物を小久保に引き渡して入居させて保存登記もさせており、留置権を放棄した。控訴会社が、その後、占有を始めたとしても、留置権を復活する意図はなく、山家屋又は小久保の承諾を得ていない。仮に、右承諾を得ていても、競売により所有権を取得した被控訴人の承諾が改めて必要となるのにその承諾を得ていない。民法二九八条二項が、留置権者が留置物をその保存に必要な限度を越えて使用、賃貸をするのに「債務者ノ承諾」を必要とした理由は、保存に必要な限度を越えた留置物の使用、賃貸が留置物の価値を減じ留置物の所有者である「債務者」に損害を与える可能性があるからである。この「債務者」は、所有者と債務者が別人であるときは所有者と解するべきであり、右承諾は当事者間のみを拘束するにすぎないから、留置物の所有者が変更となつた場合には改めて新所有者の「使用若クハ賃貸」についての「承諾」が必要である。
四 被控訴人の主張に対する控訴会社の主張
控訴会社は、昭和五九年一二月に山家屋が倒産したため、山家屋から本件一及び二の建物の返還を受けたが、その際、山家屋の代表者小久保から本件一及び二建物について自ら使用することはもとより、第三者に使用させることの承諾を得ていたものである。そして、被控訴人が競売により本件一建物の所有権を取得した後の控訴会社の占有の態様は従前と何ら変わらないものである。また、控訴会社が被控訴人に対して、改めて従前の使用について承諾を得なければならないとすると、留置権者に酷なばかりか、留置権が物権であり、第三者に対抗し得るという意義は全く失われてしまう。
第三 証拠関係《略》
第四 当裁判所の判断
一 《証拠略》によると、請求原因1の事実を認めることができる。
二 《証拠略》によると、次の事実を認めることができる。
1 控訴会社は、昭和五九年三月二五日、山家屋との間で、控訴会社を請負人、山家屋を発注者として、本件一の建物(倉庫部分と事務室部分に区分けされている。)につき請負代金二一二五万円、本件二の建物につき請負代金一六五〇万円として建築する旨の契約を締結した。その後、控訴会社と山家屋は、代金三四六万円で本件一の建物の請負契約に附帯する同建物前の土地の埋戻及び整地工事、擁壁工事、歩車道入口補強工事、門柱及びフェンス工事、ポール、網戸及びドア工事、冷凍冷蔵庫基礎及び上家工事を目的とする請負契約を締結したが、右附帯工事代金のうち網戸及びドア工事、冷凍冷蔵庫基礎及び上家工事は五一万円であり、それ以外の代金が二九五万円となる。
2 控訴会社は本件一の建物を同年六月に、本件二の建物を同年八月に建築完成させた。控訴会社は、山家屋から代金を全額は受領していなかつたが、山家屋が銀行から融資を受けるために必要であると要請され、同年六月二六日に山家屋が本件一の建物につき、同年八月四日、山家屋代表者小久保が本件二の建物につき各所有権保存登記を経由し、このころ本件一及び二の建物も山家屋に引き渡した。
3 山家屋は、同年一二月ころ、事実上倒産したが、山家屋の控訴会社に対する未払工事代金は、本件一の建物が一三六〇万円(附帯工事分を含む。)、本件二の建物が九〇五万二八五九円であつた。控訴人星は、このころ、自己の債権を確保するため、小久保から本件二の建物の引渡を受け、控訴会社は、同六〇年七月ころ、山家屋から本件一の建物の引渡を受けた。控訴人星は本件二の建物につき、控訴会社は本件一の建物につき、小久保及び山家屋から、右引渡と同時に包括的な利用についての承諾を得た。
4 控訴会社及び控訴人星は、右引渡を受けた後、特段の使用はせずに管理のみをしていたが、同六三年ころから、本件一の建物の倉庫部分は控訴会社の自動車の車庫として、同建物の事務所部分は控訴会社の事務所として使用しはじめ、平成元年一二月ころからキョウエイ製作所に本件一の建物の倉庫部分のうち半分をフォークリフトの使用料を含めて一か月六万円の使用料で貸し渡した。キョウエイ製作所は、右賃借部分に多量のベニヤ板などの原材料と古い木工機械を置いて使用していたが、被控訴人から本訴を提起されたため、同二年一二月ころベニヤ板を運び出し、その後は新たにベニヤ板を運び入れていない。しかし、現在も、四トン車で一台半から二台位の量のベニヤ板と右木工機械を置いている。
控訴会社は、同元年一二月以降も右建物のうちキョウエイ製作所使用部分以外の倉庫及び事務所部分を使用しているが、倉庫部分については雑品を置いている程度である。本件一の建物及び本件一の土地の位置関係は別紙図面一のとおりであり、国道から車が自由に出入りできるようになつている。このため、本件一の土地を付近の者が駐車場代わりに使用しているが、これには控訴会社は関与していない。控訴会社は本件一の建物の事務所前に、一時的に車を駐車することはあるものの、本件一の土地を駐車場として使用したり、継続して駐車することはない。
5 控訴人星は、昭和六二年一〇月ころ、本件二の建物に、控訴人星の妹である控訴人森とその家族を入居させて管理をさせている。本件二の建物は本件二の2の土地を敷地とし(本件一の土地と本件二の土地の位置関係は別紙図面二のとおり。)、同二の1の土地を庭部分としているが、控訴人森が使用していたのは本件二の2の土地部分である。
以上の事実を認定することができる。
なお、控訴人らは、本件二の建物を占有しているのは控訴会社であると主張するが、《証拠略》によると、控訴人星は借主として小久保との間で本件二の建物についての賃貸借契約書を作成していること、右賃貸借契約書を作成したのは、控訴人星の山家屋に対する債権を確保するには控訴人星が本件二の建物を占有していることが必要であるとして作成されたものであることが認められ、この事実からすると本件二の建物の占有は控訴人星が取得したものと認めるのが相当であり、右認定に反する控訴人代表者兼控訴人星貴司=当審は、同人の原審における供述、甲五(執行官に甲七の賃貸借契約書のとおり賃借している旨のべている。)に照らし採用することができず、他に、控訴会社が占有していると認めるに足る証拠はない。
三 右認定の事実により検討する。
1 控訴会社及びキョウエイ製作所が占有しているのは、本件一の建物及び本件一の土地のうち、本件一の建物の敷地としての床面積四一一・二二平方メートル相当部分であり、それ以外の部分を占有していると認めることはできない。したがつて、右本件一の建物及び本件一の土地のうちの本件一の建物の右敷地部分以外に関する被控訴人の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。なお、控訴会社の自動車が本件一の土地に駐車することは認められるが、継続的なものとは認められず、これにより占有をしているとまで認めるのは相当でない。
また、控訴人森が直接占有し、控訴人星が間接占有をしている部分は本件二の建物及びその敷地としての本件二2の土地部分であり、右以外の部分に関する被控訴人の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
なお、建物占有に随伴するその敷地の占有は、特段の事情のない限り、建物の占有に包摂されていると見るべきであり、これと別個に敷地の占有の移転(明渡し)又はこれによる損害を認める必要ないし理由はないというべきであり、控訴人星が控訴人森に対して有するのも本件二の建物の返還請求権のみである。
2 次に控訴人らの留置権の抗弁につき判断する。
控訴会社は、本件一の建物建築を山家屋から請け負い、一旦は山家屋に本件一の建物を引き渡し、所有権保存登記も経由させたものであるが、右引渡及び登記を経由させたのは銀行から融資を受けるという山家屋の要請に応じたものであることは認められるものの、このことから、右引渡に際して、控訴会社において本件一の建物について留置権の存在を知りながら、これを放棄する意図があつたとまで認めることはできず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。したがつて、控訴会社が山家屋から本件一の建物を昭和六〇年七月ころ引渡を受けて占有をしているのであるから、控訴会社は本件一の建物につき請負代金を被担保債権とする留置権を有するに至つたと認めることができる。もつとも、その被担保債権額に関しては、附帯工事費用のうち、本件一の建物前の土地の埋戻及び整地工事、擁壁工事、歩車道入口補強工事、門柱及びフェンス工事、ポール工事は本件一の建物に関して生じたものと認めることはできず、かつ、控訴会社が支払いを受けた工事代金について附帯工事代金と本件一の建物に関する弁済の内訳を明らかにする証拠はないから、本件一の建物の未払工事代金は一〇六五万円(前記附帯工事費用を含めた未払工事代金一三六〇万円から右本件一の建物に関して生じたとは認められない附帯工事代金二九五万円を控除したもの。)と認めるのが相当である。
3 被控訴人の再抗弁につき判断する。
控訴会社は、本件一の建物を昭和六〇年七月ころ、山家屋から引渡を受けるに際し、本件一の建物を利用する包括的な承諾を得たのであるから、同六三年ころから、本件一の建物の倉庫部分は控訴会社の自動車の車庫として、同建物の事務所部分は控訴会社の事務所として使用し、平成元年一二月ころからキョウエイ製作所に本件一の建物の倉庫部分のうち半分をフォークリフトの使用料を含めて一か月六万円の使用料で貸し渡した行為自体は、民法二九八条三項の義務に違反するものということはできない。
被控訴人は、留置物の所有者が変更した場合には改めて新所有者の「使用若クハ賃貸」についての「承諾」が必要であり、控訴会社は右承諾を得ていないのであるから同条三項により被控訴人は留置権消滅の請求をすることができる旨主張する。しかし、留置権者は留置物の所有権が第三者に移転されたことを予め知りうる立場にはないのに、第三者に所有権が移転されたことによつて、右第三者に対する関係では留置物の旧所有者から与えられた承諾は有効ではなくなり、留置権の使用状態は義務違反となつて、右第三者は留置権消滅を請求することができるとすることは、留置権の第三者に対する対抗力を実質上無に帰するものであり採用することはできず、留置権者が旧所有者から承諾をされた使用状態をそのまま継続している場合は、新所有者に対する関係でも同条三項の義務違反は成立しないというべきである。
控訴会社は、被控訴人が本件一の建物を取得した平成二年七月二三日の前後を通じ本件一の建物の使用状態を変更してなく、同条三項の義務違反があつたとは認められないから、義務違反による留置権消滅請求に関する被控訴人の主張は理由がない。
ところで、被控訴人は、所有権に基づき本件一の土地の明渡しを請求し、本件一の建物の敷地部分の明渡しも請求をしているのであるが、本件一の建物の敷地部分の占有は、本件一の建物を占有することによるものであるところ、本件一の建物の所有者も被控訴人であるという関係にあるから、被控訴人は本件一の土地の明渡しを求めることにより、控訴会社の本件一の建物についての留置権を消滅させることは許されず、いわば反射的効果として、控訴会社は本件一の建物の敷地部分を適法に占有し得る権原を有するものと解すべきである。
したがつて、控訴会社の留置権の抗弁は理由がある。
4 控訴人星、控訴人森に対する賃料相当損害金について判断する。
前記のとおり、控訴人星、控訴人森が占有をしているのは本件二の建物及び本件二2の土地部分であるところ、鑑定の結果=当審、弁論の全趣旨によると、平成二年八月一日当時の本件二2の土地の建付地価格は平方メートル当たり一万八八〇〇円、本件二の建物価格は一二四三万七〇〇〇円、土地の期待利回りは二・五パーセント(年)、建物の期待利回りは三・五パーセント(年)、建物の減価償却費は六九万〇九四四円、維持管理費は実質賃料の二パーセント(年)、建物の修繕費は一二万四三七〇円、建物の損害保険料は二万三六三〇円、空室等損失補償費及び貸倒れ準備費は実質賃料の四パーセント(年)、本件二の建物及び本件二2の土地の公租公課の合計は一〇万四六八〇円(一〇円未満切捨て)と認められるから、平成二年八月一日当時の本件二の建物及び本件二2の土地の月額賃料相当損害金は別紙賃料計算書の計算により、一一万八七〇〇円と認めるのが相当であり、また、右鑑定の結果により右月額賃料相当損害金は平成五年度においても変更する必要がないと認める。
四 以上によると、被控訴人の控訴会社に対する請求は、被控訴人から一〇六五万円の支払を受けるのと引換えに本件一の建物の明渡しを求める限度において理由があり、その余の請求はいずれも理由がなく、控訴人星、控訴人森に対する請求は、控訴人星が被控訴人に対し、控訴人森に対する本件二の建物の返還請求権を譲渡し、かつその旨を同控訴人に通知をすることを求め、控訴人森に本件二の建物の明渡しを求め、右両控訴人に対して右明渡しずみまで平成二年八月一日から月一一万八七〇〇円の賃料相当損害金の各支払いを求める限度で理由があり、その余の請求は理由がないこととなる。
よつて、控訴人らに対する関係では原判決は相当ではなく、主文のとおり原判決を変更することとする。
(裁判長裁判官 豊島利夫 裁判官 永田誠一 裁判官 菅原 崇)