仙台高等裁判所 平成6年(う)23号 判決 1994年6月02日
本籍
仙台市太白区中田二丁目一七番
住居
同市同区中田二丁目一七番八号
飲食店経営
上野吉彦
昭和三一年三月一〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成六年二月二日仙台地方裁判所が言渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官奥眞祐出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人小村保秀が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官奥眞祐が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
論旨は量刑不当の主張であって、要するに、被告人は本件について査察を受けるや、経営の実態や所得額について、包み隠すことなくその全てを明らかにし、脱税の事実を全面的に認めた上、本件起訴にかかる平成元年度から平成三年度までの三年分の所得額につき修正申告をし、その本税分として合計五〇二四万八八〇〇円を納付するなど、改悛の情が顕著であるばかりでなく、本件の脱税により、更に重加算税等の追徴を免れない状況にあるところ、こうした事情を考慮すれば、被告人を懲役一年(執行猶予三年)及び罰金一三〇〇万円に処した原判決の量刑は、罰金刑を併科した点で重きに失するものというべきであり、仮に罰金刑の併科がやむを得ないとしても、その罰金額が高額に過ぎて不当である、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、本件は、仙台市内の数箇所において飲食店等(ピンクサロン等)を営んでいた被告人が、自己の所得税を免れようと企て、右店舗の一部につき、実際は被告人が自らの事業として経営しているものであるのに、その事業主の名義を自己の従業員の名義にするなどして、それが自己の事業でないかのように偽装し、あるいは、売上金を仮名若しくは借名の預金口座に入金するなどしてその所得を秘匿した上、<1>平成元年分の実際総所得額が四三九四万二一八〇円(なお、原判決添付にかかる別紙1の修正貸借対照表《後段のもの》中、資産の部の勘定科目<7>敷金・保証金の過年度金額欄に、「六四三万九〇〇〇円」とあるのは「六三四万九〇〇〇円」の誤記と認められる。)であったのに、その所得税の納付期限である平成二年三月一五日までに所得税の確定申告を行わずに納期を徒過させ、もって不正の行為により同年度分の所得税額一七六〇万四〇〇〇円を免れ(原判示第一の事実)、<2>平成二年分の実際総所得額が三九三七万八四七九円であったのに、その所得税の納付期限である平成三年三月一五日までに所得税の確定申告を行わずに納期を徒過させ、もって不正の行為により同年度分の所得税額一五一八万四五〇〇円を免れ(原判示第二の事実)、<3>平成三年分の実際総所得額が四〇七〇万七八九三円であったのに、その所得税の納付期限である平成四年三月一五日までに所得税の確定申告を行わずに納期を徒過させ、もって不正の行為により同年度分の所得税額一五九六万三〇〇〇円を免れた(原判示第三の事実)という事案である。
右のとおり、本件は三年間にわたる逋脱率一〇〇パーセントの脱税事案であって、その脱税額は合計四八七五万一五〇〇円に上るものである上、被告人は昭和六〇年ころから飲食店の経営を始め、昭和六二年以降は年間五〇〇〇万円前後の事業所得があったのに、本件と同様の偽装工作を講ずるなどしてその所得を秘匿した上、本件が発覚するまで全く事業所得の確定申告を行わず、これに対する所得税の納付を免れていたものであって、その犯行の動機に格別酌むべき点は見当たらないことをも考慮すると、本件の犯情は甚だ芳しくなく、被告人の刑事責任を軽視することは許されない。そうすると、被告人が平成元年度ないし平成三年度の所得税(本税)分として合計五〇二四万八八〇〇円の納付を了している(なお、右の納付済額は、本件によって秘匿した右各年度毎の事業所得額に、被告人経営にかかる株式会社ワイユーコーポレーションから支給を受けた右各年度毎の給与所得額を加算し、これを総所得額として各年度毎に算出した本税の合計額であって、本件逋脱行為に伴う加算税は右の納付済額に含まれていないものと認められる。)ほか、これとは別に本件逋脱行為に伴う加算税についても賦課決定の通知を受けており、一方、被告人の所得は本件の摘発後激減するに至っていること、その他被告人が改悛していること等、所論が指摘し、当審における事実取調べの結果から窺われる被告人のために酌むべき諸事情を併せ考えても、被告人を懲役一年及び罰金一三〇〇万円に処し、懲役刑につき三年間その刑の執行を猶予した原判決の量刑は、やむを得ないものと認められ、本件逋脱額と対比すれば、右罰金額が高額に過ぎるとはいえない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条を適用して本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書によりこれを被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤井登葵夫 裁判官 田口祐三 裁判官 富塚圭介)
平成六年(う)第二三号
○ 控訴趣意書
被告人 上野吉彦
右被告人に対する控訴趣意は左記のとおりである。
平成六年四月五日
弁護人 小村保秀
仙台高等裁判所第二刑事部 御中
記
原判決の量刑は重きに過ぎ妥当を欠くと思われるので破棄されたい。以下その理由を述べよう。
一 原判決は被告人の三回の所得税の脱税(計四八七五万一五〇〇円)を認定し、被告人を懲役一年及び罰金一三〇〇万円に処し、懲役刑は三年間の執行猶予を付した。これは懲役刑に併科した罰金刑が重きに過ぎると考えられる。
元来直接税のこの程度の額の逋脱であれば、懲役一年執行猶予三年だけで、相当の刑といえよう。
さらにこれに罰金刑を併科するのは、逋脱者に不正利益を留めないためである。
本件の場合、被告人は重加算税等の追徴のうち五〇二四万八八〇〇円を既に納付している。本来納付すべき税額以上を納付したのであるから、国家の課税権は実質的に被害がなくなった。
このような場合多額の罰金を併科するのはいささか妥当を欠くといわざるを得ない。
すなわち、被告人に修正申告させて、加算税をふくめて元来納付すべき税金以上の金額を追徴し、そのうえ告発して刑罰として懲役刑を科し多額の罰金刑を併科するのは、正に国家の二重、三重取りではなかろうか。
二 被告人は実に素直に事実を認め国税局の査察にも協力的であったし、検察官の取調でも公判でも事実を全面的に認め、改悛の情が顕著である。
被告人が営業していたピンクサロンのような特殊飲食店は売り上げや所得の計算が把握し難いのが定評であるが、被告人は包み隠さず全部をさらけ出した。
税法違反のしかも逋脱犯は徴税側にとっては悪質であると見られる。これは近代法制化される以前からそうであった。
しかし現代の税法は申告主義を採り、形式的には民主的徴税となったが、事実上の運用は、かなり強引である。
申告に基づき、または無申告でも怪しげなのは調査し、さらに査察となり告発、起訴と進展する一方、徴税面では修正申告させ、加算税重加算税等を追徴する。
元来税法違反に対する懲役を含む刑事罰は徴税し易いために存在することは間違いないと考える。
さすれば、本来において懲役一年執行猶予三年の刑だけで十分その目的は達しているはずである。いわんや加算税の追徴のうち前記のように五〇二四万八八〇〇円を納付している被告人にさらに罰金一三〇〇万円を併科する理由も必要もない。
被告人は原審公判で述べているように、現在は月収二五万円で預金も自分名義のしかないのである。(記録第一冊三二丁以下)だから一三〇〇万円の罰金を併科されれば、納付能力はなく、二六〇日の労役に服することになるのは必然である。
これは余りにも過酷に過ぎると思われる。
加算税の追徴に応じない悪質な納税者により強制力が強く、労役場に留置し得る罰金を併科するのはやむを得ないであろうが、本件の様に相当の追徴に応じている場合は罰金は過当にならないよう配意しなければならない。
以上の点を考慮して被告人に対する罰金刑は是非併科しないか、もしくは軽減していただきたい。