仙台高等裁判所 平成7年(ネ)527号 判決 1997年2月28日
控訴人(原告) 山路産業株式会社
右代表者代表取締役 佐藤良和
右訴訟代理人弁護士 勅使河原安夫
同 村上敏郎
同 須藤力
被控訴人(被告) 株式会社東京三菱銀行
右代表者代表取締役 若井恒雄
右訴訟代理人弁護士 小野孝男
同 近藤基
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、二四二七万三六六八円を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
一 本件事案の概要は、次のように付加訂正するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
二 原判決の付加訂正
1 原判決三頁六行目の「二四二七万三六六八円」を「一億三八八九万五三七二円」に改め、同七行目の「損害賠償」の次に「として、右一億三八八九万五三七二円のうち二四二七万三六六八円の支払」を加える。
2 原判決五頁一一行目の「右2」を「右(2)」に改める。
3 原判決六頁三行目の「別紙計算書」から同四行目の「二三二八万〇六九七円」までを「次のとおりであり、合計で一億二三七六万三一九九円」に改め、同七頁三行目の次のように加える。
(6) 平成五年一〇月八日 二一六四万〇〇七四円の差損
(7) 平成六年四月八日 一七八二万一五七八円の差損
(8) 平成六年一〇月八日 一八七二万二七六六円の差損
(9) 平成七年四月八日 二四九二万七一〇一円の差損
(10) 平成七年一〇月八日 一七三七万〇九八三円の差損
4 原判決一二頁二行目の「二三二八万〇六九七円」を「一億二三七六万三一九九円」に、同七行目の「九九万二九七一円」を「一五一三万二一七三円」に、同一五頁九行目の「仙台支社」を「仙台支店」に改める。
5 原判決別紙計算書一頁(標題を除く。)及び二頁の全部、同三頁一行目の「二」を削り、同六頁一行目から同一〇頁末尾までを別紙「計算書(訂正後)」のように改める。
三 当審における控訴人の主張
1 本件契約に至る経緯
控訴人は、仙台市内に数棟の建物を所有し、これを賃貸することを目的とする小規模な会社(資本金一〇〇〇万円、控訴人代表者がほとんどの株式を有し、他に妻、甥が株主である。)であったが、平成元年二月七日、被控訴人仙台支店の山崎副支店長の訪問を受け、仙台市青葉区国分町所在のビルの購入とその資金一〇億円の融資を勧められたため、右ビルの購入と、その資金のうち五億円の融資を受けることを決意し、同年三月二九日、被控訴人から五億円を借り受けた(変動金利)。控訴人と被控訴人とは、それまでの間、全く取引関係がなかった。
ところが、この借入金の金利が次第に上昇し、控訴人代表者は、平成二年八月初旬ころ、被控訴人仙台支店の神八副支店長及び仲川課長代理と会食した際、同人らから、金利の負担を軽減する方法があるかもしれないという話を聞き、同月一五日ころ、仲川から、金利の負担を軽減する方法として本件商品の勧誘を受けた。
すなわち、控訴人と被控訴人との基本的な取引は、銀行の本質的業務である貸付けであり、控訴人が希望したのは、急変する金利の負担を幾らかでも軽減することであった。
2 適合性の原則違反
(一) 一般に、業者が顧客にある取引を勧誘する際には、顧客の意向と実情に応じた取引を勧めなければならないことは当然であり、特に金融・証券取引のように専門性及び危険性が高い取引については、適切な勧誘をすべき義務は、信義則上認められるべき法的義務と捉えられるべきものである。したがって、本件のような銀行取引の場合に、銀行が顧客の意向と実情に適合しない取引であることを知りながら、あえてこれを勧めた場合には、その勧誘行為は、それ自体が違法性を帯び、銀行は、その取引によって顧客に生じた損害を賠償すべき義務がある。
説明義務の前提となる自己責任の原則は、顧客が自己の意向と実情に適合した取引であることを理解し、真に同意してこれを行ったと認められる場合に初めて妥当するものであり、その大前提として、取引勧誘行為自体が適法か否かという適合性の原則が問題とされるべきである。
(二) 顧客としての控訴人の実情は、次のようなものであった。
控訴人は、前記のとおりの規模の会社であり、控訴人代表者の個人商店にすぎず、財務関係の組織もなく、リスク管理能力は皆無であった。
控訴人は、前記のとおり被控訴人から勧められたビルを購入するため、被控訴人と徳陽シティ銀行から各五億円という代金全額の融資を受けたが、当時、既に営業上の赤字が続き、ビル購入直後は家賃収入をもって何とか利息の支払をしたものの、その家賃収入も次第に減少し、支払金利は、上昇するという状態のときに本件商品を勧誘されたのである。したがって、当時の控訴人には、本件商品のリスクに耐えられるほどの十分な支払能力はなかった。
また、控訴人は、それまで為替取引や商品先物取引などの経験がなく、投機目的の株式取引も行ったことはない。したがって、本件商品のように実質的に為替投機に当たるような複雑な取引を理解することは到底できない。
(三) 本件商品の契約は、金利の負担を軽減することを目的として行われたものであり、控訴人には投機目的などは微塵もなかった。
したがって、本件商品は、当時の控訴人の意向と実情に適合していなかったことが明らかであり、このような控訴人に対し、安易に本件商品を勧めた被控訴人の行為は、それ自体が違法性を帯びるから、被控訴人は、本件商品によって控訴人が被った損害を賠償すべき義務がある。
3 説明義務違反
説明義務の一般的範囲に関する原判決の判断については、控訴人にも特に異論はない。しかしながら、具体的な説明義務の内容とその違反の有無に関する判断は、納得できるものではない。
(一) まず、本件商品の構造については、単に実質金利が為替レートに連動することを説明するだけでは足りず、実質金利が為替レートに連動する仕組みを具体的に説明すべきである。顧客としては、この点を理解して初めて本件商品を行うか否かについて十分な検討ないし判断ができることになるのである。
また、豪ドルと円との為替レートが幾らになれば実質金利が幾らになるのかについては、具体的にシミュレーションの形で、しかも結論だけではなく、前提から帰結が導き出される基本的な過程が被控訴人から説明されるべきであり、その場合、為替レートがどの程度変動すれば顧客の利益若しくは損失がどの程度変動するのかについて、控訴人に具体的な認識が得られなければならない。
その上で、本件商品のような危険性が高い取引については、危険回避の手段の情報が不可欠であり、被控訴人は、本件商品において危険回避の手段である先物予約による実質金利の固定化について、具体的な内容、その効果、効用等について説明すべき義務を負う。
(二) 被控訴人においては、為替取引やデリバティブ取引について精通した者を担当させ、その者により、書面及び口頭で、右の内容について顧客が十分に理解し、同意したかを確認しながら説明すべきものである。
(三) 被控訴人は、当時、為替取引やデリバティブ取引について十分に理解してはいなかった仲川をして、極めて不十分な内容を、不十分な方法で控訴人代表者に説明したにすぎず、しかも、控訴人代表者の理解も取引意思の確認も十分ではないままで、本件商品に関する合意をさせたものであり、説明義務を果たしたものとは到底いえない。
4 アフターケア義務
継続的な金融取引において、業者には、顧客のニーズにこたえ、少なくとも顧客に損失が生じないように、あるいは損失が生じたときはこれを最小限に食い止める措置を講ずべき義務があるのは、信義則上当然である。したがって、業者は、顧客が損失を被り、あるいは損失を被ろうとしている際には、顧客からの要請がなくても、自らそれについて顧客に報告し、損失の回避又は抑制などの手段について説明をし、かつ、推奨すべき義務があり、これは、信義則上認められるべき法的義務である。
本件商品における危険回避の手段は、実質金利を固定するための為替先物予約である。しかしながら、被控訴人は、契約当初はもちろん、その後に至っても、先物予約を控訴人に勧めていない。
四 証拠<省略>
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のように付加訂正等するほか、原判決「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」における説示と同一であるから、これを引用する。
二 原判決の訂正等
1 原判決二一頁七行目の「甲第一〇」の次に「、一七ないし一九」を加え、同八行目の「、及び原告代表者」を「並びに原審及び当審における控訴人代表者本人」に改める。
2 原判決二八頁七行目の「提起した」を「提起したが、さらに平成五年一〇月八日の第六回交換日に二一六四万〇〇七四円、平成六年四月八日の第七回交換日に一七八二万一五七八円、同年一〇月八日の第八回交換日に一八七二万二七六六円、平成七年四月八日の第九回交換日に二四九二万七一〇一円、同年一〇月八日の第一〇回交換日に一七三七万〇九八三円の各損失が生じた」に改める。
3 原判決二九頁八行目の「原告に」を「控訴人から」に、同行の「支払う」を「受け取る」に改め、同一〇行目及び同三〇頁四、五行目の「被告の負担する」を削る。
4 原判決四〇頁八行目の「一〇月四日」を「一〇月八日」に改める。
三 当審における控訴人の主張について
1 適合性の原則違反について
控訴人は、顧客が商品に対する適合性に欠くような場合には、まず勧誘行為自体が違法である旨主張する。
銀行との取引において、控訴人が主張する原則とその違反については、顧客の経済状態、社会的経験、知識や知能の程度、その他様々な状態によって、本件商品のような金融商品を勧誘すること自体が信義則上許される範囲を超えていると判断すべき場合が一般的に全く存在しないと言い切ることは困難である。しかしながら、本件商品が原判決認定のとおりの危険性を有するものであるとしても、少なくとも、長年不動産賃貸を業とし、本件契約の前年に被控訴人のみならず他の銀行からも五億円(合計一〇億円)の融資を受け、それまでにも銀行取引を続けていたという株式会社である控訴人に対し、これを勧誘すること自体が信義則上許されないものということはできない。
本件においては、控訴人がいう「適合性」が問題になるとしても、これは、原判決の認定判断のとおり、銀行である被控訴人が負うべき説明義務の範囲及び程度を定めるための一つの要素となるにすぎないといわざるを得ず、したがって、この点において控訴人の右主張は採用することができない。
2 説明義務とその違反について
(一) 本件商品は、原判決認定のとおりの内容のものであり、豪ドル/円の交換レートの変動により、損益分岐レートを境に、実質金利の増大あるいは軽減という効果をもたらすというもので、銀行等の金融機関にとってさえ為替相場の推移を正確に予測することが困難であることも併せ考えると、顧客にとって、予想外の損失を被る可能性を内包するものである。
したがって、被控訴人は、金利の負担が軽減することを期待している控訴人に対し、少なくとも次の事項について説明することを要するものと解すべきである。
(1) 本件商品が実質金利の低下をもたらすことがある反面、円高が進むことによって実質金利が上昇する危険もあること。
(2) 予定している契約内容を前提にした場合、豪ドルと円との交換レートの額と、これによって帰結される控訴人の負担すべき実質金利の額(率)
(3) 円高の進行によって損失を被る危険と、これを回避する方法の有無とその内容
控訴人は、右の点についてるる主張するが、右義務の具体的内容、すなわち具体的にいかなる説明をどのような方法ですべきであるかについて、あらかじめこれを列挙することは相当ではなく、右の三点について、具体的に認定することのできる事実を前提として、その適否を検討することにする。
(二) 被控訴人は、控訴人に対し、本件契約に先立ち、「A
/円コンビネーションローンのご案内」と題する書面(乙一〇)と、「A
/円コンビネーションローンご確認書」と題する書面(乙五)を交付し、仲川がこれに基づいて口頭で説明をしたが、これらの書面の内容及び仲川の説明内容は、原判決認定のとおりである。これによれば、少なくとも本件商品がユーロ円と豪ドル/円スワップをその内容とし、為替相場の変動により、控訴人の負担すべき実質金利の多寡が左右されること、具体的には、豪ドル/円の交換レートが一〇三・六四円/豪ドルの場合が損益分岐点となり、このときに控訴人が負担する実質金利は、控訴人が借り受けるユーロ円ローンの金利とほぼ等しくなり、これより円安が進むと実質金利は低下し、円高が進むと実質金利は上昇すること、本件契約当時の交換レートは一一三・六〇円であり、この場合に控訴人が負担する実質金利は年六・四五パーセントになること、さらにこれらの各場合について、具体的数字を挙げてシミュレーション化した表が明記されていること、円高に伴う実質金利の上昇という危険を回避するためには、控訴人が被控訴人から受け取る豪ドルについて先物予約をし、被控訴人から支払を受ける豪ドルの交換レートを確定することにより、負担すべき実質金利を固定することができること、以上の内容が明らかにされていることも原判決認定のとおりである。
(三) 右によれば、被控訴人は、前記の程度に経済取引の経験を有する控訴人において理解が可能な程度に、前掲(一)の(1)ないし(3)の三点について、十分な説明をしたものということができ、被控訴人において要求されるべき説明義務を果たしたものと解するのが相当である。
そして、被控訴人の右説明に対し、当時、控訴人がそれを明らかに理解していないとか誤解をしているといった状況にあったことを認めることはできないから、被控訴人には、これ以上の確認や念押しまでもすべき法的義務はない(銀行のサービス上の心構えとしてどこまでするのがよかったかは別問題である。)。
3 アフターケア義務について
控訴人が主張するような措置を商人である銀行が講ずることは、顧客サービスとして望ましいとはいえるとしても、前記のとおり、被控訴人は、危険回避の方法についてあらかじめ説明しているのであるから、控訴人からの相談や働き掛け等が全くなくても、被控訴人側からこれを講ずべき法的義務があるとまでいうことは困難である。
四 以上によれば、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを棄却した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安達敬 裁判官 栗栖勲 若林辰繁)
<以下省略>