仙台高等裁判所 昭和24年(ナ)6号 判決
原告 野崎藤太 外十一名
被告 福島県選挙管理委員会
一、主 文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「昭和二十四年五月二日被告がした、小名浜町選挙管理委員会の決定を相当とし訴願人の申立は成り立たない旨の裁決はこれを取消す。昭和二十三年十二月二十七日執行の福島縣小名浜町区域変更賛否投票の無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、
「一、福島縣石城郡小名浜町は、旧小名浜町とこれに隣接する旧玉川村とが昭和十五年二月それぞれ同町及び村議会の合併の議決に基き昭和十六年七月十六日合併の認可を経て合併されたものであるが、旧玉川村の住民中に再び元のとおり小名浜町から分村することの要望があつたため、旧玉川村区域内の有権者によつて昭和二十三年十二月二十七日本件町区域変更賛否投票が行われ即日開票の結果、町区域変更(分村)に賛成するもの七百六十九票、反対するもの千百四十九票、無効投票十一票となつた。原告等は旧玉川村区域内の有権者であるが、昭和二十四年一月六日小名浜町選挙管理委員会に右投票の効力に関する異議の申立をしたところ、同月二十七日却下されたので、同年二月十五日被告に訴願したが同年五月二日前示のように訴願成り立たない旨の裁決があり、該裁決書は同月十三日原告等に送付されたものである。
二、本件賛否投票は左記事由の下に行われたものである。
(イ)、分村反対派(本件町区域変更反対派)は投票の結果を自派の有利にしようと計画し、投票前日の昭和二十三年十二月二十六日及び投票当日の翌二十七日の各午前中、区域内大字岡小名部落の小学兒童六、七十名をトラツクに乘せ兒童全部に蜜柑三個と分村反対とかいた小旗を持たせトラツク上には巾三尺長さ六尺高さ五尺位の枠を取付けその板面には分村反対と大書し、区域内全部落に亘りトラツクを疾走させ分村反対と絶叫させて選挙運動をした。
(ロ)、分村反対派は、投票前日旧小名浜町居住の青年男女をも加えた約百名位で、分村反対と大書したプラカードや旗を各自携帶し隊伍を組んで区域内全部落を行進し分村反対と呼号して気勢を張り、最後に分村賛成派側の選挙事務所である大字住吉の住吉神社社務所前に参集し、旧小名浜町居住の小名浜町会議員小野作太郎指揮の下に分村反対万才を三唱して示威運動をした。
(ハ)、右青年等は投票当日各投票所附近に集合して投票する者に対し反対投票をせよと強要した。
(ニ)、分村反対派の村上数重は日本刀を振廻し大字岡小名の渡辺己代松外数人に対し、賛成の投票をしたら住家を破壞し部落から追放すると脅迫した。これがため同部落内の有権者は恐怖して自由な投票を行い得なかつた。
(ホ)、分村反対派の田子種治、駒木根亀雄は大字大原の有権者斎藤長太郎に対し、他の者には百円やつたのだが君には特に二百円やるから分村反対の投票を頼むといつて買收運動をした。
(ヘ)、分村反対派の指導的人物であり本件選挙管理委員会委員長であつた長瀬国三郎は、投票告示前の昭和二十三年十一月下旬分村反対連盟を結成し、会長に箱崎滝三郎を立て区域内住民を勧誘し連盟会員名簿に調印させ爾來分村反対の投票獲得のための運動を継続した。
(ト)、大字岡小名の投票所では、投票当日の正午までに有権者の半数約三百五十名が未だ投票しなかつたので、分村反対派の立会人三名と係員は右未投票者の氏名等を書拔きこれを組長に渡し、組長はこれらの宅を戸別に廻り反対投票せられたいと勧説した。
(チ)、從來施行された各選挙において旧玉川村区域内の投票所は、大字住吉小名浜町第三小学校の講堂一箇所に限られていたのであつて、これは確立された慣例であり、且原告等も特にこれを要望したのであるが、小名浜町選挙管理委員会委員長はこれを無視し、本件投票において故意に五箇所の投票所を設けた。その結果有権者は少人数に分散され、これに反し投票立会人は多数となり、投票所における人的配置を分村反対派の有力筋を以てして投票する者の監視を容易ならしめることができたため、投票する者の自由意志が抑圧された。これを個別的に見ると、
(1)、大字岡小名の投票所は同大字淨延寺の十四疊即ち七坪の室に設けられたのであるが、投票記載所は投票立会人席から余りに近距離であつたため、投票立会人においてこれを望見し又は記載動作を監視することができたので、投票する者は自由な気分で投票することができなかつた。しかして同投票所の投票立会人門馬周平、小松勇吉及び小泉勳はいずれも分村反対派であつた。
(2)、大字富岡の投票所は同部落の斎藤市之助方土間三坪及び十五疊の間の一部に設けられたのであるが、投票記載所と投票立会人席とは二間の近距離にあつて、しかも投票立会人斎藤清正、斎藤壽一郎及び馬目吾行はいずれも分村反対派であり、又斎藤市之助も分村反対派で投票当日は投票立会人と同席していたので、投票する者は圧力を感じ自由な投票をすることができなかつた。
(3)、大字住吉、野田及び島の投票所は大字住吉の小名浜町第三小学校講堂に設けられたのであるが、投票記載所は一間おきに仕切をしただけで且前面硝子窓には覆が施されてなく、外側から内部を覗くことができる状態にあつたので、投票する者は他に遠慮しながら投票しなければならなかつた。しかも投票立会人席は講堂の北側正面に設けられるのが普通であるが本件投票の際は投票記載所に面し西側のこれを監視し得る位置に設けられたのである。
(4)、大字大原及び相子島の投票所は大字大原丹野義一方の十二疊及び八疊の間に設けられたのであるが、投票記載所と投票立会人席とは一間の近距離にあつて、しかも丹野義一は分村反対派で投票立会人でもあつたので、投票する者は自由な気持で投票することができなかつた。
(5)、大字林域、金成及び岩出の投票所は大字林域禪長寺の十二疊即ち六坪の間に設けられたのであるが、投票記載所と投票立会人席とは一間二尺の近距離にあつて、しかも立会人四名中三名までが分村反対派であつたので、投票する者は自由な判断で投票することができなかつた。
以上(イ)乃至(チ)の事由は或は選挙の管理執行に関する規定或は選挙運動の取締及びその保護に関する規定等に違反するもので、組織的且全般的に行われ、これがために当該区域の有権者の自由意思に基く投票は、著しく抑圧され選挙法の目的とする自由と公平は全く沒却せられたのである。從つてこれらの事由は本件賛否投票の結果に影響を及ぼすものというべきであるから、本件賛否投票は無効を免れず從つてその有効なことを前提とする前示裁決は違法でこれも亦取消さるべきものである。」と述べた。(立証省略)
被告代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、「原告等主張の一の事実は爭わない。原告等主張の二の事実中、(イ)、(ロ)及び(ヘ)の事実は爭う。同(ハ)、(ニ)、(ホ)及び(ト)の事実は知らない。同(チ)の事実中、從來施行された各選挙において旧玉川村区域内の投票所は大字住吉小名浜町第三小学校の講堂一箇所であつたこと及び本件賛否投票の投票所は五箇所であつてそれぞれ原告等主張の(1)乃至(5)の場所に設けられたものであることは爭わないがその余は爭う。
その余の原告主張の事実は爭う。」と述べた。(立証省略)
三、理 由
原告等主張の一の事実は当事者間に爭がない。そこで原告等主張の二の事実中先ず(イ)乃至(ト)の事実について審案するに、成立に爭のない甲第一号証、証人吉田作之助、渡辺己代松、斎藤正保、馬目吾行、石井平太郎、山野辺庄吉、小泉民治郎、高萩春治、小松佐市、渡辺繁及び斎藤長太郎の各証言並びに原告野崎藤太及び鈴木一男本人訊問の結果を綜合すると、本件賛否投票の前日である昭和二十三年十二月二十六日及び翌二十七日の投票当日各午前中分村反対(本件町区域変更反対)の者が大字岡小名部落の小学兒童等をトラツクに乘せこれに分村反対と大書した紙等を取付け、又右兒童等に小旗を持たせ分村反対と叫ばせて右トラツクを走らせなお右兒童等には蜜柑三個宛を與えたこと、同月二十六日分村反対の青年男女数十名が大字住吉部落の住吉神社に示威行進をし社前で万才を叫んで解散したが、小名浜町会議員であつた小野作太郎もこれに参加したこと及び右神社社務所には分村賛成側の選挙事務所があつたこと、同月二十七日有権者斎藤長太郎が分村反対派の田子某等から金二百円をやるから分村反対の投票をしてくれないかといわれたがこれを拒絶したこと及びさきに分村反対の者等が集り、分村反対の署名を求めたことがあること等の事実は、いずれもこれを窺い得ないことはないのであるが、その余の事実については、この点に関する前掲証人及び原告本人等の供述部分は証人長瀬国三郎、大宮二郎及び小松元司の各証言に照し措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。
次に原告等主張の(チ)の(1)乃至(5)の事実について見るに、從來施行された各選挙において旧玉川村区域内の投票所は大字住吉小名浜町第三小学校の講堂一箇所であつたが、本件賛否投票の際の投票所は原告等主張の五個所に設けられたものであることは当事者間に爭のないところであるが、証人長瀬国三郎の証言によると、さきに昭和二十二年二月中分村可否問題につき旧玉川村住民の意向を調査するため同住民等の投票が行われたことがあつて、その際問題が同住民等の重大事であるので棄権防止と投票の便宜上特に投票所を増設し、これを五個所に設けたことがあり、本件賛否投票においても右例にならい同様の趣旨で投票所を五個所に設けたものであることが認められ、同証言及び檢証の結果に照らすと、右投票所の増設が原告等主張のように投票の結果につき何等か爲にするところがあつて故意になされたものとする点は全証拠によつてもこれを認めるに足らない。しかして、
(1)、大字岡小名の投票所が同大字淨延寺の十四疊、即ち七坪の間に設けられたものであることは当事者間に爭がなく、檢証の結果によると投票記載所と投票立会人席との最も近い距離は二間一尺であつたことが認められ、又証人吉田作之助の証言によると投票立会人門馬周平、小松勇吉及び小泉勳はいずれも分村反対と推測される者であつたことが窺い得ないことはないが、証人長瀬国三郎の証言によると、投票立会人は小名浜町選挙管理委員会において主として部落の区長隣組長等から選任したもので從つて分村反対の者もこれに賛成の者もあつたのであつて、特に分村反対者を以てこれにあてたものではないことが認められ、同証言及び檢証の結果に照すと、同投票所が多少狹隘であつたとしても前示のような事実からして直に同投票所における投票が自由になし得ない状況にあつたものということはできないばかりでなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(2)、大字富岡の投票所が同部落斎藤市之助方土間三坪及び十五疊の間の一部に設けられたものであることは当事者間に爭がなく、証人馬目吾行の証言、原告鈴木一男本人訊問の結果及び檢証の結果に徴すると、投票記載所と投票立会人席との距離は右土間と十五疊の間の間にある巾一尺五寸の板敷を加え二間五寸であつたことが認められ、又斎藤市之助は右部落の区長で投票当日立会人と同席しており、同人及び立会人斎藤清正、斎藤壽一郎及び馬目吾行はいずれも分村反対と推測される者であつたことが窺い得ないことはないが、前示証人長瀬国三郎の証言及び檢証の結果に照すと、前示(1)におけると同様に右の事実からして直に同投票所における投票が自由になし得ない状況にあつたものということはできないばかりでなく、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(3)、大字住吉、野田及び島の投票所が大字住吉の小名浜町第三小学校講堂に設けられたものであることは当事者間に爭がなく、証人渡辺繁及び斎藤正保の各証言並びに原告野崎藤太本人訊問の結果及び檢証の結果を綜合すると、投票記載所は同講堂南側入口より入つて右側の東側窓際に四個の記載机を並べ五枚の戸板でこれを遮断してあつたが各記載机の前面硝子窓には覆が施されてなかつたことが認められる。しかし右投票記載所が右硝子窓を通じ容易に外部から透視される危險があつたことは右証拠によつても未だこれを認められない。又証人斎藤正保の証言及び原告野崎藤太本人の供述中投票立会人席が從來と異り講堂の北側正面でなく投票記載所と相面する西側にあつたとする供述部分はこれを措信するに十分でない。これらの事実からすると投票記載所の設備に十分でなかつた点を免れないとしても未だ直に同投票所における投票が自由になし得ない状況にあつたものとはいわれないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(4)、大字大原及び相子島の投票所が大字大原丹野義一方の十二疊及び八疊の間に設けられたものであることは当事者間に爭なく、檢証の結果によると投票記載所と投票立会人席との最も近い距離は一間一尺であつたことが認められ、又証人石井平太郎の証言によると丹野義一は区長であつたことが認められるが同人が分村反対派の者であつたことはこれを認めるに足る証拠がない。しかして証人石井平太郎及び長瀬国三郎の各証言並びに檢証の結果に照すと、右投票記載所と立会人席との距離が多少近接していたとしても右のような事実からして直に右投票所における投票が自由な気持でなし得なかつたものとは認められないし、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(5)、大字林域、金成及び岩出の投票所が大字林域禪長寺の十二疊即ち六坪の間に設けられたものであることは当事者間に爭がなく、檢証の結果によると投票記載所と投票立会人席との最も近い距離は一間二尺であつたことが認められ、又証人山野辺庄吉及び宮内二郎の各証言によると投票立会人四名の中には区長もあつたことが認められるが、右投票立会人の中数名が分村反対派と目される者であつたことはこれを認めるに足る証拠がない。しかして証人宮内二郎及び長瀬国三郎の各証言並びに檢証の結果に照すと、右投票記載所と投票立会人席との距離が多少近接していたとしても、これを以て直に投票する者が自由な判断で投票し得ない状況にあつたものとは認められない。この点に関する証人山野辺庄吉の証言部分は措信できないし他に右認定を覆すに足る証拠はない。
以上認定の事実に徴すると、本件賛否投票において選挙の管理執行又は選挙運動の取締保護に関する規定に触れるものがないではないとしても、原告等主張のようにこれが組織的且全般的に行われたものであつて、これがために本件区域の有権者の自由意思に基く投票が著しく抑圧され選挙法の目的とする自由と公平とを保持し得なかつたものとは認められないし又これらの事由が本件賛否投票の結果に影響を及ぼしたものとも認められない。上記措信採用しない証拠を除き全証拠によつても右認定を左右するに足りない。よつて原告等主張の事由に基き被告に対し本件裁決の取消及び賛否投票の無効確認を求める原告等の本訴請求は、失当として棄却を免れないのである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條第九十五條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 村木達夫 猪狩真泰)