仙台高等裁判所 昭和25年(ネ)115号 判決
原判決中被控訴人の仮処分取消申立を棄却した部分及び仮処分取消手続の費用を被控訴人の負担とした部分を除きその他を取消す。
盛岡地方裁判所が同庁昭和二十四年(ヨ)第七三号仮処分命令申請事件につき昭和二十四年十二月二十二日発した仮処分決定を認可する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
二、控訴の趣旨
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
三、事 実
当事者双方の事実上の主張は控訴代理人に於て、原判決事実摘示中「仮協約は新協約成立まで効力を有する」との定めは條件であつて期限ではない(原判決八枚目表終から三行目以下)との主張は撤回すると述べ被控訴代理人において、原判決事実摘示中「(イ)の点……は否認する」(原判決五枚目表六行目)とあるのは控訴人主張の(乙)(三)の(イ)(原判決八枚目裏終から五行目以下)の点について当時ポスターの貼られていた事実は爭はないが、その内容が被控訴人主張のようなものであつたことは不知、右ポスターの貼布等が被控訴人の責任においてされたことは否認するという趣旨である。なお控訴人主張の(原判決十枚目裏最終行以下)被控訴人その他、日本共産党西和賀群委員会傘下の細胞員が昭和二十四年八月十九日、親生倶樂部に於て控訴人主張の趣旨の事項につき討議した事実は爭はないと陳述したほか原判決事実摘示と同じであるからこゝにこれを引用する。
(疎明省略)
四、理 由
控訴人が被控訴人を相手方として申請した盛岡地方裁判所昭和二十四年(ヨ)第七三号仮処分命令申請事件について同年十二月二十二日同裁判所の発した仮処分命令に対して被控訴人から特別の事情ありとして、その取消を申立て(同庁昭和二十四年(モ)第八六号事件)、他方右仮処分命令に対し異議を申立て(同庁昭和二十五年(モ)第一四号事件)、原審は右両事件を併合審理の上、前者の取消申立を棄却し、後者の異議申立を容認して前記仮処分命令を取消し、仮処分命令申請を棄却したのである。而して原判決中右仮処分命令取消の申立を棄却した分については、取消申立人である被控訴人から控訴も附帶控訴もないのであるから、結局当審に於ては控訴人の不服申立に係る右仮処分命令に対する異議を容認した原判決の当否を審判すれば足るのである。よつて以下この点につき審理判断する。
控訴会社が東京都に本店を置き岩手縣和賀郡岩崎村大字山口に工場(和賀川工場と称する。)を有し銑鉄その他の電気冶金工業品の製造、石灰窒素、炭化石灰等の製造販賣等を目的とする株式会社であること、控訴会社の從業員は労働組合を組織し、被控訴人は和賀川工場の從業員として組合に加入し、組合業務專從者となつていたこと、控訴会社が、昭和二十四年十月二十八日被控訴人に対して解雇の意思表示をしたこと、以上の事実は当事者間に爭のないところであつて、なお控訴会社が右解雇による予告手当及び退職慰労金(税込)合計金三万二百八円を被控訴人に提供したが受領しないので同年十一月十一日盛岡地方法務局花卷支局に供託した事実は被控訴人の明かに爭はないところである。
被控訴人は控訴会社の被控訴人に対する右解雇は(一)控訴会社と前記労働組合との間の労働協約に違反し、(二)労働基準法第三條に違反し、(三)労働組合法第七條第一号の不当労働行爲にあたるから、右何れの事由によつても無効であると主張するのでまず右事由について順次考察する。
(一) 労働協約に違反するか。控訴会社が昭和二十一年十二月二十三日前記労働組合との間に労働協約を締結し、その内容中に「会社は組合員に関する人事については組合の意向を参酌して行うこと、協約の有効期間は協約締結の日より一年間とし期間満了の一ケ月以前に会社又は組合の何れかより改訂の意思表示がない場合には自動的に更に六ケ月宛延長すること」なる條項の存すること(以下右協約を旧協約と称する。)昭和二十二年十一月十日組合から控訴会社に対し協約改訂の意思表示をしたので旧協約は同年十二月二十三日その効力を失つたが、同月二十五日組合からの申入れにより控訴会社と組合との間に、旧協約の効力を引続き新協約成立まで延長する旨の合意が成立したこと(これを仮協約と称する。)その後、新協約の締結について控訴会社と組合との間に折衝を重ね、昭和二十三年九月、控訴会社と組合代表者との間に新協約案につき意見の一致をみたが、その調印の運びにいたらないで経過したこと、控訴会社は新労働組合法施行後の昭和二十四年八月二十七日同法第十五條第二項本文の規定に基いて組合に対し仮協約を存続させる意思のない旨を通告したこと、以上の事実は当事者間に爭がない。
旧協約を新協約の締結まで引続いて存続させる旨の前示合意(仮協約)は、前記のように、旧協約の有効期間満了の二日後になされたものであるけれども、この合意の趣旨は要するに組合からの改訂申入によつて自動的延長が妨げられ、協約に定めた有効期間満了と同時に失効するに至つた旧協約の効力を復活し、その効力を新協約の成立まで存続させ以て控訴会社と組合との間の無協約状態を避けようとするにあつたことは成立に爭のない乙第十五号証の二、三の文書によつても明かである。
これを旧協約と同一内容の新な協約の締結とみてこれについて旧労働組合法第十九條第一項の要求する書面の作成を要するというような原審の見解は、前示合意をした当事者の意思に沿はないものというべきである。要するに右の合意は單に旧協約の効力を新協約成立まで(一種の不確定期限)存続させようというに外ならないものであつて、かゝる合意が本來許されないものとしてその効力を否定しなければならない理由はないものというべきである。しかし、以上のようないきさつによつてその効力を持続してきた旧労働協約は少くとも新労働組合法施行後においては同法第十五條第二項により、当事者のいずれか一方の表示した意思に反して、なお有効に存続することができないものと解すべきである。蓋し同條第二項の「その中に規定した期限」とは本來労働協約中に規定した協約の存続期限、即ち本件でいえば協約締結の昭和二十一年十二月二十三日から一年の期間満了の時を指すものと解すべきであるからである。されば、控訴会社のなした前記昭和二十四年八月二十七日の通告により旧労働協約は失効し、爾後、無協約状態に入つたものといわなければならない。その後前記解雇の時期までの間に、新しい労働協約の成立した事実については、その主張も疏明もないのであるから、被控訴人に対する解雇につき組合の意向を聞きこれを参酌しなかつたにしても、労働協約違反の問題を生ずる余地はないわけである。
(二) 労働基準法第三條に違反するか。まず控訴会社が被控訴人を解雇するに至つた事由として主張するところ(原判決に控訴人の主張として掲げる(乙)(三)の(イ)(ロ)(ハ)の事実)について按ずるに被控訴人が前記組合の幹事となり、組合書記長として組合業務に專從していたことは被控訴人の認めるところであつて、成立に爭のない乙第八号証、同第十四号証、甲第一、二、三号証、現場の写眞たることを認め得る乙第七号証、原審及び当審証人深沢多喜男、田島衞、池田多久治等の各証言を綜合すれば、被控訴人主張の右(乙)(三)の(イ)(ロ)の各事実(但し(ロ)の事実中被控訴人がその居住社宅に「日本共産党西和賀群委員会」なる看板を掲げたことは被控訴人の爭はないところである。)特に(イ)の各ポスターの貼布或は掲示板の設置等が日本共産党和賀川工場細胞の責任者である被控訴人の指導によつてなされたことが疏明し得られる。また同上(ハ)の事実中被控訴人が昭和二十四年八月末日、日本共産党西和賀群委員会の機関紙「和賀川民報」第八号紙上に被控訴人主張のような記事を掲載したことは被控訴人の認めるところである。
而して成立に爭のない乙第一、二、三号証、前記各証人の証言及び控訴人主張のような当時の社会情勢(即ち所謂九月革命説の流布、松川事件、平事件、三鷹事件等の発生、廣島日鋼その他に騷擾ストの頻発等……これらは公知のことである。)と考え合せると、右和賀川民報紙上の記事は、單に抽象的な政治的理念の表明たるに過ぎないものではなく、控訴会社和賀川工場の経営組織を変革して企業を労働者の共同管理にもつていこうとする具体的意図の表現たることが疏明し得られ、控訴会社がこれにつき異常な関心をもつたことも無理からんところというべきである。控訴会社が被控訴人を解雇するに至つたのは控訴人主張の上記(三)の(イ)(ロ)(ハ)のような事実からして会社内部の秩序を維持し事業経営の安固を計るため止むを得ないところと認め、控訴会社和賀川工場就業規則第十五條第三号の「事業経営上止むを得ない事由あるとき」にあたるものとしたによるものであることは成立に爭はない乙第十一号証、第十六号証原審における控訴会社代表者神吉英三本人訊問の結果によつて疏明し得られる。要するに被控訴人の提出援用に係る全疏明資料によつてもいまだ、被控訴人に対する解雇が、被控訴人の抱く政治的信條の如何を問題としたによるものであることを疏明するに足りないから、右解雇が労働基準法第三條に違反するものとする被控訴人の主張は採用し得ない。
(三) 労働組合法第七條第一号の不当労働行爲に当るか。
控訴会社が被控訴人を解雇した当時、控訴会社と組合との間に賃金値上、退職金支給、労働協約締結等につき団体交渉が行われ、被控訴人も組合代表者の一人としてこれに当つていたことは控訴会社も爭はないところである。而して控訴会社が被控訴人を解雇したについての表面上の理由はともかく、もしその決定的要因が被控訴人の正当な組合活動を嫌いこれを排除しようとするにあつたとすれば、右解雇が不当労働行爲を形成することはいうまでもない。しかし、被控訴人の解雇について控訴会社の眞意が右のような点にあつたことは、被控訴人の全疏明資料によつても、いまだこれを疏明するに足りない。從つて右解雇が不当労働行爲に当るとする被控訴人の主張も採用できない。
次に控訴会社が被控訴人解雇の事由としてあげた前認定のような事実関係が、果して控訴会社和賀川工場就業規則(乙第十六号証)第十五條に解雇し得る場合として掲げる第三号の「事業経営上已むを得ない事由あるとき」にあたるか、どうかの問題であるが、右條項は会社が一般経済事情又は事業上の失敗等のため事業を縮少し、從業員を整理するの已むなきに至つた場合のようにその事由が労働者の帰責事由に関係なく專ら会社の事業運営上解雇が已むを得ないと認めうるときに限るものと解すべきではなく、本件について前に認定したような労働者の所爲のために職場の規律が馳緩し、能率が低下し、事業の運営に不安、支障を來たすような虞があり、その爲、解雇が已むを得ないものと認め得る場合の如きも右條項にあたるものと解するのが相当である。以上の次第であるから前記解雇は一應有効なりと認めるべきであり、從つて、控訴会社が本件仮処分命令申請によつて保全しようとする請求権については疏明ありといわねばならない。なお前に認定したような事実関係から見て本件仮処分を必要とする事情も一應肯き得ないことはないからして、本件仮処分命令申請はこれを認容し、さきに原審のした仮処分決定はこれを認可すべきである。
以上と見解を異にする原判決は失当で、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三百八十六條、第九十六條、第八十九條に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 村木達夫 猪狩眞泰)