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仙台高等裁判所 昭和25年(ネ)98号 判決

原判決中控訴人の被控訴人宮城県農地委員会に対する部分を取消す。

被控訴人宮城県農地委員会が別紙第一、第二目録記載の農地売渡計画に対する控訴人の訴願につき昭和二十四年十月三十一日附裁決第二百六十九号を以つてした裁決中別紙第一目録記載の農地及び別紙第二目録記載の農地中字上平十二番、同七十三番、同七十四番に関する部分を取消す。

控訴人の被控訴人宮城県農地委員会に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通して、控訴人と被控訴人国との間だけに生じた分は控訴人の負担とし、その余はこれを三分し、その二を被控訴人宮城県農地委員会、その一を控訴人の各負担とする。

二、事  実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人国は別紙第一、第二目録記載の農地に対する買収処分の無効なることを確認する。右請求が理由ないときは、被控訴人宮城県農地委員会が右農地売渡計画に対する控訴人の訴願につき昭和二十四年十月三十一日附裁決第二百六十九号を以つてした裁決を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、

一、原判決事実摘示中「大村某所有の同所二十一ないし二十三番」(二枚目裏九、十行目)、とあるのは「大村某所有の同所二十二ないし二十四番」の誤記である。

二、本件買収は昭和二十二年七月二日を買収の時期とする計画買収で、所謂遡及買収ではない。

三、本件農地の売渡計画の公告がなされたのは昭和二十四年八月十二日であつて、同農地の買収令書が交付されたのはおそくも昭和二十二年中である。

四、控訴人は、本件農地の売渡計画前に買受けの申込をしたのである。

五、控訴人は、昭和十五年十一月十八日訴外大村清助から同人所有の名取郡愛島村北目字稔田十八番、十九番、二十番(別紙第一目録記載の土地)の三筆の田地を買受け即時引渡を受け、実姉である訴外檀崎ますに使用貸借により貸付けていたものであるが、その所有権移転登記を受けるに当り誤つて、同所二十二番、二十三番、二十四番の三筆につき所有権移転登記を経たのである。

又控訴人は昭和十九年一月三十日に訴外小関秀男から別紙第二目録記載の八筆の田地を買受けたのであるが、当時前所有者から、右のうち上平十二番、同十三番の二筆を訴外猪股良策が、同七十三番、同七十四番、同八十一番、同八十二番の四筆を訴外斎野菊三が、釜本百七十三番、同百七十四番の二筆を訴外大久保源吉がいずれも賃借耕作していたので控訴人もそのまま引続き右訴外人等に賃貸していたのである。

六、その後控訴人は、昭和二十一年三月戦地から帰還したので直ちに右田地を自作する目的で右訴外人等に返還を求めた結果、訴外檀崎ますからは別紙第一目録記載の田地全部の返還を受け、猪股良策からは上平十二番の田地の返還を受け、同十三番の田地については同訴外人と昭和二十二年春に返還を受ける契約を為し、訴外斎野菊三からは上平七十三番、同七十四番の二筆の返還を受け、同八十一番、同八十二番の二筆については同訴外人と昭和二十二年春に返還を受ける契約を為し、訴外大久保源吉からは全部返還を受け改めてこれを同訴外人から転借耕作していた訴外本郷彌七郎に一ケ年限りの約束で賃貸した。而して控訴人は右返還を受けた六筆の田地をいずれも昭和二十一年度から引続き現在まで耕作しているのである。

七、然るに訴外愛島村農地委員会は、昭和二十二年六月十日頃、前記第一目録記載の田地は不在地主である訴外大村清助、同第二目録記載の田地は不在地主訴外小関秀男の各所有小作地であるとして買収計画を樹てそれぞれ右訴外人等に買収令書を交付して買収処分をし、ついで昭和二十四年八月十二日、売渡の相手方を前記第一目録記載の田地については訴外檀崎ます、同二目録記載の田地中上平十二、十三番の二筆については訴外猪股良策、上平七十三、七十四番、同八十一、八十二番の四筆については訴外斎野菊三、釜本百七十三百七十四番の二筆については訴外大久保源吉として各売渡計画を樹立した。控訴人は右買収計画の樹立及び買収処分のあつたことを知らなかつたので、それに対し異議、訴願又は訴訟等を提起しなかつたが、右売渡計画に対しては原判決事実摘示のとおり異議、訴願の申立をしたがいずれも棄却され、昭和二十四年十二月十日前記売渡計画に基きそれぞれ売渡令書の交付による売渡処分が行われた。

八、しかしながら訴外愛島村農地委員会は昭和二十二年四月頃農林省令第二号農地調査規則により愛島村内農地の一筆毎調査を為した際に控訴人が訴外大村清助から字稔田十八、十九、二十番の三筆を買受けながら誤つて同所二十二、二十三、二十四番の田地について所有権移転登記を受けていることを発見しており、控訴人も亦その際右誤りを知つたのである。又前記第二目録記載の田地についても、控訴人が昭和二十一年五月頃訴外愛島村農地委員会の係の者に訴外小関秀男から買受けたにつきその所有権移転登記手続をいかなる方法によりなすべきかを相談したところ、係の者は自作農創設の土地として所有権移転登記をするのが便利であると教えたのみならず、控訴人は右田地のうち上平八十一、八十二番の二筆につき昭和二十二年二月二十一日に右村農地委員会を通じて宮城県知事に対し農地調整法第九条第三項の許可申請書を提出しているのであるから、右村農地委員会は、本件田地が買収計画樹立当時控訴人の所有に属するものであることを充分知つていたのである。

九、従つて本件田地を訴外大村清助、同小関秀男の所有であるとして樹立した買収計画は明かに不法行為であり、かかる買収計画に基く本件買収処分は法律上当然無効のものといわなければならない。

十、仮に本件買収処分が当然無効でないとしても、控訴人は前記のように本件農地中六筆の田地は昭和二十一年以降自作しており、その余の田地についても小作人等と昭和二十二年春までに返還を受ける約束をしておるので、自作農創設特別措置法上は登記簿上の名義人を所有者として取扱うべきものとしても控訴人は同法第十六条の所謂当該農地につき耕作の業務を営む小作農に当るわけであるから、本件農地は売渡計画前に買受の申込をした控訴人に売渡さるべきである。

と述べ、被控訴人等代理人において、

一、控訴人が当審において新に主張した前記事実中、二、三、四の事実、五の事実中控訴人が字稔田二十二、二十三、二十四番の三筆の田地につき売買を原因とする所有権移転登記を経たこと、及び同所十八、十九、二十番の田地を控訴人所有のものとして訴外檀崎ますに対し使用貸借により使用せしめていたこと、訴外猪股良策、斎野菊三、大久保源吉が別紙第二目録記載の田地中それぞれ控訴人主張の部分を昭和十九年以前より所有者小関秀男から賃借小作していたこと、六の事実中控訴人が昭和二十一年三月頃訴外檀崎ますから、別紙第一目録記載の田地の返還を受け、これとともに前記第二目録記載の田地中訴外猪股良策が耕作していた上平十二番、訴外斎野菊三が耕作していた上平七十三、七十四番の田地を耕作することとなり、現在も引続き耕作していること、及び七の事実は認めるが、その余の事実は争う。

二、控訴人が昭和十五年十一月十八日買受けたのは訴外大村栄介から字稔田二十二、二十三、二十四番の三筆であつて、大村清助から字稔田十八、十九、二十番の三筆を買受けたものではない。

三、控訴人が昭和二十一年春以来訴外猪股良策、斎野菊三が耕作していた前記田地を耕作することとなつたのは、控訴人が右田地を所有者小関秀男から賃借したと主張したためである。

四、要するに、登記簿上は、字稔田二十二、二十三、二十四番が控訴人において訴外大村栄介から買受けたことになつており、前記第一目録記載の田地は大村清助名義になつているので控訴人所有のものかどうか不明であつたし、前記第二目録記載の田地についても、控訴人の訴外小関秀男から買受けたとの主張事実を確め得なかつたので、訴外愛島村農地委員会においては本件買収計画を樹立したのであつて、この買収計画は違法ではない。又

本件売渡計画は自作農創設特別措置法施行令第十七条第一項第一号但書によつて昭和二十年一月二十三日当時の耕作者を売渡の相手方と定めたのであつて、控訴人が昭和二十一年以降本件農地の一部を耕作しているとしても、右売渡基準日当時の耕作者は、檀崎ます、猪股良策、斎野菊三、大久保源吉等であつたから、何等違法な点はない。

と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。(証拠省略)

三、理  由

訴外愛島村農地委員会(以下単に村農委と略称する)が別紙第一目録記載の農地は不在地主である訴外大村清助、第二目録記載の農地は不在地主である訴外小関秀男の各所有小作地であるとし、それぞれ買収計画を樹立し、昭和二十二年六月十日公告し、訴外宮城県知事は右買収計画に基いてそれぞれ買収令書を発行し、これを遅くとも昭和二十二年中に右訴外人等に交付して買収処分をし、該買収処分は既に確定したことは当事者間に争がない。

控訴人は前記第一目録記載の農地は昭和十五年十一月十八日訴外大村清助から、同第二目録記載の農地は昭和十九年一月三十日訴外小関秀男からいずれも買受けた控訴人所有の農地で、しかもこのことは村農委において知つていたのであるから、右訴外人等に対してした買収処分は当然無効である旨主張するにつき按ずるに、本件農地が控訴人主張のようにいずれも控訴人が買受けた控訴人所有の農地であるとしても、これにつき所有権移転登記を経ず登記簿上は依然としてそれぞれ大村清助、小関秀男の所有名義となつていたことは控訴人も自認しているところであつて、かような場合に登記簿上の所有者大村清助、小関秀男を相手としてなされた買収処分は、取消の対象となるは格別自作農創設特別措置法による農地の買収について民法第百七十七条の規定が適用あると否とに拘らず当然無効とはいいえない。たとえ買収計画を樹立した農地委員会が当時その農地につき売買があつた事実を知つていたとしても別異に解すべき理由はない。されば本件農地の所有権はその買収令書が前記訴外人等に交付されたことによつて被控訴人国に帰属したものといわざるを得ない。従つて前記買収処分が当然無効で本件農地の所有権が控訴人にあることを前提として被控訴人国に対し本件農地の買収処分の無効確認を求める控訴人の請求は理由がない。

次に控訴人の予備的請求として被控訴人宮城県農地委員会(以下単に県農委と略称する)が農地売渡計画に対する控訴人の訴願についての裁決の取消を求める請求の当否について判断する。

訴外村農委が前記第一目録記載の農地につき訴外檀崎ますを、同第二目録記載の農地のうち字上平十二、十三番の二筆の田につき訴外猪股良策を、同字上平七十三、七十四、八十一、八十二番の四筆の田につき訴外斎野菊三を、同字釜本百七十三、百七十四番の二筆の田につき訴外大久保源吉をそれぞれ売渡の相手方とした売渡計画を定め、昭和二十四年八月十二日公告したこと、控訴人は右売渡計画に対し同月二十日村農委に異議の申立をしたが、同年九月十日却下せられ即日その決定書が送達されたので、同月十七日被控訴人県農委に訴願したが、これまた同年十月三十一日附裁決第二百六十九号を以つて棄却の裁決を受け、その裁決書が同年十一月十一日送達されたこと、本件農地中前記第一目録記載の田地は訴外檀崎ますが控訴人との使用貸借により昭和十六年頃から、同第二目録記載の田地中、字上平十二、十三番の二筆は訴外猪股良策が、字上平七十三、七十四、八十一、八十二番の四筆は訴外斎野菊三が、字釜本百七十三、百七十四番の二筆は訴外大久保源吉が、いずれも昭和十九年以前から当時の所有者より賃借耕作していたものであるところ、昭和二十一年春頃控訴人は第一目録記載の田地全部を訴外檀崎ますから、第二目録記載の田地中字上平十二番を訴外猪股良策から、字上平七十三、七十四番の二筆を訴外斎野菊三から、それぞれ返還を受け、爾来現在に至るまで耕作していること、以上の事実は当事者間に争がない。

被控訴人県農委は訴外村農委においては自作農創設特別措置法施行令第十七条第一項第一号但書により昭和二十年十一月二十三日当時の耕作者を売渡の相手方として本件売渡計画を定めたのであつて、その当時の本件農地の耕作者は前記のように訴外檀崎ます、猪股良策、斎野菊三、大久保源吉等であつたのであるから、本件売渡計画は違法ではない、と主張するにつき按ずるに、自作農創設特別措置法第十六条の規定によれば、政府は同法により買収した農地をその買収の時期において当該農地につき耕作の業務を営む小作農、その他命令で定める者で小作農として農業に精進する見込のあるものに売渡すべきものであるところ、同法施行令第十七条第一項第一号によると、売渡の相手方は買収の時期において当該農地につき耕作の業務を営む小作農と定むべきであるが、当該農地の買収の時期と昭和二十年十一月二十三日現在とにおいて当該農地につき耕作の業務を営む小作農が異なる場合において、市町村農地委員会が都道府県農地委員会の承認を受けて、買収の時期において当該農地につき耕作の業務を営む小作農を売渡の相手方と定めることが適当でないと認めるときは、これらの時期のうち他の一方の時期において当該農地についての耕作の業務を営む小作農と定めることができる。しかし計画当時の事実を基準として買収計画が樹てられこれに基いて買収された農地(本件農地の買収がこれに当ることは当事者間に争がない。)について売渡計画を樹てる場合売渡の相手方は原則として買収の時期において耕作の業務を営む小作農と定めるべきであり、その者を売渡の相手方と定めることが適当でないと認められる時に限り昭和二十年十一月二十三日現在において耕作の業務を営む小作農と定めることができるに過ぎない。従つて右の場合に買収の時期において耕作の業務を営む小作農をさしおいて昭和二十年十一月二十三日当時耕作の業務を営んでいた小作農を売渡の相手方と定めることは前者の利益を奪う結果を招来するのであるから、右の認定が農地委員会の恣意に委せられたものとみることは許されない。即ちそれは純然たる自由裁量行為ではなくして法律上覊束されるものと解すべきである。若しその認定を誤つた場合には、たとえこれにつき県農地委員会の承認を得たとしても、売渡計画の違法性を免れ得ないものというべきである。本件において成立に争のない甲第一号証、同第十四号証、当審における控訴人本人尋問の結果により成立を認め得る甲第三号証の各記載、当審証人大村清助、小関秀男、並に、右控訴人本人尋問の結果を綜合して認め得る、控訴人は宮城県名取郡愛島村北目字柚木前五十八番地で農家の二男として生れ、昭和二年頃まで農耕に従事していたが、その後力士生活を経て昭和十七年相撲界を引退し、郷里に帰り農業に専念する考えで、昭和十五年頃訴外大村清助から本件別紙第一目録記載の田地を買受けた外昭和十九年一月頃訴外小関秀男から別紙第二目録記載の田地を買受けたるも、準備の都合上一時別紙第一目録記載の田地を実姉檀崎ますに使用貸借により耕作せしめて置き、又別紙第二目録記載の田地も訴外猪股良策、斎野菊三、大久保源吉等にそれぞれ従前どおり賃貸していたが、昭和十九年七月応召し、昭和二十一年三月頃復員するやこれより先実姉ます方に同居していた妻子のもとに帰り、早速右耕作者等に交渉した結果異議なく前記のように別紙第一目録記載の田地全部と、別紙第二目録記載の田地中、字上平十二番、同七十三番、同七十四番の返還を受けて農耕に従事したこと、前記のように控訴人が右返還を受けた田地を昭和二十一年度以来現在に至るまで引続き耕作していること、当事者間に争のない事実とを考え合せるときは、控訴人は少くとも右返還を受けた田地については前記法条の小作農と同視し得べく、しかも耕作の業務に精進する見込あるものといわなければならない。尤も前記控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人の妻はその後東京都内において旅館業を経営していることが認められるけれども、かような事実があるからといつて直ちに控訴人が耕作の業務に精進する見込がないとはいえない。

以上の認定に反する乙第二、三号証の各記載、並に、当審証人猪股良策、斎野菊三の各証言は採用し得ないし、その他の証拠によつては右認定を左右することができない。

而して本件買収計画が昭和二十二年七月二日を買収の時期とする計画時買収であつて、昭和二十年十一月二十三日現在を基準とする所謂遡及買収でないこと、及び控訴人が本件売渡計画樹立前に買受け申込をしたこと、当事者間に争のない事実に徴し、本件売渡計画中、売渡の相手方を別紙第一目録記載の田地につき訴外檀崎ます、別紙第二目録記載の田地中、字上平十二番につき訴外猪股良策、同字上平七十三番、同七十四番につき訴外斎野菊三と定めた部分は違法で、被控訴人の本件裁決中これを維持した部分も亦違法たるを免れない。従つて被控訴人のした本件裁決の取消を求める控訴人の本訴請求中、右の田地に関する部分は正当として認容すべきである。しかしその他の田地については控訴人が前記買収の時期に耕作していないことは、控訴人の自認するところであり、仮に当時の耕作者との間に返地約束があつたにしても控訴人を目し買収の時期における耕作者とはいえないからして、これに関する部分は失当として棄却すべきである。

よつて原判決中、控訴人の被控訴人国に対する請求を棄却した部分は相当であるが、控訴人の被控訴人宮城県農地委員会に対する請求を全部棄却した部分は失当であるから、民事訴訟法第三百八十四条、第三百八十六条、第九十六条、第九十二条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 猪瀬一郎 細野幸雄 石井義彦)

(目録省略)

原審判決の主文および事実

一、主  文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告国に対し別紙第一、第二目録記載の農地が原告の所有であることを確認する、被告宮城県農地委員会(以下被告県委員会と略称する)に対し、被告県委員会が右農地についての原告の訴願に対し昭和二十四年十月三十一日附裁決第二百六十九号を以てなした裁決はこれを取消す、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、訴外愛島村農地委員会は別紙第一目録記載の農地はいわゆる不在地主である訴外大村某の、又別紙第二目録記載の農地は同じく不在地主である訴外小関秀男のそれぞれ所有する小作地であるとみなし、右農地について買収計画を定め、昭和二十二年六月十日これを公告し、訴外宮城県知事は右買収計画に基ずいてその後前記訴外人両名に右農地の買収令書を交付してその買収処分をなした。

そして前記愛島村農地委員会は昭和二十四年八月十二日別紙第一目録記載の農地については訴外檀崎ますのために、別紙第二目録記載の農地のうち字上平十二、十三番の田については訴外猪股良策のために、同じく字上平七十三、七十四、八十一、八十二番の田については訴外斉野菊三のために、同じく字釜本百七十三、百七十四番の田については訴外大久保源吉のために、いずれも売渡計画を定めたので、原告は同月二十日異議の申立をしたところ、九月十日却下の決定を受け、即日その決定書が送達されたので同月十七日更に被告県委員会に訴願したところ、同被告は十月三十一日附裁決第二百六十九号を以て棄却の裁決をなし、その裁決書は十一月十一日送達された。

しかしながら本件農地はいずれも原告の所有に属し前記訴外人両名の所有ではないからこれを前記訴外人両名の所有であるとして買収した本件処分はこの点において違法である。すなわち、別紙第一目録記載の農地は昭和十五年十一月十八日訴外大村某から、同第二目録記載の農地は昭和十九年一月二十日訴外小関秀男からいずれも原告において買受け、当時その引渡を受けたものである。尤も本件農地についてはいずれもその旨の登記を経由していないが、右買受の事実は前記愛島村農地委員会においてこれを知悉していたものである。別紙第一目録の農地について登記を経由していないのはその買受の当時過失により隣接地である同じく大村某所有の同所二十一ないし二十三番と誤つてこれについて登記を経由して了つたためで、このことも前記愛島村農地委員会は知つていたのである。

原告は本件農地の買収手続の段階において法定の期間内に異議の申立、訴願訴訟等を提起しなかつたので、本件買収処分は形式上確定したけれども原告を相手方としない本件買収処分によつて本件農地の所有権を失う筈がない。

従つてまた、原告に本件農地の所有権がある以上、これについて売渡計画を定めることは違法であるから原告の訴願を棄却し、右売渡計画を維持した被告県委員会の裁決もまた違法である。

よつて被告国に対しては、本件農地の所有権が原告にあることの確認を求め、被告県委員会に対しては前記裁決の取消を求めるため本訴請求に及ぶと述べた。

被告等訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、原告主張の事実は全部これを認めるが、本件買収処分は無効といえない。すなわち本件農地の名義上の所有者は原告ではなく、大村某、小関秀男の両名であるから、これを同人等の所有農地として買収したのである。仮りに農地買収処分については民法第百七十七条がそのまゝ適用されないとしても、それは実際上の所有者は登記がなくとも、買収計画又は買収処分に対し適法な不服申立によつて実体上の違法を匡正し、その取消を求めることができるというにすぎないのであるから、本件農地の買収計画又は買収処分に対し法定の期間内に異議の申立、訴願、訴訟等を提起することなく本件買収処分を確定せしめて了つた以上、原告において本件農地の買収処分が無効であると主張することは許されないと答えた。

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