仙台高等裁判所 昭和26年(ナ)7号 判決
原告 東酉兵衛
被告 石川勘吉
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「昭和二十六年四月三十日執行の岩手県議会議員選挙において、釜石市選挙区から立候補した被告の当選を無効とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
昭和二十六年四月三十日執行の岩手県議会議員の選挙において、釜石市選挙区の定員は一名であるが、原被告とも同選挙区から立候補し、被告が当選した。岩手県選挙管理委員会が公職選挙法第百九十六条の規定により告示した同選挙区の法定の選挙運動費用額は金八万九千七百円であつて、被告が同選挙管理委員会に提出した選挙運動費用収支報告書には、被告の支出した選挙運動費用として、合計金六万三千九百四十二円二十五銭の記載があるが、そのほか、右報告書に記載されていない選挙運動に被告の支出した費用として、
一、金三万二百円
演説会場借上料として大渡錦館三回分、合計金二万四千円、中妻錦館二回分合計金一万円総計金三万四千円から被告の報告済の金三千八百円を差引いた金額
二、金千七百円
トラツク据付看板の材料、工賃金二千円から被告の報告済の金三百円を差引いた金額
三、金二千円
トラツク据付看板の揮毫料金三千円から被告の報告済の金千円を差引いた金額
四、金千五百円
報告洩の五十嵐甚作に対する選挙運動員としての五日分の日当金千円および給食料五百円、合計金額
五、金二百万円
昭和二十六年二月下旬頃から同年四月三十日までの間に被告が有権者に無償で交付した自分の経営する大渡錦館、中妻錦館、中央劇場の各五十円又は百円の映画入場券の代金
六、金七千三百八十円
昭和二十六年四月二十七、八日頃、被告の自宅において、選挙運動員である矢浦悦郎、西村清吾、津田安之助等約三十名に対し饗応したビール約六十本の代金
七、金四万九百五十四円
同年四月三十日被告の自宅において、当選祝の名目で選挙運動員、及び有権者約百三十名に対し饗応した二級酒約七十本の代金三万三千九百五十円、ビール約四十八本の代金五千九百四円、サイダー約四十八本の代金千百円の合計額
八、金六千七十五円
同年四月十四日に新聞紙に折込んで配布した横三寸五分、縦三寸二分のチラシ四千五百枚の印刷代金九百円及び新聞に折込配達料金九百円合計金千八百円。同月十八日に前同様の方法に配布した横六寸、縦四寸のチラシ四千五百枚の印刷代金千百二十五円及び新聞折込配達料金九百円合計金二千二十五円。同月二十三日に前同様の方法で配つた右と同じチラシ五千枚の印刷代金千二百五十円及び新聞折込配達料金千円合計金二千二百五十円、以上の総計金額
九、金二万円
同年四月上旬頃選挙運動費用として、運動員久保菊太郎に交付した金員
があるから、これを加えると被告の支出した選挙運動費用額は、法定の選挙運動費用額金八万九千七百円を遙に超過するから、公職選挙法第百九十八条の規定により、被告の当選を無効とすべきである。
と陳述した。(証拠省略)
被告訴訟代理人は主文第一項と同趣旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、昭和二十六年四月三十日執行の岩手県議会議員の選挙において、釜石市選挙区の定員が一名であつたこと、原被告とも右選挙に同選挙区から立候補し、被告が当選したこと、右選挙の法定選挙運動費用額及び被告が選挙管理委員会に提出した選挙運動費用収支報告書に記載の被告の支出した選挙運動費用額が原告主張どおりであること、演説会場として、大渡錦館を三回、中妻錦館を二回使用し、その費用として金三千八百円を、トラツク据付看板の材料工賃として金三百円、同揮毫料として金千円の各支出を右収支報告書に計上したことは認めるが、その余の主張事実は否認する。被告の演説会場として、大渡錦館は昭和二十六年四月二十四日、二十七日、二十九日の三回、中妻錦館は同月二十三日、二十九日の二回使用したのであるが、いずれも被告所有の映画館であつて、選挙演説会に使用の際は映画の終了後に使用するのであるから、従来特にその料金をとらないのを例とし、本来無料とすべきであるが、これを大渡錦館は一回金八百円、中妻錦館は一回金七百円合計金三千八百円の借上料として報告したのである。トラツク据付看板は四月三十日一回佐々木三十郎より一日金三百円で借受けたもので、揮毫料は一心堂というペンキ屋に揮毫して貰い金千二百円の請求に対し千円に減額して貰つたのである。選挙運動員の日当としては、五十嵐甚作を含め、四月三日二人、四日二人、六日二人、七日一人合計七人分金千四百円を支払つたがいずれも報告済であり、給食料は支払つていない。
と述べた。(証拠省略)
三、理 由
昭和二十六年四月三十日執行の岩手県議会議員選挙において、釜石市選挙区(定員一名)から、原被告がともに立候補し、被告が当選したこと、右選挙の法定選挙運動費用額及び被告が選挙管理委員会に提出した選挙運動費用収支報告書に記載の被告の支出した選挙運動費用額が原告主張のとおりであることは当事者間に争がない。よつて被告が右報告書記載のほか原告主張の費用を支出したか、どうかの点について順次判断する。
一、被告が選挙演説の会場として映画館である大渡錦館を三回、中妻錦館を二回使用し、その使用料として合計金三千八百円を選挙運動費用として計上報告したことは当事者間に争なく、被告本人尋問の結果によれば、右両館とも被告自身の経営に係るものである関係上、現実に使用料を支払つたのではないけれども、大渡錦館の使用料を一回につき金八百円中妻錦館の使用料を一回金七百円とみて選挙運動費用中に計上したものであることが認められ、成立に争のない甲第四号と証人中畑文一、多田嘉一の各証言とを綜合すると、右演説会は夜間の普通上映映画終了後の午後七時半頃からナイトシヨーの初まる午後九時半頃までの間に行われたことが認められる。而して証人山崎正一、坂上文男、及川四郎、中畑文一の各証言と鑑定人戸来正の鑑定の結果とを綜合すると、右時間における大渡錦館の使用料は一回金三千円、中妻錦館の使用料は一回金二千円を相当とすることが認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。この相当額を基準として被告の演説会場に使つた右両館の使用料を算定すると合計金一万三千円となり、選挙管理委員会に対する被告の報告書に記載された金三千八百円よりも金九千二百円余計になることは計数上明らかである。
二、被告がトラツク据付看板の材料工賃として金三百円を選挙運動費用として選挙管理委員会に報告したことは当事者間に争なく、証人佐々木三十郎、多田嘉一の証言、被告本人尋問の結果を綜合すると、右看板は訴外佐々木三十郎所有の製板木、ベニヤ板を使用してトラツクに据付けたもので、これを四月二十九日一日だけ被告が借り受け、金三百円はその据付工賃及び借賃として支払つたものであること、右費用として金三百円は相当な金額であることが認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。
三、被告が右看板の揮毫料金千円を選挙運動費用として選挙管理委員会に報告したことは当事者間に争なく、証人佐々木三十郎、松浦弘道、多田嘉一の各証言、被告本人尋問の結果を綜合すれば、被告は訴外松浦弘道に右看板の揮毫料として金千円を支払つたこと、右金額は揮毫料として相当であることが認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。
四、証人五十嵐甚作の証言によれば、同人は被告に雇われ、四日間ビラ貼りの仕事に従事し、同様の仕事に従事した他の二人の分と合わせ延べ七日分の報酬として金千四百円の交付を受けた(内五十嵐の取得した分は金八百円)事実が認められる。同人が右の外に被告の労務に服したこと及び弁当代として金五百円の交付を受けた事実は証人吉桝正男の証言によつてもこれを認めるに足らず、その他にこれを認めるに足る証拠はない。而して成立に争のない甲第一号証の一、二によれば、被告は、五十嵐甚作その他に支給した右の費用を、四月三日、及び六日の支出として選挙管理委員会に対する報告書に計上していることが認められる。
五、被告が特に選挙運動のため原告主張のように被告経営の映画館の入場券を無料で有権者に交付した事実は之を認めるに足る証拠はない。
六、成立に争のない甲第二号証と証人江利栄治、西村清吾の各証言、被告本人尋問の結果を綜合すると、四月二十七、八日頃被告は新聞記者から当選した際に新聞紙に載せる写真を予め撮影することを求められてこれを承諾し、祝盃を挙げている様子を撮影させたのであるが、その際空の盃では実感が出ないと江刺栄治が自分の費用でビール三本、酒四合を買い受けこれを情景現出のために供した事実を認めることができるけれども、これをもつて選挙運動のための費用とみることはできないし、その他原告主張のように、被告が合計金七千三百八十円相当のビールを饗応した事実はこれを認めるに足る何等の証拠がない。
七、証人青柳正、西村清吾の各証言と被告本人尋問の結果を綜合すれば、五月一日早朝開票の結果被告の当選が明かとなるや、祝客が各自酒肴を持寄り祝賀のため飲食し、その際被告自身も二級清酒五升を提供し供に飲食した事実は認めることができるけれども、被告がその際原告主張のような金四万九百五十四円相当の酒食を饗応した事実はこれを認めるに足る証拠がない。
八、成立に争のない甲第三、四号証と証人江刺栄治、中畑文一の各証言、被告本人尋問の結果を綜合すれば、被告は自分の経営する映画館を選挙演説の会場に使用する際には、上映映画と共に右演説会の開催されることを印刷した「チラシ」を新聞紙に折込み一般に配布していた事実は認めることができるけれども、右「チラシ」には被告の為の演説会であることを推知せしめるような記載はないから、右「チラシ」の配布をもつて被告の選挙運動とみることはできない。右認定を覆し原告主張の選挙運動のため被告が「チラシ」を配布した事実を認めるに足る証拠はない。
九、被告が訴外久保菊太郎に対し、選挙運動費として金二万円を交付した事実は何等これを認めるに足る証拠はない。
然らば、被告が選挙管理委員会に報告した金六万三千九百四十二円二十五銭以外に被告の選挙運動費用として計上すべきものがあるとすれば一の金九千二百円であつて、なお仮りに七の清酒五升の代金が選挙運動費用にあたるものとしてこれを加算しても被告の選挙運動費用の総額は法定の選挙運動費用額八万九千七百円を超過することがないことは明かであるから、右超過することを前提とする原告の本訴請求は失当といわねばならない。よつて原告の請求を棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 猪瀬一郎 石井義彦)