仙台高等裁判所 昭和27年(う)613号 判決
本件当時の取扱いによれば、農業協同組合が政府米の保管を取扱つている間に生じたさし米は、その組合で自由に処分して差支えないことになつていたことは原判決も認めている通りであるが、原判決挙示の証拠、就中原審第二回公判調書中証人芳賀光興の供述記載によれば、組合が之を譲渡するには組合の代表者名義(代表者個人名義でなしに)で政府に供出することになつていたもの、即ちこの場合生産者でなければ供出できないことになつていたわけではないことが窺われるのであつて、本件さし米につき被告人が個人名義で供出したことは、他に方法なく止むを得ずにそうしたものである旨の論旨は正当でない。又論旨は被告人が右三俵のさし米を含む本件八俵の米の供出代金全額を組合の含み資産として別途に保管していたもので、即ち本件の米の処分は組合の為にしたものであるから横領罪を構成しないものである旨主張するが、被告人がこのさし米をも被告人個人のために処分したか組合のために処分したかは原判決が之を確定しているものであることは後段説明の通りであるから、右の主張を以て原判決を攻撃するのは、未だその段階ではないものというべきである。(尤も、被告人の司法警察員及び副検事に対する各供述調書中には、被告人が本件の米を私金として費消する意図の下に処分したものと認めるに足る資料がある。又、吉田綱次、玉村馨の各司法警察員に対する供述調書及び押収の証第一、二、三号就中証第三号証貯金台帳中の被告人の本件供米代の貯金の払戻に関する記事をも参照すればこの点の事態は更に明確になるのであるが、右証第一、二、三号は原審の公判廷において単に展示せられたのみでその記載内容の朗読又は要旨の告知がなされて居らず、即ち適法な証拠調を了して居ないので、今此処に之等の証拠を援用して説明することを差控える。)その他論旨の主張はいずれも独自の見解であつて、採用の限りではない。
以上の次第で、論旨はすべて理由がない。
しかしながら、進んで職権を以て調査するに、
本件三俵のさし米は、前段説明の通りの事情のもので、之を供出して得た代金は組合の所有に帰属すべきものであるから、その供出の名義人を個人にすると否とを問わず、その代金を組合の所得に帰せしめる意図の下にしたのであれば、その供出の方法に不正あることは別論としてその米の横領罪を構成しないことはもちろんで、又これを個人名義で供出したことを以て即ち不法領得の意思の発現があつたものとし、又はこれによつて当然に不法領得の意思を推認し得るものと解すべきではない。けだし実際は組合長名義で供出すべきものを何等かの事情で個人名義で供出することもあり得べく、特に超過供出の如きは供出を割当てられた生産者個人のみがなし得るものなのに、超過供出をすれば普通の供出代金と略々同額の加算金を受領することができるのであるから、生産者個人の名義で超過供出することによつて組合の取得すべき金額の増大を企てると云うこともあり得べきことだからである。従つてこのような方法による横領罪の判示としては、単に個人名義で供出したことを判示しただけでは不法領得の意思があつたことを判示したものとはならない筋合である。しかるに原審は個人名義で供出したこと自体で不法領得の意思の発現があつたものであるとの見解を採るとともに、右の点に関しては単に「擅に云々自己名義(一部は馬上一郎の名義を借用)で超過供出」した旨を判示したのみであるから、横領罪の構成要件の一部の判示を欠くもので、理由不備のそしりを免れず。原判決は破棄を免れない