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仙台高等裁判所 昭和27年(ネ)304号 判決 1953年2月11日

控訴人(原告) 大森広志

被控訴人(被告) 宮城労働者災害補償審査会

被控訴人(被告) 石巻労働基準監督署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人石巻労働基準監督署長嶺岸充が控訴人に対し昭和二十六年七月三十一日附でした審査決定及び被控訴人宮城労働者災害補償審査会が控訴人に対し昭和二十七年二月二十二日附でした審査決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において、

被控訴人宮城労働者災害補償審査会のした本件審査請求却下の決定はその請求が理由がないとしてなされたものである。

と述べ、被控訴代理人において、

控訴人の主張事実中

訴外大森四郎作が控訴人主張の日に主張のように負傷し、死亡したこと。被控訴人石巻労働基準監督署長が控訴人主張の日に、主張のような審査決定をして、控訴人に通知したこと。控訴人が右決定を不服とし、被控訴人主張の日に控訴人宮城労働者災害補償審査会に審査請求をしたところ、控訴人主張の日に理由がないとして却下され、控訴人主張の日に決定書の送達を受けたことは争わないが、その他の控訴人の主張事実はこれを争う。

と述べたほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。

理由

訴外大森四郎作が、昭和二十六年一月十五日宮城県登米郡横山村大字南沢字伊具山林で伐木中負傷し、翌々十七日死亡したこと被控訴人石巻労働基準監督署長が同年七月三十一日「同訴外人は控訴人の使用人であり、業務上負傷死亡したものであるから、控訴人は同訴外人の遺族四郎一、喜美子に労働基準法第七十九条による補償として金十七万六千五百七円九十六銭を支払わねばならない」旨の審査決定をして、その旨控訴人に通知したこと。控訴人が右審査の結果を不服とし同年八月十五日被控訴人宮城労働者災害補償審査会に審査の請求をしたところ、昭和二十七年二月二十二日理由がないとして却下の決定を受け、同年四月十七日右決定書の送付を受けたこと。以上の事実は当事者間に争がない。

控訴人は被控訴人等がした右各審査の結果の取消を求めるので、右審査の結果が果して取消又は変更を求める訴(いわゆる抗告訴訟)の対象となり得るかどうかについて判断する。いうまでもなく訴により取消又は変更を求め得る行政処分は、それが関係者の権利義務に法律上の効果を及ぼすものでなければならない。従つて行政庁の行為であつても、それが単に関係者に対する勧告的性質を有するに止まり、これによつて関係者の権利義務に法律上の効果を及ぼさないようなものは、訴によりこれが取消変更を求める法律上の利益はないわけであつて、取消又は変更を求める訴の対象とはなり得ないものと解すべきである。

ところで労働基準法第七十五条以下の規定による災害補償に関する労働者と使用者との権利義務関係は各法条にあてはまる事実の生じたとき法律上当然に発生するのであつて、その権利義務の発生につき、行政庁による何等かの処分の介在を要件とするものではない。このことは本件で問題となつている同法第七十九条による補償関係即ち労働者が業務上死亡した場合における遺族補償に関する使用者と労働者の遺族との権利義務関係についても同様である。たゞ同法第八十五条及び第八十六条によると、業務上の負傷、疾病又は死亡の認定、療養の方法、補償金額の決定、その他補償の実施に関して異議のある者は、行政官庁に対して審査又は事件の仲裁を請求することができるし、この審査又は仲裁の結果に不服のある者は労働者災害補償審査会の審査又は仲裁を請求することができる旨を規定し、且つ労働基準法による災害補償に関する事項について民事訴訟を提起するには、労働者災害補償審査会の審査又は仲裁を経なければならないと定めているが、右は一般に経済力の豊かでない労働者側の立場を考慮し災害補償に関する紛争を行政機関の手によつて、できるだけ簡易迅速に解決することを狙いとし、行政庁の審査又は仲裁を経ることをもつて、民事訴訟提起の前提要件としたに外ならないものと解し得る。即ち労働基準監督署長又は労働者災害補償審査会が前記法条によつて行う審査又は仲裁の結果は、単に当該行政庁がその判断に基いて関係者に対し災害補償に関する紛議の解決を慫慂する勧告的性質を有するに過ぎないものであつて、これにより本来法律上存在し又は存在しない労働者側と使用者側との権利義務関係に格別の影響を及ぼすものではない。関係者が行政庁の審査又は仲裁の結果をその自由意思によつて納得し、災害補償に関する紛議が解決すればともかく、さもないかぎり紛争の解決は結局民事訴訟による司法的判断にまつ外はないものというべきである。

以上説明の次第で労働基準監督署長及び労働者災害補償審査会の審査又は仲裁の結果は、関係者の権利義務に法律上の効果を及ぼすものではなく、所謂抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないものと解すべきであるから、これと同趣旨のもとに控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当といわねばならない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 谷本仙一郎 猪瀬一郎 石井義彦)

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