仙台高等裁判所 昭和27年(ネ)312号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、控訴代理人において仮に日本農民組合石森支部が本件農地につき法律上の管理権をもたなかつたとしても、地主及び小作人双方の委託に基くところの管理権があつたものであると述べ、当審証人飯塚得一郎及び石川吉雄の証言を援用し、被控訴代理人において、控訴人の右主張は否認すると述べ当審証人田淵政一の証言及び当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第一号証中山田弘治名下の印影が本人の印顆により押捺されたものであることは認めるが、本人の意思に基いて押捺された、ものではないと述べた外、原判決摘示の事実及び証拠関係と同じであるから、これを引用する。
三、理 由
第一、本訴の適否について。
被控訴人が本件農地売渡計画の取消を求める本訴提起に先だち、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)に定められた異議、訴願の手続を経なかつたことは被控訴人も争わないところである。しかし自創法第十九条により農地売渡計画について異議の申立及び訴願をすることのできるのは、同法第十七条による買受の申込をした者であつて、買受の申込をしていない者に農地売渡計画に対する異議、訴願を許した規定はない。而して本件農地売渡計画は昭和二十三年六月二十八日に樹てられ、同月三十日に公告されたものであること、被控訴人はその後同年八月二日石森町農地委員会に対して本件農地の買受けを申込んだが、直ちにその申立を却下されたことは、いずれも当事者間に争のないところであつて、結局本件売渡計画樹立当時には被控訴人はいまだ買受の申込をしていなかつたものと認められる。被控訴人がこの申込の機会を失したのは、後段説明のような事情によるものと推測し得られるのであるが、その事情はともあれ、右売渡計画当時買受の申込をしていなかつた被控訴人は、本件売渡計画につき自創法による異議、訴願をなし得る者に当らないと解すべきであるから、異議訴願の手続を経ないで本件を提起しても、行政事件訴訟特例法第二条による訴願前置の法意に牴触するものということはできない。従つて異議、訴願の手続を経ないで提起された故に本訴が違法であるとする控訴人の主張は採用し得ない。
ところで行政処分につき異議、訴願を申立てることができない者であつても、その処分の取消又は変更を求める法律上の利益を有する限りは、これが取消、変更を求める訴を提起し得るものと解すべきところ、本件の場合において被控訴人は本件売渡計画により自己の権利が害せられることを主張してこれが取消を求めるのであるから、それが適法な出訴期間内に提起されたものである以上、この訴を不適法として拒否することはできない訳である。而して被控訴人が本件売渡計画を知つたのは後記認定のように昭和二十三年七月二十七日であり、本訴の提起されたのはその後一ケ月以内であり、且前記売渡計画公告後二ケ月以内である昭和二十三年八月二十三日であることは記録上明かであるから、本訴は適法な期間内に提起せられたものとせざるを得ない。
第二、本件農地売渡計画は違法であるか。
本件について次の事実は当事者間に争がない。
一、原判決添付目録記載の本件農地はもと訴外菅原亀一所有の小作地であつたが、自創法の規定により石森町農地委員会の定めた買収計画に基き、買収時期を昭和二十三年七月二日と定めて買収され、同年六月二十八日右農地委員会は右農地につき売渡の相手方を三百九十五番、三百九十六番の二筆については訴外小野寺国喜、三百九十二番、三百九十四番の二筆については訴外岩井新一として売渡計画を定め、同月三十日これを公告したこと。
二、本件農地を含む合計約八段歩の田地は大正八年頃以来被控訴人の先代山田藤馬が菅原亀一の先代亀治郎から賃借小作し、大正十三年十一月十九日菅原亀治郎の死亡により亀一が家督相続をし、昭和九年三月十七日山田藤馬の死亡により被控訴人が家督相続をして引続き賃借小作していたこと。
ところで、成立に争のない甲第一号証、第六乃至第九号証、乙第二、三、四号証、当審証人飯塚得一郎、石川吉雄、田淵政一、原審における別件被告菅原亀一、控訴人代表者金野五郎、当審における被控訴人本人各尋問の結果並に本件弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実を認め得る。即ち
地主菅原亀一は昭和二十一年二月頃本件係争地を含む合計八段歩の小作地を被控訴人から取上げることを策するに至つたので、被控訴人は同年三月初め頃日本農民組合石森支部に右小作地取上問題の解決方を依頼したところ、同組合支部長金野五郎は一応被控訴人が右小作地全部を引続き耕作するように地主との間を斡旋した。しかし同人は昭和二十二年三月被控訴人の昭和二十一年度における右農地の耕作状態が思わしくないとの理由で右組合支部の名で、自ら会長の地位にある石森町農地委員会に対して右農地の処理方を申出で、同月二十一日に開かれた同委員会で金野自ら議長となり右申出について審議し、その結果被控訴人の右小作地の内本件の四筆合計約四段歩を被控訴人から取上げる旨の決議をし、更に同年四月二十八日再び農地委員会を開き、前回同様金野五郎自ら議長となり、被控訴人から取上げることとした本件農地を小野寺国喜、岩井新一の両訴外人に耕作させる旨の決議をした。被控訴人はこれに承服せず本件農地の耕作権を主張し、仙台地方裁判所登米支部に小作調停の申立をしたり、或は同年四月十六日菅原亀一を被告として耕作権確認並に耕作妨害排除請求の訴を登米簡易裁判所に提起して極力抵抗を続けたのであるが、金野五郎は石森町農地委員会の名を以て同年五月十四日被控訴人に対し本件農地に立入ることを禁止する旨を通告し、一方小野寺国喜、岩井新一の両訴外人は石森町農地委員会の決議を盾とし、実力を以て被控訴人の立入耕作を排除して自ら係争農地の耕作を初め、被控訴人に対する暴行傷害沙汰まで起すに至つた。かかる紛糾した事態の下において前記日本農民組合石森支部長金野五郎を会長とする石森町農地委員会は、あくまで本件農地を被控訴人から取上げ、これを前記小野寺、岩井の両名に耕作させるべく前示のような売渡計画を樹てて、同年六月三十日これを公告したのであるが、その公告たるや売渡の目的たる土地及び買受人の氏名等を一々具体的に表示したものではなく、外何名、外何筆というように概括して公示したものである。(甲第六号証参照)被控訴人は前記のように訴訟を提起し係争中であつたほか、同年六月末頃岩井新一、小野寺国喜からも被控訴人を被告として登米簡易裁判所に本件農地についての小作権確認等の訴が提起され係争中であつたので、右のような売渡計画が定められたことを露知らず、同年七月二十七日前記訴訟事件につき金野五郎が証人として尋問されたとき始めて右売渡計画の定められたことを知つた。そこで被控訴人は驚いて前記のように同年八月二日買受の申込をしたのであるが、即座に却下された。即ち石森町農地委員会では本件農地の耕作権をめぐり関係者の間に係争中であることを十分承知していたのに拘らず、右農地売渡計画を樹てるに当り永年耕作してきた被控訴人に対して買受申込の機会を与えなかつたのみならず、むしろ殊更に被控訴人不知の間に強引に右の売渡計画を定め、これを公告したものである。その後宮城県知事は右売渡計画に基いて小野寺国喜及び岩井新一に対して売渡通知書を発したが、本件農地を被控訴人から取上げて小野寺国喜、岩井新一両名に耕作させるようにした日本農民組合石森支部或は石森町農地委員会などの措置の行き過ぎであることを知り、同年十二月一日石森町農地委員会を通じて右買受人に対する右売渡通知を一応取消す旨を通告した。
以上の事実が認められる。控訴人は本件農地を目的とする菅原亀一と被控訴人との間の賃貸借契約は昭和二十二年三月二十一日当事者双方の合意により解除せられ、次いで同年四月二十八日地主菅原亀一は右農地をそれぞれ小野寺国喜、岩井新一に賃貸したものであると主張するけれども、かかる事実を確認するに足る証拠はなく、その他前段の認定を左右し得べき措信するに足る証拠はない。尤も前記証人飯塚得一郎、石川吉雄の各証言及び前記金野五郎の供述によると、昭和二十一年三月日本農民組合石森支部長金野五郎が本件農地を被控訴人において引続き耕作するよう斡旋した際、被控訴人は「石森農民組合」にあて、次のことを約する旨の書面(乙第一号証)、即ち
一、昭和二十年度小作料については実行組合の検見五分作を全納すること。
二、昭和二十一年度以降の耕作については増産に専念し、いやしくも小作料に支障を来たすことのないようにすること。
三、万一耕作を怠つたときは昭和二十二年度よりは石森農民組合にその管理を移管すること。
以上の約旨を記載した書面を差入れたことが認められると共に、日本農民組合石森支部及び石森町農地委員会の前段認定のような小作地取上げの措置も右の書面を根拠としてなされたことを推知するに難くない。而して被控訴人が右書面の記載内容を十分諒解し納得した上、これに押印して差入れたものであることは被控訴人の争うところであるが、仮に右の書面(乙第一号証)が真正に成立したものであるとしても、当審証人飯塚得一郎の証言に徴すると、元来右の書面は被控訴人の耕作態度につき従来地主側にとかくの批判があつたので、被控訴人をして将来一層農耕に精励させ、地主側の不満を一掃しようとする趣旨に外ならないものであることが認められ、右書面第三項の如きも農民組合側の一方的な認定により直ちに組合において被控訴人から本件農地を取上げることを本旨とするものではないものと解するのが相当である。しかも昭和二十一年度において被控訴人が本件農地の耕作を怠つた事実はこれを確認するに足る資料がないのみならず、仮に被控訴人が耕作を怠つたからといつて、日本農民組合石森支部が本件農地を被控訴人から取上げてこれを他に賃貸する権限を有する法律上の根拠はない。控訴人は地主及び小作人の双方から本件農地の管理を委任されたと主張するけれども、かような事実を認めるに足る証拠はない。
要するに、日本農民組合石森支部や石森町農地委員会が小作人である被控訴人から本件農地を取上げ、これを第三者に賃貸する権限を有したものとは認められないし、取上げにつき制規の許可のあつた形跡もないからして、前記のような措置にかかわらず被控訴人は依然として本件農地の賃借権を有したものであつて、買収された本件農地につき売渡の相手方たり得べき地位にあつたものと認めざるを得ない。従つて被控訴人が本件農地の買受を欲せず敢えて買受の申込をしないのなら格別、さもない限り被控訴人にも買受申込の機会を与えた上、適法な賃借人を売渡の相手方として売渡計画を樹てるべきであることはいうまでもない。然るに前認定のように石森町農地委員会は日本農民組合石森支部の申出に基いて遮二無二本件農地を被控訴人から取上げ、これを小野寺国喜、岩井新一の両名に耕作させることにした上、被控訴人の賃借権を無視して右両名を売渡の相手方とする売渡計画を定めたのであるから、右の売渡計画は違法であるといわなければならない。
第三、被控訴人は本件売渡計画の取消を求める利益を有するか。
農地の売渡計画は買受の申込をした者を売渡の相手方として定めなければならないことは、自創法第十七条第十八条の規定に徴し明らかである。従つて買受の申込をしない者は売渡計画における売渡の相手方たり得ないのであるからして、本来売渡計画の違法を主張してその取消変更を求める利益を有しない筋合である。しかしながら本件の場合のように、係争農地の従前からの小作人がその農地に執着し、これを耕作する意向十分なるに拘らず、所轄農地委員会がこれを除外する意図の下に殊更にこれに買受申込の機会を与えることなく、第三者を相手方として売渡計画をたてたような特段の事情の存する場合においては、当然買受の申込をして売渡の相手方たり得べかりし者は右売渡計画の違法を主張してこれが取消を求め得るものと解するを相当とする。けだし本件の場合、被控訴人は前記売渡計画が取消されれば買受の申込をすることにより改めて樹てらるべき売渡計画において売渡の相手方たり得べき機会をもち得るからである。
以上説明の次第で本件売渡計画は違法であり、被控訴人はこれが取消を求める法律上の利益を有するものと認め得るから、被控訴人の本訴請求はこれを正当として認容すべきである。右と結論を同じくする原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 檀崎喜作 沼尻芳孝)