仙台高等裁判所 昭和27年(ラ)18号 決定
特別都市計画法第十五条に基く建築物、その他の工作物についての移転命令は換地予定地指定処分の存在を前提とするものであるから、工作物撤去命令の取消を求める訴は必ずしも常に、その命令自体に存する違法を理由としてのみなされなければならないものではなく、右命令の前提となるべき換地予定地指定処分の違法をも理由となし得るものと解すべきことは所論のとおりである。しかし行政事件訴訟特例法第十条第二項による行政処分の執行停止命令は、当該取消の訴の対象たる行政処分の執行により生ずべき償うことのできない損害を避けるため、緊急の必要があると認め得るとき、しかもその執行の停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞がない場合に限り、これを発し得るのであつて、行政処分に違法の廉があるからといつて、直ちに処分の執行を停止し得るものではない。而して本件撤去命令は新設区画街路の敷地に跨つて存する板塀の撤去にあることが記録上明らかであつて、抗告人提出にかかる全資料を以ても「処分の執行により生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある」場合に該当するものと認め得られないのみならず、その処分の執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞があるものとも認められるからして、原審が抗告人の本件申請を採用しなかつたのは結局正当である。論旨は理由がない。
同第二点について、
しかし本件撤去命令が特別都市計画法第十五条所定の猶予期間をおかなかつたとしても、それが直ちに無効であるとは認め難い。原審は本件撤去命令は法定の猶予期間をおかなかつた違法はあるが、本件は抗告人の主張自体からみても、本件撤去命令の執行により「償うことのできない損害を蒙る」ものとは認められないとしたものであつて、右認定の正当であることは前段説明のとおりであるから、論旨は採用し難い。
同第三点について、
本件撤去命令が板塀の除去を求めるものであることは所論のとおりである、しかし本件撤去命令は相手方が区画整理事業遂行の必要上従来の儘板塀を存置することは許されないものとし、これが除去を求めるにあるのであるから、その除却物の処分如何の如きは毫も本件撤去命令の関知しないところである。従つて抗告人が本件撤去命令の内容を実現するに際し板塀を破壊し去ると、他に移転して住居の安全につき万全を期するとは、抗告人の任意に決定し得ることであつて、移転自体を禁止していないことは相手方提出の意見書其の他一件記録に徴し認められるのであるから、原審が抗告人の経済上、保安上の見地より本件板塀を抗告人所有の建物の外廓線に移転して、従前通りの住居の安全を保護しても、敢えて差支はないことの説明を加えたものに過ぎないと解される、従つて原審が本件撤去命令を以て、行政事件訴訟特例法第十条第二項にいわゆる償うことのできない損害を蒙る場合には当らないとしたのは相当であつて、論旨は採用することはできない。
よつて本件抗告は理由がないから、民事訴訟法第四百十四条第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 村木達夫 檀崎喜作)
抗告理由書
第一点 原決定は本件撤去命令は換地予定地指定処分の有効であることを前提としてなされるものであるから、右指定処分が当然無効であるか、或は違法を理由として権限ある機関によつて、取消又は執行停止されない限り違法とはならない。
従つて単に予定地指定処分の違法を理由として、それから直ちに撤去命令の違法を結論することは出来ないと論断し、本件において抗告人は撤去命令自体の違法を主張せず単に右予定地指定処分に存する違法のみを主張し、それから直ちに本件撤去命令の違法を結論しているのであり、且つその主張は単に取消し得べき瑕疵に過ぎないと考えられるから本件撤去命令は適法有効であると解すべく、又本件につき撤去命令が不適法であることの疎明がないからかような場合処分の執行に因つて償うことの出来ない損害を避けるため、緊急の必要があると云うことが出来ないとして抗告人の主張を理由がないと判示した。然しながら本件撤去命令の執行停止を求めるためには、常に原決定の云うが如き右命令自体に存する違法を理由としてのみなされねばならぬものではなく、右命令に不可欠な換地予定地指定処分の違法をも理由としてなし得ることは、蓋し右に関する特別都市計画法第十五条における右命令の前提要件である換地予定地指定処分なるものが、違法のものではあつてはならないことによつて自ら明らかと云はねばならない。従つて右予定地指定処分が違法で取消さるべきものである限り、これに基く撤去命令も亦結局右法第十五条に規定する適法な前提条件を欠くこととなるから、違法であるといはざるを得ないのである。
又仮りに今原決定の云うが如く撤去命令自体が違法でないとしても(事実違法であることについては後述する)該命令の執行停止を求めるためには、常に必ずしもこれに先行する換地予定地指定処分の当然無効が確認され、又はその取消及び執行停止が現実になされたことを要するものでなく、又この場合右撤去命令が予定地指定処分と不可欠の関係にあつてこれと運命を共にする性質のものである限り、右撤去命令夫れ自体の適法にかかはらず、その前提をなす右予定地指定処分の違法行為に基く、権利救済手段として右撤去命令の執行停止を求める事も亦許さるべきものと云はなければならない。
本件において抗告人は、その執行停止を求める第一の理由として相手方の抗告人に対しなした換地予定地指定なるものは法定の減歩率を超え、法定の諮問機関である土地区画整理委員会の審議に附さず、且つ全く現地の実情を無視した行為で右は特別都市計画法の換地に関する基準規定(法が換地処分を公平合理的ならしめるために事業者の行為を規整した一般法則)に背反せる違法の処分で、それは又一面権利の濫用による違法処分(相手方の政治的技術的裁量に任せられた権限の範囲の逸脱無視)としてなされたものであるから、かかる処分に基き本件撤去命令が発せられたのであるから、右命令も亦違法たるを免れない。故に万一これを執行されるにおいては抗告人の重大な権益である生命、財産、居住等に関する基本的人権が不法に侵害されることとなることを主張し、次にその第二の理由として相手方が本件の撤去命令を発するためには右法第十五条によらねばならないのであつて、同条第一項によれば最低三ケ月の法定期間が定めてあるのに相手方はこれを遵守せず僅か一週間の期間を定めて、本件撤去命令を発したのであるから夫れ自体同条の規定に違反し無効のものである。(同条は強行規定)従つてかかる命令の執行は許さるべきでなく、又これを執行されるにおいては抗告人は、前記の如き重大な危険に曝され、償い難い損害を被る虞れがあるとの趣旨を主張し、且つ抗告人は右換地予定地指定処分及び撤去命令については叙上の理由を以て、これが取消の行政訴訟を原審に提起し、目下係争中であることを指摘しているところなのである(原決定掲記の抗告人主張事実参照)。
それにも拘らず原決定は、抗告人は撤去命令自体の違法を主張しないと云い、又命令が不適法であることの明白な疏明として、該命令書の写を行政処分執行停止申立書に添付提出してあるに拘らず、これが疏明がないと判示し、且つ抗告人の主張に対し前掲の如き形式的な単なる法理論をなして、これを斥けたのである。従つて原決定はその理由において備はらずその法律解釈も誤つており失当である。
第二点 原決定は一方において前記の如く本件撤去命令は適法、且つ有効であると解すべきであると判示しながら、他方において抗告人の主張を容れ、本件撤去命令の根拠法につき耕地整理法の規定を準用すべきものでなく、特別都市計画法第十五条の規定によるべきものであるとなし、且つ右命令は同条第一項に定める三ケ月を下らない法定期間を遵守していないから違法であると判示しているのである。
果してそうであるならば本件撤去命令は、その基準規定を誤り適用の余地のない右法第五条都市計画法第十二条を適用して発せられた違法のものであつて、右は又特別都市計画法第十五条の強制規定にも違反し、相互転換の余地もないものであるから、該命令は夫れ自体当然無効であるか少くとも実質的にはその効力がないものであると云はねばならない(前掲本件撤去命令書参照)。従つてかかる無効の命令の執行は、これを許すべきでないことは勿論これを強行せんとする場合においては、その執行を停止すべきことは当然の措置と考えられる。
原決定はこの点においても判断を誤り、その理由にもくいちがいがあつて失当である。
第三点 原決定は本件撤去命令によつて撤去する板塀は、これを取消してしまうものでなく抗告人の換地予定地に指定された地域の外廓線に移転せしめ、抗告人の住居の安全を保護しようとするものであるから、これによつて抗告人主張のような損害を被るものと認められないと判示している。
しかしながら本件撤去命令は、耕地整理法第二十七条第二項による除去に関するものなので、原決定に云うような撤去の目的物を移転して、抗告人の住居の安全を保護しようとするものでないことは同条の趣旨から見ても又これを命令書自体に徴し見ても明らかなところであつて、相手方は抗告人に対し板塀の取払を命じているのであつて、これが移転を命じているものでない(前記撤去命令書参照)。従つて本件命令はこの点においても特別都市計画法第十五条第一項の規定に違反し、不法措置に出ているのであるから違法であると云はねばならない。又仮りに本件撤去命令における撤去が原決定に云うような趣旨のものであると解釈しても、凡そ住居の塀なるものは常識的には住居と一体をなし、これによつて住居の配置やその他の安全が得られているものであるから、塀の移動は住居によつて時に支配的な関係に立つものであるところ、本件において原判示の説示せる抗告人の換地予定地の外廓線なるものは、その一部は抗告人の現存住居の中に深く食い込んでいるので、その線外にある抗告人方診療診察室及び病室二室は全く剥出しとなり、無防備に曝されることとなるばかりでなく、その他の外廓線も亦現存抗告人方家屋の雨落ちより僅か三尺を距て、これと併行しているものなのでここに塀を移し、その上その塀外に他の換地予定者が計画言明しているような高い二階建の建物を築造されるにおいては、抗告人の病室及び居室が殆んど全部直暗となり通風、採光はもとより日光消毒、干し物等を必要とする病院を経営している抗告人としては、保健衛生面からして由々しい重大事となり償い難い損害を被るに至るもので抗告人の忍び得ないところである。
従つてこの点に関する原決定の認定も亦失当である。
以上のような理由があるので、更に慎重な御審議を賜り抗告申立の趣旨記載の通りの御裁判を求める次第である。