大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和28年(う)554号 判決 1953年10月26日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金弐千円に処する。

右罰金を完納することができないときは金弐百円を壱日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

被告人から金五百円を追徴する。

被告人に対し、公職選挙法第二百五十二条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

理由

検察官馬屋原成男の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の楯岡区検察庁検察官鈴木一也名義の控訴趣意書の記載(但し、同控訴趣意書三枚目表二行目の証人高畠栄三郎を被告人、同三行目の被告人を証人高畠栄三郎と各訂正)と同じであるから、これを引用する。

同控訴趣意について。

原判決は、選挙人たる被告人が昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し肩書自宅で選挙運動者高畠栄三郎から山形県第二区立候補者池田正之輔のため投票及び投票取纏めをすることの報酬として金五百円の供与を受けたとの公訴事実につき、これを否認する被告人の原審公廷における弁解には真実性がみられ、原審証人高畠栄三郎も右弁解に符合する供述をなし、これに対比するときは、被告人の司法警察員、検察官に対する各自白調書及び高畠栄三郎の検察官に対する供述調書はたやすく措信できず、他に公訴事実を認めるに足る証拠がないとして、被告人に対し無罪の言渡をしている。しかし、被告人の原審公廷における弁解は、被告人が警察官の取調を受けた際偶々机上にあつた紙に高畠栄三郎が瀬川繁太郎から渡された五百円を被告人に渡したように記載されてあるのを窃かに見て、高畠がそのように供述したものと思込み、若し被告人がこれに反する供述をすれば、そのため更に高畠が瀬川から委託された五百円を着服したという罪で取調を受けるのではないかと推測憂慮して虚偽の自白をしたというのであつて、高畠が五百円程度の横領の嫌疑で取調べられるのではないかと自ら推測憂慮したため自己が選挙違反の無実の罪に問われるような虚偽の供述をしかも任意に敢えてするとは不自然である。他方、原審証人高畠栄三郎の供述は、一日も早く早場米を供出しようと思つていたので、取調警察官から被告人に金を渡したのであろう、判つているからつまらぬことを言つても何にもならないと言われ、被告人が金を受取つたと言つたのかと思い、被告人に金を渡したと虚偽の供述をしたというのであつて、自己が早く帰宅したいために果して被告人が金を受取つたと供述しているのかどうかを確かめもせずに、自己のみならず被告人をも選挙違反の無実の罪に陥れるような虚偽の供述をしかも任意に敢てするとは不合理不自然というのほかない。反之、被告人の司法警察員に対する弁解録取書、司法警察員、検察官に対する供述調書、及び高畠栄三郎の検察官に対する供述調書の各供述記載を調査するに、毫も不自然不合理な点を発見せず、前記弁解供述に対照してその真実性を看取し得るのである。されば、かかる供述調書を採用せずに、却て前記不自然不合理な弁解、供述を採つて以て無罪の言渡をした原判決は経験則に違反して採証し、事実を誤認したものというべく、その誤は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において更に次のとおり判決することとする。

(罪となるべき事実)

被告人は昭和二十七年十月一日施行の衆議院議員選挙に際し選挙人であるが、昭和二十七年九月二十四日頃、肩書住居で、山形県第二区より立候補した池田正之輔の選挙運動者高畠栄三郎から同候補者のため投票方を依頼され、その投票報酬として金五百円の供与を受けたものである。

(証拠の標目)

右の事実は

(1)被告人の検察官に対する供述調書

(2)高畠栄三郎の検察官に対する供述調書(謄本)を綜合してこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は公職選挙法第二百二十一条第一項第四号第一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額範囲内で、被告人を罰金二千円に処し、刑法第十八条により右罰金を完納することができない場合の労役場留置期間を定め、被告人が本件犯行により収受した金五百円は沒収することができないので、公職選挙法第二百二十条後段により、被告人からその価額を追徴すべく、なお被告人に対しては情状に因り同法二百五十二条第三項に従い、同法条第一項の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松村美佐男 裁判官 蓮見重治 細野幸雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例