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仙台高等裁判所 昭和28年(う)657号 判決 1953年11月06日

主文

被告人桜庭信宏の控訴を棄却する。

原判決中被告人田中捨雄に関する部分を破棄する。

被告人田中捨雄に対する事件を八戸簡易裁判所に移送する。

当審における訴訟費用中その二分の一は被告人桜庭信宏の負担とする。

理由

主任弁護人勅使河原安夫の陳述した控訴趣意は記録に編綴の弁護人小田原親弘作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから茲に之を引用する。

控訴趣意のうち採証法則違反に基く事実誤認の主張について

しかし原審は検察官作成の各被告人の供述調書中原判示(乙)第一(1)乃至(5)同趣旨の供述記載即ち被告人等の自白を採用し原審第四回公判調書中証人平井みさを、同大平錦子の各供述即ち被告人等が窃取したという日時に近接する昭和二十七年十二月頃黒サージを被告人桜庭から平井みさをが買受け、また昭和二十八年一月頃紺サージを被告人田中から大平錦子が買受け、黒サージを背広服の仕立賃代に被告人桜庭から同人が交付を受けた旨の各記載及び証第四号乃至第八号の証拠物件の存在を自白の補強証拠として起訴事実を認定したもので所論のように自白だけで犯罪事実を認定したものでなく、これ等証人の供述乃至証拠物件の存在は前示自白の裏付けとして少しも欠けるところがない。しかも前顕被告人等の供述調書における自白が所論のように取調官の強要に基く真実に反したものであることは到底認め得ないのであるから被告人等に対し有罪の認定をした原判決は正当であつて所論のような採証法則に違背した違法はなく事実の認定を誤つた違法も存しない、論旨は理由がない。

外国人登録法違反の点について

職権を以て調査するに本件起訴状記載の被告人田中捨雄に対する外国人登録法違反の公訴事実は「同被告人は本籍地を朝鮮に有する外国人なるところ外国人登録法第三条に基く登録をしなかつた」とあり原判決が犯罪事実として掲記したところもこれと全く同一であるところ、かかる記載を以ては右被告人が朝鮮に本籍を有する外国人であることが判るだけで本法施行前の外国人登録令(昭和二十二年勅令第二〇七号及び昭和二十四年政令第三八一号)施行当時既に本邦に在留し外国人としての登録事由が生じたのか、或は本法施行後本邦に在留することとなり初めて登録事由が発生し何時いずれの所轄市、町、村の長にその登録をしなかつたというのか所謂外国人登録不申請罪の成立すべき行為の内容が具体的に明示されていないばかりか、記録によるも原審において此の点を明かならしめる為検察官に釈明を求めるとか、訴因の補充訂正を命じた形跡も認められない。しかして刑事訴訟法第二百五十六条は公訴事実は訴因を明示して之を記載しなければならない。訴因を明示するにはできる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定して、これをしなければならないと定めているのであつて外国人登録不申請罪の構成する公訴事実を起訴する場合の訴因としては一の行為を他の行為から区別し得る程度に特定し、以て少くともその行為が如何なる法令の適用を受けるかが判明する程度に明かにするを要するもので、このような程度に訴因を明かにしない公訴の提起は訴因の追加、変更又は訂正の方法により補正追完しない限り不適法といわなければならない、蓋し然らざれば公訴事実についての事実及び法律点に関する被告人の防禦権の十分な行使は之を望み得ず裁判所としても如何なる範囲で審理判決を為すべきかを決定するに由ないからである。然るに本件においては前叙の如く起訴状記載の犯罪事実が具体的に明示されていないのに、原審は之を明かにすることなくして漫然審判したのは明かに判決に影響を及ぼすべき訴訟手続に法令の違反があるものといわなければならない。加之原判決は前記のごとく犯罪事実を認定し、同被告人を罰金に処し乍らその罰条を示さず又換刑処分の言渡をしない違法があるのであるが原判決は被告人田中捨雄に対する原判示窃盗の事実と外国人登録法違反の事実を併合罪として処断しているのであるから被告人田中に関する部分は全部破棄を免れない。論旨はこれと異なるが右の如く原判決は破棄すべきものであるから論旨に対する判断はこれを省略すべきものとする。

控訴趣意のうち被告人桜庭信宏に対する量刑不当の主張について

記録を精査し、被告人の経歴、犯行の動機、態様その他諸般の情状を綜合して原審の被告人桜庭に対する量刑を考量するに重きに失する不当があるとは認めれられない、論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り被告人桜庭信宏の控訴を棄却すべく同法第三百九十七条、第三百七十九条、第三百七十八条第三号、第三百八十条により原判決中被告人田中捨雄に関する部分を破棄し、その量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し同法第四百条本文により被告人田中捨雄に関する事件を八戸簡易裁判所に移送すべく当審における訴訟費用中その二分の一は刑事訴訟法第百八十一条第一項により被告人桜庭信宏に負担せしむることとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 板垣市太郎 裁判官 蓮見重治 細野幸雄)

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