仙台高等裁判所 昭和28年(ナ)3号 判決
原告 安部勇治
被告 山形県選挙管理委員会
一、主 文
昭和二十七年十月五日施行された山形県東置賜郡高畠町々議会議員補欠選挙における当選の効力に関する原告の訴願につき被告が昭和二十八年二月八日にした裁決を取消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は主文第一、三項同旨及び「被告が主文第一項掲記の補欠選挙における当選人たることを確認する」との判決を求め、その請求原因として、
一、原告は昭和二十七年十月五日に施行された山形県東置賜郡高畠町々議会議員の補欠選挙に立候補し、一、三四五票の投票を得て当選人となり、次点者の訴外佐藤重次郎の得票は一、三四四票であつた。
二、しかるに右当選の効力に関し昭和二十七年十月十五日訴外阿部正雄と小関源蔵、同月十六日訴外佐藤重典からそれぞれ同町選挙管理委員会に異議の申立をしたので同委員会は同人等の異議の理由は認め難いとしたが、職権で当選の効力を審査し同年十一月二十一日原告の当選を無効とする旨決定し通知した。そこで原告は同年十二月十一日被告に対し訴願したところ被告は「<金>阿部勇治」「安部<金>」と記載した投票を<金>が原告の屋号であるとして有効投票と認定しながら、単に<金>と記載したもの八票、○キンと記載したもの三票、○金と記載したもの二票、「<ヘキン><キン>」「<キ>ン」「<金>きん」「<キン>」と記載したもの各一票、計十七票を無効投票と認定した結果、原告の有効投票を一、三二八票と算定し、訴外佐藤重次郎の有効投票は一、三三七票であるとして昭和二十八年二月八日前記町選挙管理委員会の決定を是認し、原告の訴願を棄却する旨の裁決をして同月十三日裁決書を原告に交付した。
三、しかし「マルキン」は原告の通称兼屋号であり、町内一般は原告の姓名よりもむしろ<金><丸金>「マルキン」等と表示し、若くは呼称しているのである。されば右選挙の際も原告はその立候補の届出書や選挙用のポスターに右通称を氏名と併記し選挙運動員の候補者呼称に際しても「マルキン」と宣伝した。
而して○が文字であるか符号であるかは簡単に決せらるべきものではなく、それが如何なる意味を表現しようとするのであるかはその用法、使途によつて文字ともなり、符号ともなるものと解すべきであるから、被告が無効と認定した右十七票の投票の記載はいずれも原告の通称を表示した文字であつて何等これを無効とすべき筋合のものではない。
しからば原告の有効投票は一、三四五票となり、訴外佐藤重次郎の得票より多いのであるから前示町選挙管理委員会の決定を是認した被告の裁決は違法である。よつてこれが取消を求めると共に原告が当選人であることの確認を求めるため本訴に及ぶと述べた(立証省略)。
被告代表者は原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、
一、二の事実は認める。
三の中原告の屋号が<金>又は「マルキン」であり、原告の通称が「マルキン」であることはいずれも争わない。
被告が無効とした原告主張の十七票の○は文字ではない。即ちわが国における国字は日本国有の仮名及び漢字の二種であるから、公職選挙法第四十七条が特に点字を文字とみなしていることから見ても、○は記号であつて文字でないことが明である。従つて○を用いた前記投票は原告の通称「マルキン」を文字のみを以て表示したものと認めることはできないと述べた(立証省略)。
三、理 由
原告主張の一、二の事実は当事者間に争がない。
よつて<金>「○金」「○キン」「<キン>」「<キ>ン」「<ヘキン><キン>」「<金>きん」などと記載された本件係争投票の効力につき案ずるに、投票用紙に候補者の氏名に代え通称或は屋号などを記載した場合でもこれによつて何れの候補者に投票したものであるかを判定し得る限りこれを無効とすべきでないことは殆んど異論のないところである。原告の屋号が<金>であり、原告の通称が「マルキン」であることは当事者間に争がなく、また「○」は通常「マル」と呼称されることも周知のことであつて、これ等の事実と本件係争の投票たることに争のない甲第一号証の一乃至三第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一乃至八、第五乃至第七号証の記載態様とを併せ考えると、右投票記載の「○」は「マル」の呼称を現わしたものであつて、いずれも「マルキン」と呼ばれる原告の屋号乃至通称を表わしたに外ならないものであり、議員候補者である原告に投票する意思の下に記載せられたものと認めるに十分である。右認定を覆すに足る証拠はない。
ところで被告は「○」は文字ではなく記号に過ぎないから「○」を用いた右の投票は原告の通称「マルキン」を文字のみで表示したものではないから無効であると主張するので、以下この点につき考察する。
およそ文字とは人の語音を書き現わす符号であつて思想感情を発表し記録する手段として用いられるものであるが、「○」は「△」「□」などと同様に通常物体の形状を表現する記号として用いられ、一般に文字として取扱われていないことはまさに被告の主張するとおりである。しかし「○」が通常「マル」と呼称されることも前示のとおりであるから、それが物の形を表現する意味でなく「マル」という語音を表わす趣旨で記されたものと認められたる場合には、人の語音を標記する符号である点において、所謂文字とその本質的性格を異にするものとはいえない。殊に選挙における投票は、何人かを選挙しようとする選挙人の意思を表現する手段であるから、その記載内容の具体的考察によつて、これを投じた選挙人の意思がいかなる候補者に投票しようとするにあつたかを判断し得る以上、可及的にこれを有効投票として選挙人の投票意思を尊重することこそ、選挙制度本来の趣旨に合致するものといわなければならない。故に「○」の記載が物体の形状を表わす意味その他有意の他事記載と認め得る場合は格別、本件係争投票のように、それが「マル」という呼称を表わす意味で記載せられたものと認め得る場合には、本来の文字である「マル」或は「丸」などと等価等質のものとみて、これと他の文字と相まち候補者の何人に投票したものであるかを判断し得る以上、当該候補者の有効得票とみるのが相当である。本件係争投票の<金>、○金、○キン、<キン>、<キ>ンなどはその表現の態様こそさまざまではあるが、いずれも「○」と他の文字「金」或は「キン」と合せみるとき、「マルキン」と呼ばれる原告の通称を、表現したものと認め得ることは前認定のとおりであつて、これを「丸金」或は「マルキン」など本来の文字のみを以て原告の通称を記載した投票と比較するとき、彼此その投票の効力を区別しなければならない実質的理由を見出すことは困難である。要するに被告が前記裁決において無効と判断した本件の係争投票十七票は「○」が本来文字でないということのために無効とみるのは相当でなく、この場合「○」は「マル」或は「丸」などの文字と同じく、マルという語音の符号であり、文字と同一性格のものとみていずれも原告の有効得票とすべきである。
而して右の十七票を有効とすれば、原告の得票数は一、三四五票となり次点者佐藤重次郎の得票数を上まわることは当事者間に争のないところであるからして、右の十七票が無効であるとの前提の下になされた被告の前記裁決は失当たるを免れず、これが取消を求める原告の請求は理由ありとせざるを得ない。
なお原告は本訴で右裁決の取消を求めるほかに、原告が前記補欠選挙における当選人たることの確認を求めるのであるが右補欠選挙において選挙会が原告を当選人と決定したことは前示のとおりであつて、本件弁論の全趣旨に徴すると本件係争の投票が原告の有効得票であるとすれば、原告の当選の効力に影響のないことは、被告もあえて争うものではないことが明白である。されば特段の事情のない限り原告としては、原告の当選を無効とする旨の高畠町選挙管理委員会の決定を是認し原告の訴願を棄却した被告の前記裁決の取消を求めれば足るものというべく、これに加えて原告が当選人たることの確認を求める利益と必要の存することを認め得る資料はないからして、右確認を求める請求は理由がない。以上の次第であるから、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 村木達夫 擅崎喜作)