仙台高等裁判所 昭和29年(む)110号・昭29年(む)116号・昭29年(む)107号・昭29年(む)115号・昭29年(む)105号・昭29年(む)103号・昭29年(む)106号・昭29年(む)109号・昭29年(む)104号・昭29年(む)112号・昭29年(む)113号・昭29年(む)108号・昭29年(む)118号・昭29年(む)119号・昭29年(む)111号・昭29年(む)114号・昭29年(む)117号 判決
弁護人太田耐造単独又は同弁護人玉沢光三郎連名で提出のものは、いずれも、本件忌避申立は忌避申立書記載の理由によるものであつて原決定が之を却下したのは失当であるというに在り、その余の弁護人提出のもの及び被告人郷右近東三提出のものは、単に原決定は不服につき抗告を申立てる旨を述べたもの、又は、それに附加するに当該事件につき太田弁護人提出の抗告理由を引用すると述べたものである。よつて按ずるに、本件各記録を綜合すると、本件各被告事件は、いずれも、昭和二八年四月一九日施行の衆議院議員総選挙に、岩手県第二区から立候補した椎名悦三郎のための選挙運動に関し、被告人等が金員の供与、収受、交付等をしたとされているいわゆる椎名派の選挙違反事件で、被告人等は、昭和二八年五月二九日から六月二四日迄の間に、相前後して(尤も一部の被告人に対しては、その後八月一八日までの間に追起訴が行われている。)、或いは単独で、又は数名併合して(一通の起訴状で)、盛岡地方裁判所一ノ関支部に起訴せられ、同裁判所では、裁判官榊原寛が単独でその審判を担当したものであること、被告人等の一部には、当初の起訴後間もなく公判の開始されたものもあつたが、大部分のものは昭和二八年一二月一八日に第一回公判が行われたもので、実質的には、本件各事件の公判は右昭和二八年一二月一八日に開始されたと見てよいものであること、裁判所は、昭和二八年一〇月一九日頃から、職権を以て併合起訴せられた被告人も一人毎に分離するとともに、同一被告人に対する数個の事件は之を各被告人別に併合する旨の決定をしたこと、而して、公判期日は、第一回(但し、一部の被告人についてはその前にも事件の一部について公判が行われたことは前叙の通り)は全事件とも前記昭和二八年一二月一八日、第二回は全事件とも昭和二九年二月二六日、第三回は、被告人盛岡養寿、同佐藤和平、同深見多喜男、同菅原静雄、同千葉信、同高橋貢、同佐藤勝の七名の事件については同年四月一七日午前一〇時、その他の被告人の事件については、同月一六日午前一〇時と指定されたこと、右第一回公判期日では、各被告人の人定質問が行われたのみで続行になり、第二回公判期日では、起訴状の朗読、被告事件に対する各被告人及び弁護人の陳述その他若干の手続が行われたが、証拠調の段階には入らなかつたこと、右第二回公判期日の被告事件に対する陳述で、被告人等はいずれも、公訴事実の一部を否認したこと、裁判所は、本件各被告人の内、佐々木泰治を除く一六名に対し、右第二回公判期日の即日たる二月二六日から翌三月四日までの間に、いずれも職権を以て、被告人等に罪証をいん滅すると疑うべき相当の理由があるとの理由の下に、当時保釈中であつた被告人等については保釈取消の決定をし、従来から不勾留であつた被告人等については新な勾留状の発付したこと、これらの保釈取消又は勾留に対しては弁護人から抗告の申立があり、同年三月二二日当庁第一刑事部で、それぞれ忌避申立理由中に摘録の如き理由で、抗告が容れられ、右保釈取消決定及び勾留はすべて取消されたこと、而して、同年四月一六日には、その日公判期日の指定されていた被告人の事件ではその公判廷で、その余の被告人の事件については、公判廷外で、それぞれ本件忌避の申立がなされ、即日訴訟手続停止決定がなされたこと等の各事実が明かである。ところで、本件忌避申立理由(以下之を「論旨」と表示することがある。)は、先ず、榊原裁判官のした前記弁論の分離併合の措置を攻撃するので、之を按ずるに、弁論の分離併合に当り、当事者の意見を十分に聴くべきは当然であるが、必ずしも之に従うことを要しないことはもちろん、公判開始前といえども訴訟の実際の経験、起訴状の記載、当事者の意見等を綜合することにより、分離又は併合を相当とするか否かの判断をすることは必ずしも困難でも不可能でもない。又、本件で弁論の分離がなされた経過を記録に徴すると、裁判所の職権に因る弁論分離についての求意見に対し、弁護人太田耐造は、本件各被告人の内佐々木泰治、後藤四郎、高橋平吉、松本武男、長崎久之助、高橋貢、菅原静雄、千葉信に対する事件の弁論を、各被告人別に分離することに反対するとともに、右各被告人等に対する他の事件はもちろん、被告人盛岡養治、同郷右近東三、千葉金太郎に対する事件の弁論をも、之を右佐々木泰治以下八名の事件の弁論と併合することを請求する旨の意見を付したが、太田耐造以外の弁護人はすべて、事件を各被告人別に分離することに賛成し、又は少くとも反対ではない旨の意見を付したことは明白で、論旨が、この点につき、榊原裁判官が弁護人の意見を無視して分離を強行した如くに主張するのは事実に反する。特に、被告人横沢栄四郎に対する事件の記録中、弁護人泉国三郎の併合に関する意見書の如きは、「被告人の数も多く、従つて、弁護人の数も多数で、公判期日等の決定についても、多数の都合のよい日の選択が困難な為審理の進行が阻害されるから」という理由を明示して、他の被告人の事件との併合には反対の旨意見を述べているのである。又、弁論を併合することも、もとよりその利点なしとしないが、もし、併合すれば、被告人も多数で、公訴事実も多い本件の如き場合には、之を分離することによつて、事案に対する理解の点でも手続の進行の点でも錯綜を避け得られ又、前段引用の泉弁護人の意見の如き事情による審理の遅延を避け得る等、審判の適正迅速を図る上に、弁論の分離が被告人にとつても利益とする点が少くない。又、記録に徴すれば、本件の場合、特に弁論の併合をしなければ、被告人の防禦に不利益な点が存するものとも認められない。以上の次第で、榊原裁判官が、職権を以て、前叙弁論の分離を決定したこと自体は、毫も、被告人等の不利益となるものではない。もしそれ、榊原裁判官が弁論の併合をした理由が、被告人等の不利益な予断に基くものである旨論旨の縷々主張する事実は(但し、保釈取消及び勾留の点を除く、この点は後段に別に説明する。)記録上之を疏明すべき資料の全く存しないところである。
次に、榊原裁判官が佐々木泰治を除く一六名の被告人等に対し、保釈取消決定及び新なる勾留をした点について考察すると、なるほど、記録に徴すれば、それらの処分は、相当でないと認められるが、それだからとて直ちに、同裁判官が事件の実体について、有罪の予断を懐き、不公平な裁判をする虞があるものとはいわれない。けだし、理論的に見ても、保釈を取消すべきか否か、勾留をすべきか否かの判定は、事件の有罪無罪の判断とは観念上別個のものであることはいうまでもないことであるから、裁判官が前者について被告人不利益の判定をしたからといつて、必ずしも後者について被告人に不利益な予断を抱懐しているものとはいわれないし、記録に徴しても、本件で榊原裁判官の前記処分が、論旨主張の如き予断偏見に基いたものであることを窺うへき資料は全く存しないのである。なお、榊原裁判官がした前記保釈取消決定及び勾留が、上級裁判所で取消された結果、同裁判官は、被告人等に対して尖鋭な感情を以て臨むへく、従つて同裁判官に対し、本件の公平な裁判は期待し得ない旨の所論の経験法則が存在することは之を肯認し得ず、又、刑訴二〇条七号は、すでに事件の実体について一定の心証を得、しかも之を判決に表明した後の裁判官が差戻後の事件に関与し得ない旨を規定したもので、之を以て、事件の実体に関する心証と別個な保釈勾留に関する決定をした裁判官が本案に関与する場合を律し得ないことはもちろんであるから、榊原裁判官がした前記保釈取消取び勾留の裁判が上級審で取消されたからといつて、同裁判官に対し、本件の公平な裁判を期待し得ないものとはいわれない。
(裁判長裁判官 鈴木禎次郎 裁判官 蓮見重治 裁判官 細野幸雄)