仙台高等裁判所 昭和30年(う)703号 判決 1956年6月13日
主文
原判決を破棄する。
被告人を無期懲役に処する。
原審における未決勾留日数中九〇日を右本刑に算入する。
原審の押収にかかる斧一挺(証第六号)を没収する。
原審の押収にかかる現金千円(証第一号の千円紙幣十一枚中一枚)はこれを被害者沼沢富五郎の相続人に還付する。
原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
被告人の本件控訴を棄却する。
理由
検察官菅原次麿の陳述した控訴趣意並びに弁護人林昌司の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の山形地方検察庁米沢支部検察官事務取扱検察官西田健名義並びに同弁護人名義の各控訴趣意書の記載と同じであるから、いずれもこれを引用する。
検察官の控訴趣意中第二点(審判の請求を受けない事件について判決したとの主張)について
原判決が罪となるべき事実第一として被告人は昭和三〇年四月二八日長井市宮五番地の被告人方居宅茶の間において沼沢富五郎を殺害して自己が仲介人として買人から家屋売買代金の内金名義で預り、売人たる右沼沢に手渡し同人の面前に在つた十万円を強奪しようと決意し、斧をもつて同人の頭部を一撃し同人を殺害した上、同人所有の右十万円を強奪し「直ちにその死体を自宅茶の間床下穴蔵に抛り込んでおき、翌々三〇日午前一〇時頃右穴蔵内で先に死体と共に投げいれておいた沼沢富五郎のズツク製手提鞄の中から同人所有の現金二万円をも強取し」たと認定した上、右事実を包括して十二万円の強盗殺人罪の一罪として処断しているところ、起訴状には第一の公訴事実として右十万円の強盗殺人の事実が第四の公訴事実として「昭和三〇年四月三〇日午前一〇時頃自宅の茶の間穴蔵において沼沢の死体を埋めるに際し、さきに死体と共に投入した沼沢の遺族妻孝等所有の書類入鞄より現金二万円を窃取し」た窃盗の事実が各記載され、右両者は併合罪の関係にあるものとして起訴されていること、及び原審が起訴状記載の右窃盗の訴因を強盗殺人と認定するにつき訴因変更の手続を採つていないことはいずれも所論のとおりである。
而して、右窃盗の訴因と原審認定の二万円の強盗殺人の事実とを対比すれば、原審認定事実は窃盗の訴因は十万円の強盗殺人罪に包括されるとみたためこれを強盗殺人罪と認めたもので、単に訴因たる事実と法的評価を異にするに過ぎず、訴因たる事実のものは異ならないともみられなくはないが、他面、原判決が窃盗の訴因についてと題し判示するところをも参照するとき、原判決が右窃盗の訴因たる二万円の奪取は十万円の強盗殺人の二日後に同一場所たる被告人方居宅内で「沼沢を殺害したことにより、その抵抗を完全に抑圧した状態の続いている間に行われ、十万円の強奪と包括的犯意の下に犯されたものである」から、強盗殺人罪として十万円の強盗殺人罪と包括一罪の関係にあるものと認めたとみるの外なきところ、かかる事実は、起訴状に第四の公訴事実として、第一の十万円の強盗殺人の公訴事実と別個独立に記載された窃盗の訴因たる事実には、何等表示されておらず、同訴因は正に窃盗としての事実の構成であつて、強盗殺人罪の構成要件に当てはめられて記述されているのではないのであるから、原審が訴因変更の手続を採ることなしに、窃盗の訴因を強盗殺人罪と認めたのは、訴因の範囲を超えて事実を認定したものといわざるを得ない。もつとも原審弁護人は原審で十万円強取の目的で被害者沼沢を殺害したときに被害者の所持金品全部を奪取したと認むべきであるから、窃盗の罪は強盗殺人の罪に吸収され別罪を構成しない旨主張しているのであるけれども、これがため本件において、訴因変更の手続を採らずに窃盗罪より重い強盗殺人罪を認めても被告人の防禦に実質的な不利益を与える虞れがないとはいえない。それで原審は審判の請求を受けない事件について判決した違法を犯したもので原判決は破棄を免れない。
論旨は理由がある。
同控訴趣意第一点(事実誤認及び法令の適用の誤について主張)について
原判決挙示の証拠によれば、被告人は原判示のような経緯から昭和三〇年四月二八日長井市宮五番地の被告人方居宅茶の間において、沼沢富五郎を殺害して自己が仲介人として買人たる佐藤二郎から家屋売買代金名義で預り、売人たる右沼沢に手渡し同人の面前に在つた右十万円を強奪しようと決意し、茶の間東側軒下に立て掛けてあつた斧一挺を手に取り沼沢の後方に近づき、これで同人の頭部を一撃し同人を殺害した上、同人所有の右十万円を奪い取つた後、家人の帰宅を慮り、死体等を隠匿するため、直ちに茶の間床下に設置された穴蔵内に死体を入れ、同時に沼沢の所携していた手提鞄等も投げ入れたこと、翌々三〇日午前一〇時頃右死体を右穴蔵内に埋めようと考え、家人を外出させた後、穴蔵内に穴を掘りこれに死体と所持品を入れて埋めたのであつたが、手提鞄を埋める際、鞄内を調べると千円札で二万円在中していたので、これを鞄内から抜き取つたことが認められるのである。右によれば被告人が沼沢の所携していた手提鞄内から在中の二万円を奪取する考えを持つたのはすでに十万円の奪取により殺害手段による強盗行為の終つた後死体を穴蔵内の穴に埋める際、手提鞄内を調べ偶々二万円在中することを知つたときであつて、十万円を強奪すると共に右二万円をも奪う意思はなかつたものと認むべきで、右二万円の奪取は単に窃盗罪を構成するに過ぎないものと認むべきである。しかるに原判決が十万円を強奪すると共に二万円をも強奪する意思があつた如く認め(前記第二点に対する説明参照)右二万円の奪取を強盗殺人罪とし十万円の強盗殺人罪と包括一罪として処断したのは、理由のくいちがいの違法を犯し、且つ、法令の適用を誤つたもので、この誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決はこの点においても破棄を免れない。
論旨は理由がある。
検察官の控訴趣意第三点及び弁護人の控訴趣意(各量刑不当の論旨)について。
各所論に鑑み記録及び当審における事実取調の結果を徴するに、
一、被告人は土地売買仲介人として文書を偽造行使して買人から売買代金十六万円を騙取し、これを売人に渡さずに自己のため全部費消してしまつたので、右犯罪の発覚するのを防止するための金策に迫られ、この金員獲得の目的で他人の生命を奪う決意をしたもので、その動機において同情すべき余地は存しない。
二、被告人は自己と対座し飲酒中の沼沢に気付かれないように自宅薪置場に在つた薪割用の斧(刃渡七糎位、柄の長さ八〇糎位、重さ三瓩位のもの)を手に取りその刃の方で、振り下す兇刃の身に迫るのも知らない被害者沼沢の背後から突如頭部を一撃し、頭蓋骨陥没、骨折等の甚大な損傷を与えその場に即死せしめたものであつて、その手段方法の兇暴残忍なこと目を蔽わしめるものがある。(弁護人所論のような事情で被告人が被害者沼沢から両足を払われて倒れて負傷した事実は認められない。)
三、右犯行を隠蔽するためもあつたとはいえ、その直後に犯行場所で原判示第二の詐欺を犯しており、更に、右死体、所持品を埋没するに当つて被害者の所持していた手提鞄内を調べ在中の金員を窃つているのであつて、少くとも当時においては、自責の念があつたとはいいえない。
四、しかしながら他面、被告人は本件犯行の前日に、被告人の仲介で授受されることになつていた売買代金二十万円中十五万円を自己に貸与せられるよう、前記犯行発覚のおそれある事情を打ち明けて沼沢に懇請したのであつたが、同人にいれられず翌日右十万円を沼沢に手渡した際にも、沼沢の飜意を期待し酒肴を提供し共に飲酒しつつ同様自己の苦境を訴え重ねて右金員の貸与方を願つたのであるが、また、拒絶されここに沼沢から金策を得る途が絶たれてしまい、沼沢に手渡した十万円がそのまま自己の面前に出されてあつて被告人の悪心を誘う結果ともなり、いくらか酩酊のせいもあつてついに本件強盗殺人の犯行を決意するに至つた事情であつて、その決意は突嗟の間に抱かれたものであり、従つて当時在宅中の妻に仮空の用件をいいつけて外出させたこと、犯行に使用すべき兇器として自宅薪置場に在つた斧を選んだこと等は決意してから後考えたことであり、又、死体の処置として自宅床下に設けられてあつた穴蔵に隠匿したことも兇行後に考えたことである等、事前に充分熟慮、計画された犯行とは認められない。
以上の外更に被告人の経歴、家庭事情、本件犯行の態様、回数、犯行後の情況、前科の有無その他諸般の情状を綜合して考察するとき、被告人を無期懲役刑に処した原審の科刑は相当であつて、検察官所論の事情を参酌しても極刑を以て臨むのを相当とするものとは認め得ないし、弁護人所論の事情を考慮しても減軽すべきものとは認め得ない。
論旨はいずれも理由がない。
よつて被告人の本件控訴は理由がないので刑訴法第三九六条によりこれを棄却すべく、前記検察官の控訴趣意第二点及び第一点に対する説明に示したとおり、原判示第一の強盗殺人の事実には前示理由のくいちがい等の違法が存し破棄を免れないところ、右罪につき無期懲役を選択し、これと原判示第二、第三の事実とは併合罪の関係ありとし他の刑を科さず右罪につき無期懲役に処しているので原判決を全部破棄すべきものとし、同法第三九七条第一項、第三七八条第三号、第四号、第三八〇条を各適用して原判決全部を破棄し、同法第四〇〇条但書により当裁判所において改めて次のとおり判決する。
当裁判所の認定した事実並びに証拠の標目は原判決掲記の罪となるべき事実第一中末段の「同人所有の金十万円を強取した上、直ちにその死体を云々」とあるを「同人所有の前記金十万円を強取した。」と改め、以下全部及び窃盗の訴因についてと題する判示部分を削除し、左記事実及び証拠を附加する外、原判決摘示と同じであるから、いずれもこれを引用する。
罪となるべき事実
被告人は原判示第三記載のとおり沼沢富五郎の死体を埋めるに際し、穴蔵内で、さきに死体と共に投げ入れた同人が携帯していたズツク製手提鞄(証第八号)の中から同人の所有であつた現金二万円(証第一号の一万一千円中の一千円はその一部)を窃取したものである
証拠の標目
遠藤すみの検察官に対する供述調書の記載。
法令の適用
被告人の所為中原判示第一の強盗殺人の所為は刑法第二四〇条後段に、同法第二の詐欺の所為は同法第二四六条第一項に、同第三の死体遺棄の所為は同法第一九〇条に、前記窃盗の所為は同法第二三五条に該当するところ、以上の罪は同法第四五条前段の併合罪であるから強盗殺人罪につき所定刑中無期懲役刑を選択し、同法第四六条第二項本文により他の刑を科さず右強盗殺人罪につき被告人を無期懲役に処し、同法第二一条により原審における未決勾留日数中九〇日を右本刑に算入し、原審の押収する斧一挺(証第六号)は、本件強盗殺人罪の供用物件で被告人以外の者の所有に属しないから、同法第一九条第一項第二号第二項によりこれを没収し、同押収物件中現金千円(証第一号の千円紙幣十一枚中一枚)は、被告人が前記窃盗の犯行により得た物で被害者に還付すべき理由明白であるから、刑訴法第三四七条第一項によりこれを被害者穴沢富五郎の相続人に還付することとし、原審及び当審における訴訟費用の負担につき同法第一八一条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 籠倉正治 裁判官 細野幸雄 岡本二郎)