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仙台高等裁判所 昭和31年(う)335号 判決

しかし、原判示事実は原判決挙示の証拠によりこれを肯認し得るのであつて、原判決には所論のような採証法則違背の違法なく、記録を精査し当審における事実取調の結果に徴しても、原判決の右事実認定に過誤あることを疑うべき事由は存しない。

論旨は、本件を有罪と断定するに足る証拠は一もなく、被害者の直接死因が外傷に基くこと、その外傷は自動車の衝突によるものであること、その自動車は被告人の運転した本件トラツクであることの三点において、原判決の認定はいずれも推定の域を出でず、むしろ仮定論の上に築き上げられた認定である旨主張する。

しかし、犯罪事実を認定するには必ずしも直接証拠によらなければならないわけではなく、間接証拠によつて合理的な推断から犯罪事実を認定するを妨げない。即ち、間接証拠は一定の事実を証明し、それによつて犯罪事実を推認せしめることによつて間接に犯罪事実の証明に役立つ証拠であるが、その証明力は直接証拠と何等優劣あるものでなく、裁判官の自由心証に委ねられており、かかる証拠によつて一定の事実が証明せられ、この事実を、事が自然科学の問題に亘る場合には専門家の見解を参酌し、経験上及び論理上の法則に照して合理的に判断するときに、一定の犯罪事実を推認し得る場合は、結局その犯罪事実は証拠による証明のあつたこととなるのである。

本件において、原判決挙示の証拠を検討するに、成程、被告人の運転した本件トラツクが被害者に接触して傷害を与えた事実、その接触につき被告人に過失のあつた事実、その過失と被害者の受傷及び死亡との間に因果関係の存在した事実を認むべき直接の証拠、例えば被告人の自白ないし犯行を現認したという如き第三者の供述はないが、いずれも右の意味における間接証拠たることは明かであり、その各証拠から認定せられた事実を鑑定の結果を参照して総合し、実験則及び論理上の法則に照して合理的に判断すれば、原審認定の如き事実の結論に到達し得るのであつて、所論のように仮定論の上に築き上げられたものではない。以下その説明をする。

(一) 原審証人下神田幸平同沢口政太郎同三浦吉郎同鈴木隆雄の各証言及び原審検証(昭和二十九年十二月二十三日)の結果に徴すれば、本件二月二日午後五時過頃下神田が前照灯をつけた自転車に乗つて原判示下の橋の約四・五米手前で、酔つて千鳥足の本件被害者山崎善次郎を知合いなのでお晩ですと声をかけて追越してから約百米足らず進行した時、ヘツドライトをつけ木炭を満載したトラツクが前方から来たので、自転車を停めて同トラツクと擦違つたこと、それから馬場の橋を渡り切通しを越え、神田部落の新屋敷という家の附近で三浦馬車ひきに出遭つたこと、沢口が同日午後五時二、三十分頃前照灯をつけた自転車に乗つて(同人の当審証言によれば、同人のほか親戚の男も同じく前照灯をつけた自転車に乗つて一緒に二台来たのである)下の橋の手前約四八米の所へ来た時、木炭を満載しその上に二人位乗つたトラツク(同人の当審証言によれば、まぶしいヘツドライトをつけていた)と擦違つたこと、それから約九〇米足らず進行した時そこの道路南側に倒れている人(あとで山崎と判つた。なお、山崎は下神田に追越されてから右倒れた所まで約五〇米歩いたことになる)を見たが、そのまま進行して馬場の橋を渡り、切通しを過ぎてそこの峠から四十間位進んだ所で、三浦という馬車ひきに出遭つたこと、三浦は馬車をひいて、神田部落の新屋敷という家のそばで自転車に乗つた下神田に、それから少し進んで同じく自転車に乗つた沢口に出遭つたが、更に切通しを過ぎ馬場の橋を渡つて下の橋の手前まで来た時(当審検証の結果によれば同橋から約一七・二米の所で、沢口が倒れていた人の地点として指示した所と同じである)、道路の南縁に頭を置き両足を道路の中央に出して倒れている人(あとで山崎と判つた)を見つけたこと、その人は自動車に轢かれた、電話で連絡してくれと言つたが、ズボンの両膝あたりに土ほこりが着いていたこと(同人の当審証言によれば、鈴木のつけた燐寸の光で見た)、鈴木は末前、神田、馬場野各部落を通つて下の橋の手前まで来たが、末前と神田の中間あたりの土草履という所で、丸の中に円と書いてある印のついたトラツクが轍にはまり込み動けなくなつたのを動けるよう手伝つたもので、そのトラツクは木炭を満載していたこと、その手助けをしてから約五十分位歩いて馬場の橋を渡り下の橋の手前まで来た時(それまでに自転車に乗つた人四人位に出遭つた)、三浦の馬車が停つていて、そばに左足を上にして倒れている人があり、よく見ると知つている山崎で酒臭く酩酊している様子で、その膝の辺りにさわると痛いと言い、自動車に轢かれたと言つていたが、燐寸で点火して見るとズボンは土ほこりがついていたけれども破れておらず血も出ていないので轢かれたというのは嘘と思つたこと、右の下神田、沢口、三浦、鈴木の四人とも右の間他の自動車には全然遭つていないこと、以上の各事実が認められる。

そして、原審証人太田保三(被告人のトラツク運転台に同乗した者)の証言及び被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書によれば、被告人の運転したトラツクは木炭二百八十六俵を満載してその上に数人乗り、同日午後四時半頃末無の倉庫を出発して途中ヘツドライトをつけ、神田部落を過ぎ馬場の橋を渡り、午後五時四、五十分頃(正確な時間は判らない)本件事故現場の道路を通り、下の橋を渡つて間もなく前照灯をつけた二台か三台か判然しないが自転車に出遭つたこと(右自転車に前記沢口及び親戚の者の自転車であることが首肯される)、末無を出発して一里位下つた所でトラツクが轍にはまり込み、誰か判らぬが通行人二人に手伝つて貰つたこと、被告人の運転したトラツクはボデー後方の扉に丸に円と書かれてあること、右の各事実が認められ、記録及び当審における事実取調の結果に徴しても、被告人の本件トラツク以外の自動車が本件時刻頃本件事故現場を通つた形跡は全然窺われない。

以上を総合すれば、山崎が倒れたのは自動車との接触によるもので、その自動車は被告人の運転した本件トラツクであつた事実を肯認せざるを得ないのである。

(二) 更に、司法警察員作成の実況見分調書及び原審検証(昭和二十九年十二月二十三日)の結果に徴すれば、現場道路は直線をなして見通しがきき、幅員約三・五米の狭いかつ路面の悪い道路で、しかも当時は道路中央部に約一・八米の間隔で深さ約一寸五分の轍があつたことが明かであり、当審検証の結果によれば、現場道路の中央を本件トラツクが進行すれば、両側は約〇・八米幅の余地があるだけで歩行者一人が躊躇なく擦違うことも困難なほどであることが認められ、他方被告人の運転した本件トラツクは前記の如く明るいヘツドライトをつけており、被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書及び原審証人田代富夫の証言によれば、路面も悪く下の橋の壊れた木橋の手前でもあるので、被告人は現場附近におけるトラツクの速度を時速十粁ないし十五粁に落したこと(五粁にしたのは下の橋を渡る時だけである)、当審証人下神田幸平同沢口政太郎の証言によれば、トラツクは下の橋前後でも道路の中央を進行していたことが認められ、また被害者山崎は前記の如く酔つて千鳥足で歩いていたのであるが、当審証人下神田幸平の証言及び当審検証の結果によれば、その千鳥足の程度は約一・五米の距離を左右三回よろめいて歩行し、そのよろめく左右の間隔が約〇・六米という相当甚しかつたもので、されば自動車の前照灯の光でさえすぐそれと判つたものであることが認められる。

ところで、自動車運転者が自動車を操縦するに当つては、常にその進路の前方を警戒し、苟も自動車の運転に伴い生ずることのあるべき危険を未然に防止するにつき、細心の注意をすることを要するのは、その業務上当然の義務であり、トラツクの如き大なる自動車を運転し狭隘なしかも路面の悪い道路を進行する際、前方に千鳥足の通行人を認めた如き場合には、これに衝突ないし接触する危険が大であるから、運転上最善の注意を払うことを要し場合によつては警笛を鳴らして注意を喚起し、終始通行人の挙動に注目しつつ何時でも停車し得べき程度に最徐行し、若しこれに衝突ないし接触の危険を感じたならば、直ちに停車して事故の発生を未然に防止すべく努力しなければならないのは、自動車運転者たる業務の性質上当然の注意義務である。

本件において、被告人の運転したトラツクのヘツドライトの照明は十分であり、道路は見通しのきく幅僅か三・五米の直線道路であり、被告人は時速十粁ないし十五粁で進行したのであるから、被害者山崎が被告人の視界外から突然飛出してきてトラツクに触れたという如き特殊の場合を除いては、被告人にして細心の注意を払つたならば、前方から被害者山崎が歩いて来るのはもちろん、その千鳥足も(前記の如くその程度が甚しく、自転車の前照灯でさえもすぐ判つたのであるから)当然気付き得る筈であることは、むしろ実験則に照し明かであるというべく、被告人が山崎に全然気付かなかつたとすれば、それは被告人の前方注視が不十分であつたというのほかなく、そして気付いた場合になすべき前記注意を怠つて、漫然十粁ないし十五粁の速度で道路の中央を進行したとしか認められないのであるから、気付かなかつたと否とに拘らず、被告人に前記適当な注意義務の懈怠があつたものであり、仮令被害者山崎にも不注意の責むべき大なるものがあつたとしても、被告人の前記過失が本件事故発生の一因であるといわざるを得ない。

(三) そして、前記被害者山崎が被告人の視界外から突然飛出してきてトラツクに接触した場合とか、その他被告人が如何なる手段を採つても到底事故発生避けることができなかつた時の如きは、もとより被告人の責に帰するわけにはいかないが、記録及び当審における事実取調の結果に徴してもかかる特殊事情を推測すべき証跡は全然存しない。

即ち、前記の如く被害者山崎は本件事故の殆んど直前ともいうべき下神田に追越された時は千鳥足ながら道路を歩いていたのであり(追越された所から事故現場まで約五〇米)、事故現場附近は見通しがきき何等の遮蔽物なく、当審検証の結果によれば、本件道路は有効幅員約三・五米の狭いもので、それより両端の各約〇・四米の部分は土手の雑草が生えていて、その南側は約五度の傾斜をなして土手から水田に続き、北側は路面より約〇・三米下つて堀があつて水田に続いている状況であり(なお、司法警察員作成の実況見分調書添付写真二葉参照)、他方、鑑定人上野正吉作成の鑑定書によれば、被害者山崎の創傷は左大腿骨間骨折、左脛腓骨上部骨折、左下腿挫創等で、それは立位においてトラツクとの接触により生じ得るもので、その場合山崎がトラツクの前方を右より左方に横切ろうとする如き動作に際してトラツクのバンバー左側(トラツクが人影を認めて急に右にカーブを切つた場合には、左フエンダー或は左スラツプに接触させたことも起り得る)に左膝関節部内側を衝突させて、ここに内方より外方に向う外力を作用させることによつて生じたものと推定されるのである。右に徴すれば、トラツクが被害者山崎に正面から衝突したものでないことは認められるが、前記の如き特殊事情を推測することはできず、却つて、千鳥足で歩いて来た山崎が道路北側に十分避譲せず、南側に向つてよろめく等して左足を一歩前に出したか出しかけてあげた時に、それが進行してきたトラツクのバンバー左側に接触したと推認するのが合理的である。そして、被告人が前記適当な注意義務を怠らなかつたならば、右接触を惹起するに至らなかつたか、ないしは接触したとしても軽微で傷害を与えるに至らなかつたものと認められるのである。

論旨は、酔つた被害者山崎がトラツク運転席からの視界から外れた所にでも倒れていて突然起上つてトラツクの左側個所に触れてはね飛ばされたものでもあろうかという如き場合も絶無とはいえない旨主張するけれども、そのように推測すべき資料は何等見出されないのである(視界から外れた所に倒れていたとすれば道路下としか考えられないし、突然飛出してきて接触したとすれば足より先に顔面頭部が触れる筈である)。

(四) 右の如く推認するには、山崎の左膝関節部骨折部位と本件トラツクのバンバーの高さとが一致することが必要であるが、山崎の身長は約五尺四寸で(一七九丁表)、その膝関節部の足蹠からの高さは一尺五、六寸と推定されるところ(二七八丁裏)、本件トラツクのバンバーの高さは平時地面から一尺七寸であるけれども、木炭二百数十俵の荷物を積んでタイヤが凹み、しかも既存の深さ約一寸五分の轍に沿い進行した場合であり、更に左足を少しあげた瞬間接触したとすれば、両者の高さにおいて何等矛盾するものではないと考えられるのである(一三五丁表、二七八丁裏)、なお、道路北側で接触したとすると、被害者山崎が発見された時は道路南側に倒れていたのであるが、前記狭い道路であり、傷害の程度からみて、道路北側から南側に這つて行つたとみることは何等不合理ではない(二七九丁表、一三六丁表)。

(五) また、論旨は、被害者山崎の死因が直接受傷に基くものでなく二次シヨツクに因るものであることを以て、受傷と死亡との間に相当因果関係がない旨主張する。成程、直接死因は第二次シヨツクでトラツクとの接触による外傷はその間接原因であり、外傷でシヨツクを起す例は少くそれはアルコール中毒患者に多いが(山崎は酒好きで当日相当酩酊していた)、シヨツクを起しても必ず死ぬとは限らないし、なお山崎に強心剤、ビタカンフア等を注射したことは認められるが(原審証人藤田正暉の証言参照)、しかし、それだからといつてそれが被害者の本件受傷と死亡との間の因果関係を遮断するものではないこというまでもない。

(六) 次に、論旨は、被告人のトラツクのバンバーが被害者に接触衝突したならば相当の衝撃を受けた筈であるのに、運転者たる被告人はもちろん同乗者等も些かの衝撃を感じなかつたと述べており、また、道路の幅員も狭く橋も毀れかかつていたので、被告人は速度を極度に落して注意したもので、前方を注視しない筈はあり得ないのに、被告人は被害者を見なかつたと述べており、しかも被告人のトラツクが被害者と衝突したとすれば、脛に傷もつ身の常として、丸に円と大きく車体に書かれた印などは当然被害者に見られたものと恐れていたやさきであるから、警察の取調に対しては何うしても自白せずには済まされぬ筈なのに、被告人の警察官に対する供述には何処にも暗い影が見られないのは、その供述が事実だからであると思われる旨主張する。しかし、既述の司法警察員作成の実況見分調書に徴しても明かな如く、当時の現場附近の道路は深さ約一寸五分の轍がある等路面悪しく、下の橋の木橋は破損して勝手を知らない者は一時停車するほどの状況であつたのであるから(同実況見分調書添付の写真参照)、被告人運転のトラツクのバンバー左側が被害者山崎の少しあげた左足に接触した時の衝撃程度の如きは、悪い路面のため動揺の激しいトラツクに乗つていた被告人等が右接触の衝撃をそれと感じなかつたとしても、また、被告人がすぐ目前の危険な橋梁に注意を奪われて、視界に被害者の姿が入つたのに見過ごして記憶に残らなかつたとしても、そのようなことは決してあり得ないこととはいい難い。なお、所論丸に円の字の印は被告人のトラツクのボデー後部に書かれてあるのであつて、被害者がしかも暗い闇の中でそれを見たなどということは到底考えられないところである。

以上説明の次第で、被告人の運転した本件トラツクが被害者山崎の左足に接触して傷害を与えた事実、その接触につき被告人に過失のあつた事実、その過失と被害者の受傷及び死亡との間に因果関係の存在した事実を肯認し得るのであつて、原判決が被告人の本件所為を以て業務上過失致死罪に問擬したのは正当である。

されば、原判決には所論のような採証法則違反の違法や事実の誤認は存しない。論旨は理由がない。

(裁判長裁判官 籠倉正治 裁判官 細野幸雄 裁判官 岡本二郎)

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