仙台高等裁判所 昭和31年(ネ)160号 判決 1959年6月17日
控訴人(原告) 間沢市五郎
被控訴人(被告) 岩手県知事
原審 盛岡地方昭和二九年(行)第二五号(例集七巻四号80参照)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は被告人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が昭和二三年一一月一日附岩手牧ち第四九七号買収令書をもつて目録記載の原野につきなした買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において「(一)、本件原野の買収処分は、その買収令書を控訴人に交付しないでなした違法がある。(二)、控訴人は昭和一八年四月二六日本件原野を訴外晴山吉三郎から買い受けてから間もなく農林省から補助金を貰い本件原野の北側に土塁を作り木柵を設け自家用放牧地を造成した。そして、控訴人は当時畜産業を営み、戦時軍用馬の需要盛んな時に当り七、八頭ないし三〇頭の牛馬を所有し、また三〇頭位の馬を他に預託して所有していたので、自家用放牧地の必要があつたので、本件原野は控訴人において牧野として占有管理していたものである。なお預託馬を本件原野に放牧せしめるには一頭につき毎年六月から九月までの一期間につき金五円の放牧料を徴収していたものであつて、本件原野を他に小作せしめたことはない。したがつて本件原野は自作牧野であるから、これを小作牧野としてなした本件買収処分は違法である。(三)、控訴人が原審でなした本件原野は牧野ではなく現況山林であるとの主張は撤回する。」と述べ、被控訴代理人において「(一)、被控訴人は控訴人及びその父間沢丑蔵宛買収令書を丑蔵に交付して本件買収処分をなしたものである。控訴人は丑蔵の子であり丑蔵と同居し同一世帯の構成員であつたから、右により右買収令書は控訴人の了知し得べき状態におかれ、且つ控訴人は現実にこれを了知したものであるから、右買収令書は控訴人に交付があつたものとなすべきである。(二)、控訴人主張の前記(二)の事実のうち被控訴人の従来の主張に反する点は否認する。」と述べたほかは、すべて原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
(証拠省略)
理由
岩手県九戸郡大野村農地委員会が昭和二三年九月九日控訴人の所有であつた別紙目録記載の本件原野につき旧自作農創設特別措置法第四〇条の二第一項第二号に該当する小作牧野として牧野買収計画を樹立し、その旨を公告し書類を縦覧に供したが、控訴人から異議訴願の申立をしなかつたこと、被控訴人岩手県知事が同県農地委員会の所定の認可手続を経た右買収計画に基づき、同年一一月一日付岩手牧ち第四九七号買収令書を発行し昭和二四年三月五日訴外間沢丑蔵宛にこれを送付して本件原野を買収したことは、当事者間に争がない。
そこで、右買収処分に控訴人主張の如き瑕疵があるかどうかについて判断する。
(一)、控訴人に対し買収令書の適法な交付がなかつたとの点について。
この点に関し、控訴人の訴訟代理人は原審の昭和三〇年二月八日の口頭弁論期日において、昭和二四年三月五日前記買収令書が控訴人に交付されたことを認める旨陳述しながら、原審の昭和三一年三月六日の口頭弁論期日において右陳述は真実に反し且つ錯誤に基づくからこれを撤回すると述べたのに対し、被控訴人の訴訟代理人は、右撤回に異議を述べ右自白を援用すると主張するので、まずこの点について按ずるに、当裁判所も原判決と同様の理由で控訴人の訴訟代理人の右陳述の撤回は許さるべきで被控訴人の訴訟代理人の右異議は理由がないものと判断するから、原判決のこの点に関する理由摘示をここに引用する。
次に成立に争のない甲第一号証(前記買収令書)によれば、右買収令書には名宛人として「間沢丑蔵外一名殿」と記載してあるのみで(この点当事者間に争がない)、名宛人として控訴人の氏名が記載せられておらず、したがつて右買収令書の名宛人欄の記載だけでは右の「外一名」とは何人を指称するのか、必ずしも明らかではないけれども、右買収令書には「買収土地物件の表示及び所有者、別添の通り」と記載した上、右買収令書に添付の「第二号(牧野)」と題する目録には、先ず間沢丑蔵の住所氏名と同人所有の原野七筆計九二町三反五畝一八歩につきその各筆毎にその所在地番、地目、面積、賃貸価格、対価などを記載した次に、控訴人の住所氏名と本件原野の所在地番、地目、面積、賃貸価格、対価などが明記せられていることが明らかであるから、右買収令書の記載全体からして、右にいう「外一名」とは、とりもなおさず控訴人その人を指すものであることが一見容易に看取し得ることができる。したがつて、右買収令書は間沢丑蔵及び控訴人の両名を名宛人とするものであると認めてなんら差支えはないというべきである。
そこで、右買収令書が間沢丑蔵宛に送付せられたことにより、控訴人に対しても適法な交付があつたものといえるかどうかについて按ずるに、旧自作農創設特別措置法第四〇条の五の規定により同法第四〇条の二の規定による牧野買収に準用される同法第九条、第一二条の各規定の趣旨からみると、牧野の買収においても買収の相手方毎に各別に買収令書を作成交付するのが本則であると解すべきであるが、もともと買収令書の交付はこれによつて国の買収の意思表示の内容たる何人の如何なる土地を如何なる法規に基づき何時如何なる条件で買収するものであるかを明らかにするに足る事項(すなわち旧自創法第九条所定事項)を被買収者に対して明確且つ確実に伝達し、あわせて被買収者をして買収処分に不服を申し立てるための便宜を与えることを目的とするものであるから、この目的に照し社会通念上右本則による取扱と同視し得るような方法によるならば、必ずしも本則によることなく、被買収者数名に対する買収令書を一通に作成し、これをその中の一人に送付することによりその全員に対する買収令書の交付にかえても、あえて違法とはいい得ないものと解するのが相当である。そして数人の被買収者が同一世帯に属している場合、その各人に対する買収令書をその全員を名宛人とする一通に作成し(もとより法定の記載事項に欠缺のないことを前提とする)、それをその一名に送付した場合には、その買収令書の内容は被買収者全員が各自自己に対する買収処分の内容を了知し得べき状態に置かれたものと認めるべきことは社会通念上当然であるから、これによつて買収に関する意思表示の被買収者全員への伝達は各人に対し買収令書が交付されたと同様に完全に施行されたものと見ることができるし、かつ、この方法によることが前記本則による取扱の場合に比し、被買収者の不服申立の関係において特に不利益をうけるとは考えられないので、右により被買収者全員に対し買収令書の交付があつたものとしてもなんら差支えないものと解すべきである。ところで、本件買収令書は控訴人及び間沢丑蔵の両名宛の一通のものであるが、その記載内容は前記説示のとおりのものであり、かつ成立に争のない甲第一一号証の四、原審証人間沢丑蔵、当審証人間沢馬吉、原審及び当審証人間沢辰次郎(原審は第一、二回、当審は一部)、竹高喜知郎の各証言を綜合すると、控訴人は訴外間沢丑蔵の長男で本件買収処分の前後を通じ永年丑蔵と同居し世帯を一にしていたのみならず、本件買収令書は現実には控訴人自身が当時の大野村農地委員会に出向いて受取つたものであることが認められ甲第一一号証の二中右認定に牴触する部分並びに当審証人間沢辰次郎の証言中右認定に反する部分は、いずれも措信し難く、他に右認定を動かすに足る証拠はない。そうだとすれば、本件買収令書は控訴人の父丑蔵に送付された前記昭和二四年三月五日控訴人に対する関係においても交付があつたものとなすべきである。それなら、本件原野の買収処分につきその買収令書が控訴人に交付されなかつたことを前提とする控訴人の主張は到底採用できない。
(二)、本件原野が自作牧野であつたか小作牧野であつたかの点について。
控訴人は本件原野は本件買収当時控訴人の自作牧野であつたと主張し、成立に争のない甲第一一号証の二、原審証人間沢丑蔵、原審及び当審証人間沢辰次郎(原審は第一、二回)の各証言中には、右主張に副うような部分があるが、右部分はいずれも後記各証拠に照し採用しがたく、他にことを認めるに足る証拠はない。却つて成立に争のない甲第二号証、甲第一一号証の二、四(ただし甲第一一号証の二は前記採用しない部分を除く)の各記載、原審証人下道定、間沢丑蔵(一部)、下道作次郎、晴山吉三郎、原審及び当審証人間沢辰次郎(原審は第一、二回、一部)、間沢馬吉、竹高喜知郎の各証言を綜合すると、本件原野はもと訴外晴山吉三郎の所有で、昭和一八年四月頃控訴人が右訴外人からこれを買いうけたものに係るところ、晴山吉三郎所有当時一時訴外東申松に採草地として賃貸せられたが、同人において間もなくその使用を止めるや、いつしか近隣の人たちの放牧するにまかされていたこと、控訴人は本件原野を買いうけて後間もなく岩手県から補助金をうけて本件原野の東南境界線上に土塁を築いたほか、その周囲にも木柵をめぐらすなど放牧地としての設備を設けた上、訴外間沢馬吉外一一名位の者に放牧地として貸し付け、同人らに先に貸し付けていた本件原野に隣接する放牧地の賃料とを含めて牛馬一頭につき年一〇円の割合による賃料を徴収して来たこと、訴外間沢馬吉らは爾来本件買収に至るまで本件原野に牛馬四、五〇頭を放牧し、これを使用して来たもので、本件原野は控訴人方から約一里も離れている関係から、控訴人方は主としてより近い晴山吉三郎所有の牧野などに放牧し、殆んど本件原野には牛馬の放牧をなさなかつたことを認めるに十分であつて、前記採用しない証拠のほかには、右認定を覆えすに足る証拠はない。
右の認定事実によれば、本件原野は昭和一八年以降本件買収に至るまで小作牧野であつて、控訴人もしくは控訴人方自作の牧野でなかつたことが明らかであるから、本件買収処分には自作牧野を小作牧野と誤解してなした違法はない。
(三)、次に控訴人は、本件原野のほかには採草放牧地を有しないから、本件原野を買収されるにおいては採草放牧に事欠き控訴人の農業経営上多大の支障を来すから、本件原野の買収は不当であると主張するので按ずるに、成立に争のない甲第五号証、甲第六号証、甲第一一号証の二、原審証人間沢丑蔵、下道作次郎、当審証人間沢馬吉、原審及び当審証人間沢辰次郎(原審は第一回)の各証言を綜合すると、本件買収当時控訴人方は田畑約三町三反余を耕作するほか午馬二四、五頭を所有し、うち約八頭は自ら飼育していたが、その余は他に飼育を預託していたところ、当時控訴人方はその居村に採草地として利用していた原野六筆(この合計面積約一二町余)を所有していたほか本件原野以外になお二三〇町歩に及ぶ放牧地を有していたことが認められ、右の事実に照せば、本件原野を買収せられても控訴人方にはその営農上さしたる支障もなかつたものと考えられるから、本件原野の買収は控訴人主張の如く不当なものということはできない。
以上の如く本件原野の買収処分には控訴人主張の如き瑕疵は存しないのであるから、そのためこれあることを前提とする控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきである。右の同趣旨にでた原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。
よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木禎次郎 上野正秋 兼築義春)
(別紙目録省略)