仙台高等裁判所 昭和32年(ネ)356号 判決 1962年10月17日
控訴人(被告) 大船渡市猪川地区農業委員会
被控訴人(原告) 村上和子
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出・援用・認否は、次に記載する事項のほか、すべて原判決摘示事実と同一であるからこれを引用する。
(被控訴代理人の陳述)
(一) 被控訴人は、村上正平と阿部つきの間に昭和一三年四月三日出生し、すでに成年に達したが、それまでは右両名の親権に服していたのであるから、本件利用権設定について猪川開拓農業協同組合は、被控訴人の親権者である右村上・阿部両名に対し農地法所定の協議をなすべきであつたのに全くこれをなさなかつた。
仮りに、猪川開拓農業協同組合が被控訴人の親権者村上に対し右協議をなしたとしても、親権者阿部に対してなされなかつたから違法である。
(二) 被控訴人の従前の主張に反する控訴人の左記主張事実を否認する。
(控訴代理人の陳述)
(一) 被控訴人が村上正平の子であることは認めるが、阿部つきのの子であることは争う。
村上正平は妻ユリと婚姻中の昭和一三年四月一二日被控訴人を自己と阿部つきのとの間に出生した子とし届出をしたに過ぎないから、右つきのと被控訴人間に親子関係はない。
仮りにつきのが被控訴人を分娩し、事実上の親子関係があるとしても、右つきのは被控訴人を認知していないから法律上親子関係があるとは認められない。そして右村上正平はユリと婚姻中であつてつきのとは婚姻していないし、父母のいずれかを単独親権者とすることの協議または審判がないから、旧民法所定の親権者たる父正平を親権者として本件利用権の設定につき協議等を求めても、違法ではない。なお、右つきのは昭和一二年九月以降村上正平方に同居しており、被控訴人に対する通知その他については逐一知つていたものであるから、本件利用権の設定の協議等につき無視されたということができない。
(二) 昭和二八年一一月当時における猪川地区所在の採草地は、合計七四町九反一畝一三歩に過ぎない。また猪川地区には当時乳牛七〇頭、役牛八五頭、馬四二頭、めん羊七頭、山羊二三頭、豚四八頭、鶏一、四六〇羽が飼育され、馬・役牛を除いては急増の傾向にあつた。
本件利用権の内容の一である家畜の放牧とは、繋牧または柵牧をいうものである。
(証拠関係)<省略>
理由
(一) 別紙第一・二目録記載の本件山林が被控訴人の所有に属すること、控訴委員会が猪川開拓農業協同組合の申請にもとづき、同組合のために次のとおりの利用権設定の裁定をしたこと、左記第一回の裁定については昭和二八年一一月一五日、第二回裁定については昭和二九年一月三〇日被控訴人に対しそれぞれ裁定書が送達されたこと及び被控訴人が第一回の裁定に対しては昭和二八年一一月一七日、第二回裁定に対しては昭和二九年二月二日それぞれこれを不服として岩手県知事に対し訴願したが、同年七月一六日いずれも棄却されたことは当事者間に争がない。
(利用権設定の裁定)
(第一回)昭和二八年一一月一三日付猪農委指令一六九号をもつて、別紙第一目録記載の土地(別紙図面表示の青線で囲まれた地域)に、期間昭和二八年一一月一二日から一〇年、利用内容右地域のうち同図面表示のA地域二町一畝一一歩については、自家用の肥料または敷料とするための草または落葉の採取と耕作の事業に付随して飼育する中・小家畜の放牧、その他の地域四町二反五畝二五歩については、自家用の燃料とするための枝・落葉の採取と耕作の事業に付随して飼育する中・小家畜の放牧。
(第二回)昭和二九年一月二八日付猪農委指令一一号をもつて、別紙第二目録記載の土地(別紙図面表示の青線で囲まれた地域以外の地域)に、期間昭和二九年一月二五日から昭和三八年一二月三一日まで、利用内容右地域のうち別紙図面表示のB地域等一〇町七反六畝歩については、自家用の燃料とするための枝・落葉等の採取と自家用の肥料・飼料または敷料とするための草または落葉の採取、その他の地域六町七反一畝二六歩については、自家用の肥料・飼料または敷料とするための草または落葉の採取。
(二) そこで、本件利用権の設定が違法であるかどうかを順次判断する。
(1) 猪川開拓農業協同組合が利用権設定について農地法第二六条第一項所定の協議を求めたかどうかについて。
成立に争のない乙第一ないし第三号証、第六・七・一一・二二号証、原審証人中川寅雄、当審証人佐々木敬五郎、原審及び当審における証人鈴木又一の各証言、原審における控訴委員会代表者鈴木勝三郎本人尋問の結果によると、猪川開拓農業協同組合代表者組合長理事鈴木又一は、昭和二七年八月一七日控訴委員会に対し、農地調整法第一四条の三、同法施行規則第一八条の四の規定により、別紙第一目録記載の山林三筆の土地のうち八町三反歩につき使用権設定の協議承認申請をなしたところ、同年一〇月一六日付猪農委発第一一七号指令をもつて承認する旨の通知を受けたので、同年一二月右鈴木又一から当時被控訴人の親権者であつた村上正平に対し、同月九日旧役場において協議したいから出席してもらいたい旨書面で申入れたところ、同人から当日は都合が悪く応じられないから後にしてもらいたい旨回答があつたので、さらに同月一〇日付書面をもつて、同月一二日午後七時村上正平方において協議したい旨通知したところ、同月一一日付書面をもつて、右土地は住宅敷地・酪農経営、畑地開墾・植林の用途に供する土地であり、利用権設定については承諾することができない旨回答があつたこと、前記組合長理事鈴木又一は、昭和二八年一一月二〇日控訴委員会に対し、農地法第二六条第一項の規定により、別紙第二目録記載の土地のうち一七町四反七畝二三歩につき利用権設定の協議承認申請をなしたところ、同年一二月一一日猪農委指令第一九三号をもつて承認する旨の通知を受けたので、同月三一日朝協議する考えで組合員中川寅雄・佐々木敬五郎両名とともに被控訴人親権者村上正平方を訪問したところ、右正平は玄関口をとざし、鈴木又一らが利用権設定につき協議に応じてもらいたい旨申入れてもこれを拒否したこと及び右正平は控訴委員会に対し、同月二五日付書面をもつて、同委員会の右利用権設定申請の承認は不当であり、利用権設定の協議には応じられない旨を通告していたことが認められ、右認定を妨げる証拠はないから、猪川開拓農業協同組合は本件利用権の設定につき被控訴人親権者村上正一に対し農地法第二六条第一項所定の協議を求めたものというべく、右協議を求めたことが全くないとの被控訴人の主張は理由がない。
(2) 被控訴人親権者阿部つきのが本件利用権の設定につき手続上全く無視されたとの主張について。
被控訴人が婚姻外に生れた子であることは当事者間に争いがなく成立に争いのない乙第二四号証によれば、被控訴人の母は阿部つきのであることを推認することができるが、同人において被控訴人を認知していないことは弁論の全趣旨に照らして当事者間に争いがないから、被控訴人と右阿部つきのとの間には法律上の親子関係が未だ発生していないものといわなければならない(大審院大正一〇年一二月九日判決参照)から、同人は被控訴人に対する親権者たり得ないものというべく、したがつて、阿部つきのが被控訴人の親権者であつたことを前提として、同人に農地法所定の協議等をなさなかつたことを攻撃する被控訴人の主張は、既にこの点において理由がない。
仮りに、そうでないとしても、右乙第二四号証本件弁論の全趣旨によると、村上正平は昭和一三年四月一二日被控訴人を父村上正平と母阿部つきの間に同月三日出生した庶子として届出で、同人の戸籍に被控訴人が入籍されていることが明らかである。
ところで、旧戸籍法第八三条前段の規定によると、父が庶子出生の届出をなしたときはその届出は認知届出の効力を有するから、昭和二二年法律第二二二号による改正前の民法八七七条の規定により、被控訴人は父正平の単独親権に服してきたわけであるが、同年法律第七四号日本国憲法の施行に伴う民法の応急措置に関する法律第六条第一項の規定により父母共同の親権に服することとなり、次いで右法律第二二二号による改正後の民法(新法)附則第一四条により、新法施行の際、現に婚姻中でない父母が共同して未成年の子に対して親権を行つている場合には、新法施行後も引続き共同して親権を行うこととし、父母の協議でその一方を親権者に定めることもできるが、その協議調わないときまたは協議をすることができないときは、家庭裁判所が父または母の請求によつて協議に代わる審判をすることに定められたところ、当審証人千葉復二・鈴木勝三郎の各証言によると、昭和一二年ころから村上正平と阿部つきのとは被控訴人方に同居していたことが認められるから、特段の事情の認められない本件では、新法が施行された昭和二三年一月一日当時被控訴人は正平及びつきのの共同親権に服していたと認めることが相当である。そして、成立に争のない甲第一・二号証、第七号証の三・一一・一三・一四、乙第四号証の一、第五号証、第九号証の一、第一〇号証、前記乙第二・七号証、当審証人村上正平、前記証人鈴木勝三郎(当審におけるもの)の各証言によると、阿部つきのは被控訴人の親権者であることを見落され、本件利用権の設定につき、(イ)農地法第二六条第一項に定める利用権設定に関する協議を求められたことがなく、(ロ)同条第三項に定める意見を聞かれたこともなく、(ハ)同条第四項に定める通知を受けたこともなく、(ニ)同法第二八条に定める意見書を提出する機会を与えられたこともなく、(ホ)同法第三〇条第一項に定める裁定の通知を受けたこともないことが認められ、右認定に反する証拠はない。
農地法の右の諸規定は、利用権の設定協議ないし利用権を設定すべき旨の裁定に際し、土地または立木所有権者の意見を尊重し、これを反映させ、利用権の設定協議ないし利用権を設定すべき旨の裁定に遺憾なからしめるとともに利用権を設定する旨の裁定に対し不服がある者に訴願をなさしめる配慮に出たものであるから、父母の共同親権に服する未成年者の土地または立木につき利用権を設定すべき旨の裁定をなすに当つては、父母の双方に対し右(ロ)ないし(ニ)の手続をなすべく、その一方になしたことをもつて足りると解すべきではない。
しかしながら、すでに認定したとおり親権者村上正平と阿部つきのとは昭和一二年ころから同居していたのであり、右正平に対してなされた前記の手続は、つきのにおいてたやすくこれを知り得たものと認めるべく、成立に争のない甲第七号証の二、前記乙第二二号証、本件弁論の全趣旨によると、右正平もまた被控訴人の法定代理人として単独で控訴人委員会に対し本件利用権設定申請に対する承認に対し異議を述べたり、岩手県知事に対し本件利用権を設定する旨の裁定に対し訴願を申立て(被控訴人が訴願申立をした事実は当事者間に争がない。)たことが明らかであり、つきのが右正平の措置をも知らなかつたとはとうてい考えることはできないところであつて、本件記録上明らかなように、つきのがはじめて本訴提起に当り親権者として正平とともに被控訴人のため本訴を提起するに至つたところより考えると、つきのは右正平と意見を同じくして、同人にその措置を委ねてきたものと認めることができよう。仮りにそうではなく、つきのにおいて以上の事実を知らず、または、つきのが正平と意見を異にし、本件利用権の設定に賛成であつたとしても、前示のごとく正平が被控訴人のため異議を述べ、訴願を提起し、裁定を経た以上、被控訴人の保護には欠くる点はなかつたのであるから、前示の瑕疵はこれにより治癒されたものと解すべきであり、被控訴人の主張は理由がない。
(3) 本件裁定は不適格者に利用権を設定したとの主張について。農業協同組合が、耕作の事業を行う組合員のために利用権を取得することができることは、旧農地調整法第一四条の三、同法施行規則第一八条の三第二号、農地法第三一条の規定により明らかであり、成立に争のない乙第一八号証、前記証人鈴木又一の証言によると、猪川開拓農業協同組合は、昭和二四年中開拓事業の完遂、農業生産力の増進、組合員の経済的地位の向上を図るために、農業の目的に供される土地の造成・改良・管理または農業水利施設の設置・管理の事業等を行うことを目的として設立された農業協同組合であり、設立当時から組合員数十名を擁し、耕作の事業を行う組合員が多数所属していることが認められるから、被控訴人の主張は理由がない。
(4) 農地に利用権を設定した違法があるとの主張及び(5)森林法で保護される森林に対し利用権を設定した違法があるとの主張については、当裁判所もまた原審と見解を同じくするから、原判決の理由中当該部分を引用する。
(6) 利用不適地に利用権を設定した違法があるとの主張について。
原審における検証の結果、鑑定人船越昭治の鑑定の結果、当審における証人菊池修二の証言、検証の結果、鑑定人菊池修二の鑑定の結果を総合すると、別紙目録記載の本件土地は、字久名畑一四番の一、同字一五番の二の各一部及び陵線の部分を除き概ね急峻で、土壌は粘板岩の風化礫で、崩壊し易い地層(一〇〇年以上の単位でいう。)であるが、草地は殆んど草で蔽われ、根層(腐蝕層)が発達しているために土壌の流失が少く容易に崩壊しない情況にあり、また、大船渡市西北方市街地を離れて権現堂付近から約四〇〇メートルの地点付近に位置し、県道上から望見できる利用度の高い個所に位置すること、本件土地のうち、別紙図面表示の(22)・(23)・(16)・(15)・(18)・(29)・(21)・(22)点を順次結んだ線により囲まれた地域(A地域)は、比較的に平坦地で生草生産力は中位であり、中小家畜の放牧並びに自家用の肥料・飼料または敷料とするための草の採取に適し、同図面表示の(22)・(21)・(29)・(18)・(15)・(16)・(13)・(14)・(1)・(2)・(3)・(4)・(5)・(6)・(7)・(20)・(22)点を順次結んだ線により囲まれた地域は、落葉松・雑木等の密生林であり、落葉を採取することは困難で、かつ落葉を燃料として採取すると地力を奪い、営農上望ましくはないが、経済力にとぼしい営農者がこれを採取することはやむを得ないところであり、小規模に採取することは妨げないこと並びに自家用の燃料とするための枝を採取するに適していること(以上第一回裁定分)、別紙図面表示の(16)・(17)・(30)・(11)・(10)・(24)・(25)・(20)・(22)・(23)・(19)・(16)点を順次結んだ線により囲まれた地域及び同図面表示の(32)・(33)・(34)・(35)・(27)・(32)点を順次結んだ線により囲まれた地域は、いずれも樹木が少く落葉を採取することには不適当であるが、生草生産力が高く、自家用の肥料・飼料または敷料とするための草を採取するに適し、また同図面表示の(7)・(20)・(32)・(33)・(34)・(35)・(27)・(25)・(24)・(10)・(9)・(8)・(7)点を順次結んだ線により囲まれた地域((32)点と(25)点にはさまれた細長い地域を含む。)及び同図面表示の(12)・(13)・(16)・(17)・(30)・(11)・(31)・(12)点を順次結んだ線により囲まれた地域は、いずれもその一部に植栽による杉立木があるけれども、概ね雑木林で自家用の燃料とするための枝・落葉等の採取並びに自家用の肥料または敷料とするための草または落葉の採取に適していること(以上第二回裁定分)が認められる。
右認定に反する原審証人神永滝応・明石国太郎の各証言の一部及び前記鑑定人船越昭治の鑑定の一部は前記他の証拠に照合して措信しない。その他右認定を妨げる証拠はない。もつとも原審証人千葉亀蔵の証言、右鑑定の結果によると、本件土地中には造林に適した地域があり、また幼令林内に家畜を放牧するときは、成長が妨げられ材積・形質ともに悪影響を及ぼすことが認められるのであるが、前記鑑定人菊池修二の鑑定の結果、同人の証言、当審証人鈴木勝三郎の証言によると、造林に適している土地は同時に採草地にも適しているものであつて地理的条件によりこれを決すべきところ、本件土地は部落に近く利用度に富み、造林地とするよりは放牧または採草地として利用することが適当であること、放牧には繋牧・柵飼等の方法があり、放牧必ずしも造林と両立し得ないものでないことが認められるから、右事実をもつてしては、本件土地が放牧に不適地ということができない。
(7) 本件利用権の設定は、猪川開拓農業協同組合及び同組合員に必要のないものであつて、農地法第二六条第一項に反し違法であるとの主張について。
成立に争のない甲第三・四号証、第七号証の一六、乙第一二ないし第一四号証、第二五号証ないし第三〇号証、第三二号証ないし第三四号証、当審における証人伊藤喜一、新沼栄夫(第一・二回)の各証言、前記証人鈴木勝三郎・千葉復二・鈴木又一・菊池修二の各証言、原審及び当審における検証の結果を総合すると、猪川地区は耕地が少く、平均一戸当りの耕地はわずか六反歩余にすぎず、専業農家としては立行かないため副業を必要とし、副業として、戦後次第に酪農経営に向いつつあること、猪川地区には従来広大な放牧地及び採草地(字西山には三四九町九反九畝二九歩の放牧地及び一一〇町九反二畝一六歩の採草地、字今出には五三町六反七畝二四歩の採草地があつた。)があり、地元住民はこれに放牧または採草し大方の需要を充たしてきたが、右今出・西山の両地は部落から八キロも離れた標高六〇〇メートルないし八〇〇メートルの高地にあるため、馬を放牧するは格別、乳牛等の放牧に不便で、戦後軍馬の需要がなくなり、馬が激減した今日においては、採取した草の運搬にも多大の労力を費やすことになり、戦後酪農中心の営農に移行する傾向に伴い、放牧地は全く使用されず、採草地も次第に利用されないようになつたため、漸次官公庁により植林が行われ、現在では約七五町歩の採草地を残すにすぎないこと、猪川地区内においては、昭和二八年当時乳牛は七〇頭、役牛八五頭、馬四二頭、めん羊七頭、山羊二三頭、豚四八頭が飼育されていたが、昭和三五年においては、乳牛一二三頭、役牛五二頭、馬一六頭、めん羊四六頭、山羊三九頭、豚七〇頭と酪農を中心とする営農に移行しつつあるところ、乳牛一頭を一年間飼育するには、約四、〇〇〇貫を必要とし、一町歩当り約一、五〇〇貫の採草量をもつてしてはとうてい必要量を充たすことができないため、田畑の畦その他から採草してこれを補つているが、それでもなお不足で、他町村や北海道方面から牧草を購入していること、本件山林は、大船渡市盛町の西北方にあたり、市街地を離れて権現堂付近よりわずかに四〇〇メートル余り県道上からその概況を望見できる箇所に位置し、採草・放牧に極めて便利で、前示のごとく生草生産力が概して高く、少しく手入れをすると約五倍の収獲を挙げることができ、その改良のいかんによりては久名畑における重要な飼料源となる土地であること、猪川開拓農業協同組合員は、昭和二八年一一月当時乳牛二五頭、役牛二八頭、馬一二頭を飼育していたが、その後馬が減少して乳牛を飼育する者が漸増していること、同組合員中鈴木徳弥、佐藤留吉・佐々木敬五郎・中川虎雄・佐藤仁蔵・美野喜芳・金野養作・佐藤武次郎・小笠原清・金野与兵衛・田村雄三郎・金野栄五郎・千葉芳三・鈴木寅治郎・鈴木金徳・千葉退助・朴沢福治・鈴木又一・金野賢吉・新沼彦八・稲沢ひさよらは、合計八町七反三畝一一歩の山林または原野を所有しているが、採草地はなく、山林原野を所有していない者がいることもうかがわれ、また別紙第三目録記載のとおり、山林を取得するに至つた者もあるが、これら山林は、前示のごとく遠隔の地にあり採草に不便なばかりでなく、その生草は乳牛の飼料として適当せず、組合員全体としても、猪川地区としても各その所有家畜数に比較し、なお採草地に不足していることが認められ、右認定を左右する証拠はないから、本件利用権の設定が、猪川開拓農業組合または同組合員にとり必要のないものであるということができない。
(8) 本件利用権の設定は、被控訴人の生活に甚大な脅威を与え、生存権を侵害するとの主張について。
成立に争のない甲第二三号証原審及び当審における証人村上正平(原審においては被控訴人の親権者として本人尋問)の供述によると、同人は被控訴人及び阿部つきのの子柳子のため本件山林に植林して、将来はそれぞれ夫を迎えさせ本件山林内に家を建て、分家させてやりたい考えであるというのであるが、他方成立に争のない乙第二一号証、原審における証人鈴木勝三郎の証言及び被控訴人親権者村上正平本人尋問の結果によると、村上正平は家族が少く、被控訴人は本件山林のほか畑一反二畝二七歩を所有し、右正平は、田四反七畝二五歩、畑一反四畝二二歩、山林二二町三反五畝歩、宅地一九四坪四合四勺を所有し、その山林には大部分植林してあることが認められ、本件利用権を設定することにより、被控訴人らの生活に脅威を与えるものとはとうてい認め難く、被控訴人の右の主張は理由がない。
(三) そうすると、本件利用権の設定には違法がないものというべく、被控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきである。
右と異なり被控訴人の請求を認容した原判決は失当であるから取消すべく本件控訴は理由がある。
よつて、民事訴訟法第三八六条・第九五条・第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鳥羽久五郎 羽染徳次 小林謙助)
第一目録
(一) 大船渡市猪川町字久名畑一四番の一 山林三町八反一畝一六歩
(二) 同所一五番の二 山林六町八畝歩
(三) 同所同番の三 山林五町一反四畝二七歩
以上三筆の土地のうち六町二反七畝六歩
第二目録
(一) 同所一四番の一 山林三町八反一畝一六歩
(二) 同所一五番の一 山林四町四反三畝四歩
(三) 同所同番の二 山林六町八畝歩
(四) 同所同番の三 山林五町三畝一九歩
(五) 同所同番の四 山林四町二反七畝三歩
以上五筆の土地のうち一七町四反七畝二六歩
第三目録
字名
地番
地目
地積
所有権取得
登記年月日
所有者
西山
一の四
山林
七〇四
二二
33・8・27
金野賢吉
〃
一〇の五
〃
一一一八
〇四
〃
中川虎雄
佐藤仁蔵
金野万太郎
稲沢ひさよ
新沼彦八
鈴木又一
外一八名
大野
六七の一
〃
一三五三
二〇
33・11・4
金野養作
外一九名
西山
一四の二
〃
一七四七
一八
〃
金野養作
佐藤仁蔵
金野万太郎
中川虎雄
金野賢吉
稲沢ひさよ
新沼彦八
鈴木又一
外三七名
〃
〃
一四の四
一の一
〃
一二二一
八九二
二四
二五
33・9・1
佐藤武治郎
外二六名
〃
〃
〃
〃
一の二
一〇の六
一〇の九
一四の三
〃
〃
〃
〃
一一〇二
一〇九七
九二七
八三九
一七
〇二
二〇
二一
33・9・26
新沼幸七
小笠原清
金野与兵衛
外三六名
〃
〃
〃
一三の二
一三の三
一三の四
〃
〃
〃
四八六
一〇四〇
九四二
一四
〇八
〇四
〃
鈴木栄助
朴沢福治
外二七名
〃
〃
今出
〃
五の一〇
一〇の七
五の六
五の七
〃
〃
〃
〃
一二五〇
五四二
七一二
三六〇
〇六
二七
一七
一八
32・7・1
田村雄三郎
外二八名
(別紙図面)<省略>
(注) 青線で囲まれた地域