仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)298号 判決 1959年6月24日
控訴人 工藤啓太郎
被控訴人 和田右近
主文
原判決を取消す。
山形地方裁判所が昭和三二年(ヨ)第一一九号仮処分申請事件につき昭和三二年一一月四日した仮処分決定を取消す。
申請費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
第二項に限り仮に執行することができる。
事実
控訴代理人は主文一、二項と同旨並びに本件仮処分申請を却下する訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。
当事者双方の法律上及び事実上の陳述並びに証拠の提出、援用認否は、控訴代理人において仮に本件山林原野が被控訴人の所有に属し同人の長男恭二郎は単にその登記上の名義人に過ぎず、清野キヌは同人からこれを買受け、さらに控訴人はこれをキヌから買受け各登記を終え、かつ、いずれも悪意の取得者であつたとしても、控訴人は被控訴人から本件山林原野に対し本件仮処分の執行を受けたため売買の目的を達することができないので昭和三三年四月一五日前主たるキヌとの間に売買契約を合意解除し同年七月一一日本件山林原野の所有権取得登記を抹消したところ、被控訴人は本件仮処分が全く無関係な第三者に対するものと覚り改めて同一目的物件に対しキヌを債務者として本件仮処分と同一趣旨の仮処分命令を申請しその旨の決定を得その執行を了した。右は「事情変更」の場合に当るから本件仮処分は取消さるべきものである。と述べ、被控訴代理人において、控訴人がキヌのためした抹消登記は本件処分禁止等の仮処分の執行後これに違反してなされたものであるから、仮処分債権者たる被控訴人に対抗し得ないものである。なお、控訴人の右主張からみると控訴人には本件仮処分の取消を求める利益がない。と述べ、証拠として、被控訴代理人は、甲第八号証を提出し左記乙号各証の成立を認め、控訴代理人は、乙第三ないし第五号証を提出し右甲号証の成立を認める。と述べたほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、いづれもこれをこゝに引用する。
理由
被控訴人が、控訴人を債務者として山形地方裁判所に昭和三二年一一月四日左記理由により原判決別紙第一目録表示の山林原野に対し処分禁止占有解除執行吏保管等の仮処分命令を申請し(同庁昭和三二年(ヨ)第一一九号事件)同日その旨の決定を得(同第二目録記載のとおり)たことは記録に徴し明らかである。
一、よつて本件仮処分決定の当否につき検討する。
被控訴人の本件仮処分申請の理由は要するに、本件山林原野は元被控訴人の所有であつたところ、被控訴人は一旦これを実弟和田徳に贈与しその登記をしたが、昭和二五年四月ころまでの間に同人からこれを買受け、その登記名義は将来の税金のことも考え長男の恭二郎としてその手続をしたから、本件山林原野の登記上所有名義は恭二郎になつているけれども、それは単に名義だけのことで、その真実の所有者は被控訴人である。しかるに、恭二郎は昭和三二年一〇月一〇日本件山林原野等を清野キヌに売渡し、ついで同年一〇月三一日キヌは本件山林原野を控訴人に売渡しその旨各登記を了したが、同人らは本件山林原野につき恭二郎は単に登記上の名義人にすぎず真実の権利者は被控訴人であることを知つて夫々これを買受けたものであるから、キヌ従つてまた控訴人もその所有権を取得するいわれはない。よつて被控訴人は控訴人に対し、本件山林原野につき所有権確認並びに所有権移転登記手続を求める訴を提起するに先だち(現在原審に係属中)控訴人が登記名義を他に移転する等の処分をし或はこれを理由に本件山林の立木を伐採する恐れがある。というに在るところ、右事実中清野キヌ及び控訴人が夫々悪意で本件山林原野を買受けたとの点を除くその余の事実は被控訴人の提出援用する疏明方法及び弁論の全趣旨によりこれを疏明するに足り、右認定を動かすに足る証拠はないが、右悪意の事実については疏明十分といえず、従つて本件仮処分申請における「請求」の疏明が足りないので、相当の保証を立てさせ疏明の不足に代えて、相当な仮処分を命ずべき場合であると思料する。そして山形地方裁判所が被控訴人の本件仮処分申請を容認し被控訴人に金一五万円の保証を立てることを条件として控訴人が本件山林につき処分行為をすることを禁止し、これに対する控訴人の占有を解き執行吏に保管せしめる等の本件仮処分を発布したことは相当で、本件仮処分を認可すべきである。
二、よつて次に事情変更による本件仮処分取消の抗弁について検討する。
控訴人(仮処分債務者)が本件山林原野に対する処分禁止等の仮処分命令の執行後の昭和三三年四月一五日譲渡人たる清野キヌと本件山林原野についてした売買契約を合意解除し、同年七月一一日控訴人の右山林原野に対する所有権取得登記を抹消し、キヌに右山林原野の所有名義が回復されたことは乙第三号証同第二号証の一、二、甲第八号証により一応認められる。
それで、仮処分債務者たる控訴人がキヌのためにした右山林原野についての所有権取得登記の抹消登記が仮処分債権者たる被控訴人に対抗し得ないか否かについて検討を進める。
なるほど右抹消登記は本件処分禁止等の仮処分の執行後になされたものであるから、形式的には被控訴人に対抗し得ないもののようである。
しかし更に詳しく考えるに他人所有の不動産につき登記上の所有名義をおかす者が右不動産を他人に譲渡し次いでこの者が更にこれを他人に譲渡し各登記を了したところ真実の不動産所有者が右第二次譲受人を債務者として右不動産の処分禁止の仮処分を執行し、その後に右仮処分に違反し第二次譲受人の右所有権取得登記を抹消した場合の抹消登記は、右不動産所有者の仮処分執行後にこれに違反してなされたものであるから仮処分債権者たる右所有者に対抗することができず、右所有者に対する関係では第二次譲受人の所有権取得登記の抹消登記はその効力がなく、その抹消登記がないのと同視せられるのであるが、仮処分自体の効力はこれに止まるのであつて、仮処分債権者たる権利者が仮処分債務者たる第二次譲受人に対し移転登記を求める必要上仮処分にていしよくする同人の所有権取得登記の抹消登記を回復するには、仮処分債務者たる第二次譲受人に対し右移転登記を命ずる本案勝訴の確定判決及び仮処分が取消されないことをもつて足りるのではなく、右回復登記に利害関係を有する第一次譲受人の承諾を得るか、それが得られぬ場合は同人を相手として、右勝訴判決及び仮処分の存続を主張して別訴でこれを請求する必要がある。
本件において、たとえ本件仮処分が取消されることなく、かつ、本案訴訟において被控訴人が勝訴し被控訴人に本件山林原野の所有権ありとされ、無権利者恭二郎からキヌヘ、さらに同人から控訴人へ順次なされた売買契約が無効とされ控訴人に被控訴人に対する移転登記義務があることが認められても被控訴人はこの勝訴判決だけでは本件山林原野につき現に登記上所有名義を有するキヌのためにした控訴人の取得登記の抹消登記を回復することはできず、このためには改めて同女を相手として本案の請求権を有すること及び仮処分が取消されないことを理由として右抹消登記が仮処分債権者たる被控訴人に対抗し得ないことを主張して訴を提起しなければならないのである(弁論の全趣旨によつて右抹消登記の回復につきキヌの承諾は得られない場合であることが疏明される)。
そしてその訴訟においてキヌは恭二郎が本件山林原野につき無権利者で、キヌ及び控訴人はいづれも悪意の譲受人で夫々所有権を取得するいわれなく、被控訴人に所有権がある旨の被控訴人の本案の主張を争い、キヌ及び控訴人は夫々所有権を取得した旨主張することを妨げられないから、同女との間の訴訟においてこの点が被控訴人の主張するとおりに認められるのでなければ本件抹消登記を回復し、ひいて被控訴人に登記名義を取得せしめることを可能にすることができない(尤も本案訴訟で勝訴すればこの点の証明は容易である)とともにこの点が右のとおり、認められゝば、被控訴人は、本件仮処分中処分禁止を命じた部分を維持せずとも、直接キヌの恭二郎からの所有権取得登記の抹消登記ないしキヌからの所有権移転登記を求めることにより端的に被控訴人の目的は達せられるのである(この点につき、仮処分債務者たる控訴人が仮処分に違反して前主たるキヌに登記を変えた場合でなく、後者たる第三者に移転登記をした場合には、仮処分が維持されなければ、被控訴人は第三者の登記が無効なことについての控訴人と第三者との間に生じた新らたな事実を主張立証しなければならないのに仮処分が維持されゝば、その必要はなく、たゞ仮処分債権者に対抗し得ない登記であることを主張立証すればよく、しかもこのことは本案で勝訴すれば極めて容易である)。さればこそ被控訴人は控訴人がキヌのため所有権取得登記を抹消するや、事後のキヌとの間の右趣旨の訴訟における本案請求権を保全するため、キヌを債務者として改めて本件山林原野に対し処分禁止の仮処分を申請しその旨の決定を得、執行したものであることが乙第四、第五号証により疏明されるのである。
以上の事実関係に徴すれば、
被控訴人は本件の抹消登記が仮処分債権者たる同人に対抗し得ないと主張する利益はないものというべく、控訴人の本件山林原野についての所有権取得登記は有効に抹消されたといわなければならないところ、すでに控訴人に右登記名義がない以上、特段の事情の認むべき資料のない本件においては、控訴人に本件山林原野につき登記名義の変更等の処分行為をなす恐れはないものと一応認められるので、本件仮処分中処分禁止を命じた部分の必要性は消滅したものといわなければならない。
のみならず、そもそも被控訴人が本件仮処分中右の部分の存続を必要とする法律上の利益は消失したものといわざるを得ず、いづれにせよ本件仮処分中右の部分は事情変更により取消を免れない。次に本件仮処分命令中本件山林原野に対する占有解除、執行吏保管及び立入伐採等禁止を命じた部分について案ずるに、本件仮処分中処分禁止を命じた部分が前述のとおり、取消さるべく、控訴人がキヌのためした本件山林原野に対する所有権取得登記の抹消登記は被控訴人に対抗し得るものというべきである以上、控訴人はすでに本件山林原野につき登記上の所有名義を有しないのであるから、他に特段の事情の認むべき資料のない本件においては控訴人が本件山林原野に立入り立木を伐採する等の恐れはないものと一応認めるのが相当で、本件仮処分中前記部分を維持する必要性は消滅したものといわなければならず、この部分も事情変更により取消を免れない。
結局本件仮処分は全部これを取消すべきものである。
三、(本件仮処分の取消を求める利益がないとの主張について)
しかしすでに維持し得ざる仮処分命令が存在する以上、仮処分債務者たる控訴人はこれが取消を求める利益がないといえないこと上記説明に徴しても明らかであるから被控訴人の右主張は採用の限りでない。
四、以上の次第で控訴人の事情変更による仮処分取消の抗弁は理由があるから本件仮処分を取消すべく、これと異る原判決は不当で本件控訴は理由がある。よつて民訴法第七四七条第七五六条第九六条、第九二条第七五六条の二を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 籠倉正治 岡本二郎 佐藤幸太郎)