仙台高等裁判所 昭和33年(ラ)60号 決定 1958年12月26日
抗告人 坂野太吉
相手方 山八商事合資会社
主文
原決定を取り消す。
本件を山形地方裁判所に差戻す。
理由
本件抗告の理由は別紙記載のとおりである。
案ずるに、本件記録によれば抗告人は原審において「目的物件について賃貸借のあることは競売期日の公告に記載せられなくても、債務者は右の事由をもつて即時抗告をなすべき利益はない。」旨主張したのに対し、原審が「本件においては差戻前の上級審である仙台高等裁判所において、すでにこれに反する法律上の見解のもとに決定を発しているのであるから、当審裁判所(原審)はこの判断に拘束される」との理由で右主張の当否について特に判断を示さなかつたことは抗告人の主張するとおりである。ところで裁判所法第四条は「上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。」と規定しているが、その拘束力の範囲はその性質(既判力と考える。)と目的(同一事件に対する各審級の裁判所の判断を統一するためのものと考える。)から見て原審判を違法不当ならしめる事項についての判断、換言すれば原審判の破毀又は取消の原因となつた判断に限るものと解すべきである。そこで記録に編綴の前記仙台高等裁判所の決定について同決定が差戻前の山形地方裁判所の原決定取消の原因として示したところを観るに、「他方抗告人の疎明によると、右加藤三郎が賃借している建物は本件競売の建物と別の建物ではないかと疑われる節があるから、建物の現況と登記簿上の記載建物との符合関係並びに賃貸借関係を明らかにしない限り原決定の当否を知ることはできないのであり、なおこの点の審理をする必要があるから、原決定を取消し、本件を山形地方裁判所に差戻すこととし、」というのであるから、要するに原決定の判断はその基礎となつた審理が前記の点においてまだ不完全であるから、原審でなお審理をやり直す必要がある旨に帰するものというべきである。それなら原審が右仙台高等裁判所の決定に拘束されるものは前記の点について審理を尽し、本件競落許可決定の当否を判断すべきであるという点だけで、それ以上前記決定中の判断に拘束されるいわれはないのである。そうだとすれば原審が抗告人の前記主張に対し、前述のとおり上級審である仙台高等裁判所がこの点につきすでに示した反対の法律上の見解(判断)に拘束されるとしたのは誤りであつて、この考えのもとに右主張の当否について判断を示さなかつたのは、結局この点において判断遺漏の違法を犯したものといわなければならない。そして原判決の理由を観るに、原審は本件競売期日の公告に賃貸借の公告を欠いている事実を認定し、前説示のように誤つた見解のもとに債務者に右公告欠缺の事由をもつて即時抗告をなすべき利益ありやの判断を遺漏したまま、右事実は競落を許すべからざる理由に該当するとして、その余の点の判断を省略し、本件競落許可決定を取り消したのである。従つて右の場合債務者に即時抗告をなすべき利益ありや否やの点の判断の如何によつては原審の右結論は維持できなくなる虞れがあり、又維持ができなくなるとすれば原審が判断を省略した他の点につき更に判断を遂げなければ本件競落許可決定の当否を知ることができないわけでもあるから、それらの点についてなお審理をする必要があると認め原決定を取り消し、本件を山形地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判官 鈴木禎次郎 上野正秋 兼築義春)
(別紙)抗告の理由
一、原裁判所の決定正本中
六、当裁判所の判断(一)に
「最高価競買申出人は『目的物件について賃貸借のあることは競売期日の公告に記載せられてなくとも、債務者は右の事由を以つて即時抗告をなすべき利益がない』と主張し」
たと述べている通り抗告人坂野太吉は昭和三十三年三月十二日附上申書を以つて判例(昭和二四年(ラ)第四号同年六月一日東京高裁決定)を援用して、債務者山八商事合資会社が本件競落許可決定に対して昭和三十二年四月二十五日になした即時抗告は理由なきものであると主張したのである。
ところが、原審裁判所は之に対し「本件においては差戻前の上級審である仙台高等裁判所において既にこれに反する法律上の見解のもとに決定を発しているものであるから、当裁判所はこの判断に拘束される以上、右の主張の当否についての判断をなさずこれを採用しないことゝする。」と判示して抗告人坂野太吉の主張に対する判断をなさないものであるが、抗告人坂野太吉が山形地方裁判所が昭和三十二年五月二十五日になした本件競売事件の決定に対してなした即時抗告の理由は、
(1) 本件競売物件に係る沼沢保、朝石勝文、池田恒太郎、新関得衛、小口一郎、新関善八の各賃貸借契約は抵当権者に対抗出来ないものであるから競売期日の公告にその記載を欠いても違法でない。
(2) 加藤三郎の賃借物件は本件競売外の物件である。
(3) 談合は事実無根である。
との三点であつて、競売物件に存する賃貸借契約が競売期日の公告に記載されてなかつたとて、債務者は之を理由に競落許可決定に対する抗告をなし得ないものであるとの主張はないのである。
従つて、仙台高等裁判所が右の申立に対する決定に於いて之に対する判断をなす理由はないのである。
前記仙台高等裁判所が本件につき昭和三十二年八月二十八日になした決定に於いて「別紙目録(七)の建物の附属建物である木造亜鉛メツキ鋼板ぶき平家建物置二二・〇〇坪については昭和二十三年六月から加藤三郎が期限の定めなく一箇月金一、五〇〇円の賃料で賃借したというのであるから、この限りにおいては右賃貸借は借家法上抵当権者株式会社両羽銀行に対抗し得る賃貸借と解され、この記載を欠いた競売期日の公告は違法と云うべく」と述べているが、之が直ちに競売物件に係る賃貸借契約の存在が競売期日の公告に記載されていない場合、債務者が其の競落許可決定につき抗告をなし得る利益を有するや否やを判断したものとは云い得ない。
よつて、原審裁判所が抗告人坂野太吉の前記主張に対する判断をなさずして裁判をなしたのは判断遺漏の違法である。
そして又、競売物件につき存する賃貸借の記載が競売公告に欠けていたとて、債務者は何等の損失を蒙ることがないのであるから、この事を理由として競落許可決定に対する抗告をなすのは利益なきものであつて之は許さるべきものではない。