仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)678号 判決 1961年4月18日
控訴人 金子進
被控訴人 鹿目信男
主文
原判決をつぎのとおり変更する。
被控訴人は会津若松市門田町大字面川字東中江甲一三一八番田二反一九歩外畦畔二六歩について福島県知事に対し控訴人に対する売買による所有権移転許可申請をせよ。
控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、これを三分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は会津若松市門田町大字面川字東中江甲一三一八番田二反一九歩外畦畔二六歩につき福島県知事に対し控訴人に対する売買による所有権移転許可申請をせよ。被控訴人は控訴人に対し、前項の許可を条件として前項の土地につき売買による所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴人がつぎのとおり述べたほか、原判決事実記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴人の主張
農地所有権移転につき、知事の許可を効力発生の停止条件としてあらかじめ農地売買契約を結ぶことは、農地法の禁止するところではない。本件農地は、知事の許可を効力発生の停止条件として、被控訴人から新田左京に、新田から中島滋寿に、中島から控訴人に譲渡する旨の契約がされたものであるから、右各契約はいずれも農地法の禁止するところではない。被控訴人は、新田に右農地を譲渡するにあたり、譲受人欄を白地とする「農地法第三条第一項の規定による許可申請書」(甲第七号証の二)を新田に交付し、新田が右農地を転売したときは、これを買い受けた第三者のために、右農地の所有権移転許可申請をすることを約束したものである。そして、農地の転売や、最終の譲受人が右のような約束にもとづいて所有権移転許可申請をすることは、農地法第一条、第三条などの趣旨にもとるものではないから、右約束を無効のものと解すべきではない。それゆえ、被控訴人は、本件農地の最終譲受人である控訴人に対し、前記約束にもとづき、所有権移転許可申請をすべき義務があるわけである。
当事者双方の証拠関係は、控訴人が当審での証人新田左京、中島滋寿、控訴本人の各供述を援用し、被控訴人が当審での被控訴本人の供述を援用したほか、原判決当該摘示のとおりであるから、これを引用する。
理由
まず、被控訴人と新田左京との間に控訴人主張のような本件農地の売買契約が成立したかどうかを判断する。
原審および当審証人中島滋寿の証言でその成立を認める甲第五号証、第八号証、原審証人三星毅の証言でその成立を認める甲第七号証の二に、右各証言、当審証人新田左京の証言ならびに当審での被控訴本人の供述の一部を総合すると、控訴人が、被控訴人と新田左京との間に本件農地の売買契約が成立したと主張する日である昭和三二年四月一二日の三日くらい後被控訴人みずから知事に対する許可申請書(甲第七号証の二)を新田に交付したこと、被控訴人は、昭和三二年七月一〇日中島滋寿に対し、被控訴人が本件農地を同人から買いもどす期間を同月二〇日まで延期されたいと懇請した書面を差し入れ、また、そのころ、被控訴人が買いもどしできない場合のために、同年一二月末日限り本件農地から離作する旨の書面を差し入れた事実を認めることができる。右事実に成立に争いのない甲第一、二、三号証、前記甲第七号証の二、原審証人三星毅、鹿目千代枝(一部)、原審および当審証人中島滋寿、当審証人新田左京、原審での被控訴本人(一部)の各供述を総合すると、被控訴人所有の本件農地は抵当権実行のため競売に付され、その競売期日を昭和三二年四月一二日と指定されたので、被控訴人は、競売を防止したいと苦慮していたが、所用で上京することになつたので、その善後策をすべて妻千代枝に一任した。そこで、千代枝は、被控訴人の代理人として、司法書士三星毅に相談したが、一時本件農地を売却し、その代金などで抵当債務を完済するほかないということになつたので、昭和三二年四月一二日本件農地を代金一三〇、〇〇〇円(受領額は一〇〇、〇〇〇円)で新田左京に売り渡す旨契約し、同時に同月三〇日限り買いもどすことができるとの特約をし、かつ、新田から右農地が転々譲渡されたときは、所有権移転について知事の許可を受けたいと欲する転買人のために、許可申請をすることを約した事実が認められる。(もつとも右許可申請書がその後三日くらいあとに作成されたことは前に認定したとおりである。)そうすると、被控訴人と新田との間に本件農地について右約旨の売買が成立したことは明らかである。原審証人鹿目千代枝、原審および当審での被控訴本人の各供述中右認定に反する部分は採用しない。
つぎに、当審証人新田左京の証言でその成立を認める甲第四号証、当審証人中島滋寿の証言でその成立を認める甲第六号証に右各証言および当審での控訴本人の供述を総合すると、新田は昭和三二年六月一七日本件農地を中島滋寿に、中島は同年七月三〇日これを控訴人に、それぞれ売り渡す旨の契約をし、各売主から買主に許可申請書が交付されたことが認められる。
ところで、農地の売買は、知事の許可がない限り、所有権移転の効力は生じないが、右許可を所有権移転の効力発生の停止条件とする売買契約そのものの成立を否定しなければならないいわれはない。そして前示認定のとおり許可申請書が順次買主に交付された事実によれば、前記各売買はいずれも知事の許可を条件とする売買であることが明らかであるから、その有効に成立したものであることは、いうまでもない。
そこで、買主が転売したとき、売主は転買者のために知事に対し売買による所有権移転許可申請をする旨の当初の売買当事者間の契約の効力を検討するに、農地の売買が数次くり返されても、知事の許可がない限り、所有権の所在に変動を生じることがないのであるし、また、知事は、何人であろうと、とにかく許可申請をした譲受人が、はたして譲り受ける適格を有するかどうかを、つまびらかに審査して、その許否を決するのであるから、右契約をもつて、農地法の精神に反するものということはできない。もつとも数次の売買が行なわれたのに、許可申請は、当初の売主と許可申請をする最終の転買人との間に直接売買があつたものとする点で、事実に反するけれども、不動産取引で中間省略登記められていることを思えば、右の不実は、前示契約を無効と解さなければならないほど重大なものではない。そうすると、被控訴人は前示契約にもとずき、控訴人のため福島県知事に対し、本件農地の売買による所有権移転許可申請をすべき義務があるわけであるから、控訴人のこの部分の請求は、正当として認容すべきものである。
最後に、控訴人の登記手続請求について判断する。控訴人の所有権移転許可申請に対し、許可を与えるかどうかは福島県知事の専権に属し、将来のことに属する。かりに許可があつたとしても、この登記請求権は、このときに初めて発生する将来の権利である。しかるに、控訴人がいまただちにこれを行使しなければならない必要にせまられていることは、控訴人の主張も立証もしないところであるから、控訴人のこの請求は失当として棄却すべきものである。
以上の認定と異なる原判決は、これを右のとおり変更すべきものとし、民訴九六条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 石井義彦 宮崎富哉)