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仙台高等裁判所 昭和35年(う)81号 判決 1963年7月22日

本籍 茨城県那珂郡大賀村大字小祝三二二番地

住居 福島県勿来市勿来窪田町字白山四一番地

採炭夫 後藤博

明治四四年一月一五日生

右の者に対するあん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法違反被告事件につき、昭和二八年四月一六日平簡易裁判所の言い渡した有罪判決に対する被告人からの控訴について、昭和二九年六月二九日仙台高等裁判所の言い渡した有罪判決に対し、被告人から上告の申立をしたところ、昭和三五年一月二七日最高裁判所から破棄差し戻しの判決があつたので、当裁判所は、差し戻し後の第二審として、つぎのとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

差し戻し前の第二審ならびに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴趣意は、差し戻し前の第二審において、弁護人横山敬教から提出した同弁護人名義の控訴趣意書に記載するとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意に対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

第一、控訴趣意第一点に対する判断

原判決挙示の証拠によれば原判示事実を認めるに十分で、記録を精査し、当審における事実取調の結果に徴しても、原判決の事実認定に誤りがあるとは認められない。また以下順次説示するように、原判決の法令の解釈適用に誤りがあるということはできない。すなわち、論旨は、まず、被告人の本件の所為は、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条にいわゆる医業類似行為には該当しないと主張するが、原判決の引用証拠ことに被告人の司法警察員に対する供述調書ならびに証人杉田勝衛の差し戻し前の第二審と当審(二回)における証言によれば、被告人が高野正三ほか二名に施術したHS式無熱高周波療法というのは、もともと慢性淋病の治療のために、杉田証人の父杉田平十郎が昭和五年頃考案したのであるが、やがて、がん、結核性疾患その他医師から見離されたほとんどすべての慢性疾患に効果があると称されるに至り、昭和二九年中には、この治療を業とする者が約五〇〇名を算する有様であつた。この治療の方法は、差し戻し前の第二審昭和二八年領第二二五号の五のHS式高周波器を使用する電気療法であつて、これに、日常家庭で使用する一〇〇ボルトの交流電気を導入して、変圧器で高圧に上げ、火花間隙とコイルおよびコンデンサーよりなる発振回路で高周波を発生させて、人体に応用するもので、治療の際には、患部に湿した布を当て、これをプラス、マイナスの二本の治療導子(金属板)で挾み、ここから電流を人体に透射するのである(前掲杉田勝衛の証言と当審鑑定人大島良雄作成の鑑定書を参照)。この療法を、被告人は、昭和二五年八月中一週間だけ、同業者から講習を受けたことがあつたが、同二六年九月からは、法定の免許を受けずに、治療所を開業して、右と全く同様の治療を始めたことは、被告人の司法警察員に対する供述調書によつても明らかで、原判示の被療者三名のうち、高野正三と佐藤喜代志は胃病、佐々木フデは胃病のほかんにぜんそくもあるということで、佐藤喜代志には二回、高野正三と佐々木フデには各一回、いずれも一回の治療時間は三〇分、一回の料金は一〇〇円で治療したことが認められるのであるが(高野正三、佐藤喜代志、佐々木フデの各顛末書参照)、かように、被告人が法定の免許を受けないで、疾病の治療のために前記HS式無熱高周波療法と称する電気療法を行つたことは、次に説明するように、その効験のいかんを問わず、明らかに、あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条に規定する医業類似行為に該当し、これを業として行つた以上同法一四条の処罰の対象となるものといわなければならない。ところで、右法条で、医業類似行為を業とすることを禁止し、同条に違反した者を同法一四条が処罰するのは、それが公共の福祉に反すると認められるからであり、しかも医業類似行為が公共の福祉に反するのは、かかる義務行為が人の健康に害を及ぼすおそれがあるからである。したがつて、本件においては、必然的に、被告人の業とした右HS式無熱高周波療法が人の健康に害を及ぼすおそれがあるかどうかが問題となる。この点について、前掲杉田証人は、いわゆるHS線には温熱効果はなく、高周波振動が有効に病巣に作用するのであると説明して、その無害を主張するが、差し戻し前第二審における鑑定人宮地韶太郎(東北大学医学部放射線医学教室教授)の鑑定書によれば、いわゆるHS線を高周波電流の一種と解し、これを人体に透射した場合には『透射局所に、必ず微量の温熱が発生し、この熱と他の不明な刺戟によつて、血管が拡張する方向に反応が発現する状態となるが、透射時間が二〇分ないし三〇分の短時間である場合には、健常の人体に対しほとんど影響を与えない、また、急性化膿性炎症の初期病巣に透射した場合には、正常組織の場合よりは温度の上昇がやや大きいので、多少の治療効果があるのではないかとの想像も可能である』ということで、杉田証人の主張する高周波振動の効果については、これを論議すべき資料がないとして、肯定、否定いずれとも結論を与えていない。しかし、いずれにしても、宮地鑑定人は、HS線が健常の人体に対してはほとんど影響がないと断定し、さらに、急性化膿性炎症に対しても、多少の治療効果を期待してよいとの結論を出しているのである。ところが、当審鑑定人大島良雄(東京大学医学部内科物理療法学教室教授)の鑑定書によれば、HS式高周波器による療法は、高周波療法の特徴とされる温熱効果はなく、むしろ低周波電流のもつ刺戟効果を有するものであるとし、『この治療器を最も弱い発振状態におき、湿した布を介して電極を皮膚に接着、スイツチを入れると、感応電流や低周波交流ないし断続直流を通じる際に感じるのと類似せる異常感覚、一種のシビレ感を覚える。ついで、調節ダイアルを廻し、L→Hへ近づけるに従い、筋搦を認め、遂には耐えがたい強直性筋攣縮に至る。かかる状態は、鑑定人ならびに教室員が交互に自ら経験したところであつて、高周波通電の経験と全く反する事実であり、低周波電流刺戟が実際上は存在することを示唆するものである』と説明して、前掲宮地鑑定人が、HS線を以て、高周波電流の一種であると割り切つているのと対立している。この故に、大島鑑定人は、『この療法は、過度の長時間の使用は疲労を来たして不適当であるし、応用の部位ならびに電流の強さに注意しないと、病的状態においてはシヨツクを誘発する危険――例えば、両手間とか胸部の通電の場合は、心室細動ないし心拍停止の危険、また、脳の通電の場合には呼吸循環系に対する危険――が推定される』として、人体に不測の有害作用を招来する危険があると鑑定し、本療法は、予め、医学的知識に基づく適応症ならびに禁忌症決定を行つてから後に施行しなければならないことを指摘しているのである(この鑑定においても、また、後記伊藤、古賀両鑑定人の場合においても、前記差し戻し前第二審の昭和二八年領第二二五号の五のHS式高周波器のほかに、当審において被告人から提出した新品の同器をも、鑑定の資料とした)。この鑑定に対し、弁護人は意見書を提出して反論しているが、それは、あくまでも、本治療器が無熱高周波治療であることを前提とする理論の展開に過ぎないのであつて、実験の結果に基づく専門家の権威ある鑑定をくつがえすべきものではない(当審受命裁判官の大島良雄に対する証人尋問調書参照)。つぎに、当審鑑定人伊藤次(早稲田大学理工学部助教授)の鑑定書によれば、HS式高周波器は、その構造上低周波電流が完全に阻止されているし、温度上昇も極めて微弱で、人体に害があるとは考えられないということで、ほぼ、宮地鑑定人と同様の結論を出して、大島鑑定人と対立している。そこで、当審においては、さらに、東北大学医学部放射線医学教室教授古賀良彦に鑑定を命じたのであるが、その鑑定書によれば、まず、温熱の点は、特別の場合を除いて特記すべき温度上昇を招来することはないし、発振される電流が高周波であることもまちがいとしている。しかし『電極を装置した後ダイアルをLに置いて通電すると、初めは、皮膚に弱い微妙な異常感が起こる。ダイアルをLからHに進めるに従い、この感覚は低周波交流刺隙に際して感ぜられるごときシビレ感となり、さらに、筋肉はピリピリと搦反応を起こす。ダイアルをHに廻すと、ついに強直性の攣縮を起こす。逆に、ダイアルをHに置いて通電するとシヨツク的感覚とともに強直性攣縮に入る』ということで、結局、このHS療法は『実効的には、電気的刺戟を高周波の形で求めた一種の電気療法で、この治療器は電気刺戟器としては充分な電気刺戟力を保有しているから、使い方によつては、人の健康に害を及ぼす危険性を保有している』と結んでいる。古賀鑑定人は、前記のごとく、宮地、伊藤の両鑑定人と大島鑑定人とが、低周波交流刺戟の有無の点で対立していることに、特に留意し、被検者として東北大学医学部放射線医学教室の医師七名と技師一名を選定して、実験を重ねた結果、HS波は高周波ではあるが、その波高の不規則性から変調効果を来たして、刺戟作用を起こすに至ることを明らかにし、詳細な実験の経過を報告しているのであるから、いわば第三者の吟味という立場からも、これを信用すべきものであり、したがつて、これと結果を同じくする大島鑑定人の鑑定も、また、信用すべきものと認めなければならないのである。しかも、この両鑑定によれば、本件HS式高周波器による電気療法は、人の健康に害を及ぼす危険のあることが明らかであるから、この療法をくりかえした被告人の原判示の医業類似行為は、人の健康に害を及ぼすおそれのあるものと認めるのが正当で、所論引用のHS波研究論文集と題する書面、実用新案登録証、無熱高周波HS線装置に関する試験成績と題する書面および原審証人斎藤清三郎の証言も、この認定をくつがえすことはできない。弁護人は、古賀鑑定人の鑑定に対しても、また、意見書を提出して、本件においては、HS式高周波器そのものの――物理的――有害性が問題となるのであつて、使い方のいかんは関係がないと主張するが、もし、この治療器が、それ自体、絶体に人体に有害なものであれば、医師といえどもこれを使用することを許さないのが当然のことで、むしろ、その有害が相対的な場合、すなわち、被療者の体質(禁忌症)、病状または使用方法のいかんによつては、危険発生の可能性がある場合に問題が残るのである。大島、古賀両鑑定人の前記鑑定によつても明らかなとおり、HS式高周波器は、その通常の用法の過程においてすら、既に、健康体に対しても、シビレ、強直性攣縮を起こすのであるから、被療者が電気に対する禁忌症その他病気のある場合には、シヨツクによる不測な危険の発生することが当然に考えられるのである。ことに、前掲杉田勝衛の差し戻し前第二審における証言によれば、通電の強弱は病状によつて決めるのではなく、被療者が痛みを感ずれば、ダイアルを弱に回すというのであるから、科学的妥当性に乏しく、その間に、大島、古賀両鑑定人の指摘する攣縮、シヨツクを誘発する危険のあることが明らかである。したがつて、仮に、この療法が疾病の治療に有益である場合があるとしても、以上の危険を防止して、公共の衛生管理を達成するためには、例えば、あん摩、はり、きゆう、柔道整復の場合におけると同様、人体の生理、病理その他の必要な基礎知識および電気療法についての技術を一定期間修得した者で、所定の試験に合格した者に免許を与え、免許者に限つてこれを施行することを業とすることができるとするのが当然のことで、この意味においては、大島、古賀両鑑定人の指摘する施療者の資格、施療器の使い方のいかんが、本件被告人の罪状を決定する重要な要素たるを免れないのである。後述のごとく、改正前のあん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法が、同法公布の際に、引き続き三ヶ月以上医業類似行為を業とした者の既得権を保護したのも、これを一斉に禁止すれば、憲法二二条の職業選択の自由に反することをおそれて、いわば、一定の猶予期間を与え、この期間中に、医学上、科学上の見地から検討して、健康に必要なもののみを拾い上げて免許制度に改めることとした趣旨であることは、当審において弁護人提出の第二二回国会参議院社会労働委員会議事録第二七号中あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法の一部を改正する法律案に関する議事掲載部分によつても明らかで、電気、光線を使用する医業類似行為は、すべて医療の系列に属するものとして是認したものでないことはもちろんのこと、さらに、それが健康に無害なものとして放任したものでもないのである(差し戻し前第二審における赤穴博の証言参照)。当審において弁護人提出の医事公論中の、HS線療法が『未だ医業の体を為さざるものと存じ候』との内務省衛生局長の回答も以上の解釈を妨げるものではない。

以上に説示したところで明らかなように、被告人が法定の免許を受けずに本件HS式高周波器を使用して、高野正三ほか二名に施療した所為は、人の健康に害を及ぼすおそれのあるもので、右はあんま師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条の医業類似行為に該当し、これを業として行つたことについては、同法一四条二号による処罰を免れないものといわなければならない。そし、かかる医業類似行為を業とすることが、公共の福祉に反することも自明の理であるから、前記の法律によつて、これを禁止したところで、憲法二二条に保障する職業選択の自由を奪うものでないことは、同法条の法意に照して、既に、明らかである。論旨は、すべて理由がない。

第二、控訴趣意第二点に対する判断

昭和二二年一二月二〇日法律第二一七号あん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法(昭和二六年法律第一一六号で、現行のあん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法に名称を変更)は、同法施行(昭和二三年一月一日から施行)の後は、何人もあん摩、はり、きゆう、柔道整復以外の医業類似行為を業とすることを禁止するとともに、従来これを業としていた者に対しては、同法附則一九条一項において、この法律公布の際に、引き続き三ヶ月以上同法一条に掲げるもの以外の医業類似行為を業とした者であつて、この法律施行から三ヶ月以内に、省令で定める事項につき、都道府県知事に届け出た者は、一二条の規定にかかわらず、なお昭和三〇年一二月三一日(その後さらに昭和三九年一二月三一日まで延長)までは、当該医業類似行為を業とすることができる旨の救済規定を定めて、その既得権を保護したが、被告人の司法警察員に対する供述調書によれば、被告人が本件の医業類似行為を業としたのは、右法律の施行から三年八ヶ月もたつた昭和二六年九月からであるから、既得権者として保護されるはずがなく、右救済規定の適用を受ける余地のないことが明らかである。したがつて、被告人が本件で起訴されたがために、右既得権の保全を妨げられたとの論旨は理由がなく、さらに、本件で被告人を処罰することが右既得権(または、控訴趣意第一点に対する判断の際に説示した法施行後の医業類似行為に対する国家の承認ないしは放任)と牴触し、罪刑法定主義に反するとの議論も、また成立しない。また、あん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法一二条も、改正後のあん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法一二条も、全く同文で、いずれも、各一条に掲げるあん摩、はり、きゆう、柔道整復以外のいつさいの医業類似行為を業とすることを禁止する趣意であることは、文理上疑いを入れる余地がないのであるから、本件被告人の所為も、また、右法条の禁止に触れることが明らかで、この点に関する論旨も理由がない。論旨は、また、本件は刑法六条の『犯罪後の法律に因り刑の変更ありたるとき』に当該すると主張するが、被告人の本件行為当時の法律とその後の法律とで、罰条に変更のあつた事実はないし、その他法律の変更(または、いわゆる期待可能性の理論)によつて、被告人の刑責を免れしむべき事由は存在しないのであるから、この点の論旨も、また、理由がない。

よつて、刑訴法三九六条によつて、本件控訴を棄却し、差し戻し前の第二審と当審における訴訟費用は、全部同法一八一条一項本文を適用して、被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

検察官 高田正美 出席

(裁判長裁判官 斎藤寿郎 裁判官 斎藤勝雄 裁判官 杉本正雄)

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