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仙台高等裁判所 昭和36年(ラ)13号 決定 1961年7月11日

抗告人 斎藤光雄

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告代理人の抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

右の抗告の理由は、帰するところ第一、本件公正証書作成の際佐藤勇記の提出した抗告人名義の委任状には、委任事項として、単に「別紙不動産売買予約並びに賃貸借契約公正証書を作成する件云々」と記載してあるのみで、右同名の契約を題名とする書面が添附してあるが、この書面と右委任状との間には契印がない、第二、蔵王町印鑑証明条例によれば、蔵王町内に本籍又は住民登録をしている者についてのみ、その印鑑証明事務を取り扱い得るにすぎないのに、抗告人は同町に本籍も住民登録もなく、従つて同町役場が交付した抗告人の印鑑証明書は無効である、第三、本件公正証書には公証人法第三五条所定の公証人の実験の方法が記載していない。第四、債権者成沢義夫及び抗告人の代理人佐藤勇記の両名から嘱託された旨の記載がなく、また抗告人の職業も旅館業ではない。との四点につきる。

よつて判断するに、

第一の点につき、本件公正証書原本及びこれに添付された抗告人名義の佐藤勇記に対する委任状によれば、右委任状には

今般拙者儀佐藤勇記殿を代理人と定め左の権を委任する、

一、別紙不動産売買予約並に賃貸借契約公正証書作成する件、

二、強制執行を認諾する旨を公正証書に記載する事、

三、右に附帯する一切の事項

との記載があるのみで、これに本件公正証書記載の法律行為とは符合する事項を記載した「不動産売買予約並に賃貸借契約」と題する書面が添えてあるが、その間に契印もなく、また右の一ないし三の委任事項及び添附書面の筆蹟は、委任状の抗告人氏名の筆蹟と異ることが一見して明白である。しかしながら右のように右添附書面には委任事項一、記載と同一の契約名を題名として掲げ、しかもその筆蹟は右委任事項一ないし三の筆蹟と同一であることも一見明らかであるから、契印はなくとも、右添附書面をもつて右委任事項一、の別紙に該当する書面であると判断するのに何ら支障はなく、またそれらの筆蹟が委任状の抗告人の氏名の筆蹟と異つてはいても、当事者が公正証書作成を代理人に委任する際に、白紙委任状を交付することがしばしば行なわれることは当裁判所に顕著な事実であるから委任状の名義人氏名の筆蹟とその余の部分の筆蹟とが異ることは怪しむに足らず、結局右委任状は適式であつて何ら欠けるところはないというに十分である。

第二の点につき、抗告人提出の住民票抄本(甲第三号証)、事実顛末書(甲第四号証)、蔵王町印鑑証明条例(抄)(甲第五号証)によれば、蔵王町では同町に本籍があるもの、住民登録をした者らについてのみ印鑑証明事務を取り扱うべき条例の定めであるのにかかわらず、蔵王町長作成の抗告人の印鑑証明書が発行された昭和三五年一〇月二一日当時には、抗告人は既に同町から肩書住所仙台市北山町に転出していて、同町に住民登録はなく、また本籍も宮城県伊具郡丸森町であることが認められ、従つて右印鑑証明書の発行は同町条例に違反するものであることがうかがわれるが、公証人にはこのような点にまで立ち入つて審査する権限はなく、右印鑑証明書自体にはその形式体裁において欠けるところはなく、しかも右委任状記載の抗告人の住所刈田郡蔵王町遠刈田温泉字新地東裏山三四の三と符合する蔵王町長によつて作成されたものであるから、右委任状の真正を証明するに適当且つ十分であつて、公証人法第三二条第二項の方式に違背する点はないといわなければならない。

第三の点につき、公正証書には通常その冒頭に「本職は当事者間の法律行為に関し聴取したる陳述を左の通り録取する」旨記載し、もつて公証人法第三五条後段の公証人の実験の方法を記載すべき要件を充たすのが一般例である(甲第八号証)ところ、本件公正証書の冒頭にはかかる文言の記載はなく、その他の部分にも同趣旨の文言の記載は見当らないこと抗告人主張のとおりである。しかし公証人法第三五条は公証人が証書を作成するには、その聴取した陳述、目撃した状況等、公証人が自ら実験した事実をそのまま録取すること、即ち公証人の実験した事実と、証書に録取された事実とが同一であることを要するとするのが本旨であつて、同条後段所定の実験の方法の記載は右同一性の保障の一助として要求されるに過ぎないというべく、従つてこの記載を欠いても、ほかに右同一性を肯認させるに足りる事実の記載があれば、もつて右証書を無効とするほどのきずではないと解するのが相当である。而して本件公正証書の末尾には「この証書はヽヽヽ本職役場で作成し列席者に読聞かせ其の趣旨の正確なことを承認しそれぞれ左に署名捺印する」旨の記載があり、つづいて契約の相手方成沢義夫及び抗告人の代理人佐藤勇記の各署名押印がなされている事実に徴して、右公正証書に録取された事実が公証人の実験したる事実と同趣旨であることを肯認するのに十分であり、しかも公正証書の末尾の右の記載事実から、公証人のその際の実験の方法は列席者である右成沢義夫及び佐藤勇記の陳述の聴取にほかならないと推認することもさして困難ではないから、本件公正証書における前記文言の欠缺は、右証書を無効とするには足りないというべきである。

第四の点につき、本件公正証書に抗告人と成沢義夫が嘱託人であること並びに抗告人についてはその代理人佐藤勇記から嘱託された旨の記載がなく、公証人法第三六条二号三号所定の要件を具備しないものであることが認められる。しかし右証書の第一条には、成沢義夫を甲と称し、抗告人を乙と称する旨記載した上、以下第一七条に至るまで両者を当事者とする契約の各細目条項を掲げ、そのあとに右当事者双方及び抗告人の代理人佐藤勇記の住所、氏名、職業、生年月日が記載され、ついで末尾に前段認定のような事実を記載し、成沢義夫と佐藤勇記の署名押印があることに照し、右証書作成の嘱託人が抗告人と成沢義夫であり、抗告人については代理人佐藤勇記から嘱託されたものであることは、十分に看取することができる。従つて前記の「嘱託人」もしくは「代理人により嘱託された旨」の明文の記載がないからといつて、本件公正証書を無効であるということはできない。又抗告人は右証書の抗告人の職業を旅館業と記載したのはまちがいであるというけれども、公証人法第三六条二号が嘱託人の職業の記載を要求するわけは、その他の事項と相まつて嘱託人の同一性を確保しようとするものであるから、職業の記載が誤つていても、他の記載によつて嘱託人の同一性を認識しうる以上その公証書を無効とするには足りないというべく、本件公正証書には前記のように職業のほか、抗告人の住所、生年月日の記載があり、それのみでも十分に抗告人の同一性を認識しうるので、本件公正証書を無効とすることはできない。

なお本件即時抗告状には、本件公正証書は抗告人の白紙委任状を成沢義夫が濫用した結果作成されたものである旨の記載があるが、抗告人がかりにこの点を主張するとしても、このような事由は請求異議の訴によるべきこと原決定判断のとおりであつて、本件執行文付与に対する異議事由として採りあげることはできない。

よつて民事訴訟法第四一四条、第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 斎藤規矩三 羽染徳次 新田圭一)

即時抗告の趣旨

原決定を取消す。

仙台法務局所属公証人三笠義孝作成昭和三五年第三五六五号建物賃貸借並に売買予約契約公正証書正本に付与した執行文は取り消す。

右執行文に基く強制執行を許さない。

との御裁判を求める。

抗告の理由

一、抗告人の原裁判所になした本件執行文附与にたいする異議申立は前記公正証書の作成に関し法律違背があるので右公正証書が無効なることによるものである。

(一) 成沢義夫は別紙目録記載の建物について、同人が賃貸人、抗告人は賃借人となつて昭和三五年二月十日に締結した賃料一ケ月弐万円、期間のない賃貸借契約が存するとして、これにつき昭和三五年十月二十七日執行認諾附款の仙台法務局所属公証人三笠義孝により同役場昭和三五年第三五六五号建物賃貸借並に売買予約契約公正証書の作成を得た上同年十二月十四日右正本に執行文の付与をうけた。

(二) しかし抗告人は自ら又はその代理人と称して関与しておる佐藤勇記を介して右のような公正証書の作成方を公証人三笠義孝に委嘱した事実がない。而して右公正証書には次のような作成手続違反がある。

(1)  右公正証書は抗告人の白紙委任状をその合意がないのに成沢義夫が濫用して勝手に使用したものである抗告人名義の委任状には単に「別紙不動産売買予約並びに賃貸借契約公正証書を作成する件云々」と記載してあるのみであつてこれが記載によつては委任事項が不明であり、結局委任状が存在するもその委任事項の記載がないことに帰する。

右委任状には作成者不明の走り書による「不動産売買予約並びに賃貸借契約」と題する書面が添えてあるがこれは抗告人の全く関知しない書面であつてこの書面と右委任状との間には契印も何もない。

従つて右書面の記載は前記委任状の一部をなすものでないことは明瞭である。

よつてかかる書面等の組合せによつて佐藤勇記の代理権とその委任事項を認定して作成した公正証書は公証人法第三二条の規定に違反する違法がある。

(2)  また同公証人は抗告人の右委任状は認証を受けない私署証書であるとの理由で抗告人の印鑑証明書を提出せしめたがそもそも右印鑑証明書は成沢義夫が勝手に交付うけたものであるばかりか、その証明者蔵王町役場吏員が故意又は誤つて交付したものである。

蔵王町印鑑証明条例には蔵王町内に本籍又は住民登録をしておる者についてのみ、その印鑑証明事務を取扱いし得るにすぎないことが明らかなのである。

そして右役場吏員が右事実を知りながら成沢義夫と通謀して故意に証明書を作成し又は過失によつて作成交付したものである。

結局右書面によつては官公署の証明書によつて抗告人の委任状の真正なることを証明させたと云うことにはならない。

(3)  抗告人の住居且住民登録地は仙台市北山町一四六番地であり本籍地は伊具郡丸森町であつて蔵王町長から同町条例による印鑑証明の対象外である。

従つて前記抗告人の右印鑑証明書は無効のものであることも明らかである。

従つて右公正証書は公証人が公証人法第三二条第二項の手続を履行したものとは云うことができない。

以上の次第で本件公正証書はその作成の方式に関して法律の規定に違反した無効のものでありかかる公正証書は民訴五五九条の三号の公証人が成規の方式により作りたる証書ではないからこれに執行文を付与したことも違法であるよつて右執行文の取消とこれに基く強制執行の排除を求めるため仙台地方裁判所に異議の申立をなしたところこれが棄却されたので本抗告に及ぶ次第である。

二、次にまた公証人作成の公正証書が債務名義たり得るには「公証人がその権限内に於て成規の方式に依り作りたる証書」でなければならないことは民事訴訟法第五五九条第一項第三号の規定で明らかであると共に「公証人は当事者其の他の関係人の嘱託に因り法律行為其の他私権に関する事実に付公正証書を作成する等」の権限を有するものたること――は公証人法第一条の規定するところである。

また同法第二条で「公証人の作成したる文書は公証人法及他の法律の定むる要件を具備するに非されば公正の効力を有せず」とその公正力の要件が定められておる、而して右公証人が前記公正証書を作成したるもこれには左記の証書作成に関する方式違反があるので右第二条により公正の効力がないものである。

(一) 本件公正証書には公証人法第三五条に規定されるところの「公証人証書を作成するには其の聴取したる陳述、その目撃したる状況、其の他自ら実験したる事実を録取し且つ其の実験の方法を記載して之を為すことを要す」との規定を無視し当事者の陳述を聴取したものか或は目撃したのか抗告人と成沢義夫との法律行為について全く公証人の実験した方法の記載がない。

証書作成についての公証人の此の法律違反は誰人が見ても一目瞭然でありこの一事のみを以て本件公正証書は形式上明らかに無効のものである。

即ち本件公正証書記載の契約を公証人自身が如何にして実験したのか明らかでない。

公証人自身が当事者の契約締結にあたり現実にそれを目撃したのでないことは契約の日時と公正証書作成の日時が相違する点で判明するがこの契約を公証人が如何にして実験したのか本件公正証書のどこにもその記載がないのである。

(二) また右公証人は本件公正証書を作成するにあたり証書の記載事項を定めた公証人法第三六条所定中第一項第弐号及第三号の記載要件を欠いている。

右公正証書の作成には抗告人の代理人として佐藤勇記が関与し嘱託しておるのであるから本件公正証書に右三六条第二号第三号により抗告人と成沢義夫が嘱託人である事実及び抗告人の代理人佐藤勇記と成沢義夫に嘱託せられた旨を各明確に記載されておらなければならないのにその旨の各記載が全くない。抗告人の職業も旅館業ではない。

右事実は公証人が証書になすべき記載事項を欠如したものでありその作成方式について明らかに違法のあるものである。

右のように証書の記載要件を欠いた本件公正証書は民訴法第五五九条一項三号に謂う公証人が成規の方式により作りたる証書と云うことはできない。

従つて本件公正証書はその形式においてすでに無効のものであることが明らかであるから、右公正証書は債務名義たる効力を有せず公証人はこれに対して執行文を付与すべきものではなかつたのに前記公証人はそれを付与したのでその取消とこれに基く強制執行の不許を求める次第である。

三、よつて原裁判所の決定を取消し抗告趣旨記載の御裁判を迎ぎたく抗告に及んだ。

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