仙台高等裁判所 昭和37年(ナ)1号 判決 1962年7月11日
原告 鳥山庄次郎
被告 青森県選挙管理委員会
主文
被告がそれぞれ昭和三七年三月一九日附でした別紙第一記載の訴願裁決第一号および第二号は、原告の当選を無効とする部分を取消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の各負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告が各昭和三七年三月一九日附でした別紙第一記載の主文の訴願裁決第一号同第二号はいずれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
一、(一) 昭和三六年一〇月二二日、青森県下北郡大畑町議会議員の選挙が行われ、右選挙には、有権者である原告を含む三六名が立候補し、うち二六名が当選、原告は得票一五一票三九二とされ、第二六位当選人となつた。
(二) 右選挙の選挙区は全町一区で、その立候補者の氏名および選挙会において決定された得票数は別紙第二表記載のとおりである。
二、しかるに、右選挙会における決定に対し畑中伝次郎・気仙岩太郎・松本松次郎は、同月二六日および三〇日、また、佐藤猛男は同月二八日および同年一一月五日、それぞれ、大畑町選挙管理委員会に対し、当選の効力に対する異議の申立をし、同委員会が昭和三七年一月一〇日右各異議の申立を却下する旨の決定をしたのに対し、右畑中外二名および佐藤猛男は、それぞれ、被告に対し訴願の申立をし、被告は、同年三月一九日別紙第一記載の各裁決をし、右各裁決書はそれぞれ同月二一日各申立人に交付、翌二二日告示された。
三、その理由とするところは、両裁決をあわせ、概略次のとおりである。
(1) 投票中に「トリ」と記載したものが一票あり、選挙会において公職選挙法第六八条の二の規定に基き、これを原告と扇谷酉之助の両名に按分し、〇、三九二票を原告に帰するものとされたが、右の一票は、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効である。
(2) 投票中に、「さとう」と記載したものが一票あり、選挙会において、佐藤正太郎・佐藤平雄・佐藤猛男に按分されたが、右の一票には「メ」の記載があり、他事を記載したものとして無効である。
(3) 投票中に、「畑中源一郎」と記載したものが一票あり、選挙会において、二名以上の候補者の氏名を記載したものとして無効とされたが、右の一票は候補者畑山源一郎・畑中伝次郎・畑中丈助を混記したものではなく、畑山源一郎に対する有効投票と認むべきである。
(4) 選挙会において、無効とされた「佐藤雄男」と記載した一票は、候補者佐藤平雄と佐藤猛男を混記したものではなく、佐藤猛男に対する有効投票とすべきものである。
(5) 本件選挙の有効投票総数六、四六一票、無効投票総数三四票であるが、以上(1)乃至(4)判定の結果、次点畑中伝次郎一五一票三〇〇に対し、原告は一五一票となつて当選を失い、佐藤猛男は一五〇票五八三であつたのが〇票七一〇増加して一五一票二九三となり、第二五位当選者佐藤平雄は一五一票一八九であつたものが一五一票二九三となつて、右佐藤両名は同点となる。
四、しかしながら、右各裁決は次の点において違法であるからいずれも取消さるべきである。
(1) (A)、被告は投票中(別紙第三の一写真のとおり)「トリ」と記載された一票を無効とする。(B)、しかしながら右票は、原告に対する有効投票とすべきである。何となれば、大畑町においては「鳥」を冠する姓は極めて稀であり、原告は電略として「トリ」を慣用し、伝票、仕切書、清算書は勿論名刺にもこれを表示しており、地元においては「トリ」は殆ど原告の通称と化しているのである。これに反し、扇谷酉之助を「トリ」と呼ぶ者はなく、本件選挙にあたり同人の選挙運動のポスターには「オギヤ」と振仮名されているのである。従つて、「トリ」の記載は原告を表示することは疑なく、右の記載のある一票は原告の有効投票である。かりに、右一票が原告のみに対する投票でないとすれば、それは原告と扇谷酉之助両候補者の氏名を記載したものとして有効で、右両名の他の有効投票に応じて按分加算されるべきものである。(C)、なお、原告は本件選挙の運動に「トリ」なる略号を使用したことはない。
(2) (A)、無効とされた票中に(別紙第三の二写真のとおり)「」と記載した一票が存する。(B)、これは原告の名を忘れ間違つて記載したもので原告の有効投票である。
(3) (A)、被告は「佐藤雄男」と記載した一票を佐藤猛男の有効投票と判定した。(B)、しかし、日常「雄」を「タケ」と読む例は皆無であり、現に候補者中に「佐藤平雄」があるのであるから、右票は、むしろ候補者佐藤猛男、佐藤平雄の氏名を混記したものとして無効である。
(4) (A)、畑中伝次郎の有効投票とされた票中に(別紙第三の三写真のとおり)「」と記載した一票がある。(B)、しかし、右票に記載された五字目の文字は「ゲ」と判読され、以下三字を以て「ゲツロ」と記載したものと認められる。大畑地方においては「源一郎」が「ゲンジロ」の如く発音されることが多いのであり従つて候補者畑山源一郎の氏名の誤記及び不完全記載であるから同票は同候補者の有効投票である。かりに、同票が右候補者の有効投票でないとすれば、候補者の何人を記載したかを確認し難いものであるのみならず、右の茶色鉛筆を以てした「」の記載は候補者の氏名の外他事を記載したものとして無効である。
(5) (A)、畑中伝次郎の有効投票とされた票中に、(別紙第三の四写真のとおり)畑中伝次郎と記載した左上部に「山」なる記載をしたものが一票存する。(B)、右記載は候補者の氏名の他他事を記載したものであるから右票は無効である。
(6) (A)、佐藤平雄の有効投票とされた票中に「」と記票した一票がある。(B)右記載は単なる符号であつて文字ではなく、勿論候補者の氏名の記載と認むべきではないから、右票は当然無効である。
(7) (A)、佐藤平雄の有効投票とされた票中に(同上第三の五写真のとおり)「」と記載したものが一票ある。(B)、右は全く判読できず、候補者の何人を記載したかを確認し難いもので右票は無効である。
(8) (A)、佐藤平雄の有効投票とされた票中には、(同上第三の六写真のとおり)「」と記載したものが一票ある。(B)、右記載も全く判読不能で候補者の何人を記載したかを確認し難いもので右票は無効である。しかるときは、原告の得票数は、被告の上記裁決と異り、畑中伝次郎・佐藤猛男・佐藤平雄の各得票数を上廻り、原告が当選人である。
と陳述した。
(証拠省略)
被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
原告主張の一ないし三の事実、四の(1)ないし(8)の各(A)の事実を認めるが、右(1)ないし(8)の各(B)の主張を争う。すなわち、
(1) (1)の票は、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効である。「トリ」は原告の通称ではなくてむしろ扇谷酉之助の通称である。
(2) 候補者中に中島治吉なる者があるので、(2)の票は原告と中島治吉の二人の候補者の氏名を混記しているもので、候補者の何人を記載したかを確認できないものであるから無効とすべきものである。
(3) 青森県立図書館蔵の簡野道明著「字源」(昭和二八年五月五日千代田書院発行)によれば「雄」は「たけし」「つよし」等とも読む字であることが明らかであるのであつて、選挙人中には「雄」の字を「たけし」と記憶している者があることも考えられ、また「佐藤雄男」なる記載は本件選挙における佐藤姓の候補者中その字体から見て佐藤猛男に最も近似している点から勘案すれば、「佐藤雄男」なる記載をした選挙人は候補者佐藤猛男を支持し「佐藤猛男」と記載すべきところを「佐藤雄男」と誤つて記載したものと認められるので、右投票は佐藤猛男の有効投票と認定するのが至当である。
(4) (4)の票の五字目の文字は「デ」の不完全記載で、以下「デツロ」と記載したものと認められ、上四字の記載と相まつて候補者畑中伝次郎の有効投票である。
又茶色鉛筆で記載した「」の部分は、開票当日大畑町選挙管理委員会が開票立会人、補助職員に対し事務用に茶色鉛筆を使用せしめたが、右の者の何れかが誤つてこれを記載したのであつて、選挙人の記載したものではなく、他事記載ではない。
(5) (5)の票の「山」と見える記載はこれをこすり消そうとした形跡があり、これは「畑」の文字を記載しようとして書き損じこすりけそうとしたものであつて、他事記載ではない。
(6) (6)の票に記載された「」は候補者佐藤平雄の屋号でありしかもそれは全く同人の通称と化したものであるから同候補者の有効投票である。
(7) (7)の票の記載の一字目は「ヒ」二字目は「ら」三字目は「ヲ」と判読できるから、候補者佐藤平雄の有効投票である。
(8) (8)の票の記載は一字目は「ム〔手書き文字〕」二字目は「ら〔手書き文字〕」三字目は「を」の不完全記載で、従つて「ひらを」と判読できるから、候補者佐藤平雄の有効投票である。
と陳述した。
(証拠省略)
理由
一、原告主張の一・二・三の事実、ならびに四の(1)ないし(8)の投票が各一票存在すること、は当事者間に争がない。
二、よつて、以下、原告主張の四の(1)ないし(8)の投票(以下単に(1)の票ないし(8)の票と記載する)の効力について判断する。
(1)、公職選挙法第六八条の二は、選挙人のした投票をなるべく有効にしようとすることを趣旨とするものである(最高裁判所昭和三六年一一月一〇日第二小法廷判決最高裁判所判例集第一五巻第一〇号二、四八〇頁参照)。
(a) (イ)、成立に争ない甲第一号証・第二号証の一・二、原告本人尋問の結果によつて成立を認める甲第六号証、証人沢田哲夫・山本源吉の各証言ならびに原告本人尋問の結果をそう合すると、原告は、大畑町において大正年間から漁業・海産物売買業等を営み、昭和一七~八年頃右商売を中止して漁業会の役員をし、昭和二三年頃からは水産物商兼水産物加工業を営み現在に至つているものであること、大畑町において鳥山を姓とする者は、同町に転任して来る駅員等を除けば原告一人であること、同人が昭和一八年頃から「トリ」なる電略記号を使用し、そのころこれを名刺にも刷り込んだこと、昭和二三年頃清算書にも右電略記号を印刷して大畑の町内においても使用していること、また封筒等にも右記号を刷つて使用していることが、それぞれ認められるが、(ロ)原告が右名刺等の書類を如何なる範囲に使用しているものかは上記諸証によつても必しも明らかでないのみならず、原告本人尋問の結果によると原告が右電略記号を使用するのは電報を発信する場合に限り受信の場合に使用されたことはなく、しかも右発信も東京・郡山・新潟・山形等の取引先に宛てる場合のみであつて大畑町内に発信することはないこと、が認められ、さらに、証人扇谷利雄・気仙岩太郎・佐藤平雄の各証言によると、右三名はいずれも大畑町の住民であるが、扇谷利雄は原告を「トリ」といつているのをきいたことがなく、気仙岩太郎は原告が「トリ」を電略記号として使つていたということを知らなかつたこと、佐藤平雄は、原告を「トリ」と呼んでいることはしらないこと、をそれぞれ認めることができ、原告が本件選挙の運動に「トリ」なる略号を使用したことのないことは原告の自陳するところである。
(b) 一方において、(イ)、証人扇谷利雄の証言によると、扇谷酉之助が若い頃現在部落でゴム靴合羽等の販売をし、又農林省指定工場として二~三人の者を使つていかつり針の製造を営んでいたが、終戦後家内中の者で右製造をするかたわら農業もしその後農業団体に関係し、現在大畑町農業委員会会長、同町農業共済組合長、大畑土地改良区理事長その他の職にあること同人は現在五二才であるが二二~三才頃迄は親戚や年配の者からトリと呼ばれたことがあること及び扇谷酉之助の居住部落には扇谷を姓とする者が一四軒もあるので、同人と同年配の者や農業関係の団体の役員等からよく「オオギトリ」と呼ばれること、証人山本源吉の証言によると、同人も大畑町の住民であるところ、同人は扇谷酉之助を「トリノスケ」と呼ぶのを聞いていることをそれぞれ認めることができる。(ロ)、しかし、証人沢田哲夫・山本源吉の各証言によると、沢田哲夫も大畑町の住民であるところ、同人は扇谷酉之助を「トリ」と呼んでいる人を知らないこと(同人の証言中扇谷酉之助を「トリ」と呼ぶ者は皆無と思う旨の部分は右証人の単なる意見であつて採用に値しない。)山本源吉は扇谷酉之助を「トリ」と呼ぶのを聞いたことがないことが認められ、成立に争のない甲第五号証と証人扇谷利雄の証言によると、扇谷酉之助は本件選挙に際しポスターに「オオギヤ」と振かなしたものを用い「トリ」なる略称を使用していないことが認められる。
以上の事実によつて見るときは、大畑町において「トリ」なる名称は扇谷酉之助及び原告の両名並びにその一方の通称として一般的に知れわたつているものと認定することは困難であるが少くとも、右両名が「トリ」と呼称される可能性のあることをうかがうことができる。したがつて本票を原告に対する有効投票と認めることはできない。しかし、前認定の本件選挙における候補者をみるに、同候補者中、氏又は名にトリと発音する文字を有するものは原告と扇谷酉之助の二名が存し且右二名に限るところ、いま、かりに、扇谷酉之助が右候補者中にいなかつたものと仮定すれば、単に「トリ」とだけ記載した投票を以て候補者の何人を記載したか確認し難いものとしてこれを無効とすべきか、不完全ではあるが原告の氏の一部を記載したものとしてこれを有効とすべきか、というに、疑もなく、後者をとるべきであろう。又かりに原告が右候補者中にいなかつたものと仮定すれば、単に「トリ」とだけ記載した投票を以て候補者の何人を記載したかを確認し難いものとしてこれを無効とすべきか、不完全ではあるが扇谷酉之助の名の一部を記載したものとしてこれを有効とすべきか、というに後者をとるのを相当とするであろう。そして、このことは、前認定の右両名が「トリ」と呼称される可能性のあることと検証の結果によつて明らかな如く本票の記載が稚拙であることとを併せ考えることによつてその度を増すものと考えるべきものであろう。しからば、両名ともに候補者であつた本件において、単に「トリ」とのみ記載した本票は、上来認定の諸事実からみて到底これを右両名のうちの一名の氏または名のいずれかの不完全記載であるとは確認し難いといわなければならないし、これを無効とすべきいわれはないから、公職選挙法第六八条の二によつてこれを有効とし、右両名の有効投票数に応じてそれぞれこれに加算すべきものである。
以上のほか、本票の効力につき被告の主張する事実は、それ自体本票の効力に影響を及ぼし得ない。
(2)、検証の結果によると、(2)の票の候補者氏名欄に記載した第一の文字はむしろ「島」に近いが「鳥」の誤記と認められないものでもなく、第二字は「山」であること明らかであり、これにつづく記載は抹消されているため何であるか到底判別し得ないが下二字は明らかに「治吉」と記載したものであることが認められ、到底原告の氏名の記載とは認められない。右事実と前認定の本件選挙候補者全員の氏名を考え併わせると、右下二字を以て候補者中島治吉の名を記載したものであることが認められるが、右記載の文字全部を以てするといまだ以て同候補者のみの氏名を記載したものとは認め難く、上二字を以て原告の氏を表示しようとして誤記したものと認め得られないではなく、結局右票は候補者の何人を記載したかを確認し難いものとし無効投票であるといわなければならない。
(3)、(3)の票に記載された「雄」の字は、「タケ」とも読むことは字典(例えば啓成社蔵版大字典)の明記するところであるのみならず、本件選挙の候補者中佐藤姓のものは佐藤正太郎・佐藤平雄・佐藤猛男の三名が存し右三名に限るところ、「佐藤雄男」なる記載は右三名の候補者中最も佐藤猛男に近似しているのであつて、本投票者の意思は候補者佐藤猛男を支持するにあり、「佐藤猛男」と記載すべきところを誤つて「佐藤雄男」と記載したものと認めるのが相当であるから、本投票は佐藤猛男の有効投票と認定すべきものである。
(4)、検証の結果によると、(4)の票の候補者氏名欄に記載された上四字は「ハタナカ」であり、下二字は「ツロ」であることが明らかであるが、第五字目「ゲ」「デ」の何れかの不完全記載と認められる。証人沢田哲夫の証言によると、同証人が候補者畑山源一郎の近辺の居住者である五~六〇才位の婦人で源一郎を「ゲジロー」と発音しているのをきいたことがあることがうかゞわれるが、右事実を併わせても、上記の第五ないし第七の三字をもつて、源一郎を記載したことが明らかであるとはいい難く、右三字が源一郎、伝次郎の何れを記載したものかは必しも明らかではない。しかしながら、右記載の上四字は「ハタナカ」であるから候補者「畑山」でなく「畑中」を表示したものであることはまことに明白であり、畑中姓の候補者は、畑中一、畑中丈助、畑中伝次郎の三名であること、候補者中に「ゲツロ」もしくは「デツロ」と、もしくはこれに近似して発音される者が畑中伝次郎をおいて他にないことは前認定の事実から明らかであるから、本票のその下三字は「デツロ」と記載したものであつて伝次郎を不完全に記載したものと認めるのが相当である。次に右候補者氏名に「」なる記載が茶色の鉛筆を以て記載されていることは当事者間に争がなく、検証の結果によると畑中伝次郎の253番決定票には左肩に2の文字、開票管理者可否欄の可を囲む〇の記載もともに茶色鉛筆を以て記載されていることが認められ、右事実と証人沢田哲夫・扇谷利雄・気仙岩太郎の各証言を併せ考えると、右「」なる記載は開票にあたつて、右票の有効無効が問題となつた際開票立会人笹田栄次郎が大畑町選挙管理委員会から渡されていた茶色鉛筆を以て誤つてこれを記載したのであつて、投票者がこれを記載したものではないことを認めるに十分であり、右記載は他事を記載したものではない。よつて本票は候補者畑中伝次郎の有効投票であるといわなければならない。
(5)、検証の結果によると(5)の票の「山」と読みうる記載は畑中伝次郎なる記載と見比べるとその筆勢色合等からして果して同一人の筆跡であるかどうかにつき些少の疑を容れる余地がないでもないかの如くであるが、これを別人の筆跡と認むべき格別の証拠もなく、右「山」と読みうる記載が指か何かを以てこすり消そうとしたと認められる形跡のあることにかんがみ、右票の投票者は候補者畑中伝次郎の氏名を記載しようとして山とかき始めたがその誤りであることに気附きこれを消し畑中伝次郎と正しく記載したもので、その消し方に多少の不完全さがあつたものと認めるのが相当で、右記載を以て他事の記載となすべきではなく、本票は畑中伝次郎の有効投票であるといわなければならない。
(6)、証人佐藤平雄の証言によつて成立を認める乙第四号証の一ないし五ならびに同証人および証人扇谷利雄・気仙岩太郎の各証言をそう合すると、佐藤平雄は食料品雑貨商を営み、昭和一六年に死亡した先代の時から何十年も「」を屋号とし、商売上ならびに私用の封書にはの字入の封印、(乙第四号証の二)、役場に出す等公の場合に佐藤平雄なる印(同号証の三)、請求書や簡単な領収書に円中に佐藤商店と記載した印(同号証の四)をそれぞれ使用したことがあり現に、通帳・領収書・請求書等に佐藤商店なる印(同号証の一)を使用していること、昭和三五年頃作製したと記載のある前かけ(同号証の五)一〇〇枚を二年間に商売上の取引先や知己親族等に配布したことがあり、居住部落大畑町大字正津川字関根橋では全戸の過半数が佐藤姓であるのみならず大畑にも佐藤なる商店が多くあるため佐藤平雄をの屋号を以てヤマコと呼び、部落においてはヤマコと言えば佐藤平雄とすぐ分る程度に通つていることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。すなわち、と書きヤマコと呼ぶ佐藤平雄の屋号は同人の通称と化しているものと認められるのである。そうして、Λなる記号が通常「ヤマ」と呼ばれることは周知のことであり、本票は、その投票者が「」と書いて候補者佐藤平雄を表示したものであることは容易に看取できるところであるから、同人の有効投票と認むべきものである。
(7)、検証の結果によると(7)の票の候補者氏名欄に記載された三字は「ヒラヲ」と判読できそれ以外には判読できず、候補者中に「ヒラヲ」と読む氏名を有するものは佐藤平雄のみであること上記のとおりであるから、本票は同人の有効投票と認むべきである。
(8)、検証の結果によると、(8)の裏面に記載された三字は「ひらを」と判読することができそれ以外には判読できず、候補者中「ひらを」と読む氏名を有するものは佐藤平雄のみであることは(7)記載のとおりである。そうして、上記の三字が本投票用紙の候補者氏名欄でなく右用紙の裏面に記載されていること上記のとおりであるが、右事実は本票を無効としない。すなわち本票は佐藤平雄の有効投票と認むべきである。
三、以上記載したところに従つて原告及び本件選挙において当選が問題となる候補者の得票数を見るに、原告一五一票三九二(前認定の「トリ」の一票を公職選挙法第六八条の二のその他の有効投票数原告一五一と扇谷酉之助二三四に応じて按分すると、原告〇、三九二、扇谷酉之助〇、六〇七となる。)畑中伝次郎一五一票三〇〇、佐藤平雄一五一票二九三、佐藤猛男一五一票二九三票となる。そうすると、上記第二の表記載の事実にてらし原告と畑中伝次郎が当選人であり佐藤平雄の当選は無効であるといわなければならない。
しかるときは、被告のした本件裁決は、結局原告の当選を無効とした部分は違法であるから取消を免れず原告の請求は、右取消を求める限度で正当であるのでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用は、民事訴訟法第九二条により、これを二分しその一を原告、その余を被告の負担とすべきものである。よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 鳥羽久五郎 羽染徳次 小林謙助)
(別紙第三の一ないし六省略)
別紙第一
第一号裁決主文
昭和三六年一〇月二二日執行の下北郡大畑町議会議員一般選挙における訴願人等の提起した当選の効力についての異議の申立に対し、昭和三七年一月一〇日付大畑町選挙管理委員会のなした決定はこれを取消す。
右選挙において当選人と決定された佐藤平雄及び鳥山庄次郎の両名の当選はこれを無効とする。
第二号裁決主文
昭和三六年一〇月二二日執行の下北郡大畑町議会議員一般選挙における訴願人等の提起した当選の効力についての異議の申立に対し、昭和三七年一月一〇日付大畑町選挙管理委員会のなした決定はこれを取消す。
右選挙において当選人と決定された佐藤平雄及び鳥山庄次郎の両名の当選はこれを無効とする。
別紙第二
候補者氏名
得票数
候補者氏名
得票数
西正(にしまさ)竹次郎
三三八票
―
扇谷酉之助
二三四
六〇七
千賀(せんが)浅市
三三〇
―
工藤正巳
二三一
五三三
保田(やすだ)喜逸
三二三
―
工藤昌平
二二一
四六六
吉田徳蔵
二二一
―
杉本長太郎
一五五
二二八
佐藤正太郎
二一三
八二八
木下要次郎
一五五
―
駒井勝正
二〇五
―
佐藤平雄
一五一
五八七
古川秀心(ひでしん)
二〇五
―
鳥山庄次郎
一五一
三九二
伊勢金太郎
二〇四
―
畑中伝次郎
一五一
三〇〇
中島治吉(じきら)
一九九
―
佐藤猛男(たけお)
一五〇
五八三
菅原長次郎
一九七
―
小林浅次郎
一四〇
―
斎藤成夫(なりお)
一八七
―
北田慶吉
一三九
―
畑中 一(はじめ)
一八六
三六九
川村勝蔵
一二五
―
堺(さかい)金治
一八六
―
川端栄三郎
一一六
―
小又吉松(こまたきちまつ)
一六九
―
木村熊吉
一〇五
―
畑中丈助(じょうすけ)
一六六
三三〇
杉本与四郎
一〇一
七七二
畑山源一郎
一六四
―
山田末治
八六
五三一
池田金太郎
一六一
―
小路口(しょうじぐち)純一
七一
―
笹田太三郎
一六〇
―
以上 三六名
山田久夫
一五八
四六八