仙台高等裁判所 昭和37年(ネ)4号 判決 1962年11月29日
第一審原告 坂野二三郎
第一審被告 国
訴訟代理人 古舘清吾 外一名
主文
第一審被告の控訴に基づき原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。
第一審原告の請求を棄却する。
第一審原告の控訴を棄却する。
訴訟費用は第一・二審とも第一審原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
(一) 第一審原告が山形地方裁判所昭和三二年(ヌ)第一四号不動産強制競売手続事件において昭和三二年一〇月七日本件ほか一筆の山林(原判決添付目録記載の山林)を代金五三、〇〇〇円で競落を許可する旨の決定の言渡を受け、確定したが、同裁判所は右競落許可決定に対する再審申立事件において、右山林には抵当権の設定があつたのに拘らず所轄山形地方法務局所属の登記官吏が民訴法第六五二条に基づき右裁判所に送付した登記簿謄本にこれを脱漏したため、同裁判所は抵当権の存在を看過して前記競落許可決定をした手続上のかしを認め、昭和三三年三月七日付決定をもつて右競落許可決定を取り消し、次いで民訴法六五六条所定の手続を経て競落手続を取り消した経過に関する第一審被告の主張事実(原判決事実摘示中被告の主張二の事実)は当事者間に争いがない。
(二) 原審証人浅野忠助の証言ならびに右証言により成立を認め得る甲第四号証および当審での第一審原告本人の供述(第一回)によると第一審原告は前記競落後間もない昭和三二年一一月四日右競落にかかる土地中原判決添付目録(一)(二)の山林二筆を、伊藤義勝の世話で浅野忠助に対し、代金一二〇、〇〇〇円で売り渡す旨の契約を結んだが、その後前記競落許可決定の取消により右売買契約の履行が不能となつた事実を認めることができる。
(三) 第一審原告は右転売に関連して損害を被つたと称し、これを前記登記官吏の過失に起因し、競落が取り消されたことによるものとして国家賠償法一条により、その賠償を求めるのである。
第一審被告はこれに対し、第一審原告がその競買申立にあたり予め、本件山林が金一〇〇、〇〇〇円の抵当権を負担していることを知つていたことをもつて因果関係中断論を言うのであるが、その採用し難いことは原判決理由三のとおりであるからその記載を引用する。
(四) よつて第一審原告主張の損害について判断する。
(1) 原判決事実摘示原告の主張五・1、の損害について。
この点について当審での第一審原告本人尋問(第一・二回)において右主張にそう供述をするけれども、これを右口銭の支払いを受けたとされる当の証人伊藤義勝の当審での証言によつて検するにこの点に関する証言は甚だしくあいまいで、輙く信用しえないところであり、このことはひいては右本人の供述の真実性をも疑わしめるもので、他には右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(2) 前同五・5の損害について。
前記甲第四号証に原審および当審証人浅野忠助の証言ならびに当審での第一審原告本人尋問の結果(第一・二回)によると第一審原告は訴外浅野忠助に対する前顕転売にあたり、右訴外人から金二〇、〇〇〇円の手付金の交付を受けたが、前記競落許可決定の取消にあい、昭和三三年四・五月ごろこれを右訴外人に返還したことが認められる。右証言および本人の供述では手付倍額の金四〇、〇〇〇円を返還したというのであるが、手付返還の己むなきにいたつた事情が第一審原告の責に帰すべき事がらではなくして登記官吏の過失に根ざし競落が取り消されたことによることは転買人たる浅野と雖も第一審原告に対しては諒としたであろうと推察されることや、右四〇、〇〇〇円の授受についてなんらの書面も存しない点ともあわせとうてい疑念を拭い難いところである。
仮に真実手付倍返しと称し金四〇、〇〇〇円を支払つたとしても、そもそも第一審原告の浅野に対する前記売買に基づく本件土地の所有権移転の義務は、債務者たる第一審原告の責に帰し得ない裁判所の競落許可決定の取消という不可抗力によつて消滅した(もとより損害賠償債務に姿を変えることなく)ものというべきであるから、その後において第一審原告が手付を倍返しして、重ねて契約を解除するなどという余地はないものというべく、されば第一審原告がした金二〇、〇〇〇円(先きに受け取つた手付金二〇、〇〇〇円につけ加えた部分)の支払いは全然無駄なことと評するほかなく、そのような場合でも倍返しするのが商慣習であるとの当審での第一審原告本人の供述(第一・二回)は措信できないし、又右本人の供述にもあるように信用保持の必要上これを支払つたものとすれば、そのような考え方は著しく第一審原告独自のもので、さような支払いを目して通常生ずべき損害とはなし得ないし(国家賠償法一条による損害賠償の範囲は民法四一六条によるべきものと考える)、右特別事情によつて生じた損害について前記登記官吏がこれを予見したことの証拠はないし、又これを予見し得べかりしものとすることもできない。右いずれの点からしても前示5、の主張は理由がない。
(3) 前同五・6・7、の損害について。
右主張の理由のないこと原判決理由四に説示のとおりであるから、これを当裁判所の判断として引用する。
(五) 以上第一審原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきである。しかるにその一部を認容した原判決はその限度で不当であつて第一審被告の控訴は理由があるので民訴法第三八六条により取り消すべく、原判決中第一審原告の請求を棄却した、部分は相当で第一審原告の控訴は理由がないから同法第三八四条によりこれを棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 松村美佐男 飯沢源助 高井清次)