仙台高等裁判所 昭和37年(ラ)15号 決定 1962年6月01日
抗告人 山口伸一 外二名
主文
抗告人(異議申立人)山口伸一・山口チヨの本件抗告はいずれもこれを棄却する。
原決定を次のとおり変更する。
青森地方裁判所が同庁昭和三五年(ケ)第七一号不動産任意競売事件につき、同年六月二八日なした競売手続開始決定にもとづく別紙目録<省略>記載の不動産に対する競売手続は、請求金額二七九、六三七円三一銭及びこれに対する昭和三五年一月一日から完済に至るまで年三割の割合による金員を超過する部分についてはこれを許さない。
抗告人(異議申立人)山口伸一・山口チヨのその余の申立を却下する。
本件申立費用及び抗告人(相手方)石塚久栄の抗告費用はこれを一〇分し、その三を抗告人(異議申立人)山口伸一・山口チヨらの負担とし、その余を抗告人(相手方)石塚久栄の負担とする。
抗告人(異議申立人)山口伸一・山口チヨらの抗告費用は同抗告人らの負担とする。
理由
抗告人山口伸一・山口チヨ(以下単に申立人らという。)及び抗告人石塚久栄(以下単に相手方という。)の抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。
(申立人らの抗告理由について)
原決定は、要するに、申立人山口伸一の親権者父である山口長五郎と同母である申立人山口チヨとが右伸一を共同代理し、かつ右チヨは抵当権設定者たる地位をもかねて、同人の営む公衆浴場の建築資金にあてるため、相手方との間に昭和三四年一二月九日付抵当権設定並びに金員借用証書にもとづき、本件抵当権を設定し、相手方から金員を借受けた事実を認定し、申立人らの(イ)本件消費貸借契約は未成年者である申立人伸一と親権者である長五郎及びチヨとの利益が相反し、無効である。(ロ)親権者である長五郎が単独で右伸一を代理して本件抵当権設定契約並びに消費貸借契約を締結したものであり、親権者が共同して伸一を代理したものではない。(ハ)本件抵当権付債権者は相手方ではなく、有限会社秋元商事であり、相手方は同会社のかいらいにすぎないとの主張を退けたのであつて、原決定の挙示する証拠によれば、原決定が認定した事実は優に認めることができ、かつその法律判断は相当であつて、原決定には事実の認定並びに法律解釈を誤まつた違法はないから、申立人らの本件抗告は理由がない。
(相手方の抗告理由について)
(一) 本件競売開始決定は別紙目録記載の二筆の宅地建物につきなされたものであり、本件抵当権の被担保債権額のいかんは、一の物件についての競売開始の当否が問題となるので、本件抗告につき判断することとする。
(二) 原決定が、相手方の申立人伸一に対する債権額を、相手方が右申立人に貸与すべく約した一、二四九、〇〇〇円のうちから、相手方が左記合計金額一、一六三、〇四八円を天引して残額八五、九五二円を交付したものと認定したことは原決定書により明らかである。
(イ) 三三万円、有限会社秋元商事の申立人伸一に対する貸金元本六六万円に対する昭和三四年三月から同年一二月までの月五分の割合による損害金
(ロ) 四〇、九五〇円、同会社の同申立人に対する貸金元本九一、〇〇〇円に対する同年四月から同年一二月まで同割合による損害金
(ハ) 六二、四五〇円、本件貸金元本一、二四九、〇〇〇円に対する同年一二月分利息
(ニ) 三万円、本件貸借手数料
(ホ) 一一、三六八円、本件抵当権設定登記手続費用
(ヘ) 七、八〇〇円、本件抵当建物に対する火災保険料
(ト) 一〇万円、秋元善作が申立人チヨのため浴場タイル工事請負人に対し支払つた工事代金
(チ) 四八〇円、当初秋元善作が本件貸借の申込を受けた際、同人が本件抵当物件調査のために乗車して支払つた自動車賃
(リ) 五〇万円、秋元善作が申立人チヨのため浴場釜工事請負人に対し支払うことを約した釜工事請負代金
(ヌ) 八万円、秋元善作が申立人チヨのため浴場タイル工事請負人に対し支払うことを約したタイル工事請負代金
合計一、一六三、〇四八円
(三) ところで、相手方は、本件消費貸借契約において、相手方が申立人伸一に貸与することを約した一、二四九、〇〇〇円は、相手方が右申立人の親権者父長五郎に全額交付したものであり、右(イ)ないし(ニ)、(ト)ないし(ヌ)の金員は、長五郎が有限会社秋元商事に交付したものであつて、相手方はこれに関知しないものである旨主張し、乙第一号証、原審における証人尾崎佐助・秋元善作の各証言、相手方本人尋問の結果はこれにそい、またはそうかのごときであるが、右乙第一号証は次に認定するごとく金員の授受にさきだち作成されたものであることが明らかであり、これをもつて相手方が同証記載のとおり金員を授受したことの証左とはなし難く、右各供述は次の認定事実に照合して信用できない。その他相手方の右の主張を認め得る証拠はない。
かえつて、成立に争のない甲第四号証、乙第一号証、原審における申立人伸一法定代理人山口長五郎本人尋問の結果により成立を認める甲第二号証の一、本件記録中の登記簿謄本及び戸籍謄本、同本人尋問の結果に、原審における証人尾崎佐助・秋元善作の各証言(一部)、相手方本人尋問の結果(一部)を総合すると次の事業を認定することができる。
すなわち、別紙目録記載の土地は長五郎が買受けたものであつたが、同人は昭和二九年一二月一四日その長男である申立人伸一の所有名義に移転登記を経由し、また同目録記載の建物はもと長五郎の所有であつたが、同人の妻である申立人チヨが昭和三三年ころからその名義で公衆浴場を経営するようになり、昭和三四年三月二六日同月二三日贈与を原因として右申立人所有名義に取得登記を経由したこと、長五郎ら夫妻は、浴場建設資金にあてるため、申立人伸一の法定代理人として、有限会社秋元商事から、(1) 昭和三三年一二月一六日六六万円を弁済期昭和三四年二月末日、利息月五分と定めて借受け、次で(2) 昭和三四年二月一一日九一、〇〇〇円を弁済期同年三月三一日、利息月五分の定めで借受け、両債務の担保として、別紙目録記載の土地につきそれぞれ抵当権を設定し、同時に申立人チヨは同目録記載の建物につきそれぞれ抵当権を設定したこと(ただし、登記簿上は右(1) の貸金につき利息年一割八分、遅延損害金年三割六分、(2) の貸金につき利息年二割、遅延損害金年四割と登記した。)、長五郎らは、さらに浴場建設資金に不足したので、前記土地建物を担保として資金を借受けようとし、昭和三四年一二月ころ、尾崎佐助を通じ有限会社秋元商事代表者秋元善作に金借方申入れたが、同人がこれをためらい、その場に来合わせていた相手方がこれを貸与してもよいということであつたので、相手方から借受けることとし、長五郎及び申立人チヨは、申立人伸一の法定代理人として相手方から一、二四九、〇〇〇円を弁済期同年一二月三一日、利息年一割五分、遅延損害金年三割と定めて借受け、該債務の担保として右伸一所有の別紙目録記載の土地につき抵当権を設定し、申立人チヨもまた該債務につきその所有にかかる同目録記載の建物につき抵当権を設定する旨記載した同月九日付借用証(乙第一号証)を差入れ、その旨金円消費貸借契約並びに抵当権設定契約を締結(ただし利息につき実際は月五分と定めた。)、翌一〇日それぞれ抵当権設定登記を経由したうえ、秋元善作方に関係者が参集し、相手方は右貸与することとした一、二四九、〇〇〇円のうちから、前記(イ)ないし(ヌ)の金員合計一、一六三、〇四八円を控除した残金八五、九五二円を右長五郎に交付したにすぎないものであること(右金員のうち長五郎が六七、四〇二円の交付を受けたことは申立人らが自ら陳述するところである。)が認められる。
右認定に反する証人尾崎佐助・秋元善作の各証言及び申立人伸一法定代理人山口長五郎・相手方各本人尋問の結果の一部は信用し難く、その他右認定を左右する証拠はない。
(四) 相手方は、仮りに相手方が長五郎に対し一、二四九、〇〇〇円を現実に提供しなかつたとしても、経済上同額の金員の授受があつた場合と選ぶところがなく、全額につき消費貸借が成立する旨主張するので考えるに、前記(ハ)の六二、四五〇円は、天引した利息にあたり、(ニ)の三万円及び(チ)の四八〇円は、いずれも利息制限法第三条により利息とみなされるものであり、同法第二条にいわゆる債務者の受領額とみるを得ないことはいうまでもない。そして、前記甲第二号証の一、申立人法定代理人山口長五郎本人尋問の結果により原本の存在並びに成立を認める甲第三号証、前記証人尾崎佐助・秋元善作の各証言、右長五郎本人尋問の結果を総合すると、相手方は有限会社秋元商事に雇われている者であつて、同会社代表者秋元善作は、前示のごとく相手方が申立人伸一に金員を貸与するようになつてからも該取引に関与し、長五郎及び相手方との三者間の契約をもつて、長五郎及び申立人チヨが浴場建設工事請負人木村一郎らに対し負担する六八万円の工事請負代金は、右秋元が支払うこととし、該代金額を貸金額のうちから控除することを取決め、右秋元は昭和三四年一二月二六日長五郎らのために浴場タイル張り工事請負人木村一郎に対し一八五、〇〇〇円を支払つたことが認められるから、特段の事情の認められない本件においては、右一八五、〇〇〇円は、当事者間において授受を省略したものと認むべく、また、前記(ホ)の本件抵当権設定登記手続費用一一、三六八円については、何人が負担を約したかにつき立証のない本件においては、相手方と申立人伸一とが平等で負担するものと認定することが相当であるから、その半額である五、六八四円については、経済上金員を交付したものと同視することができるが、前示控除にかかるその余の金員については、相手方の主張を認め得る証拠がない。もつとも、前記証拠によると、長五郎・相手方・有限会社秋元商事代表者秋元善作の三者間の契約をもつて、相手方は同会社に対し前記(イ)・(ロ)の損害金を支払い、貸金額のうちからこれを控除することの取決が行われたことは認められないわけではないが、相手方において同会社に対し右損害金を支払つたことを認め得る証拠のない本件においては、該金員を債務者に交付したと同視することを得ない。
(五) 以上の認定事実にもとづき本件消費貸借額を考えるに、利息制限法第二条により、相手方が長五郎に対し現実に交付した八五、九五二円、交付したものと同視される有限会社秋元商事代表者秋元善作が請負人木村一郎に対し支払つた前示タイル張り工事代金一八五、〇〇〇円及び前記(ホ)の本件抵当権設定登記手続費用一一、三六八円のうち、申立人伸一の負担に帰すべき費用額五、六八四円、以上合計金二七六、六三六円を元本とし、これに対する昭和三四年一二月一〇日から同月三一日までの利息制限法所定の年一割八分の割合による利息三、〇〇一円三一銭を超える控除(天引)額九六九、三六二円六九銭は、元本に対し弁済したものとみなされるところであるから、これを貸金名義額一、二四九、〇〇〇円から控除すると、その残額は二七九、六三七円三一銭となり、これを元本額とすべく、結局申立人伸一は相手方に対し元本二七九、六三七円三一銭及びこれに対する弁済期の翌日である昭和三五年一月一日から完済に至るまで約定による年三割の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきである。
そうすると、本件競売の申立は右金額の限度においてなすべく、右の限度を超え、相手方が請求金額一、二四九、〇〇〇円及びこれに対する昭和三五年一月一日から完済に至るまで年三割の割合による損害金につき、別紙目録記載の土地建物に対する競売を申立て(青森地方裁判所昭和三五年(ケ)第七一号不動産任意競売事件)、同裁判所が右申立にもとづき同年六月二八日なした競売手続開始決定による本件競売手続は、右超過部分に限り失当であるからこれを不許とすべく、本件申立は右の限度において認容し、その余を失当として却下すべきである。
以上と異なる原決定は、右の限度においてこれを変更すべきものとし、申立費用及び抗告費用の負担につき、民事訴訟法第九五条・第九六条・第八九条・第九二条を準用して主文のとおり決定する。
(裁判官 鳥羽久五郎 羽染徳次 小林謙助)
(抗告人山口伸一・山口チヨの抗告の趣旨及び理由)
抗告の趣旨
原決定中申立人らの異議申立を却下した部分を取消す。青森地方裁判所が昭和三五年六月二八日同庁同年(ケ)第七一号不動産競売事件につきした競売手続開始決定を取消す。相手方の競売申立を却下する。抗告費用は相手方の負担とする。旨の裁判を求める。
抗告の理由
原決定は、民法第八二六条の解釈並びに事実の認定を誤まつたものである。
(抗告人石塚久栄の抗告の趣旨及び理由)
抗告の趣旨
原決定中、申立人山口伸一・山口チヨの異議申立を認容した部分を取消し、さらに相当の裁判を求める。
抗告の理由
(一) 原決定が相手方が天引したものとした(イ)ないし(ヌ)の金額中、(ホ)(ヘ)以外は有限会社秋元商事に支払われたものである。すなわち、(イ)・(ロ)・(ハ)の金額は、申立人山口伸一が同会社から借受けた金員の利子並び損害金として、同申立人が同会社に支払つたものでり、(ニ)は右貸借についての手数料、(チ)は秋元善作が本件外の抵当物件調査に際し要した自動車賃、(ト)は同人が申立人山口チヨのため浴場タイル工事請負業者に支払つた工事代金、(リ)は右と同様秋元善作が右山口チヨのため浴場の釜工事請負人に支払うことを約した工事代金、(ヌ)は右と同様秋元善作が山口チヨのため浴場タイル工事請負人に対し支払うことを約した工事請負代金である。
相手方としては、申立人山口伸一の親権者父山口長五郎に対し一、二四九、〇〇〇円全額を交付したのであつて、原決定の挙げる(イ)ないし(ニ)、(ト)ないし(ヌ)金員の授受は右長五郎と有限会社秋元商事との間に行われたものであつて、相手方の関知しないところである。
右(リ)の五〇万円及び(ト)・(ヌ)の一八万円(実際は一八五、〇〇〇円)は、長五郎の依頼により秋元善作が直接業者に支払うために交付を受けたものであり、その余の金員は長五郎の承諾を得て右秋元が受取り、計算書及び受領証(甲第三・四号証)を長五郎に交付したことは証拠上も明らかであり、当事者間の合意により、借主に交付する代りにその債権者に対し目的物を交付した場合にも消費貸借は有効に成立する。
(二) 相手方の申立人山口伸一に対する貸金は、原決定が説示するごとく、山口チヨが公衆浴場を営むためその建設を計画したところその資金に不足し、相手方から貸与を受けるに至つたものであり、その借受金は前示のごとくその目的のために使用されているのであるから、仮りに長五郎が相手方から現実に交付を受けたものでないとしても、経済上享受した利益は、現実に金銭の授受があつた場合と毫も選ぶところがないので、消費貸借契約は一、二四九、〇〇〇円全額につき成立したものというべきである。